27 アーシェ⑨ ……私って目上の先輩は尊敬するタイプなんですよ
カルロを応援に送り込んだ、少し後。
隠密行動なんてしたことなかったが、警備が裏口に集まっていれば容易だった。
とはいえ、最低限の守衛は相手にせねばならない。
「メアリィ、今だよ!」
肉薄する黒服の警棒型フォトンギアを防ぎながら、声を張る。
目の前で応援を呼ばれた目の前の黒服は反射で飛び退いた。
長銃から逃れる為の行動なのだが、彼女はクレイトンに守られながら追手が来ないよう別の方向を向いていた。
ま、口から出任せである。
すぐさま片手剣(スラッシュⅠ)の銃爪を引きながら、刃を振るう。
放出系PA、鉄牙。
高出力のフォトンを刀身に宿らせながら飛び出した。
警棒を構える暇なく胴体に叩き込まれ、黒服は大きく後方に吹き飛ばされた。
「こんのぉ!」
少し離れた所で苛立ちの声がした。
見れば、槍型フォトンギアを悠然と防ぎながら、段々と肉薄するクレイトンがいた。
素早い突きも払いも旋棍で流していき、そして大きな一歩で懐に飛び込んだ。
放出系PA、紫抗衝。
視界を焼く紫の光が、突き出した拳と共に放たれる。
意識を刈り取る電撃を伴った打突が、胴体と首筋に直撃する。意識を手放す寸前のうめき声のあと、黒服は無造作に倒れたのだった。
「ナーイス」
「病み上がりで、戦闘って絶対に良くない!」
ブレードとトンファーをぶつけ、澄んだ合金の音が鳴らす。互いに両手で構えるので、手が離せないなりのハイタッチだ。
向こうの顔に脂汗が浮かんでいたのは、ご愛敬だろう。
「急に名前呼ばないでよ、びっくりしちゃったぁ」
彼女とも武器越しのハイタッチ。
悠長にしている時間はないかもだけど、余裕はあるのだ。
かなり向こうで聞こえる激しい戦闘音がこちらの余裕を生み出してくれている。
勝手に飛び出した末の苦労なのだ。同情なんて絶対にしてやらない。
そう言うと、二人はなんともいえない苦笑いを浮かべていた。
「アーシェちゃん、けっこう言うタイプだよねぇ」
「隊長らしくなってきたぞ?」
他人事だと思って。別に私の代わりに怒鳴ってくれていいんだよ?
「カルロも同罪だよ。飛び出そうとしてたの知ってた癖に、止めようとしないで」
「おい。まさかその為の、あいつだけ別行動か?」
さすがにそれは違う。
単純にヴォルテラに一番早く追いつけるのがカルロだったに過ぎない。
跳条を利用した移動で追いつけなくもないが、あれはとっておきなのだ。
弾数も限られているし。
「別に考えてなかったけど……じゃ、敵を引きつけてもらうのが罰ってことで」
「こわぁい。逆らえば職権乱用されちゃうよぉ」
だったら隊長の権限を渡したクレイトンに言ってほしい。
しかし、こちらは上手いこと潜入出来た訳だ。
今のうちにノルンを奪還しなくてはならない。
「それで、ここからどう進む?」
「一応、生徒会長から地図は貰ってるけど」
データは共有してあるが、これは敷地の図であって詳しい部屋は記されていない。
どうやっても学外の研究ラボの内情なんて探れそうにないので、これは仕方がないのだが。
「片っ端から部屋を探すしかないね」
「部屋のロックは?」
「見つけたよぉ、カードキー」
メアリィが当たり前のように気絶した黒服の装備をまさぐっていた。
ついでにフォトンギアを使えない様、フォトン弾倉を抜いてくすねていたし、その手慣れた感じが妙に怖かった。
三人で進むが本当に警備の数が少ない。
ほとんどがヴォルテラ達の所に向かっているのだろう。
しかし、何故揃いも揃って黒い服を着込み、覆面をしているのだろうか?
思ったよりも簡単に撃退できたことも含めて、違和感が残っていた。
「普通、警備会社が雇っている攻性フォニマーが守る場所なんじゃないのか、こういう所は」
フォトンギアは別にしても、揃いの装備を身に着けているものではないだろうか?
倒した二人の装備も黒服とはいえ、ハイネックやシャツといった統一感のない恰好。
面だけ割れないよう強盗が黒ずくめにしているのと、似ている印象だ。
「そういえばぁ、攻性科長を含め攻性科の生徒の多数が姿を消しているって、会長が言ってたよねぇ?」
「学院を休んで、ここの警備をしてると?」
クレイトンが遠い目をした。
呆れて物も言えない、とか考えているのだろうか。
私にも分からなかった。
ナンバーズ部隊の何人かも授業に出席をしていないと聞かされた時、戸惑ってしまった。
いくつかの研究室を通る。
印象的だったのは、照明がついていないにも関わらず怪しい光に満ちた部屋だった。
培養管の中には、得体の知れない緑色の液体が詰まっており、その中でプカプカと浮いている体を丸めた巨大な虫。口に見える部位から気泡が漏れ、液のてっぺんまで浮かび上がっていく。
そんな物が整然と並ぶ空間はまさしく研究室といった感じだ。
培養管の下に表示されている数値はどれもバラバラ。
ここに勤める人達はこの数字を日夜計測し、一喜一憂するのだろう。
この中にはきっと、違法なジェネレーターの数値もあるのかもしれない。
「この技術を形にしたものが、この間僕らを襲ったのかもな」
クレイトンの言う通りなら、この装置一つ一つに怒りが沸いてくるなぁ。
複雑な装置群が並ぶ部屋を通り過ぎる。
特化端末から生体ソナーを開き、部屋に入る前に確認していたのだが、ついに反応があった。
この奥、開けた空間に誰かがいる。
三人で顔を見合わせた。息を合わせて開いた扉から飛び出すが、心配は杞憂に終わった。
暗闇はすぐに照明でかき消され、さっきと変わらない黒ずくめの覆面姿の男がいた。
しかし、その姿は見間違えることは無い。
他の上級生ならいざ知らず、攻性科にとっては学院で一番名の知れている男なのだから。
「攻性科長」
背丈はクレイトンよりあった。細身だが決して痩せている訳ではない。無駄な脂肪を削ぎ落した印象。
既に顔を隠す必要がなくなったのか、彼は鬱陶し気に覆面を脱ぎ捨てた。
短く清潔感のある爽やかな金髪、
利発そうに伸びた涼やかなブルーの目、
笑えば多くの女生徒がときめきそうな甘いマスクは少し瘦せこけ、気真面目さで固められている。
ジルク・アルバーン。
私たち攻性科のトップで、最も学院で頼りになる男が……目の前にいた。
「十一番隊、こんな所まで来るか」
伸びやかで響きの良い声は、平時で会えば好感を抱いたかもしれない。
しかし制服でも隊服でもない、闇に溶け込み悪事を働くその黒ずくめが気に食わなかった。
「……私って目上の先輩は尊敬するタイプなんですよ」
ミーハーだし、ナンバーズ部隊に選ばれなかったら……たぶんだけど憧れていた。
でも、この人はそうじゃなかったのだ。
……逸る心臓を押さえつけ、まっすぐに敵を見た。




