25 アーシェ⑧ もう既に乗り込んでいまして
ノルン・レリゲンウォークは衛政五国の生まれではない。
見た目はれっきとしたアルマ人だが、その出生はかなり特殊だった。
少女は、侵略者であり捕食者でもある淀鉱生物を遠ざける遮断フィルターの向こう側、外界で生を受けた子どもだった。
国籍はアルマという事だが、故郷というものは無いに等しい。
すでに壊滅しているそうだ。
外界は瘴気にまみれており、人はそう簡単に生きていけない。
五国のようなフィルターを簡易的に作り出し、細々と生活するのがやっとだそうだ。
淀鉱生物の接近に気がつくような探査機やレーダーはもちろん、迎え撃つための兵器や壁すらも用意はできない。
寝て起きたら集落全体が滅んでいた。
そんなこともあり得る環境に、彼女は生きていた。
そして例外はなく、少女も死にかけたそうだ。
ノルンの幸運は、外界調査の為にアルマの研究員が淀鉱生物の襲撃を目撃したことだろう。
なんとか彼女と他数人を救い出した研究員たちは、身寄りのないノルン達をアルマに引き入れた。
不幸はここからだ。
未知の病原菌が国に入り込まない様、当然の措置として行われた検査と治療で発見されたノルンの異常性が、彼らの好奇心を刺激した。
あらゆるフォトンへの適性。
中でも研究者たちが着目したのは、『フォトンを自身から生み出す』ことだった。
攻性フォニマーに限らず……通常、フォトンは外から得るものだ。
フォトンギアから得る膨大な力を行使する……いわば受け皿である攻性フォニマーは、自身も少量のフォトンを内包するものだ。
ノルンは違った。
走る、頭を使う、といったように、体力や気力を消費するのと同じようにフォトンを生み出せたのだ。
これは淀鉱生物に与えられた傷から入った細菌と、彼女の特異性が融合して備わった、一つの奇跡なのだとか。
研究者はのめり込み、実験や検査と称して彼女の肉体を弄くり回す。
人間性や倫理観を取っ払う程の素材だったという。
聞くだけの吐き気を催すような気持ちの悪い話だ。
「ハッ、オレの不幸なんか足元にも及ばねぇヤバい話じゃねぇか」
前を駆けるカルロが自嘲気味にそう言った。
クレイトンやメアリィは口を挟まず、苦々しそうに視線を落とすだけだった。
『あたしが知ってるのはこの辺りまで。
……知りたくないから、ノルンちゃんに行われてた研究は何も調べてない』
「いいよ。私も聞きたくない」
通話先のミーナがどういう気持ちで彼女の過去を追ったのか、想像に難くない。
命令されたとはいえ、調べた彼女が少しだけ可哀想だった。
「ミーナさん、レリゲンウォークとはなんだ?」
終ぞ話さなかったクレイトンが質問する。
なんのことかと首を捻ってしまうが、どうやらミーナには伝わったようで、
「ノルンちゃんがアルマで暮らし始めた時の身元引受人の苗字かな。それなりの良家らしいけど」
「分かった、充分だ」
すると憎々し気に、これがカルロなら痰でも吐き捨てたかのような凶悪な面で、クレイトンは特化端末を操作する。
コール音が少し響き、応答したのは彼の兄である生徒会長だった。
彼は通話をアーシェ達にも聞こえるように会議用に通話を広げた。
『なんだい、今取り込んでいるのだが』
「説明してください、ノルンがどうしてアルマリン教導学院にいるのか」
『おや、ブリックリン君から伝えられていないのかい?』
話半分で事件が起こったので、私も詳しく知らないんだけど?
「兄さんの口から話してくれ。自分のやったことも含めて、隠さずに」
え、兄弟喧嘩?
突如行われようとしている秀才同士の勃発に困惑したが、返ってきたのは諦めたような溜め息だった。
『分かった、答えよう。
あの子をアルマリンに入学させるように仕向け、レリゲンウォーク氏を脅したのは私だ』
ど、どういうこと?!
驚きとかよりもまず、言葉が頭の中に入ってこない感覚に陥る。
私だけでなく、カルロやメアリィも同じだったようで。
「会長、諸悪の根源なんスか?」
カルロと同様の想像をしてしまう。
引き気味に視線を送るメアリィ。
クレイトンに至っては見たことがないくらいに怒りを見せている。
『私がしたのはレリゲンウォーク氏との交渉、十一番隊への入隊に先立ち彼への許可を取ることだけだ。今回の誘拐事件に関しては完全なるイレギュラーだ。私はそこに関与していない』
毅然と答える生徒会長だが、クレイトンには言い訳をしているように思ったのだろう。
分かり易い怒気の含んだ舌打ちが、これ以上なく夜の路地に似合っていた。
「何を企んでいた?」
『そう遠くない未来に向けた準備さ。五稜旗杯のね』
攻性科なら知らない人などいない行事ごとに、再び疑問符が生まれる。
『最近のアルマリン教導学院の戦績を知っているだろう?
もう十年近く最下位をひた走っている。他国に比べ淀鉱生物の被害が圧倒的に少ない我が国は、それ故に実戦経験や練度でかなり下を行っている。
それに続く学生の質が高い筈もない。
平和の証と言ってしまえばそれでいいのだが、アルマ国にとってこれほど面白くのない事態はない。故に、私は政府に提案したのだよ。学院の変革こそがアルマの変革に繋がると』
「もう政治家気取りか?」
「ルア家の影響力を忘れたのか? こんな20歳の若造の発言がどういう訳かお偉方には尊ばれる。
まだ何も成しえていない、家の財しか後ろ盾のないこの私に対して、みなが口を揃えて言う。『仰る通りです』と」
何を聞かされているのだろうか?
中流階級ど真ん中である私の家柄からしたら、到底理解できない内容だった。
きっと生徒会長なりの苦労や思いが吐露されたのだろう。
正直どうでもいいのだけれど。
『どうせ従うならやらせてもらったまでさ。ともかく、私は学院を変えたかった。
故に生徒会長になり、その権限で攻性科の質上げを行った。急すぎる方針の転換も仕方がなかった。
中でも一番の改革は君たちだ。
十までしかない学院の伝統を破り、他所が喉から手が出るほどの精鋭たちに新技能を盛り込んだ端末を使わせ、新たな風を吹き込ませた。
だが、未来を憂いているのは私だけではなかった。
別の切り口からアルマリンを変えたいと願い、行動する者もいたのだ。……本来なら、手を取り合えるはずだったのだが』
通話越しのハミルトンは、心底悔しそうな声色だった。
しかし、弟のクレイトンの疑いのまなざしを見て、それを信用していいものなのか分からなくなった。
『今回の誘拐事件の首謀者は、攻性科長ジルク・アルバーン。私の右腕だった男だよ』
その名は知っている。
入学式の際に、彼の後で攻性科を迎えるスピーチをしていた男だ。
実直さが服を着ているような気真面目さと、ハミルトンと同期には見えない精悍さを併せ持つ、彼とは別の意味で年齢不相応な男だ。
『君たちが相対した違法パーツの組み込まれたフォトンギアの開発、あれは長年アルマリンが契約しているグラミヤ重工の仕業だ。
彼がその手引きをし、彼の息のかかった生徒にのみ違法パーツは配られた』
見えてきた。
どうして違法パーツを守性科が見破れなかったのか。
アルマリンの権限がどうなのかは知らないが、守性科長のレミィを出し抜けるのは生徒会長を除けば、その役職の者しか考えられない。
『あの男はいずれ学院中のフォトンギアをあの違法パーツに変えてしまう気だったのだろう。
既にいくつかの隊が彼に丸め込まれている。六番隊が君たちに試合を吹っ掛けてきたのも、その辺りが関係しているのだろうね』
件の使用者は目覚めていないから、真実は闇の中だがね。彼はそう言った。
『五稜旗杯でそんな異常なフォトンギアを使われれば、即刻中止はもちろん国際問題に発展する。これまで淀鉱生物の撃退にのみ使われてきたフォトン兵器が、一斉に我が国に放たれるだろうな』
大袈裟に話を広げているだけ、なんとかそう思いたかったが、彼女の理性は全て、ハミルトンの言葉を「あり得る未来」として聞き入れていた。
彼はその蛮行に等しき攻性科長の行いを止めたのだろう。
そういう行動を惜しむ人ではないのはもう分かった。
そして、聞き入れられることはなかったのだろう。
入学以来、一番隊のニュースを何一つとして聞くことが出来なかったのも、無関係ではないはずだ。
唐突に重くなった話の展開に、口を挟んだのはカルロ。
いつもと変わらない調子で、彼は明け透けに尋ねた。
「で、結局ノルンが攫われた理由は?
ただ会長の弱味を握る為なら……入院してたウチの眼鏡が一番効果的、かつやり易かったんじゃないスか?」
眼鏡扱いされたクレイトンの不満げな顔はさておき、一度考えてみる。
ただ会長を制する為なら身内を使えば早い。
既に行くところまで行ったジルク攻性科長が、そんな手加減をするとは考えにくい。とすると……
「グラミヤ重工が、ノルンの情報を知ったから」
『その通りだアーシェ君。先日の対抗試合で十一番隊は学外にも目を向けられた。それは当然グラミヤ重工もそうだ。そして、調べ尽くされた』
こんなにも早く行動に起こされるとは思いもしなかったが。
何度目か分からない溜め息が会長から漏れ出た。
『こちらも質問するが、君たちは今どこに向かっている?』
分かっているだろうに。こちらの返答を待たずに彼はまくし立てる。
『今すぐ引き返しなさい。巻き込んでおいて言える立場ではないが、もう学生が背負うべき案件を越えてしまった。これはアルマ国の問題だ』
「すみません、もう手遅れというかぁ」
「国内どころか国際問題に発展するかもしれないぞ、兄さん」
「うっはぁ、大立ち回りってレベルじゃねぇな」
笑いがこぼれる程の事実だ。そろそろ例のグラミヤ重工に辿り着く。
もう見えてきた、夜の薄暗い空でも全体が白で統一されたラボは、よく目立つ。
そこから聞こえる警報の音と、不自然な程に上がっている煙に、もう笑いがこみ上げてくる。
「うちのエースが、もう既に乗り込んでいまして」
通話越しで生徒会長の椅子から転げ落ちる音が聞こえてきた。
もう手遅れなのだ。一言告げて失礼して、アーシェ達はそれぞれで武装を展開する。
「よぉし、気合、いれよっかー」
「アーシェちゃん気だるげだよぉ?」
今度は私が説教してやる。さぁ、あの面だけは良い猪は、どこだ。




