24 アーシェ⑦ なにやってんの?
話を整理し、あらましを知る為に全員が寮の広間に集まっていた。
クレイトンは明日退院する手筈だったのに、諸々の理由があって特例で病院を出て戻ってきていた。
一緒に帰ってきたメアリィには聞きたいことがあったが、それどころではないのでやめておく。
しかし、先に戻ったヴォルテラはどこに?
彼の部屋の扉を叩く。
そういえば彼を呼びに行く機会ってほとんどなかったっけ。誰よりも朝早くに起きるから遅刻の心配はないし、彼が自室に籠っている時は少なかった。
たいていは広間にいて誰かといるか、外をうろついてるから。
「寝てるとか?」
「昼間は戦ったみたいだし、ありえるかも」
でも起こさないと彼は怒るだろう。
ある程度話がまとまったので、彼には一番に伝えなくてはと思っていた。
「よぉし、ヴォルテラ君お邪魔しまぁす」
「こら」
怪しい目つきでドアノブに手をかけるメアリィの額をチョップ。
「もぅ、いたぁい」
「なにしてんの」
「寝顔が見られるチャンスだよぉ? きっと可愛い顔してると思うんだけど、どう?」
なんだろう、さっきまで真剣な話をしていたから気が抜けるというか、崩されるというか……
とにかく私の威勢が台無しになった気がした。
もちろん興味あるけど、いや違う、失礼でしょ。
アルマ人は平気で寝顔を見に部屋まで突入してくるのかと思われるのは嫌だし、その先入観を抱かせるのが私とか耐えられない。
「それにしたって静か過ぎないか?」
もう動けるようになったクレイトンがそんな私たちの間を割って入ってきた。
彼にやってもらおうかな。
「入るぞ」
と短く告げてドアノブを引いた。
「どういうことだ?」
部屋に入って数秒後、クレイトンが戻ってきた。
ドアを全開にしてその意味を教えてくれるが、確かにこれは謎だ。
なにせ、もぬけの殻だったのだから。
「わぁ、綺麗な布だねぇ」
「お、あいつオシャレにしてんねぇ」
気の抜けた風にメアリィとカルロが感想を述べた。
部屋の間取りはもちろんアーシェ達と変わりないし備え付けの家具は同じタイプなのだが……ヴォルテラの部屋は随分とエキゾチックだった。
壁にはきっと故郷の布が飾られ、鮮やかな色合いのランプがいくつか天井からぶら下げられており、カーテンも見たことがない柄の物が使われていた。
「いや、そうじゃないぞ二人とも」
「なんで窓が開きっぱなしなの!?」
そう、品定めみたいなことをしている場合じゃない。
まず、ハンガーにかけられてある制服が上着しかないのが不自然。
なにより、ミステリーでよく使われる唯一の脱出経路、窓が開きっぱなしだ。
窓の燦には、靴の跡があるし。
「くっくっく、やりやがったなアイツ」
意味ありげに笑うカルロ。
驚いて当然の展開を面白がるだなんて、まさか……
「あんた、何か知ってんでしょ!?」
「いやぁ? ただあいつの夕飯、今日は食えねぇなって知ってただけ」
「止めなさいよ、一人で行かせてどうするの!?」
けらけら笑う馬鹿には何を言っても無駄だった。
頭の痛くなる展開だが、一応念のために端末で彼の番号をかける。
しかし、繋がらない。
向こうが切っているのだろう。
意図的にだ。
音が鳴れば、きっと気づかれるかもしれないから。
「そいで、どうすんだ? まさか副隊長にだけ行かせて何もしないってのはねぇよな?」
……今更だが、見ればこの男は部屋にいたのにも関わらず戦闘服を着込んでいた。
上着を羽織るだけで用意は完了なところを見るに、こいつは出る気満々だ。
「何も知らないまま行ける訳ないでしょ」
道すがら話す事にして、全員に用意をするよう呼び掛ける。
アーシェも自室で着替えながら、もう一度ヴォルテラに通話をかける。
すると、今度は1コールで呼びかけに応じてきた。
「なにやってんの?」
自分でもびっくりするくらい底冷えした声が出た気がした。
通話越しの彼が一瞬たじろいだ気がしたが、そんなことはどうでもいい。
「ねぇ、なんで誰にも言わないで行ったの?」
「行ったら止めたろう?」
「ふざけないで!」
物臭な言い方にカッとなり、つい大声が出た。
急なノイズに通話越しで小さな悲鳴が聞こえたが、ちょっとだけ胸がスッとする。
ざまあみろ、だ。
「じっとしていられるか」
「だからって一人で飛び出す? すでにけっこうな時間が経っていて、向こうは人数を揃えているかもしれないんだよ?」
通話しながらジャケットやスカートを乱雑に脱ぎ、十一番隊に与えられた揃いの戦闘服を着込む。
アルマ国の旗にも使われている深紅、国を代表するアルマリン教導学院のナンバーズ部隊には、黒味の強い赤が採用されている。
この間の対抗試合には間に合わなかった物。
それをこんなに早く着ることになるとは思わなかった。
「時間が経つほど敵は警戒する」
「それで、相手の戦力もろくに把握しないで突貫するの? 貴方はたった一人なのに?」
「ただ群れるだけの悪党にやられる俺だと思っているのか?」
凄みのある低い声が耳元に入って来る。
これが出会った頃ならば引いていたかもしれない。
今だって全く彼の事を怖くない訳ではない。
ただ、ここで言い負かされてはいけない。
乾く喉から、必死に言葉を紡ぐ。
「考え無しに、武器を片手に突っ込むのがあなたの一族の誉れ?」
彼がどんな顔をしたのかは伺い知れない。
しかし冷たい空気はひしひしと感じていた。
ヴォルテラの逆鱗に触れた、そんな感覚があった。
「俺の槍を侮辱しているのか?」
決して仲間には出さない声色に引きそうになる。
しかし虚勢を張る。
会話で傷を負うことは無いのだ、こうなったら言ってやるわ。
「そりゃそうでしょ。誇りなんかのために私たちを置き去りにした。
巻き込みたくなかったとか、一刻も早く助けたいからとか、そんな理由だとしても私は貴方を軽蔑したけどね」
彼が生徒会室から出ていった時から溜まっていた怒りは、その後の事件でどこかへ行ってしまったのかと思った。
しかし、一度口から衝いて出てしまうと、無意識に消していた彼への不満がふつふつと湧きだしたのだ。
「私達はチームでしょ? その時点でヴォルテラの行動は私達の行動になるんだよ?」
「わざわざ足並みを遅くして揃えろって?」
「その通りだよ」
少し考えたら、こんなのは誰にだって考えつく。
「1人よりも6人の方が強いし、切れる手札の数が圧倒的に違う。
どんなに圧倒的な強者でもそれを凌駕できるのが戦術で、だから軍や兵隊は作戦を重んじるの。
たった1人の独断専行よりも、足並みをそろえた行動が大きな結果を出す。そして、誰かのミスをフォローし合えるのが仲間なんだよ?
少しでも考えた? もしノルンを助けられなかったら、誰が責任を取るのかって」
声もない。ひょっとして呆れてる? 僅かな間沈黙が生まれるが、
「お前にだけは言われたくかったかな」
「はぁ!?」
罵声でも浴びせられるか、もしくは素直な謝罪が帰って来ると思っていただけに面食らってしまう。
笑い混じりの反応にこちらが大声を上げてしまった。
「分かった。座標を送ってもらうからすぐに来い」
「ちょっと!?」
「タイミングが悪かった。切るぞ」
こちらが何か言おうとして、男たちの怒号が聞こえてきた。
彼の名前を呼ぶが、返ってきたのは金属同士のぶつかる音。
通信は一方的に切られてしまった。
……というか。何があったのか、結局彼が今どこにいるのか、何をしているのか、そういう詳しいことは何一つ話せなかった。
というか彼は何故戦っている?
ノルンを誘拐した連中をどうやって見つけたというのか。
ぐるぐると思考が回る。
結局どうしたらいいのか、ヴォルテラの事を一旦放置しておいた方がいいのだろうか。
すると切れたはずの端末がもう一度鳴った。反射で通話状態にして、
「もしもしアーシェ?」
その声は、聞き違えるはずのない友人だった。
このタイミングでかけてくるなんて、なんと間が悪い。かけ直してと伝えるが、
「頼まれたモノを送るから」
小気味いい通知音の後に表示されたのは、とある座標。
これはなんだと聞き返そうとして、つい先ほどの会話を思い出す。
「いや待って! なんでミーナが知って、ん? なんで協力、んん!?」
そんなまさか。いやこんなタイミングで。
当たってほしくない事なのに、骨組みが決まっているパーツを嵌めるように、謎が瓦解していく。
「なんであんたが事件の事知ってんのよ!?」
抑えきれずに絶叫してしまう。
通話先で悲鳴が聞こえるが、そんなことはどうでもいい。
ナンバーズ部隊でも事件に関わった私たち達しか知りえない情報を、しかも核たる敵の位置まで割り出せているのか。
「ヴォルテラ君から話を全部聞かされてね、協力してほしいって」
守秘義務!
どうしてあの男には私の常識が当てはまらない!
というか、いつの間に仲良くなってんの! 私、知らないんだけど!
「それで、今ヴォルテラ君が向かっているのがグラミヤ重工の開発ラボ、ここはアルマリンの研究を支援してくれる会社なんだけど、なんでもかなり前からの付き合いだから、ずぶずぶの関係らしいよ」
「待ってよ、当たり前のように説明しないで」
こちとら友人が事件に関わっている事への衝撃が抜けていないのだ。
そんな因果関係が頭に入ってくるほど整理ができていないというのに。
「ミーナは、その、どこまで知ってるの?」
「あたし、守性科長や生徒会長から元々目をかけられてたの。
だから、例のフォトンギア関連ってことは知ってる。……ま、ヴォルテラ君の連絡は、本当に偶々でびっくりしたけど」
つまり、あの二人の部下としてミーナは動いていたってこと?
十一番隊で忙しいからあまり話す機会がないなぁとか思ってたけど、どうやら彼女も彼女で忙しかったらしい。
「もう隠す必要ないから、ヴォルテラ君には先に事情を伝えて、情報も渡せるだけ渡したけど、ひょっとしてアーシェ伝えられてない?」
「えぇ、その通りですよ。あんの無鉄砲副隊長め」
通話先のミーナが抑えきれないといった風に吹き出す。
私の困ってる姿を想像して楽しむのはけっこうだが、少しは隠してほしい。
「で、グラミヤ重工がなんて?」
問いただしたい事はいっぱいあったが、なんとか頭を切り替えて状況の整理に努める。
止まっていた準備の手を、思い出して進めながら。
「えっと、ノルンちゃんだっけ? 彼女の出生とその会社、ていうか研究所は切っても切れない関係なんだけどね、その辺の事はもう知ってる?」
ある程度はハミルトンに聞かされている。
しかし、ここで全て聞いてしまうのは少し違う。
「ごめん、十一番隊にもまだ話してないの。……だからさ」
すばやく準備を済ませ、通話を繋いだまま共用スペースへ出る。
既に出撃準備を済ませている皆が、訝しげにアーシェの事を見ていた。
「皆と共有させてくれない? 今回の事件のあらましを」
出る前に、知らなくては。




