23 ヴォルテラ⑥ うちの姫を返してもらう
剣帯内のフォトンギアを復元させながら、廊下の窓を叩きつけるように全開し勢いよく飛び降りた。
即座に生体系PA疾流を発動。
躍動するようなフォトンの奔流が体内に流れ込み、筋肉を張り上げ神経を活発化させる。
3階分の高さの風が頬を打つ。
目の前に迫る床石を転がりながら着地し、幾つにも衝撃を分散させながら体勢を整え、駆けだす。
ようやく形になった愛槍レド・ガーを邪魔にならないように構えながら、特化端末を音声認識モードに切り替えた。
アーシェに着信。
ワンコールで通話に出た彼女は慌てていたが、そんなのは後だ。
「ノルンが襲われた。居場所が分かる方法はないか?」
急に何を言い出すのか、そんな反応が返ってくると思った。
しかし彼女はほんの短い間だけ沈黙した後、すぐに対応してくれた。
『たしか特化端末同士で位置を確認できる機能があったはず。レミィさん!』
通話先で聞こえる話し声。守性科長の方が慌てる声が聞えてきた。
僅かな相談のあと、アーシェの凛とした声が端末から響く。
彼女の指示通りに操作しながら、学院の塀を大跳躍で飛び越した。
通りがかった同級生に声を掛けられたが、当然それらは振り切って走る。
「ヴォルテラ! 走りながら端末を見る余裕はある?」
「速度が落ちる」
「分かった。貴方は走るのに集中して。その大通りは右に」
また話し声が遠ざかった。騒がしくなる生徒会室の様子が伝わってきた。
しばらくすると唐突に通話が切れ、すぐに知らない番号から着信が入った。
「レミィよ。アーシェさんは今あなたの後を追っている。
ナビは彼女に代わってわたしがするから、よろしく」
頼むと短く返す。
細かい背景は見えないが、その辺りは俺の薄っぺらな頭ではどうにもならない。
ただ走ればいい。
指示を聞くだけの機械になったつもりで、意識は体内。
フォトンの巡りにのみ傾注する。
乗用車が行き来する大きな交差点に差し掛かり、速度を上げた。
吊り下がった信号機を足場にするために駆け上がり、大跳躍。
自画自賛できるほどのしなやかな体が、大きな弧を描き、交差点を越えた。
ガードレールや背の高い植木を段差に見立て、もう一度大きな跳躍。今度は建物の屋根に着地する。
「ちょっと! あなたどこに向かって」
「この道の方が空いている」
煩わしいレミィを雑に返しながら、また駆ける。
カルロのように道など関係なしに進めたらいいのだが。
一人ごちながら屋根と屋根を飛び越えながら周囲に視線をやり、駆け抜けていく。
「かなり近くよ。50メートル先を左に、すぐ下ね」
飛び出しているテラスの燦を足場にして、宙に身を投げる。
風を切りながら距離を縮め、開けた場所を目指して着地する。
通行人が驚き、こちらから一斉に離れていく。信号待ちしている車の列が例外なくこちらを見た。
多くの運転手が信じられないものを見るような目の中、ある車だけが別の反応を示した。
車高の低い黒塗りの車。
その運転手が窓越しで何かを叫び、後部座席に向かって怒鳴り散らしていた。
窓はこちらからは見えない特別製で、それが殊更、怪しさを滲ませた。
そして次の瞬間、ハンドルを切ろうとする動きがあった。
先回りし、進行方向に割り込みながらPAを発動させる。
生体系PA、岩打流。
フォトンを硬質化し、肉体に作用。
一時的に身体強度を爆上げさせるという防御に秀でたPAだ。
真正面に迫る車に、文字通り体を張って完全に停車させた。
「すぐ近くよ、見つけた?」
オペレート曰く、すぐ前にノルンの特化端末があるのだとか。ビンゴだ。
岩打流を発動させたままタイヤを蹴り抜く。
走れなくなるよう凹ませてから回り込んで、扉を強引にこじ開けた。
放たれる発砲音に飛び退く。
運転手は大型片手銃を復元し、こちらの動きに合わせて狙ってきたようだが、そんなのに引っ掛かる俺ではない。
「てめぇ、外人か。このアルマで誰に手ぇ出してんのか分かってんのか?」
かなり柄の悪い口調、見た目は洒落たサラリーマンといった感じだが、偽装の一種だろう。
その貌に宿った明確な敵意と殺意は、普通に生活していては出せない域だ。
「うちの姫を返してもらう。こちらは問答する気はない」
フォトンを加速させて飛び出した。
狙いは運転手ではなく後部座席の扉。
素早く切り払った扉が重力に従い、がたりと落ちて中を顕わになる。
しかし、中にいたのは似たような恰好の男が二人。
ノルンの姿はどこにもなかった。
「あの子はどこだ?」
どうして特化端末がここを示したのか、この男たちは誰なのか、多くの疑問が頭の中を巡るが、なんとか平静を装いながら口にする。
「馬鹿が。ここで死ね」
躊躇なく向けられる銃口から逃れる為に、左右に素早く飛び退く。
片手剣や短剣を復元させた後部座席の者が降り、肉薄してくるが、それらは冷静に槍で対処していく。
二人組は黒ずくめに覆面姿。
どうしてこちらは運転手と同じような恰好でないのかが気になったが、すぐに考えるのを止めた。
収束したフォトンがかなりの力を生み、恐ろしい速度で刃が迫ってくる。
小うるさい足捌きでこちらを乱す短剣は先に動きを潰し、鋭い剣は横合いに槍の穂先をぶつけ、ひたすらに流していく。
気迫やフォトンの密度には驚かされたが、負ける気はさらさらない。
しかしこのままでは時間がかかり、運転手の男が逃げてしまうだろう。
出し惜しみはなしだ。
生体系PA、刹眼。
神経に直接、電撃を当てられたかのような感覚。
作用するフォトンの力で視界はぐっと広くなり、耳は野次馬の声を聞き分けられるほどに音を拾う。
神経の強化が生む結果は、実に単純だ。
肉薄する二人の動きを「起こり」の時点で見切る。
刃を隠す動きの短剣使いの足を払いのけながら、剣使いの肘を切り払う。
たとえ暴徒鎮圧モードとはいえ、フォトンの乗ったこちらの槍捌きには関係ない。
刃は当然のこととして二人の四肢を裂き、路上に鮮やかな鮮血が散った。
「もう一度聞く。あの子はどこだ?」
訊きながら倒れた短剣使いの足を突き刺した。
痛みによる叫びが辺り一帯に響き、野次馬達が更にざわめき始めた。
背格好に合わず声色は高く、ヴォルテラと歳はあまり変わらない気がしたが、まぁいい。
「本当にてめぇ学生か? ウチのモンをよくもまぁ簡単に」
「次はお前だ。話せるよう口以外は刻まないようにしてやる」
……どちらが優位に立っているか、分からせてやらねば話は進まない、か。
減らず口は挟ませずに槍を動かすが、さすがに男の指先の方が速かった。
そして、放たれるフォトン弾はただのエネルギー体ではなかった。
放出系PA、灯点。
時に遠くに合図を出すための狼煙として使われる光弾は、今の俺には天敵だった。
目を塞ぎながら後ろに飛び退くが、独特の高音は吐き気を催すほどに聞こえ、立っていられなくなった。
「ずらかるぞ」
その一言すらも聞こえなかった。
神経を強化したヴォルテラに襲い掛かる五感への攻撃は、しばらく後に残る程だった。
黒塗りの車は消え、残ったのは血痕と車内から落ちた特化端末。
ちょうど五感が回復した辺りで、息を荒げたアーシェがやって来た。
彼女は状況を見てこちらにいくつか尋ねると、すぐに端末で連絡を取り始める。
俺は、何もできなかった。
足に当たったノルンの端末が鳴っていた。
拾いあげたそれは、彼女の腕に合わせてベルトがかなり細められている。
『メッセージが一件届いています』
その表示に、迷わず内容を開いた。
ノルンには終わった後で謝ればいい。今ちょうど届いたばかりのメッセージだ。
何か意味があるに違いない。
『次はおまえ達だ』
簡素で、仕返しのような内容に怒りが沸き立った。危うく端末を砕きそうになった。
すぐに行ってその首、刎ねてくれる。
静かに決意した。
荒んだ状態のまま帰宅する。
「お疲れさん」
寮にはカルロだけの様子。
いつもの軽口もなく、ソファにどかっと座っていた。
衛士団の取り調べが早く済んだのは、生徒会長が事情を話してくれたからだろう。
指示を受けていたアーシェが素早く対応したおかげもあり、夕方には寮に戻る事が出来た。
メアリィはクレイトンのお見舞い、アーシェは生徒会長に呼ばれて行った。
俺のやれることはなくなったのだ。
「どういう経緯でこうなったんだよ?」
「知らん」
話は十一番隊全員に伝わっている。だが、その全容は明らかにはなっていない。
異変を感じてノルンの元へ向かった。
細かい話は全て後からどうにかなると思ったので、とにかく駆けただけに過ぎない。
そーか、とどっちにも取れる反応で、カルロはソファの上に寝転がった。
ノルンさ、今朝オレに話しかけてきたんだよ。ヴォルテラは何が好きか、って。
飯じゃね?って答えたら、なんかそこから意外に話が弾んでよぉ」
知らなかった。あの子がそんなことをしていたなんて。
「アンタのこと話して笑ったんだぞ? マジでビックリしたわ。
うわめちゃくちゃ可愛いじゃんって、不覚にもときめいたわ」
不覚とは。随分あの子に失礼な物言いだが、わざわざカルロに訂正は求めない。
「カルロ、お前いくつだ?」
「15」
「俺は17。アーシェ、クレイトンにメアリィも一緒なんだと」
あの子は13歳。それを教えてやると、何故かカルロは笑い出した。
「まだまだガキじゃねぇねぇか。なんでアルマリンに入学できんだよソレで」
「そのまま返そうか?」
「オレは自覚あるからいいんだよ」
そうか。まぁ言う事はない。
自室へ籠ろうとして、最後にカルロに話しかけられた。
「寂しがってるかもな、あいつ」
出会った当初の、誰にでも噛みついていた頃から、カルロは随分と変わったな。
そうだな、と短く答えて扉を閉めた。
ジャケットをハンガーにかけながら、特化端末で最近登録したばかりの通話番号を検索し、タップする。
少しのコール音の後に彼女は出た。
「ミーナ。頼みたいことがある」
我らが隊長の親友。
俺にとってのクラスメイトで、それなりに話せる仲になった新たな地での友人。
どうやら今日は休日返上で守性科に入り浸り、勉強と技術の習得に勤しんでいたのだとか。
『無茶ぶり?』
「あぁ。慣れているんだろう?」
通話越しなのだが、彼女の仕方ないなぁという顔が目に浮かんだ。
いくつか話しこんで通話を切り、もう一度ジャケットに手をかけ……
やめておくか。
これから暑くなるのだ、無駄に汗を染み込ませても良いことはない。




