20 クレイトン⑪ じゃあ一緒に特別になろう
「10日か。すぐだね」
「まぁ手配が迅速だったから、そんなものだよ」
アーシェから心配のため息が漏れた。
心配をしてくれるのはありがたいが、打ち上げはどうしたのだろうか?
「隊長を放っておいて俺達だけ盛り上がるのは違うだろう? せめて顔だけでも今日中に拝んどこうと思ってな」
律義な事で。
早速ヴォルテラが見舞いの果物を剥いてくれているが、なんだ。
彼の大きな手だと林檎が随分小さく見えるな。
「にしても災難だったなぁオイ。負けてねぇのにそんなボロボロになって」
「眼鏡は平気?」
椅子にどかっと座りながら林檎を頬張るカルロ。
態度は置いておいて、心配はありがたく受け取っておこう。
それよりノルン。君は最近僕のことをやたら弄ってきてないか?
眼鏡は無傷だが?
「これから毎日お見舞いに行くからねぇ?」
「別に来なくていい」
メアリィは相変わらずだった。
まぁ、こんな傷で悲しげにされてもこっちが困るから、別にいいんだが。
「さっき会長と会ったんだけど、何か話してた?」
アーシェが暇潰し用に持って来てくれた本(新刊のホラー小説。恐らくこれを読むことは無い)を受け取りつつ、疑問を口にした。
さっきの説明をそのまま話す。
彼女達は苦虫を噛んだような、なんともいえない表情をしていた。
「せっこ。んなの用意しててオレらと戦ったんかアイツらは」
「ひょっとしてさ、初めから私達全員を潰すつもりだった、とか?」
前にその違法パーツと相対した二人は、その脅威を思い出したのか特に苦い顔をしていた。
「んーどうかなぁ? カルロ君がフラッグ取った後で、あの隊長は暴走したもんねぇ?」
メアリィに同意だ。
初めは使うつもりがなく、どうしても目にもの見せてやりたくなって、衝動的に違法パーツを起動したように思えた。
「他の六番隊は? 事情聴取はされてねぇの?」
その辺りも調査中だと兄は言っていた。
謎が残る事件だったが、今はいい。
そんなことより話したいことがあったのだ。
「何かあったら隊長に話がいくはず。気にしなくていいだろ」
皿に果物を切り分けた彼は、手近の水道で手を洗いながらそう言った。
ちょうどいい。今のヴォルテラの話に合わせて伝えておこう。
「それなんだが、少し聞いてほしいことがある」
話を遮ったことで、5人の視線がクレイトンに向いた。
その中で、メアリィだけが分かっているような表情をしているが、まぁいいか。
「隊長をアーシェに任せる。ヴォルテラ、君には副隊長をやってもらいたい」
「ハァ!?」
「ちょ、なに急に?」
大きなリアクションをしたカルロ、アーシェ。
意外そうに眼を大きくしたノルンと、怪訝そうなヴォルテラ。
メアリィだけは相変わらず微笑をたたえている。
「ずっと考えていた、僕よりも適任だと。
今回の作戦だってアーシェと半々で考えたものだし、なにかと君は仕切る。だったらそのまま君に任せた方が良いかと思ってな」
「いやいやいや。え? 皆で決めたよね?
クレイトン君でいいよねって? そんな、急に言われても、ね?」
慌てふためく彼女だが、何を今更と言いたくなる。
試合中でも彼女の方が冷静に立ち回れていたし、なにより度胸もある。
「君もアーシェが適任だと言っていたな? 今回のことで僕もそう思ったんだ」
ヴォルテラに水を向ける。
彼は壁に背中を預けながらクレイトンとアーシェを交互に見た。
「言った。だが、簡単に変更できるものなのか?」
「それなら問題ないよぉ。会長から許可は貰ってあるからぁ」
「待てや、なんでテメェがソレ知ってんだよ。つーかなんでオレじゃなくてこの女だよ!?」
カルロが騒ぐのは予想通りだ。
君をコントロールする辺りも含めてアーシェを推薦したのだが、そこは言わなくていいだろう。
「クレイトン。それはついさっき思いついたことじゃないだろうな?」
下手をしたら、槍を構えている時と同じくらい、ヴォルテラの目は鋭かった。
その美貌も合わさって、思わず息を飲むほどの迫力だった。
しかし、決めていた事だ。用意していた方便を彼らに提示する。
「リーダーの適正って何だと思う?」
「イケてるレベルだろ?」
違う。そんなフワッとした理由で推薦するか。
「え、頼れるかどうか?」
「視野の広さか?」
「まっすぐさ?」
最後のノルンに頷く。
こういうのは色んな意見があるが、クレイトンが思う条件はそれだった。
「アーシェ。君はヴォルテラほど強くはないだろう。カルロほど気合が入っている訳じゃないし、僕より成績は良くない。ノルンほど冷静沈着でもなければ、メアリィほど愛嬌も言い訳じゃない」
「え、私バカにされてる?」
まだ途中だ。
拳を握りながら戸惑うという謎の挙動は、今は置いておいてくれ。
「でも君は誰よりも心がまっすぐだ。誰かを助けるためなら簡単に踏みだせる、いざという時に君はすぐに肝が据わり、そして同じくらい冷静になる。
単純な強さではない何かを秘めている、ということがリーダーには必要だと思うんだ」
目をぱちくりとさせるノルン。顎に手を置くカルロ。
頬をかきながら居心地の悪そうなアーシェは、控えめに尋ねてくる。
「で、でも私こんなんだけど……実は、臆病だし?」
「それを克服できることは、ちょうど今日見たな」
「事務作業とか、そういうのはちょっと苦手で」
「その辺りを丸投げするつもりはない。フォローするし、なんなら僕がやっていい」
逃げ道は塞ぐ。僕の中ではもう決まっているのだ。
それに、この集まりが誰の言葉で動いているのか。
この僅かな共同生活で、既に全員が知っている。
「皆、君になら従う。それ以上の理由があるのかい?」
「う、うぅ」
裾を掴んで、どうにか言い訳を作ろうとするアーシェだが、往生際が悪い。
「いいからやっとけよ。クレイトン、もしコイツがやんねぇならオレがやるぞ?」
「あぁ。それでいい」
「ハァ!? あんたなんかに任せられる訳ないでしょ!?」
始まった。しかし、その反応をしたせいで君の道は塞がれた。
「じゃ決定なー」
「え?」
「オレにやらせたくないんだろ? じゃあオメェがやるしかねぇワケだ」
「あ」
まさかカルロ自ら誘導してくれるとは思っていなかった。
なんだかんだ言って、彼もアーシェのことを信用しているようだ。
本当に嫌ならもっと反対するだろうし。
「待って! え、嵌めた? そんなのってアリ!?」
「隊長うるさー」
「ノルンまで!? もうなんなのさ!」
あぁやっぱりだ。彼女を起点に僕らは明るくなる。
ずっとこの輪の中心は彼女なんだと思っていたのだ。
「メアリィもこれでいいか……って、君らは何してる?」
視線を向けようとしたが、なにやらヴォルテラとメアリィが面白くなさそうに二人で話している。
恨みがましい視線で僕の方を睨んでいるのだが、何かあったか?
『見ました? こう、一度しっかりと下げてから落とすんですよ? 手慣れていると思いません?』
『これは良くない。ついで口説いていたら、いつか刺される』
お互いにしか聞こえないように言い合っているが、何の相談だ。
「君たち、何を話してる?」
「「別に」」
言葉が揃った。
意外だ、メアリィはともかくヴォルテラがそんな歳相応な顔をするなんて。
どことなく遠い存在に思っていたから、二人がとても対等な友人のように見えたのだ。
「それで、アーシェは決まりとして、副隊長は俺でいいのか?」
咳払いして、ヴォルテラが話を戻した。
「それなら君も平気だろ?
頭を使うようなことは彼女に任せて、君はどっしりしていてくれたらいい」
不機嫌そうな顔で見つめられるが、彼はまだ慌てているアーシェを見て頷いた。
「いいだろう。元隊長最後の命令、しかと引き受けよう」
「ちょっと! ヴォルテラも止めてよ! ていうかメアリィとコソコソ何話してたの!?」
お、隊長が副隊長に噛みついた。
これからクレイトンは気楽に、自分のペースでやればいいことになった訳で……ところで、
「君は何故怒ってる?」
「……クレイトン君は釣った魚に餌を与えないタイプなんだねぇ」
「そんな事は無い。熱帯魚の餌やりは僕の仕事だった」
「そういう話じゃないよ!」
がやがやと騒がしくなる病室。
けらけらと笑うカルロに、なんとなく面白くなさそうなノルンもそれに加わり、十一番隊はこぞってナース長に叱られることとなる。
だがまぁ、それもいいか。お固くとまっているつもりはない。
面会時間ぎりぎりになって、彼らが病室から出ようとする。
「それじゃあ、お大事に」
病室の外で新隊長が解散を告げた。
足音が遠ざかっていくが一つだけもう一度こちらに向かってきていた。
誰だろうか。控えめなノックなあと、入ってきたのは既に見慣れた金色のボブカット。
「忘れ物かい?」
彼女はさっきまで皆の前で見せていたような可愛らしい表情でなく、愛想を全て取っ払った顔で入ってきた。
彼女は何も言わず、さっきしまったはずのパイプ椅子をクレイトンの側に立てて腰かけた。
「隊長、辞める必要あった?」
何かと思えば。
彼女はクレイトンの本音を聞きに来たのだろうが、その意味はない。
「あったさ。このままじゃ僕は特別にはなれなかったからね」
繋がった時に感じた、思い浮かんだ「特別」という言葉の意味を、彼女は計り知れなかったみたいだ。
「頼れるキャプテンやリーダーはね、ただ責任を負うだけでちっとも特別なんかじゃない。本当に特別なのは、無二のエースなんだ」
「十一番隊には、けっこうそういう人いるでしょ?」
その通り。特にお子様は無二そのものだ。
まだ詳しい事情を聞いたことは無いが、彼らの替えは効かないと思っている。
きっと隊の人選にも影響しているだろう。
「だから押しつけた」
「うわぁ」
「さっき言ったのは嘘じゃない。あの二人の方が華はあるし、適任なのは本当だよ」
「ふぅん。で?」
あなたは、と聞かれていた。
押しつけて身軽になった肩に、あなたは何を乗せるのかと詰問されていた。
「僕はこの隊のエースになる。ルックスの良い隊長や副隊長よりも、謎のお子様二人よりも、この隊に僕ありと言われるほどの不動の男になる」
「あたしを勝手に解任させておいて、よく言うねぇ」
こちらに重心を乗せながら、呆れて笑うメアリィはとても憎たらし気だ。
茜色の陽射しが、寂しげな色を金の髪に反射させている。
「じゃあ一緒に特別になろう。今の君となら、そうなれる気がするよ」
いつも何か考えている彼女の瞳が、この時だけは何も含みのないものに変わった。
じっとクレイトンのことを見つめた。
「急に、勝手なんだから」
彼女は視線を外し、窓を見る。
きっとすぐに見回りの人が来て、閉館時間を告げに病室までやってくるだろう。
そんな僅かな時間を、ひっそりと佇むように、僕らは黙って待つのだった。




