10 クレイトン① 女子のタオルだからだ
期待をかけられてきた毎日だった。
財閥を取り仕切るルア家の次男として生まれた僕は、幼い頃から全てを与えられてきた。
坊ちゃまと女中に呼ばれるのが普通でないと気づいたのは、友だちの家に行った時だった気がする。
人によっては一生手にすることが出来ない富に囲まれて、当たり前のように享受する生活をしている自分が、どうしようもなく恥ずかしくなった。
だが、そういう高価な物や特別な境遇を見事に使いこなし、自分の裁量にして見せた兄を見て、羨望を抱いた。
何でも出来る兄と比べられる毎日が嫌で、たまたま攻性フォニマーの適正があったから、兄には進めない道に逃げるように向かった。
これまた家の力というのか、トレーナーに囲まれて力を身に着ける日々が始まった。
自分で進み始めた道でも、そのやり辛さは変わらなかった。
だから、アルマリン教導学院に進学が決まった際は嬉しかった。
名門校の中でも攻性フォニマーの育成に長け、なにより全寮制という校則が、クレイトンにとって大切だった。
兄が生徒会長ということが唯一の嫌な部分に目を瞑り、僕は一人立ちを始めたのだ。
「武装展開」
二つの棒から生み出されたのは、トの字に見える打突武器、旋棍だ。
剣や槍、銃や弓に比べればマイナーな種類だろう。
かつては衛士団警護部隊の基本装備として、正義の象徴として腰からぶら下げられていた。
英雄と呼ばれる攻性フォニマーが風変わりな剣を担ぎ、大きなトカゲ型の淀鉱生物を両断するという逸話に憧れもしたが、僕は身近にいた守護者に憧れた。
殺さず制圧する、優しい教えと在り方に、数ある武器種の中で迷わず選んだものだ。
ガルム社製旋棍、ブレイサーⅢ(ホワイト&レッドモデル)。
PAに特化したスタイリッシュなアルーダ社、
フォトン出力に重きを置くピーキーなトルネオ社を選ぶなんて考えられない。
身体的に特別なにかに秀でてはない僕からしたら、老舗のガルム社で決まっている。
オリジナリティにこだわったオーダーメイド対応のクォルラフィン社は、そもそも手を出そうとは思わない。
『開始5秒前』
機会音声がカウントを告げ、息を整えた。
十一番隊に与えられた訓練室の機能に、ディフェンス用の設備があったので試してみたのだ。
開始と共に現れた無数の射出口。
そこから放たれる手のひら大のボールが放たれた。
肘を覆うように構える旋棍は、格闘術の延長でそのまま扱える。
飛んできたボールを受けると、意外にも硬い素材で出来ていることが分かった。
弾性もなかなか、弾いた側からすぐに跳ね返って飛んで来る。
腕を盾にする形でそのまま防ぐが、次第に武器を扱う動きに変わっていく。
拳を振る動きで旋棍が回り、ボールを打つ。
考えなしにぶつければ手のしびれに繋がる。
衝撃を逃がす体の運びを意識し、突きや払いも多用していく。
段々とトンファー自体が腕の延長になる感覚になってきたところで、変化が起こる。
ボールが6つに増え、一度の動きで2個対応をしなくてはならなくなる。
左右だけでなく上下も、反射したボールは背中からやって来ることもあった。
しかしまだ対処可能だ。
冷静に一つ一つ対処していく動きは、積み木を組み立てていく感覚と似ている。
上に上に積みあがっていき次第にバランスを取ることも難しくなる。それは疲労に伴い息が切れていくのと同じだ。
その状況で、耐え続ける。
9個になったボールの反射は視界のほとんどを埋め尽くす。神経をすり減らしながらも耐え、少しずつ動きを合理的に小さくしていく。
「クレイトンくんっ」
特徴的な猫なで声に、張りつめていた空気を壊された。
背中にぶつかったボールのせいでつんのめってしまい、腹、頬に連続で当たってしまった。
ボールは人体に当たれば弾性を失う性質らしく、訓練は終わってしまった。
訓練室を転がっていくボールを拾った彼女は、あははと謝る気もなく近づいて来る。
「だめだよぉ? 集中を切らしちゃ」
「邪魔した本人が言うか、まったく」
可愛らしいフォームでこちらに投げてくるので、払うように弾く。
「何の用だ?」
「もぅ、つれないなぁ」
メアリィだ。同じクラスの、同じ隊のメンバー。
カールのかかった髪は、いつだって崩れないよう念入りにセットされている。
午後の授業も訓練だったというのに、一体いつセットしているのか。
「それで、何の用だ? 訓練を中断させるからには、ちゃんとした理由があるんだろう?」
「うん、コレだよぉ」
渡されたプリントには、難しい単語と数字が羅列されている。
どうやら十一番隊に与えられた訓練室の、設備の内訳のようだが。
「僕はいつ会計担当になった?」
「カルロくんには無理でしょう? ノルンちゃんも分からないし、ヴォルテラくんには断られちゃってぇ」
「アーシェは?」
「守性科に行ってくるって。ヴォルテラくんもついていってたよ」
そういえば、今朝そう言っていたか。
どうして一緒に行ったのかは分からないが、彼のことなら気にしなくてもいいだろう。
旋棍を基礎状態に戻しながら受け取る。
打ち込み用の人形、射撃用の的、アーシェの頼んだビデオカメラなど、確かに必要なものばかりだ。
上から順にサインしていくが、その手が止まる。
「ロープに、支柱? なんだコレは?」
「カルロくんがぁ、絶対に要るって豪語してたよ」
「却下だ却下」
「でも、アーシェちゃんとヴォルテラくんも賛成してたよぉ?」
「……分かった、あとで聞いてみるよ」
しかし、訓練に熱中していたせいで汗が止まらない。
すると、ハイとまた可愛らしいポーズでメアリィがタオルを取り出した。
「いい。自分のがある」
「女の子の渡したタオルだよ、なんでぇ?」
「女子のタオルだからだ」
他人の物に汗をつけるなんて。
しかもそれが異性同士だなんて、気軽にやっていいことではない。
彼女は会った時からそういう線を平気で踏み越えてくる。
身持ちを固く、とまで言えば性差別的だが……最低限の慎みは必要だろうに、まったく。
「あ、それとね。さっき生徒会長と会ったんだけど、こんなのも渡されたのぉ」
兄の顔が過る。
きっとあの人はメアリィだろうと、誰かれ構わず微笑を携えて接するのだろう。
柔和で人の良さそうな顔をして、決して本心を見せないようにする。
こっそりと獲物を狙う蛇のようなあの目が苦手だった。
「十一番隊発足に際しての、決め事っていうの? 皆で話し合わなきゃダメなのがいくつかあって、特に重要なのがぁ」
承認届けの要項だ。彼女の示した所には、隊長となる人物を書く欄が記載されていた。
隊長?
「そういうのは早く渡してくれ」
これはメアリィにではなく、あの男に対してだ。
バタバタしていたから決める暇があったかは分からないが、片隅に留めておく必要はあった内容だ。
というかこれの提出期限、今日じゃないか!
急いで端末を使い、緊急招集をかける。今日の予定を変える必要が出てきてしまった。
もうすぐ六番隊との試合だっていうのに、前途多難だ。




