仕返しに行った先で
森を歩いていたら罠にかかった。
物理的な罠だ。脚にがぶっとかみついてくるタイプのアレだ。
ここ数十年の中ではずいぶん村も富んできたようだし、こんな罠を仕掛けられるのはだいぶ久しぶりだけどまさか自分が引っかかることになるとは思わなかった。
今日の格好だとうまく罠を外すことができなくて困っていたら、通りかかった森の魔女が外してくれた。
「アンタにしては珍しいじゃないか。こんな初歩的な罠に引っかかるなんて」
魔女はニヤニヤしながら言う。丁寧に手当てをしてくれているが俺は思わずムッとして言い返す。
「だってこの罠には悪意がなかったんだ」
「そうかい。まぁ、罠を仕掛けたヤツは単純に食べ物を捕獲したかっただけなんだろうさ」
いや、食べ物にされてたまるかよ。
ため息をつきながら俺はとりあえず魔女に助けてもらったお礼について考える。
魔女に助けてもらったらそれなりの対価が必要なのだ。
「アンタに頼むお礼だけどね」
手当てを終えた魔女が顔を上げてこちらを見る。
「この罠を仕掛けた誰かさんのところに行ってきて欲しいんだ」
「は? 俺に食べられて来いってことかよ?」
思わず言い返した俺に魔女は笑った。
「ハッハッハ。そんなわけないだろ。こんな罠を今どき仕掛けるような人間に興味があるだけさ」
魔女の言葉に俺は驚いた。
魔女にも色々いるが、彼女はあまり積極的に人間とは関わらないタイプの魔女だ。
困っている人間がいて、その人間から助けを求められたとしても気が向かない限りは助けない。
その程度だ。
それなのに、わざわざ罠を仕掛けた人間のところに行ってこいなんて言われるのは想定外だった。
俺の困惑を察してか魔女は言う。
「アンタも罠を仕掛けたヤツに文句の一つも言いたいだろう?」
確かに。
魔女の思惑は気になるが、手当てしてもらってもまだ痛みはある。
正直マジで痛いし、罠にかみつかれたときの痛みを思い出すと全身ヒリヒリするから、罠を仕掛けたヤツに文句を言いたいとは思う。
うん。文句を言いに行こう。
俺がそう思ったのが分かったかのように魔女は笑った。
「ま、アタシへのお礼はそれで良いよ。恩返しと言うよりは仕返しを唆しているみたいだが、まぁいいだろう」
行ったらどんな人間だったか教えておくれよ、と言い、魔女は自分の家に帰って行った。
魔女の薬の中に嗅覚を一時的に強化できるものがある。
俺はそれを使って罠を仕掛けた人間のいる場所を見つけることができた。
そこは家というよりはだいぶボロボロの小屋のような建物だった。
中に仕掛けたヤツ以外にも人間がいるのかどうかとかは分からない。
でも、ノックして名乗って罠を仕掛けましたか? って聞くのは違う気がする。
ここは殴り込みをするべきなんじゃないだろうか。
俺はそう思って、まず息をふーーっと吐き出す。
それから思いっきり息を吸い込んだ。
その勢いで取っ手を掴んで扉を思いっきり引っ張る。
一瞬、鍵がかかってたらどうしようかと思ったが幸いにも無施錠だったので扉は吹っ飛ぶんじゃないかと思うくらいの勢いで開いた。
吸い込んだ息を全部声にするくらいの声量で叫ぶ。
「罠を仕掛けたのはお前かぁっっっっ!!」
俺が叫んだ先にいたのは小さな子ども。
ビクッとして部屋の隅で目に涙をいっぱいに溜めている。
え? 子どもなの? と思ったが罠の匂いはこの子どもの匂いだ。
周りを見てもこの子ども以外はいない。
ちょっと動揺してしまったが、文句だけは言いたい俺は声量をちょっと落として続ける。
「俺、脚めっちゃ痛かったんだぞ」
子どもは目を大きく開く。
「ご……ごめ……ごめんなさい」
小さな声が聞こえる。
ブルブル震えながらボロボロの布を片手に握りしめ、それでも俺の方に這ってくる。
「あ……脚……だい……大丈夫……ですか?」
這ったまま俺の脚のあたりを確認しようとする。
「あー。うん。森の魔女が通りかかって罠外してくれたんだよ。治療もしてもらったから大丈夫。ただ、とっても痛かったから文句を言いたかっただけなんだ」
急に怒鳴り込んでごめん、と俺が言うと少しほっとしたような顔をする。
よく見るとこの子ども、手足が細いし傷だらけだし汚れてるし、握ってる布以上に服もボロボロだ。
しばらく飲み食いも満足にできていない様子に、あぁそうか、と思った。
「だから罠に悪意がなかったのか」
俺の独り言に子どもは首を傾げる。
もしかしたら助けた方が良いのではないか、そう思ってとりあえず俺はしゃがんで話を聞こうとした。
しゃがんだ俺にビクッとして子どもは少し後ずさる。
ん-。そうだよな。びっくりするよな。
どうしようかなと思っていた俺はふと思い出した。
懐の巾着をゴソゴソする。あ、あったあった。
中から取り出したそれを手のひらに乗せて子どもに差し出す。
「これ、りんごを乾燥させたんだよ。甘くてうまいぞ。食べていいから話を聞かせろ」
そう言うと子どもは俺の手のひらと俺の顔を交互に見る。
俺は一つつまんで口に入れて咀嚼してみせた。
「ほら、うまいぞ」
そう言ってさらに手を子どもの近くまで伸ばした。
ゴクリ。子どもの喉が鳴る。
恐る恐る手を伸ばした子どもは俺の手から一つ乾燥したりんごを取って、こちらをチラチラと気にしながら口に運んだ。
まずは一口。
それからもしゅもしゅと口を動かしゴクリと飲みこむ。
気に入ったのだろう。頬を赤く染めると残りを全部口に突っ込みリスのように頬を膨らませている。
口からあふれそうになるのを押さえるように、両手で口元を覆いながら懸命に口を動かして咀嚼している。
しばらくもごもごしていたが、ようやくゴクンと飲み込めたようだ。
「ほれ、まだあるぞ。全部やる」
俺が出した手のひらからまたりんごを取り、食べる。
しばらく無言で食べていたが最後のひとかけらを食べ終わったあとで俺の顔を見上げてくる。
「ご……ごち……そうさまで……した」
「ん。気に入ったんなら良かったよ」
じゃあ、と俺は改めて腰をおろした。
今度は子どもは怯えなかった。
「俺はグレイだ。お前は?」
まずは自己紹介だろう。名前だけでも聞いておきたい。
「……ココ」
小さい声で返事があった。
「ココは何歳なんだ?」
「……6歳、かな」
ん? 自分の年齢が分からないのか。
「ん-。じゃぁ、お父さんかお母さんは?」
聞くとココは首を横に振る。
え。どっちもいないのか。
「ココ、一人で暮らしてたのか?」
これには首を縦に振る。
「お父さんは……ずっと……いない。……ちょっと……前、お母さん……いなくなった」
「ココはこの家で暮らしてたのか?」
ココはコテンと首を傾げる。
「お母さん……いなくなる……まえに……来たばっかり」
じゃぁこのあたりの子じゃないのか。
うーん。そうしたらどうすればいいのか。
腕を組んで考えていると、いつの間にかココが俺と同じポーズをしていた。
試しに首を傾げてみると同じように傾げる。頭を掻いてみると同じように頭を掻く。斜め上を見上げてみると斜め上を見上げながらこちらをちらちらと見てくる。
……遊んでる場合じゃなかった。
まぁ、俺がちょっと考えたところで良い案なんて浮かばない。
「もし、ココがこの家で暮らしてなくてもいいなら、森の魔女に相談しに行かないか?」
「まじょ……?」
ココは小さく呟く。
ちょっと首を傾げてからココは小さく頷いた。
二人で手を繋いで森を歩く。
少し歩いて気づいたが、ココは小さいから歩くのがおっそい。
体力もそんなにないだろうからきっと途中何度も休憩しなきゃないかも。
このままだと魔女の家に着く前に夜になるかもしれん。
「なぁ、ココ」
呼びかけるとこちらを見上げる。
「俺がココを抱っこして運んでも良いか?」
ココは目をパチクリさせてから頷く。
ちょっとだけ目がキラキラしている気がするのは気のせいだろうか。
「その方が早く着くから。しっかり掴まってろよ」
ココをそうっと抱き上げると軽くて驚いた。
見た目以上に軽い気がする。
少しでも力を入れたら壊れそうなほど軽いココを抱えて俺は魔女の家までダッシュした。
「あの家だ」
魔女の家が見えるあたりでココをそっとおろした。
近づくと家のドアは静かに開いた。
開いたドアの先では魔女が頬杖をついてニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「ふうん。やはりか」
その言葉を聞く限り、魔女はお見通しだったのかもしれない、とも思う。どこまで分かってたのかは知らんけど。
とりあえず中に入る。
魔女は俺をテーブルに呼んだ。
「小さいアンタはこっちで猫と遊んでな」
魔女はココをラグの上に招く。
……いや、猫と遊ぶと言うよりは遊ばれてないかあれ。
そんなココと黒猫を見ながら、俺は魔女に事情を説明した。ついでにこれからココをどうするか相談する。
「どうするって言われてもねぇ」
すると、黒猫と一緒にとことことココが近くに寄ってきた。
「まじょ、さん。これ」
と、ココが小さく折りたたまれた紙を魔女に渡す。
魔女は片眉を上げながら受け取って紙に目を落とす。
少ししてから、なるほど、とつぶやく声が聞こえた。
「お前さんは水の魔女の養い子だったか」
顔を上げた魔女はまっすぐココを見て言う。
チラリと盗み見た紙には何かが書いてあるようには見えないが、魔女にしか見えない文字で書かれているんだろう。
魔女の言葉に頷いたココは頭を下げる。
「お……おかあさん、こまったら、も……もり、の、まじょ……さんに、おねがい、しますって。だ……から、お、ねがい、します」
魔女はふぅっと息を吐く。
「まぁ、あの子の頼みなら仕方ないねぇ。良いだろう。あの子が帰ってくるまでここにいれば良いよ」
やれやれ、というように見える態度の魔女だが、頼りにされてちょっと嬉しそうだ。鼻の先がちょっとだけ動いている。珍しい。
それに気づいてニヤニヤしている俺に気づいた魔女は言う。
「狼、お前もニヤニヤしてないでココが困らないようにしばらくはこの家で暮らしな」
「えー」
俺は不満を口にする。しばらくあちこち行けないのか。
自由にあちこち行けなくなるのはめんどくさいけど、しばらく自由にさせてもらってたんだから仕方ないだろう。
「おお......かみ?」
ココは俺を見て首を傾げる。
あ、そうか。
「ごめん、ココ。言ってなかったな。俺、半分狼なんだよ」
そう言ってテーブルから離れてラグの上で獣型になってみせる。
罠に引っかかった時は獣型だけど、ココの家に行った時は人型だったからココには言ってなかったことを忘れていた。
元々くりくりの目をさらに目をまん丸くするココ。
あ、やべーか? 普通、人間なら狼は怖いのかも?
そう思って人型に戻ろうかと思っていると。
「きれー」
ココはそう言って俺の近くに寄ってきた。
そして手を俺の方に伸ばしかけてから慌てて引っ込める。
「さわって……も、いい?」
引っ込めながら俺の方を見て聞いてきた。
それを見て大笑いする魔女。
「アッハッハッハ。ココはなかなか度胸のある子じゃないか。さすが水の魔女の養い子だよ」
涙を出しながら笑い転げる魔女に、笑い過ぎだっつーの、と呟きながら、俺はココの足元の方に寝そべる。
「触ってみたけりゃどーぞ」
そう言うと、ココはそーっと手を伸ばして俺の頭を撫で始めた。
最初は恐る恐るだったが触り心地が気に入ったのか、しまいには背中にぎゅーっと抱きついてきた。
「ふわふわ、あった、かい」
魔女はずっと笑い転げている。
狼、という見た目もあるから獣型でいる時にこんなに距離感を詰められたことがなかったが、無防備にこんなに懐かれるのは悪く無い。
俺があったかいのか、ココがあったかいのかは分からないが、しばらくそのままでいたら気づいたらココが寝ていることに気が付いた。
「おや、寝てしまったようだね」
笑い過ぎて出た涙を拭いながら魔女が言う。まだ笑いが隠しきれていない声に少し腹が立つ。
「どうすんだ、これ。起こしちまうと可哀想だからベッドまで運べないんだが」
ジト目で魔女を見ながら俺は言う。
「疲れたんだろうさ。せっかく気持ちよさそうなんだし、アンタの毛で寒くはないだろうから起きるまでそのままでいさせておやりよ」
魔女がそう言うなら部屋のど真ん中のラグで寝そべっていても邪魔にはならないってことなんだろう。
普段なら足蹴にされそうだが今日は特別ってことか。
ココの体温ですっかり温まった俺もなんだか眠くなってきたからこのまま寝るとするか。
そう思ってココを囲むように丸くなって俺も目を瞑った。
罠にかかった俺が仕返しするつもりの相手を拾って返って、しばらく一緒に暮らすことになるなんて。
長く生きていても不思議なことはいっぱいある。
そう思いながら今はひとまずぬくぬくと眠ることにした。
拙い作品ですが、読んで頂きありがとうございます。