第三話
約束された最低限の食事は、ほんとに最低限なものだった。
固めのパン1個と小ぶりなバケツに入った水だけ。
元々結構食べる方だった咲夜には当然のごとく少ない食事。容赦なく腹は鳴る。
痩せたなぁ。
白衣のウエスト辺りを掴むとここに来る前より確実にあまるようになっている。
今までダイエットは成功したためしがなかったのに、ここで否応なく成功している。悲しい現実だ。
ここに来て何日たったかわからない。
腕時計はつけていたがすでに動かなくなっていた。牢の中には窓もなく、唯一の光は柵の向こう側からもれる回廊の灯りだけだ。眠くなるままに寝て起きる。白衣が少しずつ薄汚れてきており、髪も汗ばんでいる。
あぁ。お風呂に入りたいなぁ。
時折、ジャデスさんや美形さん、知らない人たちが見回りに来るけれど言葉はほとんどかわしていない。
そもそも最初の頃に、美形さんに必要以上に柵の方に来るなと言われてしまった。
こうした時間が長く続くとさすがに精神的に参ってくる。身体的なことより精神的に辛くなっている現実を感じ、咲夜は一人ため息をついた。思わず右腕をさすってみるが、何も変わらない。あの白い獣も姿を見せることはなかった。
お腹が空いた時は眠ってしまうに限る。
ゆるゆると訪れる眠気に身を任せようとしていると、大きな爆音が轟いた。
爆音は二度、三度と続き、その度に咲夜のいる牢獄には地響きで揺れた。
体力を消耗している咲夜にとってはその揺れに立っていることさえ儘ならなかったが、柵までたどり着くと、今まで男達が歩いてきた方を見る。しかし人の気配はない。結局咲夜は何が起こっているのか知ることは出来なかった。
爆音と地響きはその後も続いた。
最初はおとなしくしていた咲夜だったが、誰も牢獄に戻ってくる気配はなかった。どれくらい時間がかかったのかわからないが1日は過ぎたと思う。今まであった食料配給もなくなった。
咲夜はどうにも進展のない状況に痺れをきらし、牢の中を探し始めた。柵も満遍なく、引っ張ったり押したりしてみたがうんともすんともいわない。鍵穴も探してみたけれど見つけることさえできなかった。
「鍵穴も無いってどうゆうこと?!」
咲夜は叫んでみたが、誰も答えてくれる人はいない。
ひょっとしてこのまま誰にも気付かれないまま干からびて死ぬのだろうか?
今もなお続く爆音は外での異常事態を示している。そんな中こんな牢獄の中の変質者なんてかまってられないに違いない。
何とかして出なくちゃ。
壁も隅々まで調べてみたけれど何も見つからなかった。
生き延びたい。
白い獣に問われたときよりも強く想った。
だったらあきらめちゃいけないのよ。
咲夜は自分に言い聞かせる。
なんとかして柵の間から出れないものかともがいてみる。1本の柵さえはずすことができたら出られるのだ。
柵を曲げようと全力で引っ張ってみる。ポケットに入っていたペンでてこの原理を利用して引っ張ってみたりもした。でも柵はなんの変化もない。代わりに太い柄の油性ペンが二つにへし折れ、咲夜は後ろへ飛ばされた。いつの間にか肘や腕にあざが出来、手の爪が剥がれている指もあった。
それでもやっぱりあきらめることは出来なくて。咲夜は再び柵に向かった。
今思うとたぶん半狂乱な状態だったんだと思う。
「おい、この女か?」
だから頭上から突然響いた声を咲夜は一瞬理解できなかったのだ。