第十九話
咲夜は部屋まで送り届けた後、フラウレイズは再び謁見の間へ足を運んだ。
謁見の間には変わらず国王であるカリスツィエンがくつろいでいた。
「わざわざ呼び出して悪かったな。」
カリスツィエンはフラウレイズに座るように促す。部屋には二人以外誰もおらず、侍女も下げられていた。
「御用であればいつでも伺います。・・・サヤのことですか?」
「いや・・・。しかし後々には関わってくることやも知れぬ。」
広い謁見の間においてもカリスツィエンは警戒するように小声で話し出す。その様子にフラウレイズは事の重大さを感じ眉を顰めた。
「ケスネルの動きが気になる。最近キフが都で高騰しているらしい。なんでもいつもケスネル側からきていた商人達がぱったりこなくなったそうだ。」
ケスネルはディアリスとともに並ぶ西の大国だ。ディアリスよりも暖かく安定した気候で穀物などを多く作っている。キフはケスネルの代表とする穀物でディアリスにおいてもよく食事に使われなじみが深い。軍事力で急成長しているディアリスとは違い、古から世界の中枢を担ってきた大国だ。
「商人がですか。しかしケスネルで今年気候が優れなかったという話は聞いていませんが。」
「だからこそ気になるのだ。逆にうちで剣や鉄を求め、ケスネル側に流れる商人が増えているという。」
「軍事力を高める目的でしょうか。」
ケスネルは戦乱を好まず、基本として軍事力も自国を守るためだけに使われていた。そして充分な国力を持ち、安定した大国であるケスネルに刃を向ける国はここ最近現れていない。
その国が軍事力を高めようとしている?その行動にカリスツィエンもフラウレイズも不安を抱かずにはいられない。
「それと密偵がケスネルで妙な噂を聞いてきたのだ。・・・ケスネルに神の使いが舞い降りたと。」
カリスツィエンの言葉にフラウレイズの眉間の皺は深くなる。
神の使い、その言葉をストレートに受け取れば神獣のことをおいて他はない。
神獣の守護を受けるという娘が現れるということ自体が過去に例のない事である。それがディアリスでおきている今、他国にまで同じような噂がある。
ただの偶然とは片付けられない事態に二人の間に沈黙が流れた。
「サヤ殿が何かを知っているとは思えぬ。彼女は何も知らずに選ばれただけなのだろう。」
カリスツィエンはため息をつきながら、椅子にもたれかかる。
「しかし、神獣の方はどうなのだろうか? 気まぐれに娘を気に入り守護しただけか? それとも何らかの意図が在るのか?」
まだ何かが起こるとは決め付けられない。そう前置きした上でカリスツィエンはフラウレイズを見つめる。
「何かの意図を持って神獣が娘についているならば、娘は否応無く事の中心に立つ存在となるだろう。
彼女を抱えるわが国も。
-お前はとんだ拾い物をしてきたのかも知れぬな。」
カリスツィエン言葉にフラウレイズは額に手を当てた。
その日のお茶会はラチュアの部屋で行われた。
部屋といってもそこは国王の妹。セレブの一軒家かと思うほどの広さがあり、開け放たれた窓からは暖かい日差しが注いでいる。
ラチュアは侍女に交ざってお茶の準備をする。侍女たちは最初慌てて制止しようとしていたが、8歳といえばそういう準備にも興味を示す年頃だ。そう侍女達に話をして今では簡単なことはさせてもらっている。
ラチュアは陛下との面会を心配してくれていたので
「素敵なお姉さまだね。」と言うと嬉しそうにはにかんだ。
フラウレイズ殿下も彼女には甘かったけど、おそらく陛下もあの様子じゃ相当甘いのだろう。
ラチュアはお茶の準備を侍女達に任せると一生懸命筆談で陛下の話を始めた。
その様子を微笑ましく見ていた咲夜はすっかりいつものお茶会に気を許していた。
長くなってきた城での生活、毎日同じような1日の繰り返し、信頼のおける侍女に、フラウレイズ殿下やユファンなど馴染みの面々。その中で少しずつ張り詰めていたものがなくなっていった。
だから今日もフラウレイズ殿下の所用でお茶会の時間に付き添うことのできなくなったクリスティアが代わりの侍女をと言い出した時一人で平気と断った。
侍女が入れてくれたお茶に手を伸ばす。
ラチュアは先に目の前に並べられたお茶菓子に手を伸ばした。
口に含んだお茶にわずかながら苦味を感じた。
わずかにぴりっとしただけだったので新しい茶葉かな?と疑問にもちつつももう一口含む。
そうして飲み込んだ瞬間喉に焼けるような痛みが走った。
思わず声を上げようとするが出てこない。痛みに立とうとするが力が入らず、思わずテーブルに突っ伏した。何とか顔を上げるとラチュアがカップを持ったまま驚愕の表情を浮かべている。
今にも口につけそうなカップを死に物狂いで咲夜は叩き落した。
遠くで侍女の悲鳴が聞こえた。ラチュアの紫の瞳がみるみる開かれていくのが見えたが咲夜には何も出来なかった。そのままバランスを崩し、床へ倒れこむ。
そしてそのまま世界は暗転した。