第十六話
殿下は結局肯定も否定もしなかった。一通り咲夜の説得(?)だけを聞いて仕事に戻ってしまった。
その態度は受け入れてもらえなかったのかな~と思ったけれど、後日セスさんがラチュアとの書庫のお忍びデートを正式なお茶会の時間としてとったと報告にきてくれた。
「これって私の意見が認めてもらえたって・・・こと?」
「そうですね。全面的に賛成ということではないかと思いますが・・・。」
セスさんに聞いてみると、苦笑されながらそう返された。
まぁそうだろう。殿下はとりあえず私の試みを静観といったところなんだと思う。
「私だってね~甘いなぁって思ってはいるんですよ?」
自分が育った環境での意見が全て正しいとは思わない。日本という比較的平和で自由のある世界での考え方がこの世界で当てはまるわけではない。ここは戦争がすぐ隣にある世界で、更に一般ピープルとして育った自分と王族の姫君として生まれたラチュアとでは立場が違うのだから。
「でもねぇほっとけないんだもん。」
「ほっておけない理由が何かあるんですか?」
思わずつぶやいた言葉にセスさんが反応する。頭の回転の早い人だなぁ。
「うん。まぁ自分の過去の反省をふまえて??でもただ単に子どもが好きっていうこともあるよ?」
セスさんはそれ以上突っ込まなかった。
第1回目のお茶会は咲夜がラチュアを招く形で行われた。
クリスティアはバルコニーにテーブルを出して楽しげに準備をしている。今日はお天気も良くてお茶会日和だ。テーブルの上にはミスニスの花が飾られている。
侍女たちを引き連れて現れたラチュアの瞳は不安に揺れていた。お茶会の場が設けられたということはフラウレイズ殿下にお忍びデートのことが知れたということがわかるからだろう。
お茶会といったって話をするのは咲夜とラチュアだけで侍女たちは二人の会話を邪魔せぬようひっそりと部屋の隅に立っている。基本二人のコミュニケーションはラチュアは筆談、それに咲夜は声で答える。
「どうして何もきかないの?」
たわいも無い雑談の後、ラチュアは咲夜に聞いてきた。
「話したいの?」
咲夜はラチュアの目を見ながら逆に聞き返す。ラチュアはしばらく考え、ゆっくり首を横に振った。
「なら聞かない。ラチュアが話したくなったら話せばいいよ。」
「でも兄様にきかれない?」
「これは私が勝手にやってることだから、フラウレイズ殿下は何も言わないよ。」
その答えにラチュアはうつむく。
「ラチュア。ラチュアの過去を私が知る必要は無いんだよ。私が知っているラチュアは今のラチュアでしかないんだから、今のラチュアになんで?って疑問を持つことはないの。だから私にとってはラチュアはそのままでいいんだよ。」
そのままでいい。
そのセリフを昔の私は使えなかった。そのせいで私は大切なものをなくしてしまった。
「ラチュア。おいで」
戸惑った様子のラチュアをそのまま引き寄せる。何かのCMでただ抱きしめるだけでいいってやってたな。でもそうだと思う。人のぬくもりから伝わる気持ちもある。
ラチュアの手がそっと咲夜の背中に回る。その感触に愛しさがこみ上げてきて咲夜は抱きしめる腕に力を入れた。