第十五話
「フラウレイズ殿下」
何度目かのラチュアとの書庫でのお忍びデートから帰ってくると咲夜の部屋で殿下が待っていた。セスさんも控えている。一緒に咲夜といたクリスティアは慌ててお茶の準備をしにいった。
来るなら一言伝言をくれたらよかったのに。というか一応女性の部屋に勝手に入って待っているというのはどうなんだろう?まぁ自分の身元引受人だしあんまり言えないんだけど。
「いらっしゃるなら一言くださればよかったのに。」
それでも一言ちくっと言ってみると素直にすまないと謝られた。
殿下はつかみどころがない。正直読めなくて扱いに困る人物だ。
「ラチュアが世話になっているようだな。」
殿下の言葉にビックリして顔を上げる。一応お忍びなので知っているのは自分とラチュアとクリスティアぐらいのはずだ。ラチュアが自らしゃべったとは考えにくいし。
「ラチュリシア殿下のことでフラウ殿下が知らないことはなかなか無いですよ。」
苦笑するようにセスさんが一言付け足す。それって殿下はラチュアのことを少なからず気にかけているということだろうか?
「あれは私の唯一の妹だ。」
まるで言い訳の様に殿下がつぶやく。
「ラチュアはずいぶんと繊細にできた娘だ。病気がちだった母親の影響があるのだろうが、あの儚さは王家の娘として生きていくには無理がある。」
「だからこそ心配でならないんですよね。殿下は。」
セスさんの言葉に殿下は眉間に皺を寄せ、にらみつけるが否定はしなかった。
「お前はラチュアをどう思う?」
ぐっと強い視線を送られる。
「確かにラチュアはとても細やかなお心の持ち主なのでしょう。でも繊細な人間が弱いとは限らないと思いますよ。」
咲夜の言葉を殿下は黙って聞いている。
「ラチュアはどうして声を失ってしまったんでしょう?」
「母親の死がきっかけとしてあることは確かだろう。同時期に声が出なくなった。
ただ母親の死そのものが影響を与えたのかどうかはわからない。 ラチュアはお前に自分の精霊の話をしたか?」
殿下の質問に咲夜は首を横に振った。そういえばラチュアとの会話に精霊の話は出てこなかった。
「あれは“声”の精霊の守護を受けている。人の声の聞き分けや遠くの声をも拾う能力に長けているが、うまく精霊をコントロールできていない。故にそばで発せられる人の心の声や、高ぶった心の悲鳴を拾ってしまうのだ。母親の死の直後、一番に見つけたのはラチュアだ。激しい心の声をぶつかられたのかもしれない。」
殿下の顔が苦痛にゆがむ。本来ならば気付かずにすむ心の声を聞いてしまうのはあの小さな子どもでは大きく負担になるのは必然だ。
「それ以来気にはかけてきたが一向に声が戻る気配は無い。私では母親にはなれぬし、四六時中一緒にいるわけにはいかない。何より王族の娘ならばもっと強くなってもらわねば困るというところもある。」
「強く・・・ですか。」
「王族にはいろんな思惑を持ったものが擦り寄ってくる。その中で他者に流されず国にとって何が必要なのか判断し選び取っていく必要がある。強く起っていなければその弱さはすぐ周囲の人間に突かれる隙となるのだ。」
同じ王族だからこそわかる苦労があるのだろう。殿下の様子は妹を想う兄そのものだ。
「殿下。私なりの意見を申してもいいですか?」
一応一言言っておく。咲夜の考えがこの国でも通用するものとは限らないし、ましてや王族に当てはまるものとも限らないから。
殿下から許可をもらって、咲夜は一言一言言葉を選んで話した。
「人が強く在れるのには自分の中でその理由が明確じゃないと難しいと思うんです。
子どもにとって母親っていうのは基地なんです。絶対安心な秘密基地。基地を得て初めて子どもは外の世界に繰り出すことになるんです。何かあったときは逃げ込める場所があるから。基地は別に母親で無くたっていいんですけど。愛してくれる人がいるという安心感が自分の自信になって強さになってくるんだと思うんです。」
殿下は何も言わなかった。
「ラチュアには今それが一番必要なように感じました。もちろん私は母親にはなれないけれど利害無しに同じ人間が関わり続けることはラチュアにとってはいいことだと思います。どうせ暇しているんなら私も何か出来たら嬉しいです。」