むかしばなし
警告・New Age Beginningの続編であるために先にオリジナルを刮目せよ。そして本編に突入くれたし。
これといった道も無い山の中腹の小高い丘に、時報を知らせる鐘が鳴る高い時計塔を中心に、扇状に四本の渡り廊下が各専門の棟に連なる巨大な教会跡らしき建物が忽然とある。そこにレジスタンス司令官、有沢高仁の姿があった。
“ようこそ帝国の研究施設へ。これから手術を始めます”
有沢が目を覚ますと間近まで顔を近づけた声の低い幼顔の女がこう言ってきた。
「そう、司令官は“帝国”(やつら)の基地に連れ込まれ監禁されたんだ」
艦長はブラックコーヒーを一口加えると話しだした。
“あなたは特別な旧人類よ。私達に歯向かう強い信念もあるし、仲間を団結させる力もある。それだけじゃない周りの者を安心させるユーモアも持ち合わせているわ”
幼顔の女はニヤけた薄ら笑いを浮かべながら有沢の顔を見ている。
“私達があなたから欲しいものはそれだけじゃない。体内の記憶に刻まれたあなただけしかないDNAよ”
薬漬けにされた有沢が病院の独特とした薬の匂いが立ち込める殺風景な部屋の中で、体も動かず言葉も出ずにいるなか幼顔の女は独り喋り続けた。
“DNAといえば身体を作る設計図。見た目の外見、能力は自ずから組み込まれるのは当然だけれど、培われた特有の病気なども取り込まれるのもそれも困りものよねぇ。もちろん頭の良さやIQなどは後付けすればいい事よね”
幼顔の女は虫酸が走るほど可愛い仕草で言った。
“それだけじゃない私達の科学技術力で見つけ出したのは知る事さえなかった昔々の大昔の記憶や、既に性格や感情、思考能力、思想、血統に流れる今まで犯した罪までもが極僅かでもDNAに含まれているのよ。要するに因果応報、輪廻転生みたいなものね。それをあなたは全て100%持っている。その得意稀なDNAで特別な新人類第一号を造りたい(うみだしたい)のよ。だから私にそれを頂戴”
幼顔の女がそう言った途端、有沢に目の眩むほど眩しいライトが顔面に浴びせかかった。
「それで我々は司令官を助けに向かった。それより前に意を決して先に看護婦として身を投じて副司令官が侵入したんだ」
艦長は二口目のブラックコーヒーを飲んだ。
「副司令官は女性だったんですか?」
レーダー技師の若い隊員はモニターからは目を離さず問いかけた。
「司令官の奥方さ。名前は山崎鮎子といって初代司令官、山崎渉の妹さんだよ。勇気があって素敵な女性さ」
艦長はなぜか照れながらブラックコーヒーを飲み干した。
“こんにちは。今日から担当になります遠藤広子です”
“おはようございまーす。あら、また嫌な夢みたのですか?”
「副司令官としてどんな思いだったんだろう・・。記憶を無くした夫を目の前にして自らの感情と作戦遂行への任務を抱え、偽名を使い敵の巣窟へ入っていったのだから・・」
艦長は目頭を押さえながら深刻な顔をした。
「副司令官は我々の目的を最優先して夫である司令官の記憶を戻すため、暗号や二人にしか分からないやり取りを繰り返しながら介護にあたり、また“帝国”(やつら)の監視の目を掻い潜り作戦を実行していった」
艦長は空になったカップを手持ち具笹に振りながらポットの湯を沸かした。
“投身自殺・・・”
“あなたのお城は崩壊したわ・・”
「司令官は先に特殊部隊が救出に成功。副司令官はと言うと、基地に打撃を与えるためと独り残り戦った。そりゃもちろん、我々も助っ人に行ったよ」
“お前たちを信用しているぞ!僕を守ってくれ”
“こちらはハイテク機器の勝利ですよ”
「当時は俺もお前と同じレーダー技師でプログラムエンジニアだったのさ」
艦長は湯気を吹き出すポットを眺めていた。
「しかし司令官は頭の中の大事な記憶が戻るまで長い時間を費やし奴らに奪われたDNAはもう戻ることは無かったんだよ」
艦長はポットからブラックコーヒーをカップに注ぎ込んだ。
「そうよ!何もかもあの“帝国”(あいつら)に奪われたわ!」
あの女性のヒステリックな声がまた脳裏に突き刺さる。
「“帝国”(あいつら)ってきたら!容赦ないのよ!大勢の武力で私たちを制圧して根こそぎ横取りしていくんだから!まるで飼い犬に骨までしゃぶられた様なものだわ」
飼い犬・・?あの女性が言っている意味が今まで以上に分からない。
「あなたには言っている意味分かってくれるでしょ、有沢1号さん。私の複雑な気持ち・・」
何を言っているんだあの女性は・・。誰を呼んだ・・。
「西山さんには言っていないわ。西山さんの心の奥底にある潜在意識の“有沢”に言っているのよ」
あの女性の声が涙でかすみ弱々しい女心が見えた様な気がした。それともこれも演技のうちだろうか?その時、私の心の中に住む“有沢”という人物が男である事を確信した。
「せっかく宇宙開発事業と銘打って世界統一を果たし“理想郷”までもう一歩だったのに、このざまよ!あなたみたいな抵抗派がいなければ“11指令”が発動して全てはうまくいけてた筈よ!」
あの女性のヒステリックな声は既に妬けになっている。
「だから今度こそは奇襲攻撃で先手を打って宣戦布告するのよ!あなた以外の新人類を根こそぎ抹殺してやるわ!」
背筋の凍る様なその言葉にあの女性の鋭い目の色が変わったのを感じた。
「やめろそんなこと!罪のない人達には何の関係もない事じゃないか!」
咄嗟に頭の中で叫んでしまった。
「人達~・・。あれは“帝国”(あいつら)の造った新人類よ。脳無しの奴隷よ。ただ指示されるまま動く魂の抜け殻よ」
なんて言い方をするんだ。段々と腹が立ってきた。
「そう西山さんは特別だから感情もあるわ。非常に旧人類に近いの。だけど他の新人類はガラクタよ。コントロールされるだけの器にしか過ぎないわ」
あの女性の声は素っ気ない無責任な口調に変わった。
「どうであれみんな限りある命があるじゃないか!」
自分勝手なあの女性の言動に突っかかった。
「命~・・。西山さんは知らないでしょうが、昔はたくさんの生命がいたのよ。微生物から大型動物まで数え切れないほどの命が存在してたの。ばい菌、ウィルスなど含んだらきりがないわ。だけど人類だけよ、命の大切さというものを感じているのは。動物なんて自分がどんな容姿なのかも知らないのよ。他の生き物なんて本能で動いているだけなんだから。生死なんて事など何も考えてもいないのよ。弱肉強食って言葉しってる?あれが象徴ね。何万という命が生まれた途端に食べられて無くなっちゃうのよ。命なんてどっから来てどこに行っちゃうんでしょうね?酸素が無くなった時点でこの世界では人類はおろか全ての生物の命が絶滅しちゃったけれどね・・。もう現在となっては得体の知れないガスまでもがこの地球を覆っているわ」
酸素が無い世界・・?生物の死滅・・?得体の知れないガス・・?またあの女性の複雑に喋りだす事が理解できず頭が痛くなってきた。
「複雑といえば便利な時代になるにつれ、またその分複雑になっていくのよ」
あの女性が私の考えている事に引っ掛けて切り出してきた。
「他の新人類の寿命は直ぐに尽きるわ。死ぬまでの栄養分は造られた瞬間から蓄えているのに燃費が悪いのね。持って二、三年よ。ただし一日二十四時間はもう既に終わりを告げているわ。現代はスピードの時代よ。誰が一日二十四時間って決めたの!それに西山さんも見たでしょ。一人トイレの中で異様な死に方をした新人類を。あれは余興よ。“ストレス”で突然壊れちゃうのもいるのよね。“ストレス”というのは古代人の生活習慣病だったの。それがDNAにもくっついて来ちゃって何処かしこで現在の新人類の身体の内部でバグちゃっうんでしょうね。妨害電波でそれを後押ししたのはまぁ私達だけど・・。口から吐き出された醜いものが“ストレス”の塊よ。他に大昔の病気もDNAに一緒にくっついてきちゃうのよ。厄介ね。だけど器が抜け殻になっても今までのDNAデータが残っているから修復して再起動で同じものを“造り出すこと”は容易い事なの。また新しい器に移し換えればいいんだから」
段々と私はあの女性が言っている脈略もない意味不明な言葉の羅列が理解するほど怖くなってきた。要するに人間と打って変わり新人類というのが現れた。それらは“帝国”という者にコントロールされ生きがいのない人生を送っている。しかしその前にあの女性も“理想郷”とやらなんやらの自分の野望の為に先に新人類を造り出しているじゃないか・・。そしてその開発データを敵に盗まれた。自業自得だ・・。そして両分の自分勝手な争いに巻き沿いをくらうのはいつも弱い立場の者じゃないか!あの女性は一体何様のつもりだ・・。
「大昔からこの地球を支配していたのは人類だったっていうのは大間違いよ。その人類は最初にお金に支配され、次にコンピューターに支配され、現在となって挙句の果てに最後には“帝国”(あいつら)の新人類として支配されているじゃない。ん・・、私・・。私はヒステリックな女でもわがままで嫌な女でもないわ・・。ましてや意地悪もしない。誰もが迷惑を被ることを押し付けたりはしたくないわ。そして弱い立場と言うけどあの時代あなた達国民も賛同したのよ。大勢であんなに喜んでくれたじゃない。総合国際デジタル時代を!!私・・、そう私は世界を陰で牛耳っていた“裏政府”の役員、小佐井蛍子よ!」
人類と打って変わりその新しい生命は勢いを増し増殖していった。それはこの世界を支配する者の家畜、奴隷として生まれ(造り)だされている。意識感情をコントロールされ、ましては愛情など知る術も無い。この世に命を受けたときから既にレールに乗っている、自分の意思も無く選択肢など存在しない自由が有り得ない世界。しかし、その新しい生命はそんな事など考えた事も無く、何も知らず命尽きるまで動く・・。まるでアンドロイドの様に・・
・・つづく。