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3話

妃に先立たれた後もバシール国王は精力的に国王としての職務を全うした。

しかし、老いと病は国王にも等しくその手を伸ばした。

病で衰弱した国王は自らの最期を知り、既に青年となった息子を枕元に呼んだ。

そして形式にのっとって、正式に王位を譲った。

「お前なら、私より賢く強いお前なら、きっとこの国をもっと良くしてくれるだろう。

私は周りの国を征服し一つの大国を作る事を夢見てきた。

その夢もお前ならきっとできるだろう」

「父上。父上の志半ばとなった大願は私が必ず成し遂げてみせます」

「おお、何と心強い。お前が息子で本当に良かった。

お前が生まれてくる時にお前の弟エーリアに手をかける事になってしまったが、生き残ったがお前で本当に嬉しいぞ」

「・・・」

父の最期を厳かに看取るため、父の半ば独り言には答えず、記憶にしっかりと書き留めた。

「お前は私より有能だが、冷徹すぎる。もう少し民に優しく接しなさい。それさえしてくれれば私は思い残すことは何もない」

「わかりました。父上に褒めてもらえるように最善を尽くしましょう」

「ああ、それはありがたい」

ダヴィッドは父の手を握り締めて、彼を看取った。

父から王冠を譲り受けたダヴィッドは、その職務にらつ腕を振るった。

幼い頃からの英才教育で身に着けた知識と、天性の感性で行う国政は十分に国に益を与えた。

彼は母との思い出を元に、自らを「天使の祝福を受けた神の子」と称して箔をつけた。

これで国政が上手くいっていなかったら、おおよそ国民に愛想をつかされていただろう。

しかし、彼の手腕は「神の子」の自称を更に輝かせた。

国民が新しい国王の誕生に熱狂している間に、ダヴィッドは自らの野心の為に国政に手を加えた。

前国王の父が心配をしていたように、彼には国民に対する慈しみの心が無かった。

彼にとって国民は税金を払う袋としか見ていなかった。更に少しでも監視を緩めるとすぐに税金を納めなくなる怠け者と思っていた。

彼は今まで以上に税金を高め、そして集めた税金の大部分を軍につぎ込んだ。

父が長年かけてできなかった辺り一帯の統一。彼はそれを高らかに宣言した。

大量の資金を元に軍は人数を増やし、兵器を揃えた。

そして父の時以上の頻度で周辺各国に侵攻し始めた。


職務の傍らダヴィッドは父の残した言葉の真意を探り始めた。

何かの企みがあったとしても、その首謀者だったであろう父は亡くなった。

本人から聞き出す事が出来なくなってしまった以上、その周りの人物を見つけ出して聞き出すしかない。

国王の命令として一人の元医者が王宮に呼び出された。

老いて現役を引退していた元医者は十数年ぶりに国王の私室に入っていった。

大仰に挨拶するも、国王はそれにはさして興味を示さずに口を開いた。

「わざわざお越しいただいたのは、一つ教えていただきたい事があるからです」

「私で答えられる事であれば」

「私と私の弟エーリアの生まれてきた時の事を教えていただきたい」

「弟様に関しては大変残念に思っています。しかし、生まれ落ちた時からその息は止まっていたので、私たち医者にはどうしようもありませんでした」

国王は一息入れてから言葉を返した。

「・・・本当にそれだけか」

「と、言いますと」

「たとえ前国王である父とどんな口外厳禁の約束を交わしていたとしても今の国王は私だ。私が話せという以上、話すべきだと思うが」

元医者は少し考え込んで、それから重い口を開いた。

「国王様にとってはあまり面白いお話にはならないと思いますが」

「かまわん」

「では、昔話を少々させてもらいます」

元医者の口から十数年前、ダヴィッドとエーリアの出産の時に前国王から出された密命の内容とそれを実行した旨が告白された。

その事実をある程度予想はしていたとしても、彼を動揺させるには十分だった。

「では、その時に私を助け、エーリアの命を奪うことを決めたのはお前なのだな」

その一言に元医者は更に顔を青ざめ、その場にひれ伏した。

「申し訳ございませんでした」

「なに、その事を今更責めるつもりはない。その代わり一つ聞きたい、どうして私を選んだ」

「・・・国王様と弟様、お二人とも元気にお生まれになり、そのどちらについても身体的には全く甲乙つけ難い状態でした。

ですので私たちは私たちの直感で選びました。しいて理由を言うなら、より整った顔つきであったダヴィッド様を選びました」

「つまり、一歩間違えば今頃私があの墓石の下に眠って、弟がここに座っていたかもしれないという事か」

「・・・」

医者は無言をもって肯定を示した。

ダヴィッドは自分が今持っている地位どころか自分の命すらも失っていたかもしれない事を突き付けられ、軽いめまいを感じた。

そして彼は、そんな自分に降りかかっていたかもしれない可能性を、引き受けてくれた弟に思いをはせた。

「では、私の弟エーリアに最後に手を掛けたのは誰だ。弟の最期の様子を知りたい」

「それでしたら、既に知る機会は閉ざされています。彼女は、弟様を手に掛けた私の助手の女性は既に亡くなっていますので」

元医者は自らの命と引き換えに生贄を差し出した、忌まわしい選択をした事の顛末を包み隠さず打ち明けた。

元医者の口から絞り出されるうめきにも似た告白を、ダヴィッドは静かに聞いていた。


オラルカ王国の国王が代替わりした事、その新国王が軍を拡大させた事、そしてその軍をもって今まで以上に周辺各国に侵攻している事。

それらを傭兵部隊の隊長のルネと副隊長のエロアは、身に染みて感じていた。

彼らの傭兵部隊に要望が来る事が増え、戦場で剣を振るっている日数が増えていった。

またオラルカ王国軍の勢いも、徐々に人数を増やし装備を整え、撃退するのが少しずつ困難になってきていた。

それでも彼らの奮闘もあり、周辺各国は今のところ大打撃を受けることも無く、一進一退が続いていた。

戦と戦の間。つかの間の休息を取っていた。

「このままではジリ貧だな」

ルネは状況を俯瞰してつぶやいた。それにエロアが答える。

「そうですね。もしどこか一つの国でも彼らの手に落ちたら、その分彼らは軍を強化できるでしょう。そうなれば残された他の国にはなすすべ無いでしょう」

「ああ。そこまで行ってしまえばもうどこの国も抵抗することを諦めて、降伏するだろう。そうしたらオラルカ大王国の出来上がりだ」

「なんとしても防がなければ。そのためにも私たちがもっと尽力するしかないですね」

「老体には堪えるがな」

彼らの傭兵部隊は少しずつ人を増やしており、今ではそこそこの大所帯となっていた。

隊長たるルネだけで指揮をするのは大変なので、仲間の中で比較的若い集団はエロアの指揮下に付いていた。

エロアと同じように、ルネ達が作った村で育った若者も何人か居る。

古参の仲間の子供だったり、またどこかで拾ってきた孤児だったり。

エロアはそのルネに保護されているという境遇もあいまって、若者たちの中心人物になっていた。

また本人にも周りの人間を引っ張っていく素質があったため、気が付けば彼は副隊長の座に就任していた。

しかし、彼は一つの葛藤を感じていた。

傭兵部隊の隊長で自分の父親代わりになってくれた育ての親であるルネがオラルカ王国を憎んでいるのは知っている。

彼の昔話を聞けばその憎しみは当然だとは思う。

だが、エロア自身はオラルカ王国に対してそこまでの憎しみは無い。

ルネが憎んでいたのは前国王バシールのはず。それが病死した今、その憎しみをオラルカ王国自体にぶつけるのは、八つ当たりの感が否めない。

だからと言って新国王ダヴィッドの乱暴なやり方も納得できない。

そんなどちらにも賛成しかねる状況で、ただ日々を生き残る為に剣を振るっていた。

束の間の休息は本当に束の間で過ぎ去っていく。

一つの戦場が片付いたと思うとすぐに別の場所で戦が起こる。

オラルカ王国の方ももう一押しでどこかの国が崩れるのをわかっているのだろう。やたらと戦の間隔が狭い。

出発準備が整った男達をその家族が見送る。

「エロア、死なないようにね」

「ええ、僕なら大丈夫です母さん」

「ちゃんとルカさんのお役に立つのですよ」

母は自分が生まれた時にルカに貧困から救ってもらった事があるらしく、今でもこうしてルカを尊敬している。

苦笑いをする自分の所にルカが寄ってきて話に混じった。

「大丈夫ですよ、メラニーさん。彼は今ではこの部隊の副隊長ですから、彼がいなければこの部隊は十二分に活躍できません」

「ルカさんがそうおっしゃってくれるのでしたら、とにかく、無事に帰ってきてちょうだいね」

母の声に勇気も貰い、勇んで次なる戦場へと歩み始めた。


彼らが村を発ってから数か月。

風のうわさやごくまれに届く伝令によれば、そろそろ戦も終わりそうな気配となってきているらしい。

今回もまた彼らの活躍によって猛攻をしのぎ切ったようだ。

そうして今私は村の近くの町まで買い出しに来ていた。

彼らが帰ってきた時にご馳走がふるまえるように、大量に仕入れる必要があるためだ。

財布の中には大量のお金。

こんなお使いをちゃんとこなすなんて少し前の私では考えられない。きっとこの金を持ち逃げしてしていただろう。

もともと貧困街で食べるものにも困っていたが、それが貧困街の奴らとのちょっとした喧嘩が原因で貧困街からも追い出されて居場所を失った。

行く当てもないままさまよっているうちに、一つの話を耳にした。

国境付近の廃村にどこかの傭兵が住み着いて、村を作り直したらしい。

その話を聞いて空腹で頭が上手く働かない私は、安直に二つの事を考えた。

これだけ戦が続いているのだから、きっとその傭兵達は金を儲けているに違いない。そして、それだけ新しい村という事は自分のような浮浪者がおらず、すべてを独り占めできるはず。

その思いだけで、その村への移動を決めた。

着いてみると確かにその村は傭兵と思われる男が多かった。それ以外に少数の女子供が居るだけだった。

とりあえず食料をくすねようと共用の食糧庫に忍び込んだ。

しかし、何かを口なり懐なりにしまう前に見つかってしまった。

逃げ足に自信があるとはいえ、相手は屈強な男達。あっという間に縄で縛り上げられた。

そこまで生きる事への執着も無かった私は、さっさと観念して最期の時を待った。

騒ぎを聞きつけ、彼らの親玉とその息子と思われる二人が現れた。

「ほう、なかなか生きの良さそうな鼠だ」

「何をじろじろ見ていやがる、捕まえたんだからさっさと殺せばいいだろう」

彼らの親玉に噛み付くと、横からその息子がなだめに入った。

「まあまあ、事情も何も聞かずに咎めるのも少し早急でしょう。そもそも、あなたはこの村が我々傭兵達が作り上げた村だと知っていたのですか、それとも知らずに入ってきたのですか」

「こんだけ戦ばかりで世の中が荒れてんだ。どうせ戦で稼ぐ奴らは良いもの食ってんだろうと思って来てみりゃあ、とんでもない間違いだったぜ」

「それはどういった意味で」

「あんたらの食糧庫の中身さ。腹に溜まればそれで良いって感じで、空腹の私から見ても食指の一つも動かねぇような食い物ばっかりだ」

「それは手厳しい。その様子だと、今までにいた所では君のような浮浪者でもそこそこの物を食べていたようだね」

「そりゃあ中心街の裏手辺りに住んでいたからな。拾った食い物でもここの食糧庫よりはましだったぜ」

「ではどうしてそんな素敵な所を出て、こんな国境近くの村まで来たんだい」

「そりゃあ、ちょっとした喧嘩だよ。あいつが、貧困街を我が物顔で仕切っているあいつがしつこく言い寄ってくるから、つい手が出て、大喧嘩になって、」

そんな思い出したくもない出来事をぽつぽつと喋るのを、その息子は聞き続けた。

不意にその息子は父親に視線を動かした。

「私の見る限り、彼女の言葉に嘘は無さそうです」

「つまりは本当にただの浮浪者だと」

「そう思います」

「なら、後はお前の好きなようにしろ。逃がすなり切り伏せるなり、なんなら夜伽の相手にでもしてやればいい」

下品な笑いをしながら彼らの親玉は去っていき、それに従うように私を監視していた数人も引き上げた。

残されたのは私と息子と思われる男。

男は申し訳なさそうな顔で謝罪した。

「すまない。見ての通りこの村は男ばかりでね、ああいった下品な笑いが大人気だ」

男は私を縛り上げていた縄を解いた。

「仕事柄、暗殺を企てられたり諜報されたりというのは日常茶飯事でね。この村では格別不審者に厳しいんだ。

しかし、君はそこまでの意図が有ってこの村に来たとは思えない。よって晴れて無罪放免だ」

男は笑顔のまま言った。

「良いのかよ、本当に私を逃がしても」

「問題ない。ルネさんがそう言った以上それがこの村の決定さ」

「また食糧庫に忍び込むかもしれないだろ」

「その時はまた君が見つかるだけだ。もっとも食糧庫へ侵入する鼠はあと数名いるわけだし、君だけを捕まえる意味も無いな」

笑いながら話す男。その様子を見るにこの男所帯の中にも食い意地の張った人がいるらしい。

「それはそうと食糧庫の中身の量は多いが、質に関しては何も言い返せないな」

「なんだ、まださっきの言葉を根に持っているのかよ」

「事実だからね。僕の母が中心になってそういった家事回りを切り盛りしているけど、いかんせん手数が足りなさ過ぎてね」

「男手なら腐るほどあるだろう」

「その男手は粗野に剣を振り回すのには慣れているけど、細やかに包丁を使うのはぜんぜんでね。

どうだろう、もし君が今ここで放り出されても行く先がないのであれば、僕の母の手伝いをお願いできないだろうか」

そうして私はこの村に住み着いた。

私に救いの手を差し伸べてくれたエロアとその母親メラニーの召使として、仕事も手に入れた。

エロアはルネ達と共に戦場に出る事が多く、あまり村に居ない。そのかわり、メラニーとはよき話し相手になれた。

そんなメラニーとの話の流れで、今回のご馳走の用意となった。

何回かは町への買い出しに来ているので、得意先の店を回り注文を掛けて代金を払って回った。

自分の手で持ちきれない量の所はお店のほうに馬車を出してもらう約束を取り付けたが、それでも自分はこまごまとした物を両手に抱える事になった。

数件の買い出しが終わり、最後の一軒での注文も無事に終えた。

会計を済ませた店主が話しかけてくる。

「そういえば、あんたはあの村から来たんだろ」

「そうですけど」

「あの村について嗅ぎまわっている奴が居るって噂だ」

「だれがそんな事をしているんですか」

「そりゃあ、あの村の傭兵達にしこたま辛酸をなめさせられているオラルカ王国だろうな」

「・・・」

「気を付けるに越したことはない。尾行されたまま村に帰ったら、そいつを案内する羽目になるぞ」

「ありがとうございます」

店の外に出た瞬間から、自分の心境の変化によって全てが違って見えた。

もしかしたらその人が関係ないふりを装って往来しているかもしれないと考えると、目につく全ての人が怪しく見える。

本当にそういう人がいたとして、絶対にその人を村まで案内するわけにはいかない。

その点についてはエロアやルネから随分と叩き込まれた。

オラルカ王国側もこの近辺に私たちの村が有ることは知っているだろう。しかし明確に知っているわけでは無いため、手をこまねいている状態なのだ。

下手にこの辺だろうで軍を出せば空振りに終わる可能性が高い上に、無駄な進軍中に襲われる危険がある為だ。

それが一転、この村だと明確にばれてしまえば、彼らの圧倒的な軍事力で村は壊滅してしまうだろう。

そんな事にならないように、村の場所は出来る限り部外者に教えるわけにはいかない。

監視や尾行が無いか周りに気を使いながら、帰路につく。わざと村とは逆側から町を出て、大きく寄り道するように帰る事にした。

こんな気を張り詰めて歩くのは貧困街で暮らしていた時に、食料を盗んで追っ手をまいた時以来だ。

久しくする事がなかった、自分の後に続く足音が無いかをずっと聞き耳を立てながら歩いた。

町の中心部から外へ向かうにつれて、嫌な予感が確信に変わる。

後ろからついてくる足音。

こちらが足を速めればそれらも速め、逆に遅くすればそれらも遅くなる。常に一定の距離を保ったまま、後ろからついてくる。

町を出て森の中の道に入る。ここならうまくいけばその人をまくことも出来るかもしれない。

見通しの悪そうな曲がり角で、唐突に両手に持っていた物を投げ捨て、駆け足で角を曲がりそのまま藪の中に隠れる。

急な動きに尾行をしていた者も角まで駆け寄り、辺りを見回す。

このままその男が見失ってくれればありがたいが、そうは行かないだろう。慎重に音を立てないように距離を取る。

「無駄な手間かけさせてないで出てこい」

男の苛立った野太い声が響く。手に持ったナイフでそこいらの藪を無造作に切り裂いていく。

心臓が早鐘のように鳴っている中で、何とか考えをまとめる。

このあたりの地形は頭に入っている。もう少し行けばちょっとした谷があってそこに古い橋が架かっている。

仮にもう少し距離が広がれば、その橋に向かって走り、先に渡りきった所で橋を落とせば追いかけて来る事は不可能になる。

橋まで逃げ切れるのか、逃げ切ったとして橋を落として足止めが出来るのか、不確定要素が多数あるがそれぐらいしか男から逃れる方法が思いつかない。

このまま隠れ続けることも、ましてや何も武器を持っていない状態で武装して殺気立っている男を倒すなんて確実に無理だ。

頭の中で今いる場所から橋までの詳細な地形を思い出しながら、物陰に隠れ男の様子を観察する。

少しずつ体を動かし男との距離をほんの指一つ分でも多く広げる。

足元に落ちていた小石を拾い、あさっての方向に投げる。

落ちた先で藪にぶつかり音を立てる。それを耳ざとく聞いた男がそちらを向いた瞬間に藪を飛び出し走り出した。

後はわき目も振らずに橋まで疾走するだけ。

視界の先に橋が見えてきて、谷底をかすかに流れる小川のせせらぎも聞こえてきた。

もう少し。そう思っているとふいに足がもつれた。

立て直す事も出来ずに地面に倒れこむ。違和感を覚えて足を見るとそこには先ほどまで男が手にしていたナイフが深々と突き刺さり、その傷口からは血が流れていた。

痛みより驚きと恐怖が勝った。

後方を見ると男がゆっくりと近づいてきた。

「どこに逃げようとしたのかは知らないが、本当に逃げ切れると思ったのか」

立ち上がり動かない片足を引きずりながら、少しでも離れようと何とか移動した。

男はゆっくりと近づいてくる。私がどんなに頑張って移動しても向こうの方が早く、その距離はどんどん縮まっていく。

死に物狂いで橋の袂まで来た辺りでとうとう追いつかれて、その場に組み伏せられる。

「逃げ出したって事はだいたいの事情は分かってるんだろうな。

まあ、そうだとしてもとりあえず説明してやろう。

俺はお前達の村、つまりあの傭兵どもの村の場所を知るのが仕事だ。

お前に残された道は二つ。

このまま俺を村まで案内するか、ここでくたばるかだ」

「私が死んだら村の場所が分からなくなるんじゃないか」

「そりゃあ、お前から聞き出す事が出来なくなるだけで手が潰える訳じゃあねぇ。

お前がこのまま行方不明になれば村から誰かお前を探しに来るだろう。そうしたらそいつに同じ質問をするだけだ。

町で見てたところずいぶんと羽振りよく金をばらまいていたじゃねえか。

それだけの大金を持ったまま行方不明になりゃあ、お前にお使いを頼んだ主人だか雇い主だかは嘆くだろうな、「ああ、持ち逃げされた」ってな」

見え見えの心理戦なのに相手の思い通りなってしまい、頭の中にメラニーさんとエロアを思い出してしまう。

「メラニーさんに限ってそんな事は絶対に思わない」

怒りと共に発してしまった言葉を聞いて、男はいやらしく笑う。

「ほう。じゃあその「メラニーさん」に生きてもう一度会えるように、俺を村まで案内してもらおうか。まあどちらでもいいけどな」

私がここで死ぬのは駄目だ。私が行方不明になれば確実にメラニーさんが心配して町まで来てしまう。

メラニーさんに迷惑をかける訳にはいかない。それにメラニーさんに何かが有ったらエロアにも申し訳ない。

もしエロアが村に居る時なら、きっとエロアが私を探しに来てくれてこんな男やっつけてくれるのに。

村に案内するのも駄目だ。それはそのまま村がオラルカ王国に攻め滅ぼされる事を意味する。それでは誰も守れない。

そうなると答えは一つしかなかった。

「・・・わかった。死ぬのは嫌だし案内するわ」

「ずいぶんと聞き分けが良いな」

「私にとってあの村は一時の食い扶持に過ぎないわ。あの村が駄目になったら別の場所に住み着くだけ」

「なるほど。じゃあ案内してくれ」

片足にナイフが刺さったまま歩かされ、その後ろから二本目のナイフを突きつけながら男が付いてくる。

先ほどまでと同じように橋に向かい、橋をゆっくりと進む。

橋の中ほどで歩みを止めた。

「おい、どうした」

男の声を無視して、男の方に向き直り掴みかかる。

自分にもどこにこれだけの物があったのかわからないほどの力で男を左右に揺さぶり、ついには自分ともども橋の外に体を放り出す。

男と共に落下をする。私が思いつく中で最善の方法を取る事が出来た。

きっとエロアは私の事を褒めてくれるだろう。

目をつぶった瞼の裏にはエロアの笑顔があった。


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