消えた親友
誕生日の前夜に見る夢は、いつも同じ。
小さな部屋。窓の外は暗い。お母さんの祈るように私の名前を呼ぶ声、愛おしそうに私を見つめて髪を撫でる手。呼ばれたのか、何か音でも聞こえたのか、なぜかお母さんは焦るようにドアのほうを振り向いて、そしてまた私の顔を見て、今度は涙を流す。どうしたの?どうして泣いてるの?まだ赤ちゃんだったあたしは言葉にならない声をあげるしかできなくて。両手で私の顔を包み、目に焼き付けるように見つめた後、お母さんはあたしのおでこにキスをする。唇をそっと離し、息をふっと吹きかける。母の背後で閃光がはしる。母はぎゅっと目をつぶり私を強く抱きしめた。
「聖、今日はバイト?」
リュックに教科書を詰める聖に(ひじり)に香菜が声をかける。中間テストが終わったからか、香菜の声がいつもよりどこか明るい。
「ううん。今日は休み」
「そうだと思った。じゃあ、帰りにアイス食べに行かない?テストも終わったし、パーっと行こ」
「香菜、冬でもアイス食べるよね」と笑う聖を無視して、聖の肩に手を置き香菜は続ける。
「うそうそ、覚えてますよ。誕生日前日を私と過ごすためにバイトを休んだんでしょ。今日は私が奢るから、聖の好きなもの食べようよ。」
聖と香菜はお互いの誕生日が近くなるとお互いに好きなものを奢りあうことにしていた。
「じゃあ、駅前にできたファミレスに行きたい」
「ファミレスでいいの?おしゃれなカフェとかあるよ」
「ううん、ハンバーグが食べたいの」
「ああ、香菜のおじさん料理下手だからねぇ」
「明日はおじさんのフルコースだから」
「おじさんも毎年こりないなぁ。というか、一回くらい私に聖の誕生日当日をくれてもよくない?高1にもなるのに、毎回おじさんと祝うなんてさあ」
聖は叔父と二人で暮らしている。叔父は壊滅的に料理が下手だった。聖と暮らし始めてから、聖が覚えているだけでも、叔父は3回はボヤ騒ぎを起こしている。その影響もあって、聖は小学校の時から叔父の代わりにキッチンに立っていた。おじさんは小さな子供にご飯を作らせてしまっている罪悪感からか、毎年誕生日にどれだけ止めても、豪勢なご飯を作ろうとする。3回は失敗するため、会社を休み、日中から作り始め、やっと夜にかろうじてご飯と呼べる形になる。
「気持ちは嬉しいんだよ」と弁明する聖に「まずいけどね」と香菜が茶化した。
「あそこのさ、小学校あるじゃん。3年前に廃校になった。そこで、こどもが5人気絶した状態で見つかったらしいよ」
不穏な話が聖の耳に入ってきたのは、チーズハンバーグを食べ終え、香菜が4回目のドリンクバーをおかわりしに行った時だった。聖たちの後ろの席の女子高生2人の声が届いてきた。
「え、それって誘拐事件?」
「学校から子供が帰ってこなくて親たちが学校に問い合わせて、いつもの遊び場とか探したのに全然いなくてさわぎになったんだって。まあ、その日のうちには見つかったらしいけど」
「こわ~」
「しかもさ、警察が学校中調べても足跡も髪の毛も見つからないし、子供たちもどうしてここにいたのかわからないんだって。廃校した学校なんて存在も知らなかったし、道順も、どうやってそこにたどり着いたかのかも全然覚えてないって」
不気味な話だと耳を澄ませて聞いていたところ香菜が戻って来た。
「聖、顔怖いよ、眉間やば。どうした。お腹痛いか。トイレ行くか?」
眉間にしわを寄せ腕を組んでいた聖は、畳みかけるように問い掛けてくる香菜に言われて、眉間を人差し指で抑えた。香菜はそれ以上聖の顔については追及せず、待ちきれなかったようにスクールバックに手をつっこんだ。
「では、そんな怖い顔をしている聖さんにプレゼントです!」
スクールバックから、赤いリボンがあしらわれた花柄の袋が取り出される。
「え、え~~~そんなそんな~~~」
両手を口元にあてわざとらしく驚く聖に香菜は呆れた顔をする。
「はいはい。毎年のことだもんね。驚くふり、ありがとうございます。今年もよろしくお願いいたします。」
「こちらこそ、お願いたします」
恒例の儀式を澄ませ、卒業証書を受け取るように右手、左手と順番にプレゼントに手を添え受け取る。袋を開けると小さな星がついたネックレスが入っていた。
予想外のプレゼントに口を半開きにしている聖に香菜がおそろいなんだよ~と笑う香菜の首元には同じく星がついたネックレスがかけられていた。
聖は、とまどいながらチェーンの部分を手にかけ、ネックレスを目線まであげて見つめた。これまでの誕生日はお互い気恥ずかしくて、肩たたき券や川で拾った綺麗な石など、小学生のような贈り物ばかりしていたのに。急にアクセサリーのような真面目なプレゼントを香菜が渡してくるなんて想像していなかった。
「今回だけね!もう3年は渡さないからこういうの」
「え~来年もちょうだいよ。」
あの照れ屋な香菜がネックレスをくれた。女の子同士で誕生日を祝いネックレスを貰うことにこんなに照れあわなくてもいいはずだが、聖と香菜の中はほとんど家族同然だった。香菜がこの町に引っ越してきてから、家が近くて知り合い、一緒に育ち、悲しい時もうれしい時も一緒に過ごしてきた。聖のほうが勉強は得意だったため、高校から違う学校になるはずだったが香菜が「聖が学校に居たほうが楽だし」と何とも素直じゃない理由を添えて志望校を合わせてきたため、聖が家庭教師となり二人で猛勉強した。
二人は、改めて向き合ってプレゼントらしいプレゼントを貰うのも受け取るのも恥ずかしいくらいの仲だった。
「香菜、本当にうれしい。今までもらったものの中で1番嬉しい」
「そりゃそうでしょ。私の誕生日も期待してるから」
プレッシャーをかけないで、と頬を膨らませる聖の顔を香菜は片方の唇の端をくいっと上げながら人差し指でつついた。
香菜と話し込んだせいか、昼過ぎにファミレスに行ったのに、店を出た後にはあたりは暗くなりはじめていた。またね、と駅前で別れお互いの家に向かう。
今日は楽しかった、自分は幸せ者だ、と改めて聖はかみしめていた。
両親が1歳のころになくなり叔父と二人暮らしをしている聖は、何かと周りから心配された。「ご飯食べられてる?」と生活を興味半分で聞いてくる人から、「変なことされていない?」と邪推する人までいた。心から心配してくれる人もきっといたが、聖は敏感に人の感情をかぎ分け、大抵そういう心配なポーズをしている自分が好きなのだろうと感じていた。暇な日常を他人の噂で埋めたい人たちを軽蔑し、心を閉ざそうとしていた。
そんな、聖を温かく迎えてくれたのが香菜の一家だった。香菜の母は叔父の帰りが遅い時は「うちにおいで」と温かい晩御飯を出してくれた。夏休みは家族旅行にまで同伴させてくれた。香菜の家族と出会っていなければ、聖は確実にもっと人をうがった目で見るようになっていただろう。
帰り際にせっかくお揃いなのだからこのまま付けて帰ろうと、香菜がネックレスを付けてくれた。帰り際に手を振り合いながら、ネックレスをお互い握っていた光景を思い出すと思わず顔がにやける。
首元で光る星を握り思いに更けながら歩いていた聖は、下に向けていた目線をふと上に挙げた。空がオレンジに染まっている。香菜と話した後の自分の気持ちに似た色をしていると聖は思った。
香菜の誕生日は何を上げよう。アクセサリーをもらったのだから、アクセサリーで返すべきか、それともリップなどコスメを上げるのがいいか。香菜は最近メイクをしている。
心を躍らせ、思わずスキップを始めた時だった。
後ろから自分を追いかける「気配」がした。
自分の行動を監視するような目線を感じる。
物音も足音もしない。でも、いる。確かにそこにいる感覚。
付けられている。
聖は、片方の肩だけにかけていたリュックを両肩にかけなおし、スキップだった足取りをダッシュに切り替えた。できる限り全速力で走る。聖が走り始めた後に「気配」はより濃くなって近づいてくる。悪意とまではいかなくとも、進んで触れたくはないような気の感覚。
聖は昔からこういった「気配」に敏感だった。人の感情に敏感なのも、こういった「気配」を感じる能力に長けていたからだ。
この「気配」に触れていると気が滅入ってしまう。
額に脂汗がにじむ。力の限り大きく手を振る。「気配」は聖のすぐ背後まで来ている。
角を曲がる。電柱3本先に家が見えた。
あと少しなのに。
追いつかれる・・・。
喉に血の味が昇り、足の上りが鈍くなってきた時、
「聖!」
前から投げかけられる声にハッとして、どこか遠くに行っていた意識を戻すと、聖の叔父が前から歩いてきた。叔父に思わず抱き着く。必死に走りすぎて、おじさんが前から来ていることに気づかなかった。
「おお、どうしたの」
普段スキンシップなど全くしない姪っ子に抱き着かれて驚く叔父を無視し、抱き着いたまま聖は後ろをおそるおそる振り返った。
振り返ってもそこには誰もいなかった。
そこには、いつもの道が、いつもの雰囲気で広がっていた。
同時に「気配」も無くなっていた。叔父が不思議そうにあたりを見渡す。
「何かあった?」
「何でもないよ」
おじさんは聖の前から向かってきた。ということは、聖の後ろから誰か追ってきていたのであれば、おじさんは気付いたはずだ、気のせいだったんだ。胸に手を当て自分に言い聞かせながら呼吸を整えた。
「本当に大丈夫?」と心配そうに顔を覗き込む叔父に聖は急いで答える。
「ごめん。早く帰りた過ぎて走っちゃっただけ!」
おじさんに不要な心配はかけたくなかった。
「帰ろ!」
聖は落ち着かない心を奥にしまい込むように、叔父の手を引いて足早に家に向かった。
「明日は聖の誕生日だね」とおじさんが嬉しそうに聖の頭を撫でたが、聖は恥ずかしくなり手を払いのけると「つれないなぁ」と叔父はもっと顔をほころばせてほほ笑んだ。叔父が聖に向けるその優しい目が、聖の靴ひもをほどく手をもたつかせる。
リビングに入ると雑多にたくさんの食材が詰められはち切れそうなビニール袋がダイニング机の上に横たわっていた。ざっと見るに、明日の誕生日ご飯はラザニアのようだ。トマト缶が袋の底のほうで、外に押し出されようとしている。2の袋に分けて詰めればいいものを、叔父はいつも「片手は開けておきたいから」など意味のわからない理由で、必ず1つの袋に詰め切る。
「今年は何を作るの?そんなに張り切らなくてもいいのに。外に食べに行くとかしようよ」
「絶対ダメ。誕生日は家で祝うもの。子供の間はおじさんのいうことを聞いてください」
腰に手を当て仁王立ちをする叔父を見て今年の料理も期待できないかもな、と聖は笑う。
「っていうかおじさん、すぐに冷蔵庫にお肉しまわないと腐っちゃうよ。今冬だけどさ、暖房つけっぱなしだし」
「ああ、ごめん。聖が帰ってきそうな気がして、急いで迎えに行っちゃった」
「別にいいけど。いつもよくタイミングわかるね」
「聖が帰ってくる時間、いつも同じくらいじゃない?」
「今日は遅かったじゃん」
「ああ、そうだね」
叔父が明日の料理の仕込みをするというので手伝おうかと提案したが断られた。最初から最後まで自力でやり切りたいらしい。聖はしばらく叔父がキッチンで悪戦苦闘し、手を切り、血を流し、たまねぎで涙を流し、味見をして苦しそうにしているのを眺めることにした。
叔父は頑固者で変わり者でたまに変なノリをする。40代でも大人ってこんなに子供なのかと首を傾げそうになる。今も目の前でレシピ本に火がついてしまい慌てて消していた。
そんなおじを見ながら、聖はこっそりさっき叔父に撫でられた頭を自分でもそっと撫でた。この感情が何なのか、聖も答えは見つけていない。きっと見つけてはいけない、と心のどこかで感じ取っている。
叔父の茶色のふわふわした髪を触りたいと思うのはおかしいことだろうか、それは家族としては嫌悪されることなのだろうか。叔父のまっすぐな鼻筋と、切れ長の目を見て、心の奥で結び目がぎゅっと締められそうになってしまうのは気が触れてしまっているのだろうか。
叔父はお母さんの弟だ。家族なのだ。家族なのに、見上げなければ目が合わない背の高さに、思わず抱き着きたくなる。
「聖、どうしたの?」
ボーっと眺めていたところに、声をかけられて叫びそうになった。
「ちょっと疲れたのかも。お風呂入って寝るね」
「そうだね、それがいいね。明日の夜は聖の好きなものをたくさん作るからね。お腹を空かせておいてほしいな」
「ちゃんと美味しいのにしてね」
大声を上げそうになっていた心臓がまだ騒がしい。返事もそぞろに聖は階段をかけあがり自分の部屋に駆け込んだ。ベットにダイブし、いつも一緒に寝ている聖の半身ほどもある黒猫のぬいぐるみを力いっぱい抱きしめる。顔を黒猫のぬいぐるみに埋め、大きくため息をつく。
「気を付けないと」
叔父は抜けていて鈍感なはずなのに、いつも聖が家の近くまでくると迎えに来て「おかえり」と声をかけてくれる。最初はあまりに姪が心配でGPSでも制服に仕込まれているのかと疑い、隠せそうな襟元やポケットの裏など徹底的に調べてみたがさすがの叔父もそこまではしていなかった。
「どうやって気づくの?」と聞いてもいつもはぐらかされる。
聖の気配に敏感な叔父がいつか自分の気持ちに気づいてしまうのではと、いや、気づかれる程度ならまだいい。責任感の強い叔父のことだ。聖との関係性で悩みすぎてしまい、別々に住もうなど提案されかねない。普通にふるまうこと、それが聖が自分に課した掟だった。
風呂上りに叔父が去年の誕生日にくれた薄い水色のデスクトップPCに、日記を書くことが聖の日課になっていた。高価な電化製品を値だったことはなく、予想もしていなかったプレゼントだった。受け取るのも気が引け断ろうとしたところ、叔父曰く「ネットは繋がっていたほうがいいから!」とのことだった。叔父の理由はいつも意味が分からない。
叔父がいれてくれたホットココアを飲みながら、今日の出来事を思い出し、キーボードを軽快にたたく。
今日はとてもいい日だった、香菜が星のついたネックレスをくれた、香菜の誕生日には何をあげよう、付けられているような気配がして怖かったが叔父がむかえにきてくれていた、今年も料理を作ってくれるらしい・・・。
「ああ、思い出しちゃった!」
叔父に声をかけられ思わず叫びそうになった自分を思い出して頭を抱える。
「日記には書かないでおこう」と削除キーを連打していたとき。どこからか声が聞こえた。
「このゲートってどこに繋がってんの」
「知らないよ。初めて通るんだよ。ばれたら本当にどうするつもり」
「アルゴ、そんな怒るなよ。ケイトのやつがずるしなきゃお前と俺が選ばれるはずだったんだぞ。試しにゲートを通るくらい怒られないって」
「ああ、また根拠ないこと言い始めた」
どうやら男の子らしい声が聞こえる。聖は部屋を見渡した。2回左右を見ても、6畳の部屋にベットと勉強机と本棚が置かれているだけである。カーテンの隙間から見える外の暗さがより部屋の元々の静けさを教えてくれる。PCで動画でも開いてたかなとマウスを動かし別ウィンドを確認する。開いていない。
「あれ、出口だな」
「ルート、走らないでよ。はぐれたら危な・・・」
さっきよりももっとクリアに、隣で会話を聞いているくらいの距離感の声量。外で誰か遊んでいるのかもしれない。窓を開けて確かめる。が、ただ、月が綺麗なだけだった。
椅子に座り、香菜にこの不可解な事象を伝えようとスマホを手に取ると、パソコンが急激に光を放ち始めた。部屋全体を付け抜けるかのように広がる閃光の眩しさに耐えられず、聖は目を細める。
薄目から見えた状況を受け入れられず、思わず眼を擦った。
画面が急に緑とピンクの縞模様になり、渦を巻き始める。見つめていると具合が悪くなる配色に、さらに聖の目が細くなる。何事かと思い、マウスをカチカチならし、再起動できないかと必死に試したが、まったく反応しない。画面はぐるぐると渦巻いたままだ。PCが壊れたのかと思い、叔父を呼ぼうとしたその矢先、
ニュキっと渦の真ん中から左手が自分の顔の前へ伸びてきた。聖が口を大きく開け、悲鳴を上げようとする。
「待って!」とPCの中から声がして、認識したと同時に口を手で塞がれた。
「あぶねぇ、人間がいると思わなかった」
「だから言ったじゃん。バックの存在を表の人達は知らないんだよ。記憶消しのブレス俺ら苦手なんだから、軽率に人間にばれたらダメだよ」
聖は目の前の光景に目玉が飛び出そうになった。画面の中から二人の少年の頭が出てきたのだ。頭を画面から突き出したまま、二人は顔を見合わせて何やら言い合いをしている。
「あーもう。固まってるじゃん。可哀そうだよ。ごめんね、こんな夜遅くに驚かして」
「狭い部屋だな、ため息ついたら破裂しそうな部屋」
むかつくことを悪気もなさそうにサラサラと言われたが、聖はまだ頭からつま先まで口を開けたまま固まっていた。
「そのまま、静かに頼む。口から手を放すぞ、頼む。すぐ、ここから出るからさ」
「ちょっと、ルートもっと左によって、出れないじゃん」
「俺も限界だって」
「いった。蹴られた!」
まだ首から下は画面の中に居る状態で言い合いを続ける彼らは同い年くらいに見える。お互いの手を必死に伸ばし、顔をつねり、頭突きをしている。
そろそろ静かにしてほしいと聖の頭が正常に戻り始めた。急いで叔父を呼びに行くべきか、この非現実的な現象を楽しむべきか。聖は、不思議と突然の訪問者二人に恐怖を感じていなかった。
「ねえ、なんか膨れ上がってきてない?」
二人が聖の問いかけに反応し、画面の奥を見つめようと首を下に曲げたとき、背後から轟音とともに押し寄せた風圧が画面を突き抜けた。爆風と一瞬の浮遊感もつかの間、構える余地もなく画面の中から二人の体は押し出され、椅子に座っていた聖の上に乗り上げるようにぶつかり、その勢いを保ったまま、ベットになだれ込んだ。
「ああ、ごめんね。痛いよね」
「狭い部屋だな。爆風で部屋ごとぶっ壊れなかっただけましか」
口の悪い男の子じゃないほうが、聖の手を引いて体を起こす。申し訳なさそうに垂れる目尻が警戒心を持たせない。
「君たちは誰?画面の中から出てきたよね。どういうこと?」
爆風に飛ばされたのだ。しかも、自分の部屋の中で。気が動転して暴れ出してももおかしくない。
「怪しいものじゃないよ」と先ほど聖の手を引き起こしてくれた金色の長髪を後ろで一つに束ねた方が言った。
「かなり怪しいけどな」と先ほどおそらく失礼そうなことを言ってきた方続けて言った。黒髪で短髪、釣り目で曲がった口は、彼の性格を思わせる。
「僕は、ルート。驚かせてごめんね。びっくりしたよね」
「速く探しに行こうぜ。スウィーパーに先を越されちゃ困る」
「さっきからこいつが失礼なこと言ってごめんね。こいつは、アルゴ。」
ルートと名乗った青年の優しい声掛けに、差し出された手を思わず握り返してしまった。
「私は聖。名前はわかったけど、というか名前より気になることのほうが多いんだけど・・」
「詳しいことは説明できないんだけど、僕ら側の世界を抜け出したブレス使いが人間側の世界で悪いことしてて・・・」
「簡単に言えば大罪人を探してる」
アルゴと紹介されていた青年が腕を組んで聖を見下ろしていった。
「大罪人?」
「お前最近何かここら辺でおかしなことなかったか」
「おかしなこと・・・?」
おかしなことと言われても、特に思いつかない。先ほどから起きているおかしな出来事に比べれば、日常で起こる大抵の事は普通だ。彼らの言うおかしなこととは何を指すのか。家の近くの公園で虫が大量発生したらしいとか、タバコ屋のおじさんがタバコを吸うのをやめて近所の人たちが心配しているとか、そういうことではなさそうだが。
聖が「あっ」と思い出すのと同時に叔父が階段を上る音が聞こえてきた。
「やばい!隠れて」
叔父に男の子二人がこんな夜に部屋に居るところを見られたら・・。発狂される。叔父の気が狂う。
「ほら、速く!」
二人の腕を引いて、クローゼットに二人を無理やり押し込み、戸が閉まったところで叔父が部屋をノックしてきた。「入るね」と声がして、部屋の扉が開く。
「聖、夜遅くにごめんね。話し声がしたけど誰かと電話してた?」
「あ、ううん、好きなグループが配信をやってたから見てただけだよ」
そう、と叔父がつぶやき左手でおでこを覆う。
叔父はめったに夜中に聖の部屋を訪ねてこない。色々気にしすぎる叔父のことだ、年頃の姪に気を使ってくれているのだろうと、その配慮をありがたく思っていた。
「どうしたの?何かあったの?」
「それがね、香菜ちゃんがまだ帰ってきてないみたいなんだ。香菜ちゃんのお母さんがうちに居るんじゃないかって確認の連絡が来た。聖、何か知ってる?今日は香菜ちゃんと帰り一緒だった?」
「一緒に学校帰りにファミレスに行って、その後すぐに分かれたよ」
聖と叔父が真剣にまだ家に帰っていない香菜のことを話す重苦しい空気とは反対に、クローゼットの中に無理やり詰めこまれた二人は人間にバレないように必死に息をひそめていた。
「おい、なんか人間が消えたらしい」
「ダイさんと関係あるかな」
「あのおっさんが部屋を出たら、調査しに行こう。ブレスを使って何か悪さしてるんだったらすぐにわかるだろ。お前、鼻良いし」
「アルゴはほんと鼻効かないよね」
「お前が犬みたいなんだよ」
「それよりもさ、この家、匂い過ぎない?」
「まじ?」




