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DRAGON SEED 2  作者: みーやん
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忍び寄る影(下)


主な登場人物


ロナード(ユリアス)…召喚術(しょうかんじゅつ)と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を()が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠(ししょう)に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを()(ため)、エレンツ帝国(ていこく)を目指している。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な美青年。 十七歳。


セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国(ていこく)皇女(こうじょ)。 とある事情(じじょう)から(のが)れる(ため)、シリウスたちと行動(こうどう)を共にしている。 補助(ほじょ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)とする魔術(まじゅつ)()。 フワリとした癖のある黒髪(くろかみ)に琥珀色の大きな(ひとみ)特徴的(とくちょうてき)な女性。 十九歳。


シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在(じざい)(あやつ)る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手(あいて)魔術(まじゅつ)の使用を(ふう)じる、特殊(とくしゅ)(ひとみ)を持っている。 長めの金髪(きんぱつ)に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫(びじょうぶ)。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒(あいぼう)鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人(りょうよくじん)。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)薬草学(やくそうがく)得意(とくい)としている。 白銀(はくぎん)長髪(ちょうはつ)と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔(えがお)を浮かべながらサラリと(どく)()く。


ティティス…セネトの(はら)(ちが)いの妹。 とても傲慢(ごうまん)自分勝手(じぶんかって)な性格。 家族内で立場の弱いセネトの事を見下(みくだ)している。 十七歳。


カメリア…トロイア王国に拠点(きょてん)(かま)える、宝石の採掘(さいくつ)加工(かこう)販売(はんばい)を手広く手掛ける女性(じょせい)実業家(じつぎょうか)大富豪(だいふごう)。 トスカナの取引(とりひき)相手(あいて)。 三十歳


ルチル…帝国(ていこく)第三(だいさん)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)(つと)めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 今はティティスの護衛(ごえい)(にん)()いている。 二十歳(はたち)


ギベオン…セネト専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)。 温和(おんわ)生真面目(きまじめ)な性格の青年。 二十五歳。


ルフト…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアを母に持ち、魔術師(まじゅつし)の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟(いとこ)に当たる。 二十歳。


ナルル…サリアを(あるじ)とし、彼女とその家族を守っている『獅子族(シーズーぞく)』と人間の混血児(こんけつじ)。 とても社交的(しゃこうてき)な性格をしている。


ネフライト…第一側(だいいちそく)()息子(むすこ)でティティスの同腹(どうふく)の兄。 皇太子(こうたいし)地位(ちい)にあり、現在(げんざい)、次のエレンツ帝国(ていこく)皇帝(こうてい)の座に(もっと)も近い人物(じんぶつ)


アイリッシュ(はく)…ロナードがイシュタル教会の孤児院(こじいん)在籍(ざいせき)していた(ころ)、彼に魔術(まじゅつ)師事(しじ)をしていた人物(じんぶつ)で、ロナードに呪詛(じゅそ)を掛けた張本人(ちょうほんにん)


セネリオ…ロナードがイシュタル教会の孤児院(こじいん)に居た時に親しくしていた青年。 アイリッシュ(はく)を師と(あお)ぎ、彼の研究(けんきゅう)に協力している魔術(まじゅつ)()


リリアーヌ…イシュタル教会で『聖女(せいじょ)』と呼ばれている召喚術(しょうかんじゅつ)を使えるシスター。 ロナードが教会の孤児院(こじいん)に居た(ころ)、親しくしていた。 ロナードに対する恋心(こいごころ)(こじ)らせている。


ラン…イシュタル教会に所属(しょぞく)している、槍術を得意(とくい)とする猫人族(マオぞく)の女性。


カリン…イシュタル教会に所属(しょぞく)する()獣使(じゅうつか)いの少女。 カリンの相棒(あいぼう)で、ロナードが持っている(げん)(じゅう)(ねら)っている。


エルフリーデ…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)をしている伯爵(はくしゃく)令嬢(れいじょう)で、ルフトの婚約者(こんやくしゃ)。 ルフトの母であるサリアの事をとても(した)っている


面倒(めんどう)な事になりました」

サリアは、ゲンナリとした表情を浮かべながら、セネトにそう報告(ほうこく)する。

貴女(あなた)が言う『面倒(めんどう)な事』とは、一体どれの事を言っているのか、見当(けんとう)がつかないのだが」

セネトは、苦笑(にがわら)()じりに、自分の部屋に(おとず)れ、テーブルを(はさ)んで向かいのソファーに座っているサリアに言う。

「イシュタル教会の者たちの事です」

サリアが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで答えると、セネトの表情が強張(こわば)り、表情を(けわ)しくする。

「どうやら、ネフライト皇太子(こうたいし)が持っていた転送(てんそう)装置(そうち)(かぎ)を奪い、追い駆けて来ている様です」

サリアは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで続けると、セネトは思い切りテーブルに自分の(こぶし)(たた)きつけ、

「あの馬鹿(ばか)! 何をしているんだ!」

(いか)りを(あら)わにし、声を(あら)らげる。

(まった)くです。 しかも、どうやら皇帝(こうてい)陛下(へいか)の物を無断(むだん)で持ち出していたようです」

サリアは大きな溜息(ためいき)を付くと、ゲンナリとした表情を浮かべながら語る。

(かさ)ね重ね、何をしているんだ……。 陛下(へいか)の物を無断(むだん)で持ち出すなど……(いく)ら親子でも(ゆる)されない事だぞ」

セネトもゲンナリとした表情を浮かべ、自分の(ひたい)片手(かたて)()えながら(つぶや)く。

盗難(とうなん)防止(ぼうし)(ため)に、転送(てんそう)装置(そうち)(かぎ)となる魔道(まどう)()に、位置(いち)を知らせる術式(じゅつしき)を組み込んでいて正解(せいかい)でした。 (いそ)ぎ、その(かぎ)を使えぬ様に対処(たいしょ)した上で、(ねん)(ため)転送(てんそう)装置(そうち)の使用を当面(とうめん)の間、停止(ていし)させました。 ですから、彼等(かれら)がこれ以上、転送(てんそう)装置(そうち)を使って移動(いどう)する事は出来(でき)ない様にしましたが……問題(もんだい)が一つありまして……」

サリアは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで説明をすると、セネトは彼女が物凄(ものすご)く歯切れが悪い事に、(いや)予感(よかん)を覚えた。

(ネフライトが、奴等(やつら)(つか)まっているのとか言うなよ)

セネトは、一抹(いちまつ)の不安を(むね)(いだ)きつつ、心の中で(つぶや)く。

「ティティス様が、彼等(かれら)(とら)われているそうです」

サリアが、ゲンナリとした表情を浮かべながら言うと、

(そっちか!)

それを聞いたセネトは、思わず心の中で(つぶや)いた。

(まあ、ネフライトは一応(いちおう)武芸(ぶげい)心得(こころえ)はあるし、攻撃(こうげき)魔術(まじゅつ)もそこそこ使えるしな……。 それに比べれば、治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)しか取り()の無いティティスの方が(はる)かに(ぎょ)(やす)い。 抵抗(ていこう)をされても、小柄(こがら)な彼女ならば、魔術師(まじゅつし)でも容易(ようい)に抱えて運ぶ事が出来(でき)るだろう)

セネトは、自分の(あご)の下に片手(かたて)を添え、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう思慮(しりょ)する。

異変(いへん)に気付き、駆け付けた者の話では、ネフライト皇太子(こうたいし)は、身分証(みぶんしょう)と有り金を(すべ)て取られ、護衛(ごえい)兵士(へいし)たちと共に放置(ほうち)されていたそうです」

サリアは、事務的(じむてき)口調(くちょう)で続ける。

(ネフライト……)

セネトは、ゲンナリ表情を浮かべ、心の中でそう(つぶや)くと、思わず両手で頭を(かか)える。

「ティティス皇女(こうじょ)を引き合いに出し、ユリアスの身柄(みがら)(わた)す様に、皇帝(こうてい)陛下(へいか)第一(だいいち)(そく)()(さま)(おど)可能性(かのうせい)があります」

そんなセネトを前にしても、サリアは顔色一つ変えず、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で語る。

「確かに。 これまで、()正面(しょうめん)からロナードを(つか)まえようとして、(ことごと)失敗(しっぱい)して来たからな。 ロナードが教会の要求(ようきゅう)(したが)(ほか)ない状態(じょうたい)に持っていくのは、至極(しごく)当然(とうぜん)の流れだろう」

サリアの指摘(してき)に、セネトは神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで言う。

「まあ、(わたし)がそうはさせませんが」

サリアは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言う。

 アルスワット公爵家(こうしゃくけ)は代々、寺院(じいん)権力(けんりょく)中枢(ちゅうすう)を担う老子(ろうし)や、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)など、優秀(ゆうしゅう)魔術師(まじゅつし)(はい)(しゅつ)して来た一族だ。

 祖父は寺院(じいん)老子(ろうし)、父は宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)、母は宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)

 そんな家庭に生まれた彼女は、周囲(しゅうい)期待(きたい)(どお)り、とても優秀(ゆうしゅう)魔術師(まじゅつし)に成長した。

 彼女の祖父は、自分の後継者(こうけいしゃ)として、寺院(じいん)老子(ろうし)になる事を強く(のぞ)んだが、彼女はそれを断固(だんこ)拒否(きょひ)し、父と同じく宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)の道を選んだ。

 宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)と言う(ひび)きこそ良いが、優秀(ゆうしゅう)魔術師(まじゅつし)(みな)寺院(じいん)へ行く事が当たり前だった時代では、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)寺院(じいん)選別(せんべつ)から振るい落とされた、落ちこぼれの魔術師(まじゅつし)たちが行き付く先であった。

 (ゆえ)に、その世代(せだい)(もっと)優秀(ゆうしゅう)魔術師(まじゅつし)であったサリアが、寺院(じいん)(さそ)いを(ことわ)って、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)になる道を選んだ事は、世間(せけん)に大きな衝撃(しょうげき)(あた)えた。

 彼女が宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)を選んだ事に対し、世間(せけん)(てい)を気にする彼女の祖父を中心に親戚(しんせき)たちからも、強い批判(ひはん)を受けた。

 それでも彼女は、自分の意志(いし)を曲げる事は無かった。

 そんな彼女の姿勢(しせい)は、彼女の後に続く魔術師(まじゅつし)たちの考えに、少なからず影響(えいきょう)(あた)えた。

 最近は、古臭(ふるくさ)慣習(かんしゅう)(しば)られ、自由のない生活を()いられる、寺院(じいん)修道士(しゅうどうし)修道女(しゅうどうじょ)などは、()世代(せだい)忌避(きひ)されている。

 つまり、今の()者たちは名誉(めいよ)権力(けんりょく)世間(せけん)(てい)などよりも、安定した生活と高額(こうがく)給与(きゅうよ)を求めているのだ。

 近隣(きんりん)諸国(しょこく)(しん)(りゃく)戦争(せんそう)をしていた一昔前(ひとむかしまえ)なら()(かく)戦争(せんそう)をしなくなった昨今(さっこん)宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)ほど理想的(りそうてき)職種(しょくしゅ)はないと言う訳だ。

 (ゆえ)に、サリアの世代(せだい)では考えられない様な、優秀(ゆうしゅう)()魔術師(まじゅつし)が何人も入って来ると言う事態(じたい)になり、皇帝(こうてい)第一(だいいち)(そく)()も彼女の事を無視(むし)出来(でき)ない状況(じょうきょう)になっている。

「しかし、ティティスが交渉(こうしょう)の道具にすらならないと知れば、教会は彼女を(ころ)しかねないぞ」

セネトは、深刻(しんこく)な表情を浮かべながら、サリアに言う。

「その可能性(かのうせい)は低いと思われます。 皇族(こうぞく)(がい)した罪人(ざいにん)帝国(ていこく)が逃がす(はず)がありません。 帝国(ていこく)本土(ほんど)とその植民地(しょくみんち)に、重犯罪者(じゅうはんざいしゃ)として指名(しめい)手配(てはい)される様な事になれば、困るのは彼等(かれら)の方です」

セネトの指摘(してき)に、サリアは落ち着いた口調(くちょう)で返した。

「ふむ……。 それは一理(いちり)あるな……」

セネトは、自分の額に片手(かたて)()え、何とも言えぬ表情を浮かべながら、サリアに言った。

「それともう一つ。 レオンが(いそ)ぎの仕事の(ため)帝都(ていと)(はな)れる事になりました。 ですので、レオンが不在(ふざい)の間、(わたし)の目の(とど)範囲(はんい)にユリアスを置いておきたいと思って居るのですが、許可(きょか)(いただ)けるでしょうか?」

サリアは落ち着いた口調(くちょう)で、セネトに問い掛ける。

「シリウスが……」

セネトはそう(つぶや)くと、何やら思慮(しりょ)(ふり)る。

 元々、自分(じぶん)専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)はギベオンくらいで、その時々によって兵士(へいし)()(あた)えられるが、ギベオンほど信用(しんよう)出来(でき)る者と言えば、ルチル位だが、彼女も(ほか)の仕事がある(ため)何時(いつ)も自分の護衛(ごえい)をさせる事は出来(でき)ない。

 だからと言って、ロナードに(だれ)も付けないと言うのも不安が残る。

「お願いしたい。 正直(しょうじき)、ギベオンだけで(ぼく)とロナードの護衛(ごえい)と言うのは(むずか)しいので」

セネトは。真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

「分かりました。 ユリアスの護衛(ごえい)に付いては、(いそ)公爵家(こうしゃくけ)から用意する事にします。 今回は緊急(きんきゅう)措置(そち)として(わたし)の側に置く事にします。 呪詛(じゅそ)の事も気になりますし」

サリアは、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、セネトは(うなず)き、

「分かった」

そう返した。


「この(さい)心行(こころゆ)くまで勉強して行って下さい」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちの最高(さいこう)責任者(せきにんしゃ)であるサリアは、ニコニコと笑みを浮かべ、ロナードを自分たちの詰所(つめしょ)研究所(けんきゅうじょ)がある部屋へ案内しながら、そう言った。

 宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)は、寺院(じいん)魔術師(まじゅつし)たちと混同(こんどう)されぬ様、黒いローブを(まと)うのが基本だ。

 下位の宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)は黒地のローブ、次が黒地に緑の縁取(ふちど)りが(ほどこ)されたローブ、赤、黄、緑、青、紫、銀、金の順でローブの(そで)(すそ)襟元(えりもと)などに縁取(えんど)りがある物になっていき、上位の魔術師(まじゅつし)になれは成る(ほど)(ほどこ)される場所も増え、刺繍(ししゅう)なども豪華(ごうか)になる。

 それ以外にも、ブローチも階級を示している。

 上から、白・紫・青・緑・黄・赤となっている。

 (ちな)みにサリアは、最上位の宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)なので、(えり)(すそ)(そで)などに金色の刺繍(ししゅう)(ほどこ)された、胸元(むなもと)にもダイヤモンドに金の台座(だいざ)(くさり)が付いたブローチを付けている。

「はい」

魔術師(まじゅつし)たちが行う研究(けんきゅう)などに関心(かんしん)があるロナードは、期待(きたい)に胸を(はず)ませながら、(うれ)しそうに返事(へんじ)をした。

「そもそも、紫の(ひとみ)と言うのは、『魔女(まじょ)(ひとみ)』『()(がん)』などと言われ、その(ひとみ)自体(じたい)(すご)い力を()めて居る事は有名(ゆうめい)な話で、その所有(しょゆう)(しゃ)術師(じゅつし)となれば、強い魔力(まりょく)を持っている事は一目瞭然(いちもくりょうぜん)

サリアは、ニコニコと笑みを浮かべつつ、ロナードに語ると、

「それは聞いた事がありますが……。 (おれ)の場合はその力が何なのか分からないのですが」

ロナードは戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、彼女に問い返す。

大丈夫(だいじょうぶ)。 力が発現(はつげん)しない人も(めずら)しく無いですから」

サリアはニコニコと笑みを(たた)えたまま、(おだ)やかな口調(くちょう)でロナードに言った。

「……」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつ、彼女の話に耳を(かたむ)ける。

「紫と言うのは、古来(こらい)より魔力(まりょく)神秘(しんぴ)象徴(しょうちょう)。 アメジストと同じで、特に貴方(あなた)の様に深い紫色と言うのは、とても高貴(こうき)な色とされてきた歴史があるのです」

サリアは、ロナードが自分がしている事に興味(きょうみ)(しめ)した事が(うれ)しかったのか、とても饒舌(じょうぜつ)に語る。

(前から思っていたが、この人……良く(しゃべ)るな……)

ロナードは、ずっと上機嫌(じょうきげん)(しゃべ)って居るサリアのテンションにやや引きつつ、心の中で(つぶや)いた。

(わたし)の下でしっかり勉強し、修練(しゅうれん)(はげ)めば、きっと素晴(すば)らしい魔術師(まじゅつし)になれますよ。 貴方(あなた)はまだ魔力(まりょく)のコントロールに波がありますからね」

サリアは、ニコニコと笑みを湛えたまま、ロナードに言った。

「そう言って(いただ)けると、心強(こころづよ)いです」

ロナードは、少し苦笑(にがわら)()じりに、サリアにそう言い返した。

「さあ。ここが私たちの詰所(つめしょ)研究所(けんきゅうじょ)です」

サリアは重厚(じゅうこう)な黒い扉の前に足を止めると、後ろから付いて来たロナードに言った。

「あ、お帰り」

「お帰りなさいませ」

扉を開き、中に入ると、大きな木の長テーブルが中央に鎮座(ちんざ)しており、そこに椅子(いす)に座った、ローブを着た若い男女が、向かい合う様に座っており、サリアが戻って来た事に気が付くと、そう言って彼女を(むか)えた。

只今(ただいま)

サリアはニコニコしながら、自分に声を掛けて来た二人に返事をした。

此方(こちら)の方は何方(どなた)ですか?」

少し(くせ)のある背中まである黒い長い髪を下ろした、少し目尻(めじり)が上がった緑色の双眸(そうぼう)を有した、紫の糸で刺繍(ししゅう)を施されたフード付のローブに身を包んだ、色白で小柄(こがら)な、可愛(かわい)らしい顔立ちの少女が、何かの薬草(やくそう)の葉を(むし)りつつ、サリアの後ろに立って居るロナードに気付き、サリアに問い掛ける。

紹介(しょうかい)します。 彼はユースティリアス。 ランティアナ大陸の出身で、こちらに来てまだ間が無いから、帝国(ていこく)の言葉はあんまり分からないの。 たまに、手伝いにここも来るから仲良(なかよ)くしてあげて」

サリアはニコニコと笑みを浮かべながら、物凄(ものすご)(うれ)しそうに二人にロナードの事を紹介(しょうかい)した。

「話には聞いていたけど、昨日の今日で来るとはね。 君も物好(ものず)きだな」

先に来て居たルフトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながらロナードに言った。

物好(ものず)きではなくて、勉強(べんきょう)熱心(ねっしん)と言いなさい!」

サリアは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ちょっと不満(ふまん)そうにルフトに言い返すと、

「はいはい」

ルフトは五月蠅(うるさ)そうな顔をしながら、肩を(すく)め、そう返す。

「ちょっと貴方(あなた)

長い黒髪を有した少女が、ランティアナ大陸の公用語(こうようご)で、()()敵意(てきい)(ふく)んだ(するど)眼差(まなざ)しを向け、ロナードに声を掛けて来た。

「えっ……」

彼女の(するど)視線(しせん)に、ロナードは戸惑(とまど)いつつも、彼女の方へと目を向ける。

(いく)らアルスワット公爵家(こうしゃくけ)分家(ぶんけ)とは言え、貴方(あなた)の様な異国人(いこくじん)が図々しく、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)助手(じょしゅ)だなんて冗談(じょうだん)ではありませんわ! どうせサリア様に強請(ねだ)ったのでしょ?」

(するど)くロナードを(にら)み付けながら、強い口調(くちょう)一方的(いっぽうてき)に彼にそう言い放つ。

(くぅうう……(くや)しいけど、(わたくし)より美人なのは(みと)めるわ)

長い黒髪を有した少女は、ロナードを見つめながら心の中でそう(つぶや)くと、ボキッっと、先程(さきほど)まで丁寧(ていねい)に葉を()んでいた植物の(くき)をへし折った。

「えっ……いや……えっと……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、助けを求める様にサリアの方を見る。

「この子は、伯爵家(はくしゃくけ)令嬢(れいじょう)でルフトの婚約者(こんやくしゃ)のエルフリーデよ」

サリアは、穏やかな口調(くちょう)で彼女の事をロナードに紹介(しょうかい)した。

「えっと……初めまして……?」

ロナードは、何と言って良いのか分からないので、差し当たり、エルフリーデに向かって、苦笑(にがわら)()じりに挨拶(あいさつ)をした。

(わたくし)は、貴方(あなた)の様な方と()れ合う気はありませんわ!」

エルフリーデは、ムッとした表情を浮かべ、強い口調(くちょう)と、物凄(ものすご)(けん)のある物言(ものい)いをロナードにすると、プイと彼から顔を(そむ)けた。

冗談(じょうだん)じゃないわよ。 ルフトの婚約者(こんやくしゃ)として、彼の地位(ちい)(おびや)かしそうな(やから)と仲良くなど、出来(でき)る訳が無いでしょ)

エルフリーデは、ロナードをチラチラと見ながら、心の中で(つぶや)く。

「……」

エルフリーデの態度(たいど)に、ロナードは物凄(ものすご)く困った様な顔をして、その場に立ち()くす。

「え、エフィ……」

サリアもロナードに対し、不愉快(ふゆかい)さを()き出しにして居るエルフリーデの態度(たいど)に、困った様な表情を浮かべて居る。

「エフィ、その態度(たいど)は、あんまりじゃあ……」

テーブルを(はさ)んで向かいに座って居た、ルフトも戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、エルフリーデに言った。

五月蠅(うるさ)いですわ! (わたくし)はサリア様に取り入って、この伝統(でんとう)ある宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)地位(ちい)まで用意させる様な、厚顔(こうがん)無恥(むち)(やから)と仲良くする気なんてありませんの!」

エルフリーデは、ギロリとルフトを(にら)み付けると、強い口調(くちょう)でそう言い放った。

(アンタには、プライドってものが無いの?)

エルフリーデは、ルフトを(にら)み付けたまま、心の中で叫ぶ。

大方(おおかた)、母上の提案(ていあん)なのだろう?」

ルフトは、すっかり気分を(がい)して居る様子(ようす)のエルフリーデに戸惑(とまど)いつつ、(おもむろ)にロナードに問い掛けると、彼は真剣(しんけん)面持(おもも)ちで何度も(うなず)く。

 まだ知り合って間もないが、ロナードがそんな事をサリアに頼む様な性格では無い事は、ルフトも何となく理解(りかい)して居た。

「ほら。 母上にお強請(ねだ)りなんてして無いって、言ってるぞ」

ロナードの反応(はんのう)を見て、ルフトは彼を指差(ゆびさ)しながら、エルフリーデに言った。

馬鹿(ばか)なの? そんな事を(たず)ねたところで、『お強請(ねだ)りしました』って素直(すなお)に認める(やつ)が、何処(どこ)に居るって言うのよ!)

エルフリーデは、ルフトに対して苛立(いらだ)ちを覚え、心の中でそう(つぶや)いた。

「そんな図々(ずうずう)しい人間の言う事を信じる方が、どうかしていますわ」

エルフリーデは、チラッとロナードの方へと目を向けると、両腕(りょううで)を自分の胸の前に組み、軽蔑(けいべつ)(ふく)んだ様な物凄(ものすご)(とげ)のある物言(ものい)いをルフトにした。

(おれ)は、魔術(まじゅつ)の勉強と修練(しゅうれん)出来(でき)れば良くて、別に助手(じょしゅ)になりたかった訳では……」

自分の出現(しゅつげん)で、すっかり気分を(がい)してしまって居るエルフリーデに向かって、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、彼女に言った。

「でも、ルオンに居た時は、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)だったのでしょう?」

サリアは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードに問い掛けると、

「いいえ。 カタリナ王女(おうじょ)直属(ちょくぞく)の組織で、魔物(まもの)退治(たいじ)をしていました」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で答えると、

「うわぁ……滅茶苦茶(めちゃくちゃ)ハードな事してたんだな……。 エリート(しょく)なんだろうけど、(ぼく)絶対(ぜったい)(いや)だな」

それを聞いたルフトが、物凄(ものすご)(いや)そうな表情を浮かべながら言う。

「そんな(あぶ)ない事をしているとは、思わなかったわ」

サリアも(おどろ)きを(かく)せない様子(ようす)で言う。

「元々、傭兵(ようへい)をしていたので、魔物(まもの)(たたか)う事に抵抗(ていこう)が無かっただけです」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながらそう説明する。

(なに? 可哀想(かわいそう)な子アピール? (わたくし)はそんな事で(だま)されないわよ)

エルフリーデは、ロナードを思い切り(にら)み付けながら、心の中でそう(つぶや)く。

()(かく)(わたくし)貴方(あなた)宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)になる事も、サリア様のお側に居る事も(みと)めなくってよ!」

そして、椅子(いす)から(おもむろ)に立ち上がると、ロナードを指差(ゆびさ)しながら、嫌悪(けんお)(かん)()き出しにして、強い口調(くちょう)で言い放った。

(みんな)、コイツの見た目に(だま)されているんだわ!)

エルフリーデは、ロナードをギロッと(にら)み付け、心の中で(つぶや)く。

「……」

エルフリーデの雰囲気(ふんいき)にロナードは圧倒(あっとう)され、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、彼はすっかり返す言葉を(うしな)う。

((わたくし)本性(ほんしょう)(あば)いてみせるわ!)

エルフリーデは、ロナードを(にら)み付けながら心の中で(つぶや)いた。


「さっさと歩け!」

背後(はいご)から来ている兵士(へいし)にそう言われ、乱暴(らんぼう)に背中を押されたその人物は思わずよろけて、前のめりになって()けそうになる。

無礼者(ぶれいもの)! (わたし)(だれ)だと……」

その人物はキッと兵士(へいし)(にら)み付け、表情を(けわ)しくし、怒鳴(どな)り付ける。

「何を(えら)そうに。 亡国(ぼうこく)の王子がそんなに(えら)いのかよ」

「そんなに(いき)がったって、(ただ)の負け犬だろ」

尻尾(しっぽ)を振る相手(あいて)真剣(しんけん)に探した方が、身の(ため)だぜ」

彼を連行(れんこう)して居た兵士(へいし)達は、口々にそう言うと、彼の事を嘲笑(あざわら)った。

 彼等(かれら)の言う通り、彼の一族は帝国(ていこく)からの脱却(だっきゃく)(くわだ)て、国民を(ひき)いて反乱(はんらん)を起こした。

 それが一年ほど前の話だ……。

 だが、圧倒(あっとう)(てき)軍事力(ぐんじりょく)(ほこ)帝国(ていこく)(ぐん)は、あっという間に彼等(かれら)の国を軍艦(ぐんかん)などで包囲(ほうい)すると、他国(たこく)との交易(こうえき)()()った。

 漁師(りょうし)海上(かいじょう)帝国(ていこく)(ぐん)占拠(せんきょ)されている(ため)(りょう)に出る事が出来(でき)ず、農民(のうみん)労働力(ろうどうりょく)である男たちを兵士(へいし)に取られ、田畑(たはた)満足(まんぞく)(たがや)す事も、作物を収穫(しゅうかく)する事もままならず、じりじりと追い()められていった……。

 半年が()つ頃には、領土(りょうど)の2/3が帝国(ていこく)占領(せんりょう)され、多くの兵士(へいし)勿論(もちろん)前線(ぜんせん)兵士(へいし)たちを(ひき)いていた(おう)太子(たいし)戦死(せんし)し、その首が(おう)()城門(じょうもん)(さら)されると、日に日に徴兵(ちょうへい)した兵士(へいし)たちを中心に、帝国(ていこく)(こう)(ふく)する者が増え始めた。

 それでも、北部の密林(みつりん)地帯(ちたい)に逃げ込み、ゲリラ(せん)を繰り返し、何とか善戦(ぜんせん)して来たが……。

 高齢(こうれい)だった国王が、()(ばい)(かい)する疫病(えきびょう)により死去(しきょ)

 (ほか)にも高齢(こうれい)要人(ようじん)(おさな)王族(おうぞく)たちが、長引く(たたか)所為(せい)満足(まんぞく)な食事を取る事が出来(でき)ず、栄養(えいよう)失調(しっちょう)で命を落とし、劣悪(れつあく)環境下(かんきょうか)の中で次々と(やまい)負傷(ふしょう)した(きず)原因(げんいん)で、多くの兵士(へいし)民間人(みんかんじん)たちが命を落としていった……。

 降伏(こうふく)する二か月前からは、(くず)れ落ちた古代(こだい)遺跡(いせき)に立て()もって居たが、帝国(ていこく)(ぐん)居場所(いばしょ)がバレてそこから(はな)れる事を余儀(よぎ)なくされた。

 その時にはもう(わず)かな兵士(へいし)と、彼を(ふく)め、王族(おうぞく)は二つ年上の姉と三つ年下の弟の三人しか残って居なかった。

 弟は『最後に一矢(いっし)(むく)いる』と言い残し、(たたか)える兵士(へいし)達を(ひき)いて死地(しち)へ。

 ()げられないと(さと)った姉は、生きて(はずかし)めを受ける位ならと、彼の目の前で(みずか)らの首を短剣(たんけん)()き切り自刃(じじん)した。

 (かれ)自身(じしん)も、持って居た短剣(たんけん)で命を()とうとして居た所、追い付いて来た帝国(ていこく)兵士(へいし)に取り押さえられ、自刃(じじん)をする事を阻止(そし)され、(とら)われの身となり、今に(いた)る……。

 (いま)(おも)えば、帝国(ていこく)属国(ぞっこく)ではあったが、それ(ほど)(ひど)(あつか)いは受けて居らず、決して()らしは(ゆた)かでは無かったが、国民(こくみん)が食べて行くには困らなかった。

 (かつ)ての栄華(えいが)を忘れられない()き国王や、帝国(ていこく)の役人が目を光らせていて、何かと制約(せいやく)が多く、昔の様な贅沢(ぜいたく)な暮らしが出来(でき)ない事に不満(ふまん)(つも)もらせた貴族(きぞく)たちの浅ましい考えが、この様な悲惨(ひさん)を引き起こす根底(こんてい)となった事は否定(ひてい)できない……。

 (かれ)自身(じしん)もまた、(かつ)ての栄華(えいが)(わす)れる事が出来(でき)ず、現状(げんじょう)不満(ふまん)(いだ)き、人々に武器(ぶき)を手にし、(たたか)う事を様に呼び掛けた、(おろ)か者の一人なのだから。

 『祖国(そこく)威厳(いげん)と権利を取り戻す』

 耳触(みみさわ)りの良い大義(たいぎ)名分(めいぶん)を振り(かざ)し、駐在(ちゅうざい)して居た帝国(ていこく)(ぐん)に対し、国内の(いた)る所で反乱(はんらん)を起こしたが、結局(けっきょく)は多くの(つみ)も無い民を犠牲(ぎせい)にし、美しかった国土は戦火(せんか)()()て、反乱(はんらん)先導(せんどう)した王家(おうけ)の者も彼一人を残し、(みんな)、死んでしまった……。

(わたし)は……何の(ため)此処(ここ)に居るのか……)

兵士(へいし)達に(うなが)され、歩みを進めながら、彼は何とも言い(がた)(むな)しさを覚えつつ、心の中でそう(つぶや)いた。

 大きく開け放たれた、巨大で分厚(ぶあつ)い鉄の観音(かんのん)(びら)きの扉を(くぐ)ると、目の前には、赤い絨毯(じゅうたん)()()められた(おそ)ろしく広い空間が広がって居て、階段状に高くなって、その最上段には大理石(だいりせき)だろうか、重厚(じゅうこう)威厳(いげん)(あふ)れる、それでいて美しい、とても立派(りっぱ)玉座(ぎょくざ)があった。

(ひざまず)け!」

兵士(へいし)が強い口調(くちょう)でそう言うと、持って居た槍の()で、彼の背中を乱暴(らんぼう)に押した。

 彼は足を(もつ)れさせつつ、その場で両膝(りょうひざ)を床に付けた。

 両手には鉄製(てつせい)手錠(てじょう)片方(かたほう)の脚には逃げられぬ様に鉄の重りが付いた足枷(あしかせ)……鉄の首輪を付けられ、逃げられぬ様に、そこから()びた(くさり)を後ろに居る兵士(へいし)(にぎ)っている。

 (われ)ながら、何と(なさ)けない姿だろうか……。

 石で出来(でき)た階段の上から、(おそ)らく皇帝(こうてい)の側近と思われる男の口から、彼と彼の一族の罪状(ざいじょう)淡々(たんたん)と読み上げられた。

 本来(ほんらい)ならば、極刑(きょっけい)を言い渡されるところであるが、彼の伯母(おば)先帝(せんてい)(そく)()であった(ため)特別(とくべつ)恩赦(おんしゃ)(あた)えられた。

 だが、彼は二度と祖国(そこく)の地を()む事は(ゆる)されず、皇帝(こうてい)帝国(ていこく)忠誠(ちゅうせい)書面(しょめん)だけでなく、ガイア神の前で宣誓(せんせい)をさせられ、一族が(おか)した(つみ)生涯(しょうがい)()けて償う事を命じられ、彼が奇妙(きみょう)な気を起こさぬ様に監視(かんし)が付けられた。

 これは、(ほか)帝国(ていこく)植民地(しょくみんち)に対する見せしめでもあった。

 もし、帝国(ていこく)(さか)らえばどう言う事になるのか……。

 彼を使って皇帝(こうてい)は、世間(せけん)に知らしめた訳である。


 そんな彼は、武芸(ぶげい)としての才覚(さいかく)が無かった(ため)祖国(そこく)では薬師(くすし)として薬草学(やくそうがく)を学んでいた。

 流石(さすが)帝国(ていこく)では、帝国(ていこく)反旗(はんき)(ひるがえ)した国の王族と言う立場であるので、彼が復讐(ふくしゅう)の為に毒物(どくぶつ)を混ぜる事が無い様、薬の調合(ちょうごう)などをする事は許されず、野草(やそう)(えん)草取(くさと)りや水やり、薬草(やくそう)の植え替え、宮廷内(きゅうていない)の図書館から本を借りて来たり、()りて来た本の書写(しょしゃ)などの雑務(ざつむ)をこなしていた。

 祖国(そこく)では、研究室(けんきゅうしつ)に居る事が多かったが、ここでは強い日差しに毎日(まいにち)(さら)され、彼の肌はすっかり日焼けをし、(つめ)の間には土が入り込み、薬草(やくそう)と土の香りを(まと)う様になっていた。

 その日も、何時(いつ)もの様に朝早くから野草(やそう)(えん)草取(くさと)りをしていた。

 色とりどりの美しいドレスを身に纏った令嬢(れいじょう)たちや、重そうな(よろい)に身を包んだ屈強(くっきょう)兵士(へいし)たちなどが行き交う様を遠目(とおめ)で見ながら……。

 その時ふと、彼の目の前を宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)である事を示す黒いローブに身を包んだ、背の高い、目鼻立(めはなだ)ちの(ととの)った、明らかに異国人(いこくじん)と思われる容姿(ようし)の青年が、炎の様な全身が赤い毛に(おお)われた(けもの)(したが)え、静かに通り過ぎて行った。

異国人(いこくじん)?)

彼は、髪の色こそエレンツ帝国(ていこく)本土(ほんど)の人間に良く見られる黒髪を有した、北半球(きたはんきゅう)の大陸の人間に見られる容姿(ようし)の青年を目で追いながら心の中で(つぶや)いた。

 良く見ると、その青年は瞳の色は濃い紫色で、何とも言い(がた)い、不思議(ふしぎ)雰囲気(ふんいき)(まと)っていた。

 彼の脳裏(のうり)に、幼い(ころ)乳母(うば)から聞いた話が()ぎった。

 『紫の瞳を持つ者は、人であって、人であらず』

 乳母(うば)が言うには、紫の瞳を持って居る人間は非常(ひじょう)(まれ)で、その瞳には、とても(おそ)ろしい力があって、混沌(こんとん)とした時代に現れては、ある者は人々を(みちび)き、国を(おこ)し、ある者は人々を粛清(しゅくせい)して国を(ほろ)ぼし、また、ある者は人々の(たて)となり、国を守る……。

 そう言う、常人(じょうじん)ならぬ力を持って居るのだと……。

 彼は、(たん)なる()(そら)(こと)だと思って居たのだが……。

実際(じっさい)存在(そんざい)するのか……)

彼は、紫色の瞳を持つその青年を目で追いながら、心の中で(つぶや)いた。

 この者なら……もしかすると、この不遇(ふぐう)状況(じょうきょう)()にある自分を解放(かいほう)し、自分の(のぞ)みを(かな)えてくれるのではないか……。

 彼は、見ず知らずの、名前すら知らぬその青年に対して、()()かその様に思った。


「紫色の(ひとみ)の方……ですか?」

彼の監視(かんし)役兼(やくけん)専属(せんぞく)侍女(じじょ)の二十代前後の()い女性は、ティカップに香りの良いお茶を注ぎつつ、問い返す。

「ああ。 宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちが着る黒いローブを着ていて、背の高い、紫色の瞳を持った、綺麗(きれい)な顔立ちをした二十歳くらいの、異国人(いこくじん)の青年なのだが……」

彼は、ソファーに腰を下ろしたまま、侍女(じじょ)に言うと、彼女はティポットを徐にテーブルの上に置くと、(しばら)思慮(しりょ)した後……。

「ロナード様……の事でしょうか」

(おもむろ)にそう(つぶや)いた。

「ロナード?」

彼は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

 思いの外、インパクトの無い、女の様な名前に拍子抜(ひょうしぬ)けする。

「はい。 何でも、視察(しさつ)に行かれていたセレンディーネ様が旅先(たびさき)で出会った方らしく……。 そのまま宮廷(きゅうてい)へお(まね)きなさったとか何とか……」

侍女(じじょ)は、人から聞いた話を思い出しながら、彼にそう語った。

旅先(たびさき)……やはり異国人(いこくじん)と言う事か?」

彼は身を乗り出し、興味(きょうみ)津々(しんしん)と言った様子(ようす)侍女(じじょ)に問い掛ける。

「ええ。 北の大陸の方だと聞いて居ます」

侍女(じじょ)は、ティポットを片付(かたづ)けながら、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で答える。

「そうか」

彼は、ソファーの()(もた)れに身を(あず)けつつ、何処(どこ)(うれ)しそうに(つぶや)いた。

「確かに、この国の者とは(こと)なる、綺麗(きれい)なお顔立ちをされた方ですよね」

侍女(じじょ)は、彼の様子(ようす)を見て、ニッコリと笑みを浮かべながら言った。

 同性(どうせい)の彼から見ても美人だと思うのだから、異性(いせい)から見れば尚更(なおさら)魅力的(みりょくてき)(うつ)るに(ちが)いない。

「だからって、ちょっかいを出し手は駄目(だめ)ですよ」

侍女(じじょ)はニッコリと笑みを浮かべたまま、そう付け加えて来た。

「?」

彼は、侍女(じじょ)が何を言いたいのか理解(りかい)出来(でき)ず、目をパチクリとして居ると、

「セレンディーネ皇女(こうじょ)(さま)恋人(こいびと)だと、(もっぱ)らの(うわさ)です」

侍女(じじょ)はニッコリと笑いそう言うと、彼は口に(ふく)んで居たお茶を思い切り()き出した。

「なっ……。 彼女は数か月前に婚約(こんやく)(しき)をボイコットしたと言うのに、もう別の男を連れ込んだと言うのか?」

彼は、軽く何度か()き込んでから、口元を手の甲で(ぬぐ)い、(おどろ)きを(かく)せない様子(ようす)侍女(じじょ)に問い掛けた。

「そもそも、その婚約(こんやく)(しき)(いや)で逃げ出したそうです」

侍女(じじょ)は、彼がテーブルの上に噴射(ふんしゃ)したお茶を、布巾(ふきん)()きながら、落ち着いた口調(くちょう)で答えた。

「な、(なる)(ほど)……」

彼は、気恥(きは)ずかしさに顔を赤らめつつ、そう(つぶや)いた。

「それらしい理由を付けては、ロナード様をご自分の下にお呼びになり、良く、夕食やお茶の時間も一緒(いっしょ)に過ごされているとか」

侍女(じじょ)は、一頻(ひとしき)りお茶を拭き終わると、落ち着いた口調(くちょう)で言った。

(だから、皇女(こうじょ)の宮の近くに居たのか……)

侍女(じじょ)の話を聞いて、彼は(みょう)(なっ)(とく)した。

「つまり、周囲(しゅうい)(あや)しまれぬ様に、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)の形をしているたけと言う事か」

彼は、淡々とした口調(くちょう)で言うと、

「そうではない様です。 ロナード様は普段(ふだん)宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)のサリア様に師事(しじ)して(いただ)いていると聞いています」

侍女(じじょ)は、持って来たケーキをナイフで切り分けつつ、落ち着いた口調(くちょう)で答える。

宮廷(きゅうてい)魔術(まじゅつ)(ちょう)に?」

彼は、驚き、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

 宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)長と言えば、寺院(じいん)老子(ろうし)には(およ)ばないにしても、この国でもトップクラスの魔術師(まじゅつし)である事は間違(まちが)いなく、そんな相手(あいて)から直接(ちょくせつ)師事(しじ)を受けるなど、(いく)らセレンディーネ皇女(こうじょ)口添(くちぞ)えがあったとしても、当人(とうにん)がそれに見合うだけの力が無ければ、(そで)にされてしまうだろう。

 少なくともロナードは、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)自身(じしん)も、(みずか)らが師事(しじ)するに(あたい)する相手(あいて)であると見做(みな)されていると言う事だ。

(やはり、話に聞いて居た通り、人並(ひとな)みならぬ力を持って居ると言う事か……)

彼は、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた。


 それから、二週間近くが経過(けいか)した(ころ)、彼は王宮(おうきゅう)の外れにある、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちが管理(かんり)している野草(やそう)(えん)で、目的の相手(あいて)を見付ける事に成功(せいこう)した。

目的の相手(あいて)は、日中の暑さに()えかね、羽織(はお)っている黒いローブを()ぎ、(ひも)で交差して居る胸元(むなもと)が大きく開いた白い薄手(うすで)の服に、黒の七分(しちぶ)(たけ)のカーゴパンツに、(かわ)(ひも)()み上げたサンダルと言う、物凄(ものすご)くラフな格好(かっこう)をしており、木陰(こかげ)の下にあるベンチに腰を下ろして、分厚(ぶあつ)い本を読みながら、(すず)んで居た。

その側には何時(いつ)もの様に、全身が(ほのお)の様な赤い毛に(おお)われた(けもの)が、(うつぶ)せの状態(じょうたい)で居た。

その脇には、宮廷内(きゅうていない)にある兵士(へいし)や使用人たちなどが使う食堂(しょくどう)販売(はんばい)している、サンドイッチなど、ちょっとした軽食(けいしょく)が入った(かご)弁当箱(べんとうばこ)があって、本を読みながら、サンドイッチを口に運んでいるので、少し遅い昼食を取って居るのだろう。

(やっと見付けたぞ……。 この数十日間、彼の一日の動きを聞いて回った甲斐(かい)があった……)

やっとの事で発見した相手(あいて)を、植木(うえき)(かげ)からそっと見ながら、彼は心の中で(つぶや)いた。

「あの……」

そして、意を決し、休憩中の相手(あいて)(おもむろ)に声を掛けると……。

「ここは、部外者(ぶがいしゃ)は立ち入り禁止(きんし)だ。 表の立札(たてふだ)が見えなかったのか?」

思いがけぬ事を言われた。

「えっ……」

彼は戸惑(とまど)い、周囲(しゅうい)を見回すと、確かに野草(やそう)(えん)の入り口の辺りに、割と大きめの立札(たてふだ)があった。

(あ――……。 ホントだ)

本来(ほんらい)の入り口では無く、植木(うえき)隙間(すきま)から入り込んだ彼は、その立札(たてふだ)存在(そんざい)に気が付かなかった。

「す、済みません。 この国では(めずら)しい容姿(ようし)なので……ずっとお声を掛けたくて……』

変な所から現れた彼を、物凄(ものすご)警戒(けいかい)した様子(ようす)で見ている相手(あいて)に、おずおずとした口調(くちょう)で言いながら、少しずつ距離(きょり)()める。

「……アンタか。 (おれ)の事を探っていた(やつ)は」

相手(あいて)は、相変(あいか)わらず警戒(けいかい)した様子(ようす)でそう言うと、(ひざ)の上に広げていた分厚(ぶあつ)い本を閉じた。

 相手(あいて)は本を小脇(こわき)(かか)え、ベンチから軽く腰を浮かせ、何時(いつ)でもその場から逃げられる態勢(たいせい)だ。

誤解(ごかい)です! (わたし)はただ、異国(いこく)の話を聞いてみたかっただけでして……。 (やま)しい気持ちを持って貴方(あなた)の事を聞いて回って居た訳では……」

このままでは、話をする前に逃げられると思い、彼は(あわ)てた様子(ようす)で、両手を左右に振りながら、必死にそう弁明(べんめい)する。

「……そう言うお前も異国人(いこくじん)だろう?」

相手(あいて)相変(あいか)わらず、何時(いつ)でも逃げられる態勢(たいせい)のまま、警戒(けいかい)した様子(ようす)で言い返して来た。

「あ、はい。 (わたし)はツバル王国の王族(おうぞく)で、この国には人質(ひとじち)として来ました。 名は、カナデと申します」

彼は自分の胸元(むなもと)片手(かたて)を添え、敵意(てきい)が無い事を示そうとニッコリと笑みを浮かべながら言った。

「……」

相手(あいて)は、相変(あいか)わらず警戒(けいかい)した様子(ようす)で、無言(むごん)で彼を見据(みす)えている。

「えっと……ロナードさま……で(よろ)しいですよね?」

カナデは、おずおずと、今にも()げ出しそうな相手(あいて)にそう問い掛けた。

「そうだが」

相手(あいて)は完全にベンチから立つと、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で答えた。

(こま)った……(すご)警戒(けいかい)されている……どうしよう……)

明らかに、カナデが妙な真似(まね)をしようモノなら、その場から逃げ出し、人を呼ぶ気満々な相手(あいて)を見て、彼は心の中で(つぶや)く。

「……用が無いのなら行くが?」

彼は、ベンチの上に置いてあった、(かご)弁当箱(べんとうばこ)を手にすると、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

「ちょっ……待って下さい!」

カナデは(あわ)てて、思わずそう言って呼び止める。

 ロナードは思いの外、カナデが大きな声で呼び止めたので、(おどろ)いた顔をして彼を見ている。

「す、()みません……」

カナデは、自分でも思いがけず、大きな声を出した事に気恥(きは)ずかしくなり、(あやま)った。

休憩(きゅうけい)時間(じかん)が終わる。 手短(てみじか)に言え」

ロナードは相変(あいか)わらず、警戒(けいかい)した様子(ようす)で、カナデに言った。

「お、お願いです! (わたし)に力を()して下さい!」

カナデはグッと両手に(こぶし)(にぎ)りしめ、勇気(ゆうき)を振り絞り、真っ直ぐにロナードを見据(みす)え、そう切り出した。

「は?」

ロナードは、『何を言っているんだ?。コイツ』と言う様な顔をして、思わず間の()けた声を出す。

「ええっと……(わたし)(いず)れ国へ戻り、国王として国を立て直したいと考えて居まして……。 ロナード様のお力添()えがあれば、とても心強いなぁと思いまして……』

カナデは、両手を自分の(はら)の前に持って来ると、モジモジと(いそが)しく動かし、(うつむ)きつつも、時折(ときおり)、チラリとロナードを上目遣(うわめづか)いで見ながら言った。

何故(なぜ)、見ず知らずのアンタの(ため)(おれ)が?」

ロナードは思い切り、怪訝(けげん)そうな顔をして、冷たく言い返した。

(ですよね――……)

ロナードの反応(はんのう)を見て、カナデは心の中で(つぶや)くと、苦笑(にがわら)いを浮かべる。

「えっと……ロナード様は旅先(たびさき)無理(むり)矢理(やり)にセレンディーネ皇女(こうじょ)に連れて来られたと聞いています。(いず)れは、(わたし)と同じ様に自国に戻り、本来(ほんらい)地位(ちい)手腕(しゅわん)を振るいたいと、お考えなのでは?」

カナデは、愛想笑(あいそうわら)いを浮かべながら、ロナードに言うと、

「……(ちが)うが」

ロナードは思い切り、白けた口調(くちょう)で言い放った。

「え……」

ロナードの、氷の様に恐ろしく冷たい態度(たいど)口調(くちょう)に、カナデは一瞬(いっしゅん)にして(こお)り付いた。

(ええ――……)

(あらかじ)め集めた情報(じょうほう)(ちが)っていた事に、カナデは混乱(こんらん)し、心の中で絶叫(ぜっきょう)する。

何処(どこ)から、そんな事を聞いたのか知らないが、(おれ)(おれ)意志(いし)でここに居る。 無理矢理(むりやり)に連れて来られて訳ではない。 人質(ひとじち)のアンタと(ちが)ってな」

ロナードは、此処(ここ)から逃げ出す事に手を貸す見返(みかえ)りに、カナデが国王として返り()く事を手伝わせようと思って居た事を見抜(みぬ)いてしまった様で、その目は完全に、軽蔑(けいべつ)(いか)りが入り()じり、口調(くちょう)こそ穏やかだが、ドスの利いた低い声で言った。

(やらかした!)

ロナードの言動(げんどう)を見て、カナデは心の中で(つぶや)くと、両手で頭を(かか)える。

 今日はただ、お近付きになって、徐々に親交(しんこう)を深めていき、信望(しんぼう)を得てからこの話を持ち掛けようとして居たのに、ロナードの予想(よそう)(がい)返答(へんとう)動揺(どうよう)して、すっかり自分の(たくら)みを暴露(ばくろ)してしまい、彼にすっかり警戒(けいかい)心を(いだ)かせてしまった。

(おれ)が、何も知らないとでも?」

ロナードは、顔面(がんめん)蒼白(そうはく)になり、右往左往(うおうさおう)して居るカナデを、面白(おもしろ)そうな顔をして見ながら、苦笑(くしょう)()じりにそう言った。

(ええ――……。 (わたくし)()められたのか?)

カナデは、()ずかしさのあまり顔を赤らめつつ、両手で頭を(かか)え、心の中で叫ぶ。

「……今回は、聞かなかった事にしてやるが、次また同じ様な事を(おれ)に言って来た時は……」

ロナードは、やれやれと言った様子(ようす)で肩を(すく)め、首を左右に振ってから、(おもむろ)にカナデの方へと静かに歩み寄り、動転(どうてん)して居る彼の肩に手をポンと置くと、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう言ってから、

「セネトに(あだ)なす(やから)見做(みな)し、躊躇(ちゅうちょ)なく排除(はいじょ)する」

()()ました(やいば)の様に(するど)く冷たい双眸(そうぼう)で彼を見据(みす)えると、ドスの利いた低い声でそう(すご)んだ。

 (ころ)される―――。

 ロナードに(すご)まれ、カナデは全身から(たき)の様に冷や汗を流し、(へび)(にら)まれた(かえる)の様に微動(びどう)だに出来(でき)ず、ただその場に立ち尽くした。

「だ、(だま)れ! 皇女(こうじょ)愛犬(あいけん)(ごと)きが(えら)そうに! (わたし)は決して、お前たちには負けない!」

カナデはありったけの勇気(ゆうき)を振り絞り、表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)で言い返すと、(きびす)を返し、足早(あしばや)にその場から立ち去った。

「やれやれ。 王女の番犬(ばんけん)の次は、皇女(こうじょ)愛犬(あいけん)か……。 犬にも色々あるんだな」

ロナードは、カナデが立ち去った方を見据(みす)えたまま、ポリポリと自分の頭を()きながらそう(つぶや)いた。


「……と言う事があった」

カナデと出会った野草(やそう)(えん)から(もど)って来たロナードは、(なに)()わぬ顔をしてルフトに、休憩(きゅうけい)時間(じかん)を過ぎてここへ到着(とうちゃく)する羽目(はめ)になった理由を語った。

「いやいやいや。 それ、絶対(ぜったい)(さそ)いに乗っては駄目(だめ)なヤツだぞ!」

ロナードの話を聞いて、ルフトは焦りの表情を浮かべながら言う。

(おれ)もそう思って、ちゃんと(ことわ)った」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう返すと、午前中にやり掛けていた、魔法(まほう)帝国(ていこく)時代の()導書(どうしょ)解読(かいどく)の続きを始めた。

貴方(あなた)、この前も変な(やから)(から)まれていた記憶(きおく)があるのですけれど?」

エルフリーデは、(あき)れた表情を浮かべながらロナードに言うと、

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)ともなると、そう言う良からぬ事を(たくら)(やから)からも、声が掛かり(やす)くなるんだろうか」

ロナードは、自分の(あご)の下に片手(かたて)を添え、物凄(ものすご)真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言った。

「いやいやいや……(ぼく)は一度たりとも、そんな経験(けいけん)は無いぞ」

ルフトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

「ルフトはほら、アルスワット公爵家(こうしゃくけ)公子(こうし)だから、滅多(めった)な事は言えないが、(おれ)は何と言うか……素性(すじょう)が良く分からないから、そう言う(やから)に目を付けられ(やす)いのかもな」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、自分なりに分析(ぶんせき)した事を述べる。

「まあ、確かにそうですわね。 異国人(いこくじん)で、セレンディーネ様の婚約者(こんやくしゃ)候補(こうほ)と言う事くらいしか、周りは知りませんものね」

エルフリーデも神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで言うと、

「それってあんまり、良い事では無いのではないか?」

ルフトが、(あせ)りの表情を浮かべながら言うと、

何故(なぜ)? 皇帝(こうてい)皇族(こうぞく)に対して、良からぬ事を(たくら)んで居る(やから)(あぶ)り出せるのに」

ロナードはキョトンとした表情を浮かべ、真剣(しんけん)にルフトに言う。

「それはそうかもだけど、普通(ふつう)(あぶ)ないだろ!」

ロナードの物言(ものい)いに、ルフトは軽い眩暈(めまい)を覚え、片手(かたて)を自分の(ひたい)()え、大きな溜息(ためいき)を付いてから、表情を険しくし、強い口調(くちょう)で言い返す。

「そうですわ。 セレンディーネ様が貴方(あなた)がその様な考えを持っていると知ったら、ショックで卒倒(そっとう)してしまいますわよ」

エルフリーデも(あき)れた表情を浮かべ、ロナードに言う。

「うーん……。 そうか」

ロナードは、物凄(ものすご)真剣(しんけん)な顔をして、両腕(りょううで)を自分の前に組み、そう言った。

「『そうか』じゃない! お前はどうしてそう、(あぶ)なっかしい事ばかりするんだ!」

ロナードの反応(はんのう)を見て、ルフトは軽い苛立(いらだ)ちを覚え、声を荒らげる。

「別に、(おれ)が好き好んでやっている訳では無いが」

ロナードは、ムッとした表情を浮かべながら、ルフトにそう言い返す。

「それは分かっている」

ルフトは、自分の額に片手(かたて)()えたまま、ゲンナリとした表情を浮かべながらロナードに言い返してから、

「そもそも、ナルル。 お前は側に居ながら何をしていたんだ?」

ルフトは、ロナードの護衛(ごえい)をしているナルルに問い掛けると、

「お昼寝(ひるね)をしていたゾ」

彼女は無邪気(むじゃき)な笑みを浮かべながら、そう答えたので、それを聞いてルフトは強い脱力感(だつりょくかん)を覚えた。

「はあ……。 母上に言って、君の護衛(ごえい)()える様に言おう」

特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いて、何処(どこ)(ひど)(つか)れた様子(ようす)(つぶや)いた。

「それが良いと思うわ」

エルフリーデは、気の毒そうな視線(しせん)をルフトに向けながら言う。

「別に、護衛(ごえい)なんてつけなくても、大丈夫(だいじょうぶ)なのに……」

ロナードは、不満(ふまん)そうな表情を浮かべながら(つぶや)くと、

何処(どこ)が!」

ルフトは物凄(ものすご)形相(ぎょうそう)でロナードを(にら)み、研究室(けんきゅうしつ)中に(ひび)き渡る(ほど)の大声で言い返した。

 それには、研究室(けんきゅうしつ)の奥に居た(ほか)宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちも、『何事か』と言う顔をして、(そろ)ってルフト達の方を見ている。

 それに気付いたルフトは、気恥(きは)ずかしくなり、(わざ)とらしく咳払(せきばら)いをしてから、

()(かく)、お前は一人で出歩くな! ロクにな事にならない」

ルフトは、ロナードの鼻先(はなさき)に自分の人差し指を突き付けながら、物凄(ものすご)真剣(しんけん)な顔をして言った。

 その後ろで、エルフリーデが物凄(ものすご)真剣(しんけん)な顔をして、何度もウンウンと(うなず)いている。

「そんな大袈裟(おおげさ)な……」

ロナードは、何故(なぜ)物凄(ものすご)く怒っている様子(ようす)のルフトに戸惑(とまど)いながら言うと、

「『大袈裟(おおげさ)』じゃない! 少しは危機感(ききかん)を持て!」

ルフトは表情を険しくし、強い口調(くちょう)でロナードに言うと、彼の鼻を(つま)んで思い切り(つね)った。


 そんなやり取りがあって、数日もしない内に……。

 カシャーン。

 パリーン……。

 陶器(とうき)の様な物が、床の様な(かた)い物に思い切りぶつかって割れる様な音が辺りに(ひび)(わた)った。

 その音を聞いたルチルは、部下達と午後の予定(よてい)を確認していた事もすっぽかし、(いそ)いで音がして来た方へと駆け出した。

「何だ! その反抗的(はんこうてき)な目はっ!」

(だれ)だかわからないが、若い男のヒステリックな声が次に聞こえて来た。

 辺りに、先程(さきほど)音を立てて割れたと思われる、大きな壺の破片(はへん)と、その中に入っていた水、そして、無残(むざん)に散った花が廊下(ろうか)一面(いちめん)散乱(さんらん)していた。

 その直ぐ側に、清潔(せいけつ)そうな白の襟付きのシャツの上に、緑色の生地(きじ)にフリルがふんだんに使い、金の糸で細やかな刺繍(ししゅう)(ほどこ)された、如何(いか)にも高そうな、しかしながら、少し悪趣味(あくしゅみ)なジャケット、ジャケットと(そろ)いのスラックス、黒革の(くつ)と言った出で立ちの、長い茶色の髪を後ろで一つに束ねた、あまり高くない団子(だんご)(はな)の周りには雀斑(そばかす)意地悪(いじわる)そうな目つきの中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)の若い男が、貴族(きぞく)令息(れいそく)と思われる青年たち数人と共に、向かい合う様に立っている相手(あいて)(にら)み付けていた。

(あいつ……確かセティの……)

ルチルは心の中でそう(つぶや)きながら、野次(やじ)(うま)たちに(まぎ)れて様子(ようす)見守(みまも)る。

(いや)しい異国人(いこくじん)分際(ぶんざい)で、殿下(でんか)婚約者(こんやくしゃ)だと? オレは(みと)めんぞ!」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男はそう怒鳴(どな)ると、徐に、床に散っていた花の束を手にし、向かい合っていた相手(あいて)に思い切りそれを投げ付ける。

貴様(きさま)の様な(やから)がこの宮に居る(こと)自体(じたい)間違(まちが)いだ! 不愉快(ふゆかい)(きわ)まりない! 即刻(そっこく)、ここから出て行け!」

取り巻きと思われる、別の貴族(きぞく)令息(れいそく)嫌悪(けんお)(かん)(あら)わにしながら、自分たちと向かい合っている相手(あいて)にそう怒鳴(どな)り付ける。

 その相手(あいて)は、身を屈めているのか、足元は(かわ)のサンダル、紺色(こんいろ)のローブの様な裾がチラリと見えた。

「何があったの?」

ルチルは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、自分よりも先に来ていた、近くに立っていた兵士(へいし)に声を掛ける。

「る、ルチル隊長(たいちょう)……」

「それが良く、分からないのです」

「自分たちが来た時にはもう、ギベオン様が床に倒れていて……」

兵士(へいし)たちも、困惑(こんわく)(かく)せない様子(ようす)で、ルチルの問い掛けに答えた。

(ギベオンが?)

ルチルは、心の中でそう(つぶや)くと、別の角度(かくど)からその様子(ようす)を見ようと、集まった野次(やじ)(うま)たちの隙間(すきま)から(のぞ)き見る。

 兵士(へいし)たちの言う通り、ギベオンがどう言う訳か、ずぶ()れになって床の上に倒れており、その彼を庇う様に紺色(こんいろ)のガウンの様にゆったりとした(ころも)を着た人物が身を(かが)め、片手(かたて)を広げ、令息(れいそく)たちと対峙(たいじ)していた。

「ロナード?」

令息(れいそく)たちと対峙(たいじ)して居たのがロナードだと分かると、ルチルは思わず、()頓狂(とんきょう)な声を上げる。

 すると、その場に居た者たちの視線(しせん)一斉(いっせい)に自分に注がれたので、彼女は気恥(きは)ずかしくなって、咄嗟(とっさ)に自分の両手で自分の口元を(おお)う。

(これ、どう言う状況(じょうきょう)?)

ルチルは、心の中でそう(つぶや)きながら、その様子(ようす)見守(みまも)る。

 ロナードは、令息(れいそく)の一人に床の上に落ちて居た花を投げ付けられたのに、どう言う訳が、花弁(はなびら)一つ付いておらず、その周囲(しゅうい)の床の上に彼に投げ付けられた花が無残(むざん)()っていく……。

 ロナードは物凄(ものすご)(けわ)しい顔をして、令息(れいそく)たちを見据(みす)えている。

「聞こえないのか! 目障(めざわ)りだと、言っているんだ!」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男がそう叫ぶと、ヴォンと言う音共に、水色の魔法陣(まほうじん)が浮かび上がり、ロナードに目掛けて勢い良く水鉄砲(みずでっぽう)放出(ほうしゅつ)された。

 (はしら)の様に太い水鉄砲(みずでっぽう)が、勢い良くロナードに向かって炸裂(さくれつ)する。

(こんなモノをまともに食らったら、一溜(ひとたま)りも無いわ!)

それを見たルチルは、(あせ)りの表情を浮かべ、心の中で叫ぶと、思わずロナードの方へと目を向ける。

 ()ければ、後ろに倒れているギベオンに直撃(ちょくげき)し、大怪我(おおけが)を追うのは明らかだ。

 (あわ)れ、ロナードは水鉄砲(みずでっぽう)をまともに食らい、数メートル後方に吹っ飛ばされるかと思われた次の瞬間(しゅんかん)、どう言う訳か、水鉄砲(みずでっぽう)はロナードの前で四散(しさん)し、無数(むすう)(つぶ)になってフワフワと(ちゅう)(ただよ)い、天井(てんじょう)にまで(とう)(たつ)すると、雨の様に勢い良く、その場に()(そそ)いだ。

「んなっ……」

それを見た、緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、思わず後退(あとずさ)りをした。

「すげぇ」

魔術(まじゅつ)詠唱(えいしょう)も無しに……」

それを見た兵士(へいし)たちは、思わず感嘆(かんたん)の声を上げる。

貴族(きぞく)令息(れいそく)たちは、緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男が繰り出した水の魔術(まじゅつ)が、ロナードの魔術(まじゅつ)介入(かいにゅう)を受け、雨の様に頭上に降り(そそ)いだ所為(せい)で、ずぶ()れになってしまっていると言うのに、ロナードは(まった)()れていない。

 貴族(きぞく)令息(れいそく)たちはロナードの仕打(しう)ちに、ワナワナと肩を(ふる)わせ、(いか)りを(あら)わにしている。

()せるのは貴様(きさま)等の(ほう)だ」

ロナードは、(いか)りを(あら)わにしている貴族(きぞく)令息(れいそく)たちに向かって、冷ややかな口調(くちょう)でそう言った。

「何を!」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、(いか)りで(こぶし)(ふる)わせながら、ロナードを(にら)みながら(つぶや)く。

「自分の足で出て行かないと言うのなら、(おれ)が宮の外まで送ってやろうか?」

ロナードが、不快(ふかい)さを(かく)せない様子(ようす)で、ドスの利いた低い声で令嬢(れいじょう)たちに凄んだ途端(とたん)、彼の足元から勢い良く、(かま)(いたち)の様に風が巻き起こる。

 その風は勢いを増し、床の上に()いてあった絨毯(じゅうたん)を勢い良く()がし飛ばしただけでなく、その下にあった切り出した石を敷き詰めた床に亀裂(きれつ)が入り、今にも吹き飛ばさんばかりの勢いだ。

 近くの(かべ)にも無数(むすう)亀裂(きれつ)が走っている。

 こんなモノを食らったら、貴族(きぞく)令息(れいそく)たちはこの宮の外へ吹き飛ばされる前に、原型(げんけい)(とど)めない(ほど)肉片(にくへん)にされてしまうだろう。

 ロナードの(いか)りは相当(そうとう)なものである事は、(いや)と言う(ほど)に伝わってくる……。

 その場に居合(いあ)わせた(だれ)もが(いか)りを(あら)わにし、貴族(きぞく)令息(れいそく)たちに対し殺意(さつい)すら向け、尋常(じんじょう)では無い魔力(まりょく)を振るうロナードに圧倒(あっとう)され、指先一つは勿論(もちろん)、息をのみ込む事すら出来(でき)ず、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。

 ロナードを(おこ)らせた貴族(きぞく)令息(れいそく)たちも、流石(さすが)にヤバイと思っている様で、顔を青くしてその場に立ち尽くして居る。

 ロナードが()り出した風の魔術(まじゅつ)が、貴族(きぞく)令息(れいそく)たちに(おそ)い掛かるのも、時間の問題だと思われた瞬間(しゅんかん)

「何をしている!」

肌がヒリヒリする様な、緊迫(きんぱく)した空気を打ち(やぶ)るかのように、(りん)とした声が廊下(ろうか)(ひび)き渡った。

「せ、セレンディーネ様……」

「で、殿下(でんか)……」

声がした方へ思わず振り返った者たちが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、口々にそう(つぶや)く。

 彼等(かれら)の言う通り、セネトが表情を(けわ)しくして、堂々とした足取りで、ツカツカとこちらへと歩いて来ている。

「こ、これは、セレンディーネ皇女(こうじょ)殿下(でんか)

それまで、ロナードと対峙(たいじ)していた貴族(きぞく)令息(れいそく)たちは、まるで金縛(かなしば)りが解けたかの様に、(あせ)りの表情を浮かべながらそう(つぶや)くと、(あわ)てて彼女に向かって(こうべ)()れる。

「お前達、その(なり)はどうした?」

セネトは、自分に(こうべ)()れている貴族(きぞく)令息(れいそく)たちが(そろ)って、(たき)に打たれたかのようにずぶ()れである事に(おどろ)き、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、(おもむろ)彼等(かれら)に問い掛けた。

「あ、あの者が! 我々(われわれ)危害(きがい)を!」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、(なに)()わぬ顔をして、(こわ)い顔をして自分達を睨んで居るロナードを指差(ゆびさ)しながら、セネトに言うと、(ほか)貴族(きぞく)令息(れいそく)たちも(そろ)って(うなず)く。

 これでは、ロナードが悪者(わるもの)だ。

 彼等(かれら)は、そうなると確信(かくしん)しているのか、セネトには気付かれぬ様、こっそり勝ち(ほこ)った様に、ほくそ笑んだのを、ルチルを含め、その近くに居た野次(やじ)(うま)たちは目撃(もくげき)した。

「ロナード。 これはどう言う事だ? 何故(なぜ)、この者たちがずぶ()れになっているのか、(ぼく)に分かる様に説明をしてくれ」

セネトは、(けわ)しい表情を浮かべ、ロナードの前に歩み出ると、強い口調(くちょう)でそう言った。

退()け」

ロナードは、自分の前に立ち(ふさ)がったセネトに向かって、突き放す様な冷たい口調(くちょう)でそう言い放った。

「何だと?」

ロナードの態度(たいど)に、セネトはカチンと来て、(ひたい)青筋(あおすじ)を浮かべながら、彼に問い返す。

「お待ち下さい殿下(でんか)!」

何の前触(まえぶ)れも無く、野次(やじ)(うま)たちの間から侍女(じじょ)がそう言って、セネトの前へと歩み出ると、彼女の前に(かた)(ひざ)を付け、深々(ふかぶか)と頭を下げてから、意を決したように顔を上げ、

「ロナード様は何も悪くありません! 悪いのは(すべ)其方(そちら)のご令息(れいそく)たちです!」

その場に居合(いあ)わせた(だれ)もが分かる(ほど)物凄(ものすご)くハッキリとした口調(くちょう)で、セネトを見上げながら言った。

「なに?」

侍女(じじょ)告白(こくはく)を聞いて、セネトは(にわ)かに眉を(ひそ)め、(おもむろ)に自分の背後(はいご)にいた貴族(きぞく)令息(れいそく)たちへと目を向ける。

「セレンディーネ様。 この様な身分(みぶん)(いや)しき(やから)戯言(ざれごと)など、真に受けないで下さい」

戸惑(とまど)う他の令息(れいそく)たちに対し、緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、落ち着いた口調(くちょう)でセネトにそう言うと、(ほか)貴族(きぞく)令息(れいそく)たちも、(あわ)てた様子(ようす)でコクコクと(うなず)く。

(かま)わん。 証言(しょうげん)せよ」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)で、自分の前に歩み出て来た侍女(じじょ)に、何が起きたのかを話す様に(うなが)す。

「この方たちは、すれ(ちが)いざまにロナード様を男娼(だんしょう)侮辱(ぶじょく)し、その発言を聞いて撤回(てっかい)する様に(もと)めたギベオン様に対し逆上(ぎゃくじょう)し、近くにあった(つぼ)魔術(まじゅつ)で吹き飛ばし、それをギベオン様の頭部にぶつけ、(さら)にギベオン様をも侮辱(ぶじょく)したのです」

侍女(じじょ)は、自分に(きび)しい視線(しせん)を向けている貴族(きぞく)令息(れいそく)たちに一瞬(いっしゅん)たじろいだが、意を決して、セネトに事情(じじょう)を語り始めた。

「ロナード様は、ご自分だけでは無く、ギベオン様をも侮辱(ぶじょく)したご令息(れいそく)さまたちにご立腹(りっぷく)され、ご令息(れいそく)さまたちはその態度(たいど)(いか)り、魔術(まじゅつ)を使ってロナード様に危害(きがい)を加えました」

彼女は、貴族(きぞく)令息(れいそく)たちの無言の圧にも負けず、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで語る。

「……この者たちがずぶ()れなのは?」

セネトは、自分の背後(はいご)に立って居る令息(れいそく)たちに(おもむろ)に目を向けつつ、侍女(じじょ)に問い掛ける。

「それは自業自得(じごうじとく)よ。 そこの(やつ)がロナードに向けて繰り出した水鉄砲(みずでっぽう)魔術(まじゅつ)を、ロナードに(ぎょ)されて、それを頭から()びただけよ」

ルチルはとっさに、勇気(ゆうき)を出して事実(じじつ)証言(しょうげん)した、()侍女(じじょ)援護(えんご)する様に、セネトにハッキリとした口調(くちょう)で言った。

「……」

それまで、()()り返って居た貴族(きぞく)令息(れいそく)たちは、顔を青くし、身を小さくして押し(だま)っている。

「お前達」

セネトは、(けわ)しい面持(おもも)ちで貴族(きぞく)令息(れいそく)たちの方へと振り返り、彼等(かれら)にそう声を掛ける。

「は、はい」

貴族(きぞく)令息(れいそく)たちは、おずおずと返事をする。

宮廷(きゅうてい)敷地内(しきちない)では、私闘(しとう)御法度(ごはっと)である事は勿論(もちろん)、知っているな?」

セネトは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、貴族(きぞく)令息(れいそく)たちに問い掛ける。

「そ、そ、それは……」

貴族(きぞく)令息(れいそく)の一人が、バツの悪そうな表情を浮かべ、口籠(くちごも)らせていると、

「この者が(おのれ)身分(みぶん)(わきま)えず、私達(わたしたち)に対してあまりに反抗的(はんこうてき)でしたので、(しつけ)(ため)にしたのです! 決して、私闘(しとう)などでは御座(ござ)いません!」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男が、堂々とした口調(くちょう)でそう言い放った。

「『(しつけ)け』……だと? お前がロナードをか?」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男の物言(ものい)いに、セネトは(にわ)かに表情を強張(こわば)らせ、(うな)る様な低い声で(つぶや)く。

(ちが)います! ロナード様は何もして居ません! こちらの方が一方的(いっぽうてき)因縁(いんねん)を付け、ロナード様に危害(きがい)を加えたのです! ロナード様からは何もしていません!」

セネトに事情(じじょう)を説明していた侍女(じじょ)が、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう訴える。

「それは、(わたくし)証言(しょうげん)できます!」

(わたし)も!」

「自分も見ていました!」

あと一押(ひとお)しと思ったのか、周囲(しゅうい)に居た侍女(じじょ)騎士(きし)、使用人たちが口々にセネトに(うった)えはじめ、その様子(ようす)に、貴族(きぞく)令息(れいそく)たちは完全に自分たちがアウェイな状況(じょうきょう)にある事を(さと)った。

 それには、ロナードも(おどろ)き、戸惑(とまど)いの表情を浮かべて見ている。

 この貴族(きぞく)令息(れいそく)たちは以前(いぜん)から、その横柄(おうへい)態度(たいど)侍女(じじょ)兵士(へいし)たちの間で問題(もんだい)()されており、彼等(かれら)の事を(きら)う者たちが大勢(おおぜい)いた。

 ただ、彼等(かれら)たちがそれなりに高位(こうい)貴族(きぞく)令息(れいそく)と言う事で、(いや)がらせを受けても、それを(うった)える事が出来(でき)ない者たちが(ほとん)どであった。

随分(ずいぶん)とお前達の言い分とは、(ちが)う様だが?」

セネトは表情を険しくし、貴族(きぞく)令息(れいそく)たちに向かって言うと、彼等(かれら)はみるみる顔を青くする。

「そもそも何故(なぜ)、ロナードとギベオンが、お前たちにこの様な仕打(しう)ちを受けなければならないのだ?」

セネトは、貴族(きぞく)令息(れいそく)たちの仕打(しう)ちに(いか)心頭(しんとう)と言った様子(ようす)で、ドスの利いた低い声で彼等(かれら)に言った。

「説明をするも何も……。 この者は、(いや)しい身分(みぶん)にも(かか)わらず、自分の(めぐ)まれた見目(みめ)を使って殿下(でんか)に取り入ったと聞き(およ)んでおります。 その様な者、この宮には相応(ふさわ)しくありません。 ですから、排除(はいじょ)をしようとしたまでの事です」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、当然(とうぜん)と言わんばかりに、堂々とした口調(くちょう)で答える。

「その様な話、何処(どこ)から聞いたのか是非(ぜひ)とも知りたいものだ」

セネトは、不愉快(ふゆかい)さを顕わにしながら、貴族(きぞく)令息(れいそく)にそう言い返した。

同感(どうかん)だわ」

ルチルも、自分の胸の前に両腕(りょううで)を組み、淡々とした口調(くちょう)貴族(きぞく)令息(れいそく)に向かって言った。

「そ、それは(みな)が言っている事でして……」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、(あせ)りの表情を浮かべつつ、口籠(くちごも)らせながらセネトに言った。

(みな)とは、(だれ)の事を言っているのかしら?」

ルチルが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、彼に問い返す。

「そ、それは……」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、(あせ)りの表情を浮かべたまま、口籠(くちごも)らせる。

大方(おおかた)、自分たちはセティに取り合ってもらえないのに、当たれ前の様に側に居るロナードに嫉妬(しっと)(しん)から、真偽(しんぎ)を確かめもせず、出所(でどころ)も知れない噂話(うわさばなし)を信じて、ロナードがセネトを(たぶら)かす悪者(わるもの)だと決めつけたのでしょう?」

その様子(ようす)を見て、ルチルは大きな溜息(ためいき)を付いてから、(あき)れた表情を浮かべ、彼に言い返した。

「と、当然(とうぜん)ではありませんか! 彼はセレンディーネ様と婚約(こんやく)(しき)を挙げようとしていたのですよ? それなのに、婚約(こんやく)(しき)の前日に()げられただけでなく、こんなどこの馬の骨かも分からぬ(やから)をお側に置いていると知って、(だま)って居られる訳がありません!」

別の貴族(きぞく)令息(れいそく)が、そう言って緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男を擁護(ようご)する。

「ほう。 お前が(ぼく)婚約(こんやく)(しき)()げる予定(よてい)だった(やつ)か?」

セネトは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で問い掛けると、

「ご、ご存知(ぞんじ)なかったのですか?」

貴族(きぞく)令息(れいそく)は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、セネトに問い掛ける。

「あの婚約(こんやく)式は、第一(だいいち)(そく)()さまが勝手に決めた事だ。 (ぼく)は一週間前まで、自分が婚約(こんやく)(しき)をする事すら知らなかったのだぞ。 あまりに唐突過(とうとつす)ぎて、()げ出す以外に何も思い付かなかった(ほど)だ」

セネトは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で答えた。

「そんな(はず)は……ゼフィール様は、殿下(でんか)了承(りょうしょう)()みだと(おっしゃ)っておられました」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、動揺(どうよう)の色を浮かべながら言う。

(ぼく)は、了承(りょうしょう)した覚えはない」

セネトは、冷ややかな視線(しせん)を彼に向けながら、淡々とした口調(くちょう)で言う。

「そうだとしても、こんな仕打(しう)ちはあんまりではないですか!」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、強い口調(くちょう)でセネトに抗議(こうぎ)する。

「それで、僕と婚約(こんやく)すると(うわさ)になっているロナードに圧力(あつりょく)を掛け、婚約(こんやく)する事を辞退(じたい)させようと、この様な暴挙(ぼうきょ)に出たと言うのか?」

セネトは、冷ややかな口調(くちょう)で彼に言うと、

「そうでもしなければ、殿下(でんか)(わたし)にお会いになられないでしょう?」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、自分の行いを正当(せいとう)であるかのように主張(しゅちょう)する。

「会うか会わないか決めるのは、(ぼく)であってお前ではない。 何の根拠(こんきょ)に、その様な判断(はんだん)(いた)ったのか、理解(りかい)に苦しむ」

セネトは、冷ややかな視線(しせん)を彼に向けたまま、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で返す。

「何にしても、馬鹿(ばか)な事をしたわね」

ルチルは、呆れた表情を浮かべながら言う。

(まった)くだ。 彼は(ぼく)の兄の友人ノヴァハルト(はく)の弟だ。 ノヴァハルト(はく)が彼を(むか)え入れるに当たり、手続(てつづ)きなどを()ませる必要(ひつよう)がある(ため)、その間、(あず)かっているに過ぎないと言うのに……」

セネトも(あき)れた表情を浮かべ、(ひたい)片手(かたて)を添えながら言う。

(あず)かっているだけ……」

貴族(きぞく)令息(れいそく)の一人が、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

「そうだ」

セネトは、ゲンナリした表情を浮かべたまま返す。

「い、いや、しかし……。 とても親しげだと……」

緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言う。

「そりゃ何カ月も一緒(いっしょ)に旅をして、寝食(しんしょく)を共にしていれば、(いや)でも親しくもなるわよ」

ルチルが、(あき)れた表情を浮かべながら、彼にそう言い返す。

「そ、そんな……」

ルチルの言葉を聞いて、緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、そこで初めて、自分がいかに身勝手(みがって)解釈(かいしゃく)をして、行き過ぎた行為(こうい)をしてしまったのか気付いた様であった。

「お前たち、ギベオンを医務室(いむしつ)に」

セネトは落ち着いた口調(くちょう)で、近くに居た兵士(へいし)たちに声を掛けると、彼等(かれら)は慌てて、気絶(きぜつ)して床の上に倒れているままのギベオンの側へと駆け寄る。

「ロナード。 もう大丈夫(だいじょうぶ)だ」

相変(あいか)わらず、(けわ)しい表情を浮かべたまま、貴族(きぞく)令息(れいそく)たちの事を警戒(けいかい)しているロナードの前にセネトは身を(かが)めると、彼の肩に手を()え、(やさ)しい口調(くちょう)で声を掛ける。

「済まない。 セネト。 こんな事に手を(わずら)わせてしまって……」

ロナードは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら、セネトに言う。

「気にするな」

セネトは、(やさ)しい口調(くちょう)でロナードに言うと、彼の手を取り、

「立てるか?」

そう問い掛ける。

「ああ。 大丈夫(だいじょうぶ)だ」

ロナードは落ち着いた口調(くちょう)でそう返すと、スクッと立ち上がる。

「その者たちは(まと)めて、地下に留置(りゅうち)しておけ」

セネトは、ロナードの手を借りながら、ゆっくりと立ち上がり、別の兵士(へいし)たちにそう命じる。

「お、お(ゆる)し下さい。 殿下(でんか)

自分たちを連行(れんこう)しようと()め寄って来る兵士(へいし)を見て、緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男は、(あせ)りの表情を浮かべながら、セネトにそう懇願(こんがん)する。

(あやま)るべき相手(あいて)(ぼく)ではなく、ロナードとギベオンだ」

セネトは、表情を(けわ)しくし、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い返すと、彼はチラリとロナードを見る。

謝罪(しゃざい)を受け入れる気は毛頭(もうとう)ない。 宮廷内(きゅうていない)規定(きてい)(かろ)んじ、(おれ)だけでなく、殿下(でんか)忠臣(ちゅうしん)であるギベオン(きょう)侮辱(ぶじょく)し、一方的(いっぽうてき)暴行(ぼうこう)を働いたのだから、それ相応(そうおう)(ばつ)を受けさせねば、殿下(でんか)周囲(しゅうい)にも(しめ)しがつかない」

ロナードは、冷ややかな視線(しせん)を緑色のジャケットを着た意地悪(いじわる)そうな男たちに向け、淡々とした口調(くちょう)で言った。

流石(さすが)。 分かっているわね。 そこの馬鹿(ばか)たちとはえらい(ちが)いだわ」

ロナードの発言を聞いて、ルチルはニッコリと笑みを浮かべながら、彼に言う。

一緒(いっしょ)にするな」

ロナードは、ムッとした表情を浮かべ、ルチルに言い返す。

()(かく)、お前も一緒(いっしょ)医務室(いむしつ)に行け」

セネトが、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、

(おれ)は何とも無いが……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら返す。

「良いから」

セネトは、何故(なぜ)(けわ)しい表情を浮かべながら言う。

「……分かった」

ロナードは、そう言ってセネトの指示(しじ)(したが)う事にした。

(大変だわ! サリア様に教えないと!)

コッソリとその様子(ようす)を離れた場所から見ていたエルフリーデは、こころのなかでそう(つぶや)くと、(あわ)ててサリアを呼びに向かった。


「う……」

ギベオンは意識(いしき)を取り戻し、ゆっくりと目を開けると、

「ギベオン!」

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

そう言って、左右からロナードとセネトが身を乗り出し、一斉(いっせい)にそう問い掛けて来たので、ギベオンは戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

 どうして自分がベッドの上に寝ているのか、ギベオンには理解(りかい)出来(でき)なかった。

「良い。 そのまま横になっていろ」

セネトは、身を起こそうとしたギベオンを手で(せい)しながら、(おだ)やかな口調(くちょう)で言った。

(いた)む所はありませんか?」

ギベオンは(おもむろ)に、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(なが)サリアに問い掛けられると、

「いえ……別に……」

戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、サリアに答えた。

「軽い脳震盪(のうしんとう)を起こして居たので、今日一日は安静(あんせい)になさって下さい」

サリアは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ギベオンに言った。

「済まない。 ギベオン。 (おれ)所為(せい)で……」

ロナードは沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、ギベオンにそう謝罪(しゃざい)する。

(ああ……そう言えば……ロナード様を(かば)って……)

ギベオンは何となく、自分が気を失う前の事を思い出し、ボンヤリとした表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)く。

「お気になさらず。 ああ言った(やから)何処(どこ)にでも居ますので。 それよりも、お怪我は御座(ござ)いませんか?」

ギベオンは苦笑(にがわら)いを浮かべ、(おだ)やかな口調(くちょう)でロナードに言うと、彼は沈痛(ちんつう)な表情を浮かべたまま、(うなず)き返した。

「お前たちを(おそ)ったのは、(ぼく)婚約(こんやく)(しき)()げる話が出ていた(やつ)だ」

セネトは、近くの空いていた椅子(いす)に腰を下ろすと、両腕(りょううで)を自分の胸の前に組み、淡々とした口調(くちょう)でギベオンに語る。

「通りで……。 ですが、ロナード様を目の(かたき)にするのは、どうかと思います」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)で返すと、セネトは(うなず)き返し、

婚約(こんやく)(しき)をボイコットしたのは(ぼく)だ。 ロナードは新たな婚約者(こんやくしゃ)と言う噂が出ているだけで、それを理由に目の(かたき)にするのは可笑(おか)しな話だ」

セネトは、(いきどお)りを隠せない様子(ようす)で言う。

「ロナード様も、突然(とつぜん)の事で訳も分からず、さぞ(こわ)かったでしょう?」

ギベオンは、自分の(かたわ)らに座り、沈痛(ちんつう)な顔をしているロナードに優しい口調(くちょう)で声を掛ける。

「あ、いや、(おれ)大丈夫(だいじょうぶ)……」

ロナードは、思いがけずギベオンに(やさ)しい言葉を掛けられ、戸惑(とまど)いながらもそう返した。

「本当に?」

セネトは、心配そうにロナードに問い掛ける。

「ああ。 本当に(おどろ)いただけだ。 もし、(こわ)いと思う瞬間(しゅんかん)があったとしたら、それは、(おれ)所為(せい)でギベオンが巻き込まれて、目を覚まさなかった事に対してだ」

ロナードは落ち着いた口調(くちょう)で返した。

「ロナード様……」

ロナードの言葉に、ギベオンは何とも言えぬ表情を浮かべる。

「済まない」

セネトは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、ロナードに言うと、彼は(おどろ)いた様な表情を浮かべる。

「お前を(ぼく)の事に巻き込むつもりは無かったのだが、考えが(あま)かった様だ」

セネトは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべたまま言うと、

婚約者(こんやくしゃ)になる話を引き受けた時点(じてん)で、(おれ)もある程度(ていど)覚悟(かくご)はしていた。 それでも、メリットの方が上回ると判断(はんだん)して引き受けた。 だから気にする事は無い」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で返すが、セネトは納得(なっとく)していない様であった。

「それでも、貴方(あなた)が危ない目に()うのは(いただ)けないわ」

サリアが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言う。

「問題ない。 (おれ)が代わりに不満(ふまん)を買う役になれば、(だれ)がお前の味方(みかた)(だれ)(てき)なのか、ある程度(ていど)は分かる。 まあ、兄上やサリアに対する当てつけの方が、多いかも知れないが……。 それに(おれ)にも同じ事が言える。 そうすれば今後、どの様な対策(たいさく)を取れば良いのかも明瞭(めいりょう)になる。 悪い事ばかりじゃない」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で返すと、セネトは戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

(確かに。 これまで殿下(でんか)は、第一(だいいち)(そく)()()に目を付けられぬ様、(いき)を押し(ころ)して来たが、良くも悪くも状況(じょうきょう)が変わった。 ロナード様の(のろ)いを解く(ため)、自分自身の立場を守る為、活発(かっぱつ)に動き出す様になるだろう。 それに対する周囲(しゅうい)反応(はんのう)を知る必要(ひつよう)はある)

話を聞いていたギベオンは、真剣(しんけん)な表情を浮かべながら、心の中でそう(つぶや)く。

「自分の方が上だと誇示(こじ)したい者、単純(たんじゅん)(おれ)生理的(せいりてき)に受け付けられない者、(ほか)にも色んな理由で自分を良く思わない(やから)は、何処(どこ)にでも必ず一定数は居る。 腹の中でそう思って居るのは別に良い。 大事なのは、その敵意(てきい)悪意(あくい)表面(ひょうめん)に現れた時、どの様に対処(たいしょ)するかだ」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で語る。

(正論(せいろん)だ)

ギベオンは、心の中でそう(つぶや)きながら、ウンウンと(うなず)く。

「……お前、大人だな」

ロナードの発言を聞いて、セネトは戸惑(とまど)いと(あき)れが入り()じった様子(ようす)で言うと、

「まあ伊達(だて)に、傭兵(ようへい)として各地(かくち)を転々としていた訳ではないからな。 (いや)でも(さとる)さ」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、苦笑(にがわら)()じりに語る。

「まあ、敵意(てきい)悪意(あくい)を向けてくる相手(あいて)(はい)してしまえば良いですが、問題なのは(むし)ろ、好意(こうい)を向けてくる相手(あいて)ですね」

サリアが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、ロナードも真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返す。

純粋(じゅんすい)殿下(でんか)好意(こうい)(いだ)いての事ならば、問題は無いのですが、何かの意図(いと)を持って、好意(こうい)(てき)(せっ)していた場合は危険(きけん)です。 ですが、何方(どちら)なのか見極(みきわ)める事はとても(むずか)しい……」

ギベオンは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで語ると、ロナードも真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き、

(おれ)たちの様に(たが)いの利害(りがい)一致(いっち)して、尚且(なおか)つ、敵対(てきたい)する理由が無い場合は物凄(ものすご)く分かり(やす)いが、大抵(たいてい)はそうでは無いからな」

重々しい口調(くちょう)で言う。

 彼の言葉を聞いて、セネトの心はズキッと(いた)んだ。

 確かに、ロナードの言う通り、自分たちは互いの利害(りがい)一致(いっち)していて、尚且(なおか)つ、敵対(てきたい)する理由も持たない。

 だから(いつわ)りの婚約者(こんやくしゃ)と言う関係が成立(せいりつ)した。

 少なくとも、ロナードはそう思って居る。

 けれど、自分はそれだけが理由ではない事を、セネトは気付いている。

 単純(たんじゅん)呪詛(じゅそ)(むしば)まれている彼の心身(しんしん)が心配であるし、(のろ)いから()き放ってやりたいという気持ちも強くある。

 母性(ぼせい)とか庇護(ひご)意欲(いよく)と言うべきなのだろうか。

自分がロナードの事を強く意識(いしき)している事は理解(りかい)している。

「セネト?」

ロナードは、急に神妙(しんみょう)な顔をして押し(だま)ってしまったセネトに対し、不思議(ふしぎ)そうな顔をして、彼女の顔を(のぞ)き込みながら、そう声を掛ける。

「あ……済まない。 それで?」

セネトは、ハッとした表情を浮かべながら、ロナードに問い掛けると、彼はキョトンとした表情を浮かべ、

「いや、別に何も言ってないが」

「あ……」

ロナードの返事を聞いて、セネトは少し気まずさと、()ずかしさを覚えた。

大丈夫(だいじょうぶ)か? 何処(どこ)か具合が悪いのでは……」

ロナードは、心配そうな表情を浮かべ、セネトに問い掛ける。

「あ、いや、大丈夫(だいじょうぶ)だ。 そう言うのではないから」

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら返す。

「本当に?」

ロナードは、心配そうな顔を浮かべたまま、セネトに問い掛ける。

「ユリアス! 大丈夫(だいじょうぶ)か?」

そんな事を叫びながら、ルフトが物凄(ものすご)(いきお)いで扉を開き、医務室(いむしつ)の中に駆け込んできた。

「ルフト?」

血相(けっそう)を変えて駈け込んで来た息子(むすこ)を見て、サリアは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

「あ……。 何だ。 母上も来ていたのか……」

サリアの姿を確認するなり、ルフトは拍子抜(ひょうしぬ)けた様子(ようす)(つぶや)く。

何故(なぜ)貴方(あなた)までここに?」

サリアが不思議(ふしぎ)そうに、ルフトに問い掛けると、

「エフィから聞いて……」

ルフトは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら答えると、チラリと自分の後ろに居たエルフリーデの方へと目を向ける。

「エルフリーデ……。 サリアを呼んでくれたのは君だったのか」

セネトが(おだ)やかな口調(くちょう)でエルフリーデに言うと、

「ぐ、偶然(ぐうぜん)居合(いあ)わせただけです。 殿下(でんか)は困っているのではないかと思いまして……」

エルフリーデは、視線(しせん)をセネトから外し、気恥(きは)ずかしそうにしながら答える。

「君のお(かげ)で助かった。 (れい)を言う」

セネトは(おだ)やかな口調(くちょう)で言うと、深々とエルフリーデに頭を下げる。

「お、お止めて下さい。 殿下(でんか)。 (わたくし)などに頭をお下げにならないで下さい」

セネトの言動(げんどう)にエルフリーデは(おどろ)き、(あわ)ててそう言った。

(わたし)からもお礼を言わせて。 エフィ。 助かりました」

サリアは、戸惑(とまど)っているエルフリーデに向かってそう言うと、頭を下げる。

「そ、そんな! サリア様まで止めて下さい!」

エルフリーデは、アタフタしながら答える。

有難(ありがと)う」

ロナードも素直(すなお)に礼を述べると、彼女は顔を真っ赤にし、

「べ、別に、貴方(あなた)の為ではなくってよ」

そっぽを向きながら、ぶっきら棒にそう答えた。

「ロナードは新参者(しんざんもの)である事に加えて、あやふやな立場な所為(せい)で、今回の様に色んな(やから)から心無(こころな)仕打(しう)ちを受けて困っている。 正直(しょうじき)(ぼく)とギベオンだけではフォローし切れていない。 ルフトもエルフリーデも、気に掛けてやってくれ」

セネトは真剣(しんけん)な表情を浮かべ、エルフリーデとルフトに説明する。

相手(あいて)直接(ちょくせつ)実力(じつりょく)行使(こうし)に出てきた場合については、(ぼく)は何も心配はしていませんが、ここは宮廷(きゅうてい)ですから、(いや)がらせの手段が毎回そうだとは(かぎ)りませんからね。 (みょう)な事に巻き込まれない様に、(ぼく)がしっかり見ておきますよ」

ルフトは、何処(どこ)か上から目線でそう言うと、それを聞いてセネトは苦笑(にがわら)いを浮かべながらも、

「その辺りの事も(ふく)めて、(たの)む」

そう返した。


 それから二週間ほどが過ぎた(ころ)、シリウスはハニエルを(ともな)ってセネトを(たず)ねて来た。

 見目(みめ)(うるわ)しい二人の登場に、侍女(じじょ)たちは色めき立ち、シリウスにボコボコにされた事がある兵士(へいし)たちは(みな)、顔を青くして、彼に見付からぬ様に(あわ)てて身を(かく)した。

「兄上!」

部屋のノックをし、返事がしたとほぼ同時に、ロナードが物凄(ものすご)い勢いで部屋の中に駆け込んできた。

 それには、部屋の中に居た侍女(じじょ)兵士(へいし)たちは(おどろ)いた。

 普段(ふだん)の彼はとても物静(ものしず)かで、自分の感情(かんじょう)全面的(ぜんめんてき)に押し出す事は少ないのだが、今のロナードは(だれ)の目から見ても、兄との久々の再会(さいかい)に心から(よろこ)んでいる様に見える。

 シリウスもまた、見た事が無い(ほど)(やさ)しい顔をして、ソファーから立ち上がると、自分の下へ駆け寄って来たロナードを優しく()きしめた。

「済まん。 ユリアス。 こんなに長くお前を放って置くつもりは無かったんだが……」

シリウスは、自分に抱き付いて来たロナードに対し、申し訳なさそうな表情を浮かべながら言う。

大丈夫(だいじょうぶ)です。 セネトは勿論(もちろん)、ギベオンや(ほか)の人達にも良くして(もら)っていましたから」

ロナードはニッコリと笑みを浮かべ、シリウスにそう言い返す。

「そうか」

ロナードの言葉に、シリウスはホッとした表情を浮かべながら返す。

「シリウスは貴方(あなた)(へそ)を曲げて、口を利いてくれないのではないかと、とても心配していました」

ハニエルは、穏やかな口調(くちょう)でロナードに言うと、

正直(しょうじき)に言うと、少しは腹が立ったが、仕事だから仕方(しかた)がない」

ロナードは、落ち着い嫌った口調(くちょう)で言うと、シリウスは申し訳なさそうな表情を浮かべ、

「本当に悪かったと思って居る」

そう言って、ロナードに心から(ゆる)しを()う。

「まあ、何の説明も無しに、(おれ)の事を放って飛び出した位だから、大変な事が起きたとであろう事は容易(ようい)想像(そうぞう)出来(でき)る」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)でそう言うと、それを聞いたシリウスは、ホッとした表情を浮かべる。

「その『大変な事』について、今から話すところです」

ハニエルは、落ち着いた口調(くちょう)でロナードに言う。

「それを(おれ)が聞いても大丈夫(だいじょうぶ)なのか?」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、セネトたちに問い掛ける。

「問題が無いから呼んだんだ。 まあ座れ」

セネトは落ち着いた口調(くちょう)でロナードに言うと、彼に座る様に(うなが)す。

 セネトに(うなが)され、ロナードはシリウスたちが座っているソファーと、セネトが座っているソファーの中間にある、空いていたソファーに腰を下ろした。

帝国(ていこく)本土(ほんど)の北に、重犯罪者(じゅうはんざいしゃ)収監(しゅうかん)している離島(りとう)があるのだが、そこから『ゲオネス』という犯罪者(はんざいしゃ)が、複数(ふくすう)子分(こぶん)たちを連れて逃げ出したとの知らせを受けた」

「ゲオネス?」

ロナードは、聞いた事のない名前に戸惑(とまど)う。

「ゲオネスですって?」

その言葉に一番(いちばん)敏感(びんかん)反応(はんのう)したのはギベオンで、その表情を(たちま)(けわ)しくした。

「その流刑地(るけいち)って三方は断崖(だんがい)絶壁(ぜっぺき)孤島(ことう)でしょ? しかも、一番近い有人(ゆうじん)(とう)から三日も掛るし、海上(かいじょう)難所(なんしょ)として有名(ゆうめい)な場所よ? どうやって逃げたのよ?」

ルチルは、テーブルの中央に置かれて居た皿から、クッキーを一つ(つま)みながら、不思議(ふしぎ)そうに問い掛ける。

(おそ)らく、外部(がいぶ)から逃亡(とうぼう)手助(てだす)けした者が居る」

シリウスは、侍女(じじょ)が注いでくれた紅茶を一口飲んでから、落ち着いた口調(くちょう)で答えた。

「それが事実(じじつ)だとしたら、一大事(いちだいじ)だぞ」

セネトは、紅茶(こうちゃ)が入ったティカップを手にし、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「そうね。 前の時は、物心(ものごころ)が付くか付かないか位の話だったから、事件(じけん)の事は良くは(おぼ)えてe

ないけれど、お父様や軍の幹部(かんぶ)たちが、殺気立(さっきだ)った顔をして、屋敷(やしき)に来ていた事だけは鮮明(せんめい)に覚えて居るわ」

ルチルは、自分が幼かった(ころ)に起きた、ゲオネスを中心とした、獅子族(シーズーぞく)()者たちによる反乱(はんらん)事件(じけん)の時の様子(ようす)を思い出しながら(つぶや)く。

 帝都(ていと)には戒厳令(かいげんれい)()かれ、日中も外出する事を(きび)しく規制(せいげん)され、突如(とつじょ)として帝都(ていと)に乗り込んで来た凶悪(きょうあく)(きわ)まりない、武装(ぶそう)した獅子族(シーズーぞく)たちの()者たちが、街の至る所で繰り広げる破壊(はかい)活動(かつどう)虐殺(ぎゃくさつ)に人々は(おび)える日々を過ごして居た。

 獅子族(シーズーぞく)暴挙(ぼうきょ)(ちん)(あつ)する(ため)帝都(ていと)内外(うちそと)から多くの兵士(へいし)たちが集められ、一カ月近い戦闘(せんとう)(すえ)首謀者(しゅぼうしゃ)であるゲオネスが、軍に(とら)えられた事により、戦意(せんい)喪失(そうしつ)した獅子族(シーズーぞく)たちは敗走(はいそう)し、事態(じたい)収束(しゅうそく)した。

 しかしながら、帝国(ていこく)軍の兵士(へいし)たちを中心に、市民(しみん)たちにも多くの犠牲(ぎせい)が出て、美しかった帝都(ていと)は、獅子族(シーズーぞく)たちの手によって、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にされてしまった。

 元々、粗野(そや)好戦的(こうせんてき)だって獅子族(シーズーぞく)は、この事件(じけん)を切っ掛けに、益々人間たちから()(きら)われる様になり、多くの獅子族(シーズーぞく)たちは人間たちの報復(ほうふく)(おそ)れ、都市部(としぶ)()け、辺境(へんきょう)土地(とち)()れる様に(うつ)り住んだ。

「そんな危険(きけん)(きわ)まりない(やつ)帝都(ていと)侵入(しんにゅう)してみろ。 あの出来事(できごと)再来(さいらい)になるぞ」

セネトは、深刻(しんこく)な表情を浮かべながら呟いた。

(さら)(たち)が悪い事に、彼等(かれら)脱獄(だつごく)有力(ゆうりょく)貴族(きぞく)()しくは皇族(こうぞく)が関わっている可能性(かのうせい)もあるとの事です」

ハニエルは、神妙(しんみょう)な表情を浮かべ、重々しい口調(くちょう)でそう語る。

(だれ)だ! そんな馬鹿(ばか)な事をする(やつ)は!」

セネトは(いか)りを(あら)わにし、バンと強くディスクを叩くと、そう叫んだ。

「そこまでは分かりませんが……」

ギベオンは、申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、答える。

「何にしても(おろ)かな事だわ。 帝都(ていと)を血の海にしたいのかしら」

ルチルは、嫌悪(けんお)感を(あら)わにしながら、重々しい口調(くちょう)で言った。

 彼女は、父親が将軍(しょうぐん)であるが(ゆえ)に、獅子族(シーズーぞく)たちからの襲撃(しゅうげき)を受け、屋敷(やしき)半焼(はんしょう)し、(おさな)かった彼女と彼女の母を守る(ため)私兵(しへい)たちを中心に多くの犠牲者(ぎせいしゃ)を出した。

 その中には、ルチルが大好きだった、彼女の乳母(うば)も居た。

 彼女は、ルチルたち母子(ぼし)を逃がす(ため)(みずか)らが夫人(ふじん)(ふん)して(おとり)となり、獅子族(シーズーぞく)の手に掛り、命を奪われた。

 その事を知ったルチルはショックを受け、何日も部屋に(こも)って、食事もまともに取る事が出来(でき)ず、昼夜を問わず泣き()らした。

 その事は、(おさな)かったルチルに獅子族(シーズーぞく)たちへの(にく)しみと(いきどお)(いだ)かせ、乳母(うば)の様な人を一人でも減らす為、そして、将軍(しょうぐん)の娘として(みずか)ら剣を手にし、人々を守る道を選ぶ理由の一つにもなった。

「その話が事実(じじつ)だとしたら、見過(みす)ごす事は出来(でき)ないな……。 ギベオン。 一刻(いっこく)も早く父上と軍の上層部(じょうそうぶ)にこの事を伝えろ」

セネト皇子は、事態(じたい)深刻(しんこく)さを理解(りかい)し、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでギベオンにそう命じた。

御意(ぎょい)

ギベオンは自分の胸元(むなもと)片手(かたて)を添えると、セネト皇子に対し深々と頭を()れ、返事をした。

皇帝(こうてい)側の説得(せっとく)はお前たちに(まか)せる。 (わたし)(いそ)寺院(じいん)へ赴いて事を知らせ、協力(きょうりょく)(あお)ぐ」

シリウスは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでセネトに言うなり、ソファーから立ち上がる。

「兄上……」

ロナードが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、シリウスを見上げ(つぶや)くと、

「済まん。 ユリアス。 この一件(いっけん)片付(かたづ)かないと、お前を屋敷(やしき)(むか)え入れられそうにない。 この()め合わせは(かなら)ず後でする。 だから、セネトの(そば)に居ろ」

シリウスは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、ロナードに言い聞かせる様に言った。

「分かりました。 ご武運(ぶうん)を」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返すと、シリウスにそう答え、彼を部屋から送り出した。

(もう二度と、帝都(ていと)を血の海になどさせはしない)

セネトは、(けわ)しい表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた。

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