表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DRAGON SEED 2  作者: みーやん
7/27

忍び寄る影(上)

ロナード(ユリアス)…召喚術(しょうかんじゅつ)と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を()が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠(ししょう)に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを()(ため)、エレンツ帝国(ていこく)を目指している。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な美青年。 十七歳。


セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国(ていこく)皇女(こうじょ)。 とある事情(じじょう)から(のが)れる(ため)、シリウスたちと行動(こうどう)を共にしている。 補助(ほじょ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)とする魔術(まじゅつ)()。 フワリとした癖のある黒髪(くろかみ)に琥珀色の大きな(ひとみ)特徴的(とくちょうてき)な女性。 十九歳。


シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在(じざい)(あやつ)る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手(あいて)魔術(まじゅつ)の使用を(ふう)じる、特殊(とくしゅ)(ひとみ)を持っている。 長めの金髪(きんぱつ)に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫(びじょうぶ)。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒(あいぼう)鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人(りょうよくじん)。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)薬草学(やくそうがく)得意(とくい)としている。 白銀(はくぎん)長髪(ちょうはつ)と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔(えがお)を浮かべながらサラリと(どく)()く。


ティティス…セネトの(はら)(ちが)いの妹。 とても傲慢(ごうまん)自分勝手(じぶんかって)な性格。 家族内で立場の弱いセネトの事を見下(みくだ)している。 十七歳。


カメリア…トロイア王国に拠点(きょてん)(かま)える、宝石の採掘(さいくつ)加工(かこう)販売(はんばい)を手広く手掛ける女性(じょせい)実業家(じつぎょうか)大富豪(だいふごう)。 トスカナの取引(とりひき)相手(あいて)。 三十歳


ルチル…帝国(ていこく)第三(だいさん)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)(つと)めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 今はティティスの護衛(ごえい)(にん)()いている。 二十歳(はたち)


ギベオン…セネト専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)。 温和(おんわ)生真面目(きまじめ)な性格の青年。 二十五歳。


ルフト…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアを母に持ち、魔術師(まじゅつし)の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟(いとこ)に当たる。 二十歳。


ナルル…サリアを(あるじ)とし、彼女とその家族を守っている『獅子族(シーズーぞく)』と人間の混血児(こんけつじ)。 とても社交的(しゃこうてき)な性格をしている。


ネフライト…第一側(だいいちそく)()息子(むすこ)でティティスの同腹(どうふく)の兄。 皇太子(こうたいし)地位(ちい)にあり、現在(げんざい)、次のエレンツ帝国(ていこく)皇帝(こうてい)の座に(もっと)も近い人物(じんぶつ)


アイリッシュ(はく)…ロナードがイシュタル教会の孤児院(こじいん)在籍(ざいせき)していた(ころ)、彼に魔術(まじゅつ)師事(しじ)をしていた人物(じんぶつ)で、ロナードに呪詛(じゅそ)を掛けた張本人(ちょうほんにん)


セネリオ…ロナードがイシュタル教会の孤児院(こじいん)に居た時に親しくしていた青年。 アイリッシュ(はく)を師と(あお)ぎ、彼の研究(けんきゅう)に協力している魔術(まじゅつ)()


リリアーヌ…イシュタル教会で『聖女(せいじょ)』と呼ばれている召喚術(しょうかんじゅつ)を使えるシスター。 ロナードが教会の孤児院(こじいん)に居た(ころ)、親しくしていた。 ロナードに対する恋心(こいごころ)(こじ)らせている。


ラン…イシュタル教会に所属(しょぞく)している、槍術を得意(とくい)とする猫人族(マオぞく)の女性。


カリン…イシュタル教会に所属(しょぞく)する()獣使(じゅうつか)いの少女。 カリンの相棒(あいぼう)で、ロナードが持っている(げん)(じゅう)(ねら)っている。

 エメラルドグリーンが(まぶ)しい、サンゴ海を船で行くこと三日……。

 鬱蒼(うっそう)とした木々が生い(しげ)る、大小の島々が点在(てんざい)する、複雑(ふくざつ)に入り組んだ地形(ちけい)を進んで行くと、周りの島よりも大きい島に辿(たど)り着く。

 周囲(しゅうい)は、ほぼ断崖(だんがい)絶壁(ぜっぺき)で、安易(あんい)に島に上陸(じょうりく)出来(でき)そうにないのだが、鬱蒼(うっそう)と生い(しげ)っている木々を目隠(めかく)しの様にして、島の中に石造(いしづく)りのかなり大きな建物(たてもの)と、複雑(ふくざつ)に入り組んだ入り()(おく)には(みなと)があり、十隻(じゅうせき)(ちか)軍艦(ぐんかん)停泊(ていはく)している。

 知らなければ、(だれ)もここに軍事(ぐんじ)施設(しせつ)があるなど、気付く事が無い(ほど)(たく)みな(つく)りになっている。

『お待ちしておりました。 殿下(でんか)。 ご無事(ぶじ)で何よりで御座(ござ)います』

セネトたちを出迎(でむか)えた兵士(へいし)たの代表(だいひょう)として、この基地(きち)を任されている司令官(しれいかん)がやや緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちで、下船(げせん)して来たセネトに(うやうや)しく(こうべ)()れながら挨拶(あいさつ)をする。

 整然(せいぜん)(せい)(れつ)している基地(きち)兵士(へいし)たちを前に、セネトは落ち着いた口調(くちょう)で、

出迎(でむか)えご苦労(くろう)。 (みな)、それぞれの持ち場に(もど)れ』

そう答えると、出迎(でむか)えた兵士(へいし)たちは、片手(かたて)胸元(むなもと)()え、(うやうや)しく(こうべ)()れると、司令官(しれいかん)合図(あいず)でそれぞれの持ち場へと()って行った。

 相変(あいか)わらず、(ひど)船酔(ふなよ)いに(さいな)まれているルチルは、人目を()ける様に船の(かげ)(かく)れ、身を(かが)め、胃の中の内容物を海へ放出(ほうしゅつ)し、そんな彼女の背中をギベオンが律義(りちぎ)(さす)っている。

『レオ~ン♥』

旅の(つか)れの色を(うかが)わせる彼等(かれら)の下に、能天気(のうてんき)な声を発しながら、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)、緑色の双眸(そうぼう)を有した、長い黒髪を後ろに一つに束ね、右の(あご)黒子(ほくろ)がある、黒地に金色の刺繍(ししゅう)(ほどこ)された、フード付のローブに身を包んだ、三十代前半と思われる(やさ)しそうな雰囲気(ふんいき)の女性が、自分の声に振り返ったシリウスに()き付く。

『ああ。 無事(ぶじ)で何よりです。 怪我(けが)などはしていませんか?』

いきなり自分に()きついて来た事に、戸惑(とまど)いの表情を浮かべているシリウスに対し、その人物(じんぶつ)(やさ)しい口調(くちょう)で問い掛ける。

『あ、ああ……』

シリウスは、ややドン引きしながらそう答えると、自分に()き着いて来たその人物(じんぶつ)を自分から引き()がす。

『ハニエルも無事(ぶじ)で何よりです』

シリウスの傍らで、彼等(かれら)様子(ようす)苦笑(くしょう)()じりに見ていたハニエルにも、満面(まんめん)()みを浮かべながら、その人物(じんぶつ)はそう声を掛けてから、シリウスから少し(はな)れた場所に立ち、その様子(ようす)戸惑(とまど)気味(ぎみ)に見ていたロナードに気付くと、

『ああ。 貴方(あなた)がユリアスですね?』

その人物(じんぶつ)は、ニッコリと笑みを浮かべてそう言うと、戸惑(とまど)っているロナードの下へ歩み寄り、

「初めまして。 ユリアス。 (わたし)宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)をしているサリア。 貴方(あなた)たちの母親の従姉(いとこ)です。 会えてとても(うれ)しいです」

満面(まんめん)の笑みを浮かべ、ランティアナ大陸で用いられている公用語(こうようご)でそう名乗ると、戸惑(とまど)っている彼の手を(つか)み、勢い良くその腕を上下させる。

「えっ。 あ、はい……」

完全に意表(いひょう)()かれたロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、そう返事をした。

「一目で、ローザの息子(むすこ)だと分かりましたよ」

サリアは、相変(あいか)わらず戸惑(とまど)っているロナードに、笑みを浮かべたまま言っていると、少し(はな)れた所に居たルフトが、(わざ)とらしく咳払(せきばら)いをし、

『実の息子(むすこ)を差し置いて、分家(ぶんけ)の者に声を掛けるなんて、少し(ひど)くはありませんか? 母上』

ルフトは、不満(ふまん)()ちた表情を浮かべながら、サリアにそう声を掛けた。

(わたし)(だま)って勝手をしたのに、心配して(もら)おうなど、都合(つごう)が良すぎはしないですか? ルフト』

サリアは、物凄(ものすご)く冷めた視線(しせん)をルフトに向け、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で返すと、ド正論(せいろん)を返された彼は、何とも言えぬ顔をして()(だま)る。

 そんな息子(むすこ)を横目に、サリアは目の前に立っているロナードの方へ向き直ると、

歓迎(かんげい)しますよ」

ニッコリと笑みを浮かべて言う。

「……有難(ありがと)御座(ござ)います」

ロナードは、チラリとルフトに気の毒そうな視線(しせん)を向けてから、やや戸惑(とまど)いながら返す。

「さて。 それでは、転送(てんそう)装置(そうち)で一気に帝都(ていと)を目指しましょうか」

サリアは、ニッコリと笑みを浮かべながら言うと、

転送(てんそう)装置(そうち)?」

ロナードは、疑問(ぎもん)に満ちた表情を浮かべながら、セネトに問い掛ける。

帝国(ていこく)領内(りょうない)には、一定(いってい)間隔(かんかく)を置いて、装置(そうち)間での行き来が出来(でき)る、()道具(どうぐ)設置(せっち)されている。 無論(むろん)(だれ)でも使えると言う訳でもないし、一度に転送(てんそう)出来(でき)る量や人数にも(かぎ)りがある」

ルフトが、事務的(じむてき)口調(くちょう)で説明する。

「つまり、各所(かくしょ)設置(せっち)されている転送(てんそう)装置(そうち)経由(けいゆ)して、最終的に帝都(ていと)近くの転送(てんそう)装置(そうち)にまで、一気に移動(いどう)すると言う事だ」

セネトがそう付け加えると、

「そんな物が……」

ロナードは、(おどろ)きを(かく)せない様子(ようす)(つぶや)く。

「数日の内に帝都(ていと)に着くと思います」

サリアは、(おだ)やかな口調(くちょう)でそう付け加える。

「教会の連中(れんちゅう)が、ここを突き止める前に、さっさと帝都(ていと)へ行くぞ」

シリウスは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、

「一つ……思ったんだが、それを使えば、(おれ)を追っているクリストファー達も、帝国(ていこく)本土(ほんど)へ来る事が出来(でき)るんじゃないのか?」

ロナードは、(おそ)る恐るそう指摘(してき)すると、

「それは無理(むり)だ」

セネトが落ち着いた口調(くちょう)で、キッパリとそう断言(だんげん)する。

何故(なぜ)?」

ロナードは不思議(ふしぎ)そうに問い掛けると、

装置(そうち)を利用するには、寺院(じいん)老子(ろうし)宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)皇帝(こうてい)(いず)れかから、使用の許可(きょか)を得る必要(ひつよう)があります。 そして、使用(しよう)許可(きょか)証明(しょうめい)する許可(きょか)(しょう)一緒(いっしょ)に、装置(そうち)起動(きどう)させるカギとなっている()道具(どうぐ)(わた)されるのです。 その()道具(どうぐ)が無ければ、装置(そうち)を使う事は出来(でき)ない仕組(しく)みになっています」

セネトは落ち着いた口調(くちょう)で、ロナードにそう説明すると、

理屈(りくつ)は分かったが、リリアーヌとが(あやつ)っている、ネフライト皇太子(こうたいし)がそれを持っていれば、意味は無いだろう?」

ロナードが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう指摘(してき)すると、

(いく)ら、皇太子(こうたいし)の連れとは言え、素性(すじょう)の知れない連中(れんちゅう)(かん)(たん)に通す訳が無いだろ」

ルフトが、(あき)れた表情を浮かべながら言い返す。

力押(ちからお)しでいけば済む話だ」

ロナードが、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、

(たと)え、そこの施設(しせつ)を力で制圧(せいあつ)したとしても、転送先(てんそうさき)施設(しせつ)が受け入れを拒否(きょひ)して、転送(てんそう)装置(そうち)(てい)()してしまえば移動(いどう)する事は出来(でき)ない。 (いく)つかの施設(しせつ)経由(けいゆ)せねば、帝都(ていと)には辿(たど)り着けない構造(こうぞう)だと言うのに、 その経由(けいゆ)地の(すべ)ての施設(しせつ)(ちから)()しでと言うのは、(いささ)無理(むり)があると思うぞ」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)で説明する。

「そんなに心配ならば、(わたし)殿下(でんか)連名(れんめい)で、今回、貴方(あなた)たちを(おそ)った(やから)最重要(さいじゅうよう)危険(きけん)人物(じんぶつ)指定(してい)して、帝国(ていこく)本土(ほんど)へ入れない様にしましょう」

サリアは、落ち着いた口調(くちょう)でロナードにそう提案(ていあん)する。

「確かにそれならば、(いく)皇太子(こうたいし)とは言え、危険(きけん)人物(じんぶつ)を国内に入れる事は出来(でき)なくなるが……ただ、向こうが(ぼく)たちよりも先に帝都(ていと)辿(たど)り着いていたら、何の意味もなさないぞ」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、そう指摘(してき)する。

「その可能性(かのうせい)は低いと思います。 あなた方が居た島から、最も近くに転送(てんそう)装置(そうち)を置いてある施設(しせつ)此処(ここ)です。 (わたし)は数日前からここに滞在(たいざい)していますが、皇太子(こうたいし)殿下(でんか)は来られていません。 その次に近い施設(しせつ)は、最低でも船で五日は掛かる場所にあります。 ですから、十分に有効(ゆうこう)な手段となりえます」

サリアは、落ち着いた口調(くちょう)でセネトに説明すると、

(なる)(ほど)。 ならば、何も(まよ)う事は無いな」

彼女は落ち着いた口調(くちょう)で言うと、サリアはニッコリと笑みを浮かべながら(うなず)く。

「何も……そこまでして(いただ)かなくても……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながらサリアに言うと、

遠慮(えんりょ)する必要(ひつよう)はありません。 ローザは(わたし)にとって妹も同然(どうぜん)でした。 彼女の息子(むすこ)貴方(あなた)たちは、(わたし)息子(むすこ)同然(どうぜん)です。 家族を危険(きけん)から守る為に打てる手は(すべ)て打つ。 一門の長として当然(とうぜん)の事をしているだけの事です」

彼女は真っ直ぐにロナードを見据(みす)え、落ち着いた口調(くちょう)で言った。

有難(ありがと)御座(ござ)います」

サリアの有無(うむ)も言わせぬ雰囲気(ふんいき)に、やや圧倒(あっとう)されたロナードはそう言う外なかった。

 ロナードの素直(すなお)感謝(かんしゃ)の言葉を聞いて、サリアはニッコリと笑みを浮かべた。


(わたし)は、帝国(ていこく)皇太子(こうたいし)だぞ! この私の命令が聞けないと言うのか!』

後日、転送(てんそう)装置(そうち)を使おうと、別の施設(しせつ)(おとず)れたネフライト皇太子(こうたいし)不満(ふまん)に満ちた声が、部屋中に(ひび)き渡った。

『申し訳ございません。 殿下(でんか)。 (いく)皇太子(こうたいし)殿下(でんか)に使用のが許可(きょか)がありましても、最重要(さいじゅうよう)危険(きけん)人物(じんぶつ)指定(してい)されている者を、帝国(ていこく)本土(ほんど)に入れる事は出来(でき)ません』

転送(てんそう)装置(そうち)管理(かんり)している責任者(せきにんしゃ)魔術師(まじゅつし)が、ネフライト皇太子(こうたいし)に深々と頭を下げたまま、そう答えた。

最重要(さいじゅうよう)危険(きけん)人物(じんぶつ)だと? この(わたし)がか?』

ネフライト皇太子(こうたいし)は、怒りに満ちた表情を浮かべながら、その者に問い掛ける。

滅相(めっそう)御座(ござ)いません! 最重要(さいじゅうよう)危険(きけん)人物(じんぶつ)指定(してい)されているのは、皇太子(こうたいし)殿下(でんか)のお連れのお(じょう)(さま)です』

その者は、怒鳴(どな)り付けるネフライト皇太子(こうたいし)の声に、ビクッと身を強張(こわば)らせ、声を(ふる)わせながら、そう答えた。

 その場に居た者たちの視線(しせん)が、一気にリリアーヌに(そそ)がれる。

『リリアーヌの何処(どこ)が、最重要(さいじゅうよう)危険(きけん)人物(じんぶつ)だと言うのだ! こんなに美しく、愛らしいと言うのに!』

ネフライト皇太子(こうたいし)は、不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、施設(しせつ)の者たちを怒鳴(どな)り付ける。

『先日、ノヴァハルト(はく)の弟君を誘拐(ゆうかい)し、使用を禁止(きんし)されている操作(そうさ)(けい)の術を掛け、セレンディーネ皇女(こうじょ)(さま)とノヴァハルト(はく)、そのお連れ様たちを(おそ)わせた(ため)事態(じたい)を重く見たアルスワット公爵(こうしゃく)さまが、セレンディーネ皇女(こうじょ)(さま)連名(れんめい)で、お連れのお(じょう)(さま)仲間(なかま)数名(すうめい)最重要(さいじゅうよう)危険(きけん)人物(じんぶつ)指定(してい)されました』

転送(てんそう)装置(そうち)管理(かんり)責任者(せきにんしゃ)は、頭を下げたまま、声を(ふる)わせながら、簡潔(かんけつ)事情(じじょう)を説明する。

『なっ……』

説明を聞いたネフライト皇太子(こうたいし)は、動揺(どうよう)の色を浮かべる。

『アルスワット公爵(こうしゃく)さまは、この暴挙(ぼうきょ)に協力なされた、皇太子(こうたいし)殿下(でんか)(うった)える姿勢(しせい)の様です。 その事について、公爵(こうしゃく)様から伝言(でんごん)(あず)かっております』

転送(てんそう)装置(そうち)管理(かんり)責任者(せきにんしゃ)が静かに告げると、

伝言(でんごん)だと?』

ネフライト皇太子(こうたいし)は、思い切り(まゆ)(しか)める。

此方(こちら)になります』

別の施設(しせつ)の職員がそう言って、(てのひら)(ほど)の大きさの綺麗(きれい)な石が()め込まれた()道具(どうぐ)を、ネフライト皇太子(こうたいし)手渡(てわた)す。

『これは、映像(えいぞう)装置(そうち)……』

ネフライト皇太子(こうたいし)は、出された()道具(どうぐ)を見て、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながらも受け取ると、(おもむろ)(いく)つかあるボタンの中で、赤色のボタンを押すと、()め込まれていた美しい石が光り出し、その光はローブを着た女性の姿を映し出した。

『ご無沙汰(ぶさた)しております。 ネフライト皇太子(こうたいし)殿下(でんか)。 この度は、殿下(でんか)のお連れ様の所為(せい)で、(わたし)可愛(かわい)従妹(いとこ)息子(むすこ)(ひど)(あつか)いを受け、(おお)怪我(けが)を負わされたと聞いております。 実際、彼と会ってその傷の(ひど)さを目の当たりにして、大変、心を(いた)めております。 つきましては、殿下(でんか)には(しか)るべき場で、何故(なぜ)この様な事態(じたい)(いた)ったのか説明と謝罪(しゃざい)を求めたいと考えております。 私共(わたしども)は一足先に帝都(ていと)(もど)ります。 殿下(でんか)もくれぐれも道中お気を付けてお帰り下さい。 帝都(ていと)でお待ちしております』

()道具(どうぐ)の光を近くの白い(かべ)に向けると、ほぼ実物大の大きさの、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)でアルスワット公爵(こうしゃく)現当(げんとう)(しゅ)であるサリアの姿が映し出され、彼女は口調(くちょう)こそ丁寧(ていねい)であったが、笑みを浮かべているその顔は引き()っており、全身から怒りのオーラを(みなぎ)らせていた。

 その背後には、アルスワット公爵(こうしゃく)のの分家(ぶんけ)であるノヴァハルト(はく)爵家(しゃくけ)当主(とうしゅ)であるシリウスが、怒りの形相(ぎょうそう)で無言で(にら)んでいるのが見えた。

(ヤバイ。 これはヤバイぞ! 今回の事が(おおやけ)になってみろ! アルスワット公爵(こうしゃく)の一門だけでなく、(ほか)三大公爵(こうしゃく)家からも批判(ひはん)を受けるのは必至(ひっし)。 そうなれば、私の皇太子(こうたいし)としての()()だけでなく、母上の地位も()らぎかねない!)

この映像(えいぞう)を見て、ネフライト皇太子(こうたいし)はみるみる顔を青くし、心の中で(つぶや)く。

 その場に居合(いあ)わせた、多くの者たちも同様(どうよう)に思った様で、顔を青くしてその場に固まってしまっている。

『お、お兄様……』

同腹(どうふく)の妹であるティティス皇女(こうじょ)も、青い顔をしてネフライト皇太子(こうたいし)を見る。

(どうにかして、これは(わたし)一存(いちぞん)ではない事を証明(しょうめい)しなくては!)

ネフライト皇太子(こうたいし)は、(あせ)りの表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)いてから、

(そうだ。 リリアーヌ!)

ふと、自分の脳裏(のうり)にリリアーヌの顔が浮かび、心の中でそう(つぶや)くと、自分の側に居た彼女の方へと視線(しせん)を向けた。

 だが、どう言う訳か、先程(さきほど)まで自分の側に居た(はず)のリリアーヌの姿が無いではないか!。

『おい。 リリアーヌは何処(どこ)だ?』

ネフライト皇太子(こうたいし)は、自分の護衛(ごえい)兵士(へいし)たちにそう問い掛けると、

『リリアーヌ?』

何方(どなた)の事を(おっしゃ)っておられるのでしょうか?』

兵士(へいし)たちは、キョトンとした表情を浮かべながら、ネフライト皇太子(こうたいし)に言う。

『何を言って……。 先程(さきほど)まで(わたし)(そば)に居た……』

兵士(へいし)たちの反応(はんのう)に、ネフライト皇太子(こうたいし)戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、そう言っていたのだが……。

(あれ? リリアーヌって誰だ? (わたし)此処(ここ)で何をしていた?)

何だか、フワフワとした気持ちと共に、頭の中がボンヤリとしてきて、(まぶた)がとても重く感じる中、ネフライト皇太子(こうたいし)は心の中でそう(つぶや)きながら、ゆっくりと深い(ねむ)りに落ちていった。

(皇太子(こうたいし)と言うから、使えるかと思ったのに、とんだ誤算(ごさん)だわ)

転送(てんそう)装置(そうち)がある部屋を出て、廊下(ろうか)から中の様子(ようす)(うかが)っていたリリアーヌは、部屋の中に居た者たちがバタバタと倒れていく様を見ながら、心の中で(つぶや)く。

 やがて、部屋の中に居た者たちが(みな)強烈(きょうれつ)睡魔(すいま)見舞(みま)われ、深い眠りに落ちた事を確認すると、リリアーヌはゆっくりと部屋の中に入って行き、床の上に倒れているネフライト皇太子(こうたいし)の側に来ると、(おもむろ)に身を(かが)め、彼の(ふところ)(さぐ)り始める。

(あったわ)

リリアーヌは、ネフライト皇太子(こうたいし)の懐から、転送(てんそう)装置(そうち)(かぎ)となる()道具(どうぐ)を見付け出す。

皇太子(こうたいし)か何だか知らないけど、こんな馬鹿(ばか)に、こんな重大な物を持たせては駄目(だめ)でしょ」

何時(いつ)の間にか現れたのか、リリアーヌの仲間(なかま)であるセネリオが、床の上に倒れ、深い眠りの中にあるネフライト皇太子(こうたいし)を見下ろしながら、(あき)れた表情を浮かべながら言う。

「けど、その馬鹿(ばか)のお(かげ)で、ウチ()帝国(ていこく)本土(ほんど)へ行けるんや。 そこは感謝(かんしゃ)せな」

(おく)れて部屋に入って来たランが、皮肉(ひにく)たっぷりにそう言った。

「ほ~んと。 アリガト。 おバカな皇太子(こうたいし)さま」

カリンは、深い眠りに落ちている、ネフライト皇太子(こうたいし)の頭を足蹴(あしげ)にしながら、馬鹿(ばか)にした様な口調(くちょう)でそう言った。

「ほら。 遊んでいないで行きますよ」

最後に部屋に入って来たアイリッシュ(はく)が、落ち着いた口調(くちょう)でリリアーヌたちに向かって言った。

「ほな。 ウチ()帝都(ていと)へ行こうやないか」

ランは、ニッと笑みを浮かべながら言う。


 建物(たてもの)も白色に統一(とういつ)され、砂漠(さばく)のど真ん中だと言うのに、(まち)の中は緑に(あふ)れ、街の(いた)る場所に水路(すいろ)が張り(めぐ)らされている、とても美しい都市(とし)

 特に、熱帯(ねったい)地域(ちいき)であったトロイア王国などとは(ちが)い、同じ気温でも湿度(しつど)が低い分、空気はカラリとしていて、建物(たてもの)の中や木々の下などでは、(はる)かに()ごし(やす)い。

 ただ、やはり砂漠(さばく)と言う事で、日が(しず)むと一気に冷え込む。

この『アルマース』と言う都市(とし)は、ウエディングケーキの様に中心に向かって、土地が階段状に三層になっており、中央には下層が見下ろす様に、皇族(こうぞく)たちが住まう王宮(おうきゅう)と、その周囲(しゅうい)政権(せいけん)軍部(ぐんぶ)中枢(ちゅうすう)(にな)大貴族(だいきぞく)たち、寺院(じいん)の上層部の屋敷(やしき)が立ち並び、ガイア神教(しんきょう)の本部である寺院(じいん)もその一角(いっかく)にある。

 この都市(とし)では、下の層から上の層へ上がる時は、その区画の責任者(せきにんしゃ)許可(きょか)(しょ)が無くては、自由に出入りする事が出来(でき)ず、人々の出入りは検問兵(けんもんへい)が居る、その層へ通じる階段を登り、検問兵(けんもんへい)検閲(けんえつ)を受けなければならない。

 旅行者も基本的(きほんてき)に、最上層には上がれない。

 ただ最上層に住む貴族とその子弟たち、寺院(じいん)の上層部、軍の上層部などは例外(れいがい)で、何ら制約(せいやく)を受けないが、寺院(じいん)に住み込みで生活をしている修道士(しゅうどうし)修道女(しゅうどうじょ)たちは、許可(きょか)なく寺院(じいん)敷地(しきち)から出る事は(ゆる)されない。

 更に、寺院(じいん)への参拝者も、寺院(じいん)敷地(しきち)以外の区画に立ち入る事は禁じられている。

 特に、王宮(おうきゅう)の近くは、警備が厳重で、許可(きょか)なく立ち入った者は(とら)えられ投獄(とうごく)されるか、その場で切り捨てられてしまう。

 安易(あんい)に立ち入る事が出来(でき)ぬ、謎のベールに包まれた、エレンツ帝国(ていこく)皇帝(こうてい)の一族が住まう王宮(おうきゅう)に、セネトを先頭に、ロナード達は()み込んだ。

 巨大に聳え立つ、左右対称の白亜(はくあ)王宮(おうきゅう)……。

 王宮(おうきゅう)の手前には、美しく手入れが(ほどこ)された庭園(ていえん)が広がり、色とりどりの花々が咲き(みだ)れ、その中央には(かめ)(かか)えた美しい乙女(おとめ)の姿を(かたど)った噴水(ふんすい)がある。

 木々も青々と(しげ)り、とても砂漠(さばく)のど真ん中にある場所とは思えぬ、とても美しい場所だった。

 その(うき)世離(よばな)れした空間に、初めて(おとず)れたロナードは圧倒(あっとう)される。

何時(いつ)()ても、圧巻(あっかん)ね」

カメリアは、初めてここへ訪れた時の感動が忘れられず、自分のトロイアにある屋敷(やしき)を、この王宮(おうきゅう)()して作ったと言うのに、その壮観(そうかん)さには毎回、圧倒(あっとう)されてしまう。

 ランティアナ大陸でも、これ(ほど)までに(そう)(だい)で美しい王宮(おうきゅう)は、存在(そんざい)しないのではないだろうか……。

 正に、帝国(ていこく)権威(けんい)象徴(しょうちょう)そのものであった。

(すご)く……綺麗(きれい)だ」

ロナードも、周囲(しゅうい)を見回しながら、思わず感嘆(かんたん)の声を()らした。

 何カ月ぶりに、この王宮(おうきゅう)に戻って来たセネトとその一行を、行き交って居た人々が興味深(きょうみぶか)そうに見ている。

 ロナードの事は、周囲(しゅうい)にその存在を出来(でき)るだけ()せたいと言うセネト()意向(いこう)で、(むか)えに来たサリアと同行していた宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちと同じ格好をさせられ、彼等(かれら)と共に深々とフードを(かぶ)り、(だれ)が誰なのか、分からない様に(まぎ)れさせられていた。

 これだけ大所帯(おおじょたい)では、出掛(でか)けた時に比べて一人や二人、()えたとしても分からないだろう。

殿下(でんか)。 私共(わたしども)転送(てんそう)装置(そうち)点検(てんけん)結果(けっか)などを報告書(ほうこくしょ)に纏(js)めねばなりませんので、これにて失礼(しつれい)させて頂きます』

ここまで一緒(いっしょ)に来てくれていた宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)長のサリアは、セネトにそう言うと、(うやうや)しく(こうべ)()れる。

 すると、他の魔術師(まじゅつし)たちも一斉(いっせい)にそれに(なら)う。

「じゃあ、また今度ゆっくり会いましょうね。 ユリアス。 レオン」

サリアは(やさ)しい口調(くちょう)でロナードに声を掛けると、ニッコリと笑みを浮かべる。

「あ、はい。 色々とお世話(せわ)になりました」

ロナードは、少し戸惑(とまど)いながらも、サリアに答える。

「さて。 (わたし)もここでお別れね」

カメリアは(おだ)やかな口調(くちょう)でそう言うと、少し(さみ)しそうに笑みを浮かべた。

「そうか……色々と世話(せわ)になった」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつ、カメリアに言うと、

「気にしないで。 前にも言ったでしょ? (わたし)帝都(ていと)には用事があって、貴方(あなた)たちを乗せたのはそのついでだと」

カメリアはニッコリと笑みを浮かべ、穏やかな口調(くちょう)で答える。

「それでも、世話(せわ)になった事には違いない。 直ぐには無理(むり)かもしれないが、この借りは(いず)れ必ず」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでカメリアに言うと、

「ホントにもう。 律儀(りちぎ)なんだから。 まあ、そこが貴方(あなた)の良い所なのかも知れないけれど、もう少し、気楽に生きる事を覚えなさい」

彼女は、苦笑(くしょう)()じりにロナードに返した。

善処(ぜんしょ)する」

ロナードも苦笑(くしょう)()じりに答えると、カメリアは少し(さみ)しそうな笑みを浮かべ、

「元気でね」

「カメリアも」

ロナードはそう返すと、(かす)かに口元を(ほころ)ばせる。

「行こうか」

セネトは、(おだ)やかな口調(くちょう)でロナードにそう声を掛けると、彼は(うなず)き返し、セネト()の後に続く。


『ねぇ、聞いた? セレンディーネ殿下(でんか)婚約式(こんやくしき)(いや)で国外へ逃げ出したのに、帰って来た時に、(だれ)か連れ帰ったらしいわよ』

『知ってる。 ()い男だって話でしょ? それも凄く綺麗(きれい)な』

婚約式(こんやくしき)をドタキャンしたって言うのに、婚約者(こんやくしゃ)でもない()い男を連れ込むなんて、どういう神経(しんけい)しているのかしら』

廊下(ろうか)を歩いているギベオンの耳に、侍女(じじょ)たちがその様な話をしているのが聞こえてきた。

「……」

侍女(じじょ)たちが(うわさ)話好(ばなしす)きなのは、今に始まった事ではないが、(すで)にロナードの事がここまで広まってしまっている辺り、彼女たちの情報(じょうほう)の速さには、ギベオンは毎回感心する。

(また、頭痛(ずつう)の種が一つ増えてしまった……)

ギベオンは、ゲンナリとした表情を浮かべ、心の中でそう呟くと深々と溜息(ためいき)を付いた。

 シリウスは一旦(いったん)、ハニエルと共に自身の屋敷(やしき)に戻り、屋敷(やしき)警備(けいび)状況(じょうきょう)などロナードを受け入れる体制が整っているかの確認、ロナードを自分の弟として(むか)えるのに必要(ひつよう)法的(ほうてき)な続きなどをする(ため)、ロナードは(しばら)くの間、セネトの下に滞在(たいざい)する事になった。

昨日(きのう)は、良く眠れたのだろうか……)

ギベオンは、そんな事を思いながら、ロナードの様子(ようす)を見に彼に()し与えている部屋へと向かう。

 すると、彼の身の回りの世話(せわ)をさせる(ため)、セネトが付けた三人侍女(じじょ)たちが、彼の部屋の前に立って居て、何やらクスクスと(わら)って居る。

 その()みには、明らかな悪意(あくい)が感じ取られ、ギベオンは思わず眉を(しか)めた。

着替(きが)えが無いから、きっとまだ寝間(ねま)()のまま、困り()てた顔をして(わたし)たちが来るのを待っているに(ちが)いないわ。 フフフッ』

無駄(むだ)に顔だけが良いだけだもの』

『ホントよ。 体付きも(すご)くヒョロヒョロで、死人(しにん)みたいに色が白くて気味(ぎみ)が悪いわ。 殿下(でんか)もあんな、女の様な男の何処(どこ)が良いのかしらね」

侍女(じじょ)たちは下品(げひん)な笑みを浮かべながら、口々にロナードの陰口(かげぐち)を言っている。

 ロナードが異国人(いこくじん)で、しかも十数年前まで帝国(ていこく)敵対(てきたい)し、戦争をしていたランティアナ大陸の者だと言う話は、(すで)にこの宮の者には知れ(わた)っている様で、その所為(せい)で、彼に対して悪意(あくい)(いだ)く者もいるだろうとは、セネトもギベオンも予想(よそう)はしていたが……。

 まさか、こうも露骨(ろこつ)(いや)がらせをするとは、思いもしていなかった。

『こんな所で何をしている?』

ギベオンは落ち着き払った口調(くちょう)で、部屋の前に立っていた三人の侍女(じじょ)たちに声を掛ける。

『ぎ、ギベオン様……』

侍女(じじょ)たちは、ギベオンの登場に一瞬(いっしゅん)たじろいだが、その中で年長の侍女(じじょ)が何食わぬ顔をして、

『朝の御仕度(おしたく)を手伝おうと来たのですが、ランティアナの文化が良く分からず、どうしたモノかと思っておりまして……』

(もっと)もらしい理由を付けて、そう答えてきた。

『ここは帝国(ていこく)だ。 帝国(ていこく)のやり方でと殿下(でんか)も昨日(GK4)(おっしゃ)った(はず)だ。 ロナード様も了承(りょうしょう)していらっしゃる』

ギベオンは、落ち着き払った口調(くちょう)侍女(じじょ)たちに言うと、扉をノックした。

「ギベオンです。 ロナード様。 お目覚めですか?」

そして、部屋の中に向かってそう声を掛けるが、中から返事がない……。

 ギベオンと侍女(じじょ)たちは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(たが)いの顔を見合わせてから、

失礼(しつれい)します」

ギベオンが(あわ)てた様子(ようす)でそう言うと、(いそ)いで扉を開いて部屋の中に入ったので、侍女(じじょ)たちも戸惑(とまど)いながらも彼の後に続いた。

 部屋に入って直ぐの広めの空間には、来客者の応対(おうたい)(ため)のローテーブルやソファーなどが中央に配置(はいち)されているが、そこにロナードの姿は無い。

 ギベオンはそのまま、奥の続き間に足を運ぶ。

 案の定、天蓋(てんがい)の掛った寝台(しんだい)の上に、ロナードはまだ横になって、爆睡(ばくすい)しているではないか。

(えっ……。 有り得ないんですけど……)

(マジで?)

()間着(まき)で居るだろうとは思ったけど、まさか、(わたし)たちが起こしに来るまで()てるなんて……)

自分たちが入って来たにも関わらず、爆睡(ばくすい)して居るロナードを見て、侍女(じじょ)たちは心の中で(つぶや)く。

ギベオンは『はぁ』と壮大な溜息(ためいき)を付いてから、額に片手(かたて)を添える。

「ロナード様。 起きて下さい」

仕方(しかた)なく、眠って居る彼の下へと歩み寄ると、そう言って、彼の肩を(つか)み、軽く体を()らす。

「ん……」

ロナードはそう言いながら、ゆっくりと目を開けた。

「おはようございます。 お目覚めの時間は当に過ぎておりますよ」

ギベオンは、(おだ)やかな口調(くちょう)でロナードに言うが、彼はまだ眠いのか、ボンヤリとした表情を浮かべ、彼を見つめたままボーとしている。

「あの……」

惚けた顔をして、自分を見ているロナードに、ギベオンは戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、声を掛けるが、()反応(はんのう)だ。

(これは……目は開けているが、()ているのと同じ状態(じょうたい)なのでは?)

ロナードの様子(ようす)を見て、ギベオンは心の中で(つぶや)いている(はし)から、彼がまたウトウトとし始めたので、

「起きて下さい!」

ギベオンは(あわ)てて、ロナードの肩をガッと掴むと、彼はキョトンとした表情を浮かべ、彼を見つめ返す。

無防備過(むぼうびす)ぎだろ……)

ロナードの間抜(まぬ)け過ぎる顔に戸惑(とまど)いながらも、ギベオンは心の中で叫ぶ。

()(かく)、体を起こして下さい」

ギベオンはそう言いながら、ロナードの背中に腕を回し、彼を起き上がらせようと(こころ)みる。

「ん……」

ロナードは、気怠(けだる)そうな様子(ようす)でそう言いながら、ゆっくりと身を起こす。

 少し大きめの寝具(しんぐ)であった(ため)、眠っている間に着崩(きくず)れして肩が(あら)わになり、大きく開いた襟元(えりもと)からは、チラリと胸元(むなもと)が顕わになっていて、上着の裾の一部が(まく)れて、腰の辺りが顕わになり、その姿が何とも言えぬ色気(いろけ)があって、それを見た侍女(じじょ)たちが当てられ、思わず鼻血(はなぢ)を吹き出しそうになる。

(こ、これは……。 朝から色んな意味で目に(どく)だ! とても殿下(でんか)に見せられない!)

ギベオンも顔を真っ赤にしたまま、心の中で叫び、(あわ)ててロナードから目を()らした。

 周囲(しゅうい)反応(はんのう)など気にしていない様で、ロナードは寝台(しんだい)の上にチョンと座ったまま、相変(あいか)わらず、ぼーとして居る。

(前から思って居たが、本当に寝起(ねお)きが悪いな……この人……)

ギベオンは、心の中で呟くと、ゲンナリとした表情を浮かべる。

 ここまで移動(いどう)一緒(いっしょ)にしている間、ロナードが朝、決まった時間に起きて来た事はなく、朝食も平気で抜く事は知ってはいたが……。

「あの……起きてます?」

ギベオンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ロナードに問い掛ける。

一応(いちおう)は……」

ロナードは、ぼーとした表情を浮かべたまま、ギベオンにそう答えてから、

「済まない。 朝は滅茶苦茶(めちゃくちゃ)弱いんだ……」

ロナードは、眠たそうな顔で、気怠(けだる)そうにギベオンにそう言いながら、(おもむろ)片手(かたて)で前髪を掻き上げると、『はあ』と溜息(ためいき)を付いてから、

「水を持って来てくれるか?」

ロナードは(おもむろ)に、侍女(じじょ)たちに向かってそう言うと、ロナードを見入って居た侍女(じじょ)たちは揃って、ハッとした表情をうかべ、

「は、はい」

只今(ただいま)

そう言って、隣の広い部屋に水差(みずさ)しに水が入っているので、急いで取りに行く。

『ヤバイ。 ヤバイ。 ヤバイ……』

『朝から刺激(しげき)強過(つよす)ぎよ!』

殿下(でんか)のお客人じゃなきゃ、直ぐに押し倒してるわよ』

侍女(じじょ)たちは口々にそう言いながら、中央に置かれた水差(みずさ)しの中に入っている水をグラスに(そそ)ぐ。

 ロナードは彼女たちが持って来た水を一気に飲み()すと、少しは目が覚めたのか、目付きがしっかりして来た様に思える。

「お召替(めしが)えのお手伝いを……」

侍女(じじょ)の一人が、おずおずとした口調(くちょう)でロナードに言うと、

「ああ……。 着替(きが)えはその辺に置いてくれ。 自分でする」

彼は、のっそりとベッドから立ち上がりながら、素っ気ない口調(くちょう)で答える。

「えっ……でも……」

侍女(じじょ)の一人が、戸惑(とまど)いながら口籠(くちごも)らせ、彼を見上げる。

「その位の事は自分で出来(でき)る」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で、戸惑(とまど)って居る侍女(じじょ)たちに言った。

「ロナード様。 ランティアナでは、王侯(おうこう)貴族(きぞく)などの身分の高い方でも、庶民(しょみん)たちの様に自分で朝の()支度(じたく)をなさるのですか?」

すっかり困り果てている侍女(じじょ)たちを見かねて、ギベオンが(おもむろ)にロナードに問い掛けると、

「いいや。 普通(ふつう)は使用人たちにさせる」

ロナードは、サラッと何食わぬ顔をして答えた。

「でしたら……」

ギベオンは、ゲンナリとした表情を浮かべ、ロナードに言うと、

(おれ)は、人に(はだか)を見られたり、体を(さわ)られるのが(いや)いなんだ」

彼は、困った様な表情を浮かべ、侍女(じじょ)たちに目を向けながら、そう答えた。

「……」

そこまで言われると、ギベオンも侍女(じじょ)たちも、無理(むり)矢理(やり)()がす訳にもいかない。

「これから着替(きが)えは、(おれ)が分かる所に置いてくれ。 自分で着替(きが)える。 手伝って欲しい時は声を掛けるから」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)侍女(じじょ)たちに言った。

「分かりました」

ロナードの様子(ようす)からして、侍女(じじょ)たちに譲歩(じょうほ)する気配(けはい)が無いので、ギベオンは『仕方(しかた)がない』と思い、そう答えた。

(となり)の続き間に(ひか)えております。 ()支度(じたく)が済まれましたら、お声を掛けて下さい。 殿下(でんか)が共に朝食をと(おっしゃ)られておりますので、そちらへご案内(あんない)(いた)します」

ギベオンは、落ち着き払った口調(くちょう)でロナードに言うと、

「……分かった」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で答えた。

『ホント調子(ちょうし)(くる)うわね』

侍女(じじょ)の一人がポツリとそう(つぶや)くのが聞こえ、ギベオンは(まった)くその通りだと思った。


随分(ずいぶん)朝寝坊(あさねぼう)だな? また具合が悪いのではないかと心配したぞ」

(おく)れてやって来たロナードに向かって、待ちぼうけを食らったセネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

 流石(さすが)にセネトも昨日、長旅を終えて着いたばかりで、ロナードが(つか)れて居たのだろうと言う事は分かるらしく、五月蠅(うるさ)く言う気は無いようだ。

「待たせて済まない」

ロナードは、申し訳なさそうにセネトに言った。

「顔色は悪く無さそうだが……本当に大丈夫(だいじょうぶ)か? 無理(むり)はするな」

セネトは心配そうにそう言いつつ、ロナードに仕草(しぐさ)で座る様に(すす)める。

大丈夫(だいじょうぶ)だ。 お前もする事があるだろう? 早く食べよう」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で答えると、近くの席に腰を下ろす。

 居合(いあ)わせた侍女(じじょ)たちや兵士(へいし)たちは、この国の皇女(こうじょ)であるセネトに対して、タメ口を(たた)くロナードに、臣下のギベオンもセネト自身も(とが)めない事に(おどろ)く。

 周囲(しゅうい)戸惑(とまど)って居る事を余所(よそ)に、二人はそのまま黙々と食事を始めた。

「そうだ。 ロナード」

(しばら)く食事をして居たが、セネトがふと手を止め、そう声を掛けると、パンに手を()ばそうとしていたロナードはそれを止め、

「ん?」

「シリウスの用事が終わるのに、もう(しばら)く掛りそうだ。 その間に生活に必要(ひつよう)な物を(そろ)えておこうと思うが、何か()る物はないか?」

セネトは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、テーブルを(はさ)んで向かいに座っているロナードに問い掛ける。

帝国(ていこく)の言葉や文化、作法(さほう)などを教えてくれる人を手配(てはい)してくれないだろうか」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)でそう答えた。

「分かった。 (いそ)ぎ用意をさせよう」

セネトは、ロナードが自分の予想(よそう)(どお)りの要求をして来たので、満足(まんぞく)そうに()みを浮かべながら言った。

(たの)む」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で応じる。

 教師など付けなくても、ロナードならば一人で勉強しそうな感じではあるが……。

(ほか)()る物は?」

セネトは、(おだ)やかな口調(くちょう)でロナードに問い掛ける。

「本……かな。 出来(でき)れば、ランティアナ語で書かれた物が欲しい。 あとは魔道書(まどうしょ)でもあれば、当面(とうめん)(ひま)を持て(あま)す事はない」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で、そう答えた。

「分かった」

セネトはそう返すと、また(しばら)くの間、二人の間に沈黙(ちんもく)が流れる。

「お前……また、そうやってトマトを……」

ロナードが皿の隅に、皮が付いたまま焼かれた付け合わせのトマトをよけている事に気付き、セネトは(あき)れた表情を浮かべながら言う。

(きら)いだから、仕方(しかた)が無いだろ」

ロナードは、ムッとした表情を浮かべながら言い返す。

「お前、好き(きら)いせずに、何でも食べないと駄目(だめ)だぞ?」

セネトは、(あき)れた表情を浮かべながら言うと、

「トマトなんて、食べなくても生きていけるだろ」

ロナードは相変(あいか)わらず、ムッとした表情を浮かべたまま、口を(とが)らせながら言う。

「それは、そうかも知れないが……」

セネトは、困った表情を浮かべながら言うと、ロナードは(いや)そうな顔をしながらも、渋々と言った様子(ようす)でトマトを口に運ぶ。

(未来のお前は、何でも食べていた気がするが、あれは(のろ)いの所為(せい)で、味覚(みかく)が死んでいたからか?)

セネトは、物凄(ものすご)く嫌そうな顔をして、フォークに突き刺したトマトを口の中に押し込んでいるロナードを見ながら、心の中で(つぶや)く。

(まった)く。 そう言う所は本当に子供っぽいな。 お前は」

セネトは、トマトを前にして百面相(ひゃくめんそう)しているロナードを見て、思わず可笑(おか)しくなってクスクスと笑いながら言う。

「食えと言ったのは、お前じゃないか」

ロナードは、ムッとした表情を浮かべ、セネトに言い返す。

「悪い悪い。 そうむくれるな」

セネトは笑いながらそう言うと、(おもむろ)に自分の指先で、ロナードの口元に付いたトマトの破片(はへん)(ぬぐ)う。

「――っ」

セネトの仕草(しぐさ)にロナードは()ずかしかったのか、(たちま)ちトマトの様に顔を真っ赤にする。

(可愛(かわい)いな)

そんなロナードを、セネトは()みを浮かべながら、心の中でそう(つぶや)いた。

(婚約者(こんやくしゃ)らしく(よそお)えとは言ったが、此処(ここ)までしろとは言っていないぞ)

そんな二人を、後方に(ひか)えて見守っていたギベオンは、物凄(ものすご)く冷めた視線(しせん)を二人に向けながら、心の中で(つぶや)く。


「昨日は到着が(おそ)かったので、色々と説明などをする暇がありませんでしたが、これから少し、王宮(おうきゅう)を出入りするに当たり、注意するべき事などをお伝えしても(かま)いませんか? 貴方(あなた)当面(とうめん)の間、殿下(でんか)婚約者(こんやくしゃ)という立場ですから、王宮(おうきゅう)を出入りする事は勿論(もちろん)、場合によっては今回の様に滞在(たいざい)する事もあるかと思いますので」

朝食を終え、セネトに貸し与えられた部屋に戻ったロナードに、ギベオンは(おだ)やかな口調(くちょう)でそう切り出した。

(よろ)しく(たの)む」

ロナードはそう言いながら、近くにあったソファーに腰を下ろした。

一先(ひとま)ず自分が今、思い付く事をお話しします。 追々、付け加えられる可能性(かのうせい)もありますが、これはあくまで、必要(ひつよう)最低限(さいていげん)の事だと思って下さい」

ギベオンは、テーブルを(はさ)んで向かいのソファーに腰を下ろすと、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでロナード語った。

「分かった」

ロナードも真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返す。

「そうですね……。 まず、絶対(ぜったい)に人から物を(もら)わないで下さい。 お茶会や食事に(さそ)われた場合も(すべ)(ことわ)って下さい。 飲食も出来(でき)る限り、自分や護衛(ごえい)が居る時になさって下さい。 部屋に用意されている水差(みずさ)しであっても、(どく)などが()られている可能性(かのうせい)があります。 口にする(さい)は注意して下さい」

ギベオンは、落ち着き払った口調(くちょう)で、ロナードに語ると、

「!」

ロナードの表情が(にわ)かに強張(こわば)る。

宮廷(きゅうてい)と言う所は、欲望(よくぼう)愛憎(あいぞう)渦巻(うずま)く場所です。 (おのれ)出世(しゅっせ)保身(ほしん)などの(ため)に、平気で他者(たしゃ)(おとしい)れる事は勿論(もちろん)暗殺(あんさつ)など、手段を選ばぬ(やから)が多く集まっています。 それをまず、(きも)(めい)じて下さい」

ギベオンは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで続ける。

「……(おれ)を消しても、(だれ)(とく)にもならないと思うが……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ギベオンにそう言い返すと、

貴方(あなた)はそうお思いでしょうが、(ほか)の者も同じ考えとは(かぎ)りません。 事実(じじつ)。 殿下(でんか)貴方(あなた)を連れて来たと言うだけで、(すで)に多くの者が貴方(あなた)興味(きょうみ)を抱いています。 それに加えて近く、貴方(あなた)殿下(でんか)婚約者(こんやくしゃ)として世間(せけん)に広く知られる事になります。 殿下(でんか)婚約者(こんやくしゃ)とだけで、殿下(でんか)に対して良からぬ感情を抱いている(やから)矛先(ほこさき)が、婚約者(こんやくしゃ)である貴方(あなた)に向く可能性(かのうせい)も大いにあり得ます」

ギベオンは、真直(まっす)ぐにロナードを見据(みす)え、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、落ち着き払った口調(くちょう)で語る。

(なる)(ほど)……」

ロナードは、神妙(しんみょう)な表情を浮かべ、呟く。

「それと、ここでは根の葉も無い(うわさ)も多く飛び交います。 周囲(しゅうい)から情報(じょうほう)を得る事は大事ですが、一々、(うわさ)を気にしていては身が持ちません。 適度(てきど)無視(むし)する(すべ)も身に付けて下さい」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)で語る。

流言(りゅうげん)で、相手(あいて)(おとしい)れると言う訳か……)

ロナードは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、心の中で(つぶや)く。

「……善処(ぜんしょ)しよう」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で答えると、

「そうなさって下さい」

ギベオンは(うなず)きながら言った。

「そう言えば、これを殿下(でんか)から(あず)かっていました」

ギベオンは思い出した様にそう言うと、(おもむろ)(ふところ)から何かを取り出し、それをテーブルの上に置く。

 それは、(にじ)(いろ)光沢(こうたく)を持つ、銀製(ぎんせい)と思われる、細やかな模様(もよう)(きざ)まれた腕輪(うでわ)であった。

腕輪(うでわ)?」

ロナードは、テーブルの上に置かれた物を見て、戸惑(とまど)気味(ぎみ)に呟く。

解毒(げどく)効果(こうか)を持つ腕輪(うでわ)です。 この様な場所ですので、(ねん)(ため)に身に付けられた方が良いだろうと、殿下(でんか)が用意なさった物です」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)で説明すると、

「……」

ロナードは何とも言い難い、物凄(ものすご)微妙(びみょう)な表情を浮かべ、(しばら)く、その腕輪(うでわ)を見てから、

「付けて(もら)えるか?」

ギベオンにそう言うと、自分の左腕を差し出した。

「あ、はい……」

ギベオンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、テーブルに置いていた腕輪(うでわ)を手に取ると、ロナードが差し出した左の手首の辺りに付ける。

有難(ありがと)う」

ロナードはニッコリと笑みを浮かべ、ギベオンにそう言うと、彼は何だかとても複雑(ふくざつ)な顔をして、

「あの……」

おずおずと、そう切り出す。

「?」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な顔をして自分を見ているギベオンを、不思議(ふしぎ)そうに見る。

「付けてしまった後に言うのも何ですが……。 もう少し用心した方が(よろ)しいかと思います。 もしこの腕輪(うでわ)が、身に付けた者を従属(じゅうぞく)させる様な物だったら、どうするのです?」

ギベオンは、気まずそうな表情を浮かべつつ、徐にロナードに言った。

「……」

ロナードは、キョトンとした顔をして、ギベオンを見る。

先程(さきほど)の『人に物を(もら)わない』と言いましたが、自分も(ふく)まれるべきと思うのですが」

ギベオンは複雑(ふくざつ)な顔をして、重々しい口調(くちょう)忠告(ちゅうこく)する。

「ギベオン」

ロナードは、気まずそうな顔をして、自分を見ているギベオンを真っ直ぐ見据(みす)え、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで声を掛けると、

「はい」

ギベオンは少し、緊張(きんちょう)した様子(ようす)で返事をした。

「お前は(いく)(あるじ)の命令でも、人の道から外れる事をする様な(やつ)では無いだろう?」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)でギベオンに言うと、ニッコリと笑みを浮かべる。

「―――ッ!」

ロナードの言葉を聞いて、ギベオンは(ひど)(おどろ)いた様な、衝撃(しょうげき)を受けた様な、そんな顔をして、(はじ)かれた様にロナードを見上げる。

(おれ)もそれなりに、人を見る目はあるつもりだ。 お前は自分にも相手(あいて)にも誠実(せいじつ)で、信用に(あたい)する人物(じんぶつ)だと思っている。 もし、お前が言う様な効果(こうか)(もたら)す物であれば、一瞬(いっしゅん)でもお前は付ける事に躊躇(ちゅうちょ)する(はず)だ。 だから、腕輪(うでわ)を付ける様に頼んだんだ」

ロナードは、(おどろ)戸惑(とまど)っているギベオンに対し、落ち着いた口調(くちょう)で語ると、意地悪(いじわる)な子供の様な笑みを浮かべる。

「……」

ロナードの言動(げんどう)を見て、ギベオンは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、彼を見ている。

 つまり、ロナードはそんな事は、お見通(みとお)しだった訳だ。

「ここに居る者たち(ほど)では無いかも知れないが、(おれ)もそれなりに人を(うたが)う事もするし、さっきみたいに相手(あいて)(ため)す様な事も、(だま)す様な事もする。 良くも悪くも、それ位の(わる)知恵(ぢえ)はある」

ロナードは、戸惑(とまど)いと、一抹(いちまつ)罪悪感(ざいあくかん)を抱いている様な顔をして居るギベオンに対し、落ち着いた口調(くちょう)で語る。

「済みません。 余計(よけい)な事を……」

ギベオンは(うつむ)き、申し訳なさそうにロナードに言うと、

「いいや。 お前は純粋(じゅんすい)(おれ)の事を心配して言ってくれたのだから、(とが)められる(いわ)れはない。 (むし)ろ、(おれ)の方こそ、細かい所にまで気遣(きづか)ってくれるお前の(やさ)しさに、感謝(かんしゃ)しなければならない位だ。 有難(ありがと)う。 ギベオン」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)でそう答えると、彼に対し、屈託(くったく)のない笑みを浮かべる。

「――っ……」

ロナードの笑顔(えがお)を見て、ギベオンは一瞬(いっしゅん)にして心を(うば)われた。

(この微笑(ほほえ)みは反則(はんそく)だ。 この人は、自分が人間タラシだと分かっているのか?)

ギベオンは思わず、自分が赤面(せきめん)しているのを(かく)(ため)(うつむ)き、自分の口元に片手(かたて)()えながら、心の中で(つぶや)いた。

 ロナードは、自分の微笑(ほほえ)みがどれ(ほど)破壊力(はかいりょく)を持っているのか分かっていて、この様な事をしているのだろうか……。

(おれ)は、お前は信用するに(あたい)する相手(あいて)だと思っている。 もし、そのお前に裏切(うらぎ)られる様なら、(おれ)はその程度(ていど)の人間だと言う事だ」

ロナードは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、重々しい口調(くちょう)でギベオンに言うと、

「ロナード様……」

ギベオンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードを見る。

「そんな事にならない様、(おれ)(いま)出来(でき)る事を精一杯(せいいっぱい)しなければ」

ロナードは、(おだ)やかな口調(くちょう)でそう言うと、ニッコリと笑みを浮かべた。

「……そう……ですね」

ギベオンは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、歯切れ悪く、そう答えた。


『おい見ろよ』

『あれが(うわさ)の……』

『美人だな』

『本当に野郎(やろう)かよ?』

庭で朝の稽古(けいこ)を終えて一休みしていた騎士(きし)たちは、(かべ)のない柱だけが並んだ長い廊下(ろうか)の階段の所で、休憩(きゅうけい)して居た自分たちから見て、奥の方からこちらへ向かって来ている、背の高い人物(じんぶつ)に目に好奇心(こうきしん)に満ちた目を向けながら、口々にそう言った。

 サラリとした闇夜(やみよ)の様な少し長めの漆黒(しっこく)の髪、ガウンの様な、ゆったりとした(そで)(ぐち)が大きな紺色(こんいろ)の衣を身に(まと)った、長身(ちょうしん)眉目秀麗(びもくしゅうれい)な青年……。

 手元(てもと)の本に夢中(むちゅう)になっているのか、騎士(きし)たちが好奇(こうき)に満ちた目で、自分を見ている事に(まった)く気付いていない様であった。

 騎士(きし)たちの中でも、一際体(ひときわからだ)の大きな男が、こちらへ近付いて来る漆黒(しっこく)の髪の青年の前を(はば)むように、(わざ)と歩み出た。

 案の定、その大柄(おおがら)騎士(きし)の肩と、漆黒(しっこく)の髪の青年の二の腕辺りがドンとぶつかり、彼は少し(おどろ)いた顔をして、(おもむろ)に顔を上げた。

(うお! 近くで見るとすげぇ美人だ。 ホントに野郎(やろう)なのか?)

漆黒(しっこく)の髪の青年にぶつかった大柄(おおがら)騎士(きし)は、その相手(あいて)を見て心の中で(つぶや)いた。

 北半球(きたはんきゅう)にある、ランティアナ大陸の者と言う話は(だれ)からか聞いて居たので、背丈(せたけ)だけはぶつかった騎士(きし)よりも頭一つ分ほど高かったが、(はだ)の色も白く、普段(ふだん)同僚(どうりょう)騎士(きし)たちのゴッツイ体を見ている彼からすると、漆黒(しっこく)の髪の青年は華奢(きゃしゃ)体付(からだつ)きに見えた。

『済まない』

漆黒(しっこく)の髪の青年は、ボソッとそう言うと、ペコッと軽く頭を下げ、自分がぶつかった大柄(おおがら)騎士(きし)の横を通り()ぎようとした。

『おいおい。 自分からぶつかっておいて、そりゃねぇだろ?』

大柄(おおがら)騎士(きし)は、意地(いじ)の悪い笑みを浮かべそう言うと、自分の横を通り()ぎようとした、漆黒(しっこく)の髪の青年の腕を(つか)み、引き留めた。

 声色(こわいろ)で分かっていたが、やはり腕を(つか)んだ感触(かんしょく)が、女性の(やわ)らかなフワッとしたものと(ちが)い、自分達と同じ様に(かた)筋肉質(きんにくしつ)であったので、男である事は間違(まちが)い無さそうだ。

 漆黒(しっこく)の髪の青年は、少し困った様な顔をして、自分を引き留めた大柄(おおがら)騎士(きし)を見ている。

 その面差(おもざ)しにまだ少年の様な(おさな)さがあるので、年の頃は二十歳になるか、ならないかと言った所だろう……。

『よぉ。 お兄ちゃん。 ここに来て間もないんだろう?』

『おれたちが、色々と教えてやろうか?』

『それこそ、手取り、足取りよぉ』

他の騎士(きし)たちが、下品(げひん)な笑みを浮かべながら、ゾロゾロと漆黒(しっこく)の髪の青年の周りを取り(かこ)むと、彼は、ウンザリした様な表情を浮かべ、軽く溜息(ためいき)を付いてから、

「言っている言葉は分からないが、通して(もら)え無さそうだな……」

漆黒(しっこく)の髪の青年は、落ち着いた口調(くちょう)で呟いた。

『あ? 今、何て言った?』

別の騎士(きし)が、思い切り眉間(みけん)(しわ)を寄せつつ、ロナードに問い掛けると、更に別の騎士(きし)が、

『コイツ、オレ達の言葉が分かって無いんじゃないのか?』

 彼の言う通り、漆黒(しっこく)の髪の青年は、物凄(ものすご)困惑(こんわく)した表情を浮かべて居る。

『そいつは良い……』

()れ目の騎士(きし)がそう言うと、漆黒(しっこく)の髪の青年の肩に手を掛ける。

着ていた衣服(いふく)襟足(えりあし)の間から、(わず)かに(のぞ)かせる長めの髪が少し掛った首筋(くびすじ)、長い睫毛(まつげ)に、不思議(ふしぎ)雰囲気(ふんいき)(ただよ)わせる深い紫色の瞳、困っている様なその表情が(みょう)に色っぽく、騎士(きし)は思わずゴクリと息をのんだ。

『少し、おれたちの遊び相手(あいて)になってくれよ』

漆黒(しっこく)の髪の青年の肩を(つか)んで居る騎士(きし)は、下心(したごころ)丸出(まるだ)しの下品(げひん)な笑みを浮かべ、彼にそう言った。

『そりゃ良い考えだ』

『どうせ夜な夜な、殿下(でんか)にご奉仕(ほうし)してるんだろ?』

『女とやるのとは別の良い事を教えてやるぜ』

漆黒(しっこく)の髪の青年を取り囲んでいた騎士(きし)たちも、(みな)一様(いちよう)下品(げひん)な笑みを浮かべつつ、その様な事を言い放った。

 そして、彼の肩を(つか)んでいた垂れ目の騎士(きし)(おもむろ)に背後から、漆黒(しっこく)の髪の青年の襟首(えりくび)から胸元(むなもと)へ、服の中に手を突っ込もうとした途端(とたん)

「くたばれ! この下衆(げす)がっ!」

漆黒(しっこく)の髪の青年は、キッと表情を(けわ)しくすると、嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべ、吐き捨てる様な口調(くちょう)でそう言うと、いきなり、自分の肩を(つか)んで居た騎士(きし)の脚に自分の足を掛ける様にして、石で出来(でき)廊下(ろうか)の上に、思い切り自分の足元に向かって背中から投げ落とすと、(かん)(ぱつ)()かずに、その顔に(かかと)()としを見舞(みま)った。

『んなっ……』

『えっ』

『ちょっ……』

いきなり仲間(なかま)騎士(きし)が思い切り投げ飛ばされ、顔面(がんめん)(かかと)()としを食らい、鼻血(はなぢ)を出して気絶(きぜつ)したのを見て、側に居た騎士(きし)たちはたじろいだ。

「次にこうなりたい奴はどいつだ? (まと)めて病院に送ってやるから掛って来い!」

漆黒(しっこく)の髪の青年は素早(すばや)く身を(ひるがえ)すと、先程(さきほど)までの物大人(ものおとな)しそうな雰囲気(ふんいき)とは打って変わり、(いか)りに満ちた空気を放ち、抜身(ぬきみ)刃物(はもの)の様な(するど)眼光(がんこう)で、戸惑(とまど)って居る騎士(きし)たちに向かってそう(すご)んで来た。

 何を言っているかは分からないが、漆黒(しっこく)の髪の青年が物凄(ものすご)(おこ)っていると言う事だけは分かった。

(ええっ!)

(ちょっと待て……)

(すげぇ豹変(ひょうへん)したぞ)

漆黒(しっこく)の髪の青年に凄まれ、彼を取り囲んで居た騎士(きし)たちは(そろ)って、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた。

「この変態(へんたい)どもがっ!」

漆黒(しっこく)の髪の青年は、完全にブチキレており、自分とぶつかった大柄(おおがら)騎士(きし)股間(こかん)に思い切り(けり)りを見舞(みま)った。

『あがっ……』

真面(まとも)股間(こかん)(けり)り付けられた、大柄(おおがら)騎士(きし)は両手で股間(こかん)(おお)いながら、呻き声を上げてその場に(くず)れ込んだ。

「人が大人しくして居れば、調子(ちょうし)に乗るなよ!」

漆黒(しっこく)の髪の青年は、そう怒鳴(どな)りながら、股間(こかん)を思い切り()られ、その場に(うずくま)って居る大柄(おおがら)騎士(きし)を何度も足蹴(あしげ)にする。

『こ、コイツ!』

見かねた騎士(きし)が思わず、持って居た稽古(けいこ)(よう)の木の剣を背後から、漆黒(しっこく)の髪の青年に向かって振り下ろすが、見事に()けられただけでなく、(かん)(ぱつ)()かずに素早(すばや)く剣を(にぎ)()めていた腕を後ろ手にされ、思い切り()じり上げられた。

『いだだだだたっ!』

腕を思い切り()じり上げられた騎士(きし)は、半泣きになりながら、(なさ)けない声を上げ、持っていた木の剣を落とした。

 それを漆黒(しっこく)の髪の青年は素早(すばや)く拾い上げると、その後はもう、一方的(いっぽうてき)騎士(きし)たちがボコボコにされ、三人は鼻や口先から血を流し、(うめ)き声を上げ、床の上に(ころ)がる事となってしまった……。

雑魚(ざこ)が」

漆黒(しっこく)の髪の青年は、慣れた手つきで木の剣を払うと、それを自分の肩に乗せ、近くに倒れていた騎士(きし)の頭を思い切り()み付け、物凄(ものすご)く冷ややかな口調(くちょう)で言い放った。

(やべぇぞコイツ……)

無茶苦茶(むちゃくちゃ)だ)

馬鹿(ばか)()ぇ……)

揃ってボコボコにされ、床の上に倒れて居る騎士(きし)たちは皆、自分たちを冷ややかに見下ろしている、漆黒(しっこく)の髪の青年を見上げながら、心の中でそう思った。

「ろ、ロナード様?」

そこに、向こう側から来たギベオンが()頓狂(とんきょう)な声を上げ、(あわ)てた様子(ようす)で駆(T)け寄って来た。

「ああ。 ギベオン」

ロナードと呼ばれた漆黒(しっこく)の髪の青年は、駆け寄って来たギベオンに、物凄(ものすご)(さわ)やかな笑みを(たた)えながら言った。

「こ、これは……どう言う状況(じょうきょう)なのでしょうか……」

ギベオンは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードの足元に(ころ)がっている騎士(きし)たちを見下ろしつつ、彼に問い掛ける。

(ひま)だったから、少し稽古(けいこ)相手(あいて)をしただけだ」

ロナードは物凄(ものすご)(さわ)やかに、そして実にサラリとした口調(くちょう)で、(あせ)っているギベオンに答えた。

(いや、コレ絶対(ぜったい)(ちが)うだろ)

ギベオンは、床の上に(うめ)き声を上げて倒れている騎士(きし)たちを見回しながら、心の中で(つぶや)いてから、

絶対(ぜったい)(ちが)いますよね? この者たちが貴方(あなた)に、何かしようとしたのではないのですか?」

ギベオンか真剣(しんけん)な表情を浮かべ、強い口調(くちょう)でロナードに言った。

(おれ)が……とは言わないのだな?」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ギベオンに向かって言うと、

「当たり前です! 貴方(あなた)が理由も無く、こんな事をする様な方では無い事位は、これまで一緒(いっしょ)にいた間だけでも分かりますよ」

彼はムッとした表情を浮かべ、強い口調(くちょう)で言い返す。

「セネトが知れば、コイツ()全員(ぜんいん)の首が飛ぶ事になるが、それでも事実(じじつ)を聞きたいか?」

ロナードは、自分がボコボコに熨した騎士(きし)たちを見下ろしつつ、ギベオンにそう問い掛けると、ニッコリと笑みを浮かべる。

「い、いいえ……」

ギベオンは、彼のその笑顔(えがお)言動(げんどう)(いや)予感(よかん)を覚え、顔を引き()らせつつ、ロナードに答えた。

 大方(おおかた)無駄(むだ)に見目の良いロナードに、ここに居る騎士(きし)たちがちょっかいを出して、ロナードの逆鱗(げきりん)()れる様な言動(げんどう)をしたであろう事は、ギベオンにも容易(ようい)想像(そうぞう)がついた。

(自分としても、コイツ等を今直(います)()()きにして、砂漠(さばく)に放り出したい気持ちで一杯(いっぱい)だが、流石(さすが)に一度に何人も兵士(へいし)突然(とつぜん)()なくなるのは不自然(ふしぜん)だからな……)

ギベオンは、ロナードにボコボコにされ、床の上に転がっている兵士(へいし)たちを見ながら、心の中で(つぶや)いた。

「ロナード様。 何にしても、これはちょっとやり()ぎです」

ギベオンは(ひたい)片手(かたて)を添え、()(いき)()じりにロナードに言った。

「済まない……」

ロナードは、叱られた子犬の様な表情を浮かべ、ギベオンにそう言って(あやま)った。

普段(ふだん)(ひか)え目だからすっかり(わす)れていたが……。 この人は元・傭兵(ようへい)で、しかも、あのノヴァハルト(はく)の実の弟だ。 ()められる様な事をされて、(だま)っていられる様な人では無かったな)

ギベオンはゲンナリとした表情を浮かべながら(つぶや)いた。

 だが、これから(しばら)くの間、彼等(かれら)の様な犠牲者(ぎせいしゃ)続出(ぞくしゅつ)する事は、間違(まちが)いないだろう。

(……少し用事を()ませる(ため)に、(はな)れていただけでこんな事になるとは……)

ギベオンは、ゲンナリとした表情を浮かべ、心の中で呟いていたが、ふと顔を上げると、先程(さきほど)まで側に居た(はず)のロナードの姿が無い。

(まった)く! あの人は!)

ギベオンは(あせ)りの表情を浮かべながら、(あわ)てて周囲(しゅうい)を見回すと、階段を下りて中庭へ出て直ぐの所に身を(かが)めていた。

「ロナード様? ご気分でも悪いのですか?」

ギベオンはゆっくりと歩み寄りつつ、ロナードにそう声を掛ける。

 良く見ると、身を(かが)めているロナードの前には、見た事も無い、紫色の花に網目状(あみめじょう)の長い葉っぱを有した、触手(しょくしゅ)のように伸びた()(しべ)(?)の様な、黄色い物が生えているのが特徴的(とくちょうてき)だが、とても存在感(そんざいかん)がある綺麗(きれい)な花が()いていた。

 周囲(しゅうい)を見回すと、(すみ)の方にポツポツと()た様な花が()いている。

綺麗(きれい)な花ですね」

ギベオンは(おだ)やかな口調(くちょう)でロナードに声を掛けると、

「何で……これが此処(ここ)に……」

ロナードはポツリとそう呟くと、手早(てばや)くそれを()み取ると、スクッと立ち上がり、

(いそ)ぎ、セネトに会う事は出来(でき)ないか?」

物凄(ものすご)切羽詰(せっぱつま)った表情を浮かべ、ギベオンにそう言った。

「えっ……」

ロナードが物凄(ものすご)(こわ)い顔をして言うので、ギベオンは戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

(くわ)しい説明はその時にする。 ()(かく)()ぐに会わせてくれ」

ロナードは、戸惑(とまど)って居るギベオンに、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言う。

殿下(でんか)でしたら、今の時間はご自分の書斎(しょさい)に……」

ギベオンが戸惑(とまど)いながら言い終わるや(いな)や、ロナードは()み取った花を(にぎ)()めたまま、物凄(ものすご)い勢いで、自分が来た方向へ駆け出した。

「ちょっ……ロナード様!」

ギベオンは(あわ)てて彼を呼び止めようとするが、自分を制止(せいし)する声が聞こえていないのか、ロナードはそのまま廊下(ろうか)疾走(しっそう)する。

(えっ……足早(あしはや)っ……)

(あわ)てて追いかけようとしたが、あっという間にロナードが(はる)か向こうに行ったのを見て、ギベオンは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)く。


 同じ(ころ)、セネトは自分が不在(ふざい)にしていた間の、王宮(おうきゅう)(ない)や国内での出来(でき)事について、兵士(へいし)から報告(ほうこく)を受けていた。

『あの(ころ)しても死にそうにない、第一側(だいいちそく)()病床(びょうしょう)()せっているとはな……』

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら(つぶや)く。

(問題は、それが何らかの目的があって、その様に振舞(ふるま)っているのか、それとも本当に体調(たいちょう)がすぐれないのかだが……)

セネトは、真剣(しんけん)な表情を浮かべたまま、心の中で(つぶや)く。

一時期(じき)回復(かいふく)されていたのですが……殿下(でんか)がお帰りになられる二、三日前からまた、(きゅう)体調(たいちょう)(くず)されて……』

兵士(へいし)は、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、セネトに第一側(だいいちそく)()状態(じょうたい)を語る。

『また? またと言うからには、以前(いぜん)にもその様な事があったのか?』

セネトは微かに眉を顰め、兵士(へいし)に問い掛けると、彼はビクビクしながら、

『は、はい……。 殿下(でんか)外遊(がいゆう)(おもむ)かれて(しばら)くしてから……この数カ月の間、体調(たいちょう)(きゅう)(くず)される事がしばしば……』

重々しい口調(くちょう)で語る。

(これは単純(たんじゅん)に、婚約式(こんやくしき)をボイコットした(ぼく)への当てつけか?)

セネトは、(かす)かに眉を(しか)め、心の中で(つぶや)いてから、

『その話が本当ならば、何か重篤(じゅうとく)な病気を(わずら)っているのではないのか?』

セネトは真剣(しんけん)な表情を浮かべ、兵士(へいし)に言うと、

皇后宮(こうごうきゅう)の者たちは勿論(もちろん)皇帝(こうてい)陛下もそう思われ、幾人か名の知れた医師(いし)()せた様なのですが、これと言った原因が分からないままでして……。 あ、勿論(もちろん)呪術(じゅじゅつ)可能性(かのうせい)も考えて、魔術師(まじゅつし)にも()せたとの事ですが、それも(ちが)うようでして……』

兵士(へいし)は、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら、セネトに語る。

『ふむ……。 何にしても一大事(いちだいじ)だ。 婚約式(こんやくしき)をボイコットしたお()びを()ねて、今から(ぼく)見舞(みま)いに行く事は可能(かのう)そうか?』

セネトは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで問い掛けると、

『それは確かめてみないと、何とも……』

兵士(へいし)は、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら答える。

(いそ)ぎ、皇后宮(こうごうきゅう)に確認を』

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで兵士(へいし)に命じると、

御意(ぎょい)

兵士(へいし)胸元(むなもと)片手(かたて)を添えてそう言うと、深々と頭を下げると、(いそ)いで部屋を後にした。

 皇后宮(こうごうきゅう)はその名の通り、皇后(こうごう)(あた)えられた宮で、元々はセネトの実母が使っていた宮だが、彼女の死後、王宮(おうきゅう)内に強い力を持つ、実質上(じっしつじょう)皇后(こうごう)とも言える立場の第一側(だいいちそく)()が、その宮の(あるじ)となっている。

『……どうも、体調(たいちょう)不良者(ふりょうしゃ)第一側(だいいちそく)()だけでは無さそうよ』

それまで(だま)って話を聞いて居たルチルが、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちでセネトに言った。

『なんだと?』

セネトは思い切り眉を(しか)め、自分の(かたわ)らに立っていたルチルを見る。

(わたし)が知る限りでは、その皇后(こうごう)陛下(へいか)の身の回りの世話(せわ)をしている侍女(じじょ)たちも、相次(あいつ)いで体調(たいちょう)(くず)しているらしいの。 おまけに後宮(こうきゅう)でも(そく)()の何人かが体調(たいちょう)を崩して、()せっている方が居るとか……』

ルチルは、神妙(しんみょう)な表情を浮かべながら、そう続けた。

(ほか)(そく)()もなのか?』

セネトは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ルチルに問い掛けると、

『ええ。 単純(たんじゅん)第一側(だいいち)()()き者にしようと(たくら)(やから)仕業(しわざ)見做(みな)すのは、どうかと思うわ』

彼女は、神妙(しんみょう)な表情を浮かべ、重々しい口調(くちょう)で答える。

『確かに……。 異常(いじょう)が現れなかった(そく)()や、その子供たちが真っ先に(うたが)われる事になる。 そんな事も分からない(やつ)ならば、()後宮(こうきゅう)には居ないだろうからな』

セネトは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、重々しい口調(くちょう)で呟くと、ルチルも真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返す。

『まだ、ハッキリとした事は分かっていないけれど、具合を悪くする時期(じき)や、症状(しょうじょう)の現れる経緯(けいい)、その重さなど多少(たしょう)(ちが)いは見られるけれど、第一側(だいいちそく)()似通(にかよ)った症状(しょうじょう)らしいわ。 だから最初は伝染病(でんせんびょう)(うたが)った様ね』

ルチルは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、自分が今朝、自分の所に居る噂話(うわさばなし)が大好きな侍女(じじょ)たからで聞いた話をセネトにしていると……。

『ちょっと、困ります!』

不意(ふい)廊下(ろうか)(がわ)から、部屋の入口の見張(みは)りをしている兵士(へいし)が、(あわ)てた様な声を上げる。

『どうした?』

セネトが不思議(ふしぎ)そうに、兵士(へいし)に声を掛けると、

「セネト。 中に居るのか? 至急(しきゅう)、話したい事がある」

扉越(とびらご)しに、ランティアナ大陸の公用語(こうようご)で、かなり切羽詰(せっぱつま)まった様子(ようす)()い男の声がした。

 声色(こわいろ)の感じから(さっ)するに、ロナードの様ではあるが……。

「どうした?」

セネトも、ロナードが何やら(いそ)いでいる様な声であった(ため)、部屋の中から問い掛ける。

()(かく)、中に入れてやれ』

セネトは、部屋の入口の見張(みは)りをして居た兵士(へいし)に言うと、(しばら)くして、兵士(へいし)たちのボディチェックを終えて、ロナードが血相(けっそう)を変えて部屋の中に入って来た。

「そんなに(あわ)ててどうした?」

セネトは、不思議(ふしぎ)そうに部屋に入って来たロナードに問い掛ける。

 確かロナードは、ギベオンに連れられて、この宮の内部(ないぶ)とその周りを案内されている(はず)である。

 ロナードは(いき)を切らせながら、

「何で、妖光(ようこう)()が生えている?」

真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、セネトに問い掛けて来た。

「よ、よう……何だって?」

セネトは、思い切り眉を(しか)めながら、ロナードに問い返す。

妖光(ようこう)()だ」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで返していると、

「ロナード様。 困ります!」

ロナードを追い駆けて来たのか、ギベオンが息を切らせながら、そう言って部屋に駆け込んで来た。

「その花が……何だと言うんだ?」

セネトが戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードに問い掛けると、

「そこら中に生えているが、お前たちは、あれが(どく)(はな)だと知っていて放置(ほうち)しているのか?」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うが、セネトもギベオンも、何の事なのかサッパリなので、困惑(こんわく)の表情を浮かべる。

「深い紫色の、レースの様な網目(あみめ)模様(もよう)の長い()のシュッとしたヤツだ」

ロナードは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うが、花などに興味(きょうみ)が無いセネトは、どんな花なのかすらも分からない。

「ああもう! さっき、ここに入る時に没収(ぼっしゅう)されたから手元(てもと)にない!」

ロナードは、()んで来た花を兵士(へいし)没収(ぼっしゅう)されたらしく、苛立(いらだ)った様な口調(くちょう)(つぶや)くと、

『ロナード様から、没収(ぼっしゅう)した花はどれだ?』

ギベオンは(おもむろ)に、入り口を見張(みは)って居る兵士(へいし)に問い掛けると、

『これの事ですか?』

そう言って、(おもむろ)にちょっと(しお)れているが、紫色の花に網目状(あみめじょう)の長い葉っぱを有した、触手(しょくしゅ)のように伸びた()(しべ)(?)の様な、黄色い物が生えて居るのが特徴的(とくちょうてき)だが、とても存在感(そんざいかん)がある綺麗(きれい)な花を差し出してきた

「これだ。 これが妖光(ようこう)()

ロナードは、息を(ととの)えながら、兵士(へいし)が持って来た花を指差(ゆびさ)しながら言った。

「……こんな花、あったか?」

セネトは小首を(かし)げながら、ルチルに問い掛けると、

「そう言えば、聖女(せいじょ)候補(こうほ)試験(しけん)を受けるティティス様が、此処(ここ)を発つ前に第一側(だいいちそく)()(さま)挨拶(あいさつ)をする(ため)皇后宮(こうごうきゅう)一緒(いっしょ)に来た時、花壇(かだん)沢山(たくさん)あったのを見掛(みか)けた覚えが……」

彼女は、記憶を手繰(たぐ)り寄せる様に顔を(しか)めながら、答えた。

「これはクラレスの南部にある瘴気(しょうき)を放つ沼地(ぬまち)群生(ぐんせい)しているヤツで、満月(まんげつ)の夜に甘い香りを放ちながら、キラキラと光る胞子(ほうし)と共に瘴気(しょうき)も放つ(どく)(はな)だ」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で、自分が()んで来た花について説明をする。

「なっ……」

(どく)(はな)』と聞いて、セネトは表情を強張(こわば)らせる。

 確かに、少し変わった形をしているが、その辺の花よりも存在感(そんざいかん)があり、鉢植(はちう)えなどにして送ったら喜ばれそうな(ほど)綺麗(きれい)だ。

「その実は黒くて、外皮を割ると中に白い粉が()まっている。 一時期(じき)、高級な白粉(おしろい)として街に出回った事もあるが、皮膚(ひふ)からその毒性(どくせい)吸収(きゅうしゅう)してしまい、体調(たいちょう)を崩す貴婦人(きふじん)続出(ぞくしゅつ)し、死人(しにん)も出た(ため)、今はランティアナでは、白粉(おしろい)として用いる事は勿論(もちろん)観賞用(かんしょうよう)として栽培(さいばい)する事も(きん)じられている花だ」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で説明を続ける。

「そんな危険(きけん)な物が何故(なぜ)王宮(おうきゅう)に……」

ギベオンは戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、呟く。

 外から王宮(おうきゅう)内に何かを持ち込む(さい)は、(きび)しく調べられる(はず)なのだが……。

「大方、鑑賞用(かんしょうよう)の花として持ち込まれた所為(せい)で、危険(きけん)性が(うす)いと(とら)えられ、良く調べられもされず、王宮(おうきゅう)内への持ち込みを許可(きょか)してしまったのだろう」

セネトは、淡々とした口調(くちょう)でそう指摘(してき)した。

 これが薬用(やくよう)などとなると、話は別だが……。

「実が飛び()る様になっていて、(わず)かな水分で芽吹(めぶ)き、おまけに胞子(ほうし)まで飛ばすから繁殖力(はんしょくりょく)が強く、暑さにも耐性(たいせい)がある。 実を付ける前に全てを()り取った後、花から出る瘴気(しょうき)を吸わない様に、人が近付かない場所で()やしてしまった方が良い。 放って置くと、あっという間にそこら中に(しげ)るぞ」

ロナードは真剣(しんけん)な表情を浮かべ、セネト()にそう警告(けいこく)する。

「……」

セネトは、神妙(しんみょう)な表情を浮かべ、押し(だま)る。

事実(じじつ)だとしたら、女性を中心に体調(たいちょう)不良の者が続出(ぞくしゅつ)している事とも、説明がつくわ」

話を聞いて、ルチルが真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう指摘(してき)すると、

「確かに」

セネトは、神妙(しんみょう)な表情を浮かべつつ、そう(つぶや)く。

 何時(いつ)の時代も、女性たちは美に対して貪欲(とんよく)だ。

 このエレンツ帝国(ていこく)でも百年近く前、まだ世の中に『夜光(やこう)(そう)』の事があまり知られていない時代、()せられる薬として、()い女性を中心に爆発的(ばくはつてき)流行(りゅうこう)した事があった。

 今でこそ、幻覚(げんかく)食欲(しょくよく)不振(ふしん)幻聴(げんちょう)倦怠感(けんたいかん)消化器(しょうかき)障害(しょうがい)呼吸(こきゅう)困難(こんなん)など命に関わる様な危険(きけん)薬物(やくぶつ)になる事が知られているが、当時は、多くの者がその危険(きけん)性を知らなかった結果(けっか)、女性を中心に膨大(ぼうだい)な数の中毒者(ちゅうどくしゃ)(かか)える事となり、『夜光(やこう)(そう)』を起因(きいん)とした自殺(じさつ)凶悪(きょうあく)犯罪(はんざい)夜光(やこう)(そう)を植える土地や水源(すいげん)などを(めぐ)り、局地的(きょくちてき)内紛(ないふん)状態(じょうたい)となった地域(ちいき)や、詐欺などが横行し、一時はその価値(かち)(きん)以上(いじょう)であった事もあった(ほど)で、国は(ひど)(みだ)れた。

 その(ため)現在(げんざい)のエレンツ帝国(ていこく)では、国の許可(きょか)なく栽培(さいばい)する事は勿論(もちろん)、個人の譲渡(じょうと)や使用、国内に持ち込む事は(きん)じられ、違反者(いはんしゃ)には(きび)しい罰則(ばっそく)(あた)えられる様になっている。

 今回、この花も、美しい見た目に(だま)され、鑑賞用(かんしょうよう)として持ち込まれたのだろうが、何かの形で(しつ)の良い白粉(おしろい)にもなると(わか)った途端(とたん)、美に対して人一倍(ひといちばい)貪欲(とんよく)王宮(おうきゅう)の女性たちが、その危険(きけん)性を知らずに喰い付いた結果(けっか)原因(げんいん)不明(ふめい)の病が流行(りゅうこう)する事態(じたい)(おちい)っているのだろう。

(だれ)がコレを持ち込んだか調べるのは後にしてでも、次の満月(まんげつ)の夜までに花を駆除(くじょ)した方が良い」

ロナードは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、セネト等に(うった)える。

「わ、分かった。 直ぐに駆除(くじょ)に当たらせよう」

セネトは表情を引き()らせつつも、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう答えた。

「あと、この花の実を使った白粉(おしろい)を使っている者がいないかも、調べた方が良い」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で言うと、

後宮(こうきゅう)()れを出すよう、掛け合ってみよう」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう返した。


 その五日後……。

『後で話を聞いて、ゾッとしたわ。 まさか、お母様まであの妖光(ようこう)()所為(せい)で、床に()せっていたなんて……』

青い顔をしながら、ルチルはそう(つぶや)く。

 彼女の母親は、花が好きな事が(わざわ)いし、妖光(ようこう)()危険(きけん)性を知らず、その美しさに心を(うば)われ、親しくしていた(そく)()(たの)んで(ゆず)り受け、(いく)つか鉢植(はちう)えにして部屋に(かざ)っていたそうだ。

その所為(せい)満月(まんげつ)の夜に毎回、花から放たれる大量の瘴気(しょうき)を知らぬ内に吸込(すいこ)んでしまい、体調(たいちょう)(くず)していたのだ。

 (ほか)の者も(ほとん)どが、ルチルの母の様に鉢植(はちう)えにして部屋に妖光(ようこう)()(かざ)っていたり、部屋の(まど)の近くに妖光(ようこう)()が生えているとも知らず、(まど)を開け放っていた事が原因(げんいん)体調(たいちょう)不良(ふりょう)あった。

 中には、ロナードが危惧(きぐ)した通り、白粉(おしろい)にして使っていた侍女(じじょ)もかなりおり、最も深刻(しんこく)状態(じょうたい)であった第一側(だいいちそく)()は、侍女(じじょ)から白粉(おしろい)(ゆず)り受けて使っていただけでなく、部屋の周囲(しゅうい)に美しいからと、妖光(ようこう)()を大量に()えていた。

 妖光(ようこう)()何時(いつ)(ごろ)から植えられる様になったのか、大体の時期(じき)は分かったものの、(だれ)がそれを持ち込んだのかまでは突き止める事が出来(でき)なかった。

 ただ、セネトの大方の予想(よそう)(どお)り、何処(どこ)からか、妖光(ようこう)()高級白粉(おしろい)になる事を知った侍女(じじょ)たちの手によって、短期間で爆発的(ばくはつてき)生育(せいいく)場所(ばしょ)が広がって行った事は明らかになった。

『何と言うか……美しさを求める女たちの執念(しゅうねん)垣間見(かいまみ)た様な感じだな……』

セネトは、ゲンナリした表情を浮かべつつ、そう呟いた。

『そうね。 何時(いつ)までも()く美しく見られたいと思うのは、(だれ)もが(いだ)いている女の(さが)だものね』

ルチルも、軽く溜息(ためいき)を付くと苦笑(にがわら)()じりに言った。

『ロナード様の助言(じょげん)のお(かげ)で、王宮(おうきゅう)周囲(しゅうい)無尽蔵(むじんぞう)に生えていた分は、満月(まんげつ)の夜を迎える前に全て排除(はいじょ)する事が出来(でき)ました。 ただ、薬になるらしいので、今後は宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちや宮廷(きゅうてい)()たちが所有(しょゆう)している薬草(やくそう)(えん)厳重(げんじゅう)管理(かんり)される事になるそうです。 それ以外の場所で自生(じせい)している物は発見し次第(しだい)駆除(くじょ)する事が正式に決定しました』

ギベオンは手元(てもと)報告(ほうこく)(しょ)を見ながら、淡々とした口調(くちょう)でセネト()報告(ほうこく)をする。

『そうか』

セネトは、フーッと軽く息を付いてそう言うと、腰掛(こしか)けていた一人掛けのソファーの()(もた)れに身を預ける。

『近く議会(ぎかい)でも正式に、国内への妖光(ようこう)()の種子や(なえ)の持ち込みの制限(せいげん)栽培(さいばい)禁止(きんし)国営(こくえい)薬草(やそう)(えん)以外にある物は全て駆除(くじょ)をするという内容のモノが、可決(かけつ)する様です』

ギベオンは、書類(しょるい)に目を通しながら、淡々とした口調(くちょう)で続ける。

『それが良い。 素人(しろうと)管理(かんり)しきれる物では無い様だからな』

セネトは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら答えた。

『ホント、美しい花には何とやら……って良く言ったものね』

ルチルは肩を(すく)め、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

同感(どうかん)だ』

ギベオンは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)きつつ、そう返してから、再び書類(しょるい)に目を向け、

追加(ついか)調査(ちょうさ)で分かった事ですが、どうやら、クラレス公国がルオン王国を経由(けいゆ)して、妖光(ようこう)()積極的(せっきょくてき)に国外へ輸出(ゆしゅつ)している様です』

淡々とした口調(くちょう)で、報告(ほうこく)を続ける。

(どく)(はな)と知っていてか?』

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、ギベオンに問い掛ける。

末端(まったん)の者は分かりませんが、取り仕切っている者が、その危険(きけん)性を知らないとは思えません』

ギベオンは、淡々とした口調(くちょう)で答える。

夜光(やこう)(そう)密売(みつばい)と言い、奴隷(どれい)売買(ばいばい)と言い……。 最近のクラレス公国やルオン王国は本当に物騒(ぶっそう)ね』

ルチルは溜息(ためいき)を付いてから、ゲンナリとした表情を浮かべ、(つぶや)く。

『ベオルフ宰相(さいしょう)が長く、実権(じっけん)(にぎ)っていた弊害(へいがい)でしょう。 宰相(さいしょう)になる以前(いぜん)から黒い(うわさ)()えぬ人でしたからね。 ある(すじ)の話では、以前(いぜん)から領内(りょうない)税金(ぜいきん)を納められぬ者に、役人(やくにん)が国外への出稼(でかせ)ぎと言う名目(めいもく)身売(みう)り話を持ち掛け、それを宰相(さいしょう)(もく)(にん)しているのでは……とも言われています』

ギベオンは、これと言った表情を浮かべる事も無く、事務的な口調(くちょう)で語る。

領民(りょうみん)奴隷(どれい)として国外に売るなど、末期(まっき)症状(しょうじょう)だな』

セネトは、(あき)れた表情を浮かべながら言った後、やり切れないと言った様子(ようす)特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いた。

『逃げて来て正解(せいかい)だったんじゃない? ロナード』

ルチルはふと、自分の脳裏(のうり)にロナードの顔が浮かんだので、(おもむろ)にそう言った。

 普段(ふだん)は男性に対しては、なかなか辛辣(しんらつ)見解(けんかい)をする方なのだが、流石(さすが)に自分の母を助けてくれた相手(あいて)を悪く言う(ほど)根性(こんじょう)()じ曲がってはいない様だ。

『自分もそう思います。 ランティアナでは以前(いぜん)にも増して、イシュタル教会が(はば)()かせているとも聞きますし、今のルオンの状況(じょうきょう)を見る(かぎ)り、戻った所で……と言う感は(いな)めません』

ギベオンは、神妙(しんみょう)な表情を浮かべ、重々しい口調(くちょう)で語る。

『ルオンで、帰りを待って居るオルゲンは将軍(しょうぐん)には悪いが、二人はこのまま、帝国(ていこく)に居た方が良いかも知れないな……』

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら言う。

将軍(しょうぐん)(むか)えを(おく)ってはどう?』

ルチルが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

『大きな後ろ(だて)も無く、まだ()いカタリナ王女が、退役(たいえき)したとは言え、人望(じんぼう)の厚いオルゲン将軍(しょうぐん)手放(てばな)すとは考えにくい』

セネトは、溜息(ためいき)()じりにそう返す。

『だったら、二人の映像(えいぞう)を収めた()道具(どうぐ)を、定期的(ていきてき)に送ってあげる事くらいしか、(わたし)たちが出来(でき)る事は無いわね』

ルチルは、気の毒そうな表情を浮かべながら言うと、ギベオンも複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら(うなず)き返す。

『気の(どく)な事をした』

セネトは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら言うと、

『あの二人が、祖父(そふ)とは今生(こんじょう)の別れになるかも知れないと、分からないとも思えないわ』

ルチルが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

最悪(さいあく)事態(じたい)想定(そうてい)して、覚悟(かくご)を持って此方(こちら)へ来られた(はず)です』

ギベオンも真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

『そうだな……』

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら(つぶや)く。


(なる)(ほど)ね。 そんな事が……」

二人掛けのソファーにゆったりと座り、紅茶を優雅(ゆうが)に飲んでから、カメリアはそう(つぶや)いた。

結局(けっきょく)妖光(ようこう)()を持ち込んだ者が(だれ)なのかまでは、突き止める事が出来(でき)なかったらしい」

シリウスは、淡々とした口調(くちょう)でそう言うと、手にしていたティカップに()がれている紅茶を(すす)る。

貴方(あなた)(わたくし)を態々、邸宅(ていたく)に呼び付けたのは、その花を持ち込んだ者か、()しくは、そうなる様に仕向(しむ)けた者を調べ欲しいって事ね?」

カメリアは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、

「話が早くて助かる」

シリウスは、淡々とした口調(くちょう)で言う。

対価(たいか)次第(しだい)ね。 (あぶ)ない橋を(わた)るのだから、それ相応(そうおう)のもので無ければ引き受けないわよ」

カメリアは、意地(いじ)の悪い笑みを浮かべながら、テーブルを挟んで向かいのソファーに座っているシリウスに言う。

「ならば、何を対価(たいか)に差し出せば、引き受けてくれる?」

シリウスは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで問い掛けると、

「そうねぇ……。 少しばかり、アルスワット公爵(こうしゃく)(りょう)鉱山(こうざん)から取れる()(せき)を、融通(ゆうずう)してくれないか、掛け合ってくれないしら?」

カメリアは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべたまま、シリウスにそう提案(ていあん)した。

「まあ……掛け合う程度(ていど)なら……。 ただ、お前が期待(きたい)する返事を(もら)えるかは、保証(ほしょう)出来(でき)ないが」

シリウスは、少し考えてからそう返した。

(かま)わないわ。 公爵(こうしゃく)(さま)交渉(こうしょう)の席に着いてくれさえすれば」

カメリアは、ニッコリと笑みを浮かべながら言うと、

相変(あいか)わらず、食えない女だ」

シリウスは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

「あら。 それは()めてくれているのかしら?」

カメリアは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、シリウスに問い掛ける。

「さあ。 どうだろうな」

シリウスは肩を(すく)めながら、淡々とした口調(くちょう)で答えた。

「ところで、ロナードとはまだ一緒(いっしょ)に住んで居ないの? ここに来れば会えると思ったのに」

カメリアは、帝都(ていと)に来て一週間も()つと言うのに、この場にロナードの姿が無い事を不思議(ふしぎ)に思い、シリウスに問い掛けた。

「ああ。 法的(ほうてき)手続(てつづ)きは済んだが、寺院(じいん)が色々と五月蠅(うるさ)くてな」

シリウスは、少し困った様な表情を浮かべながら言う。

無理(むり)も無いでしょうね。 十年近く前の、しかも幼い頃の話とは言えども、イシュタル教会に所属(しょぞく)していた彼を、寺院(じいん)警戒(けいかい)しない方が可笑(おか)しな話だわ」

カメリアは肩を(すく)めながら、落ち着いた口調(くちょう)でそう指摘(してき)する。

建前(たてまえ)はそうだろうが、本音(ほんね)としては、希少(きしょう)召喚師(しょうかんし)であるアイツを、自分たちの監視下(かんしか)に置きたいと言ったところだろう」

シリウスは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、淡々たとした口調(くちょう)で返す。

「そう言う事……」

カメリアは、その話を聞いて思わず、そう(つぶや)く。

(だれ)かが寺院(じいん)に、ロナードの事を教えた様だ」

シリウスは、ゲンナリした表情を浮かべながら言うと、

「『(わたくし)が』とは、言わないのね?」

カメリアは、意地(いじ)の悪い笑みを浮かべながら、シリウスに言うと、

「お前は、自分が気に入っている相手(あいて)を困らせる様な真似(まね)はせんだろう? それに、そんな事をして一体、お前に何の得があると言うんだ?」

シリウスは、落ち着き払った口調(くちょう)でカメリアに言う。

信者(しんじゃ)からのお布施(ふせ)を自分の(ふところ)に入れて、私腹(しふく)()やしている老子(ろうし)たちに(おん)を売って、自分が(あつか)貴金属(ききんぞく)何処(どこ)よりも優先的(ゆうせんてき)に、買って(もら)おうって(たくら)んで居たとしたら?」

カメリアは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべたまま、シリウスにそう返すと、

馬鹿(ばか)馬鹿(ばか)しい。 (たと)え、お前が自身の言う通りの事を(たくら)んで居たとして、態々それを(わたし)に話すなど、どうかしている」

シリウスは、軽く溜息(ためいき)を付き、肩を(すく)めながらそう答えた。

「ふふふ。 確かに」

カメリアは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべたまま、言った。

(まった)く。 面倒(めんどう)な事をしてくれたものだ」

シリウスは、迷惑(めいわく)この上ないと言うった顔をして、ぼやいた。

「どうにかして、ロナードから興味(きょうみ)()らす様にしないといけないわね」

カメリアは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言う。

「アイツ()如何(いか)(ねん)(ちゃく)(しつ)なのかは、お前も良く知っているだろう?」

シリウスは、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付くと、ゲンナリした表情を浮かべて言う。

「そう言う、どうでも良い事に熱心にならないで、もっと有益(ゆうえき)な事にその情熱(じょうねつ)を向けて()しいと、(わたくし)も常々思って居る所よ」

カメリアは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

「サリアが、色んな方面(ほうめん)から根回(ねまわ)しを(こころ)みている最中(さいちゅう)だが、()たしてどれだけの者が、味方(みかた)になってくれるか……」

シリウスは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、重々しい口調(くちょう)で言う。

「だったら(なお)の事、セレンディーネ様との婚約式(こんやくしき)を早くする事ね。 皇族(こうぞく)婚約者(こんやくしゃ)となれば、寺院(じいん)迂闊(うかつ)には手を出せなくなるでしょうから」

カメリアが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

結局(けっきょく)、それしかないか……」

シリウスは、溜息(ためいき)を付いてから、(ひたい)片手(かたて)を添え、不本意(ふほんい)そうに言った。

「今、(わたくし)が思い付く事の中で、(もっと)有効(ゆうこう)的な手段だと思うわ」

カメリアは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、シリウスに言った。

「セネトの負担(ふたん)にならなければ良いが……」

シリウスは、心配そうに言うと、

「お(たが)いの利害(りがい)一致(いっち)しているし、あの二人、お似合(にあ)いだと(わたくし)は思うわよ」

カメリアは、ニッコリと笑みを浮かべながら言う。

「そう思うのなら、手を()してやってくれ」

シリウスは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、あまり気乗(きの)りしない様子(ようす)で言う。

「あなた今、自分がどんな顔をしているのか、分かって居て言っているの? 可愛(かわい)がって来た娘を、良く知りもしない()(ぞう)に取られた父親みたいな顔をしているわよ」

カメリアは、可笑(おか)しそうに笑いながら言うと、

「何だ。 その意味(いみ)不明(ふめい)(たと)えは」

シリウスは、面白(おもしろ)く無さそうに言う。

()(かく)、言っている内容と、表情との間に大きな乖離(かいり)があるって事よ」

カメリアは、可笑(おか)しそうにクスクスと笑いながら言う。

「カルセドニには、とても(ひど)い顔をしていると言われた」

シリウスは、ゲンナリとした表情を浮かべながら言うと、

「そうね」

カメリアは、笑いながら返してから、

「実は明日、婚約式(こんやくしき)に着るドレスに会うお(かざ)りの打ち合わせをする(ため)に、セレンディーネ様とお会いするの。 そのついでに、貴方(あなた)可愛(かわい)い弟にも会おうかしら。 (いく)(はく)(しゃく)でも、許可(きょか)も無しに王宮(おうきゅう)には上がれないでしょうからね」

カメリアが、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながらシリウスに言うと、

「だったら一つ、(たの)まれてくれるか?」

シリウスが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで問い掛けると、

「お安い御用(ごよう)よ」

カメリアはニッコリと笑みを浮かべ、そう答えた。


「ふむ……寺院(じいん)か……」

婚約式(こんやくしき)衣装(いしょう)()わせを終え、ドレスに合わせるお(かざ)りの打ち合わせと(しょう)し、ルチルとギベオン、婚約者(こんやくしゃ)となるロナード、そして商談(しょうだん)相手(あいて)であるカメリアを残し、侍女(じじょ)兵士(へいし)たちを部屋から閉め出すと、カメリアの報告(ほうこく)を受けたセネトが、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「ロナードの力の事を知れば、寺院(じいん)が放ってはおかないだろうとは思っていたけれど……。 こんなに早く知られるなんて、一体(いったい)(だれ)が、寺院(じいん)の者にロナードの事を話したのかしら?」

ルチルは、神妙(しんみょう)な表情を浮かべながら、そう呟く。

流石(さすが)(わたくし)も、仕事の間に愛人たちが、何処(どこ)(だれ)と合っているかまでは、把握出来(でき)ないわ。 もし、あの子達の内の誰かが、うっかり貴方(あなた)の事を寺院(じいん)の関係者に話して居たら、御免(ごめん)なさい」

カメリアは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、重々しい口調(くちょう)でロナードに言うと、

「人の口には戸は立られないからな。 それに秘密(ひみつ)と言うのは、(いず)れは知られる事だ。 何より、カメリアの愛人たちが(しゃべ)ったとも(かぎ)らない。 だから気にしないでくれ」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべているカメリアに、(やさ)しい口調(くちょう)で言う。

「ロナードの言う通りだ。 もしかすると、サリアに同行(どうこう)していた魔術師(まじゅつし)たちかも知れないし、(ぼく)たちが予想(よそう)もしない者の仕業(しわざ)かも知れない。 だから、そんなに自分を()めるな」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)でカメリアに言うと、彼女は沈痛(ちんつう)な表情を浮かべたまま、(うなず)き返す。

「これ以上、(いや)事態(じたい)にならない様にするには、やっぱり、二人の婚約式(こんやくしき)を早くする事ね」

ルチルが、ニヤニヤと笑みを浮かべ、声を(はず)ませながら言うと、

「だから何でお前が、そんなにノリノリなんだ?」

セネトが、帝都(ていと)(もど)ってから、二人の婚約式(こんやくしき)を早くさせようとしているルチルに、不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべながら言う。

「だって、貴方(あなた)婚約(こんやく)をすれば、(わたし)も何の気兼(きが)ねも無く、(おとこ)(あさ)りが出来(でき)るでしょ?」

ルチルが、嬉しそうにそう言うと、

「……(あさ)る男が居ればの話だが」

ギベオンがボソリとそう言うと、近くでそれを聞いたロナードが思わず、苦笑(にがわら)いを浮かべる。

「何も、(ぼく)に気を(つか)必要(ひつよう)など無いのに……」

セネトは、軽く溜息(ためいき)を付くと、(ひたい)片手(かたて)()えながら、ルチルにそう言った。

殿下(でんか)。 ルチルの言う事を()に受けないで下さい。 コイツは今まで、(おや)親戚(しんせき)から山の様に、見合いの写真を送り付けられていたと言うのに、こんな年になるまで高望(たかのぞ)みばかりして、見向きもして来なかったのですから、周囲(しゅうい)から(あきら)められるのも当然(とうぜん)です」

ギベオンは、淡々とした口調(くちょう)でセネトに言うと、

「っさいわね! そう言うアンタはどうなのよ?」

ルチルはムッとした表情を浮かべ、口を尖らせながら言い返す。

「自分は独身(どくしん)主義(しゅぎ)だ。 生涯(しょうがい)結婚(けっこん)をする気はない」

ギベオンは、淡々とした口調(くちょう)で言った。

「だったら一層(いっそう)の事、お二人がご結婚されては如何(いか)?」

カメリアが、意地(いじ)の悪い笑みを浮かべながら、ルチルとギベオンに言うと、二人はほんの一瞬(いっしゅん)(たが)いの顔を見合わせてから、

「有り得ないわ」

「有り得ませんね」

同時(どうじ)に、そう返した。

 全く同じ反応(はんのう)をする二人に、セネトは可笑(おか)しくなって思わず吹き出し、声を上げて笑い、ロナードとカメリアは苦笑(にがわら)いを浮かべる。

「まあ何にせよ、寺院(じいん)の動向には十分に注意する事ね」

カメリアは苦笑(にがわら)いを浮かべたまま、セネトたちにそう忠告(ちゅうこく)する。

「分かった」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返す。

「まだ(しばら)くは、帝都(ていと)に居る予定(よてい)だから、何か情報(じょうほう)(つか)んだら連絡(れんらく)するわ」

カメリアはそう言うと、(おもむろ)にソファーから立ち上がる。

『では殿下(でんか)。 これにて失礼(しつれい)(いた)します』

カメリアはニッコリと笑みを浮かべ、そう言と、その声を聞いて部屋の扉が開かれる。

婚約(こんやく)指輪(ゆびわ)は次回、お持ち(いた)します』

カメリアは、愛想(あいそう)()く笑みを浮かべながらセネトに言うと、ペコリと頭を下げて立ち去って行った。

 こうして、セレンディーネ皇女(こうじょ)が近く、自分が異国(いこく)から連れ帰った青年と婚約(こんやく)すると言う話が、その時に居合(いあ)わせた侍女(じじょ)兵士(へいし)たちを発生源(はっせいげん)に、(またた)く間に王宮(おうきゅう)(ない)に広がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ