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DRAGON SEED 2  作者: みーやん
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欲望に塗れた島


主な登場人物


ロナード(ユリアス)…召喚術(しょうかんじゅつ)と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を()が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠(ししょう)に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを()(ため)、エレンツ帝国(ていこく)を目指している。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な美青年。 十七歳。


セネト…エレンツ帝国(ていこく)皇子(おうじ)。 とある事情(じじょう)から(のが)れる(ため)、シリウスたちと行動(こうどう)を共にしている。 補助(ほじょ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)とする魔術(まじゅつ)()。 フワリとした癖のある黒髪(くろかみ)に琥珀色の大きな(ひとみ)特徴的(とくちょうてき)可愛(かわい)らしい少年。


シリウス…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在(じざい)(あやつ)る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手(あいて)魔術(まじゅつ)の使用を(ふう)じる、特殊(とくしゅ)(ひとみ)を持っている。 長めの金髪(きんぱつ)に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫(びじょうぶ)。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒(あいぼう)鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人(りょうよくじん)。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)薬草学(やくそうがく)得意(とくい)としている。 白銀(はくぎん)長髪(ちょうはつ)と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔(えがお)を浮かべながらサラリと(どく)()く。


ティティス…セネトの(はら)(ちが)いの妹。 とても傲慢(ごうまん)自分勝手(じぶんかって)な性格。 家族内で立場の弱いセネトの事を見下(みくだ)している。 十七歳。


カメリア…トロイア王国に拠点(きょてん)(かま)える、宝石の採掘(さいくつ)加工(かこう)販売(はんばい)を手広く手掛ける、女性(じょせい)実業家(じつぎょうか)大富豪(だいふごう)。 トスカナの取引(とりひき)相手(あいて)。 三十歳


ルチル…帝国(ていこく)第三(だいさん)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)(つと)めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 今はティティスの護衛(ごえい)(にん)()いている。 二十歳(はたち)


ギベオン…セネト専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)。 温和(おんわ)生真面目(きまじめ)な性格の青年。 二十五歳。


ルフト…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアを母に持ち、魔術師(まじゅつし)の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟(いとこ)に当たる。 二十歳。


ナルル…サリアを(あるじ)とし、彼女とその家族を守っている『獅子族(シーズーぞく)』と人間の混血児(こんけつじ)。 とても社交的(しゃこうてき)な性格をしている。


「良かったの?」

ルチルは、廊下(ろうか)ですれ(ちが)いざまにギベオンにそう問い掛けた。

「何がだ?」

彼は足を止め、ルチルの方へ()り返りながら、落ち着いた口調(くちょう)で問い返す。

「セティの婚約者(こんやくしゃ)……貴方(あなた)でも良かったんじゃない?」

ルチルは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、ギベオンに言うと、彼の顔に一瞬(いっしゅん)だけ動揺(どうよう)の色が浮かんだ。

「何を馬鹿(ばか)な事を。 殿下(でんか)護衛(ごえい)騎士(きし)である自分では、色々と問題があるだろう」

ギベオンは落ち着き払った口調(くちょう)で言い返す。

「……そう言う事にしておくわ」

ルチルは一瞬(いっしゅん)、別の事を言い掛けたが、それを飲み込んで、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い返すと、片手(かたて)をヒラヒラとさせ、(きびす)を返し、その場から立ち去る。

(馬鹿(ばか)ね。 アンタの幼馴染(おさななじみ)を何年していると思うのよ。 本気で、アンタの気持(きも)ちに(わたし)が気付いていないとでも思って居るの?)

ルチルはふと足を止め、自分に背を向けて遠ざかるギベオンを見ながら、心の中で(つぶや)くと、とてもやるせない気持(きも)ちになった。

 父親が親友(しんゆう)同士(どうし)という関係であったルチルとギベオンは、ルチルが物心(ものごころ)がついた(ころ)にはお(たが)いの事を知っていた。

 自分よりも五つ年上のギベオンは、ルチルにとって(たよ)りになる、(やさ)しい兄の様な存在(そんざい)であった。

 ギベオンは周囲(しゅうい)からは、口数が少なく、あまり感情を表に出す事が無く、淡々としていて、不愛想(ぶあいそう)と思われがちだが、(おさな)(ころ)から彼を知っているルチルは、決してそうでは無いと言う事を知っている。

 そして、自分が(つか)えているセネトに、(ほの)かな想いを(いだ)いていると言う事も……。

 兄にも(ひと)しいギベオンと、妹も同然(どうぜん)のセネト。

 大好きな二人が結婚(けっこん)したら、どんなに素敵(すてき)な事だろうかと、ルチルは一時期(いちじき)は本気で思い、二人をくっ付けようとあれこれ画策(かくさく)した事もあるが、生真面目(きまじめ)なギベオンは、(あるじ)とその様な関係になる事を良しとはしなかったし、セネトもギベオンの気持(きも)ちに気付いていない様だった。

 それが分かった時、ルチルはとても複雑(ふくざつ)気持(きも)ちになった。

 しかし、セネトに婚約(こんやく)の話が()い込んだ(さい)、ギベオンは多少(たしょう)なりも動揺(どうよう)をしたであろうし、その時に自分のセネトへの気持(きも)ちを再確認(さいかくにん)した(はず)だ。

 それでもギベオンは、セネトの騎士(きし)であり続ける事の方を(えら)んだのだろう。

「……ホント、馬鹿(ばか)な男」

ルチルは、軽く溜息(ためいき)を付くと、ポツリとそう(つぶや)いた。


「はあああ……」

ソファーに座り、テーブルに(ひたい)が付きそうな(ほど)距離(きょり)で、両手で頭を(かか)えながら、セネトは特大(とくだい)溜息(ためいき)()らす。

「今日は一段(いちだん)と、大きな溜息(ためいき)ですね」

その様子(ようす)を見て、ハニエルは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、セネトに声を掛ける。

「このまま真っ直ぐ、本国に帰れるとは思って居なかったが、冗談(じょうだん)()きでそうなった」

セネトは、ゲンナリした表情を浮かべながら言う。

「お兄様から何か?」

ハニエルはそう言いながら、ティポットに乾燥(かんそう)させた紅茶(こうちゃ)の葉を入れる。

「ここから西に、元々は帝国(ていこく)海軍(かいぐん)補給(ほきゅう)基地(きち)だった島があるんだが……。 その島に駐屯(ちゅうとん)している軍の高官(こうかん)たちがどうも、キナ(くさ)いらしい」

セネトは、ゲンナリとした表情を浮かべたまま、ハニエルに語る。

横領(おうりょう)とかですか?」

ハニエルはそう言いながら、自分が注いだ紅茶(こうちゃ)が入ったティカップを(おもむろ)に、セネトの前に置く。

「どうも、海賊(かいぞく)たちが(おそ)った船から誘拐(ゆうかい)した(おんな)子供(こども)や、海賊(かいぞく)たちから没収(ぼっしゅう)した金品(きんぴん)美術品(びじゅつひん)などの売買(ばいばい)(ひそ)かに、その島で行われているらしく、それを(うら)で取り仕切(しき)っているのが、今の司令官(しれいかん)(ふく)めた軍の高官(こうかん)らしい。 それも、ここ二、三年の話ではなく、今の司令官(しれいかん)現職(げんしょく)()以前(いぜん)から行われていた可能性(かのうせい)が高いらしい」

セネトは、ゲンナリとした表情を浮かべ、(ひたい)片手(かたて)()え、(なや)ましそうに語る。

帝国(ていこく)本土(ほんど)から(はな)れ、外部(がいぶ)からの監視(かんし)(ゆる)ければ、そう言う事を思い付く馬鹿(ばか)も居るだろうな」

二人掛(ふたりが)けのソファーの上に足を投げ出し、仰向(あおむ)けになって(くつろ)いでいたシリウスは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言う。

「そう(やから)何処(どこ)にでも(いっ)定数(ていすう)は居る。 そう言った(やから)(すべ)把握(はあく)するのは正直(しょうじき)(むずか)しいだう」

ベッドの上で身を起こし、()導書(どうしょ)を読んでいたロナードもそう言った。

「だからって、見過(みすご)す訳にもいかないだろ? 発見(はっけん)次第(しだい)(つぶ)(ほか)ない」

セネトは、ムッとした表情を浮かべ、口を(とが)らせて言い返す。

「で、それをお前がして来いと?」

シリウスは、物凄(ものすご)他人(たにん)ごとの様に言う。

婚約(こんやく)(しき)から逃げ出しただけでなく、父上たちには連絡(れんらく)寄越(よこ)さずに何カ月も放蕩(ほうとう)していた手前(てまえ)、何か手柄(てがら)になる様な事を持って帰った方が良いだろうと、兄上が気を利かせて、この情報(じょうほう)を持って来たくれたと言う訳だ。 (ほか)の兄弟がやりたがらないので、父上も困っておいでの様だ」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、そう説明する。

「つまり、(もっと)もらしい理由を付けて、面倒臭(めんどうくさ)い仕事を()られたと言う訳か」

シリウスは、ゆっくりと身を起こしながら、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言う。

「そんなストレートに言わなくても……」

ハニエルが苦笑(にがわら)いを浮かべながら、シリウスに言い返す。

厄介事(やっかいごと)片付(かたづ)けて帰れば、皇帝(こうてい)も、婚約(こんやく)(しき)をボイコットした事を、強く()める事が出来(でき)なくなるだろうから、引き受けるのが無難(ぶなん)だろう」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、ハニエルもうんうんと(うなず)いている。

「まあ、今から本土(ほんど)から人を派遣(はけん)するよりも、(ぼく)たちの方がその島には近いからな。 帰って来るついでにといった感じだ」

セネトは肩を(すく)め、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

「セネトが(こと)われないと分かっていて、その仕事を()るなんて、カルセドニ殿下(でんか)随分(ずいぶん)意地悪(いじわる)ですね」

ハニエルは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、少し気の毒そうに言うと、

「はははは……」

セネトは苦笑(にがわら)いを浮かべ、(かわ)いた(わら)い声を()らす。


 それから数日後、ロナード達は目的(もくてき)の島に無事(ぶじ)(とう)(ちゃく)した。

「大きなトラブルも無く、ここまで来る事が出来(でき)て何よりだわ」

カメリアは、安堵(あんど)の表情を浮かべながら言った。

「うえええっ……」

下船(げせん)した途端(とたん)、ルチルは青い顔をして思わず、船体(せんたい)(かく)れる様にして、身を(かが)めると海の上に豪快(ごうかい)に胃の内容物(ないようぶつ)をぶち()けた。

 と言っても、このところ(ひど)船酔(ふなよ)いで、水分以外は(ほとん)ど取る事が出来(でき)ず、中身は無いに(ひと)しかったが……。

 昨日(きのう)からは特に波が高かった(ため)、ルチル以外にも、ロナードやルフト、セネトも船酔(ふなよ)いに(なや)まされていたが、ハニエルが作った()い止めを飲み、ゆっくり体を休めた事もあり、三人はかなり回復(かいふく)していた。

「この島の市場(いちば)()い止めの(くすり)となる薬草(やくそう)を、(あつか)っていれば()いのですが……」

(りく)に上がっても調子(ちょうし)の悪そうなルチルを見て、ハニエルは心配そうな表情を浮かべながら(つぶや)いた。

()(かく)貴方(あなた)たちは何処(どこ)宿(やど)を取って、ルチル様を休ませて頂戴(ちょうだい)。 ()まっていても船の上は()れるから、その方が良いでしょう」

カメリアが落ち着き払った口調(くちょう)で、ロナード達に言った。

「カメリア。 帝国(ていこく)本土(ほんど)までは船であと何日(なんにち)(かか)るんだ?」

ロナードは、ルチルの様子(ようす)を気に掛けながら、(おもむろ)にカメリアに問い掛ける。

最低(さいてい)でも、あと一カ月弱(いっかげつじゃく)と言った所かしら。 途中(とちゅう)食料(しょくりょう)や水の補給(ほきゅう)(ため)に、まだ何度かこの様な場所に立ち寄る事になると思うわ」

カメリアは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で答える。

一カ月弱(いっかげつじゃく)か……。 流石(さすが)昨日(きのう)()れはキツかったな……。 まだ(しばら)くはハニエルの()い止めの世話(せわ)になりそうだ)

ロナードは、ゲンナリした表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた。

「まあ何の問題も無く、この島に上陸(じょうりく)する事は出来(でき)たから良しとしよう。 あとは手筈(てはず)(どお)(たの)むぞ」

セネトは、両腕(りょううで)を自分の(むね)の前に組み、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でロナード達に言った。

「今日、決行(けっこう)するのか? 少しルチルの様子(ようす)を見てからでも……」

ロナードはルチルを見ながら、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、セネトに言った。

(ぼく)は、ルチルよりもお前の方が心配だが」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでロナードに言い返すと、

「どう見ても今、危機的(ききてき)状況(じょうきょう)にあるのはルチルだろ?」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

「セネトの言う通りだ。 ハニエルの(じゅつ)怪我(けが)(なお)ったとは言え無理(むり)はするな。 それに教会(きょうかい)連中(れんちゅう)何処(どこ)(ひそ)んでいるか分からない。 間違(まちが)っても一人で行動(こうどう)するな。 (かなら)(だれ)かと一緒(いっしょ)に居ろ」

シリウスが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでロナードに言ってから、

作戦(さくせん)決行(けっこう)最悪(さいあく)(わたし)とハニエルだけでも何とかなる。 無理(むり)にルチルを参加(さんか)させる必要(ひつよう)は無いだろう」

シリウスは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でセネトに言うと、

決行(けっこう)までには時間がある。 その時の様子(ようす)を見て決める」

彼女は、落ち着き払った口調(くちょう)でシリウスに言い返した。

「ここに居る連中(れんちゅう)より、教会(きょうかい)が追って来ないかが気になる所ね」

カメリアが、海の方へと目を向けながら言うと、ロナードは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべる。

「まあ、()れないのなら、(ぼく)何処(どこ)でも(かま)わない」

ルフトは、どうでも良さそうな口調(くちょう)で言う。

「お前まで(ぼく)都合(つごう)に付き合わせて、()まないな」

セネトが申し訳なさそうに、ルフトに言うと、

「とんでもない! (ほか)ならぬ、皇女(こうじょ)殿下(でんか)(たの)みとあれば(よろこ)んで」

彼は、先程(さきほど)までの不愛想(ぶあいそう)態度(たいど)何処(どこ)へやら……片手(かたて)を自分の胸元(むなもと)()え、愛想(あいそう)()()みを浮かべ、そう答える。

「……使い物になれば良いが」

シリウスがボソリと言うと、ルフトは思わず彼を(にら)み付ける。

「と、()(かく)一旦(いったん)ここで解散(かいさん)にしましょ? 必要(ひつよう)な物を買ったり、この島を見て回りたい人もいるでしょうし」

カメリアは、シリウスとルフトの間に、不穏(ふおん)な空気が(ただよ)い始めたのを感じ取ると、二人の間に()って入り、パチンと自分の手を合わせて(たた)き、ニッコリと笑みを浮かべながら一同(いちどう)に言った。

「そうですね。 船酔(ふなよ)いを止める(くすり)材料(ざいりょう)(そろ)えておきたいですし。 行きましょうか。 シリウス」

ハニエルはそう言って、カメリアの意見に同調(どうちょう)し、ルフトとの間に険悪(けんあく)な空気を(ただよ)わせているシリウスに声を掛ける。

(おく)れるなよ」

市場(いちば)へ向かうハニエルに同行(どうこう)するシリウスは、()(ぎわ)にルフトにそう言うと、

「お前の方こそ」

ルフトは、五月蠅(うるさ)そうな顔をしながら、強い口調(くちょう)で言い返す。

(何で仲良(なかよ)出来(でき)ないんだ。 あの二人)

そんな様子(ようす)をロナードが苦笑(にがわら)いを浮かべながら、心の中で(つぶや)いでいる側で、

「アイツ()、顔を合わせる(たび)に、嫌味(いやみ)しか言い合わないのは、どうにかならないのか……」

同じ事を思ったセネトが、ゲンナリとした表情を浮かべ、片手(かたて)(ひたい)()え、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付きながら(つぶや)く。

「まあ、ロナードにまで()み付かないだけマシですわよ」

ナルルを()れて、周囲(しゅうい)を見に行ったルフトを見ながら、カメリアは苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

流石(さすが)に、二対一では()ち目が無いと、分かっているんだろう」

セネトも、苦笑(にがわら)いを浮かべながらそう指摘(してき)すると、

(おれ)は、ルフトとは(ほとん)ど、口を利いた事がないけどな」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

「ほら。 行くぞ」

(ひど)船酔(ふなよ)いに(さいな)まれ、桟橋(さんばし)(はし)(うずくま)っていたルチルの背中を(さす)りながら、ギベオンがそう声を掛ける。

「ちょっとギベオン。 背負(せお)って行ってくれない?」

ゲッソリとして、真っ青な顔のルチルは、座り込んだまま力なく、ギベオンに言うと、

(ことわ)る。 背中に()かれたら最悪(さいあく)だ」

彼は、非情(ひじょう)にもそう即答(そくとう)した。

「ひどっ……」

ルチルは、ムッとした表情を浮かべながら言い返す。

一層(いっそう)の事、ここに永住(えいじゅう)したらどうだ? そうすれば、もう船で移動(いどう)しなくて()むぞ」

セネトが意地悪(いじわる)く、ルチルに言うと、

冗談(じょうだん)じゃないわよ! (だれ)がこんな何もない所に! 帝都(ていと)へ帰るに決まってるでしょ!」

ルチルは物凄(ものすご)(いや)そうな表情を浮かべ、強い口調(くちょう)で言い返す。

(まった)く……」

ギベオンがそう言うと、(おもむろ)に身を(かが)め、ルチルを片腕(かたうで)でヒョイと(かか)え上げる。

「へ?」

ルチルは目を点にして、間抜(まぬ)けな声を上げていると、何を思ったのか、ギベオンはそのまま、ルチルを自分の肩の上に(かつ)ぎ上げ、スタスタと歩き出した。

「アンタ馬鹿(ばか)なの? そんなの余計(よけい)気持(きも)ち悪くなるでしょ!」

ギベオンの肩に(かつ)がれたまま、ルチルは激怒(げきど)して、思わずそう叫んだ。

()いたら、海に投げ捨てるからな」

ギベオンは、自分の肩の上でギャーギャー言っているルチルに対し、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い放った。

「ちょっと! 下ろしなさいよ!」

ルチルは相変(あいか)わらず、(おこ)って(わめ)()らしているが、ギベオンはお(かま)いなしに、(すず)しい顔をして彼女を宿屋(やどや)まで運ぶ。

(ほか)に運び方があるだろ……」

遠ざかっていく二人を見ながら、ロナードは呆気(あっけ)に取られつつ、そう(つぶや)いた。

「ギベオンの中でのルチルの(あつか)いは、あれで良いんだろ」

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードに返した。


 宿屋(やどや)到着(とうちゃく)してから、(しばら)くして……。

「困ったわね。 やっぱり(あらし)になりそうだわ」

入港(にゅうこう)手続(てつづ)きを済ませて来たカメリアは、困った様な表情を浮かべながら、部屋の中に居たロナード達に言う。

(あらし)なら、島から対象(たいしょう)逃亡(とうぼう)する心配はありませんが、(わたし)たちも()(うご)きが取れなくなりますね」

ハニエルは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら(つぶや)く。

「まあ、(わたくし)たちは(ねん)(ため)予定(よてい)の通りに船で、例の入り江の入口を(ふさ)いでおくわ」

カメリアは、落ち着いた口調(くちょう)で言う。

(たの)む。 予定(よてい)(どお)りであれば、この島で行われている、闇取引(やみとりひき)の客たちを乗せた船が、停泊(ていはく)している(はず)だ」

セネトは真剣(しんけん)な表情を浮かべ、カメリアに言うと、彼女は(うなず)き返す。

「それより、駐屯(ちゅうとん)(じょ)利用(りよう)を掛け合うと(おっしゃ)っておられましたが、そんなに上手くいくでしょうか?」

ルフトは、不安そうな表情を浮かべ言う。

(あらし)になれば、この近くにいる船は(すべ)てこの島へ来て、船に乗っている連中(れんちゅう)も島に上がって来るでしょう」

ギベオンは、落ち着き払った口調(くちょう)で言う。

「そうなれば、ここも人で(あふ)れかえる。 そんな大勢(おおぜい)の中で、皇族(こうぞく)である(ぼく)の安全を確保(かくほ)する事は(きび)しい。 それを引き合いに出して、施設(しせつ)の部屋を使わせろと(せま)れば、向こうも(いや)とは言えないだろう」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)で言う。

「そうですね。 それ相応(そうおう)の理由が無い限り、皇族(こうぞく)(たの)みを(ことわ)る事はしないでしょう。 断って、後で何かあった方が、彼らも困るでしょうからね」

ハニエルも落ち着き払った口調(くちょう)で言うと、

「金でも(にぎ)らせれば尚更(なおさら)、『(いや)』とは言わんだろう」

シリウスが、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言う。

(ぼく)(いそ)ぎ、ギベオンと共に駐屯(ちゅうとん)(ぐん)司令官(しれいかん)に掛け合って来る」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、ロナードたちは(うなず)き返すが、ルフトは不安そうな顔をして居る。

「そろそろ時間だが、ルチル。 行けそうか?」

シリウスは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、(おく)で休んで居たルチルに声を掛ける。

「問題ないわ」

ルチルは横たわっていたベッドから身を起こし、落ち着いた口調(くちょう)で答えた。

「よし。 では(みな)。 当初(とうしょ)計画(けいかく)(どお)りに準備(じゅんび)に取り掛かってくれ」

セネトは、部屋の中に居る面々(めんめん)を見回しながら、落ち着いた口調(くちょう)で言った。

「分かりました」

ハニエルは、落ち着いた口調(くちょう)でセネトに返す。

「ナルル。 何時(いつ)まで食べてるんだ?」

ルフトは、(あき)れた表情を浮かべ、自分の側に座って居るナルルにそう声を掛ける。

「このマンゴー美味(おい)しいけど、ルフト様も食べる?」

ナルルは、市場(いちば)で見付けたマンゴーを半分に切った物を両手に持ち、口からその(しずく)(したた)らせ、モサモサさ食べながら、まだ口を付けていない方をルフトに差し出しながら言った。

「食べ方……」

「……緊張感(きんちょうかん)のない子ね」

ナルルが後ろのテーブルの上を汚らしくマンゴーを食べ散らかしているのを見て、ロナードとルチルはドン引きして、思わず(つぶや)く。

 セネトたちのやり取りを聞いていなかったのか、こんな時でもマイペースなナルルに、もはや(みな)(しか)る気が()せてしまい、苦笑(にがわら)いを浮かべる(ほか)なかった。

「……ちゃんと、(わたし)たちの話を聞いていましたか? ナルル」

ハニエルが苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ナルルに問い掛けると、

「うん。 もうここを出るんでしょ?」

ナルルは、呑気(のんき)口調(くちょう)でそう言うと、口を付けていなかったマンゴーを豪快(ごうかい)に、大きく開けた自分の口の中に押し込んだ。

(ひと)()みって……)

(コイツの口の構造(こうぞう)、どうなってるんだ?)

ナルルが、半分に切ったマンゴーを(いっ)()みしてしまったのを見て、セネトとロナードは思わず顔を引き()らせ、心の中で(つぶや)く。

「ちょっと! 手を()きなさいよ! そんな手でどこでも(さわ)らないで!」

ナルルの手がマンゴーの(しる)でビチャビチャなのを見て、ルチルは思い切り眉を(しか)め、彼女に向かって強い口調(くちょう)で言った。

 ナルルは五月蠅(うるさ)そうな顔をしながら、見かねたハニエルが差し出したハンカチで手を()く。

「部屋中、とてもトロピカルな(かお)りがするわね……」

カメリアは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら(つぶや)く。

(ゆか)っ!」

ルチルは、かなり苛立(いらだ)った様な口調(くちょう)で、ナルルが椅子(いす)に座っていた床の上に、マンゴーの(しる)(したた)れているのを指差(ゆびさ)す。

「……行こうか」

ゲンナリした表情を浮かべつつ、セネトは同行(どうこう)するギベオンに声を掛けると、彼は(うなず)き返し、座っていたソファーから立ち上がる。

「ちょっと。 ホントに勘弁(かんべん)してよ……」

ルチルはブツブツと文句(もんく)を言いつつ、身を(かが)め、自分が持っていたハンカチでナルルの口などを(あら)っぽく(ぬぐ)う。

「って……。 ねぇ(わたし)たちの分は?」

ナルルの背後(はいご)にあるテーブルの上に、(いく)つか置いてあった(はず)のマンゴーが、種だけ残されている事に気付き、ルチルは(おもむろ)にナルルに問い掛ける。

「え? 全部食べちゃったゾ?」

ナルルは、キョトンとした表情を浮かべ、そう答えた。

「は? 冗談(じょうだん)でしょ? 後で食べるって、(わたし)、言ったわよね?」

ルチルは、テーブルの上に無残(むざん)に種だけになっているマンゴーを見ながら、愕然(がくぜん)とした顔をして(つぶや)く。

「そんな物、後で(いく)らでも買えば良いだろ」

シリウスが、ガックリと肩を落としているルチルに、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

「時間が()しいので、そろそろ行きますよ。 ルチルさん」

ハニエルは、ルチルに気の毒そうな視線(しせん)を向けつつ、彼女にそう声を掛けると、ルチルは肩を落としたまま、シュンとした表情を浮かべ、トボトボとシリウスの後に続いて部屋を後にする。

「あの短時間で、全部食べたのか……」

ロナードも、自分達が話し込んでいる間に、五つはあったであろうマンゴーが、見事(みごと)に種だけになっているのを見て、思わず苦笑(にがわら)いを浮かべながら(つぶや)いた。

意地汚(いじきたな)(やつ)だな」

ルフトも、ナルルに対してかなりドン引きして居る様子(ようす)で、(つぶや)く。

「そんなに食べて、後でお腹が(ゆる)くなっても知らないわよ?」

カメリアは、(あき)れた表情を浮かべながら、ナルルに言った。

「ふ~っ。 満足(まんぞく)だゾ」

ナルルは満面(まんめん)()みを浮かべ、自分の腹を両手で軽くパンパンと(たた)きながら言った。

「そ……それは良かったな……」

(みんな)が、ナルルの奔放(ほんぽう)さに(あき)れて居る中、ロナードはドン引きしながら、彼女にそう返した。


『……ったく。 さっき来たガキんちょ、本当に皇子(おうじ)間違(まちが)いないのかよ?』

島の駐屯(ちゅうとん)(ぐん)司令官(しれいかん)直属(ちょくぞく)の部下である、一人の若い男が面倒臭(めんどうくさ)そうな表情を浮かべ、片方(かたほう)の小指で耳を穿(ほじく)りながらそうぼやくと、フッと(いき)を吹きかけて、指先(ゆびさき)に付いた耳垢(みみあか)を吹き飛ばした。

 側で話を聞いて居た、少年兵はその行動(こうどう)を見て『(きたな)いな』と思いつつ、口に出す事はしなかった。

 二人は、上官(じょうかん)である司令官(しれいかん)から、この(しま)周辺(しゅうへん)の国の視察(しさつ)を終えて帰国する(さい)に、(あらし)になりそうなのでこの島に寄港(きこう)し、(あらし)が過ぎるまでの間、この駐屯(ちゅうとん)(じょ)を利用する皇子(おうじ)とそのご一行の世話(せわ)をする様に命じられたのだった。

 正午を過ぎ、何時(いつ)もの様にジリジリと(はだ)を焼く日差(ひざ)しと、(あらし)が近付いている所為(せい)か、湿気(しっ)()びた強い海風(うみかぜ)が突き付けてくる。

『あ~。 面倒臭(めんどうくさ)せぇ……ちゃちゃっと終わらせようや』

年長の青年が、本当に面倒臭(めんどうくさ)そうにそう言いながら、門の前で中腰(ちゅうごし)になり、また片方(かたほう)の小指で自分の耳を穿(ほじく)りはじめた。

先輩(せんぱい)。 そんな態度(たいど)だと(しか)られますよ』

その態度(たいど)を見て、少年兵は(あせ)りの表情を浮かべながら注意する。

『だってよ、(あらし)になるから巡視(じゅんし)(せん)も出せねぇから、部屋でゴロゴロ出来(でき)るって言う時に、よりによってよぉ』

青年兵は五月蠅(うるさ)そうな顔をして、相変(あいか)わらず自分の耳を指で穿(ほじく)りながら言い返す。

 そうこう言って居ると、数人が少し急な坂道を登り、此方(こちら)へ向かって来ているのが見えた。

『ったく。 やっとご到着(とうちゃく)かよ。 昼過ぎとか漠然(ばくぜん)()ぎんだっつーの』

青年兵もそれに気付くと、面倒臭(めんどうくさ)そうに『よっこらしょ』と立ち上がると、そうぼやいた。

『ん? ああ……出迎(でむか)えご苦労』

少しして、彼らの前に現れた肩くらいの長さの少し長めのショートカットのフワッとした(くせ)のある黒髪(くろかみ)琥珀(こはく)(いろ)の大きな(ひとみ)印象的(いんしょうてき)な、少し日に焼けた赤銅(しゃくどう)(しょく)の肌を持つ小柄(こがら)な少年が、片手(かたて)を挙げながら、(えら)そうにそう言って来た。

 先程(さきほど)交渉(こうしょう)に来たセネト皇子(おうじ)だ。

 流石(さすが)(たい)(ざい)して居た宿屋(やどや)から、駐屯(ちゅうとん)(じょ)へ続くこの傾斜(けいしゃ)()往復(おうふく)するのはキツイかった様で、心なしか(つか)れた様な顔をしている。

『お、お待ちして居りました』

青年兵はおずおずと、セネトに言った。

世話(せわ)になる』

セネトは、素っ気ない口調(くちょう)で言う。

『中へご案内致します』

青年兵は少し緊張した面持(おもも)ちで一行に言うと、駐屯(ちゅうとん)(じょ)の門を開いた。

 何を(かく)そう、この二人こそが、この駐屯(ちゅうとん)(じょ)上層部(じょうそうぶ)たちが、闇取引(やみとりひき)をしている事を告発(こくはつ)した張本人(ちょうほんにん)たちであった。


司令官(しれいかん)は?』

ギベオンは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、青年兵たちに問い掛ける。

一服(いっぷく)()っておいたんで、グッスリだぜ』

青年兵は事務的(じむてき)口調(くちょう)で答える。

(れい)の、闇取引(やみとりひき)に関わっている商人(しょうにん)たちは、どうなってる?』

セネトは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で青年兵たちに問い掛ける。

(すで)軍艦(ぐんかん)倉庫(そうこ)で運ばれてきた物の品定(しなさだ)めの()最中(さいちゅう)です』

『さっき来たばかりですから、当分(とうぶん)は居ると思うぜ』

二人の兵士はそう答える。

(じょう)出来(でき)だ』

セネトは不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、満足(まんぞく)そうに(つぶや)いた。

海賊(かいぞく)たちなどから押収(おうしゅう)した物を少なく報告(ほうこく)して、秘密(ひみつ)()商人(しょうにん)横流(よこながし)しをし、金にするなど本当に救えないな』

ルフトは不愉快(ふゆかい)そうな表情を浮かべ、(うな)る様な声で呟く。

(まった)くだぜ。 これじゃ、どちらが海賊(かいぞく)か分かったもんじゃねぇ』

青年兵は苦笑(にがわら)いを浮かべながら、言う。

『こんな僻地(へきち)なら、監視(かんし)の目が(とど)かないと思って居たのだろうな』

セネトは、嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべ、(つぶや)く。

 そんな事を話していると、一番奥の部屋の前に着いた。

『こちらです』

少年兵がそう言うと、部屋の扉を開ける。

 中は思ったよりも広く、部屋の(すみ)には二段ベッドが左右に二つずつ、部屋の中央に大きな木製のテーブル、それを囲む様に椅子(いす)が八脚、二人掛(ふたりが)けのソファーが二つ、壁際(かべぎわ)配置(はいち)され、片手(かたて)開きのドアが二つあり、部屋の奥に少し大きめの窓が付いて居た。

『ゲストルームは、司令官(しれいかん)私室(ししつ)と化していて、(ほか)に部屋が無いもので……使える部屋は此処(ここ)だけでした』

少年兵は、申し訳なさそうな表情を浮かべ、セネト()に向かって言った。

 海軍(かいぐん)司令官(しれいかん)と言う立場上、色んな土地へ行くので、その先々で手に入れた、訳の分からぬ(つぼ)や皿、置物(おきもの)などが無尽蔵(むじんぞう)に置かれ、物置(ものおき)状態(じょうたい)になっているのだ。

 そう言った物を、たった数時間で片付(かたづ)けてしまうのは不可能(ふかのう)な話だ。

『問題ない』

ギベオンが落ち着き払った口調(くちょう)で、少年兵に返した。

(わたし)どもは周囲(しゅうい)様子(ようす)を見てまいります。 何かあれば、遠慮(えんりょ)なくお呼び下さい』

少年兵はそう言うと、セネト()に深々と頭を避けると、青年兵士と共に部屋を後にした。


 セネト皇子(おうじ)らが来て(しばら)くして雨が降り出し、今は心なしか、先程(さきほど)までよりも風の音と雨の音が強くなってきた気がする。

『さてさて。 役者(やくしゃ)(そろ)ったぜ』

青年兵は嬉々とした表情を浮かべ、声を(はず)ませながら言う。

『思たよりも人が少なくてビックリですが、大丈夫(だいじょうぶ)なんですかね?』

少年兵は、不安そうな表情を浮かべ、先輩(せんぱい)兵士(へいし)に問い掛ける。

『あんま、大勢(おおぜい)で来ると(あや)しまれるからな。 少数(しょうすう)精鋭(せいえい)ってトコだろ』

青年兵は真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

『何だか、緊張(きんちょう)して来ました……』

少年兵が、不安そうな表情を浮かべながら言うと、

『今のうちに、小便(しょうべん)に行っとけ』

青年兵が、意地(いじ)の悪い笑みを浮かべながら、少年言う。

大丈夫(だいじょうぶ)ですって!』

少年兵は、ムッとした表情を浮かべ、言い返していると……。

『ってオイオイ……。 早速(さっそく)かよ』

青年兵は、ギベオンたちを見付けるなり、苦笑(にがわら)いを浮かべながら(つぶや)いた。

『行って来るゾ』

ナルルは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、彼等(かれら)に言うと、

『船の前に、右肩(みぎかた)に赤と黒の腕章(わんしょう)を付けた、仲間の兵士が居ます。 彼に声を掛ければ、倉庫(そうこ)まで案内してくれます』

少年兵が真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ギベオンたちに言うと、

了解(りょうかい)した。 お前たちは殿下(でんか)たちのフォローを(たの)む』

ギベオンは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言った。

(まか)せろ』

青年兵が、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら返した。

『早く行くゾ~♪』

ナルルは嬉々(きき)とした表情を浮かべ、ギベオンに向かって、手を()りながら叫ぶ。

『分かっています』

ギベオンは、ナルルに()かされ『やれやれ』と言った様子(ようす)で返すと、彼女を連れて駐屯(ちゅうとん)(じょ)の出入り口へと向かう。

『これで、作戦(さくせん)上手(うま)くいけば、帝国(ていこく)本土(ほんど)へ帰れるかもな?』

青年兵は、嬉々(きき)とした表情を浮かべながら言うと、

先輩(せんぱい)は、ここが(きら)いですか? 自分は、のんびりしていて良いと思いますけど?』

少年兵がそう返すと、

『オレより若いのが、何言ってやがんだよ』

青年兵は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言ってから、

『こんな帝都(ていと)から遠く(はな)れた辺境(へんきょう)に居たら、何時(いつ)まで()っても出世(しゅっせ)出来(でき)ねぇぞ? お前だって、給料(きゅうりょう)()えて、良い暮らしをしたいだろ?』

少年兵に問い掛けると、

『そりゃあ、まあ、給料(きゅうりょう)は増えて欲しいですけど……。 でも、船に乗るのは好きです』

彼は、少し困ったような表情を浮かべながら答えた。

『そうは言うけどな、船に乗ってると色んな危険(きけん)(ともな)うし、海賊(かいぞく)とだって(たたか)わなきゃいけないんだぞ? オレは御免(ごめん)だね』

青年兵は、肩を(すく)めながら語る。

『じゃあ、成功(せいこう)する様にちゃんと手伝わなきゃですね』

少年兵は、ニッコリと笑みを浮かべ、(おだ)やかな口調(くちょう)で言った。

『おい。 大変だ!』

二階へ通じる通路(つうろ)から、数人の兵士が血相(けっそう)を変えて()け寄って来た。

『どうしたよ。』

青年兵が不思議(ふしぎ)そうに問い掛けると、

司令官(しれいかん)が何者かに拉致(らち)された!』

別の兵士が青い顔をして、顔を引き()らせながら言った。

『何だって?』

青年兵士は、(おどろ)きのあまり素っ頓狂(とんきょう)な声を上げる。

(やる事早ぇな)

青年兵は、心の中で(つぶや)いてから、チラリと少年兵の方へと目を向けると、彼は真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返した。


司令官(しれいかん)がって……あの人、自分の部屋で昼寝(ひるね)をしていたんじゃあ……』

少年兵が、自分たちを呼びに来た兵士に、戸惑(とまど)いながら言うと、

昼寝(ひるね)最中(さいちゅう)(おそ)われたんた』

彼等(かれら)を呼びに来た中年の兵士が、表情を強張(こわば)らせながらそう言った。

『それ、本当ですか?』

少年兵はあまりに間抜(まぬ)けすぎる話に、思わず目を点にする。

(寝込(ねこ)みを(おそ)うだろうとは思ってたけど……こんな簡単(かんたん)(つか)まるとか、流石(さすが)にちょっと間抜(まぬ)け過ぎないか?)

少年兵は(あき)れた表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

 駐屯(ちゅうとん)(じょ)の中なので、まさか襲撃(しゅうげき)されるなど、(ゆめ)にも思っていなかったのだろう。

 三階建ての建物の最上部、司令官(しれいかん)私室(ししつ)賓客用(ひんきゃくよう)の部屋のある、それほど広くない廊下(ろうか)に、事態(じたい)を聞き付けた兵士(へいし)(たち)(あふ)れていた。

『どうなってるんだ?』

青年兵が、近くに居た兵士にそう問い掛けると、

突入(とつにゅう)した小隊(しょうたい)は全員、返り()ちにされたらしい』

先に来ていた兵士が、顔を強張(こわば)らせながら答えていると、突然(とつぜん)司令官(しれいかん)私室(ししつ)の手前にある賓客用(ひんきゃくよう)の部屋の扉が開き、

(あき)れた。 まるで物置(ものおき)じゃないか』

そう言いながら、セネトがロナードを(ともな)って出て来た。

『ああ、お前たち何をしてる?』

セネトは、廊下(ろうか)(あふ)れんばかりの兵士たちを見て、キョトンとした表情を浮かべながら問い掛ける。

危険(きけん)です。 皇子(おうじ)。 一刻(いっこく)も早くこの場からお逃げ下さい!』

兵士が真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、セネトにそう言うと、

何故(なぜ)?』

セネトは、不思議(ふしぎ)そうに問い掛ける。

司令官(しれいかん)の部屋に何者かが侵入(しんにゅう)して、司令官(しれいかん)()()して立て()もって居るとの事です』

別の兵士が真剣(しんけん)な表情を浮かべ、セネトに事情(じじょう)を説明すると、

『あ~。 あの役立たずの(たぬき)か……』

セネトが、(なか)ばどうでも良さそうな口調(くちょう)で言ったのを聞いて、

役立(やくた)たず……』

(たぬき)……』

近くにいた兵士達が、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

『ここの司令官(しれいかん)が、海賊(かいぞく)から没収(ぼっしゅう)した金品(きんぴん)着服(ちゃくふく)し、私腹(しふく)()やし、金で地位(ちい)を買った能無(のうな)しだと言う事は調べが付いている。 (ゆえ)皇子(おうじ)である(ぼく)直々(じきじき)粛清(しゅくせい)した。 何か問題でもあるか?』

セネトは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、戸惑(とまど)って居る兵士たちに語る。

 兵士たちは、セネトの予想外(よそうがい)の発言に(おどろ)き、(さら)戸惑(とまど)う。

 どうやら彼らは、司令官(しれいかん)拉致(らち)した者が、セネトとは思っていなかったようだ。

 そして、兵士たちの多くが、司令官(しれいかん)がしていた事を知らない(ため)、セネトの告白(こくはく)(おどろ)き、戸惑(とまど)って居る中……。

『そんなの出鱈目(でたらめ)だ!』

『コイツは皇子(おうじ)の名を(かた)偽物(にせもの)だ!』

(だま)されるな!』

一部の兵士がそう叫ぶと、武器を手にし、セネトに一斉(いっせい)に襲い掛った瞬間(しゅんかん)、まるでゴム(ふう)(せん)にでもぶつかった様に、目には見えない空気の(かべ)(はじ)き飛ばされ、(いきお)い良く床の上に(ころ)がった。

「こんな所にも、(ぶた)の仲間が()ざって居たか」

ロナードは()(いき)()じりに、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で呟く。

 薄暗(うすぐら)くて良く見えなかったが、彼の足元に何か大きくて黒い(かたまり)(ころ)がっている……。

 目を()らして良く見ると、海軍(かいぐん)制服(せいふく)を着た(ぶた)の様に丸々と()えた、頭が(いささ)(さみ)しくなっている中年男性が、両手を後ろ手にされ、(なわ)でグルグル巻きにされた状態(じょうたい)(ころ)がっていた。

司令官(しれいかん)?』

近くに居た兵士は、ロナードが足蹴(あしげ)にしている物体(ぶったい)が、ここの司令官(しれいかん)だと分かると、思わず素っ頓狂(とんきょう)な声を上げた。

(あ~。 たった二人に見事(みごと)にしてやられて……。 こんな思い切りグルグル巻きにされちゃ、手も足も出ないよな……)

シーツで体をグルグルに巻かれ、米俵(こめだわら)の様な姿になっている司令官(しれいかん)に、冷ややかな視線(しせん)を向けながら、青年兵は心の中で(つぶや)いた。

『ブヒブヒと五月蠅(うるさ)いので(だま)らせたが……。 (ほか)にも黙らせた方が良さそうなのが居る様だな?』

セネトは、自分に向かって来た兵士たちを静かに見下ろしながら言うと、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、何やら聞き()れぬ言葉を呟くと、何処(どこ)からかとても甘い香りが(ただよ)って来た次の瞬間(しゅんかん)、彼の近くにいた兵士たちは強烈(きょうれつ)眠気(ねむけ)見舞(みま)われ、バタバタとその場に倒れた。

『えっ……』

『何が……』

それを目の当たりにした、青年兵と少年兵は戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(そろ)ってそう(つぶや)いた。

『安心しろ。 (ねむ)らせただけだ』

セネトは、落ち着き払った口調(くちょう)で、戸惑(とまど)って居る兵士(へいし)(たち)に言った。

(ぼく)たちがその気になれば、ここに居る全員を(ねむ)らせて無力化(むりょくか)する事が出来(でき)る。 無駄(むだ)抵抗(ていこう)は止めて大人しく投降(とうこう)しろ』

セネトは、落ち着き払った口調(くちょう)で、戸惑(とまど)って居る兵士たちに言った。

『お待たせだゾ!』

と、何処(どこ)からか女の子の声が聞こえたと思った瞬間(しゅんかん)天井(てんじょう)がベキベキッと物凄(ものすご)い音を立て、黒い分厚(ぶあつ)(くも)が空を(おお)っているのが良く見える(ほど)の大きな穴が開き、炎の様に真っ赤な髪をポニーテールにした女の子が、(だれ)かの頭を片手(かたて)鷲掴(わしづか)みにした状態(じょうたい)で降って来た。

『な、ナルル?』

何処(どこ)から入って来てる」

それを見て、流石(さすが)のセネトとロナードも(おどろ)きの表情を浮かべ、赤い髪の少女に言った。

『はい。 これ』

ナルルは雨に打たれ、ずぶ()れになったまま、そう言って自分が片手(かたて)で頭を鷲掴(わしづか)みにしていた、司令官(しれいかん)と負けず(おと)らず、丸々と太った中年の男をセネトの前に投げやった。

 その(はな)(ひげ)を生やした中年の男は、カニの様に口から(あわ)()き、白目(しろめ)()いて気絶(きぜつ)している。

 その身なりからして、商人(しょうにん)の様である。

「……」

ロナードは、商人(しょうにん)らしき中年の男に、(あわれ)みの視線(しせん)を向けつつも静かに見下ろしている。

『ナルル……何故(なぜ)ここから来た?』

セネトは、頭上から容赦(ようしゃ)なく雨が打ち付けて来るので、不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、ナルルに言った。

『だって階段を上がって来るより、こっちの方が早いゾ?』

ナルルは、キョトンとした顔をして、セネトに答えた。

『だからって……これは無いだろ? (ぼく)たちまで()れてしまうだろ』

セネトは、(あき)れた表情を浮かべながら言う。

『ちゃんと悪い(やつ)(つか)まえたんだから、(こま)かい事はどうでも良いゾ?』

ナルルは、五月蠅(うるさ)そうな表情を浮かべながら言い返す。

『……』

セネトは、ゲンナリとした表情を浮かべ、片手(かたて)(ひたい)()える。

(ほか)の二人は?】

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、亜人(あじん)たちの言葉でナルルにそう問い掛ける。

【コイツの仲間をボコボコにしてるから、もうちょっと掛るゾ】

ナルルはニッコリと()みを浮かべ、ロナードの問い掛けに答える。

 セネトは特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いてから……。

『さて……お前たちは、大人しく武器を捨て投降(とうこう)するか、それとも、(ぼく)たちに手向(てむ)かいして、ボコボコにされるか……。 どちらにするか決まったか?』

兵士たちに向かって、落ち着いた口調(くちょう)で問い掛ける。

『やってらんねぇ……』

(さか)らう理由がないですよ』

青年兵と少年兵は、(ほか)の兵士たちの戦意(せんい)()(ため)そう言うと、(そろ)って持って居た武器を床の上に投げ捨て、両手を挙げ、降参(こうさん)意志(いし)(しめ)す。

 思いの外あっさりと司令官(しれいかん)(つか)まり、彼と一緒(いっしょ)(あま)(しる)()っていた一部の兵士と、彼らと取引(とりひき)をして居た商人(しょうにん)たちも()らえそうな雰囲気(ふんいき)だ。

 彼らにしてみれば正に、寝耳(ねみみ)に水だろう。


 ロナード達が、海軍(かいぐん)駐屯(ちゅうとん)(じょ)に行ったのを向かいの婦人服(ふじんふく)(あつか)う店の中から見届(みとど)けると、シリウスは、ハニエルとルチルと共に、ある建物(たてもの)の前に来ていた。

 木造(もくぞう)二階建(にかいだ)て、一階は食堂(しょくどう)、二階は宿屋(やどや)と言う何処(どこ)にでも店だ。

 三人が店の中に入ると、(あらし)()けて船から降りて来た旅客(りょかく)(せん)乗客(じょうきゃく)や、船乗(ふなの)りなどが集まっており、店内は(にぎ)わっていた。

 シリウスは聞いた通りに、バーカウンターの前に来ると、(おもむろ)に近くにいた若いバーテンダーに、銀色に光るカードと共にチップとして銀貨(ぎんか)を差し出した。

『見た事の無い顔ですが……』

若いバーテンダーは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、シリウスに言うと、

『知り合いの紹介(しょうかい)本土(ほんど)から来たの。 ここで市場(しじょう)では出回(でま)らない様なモノが手に入ると聞いて』

高そうなお出かけ用のドレス、これでもかと言わんばかりに身に着けた装飾品(そうしょくひん)……如何(いか)にも、金持ちの貴族(きぞく)の娘という(よそお)いのルチルが、口元を扇子(せんす)(かく)しながら、落ち着き払った口調(くちょう)で答えると、

『少し、お待ち下さい』

若いバーテンダーはそう言うと、一階の店を取り仕切(しき)っている壮年(そうねん)のバーテンダーに(あわ)てた様子(ようす)で声を掛け、シリウスが差し出した銀色のカードとチップの銀貨(ぎんか)を見せ、シリウス達の方を何度か見ながら、何やら話している。

 (しばら)くして、壮年(そうねん)のバーテンダーがやって来て、

『『下』に御用(ごよう)ですか?』

真剣(しんけん)な表情を浮かべ、(おもむろ)にそう問い掛けてきた。

『そうよ。 今日はやってないのかしら?』

ルチルは落ち着き払った口調(くちょう)で答えると、壮年(そうねん)のバーテンダーが不審(ふしん)そうな顔をしてルチルを見て居ると、(となり)にいたハニエルが(おもむろ)(かぶ)っていたフードを手で(はら)い、顔を(あら)わにすると、

『ご主人(しゅじん)(さま)は、とても面食(めんく)いでいらっしゃるので、その辺の市場(いちば)のモノでは満足(まんぞく)なされないのです』

ニッコリと笑みを浮かべ、壮年(そうねん)のバーテンダーにそう言った。

 壮年(そうねん)のバーテンダーは勿論(もちろん)、近くにいた客たちも、ハニエルの人間(にんげん)(ばな)れした美しさを前にし、(しば)し、見惚(みほ)れてしまう。

可愛(かわい)いハニエル。 やっぱり、こんな田舎(いなか)では、(わたくし)満足(まんぞく)させられるモノは無いようね。 本土(ほんど)からわざわざ来たと言うのに、とても残念(ざんねん)だわ』

ルチルは、ハニエルの長い髪に()れつつ、優しい口調(くちょう)でそう言うと、壮年(そうねん)のバーテンダーを挑発(ちょうはつ)するかの様に、不敵(ふてき)な笑みを浮かべる。

 ルチルの言動(げんどう)に、一緒(いっしょ)に居たシリウスは一瞬(いっしゅん)物凄(ものすご)形相(ぎょうそう)で彼女を(にら)み付けると、その視線(しせん)に気付いたルチルは、彼を挑発(ちょうはつ)するかのように不敵(ふてき)な笑みを浮かべる。

 二人の間に、目には見えない火花(ひばな)が飛び交う。

『行きましょう。 ご主人(しゅじん)(さま)

今にも、(ころ)し合いを始めそうな雰囲気(ふんいき)(ただよ)わしている二人を見て、ハニエルは(あわ)ててルチルの腕を(つか)むと、そう言って店から出る様に(うなが)す。

(きゅう)参加(さんか)ですので確認を取ってまいります。 (しばら)くお待ち(いただ)けますか?』

壮年(そうねん)のバーテンダーは、(なか)ば食い入り気味(ぎみ)に、真剣(しんけん)面持(おもも)ちルチルに言った。

『まあ。 (うれ)しいわ』

ルチルは、壮年(そうねん)のバーテンダーが急に態度(たいど)を変えたのを見て、()みを浮かべながら言った。

『ちょ、ちょっと店長。 何を考えているんです? ここに、あれ(ほど)どえらい美人なんて、運ばれて来た事なんて……』

彼等(かれら)のやり取りを聞いていた若いバーテンダーが戸惑(とまど)いながら、(かぎ)を取りにカウンターの(おく)に来た壮年(そうねん)のバーテンダーに小声で声を掛ける。

『無いのなら、手に入れたら良いだけの話だ』

壮年(そうねん)のバーテンダーはそう言うと、ニヤリと()みを浮かべた。

『ま、まさか……』

若いバーテンダーは、壮年(そうねん)のバーテンダーが何を考えているのか(さっ)すると、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言う。

『お前は先に行って、その(むね)支配人(しはいにん)に伝えておけ』

壮年(そうねん)のバーテンダーは小声で言うと、何処(どこ)かの(かぎ)らしき物を若いバーテンダーに手渡(てわた)した。

 若いバーテンダーは戸惑(とまど)いながらも頷き返すと、急いでカウンターから出で、店の奥へと向かった。

『もう(しばら)くお待ち下さい。 (いそ)いで確認させますので』

壮年(そうねん)のバーテンダーは愛想(あいそ)()()みを浮かべながら、ルチルに向かって言うと、

『その必要(ひつよう)は無い』

隣に居たシリウスが淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、(ひか)えていたハニエルが(ふところ)から小瓶(こびん)を取り出すと、思い切り床に向かってそれを投げ付ける。

小瓶(こびん)が割れる音共に、何とも言い(がた)い、甘ったるい(にお)いが店の中に充満(じゅうまん)し始める。

 シリウス、ハニエル、ルチルの三人は、それを()い込まぬ様に、持って居たハンカチで口元を(おお)いながら、足早(あしばや)に若いバーテンダーが向かった方へと向かう。

 ハニエルが素早(すばや)く、こちらに割れた小瓶(こびん)の中身が(ただよ)って来ない様、土の魔術で土の(かべ)を作ると、三人は(おお)っていたハンカチを口元から(はな)す。

(すご)威力(いりょく)ね』

ルチルは、ハニエルが床に投げ付けて割れた小瓶(こびん)を中心に、その場に居合(いあ)わせた者たちが、強烈(きょうれつ)眠気(ねむけ)見舞(みま)われて、バタバタと倒れて行く様を目の当たりにして、そう呟く。

『ああ。 ルフトに(わた)された時は半信半疑(はんしんはんぎ)だったが……』

シリウスも、自分が思っていた以上の効果(こうか)発揮(はっき)したのを見て、(おどろ)きを(かく)せない様子(ようす)で言った。

魔術(まじゅつ)(ふう)じ込める事が出来(でき)()道具(どうぐ)ですか……。 なかなか、(あなど)れませんね』

ハニエルも、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、そう(つぶや)く。

 ルフトが(わた)して来たのは、まだ試作(しさく)段階(だんかい)ではあるのだが、魔術(まじゅつ)文字(もじ)(きざ)んだ特製(とくせい)の瓶の中に、魔術(まじゅつ)を注ぎ、その効果(こうか)保存(ほぞん)出来(でき)ると言う、()道具(どうぐ)の一種だ。

 普通(ふつう)()道具(どうぐ)と言うモノは、『()(せき)』と呼ばれる、魔力(まりょく)(ふく)んだ特殊(とくしゅ)な石に複雑(ふくざつ)術式(じゅつしき)(きざ)み、そこに魔力(まりょく)を注ぎ込む事によって、術式(じゅつしき)(きざ)まれた魔術(まじゅつ)発動(はつどう)すると言う仕組(しく)みであり、魔術(まじゅつ)そのものを(とど)めて置く事は基本的(きほんてき)には出来(でき)ない。

 魔術(まじゅつ)効果(こうか)付与(ふよ)する()(せき)()め込まれた、(けん)(よろい)などはあるが、それも()(せき)術式(じゅつしき)があってこそ初めて効果(こうか)発揮(はっき)できる。

 その点から考えると、かなり画期的(かっきてき)な物である。

『えっ……あ、こ、困りますよ。 お客さん。 勝手に……』

(もど)って来た若いバーテンダーが、シリウス達と通路(つうろ)鉢合(はちあ)わせになり、彼がそう言いながら戸惑(とまど)っている所にシリウスが容赦(ようしゃ)なく、その鳩尾(みぞおち)(こぶし)(たた)き込むと、若いバーテンダーは(うめ)き声を上げ、その場に(くず)れる様に倒れた。

 シリウスは、(たお)れた若いバーテンダーの衣服を(あさ)り、先程(さきほど)壮年(そうねん)のバーテンダーが手渡(てわた)していた(かぎ)を見付けると、

『行くぞ』

落ち着いた口調(くちょう)で、二人にそう声を掛けると、二人は真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返す。

 少し歩いた所の突き当たりに、一見すると床下(ゆかした)収納用(しゅうのうよう)の扉と思う様な、(うす)鉄製(てつせい)の扉が床にくっ付いており、シリウスが身を(かが)め、先程(さきほど)、若いバーテンダーから(うば)った(かぎ)をその扉に(おもむろ)に差し込み、(かぎ)を回すと、施錠(せじょう)が開く音がして、その音が下へと反響(はんきょう)した。

 どうやら下には、かなり広い空洞(くうどう)がある様だ。

『気を付けて』

先頭を行くシリウスに、ハニエルはそう声を掛ける。

 大柄(おおがら)なシリウスが(かろ)うじて通れる(ほど)(はば)に、下へと通じる階段があり、シリウス達は(かべ)(づた)いに慎重(しんちょう)に下って行くと、()り切った所の先は通路(つうろ)が続いた。

 それを(さら)に進むと、目の前に分厚(ぶあつ)い鉄の扉が現れ、扉を開くと、(まぶ)しい位に煌々(こうこう)と明かりが(とも)されている広い空間に出た。

暗い所から、(きゅう)に明るい所に来た所為(せい)で目が(くら)んだシリウスたちの耳に、彼等(かれら)()りて来た事に気付いた人々が、ざわめく声がした。

 目を()らして良く見ると、壁際(かべぎわ)に沿って(いく)つか高そうな椅子(いす)が並べられ、そこに、商人(しょうにん)貴族(きぞく)など、様々(さまざま)な身なりをした二十人位の男女が座っており、やって来たシリウス達を興味深(きょうみぶか)そうに見ている。

『思ったより、お早いご到着(とうちゃく)でしたな』

燕尾服(えんびふく)を着た、白髪(しらが)()じりの茶色の髪の壮年(そうねん)の男が、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、やって来たシリウス達

に言った。

 どうやら、上での(さわ)ぎは(すで)に知られてしまっている様だ。

 オークションだけでなく、決闘(けっとう)などもするのか、シリウスたちが居る中央(ちゅうおう)を鉄の(おり)を囲う造りで、その(おり)から少し(はな)れた所から階段上になって観客席(かんきゃくせき)が並び、中央を見下ろす様になっている。

 シリウスたが来た所と真向(まむ)かいに、かなり分厚(ぶあつ)そうな鉄の扉があり、開け放たれている扉の向こうは、(さら)に奥へと(つな)がっている様であった。

『これから(みな)さんには少し、面白(おもしろ)いショーを見て(いただ)く事となります』

燕尾服(えんびふく)を着た、白髪(しらが)()じりの茶色の髪の壮年(そうねん)の男は、落ち着き払った口調(くちょう)で、(かん)客席(きゃくせき)に居る者たちにそう言った。

『何も知らず、のこのことやって来た、この(おろ)かな余所者(よそもの)たちと、駐屯(ちゅうとん)(じょ)の中でも五本の指には入る強さを(ほこ)海軍(かいぐん)将校(しょうこう)さまのバトルの勝敗(しょうはい)()けて(いただ)き、その(たたか)いをお楽しみ頂くというもので御座(ござ)います』

燕尾服(えんびふく)を着た、白髪(しらが)()じりの茶色の髪の壮年(そうねん)の男は、落ち着き払った口調(くちょう)で、(かん)客席(きゃくせき)に居る者たちに説明する。

侵入者(しんにゅうしゃ)(わたし)たちを()け事の道具にするなんて、なかなか悪趣味(あくしゅみ)ですね……』

話を聞いてハニエルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら(つぶや)く。

『どうするの? 逃げる?』

ルチルが戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、シリウスに問い掛ける。

(むし)(こう)都合(つごう)だ。 ここに居る(やつ)らを一網打尽(いちもうだじん)出来(でき)るのだからな』

シリウスは不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、そう返した。

 燕尾服(えんびふく)を着た、白髪(しらが)()じりの茶色の髪の壮年(そうねん)の男の説明を聞いて、客たちはざわめていている。

『それはまた……』

面白(おもしろ)そうだが、余所者(よそもの)が負けるのは目に見えいてる』

『これでは()けが成立(せいりつ)しないぞ』

集まった人々が、口々にそう言うと、

『分かって居りますとも。 公平(こうへい)()すため、海軍(かいぐん)将校(しょうこう)の二人を相手(あいて)に、余所者(よそもの)は三人で(たたか)って(いただ)きます。 武器はこの模造(もぞう)(けん)。 相手(あいて)気絶(きぜつ)した時点(じてん)で負けです。 余所者(よそもの)が勝利した場合は()け金の三倍をお返しします』

燕尾服(えんびふく)を着た、白髪(しらが)()じりの茶色の髪の壮年(そうねん)の男は、落ち着き払った口調(くちょう)で、(かん)客席(きゃくせき)に居る者たちに言うと、

『三対二ならば、分からんな……』

面白(おもしろ)そうだ』

『よし。 やろう』

集まった人々は、面白(おもしろ)おかしく、口々にそう言って居ると、

面倒(めんどう)だ。 ここに居る軍人ども全員、(まと)めて掛って来い』

シリウスが、軽く溜息(ためいき)を付いてそう言うと、

『彼の言う通りよ。 (わたし)たちを相手取(あいてど)るのなら、一個(いっこ)中隊(ちゅうたい)は居ないと』

ルチルも、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言った。

『それは、随分(ずいぶん)と腕に自信がおありの様ですね?』

燕尾服(えんびふく)を着た、白髪(しらが)()じりの茶色の髪の壮年(そうねん)の男は、苦笑(くしょう)()じりにシリウス達に言うと、

『全員、お呼びしろ』

近くにいた、同じ様に燕尾服(えんびふく)を着た若い男に、そう耳打(みみう)ちをする。

 (しばら)くして、分厚(ぶあつ)い鉄の扉の向こう側から、如何(いか)にも軍人と言った風体(ふうてい)の、(きた)え上げられた強靭(きょうじん)な肉体を持つ、大柄(おおがら)な男たちが五人程やって来た。

 その五人とも全員、白い帝国(ていこく)軍の軍服(ぐんぷく)に身を包んでおり、襟元(えりもと)に星が付いているので、かなり高官(こうかん)である様だ。

『済みませんね。 お手間を取らせて』

燕尾服(えんびふく)を着た、白髪(しらが)()じり茶色の髪の壮年(そうねん)の男は、愛想(あいそう)()く笑いながら、海軍(かいぐん)将校(しょうこう)と思われる男たちに言った。

『な~に。 暇潰(ひまつぶ)しに丁度(ちょうど)()い』

『軍では、私闘(しとう)御法度(ごはっと)だからな』

『ここなら、存分(ぞんぶん)(あば)れられると言うモノだ』

海軍(かいぐん)将校(しょうこう)と思われる男たちは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言う。

『くれぐれも、顔には攻撃(こうげき)をしないで下さいね』

燕尾服(えんびふく)を着た、白髪(しらが)()じりの茶色の髪の壮年(そうねん)の男は、あくどい笑いを浮かべながら、海軍(かいぐん)将校(しょうこう)と思われる男たちに言った。

 どうやら、シリウスたちの様な(まね)かれざる客は毎回、こうやって始末(しまつ)していたのだろう。

『分かっている』

『アンタも相当(そうとう)な悪だな』

『ま、楽しめれば、何だって良いが』

海軍(かいぐん)将校(しょうこう)らしき男たちは、自分達の敗北(はいぼく)など微塵(みじん)も想像していない様子(ようす)で、(すで)に勝ちを確信(かくしん)してる様子(ようす)で言った。

『これで、全員ですか?』

ハニエルがニッコリと笑みを浮かべ、燕尾服(えんびふく)を着た、白髪(しらが)()じりの茶色の髪の壮年(そうねん)の男に問い掛ける。

『そうですが……』

燕尾服(えんびふく)を着た、白髪(しらが)()じりの茶色の髪の壮年(そうねん)の男は、戸惑(とまど)気味(ぎみ)に答えると、

『そうですか。 でしたら全員、地獄へ行って下さい』

ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべたままそう言った後、(すさ)まじい冷気(れいき)を感じ、ルチルが身震(みぶる)いをした次の瞬間(しゅんかん)周囲(しゅうい)はあっという間に氷に閉ざされ、シリウス達と(たたか)(はず)であった海軍(かいぐん)将校(しょうこう)と思われる男たちは勿論(もちろん)燕尾服(えんびふく)の男たち、(たたか)いを観戦(かんせん)しようとして居た者たちも全員、下半身(かはんしん)(こおり)()けになって、動けなくなってしまっていた。

『おい! ハニエル!』

見せ場を取られたシリウスは、(うら)めしそうにハニエルに言う。

『何て人なの……』

ルチルは、ほんの一瞬(いっしゅん)で、自分たち以外の者達の下半身(かはんしん)(こお)らせ、身動きが出来(でき)状態(じょうたい)にしてしまったハニエルの魔力(まりょく)圧倒(あっとう)される。

『ああ、無理(むり)に動かない方が良いですよ。 ポッキリ折れちゃいますからね。 流石(さすが)(わたし)も、折れた体をくっ付ける事は出来(でき)ませんから』

ハニエルは、力任(ちからまか)せに(こおり)()けの状態(じょうたい)から(だっ)しようとしていた、海軍(かいぐん)将校(しょうこう)と思われる男たちに向かって、ニッコリと笑みを浮かべ、そう言った。

 ハニエルがニッコリと笑みを浮かべて、何気(なにげ)に笑えない事をサラッと言ったので、それを聞いて、その場に居合(いあ)わせた者たちの顔から、一気に血の気が引く。

『……(ほか)に人が居ないか、(おく)を見て来る。』

シリウスは、自分の見せ場をゴッソリ取られた(ため)意気消沈(いきしょうちん)した様子(ようす)で『はあ』と軽く溜息(ためいき)を付いてから、ハニエルに言うと、

(わたし)も行くわ。 奥がどうなって居るか分からないもの』

ルチルは真剣(しんけん)面持(おもも)ちでシリウスに言うと、彼は(うなず)き返す。

『お二人とも気を付けて』

ハニエルはニコニコと笑みを浮かべながら、シリウスとルチルにヒラヒラと手を()りながら、全く緊張感(きんちょうかん)の無い口調(くちょう)でそう言った。

『ねぇ。 貴方(あなた)よりもハニエルの方が、本当はヤバイんじゃない?』

シリウスと共に、分厚(ぶあつ)い鉄の扉の向こう側へ向かいながら、自分の前を行くシリウスにルチルは(おもむろ)に言った。

『何を今更(いまさら)

シリウスは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で返す。

『大体、ハニエルが狼狽(うろた)えるのを見た事が無いのよね』

ルチルは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、シリウスに言うと、

『どうだろうな? そう見えないだけで、内心(ないしん)(あせ)って居るかも知れないぞ?』

彼は、淡々とした口調(くちょう)で答えると、

『それが分かるには、貴方(あなた)と同じくらいの年月を付き合わないと、(わか)らないのでしょうね?』

ルチルは、苦笑(にがわら)いを浮かべたまま、シリウスに言い返す。

『……だろうな』

シリウスは淡々とした口調(くちょう)でそう言ってから、フッと笑う。

 その後、分厚(ぶあつ)い鉄の扉の向こう側には、(さら)に下へと通じる階段があり、それは、波がくり抜いて出来(でき)洞窟(どうくつ)まで通じていた。

 中型の船が入れる位の空間があって、外部(がいぶ)からは分かりにくくなっていた(ため)海賊(かいぞく)拉致(らち)された人たちを乗せた船や、闇取引(やみとりひき)を目当てにやって来た客を乗せた舶が(ひそ)かに接岸(せつがん)出来(でき)る様になっていた。

 海賊(かいぞく)拉致(らち)されたと思われる人たちは見当(みあ)たらなかったが、海賊(かいぞく)から没収(ぼっしゅう)したと思われる金品などの(ほか)に、取引(とりひき)禁止(きんし)されている希少(きしょう)動物(どうぶつ)や、違法(いほう)薬物(やくぶつ)偽造(ぎぞう)硬貨(こうか)などが、接岸(せつがん)していた船から降ろされている最中(さいちゅう)だった。

 シリウスとルチルは、積み下ろし作業をしていた者達と、船長や船乗りたちを全員ボコボコにした後、拘束(こうそく)し、船と、船に積み下ろしをしていた現物(げんぶつ)も差し押さえる事に成功(せいこう)した。

 二人から襲撃(しゅうげき)を受けた彼等(かれら)にとっては、青天(せいてん)霹靂(へきれき)であったに(ちが)いない。

『カメリア(やつ)上手(うま)く船がここへ出入りが出来(でき)なくした様にしたのだろうか……』

シリウスは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、

『彼女は、きっちり仕事をするから心配ないわ』

ルチルは、落ち着き払った口調(くちょう)で答える。

『……そろそろ、駐屯(ちゅうとん)(じょ)の方もケリがついている(ころ)か』

シリウスは、駐屯(ちゅうとん)(じょ)がある方へ視線(しせん)を向けながら、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら(つぶや)く。

『心配なの?』

ルチルが、意地(いじ)の悪い表情を浮かべながら、シリウスに問い掛ける。

『……我々(われわれ)は、此処(ここ)(まか)されている。 計画の予定(よてい)にはない行動(こうどう)はするべきでは無い。 特に、作戦(さくせん)が上手くいった時は。 慢心(まんしん)油断(ゆだん)が何を引き起こすか分からない』

シリウスは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で返す。

(素直(すなお)じゃないねわね)

シリウスの物言(ものい)いに、ルチルは苦笑(にがわら)いを浮かべながら心の中で(つぶや)く。


 少し時間は(さかのぼ)り……。

 ロナード達が寄港(きこう)している島の中央の高台にある、エレンツ帝国(ていこく)軍の海軍(かいぐん)駐屯(ちゅうとん)(じょ)に居るロナードは、セネトと共に、この駐屯(ちゅうとん)(じょ)司令官(しれいかん)が居る彼の私室(ししつ)に入り込んでいた。

 部屋の前には見張(みは)りの兵などは居らず、部屋の入り口には施錠(せじょう)もされていなかった(ため)、二人はすんなりと部屋の中に入る事が出来(でき)た。

 部屋の中は、(およ)駐屯(ちゅうとん)(じょ)とは思えない(ほど)贅沢(ぜいたく)調度品(ちょうどひん)が置かれ、奥の天蓋付(てんがいづき)の立派な寝台(しんだい)の上に、二人が(さが)している司令官(しれいかん)が居た。

『ぐお~。 フゴゴゴ……。 んごぉ~』

軍人とは思えぬ(ほど)(ぶた)の様に丸々と太った体型の、頭の毛が(うす)い中年の男が、昼間から寝台(しんだい)の上に大の字なり、気持(きも)ち良さそうに、豪快(ごうかい)(いびき)をかいて(ねむ)っている。

『おい』

セネトは、(あき)れた表情を浮かべつつ、持って居た短剣の()の先で、ツンツンと眠っている司令官(しれいかん)の肩を突きながら、声を掛ける。

『ぐか~っ』

この程度(ていど)の事では、司令官(しれいかん)は起きないらしく、豪快(ごうかい)(いびき)をかいて爆睡(ばくすい)している。

『おいっ!』

セネトは苛立(いらだ)った様に、司令官(しれいかん)の耳元で大声を張り上げた。

『ふご?』

流石(さすが)に、耳元で大声を出されたので、司令官(しれいかん)間抜(まぬ)けな声を上げつつも、ビクッと身を強張(こわば)らせ、(あわ)てて目を開いた。

『……やっと目を覚ましたか』

セネトは、司令官(しれいかん)が目を覚ましたのを見て、(あき)れた表情を浮かべつつ、そう(つぶや)いた。

『ふが?』

だが、司令官(しれいかん)はまだ寝惚(ねぼ)けているらしく、ぼ~とした表情を浮かべ、セネトをボンヤリと(なが)めている。

『『ふが?』じゃない。 昼間から、職務(しょくむ)放棄(ほうき)して昼寝(ひるね)とは、良い御身分(ごみぶん)だな?』

セネトは全く危機感(ききかん)の無い司令官(しれいかん)苛立(いらだ)ち、額に青筋(あおすじ)を浮かべながら、寝惚(ねぼ)けている彼にそう言った。

『な、な、何奴(なんやつ)だ!』

かなり(おく)れて、兵士では無さそうなセネトを見て、司令官(しれいかん)間抜(まぬ)けにそう叫びながら、(あわ)てて身を起こした。

『それを今頃(いまごろ)()うな……』

セネトは(ひたい)片手(かたて)()え、(あき)れた表情を浮かべながら(つぶや)く。

不審(ふしん)(しゃ)だ! 不審(ふしん)(しゃ)が入り込んでいる! (だれ)か! 誰か居ないか!』

司令官(しれいかん)寝台(しんだい)の上に座ったまま、(あわ)てふためきながらも、部屋の外にまで聞こえそうな(ほど)、大声で叫ぶ。

(いびき)五月蠅(うるさ)かったが、声も無駄(むだ)にデカイなコイツ」

ロナードは思わず、両耳を手で(ふさ)ぎつつ、思わずそう呟いた。

『なっ……。 も、も、もう一人居る……だと?』

ロナードの声を聴いて、司令官(しれいかん)は自分の目の前にいる、セネト以外にもう一人居る事に、(いま)(さら)ながら気付くと、恐怖(きょうふ)に満ちた表情を浮かべ、そう(つぶや)いた。

『大いに(さわ)いでくれて結構(けっこう)だが、此方(こちら)質問(しつもん)には素直(すなお)に答える事を(すす)めるぞ』

そんな司令官(しれいかん)を冷ややかに見据(みす)えつつ、セネトは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう言うと、持って居た短剣の刃先を司令官(しれいかん)喉元(のどもと)に突き付けた。

『ひっ……』

司令官(しれいかん)は、自分の喉元(のどもと)に突き付けられた、鋭利(えいり)(やいば)を見て(たちま)ち顔を青くし、恐怖(きょうふ)に身を強張(こわば)らせる。

『まず、お前はここの司令官(しれいかん)、コニャンコフ男爵(だんしゃく)相違(そうい)ないか?』

セネトは、司令官(しれいかん)喉元(のどもと)に刃を突き付けたまま、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で問い掛ける。

『そ、そうだ。 ワシは貴様(きさま)の様な下賤(げせん)(やから)が、(やいば)を向けて良い様な相手では無いぞ!』

司令官(しれいかん)は、すっかり血の気が失せた顔で、声を(ふる)わせながら答えた。

『お前には職務(しょくむ)怠慢(たいまん)(ほか)にも横領(おうりょう)禁止(きんし)薬物(やくぶつ)所持(しょじ)売買(ばいばい)など、様々(さまざま)疑惑(ぎわく)が掛っている。 逃亡(とうぼう)の恐れがある(ゆえ)、この場で拘束(こうそく)し、帝国(ていこく)本土(ほんど)連行(れんこう)する』

セネトは、短剣を突き付けたまま、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、

『な、な、なにを訳の判らぬ事を! 大体、貴様(きさま)は何者だ!』

司令官(しれいかん)は、突然(とつぜん)の事に戸惑(とまど)い、目を白黒させる。

『ふむ。 昼寝(ひるね)をする事しか能の無い、丸々と肥えた(ぶた)は、記憶力(きおくりょく)普通(ふつう)(ぶた)以下(いか)らしい』

セネトは、片手(かたて)を自分の(あご)の下に()え、ポツリと呟く。

『な、何だと! 先程(さきほど)から貴様(きさま)無礼(ぶれい)だぞ!』

彼の発言を聞いた司令官(しれいかん)は、怒りに顔を赤くして、怒鳴(どな)る。

無礼(ぶれい)なのはどちらか! よもや、(ぼく)の顔を知らぬとでも?』

セネトは(にわ)かに眉を(しか)め、司令官(しれいかん)にそう言うと、冷ややかな視線(しせん)を向ける。

 司令官(しれいかん)(あらた)めて、マジマジと自分の目の前に立って居るセネトを見ていたが、やがて顔からサーッと血の気が引く。

『ひっ…… せ、せ、セレンディーネ皇女(こうじょ)殿下(でんか)……』

物凄(ものすご)い勢いで顔を青くすると、声を(ふる)わせ、(ひたい)から大量の冷や汗を流しながら言った。

如何(いか)にも。 (ぼく)第三皇女(こうじょ)セレンディーネ・ヴァン・リアン・エレンツだ。 貴様(きさま)悪評(あくひょう)の数々は聞き(およ)んでいる。 よって、皇族(こうぞく)である(ぼく)(みずか)ら、こうして(おもむ)いて来てやったと言う訳だ』

セネトは、青い顔をして、声を震わせて居る司令官(しれいかん)に向かって、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で語る。

『ご、ご、誤解(ごかい)です殿下(でんか)。 (わたし)(だん)じて、その様な事はしておりません。 今日だって……た、た、たまたま体調(たいちょう)(すぐ)れず、休んでいただけであって……決して、職務(しょくむ)放棄(ほうき)をしていた訳では……』

司令官(しれいかん)(あわ)てふためきながら、セネトに弁明(べんめい)する。

『ほう』

セネトは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言う。

「セネト。 尋問(じんもん)は後でも良いだろう? (いそ)がないと人が来てるぞ」

それまで(だま)って居たロナードが、廊下(ろうか)から複数(ふくすう)の足音が近づいて居る事に気付くと、表情を(けわ)しくしてセネトに言った。

「分かった。 コイツを(しば)るぞ」

セネトはロナードの方へ向きそう言うと、短剣を持っていない手をロナードへと差し出す。

(今だ!)

それを見て、司令官(しれいかん)は心の中でそう叫ぶと、寝台(しんだい)(まくら)の下に(かく)していた拳銃(けんじゅう)を取り出した。

「セネト!」

それに気付いたロナードの叫び声とほぼ同時に、司令官(しれいかん)は勢い良く横へ吹き飛ばされ、ドゴッと言う物凄(ものすご)い音共が辺りに(ひび)(わた)った。

「……」

セネトはあまりに突然(とつぜん)の事に、その場に呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす。

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

ロナードは血相(けっそう)を変え、ネトの側に駆け寄ると、(おもむろ)に彼女の肩に手を掛ける。

「あ、ああ……済まない。」

セネトはハッとした表情を浮かべ、ロナードにそう答えてから、(おもむろ)に、豪華(ごうか)天蓋付(てんがいづき)のベッドの(ふち)を突き(やぶ)り、まるでコントの様に頭から(かべ)にめり込んでいる司令官(しれいかん)を見て、

「しかし……これは……どうしようか……」

困惑(こんわく)の表情を浮かべながら(つぶや)く。

「とっさの事で、加減(かげん)上手(うま)出来(でき)なかった」

ロナードは、自分が思っていた以上に、派手(はで)(かべ)に突き刺さって居る司令官(しれいかん)を見ながら、戸惑(とまど)気味(ぎみ)に言った。

(今日は絶好調(ぜっこうちょう)みたいだな……)

セネトは、心の中でそう(つぶや)くと、苦笑(にがわら)いを浮かべる。

「それに、今の音で間違(まちが)いなく、周囲(しゅうい)には気付かれたぞ」

セネトは、軽く溜息(ためいき)を付いてから『やれやれ』と言った様子(ようす)でロナードに言うと、

「済まない……」

ロナードは、(しか)られた犬の様にシュンとした表情を浮かべ、セネトに謝罪(しゃざい)する。

 思いの外、(へこ)んで居るロナードを見て、セネトはそれ以上何か言う気が()せてしまい、

「まあ良い。 コイツが気絶(きぜつ)している内に(しば)り上げてしまおう」

軽く溜息(ためいき)を付くと、落ち着き払った口調(くちょう)でロナードに言った。

「ああ」

ロナードは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返した。

 ところが……。

 司令官(しれいかん)は思いの外、頭から(かべ)に深々と突き刺さっており、(たる)んだ(あご)が引っ掛かって、なかなか抜けない……。

「うぐぐぐっ!」

「太り過ぎだ! コイツっ!」

ロナードとセネトは、それぞれ反対側(はんたいがわ)から司令官(しれいかん)の体を(つか)み、(かべ)片方(かたほう)の足を付け、思い切り()ん張り、(かべ)に突き刺さって居る司令官(しれいかん)を引き抜こうと奮闘(ふんとう)する。

「あ~もう。 面倒(めんどう)だ。 このままにしとこうか」

(しばら)くしてセネトは、ゲンナリとした表情を浮かべ、片手(かたて)で頭を()きながら(つぶや)く。

「いや……それは流石(さすが)に……。 窒息死(ちっそくし)するんじゃないのか?」

ロナードは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、セネトに言い返す。

「それは困る」

そうこう言っていると、先程(さきほど)豪快(ごうかい)な音を聞いて、兵士たちが部屋に駆け込んで来た。

司令(しれい)!』

如何(いか)なさいました?』

兵士達は表情を(けわ)しくし、辺りを見回しながらそう叫んだ後……(かべ)見事(みごと)に頭から突き刺さって居る司令官(しれいかん)を見て、思わず絶句(ぜっく)して、その場に立ち尽くしていたが……。

『く……ふふふっ……。 何が……どうなったら……』

『ぶはっ!』

『う、ウケるっ!』

やがて、コントの様に見事(みごと)(かべ)(ささ)さっているのが可笑(おか)しくて、兵士たちは(そろ)って声を上げて笑いながら、そう言った。

『良い所に来た。 コイツを引き抜くのを手伝え』

セネトは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、部屋に駆け込んで来た兵士達に言った。

『は?』

『何言って……』

『ってか、お前等の所為(せい)じゃないのか? コレ』

兵士達は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、セネトに言い返した。

(わざ)とじゃない……」

ロナードは、バツの悪そうな表情を浮かべつつ、言う。

『これは本当に不可抗力(ふかこうりょく)によるものだ。 決して(わざ)とでは無い』

セネトは、淡々とした口調(くちょう)で兵士達に言う。

「……と言うより、(ねら)ってやっても、こんな綺麗(きれい)(ささ)さる訳がない」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

「確かに!」

セネトも苦笑(にがわら)いを浮かべ、ロナードに返した。

仕方(しかた)が無いな……』

『こまのままにしては置けないし……』

『……引き抜くか。』

兵士達は、『やれやれ』と言った様子(ようす)で言うと、(かべ)に突き刺さっている司令官(しれいかん)を引き抜く事を(こころ)みる。

『ふんぬぬぬぬぬっ!』

『うがーっ!』

『抜けろ~っ!』

兵士たちは顔を真っ赤にして、力一杯(ちからいっぱい)司令官(しれいかん)を壁から引き抜こうとするが、何がどうなっているのか、押しても、引いても、全く動かない。

『マジ、首の肉が邪魔(じゃま)な』

『太り過ぎだ』

『これじゃ、ますます浮腫(むく)んで取れなくなるぞ』

兵士たちは、ゲンナリした表情を浮かべ、口々にそう呟く。

仕方(しかた)がない。 周りの(かべ)を少しずつ(けず)って(あな)を広げよう」

ロナードは、司令官(しれいかん)の首の肉が、(かべ)の割れ目に食い込んでいるのを見て、ゲンナリとした表情を浮かべながら言うと、

「はあ~……」

セネトは、ゲンナリとした表情を浮かべつつ、特大(とくだい)溜息(ためいき)()らした。

 彼等(かれら)手分(てわ)けをして、持っていた短剣などで、司令官(しれいかん)の首に傷を付けぬ様に慎重(しんちょう)に、周囲(しゅうい)(かべ)を少しずつ(けず)る。

「……一体、何をやっているんだ……。 (おれ)たちは」

短剣で(かべ)慎重(しんちょう)(けず)りながら、ロナードはゲンナリとした表情を浮かべながら(つぶや)く。

 最早(もはや)これは、発掘(はっくつ)作業(さぎょう)と言っても良かった。

「お前。 今度からは、方向(ほうこう)とかそう言うのをちゃんと考えてから、魔術(まじゅつ)をぶっ放て」

セネトも、短剣で(かべ)(けず)りつつ、ゲンナリたした表情を浮かべながら、ロナードに言う。

『おっ。 (はず)れそうだ』

『よし。 引っ張るぞ』

『せーの!』

兵士達が口々にそう言うと、(かべ)に突き刺さって居る司令官(しれいかん)を思い切り引き抜く。

 司令官(しれいかん)の体は、思いの(ほか)(いきお)い良く、壁から引っ張り出される。

『どわっ』

『うわっ』

『ぬ、抜けたぁ~』

兵士達は、後ろに勢い良くスッ(ころ)びつつもそう呟く。

「はあ……何か色々と、面倒臭(めんどうくさ)いオッサンだな……」

引っ張り出され、ベッドの上で気絶(きぜつ)して居る司令官(しれいかん)を見ながら、ロナードはゲンナリとした表情を浮かべながら(つぶや)いた。

『で、お前等(まえら)、ここで何やってんの?』

『見た所、物取(ものと)りとかじゃ無さそうだが』

司令(しれい)(かべ)にブッ刺すとか、ウケるぅ』

兵士達は(おもむろ)に身を起こしつつ、セネトに問い掛ける。

『まあ、説明すると長くなるのだが……』

セネトは、ゲンナリとした表情を浮かべつつ、兵士達に事情(じじょう)を説明すると……。

『何かあるとは思ってたが……』

評判(ひょうばん)()くなったもんな。 このオッサン』

年貢(ねんぐ)(おさ)め時ってヤツ?』

司令官(しれいかん)の事で良い(うわさ)を聞いていなかったのか、兵士たちは特段(とくだん)(おどろ)様子(ようす)も無く、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

(ぼく)はこのまま、この男を帝国(ていこく)本土(ほんど)まで連行(れんこう)したいのだが……』

セネトは、気絶(きぜつ)したままの司令官(しれいかん)を見ながら、兵士達に言うと、

『良いスよ。 連れて行っちゃって』

『こんなの、居ても居なくても、大差(たいさ)ないんで』

『何なら、手伝いますよ?』

兵士たちは、司令官(しれいかん)(かば)わなければならない理由が無いようで、無情(むじょう)にも口々にそう言い放った。

「何と言って居る?」

彼等(かれら)のやり取りを見て居たロナードは、(おもむろ)にセネトに問い掛ける。

「連れ行けと言っている」

セネトは、淡々とした口調(くちょう)で、問い掛けに答えると、ロナードは、ホッとした表情を浮かべ、

「そうか。 無駄(むだ)な争いにならずに済みそうで何よりだ」

そう言った。

『けど、兵士の中にも、この(たぬき)一緒(いっしょ)になって、悪さをして居るって(うわさ)のある(やつ)が何人か居ますから、気を付けて下さい』

兵士の一人が、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、セネトにそう忠告(ちゅうこく)する。

 彼らは、駐屯(ちゅうとん)(じょ)に居る者たちが外へ逃げ出さぬよう、入り口の鉄門(てつもん)を閉めに向かった。

 その後、(さわ)ぎに気付いた兵士たちと少し、交戦(こうせん)したが、ロナードの魔術(まじゅつ)により、兵士たちの大半(たいはん)は深い(ねむ)りに落ちてしまい、彼の力を目の当たりにした(ほか)の兵士たちは戦意(せんい)喪失(そうしつ)し、降伏(こうふく)して来たので、大事(おおごと)にならずに済んだ。


 (あらし)が止み、海が(おだ)やかになったのを見計(みはか)らった様に、近くの別の島にあるエレンツ帝国(ていこく)軍の基地(きち)から、(ほか)部隊(ぶたい)の船が数隻、ロナードが居る島に上陸(じょうりく)して来ると、シリウス達が(おさ)えた、闇取引(やみとりひき)をしていた宿屋(やどや)の地下や、ギベオンとルフトが制圧(せいあつ)した駐屯(ちゅうとん)(じょ)の地下ドック、駐屯(ちゅうとん)(じょ)全体(ぜんたい)にも兵士たちが雪崩込(なだれこ)み、次々と今回の不正(ふせい)などに関わって居た者たちを拘束(こうそく)していった。

司令官(しれいかん)並びに、今回の一件(いっけん)に関わっているとみられる者たちの、帝国本土への移送(いそう)(せん)への移動(いどう)完了(かんりょう)いたしました』

ギベオンは、一階にあるロナード達に貸し与えられた部屋に入るなり、ソファーの上で(くつろ)いでいたセネトに一礼(いちれい)してから、そう報告(ほうこく)する。

『早かったな。 ご苦労』

セネトは満足(まんぞく)そうに言う。

(おそ)れ入ります』

ギベオンは少し恐縮(きょうしゅく)した様子(ようす)で、頭を()れたままそう返す。

『お前たちも、大儀(たいぎ)だったな』

ギベオンの後ろに(ひか)えていた、応援(おうえん)に駆け付けた兵士達にも(やさ)しく、(ねぎら)いの言葉を掛ける。

『お心遣(こころづか)(いた)み入ります。 後の事は自分たちに(まか)せて、殿下(でんか)はゆっくりお休み下さい』

ギベオンは、(おだ)やかな口調(くちょう)でセネトに言った。

(ぼく)大丈夫(だいじょうぶ)だ』

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、(おもむろ)にテーブルを(はさ)んで向かいの、三人掛けのソファーの上に座り、真剣(しんけん)な顔をして、テーブルに向かって何やら書いているロナードの方へと目を向けると、

「ここ、(つづ)りが(ちが)うぞ」

そう言って、ロナードが紙に書いていた文字を指差(ゆびさ)す。

「あ……」

セネトに指摘(してき)され、(あらた)めてその文字を見て、ロナードは間違(まちが)いに気付く。

「こうだ」

セネトは、テーブルの上に置いてあった羽ペンを手に、紙の空いている場所に正しい(つづ)りを書いてみせる。

帝国(ていこく)の言葉を勉強していたのですね」

それを見て、ギベオンは(おだ)やかな口調(くちょう)で言う。

 ロナードは、ギベオンが兵士たちを(ひき)い、今回の一件(いっけん)の関係者を(とら)えている間、セネトの護衛(ごえい)をしながら、彼女から帝国(ていこく)の言葉を教わり、使わなくなった紙の裏側を使って勉強していたのだ。

 船での移動(いどう)の間も、(ひま)を見付けては、エレンツ帝国(ていこく)の言葉や文化を意欲的(いよくてき)に学び、その一方(いっぽう)でハニエルからは魔術(まじゅつ)を習うロナードに対し、ギベオンは素直(すなお)好感(こうかん)を持っていた。

 不意(ふい)に部屋の扉をノックする音がしたので振り返ると、、ルチルとハニエル、少し後ろにシリウスが居た。

「お帰り」

セネトがニッコリと笑みを浮かべながら言うが、何故(なぜ)か三人の表情が暗い。

「どうかしたのか?」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら問い掛けると、シリウスが自分の小脇(こわき)(かか)えて居たティティスを思い切り部屋の中へ投げ入れた。

 彼女は何故(なぜ)かロープで拘束(こうそく)されており、憎々(にくにく)し気に自分をぶん投げたシリウスを(にら)み付けている。

「大変な事になりました」

ハニエルが、淡々とした口調(くちょう)で告げる。

「この馬鹿(ばか)が、ユリアスの居場所(いばしょ)教会(きょうかい)連中(れんちゅう)に教えた。 連中(れんちゅう)(じき)にここへ来るぞ」

シリウスは、自分を睨んでいるティティスを見下ろしながら、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で告げた。

 それを聞いた途端(とたん)、ロナードの表情が(こお)り付き、顔から血の気が失せ、ギベオンとセネトは、(あせ)りの表情を浮かべながらティティスを見る。

「一体、どうやって?」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、シリウスに問い掛ける。

「コイツは、(わたし)たちが闇取引(やみとりひき)首謀者(しゅぼうしゃ)たちを(とら)えに下船(げせん)したのを見て、カメリアの船から抜け出し、その足で駐屯(ちゅうとん)(じょ)に行き、兵士を買収(ばいしゅう)して通信用(つうしんよう)()道具(どうぐ)を使って、近くに居る船すべてにユリアスがここに居る事を知らせたんだ」

シリウスは、怒りが限界(げんかい)に達してしまったのか、強い殺意(さつい)(いだ)いた冷たい視線(しせん)をティティスに向けながら、(おそ)ろしく淡々(たんたん)と語った。

「何て事を……」

ギベオンは、苦々(にがにが)しい表情を浮かべながら(つぶや)く。

『もう限界(げんかい)なのよ! あのクソ(ばばあ)の船で(きたな)襤褸(ぼろ)を着て、奴隷(どれい)の様に(あつか)われるのは! だから、貴方(あなた)たちが全員死ねば、(わたくし)はそんな(あつか)いを受けずに済むでしょう?』

ティティスは、物凄(ものすご)悪意(あくい)(こも)った口調(くちょう)で、(うす)ら笑みを浮かべながら言った。

『ティティスっ!』

何処(どこ)までも、自分の事しか考えない妹に対し、セネトの(いか)りは爆発(ばくはつ)し、気付いた時には彼女の(ほお)に思い切り平手(ひらて)()ちをしていた。

『何をするのよ!』

ティティスは、自分に思い切り平手(ひらて)()ちをして来たセネトを(にら)み付け、怒鳴(どな)り返した。

『お前は、我々(われわれ)一緒(いっしょ)に居ると言うのに、自分だけが助かると、本気で思って居るのか?』

シリウスは、物凄(ものすご)く冷ややかな口調(くちょう)で、ティティスにそう問い掛ける。

『当たり前ですわ! (わたくし)には関係の無い事ですもの!』

ティティスは、シリウスを(にら)み付けながら、強い口調(くちょう)で言い返す。

『そんな事、相手(あいて)はどうやって見分(みわ)けると言うのです?』

ハニエルが静かに、ティティスに問い掛ける。

『そんな事、(わたくし)(みずか)ら言えば()む話でしょう?』

ティティスは、物凄(ものすご)真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、それを聞いて、その場に居合(いあ)わせた(だれ)もが、(あき)れた表情を浮かべ、深々(ふかぶか)溜息(ためいき)を付いた。

『なぜ相手(あいて)が、お前の言い分を信じると言い切れる?』

セネトが、冷ややかな口調(くちょう)でティティスに言う。

『自分たちと一緒(いっしょ)に居る時点(じてん)で、貴方(あなた)も自分たちの仲間(なかま)だと相手(あいて)見做(みな)しますよ。 (たと)え、本当に関係が無くても』

ギベオンも、(おそ)ろしく落ち着いた口調(くちょう)で言う。

(わたくし)が、この人がここに居る事を教えたと言えば、済む話だわ』

ティティスは動揺(どうよう)しているのか、表情を強張(こわば)らせながら言うと、

『それを(だれ)証明(しょうめい)するの? 例え証明(しょうめい)出来(でき)たとしても、相手(あいて)がアンタの身の安全を確約(かくやく)しなければ、どの(みち)()わりよ』

ルチルが静かに、ティティスに言うと、

『自分ならば、密告(みっこく)する様な者を、生かしたりはしないでしょう。 信用(しんよう)なりませんからね。 邪魔(じゃま)(やから)と共に(ほふ)り去ります』

ギベオンも、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で語る。

 二人の言葉を聞いて、ティティスはやっと自分が如何(いか)に、(おろ)かな事をしたのか気付いた様で、その顔からみるみる血の気が失せ、ガックリと肩を落とした。

『つまり貴女(あなた)(みずか)ら、断頭(だんとう)(だい)に上がったのと同じような事をしたのです』

ハニエルは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でティティスに言う。

『こうなった以上、お前も(たたか)いに参加(さんか)して貰うぞ。 (くさ)っても聖女(せいじょ)候補(こうほ)なのだろう? 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)でも何でも、使えるモノは使って(もら)おうか』

シリウスは、冷ややかにティティスを見下ろしながら、淡々とした口調(くちょう)で言った。

()めて来ると言うのなら、(むか)()準備(じゅんび)をしなくてはね」

ルチルが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、ギベオンも表情を(けわ)しくして(うなず)く。

「ロナード。 大丈夫(だいじょうぶ)だ。 (ぼく)たちが居る。 絶対(ぜったい)にお前を教会(きょうかい)(わた)したりはしない」

セネトは、真っ青な顔をして、(かす)かに(ふる)えているロナードの肩に手を()え、(やさ)しくそう声を掛ける。

 彼は恐怖(きょうふ)のあまり、今にも泣きそうな顔をしながらも、小さく(うなず)き返した。

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