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DRAGON SEED 2  作者: みーやん
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誤解と婚約


主な登場人物


ロナード(ユリアス)…召喚術(しょうかんじゅつ)と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を()が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠(ししょう)に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを()(ため)、エレンツ帝国(ていこく)を目指している。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な美青年。 十七歳。


セネト…エレンツ帝国(ていこく)皇子(おうじ)。 とある事情(じじょう)から(のが)れる(ため)、シリウスたちと行動を共にしている。 補助(ほじょ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)とする魔術(まじゅつ)()。 フワリとした癖のある黒髪(くろかみ)に琥珀色の大きな(ひとみ)特徴的(とくちょうてき)可愛(かわい)らしい少年。


シリウス…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在(じざい)(あやつ)る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手(あいて)魔術(まじゅつ)の使用を(ふう)じる、特殊(とくしゅ)(ひとみ)を持っている。 長めの金髪(きんぱつ)に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫(びじょうぶ)。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒(あいぼう)鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人(りょうよくじん)。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)薬草学(やくそうがく)得意(とくい)としている。 白銀(はくぎん)長髪(ちょうはつ)と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔(えがお)を浮かべながらサラリと(どく)()く。


ティティス…セネトの(はら)(ちが)いの妹。 とても傲慢(ごうまん)自分勝手(じぶんかって)な性格。 家族内で立場の弱いセネトの事を見下(みくだ)している。 十七歳。


カメリア…トロイア王国に拠点(きょてん)(かま)える、宝石の採掘(さいくつ)加工(かこう)販売(はんばい)を手広く手掛ける、女性(じょせい)実業家(じつぎょうか)大富豪(だいふごう)。 トスカナの取引(とりひき)相手(あいて)。 三十歳


ルチル…帝国(ていこく)第三(だいさん)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)(つと)めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 今はティティスの護衛(ごえい)(にん)()いている。 二十歳(はたち)


ギベオン…セネト専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)。 温和(おんわ)生真面目(きまじめ)な性格の青年。 二十五歳。


ルフト…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアを母に持ち、魔術師(まじゅつし)の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟(いとこ)に当たる。 二十歳。


ナルル…サリアを(あるじ)とし、彼女とその家族を守っている『獅子族(シーズーぞく)』と人間の混血児(こんけつじ)。 とても社交的(しゃこうてき)な性格をしている。


 ロナードに、カメリアが所有(しょゆう)する船に無断(むだん)で乗り込んでいた事が見付かった、セネトの妹のティティスとそのメイドは、真昼の(きび)しい日差しが()り付ける甲板(かんぱん)の上を、デッキブラシを使って(みが)いていた。

「おい。 もっと力を入れて(みが)け! 全く落ちてねぇじゃねぇか!」

(いか)つい顔をした、大柄(おおがら)な男がへっぴり腰で甲板(かんぱん)(みが)いているティティスに向かって怒鳴(どな)り付ける。

「こんな事を何故(なぜ)(わたくし)がしなくてはならなくて? 貴方(あなた)たちがなされば良いでしょう!」

ティティスは、不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、口を(とが)らせながら、強い口調(くちょう)で言い返す。

「オメェ。 おれ達の町で何をやらかしたのか、もう(わす)れたのか? 思い出す様に、もう一度(いちど)船首(せんしゅ)から()るしてやろうか?」

(いか)つい顔をした、大柄(おおがら)船員(せんいん)は、ジロリと彼女を(にら)み付け、(うな)る様な低い声でそう(すご)むと、ティティスは思わず(ひる)む。

 そこへ、愛人たちを数人連れ、カメリアがやって来るのが見えたので、ティティスは思わず彼女の方へと()け寄り、

「もう十分でしょう? こんな所に居たら(わたくし)、暑さで干乾(ひから)びてしまいますわ!」

真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、そう(うった)えた。

「少しは、綺麗(きれい)になったの?」

カメリアは(おもむろ)に、ティティスの(そば)に居た(いか)つい顔をした、大柄(おおがら)な男に問い掛ける。

「いいえ。 (まった)く」

彼は、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いてから、カメリアにそう返すと、

「なっ……! (わたくし)はちゃんと(みが)きましたわ!」

ティティスはカチンと来て、彼の方へ()り返ると、強い口調(くちょう)でそう抗議(こうぎ)する。

掃除(そうじ)ってのは、綺麗(きれい)にならなきゃ何の意味もねぇんだよ。 ぐだくだ言ってる(ひま)があるなら、(うで)だけじゃなく(こし)を入れて、全身を使って力を込めて(みが)きな」

(いか)つい顔をした、大柄(おおがら)な男はジロリとティティスを(にら)み付けると、ドスの利いた低い声で言い返す。

「うふふふ。 (ひめ)(さま)には重労働(じゅうろうどう)の様ね?」

カメリアは、かなり(つか)れている様子(ようす)のティティスを見て、嫌味(いやみ)たっぷりに言うと、彼女と一緒(いっしょ)に居た愛人たちが、クスクスと笑う。

「さあ(ひめ)(さま)。 甲板(かんぱん)をしっかり(みが)いて、ピカピカにして下さいね」

カメリアは、意地悪(いじわる)()みを浮かべながら言うと、

(おぼ)えてなさい! 帝国(ていこく)本土(ほんど)に着いたら、貴方(あなた)たちは全員、(わたくし)に対する不敬(ふけい)(ざい)処刑(しょけい)よ!」

ティティスは、忌々(いまいま)し気にカメリアを(にら)み付け、彼女にそう怒鳴(どな)り付ける。

(ばつ)を受けるのは、(わたくし)たちではなく貴女(あなた)の方ですわ。 貴女(あなた)(わたくし)の町でした事は(すで)に、本土の寺院(じいん)に伝えらました。 貴女(あなた)は本土に到着(とうちゃく)次第(しだい)重大(じゅうだい)(つみ)(おか)した者として、寺院(じいん)連行(れんこう)され、裁判(さいばん)を受ける事になるでしょう」

カメリアは、落ち着き払った口調(くちょう)で、(いきどお)っているティティスに言う。

「そんな事、お父様に言って取り消して(いただ)くわ!」

ティティスは、勝ち(ほこ)った様な()みを浮かべながら、カメリアに言うと、彼女は苦笑(にがわら)いを浮かべながら、

寺院(じいん)が決めた事に、(いく)皇帝(こうてい)陛下(へいか)であろうとも、正当(せいとう)な理由なくして、取り消す事など出来(でき)ません。 貴女(あなた)無実(むじつ)であるのなら()(かく)貴方(あなた)自身(じしん)(すで)に自分が町の結界(けっかい)(こわ)すよう、メイドに命じたと、そう供述(きょうじゅつ)した事をセレンディーネ様をはじめ、多くの人達が聞いています。 裁判(さいばん)は逃れられないと思いますよ」

落ち着いた口調(くちょう)で言うと、ティティスはワナワナと(いか)りで身を(ふる)わせる。

「お母様に言って、お前の商会(しょうかい)から何を買わない様に言ってやるわ!」

ティティスは、(くや)しそうに表情を(ゆが)めながら、カメリアに言うと、

「その様な事をなさらずとも、此方(こちら)から願い下げです。 今後、(わたくし)商会(しょうかい)商会(しょうかい)傘下(さんか)商人(しょうにん)、私共と取引のある商人(しょうにん)たちは一切(いっさい)、あなた方親子に商品を売りませんので、ご安心下さい」

カメリアは、ニッコリと()みを浮かべ、落ち着いた口調(くちょう)で返した。

「こんな商会(しょうかい)(つぶ)してやるわ!」

ティティスは()りずに、カメリアに言い返す。

「どうぞ。 ご自由に」

カメリアは、不敵(ふてき)()みを浮かべながら、ティティスにそう言い返すと、愛人たちを連れてその場から立ち()って行く。


 西へ進んで数日後、ロナードたちはカメリアの商船(しょうせん)の水や食料の補給(ほきゅう)と、この地域(ちいき)売買(ばいばい)する商品の()()ろしの(ため)、南部の(みなと)(とう)(ちゃく)していた。

(めずら)しいわね。 検問(けんもん)かしら?』

甲板(かんぱん)の上から(みなと)兵士(へいし)たちが集まり、これから船から()りようとしている船員(せんいん)乗客(じょうきゃく)たちを一人ずつチェックしているのを見て、カメリアはそう(つぶや)いた。

『何か、あったのでしょうか……』

ハニエルも、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言っていると、数人の兵士(へいし)たちが船に()()って来て、

『そこの船! 乗っている者は全員、今直(います)ぐ船から()りろ!』

その中の一人が、大声で(さけ)んで来た。

『何の(さわ)ぎだ?』

部屋から出て来たシリウスが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、カメリアたちにそう問い掛けると、

『これに乗ってたのかレオン! セレンディーネ様を何処(どこ)へやった?』

(ふか)い緑色の双眸(そうぼう)に、濃い灰色の(かみ)を後ろで一つに(たば)ねた、年の(ころ)二十歳(はたち)くらい、日焼(ひや)けなど無縁(むえん)そうな(うす)赤銅(しゃくどう)(しょく)中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)銀縁(ぎんぶち)眼鏡(めがね)を掛けた、黒いローブに身を包んだ青年が、表情を(けわ)しくして、そう怒鳴(どな)って来た。

『ルフト様? 何故(なぜ)ここに?』

彼の姿を見るなり、ハニエルは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

『? 船内(せんない)に居るが?』

シリウスは、ルフトが何故(なぜ)そんなに(おこ)っているのか、理解(りかい)出来(でき)ないと言った様子(ようす)で、そう答えた。

『お前、セレンディーネ様を(かどわかす)なんて、何を考えているんだ!』

ルフトは、(けわ)しい表情を浮かべたまま、強い口調(くちょう)で言う。

『ちょっと待て。 お前は何か誤解(ごかい)している』

シリウスは、『意味(いみ)不明(ふめい)』という様な顔をして、ルフトに言い返す。

五月蠅(うるさ)いゾ!』

()える様な赤い髪を後ろでポニーテールにした、褐色(かっしょく)の肌に、緑色の大きな(ひとみ)特徴的(とくちょうてき)な、見るからに活発(かっぱつ)そうな、フード付の白い外套(がいとう)を着た、年の(ころ)は一〇代前半の小柄(こがら)な少女が、苛立(いらだ)った様な口調(くちょう)怒鳴(どな)り返して来た。

今直(います)ぐ、セレンディーネ様を此方(こちら)(わた)して下さい!』

そう言いながら、黒色の短髪(たんぱつ)目尻(めじり)が少し()り上がった切れ長の琥珀色の双眸(そうぼう)長身(ちょうしん)如何(いか)にも騎士(きし)と言った風体(ふうてい)でガッチリとした体付き、年の(ころ)二十代(にじゅうだい)(なか)ばと思われる黒い軍服(ぐんぷく)の上から青いマントを羽織(はお)り、黒色の(よろい)に身を(つつ)んだ青年が(さけ)ぶと、物凄(ものすご)い勢いで甲板(かんぱん)()け上がって来た。

『待て下さい! 此方(こちら)の話を聞いて……』

ハニエルは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、その青年に向かって言うが、

問答(もんどう)無用(むよう)! (ぞく)の言う事など聞くだけ時間の無駄(むだ)です!』

その青年そう言うと、タンと勢い良く地面(じめん)()り、ハニエルに向かって剣を振り下ろして来た。

『待てと言っている!』

シリウスは、ハニエルに振り下ろされようとした剣を、自分が持っていた大剣で受け止めながら、苛立(いらだ)った口調(くちょう)で、その青年に向かって言うが、

(だま)れ!』

その青年はそう(さけ)ぶと、素早(すばや)くシリウスとの間合いを取る。

『カメリアさん。 中に居て下さい』

ハニエルは、少し(おく)れて乗り込んで来た兵士(へいし)たちの動きに注意しつつ、近くに居たカメリアに言うと、彼女は(あせ)りの表情を浮かべつつも(うなず)き返し、(いそ)いで船内(せんない)へと避難(ひなん)する(ため)()け出した。

『ハニエル!』

ふと、カメリアは、何かに気が付いた様な表情を浮かべ、思わず声を上げる。

 彼女の叫び声を聞いて、ハニエルはハッとした表情を浮かべ振り返ると、何者かが()り出した岩の(つぶて)が直ぐ目の前に(せま)っていた。

「っ!」

ハニエルはとっさに両腕(りょううで)で自分の身を(かば)いつつも、両目を閉じ、(つぶて)()びる覚悟(かくご)をした瞬間(しゅんかん)、ゴオッと言う音が()(そば)でした。


 ハニエルが(おそ)る恐る目を開くと、ロナードが間一髪(かんいっぱつ)の所で、ハニエルとの間に風の魔術(まじゅつ)()り出し、彼に向かって来た岩の(つぶて)相殺(そうさい)した。

『へぇ。 なかなかやるな。 お前』

ハニエルに石の(つぶて)見舞(みま)おうとした、ルフトが不敵(ふてき)な笑みを浮かべながらも、少し苛立(いらだ)った様な口調(くちょう)でロナードに言った。

「ロナード!」

ロナードの登場に、カメリアはホッとした表情を浮かべる。

「早く中に」

ロナードは、カメリアを背で(かば)う様にしてルフト達の前に対峙(たいじ)しながら、落ち着いた口調(くちょう)でカメリアにそう言うと、船内(せんない)へと(うなが)す。

随分(ずいぶん)綺麗(きれい)な顔をしているけれど……お前、男だよな?』

ルフトは、不敵(ふてき)()みを浮かべながら、挑発(ちょうはつ)する様にロナードに問い掛けるが、彼はあまり帝国(ていこく)言語(げんご)理解(りかい)出来(でき)ないので、無言(むごん)身構(みがま)える。

『つれないな。 可愛(かわい)い子ちゃん』

ルフトは、意地(いじ)の悪い表情を浮かべ、(さら)にそう言ってロナードを挑発(ちょうはつ)する。

『ロナードが、帝国(ていこく)の言葉を良く分からなくて良かったですね。 ルフト様。 理解(りかい)出来(でき)ていたら今頃(いまごろ)貴方(あなた)の首と頭がお別れしていますよ』

ハニエルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードを挑発(ちょうはつ)するルフトに言った。

(なる)(ほど)。 皇女(こうじょ)(さま)(だま)して、帝国(ていこく)(がい)に売り飛ばそうとしていたんだな!』

ルフトはニヤリと()みを浮かべ、確信(かくしん)した様な口調(くちょう)でハニエルに言う。

『……皇女(こうじょ)殿下(でんか)を連れて、帝国(ていこく)(もど)っている途中(とちゅう)だったのですが』

ハニエルは苦笑(にがわら)いを浮かべつつ、ルフトに言う。

(うそ)を付け! だったら何故(なぜ)一緒(いっしょ)に居ないんだ!』

ルフトは表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)で言う。

船内(せんない)に居ると、先程(さきほど)シリウスが言いましたよ。 お呼びしましょうか?』

ハニエルは、ルフトに話が通じない事に、やや苛立(いらだ)ちを覚えつつ、苦笑(くしょう)()じりに言う。

『そう言って、(ぼく)油断(ゆだん)(さそ)魂胆(こんたん)だろう! そうはいかないぞ!』

ルフトは表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)でハニエルに言うと、(ふたた)魔術(まじゅつ)で岩の(つぶて)()り出し、それを彼に見舞(みま)おうとする。

(おれ)(ふせ)がれた事を、もう(わす)れたか!」

ロナードはそう(さけ)ぶと、素早(すばや)くハニエルの前に分厚(ぶあつ)い空気の(かべ)を作り、至近(しきん)距離(きょり)からハニエルに目掛(めが)けてとんで来た岩の(つぶて)(はじ)く。

『なっ……』

ルフトは、自分が()り出した岩の(つぶて)が先であったにも(かかわ)らず、ロナードが術の詠唱(えいしょう)も無しに、空気の(かべ)を作り出して(ふせ)いでしまった事に(おどろ)く。

(……コイツ……何なんだ)

ルフトは、ロナードから放たれる、自分とは比較(ひかく)にならない(ほど)の強い魔力(まりょく)を感じ、背中が寒くなる感覚に見舞(みま)われ、表情を引き()らせながら、心の中で(つぶや)いた。

小公爵(しょうこうしゃく)さま!』

『お下がり下さい!』

ルフトの分が悪いと思ったのか、一緒(いっしょ)に居た兵士(へいし)たちかそう言うと、武器を手に彼を(かば)う様にしてロナードの前へと歩み出る。

『お前の相手(あいて)は我々だ』

『バラしてやんよ。 魔法使(まほうつか)い!』

流石(さすが)に三人同時は無理(むり)だろ?』

ルフトの代わりに、ロナードの前に出て来た兵士(へいし)はそう言うと、一斉(いっせい)にロナードに(おそ)()かる。

面倒(めんどう)な……」

ロナードは面倒臭(めんどうくさ)そうな顔をして呟くと、(こし)に下げていた剣を素早(すばや)()き、三方から次々と()り出されてくる剣を受け流す。

(あぶ)ないロナード!」

船内(せんない)(とびら)(そば)様子(ようす)を見ていたカメリアが、ロナードと対峙(たいじ)して居た兵士(へいし)たちの背後(はいご)(ひか)えていたルフトが魔術(まじゅつ)詠唱(えいしょう)しているのを見て思わず、彼に向かって(さけ)んだ。

 彼女の(さけ)び声を聞き、危険(きけん)(さっ)したロナードは、とっさに後ろに飛び退()く。

 そして、数秒(すうびょう)(おく)れてルフトの()り出した、無数(むすう)(ほのお)の玉を()けつつ、その(いく)つかを素早(すばや)く剣で(たた)き落とした。

()けたか。 でも、次はそうはいかないぞ!』

ルフトは、不敵(ふてき)()みを浮かべ、ロナードに言うと、(ふたた)無数(むすう)(ほのお)の玉を()り出す。

(コイツ、何気(なにげ)五月蠅(うるさ)いな!)

ロナードは、軽い苛立(いらだ)ちを覚えつつ、心の中で(つぶや)き、兵士(へいし)たちからの攻撃(こうげき)を避けて居ると、先程(さきほど)同様(どうよう)熱気(ねっき)側面(そくめん)から感じた。

五月蠅(うるさ)いな!」

ロナードは苛立(いらだ)った口調(くちょう)(さけ)ぶと、彼の足元から(いきお)い良く(かま)(いたち)が巻き起こり、飛んで来た(ほのお)(はじ)き飛ばす。

『はあ? そんなのありか!』

それを見たルフトは、あまりの事に目を丸くし、思わず声を上げる。

 ロナードの足元から何の前触(まえぶ)れも無く、(かま)(いたち)が巻き起こったので、切り(かか)ろうとして居た兵士(へいし)たちは(ひる)み、(あわ)ててその場に()み止まる。

(大体、コイツ等は何なんだ)

ロナードは、相手(あいて)との距離(きょり)を取り、その動きに注意をしつつ、心の中で(つぶや)く。

『お前、本当に何なんだ!』

ルフトは苛立(いらだ)った様な口調(くちょう)で、ロナードに向かって(つぶや)いてから、

面倒臭(めんどうくさ)そうなコイツを先に(つぶ)すぞ!』

彼は、近くに居た魔術(まじゅつ)()たちに向かって(さけ)ぶ。

 その後も、魔術(まじゅつ)が使えるルフトと魔術(まじゅつ)()たちの援護(えんご)を受けつつ、彼の連れの兵士(へいし)たちが、入れ代わり立ち代わり、ロナードに向かって来るが、ロナードはルフト達からの魔術(まじゅつ)(ふせ)ぎつつ、自分に向かって来る兵士(へいし)たちの攻撃(こうげき)()ける。

(本当に五月蠅(うるさ)いな!)

ロナードは心の中で(つぶや)くと、何やら小声で口走ると、彼の足元から突然(とつぜん)、緑色の光を放つ魔法陣(まほうじん)が浮かび上がり、背中に蜻蛉(とんぼ)(はね)を生やした幼女(ようじょ)の姿を(かたど)った、全身が緑色の(てのひら)(ほど)の大きさの生き物が次々と飛び出し、甘い香りを(ただよ)わせ、ロナード達を攻撃(こうげき)して来た兵士たちの下へ向かって行くと、彼等(かれら)強烈(きょうれつ)眠気(ねむけ)見舞(みま)われ、その場にバタバタ倒れて行く……。

『くそっ! 何だよコレっ!』

兵士(へいし)たちは、自分に(まつ)わり付いて来るそれを、両手で(はら)いながら、苛立(いらだ)った口調(くちょう)で叫ぶ。

 それには、ルフトもたじろぐ。

『あれはシルフ……。 (なる)(ほど)。 召喚師(しょうかんし)か。 (めずら)しいな』

ロナードが召喚(しょうかん)したシルフを見た、如何(いか)にも騎士(きし)と言った風体(ふうてい)黒髪(くろかみ)の青年は、淡々とした口調(くちょう)でそう(つぶや)いていると、

何処(どこ)を見ている! お前の相手(あいて)(わたし)だぞ!』

シリウスはそう言うと、振り上げた大剣を如何(いか)にも騎士(きし)と言った風体(ふうてい)黒髪(くろかみ)の青年に向かって思い切り振り下ろすが、彼はそれを軽々と()けた。

 そして次の瞬間(しゅんかん)何時(いつ)の間に()()って居たのか、()える様な赤い髪の少女が、シリウスの横っ面を思い切り(なぐ)り飛ばした。

 意表(いひょう)()かれたシリウスはそのまま、(いきお)い良く横へ吹っ飛ばされる。

「シリウス!」

それを見たロナードとハニエルが(あせ)りの表情を浮かべ、ロナードは咄嗟(とっさ)如何(いか)にも騎士(きし)と言った風体(ふうてい)黒髪(くろかみ)の青年に向かって風の魔術(まじゅつ)を繰り出すが、彼は軽々と剣でそれを(はじ)き飛ばしてしまった。

「なっ……」

シリウスの下へ()け付けようとしたロナードは、それを見て(あわ)てて足を止めると、如何(いか)にも騎士(きし)と言った風体(ふうてい)黒髪(くろかみ)の青年から、()げナイフが飛んで来たので、彼は持っていた剣でそれ()(たた)き落とす。

 だが、()げナイフに気を取られていた(わず)かな瞬間(しゅんかん)、さっきシリウスを(なぐ)り飛ばした、()えるような赤い髪の少女が、自分に肉薄(にくはく)している事に気付き、ロナードは(おどろ)き、(あせ)る。

『おネムの時間だゾ』

()える様な赤い髪の少女はそう言うと、ロナードに向かって思い切り()り出した。

「くっ!」

ロナードは後ろに少し引きながらも、持っていた剣で受け止めようとした次の瞬間(しゅんかん)()えるような赤い髪の少女はニヤリと笑みを浮かべ、ロナードの鳩尾(みぞおち)目掛(めが)けて思い切り()りを()り出した。

「ぐふっ!」

鳩尾(みぞおち)()りをまともに食らったロナードは、短く(うめ)き声を上げ、そのまま(いきお)い良く後ろに吹っ飛び、(はる)か後方にあった(かべ)激突(げきとつ)した。

 ロナードはそのまま、力なくズルズルとその場に(くず)れ落ち、項垂(うなだ)れた格好(かっこう)のまま、ピクリとも動かなくなった。

「ロナード!」

それを見て、ハニエルとカメリアが思わず声を上げ、彼の下へと()け出した。

「ロナード! しっかりして!」

カメリアはロナードの(そば)に身を(かが)甲板(かんぱん)の上に両膝(りょうひざ)を付けると、項垂(うなだ)れたままピクリともしない彼の肩を(つか)み、何度も体を()らしながら、(あせ)りの表情を浮かべて声を掛ける。

「カメリアさん!」

後から来ていたハニエルが、カメリアの背後(はいご)()える様な赤い髪の少女が立って居る事に気付き、思わず声を上げる。

 ハニエルの声を聞いて、カメリアはハッとした表情を浮かべ、自分の背後(はいご)に立って居た相手(あいて)を見上げる。

退()いて。 トドメを刺すから』

()える様な赤い髪の少女は、淡々とした口調(くちょう)でカメリアに言うので、彼女は恐怖(きょうふ)に顔を引きつらせる。

()めろ! ナルル!』

不意に船内(せんない)からセネトの叫び声がして、彼女は(いきお)い良く飛び出すと、ロナードの側に居たカメリアを()退()けて、ロナードの首に手を伸ばし、その首をへし折ろうとした、()える様な赤い髪の少女の手を(つか)む。

皇女(こうじょ)(さま)?』

『ナルル』と呼ばれた、()える様な赤い髪の少女は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、(さわ)ぎを聞きつけて(いそ)いで駆け付けたのか、(かみ)()(みだ)し、(いき)(はず)ませ、自分の腕を(つか)んでいるセネトを見上げる。

『お前たち、何をしている! 今直(います)ぐに攻撃(こうげき)を止めろ!』

セネトは、甲板(かんぱん)の上でシリウスや船員(せんいん)たちと乱闘(らんとう)している、兵士(へいし)魔術(まじゅつ)()たちに向かって(さけ)ぶ。

『こ、皇女(こうじょ)さま……』

セネトの叫び声を聞いて、その場にいた兵士(へいし)魔術(まじゅつ)()たちは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、攻撃(こうげき)の手を止める。

何故(なぜ)(ぼく)()れを攻撃(こうげき)した!』

セネトは、ナルルからのキツイ一撃(いちげき)見舞(みま)われ、気絶(きぜつ)しているロナードの(そば)に身を(かが)め、彼を()き上げながら、戸惑(とまど)っている兵士(へいし)魔術(まじゅつ)()たちに向かって、(いか)りに満ちた表情を浮かべ、怒鳴(どな)りつけた。

『えっ……』

()れって……』

『どういう事だ?』

セネトの発言(はつげん)と表情を見て、兵士(へいし)魔術(まじゅつ)()たちは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、口々にそう(つぶや)く。

『アンタ達、何やっているの? 頭、大丈夫(だいじょうぶ)そう?』

(おく)れてやって来たルチルも、()(そば)でセネトに()(かか)えられ、口元から血を流し気絶(きぜつ)しているロナードと、自分たちから(はな)れた甲板(かんぱん)の上でシリウスも(うつぶ)せになって(たお)れ、(ほか)船員(せんいん)たちも攻撃(こうげき)を受け、負傷(ふしょう)しているのを()の当たりにして、『信じられない』と言った様子(ようす)で言う。

『る、ルチル様』

『ルチル隊長(たいちょう)……』

ルチルの登場に、兵士(へいし)魔術(まじゅつ)()たちは、(さら)困惑(こんわく)した表情を浮かべる。

『ハニエル。 早くロナードに治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)を』

セネトは、自分の腕の中で、グッタリして動かないロナードに目を向けながら、かなり(あせ)った様子(ようす)で、近くに居たハニエルに言う。

退()いて下さい』

ハニエルは、訳が分からず茫然(ぼうぜん)と突っ立っているナルルにそう言うと、彼女を片手(かたて)で押し退()け、ロナードの(そば)に来て身を(かが)めると、彼の状態(じょうたい)確認(かくにん)する。

(おそ)らく、肋骨(あばらぼね)が折れていますね』

ハニエルは身を(かが)め、ナルルに()られた時に吐血(とけつ)したのか口から血を流し、グッタリと項垂(うなだ)れているロナードを見ながら(つぶや)く。

『ナルル、お前ッ! 何て事を!』

それを聞いて、セネトは(いか)りに満ちた表情を浮かべ、ナルルを(にら)み付けながら、(うな)る様な声で言う。

『あわわわわ……』

セネトに(にら)み付けられ、ナルルは青い顔をして(つぶや)く。

『生きているのか?』

ナルルに(なぐ)り飛ばされ、甲板(かんぱん)の上に体を強く打ち付け、(しばら)く起き上がれずにいたシリウスは、近くに居た船員(せんいん)に体を支えて(もら)いつつ、ゆっくりと歩み寄りながら、淡々とした口調(くちょう)でハニエルに問い掛ける。

 物言(ものい)いこそ静かだが、シリウスが相当(そうとう)(おこ)って居るのは、彼から放たれる空気から一発で分かった。

重症(じゅうしょう)ですが、命に別状(べつじょう)はありません』

ハニエルは、落ち着いた口調(くちょう)でシリウスに答える。

(なん)で、こんな事をした!』

セネトも(いか)心頭(しんとう)と言った様子(ようす)で、青い顔をしているナルルに問い掛ける。

『だって……』

ナルルは、(しか)られた子犬の様に、シュンとした表情を浮かべながら口籠(くちごも)らせる。

『自分が説明致します』

如何(いか)にも騎士(きし)と言った風体(ふうてい)黒髪(くろかみ)の青年が、落ち着いた口調(くちょう)でそう言って来た。

『ギベオン』

その青年を見て、セネトは戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

 彼は、セネトの身辺(しんぺん)警護(けいご)をしている専属(せんぞく)騎士(きし)だ。

 セネトは彼に何も言わずに、婚約式(こんやくしき)回避(かいひ)したい一心(いっしん)王宮(おうきゅう)から()げ出し、シリアスとハニエルにくっ付いて、ルオンへの旅に同行(どうこう)していたのだ。

 とは言え、兄と宮廷(きゅうてい)魔術(まじゅつ)()(ちょう)のサリアには、定期的(ていきてき)連絡(れんらく)をしていたので、彼にもちゃんと説明がいっているとばかり、思って居た。


『……つまり、(わたし)がセネトを(かどわか)し、婚約式(こんやくしき)滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にしたと?』

ギベオンから説明を受けたシリウスは、思い切り不愉快(ふゆかい)そうな表情を浮かべながら言った。

『何がどう()(ちが)いがあったのかは、分かりませんが……そう言う事になっています』

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)で答える。

貴方(あなた)(むかし)から、(てき)を作り(やす)いですからね。 大方(おおかた)貴方(あなた)の事を良く思わない(やから)が、貴方(あなた)(おとしい)れようと、(いつわ)りの話を広めたのでしょう』

ハニエルは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、シリウスは苦々しい表情を浮かべる。

『サリア様やルフト様は本家(ほんけ)として、分家(ぶんけ)のレオンハルト様が婚約式(こんやくしき)滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にした責任(せきにん)を取る様にと、セレンディーネ様のお相手(あいて)の家から(せま)られていた様です』

ギベオンは、気の(どく)そうな表情を浮かべつつ、そう付け加える。

『それで。 相手(あいて)の言い分を(しん)じて、お前たちは此処(ここ)まで来たと?』

セネトは、(あき)れた表情を浮かべながら、ギベオンたちに言う。

『自分は、真偽(しんぎ)を確かめてからと、(もう)し上げたのですが……』

ギベオンは、何とも言い(がた)い表情を浮かべながら言うと、

大方(おおかた)、この馬鹿(ばか)がお前の意見(いけん)を聞かず、ナルル()れて(わたし)(さが)しに向おうとしていたので、お前は見過(みす)ごす事が出来(でき)ず、二人に付いて来たと言ったところか……』

シリウスは、部屋の(すみ)に置かれているソファーに、所在無(しょざいな)さ気にしているルフトへ目を向けながら、淡々とした口調(くちょう)で言う。

『そんな感じです』

ギベオンは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

『この二人だけで国外に出すのは、駄犬(だけん)を野に放つのと同じだからな』

シリウスは、(うつむ)いているルフトを見ながら、冷ややかな口調(くちょう)で言うと、

『何だと!』

それを聞いて、ルフトは(いきお)い良くソファーから立ち上がると、(いか)りで顔を真っ赤にし、声を(あら)らげ、シリウスを(にら)む。

馬鹿(ばか)なお前の事だ。 失態(しったい)(おか)した(わたし)(つか)まえて(もど)れば、自分の(かぶ)を上げられると思い、(よろこ)(いさ)んで此処(ここ)まで来たのだろう?』

シリウスは、(いか)りで顔を真っ赤にし、自分を(にら)んでいるルフトを、()ややかに見据(みす)えながら、淡々とした口調(くちょう)で言うと、彼は苦々しい表情を浮かべ、シリウスから視線(しせん)()らし、口を(つぐ)む。

(まった)く……。 何をするにしても、公爵家(こうしゃくけ)跡取(あとと)りとして、慎重(しんちょう)に動けと、サリアも散々お前に言っている事だろうが』

シリウスは、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付くと、(あき)れた表情を浮かべながらルフトに言うと、

五月蠅(うるさ)いッ! 分家(ぶんけ)当主(とうしゅ)分際(ぶんざい)で、(えら)そうに本家(ほんけ)の人間に意見(いけん)するな!』

ルフトは、不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにし、強い口調(くちょう)でシリウスに言い返す。

『シリウスが言っている事は至極(しごく)()っ当だ。 それを自分を正当化(せいとうか)しようと、本家(ほんけ)だの、分家(ぶんけ)だのと持ち出して、耳を(かたむ)けないのは、(おのれ)器量(きりょう)(せま)さを周囲(しゅうい)に教えているのと同じだと思うぞ』

セネトは、(あき)れた表情を浮かべながら、シリウスに対して不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにしているルフトに言う。

()(かく)、まずはギベオンに(あやま)るべきだろう?』

シリウスは、(あき)れた表情を浮かべながら、ルフトに言うと、

『そんな事、お前に言われなくとも分かっている!』

ルフトはカチンと来た様子(ようす)で、声を(あら)らげて言い返す。

『お前は、またそうやって……シリウスに一々突っかからないと、気が済まないのか?』

セネトは、(あき)れた表情を浮かべたまま、ルフトに言う。

『自分の地位(ちい)を脅かしそうな(ほど)優秀(ゆうしゅう)貴方(あなた)に負けたく無くて、虚勢(きょせい)を張(Fハ)っているだけよ』

ルチルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながらシリウスに言うと、

『そんな事は分かっている』

シリウスは、淡々とした口調(くちょう)で言い返す。

『ホント、アンタには謙遜(けんそん)って言葉は無いの?』

シリウスの発言を聞いて、ルチルは呆れた表情を浮かべながら言う。

『シリウスには魔力(まりょく)は無いのに、ご苦労様(くろうさま)な事ですね』

ハニエルはニッコリと()みを浮かべ、そう言ってルフトを(あお)る。

『お前が脅威(きょうい)としなければならないのは、魔力(まりょく)を持たないシリウスよりも、同じ魔術師(まじゅつし)のロナードだろ』

セネトは、(あき)れた表情を浮かべながら言う。

『それでは彼が、(れい)の?』

ギベオンは、真剣(しんけん)な表情を浮かべながら、セネトにそう問い掛けると、

『そうだ』

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら言う。

『よもやとは思って居ましたが……』

ギベオンは、ハニエルに治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)(ほどこ)して貰ったものの、気絶(きぜつ)したまま、ベッドの上に横たわっているロナードを見ながら言う。

『良かったわねぇ。 ルフト。 アンタよりも年下の、優秀(ゆうしゅう)魔術(まじゅつ)()従弟(いとこ)と会えて』

ルチルは、意地(いじ)の悪い表情を浮かべ、ルフトに向かって言う。

『はあ?』

それを聞いて、ルフトは思わず立ち上がり、ロナードの方へと目を向ける。

『お前がブチのめしたのは、(わたし)の弟だ』

シリウスは、ムッとした表情を浮かべ、ナルルに向かって言うと、

御免(ごめん)なさい。 伯爵(はくしゃく)(さま)。 でも、ルフト様が……』

ナルルは、アタフタとしながら、シリウスにそう言うと、何度も何度も頭を下げる。

『……お前は何でもルフトに(したが)ってばかりで、自分の頭で考えて判断(はんだん)しないから、こう言う事になるんだ』

シリウスは、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いてから、(あき)れた表情を浮かべながらナルルに言う。

御免(ごめん)なさい……』

ナルルは、(しか)られた子犬の様に、シュンとした表情を浮かべながら、シリウスに言う。

『大体、(わたし)ではなくロナードに(あやま)れ。 目を覚ましてお前の顔を見た途端(とたん)顔面(がんめん)(なぐ)られても、(わたし)は責任を取らんからな』

シリウスは、溜息(ためいき)()じりに言うと、それを聞いてナルルは表情を引きつらせる。

大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。 ロナードはシリウスと(ちが)って(やさ)しいので、ちゃんと(あやま)れば(ゆる)してくれますよ』

ハニエルが、(やさ)しい口調(くちょう)でそう言ったのを聞いて、表情を引きつらせているナルルは、ホッと胸を()でおろそうとしたところを……

『どうだかな。 臨戦(りんせん)態勢(たいせい)だった場合は、やりかねんぞ』

シリウスは、淡々とした口調(くちょう)で言うので、それを聞いてナルルは(あせ)りの表情を浮かべる。

『何にしても、誤解(ごかい)()けたのだから、良かったじゃない』

カメリアは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、シリウスたちに言う。

『お前が、(ぼく)たちと一緒(いっしょ)に居る事は、通信用(つうしんよう)()道具(どうぐ)でサリアに伝えておこう』

セネトは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、落ち着いた口調(くちょう)でルフトに言うと、それを聞いた彼はビクッと身を強張(こわば)らせる。

『それとも、お前が直接(ちょくせつ)、ママに会って泣き付くか?』

シリウスが、意地(いじ)の悪い表情を浮かべ、皮肉(ひにく)たっぷりにルフトに言うと、彼はジロリとシリウスを(にら)み付けた。

『今、気が付いたのだけど………ティティス様は?』

カメリアは、ティティスの姿が無い事に気が付くと、おずおずとシリウスたちに問い掛けると、一同は『そう言えば』という様な顔をして、部屋の中を見回す。

『知った事か』

セネトやギベオンが、(あせ)りの表情を浮かべている(かたわ)らで、シリウスは、どうでも良さそうな口調(くちょう)で言う。

(まった)く……駄犬(だけん)がもう一匹いた事をすっかり(わす)れていたわ』

ルチルは、ボリボリと自分の頭を()きながら、面倒臭(めんどうくさ)そうに言う。

殿下(でんか)。 自分どもが(さが)して(まい)ります』

ギベオンが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでセネトに言うと、

『え~。 勝手(かって)に居なくなったんだから、()くない?』

ルチルは、面倒臭(めんどうくさ)そうにギベオンに言うと、

『そう言う訳にもいかんだろ! 万が一、ティティス様の御身(おんみ)に何かあったらどうする!』

ギベオンは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでルチルに言い返す。

『あ~。 はいはい。 (さが)しに行けば良いんでしょ? ったく』 

ルチルは相変(あいか)わらず、面倒臭(めんどうくさ)そうにギベオンに言う。

『ルフト様。 ナルル(じょう)。 お二人にも協力(きょうりょく)をお願い出来(でき)ますか?』

ギベオンは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでルフトとナルルに言うと、

『分かった。 ウチの兵士(へいし)たちにも言って、捜索(そうさく)に当たらせよう』

ルフトはそうギベオンに答えてから、チラリとシリウスの方へと目を向けると、彼は『さっさと行け』と言わんばかりに、片手(かたて)で追い(はら)う様な仕草(しぐさ)をするので、ルフトはムッとした表情を浮かべながら、ナルルを(ともな)って足早(あしばや)に部屋を後にする。

『……ルフトに(つめ)()ぎないか?』

部屋から立ち()るルフトの背中を見送(みおく)りながら、シリウスに向かってセネトは言うと、

『自分を(きら)っている(やつ)(やさ)しくできる(ほど)、私は人が出来(でき)ていないんでな』

シリウスは、淡々とした口調(くちょう)で言う。

『そうは言うが一応(いちおう)従弟(いとこ)だろう? ロナードの三分の一くらいでも、(なさけ)を掛けてやったらどうなんだ?』

セネトは、(あき)れた表情を浮かべながら、シリウスに言う。

可愛(かわい)い気も無いのにか?』

シリウスは、ウンザリした表情を浮かべながら問い掛ける。

貴方(あなた)()っ掛かるのは、(かま)って()しいと言う気持ちの裏返(うらがえ)しよ。 きっと。 実際(じっさい)、ずっと貴方(あなた)の事を気にしていたし。 本当は仲良(なかよ)くしたいと思っているんじゃないかしら?』

カメリアが、(あき)れた表情を浮かべながら、シリウスにそう言うと、

『知った事か』

シリウスは、興味(きょうみ)()さそうに、淡々とした口調(くちょう)で言う。


「う……ん……」

ロナードは(かす)かに(まゆ)(ひそ)め、ランプだろうか……(かす)かに明りがある方へと顔を向けつつ、ゆっくりと目を開けた。

「気が付いたか?」

ロナードが(ねむ)って居るベッドの()(わき)で、椅子(いす)に座って居たセネトが、ホッとした表情を浮かべ、(やさ)しい口調(くちょう)で声を掛けた。

「あれ? (おれ)何時(いつ)の間に(ねむ)って……」

ロナードは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)くと、(おもむろ)に身を起こそうとしたが、鳩尾(みぞおち)辺りに激痛(げきつう)が走り、思わずその(いた)みに表情を(ゆが)め、片手(かたて)鳩尾(みぞおち)()え、前のめりになる。

(きゅう)に動くな。 肋骨(あばらぼね)が折れているんだぞ」

セネトは(あわ)てて、思い切り(いた)そうな顔をして、前のめりに(うずくま)っている彼に、そう声を掛ける。

「っつ……」

ロナードは激痛(げきつう)のあまり青い顔をし、背中から()や汗を流しながら、(うめ)き声を上げる。

「ナルルの(やつ)……本当に手加減(てかげん)なしだな」

セネトは、(あき)れた表情を浮かべながら(つぶや)く。

(くすり)、飲めそうか?」

セネトは、心配そうな顔をしながらも、ロナードの背中を(やさ)しく(さす)りつつ、そう問い掛けると、彼は表情を(ゆが)めたまま、(うなず)き返した。

「ちょっと待っていろ」

セネトはそう言うと、近くにあったクッションなどをロナードの背後(はいご)に積み上げると、彼をゆっくりとそれに(もた)れ掛けさせる。

「この方が楽だろう?」

セネトはロナードの体を(ささ)える様にして、ゆっくりとクッションの方へ体を倒させながら、心配そうに問い掛ける。

()まない」

しっかりとクッションに身を預け、何とか上半身(じょうはんしん)を起こした格好(かっこう)になると、ロナードは申し訳なさそうに、セネトに言った。

 セネトは近くにある小さな丸テーブルの上に置いて居た、カップにハニエルが作った粉薬(こなぐすり)を入れ、自分がお茶を飲もうと用意してた、お()が入ったティポットからお()(そそ)ぎ入れると、ティスプーンでカップに入った粉薬(こなぐすり)を良く()()ぜる。

「ゆっくり飲め」

セネト皇子(おうじ)は、少し冷ました物を、そう言いながらロナードに差し出した。

 ロナードは、手渡(てわた)された薬湯(やくとう)がまだ熱そうなので、火傷(やけど)をしない様、何度か(いき)を吹き掛け()ましてから、少しずつ口に運んだ。

「うっ……にがっ……」

薬湯(やくとう)を口に含んで飲み込んだ後、ロナードは思い切り顔を(しか)めながら呟いた。

「だ、大丈夫(だいじょうぶ)か? 水、()るか?」

ロナードが、物凄(ものすご)不味(まず)そうな顔をして言うので、セネトは(あせ)りの表情を浮かべながら問う。

(くすり)をお()()かしている時に(ただよ)って来た(にお)いからして、不味(まず)そうだとは思って居たが……)

セネトは、ロナードが思い切り顔を(しか)めているのを見ながら、心の中で(つぶや)いた。

大丈夫(だいじょうぶ)……。 (ひど)い味だが……。 頑張(がんば)って……飲む……」

ロナードは、不味(まず)そうな顔をしつつも、セネトにそう言うと、意を決し、一気に薬湯(やくとう)を流し込んだ。

 口に(ふく)んだ瞬間(しゅんかん)無味(むみ)だが、後から何とも表現し(がた)苦味(にがみ)が広がり、終わりの方にシナモンだろうか、ビリッとした刺激(しげき)があり、その後に鼻に抜ける様な、強いハッカの味もしてくる。

「うえっ……。 マズっ……。 この味、何とかならなかったのか……」

ロナードは、久々に(おそ)ろしくマズイ(くすり)支配(しはい)されている口の中をどうにかしたいと言う強い気持ちに()られつつ、思い切り顔を(しか)めながら(つぶや)いた。

 良薬(りょうやく)口に(にが)しとは、良く言ったモノである。

「ちょっと待って……。 確かこの辺りに……」

ロナードが、とてつもなく不味(まず)そうな顔をしているのを見て、セネトはそう言いながら、自分が着ていた上着(うわぎ)のポケットを手で(あさ)る。

「あった」

(しばら)くして、何かを見付けたのか、(うれ)しそうにそう言うと、それを(おもむろ)に取り出した。

 それは、それぞれに(あわ)い赤、緑、黄、そして白の四色に色が付けられ、見た目からして、とても可愛(かわい)らしい、指先(ゆびさき)(ほど)の大きさの球体(きゅうたい)が入った小瓶(こびん)だった。

「済まない。 今はこんな物しか持って無い。 口直(くちなお)しになると良いが……」

セネトはそう言いながら、小瓶(こびん)(ふた)を開けると、自分の(てのひら)の上に中の物を数個、(ころ)がす様に出すと、それをロナードに差し出した。

「セネト。 また、こんな物をこっそり持って……。 ハニエルに見付かったら(しか)られるぞ」

ロナードは、飴玉(あめだま)と思われそれを見て、(あき)れた表情を浮かべながら言う。

「良いから食え。 コンペイトウと言う、帝国(ていこく)本土の北にあるスバル王国の菓子(かし)だ。 味は飴玉(あめだま)()ている」

セネトはそう言うと、ロナードは興味深(きょうみぶか)そうにマジマジとそれを(なが)めた後、セネトの(てのひら)の上から、(あわ)い緑色のそれを手に取る。

「星みたいな形だ。 面白(おもしろ)いな」

球体(きゅうたい)かと思われたそれは、凹凸(おうとつ)が有り、その形が夜空に浮かぶ星を連想(れんそう)されたので、ロナードは(おもむろ)にそう(つぶや)いた。

「そうだろう?。 (ぼく)もこの形と色が昔から好きで、(おさな)い頃(Bコロ)は良く兄上に強請(ネダ)っていた」

セネトは何処(どこ)か、(なつ)かしそうな表情を浮かべつつロナードに言うと、

「星を食べるみたいで、ちょっと楽しいな。」

ロナードはそう言うと、(おもむろ)にそれを口の中に放り込んだ。

子供(こども)(ころ)(ぼく)も、そう思いながら食べてた」

セネトは、ロナードが(おさな)(ころ)の自分と()感想(かんそう)を持った事に(うれ)しくなり、口元を(ほころ)ばせ、そう言って(わら)った。

 二人の間に、仄々(ほのぼの)とした空気が(ただよ)う。

(少しずつ、口の中に(ほの)かな甘みが広がってくる……。 けれど、(いや)な甘さじゃない)

ロナードは、口の中に入れたコンペイトウを味わいながら、心の中で(つぶや)いた。

「それより、お前は(あま)い物を程々(ほどほど)にしないと」

(あま)ったるい物は苦手(にがて)なロナードだが、超絶(ちょうぜつ)マズイ薬湯(やくとう)を飲んだ後だったからか、そんなに(あま)さは気にならなかったが、(おもむろ)にセネトに言う。

「分かっている。 たまにだ」

セネトは、ムッとした表情を浮かべ、口を(とが)らせながらロナードに言い返す。

「まあ、そのお(かげ)で今回は助かったけどな。 有難(ありがと)う」

ロナードは、(おだ)やかな口調(くちょう)でセネトに(れい)()べた後、ニッコリと笑みを浮かべた。

「そうだろう?」

セネトは、ドヤ顔でそう言い返すと、ロナードは可笑(おか)しくなって、クスッと(わら)うと、その表情を見て、セネトも()みを浮かべる。

「そう言えば、兄上たちは大丈夫(だいじょうぶ)だったのか?」

ロナードは、口の中のコンペイトウが無くなると、(おもむろ)にセネトに問い掛ける。

「ああ。 シリウスがナルルに(なぐ)られた所為(せい)で顔に(あざ)と、甲板(かんぱん)に体を強く打ち付けて、打撲(だぼく)をした程度(ていど)だ。 船員(せんいん)も何人か怪我(けが)はした様だが、お前が一番(いちばん)重傷(じゅうしょう)だ」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)でロナードに答えると、

「そうか」

ロナードは、自分以外の者に、大きな怪我(けが)は無いと分かり、安堵(あんど)の表情を浮かべつつ、胸を()で下ろした。

「今は夜中だ。 (ねむ)れるようなら眠った方が良い」

セネトがそう言うと、

「そうする」

ロナードはそう答えると、セネトの手を()りながら、ゆっくりと身を横たえる。


 翌日(よくじつ)、ロナードを見舞(みま)いに来たギベオンたちは……。

『本当に申し訳ない……。 とんだ早とちりを……』

ギベオンは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、―ロナードに対し深々と頭を下げ、謝罪(しゃざい)する。

『ぶっ飛ばして御免(ごめん)なさい』

ナルルも、シュンとした表情を浮かべ、ロナードに深々と頭を下げながら、(あやま)る。

『……お前が手向(てむ)かいして来るのが悪いんだ』

ルフトは、そっぽを向き、不満(ふまん)そうな表情を浮かべながら、ロナードに言う。

大丈夫(だいじょうぶ)だから」

帝国(ていこく)の言葉が良く分からないながらも、三人が(あやま)って居る事は何となく分かったので、ロナードは苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

『?』

今度は三人が、キョトンとした表情を浮かべながら、(そろ)ってロナードを見る。

『ロナードは、ランティアナで生まれ育っているので、帝国(ていこく)の言葉は勉強中なのです』

三人が戸惑(とまど)っているのを見て、ハニエルは苦笑(にがわら)いを浮かべながら説明する。

「自分はセレンディーネさま付の騎士(きし)、ギベオンと申します。 今回の事は心からお()(いた)します」

ギベオンは、ランティアナ大陸の言葉を用い、丁寧(ていねい)口調(くちょう)でそうロナードに言うと、深々と頭を下げた。

「ご丁寧に有難(ありがと)御座(ござ)います。 間違(まちが)いは誰にでもありますし、何より、自分が(つか)えている主の事ですから、気が気ではなかったであろう事は、(おれ)にも想像(そうぞう)がつきます。 どうか気にしないで下さい」

ロナードはニッコリと()みを浮かべ、(やさ)しい口調(くちょう)でギベオンに言う。

(だれ)だよ。 (なぐ)って来るかもとか言っていた(やつ)

ロナードの言葉を聞いて、ルフトが不満(ふまん)そうな表情を浮かべながら言うと、部屋の(すみ)にあるソファーで(くつろ)いでいたシリウスを、(うら)めしそうに(にら)む。

『ボクは、ナルルだゾ』

ナルルは、自分を指差(ゆびさ)しながら、ニコニコと愛想(あいそう)()()みを浮かべながらロナードに言う。

『だから………帝国(ていこく)の言葉は、まだ良く分からないと、ハニエルが言ったじゃないか』

ナルルの発言を聞いて、ルフトは(あき)れた表情を浮かべながら言う。

『あ、そっか』

ナルルはそう言うと、

【ボクはナルルだゾ。 (よろ)しくね】

何を思ったのか、亜人(あじん)たちが用いる古代語(こだいご)でロナードに語り掛けた。

余計(よけい)に分かんないだろ!』

ルフトがそう言って、ナルルに突っ込むと、彼女の後頭部を軽く(たた)く。

(おれ)はロナードだ。 (よろ)しく】

ロナードは、ニッコリと()みを浮かべ、ルフト達の予想(よそう)を超えて、物凄(ものすご)流暢(りゅうちょう)古代語(こだいご)で返して来たので、彼等(かれら)度肝(どぎも)を抜かれる。

(すご)い! 凄い! ボクたちの言葉が分かるの?】

ナルルは感激(かんげき)した様子(ようす)で、声を(はず)ませ、ぴょんぴょんと()ねながらロナードに言う。

【大体は】

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら答える。

(おどろ)いた』

『自分もです』

ルフトとギベオンは、(はと)豆鉄砲(まめでっぽう)を食らった様な顔をしながら、思わずそう(つぶや)いた。

 エレンツ帝国(ていこく)にも、『獅子族(シーズーぞく)』と呼ばれる亜人(あじん)をはじめ、(ほか)にも少数ながらも亜人(あじん)が住んで居るのだが、ランティアナ大陸と同様(どうよう)に、人間たちの多くが彼等(かれら)の言葉を理解(りかい)する事も、(しゃべ)る事も出来(でき)ない。

 それは(ひとえ)に、(かつ)て、亜人(あじん)たちが北半球の全土を支配(しはい)していた時代、魔力(まりょく)を持たない人間たちが家畜(かちく)の様に(しいた)げられていたからだ。

亜人(あじん)たちが支配(しはい)していた国『魔法(まほう)帝国(ていこく)』が滅亡(めつぼう)してからは、人間たちは亜人(あじん)たちを迫害(はくがい)虐殺(ぎゃくさつ)し、彼らの言葉を(もち)いる事を禁止(きんし)した。

 魔法(まほう)帝国(ていこく)(ほう)(かい)した後、亜人(あじん)たちの多くが(のが)れた、エレンツ帝国(ていこく)でも同様(どうよう)状況(じょうきょう)が続き、長い間、亜人(あじん)たちは圧倒的(あっとうてき)多数(たすう)の人間たちから(しいた)げられ、(あらそ)いも()えなかった。

 特に、『獅子族(シーズーぞく)』は戦闘(せんとう)に長けた種族(しゅぞく)で、何百年もの間、人間たちと(あらそ)っていた。

 それが、先の皇帝(こうてい)の時代になり、他国(たこく)(しん)(りゃく)戦争(せんそう)をする様になると、人間よりも(はる)かに膨大(ぼうだい)魔力(まりょく)身体(しんたい)能力(のうりょく)(すぐ)れ、大きな(けもの)変化(へんげ)出来(でき)る持つ亜人(あじん)たちは重宝(ちょうほう)される様になり、長年、(あらそ)って来た『獅子族(シーズーぞく)』とも和平(わへい)(むす)ばれ、彼等(かれら)帝国(ていこく)兵士(へいし)として、戦地(せんち)へと駆り出されるようになっていった。

 皇帝(こうてい)が変わった今は、侵略(しんりゃく)戦争(せんそう)こそしなくなったが、先の(たたか)いで()植民地(しよくみんち)平定(へいてい)(ため)に、獅子族(シーズーぞく)の力は()かす事は出来(でき)ない。

 獅子族(シーズーぞく)の方も、狩猟(しゅりょう)採集(さいしゅう)という原始的(げんしてき)な生活を送って来たので、人間たちから(もたら)される知識(ちしき)()道具(どうぐ)などは、とても魅力的(みりょくてき)なものであった。

 今では、里の若者(わかもの)たちを傭兵(ようへい)として各地(かくち)派遣(きけん)する代価(だいか)として、食料、生活用品、医療(いりょう)などを受ける(ため)に金を受け取ると言う、関係が成立(せいりつ)している。

 ナルルは、父は獅子族(シーズーぞく)、母は人間という混血児(こんけつじ)で、父が生まれた獅子族(シーズーぞく)の里ではなく、人間の社会で父母と共に生きて来た。

 それでも、獅子族(シーズーぞく)としての(ほこ)りを失わぬ様、父からは亜人(あじん)が用いる言語(げんご)と、獅子(しし)変化(へんげ)する能力(のうりょく)(あつか)い方を習った。

 そんな彼女の転機(てんき)(おとず)れたのは、父が何者かによって(のろ)いに掛けられ、その呪いを()いたのが、ルフトの母親である、宮廷(きゅうてい)魔術(まじゅつ)()(ちょう)のサリアだった。

 ナルルは、父の命を(すく)ってくれたサリアに恩義(おんぎ)を感じ、それ以降(いこう)、サリアを(あるじ)(あお)ぎ、彼女と彼女の家族を(こぶし)(ひと)つで守って来た。

 見た目こそ(おさな)いが、ルフトよりもずっと年上だ。

 だが、彼女が今まで生きて来た中で、亜人(あじん)たちが用いる言語(げんご)理解(りかい)し、(しゃべ)る事が出来(でき)る人間は今まで一人も居なかった。

【もしかして君は、ボクと同じ人間との混血(こんけつ)?】

ナルルは、興味津々と言った様子(ようす)で、ロナードに問い掛ける。

【さあ。 ただ、身内に烏族(からすぞく)が居て、彼等(かれら)の里へ、(おさな)い頃から行き来していた関係で、彼等(かれら)の言葉が分かる様になっていっただけだ】

ロナードは、(おだ)やかな口調(くちょう)で答えた。

(すご)いや。 ボク、獅子族(シーズーぞく)たち以外で、古代語(こだいご)を話せる人に初めて会ったゾ】

ナルルは何時(いつ)の間にか、ロナードが横になっていたベッドの(はし)に座り、ベッドの(ふち)に身を(もた)れ掛けていたロナードに向き合う様な形で語っている。

(たと)え話せても、人間の町や村で、わざわざ古代語(こだいご)を話す(やつ)は居ないからな】

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

『近すぎだ!』

セネトは、ナルルの襟首(えりくび)(つか)むと、乱暴(らんぼう)にロナードが横になっているベッドの上から引き()り下ろした。

「長々と済まない。 ずっとその格好(かっこう)も辛いだろう? もう横になれ」

セネトは、申し訳なさそうにロナードに言う。

「自分たちもこれで失礼(しつれい)します。 お大事になさって下さい」

ギベオンは、(おだ)やかな()みを浮かべ、(やさ)しくロナードにそう声を掛けると、

『ほら。 怪我人(けがにん)無理(むり)をさせるものじゃない。 行くぞ。 ナルル』

ルフトが淡々とした口調(くちょう)で、ナルルにそう声を掛ける。

『はぁい』

ナルルは、渋々と言った様子(ようす)でルフトに返事をすると、彼の側へ駆け寄る。

【じゃあね。 ロナード。 元気になったら、沢山(たくさん)お話ししようね】

ナルルは、ロナードに手を()りながら、満面(まんめん)()みを浮かべそう言うと、ルフト達と共に部屋を後にした。


随分(ずいぶん)と、ナルルに気に入られたようですね」

ハニエルは、苦笑(にがわら)()じりにロナードに言うと、

「自分が半殺(はんごろ)しにした相手(あいて)だと言うのに、呑気(のんき)なものだ」

シリウスは、(あき)れた表情を浮かべながら言う。

「変に引き()らないのが、ナルルの良い所だろう?」

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

(ただ)(たん)に、(にわとり)の様に()ぐに(わす)れてしまうだけだ」

シリウスは、肩を(すく)めながら、皮肉(ひにく)たっぷりに言う。

「しかし、シリウスが殿下(でんか)(かどわか)した犯罪者(はんざいしゃ)にされているとは……(おどろ)きましたね」

ハニエルは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら言う。

「少し考えれば、シリウスに何のメリットも無いと分かる(はず)だ。 こんな馬鹿(ばか)げた話、信じる(やつ)の方が少ないだろう」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)でそう言うと、ロナードが使っているベッドの(わき)にある椅子(いす)に腰を下ろす。

発生源(はっせいげん)は、ティティスの同腹(どうふく)の兄、ネフライトと見て良いだろうな」

シリウスは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで呟く。

昨年(さくねん)御前(ごぜん)試合(じあい)貴方(あなた)にボコボコにされた事を相当(そうとう)、根に持っている様ですしね」

ハニエルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、セネトも苦笑いを浮かべ、(うなず)き返すと、

皇帝(こうてい)大勢(おおぜい)観衆(かんしゅう)の前で、皇太子(こうたいし)である自分が良い所を一つも見せらせず、お前に一方的にボコボコにされた事、かなり(おこ)っていたからな」

そう言った。

普通(ふつう)皇太子(こうたいし)手心(てごころ)を加えるのが暗黙(あんもく)了解(りょうかい)ですが、貴方(あなた)はそんな事はお(かま)いなしに、無慈悲(むじひ)(たた)きのめして差し上げましたからね」

ハニエルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら続ける。

「最初から、自分が優勝(ゆうしょう)する様に仕組(しく)まれた試合(しあい)に勝って、何が楽しいのやら……」

シリウスは、軽く溜息(ためいき)を付くと、そう言って肩を(すく)める。

「ネフライト皇子(おうじ)も話と(ちが)っていたので、さぞ(おどろ)いたでしょうね」

ハニエルは、その時に狼狽(うろた)えていたネフライト皇子(おうじ)様子(ようす)を思い出し、クスッと(わら)いながら言った。

「見たかったな。 それ」

彼等(かれら)の話を聞いて、ベッドの上で横になっていたロナードは、(うらや)ましそうに言った。

「毎年あるので、チケットさえ手に入れれば見られますよ」

ハニエルは、(おだ)やかな笑みを浮かべながらロナードに言う。

「ロナードの場合、参加(さんか)する側じゃないのか?」

セネトがそう言うと、

「それって、どう言った趣旨(しゅし)の大会なんだ?」

ロナードは、興味深(きょうみぶか)そうにセネトたちに問い掛ける。

「なぁに。 皇帝(こうてい)即位(そくい)を祝う祭りのイベントの一つだ」

シリウスは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、

「試合に優勝すると高額(こうがく)賞金(しょうきん)と、皇帝(こうてい)陛下から直接(ちょくせつ)、ご褒美(ほうび)の品も頂けるのですよ」

ハニエルが、ニッコリと笑みを浮かべながら、そう付け加える。

「おや。 あまり興味(きょうみ)が無いようですね?」

ハニエルは、ちょっと意外そうに言う。

褒美(ほうび)の品が、希少(きしょう)()導書(どうしょ)なら話は別だろう」

シリウスが、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、

「それなら、魔術(まじゅつ)大会(たいかい)があるぞ」

セネトがそう言うと、

魔術(まじゅつ)大会(たいかい)?」

ロナードは思わず身を乗り出し、目をキラキラさせながら言ったが、次の瞬間(しゅんかん)鳩尾(みぞおち)辺りに激痛(げきつう)が走った。

「……お前、自分が怪我(けが)をしている事を、すっかり忘れていただろう」

シリウスは、鳩尾(みぞおち)に両手を()え、悶絶(もんぜつ)しているロナードに対し、冷ややかな口調(くちょう)で言った。


『何も言わず、出て行って悪かったな。 ギベオン。 だが、王宮(おうきゅう)内では何処(どこ)(だれ)が聞き耳を立てているか、分からないからな……』

セネトは、自分に()(あた)えられた部屋に(おとず)れたギベオンに対し、そう言って謝罪(しゃざい)し、彼に座る様に(うなが)す。

『分かっております。 ご自分の部屋であろうと、油断(ゆだん)出来(でき)ませんからね』

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)で答えると、テーブルを(はさ)んで向かいのソファーに腰を下ろす。

『でも良く、あのシリウスが了承(りょうしょう)してくれたわね?』

少し先に部屋に来ていたルチルは、紅茶を一口飲んでから、意外(いがい)そうに言う。

(ぼく)強引(ごういん)に押しかけて、付いて行ったんだ』

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

『ですが、少年の振りをする為とは言え、御髪(おぐし)をこうも短く切られてしまうとは……綺麗(きれい)御髪(おぐし)でしたのに勿体(もったい)ないです』

ギベオンは、悲しそうな表情を浮かべながら言うと、ルチルもウンウンと頷いている。

『なに。 髪など直ぐに伸びる。 それに、(ぼく)がこんな髪の間は、婚約式(こんやくしき)出来(でき)ないだろう?』

セネトは苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

『だからって、やり過ぎよ』

ルチルは、(あき)れた表情を浮かべながら言う。

『だが、この短い髪のお(かげ)で旅の間、女と思われた事は無い』

セネトは、苦笑(にがわら)いを穿たまま言うと、

『それはそうでしょうよ。 男三人の中に女が一人居て、旅をしているなんて普通(ふつう)は思わないわよ』

ルチルは、(あき)れた表情を浮かべながら言い返す。

『問題は、帝国(ていこく)本土に帰ってからだな……時間(じかん)(かせ)ぎをするにも、限界(げんかい)がある』

セネトは、苦々(にがにが)しい表情を浮かべながら言うと、

『仰る通りです。 当初は婚約式(こんやくしき)をボイコットされて、先方も怒り(くる)っていましたが、今は時間が経って冷静(れいせい)になった様で、まだ殿下(でんか)との婚約(こんやく)をする気で居ます』

ギベオンも、困り果てた表情を浮かべながら言う。

『全く。 権力(けんりょく)()しさにセネトを(よめ)に迎えるって態度(たいど)が、益々腹立つわ』

ルチルは、嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべながら言う。

『一層の事、何方(どなた)かと婚約しては如何(いか)ですか? 勿論(もちろん)、本当にではなく、偽装(ぎそう)ですが……』

ギベオンが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

『そんな事を都合(つごう)()く、了承(りょうしょう)してくれる(やつ)が居ると思うか?』

セネトは軽く溜息(ためいき)を付くと、呆れた表情を浮かべながらギベオンに言い返す。

『居るじゃない』

ルチルがポツリとそう言うと、

『お前、何を言って……』

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言う。

『ロナードよ。 ロナード! あの子なら、アンタの事情(じじょう)承知(しょうち)してるし、(たの)んだら案外、引き受けてくれるかも知れないわよ?』

ルチルは、嬉々(きき)とした表情を浮かべながら言うと、

『あのな……ロナードはそれどころじゃあ……』

セネトが呆れた表情を浮かべながら言うが、

『でも、アンタはこれからも、ロナードの(のろ)いを()くのを手伝うつもりなんでしょ?』

ルチルが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで問い掛けると、

『それはまあ……そう約束しているし……。 (ぼく)も心配だし……』

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言う。

婚約者(こんやくしゃ)でもない年頃(としごろ)の若い男女が、行動を共にしているって事の方が、普通(ふつう)に考えたら可笑(おか)しな話よ』

ルチルがそう指摘すると、ギベオンも頷き、

『確かに。 何も知らない人たちからは、如何(いか)わしい目を向けられるでしょうね』

真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言う。

『でしょ? 婚約者(こんやくしゃ)だって言う事にしとけば、アンタ達の関係を五月蠅(うるさ)く言う(やから)も居ないし、それに王宮(おうきゅう)になんて連れて行って御覧(ごらん)なさいよ。 あの見た目よ? 周りが放って置くわけがないでしょ』

ルチルが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、ギベオンも(うなず)き、

『お茶に(しび)(くすり)でも()られて、(おそ)われるのがオチです』

淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、彼の発言を聞いて、セネトは表情を引きつらせる。

『彼を守る(ため)にも、そう言う事にした方が、何かと都合(つごう)が良いと思うわよ』

ルチルが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

『悪くない案だと思います。 余程(よほど)馬鹿(ばか)でもない限り、皇族(こうぞく)婚約者(こんやくしゃ)に手を出す様な真似(まね)はしませんからね』

ギベオンも、落ち着き払った口調(くちょう)で言う。

『待て待て。 先走(さきばし)り過ぎだ』

セネトは、(あせ)りの表情を浮かべながら、ギベオンとルチルに言う。

『そうは言いますが時間は有限(ゆうげん)です。 そう言って判断(はんだん)(さき)()ばしにしていては、帝国(ていこく)本土に着いてしまいますよ?』

ギベオンが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでセネトに言うと、彼は沈痛(ちんつう)な表情を浮かべる。

(ことわ)られるかもだけど、言うだけ言ってみましょうよ』

ルチルは他人事(ひとごと)の様に言うが、

『それで、ロナードと気まずくなったら、どうするんだ?』

セネトは(あわ)てて、ルチルにそう言い返すと、

『その時は、その時よ』

彼女はニッコリと笑みを浮かべ、無責任(むせきにん)にそう言い放った。


『話が、あるんだが……』

セネトは、(なか)強引(ごういん)にルチルに連れられ、昼食を終えて(くつろ)いでいるロナード達の部屋を訪れた。

『どうした? (あらた)まって』

床の上に胡坐(あぐら)をかき、自分の愛剣の手入れをしていたシリウスが、不思議(ふしぎ)そうに問い掛ける。

『お、怒らないで聞いてくれ』

セネトは、シリウスたちにそう念を押しながら、近くにあった椅子(いす)に腰を下ろす。

『……それは、(わたし)たちが怒る様な事を、これから言うという事だな?』

シリウスは(かす)かに眉を(ひそ)め、ドスの利いた低い声で言い返す。

(ううう……(こわ)すぎる)

自分を(にら)んでいるシリウスに、セネトは今直(います)ぐにでも、逃げ出したい気持ちに駆られた。

「お願いしたい事があるのよ。 貴方(あなた)たちが怒るかどうかは、分からないわ」

ルチルが、シリウスの迫力(はくりょく)に押され、(おび)えているセネトに代わり、落ち着いた口調(くちょう)で言う。

「それは、私たち三人にでしょうか?」

ハニエルは、(おだ)やかな口調(くちょう)で問い掛ける。

「いや、ロナードにだ。 二人には聞いていて欲しい」

セネトはギュッと(こぶし)を握りしめ、覚悟(かくご)を決めてそう切り出した。

「眠っていますが?」

ハニエルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、セネトは緊張(きんちょう)のあまり、ロナードがベッドの上で気持ちよさそうに眠っている事に、全く気が付かなかった。

「ちょっと! 起きなさいよ!」

それを見て、ルチルはちょっとイラッとした様子(ようす)で、ロナードの肩を(つか)み、ちょっと乱暴(らんぼう)に彼の肩を()らす。

「お、おい。 怪我(けが)をしているんだぞ」

それを見て、セネトは焦りの表情を浮かべ、ルチルに言う。

「んん?」

ロナードは、眠たそうな顔をしながらも、目を開け、自分を()さぶり起こしたルチルを見る。

御免(ごめん)。 ちょっと話があるんだ」

セネトは、申し訳なさそうに、寝起(ねお)きでぼーとしているロナードに言うと、

「それって、今、どうしても話さないといけない事なのか?」

ロナードは、眠そうに手で(まぶた)()りながら、セネトに問い掛ける。

「えっと……今じゃなくても、良いかも知れない」

セネトは、困った様な表情を浮かべながら答えると、

「なに言ってるのよ! 折角(せっかく)覚悟(かくご)を決めて来たって言うのに、ズルズルと(さき)()ばしするつものなの?」

それを聞いたルチルは表情を険しくし、強い口調(くちょう)でセネトに言う。

 ルチルに怒鳴(どな)られ、たじろいでいるセネトを見て、シリウスとハニエルは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、お(たが)いの顔を見合わせる。

「良いよ。 ルチルの怒鳴(どな)り声で目が覚めたし」

ロナードは、穏やかな口調(くちょう)でそう言うと、ゆっくりとベッドから身を起こす。

「アンタね!」

ロナードの言い様にカチンと来て、ルチルは思わずそう言い返す。

「気持ち良く眠っていたのに、済まない」

セネトは、申し訳なさそうに言うと、ロナードが居るベッドの側に置いてあった椅子(いす)に腰を下ろす。

「それで話って?」

ロナードは、気分を害する様子(ようす)も無く、優しくセネトに問い掛ける。

(ぼく)が、婚約式(こんやくしき)が嫌で逃げ出したって話は、前にしたよな?」

セネトは、おずおずとそう切り出すと、

「ああ。 そうなったのをシリウスの所為(せい)にされて、何でかルフト達の家の方にも、お前の相手側(あいてがわ)文句(もんく)を言って来ているという話も聞いている」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で言う。

連中(れんちゅう)は、どうも僕との婚約(こんやく)(あきら)めていない様なんだ」

セネトは、困り果てた表情を浮かべながら、ロナードに語る。

「うわぁ……」

相手(あいて)が嫌がっているのに、ゴリ押しして来るとは、最悪だな」

話を聞いて、ハニエルとシリウスはドン引きし、(そろ)ってその様な事を言う。

帝国(ていこく)本土に帰ったら、絶対、間違(まちが)いなく、婚約式(こんやくしき)を強行する(はず)だ!」

セネトは、自分の胸元に片手(かたて)を添え、必死な形相(ぎょうそう)でロナードに訴える。

「まあ、話を聞いた限りでは、そうなるだろうな」

シリウスが、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、ハニエルも(うなず)く。

「だから、(ぼく)婚約者(こんやくしゃ)になってくれないか? ロナード」

セネトは、今にも泣きそうな顔をして、ロナードの両手を(つか)み、そう言った。

「へ?」

セネトの思いがけぬ発言に、ロナードは目を点にし、思わず間抜(まぬ)けな声を上げる。

突拍子(とっぴょうし)も無い事を言っているのは分かっている! でも、どうか、(ぼく)を助けると思って……(たの)む! この通りだ!」

セネトは、戸惑(とまど)っていロナードの手を掴んだまま、必死にそう(うった)えると、深々(ふかぶか)と頭を下げるる。

「アンタ、色々と説明を(はぶ)き過ぎよ。 見てみなさいよ。 みんな呆気(あっけ)に取られて、固まっちゃってるじゃない」

ルチルは、呆れた表情を浮かべながら、セネトにそう言うと、彼女はハッと(われ)に返り、(おもむろ)に周囲を見回すと、ルチルの言う通り、目の前のロナードは勿論(もちろん)、シリウスとハニエルも驚きのあまり、口をポカンと開けたまま、固まってしまっている。

「ええっと……つまり、(おれ)がセネトの婚約者(こんやくしゃ)になれば、(のぞ)まない相手(あいて)婚約式(こんやくしき)をしなくて済む……そう言う事だな?」

ロナードは、困惑(こんわく)(かく)せないながらも、セネトにそう問い掛ける。

簡潔(かんけつ)に言えばそうだ」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、ルチルが思い切りセネトの後頭部を平手で叩くと、

「だ・か・ら! 簡潔(かんけつ)()ぎるって、さっきから言ってるでしょ!」

強い口調(くちょう)で、急に叩かれて驚いた顔をして、自分を見ているセネトに言う。

「だからって、何も頭を叩かなくても……」

何故(なぜ)か、物凄(ものすご)苛立(いらだ)っているルチルに、ロナードは苦笑いを浮かべながら、そう言って(なだ)めようとする。

「もう良いわ! 私がちゃんと説明してあげる!」

ルチルは、じれったい気持ちに我慢が出来(でき)なくなり、そう切り出すと、先程(さきほど)、セネトの部屋でギベオンを交えて三人で話した事を、ロナードに説明し始めた。


「……まあ、あなた方の言い分も(もっと)もですね」

ルチルから話を聞き終え、ハニエルが落ち着いた口調(くちょう)で言う。

「でしょ?」

ルチルがドヤ顔でそう言い返す。

「いや、それ以前(いぜん)に、あんな風にセネトを(たた)いて大丈夫(だいじょうぶ)なのか? 不敬(ふけい)(ざい)に当たるのでは?」

ロナードが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ルチルにそう指摘(してき)する。

「……結構(けっこう)、痛かった」

セネトは、ムッとした表情を浮かべ、ルチルに叩かれた後頭部を(さす)りながら、そう(つぶや)く。

「全く。 大袈裟(おおげさ)ね」

ルチルは、(あき)れた表情を浮かべ、肩を(すく)めながらセネトに言うと

「いや、(あや)れよ。 結構(けっこう)、痛そうな音しただろ」

ロナードは思わず、そう言ってルチルに突っ込む。

五月蠅(うるさ)いわね。 後で謝るわよ」

ルチルは、五月蠅(うるさ)そうな顔をしながら、素っ気ない口調(くちょう)でロナードに言う。

((あや)る気なんて無いだろ)

ルチルの言動(げんどう)に、ロナードは心の中でそう(つぶや)いた。

「それよりも今、重要(じゅうよう)なのは、貴方(あなた)がセネトの(いつわ)りの婚約者(こんやくしゃ)になるか(いな)かよ!」

ルチルは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでロナードに言うと、

「良いけど」

ロナードは実にあっさりと、そう言って退けた。

「そうだよなぁ……(いや)だよなぁ。 こんなの、僕の都合(つごう)でしか無いよな」

セネトは、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いて、思わずそう言うと、ロナードはキョトンとした顔をして彼を見る。

「え? なに?」

ロナードの表情を見て、セネトは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、彼に問い掛ける。

「え。 いや、(おれ)(かま)わないって言ったんだけど?」

ロナードも、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、セネトにそう言い返す。

「へ?」

自分の予想に反した返答(へんとう)に、理解(りかい)が追い付かないのか、セネトは思わず間抜(まぬ)けな声を上げる。

「うん。 だから婚約者(こんやくしゃ)になっても良いけど? (おれ)

ロナードは、戸惑(とまど)っているセネトに対し、ニッコリと笑みを浮かべ、そう言うと、

「ほ、本当か?」

セネトは思わず、勢い良く椅子(いす)から立ち上がり、そのままの勢いでロナードの両肩を(つか)むと、そう言った。

(いた)い……」

ロナードは思わず、顔を(しか)めながら呟くと、セネトはハッとして、

「す、済まない!」

そう言って、(あわ)ててロナードの肩から手を放す。

「……此方(こちら)から話を持ち掛けいて何だけど、どうして、そんなにあっさりと、引き受けてくれたの? 引き受けるにしろ、断るにしろ、何て言うか……普通(ふつう)はもう少し、考えそうなものなのに」

ルチルは、(おどろ)きを(かく)せない様子(ようす)で、ロナードに問い掛けると、セネトも真剣(しんけん)面持(おもも)ちで頷いている。

普通(ふつう)がどうなのか、(おれ)には良く分からないが……セネトには今まで、何度も助けられて来たし、これからも多分、助けられる事があると思う。 だから、(おれ)がセネトに何か出来(でき)る事があるのなら、協力(きょうりょく)しようと前から決めていたんだ」

ロナードは、(おだ)やかな口調(くちょう)でそう答えると、ニッコリと笑みを浮かべる。

「ロナード……」

ロナードの言葉を聞いて、セネトは感激(かんげき)した様子(ようす)で呟く。

「メッチャ良い子じゃない! もう婚約(こんやく)と言わず、結婚(けっこん)しちゃいなさいよ!」

ルチルは物凄(ものすご)(うれ)しそうに、声を(はず)ませながらセネトに言うと、彼女の背中を平手でバンバンと(たた)く。

「る、ルチル……痛い」

セネトは、物凄(ものすご)迷惑(めいわく)そうな表情を浮かべながら、自分の背中を叩くルチルに言う。

 そんな二人を、ロナードとハニエルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら見守り、シリウスは呆れた顔をしている。

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