表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DRAGON SEED 2  作者: みーやん
3/27

向けられた悪意(下)

主な登場人物


ロナード(ユリアス)…召喚術(しょうかんじゅつ)と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を()が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠(ししょう)に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを()(ため)、エレンツ帝国(ていこく)を目指している。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な美青年。 十七歳。


セネト…エレンツ帝国(ていこく)皇子(おうじ)。 とある事情(じじょう)から(のが)れる(ため)、シリウスたちと行動を共にしている。 補助(ほじょ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)とする魔術(まじゅつ)師。 フワリとした癖のある黒髪(くろかみ)に琥珀色の大きな(ひとみ)特徴的(とくちょうてき)可愛(かわい)らしい少年。


シリウス…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在(じざい)(あやつ)る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手(あいて)魔術(まじゅつ)の使用を(ふう)じる、特殊(とくしゅ)(ひとみ)を持っている。 長めの金髪(きんぱつ)に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫(びじょうぶ)。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒(あいぼう)鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人(りょうよくじん)。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)薬草学(やくそうがく)得意(とくい)としている。 白銀(はくぎん)長髪(ちょうはつ)と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔(えがお)を浮かべながらサラリと(どく)()く。


ティティス…セネトの(はら)(ちが)いの妹。 とても傲慢(ごうまん)自分勝手(じぶんかって)な性格。 家族内で立場の弱いセネトの事を見下(みくだ)している。 十七歳。


カメリア…トロイア王国に拠点(きょてん)(かま)える、宝石の採掘(さいくつ)加工(かこう)販売(はんばい)を手広く手掛ける、女性(じょせい)実業家(じつぎょうか)大富豪(だいふごう)。 トスカナの取引(とりひき)相手(あいて)。 三十歳


ルチル…帝国(ていこく)第三(だいさん)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)(つと)めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 今はティティスの護衛(ごえい)(にん)()いている。 二十歳。


トスカナ…ロナード達が護衛(ごえい)をしている、キャラバンの団長(だんちょう)。 面倒(めんどう)()の良い中年(ちゅうねん)男性(だんせい)

「はあ……」

カメリアたちとの夕食を終えた後、()(あた)えられた部屋へ(もど)り、近くにあったソファーに(こし)を下ろすと、セネトはゲンナリとした表情を浮かべ、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いた。

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

そんな彼を見て、ロナードは心配そうに声を掛ける。

「あまり、大丈夫(だいじょうぶ)では無いかも知れない」

セネトは、ゲンナリとした表情を浮かべたまま、力なく答える。

「さっさ、言い(あらそ)っていた令嬢(れいじょう)(だれ)なんだ?」

ロナードは、廊下(ろうか)で自分とぶつかり、シリウスたちと派手(はで)に言い(あらそ)っていた、セネトの妹ティティスの事を問い掛ける。

「そう言えばまだ、お前には、あのクソ皇女(こうじょ)の事を教えていなかったな」

シリウスは、近くにあった椅子(いす)(こし)を下ろしながら、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言う。

(なんか、知っている人みんなに、『クソ』と言っている気がするんだが……)

自分の(かつ)ての師匠(ししょう)だけでなく、先程(さきほど)の娘に対しても、『クソ』と言う兄に対し、ロナードは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)いた。

(ぼく)(はら)(ちが)いの妹だ」

セネトは、ゲンナリとした表情を浮かべたまま、物凄(ものすご)(いや)そうな顔をして、ロナードの問い掛けに答えた。

(……(なか)が悪いんだな)

先程(さきほど)様子(ようす)を見た時点(じてん)で、分かってはいたが、(あらた)めてセネトの言動(げんどう)を見て、ロナードは思った。

(ぼく)ら家族も、色々と複雑(ふくざつ)なんだ」

セネトは、溜息(ためいき)()じりに言うと、

「それは、そうだろうな。 皇帝(こうてい)一族(いちぞく)なのだから」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、セネトに言う。

「ティティスは、(ぼく)より二つ年下の妹で、(いま)現在(げんざい)、一番力のある第一側(だいいちそく)()が生んだ娘だ。 彼女の母は伯爵家(はくしゃくけ)の出で、身分(みぶん)はさほど高くは無いが、何分(なにぶん)母方(ははかた)実家(じっか)帝国(ていこく)でも屈指(くっし)金山(きんざん)(かか)えていて、 帝国(ていこく)財源(ざいげん)の一つを(にな)っている、力のある一族(いちぞく)なんだ」

セネトは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、この邸宅(ていたく)で会った妹の事について、簡単(かんたん)に説明する。

(なる)(ほど)。 国の財源(ざいげん)(にぎ)っている一族(いちぞく)の者には、皇帝(こうてい)無下(むげ)(あつか)う事は出来(でき)ないと言う訳か」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)でそう返しながら、テーブルを挟んで向かいのソファーに(こし)を下ろす。

「本当に、金だけは無駄(むだ)にあるからな。 第一側(だいいちそく)()やその子供(こども)たちは、(おう)宮内(きゅうない)でも社交界(しゃこうかい)でも、金に物を言わせて、やりたい放題(ほうだい)している」

セネトは、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いてから、『やるせない』と言った様子(ようす)で語ってから、

「まあ、(ぼく)の方はと言うと、正妻(せいさい)子供(こども)ではあるんだが、(ぼく)(おさな)(ころ)に母を(ふく)め、その後ろ(だて)となっていた、母方(ははかた)の家に相次(あいつ)いで不幸(ふこう)が続いて、(ぼく)も兄も、皇族(こうぞく)とは名ばかりの存在(そんざい)なんだ」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で、自分が置かれている状況(じょうきょう)を説明する。

一応(いちおう)魔術師(まじゅつし)たちを(たば)ねる肩書(かたがき)ではあるし、(ぼく)部隊(ぶたい)もあるものの、実際(じっさい)宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちを(たば)ねているのは魔術師(まじゅつし)(ちょう)の『サリア』で、(ぼく)(ただ)のお(かざ)りに過ぎないんだ」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべたまま、そう続ける。

「……」

ロナードは、何と返して良いのか分からず、(だま)って聞いていると、

「……まあ、(くさ)っても皇族(こうぞく)だから、お前の(のろ)いを()く方法を(さが)す事くらいは、(ぼく)にも出来(でき)るから、そう心配する必要(ひつよう)は無い」

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

「あ、いや、(おれ)は別に、そう言う事を気にしていた訳では……」

ロナードは、(あせ)りの表情を浮かべながら、セネトにそう返す。

「それと一つ。 (ぼく)は、お前に(かく)していた事があるんだ」

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべたまま、ロナードに言うと、彼はキョトンとした表情を浮かべ、小首を(かし)げる。

「実は……。 (ぼく)は女だ。 名前もセネトではなく、本当はセレンディーネと言うんだ」

セネトは、おずおずとそう告白(こくはく)すると、それを聞いたロナードは、あまりに予想(よそう)()えて来たセネト発言(はつげん)に目を点にしてその場に固まり、手にしていたティカップから、中身(なかみ)紅茶(こうちゃ)がテーブルに(こぼ)れ落ちている事に気付かない(ほど)に、(おどろ)いている。

「……茶が(こぼ)れているぞ」

(なか)ば、放心(ほうしん)状態(じょうたい)のロナードに、シリウスが淡々(たんたん)とした口調(くちょう)指摘(してき)すると、自分が手にしているティカップに口を付け、紅茶(こうちゃ)(すす)る。

「えっ。 ちょっ……。 ええっ!」

ロナードは、(おどろ)きのあまり(さけ)ぶと、ソファーから立ち上がり、まじまじとセネトを見てから、(しばら)くして、これまで自分が彼(彼女)に対して、してきた事の数々(かずかず)を思い出し、思わず(あせ)りの表情を浮かべる。

((おれ)、この前、普通(ふつう)()きしめてたぞ)

ロナードは、数日前にセネリオたちが、海賊(かいぞく)たちと(とも)に乗っていた船に()め込んで来た時の事を思い出し、心の中で(つぶや)くと、一瞬(いっしゅん)、彼の頭の中が真っ白になった。

「知らなかったとは言え、何か、色々と御免(ごめん)

顔を真っ赤にし、アタフタとしながら、セネトにそう言って(あやま)った。

「あれは仕方(しかた)がない。 (わざ)とじゃないと分かっているし。 そう気にするな」

セネトは、自分が想像(そうぞう)していた以上(いじょう)に、ロナードがアタフタしているのが可笑(おか)しくて、思わず()き出し、(わら)いながらそう言った。

(わたし)たちも、男の子として(せっ)していましたからね」

ハニエルは、ロナードが零した紅茶(こうちゃ)()きながら、落ち着いた口調(くちょう)で言う。

「まあ、(ぼく)が女だからと何か変わる訳でもない。 これまで通りに(せっ)してくれ」

セネトは、落ち着き払った口調(くちょう)で、戸惑(とまど)っているロナードに言うと、ティカップに(そそ)がれた紅茶(こうちゃ)(すす)る。

「いや、それは流石(さすが)に色々とマズイだろ!」

ロナードは、(あせ)りの表情を浮かべながら、セネトに言い返す。

「何が、そんなにマズイんだ? 変に女扱(おんなあつか)いする事の方が、色々とリスクが高いぞ。 セネトはそれを分かっていて、(あえ)えて少年の()りをしているんだ」

シリウスは、落ち着き払った口調(くちょう)で、かなり動揺(どうよう)しているロナードに言う。

「女の子と言うだけで、(おそ)って来るクズ野郎(やろう)沢山(たくさん)いますからね」

ハニエルは、落ち着き払った口調(くちょう)で言う。

「それに『皇女(こうじょ)』と言うよりも、『皇子(おうじ)』と言った方が(まわ)りにも()められない。 多分(たぶん)皇子(おうじ)次期(じき)皇帝(こうてい)と言うイメージが、世間にはあるのだろう。 それを利用しない手は無いだろう?」

セネトは、不敵(ふてき)()みを浮かべながら、戸惑(とまど)っているロナードに言う。

「でも、そんな(うそ)()ぐにバレるんじゃないのか?」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、セネトに指摘(してき)する。

大丈夫(だいじょうぶ)だ。 『セネト』と言うのは、(ぼく)の兄のミドルネームだ。 (ぼく)が旅の間、そう名乗(なの)る事を兄も了解(りょうかい)している。 兄はあまり人前(ひとまえ)には出ないから、顔を知らない(やつ)の方が多い。 だから、何の問題(もんだい)も無い。 (ちな)みに、兄は(ぼく)の事を『セティ』と()んでいる。 何方(どちら)でも(かま)わないぞ」

セネトは、優雅(ゆうが)紅茶(こうちゃ)を飲みながら、落ち着いた口調(くちょう)でロナードに言った。

「……」

ロナードは、何とも言えない、物凄(ものすご)複雑(ふくざつ)な顔をしたまま、ポスッとソファーに(こし)を下ろした。

「まあ、年頃(としごろ)の男の子には、ちょっと刺激(しげき)が強かったですかね?」

ロナードの反応(はんのう)に、ハニエルが可笑(おか)しそうに、クスクスと(わら)いながら言うと、

「そ、そう言う訳ではっ……」

ロナードは、ハニエルにからかわれて()ずかしいのか、顔を真っ赤にしてそう否定(ひてい)する。

可愛(かわい)いな? お前は。 そんなに可愛(かわい)いと(おそ)うぞ」

セネトは、ロナードの反応(はんのう)面白(おもしろ)がって、そう言ってからかうと、(となり)から物凄(ものすご)(あつ)が放たれ始めた。

「じょ、冗談(じょうだん)だって……」

自分を今直(います)ぐにでも、土に()めそうな空気を(ただよ)わせているシリウスの(あつ)に、セネトは顔を引きつらせ、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

「ユリアスに(みょう)な事をしてみろ。 (たた)き切るぞ」

シリウスは、自分が座っているソファーに立掛(たてか)けていた大剣の()に手を掛けながら、物凄(ものすご)形相(ぎょうそう)と、ドスの利いた声でセネトにそう(すご)んだ。

「い、言われなくても、分かっているぞ」

セネトは、物凄(ものすご)(あつ)を放つシリウスに、両掌(りょうてのひら)を向け、何時(いつ)でも()げられる様に、少しずつ距離(きょり)を取りながら、苦笑(にがわら)いを浮かべて言い返す。

「そう、ピリピリしなくても。 恋愛(れんあい)なんて当人(とうにん)同士(どうし)が良ければ、(ほか)がとやかく言う権利(けんり)などありませんよ? シリウス。 ロナードが『セネトが良い』と言っても、そうやって反対(はんたい)するんですか?」

ハニエルは、(おだ)やかな()みを浮かべながら、優しくシリウスに問い掛ける。

「それは……」

ハニエルの問いかけに、シリウスは困った様な表情を浮かべ、返す言葉を(うしな)う。

「全く。 お前はロナードの事となると、()ぐにムキになる。 そんな(ふう)では、ロナードからその内、(あき)れられて愛想(あいそう)()かされるぞ?」

セネトは、(かる)溜息(ためいき)を付いてから、(あき)れた表情を浮かべながら、シリウスに言うと、

余計(よけい)世話(せわ)だ」

シリウスは、ムッとした表情を浮かべて、言い返す。


「た、た、大変です! ()きて下さい!」

バタバタと(いそが)しく、廊下(ろうか)を走る足音(あしおと)が近づいて来ると、(いきお)い良く部屋の入口の扉が開き、トスカナが血相(けっそう)を変えて、そう(さけ)びながら部屋に()け込んで来た。

「んん? 何だ? こんな朝っぱらから……」

入り口から一番手前のベッドに()ていたシリウスは、(ねむ)そうに目を(こす)りながら、ゆっくりと身を起こし、五月蠅(うるさ)そうにトスカナに問い掛ける。

「大変なんです!」

トスカナは、青い顔をしてそう言いながら、ベッドの上に座っているシリウスの(そば)()()ってくる。

「だから……。 何がそんなに大変なんだ?」

シリウスは、自分の(ひたい)片手(かたて)()え、五月蠅(うるさ)そうな顔をしながら、トスカナに問い返す。

()けちゃったんですよ! 魔物(まもの)から町を守る結界(けっかい)が!」

トスカナは、真っ青な顔をしたまま、シリウスに説明する。

「そうか」

シリウスは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう返すと、コテンとベッドの上に(ころ)がる。

(ねむ)っている場合じゃないですよ! 早く(なお)さないと、魔物(まもの)が町の中に入ってきます!」

トスカナは、(あせ)りの表情を浮かべながら、(ふたた)(ゆめ)の世界へ旅立とうと、ベッドの上に寝転(ねころ)がったシリウスの(うで)(つか)みながら言う。

「そんな事は、寺院(じいん)の仕事だろ」

五月蠅(うるさ)そうな顔をしたまま、片方(かたほう)の目を開けながら、トスカナに言い返す。

昨日(きのう)から聖女(せいじょ)候補(こうほ)試験(しけん)で、寺院(じいん)に居る僧侶(そうりょ)大半(たいはん)が、聖女(せいじょ)候補(こうほ)たちの補佐(ほさ)として、町から(はな)れた森へ魔物(まもの)退治(たいじ)に行っていて、結界(けっかい)(しゅう)(ふく)出来(でき)る人が居ないんですよ!」

トスカナは、(あせ)りの表情を浮かべたまま、必死(ひっし)にシリウスに説明する。

「その話、本当なのか?」

トスカナが(さわ)ぐ声に目を()ましたセネトが、ベッドから身を起こし、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで彼に問い掛ける。

「はい! 今、町はその所為(せい)大混乱(だいこんらん)です」

トスカナは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで答える。

僧侶(そうりょ)たちの(ほとん)どが、町に居ないタイミングで結界(けっかい)()けるなんて、タイミング良すぎるだろ……」

ロナードは、一番の奥のベッドに()ていたロナードが、モゾモゾと起き上がり、(おもむろ)に目に掛って来た前髪を片手(かたて)()き上げながら、まだ(ねむ)そうな様子(ようす)(つぶや)いた。

「それは、(ねむ)っている場合では無いですね」

ハニエルも、眠そうにしながらも、そう言ってベッドから出る。

(まった)く。 (ひさ)しぶりに()れない場所で、ゆっくり(ねむ)れると思ったのに……」

セネトは不服(ふふく)そうに(つぶや)きながら、ゆっくりとベッドから出る。

迷惑(めいわく)な話だ」

シリウスは、物凄(ものすご)不機嫌(ふきげん)な顔をして、そう(つぶや)くと、仕方(しかた)が無いと言った様子(ようす)で、ベッドから出る。

()ぐに支度(したく)をしますから、トスカナさんは、部屋の外で待って居て下さい」

ハニエルは、(あせ)っている様子(ようす)のトスカナに言うと、

「落ち着いては?」

ロナードはそう言うと、テーブルの上にあった水差(みずさ)しから、コップに水を(そそ)ぐと、すっかり動転(どうてん)しているトスカナに()し出した。

「すみません……」

トスカナは、ロナードが()し出したコップを受け取ると、此処(ここ)まで思い切り走って来て、(のど)(かわ)いていた様で、物凄(ものすご)(いきお)いで水を一気に飲み()した。

 そして、一息(ひといき)つけた事で、幾分(いくぶん)か落ち着きを取り(もど)すと、

「外で待って居ます。 出来(でき)るだけ早く来て下さい」

トスカナは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ロナード達に言い(のこ)し部屋を後にした。

(わたし)魔術師(まじゅつし)ではないから、()ても良いか?」

シリウスは、眠そうに頭を()きながら、無責任(むせきにん)にそう言い放った。

駄目(だめ)ですよ!」

「何を言っているんだ! お前はッ!」

ハニエルとセネトが、(あせ)りの表情を浮かべながら、()かさず、強い口調(くちょう)でそう言い返す。


「ふふふ……」

同じ(ころ)、ロナード達が滞在(たいざい)している町から、(はな)れた場所にある、聖女(せいじょ)候補(こうほ)たちの試験(しけん)の会場となっている森の近くに(もう)けられた、天幕(てんまく)の一つの中に居たティティスは椅子(いす)に座り、メイドに髪を()いてもらいながら、上機嫌(じょうきげん)()みを(こぼ)す。

(今日はやけに機嫌(きげん)が良いわね。 天幕(てんまく)()まる事も、魔物(まもの)退治(たいじ)だって、あんなに(いや)がっていたのに……どういう心境(しんきょう)変化(へんか)? 気持ち悪っ)

長い黒髪を後ろに一つで三つ()みに(たば)ね、両耳に銀のリングピアスをした、深緑(ふかみどり)(いろ)双眸(そうぼう)赤銅(しゃくどう)(しょく)(はだ)を有した中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)、凛とした顔立(かおだ)ち、右の(あご)の下に黒子(ほくろ)がある、騎士(きし)が着る青色のサーコート、白い(よろい)に身を(つつ)み、年の(ころ)は二十代前半と思われる、別の女性の騎士(きし)が、妙に上機嫌(じょうきげん)なティティスを見ながら、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、心の中で(つぶや)く。

 彼女は、第三(だいさん)騎士(きし)(だん)隊長(たいちょう)をしているルチルと言う人物で、代々(だいだい)将軍(しょうぐん)輩出(はいしゅつ)している名家(めいか)の娘で、現当(げんとう)(しゅ)である彼女の父親も将軍(しょうぐん)()めている、騎士(きし)家系(かけい)の者だ。

 セネトとは幼馴染(おさななじみ)で、彼女の事は勿論(もちろん)、セネトの妹であるティティスの事も良く知っている。

 今回、ティティスが聖女(せいじょ)候補(こうほ)試験(しけん)を受けるので、彼女の護衛(ごえい)として、部下(ぶか)数人(すうにん)(とも)にここに来ているのだが、ティティスの相変(あいか)わらずの()(まま)()りに、彼女たちは()り回されてばかりいる。

 ティティスは当初(とうしょ)、今回の魔物(まもの)退治(たいじ)には参加(さんか)しない事になっていた。

 それなのに、昨日(きのう)の夕方になって(きゅう)に、彼女が参加(さんか)すると言い出した所為(せい)急遽(きゅうきょ)、持っていなかった天幕(てんまく)調達(ちょうたつ)し、大急(おおいそ)ぎで天幕(てんまく)()り、ティティスが快適(かいてき)()ごせる様にと、寺院(じいん)兵士(へいし)たちに(たの)んで、ベッドなどは簡易的(かんいてき)な物ではなく、室内用(しつないよう)の物を態々(わざわざ)運び込ませた。

 (ほか)受験者(じゅけんしゃ)が、近くの川で()んだ水で、簡単(かんたん)に体を(きよ)め、簡易(かんい)ベッドで一夜(いちや)を明かしたのに対し、ティティスはその川の水を()かしたお()()った湯船(ゆぶね)()かり、香油(こうゆ)が使われている高級(こうきゅう)石鹸(せっけん)を当たり前の様に使用(しよう)し、高級(こうきゅう)寝具(しんぐ)に身を(つつ)み、フカフカのベッドで就寝(しゅうしん)した。

 ティティスへの寺院(じいん)手厚過(てあつす)ぎる対応には、ルチルもドン引きし、当然(とうぜん)の事ながら、(ほか)聖女(せいじょ)候補(こうほ)受験者(じゅけんしゃ)たちの間から、不平(ふへい)不満(ふまん)の声が聞こえて来た。

 当のティティスは、それが当たり前と言わんばかりに、周囲(しゅうい)の声などお(かま)いなしだ。

 こう言う横柄(おうへい)態度(たいど)が人々の反感(はんかん)を買い、ティティス当人(とうにん)勿論(もちろん)皇帝(こうてい)とその一族への不平(ふへい)不満(ふまん)(つな)がるなどとは、彼女は考えもしないのだろう。

 こんなのが、人の上に立つ者なのか思うと、ルチルは毎回、軽い眩暈(めまい)(おぼ)える。

 ()(かく)、この()(まま)皇女(こうじょ)のお守り係りの任務(にんむ)から、一刻(いっこく)も早く解放(かいほう)されたい。

 ルチルは心の(そこ)から、そう切望(せつぼう)していた。

(うふふ。 きっと今頃(いまごろ)、町は大騒(おおさわ)ぎになっているわ。 お姉さまと(なま)意気(いき)金髪(きんぱつ)(あわ)てふためく(ざま)を見られないのは、ちょっと残念(ざんねん)だけど。 (いた)い目に()うと良いのよ)

ティティスは、心の中で(つぶや)くと、ニヤリと()みを浮かべた。

(あ~…こう言う顔をする時は大抵(たいてい)、何か(たくら)んで居る時だわぁ。 面倒臭(めんどうくさ)っ)

ティティスの表情を見て、ルチルはそう直感(ちょっかん)した。

「た、た、大変です! 町の結界(けっかい)()けて、魔物(まもの)が!」

そう言いながら、寺院(じいん)に仕えている兵士(へいし)が、血相(けっそう)を変えて、(ことわ)りも無く天幕(てんまく)()け込んで来た。

「キャッ」

ティティスは(おどろ)いた表情を浮かべ、思わず声を上げる。

貴様(きさま)。 (ことわ)りも無く、皇女(こうじょ)様の天幕(てんまく)に入るとは何事(なにごと)だ!」

ルチルは表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)で、()け込んで来た寺院(じいん)兵士(へいし)一喝(いっかつ)した。

 ぶっちゃけ、この兵士(へいし)がティティスの(はだか)を見ようと、知った事では無いのだが、一応(いちおう)任務(にんむ)(じょう)、そう言わねばならない立場なので、ルチルは言っただけに()ぎず、本気でティティスの事を心配した訳でも、(おこ)っている訳でもない。

「す、すみません」

ルチルに(しか)られ、寺院(じいん)兵士(へいし)(あわ)てて(しゃ)(ざい)する。

「それで……。 そんなに(あわ)てて、何があったと言うの?」

ルチルは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、(おもむろ)()け込んで来た寺院(じいん)兵士(へいし)に問い掛ける。

先程(さきほど)、町から火急(かきゅう)の知らせがあって、どう言う訳か、町を魔物(まもの)から守る結界(けっかい)が、()けてしまって、魔物(まもの)が町に(せま)っているそうなのです」

寺院(じいん)兵士(へいし)は、相当(そうとう)(あわ)てて来た様で、(いき)を切らせながら、ルチルにそう説明する。

 次の瞬間(しゅんかん)、ティティスが一瞬(いっしゅん)だけ、ほくそ()んだのをルチルは見逃(みのが)さなかった。

(まさか……)

ルチルは、一抹(いちまつ)の不安を(おぼ)え、心の中で(つぶや)く。

「まあ。 それは大変ですわ。 (いそ)いで(もど)って町の人達を助けないと」

ティティスは、(まった)く心の(こも)っていない、ほぼ棒読(ぼうよ)みに近い口調(くちょう)で、そう言った。

「そう言う事ですので、試験(しけん)(えん)()します。 (みな)さん、(いそ)いで町へ(もど)準備(じゅんび)を」

寺院(じいん)兵士(へいし)は、真剣(しんけん)な表情を浮かべながら、話し合いで決まった事を()げた。

「はぁ~い」

ティティスは、面倒臭(めんどうくさ)そうな様子(ようす)で、そ気のない返事(へんじ)をした。


 同じ(ころ)、ロナード達はトスカナに()れられ、町の中心部(ちゅうしんぶ)に来ていた。

 トスカナが言った通り、町を守る結界(けっかい)()けたと知った人達が、家から貴重品(きちょうひん)などを持って飛び出したのは良いものの、何処(どこ)へ逃げて良いのか分からず混乱(こんらん)し、右往左往(うおうさおう)しており、町の中は大騒(おおさわ)ぎになっていた。

「思ったよりも、混乱(こんらん)しているな……」

町の様子(ようす)を見て、セネトは苦々(にがにが)しい表情を浮かべながら(つぶや)く。

何方(どなた)か、町の結界(けっかい)について(くわ)しい方は居ませんか?」

ハニエルが、(おく)する様子(ようす)も無く、落ち着いた口調(くちょう)で、自分の前を行き交う人々に声を掛ける。

「知ってどうすんだよ?」

馬鹿(ばか)な事を言ってないで、アンタたちも早く()げな!」

ハニエルの問い掛けに、人々がそう言い返す。

「え? (わたし)たち、()げちゃっても良いんですか? 結界(けっかい)()れますけど?」

ハニエルは、キョトンとした表情を浮かべながら、人々に向かってそう言うと、それまで、右往左往(うおうさおう)していた人々がピタッと足を止め、一斉(いっせい)に彼を見る。

結界(けっかい)()れるって話、本当か?」

近くに居た中年(ちゅうねん)の男性が(おもむろ)に、ハニエルに問い掛ける。

「ええ。 (わたし)(ふく)めて三人、魔術師(まじゅつし)ですが」

ハニエルは、ニッコリと()みを浮かべ、落ち着いた口調(くちょう)で答えた。

()(がた)い!」

寺院(じいん)の人達が留守(るす)にしていて、困っていたんです!」

「早く、結界(けっかい)(なお)して下さい!」

それを聞いて、近くに居た人達は口々にハニエルに言う。

(みな)さん。 取り合えず、落ち着きましょうか?」

ハニエルは、ニッコリと()みを浮かべながら言うと、それまで、蜘蛛(くも)の子を()らした様に大騒(おおさわ)ぎだったのが(うそ)の様に、町の中が(しず)まり返った。

「まず、僕等(ぼくら)簡易(かんい)(てき)結界(けっかい)()る。 女性や子供(こども)年寄(としよ)りはその中に避難(ひなん)を。 男性たちは結界(けっかい)()る手伝いと、人々の避難(ひなん)誘導(ゆうどう)(たの)みたい」

セネトは良く通る声で、町の人達にそう指示(しじ)を出す。

結界(けっかい)基礎(きそ)何処(どこ)にあるか、知っている者が居るのなら、教えて()しいのですが」

ハニエルが、町の人達に言うと、

(わし)が、知っています」

(わたし)も」

「おれも」

と、お年寄(としよ)りを中心に、結界(けっかい)基礎(きそ)がある場所を知っていると、次々と(もう)し出る者が(あらわ)れた。

「良し。 (ぼく)簡易(かんい)結界(けっかい)()る。 ロナードとハニエルは結界(けっかい)()(なお)しを(たの)む シリウスは、(たたか)えそうな人たちを集めて、魔物(まもの)襲撃(しゅうげき)に備えろ」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、三人は真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返す。

「シリウスの兄貴(あにき)

「おれ達も手伝いやす」

「何でも言って下せぇ」

そこへ、ロナード達と共に、キャラバンの護衛(ごえい)をしていた傭兵(ようへい)たちが、(さわ)ぎを知って合流(ごうりゅう)して来て、口々にそう言って来た。

 (ほか)にも、町の自警団(じけいだん)やカメリアの邸宅(ていたく)警備(けいび)している兵士(へいし)なども、この(さわ)ぎを知って()け付けて来た。

 彼等(かれら)と、落ち着きを取り(もど)した町の人達は、セネトの指示(しじ)の下で手分(てわ)けをして、作業(さぎょう)に取り掛かり始めた。


「ど、どう言う事?」

聖女(せいじょ)候補(こうほ)選別(せんべつ)試験(しけん)会場となっていた、町から(はな)れた森から、(ほか)受験者(じゅけんしゃ)たちや、寺院(じいん)兵士(へいし)僧侶(そうりょ)たちと共に(もど)って来たティティスは、自分の想像(そうぞう)()えて、町の人達が秩序(ちつじょ)(たも)ち、魔物(まもの)襲撃(しゅうげき)(そな)えているのを見て、戸惑(とまど)いの声を上げる。

「ああ。 僧侶(そうりょ)さま。 寺院(じいん)(ちょう)さま」

聖女(せいじょ)候補(こうほ)選別(せんべつ)試験(しけん)(えん)()して、大急(おおいそ)ぎで(もど)って来た寺院(じいん)の者たちの姿(すがた)を見るなり、町の外で、魔物(まもの)襲撃(しゅうげき)(そな)えていた人たちが、安堵(あんど)の表情を浮かべながら、声を掛けて来た。

「町は大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」

僧侶(そうりょ)たちを(たば)ねる、この町の寺院(じいん)(ちょう)である、初老(しょろう)の白いローブを来た男性が、心配そうに町の人達に問い掛ける。

「はい。 居合(いあ)わせた、傭兵(ようへい)の方たちのお(かげ)で、大事(おおごと)にならずに()みそうです」

町の人の一人が、落ち着いた口調(くちょう)で答えていた矢先(やさき)、ティティスやルチルは(ひど)(みみ)()りに見舞(みま)われる。

 この症状(しょうじょう)は、魔力(まりょく)を持っている者ならば、若干(じゃっかん)個人差(こじんさ)はあるが(だれ)しも経験(けいけん)する事で、結界(けっかい)()瞬間(しゅんかん)に良く見られ、結界(けっかい)を張る者の魔力(まりょく)が強ければ強い(ほど)(みみ)()りの音は大きく、音域(おんいき)も高くなる。

 頭が()れそうな(ほど)の大きな(おと)(とも)に、キーンと言う(こう)音域(おんいき)(みみ)()りが、ティティスを(ふく)め、寺院(じいん)僧侶(そうりょ)たちや、聖女(せいじょ)候補(こうほ)の者たちの耳に(ひび)き、彼等(かれら)(たま)らず、両手で自分の両耳を(ふさ)いでしまった。

 数分もしない内に、その(みみ)()りはピタリと止まったが、次の瞬間(しゅんかん)背中(せなか)(こお)り付きそうな(ほど)の、自分たちとは桁違(けたちが)いの強い魔力(まりょく)を感じ、ティティスやルチル、寺院(じいん)僧侶(そうりょ)聖女(せいじょ)候補(こうほ)たちは思わず、表情を強張(こわば)らせる。

「な、なに……。 この魔力(まりょく)……。 有り得ないんだけど……」

ティティスは、全身から()や水を()びた様に、背中(せなか)に大量の()(あせ)を流し、恐怖(きょうふ)に表情を引きつらせながら、そう(つぶや)いた。

 その時、森から町へと移動(いどう)して来た彼等(かれら)追尾(ついび)していたのか、(わし)(つばさ)(くちばし)蜥蜴(とかげ)の様な胴体(どうたい)と顔、雄鶏(おんどり)の様な尾羽(おばね)を持った、全身が緑色の、(ゆう)に二メートルはあろうかという(ほど)の、大きな鳥の化け物が十匹程(じゅっぴきほど)、ティティス達に向かって一気に急降下(きゅうこうか)してきた。

「うわあああっ!」

魔物(まもの)だ!」

(ころ)される!」

それに気が付いた、町の人達や僧侶(そうりょ)たちの間から、次々と悲鳴(ひめい)が上がり、その場に居合(いあ)わせた人たちは血相(けっそう)を変え、()(まど)う。

 あまりに突然(とつぜん)の事に、ティティスは恐怖(きょうふ)で足が(すく)み、動けずにいる所に、一匹の鳥の化け物が(するど)(くちばし)を彼女に向け、突進(とっしん)して来る。

「ティティスさま!」

(ひめ)っ!」

それを見て、彼女の護衛(ごえい)騎士(きし)たちが、口々に悲鳴(ひめい)に近い声を上げる。

 もう駄目(だめ)だと、ティティスは思い、その場にへたり込んだ次の瞬間(しゅんかん)、彼女の目の前に炎の(かたまり)(よぎ)り、彼女に(おそ)い掛かろうとした鳥の化け物に直撃(ちょくげき)すると、鳥の化け物は(たちま)火達磨(ひだるま)になり、焼き(あせ)げて、そのままボトッと地面の上に力なく落ちてしまった。

「は……わ……」

恐怖(きょうふ)に青ざめて顔を引きつらせ、(こし)が抜けて動けなくなったティティスは、(おそ)ろしくて声すら出せない。

「何をしている! ボサッとするな!」

セネトがそう(さけ)びながら()け寄り、恐怖(きょうふ)に青ざめ、(こし)()かし、動けなくなっているティティスを(かば)う様にして、鳥の様な化け物と対峙(たいじ)する。

「セティ……」

彼女を見て、ルチルは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)いている目の前で、突然(とつぜん)、風を巻き上げる轟音(ごうおん)(とも)に、物凄(ものすご)突風(とっぷう)()()け、ティティス達を(おそ)おうとしていた鳥の化け物たちは、あっという間に空の彼方(かなた)へと()い上がり、見えなくなってしまった。

「セネト!」

大丈夫(だいじょうぶ)ですか!」

そう言いながら、若い男が二人、セネトの(そば)()()ってきた。

 一人は少し長めの黒髪の、目鼻立(めはなだ)ちの(ととの)った長身(ちょうしん)な青年。

 もう一人は、長い銀髪(ぎんぱつ)を有した長身(ちょうしん)で、目の()める様な物凄(ものすご)い美人。

「二人とも。 もう結界(けっかい)()ってしまうとは、流石(さすが)だな」

セネトは、()()って来た二人に向かってそう言うと、ニッと()みを浮かべる。

無茶(むちゃ)をするな」

(あわ)てて()け付けたのか、黒髪の青年が(いき)を切らせながら、セネトに言う。

「ホントですよ」

銀髪(ぎんぱつ)の長い髪の物凄(ものすご)い美人も、(ひたい)に浮かんだ(あせ)を手の(こう)(ぬぐ)いながら、(つか)れた様子(ようす)(つぶや)く。

 間違(まちが)いない。

 町に、以前(いぜん)よりも強力な結界(けっかい)を張り直したのは、この二人だ。

 ティティスを(ふく)め、聖女(せいじょ)候補(こうほ)の者たち、寺院(じいん)僧侶(そうりょ)たちは、二人から感じる魔力(まりょく)雰囲気(ふんいき)などから、直感(ちょっかん)(てき)にそう感じた。

状況(じょうきょう)は?」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)で二人に問い掛ける。

「町の東に、魔物(まもの)(むれ)れが()()けた様ですが、其方(そちら)はシリウスたちが対処(たいしょ)しています」

銀髪(ぎんぱつ)の長い髪の物凄(ものすご)い美人が、落ち着いた口調(くちょう)で答える。

「よし。 僕等(ぼくら)(ほか)魔物(まもの)が居ないか、確認に行くぞ」

セネトは落ち着いた口調(くちょう)で言うと、

人使(ひとづか)いが(あら)いぞ」

「そうですよ。 (わたし)たち、結界(けっかい)()ったばかりですよ? 少しは休ませて下さい」

二人は(そろ)って、物凄(ものすご)く嫌そうな顔をして、セネトに言う。

「何を言ってる。 ほらほら動け」

セネトは意地悪(いじわる)な顔をしてそう言いながら、かなり(つか)れている様子(ようす)の二人の背中(せなか)を、バンバンと(たた)きながら言う。

(ねむ)いのに……」

黒髪の青年は、ゲンナリした表情を浮かべながら言う。

『セティ。 (のこ)りの魔物(まもの)始末(しまつ)なら(わたし)たちがするわ。 彼等(かれら)を休ませてあげて』

ルチルが(おもむろ)に、セネトにそう声を掛けると、

『本当ですか?』

ルチルの言葉を聞いて、銀髪の物凄(ものすご)い美人が声を(はず)ませ、(うれ)しそうに言う。

『ええ。 だから、貴方(あなた)たちは休んでいいわよ』

ルチルは、落ち着き払った口調(くちょう)で返す。

「何て?」

黒髪の青年は、帝国(ていこく)公用語(こうようご)が分からないのか、不思議(ふしぎ)そうな表情を浮かべながら、銀髪の物凄(ものすご)い美人に問い掛ける。

此方(こちら)騎士(きし)の方々が、(のこ)った魔物(まもの)始末(しまつ)をしてくれるので、(わたし)たちは休んで良いと(おっしゃ)っています」

銀髪の物凄(ものすご)い美人は、嬉々(きき)とした表情を浮かべながら、ランティアナ大陸(たいりく)公用語(こうようご)で答える。

「それなら、遠慮(えんりょ)なく休ませてもらおう」

黒髪の青年はそう言って、その場に(こし)を下ろそうとした時、ふと、(こし)が抜けて動けなくなってしまって居るティティスと目が合い、

「この子は(ほう)って置いて大丈夫(だいじょうぶ)なのか? (こし)が抜けてしまっている様だが」

彼女を指差(ゆびさ)しながら、(おもむろ)にセネトに問い掛ける。

「あ~……」

セネトは、ティティスの事をすっかり忘れていた様で、ポリポリと(ほお)()きながらそう(つぶや)くと、彼女の方へと歩み()り、(おもむろ)に身を(かが)めると、

『ティティス。 大丈夫(だいじょうぶ)か?』

(やさ)しい口調(くちょう)で声を掛けると、スッと片手(かたて)を差し出した。

気安(きやす)(さわ)らないで!』

ティティスは、キッとセネトを(にら)み付けると、乱暴(らんぼう)に彼女の手を(はら)退()け、強い口調(くちょう)で言う。

 彼女の言動(げんどう)に、セネトは戸惑(とまど)っていると、

面倒(めんどう)(やつ)だな」

黒髪の青年がそう(つぶや)くと、スクッと立ち上がり、ティティスの(そば)に来る。

『な、な、何ですの!』

自分の前に歩み()って来たロナードを見上(みあ)げながら、ティティスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言っていると、彼はスッと身を(かが)め、(こし)()けて動けない彼女を軽々(かるがる)と両手で(かか)え上げた。

『は?』

突然(とつぜん)の事に、ティティスは身を強張(こわば)らせ、()ずかしさで顔を真っ赤にして、(つぶや)く。

何処(どこ)か、休ませられる場所は?」

そんな彼女に(かま)わず、ロナードは落ち着いた口調(くちょう)で、(そば)に居たセネトに問い掛ける。

「ん。 あ、ああ……。 あっち?」

セネトは、自分の視界(しかい)に何となく入った宿屋(やどや)の方を指差(ゆびさ)しながら答える。

 チラリと、ロナードに()(かか)えられているティティスを見ると、彼女は顔を赤らめたまま、志雄(しお)らしくしているが、セネトが彼女と目が合った瞬間(しゅんかん)、プイと顔を背けた。

(コイツはッ!)

ティティスの態度(たいど)に、セネトはカチンと来て、心の中で(つぶや)くと(ひたい)青筋(あおすじ)を浮かべる。


(それにしても……セティってあんなに、魔術(まじゅつ)(あつか)いが上手(うま)かったかしら? まあ、ティティス様を助けて(もら)ったから、彼女を護衛(ごえい)している手前(てまえ)、お礼も言わなきゃいけないわよね)

ルチルは、(さわ)ぎが収まり、ティティスが動ける様になると、カメリアの邸宅(ていたく)(もど)り、ティティスを()(あた)えられた部屋に休ませると、心の中でそう(つぶや)きながら、セネトの部屋へと向かう(ため)廊下(ろうか)を歩いていると、向こうからセネトが来ている事に気が付いた。

「あら。 こっちに何か用なの?」

ルチルは(おもむろ)に、セネトにそう声を掛けると、

「ティティスが宿屋(やどや)から、此方(こちら)(もど)って来たと聞いて……。 魔物(まもの)(おそ)われて、随分(ずいぶん)動揺(どうよう)していた様だから、気になって……」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、ルチルの問い掛けに答える。

普段(ふだん)、アンタの事を虚仮(こけ)()ろしてる(やつ)の事を心配するなんて、ホント、お人好(ひとよ)しね? (わたし)だったら、そんな(やつ)、どうなろうと知った事じゃないって思うし、(むし)ろ、良い気味(きみ)だと思うけど?」

ルチルは、(あき)れた表情を浮かべながら、セネトに言う。

一応(いちおう)、妹だからな」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべたまま返すと、

「アンタがそんな風に(あま)い顔をするから、あの馬鹿(ばか)がつけあがるのよ」

ルチルは、はぁ……と溜息(ためいき)を付いてから、(あき)れた表情を浮かべたまま、そう指摘(してき)する。

「……」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、()(だま)る。

「アンタが行ったところで、ティティス様が(よろこ)ぶ訳ないって分かってるでしょ? 心配するだけ無駄(むだ)だから、部屋に(もど)ったら?」

ルチルは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべているセネトに言う。

「……分かった」

セネトは少し(かな)しそうにそう返し、(おもむろ)(きびす)を返そうとすると、

「待って。 セティ。 色々と話したい事があるから、今から部屋に行っても良い?」

ルチルがそう問い掛けると、

「え。 あ、ああ。 (かま)わないけれど……」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら返す。

「まあ。 今のは(ほとん)ど、ティティスと部屋に居ない(ため)方便(ほうべん)みたいなものだけどね」

ルチルは、セネトの(となり)に並ぶと、彼女と(なら)んで歩きだし、両腕(りょううで)を自分の頭の後ろに組み、苦笑(くしょう)()じりにそう()らすと、

「何か……ティティスが色々と御免(ごめん)……」

セネトは、(もう)し訳なさそうにルチルに言う。

「ティティスがああなのは、今に始まった事じゃないでしょ? ティティスの事でアンタが気に()必要(ひつよう)も、(あやま)必要(ひつよう)も無いわ。 ティティス本人の問題(もんだい)よ」

ルチルは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、(やさ)しい口調(くちょう)でそう返すと、クシャクシャとセネトの頭を()で回す。

「……その……ティティスは聖女(せいじょ)候補(こうほ)になれそうか?」

セネトは、心配そうな表情を浮かべながら、ルチルに問い掛ける。

普通(ふつう)に考えたら、無理(むり)でしょうね」

ルチルは、(かん)(ぱつ)()かずに即答(そくとう)したので、それにはセネトは(おどろ)く。

「何で、そんな顔してるのよ? アンタまさか、あんなのが聖女(せいじょ)候補(こうほ)になれるって、本気で思ってるの?」

セネトの反応(はんのう)を見て、ルチルは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら問い掛ける。

「そう言う訳じゃないけど……」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら返す。

(いく)ら、力のある第一側(だいいちそく)()の実の娘だからって、流石(さすが)にあんなのを聖女(せいじょ)にしてしまう(ほど)寺院(じいん)馬鹿(ばか)じゃ無いわよ。 せいぜい、聖女(せいじょ)候補(こうほ)()まりね。 上手(うま)具合(ぐあ)聖女(せいじょ)候補(こうほ)(ひと)(あつ)めに利用(りよう)されて、用が()んだら左様(さよう)ならされるに決まってるわ。 (わたし)ならそうする」

ルチルは、両腕(りょううで)を自分の頭の後ろに回したまま、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で自分の見解(けんかい)を語る。

「ルチル……そう言う事は、あまり大声で言う物では……。 もし、ティティスや寺院(じいん)の関係者が聞いていたらどうする?」

セネトは、(あせ)りの表情を浮かべながら、ルチルに言うと、

「別に、どうもならないわよ。 (わたくし)事実(じじつ)を言っているだけだもの」

ルチルは、平然(へいぜん)と言い返していると、()()か、セネトたちに()(あた)えられた部屋の前に、(ひと)(たか)りが出来(でき)ているので、

「どうしたのかしら」

ルチルは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

 セネトは戸惑(とまど)いながらも、部屋の方へと向かい、

「部屋に入りたいんだが……」

部屋の前に居た人達に声を掛ける。

 集まっている人々は様々(さまざま)で、カメリアの邸宅(ていたく)使用人(しようにん)や彼女の護衛(ごえい)をしている兵士(へいし)たち、トスカナのキャラバンの商人(しょうにん)や、護衛(ごえい)傭兵(ようへい)たち、それに、()()寺院(じいん)僧侶(そうりょ)たちまでいた。

殿下(でんか)! 良い所に!』

セネトが部屋に(もど)って来た事に気付き、部屋の中に居たこの町の寺院(じいん)(ちょう)である、初老(しょろう)のローブを着た男性が、嬉々(きき)とした表情を浮かべながら、そう声を掛けて来た。

『な、何なんだ? 一体』

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

殿下(でんか)からも、寺院(じいん)素晴(すば)らしさを、彼等(かれら)に説明して下さい』

寺院(じいん)長は、かなり必死(ひっし)形相(ぎょうそう)で、戸惑(とまど)っているセネトに言う。

彼等(かれら)?』

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、チラリと寺院(じいん)長の後ろを見ると、物凄(ものすご)く困った表情を浮かべているハニエルと、言葉が分からないので事態(じたい)が良く分からず、戸惑(とまど)っているロナードが居た。

『この(じじい)は、ハニエルとユリアスの力を()の当たりにして、是非(ぜひ)とも寺院(じいん)に来て()しいと、(ことわ)っているにも(かか)わらず、しつこく言っているんだ』

事情(じじょう)が分からないセネトに、シリウスが落ち着いた口調(くちょう)で説明する。

(あ~。 (なる)(ほど)な……)

シリウスの説明を聞いて、セネトは物凄(ものすご)面倒臭(めんどうくさ)そうな表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

殿下(でんか)。 助けて下さい。 どうやら寺院(じいん)長は勘違(かんちが)いをなさっている様なのです』

ハニエルが、困り()てた表情を浮かべ、セネトにそう言った。

勘違(かんちが)い?』

セネトは、戸惑(とまど)い表情を浮かべつつ、ハニエルに問い掛ける。

(わたし)たちだけで、結界(けっかい)()(なお)す事が出来(でき)たのは(ひとえ)に、殿下(でんか)付与(ふよ)魔術(まじゅつ)のお(かげ)だと言うのに、寺院(じいん)(ちょう)は、付与(ふよ)魔術(まじゅつ)底上(そこあ)げされた魔力(まりょく)を、(わたし)たちの本来(ほんらい)の力だと勘違(かんちが)いなさっているのです』

ハニエルは、物凄(ものすご)必死(ひっし)にそう語り、その(となり)でロナードが何度もウンウンと(うなず)いている。

 セネトは一瞬(いっしゅん)、ハニエルが何を言って居るのか理解(りかい)出来(でき)ず、『何を言っているんだ』と(あや)うく言い掛けたが、彼と目が合った瞬間(しゅんかん)、その意図(いと)理解(りかい)した。

(コイツ()(ぼく)(まる)()げする気だな……)

ハニエルの表情を見て、セネトは彼の意図(いと)理解(りかい)し、思わず心の中で(つぶや)いた。

『確かに彼の言う通り、(ぼく)付与(ふよ)魔術(まじゅつ)を使って、二人の能力(のうりょく)底上(そこあ)げをした』

セネトは、落ち着き払った口調(くちょう)で言う。

 本当は、その様な事は一切(いっさい)していないのだが、寺院(じいん)(ちょう)たちの関心(かんしん)をロナードとハニエルから()らす(ため)には、ハニエルの話に合わせる(ほか)()いとセネトは判断(はんだん)し、話を合わせる事にした。

殿下(でんか)付与(ふよ)魔術(まじゅつ)は本当に素晴(すば)らしいのです。 殿下(でんか)付与(ふよ)魔術(まじゅつ)により、(わたし)とロナードは本来(ほんらい)能力(のうりょく)(ばい)以上(いじょう)の力を発揮(はっき)する事が出来(でき)、そのお(かげ)で、私たち二人だけで、町を(おお)結界(けっかい)()(なお)す事が出来(でき)ました。 (わたし)たちの本来(ほんらい)能力(のうりょく)では到底(とうてい)出来(でき)る事ではありません』

ハニエルは、落ち着き払った口調(くちょう)で、寺院(じいん)(ちょう)にそう説明する。

『彼の話が本当ならば殿下(でんか)。 貴方(あなた)は、とても(すぐ)れた付与(ふよ)魔術(まじゅつ)技能(ぎのう)をお持ちです。 もし、殿下(でんか)さえ良ければ、私が聖女(せいじょ)候補(こうほ)推薦(すいせん)(いた)します』

寺院(じいん)(ちょう)は、感激(かんげき)した様子(ようす)で目を(かがや)かせ、セネトの両手を(にぎ)りしめると、物凄(ものすご)真剣(しんけん)に言って来た。

『あ、えっ……』

寺院(じいん)(ちょう)の思いがけぬ反応(はんのう)に、セネトは戸惑(とまど)う。

『それはとても素晴(すば)らしいです! (わたし)以前(いぜん)から、殿下(でんか)付与(ふよ)魔術(まじゅつ)(すご)さを何故(なぜ)(だれ)(ひょう)()しないのかと不思議(ふしぎ)に思っておりました。 寺院(じいん)(ちょう)聖女(せいじょ)候補(こうほ)推薦(すいせん)して下されば、殿下(でんか)正当(せいとう)評価(ひょうか)が得られる様になりますね』

ハニエルは、ニッコリと()みを浮かべながら、そうセネトに言うと、ロナードもウンウンと(うなず)く。

(コイツ……ハニエルから、自分が何を言っても、(ただ)(うなず)いて居れば良いとでも言われたな)

帝国(ていこく)の言葉がまだ良く分からないのに、ロナードが(うなず)いているを見て、セネトはその様に判断(はんだん)し、ちょっと(うら)めしそうに彼を(にら)んだ。

『でも、(ぼく)治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)は使えません。 聖女(せいじょ)候補(こうほ)には治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)を使える事が、必須(ひっすう)条件(じょうけん)である(はず)……』

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、寺院(じいん)長にそう言うと、

『確かに、治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)を使える方が、聖女(せいじょ)候補(こうほ)(えら)ばれ(やす)いのは事実(じじつ)ですが、治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)が使える事が絶対(ぜったい)条件(じょうけん)ではありません。 付与(ふよ)魔術(まじゅつ)はどうしても、治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)攻撃(こうげき)魔術(まじゅつ)(くら)べれば、地味(じみ)目立(めだ)たないですが、その重要性(じゅうようせい)寺院(じいん)でもしっかり認識(にんしき)されています。 ですから、付与(ふよ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)としている事を、もっと(ほこ)って良いと思います』

寺院(じいん)(ちょう)は、自信(じしん)なさそうにしているセネトを見て、ニッコリと()みを浮かべると、(やさ)しい口調(くちょう)でそう言った。

寺院(じいん)(ちょう)……』

寺院(じいん)長の(あたた)かい言葉に、セネトは(むね)が熱くなるのを感じた。

『今日はこれで失礼(しつれい)(いた)しますが、どうかこの話、良く考えておいて下さい』

寺院(じいん)(ちょう)は、(おだ)やかな()みを浮かべ、(やさ)しい口調(くちょう)でセネトにそう言うと、(こうべ)()れて、一緒(いっしょ)に来ていた寺院(じいん)僧侶(そうりょ)たちと(とも)に部屋を後にした。

寺院(じいん)(ちょう)から、直接(ちょくせつ)お声が掛かるなんて!』

物凄(ものすご)い事なのに……』

様子(ようす)を見ていた野次(やじ)(うま)たちが、口々にその様な事を(つぶや)いている。

貴様(きさま)らには関係の無い事だ。 さっさと()れ』

シリウスが、物凄(ものすご)五月蠅(うるさ)そうな顔をして、冷ややかな口調(くちょう)で、野次(やじ)(うま)たちに言い放つと、彼の何とも言えぬ冷ややかな雰囲気(ふんいき)圧倒(あっとう)され、野次(やじ)(うま)たちはたじろぎ、その場から立ち()って行った。

『でも、(みんな)の言う通りだと思うわよ』

野次(やじ)(うま)たちが居なくなり、部屋に入る事が出来(でき)る様になると、ルチルが部屋の中に入って来ながら、セネトに言った。

(ぼく)は別に聖女(せいじょ)候補(こうほ)になりたい訳では無いし、何より、今、必死(ひっし)聖女(せいじょ)候補(こうほ)になろうと試験(しけん)を受けている人達を()し置いて、(ぼく)寺院(じいん)長推薦(すいせん)を受けるのは可笑(おか)しいだろ』

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ルチルにそう言い返した。

『ホント。 アンタって昔から(よく)が無いわね……』

ルチルは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、(あき)れた表情を浮かべながら言った。

殿下(でんか)。 此方(こちら)の方は?』

ハニエルは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、セネトにルチルの事を問い掛ける。

「彼女は、第三(だいさん)騎士(きし)(だん)隊長(たいちょう)をしているルチルだ。 (ぼく)幼馴染(おさななじみ)で、今は妹のティティスの護衛(ごえい)(にん)()いている。 僕等(ぼくら)と話したい事があるらしくて、部屋に来てもらったんだ」

セネトは、ロナードにも分かる様に、ランティアナ大陸(たいりく)公用語(こうようご)で説明する。

『何で、ランティアナの言葉で(しゃべ)っているの?』

ルチルは、不思議(ふしぎ)そうな顔をして、セネトに問い掛ける。

『ロナードがまだ、帝国(ていこく)の言葉を良く理解(りかい)出来(でき)ないんだ』

セネトが簡潔(かんけつ)に、理由を説明すると、

貴方(あなた)、ランティアナの人?」

ルチルは(おもむろ)に、ランティアナの言葉でロナードに問い掛ける。

「はい」

ロナードは、真っ()ぐにルチルを見据(みす)え、落ち着いた口調(くちょう)で答えた。

「ふぅん」

ルチルはそう(つぶや)きながら、注意(ちゅうい)(ぶか)くロナードの事を観察(かんさつ)しながら、

(黒髪だから、帝国(ていこく)本土(ほんど)の生まれかと思ったけど、確かに(はだ)の色は(わたし)たちより(うす)いし、背が高くて、スラッとしている感じとか、顔立(かおだ)ちとかは、北の大陸(たいりく)の人間の特徴(とくちょう)ね)

心の中でそう呟く。

「こっちは、(あき)らかに北の大陸(たいりく)の人間って感じだけど……。 貴方(あなた)帝国(ていこく)と北の大陸(たいりく)の人間との混血(こんけつ)なの?」

ルチルは、チラリとシリウスの方を見てから、(おもむろ)にロナードに問い掛ける。

此方(こちら)(おれ)の兄だ。 父はランティアナ大陸(たいりく)の者だが、母は帝国(ていこく)本土(ほんど)の出身だ」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)でルチルの質問(しつもん)に答えた。

「ふぅん。 兄弟……。 言われてみれば、目元とか雰囲気(ふんいき)とか、()てるわね」

ルチルは、ロナードとシリウスを見比(みくら)べながら、落ち着いた口調(くちょう)で言う。

「弟とは、小さい(ころ)から()ていると言われた事は、あまり無いのだが」

シリウスは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ルチルにそう言うと、

「そう? 確かに髪の色とか、顔立(かおだ)ちとかは(ちが)うけれど、でも、(まと)っている雰囲気(ふんいき)とか、ちょっとした表情とか、()ていると思うわよ」

ルチルは、キョトンとした表情を浮かべながら、シリウスに言った。

「良く見ていますね?」

ハニエルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

「まあ、(わたし)たち第三(だいさん)騎士団(きしだん)(おも)に、皇族(こうぞく)護衛(ごえい)任務(にんむ)としているから、相手(あいて)の表情を良く観察(かんさつ)する事を(もと)められるの。 そうする事で、相手(あいて)のちょっとした表情の変化(へんか)に気付く事で、襲撃(しゅうげき)(そな)えられる様になるって訳」

ルチルは、ちょっと(とく)意気(いげ)に説明をする。

「なかなか、優秀(ゆうしゅう)な方の様ですね?」

ハニエルは、ニッコリと()みを浮かべながら言うと、

「まぁねぇ」

ルチルは、ドヤ顔でそう返す。

「それでルチル。 (ぼく)たちに話しておきたい事って?」

セネトは、(おもむろ)にソファーに(こし)を下ろしながら、ルチルに問い掛ける。

「今日の結界(けっかい)()けた事だけど……。 それって、人為的(じんいてき)なんじゃない?」

ルチルは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、セネトにそう問い掛ける。

何故(なぜ)それを?」

ハニエルは(かす)かに(まゆ)(ひそ)め、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでルチルに問い掛ける。

「何となく……ね」

ルチルは、何とも言い(がた)い表情を浮かべ、少し言葉を(にご)して答えてから、

「それで、結界(けっかい)(こわ)した犯人(はんにん)は見付かったの?」

真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、そう問い掛ける。

「ああ。 数日前に町の外から来たゴロツキ共だ」

セネトが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで答えると、

彼等(かれら)は、身なりの良いメイドぽい女性から、結界(けっかい)基礎(きそ)となっている石柱(せきちゅう)の一部を(こわ)す様に彼等(かれら)に言い、かなりの大金(たいきん)手渡(てわた)して来たので、引き受けだけだと言って居ますが……」

ハニエルが、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちでそう付け加える。

(やつ)らの言う事が何処(どこ)まで事実(じじつ)なのか、今の段階(だんかい)では何とも言えない。 それに、(やつ)らの言う『身なりの良いメイドぽい女性』というも、あまりに漠然(ばくぜん)とし()ぎて、(だれ)なのか()()められるかどうか……」

セネトは、苦々(にがにが)しい表情を浮かべながら語る。

(なる)(ほど)ね」

ルチルは、軽く溜息(ためいき)を付きながら、そう(つぶや)く。

「その人たちは、寺院(じいん)に引き(わた)しましたので、彼等(かれら)処遇(しょぐう)については、寺院(じいん)一任(いちにん)しようと言う事で、(わたし)たちも町の人達も落ち着きました」

ハニエルが、落ち着いた口調(くちょう)で説明する。

「まあ、町を守る結界(けっかい)(こわ)したのだから、重罪(じゅうざい)(まぬが)れないでしょうね」

ルチルは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、セネトやシリウスは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)く。

「ルチル……。 今回の事、もしかして、ティティスが(かか)わっているんじゃないのか?」

セネトが(おもむろ)に、ルチルにそう問い掛けると、彼女は(はじ)かれた様に彼女を見る。

「……やはりそうか……」

ルチルの表情を見て、セネトは(さと)った様に、溜息(ためいき)()じりに(つぶや)いた。

何故(なぜ)……分かったの?」

ルチルは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、セネトに問い掛ける。

「最初は、この町に(うら)みを持っている者の仕業(しわざ)かと思ったが、それにしては雑過(ざつす)ぎる。 (ぼく)ならもっと確実に沢山(たくさん)魔物(まもの)が町に侵入(しんにゅう)して、大きな被害(ひがい)死人(しにん)が出るよう、結界(けっかい)破壊(はかい)するだけでなく、(ほか)にも細工(さいく)する。 だが、ただ結界(けっかい)破壊(はかい)しただけで終わっている……。 (ぎゃく)に言えば、その程度(ていど)(かま)わない。 (むし)ろ、人々が混乱(こんらん)している様を見たいだけかも知れない……。 そう思ったんだ」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)で、ルチルに自分の見解(けんかい)を語った。

「……」

ルチルは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべたまま、彼女の話に耳を(かたむ)ける。

「そんな、(だれ)(とく)にもならない(たち)の悪い悪戯(いたずら)態々(わざわざ)大金(たいきん)(たた)いてまでさせる様な(やつ)(だれ)か……。 そう考えた時、真っ先にティティスの顔が浮かんだ……と言う訳だ」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)で語る。

(おそ)れ入ったわ」

ルチルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

「ハニエルやロナード達と話をしていく内に、そう言う考えに(いた)っただけで、(ぼく)一人(ひとり)の考えじゃない」

セネトは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言う。

(わたし)も、ティティス様が関与(かんよ)したと言う、確実(かくじつ)証拠(しょうこ)がある訳じゃないの。 でも、ティティス様の様子(ようす)を見た(かぎ)り、少なからず何か知っている。 それは確かよ」

ルチルは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、セネトにそう語った。

「町の結界(けっかい)破壊(はかい)する事は、そこに()む多くの人達の身命(しんめい)財産(ざいさん)危険(きけん)(さら)すに(ひと)しい行為(こうい)だ。 (いく)皇族(こうぞく)だからと言って、(ゆる)される事では無い。 ティティスのした事は、皇帝(こうてい)陛下(へいか)皇族(こうぞく)威信(いしん)を著しく(おとし)める行為(こうい)で、厳罰(げんばつ)(しょ)させるべき愚行(ぐこう)だ」

セネトは、表情を(けわ)しくし、不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにしながら、強い口調(くちょう)でティティスを批判(ひはん)する。

「そうは言っても、確たる証拠(しょうこ)が無い以上、彼女を摘発(てきはつ)する事は(むずか)しいわ。 (わたし)たちが問い(ただ)したところで、『知らぬ (ぞん)ぜぬ』で押し通すでしょうし……。 何よりも(わたし)は、同じ町に居たばかりに、アンタにまで、その責任が(およ)ばないかが心配よ」

ルチルは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、セネトに言うと、

「それは、護衛(ごえい)担当(たんとう)していたお前にも、当て()まる事だろう?」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)で言い返した。

「だからと言って、事件(じけん)()()すのは悪手(あくしゅ)だわ。 そんな事をしたら、より一層(いっそう)、民からの批判(ひはん)を受ける事になるもの」

ルチルは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言う。

証拠(しょうこ)がない以上、憶測(おくそく)だけで物事(ものごと)を言うのもどうかと思います。 (まん)が一、(だれ)かの耳に入ったら大変な事になりますよ」

ハニエルか、落ち着いた口調(くちょう)で言ってから、チラリとセネトたちの背後(はいご)視線(しせん)を向けるので、二人は(おもむろ)()り返ると、そこには、この邸宅(ていたく)(あるじ)であるカメリアが立っていた。


必要(ひつよう)商品(しょうひん)(とど)いたので、帝国(ていこく)本土(ほんど)へ船を出すついでに、殿下(でんか)もご一緒(いっしょ)如何(いかが)かと思い、お声がけしようと(まい)った次第(しだい)なのですが……』

カメリアは、ニッコリと()みを浮かべながら、(あせ)りの表情を浮かべているセネトに言う。

『か、カメリア。 今の話は、あくまで憶測(おくそく)であって……』

セネトは、(あせ)りの表情を浮かべ、カメリアにそう説明をする。

『ティティス様の破天荒(はてんこう)さは、(わたくし)も良く(ぞん)じ上げておりますので、今更(いまさら)(おどろ)きもしませんが……。 もしも、その憶測(おくそく)事実(じじつ)であった場合は、(わたくし)、ティティス様には今後(こんご)一切(いっさい)商品(しょうひん)を売らない事に(いた)します』

カメリアは、()みを浮かべたまま、落ち着いた口調(くちょう)で言うが、その目は(わら)っていない。

『そ、そう。 好きにしたら良いんじゃない?』

ルチルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

『ルチル様。 今、『(わたくし)一人(ひとり)商品(しょうひん)を売らなくなったところで』と、お思いになったでしょう?』

彼女の言動(げんどう)にカメリアは、ニッコリと()みを浮かべたまま、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう指摘(してき)する。

『えっ……』

カメリアの(ただ)ならぬ雰囲気(ふんいき)に、ルチルは(いや)予感(よかん)がして、思わず顔を引きつらせる。

(わたくし)商品(しょうひん)を売らないと言う事は、(わたくし)取引(とりひき)のある商人(しょうにん)(わたくし)傘下(さんか)にある商会(しょうかい)(すべて)てが、商品(しょうひん)を売らないと言う事です。 そうなった場合、ティティス様はドレス一着(いっちゃく)新調(しんちょう)するのも、ままならない状況(じょうきょう)(おちい)るかと』

カメリアは、ニッコリと()みを浮かべたまま、ルチルたちにそう説明する。

(こわッ……)

彼女の言葉を聞いて、ルチルは思わず顔を引きつらせ、心の中で(つぶや)いた。

一歩(いっぽ)間違(まちが)えば、大惨事(だいさんじ)になっていたのですから、この位の仕返(しかえ)しは当然(とうぜん)かと思います。 (わたくし)の愛する故郷(こきょう)を傷つける者は、(だれ)であろうと容赦(ようしゃ)はしません。 その事をどうか、お(わす)れなきよう』

カメリアは、ニッコリと()みを浮かべたまま、セネトたちに言い放った。

『あ、ああ……』

セネトは、(あせ)りの表情を浮かべながらも、そう返事(へんじ)を返した。

(彼女を、(てき)に回す事だけは止めよう)

セネトは、カメリアの雰囲気(ふんいき)から、(けっ)して冗談(じょうだん)で言ったのではない事を感じ取ると、心の中でそう(つぶや)き、恐怖(きょうふ)に顔を引きつらせた。

『でも、町を守って下さったセレンディーネ様にそれを(もう)し上げるのは、お門違(かどちが)いですわね。 (わたくし)、受けた(おん)も必ず返す主義(しゅぎ)ですの。 それで、(わたくし)商船(しょうせん)で良ければ、帝国(ていこく)までご一緒(いっしょ)なさらないかと思い、お(うかが)いに(まい)った次第(しだい)です』

カメリアは、ニッコリと()み浮かべ、かなのドン引きしているセネトに言う。

『良いんじゃない? 彼女の船は、その辺の旅客(りょかく)(せん)よりも立派(りっぱ)よ。 (わたし)たちも帝国(ていこく)からトロイアまで、乗せてもらったけれど、()れが少なくて、とても快適(かいてき)船旅(ふなたび)たっだわよ』

カメリアの言葉を聞いて、ルチルがセネトに言う。

『それは()(がた)い。 是非(ぜひ)、乗せて(もら)えないだろうか』

船酔(ふなよ)いをするセネトは、嬉々(きき)とした表情を浮かべ、カメリアに言うと、

(よろこ)んで』

カメリアは、ニッコリと()みを浮かべて、セネトにそう答えてから、チラリとロナードの方を見て、

『それともう一つ……』

カメリアはそう言うと、何やら(ふところ)から、一枚のあまり(しつ)の良くない紙切れを取り出し、セネトの前に広げて、置く。

 彼女が出した、その紙切れを見た瞬間(しゅんかん)、セネトは勿論(もちろん)(ほか)の四人の表情も強張(こわば)る。

『これを……何処(どこ)で?』

セネトは、表情を強張(こわば)らせ、おずおずとカメリアに問い掛ける。

先程(さきほど)、イルネップ王国から(もど)って来たウチの(しょう)団員(だんいん)から、報告(ほうこく)()ねて(わた)されたものです。 これに()かれている似顔(にがお)()……。 お()れ様ではございませんか?』

カメリアは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでセネトにそう言ってから、(おもむろ)にロナードの方へと目を向ける。

 彼は、表情を強張(こわば)らせたまま、カメリアが差し出した紙切れを見つめている。

 それは、ロナードの似顔(にがお)()と共に、彼の特徴(とくちょう)(しる)した手配書(てはいしょ)だった。

「イシュタル教会め……」

「ここまでするとは……」

それを見て、シリウスとハニエルは、表情を(けわ)しくして(つぶや)く。

居場所(いばしょ)を教えた者には……。 て、帝国(ていこく)金貨(きんか)、ご、五十枚ぃ(百万円(ひゃくまんえん)相当(そうとう))!? 捕縛(ほばく)して教会の支部(しぶ)に引き(わた)したら……二百五十枚(五百万円(ごひゃくまんえん)相当(そうとう))って……何をしたのよ? アンタ」

紙に書かれていた内容を読んで、ルチルは(おどろ)きのあまり、目を白黒させながらロナードに言う。

(さいわ)いと言うべきか、この南半球(みなみはんきゅう)ではガイア神教(しんきょう)信者(しんじゃ)(ほとん)どで、女神イシュタルを(あが)める人はほんの(ひと)(にぎ)りです。 ですが、この高額(こうがく)賞金(しょうきん)に目が(くら)み、彼の事を教会に通報(つうほう)したり、()らえようとする者が、少なからず(あらわ)れると思われます』

カメリアは、真剣(しんけん)な表情を浮かべながら、セネトに言うと、彼も(うなず)き返し、

『その可能性(かのうせい)否定(ひてい)出来(でき)ない。 何より、数で来られたら(ぼく)たちだけでは、太刀打(たちう)出来(でき)ないだろう』

神妙(しんみょう)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で返す。

(いそ)ぎ、帝国(ていこく)へ立つ準備(じゅんび)を』

カメリアは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言う。

()て。 セネト。 コイツやその仲間(なかま)が、ユリアスの事を通報(つうほう)しないと言う保証(ほしょう)はない』

シリウスが、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、セネトにそう指摘(してき)する。

『シリウスの言う通りです。 (わたし)たちの味方(みかた)()りをして(おき)に船を出し、教会の者が乗った船と落ち合い、ロナードを引き(わた)可能性(かのうせい)は十分に有り得ます。 海の上では()げ場が無いですからね』

ハニエルも、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、セネトにそう警告(けいこく)する。

貴方(あなた)たちが、知り合って間もない(わたくし)警戒(けいかい)するのは無理(むり)も無い事だわ。 でももし、貴方(あなた)たちが言う様な事を(わたくし)が考えていたとしたら態々(わざわざ)、この手配書(てはいしょ)の事を貴方(あなた)たちに教えるかしら?』

『確かに……』

セネトは、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

味方(みかた)だと思わせて、油断(ゆだん)させるつもりなのでは?』

シリウスが、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でカメリアにそう言い返すと、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで彼女を見据(みす)える。

『そう考えるのね』

カメリアは、溜息(ためいき)を軽くついてから、落ち着いた口調(くちょう)で言い返してから、

私共(わたくしども)は、殿下(でんか)たちを乗せるつもりで、(いそ)いで準備(じゅんび)を進めます。 (わたくし)協力(きょうれょく)必要(ひつよう)な場合は、遠慮(えんりょ)なくお(もう)し付けください』

カメリアは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでセネトにそう言い残すと、クルリと(きびす)を返し、足早に部屋を後にした。

『……』

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、カメリアの背中(せなか)を見送った。

「カメリアは、信用して良いと思うわ」

(しばら)くの沈黙(ちんもく)の後、ルチルが(おもむろ)にそう言った。

「そう思う根拠(こんきょ)は?」

シリウスが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで問い掛けると、

「もし、彼を教会に()し出すつもりなら、彼女一人で部屋に来るわけが無いもの。 自分の所の兵士(へいし)(ともな)って来ていた(はず)

ルチルは、落ち着いた口調(くちょう)でそう指摘(してき)する。

「それは一理(いちり)ありますね……」

ハニエルは、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「それに、カメリアからしてみれば、金貨(きんか)二百五十枚って、そこまで大金(たいきん)では無いと思うの。 それよりも、皇族(こうぞく)からの信用(しんよう)の方が大事な(はず)よ。 彼を教会に引き(わた)したら間違(まちが)いなく、セティからの信用は失ってしまう。 それは、彼女にとって金貨(きんか)二百五十枚よりも、重い事じゃないかしら」

ルチルは、落ち着いた口調(くちょう)で、そう説明する。

(なる)(ほど)……」

シリウスは、片手(かたて)を自分の(あご)の下に()え、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「それに旅客(りょかく)(せん)だと、教会の者が乗り込んでいる可能性(かのうせい)があるわ。 カメリアの船なら、その心配をする必要(ひつよう)は無いし」

ルチルは、落ち着いた口調(くちょう)でそう続ける。

「それは、そうだが……」

セネトは、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで呟く。

貴方(あなた)は、どう思いますか? ロナード」

ハニエルは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、先程(さきほど)から深刻(しんこく)な表情を浮かべ、(だま)り込んでいるロナードに問い掛ける。

「えっ……」

(きゅう)にハニエルに話を()られ、ロナードは戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

(ほか)ならぬ、貴方(あなた)自身(じしん)の安全に(かか)わる事です。 貴方(あなた)意見(いけん)を聞かせて下さい」

ハニエルは、(おだ)やかな()みを浮かべながら、(やさ)しい口調(くちょう)でロナードに言う。

(おれ)は……」

ロナードは、どう返事(へんじ)をしたら良いのか分からなくなり、返事(へんじ)(きゅう)する。

大丈夫(だいじょうぶ)か? 顔色が悪いぞ」

セネトは、テーブルを(はさ)んで向かいのソファーに座っていたロナードの顔から血の気が()せ、(ひざ)の上に組んでいる両手が(かす)かに(ふる)えている事に気付き、心配そうに声を掛ける。

「今日は、色々とあり()ぎましたね。 少し横になっては?」

(となり)(すわ)っていたハニエルが、ロナードの肩に手を()え、(やさ)しい口調(くちょう)で言う。

「あ、いや……大丈夫(だいじょうぶ)……」

ロナードはそう言い掛けて、(きゅう)(となり)(すわ)っているハニエルの肩に(もた)れ掛かる様にして、スウッと(ねむ)ってしまった。

 ロナードが(ねむ)りに落ちたと同時に、何の花の香なのかは分からないが、(かす)かに甘い(にお)いが部屋を通り抜けた。

「おい」

シリウスは、表情を(けわ)しくして、セネトに声を掛ける。

御免(ごめん)……。 何だか見ていて、居た(たま)れなくなって……」

セネトは、(もう)し訳なさそうに、自分を(にら)んでいるシリウスに言う。

「だからって、当人(とうにん)(ことわ)りも無く、いきなり魔術(まじゅつ)(ねむ)らせるのはどうなの?」

ルチルは、(あき)れた表情を浮かべ、セネトに言う。

手配書(てはいしょ)を見てかなり、動揺(どうよう)していましたからね。 このまま話をしても(おそ)らく、上の空だったと思います。 それに、教会からの追手(おって)と会ってから、あまり良く(ねむ)れていない様でしたから……。 丁度(ちょうど)()いですよ」

ハニエルは(おもむろ)に、自分に(もた)れ掛かって(ねむ)ってしまったロナードの頭を、自分の(ひざ)の上に倒す様に、二人掛けのソファーの上に横にしながら、(おだ)やかな口調(くちょう)で言う。

「もう一日くらい滞在(たいざい)して、体調(たいちょう)(ととの)える時間をやりたがったが……」

シリウスは、(ねむ)っているロナードの側に来て(こし)を下ろすと、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながらそう言って、ロナードの目元に掛かって来ていた彼の髪を、片手(かたて)(やさ)しく(はら)う。

「……カメリアに先程(さきほど)発言(はつげん)を詫びて、彼女の商船(しょうせん)に乗せて(もら)おう」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

「そうだな」

シリウスは、ロナードの頭を(やさ)しく()でながら、そう言った。


 翌日(よくじつ)……。

「こ、これが商船(しょうせん)だって?」

セネトは、(みなと)片隅(かたすみ)停泊(ていはく)している、カメリアが所有(しょゆう)する船を一目(ひとめ)()て、思わず(おどろ)きの声を上げる。

「……大砲(たいほう)(いく)つもあるんだが」

ロナードも、自分が想像(そうぞう)していた商船(しょうせん)とは大きくかけ(はな)れた、もはや軍艦(ぐんかん)と言って良いほど大きく、武装(ぶそう)している船を見て圧倒(あっとう)され、思わずそう呟く。

「もう、これは軍艦(ぐんかん)ですね」

ハニエルも、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

「ようこそ。 ()商船(しょうせん)へ」

カメリアが船から降りて来ながら、満面(まんめん)()みを浮かべ、戸惑(とまど)っているロナード達にそう声を掛けて来た。

「……これを商船(しょうせん)と言い()るか」

流石(さすが)のシリウスもシリウスも、(あき)れた表情を浮かべながら、カメリアに言う。

「うふふ。 (そな)えあれば(うれ)いなしと言うでしょう? 海賊(かいぞく)(せん)なんて、この大砲(たいほう)であっという間に海の藻屑(もくず)ですわ♪」

カメリアはニッコリと()みを浮かべ、そう返す。

「ヤバイだろ。 この船」

ロナードは、甲板(かんぱん)の上に武装(ぶそう)している、最早(もはや)船員(せんいん)と呼んで良いのかも分からない、如何(いかが)にも腕っぷしの強そうな男たちを見て、ドン引きしながら(つぶや)いた。

「正確には、トロイア国王に武装(ぶそう)を認められている、武装(ぶそう)商船(しょうせん)(だん)です」

カメリアは、満面(まんめん)()みを浮かべながら、ロナード達に言う。

(たの)もしい限りですね」

ハニエルは、ニッコリ()みを浮かべ、ドン引きしている(ほか)の三人にそう言った。

「頼もしいを通り()してるぞ。 これは」

セネトは、ゲンナリした表情を浮かべながら(つぶや)く。

「一度この船に乗ると、(みな)さん、(ほか)の船では物足(ものた)りないと(おっしゃ)います」

カメリアは、ニコニコと笑みを浮かべ、そう語る。

「それはそうだろ……」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら(つぶや)いてから、ふと、カメリアが自分を見ている事に気付き、彼女の方へと視線(しせん)を向けると、彼女はニッコリと()みを浮かべ、

()かった。 今日は顔色も()いみたいね。 昨日(きのう)は死にそうな顔だったわよ」

ランティアに大陸(たいりく)の言葉で、そう言って来た。

「気を()ませた様で、済まない」

ロナードは、申し訳なさそうに、カメリアに言うと、

「良いのよぉ。 貴方(あなた)みたいに可愛(かわい)い顔の子、(わたくし)大好きだから、(いく)らでも気を()んであげるわ」

カメリアはニッコリと()みを浮かべ、(ねこ)なで声で言う。

可愛(かわい)い……?」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

「カメリアさん位の年代の方から見れば、貴方(あなた)の様に中性的(ちゅうせいてき)顔立(かおだ)ちの青年は、そう思えるのかも知れませんね」

ハニエルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、戸惑(とまど)っているロナードに言う。

「ちょっとぉ。 (わたくし)がオバサンみたいな言い方、()めてくれないかしら? 私まだ三十になったばかりなのよ?」

カメリアは、ムッとした表情を浮かべながら言うと、

「……十代のユリアスから見れば、十分にオバサンだろ」

シリウスが、冷ややかな口調(くちょう)で言い返す。

(ひど)い! そんな事を言うと、貴方(あなた)の食事にだけ、(きら)いな物を沢山(たくさん)入れちゃおうかしら」

カメリアは、ムッとした表情を浮かべ、口を(とが)らせながらシリウスに言う。

生憎(あいにく)(わたし)は食べ物の好き(きら)いは無い」

シリウスは、フンと鼻で(わら)い飛ばす様に、カメリアにそう言い返す。

面白(おもしろ)くないわね」

カメリアはつまらなさうに言うと、

(ちな)みにロナードは、トマトにピーマンに、魚卵(ぎょらん)に……。 ああ、あと鶏肉(とりにく)も食べませんよね?」

ハニエルは、ニコニコと()みを浮かべながら、ロナードの(きら)いな食べ物を()げていく。

「……鶏肉(とりにく)は食べれない訳じゃない。 ただ、烏族(からすぞく)身内(みうち)に居るからで……」

ロナードは、ムッとした表情を浮かべながら、ハニエルにそう言い返す。

「ちゃんと食べないと駄目(だめ)よ? (ただ)てさえ細いんだから」

そう言いながら、ルチルが(なに)()わぬ顔をして船に乗り込んで来た。

「ルチル?」

「ルチルさん?」

彼女がトランクを片手(かたて)に、船に乗って来たので、ロナードとハニエルは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、彼女を見る。

「何だ? お前も一緒(いっしょ)なのか?」

シリウスが、どうでも良さそうな口調(くちょう)でルチルに問い掛ける。

「ティティス様の面倒(めんどう)なんて、()り懲りだから、適当(てきとう)な理由を付けて来たの」

ルチルは、ウンザリした表情を浮かべ、片手(かたて)で頭を()きながら言う。

「そんな事をして、大丈夫(だいじょうぶ)なのですか?」

ハニエルは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、問い掛ける。

「ティティス様は、昨日(きのう)結界(けっかい)(こわ)した実行犯(じっこうはん)(つか)まったと知って、気が気ではないみたいよ。 (わたし)の話なんて適当(てきとう)に聞き流して、適当(てきとう)返事(へんじ)をしていたわ」

ルチルは、どうでも良さそうな口調(くちょう)で答えると、

「それ……後で文句(もんく)を言われるんじゃあ……」

セネトも、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言う。

「知らないわよ」

ルチルは、本当にどうでも良さそうに言い(はな)つ。

「まあ、(わたし)たち三人は魔術師(まじゅつし)ですから。 前衛(ぜんえい)がシリウス一人だったので、ルチルさんが加わるなら、心強(こころづよ)です」

ハニエルは、ニッコリと()みを浮かべながら、ルチルに言う。

騎士(きし)って言っても、魔法(まほう)騎士(きし)だから、そこまで前衛(ぜんえい)()きでも無いけど?」

ルチルは、ポリポリと頭を()きながら言うと、

問題(もんだい)ありません。 ロナードも魔法(まほう)剣士(けんし)ですから。 丁度(ちょうど)()いです」

ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべながら言うと、

貴方(あなた)、剣も使えたの?」

ルチルは、ちょっと意外(いがい)そうにロナードに問い掛ける。

一応(いちおう)(りゅう)騎士(きし)家系(かけい)の出だから、武芸(ぶげい)は一通りは……」

ロナードは、ちょっと戸惑(とまど)いながら答えると、

()いわね! 本土(ほんど)に着いて行くところが無いなら、(わたし)の所に来なさいよ。 あ、採用(さいよう)試験(しけん)は受けて(もら)うけど、ウチの第三(だいさん)騎士(きし)(だん)ってあんまり、魔術(まじゅつ)得意(とくい)(やつ)が居ないのよ」

ルチルは、ギュッとロナードの両手を(にぎ)りしめると、嬉々とした表情を浮かべながら言う。

「あ、ああ……。 考えてはおくけれど……」

ロナードは、ルチルの雰囲気(ふんいき)圧倒(あっとう)され、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、そう答えた。

「まあ。 この(わたし)が加われば、(ひゃく)人力(にんりき)よ」

ルチルは、自信に()ちた表情を浮かべ、胸を()らしながら言った。


 ところが……。

「うええええっ」

ルチルが船酔(ふなよ)いをして、船の(へり)(もた)れ掛かる様にして、派手(はで)に胃の内容物(ないようぶつ)を海にぶちまける声がする……。

(だれ)だ? ついさっき、自分が居れば(ひゃく)人力(にんりき)だとか言って、(いき)がっていた(やつ)は」

シリウスは、(あき)れた表情を浮かべながら(つぶや)く。

仕方(しかた)がありませんよ。 (いく)ら大きな船とは言え、今日は波が高いですから」

ハニエルは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ルチルと同じく、船酔(ふなよ)いに(さいな)まれ、甲板(かんぱん)(すみ)で青い顔をして、(うずくま)っているセネトの背中(せなか)(さす)りながら言う。

「ユリアスは?」

シリウスは、ロナードの姿(すがた)が無いので、(おもむろ)にハニエルに問い掛ける。

可笑(おか)しいですね。 先程(さきほど)まで(そば)に居たのですが」

ハニエルは、(いそが)しく周囲(しゅうい)を見回しながら、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。


(さっき、この辺から事の声がした気が……)

ロナードは先程(さきほど)、カメリアの案内で船内を見て回った時、食料が備蓄(びちく)してある倉庫(そうこ)の中から人の声がした事が気になり、一人で船底(せんてい)(ちか)くにある、倉庫(そうこ)の前に(たたず)んでいた。

(やはり、此処(ここ)まで来ると暗いな……)

ロナードは、心の中でそう(つぶや)くと、何やら呪文(じゅもん)口遊(くちずさ)む。

 すると、彼の(てのひら)からポウと、(ほのお)(たま)(あらわ)れ、そのままフワフワと浮かび上がると、辺りを()らす。

(ハニエルに教えてもらったこの術、便利(べんり)だな)

ロナードは、フワフワと浮かんでいる(ほのお)(たま)を見ながら、心の中でそう(つぶや)くと、(おもむろ)倉庫(そうこ)(とびら)の取っ手に手を掛けた時、ふと、中の(おく)の方から(かす)かに人の声が聞こえて来た。

何時(いつ)まで、こんな所に居なくちゃならないのよ!』

ティティスは苛立(いらだ)った口調(くちょう)で、一緒(いっしょ)に逃げて来たメイドに問い掛ける。

(みな)寝静(ねしず)まるまで、お待ち下さい』

メイドは、(あわ)てふためきながら、今にもここから出ていきそうな雰囲気(ふんいき)のティティスを、必死(ひっし)(いさ)めようとする。

『何でよ?』

ティティスは、不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、口を(とが)らせながら問い掛ける。

食事(しょくじ)(がか)下女(げじょ)(ふん)して厨房(ちゅうぼう)(まぎ)れ込むのです。 厨房(ちゅうぼう)ならば、食べる事にも困りませんし、(かぎ)られた人間しか立ち入りませんので』

メイドは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで説明する。

『はあ? この(わたくし)下女(げじょ)真似事(まねごと)をしろと言うの?』

ティティスは、物凄(ものすご)(いや)そうな表情を浮かべながら言う。

『でしたら、帝国(ていこく)本土(ほんど)に着くまで、ここに居るおつもりですか?』

メイドは、ティティスの物言(ものい)いにカチンと来て、強い口調(くちょう)で言い返す。

 このメイドは、ティティスに言われて、結界(けっかい)基礎(きそ)破壊(はかい)するよう、ゴロツキ達に依頼(いらい)し、金を手渡(てわた)した張本人(ちょうほんにん)なのだ。

町中(まちじゅう)の人達が、今回の(さわ)ぎを引き()こした、男たちに金を(わた)したメイドを(さが)していると知り、ティティスは身の危険(きけん)を感じ、彼女と(とも)にこの船に(しの)び込んで、帝国(ていこく)本土(ほんど)()げる事にしたのだ。

 今頃(いまごろ)、ティティが居なくなた事に気付いた、騎士(きし)使用人(しようにん)たちが大騒(おおさわ)ぎしているだろうが、そんな事は、彼女には知った事では無かった。

『そもそも、あの様な事は()めましょうと……』

メイドが不満(ふまん)を露わにして、ティティスにそう言いしていると……。

「そこに、(だれ)かいるのか?」

不意(ふい)に、倉庫(そうこ)の入口の方から、若い男の声がしてきた。

『ひっ……』

ティティスは、表情を引きつらせ、思わず声を上げた時、()み上げられていた木の箱に肩が当たり、木の(はこ)が音を立てて(くず)れ、中に入っていたヤシの実が床に(ころ)げる。

 明かりが、自分たちの頭上を()らし、ティティス達は(まぶ)しさで目を細める。

「こんな所で、何をしている?」

彼女たちを発見した相手(あいて)は、帝国(ていこく)の言葉ではない言語で、何やら言って居る。

『あっ……えっと……(わたし)たちは、決して(あや)しい者では……』

メイドは、(あわ)てふためきながら、とっさにそう言った。

 その人物は、うす暗い(ため)、顔までは良く分からなかったが、倉庫(そうこ)の暗さに()け込むような、漆黒(しっこく)の髪、背の高い、雰囲気(ふんいき)などから(さっ)するに若い男の様だった。

『出て来い』

その若い男は、少したどたどしい口調(くちょう)で、そう言って来たので、二人は仕方(しかた)なく、(かく)れていた場所から、通路(つうろ)の方へと出ていく。

(えっ……(ほのお)が浮いて……)

ふと、頭上を見上(みあ)げた時、(ほのお)(たま)がフワフワと浮いて、辺りを()らしている事に気付き、ティティスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、心の中て(つぶや)く。

 瞬間(しゅんかん)(てき)ではなく、一定(いってい)の形を(たも)ったまま、持続的(じぞくてき)(じゅつ)を使う事は、かなり高度な事で、それを(なん)なくやって退()ける、この人物は何者だろうかと、ティティスは思った時、相手(あいて)の目と合った。

 (むらさき)水晶(すいしょう)丹念(たんねん)(みが)き込んだ様な、深い紫色の双眸(そうぼう)……。

貴方(あなた)、お姉さまの!』

ティティスは、表情を(けわ)しくし、そう(つぶや)くと思わず、その場から()げようとするが、それよりも先に、相手(あいて)が彼女の(うで)(つか)み、逃亡(とうぼう)阻止(そし)する。

(ひめ)様!』

一緒(いっしょ)に居たメイドは、(あせ)りの表情を浮かべ、思わず声を上げる。

()げると言う事は、何か(やま)しい事があるからだろう? (ちが)うか?」

ロナードは、冷ややかな視線(しせん)を彼女に向けながら、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言っていると、

「ロナード! 中に居ますか?」

ふと、倉庫(そうこ)の入口の方から、別の若い男の声が(ひび)いて来た。

「ここだ。 勝手(かって)に船に乗り込んだ不届(ふとど)き者を見付けた」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で、入り口近くに居る仲間(なかま)に向かって言う。

 バタバタと忙しく、複数(ふくすう)足音(あしおと)ともに、明かりが近付いて来た。

「お前、こんな所で何を……」

シリウスが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ロナードに問い掛けつつ、ふと、彼が(だれ)かの(うで)(つか)んでいる事に気付き、其方(そちら)の方へと目を向ける。

「カメリアさんの邸宅(ていたく)見掛(みか)けないと思っていましたが、こんな所に(かく)れて居のですね。 ティティス(ひめ)

()け付けたシリウスたちを前にして、たじろいでいるティティスを見ながら、ハニエルは落ち着いた口調(くちょう)で言う。

『ティティス。 こんな所でなにをしている?』

彼等(かれら)より少し(おく)れてやって来たセネトが、表情を(けわ)しくし、船の所有(しょゆう)(しゃ)であるカメリアの(ことわ)りも無く、勝手(かって)に船に乗り込み、この様な場所に身を(かく)していた妹に問い掛ける。

『わ、(わたくし)は……』

ティティスは、バツの悪そうな表情を浮かべ、しどろもどろに(つぶや)いていたが、ふと、何か思いついた様な表情を浮かべると、

『そう。 (わたし)は、前にこの船に乗った時に、落とし物をしましたの。 それで、それをこのメイドと一緒(いっしょ)(さが)していただけですわ』

そう言った。

『それは、カメリアさんに言って、(さが)してもらえば()む話しではないのですか? それに、貴方(あなた)が前にこの船に乗って、この町に到着(とうちゃく)してから随分(ずいぶん)()ちます。 何故(なぜ)、それまでの間に()くした事に気が付かなかったのでしょうか』

ハニエルは、冷ややかな視線(しせん)をティティスに向けながら、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう指摘(してき)する。

『そ、それは……』

ティティスは、(あせ)りの表情を浮かべ、返す言葉に(きゅう)していると、

『それは、結界(けっかい)(こわ)すよう命じたのが貴様(きさま)で、実行犯(じっこうはん)(つか)まったと聞き、自分に寺院(じいん)捜査(そうさ)の手が(およ)ぶ前に、()げようと考えたからだろう』

シリウスが、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、ティティスに指摘(してき)すると、彼女はギクリと身を強張(こわば)らせる。

一緒(いっしょ)に居るのが実行犯(じっこうはん)の男たちに、金を(わた)したメイドだな?』

セネトは、表情を(けわ)しくしたまま、冷ややかな口調(くちょう)で言う。

『ち、(ちが)います! (わたし)はたた、(ひめ)様に命じられてご一緒(いっしょ)しているだけです!』

セネトに(にら)まれ、メイドは(あせ)りの表情を浮かべつつ、そう苦しい言い訳をする。

『何にせよ、こんな所に(かく)れていたと言う事は、何か(やま)しい事があると言う事だろう?』

セネトは、冷ややかな視線(しせん)をメイドに向けつつ、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言う。

大袈裟(おおげさ)なのよ! たかが、結界(けっかい)をちょっと(こわ)した程度(ていど)で!』

ティティスは忽ち開き直り、苛立(いらだ)った様な口調(くちょう)で、そう言い放った。

『『たかが』?』

彼女の発言(はつげん)を聞いて、セネトは益々(ますます)その表情を(けわ)しくする。

貴女(あなた)は、ご自分がした事の重さを、理解(りかい)していないようですね?』

ハニエルは、表情を(けわ)しくし、(いか)りに()ちた声でティティスに言う。

結界(けっかい)は、町に()む人たちを魔物(まもの)から守る最後の(とりで)だ。 それが(こわ)れてしまえば、魔物(まもの)が町を(おそ)うのは明らかだ。 多くの魔物(まもの)が町に雪崩(なだ)れ込めば、多くの人達がその犠牲(ぎせい)になり、建物(たてもの)破壊(はかい)され、町は甚大(じんだい)被害(ひがい)を受ける。 その位の事、小さな子供(こども)にでも想像(そうぞう)出来(でき)るぞ』

シリウスは、両腕(りょううで)を自分の(むね)の前に組み、抜身(ぬきみ)(やいば)のような(するど)視線(しせん)をティティスに向けつつ、氷の様に冷たい声でそう言った。

『お姉さまが悪いのよ! お姉さまのくせに、(わたくし)(なま)意気(いき)態度(たいど)をとるから!』

ティティスは、不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、セネトに向かってそう怒鳴(どな)る。

『そんな(くだ)らない理由で、町を恐怖(きょうふ)混乱(こんらん)(おとしい)れたというのですか?』

ハニエルは、思い切り(まゆ)(ひそ)め、軽蔑(けいべつ)に満ちた表情を浮かべながら、(うな)る様な声で言う。

(ただ)悪戯(いたずら)よ』

ティティスは、反省(はんせい)する様子(ようす)も無く、開き直り、彼等(かれら)にそう言い放った。

『コイツ、今直(います)ぐ船の(へり)からロープで()るして、生きたまま(さめ)(えさ)にしてやろうか?』

シリウスは、(いか)りに満ちた表情を浮かべ、(おそ)ろしく落ち着いた声で、ティティスに言う。

(ぼく)も同じ気持ちだが、こんなのでも一応(いちおう)皇女(こうじょ)だ。 それをしてしまうと、僕等(ぼくら)の方が立場が悪くなるから、()めた方が良い』

セネトは、冷ややかにティティスを見据(みす)えたまま、落ち着いた口調(くちょう)でシリウスに言う。

『なに。 船から落ちた事にすれば良い。 さっきのコイツの台詞(せりふ)を聞けば(みな)(わたし)たちに口裏(くちうら)を合わせてくれるぞ』

シリウスは、冷ややかにティティスを見据(みす)え、冷ややかにそう言った。

『良いですね。 やりましょう』

ハニエルはニッコリと()みを浮かべ、シリウスに言う。

正気(しょうき)なの? (わたくし)皇女(こうじょ)なのよ?』

ティティスは、顔を真っ青にして、声を(ふる)わせながら言う。

皇女(こうじょ)だろうと、何だろうと、町の人達を恐怖(きょうふ)混乱(こんらん)(おとしい)れた罪人(ざいにん)である事には、変わりは無いだろう?』

シリウスは、冷ややかに彼女を見据(みす)えたまま、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言う。

『……カメリアも、自分が生まれ育った町を、恐怖(きょうふ)混乱(こんらん)(おとしい)れた事には、かなり(おこ)っているからな。 (ぼく)たちが彼女を生きたまま(さめ)(えさ)にしようとしても、止はしないだろう』

セネトは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、落ち着いた口調(くちょう)で言う。

『決まりだな』

シリウスは、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、

「ユリアス。 お前はこのクズ皇女(こうじょ)()れて行け。 (わたし)はメイドを連れて行く」

ロナードに向ってそう言うと、彼はコクッと(うなず)き返すと、ギャアギャア(わめ)()らしているティティスを、軽々と小脇(こわき)(かか)え上げた。

『お助け下さい! お助け下さい! おたす……』

メイドは、自分に(せま)るシリウスに、両目に(なみだ)を浮かべ、恐怖(きょうふ)に満ちた表情を浮かべながら、必死(ひっし)にそう懇願(こんがん)するが、シリウスはそんな彼女を軽々(かるがる)と肩の上に(かか)え上げる。


『あら。 お見掛(みか)けしないと思って居りましたが、(わたくし)の船に、私の(ことわ)りも無く、乗り込んでおいででしたのね?』

報告(ほうこく)を受け、甲板(かんぱん)の上に来たカメリアは、(すで)にロープで体をグルグル巻きにされている、ティティスとメイドを静かに見下ろしながら、冷ややかな口調(くちょう)で言った。

『か、カメリア! (わたくし)をこの頭が可笑(おか)しい(やから)から助けなさい!』

ティティスは、ロープにグルグル巻きにされ、(みの)(むし)の様な姿(すがた)になっているにも関わらず、自分を冷ややかに見下ろしているカメリアを見上(みあ)げ、そう言い放った。

『ここは海上(かいじょう)。 通常(つうじょう)の法は適応(てきおう)されません。 船上(せんじょう)では罪人(ざいにん)をどの様にするかは、船長(せんちょう)かその船の所有(しょゆう)(しゃ)判断(はんだん)(ゆだ)ねられるのです。 ご(ぞん)じないのですか?』

カメリアは、冷ややかにティティスを見下ろし、冷ややかにそう言い放ってから、ニッコリと()みを浮かべると、彼女の顔からみるみる血の気が引く。

『お、お金なら、(いく)らでも(はら)うわ! だから、(わたくし)を自由の身にしなさい!』

ティティスは、(あせ)りの表情を浮かべながら、カメリアに言う。

『あら。 皇女(こうじょ)様のお命は、お金で買える様な安っぽい物でしたの?』

カメリアは、意地(いじ)の悪い()みを浮かべながら言うと、

(だま)りなさい! (わたくし)帝国(ていこく)皇女(こうじょ)よ! 本来(ほんらい)ならば、貴方(あなた)たちの様な下賤(げせん)な者が、口を()く事も(ゆる)されないのよ!』

ティティスは、(いか)りに満ちた表情を浮かべ、カメリアに言い放つ。

『でしたら、何も話す事は御座(ござ)いませんわよね? (わたくし)たちの様な者とは、口を()かないのでしょう?』

カメリアは、不敵(ふてき)()みを浮かべながら、ティティスに言うと、彼女は自分の失言(しつげん)に気付くと、顔を青くする。

『さっきの言葉は取り消すわ! 話し合いを! (わたくし)を助けなさい!』

ティティスは、(あせ)りの表情を浮かべながら、カメリアに言う。

『私はね。 皇女(こうじょ)様。 自分が生まれ育った町を何よりも大事に思っておのますの。 その愛する町を蹂躙(じゅうりん)する者は、(だれ)であろうと容赦(ようしゃ)はしません。 法で(さば)相手(あいて)であれば、(わたくし)のやり方で裁きます。 お覚悟(かくご)を』

カメリアは、ニッコリと()みを浮かべながら、物凄(ものすご)く冷ややかな口調(くちょう)で言い放った。

(この女、とんでもないな……)

(だま)って彼女たちのやり取りを見ていたシリウスは、心の中でそう(つぶや)くと、苦笑(にがわら)いを浮かべる。

貴女(あなた)たち。 皇女(こうじょ)さまを特等席(とくとうせき)にご案内なさい』

カメリアは、近くに居た船員(せんいん)たちにそう命じると、彼等(かれら)返事(へんじ)をすると、ロープでぐるぐる巻きにされている、ティティスと彼女のメイドを(かか)え上げ、船首(せんしゅ)へと運ぶ。

『放しなさい! この無礼者(ぶれいもの)ッ!』

ティティスは、ジタバタと(あば)れながら、自分を(かつ)ぎ上げている大柄(おおがら)船員(せんいん)に向かって(さけ)ぶ。

『お慈悲(じひ)を! どうかお慈悲を!』

メイドも恐怖(きょうふ)に顔を引きつらせ、顔面(がんめん)(なみだ)鼻水(はなみず)でグチャグチャにしながら、必死(ひっし)にそう懇願(こんがん)する。

 そんな彼女たちを他所(よそ)に、船員(せんいん)たちは思い切り、船の先端(せんたん)から彼女たちを海へと投げ込む。

『きゃあああッ!』

『ひぃぃぃいッ!』

ティテイスとメイドの(なさ)けない声が辺りに(ひび)(わた)る。

 このまま、海に落ちるかと思った瞬間(しゅんかん)水面(すいめん)ギリギリのところで、彼女たちの落下が止まったので、二人は(おそ)る恐る、頭上を見上(みあ)げると、(いか)つい顔をした男たちが、彼女たちを(しば)っているロープから伸びたロープの先を、船の舳先(へさき)(くく)り付け、彼女たちを海面(かいめん)ギリギリで宙吊(ちゅうづ)りにしている。

『あわわわ……』

(となり)のメイドが青い顔をして、海面を見下ろしながら、(なさ)けない声を上げている。

 これでは、(さめ)がジャンプしたら、彼女たちは簡単(かんたん)(さめ)に食われてしまう様な高さだ。

 そんな事を思っていると、彼女たちの足元に何やら、黒い影が(うごめ)いているのが見えた。

(さ、(さめ)?)

ティティスは、その黒い影を見て、心の中でそう(つぶや)くと、恐怖(きょうふ)に顔を引きつらせる。

 その影がどんどん大きくなって、自分たちに(せま)って来ている事に気が付くと、ティティスとメイドは、悲鳴(ひめい)を上げ、藻掻(もが)き、(あば)れまわる。

 そうこうしている内に、海面から三角の背鰭(せびれ)(いく)つか見えた。

(いやぁああーーッ!)

(食べられるぅーーッ)

ティティスとメイドは、心の中で絶叫(ぜっきょう)すとる、恐怖(きょうふ)のあまり口から(あわ)()いて、そのまま気絶(きぜつ)してしまった。

「あ。 イルカだ」

船の(わき)を、イルカの()れが海面から()ねているのを見て、ロナードが声を(はず)ませて言う。

「この辺りはイルカの餌場(えさば)なの。 (さめ)なんて居ないわ」

カメリアは、(うれ)しそうにイルカを見ているロナードにそう言ったが、気絶(きぜつ)しているティティスとメイドの耳には(とど)いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ