表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DRAGON SEED 2  作者: みーやん
26/27

黒幕はほくそ笑む

主な登場人物


ロナード(ユリアス)…召喚術と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を我が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを解く(ため)、エレンツ帝国に居る。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)が特徴的な美青年。 十七歳。


セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国の皇女。 補助魔術を得意とする魔術師。 フワリとした(くせ)のある黒髪に琥珀色の大きな瞳が特徴的な女性。 十九歳。


シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在に操る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手の魔術の使用を封じる、特殊(とくしゅ)な瞳を持っている。 長めの金髪に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒で鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人。 治癒魔術と薬草学を得意(とくい)としている。 白銀の長髪と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔を浮かべながらサラリと毒を吐く。


ルチル…帝国の第三騎士団の隊長を務めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 二十歳(はたち)


ギベオン…セネト専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)。 温和(おんわ)生真面目(きまじめ)な性格の青年。 二十五歳。


サリア…エレンツ帝国の宮廷魔術師長を務めており、ロナードの後見人をしている、アルスワット公爵の当主。 ルフトの母親。


リリアーヌ…イシュタル教会で『聖女』と呼ばれている召喚術を使えるシスター。 ロナードが教会の孤児院(こじいん)に居た頃、親しくしていた。 ロナードに対する恋心を(こじ)らせ、彼への強い執着心を抱いている。


カルセドニ…エレンツ帝国の第一皇子でセネトの同腹(どうふく)の兄。 寺院の(せい)騎士(きし)をしている。 奴隷(どれい)だったシリウスとハニエルを助け、自由の身にした人物。


アイク…ロナードの専属(せんぞく)護衛(ごえい)をしている寺院の暗部に所属していた青年。 気さくな性格をしている。


アイリッシュ(はく)…ロナードがイシュタル教会の孤児院(こじいん)在籍(ざいせき)していた頃、彼に魔術の師事をしていた人物(じんぶつ)で、ロナードに呪詛(じゅそ)を掛けた張本人。


セネリオ…ロナードがイシュタル教会の孤児院(こじいん)に居た時に親しくしていた青年。 アイリッシュ(はく)を師と(あお)ぎ、彼の研究に協力している魔術師。

 エレンツ帝国の帝都にある帝国最高裁判所の建物には、今から行われる貴族裁判の行方を見守ろうと多くの人々が、外は魔物が闊歩する混沌としている状況にも関わらず、集まっていた。

 それもその筈。

 この貴族裁判で裁かれる者が、今、帝都を大混乱に陥らせている、魔物を召喚した張本人であると見做されているからだ。

 しかも、その罪人がなんと、彗星の如く現れ、忽ち時の人となっている、リュディガー伯爵だと言うのだから、流行に敏感な貴族たちが飛びつかない訳が無い。

「セレンディーネ皇女さまだわ」

「婚約者が罪人だなんて、お気の毒に」

「今日の裁判の結果次第では、兄君が皇太子の座に返り咲くのも、難しくなるかも知れませんね……」

人々はそう言いながら、好奇に満ちた目をセネトに向けている。

「彼らの言う事など、お気になさいませんよう」

護衛をしているギベオンが、複雑な表情を浮かべながら、セネトにそう声を掛けた。

 彼女たちはこの数日、ロナードが無実である事を証明する為に奔走した。

 そもそも、ロナードが魔物を召喚したと訴える、腹違いの妹ティティス皇女らの言い分には、可笑しな点が幾つもあり、ロナードを有罪にするには、証拠が少なすぎる。

 それ故に、証拠不十分として釈放されると言う見方が強いが、それはティティス皇女らも分かっているであろう。

それ故に、彼女たちがどの様な手を打ってくるのか、セネトは不安でならなかった。

セネトが証人席に座った後、父である皇帝や、アルスワット、マルフェント、ティルミットの帝国三大公爵の当主と当主代理、ティティス皇女と彼女と同調する貴族たちなどが揃うと、「これより、貴族裁判を行う。 罪人をここへ」

裁判を行う、今回の裁判長を務める侯爵が高々にそう宣言すると、それまで、思い思いに会話をしていた人々が揃って口を噤んだ。

 静まり返っている法廷に、両脇を兵士に挟まれる形で、白のシャツに黒のスラックス、清潔感のある格好をしているが、両手は魔術が使えぬよう枷をされたロナードが、静かに姿を現すと、会場からざわめきが起きた。

 名前こそ知っていても、彼を直接見るのが初めてと言う者も居るだろうし、中には、リュディガー伯爵その人と知らず、接して来た者も少なくないだろう。

「あの人が?」

「随分と若いな……」

「人違いじゃないのか? たってあの人は……建国祝賀祭の時に……」

ロナードを見て、傍聴に集まった人々が小声でその様な事を言っている。

(この光景……何処かで……)

セネトは席からこの光景を見ながら、心の中でそう呟いた次の瞬間、彼女の脳裏に死に戻る前の記憶が蘇ってきた。

 そう。

 死に戻る前にも、似た様な状況があった。

 但し、被告人として立っていたのはロナードでは無く、セネト自身だった。

 彼女は、今回と似た様な理由で、魔道具を使って魔物を召喚したと言う疑いを掛けられ、腹違いの妹であるティティス皇女に訴えられたのだ。

 死に戻る前のセネトは、公の場に殆ど姿を現す事は無く、昼夜を問わず魔道具の研究に没頭していた為、世間では『引き籠り皇女』と呼ばれていた。

 対してティティス皇女は、社交界の花と称され、今とは違い社交界ではかなりの力を持っていた。

 死に戻る以前も彼女は、セネトを疎ましく思っており、何かとセネトの邪魔をしていた。

 結局、セネトは自らの無罪を証明する事に失敗し、重罪人として皇位を剥奪され、宮廷からも追い出され、帝国で一番厳しいと言われる修道院へと追いやられてしまう。

 その後、イシュタル教会との戦に敗れた帝国は、停戦を受け入れる証(つまり人質)として、セネトをルオン国王となっていたロナードの下に嫁がせたのだ。

 ただ、この出来事は、今から数年先の話であった筈だ。

 死に戻る前、帝国の地を踏む事のなかったロナードが、今、この地で様々な人々と出会い、死に戻る前と違う未来に向かっている弊害なのだろうか。

(何だか、とても嫌な予感がする)

セネトは、何とも言い難い、漠然とした不安を覚え、心の中でそう呟いた。

「被告人。 本名ユースティリアス・フォン・リュディガー。 クラレス公国出身。 父はレヴァール・フォン・ノヴァハルト。 母はローデシア・フォン。ノヴァハルト。 クラレス公国大公家の次男として生を受け……」

裁判長は、ロナードの経歴等を簡潔に書かれた用紙を、事務的な口調で読み上げていく。

「ローデシアって……あの、ローデシア様か?」

「リュディガーって……何処かで聞いたと思っていたが……」

「リュディガー聖騎士団長の孫だったのか……」

聴衆たちは、口々にそう呟く。

「以上の経歴で間違いないか?」

裁判長を務めている侯爵は、落ち着いた口調でロナードに問い掛けると、

「間違いありません」

彼は、真っ直ぐに裁判長を務める侯爵を見据え、堂々と、そして、その場に居合わせた誰もが聞き取れる様な声で答えた。

「この人、本当に魔物なんて召喚したの?」

「罪人にしては、堂々とし過ぎじゃないか?」

「あれだけの事をして、罪の意識一つ無いなんて、神経が鋼鉄で出来ているのか?」

ロナードの立ち振る舞いを見て、聴衆たちが口々に言う。

「よろしい。 では裁判の間、被告人及び弁護人、証人は一切の偽りを申さぬ誓いとして、この『真実の水』を飲みなさい」

裁判長を務めている侯爵は、事務的な口調で言った。

 容疑者のロナードをはじめとする、今回の裁判で証言をする者たち全てに、『真実の水』と呼ばれる、一見すると只の水が入ったグラスが配られ、彼らはその水を飲み干した。

「まず、被告人の弁護人である、アルスワット公爵。 前へ」

裁判長を務める侯爵がそう言うと、何時もの宮廷魔術師たちが着るローブでは無く、貴族の子弟たちがする正装姿でサリアは現れると、裁判長達に一礼し、一段高い壇上に座っている皇帝に一礼してから、

「彼は無実です。 まず常識的に考えて、この様な大それた事をするに当たり、緻密な計算を練り、絶対に自分が犯人である事を特定出来ない様に徹底的にするでしょう。 加えて、こんな直ぐに捕まる様な所に、暢気に留まる事もしないでしょう。 それこそ、帝国から遠く離れた地に逃げている筈です」

サリアは、落ち着いた口調でそう主張すると、

「確かに……」

「私も捕まらない様に、帝都からは逃げていると思う」

サリアの主張を聞いて、聴衆たちは口々にそう呟く。

「第二に、彼にはこの様な事件を起こす動機がありません。 彼は、自身に掛けられた呪いを解くためにこの国に来たのです。 ですから、この国から追い出され、呪いを解く手段を失う事は、何よりも避けたい事なのです。 何処に、自分の首を自分で絞める愚か者が居るでしょうか?」

サリアは、落ち着いた口調でそう主張する。

「異議あり! 彼はルオン王国の王家に連なる者です。 先の戦争で帝国がルオン王国へ侵攻し、王都が戦火に焼かれ、多くの者が被害を受けた事を恨んでの犯行と推測されます」

ティティス皇女と共に、ロナードを犯人だと主張する、貴族の中の一人が強い口調で言い返す。

「貴方が主張する程、彼は帝国を恨んでいないと思いますよ。 寧ろ、恨んでいるのはルオン国王やルオン王国の方ではないでしょうか」

サリアは、落ち着いた口調でそう続ける。

「それは……どう言う意味ですかな?」

ティティス皇女と共に、ロナードを犯人だと主張する、貴族たちの一人が思い切り眉間に皺を寄せながらそう問い掛ける。

「そんな事も知らずに、彼を犯人だと言っているのですか? 叔父であるルオン国王の方が余程、帝国軍よりも、彼に酷い事をしていますよ」

サリアが肩を竦め、馬鹿にした様な口調でそう言うと、傍聴席に居たセネトやシリウス、ハニエルも揃って頷く。

「ぐっ……」

ティティス皇女と共に、ロナードを犯人だと主張する、貴族たちの一人は、苦々しい表情を浮かべる。

「私に言わせれば、我がアルスワット一門、若しくは、ユリアスの婚約者であるセレンディーネ皇女や、その兄であるカルセドニ皇子を貶めたいと考える輩が、彼を犯人に仕立てた風にしか思えません。 彼がしたにしては、色々とお粗末過ぎます」

サリアは構う事無くそう続ける。

「わ、態とそうしているのですわ!」

ティティス皇女が溜まらず、強い口調で言い返すが、

「魔物を呼び出す為に魔力を使い果たし、魔力欠乏症になって何日もベッドから起き上がれなかった事も、態とだと言うのでしょうか?」

サリアは、冷ややかな視線を彼女に向けつつ、淡々とした口調で指摘する。

「それは流石に……」

「馬鹿過ぎるだろう」

サリアの指摘に、聴衆たちも思わずそう呟いたのが聞こえた。

「彼は単に、何者かによって故意に、体内の魔力を大量に奪われ、知らぬ間に、奪われた魔力が魔物の召喚に使われたのです。 彼は今回の事件の被害者であって、加害者ではありません」

サリアは、強い口調でそう主張する。

「私も同意見です。 もし、あなた方が主張する様に、帝国への報復を目的としていたのならば、先の建国祝賀祭で起きた獅子族たちの暴動に便乗する事も出来た筈です」

ティルミット公爵当主代行を務める、フィデリオも落ち着いた口調でそう指摘する。

「確かに」

「彼のお陰で、大事にならずにすんだ」

「祝賀祭に出席した者の多くが、彼やカルセドニ皇子に助けられた」

聴衆たちも口々にその様な事を言っている。

「そ、それは単純に、その時では無かっただけの話です。 準備が出来ていなかったのです」

ティティス皇女と共に、ロナードを犯人だと主張する、貴族たちの一人が苦し紛れにそう返した。

「可笑しな事を仰いますね。 彼ほどの召喚師ならば、その場で幻獣を召喚し、命令するだけで済む話なのでは? 今回の様に魔物を態々召喚するまでも無いでしょう?」

フィデリオは苦笑いを浮かべ、落ち着き払った口調で言う。

「そ、それは、呪いを解く事が出来なくなるからで……」

ティティス皇女と共に、ロナードを犯人だと主張する、貴族たちの一人は、何故か額から大量の冷や汗を流しながら、そう返した。

「今も呪いは解けていませんが?」

サリアは苦笑いを浮かべながら言うと、

「うぐっ……」

ティティス皇女と共に、ロナードを犯人だと主張する、貴族たちの一人は思わずたじろぐ。

「ふむ……彼が今回の事件を引き起こす動機にしては、ティティス皇女たちが主張する内容では、聊か説得力に欠けますな」

彼らのやり取りを聞いていた、裁判長を務めている侯爵が、落ち着き払った口調で言った。

「なっ……何を言っているの?」

ティティス皇女は、焦りの表情を浮かべながら言う。

(ま、マズイわ)

ティティス皇女は心の中でそう呟きながら、助けを求める様に、彼女と共にロナードを犯人だと主張する貴族たちを見るが、どういう訳か誰一人、彼女と目を合わせようとしない。

 その時、天井近くの窓を彩っていたステンドグラスが砕け散る音が響き渡り、突然の出来事にパニックを起こし、悲鳴をあげる聴衆たちの頭上に、割れたガラスの破片が降り注ぐ。

「危ない!」

それを見たサリアが咄嗟に風の魔術で壁を作り、降り注ぐガラス片から人々を守るが、直ぐ後に別の窓に嵌められていたステンドグラスも割れ、外から蝙蝠の翼を持つ、悪魔のような姿をした魔物が数匹入り込んできて、混乱している人々に見向きもせず、被告人席に居たロナード目掛けて向かって来ると、その手に持っていた大鎌を勢い良く振り下ろした。

 突如現れた魔物を前にして、被告人であるロナードを監視すると同時に、護衛の役も担っている兵士が情けない声を上げ、その場に腰を抜かす。

 両腕に付けられている枷の所為で、魔術を使う事が出来ないロナードは、忌々し気に自分に向かって大鎌を振り下ろす魔物たちを睨み付けた次の瞬間、彼の瞳が虹色に変化し、魔物たちが一瞬、時間が止まった様に動けなくなり、そして、砂の様にサラサラと崩れ落ちていってしまった……。

 それには、彼のすぐ背後に立っていたサリアは勿論、ロナードの瞳の色が変わる瞬間を間近に見た、セネトやシリウス、ハニエル等も驚きの表情を浮かべ、あまりに予想外の出来事に、彼を凝視したまま茫然としている。

 会場に居合わせた多くの者たちが、何が起きたのか理解出来ずにいた。

(魔力が使えぬ絶体絶命の場面で、眠っていた瞳の力が引き出されたか……)

その様子を、裁判長を務めている者たちよりも更に一段高い席から見ていた皇帝が、心の中でそう呟いた。

「ぐっ……」

ロナードは両目に鋭い痛みを感じ、思わず両手で目元を覆い、その場に片膝を付く様にして崩れ込む。

「ユリアス!」

それを見て、サリアとシリウスが彼の側に駆け寄った。

「おい! コイツが建物に張っていた結界を解いたのを見たぞ!」

魔物たちが侵入して来た窓から、周囲を警戒していたジェドがそう言いながら、フードを深々と被った黒いローブの人物の首根っこを掴みながら、セネト達に向かってそう叫ぶと、その黒いローブを着た人物をサリアたちの前に放り出した。

「お手柄だな」

シリウスが淡々とした口調で、ジェドにそう言うと、

「お前に褒められても、嬉しくもない」

彼は物凄く嫌そうな表情を浮かべながら、そう言い返した。 

ジェドに乱暴に後ろ手にされ、床の上に押さえつけられているローブの男は、忌々し気な表情を浮かべながら、シリウス達を睨み付けている。

「コイツが、何か知っているのは間違いないだろうな」

シリウスは、ローブの男を指差しながら、裁判長や皇帝たちに向かってそう言った。

「ふむ。 裁判は保留とする。 この者を重要参考人として引っ立てよ」

シリウスの言葉を聞いて、皇帝は落ち着き払った口調でそう命じると、魔物の襲撃に備え、居合わせた聖騎士たちが雪崩れ込み、あっという間にローブを着た男を捕縛し、その場から連れ出して行った。


「……どうやら、目の痛みの原因は、砕け散ったガラス片が入った所為ではない様です」

ロナードが両目を抑えたまま、酷く痛がるので控室に運び込み、会場に居合わせた医者が診察を終えると、落ち着いた口調でその場に居合わせた面々にそう告げる。

「……瞳の力が覚醒した反動かも知れません……。 瞳に宿る力が強いとその分、瞳への負担も大きいですから……。 特に最初の方は痛みが強く出る事があると聞きますし……」

ハニエルは、ソファーの上に長身な体をくの字に曲げ、両手で目元を覆っているロナードを見ながら、落ち着いた口調で指摘した。

「確かに……私も覚醒した時、瞳が焼ける様な苦痛を味わった」

シリウスは複雑な表情を浮かべながら呟くと、

「痛みが治まるには、時間が掛かるのか?」

セネトが心配そうに、ハニエルに問い掛けると、

「痛みの感じ方もですが、痛みが治まるのも個人差があります。 数時間の内に治まる事もあれは、数日間続く事もあります。 ですので、痛みを軽減する為に痛み止め貰うのも手かも知れません」

彼は、複雑な表情を浮かべながら答えていると、廊下の方から扉をノックする音がした。

 返事をすると、カルセドニ皇子と共に、ティルミット公爵代行を務めるフィデリオが入って来た。

「やはり……瞳の力が覚醒したのですね……」

フィデリオは、ロナードが両目を手で抑えたまま、必死に痛みに耐えている様子を見て、複雑な表情を浮かべながら呟いた。

「その様です……」

ハニエルがそう答えると、

「能力を見た限り、どうやら彼は『竜の瞳』の所有者の様ですね」

フィデリオは、落ち着いた口調で言った。

「それは一体……」

セネトは、戸惑いながらフィデリオに問い掛けると、

「視界に映る全ての魔物を一瞬で消し去る能力を持った瞳の事です。 『退魔眼』とも呼ばれますが、竜族の始祖が持っていたと言う言い伝えから、『竜の瞳』と称されるのが一般的です。 非常に強い力を持っている魔眼です」

彼は、落ち着いた口調でそう説明する。

「竜の瞳……」

セネトは、複雑な表情を浮かべながら呟く。

「ティルミット公爵家には、その瞳を受け継ぐ者が多く現れますが、瞳の力を覚醒させる者はほんの一握りです。 その為、瞳の力を覚醒させた者はティルミット公爵一門でも別格視されます。 更にガイア神教では『聖王』と呼ばれ、大老子よりも更に上の地位にあります」

フィデリオは、落ち着き払った口調でそう説明する。

「レオン。 セティ。 そう言う事情がある以上、済まんが、ユリアスの身柄は寺院が預かる」

カルセドニ皇子は、複雑な表情を浮かべながらそう告げると、セネトやシリウス達は戸惑いの表情を浮かべる。

「リュディガー伯爵をどの様に扱うかは、ティアマト大老子さまが戻り次第、老子会議で決める事になるでしょうが、その間に、聖王さまの御身に何かあっては、寺院の威信に関わります。 ですからどうか、我々に任せて頂けないでしょうか?」

フィデリオは、真剣な表情を浮かべ、戸惑っているシリウスやセネトにそう懇願する。

「我ら聖騎士が誠心誠意お仕えし、御身は命を掛けてもお守りする。 だから……」

カルセドニ皇子も、真剣な面持ちでシリウスとセネトに言う。

「それに、瞳の力に関する事も寺院が何処よりも詳しい。 瞳への負担を軽減する方法や、痛みを解消する秘薬もある可能性が高いでしょう。 ここで何も対処出来ずに、ただ痛みに耐えさせるよりはいいと思います」

フィデリオは、真剣な面持ちでそう続ける。

「……」

セネトは、どう答えて良いのか分からず、神妙な表情を浮かべたまま黙り込んでいる。

「……分かった。 だが、あくまで、瞳の痛みをどにかする為の緊急措置だ。 寺院に身を預けるかどうかは、大老子たちではなく、ロナードが決めるべき事だ」

シリウスは何時になく真剣な表情を浮かべ、カルセドニ皇子とフィデリオを真っ直ぐ見据えながら、そう言った。


「その後、ロナード様のご様子は如何ですか?」

ギベオンは、ロナードを見舞う為に、ガイア信教の総本部へ赴き、戻って来たセネトに問い掛ける。

「如何も何も……。 何処に居ても最低でも二人は聖騎士がくっ付いている始末だ……。 護衛ならばアイクとナルルで事足りると、ロナードも言っているのだが全く聞こうとしない。 おまけに、ロナードは寺院の敷地から出る事も出来ない」

セネトは、額に片手を添え、ゲンナリした表情を浮かべながら、そう呟いた。

(あいつ等のお陰で、恋人気分もブチ壊しだ)

セネトは、不満に満ちた表情を浮かべながら、心の中で呟いた。

「それは、難儀ですね……」

ギベオンは、苦笑いを浮かべながら言う。

「あんな辛気臭い場所に閉じ込められていては、ロナードも息が詰まるだろうに……」

セネトはそう言うと、溜息を付いた。

「仕方がありません。 今やロナード様は『聖王』さまですからね。 町に繰り出したら、どの様な事態が起きるか予測が出来ません」

ギベオンは苦笑いを浮かべたまま、そう返した。

「そうだな。 噂を聞き付けた連中が連日、面会を求めてやって来ている程だ」

セネトは、溜息混じりにそう語ると、

「寺院の連中も勝手よね。 少し前までは、リリアーヌの事を聖女さまと言って持て囃していたのに、彼女の行方が分からなくなったら、今度はロナードを聖王と呼んで担ぎ上げて……」

ルチルは、呆れた表情を浮かべながら言う。

「リリアーヌの場合は、魅了眼の力を使って、寺院の関係者にゴリ押しした感が否めないが、ロナードは望んでそうなった訳ではないからな……」

セネトは、溜息混じりにそう返す。

「まあ、何にしても、ティティスの主張が全面的に退けられた事には、素直に喜ぶべきことだわ」

ルチルは肩を竦めながらそう言うと、ギベオンも頷き、

「ティティス皇女は、ロナード様が自分の瞳の力を周囲に示す為に、魔物を召喚したのだと言う主張に切り替えましたが、苦し紛れと言う感が否めませんし……」

「そもそもロナード当人が、自身の瞳の力が何であるのか把握していなかったのに、その主張は無理があるものね」

ルチルは、苦笑いを浮かべ、肩を竦めながら言う。

「ああ。 ロナードも今回の騒ぎの調査や、魔物退治に協力的である事と、ティルミット公爵一門と寺院、そしてアルスワット公爵一門の圧力もあって、ティティスの主張は完全に退けられてしまったからな……。 今では、聖王を陥れようとした、愚かな皇女と言うレッテルまで張られている」

セネトも、物凄く複雑な表情を浮かべながら言うと、

「ええ。 あれだけ頻繁に顔を出していた社交界にも、世間の冷ややかな目に晒される事を嫌ってか、パタリと現れなくなったと聞きますし、今回の騒ぎを起こした責任として、ティティス皇女は修道院に送られると言う噂もありますので、それまで皇女を支持していた貴族たちは、彼女から次々と離れているとの話です」

ギベオンも苦笑いを浮かべ、落ち着き払った口調で語る。

「自業自得よ。 静かになって良かったじゃない」

ルチルは肩を竦めながら、皮肉たっぷりに言った。

「それは良かったとして……。 ロナード様は今後、どうするつもりなのでしょうか?」

ギベオンは、心配そうな表情を浮かべながら呟く。

「今まで通り、あくまで一介の宮廷魔術師として居る事を望んでいる。 聖王として、寺院と関わる気は無い様だ。 『面倒臭そうだ』と言っていた」

セネトは、苦笑いを浮かべながらそう言うと、ルチルも苦笑いを浮かべ、

「ロナードらしいわね」

「ですが、それを寺院が許すとは思えません……」

ギベオンが、複雑な表情を浮かべながら言うと、

「そうよね。 自分たちの面目もあるでしょうし……」

ルチルは、複雑な表情を浮かべながら言う。

「だが、サリアやレオンたちが黙っている筈がない。 お互いに落とし所を見付ける他ないだろう」

セネトは、複雑な表情を浮かべたまま、重々しい口調で語る。

「一難去って、また一難ね」

ルチルは特大の溜息を付くと、ウンザリした様な口調でそう言った。


「聖王さま! お待ち下さい!」

「どうか、お部屋にお戻りを!」

寺院の本部である、宮廷おも凌ぐ規模を誇る荘厳な白亜の神殿内の廊下で、聖騎士たちの焦りの声が響き渡る。

「だから、俺は聖王などでは無いと何度言えば! それに、瞳の痛みも引いて何日も経つ。 いい加減に屋敷に戻らせてくれ!」

ロナードは、自分の後について来る聖騎士たちに向かって、酷く苛立った口調で返す。

「それば出来ません」

「ティアマト大老子さまがお戻りになられるまで、此方でお過ごしを」

聖騎士たちは真剣な表情を浮かべ、強い口調で言い返す。

「ふざけるな! 大老子は今、各地の支部を訪問する旅に出ている最中だぞ! 待って居られるか!」

ロナードは表情を険しくし、語気を強める。

そんな彼らを、何も知らない修道士や修道女たちが、何事かと言う様な顔をして、遠巻きに眺めていると、

「朝から元気ですね」

不意に、ロナードの背後から若い男の声がし、ロナードと言い合いをしていた聖騎士たちは揃って、

胸元に片手を添え、恭しく首を垂れたのを見て、ロナードは徐に振り返る。

「フィデリオさん……」

自分に声を掛けて来た相手を見て、ロナードは何ともい言い難表情を浮かべた。

「少し、お話をしましょうか」

フィデリオは、バツの悪そうな顔をしているロナードに対し、ニッコリと笑みを浮かべ、優しい口調でそう言った。

「……はい」

ロナードは、相変わらずバツの悪そうな顔をしながらも、そう言って頷いた。

「護衛をしている、君たち二人もね」

フィデリオは徐に、ロナードの影のように控えていた、アイクと大きめの猫に化け、ロナードの側に居たナルルに声を掛けた。

「え。 あ、はい」

「分かったゾ」

二人は揃って返事をしたが、てっきり、大きな猫とばかり思っていたナルルが喋ったのを見て、ロナードの護衛をしていた聖騎士たちや、その場に居合わせた人たちは驚いた。

周囲からの好奇に満ちた視線を受けつつ、彼らは空いている応接間へと場所を移した。


「済みません。 俺は貴方に迷惑を掛けたい訳では無いのです」

ロナードは、部屋に入るなり、先に部屋に踏み込んでいたフィデリオに向かって、申し訳なさそうに言った。

「それは、理解していますよ。 誰だって良く意味も分からず、何日も見知らぬ場所に留まる事を強要されれば、文句の一つや二つ、言いたくもなる」

フィデリオは、バツの悪そうな顔をしているロナードに向かって、優しい口調でそう返すと、ソファーに座る様に促した。

「……」

ロナードは、複雑な表情を浮かべつつも、フィデリオに促され、ソファーに腰を下ろすと、テーブルを挟んで向かいのソファーにフィデリオは腰を下ろすと、

「貴方の身柄については、寺院だけでなく、アルスワット公爵やセレンディーネ皇女殿下とも話し合っている最中だよ。 不満もあるだろうけれど、話が付くまではもう暫く此方に居て欲しい。 今、君を世間に放り出すのは色々と、危険だからね」

落ち着いた口調でそう切り出した。

「ティティス皇女を警戒してですか?」

アイクは、部屋の扉を閉めながら、フィデリオに問い掛ける。

「それもだけれど、他にも君の主の身を狙う輩が居る。 その者たちの方が、ティティス皇女などよりも遥かに危険だ」

フィデリオは、落ち着き払った口調で、アイクの問い掛けに答えた。

「どう言った輩なのですか?」

ロナードは、真剣な面持ちで、フィデリオに問い掛ける。

「彼らの事を説明する前に、ユリアスくん。 君は『聖王』について何か知っている事はあるかい?」

フィデリオは、真剣な面持ちで問い返すと、ロナードは面を食らった様な表情を浮かべた後、

「申し訳ありませんが、ガイア信教の信徒ではありませんし、帝国で生まれ育った訳でもないので、聖王については何も知りません」

ロナードは、申し訳ない様な顔をしながら、おずおずとそう言い返した。

「謝る必要はないよ。 君の経歴を考えれば、知らなくて当たり前だからね」

フィデリオは、優しい口調でそう返すと、ナルルも何度も頷きながら、

「そうだゾ」

「寺院に所属していたオレも、詳しくは知りませんから」

アイクも、苦笑いを浮かべながらそう言った。

 大老子よりも更に上の身分として、『聖王』と言う人が稀に、存在する事くらいしか、アイクも知らないのだ。

「聖王と言うのは、ティルミット公爵家の血に連なり、『竜の瞳』の能力を覚醒した者の事だよ。 ティルミット公爵一門は代々、神事を司って来た一族。 それ故に、歴代の大老子や老子を数多く輩出してきた。 その中でも、『聖王』と言うのは特殊な存在なんだ」

フィデリオは、穏やかな口調で『聖王』について、簡潔に説明をする。

「そうなのかぁ」

ナルルはそう言ったものの、果たしてどこまで理解したのか怪しい。

「知っているかも知れないけれど、魔女の瞳を持って生まれたとしても、瞳の能力が覚醒する事無く、生涯を終える者も少なくない。 特に、『竜の瞳』の能力が覚醒した者は、これまで両手に収まる程度しかいない」

フィデリオは、落ち着き払った口調でそう続ける。

「それ程ですか……」

ロナードは、戸惑いの表情を浮かべながら呟く。

「だから、とても希少な存在で、同時にその力は当代の大老子を凌ぐ事が多い。 特に、ガイア神教において魔族は忌みされている存在なんだよ。 その魔族が生み出したと言われている魔物を瞬時に屠る力は、ガイア神教では神にも等しい力なんだ」

フィデリオは、真剣な面持ちで説明を続ける。

「……」

ロナードは、物凄く複雑な表情を浮かべながら、彼の話に耳を傾けている。

 ロナードとしては、周囲から必要以上に持て囃される事は、極力避けたい様だ。

「確かに、主の力を目の当たりにした時は、何が起きたのか一瞬、理解できませんでした」

アイクも、ロナードが瞳の力を使う瞬間を目の当たりにしたが、正直、理解が追い付かなかった。

「それ故に、ガイア神教では古くから『竜の瞳』の覚醒者は、神ガイアの化身と言われていて、真なる力を得る為に、『神降ろし』なるものが密かに行われてきた」

フィデリオは表情を曇らせ、重々しい口調で語る。

「『神降ろし』?」

ナルルは小首を傾げながら、フィデリオに問い掛ける。

「簡単に言えば、ガイア神を『竜の瞳』の覚醒者の体に宿らせる……。 神と一体化させる儀式。 儀式を受けた者の中には、覚醒者になる為に強行した者もいる」

フィデリオは、重々しい口調と、真剣な面持ちで語ると、それを聞いたアイクとナルルの表情が強張った。

「そんな事が出来るのですか?」

俄かには信じがたい内容に、ロナードは戸惑いの表情を浮かべながら、フィデリオに問い掛ける。

「……秘術中の秘術として、ティルミット公爵一門に伝わっているものだが、残念ながら、これまで覚醒者であるか否かに関わらず、成功した事は一度もない」

フィデリオは、複雑な表情を浮かべ、重々しい口調で答えた。

「一度も……」

それを聞いてロナードも、表情を曇らせながら、そう呟いた。

「そりゃそうですよね……」

そんな事は眉唾ではと思っているアイクは、呆れた表情を浮かべながら言った。

「これまで、覚醒者では無い者も含めると二十人近くが儀式に臨み、その三分の二は儀式の最中に正気を失い廃人と化し、残りの三分の一は命を落とした」

フィデリオは、沈痛な表情を浮かべながら説明すると、

「!」

話を聞いた三人は思わず、その表情を険しくした。

「それ、普通にヤバくないですか?」

アイクは、戸惑いの表情を浮かべながら、フィデリオに言う。

「恐れ多くも人の分際で、神を具現化しようとした怒りをかった結果なのか、そもそも、神など人々が作り出した偶像で、何処にも存在しないモノを身に宿そうとした結果なのか……。 私では確かめる術は持たないが、何にしても、とても危険な儀式である事には変わりない」

フィデリオは、複雑な表情を浮かべ、重々しい口調で答えた。

「そんな狂気じみた儀式を、寺院は密かに行って来たのですか……」

ロナードは、ショックを隠せない様子で呟き、イシュタル教会が行っている『女神の祝福』と同じではないかと、心の中で呟いた。

「怖いゾ」

ナルルも、表情を引きつらせながらそう呟いた。

「信心深く自ら望んだ者も居るけれど、多くの場合は周囲の者たちに強要され、仕方なく儀式に望んだ者が殆どだよ。 中には、儀式を受けたくないが故に逃げ出し、殺された者も居る」

フィデリオは、複雑な表情を浮かべたまま、重々しい口調で語る。

「……」

ロナードは、物凄く複雑な表情を浮かべている。

「そりゃあ、死ぬかもしれないと知ったら、誰だって逃げたくもなりますよ」

アイクも、何とも言えない様な顔をしながら、そう言った。

「幸い、今はその様な人の命を軽んじる儀式は、固く禁じられている。 しかしながら、信者の中には未だに、『神降ろし』を神聖な儀式として重きを置く集団が存在しているんだ。 彼らは自らを『正教派』と名乗り、活動をしている」

フィデリオは、軽く溜息を付いてから、複雑な表情を浮かべながら語る。

「『正教派』……」

アイクは俄かに眉を顰め、呟く。

「つまり、俺はその『正教派』に捕らえられ、儀式の生贄にされる危険があると言う事ですか……」

ロナードは、まるで他人事のように、落ち着き払った口調で言った。

「その通り。 老子や司祭たちの中にも『正教派』は存在する。 彼らは昔ながらの、人々に施しを行う事で徳を積み、自身は俗世に染まる事なく禁欲を貫き、質素である事を良しとしている」

フィデリオは、真剣な面持ちと、重々しい口調で答えた。

「それだけ聞けば、とても敬虔な信者と思ってしまいますね……」

アイクは、複雑な表情を浮かべながら言うと、ロナードも黙って頷いている。

「そう。 彼らの多くが、聖職者として模範的な人たちです。 だから余計に質が悪い。 彼らの様な徳の高い人たちが、その様な危険な考えを抱いているなど、普通は想像もしないだろうからね」

フィデリオは、真剣な表情を浮かべ、重々しい口調で語る。

「確かに」

ロナードも、複雑な表情を浮かべながら呟く。

「恐らく、君の事を知って接触を図って来る筈だ。 その時に、君に何をするか想像がつかない。 だから君は、例え寺院の施設の中に居ても、絶対に一人で行動してはいけないよ」

フィデリオは、真剣な表情を浮かべ、ロナードにそう忠告した。

「分かりました」

ロナードは、真剣な面持ちでそう返すと、頷いた。


 数日前、彼女はガイア信教の幹部である、老子たち数人と、彼らを補佐する司祭たちに呼び出されていた。

「ティルミット家のフィデリオ卿が、『竜の瞳』の覚醒者を連れて来たそうだ」

老子たちの一人が徐に、そう切り出した。

「それは、本当かね?」

「何時ぞやの聖女の様にまた、偽物と言う事は?」

その言葉を聞いて、別の老子たちが口々にそう言った。

「フィデリオ卿の事だ。 いい加減な輩を連れて来るとは思えませぬ」

「その通り。 私の知り合いの中にも何人か、その者が魔物を一瞬で砂にしたのを目撃しています」

司祭たちが口々にそう言うと、老子たちは何とも言い難い表情を浮かべる。

「真偽のほどは兎も角、聖女の様な失態は許されぬ」

「その通り。 さんざん引っ掻き回した挙句、雲隠れするなどあってはならぬ事だ」

「あの娘の所為で、帝国内での寺院への信頼は大きく損なわれた。 担ぎ上げるにしろ、少しは機転の利く者ではなくては」

暫くの沈黙の後、老子たちは口々にそう言った。

「ヴァイテ修道女長。 貴女にはフィデリオ卿が連れて来たと言う『聖王』と接触し、彼の教育を施すと言う名目の下、監視をして貰いたい」

司祭の一人が、場違いな所に来てしまったと、一番端の席で身を小さくしていた彼女にそう言い渡した。

 これは命令であって、彼女に拒否権など無い。

「承知致しました」

彼女は深々と首を垂れ、そう答える他なかった。


「失礼します」

フィデリオと話していると、不意に廊下の方からノックをする音がして、そう言いながら中年の修道女がおずおずと中に入って来た。

「おや。 これはヴァイテ修道女長。 如何されました?」

修道女たちを統括する立場である筈の彼女は、本来ならば今の時間、午後の礼拝の為に大聖堂に居る筈である。

 何故、ここに来たのかフィデリオが不思議に思っていると、

「此方に、聖王さまがいらっしゃると聞きまして……ご挨拶に参りました」

フィデリオの心中を察してか、彼女は落ち着き払った口調でそう言ってきた。

「そうですか」

フィデリオは、ニッコリと笑みを浮かべながら返し、

(つまり、老子たちに様子を見て来いと、言われて来たと言う事か)

心の中でそう付け加えると、注意深く彼女を見る。

「それで、聖王さまはどちらに?」

彼女は忙しく、部屋の中を見回しながら、そうフィデリオに問い掛ける。

「此方ですよ」

フィデリオは、ヴァイテ修道女長のすぐ目の前の、部屋の中央に置かれたテーブルを囲む様に配されたソファーに座っているロナードには見向きもしない彼女に、苦笑いを浮かべながらそう言った。

 それを聞いて彼女は、驚きのあまり目を丸くして、ロナードを凝視している。

 それにはロナードも、戸惑いの表情を浮かべて固まってしまっている。

「どうかなさいました?」

フィデリオは、彼女があまりに驚いているので、少し心配そうに問い掛けると、

「あ、いえ。 男性とは聞いていませんでしたので……。 歴代の聖王さまは皆、女性だったものですから、今回も女性だとばかり……しかも、成人した男性とは……」

ヴァイテ修道女長は、動揺を隠せない様子でそう答えた。

「彼はまだ十七歳ですから、成人はしていませんね」

フィデリオは苦笑いを浮かべながら、そう言った。

「それは……失礼を。 しかし……男性の聖王さまは初めてなのでは?」

ヴァイテ修道女長は、焦りの表情を浮かべながらそう返すと、

「どうでしょうか。 勉強不足ですので、ハッキリとお答えする事は出来かねます」

フィデリオは苦笑いを浮かべながら、そう答えた。

「何にせよ、『竜の瞳』が覚醒された事を心からお祝い申し上げます」

ヴァイテ修道女長は気を取り直し、戸惑いの表情を浮かべ、自分を見ているロナードに対しそう言うと、深々と首を垂れた。

「え。 あ、はい……」

ロナードは、戸惑いの表情を浮かべたまま、そう返した。

(何なの。 もっと答え様があるでしょうに)

ロナードの受け答えに、ヴァイテ修道女長は軽い苛立ちを覚え、心の中でそう呟いたが、直ぐに気を取り直し、ニッコリと笑みを浮かべ、

「此方にいらっしゃる間、私が身の回りのお世話と、教育を担当する事となりました。 名はヴァイテと申します」

穏やかにそう言った。

「……ユースティリアスです」

ロナードは、戸惑い気味にそう返した。

「ヴァイテ殿。 お世話係は兎も角、教育係と言うのは、どういう事でしょうか?」

フィデリオは苦笑いを浮かべながら、ヴァイテ修道女長に問い掛ける。

「どうもこうも……。 これから聖王として必要な知識や礼節などを、学んで頂かねばなりません」

彼女は、物凄く事務的な口調で、フィデリオの問い掛けに答えた。

「あ、いや、俺はまだ聖王になるとは……」

ロナードは、物凄く困った様な表情を浮かべながら言うと、思わず助けを求める様にフィデリオを見る。

「彼の言う通りです。 まだ、聖王とは正式に認められてもいないのに……」

フィデリオは、苦笑いを浮かべながら言うと、

「何を仰います。 『竜の瞳』の覚醒者は例外となく聖王なる定めです」

ヴァイテ修道女長は、物凄く淡々とした口調でそう言い放った。

 彼女の言動に、ロナードは更に困惑した様子で、思わずフィデリオを見る。

「今までは、そうだったかも知れませんが、彼の意志も確認せず、我々が勝手にその様に決めるのは、あまりに勝手ではありませんか。 何より、ティアマト大老子のお考えすら、お伺い出来ていないと言うのに」

フィデリオは苦笑いを浮かべたまま、淡々としているヴァイテ修道女長に言った。

「老子さま方はティアマト大老子さまに、お伺いを立てるまでも無い事とのお考えです」

彼女は相変わらず、淡々とそう答える。

「……」

彼女の発言に、ロナードとフィデリオは困り果てた様な顔をして、思わず、おたがいのか尾を見合わせる。

「兎に角、私が誠心誠意お仕え致します」

困惑している彼らを他所に、ヴァイテ修道女長は事務的な口調で、ロナードにそう言った。

「は、はあ……」

ロナードは、かなりドン引きしている様子で、そう返した。

(メッチャ、押しの強いおばさんだな……)

(ロナード、ドン引きしてるゾ)

ロナードの様子を見て、アイクとナルルは心の中でそう呟く。


(全く。 とんだ貧乏くじを引かされたわ)

ヴァイテ修道女長は、廊下をスタスタと歩きながら、心の中でそう呟く。

 すれ違う修道女たちは皆、彼女の姿を認めるとその場で歩みを止め、彼女に向かって首を垂れる。

 老子たちに監視と教育を任された相手である、『聖王』だと言われている青年はそもそも、この帝国の生まれではない事を知り、彼女は軽い眩暈を覚えた。

(ランティアナなどと言う、蛮族たちが住まう大陸の出だなんて……)

ヴァイテ修道女長は、深々と溜息を付きながら、心の中で呟く。

 彼女が明らかに不機嫌そうにしているのを見て、若い修道女たちは、自分たちが何かしでかしたのではないかと勘違いし、ビクビクしている。

(きっと、ほんの少しだけティルミット家の血を引いていたにも関わらず、運良く『竜の瞳』を授かっただけの話に過ぎないわ)

ヴァイテ修道女長は、心の中でそう呟くと、自分に言い聞かせる様に何度もウンウンと頷く。

 そもそも、彼女はランティアナ大陸の者に対し、良いイメージを持っていなかった。

 先の戦いで帝国と敵対していた事もあるが、彼女のランティアナ人に対する心証を決定的に悪くした相手がいた。

 その相手は、ランティアナ大陸の何処かにある小国の王子だったか何かで、兎に角、周囲の者に対して傲慢で、その言動は高圧的で、帝国の礼節や文化を知らぬ彼の為に、教育係に任命された彼女の事を『必要ない』と一蹴したのだ。

 無論、そんな礼儀知らずに態々、此方が頭を下げて教える気も無かったので、彼女も教育係の話を断ったのだが、今も相変わらずの態度の様で、周囲から孤立している様だ。

 『ランティアナ』と聞いて、その人物の顔が真っ先に浮かんでしまう程、彼女はその人物の事を毛嫌いしていた。

(まあ、あの男に比べれば、私の話を聞くだけまだ、マシではあるでしょうけれど……)

ヴァイテ修道女長は、心の中でそう呟くと軽く溜息を付き、ロナードを教育する為に借りている部屋の扉を軽くノックしようすると、それより先に部屋の中から扉が開き、中から獅子の鬣の様な、見事な金色の髪を有した、長身でガッチリとした、如何にも騎士と言った風体の若い男が出て来た。

 彼女はその若い男を見るなり、その表情を凍り付かせた。

 何故ならば、目の前に居るこの若い男こそが、彼女に『ランティアナ人』に対する心証を最悪にした張本人であったからだ。

「何故……貴方がここに……」

ヴァイテ修道女長は、戸惑いの表情を浮かべながら、そう呟いた。

「自分の弟と会うのに、何か問題でも?」

彼は、思い切り怪訝そうな表情を浮かべ、淡々とした口調でそう答えた。

「弟?」

ヴァイテ修道女長は、戸惑いの表情を浮かべながらそう呟くと、徐に部屋の中を覗き込んだ。

 だが、部屋の中に居るのは、これから彼女に神学を学ぶ為に来ているロナードと、彼の護衛として、常に影のように付き従っているアイクと言う青年だけだ。

「アイク卿が、貴殿の弟君とは知りませんでした」

ヴァイテ修道女長は、苦笑いを浮かべながらそう言うと、

「何を言っている? 私の弟はユリアスだが」

その若い男は、思い切り眉を顰めると、淡々とした口調でそう返してきた。

「えっ……」

ヴァイテ修道女長は、思わずそう呟くと、徐にロナードの方へと目を向けた。

 髪の色は違うが、言われてみれば何処となく、纏っている雰囲気などが似てなくもない……。

「ユリアス……。 弟は止むを得ない事情で一時的にここに身を寄せているに過ぎない。 聖王になる気など毛頭ない。 だが、修道女長と言う貴女の立場もあるだろうと思い、大人しく従っているだけの話だ。 弟の優しさに甘んじて、無理強いをしない様に」

彼は、戸惑いの表情を浮かべている彼女に対し、冷ややかな視線を向けながら、淡々とした口調でそう言い放った。

「兄上。 もっと他に言い方が……」

あまりに不躾な物言いをする兄を見かねて、ロナードは困った様な表情を浮かべながら言った。

「お前は人が好過ぎる。 こんな、敵か味方か良く分からぬ輩の事など、気に掛ける必要など無いだろう」

そんなロナードの事など気にも留めず、彼は淡々とした口調で返した。

「また、そんな事を……」

ロナードは、呆れた表情を浮かべ、溜息混じりにそう呟くと、

「見ての通り兄は、不愛想な上に不器用なので、気を悪くしたのならば謝る。 だが、偏に俺を想っての言動なので、どうか先程の発言は容赦して貰いたい」

戸惑いの表情を浮かべたまま、彼らのやり取りを見ていたヴァイテ修道女長に向かってそう言った。

「は、はあ……」

彼女は、思いがけぬロナードの言葉に戸惑い、その時は気の抜けた返事する他なかったが、直ぐに、冷静にロナード達の様子を見比べ、

(成程。 この兄にして、この弟と言う訳ね……。 彼の弟をするのも大変そうだわ)

その様な感想を抱いた。

「兄上。 俺の事は大丈夫だから、カルセドニ殿下の下へ戻って下さい」

ロナードは、過剰な程に自分を気遣う兄に対し、聊かウンザリしているのか、何処か疲れた様な顔と声で、そう言った。

「お前の『大丈夫』は、当てにならん」

彼は、ムッとした表情を浮かべながら、淡々とした口調でそう返した。

「アイクも居ますし、廊下には殿下が付けて下さった聖騎士たちも居る。 何より、兄上が心配するような事は起きませんよ」

ロナードは、苦笑いを浮かべながら、一向に部屋から出て行く気配のない兄に対してそう言った。

「はあ……。 お前はイマイチ危機感が無い。 何かあれば直ぐに私に言え。 良いな?」

彼は、額に片手を添えると、特大の溜息を付いてから、そう返した。

「はいはい。 それより、ちゃんとセネトに手紙を渡して下さい」

ロナードは苦笑いを浮かべたまま、そう言うと、

「全く……。 私は何時から、お前たちの恋文を届ける係になったんだ?」

彼は、不満そうな表情を浮かべながら、そう呟く。

「そんな甘いものでは無いですよ」

ロナードは、苦笑いを浮かべながらそう返す。

「どうだか」

彼は肩を竦めながらそう言うと、流石に自分が邪魔になっていると気が付いたのか、心配そうな顔をしながらも、部屋を後にした。

「はあ……。 やっと退散した……」

兄が部屋から出て行くと、ロナードは思わずソファーの背凭れに身を預け、ゲンナリした表情を浮かべながらそう呟いた。

 どうやら、ヴァイテ修道女長が来るまでの間に、兄であるノヴァハルト侯爵に、色々と小言を言われていた様だ。

「ホント、主の護衛をしているオレ達への信頼度ゼロですね。 あの人……」

ロナードの護衛として、常に彼の側にいるアイクも、ゲンナリした表情を浮かべながらそう呟く。

「自分を基準に考えているからだろう。 あんな化け物染みた強さの奴が、そうそう居て堪るものか」

ロナードは、ゲンナリした表情を浮かべながら、ヴァイテ修道女長が居るにも関わらず、ポロリと本音を零した。

「ご尤も」

アイクは、苦笑いを浮かべながらそう返した。

「ご兄弟……だったのですね……。 ノヴァハルト侯爵と」

ヴァイテ修道女長は、廊下の方へ目を向けてから、徐にロナードにそう言った。

「兄の事を知って……。 いや、此処では兄の事を知らない者など居ないか……」

彼女が、自分の兄の事を知って居た事に一瞬だけ驚いたが、直ぐに、その様な言葉を発した。

 どうやら、自分の兄がその性格と言動が原因で、周囲の者と要らぬ衝突を起こしている事を知っている様だ。

 ロナードの言う通り、彼の兄はただでさえ、帝国の者とは異なる、髪の色や容姿で人目を惹くと言うのに、口を開けば皮肉か、毒しか吐かない、トラブルメーカーとして有名であった。

 黙って居れば、名工が彫り上げた彫刻の様な美丈夫だと言うのに……。

「そうですね。 色んな意味で有名人ですから」

ヴァイテ修道女長は、慎重に言葉を選びながら、ロナードにそう返した。

「そうだな……」

彼は、物凄く微妙な微妙を浮かべながら返した。

「オレも、侯爵が今までどんな事をやらかして来たか、色々と聞いていますよ」

アイクは、苦笑いを浮かべながら言うと、

「……胃が痛くなるから、言わなくていいぞ」

ロナードは、物凄く嫌そうな表情を浮かべながら、そう返した。

「主も負けてないじゃないですか。 絡んで来た相手をボコしたり、ボコボコにしたり、フルボッコにしたり……」

アイクは、意地の悪い顔をしながらそう言うと、

「全て同じじゃないか」

ロナードは、呆れた表情を浮かべながら指摘する。

「違いますよ。 ボコすのは一発見舞う程度です。 ボコボコはまあ、中程度ですかね? フルボッコは文字通り病院送りです」

アイクは、意地の悪い表情を浮かべ、ロナードにそう返してから、ニッコリと笑みを浮かべた。

「……手を出している時点で、どれも駄目です」

ヴァイテ修道女長は、深々と溜息を付いてから、二人にそう言った。

「ですよねぇ……」

アイクは、苦笑いを浮かべながら返した。

(まあ、『聖王』などと呼ばれ、急に現れた得体の知れぬ異国人の彼に、反感を抱く輩は居るだろうとは思っていたけれど……)

叱られた犬の様な表情を浮かべているロナードを見ながら、ヴァイテ修道女長は、心の中でそう呟いた。

兄であるノヴァハルト侯爵とは違い、ロナードはトラブルを起した事に対して、多少の罪悪感はあるらしい。

 これまで彼を観察してきた限りでは、自分からいざこざを引き起こした訳では無さそうだ。

「ところでヴァイテ卿。 外出の許可は誰に取り付けたら良いのだろうか」

ロナードは、軽く溜息を付いてから、これ以上、この事について追及されたくないのか、ヴァイテ修道女長にそう問い掛けた。

「外出は、難しいのではないでしょうか」

彼女は、淡々とした口調で即答した。

「そう言うが、急にここへ連れて来られた所為で、やりかけていた事が残っている。 それらの事が気掛かりだし、何より、外に居る婚約者が俺の事をとても心配している。 彼女と会って安心させたい」

ロナードは、物凄く困った表情を浮かべながら、ヴァイテ修道女長に理由を説明する。

「……夜伽の相手でしたら、此方で手配いたします」

ヴァイテ修道女長は、察した様にこれと言った表情を浮かべる訳でもなく、実に淡々とそう言い放ってきた。

「何で、そうなる……」

彼女の発言に、ロナードは額に片手を添えながら、ゲンナリした表情を浮かべながら呟いた。

「外に居る婚約者に会いたいというのは、そういう事でございましょう?」

ヴァイテ修道女長は、何食わぬ顔をしてそう言い返すと、ロナードは特大の溜息を付いた。

 自分の思った事が外れたので、ヴァイテ修道女長は物凄く意外そうな顔をしている。

「あ~……。 これ絶対に兄君の所為ですよ。 大方、ここの修道女たちを派手に食い散らかしたんじゃないんですか? あの人」

アイクは、ヴァイテ修道女長の反応を見て、何か察したようで、苦笑いを浮かべながらロナードに言うと、

「成程……」

ロナードは、額に片手を添えたまま、アイクが言わんとする事を理解し、物凄く迷惑そうな顔をしながらそう呟いた。

「ヴァイテ修道女長。 完全に誤解です。 ノヴァハルト侯爵とは違って、とても身持ちは固いので、ここに居る修道女たちに、手を出したりする事は無いですよ」

アイクは、苦笑いを浮かべながら、誤解してしまっているヴァイテ修道女長にそう説明した。

「しかし、俗世に染まっている方には、そう言う配慮も必要だと……」

ヴァイテ修道女長は、物凄く真面目にそう返すと、

「人によりますよ。 オレや主の様に、長く戦いの中に身を置いて来た者は大抵、自分が一番無防備になる状態の時に、他人を側に置きたがりません。 ノヴァハルト侯爵が可笑しいだけです」

アイクが苦笑いを浮かべながらそう言うと、ロナードも真剣な顔をして何度も頷いている。

「なので、ここに居る修道女たちには、主が眠っている時に寝台に潜り込む様な事はしないように、強く言って聞かせて下さい。 ヴァイテ修道女長も見知った子が、主の寝台の上で血塗れになって死んでいる姿なんて見たくもないでしょう?」

アイクは、苦笑いを浮かべたまま、ヴァイテ修道女長にそう言うと、その言葉を聞いて彼女の表情が凍り付いた。

「尤も、俺を害するつもりで忍び込んだと言うのならば、容赦はしないが」

ロナードは表情一つ変えず、淡々とした口調でそう言った。

 二人が顔色一つ変えずに、その様な事をサラリと言った事もそうだが、何よりも二人の目が、研ぎ澄ました刃の様な光を湛えていた事に、ヴァイテ修道女長は背筋が凍り付くのを感じた。

 この時、今更ながら、ロナードがノヴァハルト侯爵の弟である事を、彼女は痛感した。


「はあ……。 困った事になりました」

ロナードに魔術の支持をしている司祭が、特大の溜息ながら、ヴァイテ修道女長の隣に腰を下ろした。

 彼は、司祭の中では最年少で、司祭になって日も浅く、先輩司祭たちの使い走りの様な立場であった。

「聞いて下さい! あの小僧……いや、聖王さまは治癒魔術がからっきし駄目です。 光の属性こそ持っていますが、使える魔術は雷ときた。 専ら攻撃魔術をブッ放つ事しか出来ず、治癒魔術を教えようにも、基礎となる水属性の資質がありません……」

彼は、集まった司祭と老子たちに向かって、そう愚痴った。

「それは、頭の痛い問題だな……」

「いきなり、高位の治癒魔術を学ばせると言うのもな……」

「ええ。 光の治癒魔術は、我々司祭クラスでも使える者は少ない……。 それをあんな年若い、しかも、今まで殆ど独学で魔術を学び、魔力のコントロールも十分には出来ない者に習得させるなど……土台無理な話です」

「左様。 自ら前線に立ち、魔物を蹴散らす聖王など、聞いた事が無い」

彼の愚痴を聞いて、司祭や老子たちも一様に、困惑した表情を浮かべながら、口々にその様な事を言っている。

「でしたら一度、魔物と戦わせてみれば良いのです。 聖王に足りる力があれば、見事に魔物を蹴散らしてくれる事、相違ないでしょう」

そんな中、眼鏡を掛けた白髪混じりの初老の司祭が徐に、そう提案して来た。

集まった者たちの間から、思わず戸惑い混じりのざわめきが起きた。

「確かに……。 最初の頃に比べれば、数は減ったとは言え、未だに帝都の市中を魔物が闊歩し、人々は迂闊に外へ出歩く事もままならぬ状態だが……」

老子の中の一人が、物凄く複雑な顔をしながら言うと、

「聖王さまが、魔物を召喚したと言う疑惑を払拭する為にも、魔物の討伐に加わって頂くべきかと」

眼鏡を掛けた白髪混じりの初老の司祭は、落ち着き払った口調でそう言った。

「しかし……。 聖王さまは魔力欠乏症の為、療養をしている身……。 体内の魔力が殆ど回復しているとは言え、戦いの場に赴かせるのは如何なものでしょうか」

別の司祭が、おずおずとした口調でそう返すと、

「ならば、ご当人にお伺いを立てれば済むだけの話。 本当に体調が思わしくないのであれば、魔物の討伐を引き受ける事はなされますまい」

眼鏡を掛けた白髪混じりの初老の司祭は、ニッコリと笑みを浮かべながらそう言った。

「そうだと良いのですが……」

何人かの司祭たちが、物凄く心配そうな顔をして、そう呟いた。

「あの程度で宜しかったのでしょうか? もっと強く要請した方が良かったのでは?」

眼鏡を掛けた白髪混じりの初老の司祭は、話し合いが終わり、誰も居なくなった部屋の中でポツリ、そう呟いた。

「それでは怪しまれるよ」

通信用の水晶に映し出された人物は、苦笑いを浮かべながらそう返して来た。

「心配しなくても彼の性格上、本調子でなくとも、ほぼ確実に討伐を引き受けるでしょう」

水晶から、別の若い男の声が響いて来る。

 銀縁の眼鏡を掛けた、一見、穏やかな雰囲気を纏っている若い男……。

 司祭は、この男がその見た目とは異なり、とても危険な思考の持ち主である事を知り、彼と関わった事を後悔している最中であった。

「自分に魔物を召喚した疑いが掛けられているならば、尚更です」

何時の間にか、大量の冷や汗をかき、持っていたハンカチで額に浮かんだ冷や汗を拭っている司祭に対し、彼は穏やかな口調でそう言った。

「兎に角、言われた通りにしました。 ですからどうか、妻と娘たちを解放して下さい」

司祭は、不安に満ちた表情を浮かべ、声を震わせながらそう懇願する。

「勿論ですとも」

水晶に映し出された相手は、無害そうな笑みを浮かべながらそう返した。

 その瞳の奥に、冷酷な光を湛えながら……。

「僕たちと最初に出会った所へ行けば、奥さんと娘さんに会えるよ」

彼の代わりに、別の若い男が苦笑交じりにそう答えて来た。

「わ、分かりました」

司祭はそう返すと、慌てた様子で通信を切り、何も写さなくなった水晶を懐に仕舞うと、足早にその場から去った。

「死体でだけどね」

先程まで、司祭が映し出された水晶に向かって、銀縁の眼鏡を掛けたその男は、残酷な笑みを浮かべながらそう呟いた。

「クリフ。 何も彼女たちを殺す必要は無かったのでは?」

彼らのやり取りの一部始終を見ていたリリアーヌが、そう言った。

「魔女どのから、人形を作る材料に欲しいと言われてね。 どうせあの男も消すのだから、少しぐらい先に殺しても問題ないでしょ?」

『クリフ』と呼ばれたその男は、残忍な笑みを湛えながら、実にサラッとそう答えた。

「それは……。 そうかも知れませんが……」

リリアーヌは、少し複雑な表情を浮かべながら言うと、

「君は、こんな些細の事など気にせず、ユリアスを全力で迎え撃つ準備に集中して」

クリフと呼ばれた男は、穏やかな口調でそう言うと、彼女の瞳が怪しく濁る。

「そうだよ。 リリア。 ユリアスをボコボコにして、帝国に居られない様にしなきゃ」

一緒に居た青年も、ニッコリと笑みを浮かべながら、彼女にそう言った。

「分かっているわ。 セネリオ」

リリアーヌは、酷く虚ろな表情を浮かべながらも、ニッコリと笑みを浮かべ、そう返した。

「獅子族の里で受けた屈辱は、キッチリ返さないとね」

クリフと呼ばれた男は、不敵な笑みを浮かべながらそう呟く。

「リリアなら大丈夫だよ」

一緒に居る少年が、リリアーヌの肩に手を置いて優しい口調で言うと、彼女は頷き返し、

「そうね」

そう呟いてから、

「今度こそ一緒に帰りましょう。 ユリアス」

酷く虚ろな表情で、何もない壁に向かってそう呟くと、ニッコリと笑みを浮かべた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ