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DRAGON SEED 2  作者: みーやん
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ローデシア

主な登場人物


ロナード(ユリアス)…召喚術と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を我が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを解く(ため)、エレンツ帝国を目指していた。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)が特徴的な美青年。 十七歳。


セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国の皇女。 とある事情から逃れる(ため)、シリウスたちと行動を共にしていた。 補助魔術を得意とする魔術師。 フワリとした(くせ)のある黒髪に琥珀色の大きな瞳が特徴的な女性。 十九歳。


シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在に操る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手の魔術の使用を封じる、特殊(とくしゅ)な瞳を持っている。 長めの金髪に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒で鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人。 治癒魔術と薬草学を得意(とくい)としている。 白銀の長髪と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔を浮かべながらサラリと毒を吐く。


アイーシャ…マルフェント公爵家の令嬢。 『呪い食い』の能力を持つ呪術師。 十九歳。


ルチル…帝国の第三騎士団の隊長を務めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 二十歳(はたち)


ギベオン…セネト専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)。 温和(おんわ)生真面目(きまじめ)な性格の青年。 二十五歳。


ルフト… 宮廷魔術師長サリアを母に持ち、魔術師の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟(いとこ)に当たる。 二十歳。


リリアーヌ…イシュタル教会で『聖女』と呼ばれている召喚術を使えるシスター。 ロナードが教会の孤児院(こじいん)に居た頃、親しくしていた。 ロナードに対する恋心を(こじ)らせ、彼への強い執着心を抱いている。 今はガイア神教の聖女になっている。


カルセドニ…エレンツ帝国の第一皇子でセネトの同腹(どうふく)の兄。 寺院の(せい)騎士(きし)をしている。 奴隷(どれい)だったシリウスとハニエルを助け、自由の身にした人物。


アイク…ロナードの専属(せんぞく)護衛(ごえい)をしている寺院の暗部に所属していた青年。 気さくな性格をしている。


アイリッシュ(はく)…ロナードがイシュタル教会の孤児院(こじいん)在籍(ざいせき)していた頃、彼に魔術の師事をしていた人物(じんぶつ)で、ロナードに呪詛(じゅそ)を掛けた張本人。


セネリオ…ロナードがイシュタル教会の孤児院(こじいん)に居た時に親しくしていた青年。 アイリッシュ(はく)を師と(あお)ぎ、彼の研究に協力している魔術師。


ラン…イシュタル教会に所属する、猫人族の女性。 槍の扱いに長けている。


カリン…イシュタル教会に所属する、魔獣使い。 ランの相棒。 ロナードが所有する召喚獣を狙っている。


「しかし、ロナードの記憶の中に潜り込んで、何をする気だ?」

カルセドニ皇子は、渋い表情を浮かべながらそう呟く。

「自分たちにとって、都合(つごう)の悪い記憶や人物を消して、ユリアスの記憶を改竄(かいざん)しようとして居るのかも知れないね」

アイーシャは神妙な面持ちでそう告げると、その場に居合わせた者たちのた表情がみるみる強張る。

「そんな事、出来るのか?」

セネトは、戸惑いの表情を浮かべ、アイーシャに問い掛ける。

「禁術ではありますが、相手の記憶を改竄(かいざん)する術は存在します」

ハニエル神妙な表情を浮かべ、セネトにそう告げると、皆、益々表情を険しくする。

「って、連中に禁術なんて関係ないじゃないか! 使えるものは何だって使う様な連中だぞ!」

ルフトは、嫌悪に満ちた表情を浮かべそう言うと、他の者達も揃って頷く。

「その通りだよ。 奴らは(すで)にユリアスの記憶に入り込んでいる可能性が高い。早く対処(たいしょ)するべきだよ」

アイーシャは、真剣な面持ちで言う。

「彼らは、生まれたばかりの雛鳥(ひなどり)に親だと()り込ませるのと似た事を、ロナードにするつもりです。 記憶を改竄(かいざん)し、(おのれ)すら誰なのか分からない様にしてしまう可能性があります」

ハニエルは真剣な面持ちと、危機感を(ふく)んだ口調で一同にそう説明する。

「何にしても、一刻(いっこく)を争うと言う事か……」

カルセドニ皇子は、苦々しい表情を浮かべながら呟く。

「ロナードの記憶の中に入って、彼の記憶を弄ろうとしている人たちを、彼の記憶の中から追い出す事が一番手っ取り早いですが、先程(さきほど)も言った通り、他人の記憶の中に入ると言うのは、かなりのリスクを伴います」

ハニエルは、複雑な表情を浮かべながら説明する。

「迷っている(ひま)はない。 ユリアスが私たちの事を忘れてしまう前に、手を打たねばならん」

シリウスが、真剣な面持ちでそう言うと、セネトも頷き、

「覚悟なら出来ている」

何時にも増して真剣な面持ちで言った。

「二人だけでは大変だろう。 他に……」

カルセドニ皇子がそう言って、その場に居合わせた者たちに問い掛けると、

「オレが行きます」

アイクが手を上げた。

「本来ならば、私も行くべきなのでしょうが、術を用いる側なので、記憶の中に入る事は出来ません」

ハニエルは、複雑な表情を浮かべながら言うと、

「僕が行くよ。 少なからず、血の繋がりがあるからね。 全くの他人が入り込むよりは、リスクが少ないんじゃないかな」

ルフトが挙手をし、落ち着いた口調で言った。

「決まりだな」

カルセドニ皇子がそう言うと、セネトが真剣な面持ちで頷く。


(ここは……何処(どこ)だ?)

徐に目を開けたのだが、全く見知らぬ景色に、ロナードは戸惑っていた。

 シンプルだが、美しい彫刻(ちょうこく)が刻まれた天井……柱の色は象牙色、壁の色は落ち着きのある緑。

 置かれて居る調度品も、華美な装飾は施されてないが、それでも、部屋の雰囲気に合わせた上品で、高価そうな物ばかり。

 どうやら、何処(どこ)かの貴族の邸宅の様だ。

 今、自分が横になって居る寝台も、天蓋から、細やかな刺繍が施されたレースが吊り下がり、寝台の縁にも彫刻が施され、彼が被っている布団も細やかな刺繍が施され、とても肌触りが良く、うっかり二度寝をしてしまいそうになる程、とても寝心地が良い。

 ロナードは、戸惑いながらもゆっくりと身を起こす。

 身に付けて居た寝具は、少し大きいが、紺色のシルクで出来た男物。

 まだ、頭の中がボンヤリとしているが、ゆつくりと寝台から降りる。

 スリッパが見当たらなかったので、仕方なく裸足(はだし)で、高価そうな絨毯が敷き詰められた床の上を移動し、開け放たれた窓から、外の様子を見る。

 始めに飛び込んで来たのは、見事に手入れが行き届いた庭園で、咲き誇る花々だった。

 だが直ぐに、威勢の良い、武芸の稽古に励む兵士たちの声が、彼の耳に入って来たので、ロナードは徐に、声のする方へ目を向ける。

コバルトブルーを基調とした、胸元に、翼を持つ竜が正面を向き、剣と槍を手にして胸の前に交差させた姿の紋章の刻まれた、サーコートを着た兵士たち……。

「なっ……」

それを見たロナードは、思わず絶句した。

(どうなっている? 何故クラレスに? いや、それ以前に、これは……)

ロナードは、心の中でそう呟きながら、何とか自分を落ち着かせようとするが、すっかり混乱していると、不意に部屋の扉が開き、中年の侍女が中に入って来た。

 兵士たちのサーコートの色と同じく、コバルトブルーを基調とした、エプロンドレスに身を包んだ、緑色の双眸、頬の周りに雀斑(そばかす)のある、焦げ茶色の癖のある髪を、後ろで一つに束ねた、愛嬌の良さそうな、小太りな背の低い女性……。

「マーヤ……」

ロナードは、その侍女を見て、思わず目を丸くして呟くが、彼女には聞こえて居なかったらしく、

「お目覚めでございましたか」

彼女は、春の日差しの様な、屈託の無い笑みを浮かべ、彼にそう言った。

「あ、ああ……」

ロナードは、戸惑いの表情を浮かべながら、そう返すと、改めて侍女を見る。

間違(まちが)い無い……。 マーヤだ……)

ロナードは、心の中でそう呟いていると……。

「マーヤ。 マーヤ!。 ねぇ何処(どこ)に居るの?」

廊下から、幼い子供の声が聞こえて来た。

「あら。 あら……」

マーヤがそう言って、扉が開け放たれた廊下の方へと振り返ると、黒髪の小さな子どもが、小走りで駆け寄って来て、彼女を見付けるなり、ボフッと彼女のお腹の辺りに顔を埋める様にして抱き付いた。

 暗闇に解けそうな、見事な漆黒の髪、丹念に磨き込んだアメジストを思わせる、深い紫色の大きな双眸、日焼けなど無縁そうな白い肌、か細く頼りない手足、顔立ちもそうだが、体付きも、女の子の様に細い……。

 恐らく、髪が短めでなければ、皆、女の子だと思ってしまうだろう。

(俺……だ……)

突如、自分の前に現れた子供を見て、ロナードは心の中で呟いた。

 自分を見ているロナードの視線に気付き、マーヤに抱き付いていた、幼い頃の彼は、サッと彼女のドレスの裾に隠れる様にして、おずおずと、ロナードを見上げながら、

「だあれ?」

そうマーヤに訊ねる。

「お母君が助けた方ですよ。 ええっと……お名前は……」

マーヤは、幼いロナードにそう言ってから、ロナードの方を徐に見る。

「ロナードだ」

ロナードは落ち着いた口調で、マーヤにそう答えた。

「ロナード様……ですね?」

マーヤは、ニッコリと笑みを浮かべ、ロナードにそう言うと、彼は頷き返す。

「直ぐに、着替えをお持ちしますね」

マーヤは、愛想良くロナードにそう言うと、幼いロナードと一緒に、部屋を後にした。

「はあ……」

ロナードは、近くにあった椅子に腰を下ろし、深々と溜息を付く。

(どうなっているんた? 何故、昔のクラレスに?)

ロナードは、頭を両手で抱え込み、心の中でそう呟く。

 此処(ここ)は間違いなく、ロナードが幼い頃に過ごしたクラレス公国にある、ノヴァハルト大公家の屋敷だ。

 だが、いくら思慮(しりょ)した所で、この状況まで辿り付く記憶が出て来ない……。

もはや、自分の身に何が起きて居るのか、ロナードには理解出来なかった。

「もう、何が何だかサッパリだ。 夢なら早く覚めてくれ……」

ロナードは途方(とほう)に暮れ、両手で頭を抱えたまま、泣きそうな声でそう呟いて居ると、

「誰だ。 お前は」

不意に、廊下の方から、幼い自分とは違う、別の子供の声がしたので、ロナードはふと顔を上げ、声の方へと目を向ける。

 どうやら、マーヤは部屋の扉を開けっ放しで行ったらしく、夏の強い日差しを想わせる、オレンジ掛った金色の髪を有した、一〇歳くらいの男の子が立っていた。

(えっ……)

ロナードは、その子供を見るなり、思わず凍り付いた。

 他人を上から見下す様な、(すか)した紫色の双眸を持つ、可愛気の無さそうな、背が高く、体付きも良い子供が、偉そうに両腕を胸の前に組み、仁王立ちして居る……。

 そう、兄のシリウスは子供の頃から、こんな風に偉そうだった。

 一を教えれば十を学ぶ……。

学問でも武芸でも、何でも人並み以上出来て、周囲の大人たちからは、『神童』と持て囃され、そんな出来の良い兄と、弟の自分を何時も周囲の大人たちは比較しては、病弱でひ弱で、武芸に疎い彼を下げずんでいた。

『竜騎士の子のクセに魔術師とは……。 おまけに、あんな病弱では先が思いやられる』

それが、周囲の心無い大人たちの、ロナードに対する口癖だった。

 そう言う環境の所為で、幼い頃のロナードは、自分に自信が持てず、人見知りがとても激しく、自分の部屋に閉じ籠りがちであった。

「俺は、ロナードと言う。 どうやら、君の母君に助けて頂いたようだ」

ロナードは、椅子から立ち上がると、目の前に立つ、幼いシリウスに向かってそう言った。

「ほう。 お前が行き倒れの……」

シリウスはそう言うと、興味深そうにジロジロとロナードを見回してから、

「母上も人が好過ぎる。 何処(どこ)の馬の骨かも知らぬ奴を助けて、屋敷に置くなど」

幼いシリウスは、偉そうに胸の前に腕を組んだまま、ロナードに向かってそう言った。

 普通、こんなカギにその様な事を言われると、腹が立つだろうが、ロナードは、この頃の兄が周りの大人たちの言う事を真似して、大人ぶった事を言っているだけだと知っていたので、クスッと笑い、

「そんな言葉、誰が言ってたんだ? 大人の真似ばかりでは無く、自分の言葉で話したらどうだ?」

生意気な幼いシリウスにそう言い返すと、彼は、みるみる顔を赤くし、

「う、う、五月蠅(うるさ)い! そんな無駄口を叩けるのなら、とっとと出て行け!」

ロナードに軽くあしらわれた事が気に入らなかったのか、怒ってそう言い返した。

「言われなくとも、そのつもりだ」

ロナードは、苦笑いを浮かべながら、幼いシリウスにそう言った。

「何て、生意気な奴だ!」

幼いシリウスは、怒ってロナードにそう言い捨てると、ドカドカとその場から立ち去った。

 彼と入れ違いに、マーヤが部屋に入って来て、

「あの御方は、このお屋敷の主レオンハルト様です。 随分と気分を害していたようですが、あの御方にに、何か仰られたのですか?」

不機嫌そうにシリウスが立ち去るのを見て、ロナードにそう問い掛けて来た。

「それは失礼。 可愛気のない事を言うので、つい、『大人の真似ばかりではなく、自分の言葉で言ったらどうだ』と、言ってしまった」

ロナードは、苦笑いを浮かべながら、マーヤにそう言い返すと、彼女も苦笑いを浮かべる。

「大公夫人が戻られて、貴方様にお会いしたいと申しております。 これにお召し変えになられて下さい」

マーヤは、ロナードにそう言うと、持って来た着替えを彼に差し出す。

「分った」

ロナードはそう言うと、マーヤから着替えを受け取る。

 だが、彼女が愛想の良い笑みを浮かべたまま、部屋から出ようとしないので、ロナードは、軽く咳払いをして、

「着替えくらい、自分で出来るから、出て行ってくれないだろうか」

彼がそう言うと、マーヤは苦笑いを浮かべ、

「ああ、申し訳ございません」

彼女はそう言うと、慌てて部屋から出て行こうとすると、

「おい。 扉、閉めろよ……」

ロナードは、ゲンナリした表情を浮かべ、マーヤにそう言う、

「おほほほ……。 つい」

マーヤは、笑いながらそう言うと、慌てて部屋の扉を閉める。

「ったく……」

ロナードは、そう言って軽く溜息を付く。

 マーヤは、見ての通り気さくな性格だが、少しおっちょこちょいな所があるのだ。

 ロナードは、着替えを済ませると、廊下の所で控えている筈のマーヤに声を掛ける。

「まあ、良くお似合いで」

マーヤは、ロナードを見るなり、戸惑いの表情を浮かべながらも、彼にそう言った。

 先程まで着ていた寝間着と同じく、肩の辺りや横幅などが全体的に大きくてダボついているが、手足の長さは大体、合っている。

 黒を基調とした衣服で、銀色の糸で縁りが施されている。

 上等な生地と良い、体の大きさと言い、恐らくは亡くなった、レヴァール大公の物ではないかと思われる。

(やっぱり、奥様の言う通り、何処(どこ)かの貴族の子弟かしらねぇ?)

マーヤは、亡くなった主の服を着ているロナードの姿を見て、心の中でそう呟いた。

 行き倒れになっていた彼を助けた時、彼が身に付けていた衣服も、シンプルだったが、物は良かった。

「それで、大公夫人はどちらに?」

自分を黙って見ているマーヤに、ロナードがそう問い掛けると、彼女はハッとして、

「応接間です。 ご案内しますね」

マーヤはそう言うと、ロナードを案内する。


 マーヤに案内され、応接間に向かう途中の廊下で、何人か侍女たちにすれ違ったが、彼女たちは、ロナードとすれ違うと、思わず足を止め、彼に会釈(えしゃく)をしてから、揃って(ほう)けた顔をして、彼を見送る。

 「そのお顔だと、女性におモテなるでしょう?」

若い侍女たちの様子を見て、マーヤは自分の後に続いて来ていたロナードにそう言った。

「そんな事は……」

ロナードは、返答に困った様子で、マーヤにそう返すと、

「またまた。 ご謙遜(けんそん)を」

マーヤはそう言って、ロナードをからかう。

 そうして、母ローデシアが待つ応接間に通される。

部屋の中には、落ち着きのある緑色のドレスに身を包んだ、長い黒髪の女性が、ソファーに座っており、ロナードが入って来たのを見ると、彼女は立ち上がり、軽く会釈(えしゃく)をして来たので、ロナードも軽く会釈を返す。

 彼女は、見事な長い黒髪を有し、ロナードと同じく、丹念(たんねん)に磨き込まれたアメジストの様な深い紫色の瞳で、肌の色は陶器の様に白く滑らかで、清楚(せいそ)な雰囲気を漂わす、非常に美しい女性であった。

 大抵の男は、彼女のその神秘的な美しさに、心奪われてしまうであろうが、流石(さすが)に彼女の息子であるロナードは、その様な素振りは全くなく、ローデシアに勧められ、テーブルを挟んで向かいのソファーに腰を下ろす。

 見ると()()か、部屋の中は二人だけで、侍女や兵士も付いていない。

(どう言う事だ?)

ロナードはそう思いつつも、

「助けて頂いたそうで、感謝いたします」

ロナードは、目の前の母親にそう言うと、彼女に深々と頭を垂れる。

「私が放って置けずに、ここへ連れて来ただけですので、お気になさらないで」

ローデシアは、穏やかな笑みを浮かべ、ロナードにそう言ってから、カップに注がれていた紅茶を口にする。

 それを見て、ロナードも紅茶を口に運ぶ。

「見た所、何処(どこ)かの貴族の子弟とお見受けします。 宜しければ、迎えを寄こす様、手紙を出しましょうか?」

ローデシアは、紅茶の注がれたカップを、上品にテーブルの上に置くと、ロナードにそう切り出した。

(そう言われても……)

ロナードは、困惑の表情を浮かべる。

 一瞬、烏族(からすぞく)の長であるラシャの顔が浮かんだが、ローデシアと遠縁に当たる彼を頼るのもどうかと思う。

 だからと言って、ルオンに居る祖父のオルゲン将軍を頼るのは益々、話がややこしくなる。

この時代に、今の自分の行く当てなど無いと気づかされた。

 ロナードが、返答に困っている様子を見て、ローデシアは、

「行く当てが無いのでしたら、暫くここに居ては?」

そう提案して来たが、ロナードは戸惑いの表情を浮かべ、

「とんでもない! 大公夫人はご主人を亡くされたばかりの筈。 私の様な得体の知れぬ者を置いて居ては(みょう)な噂が立ちます! その様な噂をお子たちが耳にしたら、どの様に思われるか……」

ロナードはギョッとして、ローデシアにそう言い返すと、彼女は戸惑ったような顔をして彼を見ている。

「……私はこう見えて、少し剣の腕に覚えもありますし、魔術も使えます。 自分一人でしたら、どうにでもなりますので、お心遣いだけで結構です」

ロナードは、自分でも焦っているのを感じていたが、そう付け加える他なかった。

 今の自分の所為で、母や幼い兄に、迷惑が及んでは大変だと、ロナードは思ったのだ。

 すると、ローデシアはクスクスと笑って、

「可笑しな子ね。 私の縁者と言う事にしてしまえば、何の問題も無いでしょう?」

焦っているロナードに、そう言うと、

「し、しかし……」

ロナードが戸惑いの表情を浮かべ、ローデシアにそう言うと、

「大丈夫ですよ。 母さまを信じなさい。 ユリアス」

彼女は、スッと戸惑うロナードの頬に片手をスッと伸ばし、優しく触れると、クスッと笑みを浮かべ、そう言った。

(えっ……)

ローデシアの言葉を聞いて、ロナードは一瞬にして頭の中が真っ白になり、凍り付いてしまった。

「……どう言う事情で、ここへ来たのかは知りませんが、解決法が見付かるまでは、暫くここに居なさい」

ローデシアは、ニッコリと笑みを浮かべ、ロナードにそう言った。

「どうして……」

ロナードは、戸惑いの表情を浮かべ、ローデシアにそう問い掛けると、彼女はクスッと笑い、

「自分の息子が分からない様な、母親ではありませんよ」

そう言ってニッコリと笑みを浮かべた。

「申し訳ございません……。 失言でした」

ロナードは、申し訳なさそうな表情を浮かべ、ローデシアにそう言って謝った。

「あの小さなユリアスが、こんな素敵な青年になるなんて、何だか、ちょっと不思議な気持ちだわ」

ローデシアは、何処(どこ)か嬉しそうにそう言うと、クスクスと笑う。

「俺もまさか、こんな形で、また母上に会えるとは思いませんでした」

ロナードも、苦笑い混じりに、ローデシアにそう言った。

「レオンは元気かしら?」

ローデシアは、ロナードにそう問い掛けると、

「ええ。 大人になってもあんな調子ですよ。 自信家と言うか……。 何時(いつ)も他人を上から見る様な物言いばかりしています。 その所為で、要らぬ誤解を生むこともしばしばでして……」

ロナードは、苦笑い混じりに、ローデシアにそう語ると、

「あらあら。 困った子ね」

彼女は、苦笑しながらそう言った。

「でも、今は私も兄も周りの人たちに恵まれています。 本当に……」

ロナードは、穏やかな表情を浮かべながら、ローデシアにそう語った。

「そうなのね。 貴方たちが幸せなのならば、私はそれで十分。 お腹一杯ですよ」

ローデシアは、穏やかな笑みを浮かべ、ロナードに優しくそう言った。

(俺も、こうして母上と話す事が出来て、お腹一杯です)

ロナードは、心の中でそう呟くと、微かに笑みを浮かべる。

「『ロナード』だったわね? 私もそう呼ぶ様にします。 何か力になれる事もあるかも知れないから、(しばら)くここに居なさい」

ローデシアは、優しくロナードにそう言うと、

「そうさせて頂きます」

ロナードは、苦笑い混じりに、ローデシアにそう言った。

 実際の所、行く当てなど無いのだから、彼女に頼るしか無い。


「マーヤ」

ローデシアは、廊下に控えている筈の侍女、マーヤを呼ぶと、彼女は慌てて部屋に入って来る。

 その慌てようと、扉が微かに開いていたところを見ると、どうやら、彼女たちはお人好しなローデシアの事を心配して、中の様子を伺っていた様だ。

「は、はい。 奥様」

マーヤは、アタフタとしながら、ローデシアとロナードの前に姿を現す。

(しばら)く、この子をここに置く事にしました。 手が空いている時だけで構わないので、彼の面倒を貴女とイワンが見て下さいね」

ローデシアは、穏やかな口調でそう言うと、マーヤは頷き返す。

 『イワン』と言うのは、マーヤの夫で、主に庭師をしているのだが、仕事の合間に、彼女と共に幼いロナード達の面倒も見ていた。

「承知しました」

マーヤはそう言うと、廊下の方に向かって、

「ちょっと~アンタ! 奥様がお呼びですよ~」

そう叫ぶと、彼女の夫であるイワンが、慌てて部屋に入ってくる。

 どうやら、イワンも妻のマーヤと同じく、ローデシアの事を心配して、立ち聞きをしていた様だ。

 マーヤだけでなく、イワンまで慌てて出て来たのを見て、ローデシアとロナードは思わず、クスッと笑った。

 イワンは庭師とは思えぬ、ゴッツイ体付きの大男で、茶色の短髪に緑色の双眸、無精髭を生やし、強面な男だが、実際は気の優しい、子ども好きなオッサンだ。

「い、イワンです。 宜しくお願いします」

イワンは、緊張した様子で、ロナードにそう言うと、彼は苦笑いを浮かべ、

「そう嫁し込まなくても……。 何時(いつ)もの調子で構わない」

「そ、そうですかい?」

ロナードにそう言われ、イワンは何時(いつ)もの調子でそう言うと、それを見て、マーヤは軽く夫の腕を抓る。

 調子に乗るなと言いたい様だ。

「何か困った時には、この二人に言って下さい」

ローデシアは、ロナードにそう言い残すと、ソファーから立ち上がる。

「分りました。 ご配慮、心より感謝します」

ロナードはそう言うと、ソファーから立ち上がり、部屋から去ろうとするローデシアを見送る。

「また、何かあったら、遠慮(えんりょ)なく言って頂戴ね」

ローデシアはロナードにそう言うと、部屋を後にした。

 母を見送った後、ロナードはストンとソファーに腰を下ろし、思わず両手で頭を抱える。

「参ったな……。 迷惑を掛けるつもりは、なかったんだが……」

そう呟いていると、

「あの……」

マーヤが、戸惑いの表情を浮かべ、ロナードに声を掛けると、彼はハッとして、

「あ、ああ……。 宜しくたのむよ。 マーヤ。 イワン」

ロナードは、苦笑い混じりに、軽い口調でマーヤ夫妻にそう言うと、

「あのぉ……。 若様は、どう言うお仕事をなされておいでで?」

イワンは、恐る恐るロナードにそう尋ねると、

「えっと……」

ロナードは、困った様な表情を浮かべ、返答を窮していると、

「アナタ! そんな無暗に詮索しちゃあ失礼ですよ!」

見かねたマーヤが、イワンの腕を肘で突きながらそう言うと、

「あ、そりゃ、失礼しました」

マーヤに叱られ、イワンは慌ててロナードにそう言って、頭を下げた。

「いや、不審がられるのも当然だ。 ですが、大公家の方々に迷惑を掛けるつもりはない。 今後の目処が立ち次第、ここを出るから安心してくれ」

ロナードは、穏やかな笑みを浮かべ、優しい口調でマーヤ夫妻にそう言ったてから、

「それと基本的に、俺は一人で大丈夫だから。 お子様の事の方を優先してくれ」

ロナードは、イワン達にそう言うと、二人は戸惑いながら、互いの顔を見合わせる。

「本当に、大丈夫だから」

ロナードは、苦笑いを浮かべながら、二人にそう念を押す。

「はあ……」

「そう仰られるのでしたら、そうしますが……」

二人は、気の抜けた返事を返す。

(とは言え、ここで考えたところで、答えがでる筈も無いか……)

ロナードは、心の中でそう呟くと、徐にソファーから立ち上がると、部屋から出ようとするので、

「どちらへ?」

マーヤが、ロナードに訊ねると、

「中庭」

ロナードは、短くそう答える。

 こんな所で、悶々と考え込んで居るより、体を動かした方が、少しはマシではないかとロナードは思ったのだ。

「中庭は、兵士たちが訓練を……」

イワンが、戸惑いながら、ロナードにそう言うと、

「暇だから、訓練に混ぜて貰おうかと思って。 体が鈍るから」

ロナードは、ニッコリと笑みを浮かべながらそう言うと、二人はギョッとして、

「と、とんでもない!」

「お怪我をされたら、どうなさいます?」

二人は、青い顔をして、中庭へと足を運ぶロナードの後を慌てて追い駆ける。

「大丈夫。 そんなヘマはしないよ」

二人の心配を余所に、意気揚々とした様子で、中庭へ向かうので、二人は後を追う。


(……とは言え、いきなり見ず知らずの俺が、訓練に混ぜてくれと言って、入れて貰えるのだろうか……)

ロナードは中庭へ通じる階段の端に座り、懸命に稽古に励んでいる兵士たちを見ながら、心の中でそう呟く。

 ロナードの身を心配して、イワンとマーヤも、その後ろに立って控えている。

 そうして、ボンヤリと眺めていると、兵士たちの中に、何だか挙動不審な者が居る。

(何だ?)

ロナードはそう思い、その兵士の方を注意深く見る。

周囲の様子を伺っている、猫人族の女性……。

(! アイツは!)

ロナードは、心の中でそう呟くと、とっさにその場から駆け出した。

「あっ!」

それを見て、マーヤは呼び止めようとするが、ロナードは聞く耳を持たない。

「借りるぞ!」

ロナードはそう言うと、覚束ない手付きで剣を振るっていた、新兵と思われる子供から、剣を奪取すると、不審な動きをしている、猫人族の女の方へと駆け出す。

「そこの女、待て!」

ロナードは、表情を険しくし、ドスの利いた声で叫ぶと、何事かと、訓練をしていた兵士たちが、彼の方へと目を向ける。

相手は、自分に声を掛けて来たロナードを見て、戸惑いの表情を浮かべている。

(間違い無い! クリフたちと一緒に居る教会の女竜騎士!)

ロナードは、戸惑う相手の顔を見て、心の中でそう呟く。

何故(なぜ)、お前がこんな所に居る!」

ロナードは、手にして居た剣を相手に向けながら、ランに向かって叫ぶ。

「それは、こっちの台詞や! 何でアンタが居るねん!」

ランは、焦りの表情を浮かべながら、ロナードにそう言い返していると、

「どうかした?」

そう言って、駆け付けて来たのは、孤児院の頃に親しくしていたセネリオだった。

「セネリオ!」

ロナードが思わずそう叫ぶと、彼はギクリと身を強張らせ、ロナードの方を見て、

「ゆ、ユリアス?」

焦りの表情を浮かべながら、そう呟きながら後ずさりをする。

「そう言う事か!」

ロナードはそう言うと、セネリオに切り掛かる。

「タイミング、悪過ぎや!」

ランは背負っていた槍を手に取り、慌ててロナードとセネリオの間に割って入る。

「ロナード様!」

それを見て、イワンが青い顔をして駆け付けて来る。

「来るなイワン! それより、母上と子供たちを守れ! 賊が忍び込んでいる!」

ロナードは、ランの攻撃を剣で受け流しつつ、肩越しにイワンに向かって叫ぶ。

 ロナードの言葉を聞いて、その場に居合わせて兵士たちは騒然とする。

「チッ」

セネリオは舌打ちし、逃げ出そうとすると、別の角度から誰かが襲いかかって来たので、彼女は慌てて避ける。

「逃がしませんよ! この野郎!」

セネリオに切り付けて来た相手は、彼に向かって叫ぶ。

「アイク!。」

ロナードは、驚きの表情を浮かべながら、彼の名を呼ぶ。

「代われ。 ユリアス。 コイツは私がやる」

不意に、聞き覚えのある男の声がしたので、ロナードは振り返る。

 夏の日差しを想わせるオレンジ掛った金色の長めの髪、深い紫色の双眸、少し日に焼けた薄い赤銅色の肌、長身でガッチリとした肩に、引き締まった筋肉質な体付き、キリッとした精悍な顔立ち、二十代半ばと思われる、黒の袖なしのハイネックの上に、赤いコート、黒色のジーンズに焦げ茶色のブーツと言う、何時(いつ)もの出で立ち……。

「兄上……」

ロナードは、驚きの表情を浮かべる。

「そんな」

「馬鹿な……」

「お館様?」

シリウスを見て、屋敷の兵士たちが驚き戸惑い、俄かにざわめく。

「二人とも、どうやってここへ?」

ロナードは、戸惑いの表情を浮かべ、シリウスにそう問い掛けると、

「詳しい話は後だ。 お前はセネトを助けに行け」

シリウスがそう言うと、ロナードは表情を険しくし、

「セネトも来ているのか?」

「裏庭だ。 苦戦している」

シリウスがそう言うと、ロナードは頷いて、セネトを助けに駆け出す。

「ロナード様……」

イワンが、自分の前を駆け抜けるロナードに声を掛けると、

「裏庭にも賊が居る! 急いで人を呼べ!」

ロナードは表情を険しくして、イワンにそう言い残すと、裏庭へと駆け出す。


 ロナードは、とっさに建物の中を突っ切る事にして、入ってすぐの執事室に駆け込むと、戸惑う執事たちを尻目に、部屋を縦断し、開け放たれた窓から飛び降り、裏庭へと回る。

 そして、周囲を見渡すと、裏門へ続く辺りに人影があった。

「ああ……」

そこには、マーヤ達を探していたのか、昼寝から目を覚ました、幼いロナードの姿があり、戸惑いと恐怖に震えている彼を庇う様にして、セネトがカリンと対峙して居た。

「邪魔しないでよ。 セネトちゃん」

カリンは既に、魔物を召喚しており、セネトは幼いロナードを自分の胸元に抱き寄せ、彼女と対峙していた。

「セネトっ!」

ロナードは咄嗟(とっさ)にそう叫ぶと、思いっ切り地面を蹴り、セネトに今にも襲い掛かろうとしていた、リザードマンに切り掛かる。

 ロナードの声に振り返った魔物だが、突然の事に反応が出来ず、彼が振り下ろした剣によって首を叩き落とされ、紫色の血を流し、その場に倒れた。

「ロナード!」

セネトは、自分の窮地を救ってくれたロナードの出現に、嬉々とした声を上げる。

「大丈夫か?」

ロナードは、魔物の返り血を手の甲で拭いつつ、軽く息を弾ませながら、セネトにそう声を掛け、彼女たちを背で庇う様な形で、カリンと対峙する。

 セネトに抱き寄せられていた幼い頃のロナードには、ロナードがやった事が強烈だったのか、魔物の血を見て失神している。

「な、何なんだ……。 アイツ……」

「魔物を見て、怯みもしないとは……」

ロナードの後を追って来ていた、クラレス家の兵士たちは、戸惑いの表情を浮かべ、あっという間にリザードマンを切り捨ててしまった、ロナードを見て呟く。

「ユリアスちゃん……」

カリンは、ロナードの出現に、物凄く嫌そうな表情を浮かべる。

「俺が相手だ。 覚悟しろ」

ロナードは、表情を険しくして、ドスの利いた声でカリンにそう凄む。

「折角のお誘い嬉しいんだけど、カリン。 ロナードちゃんと遊んでる場合じゃないのよね」

カリンがそう言うと、彼女の足元に魔法陣が浮かぶ。

「させるかっ!」

ロナードはそう言うと、カリンに向かって剣を振り下ろそうとすると、突然、彼女が持っていた杖が強い光を発し、ロナードやセネト達は、余りの眩しさに、思わず目を反らす。

「くっ……」

ロナードは、目を閉じた状態で、カリンが立っているであろう場所に、剣を振るうのだが、全く手応えが無い。

 光が消え、眩んでいた目の視力が戻る頃には、カリンの姿は無くなっていた。

「逃げたか……」

ロナードが、悔しそうに呟いて居ると、突然、二階から侍女の悲鳴が起きる。

「レオン様!」

侍女たちの叫び声と共に、紫色の光が輝いたかと思うと、突然、カリンが姿を現した。

 彼女と一緒にいた人身牛頭の魔物は、幼いシリウスを小脇に抱えており、幼いシリウスは、何とかして逃げようと、『離せ!。無礼者!』などとギャーギャーと叫びながら、手足をバタバタさせている。

「兄上!」

それを見て、ロナードは表情を引き攣らせる。

「ちびシリウスちゃんは、カリンが預かったわ! 無事に返して欲しかったら、ママが一人で助けに行く様に言いなさい。 良いわね! ユリアスちゃん」

カリンは、戸惑うロナードに向かってそう言うと、幼いシリウスを抱えた人身牛頭の化け物と共に、その場から姿を消した。

「クソっ! してやられた!」

ロナードは、悔しそうにそう言うと、持っていた剣を地面に叩き付ける。

「何て事だ……」

「レオン様が……」

「大変だ!」

一緒に居合わせた兵士や、騒ぎに気付いて、中から様子を見て居た侍女たちなどは、青い顔をして口々にそう呟いている。


「主っ!」

アイクは嬉しそうにそう言って、ロナードに抱き付こうとするが、彼は、物凄く嫌そうな顔をして、彼の顔に片手を押し当て、それを阻止しながら、

「済まない。 シリウスが誘拐(ゆうかい)された」

ロナードが神妙な面持ちで、目の前に立つ兄にそう言うと、当人は困惑の表情を浮かべ、

「……私ならば、ここに居るが……」

「いや、お子様な方の……」

ロナードがそう言うと、それを聞いて、シリウスは表情を強張らせる。

「何やってんだよ。 君。 誘拐(ゆうかい)されてどうするの?」

ルフトが呆れた表情を浮かべながらそう言うと、シリウスはジロリと彼を睨み、

「私に言うな!」

そう言うと、思いっ切りルフトをど突く。

 その様子を、マーヤや兵士たちは、戸惑いながら見守っている。

「大体の話は、聞きました」

そう言って、兵士を伴い、遅れてローデシアが姿を現した。

「申し訳ありません……。 巻き込んでしまって……」

ロナードは、沈痛な表情を浮かべ、ローデシアにそう言った。

「気にしないで。 それより、怪我はありませんか?」

ローデシアは、沈痛な表情を浮かべているロナードに、優しくそう問い掛ける。

「俺は、何とも……」

ロナードは、複雑な表情を浮かべ、ローデシアにそう返した。

「恐らく、連中の目的は貴女を消す事だ」

シリウスは淡々とした口調で、ローデシアにそう言うと、

「レヴァール……。 では無さそうですね……」

ローデシアは真剣な面持ちで、シリウスにそう言うと、

「コイツが誰か分っているのならば、私が誰か敢えて言わなくても、貴女ならば分るだろう?」

シリウスは淡々とした口調で、ローデシアにそう言い返した。

 ローデシアとの再会に素直に喜んだロナードと違い、シリウスは実に淡白だ。

「レオン……」

ローデシアがそう呟くと、それを聞いて、その場に居合わせた、マーヤやイワン、他の兵士たちは驚く。

「……今は、シリウスと呼んでくれ」

シリウスは淡々とした口調で、ローデシアにそう言うと、

「そうですか……。 あなた方は、ユリアスを助けに来たのですね?」

ローデシアが真剣な面持ちで、シリウスに問い掛けると、彼は黙って頷き返す。

「イシュタル教会が、貴女や幼い頃のシリウスを消して、ロナードの記憶を自分たちの都合(つごう)の良い様に、作り変えようとしています。 そして先程の者たちは、その教会の手先です」

セネトが、シリウスの代わりに、真剣な面持ちでローデシアにそう語った。

「貴女は?」

ローデシアは興味深そうに、セネトに問い掛けると、

「申し遅れました。 私はセレンディーネと申します。 ロナード……ユリアスの婚約者です」

セネトはそう言ってから、気恥しそうに、チラチラとロナードを見るので、彼もポリポリと頬を掻きながら、そっぽを向いている。

「まあ。 素敵❤ こんな可愛らしいお嬢さんが婚約者だなんて、ユリアスは幸せ者ね」

ローデシアがニッコリと笑みを浮かべ、声を弾ませてそう言うと、セネトは気恥ずかしさに火が付いた様に顔を真っ赤にし、ロナードも照れ臭そうに俯いたまま、否定はしない。

「僕は、ルフトと申します。 こうしてお目に掛かれた事を、とても光栄に思います。 ローデシア様。 母から、貴女の事は良く聞かされております」

ルフトは、片膝を地面に付けると、そっとローデシアの手を取り、そう言って挨拶をする。

「キザな奴だ」

シリウスが、ムッとした表情を浮かべながら呟く。

「サリアの息子です」

ロナードが、苦笑いを浮かべながら、戸惑っているローデシアにそう付け加えると、

「貴方が? まあまあ……。 初めまして。 此方こそ会えて嬉しいわ。 ルフト。 そうね。 言われてみれば確かに、サリーに良く似ているわ」

ローデシアは、パアッと表情を輝かせ、嬉しそうにルフトにそう言った。

(いちいち反応が可愛いな。 この人)

ルフトは、少女の様にクルクルと表情を変えるローデシアを見て、心の中でそう呟く。

「他の奴らも、取り逃がしてしまった様です」

周囲の様子を見て来たイアンが、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、ロナードたちにそう報告する。

「後手に回ってしまったか……」

シリウスは、苦々しい表情を浮かべながら呟く。

「何にしても、小さい方のシリウスが、何処(どこ)に連れて行かれたのか調べる事が先決だ」

セネトは、真剣な面持ちでそう呟くと、

「そうだな」

ロナードがそう言って頷く。

「中に入って話しましょう」

ローデシアが、優しくロナード達に言うと、彼らは頷き返した。


 ロナード達は、ローデシアと共に昼食を取りながら、今後についてを話し合う事になった。

 幼い頃のロナードは、まだフォークやスプーンなどの扱いが下手で、テーブルの周りにポロポロと料理を零し、口の周りにもトマトソースや食べカスなどをベッタリと付けつつ、その小さな手でフォークを握り締め、真剣な顔をして、マーヤに小皿へ注ぎ分けて貰った、マッシュポテトと格闘している。

「あらあら……」

隣に座っていたローデシアは、苦笑いを浮かべながら、幼い頃のロナードの口元をナプキンで拭う。

「かーちゃま。 あれ」

幼い頃のロナードはそう言って、自分から離れた所にある、ウインナーを指差す。

 どうやら、『取ってくれ』と言いたいらしく、ローデシアは優しい笑みを浮かべながら、ロナードの小皿にウインナーを盛ってやる。

「みじゅ」

幼い頃のロナードがそう言うと、

「はいはい」

ローデシアは優しくそう言いながら、取っての付いたコップに、水差しから水を注いで、幼いロナードが零さない様、ゆっくりと手渡す。

幼い頃の自分と、その自分を甲斐甲斐しく世話をしてくれる母ローデシアを、ロナードは複雑な表情を浮かべながら見ている。

「ふふふ。 可愛いなぁ」

その微笑ましい光景を見て、ロナードの隣に座っていたセネトは思わず、口元を綻ばせながら、そう呟いている。

「『かーちゃま』って……。 ヤバイ。 可愛い過ぎる……」

隣に座っていたアイクは幼い頃のロナードを見て、小動物を見る様な優しい眼差しを向けながら、そう呟いて悶絶しているので、ロナードは物凄く嫌そうな顔をして彼を見ている。

「ところで……」

ローデシアが、不意にそう言ったので、ロナード達は彼女の方を見る。

「貴方たちは今、何はどのような事をしているのかしら?」

ローデシアは、穏やかな笑みを浮かべながら、ロナード達にそう問い掛けた。

 母親としては、未来の息子たちが、どの様な事をしているのか、気になるのは当たり前の事であろう。

「ふむ……。 そう言われてもな……」

シリウスは、食事をしていた手を止め、自分の顎の下に片手を添え、困った様な表情を浮かべながら、そう呟く。

「二人は止むを得ない事情があって、今はランティアナを離れ、エレンツ帝国の帝都に住んでいます。 ユリアスは僕の母に師事を付受けながら、宮廷魔術師をしています。 レオンはカルセドニ皇子の右腕として、その手腕を振るっています」

ルフトがニッコリと笑みを浮かべながら、ローデシアに簡潔に説明する。

「そう。 二人ともランティアナに居ないのは、少し残念な事ではあるけれど、帝国で上手くやっているのならば安心だわ」

ローデシアは、優しい笑みを浮かべながら、穏やかな口調でそう言った。

「今回、この様な事態になっているのは、ロナードの嘗ての師匠である、アイリッシュ伯たちイシュタル教会が、ロナードを自分たちの元に取り戻そうと、画策した結果です。 彼らは自分たちにとって、不要な事をロナードの記憶から消し去ろうとしています」

セネトは、真剣な表情を浮かべ、ローデシアに事情を説明すると、彼女は『アイリッシュ伯』と言う名を聞いた途端(とたん)、その表情を険しくした。

「彼の事を……知っているのですか?」

シリウスは徐に、ローデシアにアイリッシュ伯の事を問い掛ける。

「彼は元々、この国の孤児院で育った子供なの。 私があの子の魔術の才能に気付いて、魔術を教えていたのだけれど……。 何年か前に彼を養子に迎えたいと言う貴族夫婦に引き取られて……。 それ切り……彼が今、何処(どこ)で何をしているのかは知らないわ」

ローデシアは、複雑な表情を浮かべながら、自分とアイリッシュ伯との関係を語った。

「つまり、アイツがあんなイカレタ野郎になったのかは、知らないと言う事ですね?」

シリウスは、アイリッシュ伯に対し、嫌悪感を露にしながら、ローデシアにそう問い掛ける。

「それは……どう言う事なのかしら?」

彼女は、戸惑いの表情を浮かべながら問い掛ける。

「彼は、ロナードに対して、異常なまでの執着心を持っています。 それこそ、ランティアナから帝国へ追いかけて来る程に……」

セネトが、真剣な表情を浮かべ、重々しい口調で語ると、それを聞いて、ローデシアは勿論(もちろん)、その場に居合わせたマーヤ夫妻や、他の兵士たちもゾッとして、その表情を強張らせる。

「僕らは、ユリアスの召喚師としての力を欲しているのだと見做(みな)しているのですが、それだけでは、説明がつかない程の執拗(しつよう)さです」

ルフトは、複雑な表情を浮かべながら、ローデシアにそう語ると、アイクも真剣な顔をして、何度も頷いている。

「兎に角、あいつ等の思い通りにさせる訳にはいかないので、見つけ次第、アイツらを始末したいので、協力をお願いできますか? 母上」

シリウスは、淡々とした口調でローデシアに言うと、

「それは構わないけれど……。 随分(ずいぶん)物騒(ぶっそう)な物言いをするのね? レオン」

彼女は、苦笑いを浮かながら、シリウスにそう言い返す。

「遠回しに言った所で、我々がしようとしている事は変わりません」

シリウスは、淡々とした口調で答える。

 その言動に、マーヤとイワンは、何とも言えない様な、とても複雑な表情を浮かべながら、お互いの顔を見合わせる。

「一つ、質問しても良いですか?」

ロナードは、真剣な面持ちで、ローデシアにそう言うと、彼女はニッコリと笑みを浮かべ、

「何かしら?」

「母上は、『シード』をご存知ですか?」

ロナードは、真剣な面持ちで、ローデシアにそう切り出すと、彼女の表情が俄かに強張る。

「……その様な物に、何の用が有るのです?」

ローデシアは、何処(どこ)か緊張した様子で、声のトーンも下げ、ロナードにそう問い返した。

 急に彼女の様子が変わったので、隣に居た幼い頃のロナードは驚いた顔をして、母親を見上げ、マーヤやイワンも戸惑いの表情を浮かべ、彼女を見ている。

「用があるのは俺たちでは有りません。 イシュタル教会がシードを探しているのです。 教会の手に渡れば恐らく、良い方向には使われないでしょう」

ロナードが真剣な面持ちでローデシアにそう語ると、彼の話を聞いて、マーヤとイワンは、揃って青い顔をして、ゴクリと息を飲む。

「確かに。 シードはそれだけの力があります。 ですが、あれは、戦争の道具にする為に作られた物ではありません。 元々は、安全で安定したエネルギーを人々に供給する為に『魔法帝国』の時代に作られたものなのです」

ローデシアは、淡々とした口調で、ロナード達にそう語った。

「成程。 古代書に記された『動く床』や、『乗っただけで、上下階へ人を運ぶ階段』、『空を掛ける船』と言うのは、その力を応用した技術と言う訳か……」

ロナードが、淡々とした口調でそう言うと、ローデシアは頷き、

「『列車』などは、『魔法帝国』時代の技術を模造したに過ぎません。 燃料が魔石から石炭に変わっただけです」

「そうだったのか。 あの様な物を考え出したランティアナ人は凄いと思っていたが……。 古代の知識の遺物だったのだな……」

セネトは、驚きを隠せない様子でそう呟く。

「『魔法帝国』の前期は、統治に向けた戦乱の時代でしたが、中期以降、国が安定し始めると、人々は軍備より、生活の向上に力を注ぐ様になり、その結果、生み出された物が、列車や蒸気船なのです」

ローデシアは、淡々とした口調で、セネトにそう説明した。

「と言うか、主も物知りだけど思っていましたが、母君は、それ以上ですね」

アイクはすっかり感服した様子で、ローデシアにそう言うと、

「当たり前だ。 誰の母親だと思っている?」

シリウスが冷やかな口調で、アイクにそう言い返すと、ローデシアは苦笑いを浮かべる。

「ローデシア様は、シードの所在や、若しくは破壊する方法などは、ご存知ありませんか?」

セネトが、真剣な面持ちで、ローデシアにそう尋ねると、

「シードを破壊する事はとても危険な事です。 シードは、この世界を巡回する自然のエネルギーを凝縮した物。 破壊すれば、一気にそのエネルギーが外へ放出され、周辺一帯が、瞬時に吹き飛んでしまいます」

ローデシアは真剣な面持ちで、セネトにそう話すと、それを聞いてアイクやルフトの顔から血の気が引く。

「ならば、どうしたら良いでしょうか……。 教会がシードを悪用する事を、僕たちは何としても止めたいのです」

セネトは、真剣な面持ちで、ローデシアにそう問い掛けると、

「そうですね……。 『魔法帝国』の時代ならば、シードに集積された力を徐々に取り出し、それを活用出来る装置もあったでしょうが、その文明が破壊され尽くした現在、その装置を探し出す事も、その装置を作る事も、難しいでしょう」

ローデシアは、沈痛な表情を浮かべ、セネトにそう語ると、

「しかし、自然から作られた力ならば、その様な装置が無くとも、自然に返す方法もあるのでは?」

ロナードも、真剣な面持ちで、ローデシアにそう言うと、

「あるとしたら、『竜の口』と呼ばれる、世界のエネルギーが循環する為の入り口があるので、そこに安置し、徐々に自然に戻すしか無いと思います」

ローデシアは、淡々とした口調で、ロナードにそう言い返した。

「おお! じゃあそこに集めたシードを隠せば良い訳ですね?」

アイクが、嬉々とした表情を浮かべ、そう言うと、

「ですが、『入り口』がある様に、『出口』もまた存在します。 そこにはどうしても、エネルギーが蓄積され易いので、シードの様な物はまた生み出されてしまうでしょう」

ローデシアは、沈痛な表情を浮かべ、ロナード達にそう語ると、彼等は落胆する。

「そもそもの原因は、『魔法帝国』の時代に、シードを生産する為に、その様な個所を作ってしまった事にあるのです。 その所為で、世界を巡るエネルギーの循環機能が可笑しくなり、そのエネルギーを過度に受けた獣が魔物と化し、以前から居た魔物も凶悪化し、世界に魔物の害が増える原因にもなった訳です」

ローデシアが、沈痛な表情を浮かべ、そう語ると、

「魔物は、女神イシュタルが、地上に居る者を戒める為に放たれたのではないのですか? ですから、『女神に仕える者のみが、それを討つ事が許される。 何者も、その禁忌を犯す事無かれ』と……」

マーヤが、戸惑いの表情を浮かべながら、ローデシアにそう問い掛けると、

「確かに、イシュタル教会ではその様に説いていますが、魔物の起源には諸説あります。 ですが、今現在、この世界に蔓延して居る魔物は、先程、説明した事が原因の多くを占めています。 貴女の言う女神説は、教会が、魔物退治の権限を独占したいが為、彼等がそれらしく流したデマです。本当は『魔物の起源は、誰も分らない』のです」

ローデシアは、苦笑い混じりに、マーヤにそう言った。

「つまり、教会は魔物退治をする事で、人々の信仰婚を得ると同時に、金儲けのビジネスにもなると、早くから考えていたと言う訳か……」

シリウスが、冷めた口調でそう言った。

「それが本当なら、何処(どこ)までも狡猾(こうかつ)ですね」

アイクは、嫌悪に満ちた表情を浮かべながら、そう呟いた。

「私も、その『禁』を随分と破りましたが、『教会』に怒られただけで、神罰など起きませんでしたよ?」

ローデシアは、苦笑いを浮かべながら、セネト達にそう言った。

「確かに。 俺もそうだ」

ロナードがそう言うと、シリウスも頷きながら、

「私もだ」

「要は、そう言う事です」

ローデシアは、ニッコリと笑みを浮かべ、戸惑っているマーヤ達にそう言った。

「もう一つ、『シード』の所在はご存知ないですか? どんな些細な情報でも構いません。 ご存知でしたら教えて下さい」

ロナードは、短剣な面持ちで、ローデシアにそう言うと、

「そうですね……。 数年前、エレンツ帝国との戦乱に紛れ、カナンの鷺族(さぎぞく)の集落が教会の襲撃を受けた際、『シード』が里の外に持ち出されたと聞きます。 もしも、その話が本当ならば、カナンの教会支部か、若しくは、教会本部にシードがあるのではないでしょうか」

ローデシアがそう言うと、ロナードが渋い顔をして、

「それは多分、数年前にカナンで暴動が起きた際、教会の支部が襲撃を受け、その時に行方知れずになったシードの事だろう」

「君は、何年か前までカナンに居たんだろう? そのシードの行き先に心当たりは無いの?」

ルフトが、ロナードにそう尋ねると、

「カナンで暴動が起きた頃は、マイル王国に居たからな……。 カナンの教会の支部が襲われた事を知ったのは更に後だ。 そもそも、シードの存在はごく最近になって知ったんだ。 俺が、何処(どこ)にあるか知り様も無いだろう?」

彼は、困った様な表情を浮かべながら、ルフトにそう言い返すと、軽く溜息を付く。

「ふむ……。 シードの事を知るのは、簡単では無い様だな……」

シリウスは、自分の顎の下に片手を添え、淡々とした口調で呟く。

「兎に角、今は連れ去らわれた、小さいシリウスを無事に助け出す事を優先するべきだ。 小さいシリウスに万が一の事があれば、ロナードがシリウスの事を忘れてしまう可能性がある」

セネトが真剣な面持ちでそう言うと、

「それもだけど、今、ここに居るレオンにも何らかの影響が出るかも知れない。 最悪、この世界から弾き出される可能性もある。 この世界に来ているのは、ユリアス自身を含めて僕らだけだ。 今、君を失うのは僕らにとって大きな損失だ。 何としても阻止しないと」

ルフトが真剣な面持ちでそう言うと、アイクも頷きながら、

「その通りです。 レオン様が居なくなっては、こちらの戦力が大幅に削られてしまいます。 オレたちだけで、アイツらを排除するのは正直、厳しいです」

「お前たちが必要としているのは、戦力としての私か? それとも私と言う存在自体か?」

シリウスは、ムッとした表情を浮かべながら、ルフトとアイクに問い掛けると、

「そりゃあ勿論(もちろん)……」

「両方ですよ」

ルフトとアイクが、自分たちを睨みつけるシリウスに、愛想笑いを浮かべながらそう答えた。


 翌日になっても、カリンに誘拐(ゆうかい)された、幼いシリウスの行方は一向に掴めなかった。

「それにしてもアイツ、潜伏先(せんぷくさき)を教えなければ、母上も助けに行き様が無いだろうに」

ロナードは、ローデシアにちびシリウスを助けに来いと告げたくせに、自分たちの居場所を教えずに去ったカリンに対し、苛立(いらだ)ちを覚え、そう呟いた。

「アイツも、とっさに思い付いた事で、そこまで頭が回ら無かったんだろう」

シリウスは、長身な身体をソファーの上に投げ出し、リラックスした様子で、他人事のように、ロナードにそう言った。

「兄上! 何でそんなに、落ち着いて居られるんですか? 誘拐(ゆうかい)されたのは他でも無い、兄上なんですよ?」

ロナードは苛立った様子で、シリウスにそう怒鳴ると、

「お前こそ、何をそんなに(あせ)っている? 大体、ここはお前の記憶の中だろう? 仮に、この時代の私が消されても、この頃の私に関するお前の記憶が無くなるだけで、今現在、私はお前の側に居るのに、お前が、私の事を忘れようも無かろう?」

シリウスは、落ち着き払った口調で、ロナードにそう言い返した。

「それはそうですけど……。 それでも、母上は、ちびシリウスを助けに行きますよ」

ロナードは、真剣な面持ちで、シリウスにそう言うと、

「それはそうだろう。 母親だからな。 だが要は、母上を含め、今のお前と接点の無い連中を消されない様にすれば良い。 そう言う事ではないのか?」

シリウスは、頭の後ろに組んで居た腕を代え、相変わらずソファーの上に横たわったまま、落ち着き払った口調で、ロナードにそう言い返した。

「……それでも、自分の兄が殺されるのは、気分が悪い」

ロナードは、ムッとした表情を浮かべ、シリウスにそう言うと、

「それは私も同じだ。 だが、我々が今、母上の側から離れる訳にもいかん。 アイクやイワンに達に、連中の潜伏先(せんぷくさき)を探して貰うしかない。 少しは落ち着いたらどうだ?」

彼は、妙に焦っているロナードを見上げながら、落ち着き払った口調でそう言った。

「俺が、心穏やかでは無いのは、母上の心中を(さっ)してだ! 兄上は、母上の気持ちが分からないのか?」

ロナードは、怒った様な口調で、シリウスにそう言った。

「女の気持ちなど、男の私が分る訳無いだろう。 ましてや、母親の気持ちなど尚更(なおさら)だ」

シリウスは、酷く冷めた口調で、ロナードにそう言い返す。

「……」

彼は物凄(ものすご)微妙(びみょう)な表情を浮かべている。

「ユリアス。 そんな風に他人を思いやれる所は、お前の長所でもあるが、同時に短所でもある。 セネトから聞いたぞ。 リリアーヌが可笑しくなったのは、自分の所為ではないかと、随分と思い詰めていたと」

シリウスは、ロナードを真っ直ぐに見据え、真剣な面持ちで言うと、

「それは……」

彼は、戸惑いの表情を浮かべ、言葉を濁す。

「お前の言う様に、切っ掛けではあったかも知れないが、あの女が、あの様になったのは他でもない当人が選んだ末の事だ。 大体、私にしろ、お前にしろ、他人の生き方を変えてしまう程の影響力があるとは思えん」

シリウスは、落ち着き払った口調で、複雑な表情を浮かべているロナードに言った。

「兄上……」

ロナードは、シリウスが不器用ながらも、自分を(なぐさ)めようとしている事を感じ、戸惑いの表情を浮かべる。

「そんな風に考えるのは、お前のエゴ以外の何物でも無い」

シリウスは、淡々とした口調でそう言うと、

「確かに……そうかも知れません……」

ロナードは、複雑な表情を浮かべながら、そう返した。

「それでも、吹っ切れないと言うのなら、少し稽古に付き合え」

シリウスは、落ち着き払った口調でそう言ってから、ニッと笑みを浮かべた。


シリウスは、ロナードを伴って中庭まで行くと、近くに置いてあった、木を刳り抜いて作られた木の剣を手に取り、ロナードに投げ渡すと、彼は慌ててそれを受け止める。

「早くしろ」

シリウスは、中庭に出ると、腕などを伸ばして軽く体を解しながら、ロナードにそう言った。

ロナードは木の剣をてにしたまま、戸惑いながらもシリウスの方へと歩み出る。

 そんな彼等を、稽古をしていた兵士たちが、興味深そうに見ている。

「さっさと構えろ」

シリウスはそう言うと、手にして訓練用の木の剣を構えるので、ロナードも戸惑いながらも身構える。

遠慮(えんりょ)はいらん。 全力で来い。 私も加減はせんぞ」

シリウスは、不敵な笑みを浮かべ、ロナードにそう言うと、

「えっ? ちょっ……」

彼はギョッとした表情を浮かべ、身構えようとしていると、その間に、シリウスが大きく踏み込んで、剣を振るって来た。

 ブンと大きく、風を切る音を立て、シリウスの剣はロナードに向かって来る。

「おわっ!」

ロナードは慌てて、それを後ろに下がって避ける。

(おいおい……)

ロナードは、辛うじて避けたシリウスの太刀筋と、自分を見据えるシリウスの目を見て、青い顔をして、心の中でそう呟いた。

 シリウスの目は本気も本気、殺気立っている。

 シリウスの只ならぬ雰囲気に、周囲に居た兵士たちは焦り、ロナードも薄らと額から冷や汗を流している。

「お、おい。 アレ大丈夫か?」

「ユリアス様、殺されるんじゃないか?」

「と、止めた方が良くないか?」

兵士たちは、揃って青い顔をしながら、口々にそう言っている。

遠慮(えんりょ)はいらん」

シリウスは、剣を構えたまま、淡々とした口調で、ロナードにそう言った。

 ロナードは、戸惑いの表情を浮かべたまま、ゴクリと息を飲む。

「来い」

シリウスがそう言うと、ロナードはダンと、勢い良く地面を踏み込み、シリウスに向かって剣を振るう。

「早い!」

ロナードが繰り出した剣を見て、兵士は思わず呟く。

「甘いな」

シリウスは、不敵な笑みを浮かべそう言うと、ロナードが繰り出した剣を、自分の剣で受け流しつつ、ドンとロナードをもう片方の手で突き飛ばす。

 普通ならば、後ろに扱けてしまう所だが、ロナードはバランスを崩しつつも、素早く、シリウスに回し蹴りを見舞う。

 シリウスはとっさに、剣を手にして居た腕で受け止め、力一杯振り払う。

 ロナードは後ろに倒れる勢いを利用し、片手を地面に付け、体の上下を返し、素早く足から地面に着地した。

「おー!」

「すげー」

それを見て、兵士たちはそう言って、思わずパチパチと手を叩くが、シリウスは、何時(いつ)もの事なので、これと言った反応は無い。

「手緩いな。 私は『本気で来い』と言った筈だぞ」

シリウスは、淡々とし口調で、ロナードにそう言うと、身構える。

 その剣先に、エネルギーが恐縮されて行く……。

 そして、シリウスが剣を大きく振り下ろしたのを見て、

(マズイ!)

ロナードは、心の中でそう叫ぶと、とっさに横へ転がる様に飛び退いた。

 半秒ほど遅れて、シリウスが剣先から放った、エネルギーの波が物凄い音を響かせ、土煙を上げながら、まるで、鎌鼬が地面を走る様な勢いで飛んで来て、その先に立っていた騎士の石像を真っ二つにしてしまった……。

 それを見ていた兵士たちは、あまりの事に一瞬にして固まってしまった。

「殺す気か!」

ロナードは起き上がると、顔を引き攣らせ、シリウスにそう怒鳴り付けた。

「『手加減はせん』と、言った筈だ」

シリウスは、淡々とした口調でそう言うと、勢い良く地面を蹴り、ロナードとの間合いを詰めて来る。

「どういうつもりだ!」

ロナードは、シリウスが繰り出した剣を受け流しつつ、表情を険しくし、彼に問い掛ける。

「問答無用」

シリウスは、冷たくそう言い放つと、目にも止まらぬ速さで、連続攻撃に出る。

「くっ」

ロナードはとっさに持って居た剣で、シリウスが繰り出す攻撃を受け流すが、最後にシリウスが力を込めて繰り出した剣をロナードはとっさに受け止めようとすると、彼が手にしていた訓練用の木の剣は、刀身から真っ二つに折れ、刀身の部分は何処(どこ)かへ飛んで行ってしまった。

(しまっ……)

それを見て、ロナードがそう思っていると、死角からシリウスの拳がとんで来て、彼の左頬に見事に入った。

 シリウスの強烈な一発を見舞われ、ロナードは横へすっ飛ばされ、その場に倒れてしまった。

「きゃーっ!」

「ユリアス様!」

何時(いつ)の間にか、野次馬も増えて居て、それを見た侍女や使用人たちが、青い顔をして声を上げる。

「も、もう止めて下さい!」

見かねた、ガタイの良い中年の兵士が、ロナード元に詰め寄ろうとしていたシリウスの前へ出て来て、そう言った。

「……い」

倒れていたロナードは、ムクッと身を起こすと、シリウスに殴られ、口の中が切れたのか、ペッと血を吐き出すと、止めに入った兵士に何やら言った。

「は?」

止めに入った、ガタイの良い中年の兵士は、思わず、ロナードにそう問い返すと、

「剣を持って来い!」

彼は、完全に頭に来たらしく、ドスの利いた低い声で、そう言った。

「ええっ!」

ロナードの言葉を聞いて、止めに入ったガタイの良い中年の兵士は、戸惑いの表情を浮かべる。

「一発仕返さないと、俺の気が済まん!」

ロナードは、額に青筋を浮かべ、恨めしそうに、自分を殴ったシリウスを睨み付け、そう言った。

「い、いや……しかし……ユリアス様……」

止めに入った、ガタイの良い中年の兵士が、戸惑いながらそう言っていると、

「早くしろ!」

ロナードはジロリと、止めに入った、ガタイの様中年の兵士を睨み付け、物凄い剣幕で怒鳴り付けると、彼は、ビクッと身を強張らせ、

「は、はい!」

そう言うと、慌てて、訓練用の木の剣を取りに行く。

「チョット待っていろ! 絶対に仕返してやる! 倍返しだ! 覚悟しろ!」

ロナードは、自分の前で不敵な笑みを浮かべ立っている、シリウスを睨みながら、彼にそう叫んだ。

 近くに居た兵士たちが、ロナードの台詞を聞いて、顔を青くして焦る。

 何せ、彼等の知るロナードは、病弱で内気で、気が優しく、おまけに武芸にも疎かったからだ。

一方の兄、シリウスは病気など殆どせず健康で、体も大きく、武芸にも長けていた。

確かに、シリウスはロナードより、七つ年上なだけだが、それでも二人の間には、チョットやチョットの事では、埋まりそうに無い、物凄い実力の差があった。

何より、気の優しいロナードが、この様な暴言(?)を兄のシリウスに向かって吐くなど、有り得なかった。

「ど、ど、どうぞ……」

二人を止めに入った筈の、ガタイの良い中年の兵士はそう言って、取って来た訓練用の木の剣を差し出した。

 ロナードは乱暴に、その剣を手にすると、素早く身構えた。

 先程までとは違い、殴られた事が余程頭に来たのか、ロナードはやる気満々だ。

「来い」

シリウスが、不敵な笑みを浮かべ、ロナードにそう言うと、

「言われなくとも!」

ロナードはそう言うと、タンと地面を蹴り、シリウスとの間合いに入ると、素早く剣を振り下ろす。

 シリウスは涼しい顔をして、それを受け流そうとすると、ロナードは素早く身を捻じらせ、二段蹴りを繰り出した。

「くっ」

シリウスは反応し、それを防ごうとするより早く、ロナードは素早く身を屈め、シリウスの土手っ腹に、思い切り拳を見舞った。

「ぐっ……。 コイツ!」

シリウスは、後ろに二、三歩ほどよろめき、ロナードに拳を叩き込まれた鳩尾辺りに手を添える。

「すごい……」

「本当に、仕返したぞ……」

「い、今の動き、分ったか?」

それを見て、野次(やじ)(うま)の兵士や侍女たちは、驚きを隠せない様子で、口々にそう呟いた。

「……やっと、その気になったか」

シリウスは、ニヤリと笑みを浮かべると、ロナードに向かってそう言った。

「ブチのめす!」

ロナードは、殺気立って、シリウスに向かってそう叫ぶと、

「出来るものなら、やってみろ!」

彼は、不敵な笑みを浮かべ、そう言って、ロナードを挑発する。

 その後はもう、無茶苦茶だった。

 始めは、二人とも剣で、息も詰まる程の激しい攻防戦を繰り広げたて居たが、そのうち、木刀が折れてしまい、本気の殴り合いに発展……。

 お互いに、罵り合いの、掴み合い……。

 だが結局、体力と腕力で勝るシリウスが、ロナードを叩きのめしてしまった……。

「うわーッ!」

「ユリアス様っ!」

「ぎゃーッ!」

シリウスにボコボコにされ、気絶し、地面の上に大の字になって倒れてしまったロナードを見て、その場に居合わせた兵士たちは、揃って青い顔をして、情けない声を上げる。

 流石のシリウスも、その場にペタンと座り込み、ふーふーと、キツそうに息を切らせており、自慢の金髪もボサボサで、何度も地面に転がった所為で、全身、汗と泥まみれだ。

「クソ……。 ユリアスの奴、本気で顔を……」

シリウスはそう言いながら、鼻からツーと流れ出て来た鼻血を手の甲で拭い、片手で鼻を押さえるて居ると、

「わーっ! (あるじ)!」

屋敷に戻って来て、中庭が騒がしいので、見に来たアイクが、ブッ倒れているロナードを見て、思わず声を上げる。

 顔は、始めの一発だけで済んでいたが、他の場所はもう……シリウスに殴られ、投げ飛ばされ、ロナードが着ていた服は擦り切れ、手足も擦り傷だらけで、おまけに泥と汗塗れ……。

「何やってるの? 二人して。 こんな時に喧嘩(けんか)?」

遅れてやって来たルフトは、呆れた表情を浮かべ、地面の上に座り込んでいたシリウスに向かって、そう言った。

「ロナード!」

「坊ちゃま!」

後から来ていたセネトとイワンも、ロナードがボコボコのボロボロになって、倒れて居るのを見付けると、慌てて、彼の下へと駆け寄る。

「おい! しっかりしろ!」

セネトは、地面に両膝を付き、そう言いながらロナードを抱き起こし、彼の体を何度か揺らす。

「坊ちゃま!」

イワンも青い顔をして、ロナードに声を掛ける。

「うっ……」

そうして居ると、ロナードが意識を取り戻した。

「ああ……良かった……」

それを見て、イワンは安堵の表情を浮かべ、そう呟く。

「いたたたっ……。 くそー 兄上め……」

ロナードは、体のあちこちが痛いので、痛みに顔を歪めつつ、何とか身を起こすと、そうぼやいた。

「少しは、吹っ切れたか?」

シリウスは、詫びの言葉一つなく、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、自分がノックアウトした弟に向かってそう言った。

 無論、その態度を見て、ロナードは額に青筋を浮かべ、恨めしそうに、シリウスを睨んで居る。

「お前が、湿気た顔をして、踏ん切りのつかん事を言っているからだ」

シリウスは素っ気なく、ロナードにそう言うと、彼は、ムッとした表情を浮かべ、何事も無かったかの様に、スクッと立ち上がり、

「借りは返す」

シリウスにそう言うと、フッと笑みを浮かべ、踵を返す。

「不要だ」

シリウスも、フッと笑みを浮かべ、ロナードの背中に向かって言うと、彼は片手を上げて、『有難う』とでも言う様に、ヒラヒラと手を振ると、まだ、ダメージが残って居るのか、フラフラとしながら、セネトとイワンに支えられ、屋敷の方へと去って行った。


「全くもう。 取っ組み合いの喧嘩(けんか)だなんて……」

マーヤは、シリウスに殴られ、腫れているロナードの右頬に、湿布を貼りながら、呆れた表情を浮かべ、ロナードにそう言った。

「文句なら兄上に言ってくれ。 向こうが先に手を出して来たんだ。 俺はやり返しただけだ」

椅子に座り、手当てを受けているロナードは、ムッとした表情を浮かべ、マーヤにそう言い返す。

「だからって……。 あまり感心しませんよ」

マーヤは、呆れた表情を浮かべ、少し怒った様な口調で、ロナードにそう言い返した。

「まあ良いじゃないか。 男兄弟ってのは、そう言う馬鹿やって、大きくなるモンだ。 怪我の一つや二つ、死ぬ訳でも無いんだから、そう怒るな」

一緒に居たイワンは、苦笑いを浮かべながら、マーヤにそう言った。

「そう言いますけどねぇ……。 私は、ユリアス様がレオン様と殴り合いの喧嘩(けんか)をしたって聞いて、それはもう、心臓が止まる思いでしたよ」

マーヤは、沈痛な表情を浮かべ、イワンにそう言い返した。

大袈裟(おおげさ)だな」

ロナードは、苦笑いを浮かべ、マーヤにそう言い返す。

「『大袈裟(おおげさ)』も何も! ユリアス様はレオン様と違って、お身体が弱いのですから、こんな事はお止め下さい!」

マーヤは、真剣にロナードにそう言ってから、彼の腕を掴むのだが、その見た目に反し、ガッチリとした腕に彼女は驚く。

「それは昔の話だろう? そりゃあ、兄上に比べれば細身かも知れないが……」

ロナードは、苦笑いを浮かべながら、マーヤにそう言い返した。

「それにしても、シリウスがお前に手を出すなんて珍しいな。 何か、あったのか?」

一緒に居たセネトは、不思議そうにロナードにそう訪ねた。

 言われてみれば確かにそうだと、マーヤ夫妻も思った。

 シリウスは不器用な所はあるが、誰の目から見ても、弟であるロナードの事を溺愛(できあい)していて、何かあるとシリウスの方が折れるので、これまで兄弟(きょうだい)喧嘩(けんか)などした事がなった。

「俺だって、兄上に手を出した事など無いぞ」

ロナードは、ムッとした表情を浮かべ、セネトにそう言い返した。

「それは分っている。 お前は悪戯(いたずら)に暴力で訴える様な奴では無い事くらいな」

セネトはそう言って、ニッコリと笑みを浮かべる。

「……原因は俺にあるんだ」

ロナードは軽く溜息を付いてから、セネトにそう語ってから、苦笑いを浮かべた。

「はあ……。 良く分からないけど……。 あまりローデシア様に心配させる様な事は、しない方が良いんじゃないの?」

ルフトは、呆れた表情を浮かべつつ、ロナードにそう言うと、

「そうですよ! 奥様もきっと心を痛められます」

マーヤは、真剣な顔をして、口調を強めてそう言った。

「俺が悪いんだ。 兄上に一発、見舞われなければ、まだ、踏ん切りがつかなかっただろう。 お陰で吹っ切れた。 母上が心配する様な事は何一つないさ」

ロナードは、苦笑いを浮かべながら、マーヤにそう言い返した。

「まあ、ユリアス様がそれで良いって言うのなら、私はそれ以上、何も言いませんけどね……」

そうは言ったが、マーヤは、シリウスの行いに、不満を抱いている様だ。

「兄上は、自分の感情だけで、こんな事をする様な人じゃ無いよ。 マーヤ」

ロナードは、不満そうな顔をして居るマーヤに向かって、苦笑い混じりにそう言った。


「ぶっぶぶぶっ……。 あーははははっ! 踏ん切りって、コレの事ですか? (あるじ)

アイクが爆笑(ばくしょう)する声が、部屋の中に響き渡る。

五月蠅(うるさ)いぞ。 静かにしろ」

額に青筋を浮かべ、鏡に映った自分を見て爆笑していたアイクに、そう言い返すロナードは、長い黒髪の鬘を被り、その髪を貴族の婦人風に整えて貰い、今は、鏡台の前に座り、侍女たちにメイクをして貰っている最中だった。

「だって……。 似合い過ぎ……」

アイクは、可笑(おか)し過ぎて、目元に涙を溜め、ヒィヒィと言いながら、ロナードにそう言い返した。

「……殺すぞ」

ロナードは、額に青筋を浮かべ、鏡越しに、後ろで、腹を抱え、笑いを必死に(こら)えているアイクを見て、唸るような声でそう呟いた。

 ロナードの呟きを聞いて、侍女たちは苦笑いを浮かべる。

「用意は、出来たか?」

そう言って、部屋にシリウスが入って来て、ロナードを見るなり、何故かその場に固まる。

「何だ」

ロナードは、ムッとした表情を浮かべ、シリウスにそう問い掛ける。

「いや……。 お前、化粧(けしょう)をすると本当に母上そっくりだな」

シリウスは、物凄く複雑な表情を浮かべつつ、ロナードにそう言った。

「それは、()めているのか? それとも(けな)してるのか?」

ロナードは、ムッとした表情を浮かべたまま、シリウスにそう言い返すと、

「そんな顔をすると、連中にローデシア様では無いと直ぐにバレるよ?」

ルフトが、呆れた表情を浮かべながら、ロナードに言うと、彼は額に青筋を浮かべながらも、母の様にニッコリと笑みを浮かべてみせる。

「いや~。 一瞬、ローザ様かと思いましたよ」

苦笑いを浮かべながら、そう言って、イワンが部屋に入って来た。

「イワン。 お前まで……」

ロナードは、額に青筋を浮かべながら、イワンに向かってそう言った。

「準備は整いました。 何時(いつ)でも出立出来ます」

イワンは、ロナードにそう言って、誤魔化す。

「母上は?」

ロナードは、真剣な面持ちで、イワンにそう問い掛ける。

「大丈夫ですよ。 マーヤが上手く、誤魔化していますから」

イワンは、不敵な笑みを浮かべながら、ロナードにそう言った。

「そうか。 ならば行こうか」

ロナードはそう言うと、徐に立ち上がる。

「おい。 その格好では男だとバレるぞ」

シリウスが、戸惑いの表情を浮かべながら、ロナードにそう言うと、

「こうすれば、分らないだろ」

ロナードはそう言うと、近くの椅子に掛けてあった外套を羽織る。

「確かに」

ルフトは、苦笑いを浮かべながら、ロナードにそう言い返した。

「母上に気付かれぬ様、そっと抜け出すぞ」

ロナードは、真剣な面持ちでそう言うと、外套に付いて居たフードを深々と被る。

 ロナードは、シリウス、アイク、セネト、そして僅かな兵を連れ、この時代の幼い頃のシリウスを誘拐(ゆうかい)した、カリン達が潜伏して居ると思われる、マケドニア郊外にある『魔法帝国』時代の遺跡へと向かった。


 馬で半日ほど進むと、カリン達が潜伏して居ると思われる遺跡があり、ロナード達は馬から降り、徒歩でその遺跡へと近付くと、

「良く、ここを探し当てたね」

崩れ落ちた遺跡の上から、若い男の声がしたので、ロナード達は足を止める。

 杖を手にした青年……。

セネリオだ。

「人質は、無事だろうな?」

シリウスが表情を険しくし、ロナードを庇う様にしながら、セネリオにそう問い掛ける。

「自分を助けに、自ら赴くとは滑稽やな」

そう言いながら、ランが姿を現すと、その脇には、幼い頃のシリウスが抱えられていた。

「母を連れて来た。 子どもと交換だ。 お前達の目的は母を消す事だろう」

シリウスが落ち着いた口調でそう言うと、母親のローデシアになり澄ましているロナードが、深々と被っていたフードを払い、その顔を見せる。

 近くで見てもローデシア当人と見間違える程なので、遠目からでは益々分らないだろう。

「エエで」

ランはそう言うと、小脇に幼い頃のシリウスを抱えたまま、崩れ落ちた遺跡の上から飛び降りて来た。

 そして、ローデシアに扮したロナードは、シリウス達から静かに離れ、ランの下へと歩みを進め、彼がランの目と鼻の先に来ると、ランは、自分たちが捕えていた幼い頃のシリウスを下ろすと、彼を開放する。

「母上……」

幼い頃シリウスは、自分を助ける為に、自分の命を差し出す事を選んだ母に、申し訳ない気持ちと、まんまと捕まってしまった事に対して、情けない気持ちで、その目には涙が滲んでいる。

 ロナードは、そっと幼い頃のシリウスを抱き締める様な仕草をしながら、彼に小声で耳打ちすると、幼い頃のシリウスは、表情を強張らせ、黙って頷いた。

「こっちに」

セネトがそう言うと、幼い頃のシリウスは、戸惑いの表情を浮かべつつも、彼女の方へと駆け出した。

「アンタには、何の恨みも無いんやけどな……。 済まんけど死んでや」

ランは、申し訳なさそうな表情を浮かべながらローデシアに扮したロナードにそう言うと、持っていた槍を手にして構えた。

「死ぬのは、お前の方だ!」

ローデシアに扮していたロナードはそう言うと、背中に隠し持っていた剣を素早く抜き、ランが手にしていた槍を叩き落した。

「なっ……」

思わぬ反撃に遭い、ランは戸惑いの表情を浮かべ、ローデシアに扮したロナードを見る。

「何をしているんだ!」

それを見て、セネリオが思わず声を上げる。

「ま、まさかアンタ……」

ランが、戸惑いの表情を浮かべ、ローデシアに扮したロナードにそう言うと、彼はニヤリと笑みを浮かべ、

「今頃気が付いたか。 間抜けめ!」

そう言うと、被って居た鬘を投げ捨て、服の裾で化粧を落とす。

「ユリアス!」

それを見て、リリアーヌが驚きの声を上げる。

「ええーっ!」

その様子を、物陰(ものかげ)から見ていたカリンも、思わず驚きの声を上げる。

「くっ……。 姑息(こそく)な事をするやないか」

ランは苦々しい表情を浮かべながらそう言うと、隠し持っていたショートソードをロナードに向かって抜刀するが、彼は素早く後ろに飛び退き、軽々と避ける。

「ユリアスっ!」

怒りに満ちた声でセネリオがそう叫びながら、持っていた杖をロナードに向かって、無数の炎の球を繰り出して来た。

「アイク。 飛べ!」

シリウスはそう言うと、背に下げて居た大剣を素早く抜き下ろす。

「任せて下さい!」

アイクはそう言うと、シリウスの大剣の上に素早く乗り、シリウスは、抜き下ろした時の勢いのまま、思いっ切り大剣を振り上げる。

 アイクは勢い良く飛び上がり、ロナードの頭上から無数の炎の球を見舞おうとしていたセネリオに向かって、隠し持っていた短剣を振るう。

 セネリオは慌てて、アイクの攻撃を避けようとして後ろに転び、遺跡の壁に体をぶつけ、アイクは危なげなく遺跡の上に上手く着地する。

「やばっ! ぺ、ペットちゃん達!」

それを見てカリンは慌てて、持っていた杖から、魔物を召喚しようとすると、

「させるか!」

シリウスがそう叫び、大剣を思いっ切り振り下ろすと、彼の剣から衝撃波が繰り出され、カリンが隠れていた遺跡の一部を破壊し、彼女を吹っ飛ばした。

「アイク!」

ロナードが叫ぶと、

「了解!」

アイクはそう叫ぶと、遺跡の上から飛び降り、カリンの前に降り立ち、

「召喚はさせないですよ!」

そう言うと、両手に持っていた短剣を振るう。

「きゃっ!」

カリンは慌てて、身を伏せてそれを避ける。

「カリン!」

リリアーヌが慌てて、カリンの下へ駆け寄ろうとすると、突然、背後から勢い良く、火炎放射の様になって炎が向かって来る。

「くっ……」

リリアーヌは慌てて、自分の前に水の壁を作り、自分に迫って来ていた炎を相殺した。

そして、炎の魔術を繰り出して来たセネト、忌々し気に睨む。

「レオン様。 今のうちに」

兵士はそう言いながら、助けられた幼い頃のシリウスにそう言って居ると、カリンが仕掛けていたと思われる、魔法陣をうっかり踏んでしまう。

 すると、魔法陣が赤く光り、その周辺に仕掛けてあった魔法陣も連動して、赤い光を放つ。

「あわわわ……」

「どーなっているんだ!」

兵士たちが、この事態に驚き戸惑って居ると、魔法陣の中から魔物が現れる。

「うふふふ。 こんな事があろうと、仕掛けて置いたの❤ 流石はアタシ。 天才♪」

カリンが、ニッコリと笑みを浮かべそう言うと、アイクは額に青筋を浮かべ、

「何て事を!」

そう叫びながら、カリンに向かって短剣を振るう。

「助けて!」

兵士たちに連れられ、その場から逃げようとしていた幼い頃のシリウスは、青い顔をして、側に居た兵士に抱き付く。

「うわああっ!」

その兵士は、魔物を前にして腰を抜かし、幼い頃のシリウスを抱き締めたまま、その場に座り込む。

 二人の前に立ち塞がった魔物は、大きく鋭く尖った爪を、容赦なく二人に振り下ろす。

「レオン様!」

「若さま!」

近くに居た兵士たちが、青い顔をして、揃って声を上げる。

 だが、とっさの事で反応が出来ない。

 誰もが、『駄目か』と思った次の瞬間、金属同士が激しくぶつかり合う様な音が、辺りに響き渡った。

 幼い頃のシリウスは、兵士に抱き付いたまま、そっと顔を上げると、自分たちを背で庇う様にして、何時の間に駆け付けたのか、ロナードが、魔物が振り下ろした爪を、自分が手にしていた剣で受け止めていた。

「早く逃げろ!」

ロナードは、魔物の爪を受け止めたまま、背中越しに、幼い頃のシリウスを抱き締め、その場に蹲って居た若い兵士に向かって叫ぶ。

 だが、その兵士は腰が抜け、立ち上がれない。

 その様子を見て、ロナードは表情を険しくし、舌打ちすると、魔物が振り下ろした爪を力一杯に押し返し、魔物がよろけた隙に、自分の剣で魔物を切り倒す。

「来い!」

ロナードは幼い頃のシリウスの下に駆け寄ると、素早く身を屈め、真剣な面持ちでそう言うと、幼い頃のシリウスは恐怖で小刻みに震えながら、縋る思いでロナードに抱き付く。

ロナードは、片手で幼い頃のシリウスを抱き上げると、向かって来た魔物に怯む事無く、思い切り剣を振るう。

「危ない!」

何処(どこ)からか、兵士の叫び声が聞こえて来て、ロナードは幼い頃のシリウスを抱えたまま、素早く身を屈め、後ろから襲って来た魔物の攻撃を避けつつ、剣を振るった。

 ロナードが繰り出した剣は、魔物の首を撥ね飛ばす。

「ロナード!」

セネトの声を聞いてロナードは、幼い頃のシリウスを抱えたまま後ろへ飛ぶと、正面から向かって来た魔物は、セネトが繰り出した、風の魔術にすっ飛ばされる。

「行け!」

ランとセネリオを前にししながらも、シリウスは落ち着いた口調で、背中越しにロナードに叫ぶ。

「コイツ等を逃がす。 セネト。 援護を頼む」

ロナードは、幼い頃のシリウスを抱えたまま、駆け付けて来たセネトに向かって叫ぶ。

「分かった」

セネトは、頷きながらそう言うと、ロナードの援護をする。

 一緒に来ていた兵士たちは助け合いながら、馬を置いて来た所まで撤退(てったい)を試みる。

 ロナードは、幼い頃のシリウスを抱き抱え、時折、セネトを庇いながら、向かって来る魔物と戦っている。

「あと少しだ。 走れ!」

セネトの側で、幼い頃のシリウスを抱えていたロナードは、幼い頃のシリウスに向かってそう言うと、彼は頷き返し、意を決し、馬が留めてある場所の間で駆け出した。

 その間に、ロナードはセネトと共闘しながら、魔物たちを次々と倒していく。

「この子を連れて、屋敷へ戻れ!」

ロナードは、駆け寄って来た幼い頃のシリウスを馬の背にのせていた、兵士たちに向かって叫ぶ。

「ゆ、ユリアス様は?」

兵士たちは、戸惑いの表情を浮かべながら、ロナードに問い掛ける。

「俺は、兄上たちの加勢に行く」

ロナードが真剣な面持ちで、兵士たちにそう言って居ると、突然、乾いた音が辺りに響き渡った。

「ギャッ!」

馬に乗った幼い頃のシリウスの後ろに跨り、手綱を握ろうとしていた兵士が、頭を弾丸に撃ち抜かれ、短い声を上げ、馬の背から落ちる。

 その音に、幼い頃のシリウスが乗っていた馬が驚いて、幼い頃のシリウスはバランスを崩し、馬の背中から落ちる。

「レオン様!」

それを見て、兵士たちは顔面(がんめん)蒼白(そうはく)で、悲鳴に近い声を上げるが、咄嗟(とっさ)にロナードが駆け出し、馬の背から落ちた幼い頃のシリウスを、間一髪のところで抱き止める。

 それを見て、兵士たちは一様に安堵(あんど)の表情を浮かべるが、すぐに、また乾いた音が辺りに響いて、幼い頃のシリウスを受け止めていたロナードが、その場に蹲る。

 ロナードは、左肩を銃弾(じゅうだん)に撃ち抜かれ、肩から血を流していた。

「ユリアスさま!」

近くに居た兵士たちが、青い顔をして、ロナードの下に駆け寄ろうとすると、

「皆、動くな!」

凛と張り詰めた男の声が、辺りに響き渡り、ロナードや兵士たちは、声がした方へと目を向ける。


ロナード達が来た方向から、馬に乗った複数の人影があった。

 馬に乗った者たちが身に付けている鎧や盾は、ユリの花と剣の紋章が刻まれている。

「この紋章は、まさか……」

ロナードは、見覚えのある紋章を見て戸惑いの表情を浮かべ、そう呟いて居ると、茶色の長髪に茶色の双眸(そうぼう)、良く日に焼けた赤銅色の肌、ロナードより背は低いが、横幅は倍以上あろうかと言う、ガッチリとした体格の、十代後半と思われる、貴族の青年が姿を現した。

 その青年の手には銃が握られており、この青年が、ロナード達に向かって発砲した様だ。

 ロナードは、自分たちの前に姿を現した男を見て、表情を強張らせ、

「アロイス……」

そう、相手の名を呟いた。

 ロナードが知る彼より若く、年頃は、今のロナードと変わらないくらいだろうか……それでもアロイスだと分った。

 彼は、現・クラレス公国の領主の弟で、以前、当時敵対関係にあった、ルオン王国の宰相(さいしょう)であったベオルフと手を組み、ロナードたちに偽の依頼をし、クラレス公国へ誘い込み、その間に、ベオルフ宰相(さいしょう)が政敵である、ロナードの祖父オルゲン将軍を亡き者にしようとした事があった。

 生憎、セネトによって、その企みを知ったロナード達により、その計画は失敗に終わったのだが、アロイスは兄とは違い、とても狡猾(こうかつ)な男で、クラレス公国のの領主の座を狙っていた。

 恐らく、この頃らから既に、その野心を持っていたのだろう。

「ノヴァハルト大公家の家臣の諸君(しょくん)。 皆、武器を捨てて貰おうか」

アロイスは、勝ち誇った様な笑みを浮かべながら、クラレス家の私兵たちに向かってそう言った。

 突然の事に、戸惑っているノヴァハルト家の私兵たちとロナードの前に、ラスター伯爵家の私兵たちが、誰かを引っ張って来た。

 豊かな黒髪を有した美しい貴夫人と、彼女と同じ髪の色と瞳の幼い子供……。

「ローザさま!」

「ユリアス様まで……」

それを見て、ノヴァハルト家の私兵たちは動揺し、揃ってそう呟く。

「早く、武器を捨てて貰おうか」

アロイスはそう言うと、捕えられているローデシア達の方へと銃口を向ける。

「や、やめろ!」

「わ、分った」

ノヴァハルト家の私兵たちは皆、青い顔をして、アロイスにそう言うと、自分たちが手にして居た武器を地面に投げ捨て、両手を上げる。

 ロナードも仕方なく、持っていた剣を地面に投げ捨て、抱えて居た幼頃のいシリウスをその場に下ろし、両手を上げる。

「おい。 そこの背の高い黒髪」

アロイスは、幼い頃のシリウスの側に居たロナードに、そう言って声を掛ける。

「お前、レオフィリウスを連れて、ここへ来い」

アロイスにそう言われ、ロナードは彼に言われるがまま、戸惑いの表情を浮かべ、自分を見ている、幼い頃のシリウスを抱きあげると、アロイス達の方へと歩みを進める。

 ノヴァハルト家の私兵たちとセネトは、不安に満ちた表情を浮かべ、ロナード達を見ている。

「御免なさい。 折角、レオンを助けてくれたのに……」

ロナードが幼い頃のシリウスを連れ、アロイスの側まで来ると、囚われているローデシアが、申し訳無さそうな表情を浮かべ、ロナードにそう言った。

「いえ。 俺達の思慮が足りなかっただけです。 貴女の所為ではありません」

ロナードは、落ち着き払った口調でローデシアにそう言うと、片手で抱いていた幼い頃のシリウスを下ろす。

「母上」

幼い頃のシリウスはそう言うと、ローデシアに抱き付く。

 彼女の側には、顔を涙と鼻水まみれにして、泣きじゃくっている幼い頃のロナードが居て、ローデシアの脚にしっかりしがみ付いている。

 それを見て、ロナードは我ながら情けなくなった。

「どうやら、時代は我々の方に傾きつつある様だ」

アロイスは、勝ち誇った様な表情を浮かべ、ローデシアに向かってそう言った。

「未亡人と子供を人質にして、その座を奪うなど騎士のする事か?」

ロナードは、軽蔑の眼差しをアロイスに向け、冷やかな口調で彼をそう罵った。

「黙れ!」

アロイスはそう言うと、ロナードに銃口を向けるが、そんな事をされても、彼は、表情一つ変えず、アロイスを睨んで居る。

「生意気な目だ!」

アロイスはそう言うと、ロナードに向かって、銃の引き金を引こうとすると、

「お止めなさい! 貴方の用があるのは私たちでしょう? 関係の無い者に危害を加えないで頂戴(ちょうだい)!」

ローデシアは表情を険しくし、凛とした態度と口調で、アロイスにそう言った。

 ローデシアの言葉を聞いて、アロイスは無言で、ロナードとローデシアを見比べ、

「成程。 話は聞いてはいたが、コイツは、成長した貴方の息子ですか? 大公夫人。 そこで、メソメソと泣いている」

アロイスは、不敵な笑みを浮かべながら、ローデシアの脚にしがみ付き、嗚咽を上げながら、ずっと泣いてばかりの、幼い頃のロナードを見下ろしながら、そう言った。

 その言葉には、幼い頃のシリウスと幼い頃のロナードは驚き、揃ってロナードを見上げる。

「……だったら何だ?」

ロナードは、淡々とした口調でアロイスにそう言い返すと、彼は苦笑いを浮かべ、

「何がどうなって、そこの泣き虫な小僧がこうなるのか……実に不思議だ」

「……人は、追い詰められれば嫌でも変わる。 それだけの話だ」

ロナードは、淡々とした口調で、アロイスにそう言うと、

「今でも、十分に追い詰められて居ると思うが?」

彼は、ロナードに銃口を突き付けたまま、不敵な笑みを浮かべ、彼にそう言った。

「ユリアス!」

ロナード達の異変に気付き、シリウスがアイクを(ともな)い、駆け付けて来る。

「動くな! 武器を捨てろ!」

アロイスは、ロナードに銃口を突き付けながら、シリウス達に向かって叫ぶ。

 それを見て、シリウスとアイクは、思わずその足を止める。

「まさか、ここでも邪魔をして来るとはな。 アロイス……」

シリウスは、苦々しい表情を浮かべ、そう言いながらも武器を手から離す。

「レヴァール大公? いや……そこの小さいレオフィリウスか……」

シリウスを見て、アロイスは一瞬、戸惑いの表情を浮かべたが、冷静に判断し、そう呟いた。

「未来でも、お前は同じ様な事をして失敗している。 今回もきっと成功しない。 こんな馬鹿な事は止めて、飲んだくれの兄貴の下へ帰るんだな」

ロナードは、銃口を突き付けられていると言うのに、落ち着き払った様子で、アロイスにそう言った。

「貴様っ!」

アロイスはカッとなり、ロナードに向かって銃をぶっ放つが、完全にタイミングを読まれており、ロナードは素早く身を屈めると、思いっ切り馬の前足に回し蹴りを見舞う。

 ロナードに足払いを見舞われ、アロイスを乗せた馬はバランスを崩し、彼を乗せたまま横へと倒れる。

「うぐっ……」

馬に乗っていたアロイスは、地面の上に落ち、手にして居た銃を取り落とす。

 それを見て、シリウス達は素早く動く。

 落馬したアロイスは慌てて、自分が落した銃に手を伸ばそうとするが、それより先にロナードが銃を蹴飛ばし、何処(どこ)かへやってしまった。

「貴様!」

アロイスは素早く立ち上がり、そう叫ぶと、腰に下げていた剣を引き抜き、ロナードに向かって行くが、ロナードはヒラリと彼の攻撃を避け、思い切り彼の鳩尾にパンチを見舞うと、あっという間に彼から剣を奪い取った。

「ぐっ……き、汚いぞ!」

アロイスは前のめりになり、ロナードに拳を見舞われた鳩尾を片手で押さえ、二、三歩後ろによろめきながら、彼にそう言うと、

「戦いに、汚いもクソもあるか」

ロナードは、淡々とした口調でアロイスにそう言うと、奪い取った剣を彼の首元に突き付ける。

「くっ……」

アロイスは、悔しそうに表情を歪める。

「くそっ!」

ローデシアの側に居たラスター家の私兵が、そう言って彼女たち親子に向かって剣を大きく振り被る。

「母上!」

「かーちゃま!」

ローデシアの下に居た子供たちは、口々にそう言うと、彼女にしがみ付く。

 だが、次の瞬間……。

「ぐえっ……」

頭上から男の断末魔(だんまつま)が聞こえたので、子供たちは、恐る恐る顔を上げる。

「何の躊躇(ちゅうちょ)も無く、武器を持たぬ婦女子に剣を振るうとは、主君が腐っていれば、その兵も根性は同じと言う事か」

シリウスは、自分が倒した兵士を見下ろしながら、冷やかにそう言った。

「僕たちの側から離れないで」

一緒に駆け付けたセネトが、真剣な面持ちでローデシアにそう言うと、彼女は頷く。

「さて。 形勢逆転だが……まだ、やる気か?」

ロナードは、アロイスに剣を突き付けながら、冷やかな口調でそう言うと、彼が徐に背中に手を回す。

「危ない!」

コートの下に、銃を隠し持って居るのが見えた幼い頃のシリウスはとっさに、ロナードに向かって叫ぶ。

 次の瞬間、辺りに乾いた音が響く。

「ぎやーっ!」

アロイスが、苦痛に満ちた声を上げ、その場に蹲る。

 彼が、背中に隠し持っていた拳銃を手にしようとして居た方の腕を切り付けられ、切り口から、血を滴らせている。

「アンタが、卑怯者(ひきょうもの)だと言う事は、話を聞いて知ってますよ」

アロイスが、ロナードに向かって銃を至近距離から放とうとするより先に、アロイスから死角になる方から駆け付けたアイクが、彼の腕を剣で切り付けたのだ。

「……余計な事を」

ロナードが、冷やかな口調で、アイクにそう言うと、

「も~。 素直じゃないんですから……。 こう言う時は、素直に礼を言って下さいよ」

アイクは苦笑いを浮かべながら、ロナードにそう言い返すと、血糊の付いた剣を払う。

「それで、セネリオ達はどうした?」

ロナードは、淡々とした口調でアイクに訊ねる。

「オレとレオン様とで、ボコボコにしてやりましたよ」

アイクは、ニッと笑みを浮かべ、ちょっと自慢気にロナードにそう報告すると、

「それは良くやった」

ロナードは、ニッコリと笑みをぅへがながら、アイクにそう言うと、

「当然ですよ。 でも、もっと褒めてくれても良いですよ?」

彼は、ドヤ顔で嬉しそうにそう言うと、

「調子に乗るな」

シリウスが呆れた表情を浮かべ、そう言ってアイクの鼻を軽く抓った。

「くそ……。 今日の所は、この位で勘弁してやる」

アロイスは、アイクに斬られた腕を抑えつつ、悔しそうに、ロナード達にそう言って立ち上がる。

「それは、こっちの台詞でしょ」

アイクは肩を竦め、不敵な笑みを浮かべながら、アイクにそう言い返してから、

「何でしたら、今、始末しておきますか?」

ロナードにそう問い掛けると、彼は軽く肩を竦め、

「止めておけ。 これ以上、お前の剣がコイツの血を吸う必要はない」

ロナードは、淡々とした口調で、アイクに向かってそう言い返した。

「貴様っ……」

アロイスは表情を険しくし、そう呟くと、ロナードを睨む。

「お。 やりますか?」

アロイがそう言って、ロナードを庇う様にして、アロイスの前に立つとニッコリと笑みを浮かべる。

「おのれっ! 覚えて居ろ!」

アロイスは悔しそうにそう言うと、自分が乗って来た馬に飛び乗る。

「ふん。 三流の台詞だな」

シリウスは、ラスター家の私兵たちを連れ、撤退して行くアロイスを見ながら、そう言って、思い切り毒を吐く。

 遠ざかって行く、ラスター家の私兵たちを見て、ノヴァハルト家の私兵たちは、歓喜の声を上げる。

「……予定とは少し違ったが、まあ、(よし)とするか……」

ロナードはアイクと共に、シリウスの下へ歩み寄ると、そう言ってふうと息を付く。

「そうだな」

セネトも、苦笑い混じりに、ロナードにそう言った。

「有難う」

幼い頃のシリウスは、照れ臭そうにしながらも、ロナード達に向かってそう言った。

「この頃の兄上は、まだ素直な所があったのですね」

ロナードはそう言うと、幼い頃のシリウスの前に身を屈め、彼の頭を優しく撫でる。

「一言余計だ」

シリウスはムッとして、ロナードにそう言い返す。

「怖かったよぉ……」

幼い頃のロナードはそう言って、また、両眼から大粒の涙と、鼻から大量の鼻水を流しながら、母親のローデシアに抱き付く。

「さっきも、あれだけ泣いていたのに、良く涙が枯れませんね……。 本当に小さい頃の主なんですか?」

それを見て、アイクは苦笑いを浮かべながら、ロナードにそう言うと、彼は思わず笑いを浮かべる。

「まだ、母親に甘えたい盛りなのだろう」

セネトは苦笑いを浮かべながら、アイクにそう言った。

「ねぇお兄ちゃん。 どうしたら僕も、貴方の様になれる?」

幼い頃のシリウスは、それまでの彼等の戦いぶりを見て、シリウスに向かって、真剣な面持ちでそう問い掛けると、

「何事も真剣に、懸命に努力する事だな」

シリウスは、フッと口元を綻ばせ、優しい口調でそう言うと、幼い頃の自分の頭に軽く手を乗せる。

「あ、あれ……?」

不意にアイクが、戸惑いの声を上げる。

 見ると、彼の体が少しずつ透け始めている……。

 彼だけでは無い。

 セネトやシリウス、そして、ロナード自身も……。

「どうやら、貴方たちが居るべき場所へ時が来た様ね」

ローデシアは穏やかな口調で、ロナード達にそう言った。

「母上……」

ロナードは、複雑な表情を浮かべ、ローデシアを見る。

「元気でね。 ユリアス。 レオン」

ローデシアは、優しい笑みを浮かべ、優しく、ロナードとシリウスにそう言ってから、

「アイクさん。 セレンディーネさん。 息子たちの事、これからもお願いしますね」

アイクとセネトにそう言うと、

勿論(もちろん)です」

「任せて下さい!」

二人は揃って穏やかな笑みを浮かべ、そう答えた。

「母上!」

『もう時間が無い』そう思った瞬間、ロナードは母を強く抱き締めていた。

 そして、目からは涙がこぼれ落ちる。

「あらあら……。 大きくなっても甘えん坊ね」

ローデシアはそう言って、自分を抱き締めるロナードを優しく抱きしめ返す。

「ユリアス……」

シリウスがそう言うと、ロナードはハッとして、抱きしめていたローデシアから身を引く。

「母上。 貴女と会えて良かった」

シリウスは、穏やかな笑みを浮かべ、ローデシアにそう言うと、彼女を優しく抱きしめる。

「私もよ。 レオン」

ローデシアも、優しくシリウスにそう言うと、彼を抱きしめ返す。

「ユリアスは私が命に代えても守ります。 ですから、どうかご心配なさらず」

シリウスは真剣な面持ちで、ローデシアにそう言うと、

「レオン。 貴方は昔から責任感の強い子だから、人に頼ると言う事も覚えねばなりませんよ。 そして、ユリアスを労る気持ちと同じくらい、自分の事も労りなさい」

ローデシアは、穏やかな笑みを浮かべたまま、優しくシリウスにそう言ってから、彼の後ろに控えて居たロナードに、

「ユリアス。 貴方は、人の心に寄り添えるとても優しい子。 恥ずかしがらず、その優しさを貴方の周りの人にしっかりと伝えて行く事を心掛けなさい。 ただ『強い』と言うだけでは、人は付いて来ません」

諭す様に、優しくそう言った。

「はい……母上……。 肝に銘じます」

そう言い返したロナードは、自分でも泣いている事は分っているのだが、流れ落ちる涙を抑える事が出来そうにない。

 もう会えない……。

 そう思うと、胸が締め付けられて、どうしようも無く涙が溢れる。

 もう少しここに居たい。

もう、今はこの世の何処(どこ)にもいない母と、もっともっと話をしたい。

その思いとは裏腹に、少しずつ、周囲の景色がぼやけ始めて来た……。

「さようなら。 私の可愛い子供たち」

ローデシアはそう言うと、スッと自分を抱き締めていたシリウスから、自ら身を引く。

 やがて、自分たちの前にいる筈のローデシアの姿もぼやけて来て、周囲の声も、何も聞こえなくなってくる……。

 ただ、最後に母が、自分たちに向かって、叫んだ言葉が、彼の耳に残っていた……。

何時(いつ)までも、愛しています』

その言葉が、他のどんな言葉より、ロナードの心の中に染み渡り、自分の心が暖かく満たされていくのを彼は感じた……。


「……ねぇ。 僕の事忘れてない?」

一人、ノヴァハルト大公家の屋敷に留守をしていたルフトは、誰も帰って来ないので、思わずポツリとそう呟いた。


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