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DRAGON SEED 2  作者: みーやん
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向けられた悪意(上)

主な登場人物


ロナード…召喚術(しょうかんじゅつ)と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を()が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを()(ため)、エレンツ帝国を目指している。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な美青年。 十七歳。


セネト…エレンツ帝国の皇子(おうじ)。 とある事情(じじょう)から(のが)れる(ため)、シリウスたちと行動を共にしている。 補助(ほじょ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)とする魔術師。 フワリとした癖のある黒髪に琥珀色の大きな瞳が特徴的(とくちょうてき)可愛(かわい)らしい少年。


シリウス…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在(じざい)(あやつ)る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手(あいて)の魔術の使用を(ふう)じる、特殊(とくしゅ)な瞳を持っている。 長めの金髪に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫(びじょうぶ)。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒(あいぼう)鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人(りょうよくじん)。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)薬草学(やくそうがく)得意(とくい)としている。 白銀(はくぎん)の長髪と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔(えがお)を浮かべながらサラリと(どく)()く。


トスカナ…ロナード達が護衛をしているキャラバン隊の責任者。 人当たりが良く、面倒見の良い中年男性。


ティティス…セネトの腹違いの妹。 王宮内で弱い立場にあるセネトの事を見下している。


カメリア…トロイア王国を拠点に、宝石関連の事業を手広くしている大富豪。 トスカナの商売の相手。


セネリオ…ロナードが嘗て、イシュタル教会の孤児院に居た時に親しくしていた、魔術師の少年でアイリッシュ伯の弟子。 強い力を得る事に固執している。


カリン…イシュタル教会に所属している、魔獣使いの少女。 ロナードが持っている幻獣を欲しがっている。


ラン…イシュタル教会に所属している、槍術を得意とする猫人族の女性。 カリンの相棒。


アイリッシュ伯…ロナードの嘗ての魔術の師匠で、ロナードに隷属の魔術を掛けた張本人。 イシュタル教会の術師。 強い魔力を持ち、召喚術を使えるロナードに対し、異様なまでの執着心を持っている。


アルシェラ…ロナードの祖父であるオルゲン将軍が面倒を見ていた少女で、嘗てはロナードと同じ組織に所属していた。


オリヴィア…イシュタル教会に所属するシスター。 アルシェラの身の回りの世話をしている。


メフィスト教皇…イシュタル教会の最高指導者。 アルシェラの実の父らしい。

 ロナード達が、無事(ぶじ)にイルネップ王国へ(わた)り、トスカナのキャラバンの護衛(ごえい)をしていた(ころ)北半球(きたはんきゅう)のランティアナ大陸では……。

 イシュタル教会からの使者(ししゃ)のオリヴィアに連れられ、マイル王国にあるイシュタル教会の総本部(そうほんぶ)(おとず)れたアルシェラは、自分の父だと言う、教会の最高(さいこう)指導者(しどうしゃ)であるメフィスト教皇(きょうこう)に会う(ため)(ひか)えの間に居た。

 アルシェラは、従兄(いとこ)であるチェスターと(とも)に、カタリナ王女と敵対(てきたい)関係(かんけい)にある、ベオルフ宰相(さいしょう)(くみ)していた事が明るみになり、新たにオルゲン侯爵(こうしゃく)地位(ちい)()いた、チェスターの(はら)(ちが)いの弟で、カタリナ王女に(くみ)しているエルトシャンにより、屋敷(やしき)から追放(ついほう)され、行き場を無くしてしまった(ため)、実父である教皇(きょうこう)に身の安全と生活(せいかつ)保障(ほしょう)してもらおうと考えていた。

 彼女の頭の中で当初(とうしょ)(えが)いた計画から大きく外れ、ベオルフ宰相(さいしょう)とその一派(いっぱ)は、クーデターを失敗(しっぱい)し、次に、王女の従弟(いとこ)であるロナードを王位(おうい)()す事で、自分たちの正当性(せいとうせい)(しめ)し、カタリナ王女を失脚(しっきゃく)させようと目論(もくろ)んだが、それも失敗(しっぱい)してしまった。

 ルオン王家に謀反(むほん)(たくら)み、王女の従弟(いとこ)であるロナードを不当(ふとう)()()し、宰相(さいしょう)孫娘(まごむすめ)との婚約式(こんやくしき)強行(きょうこう)し、集まった多くの貴族(きぞく)らを(だま)し、国内を(いちじる)しく混乱(こんらん)させただけでなく、ロナードが逃亡(とうぼう)(はか)った(さい)攻撃(こうげき)を加え、生死(せいし)不明(ふめい)にしてしまった(つみ)などで、ベオルフ宰相(さいしょう)等は第一級(だいいっきゅう)重犯罪者(じゅうはんざいしゃ)として、ルオン王国(おうこく)全体(ぜんたい)指名手配(しめいてはい)される身となり、宰相(さいしょう)たちは()()く、家族を()れて国外(こくがい)逃亡(とうぼう)(はか)った。

 逃げ(おく)れた従弟(いとこ)のチェスターは、謀反(むほん)加担(かたん)した(つみ)()らえられ、翌日(よくじつ)には重犯(じゅうはん)罪人(ざいにん)として処刑(しょけい)が言い(わた)され、断頭(だんとう)(だい)(つゆ)と消えたのを()の当たりにし、身の危険(きけん)を感じた彼女は、オリヴィアを(たよ)って国外(こくがい)へと()げる事を余儀(よぎ)なくされた。

 途中(とちゅう)までは本当に、面白(おもしろ)い位に彼女が立てた計画通りに事が進んでいたと言うのに、セネトと言う少年が(あらわ)れた辺りから、少しずつその歯車(はぐるま)(くる)いだした。

 本来(ほんらい)なら、(すで)墓標(ぼひょう)の下の人になっている(はず)の、養父(ようふ)のオルゲン将軍(しょうぐん)が生きているだけでなく、計画の(かなめ)であったロナードが生死(せいし)不明(ふめい)となった事は、大きな痛手(いたで)であった。

 まさかロナードが、()正面(しょうめん)から()んで来たボウガンの矢を真面(まとも)(くら)い、(がけ)から海へ落ちるなど、彼女は想像(そうぞう)すらしていなかった。

 魔術師(まじゅつし)の彼ならば、片手(かたて)(かづ)せば一瞬(いっしゅん)で、自分を守る魔術(まじゅつ)(かべ)を作り出し、飛んで来た矢を(すべ)(はじ)くなど、朝飯前(あさめしまえ)である(はず)だ。

 なのに、あの時は()()か、彼はそうしなかった。

 そうする事が出来(でき)なかったのか、(わざ)としなかったのか、当人(とうにん)生死(せいし)不明(ふめい)である以上、確かめ様も無いが……。

((そろ)いに揃って、無能(むのう)連中(れんちゅう)ばかりで(いや)になるわ……)

アルシェラは、心の中でそう(つぶや)くと、深々(ふかぶか)溜息(ためいき)を付いた。


 (ひか)えの()は、(おそ)ろしく広く、(かべ)(ゆか)中央(ちゅうおう)に置かれた大きな円卓(えんたく)大理石(だいりせき)で作られており、その周囲(しゅうい)に置かれたソファーも、如何(いか)にも高そうな革製(かわせい)だ。

 アルシェラはここへ来る途中(とちゅう)、オリヴィアに買ってもらった薄紫色(うすむらさきいろ)のゆったりとした、(すそ)の長いドレスに身を(つつ)み、落ち着かない様子(ようす)でソファーに座ていた。

(もしも、教皇(きょうこう)がアタシを認知(にんち)しなかったら、どうしようかしら)

アルシェラは、ソファーに座ったまま、深刻(しんこく)な表情を浮かべながら、心の中でそう(つぶや)いた。

 そんな事を考えて居ると、不意(ふい)に部屋の入り口の扉が開いたので、アルシェラの緊張(きんちょう)は一気に頂点(ちょうてん)に達し、緊張(きんちょう)のあまり体に力が入り、硬直(こうちょく)する。

「アリシア様。 猊下(げいか)にお会いしてきました。 もう少し、お待ち下さいとの事です」

部屋に入って来た相手(あいて)がオリヴィアだと知ると、アルシェラは緊張(きんちょう)()け、ふーと息を付く。

 彼女が、物凄(ものすご)緊張(きんちょう)して居る様子(ようす)を見て、オリヴィアはクスクスと(わら)いながら、

「そんなに緊張(きんちょう)なさらなくても。 ご自分のお父様なのですから」

アルシェラにそう言うと、

「そうは言うけど、相手(あいて)は教会の最高(さいこう)指導者(しどうしゃ)よ? どんな人かも分からないのに、『緊張(きんちょう)するな』と言う方が無理(むり)な話よ」

アルシェラは、ゲンナリとした表情を浮かべ、オリヴィアに言い返す。

 オリヴィアが言うには、アルシェラは、メフィスト教皇(きょうこう)の娘で、オリヴィアと(とも)にクラレス公国(こうこく)視察(しさつ)(おとず)れた(さい)(うん)(わる)くルオン王国の騎士(きし)たちが、市民(しみん)たちの暴動(ぼうどう)鎮圧(ちんあつ)と言う名目(めいもく)で、クラレス公国(こうこく)首都(しゅと)マケドニアへ()し入り、そこに居合(いあ)わせた市民(しみん)(ざん)(さつ)している現場(げんば)(そう)(ぐう)してしまったらしい。

 ()れの大人たちは、地獄(じごく)絵図(えず)の様な(まち)様子(ようす)()の当たりにして、すっかり混乱(こんらん)してしまい、右往左往(うおうさおう)している間に、アルシェラは彼女らと(はぐ)れてしまった様なのだ。

 そうして一人、(まち)の中を()てもなく、(すす)けた格好(かっこう)()きじゃくりながら歩いていた彼女を、現場(げんば)居合(いあ)わせたオルゲン将軍(しょうぐん)が保護し、そのまま彼女は、子供(こども)が居なかったオルゲン家の養女(ようじょ)として(むか)えられ、今に(いた)る訳である。

 本来(ほんらい)ならば、侯爵家(こうしゃくけ)令嬢(れいじょう)として、それ相応(そうおう)相手(あいて)結婚(けっこん)し、(なに)不自由(ふじゆう)ない()らしが約束(やくそく)されていた(はず)であった。

 その(かがや)かしい未来が(くず)()る原因となったのは間違(まちが)いなく、ロナードの登場であった。

 アルシェラ自身、最初は見目(みめ)(うるわ)しいロナードに(こころ)(うば)われ、彼は、養父(ようふ)であるオルゲン将軍(しょうぐん)が用意した、自分の結婚(けっこん)相手(あいて)なのだと思い、彼に夢中(むちゅう)になっていった。

 けれど、それは自分の思い(ちが)いである事を、アルシェラは思い知らされる事となる。

 ロナードは、養父(ようふ)であるオルゲン将軍(しょうぐん)の実の孫で、自分に明るい未来を(もたら)存在(そんざい)などではなく、これまで、当たり前の様に彼女が享受(きょうじゅ)していたものを(おびや)かす存在(そんざい)だったのだ。

 しかも、ロナードは事もあろう事か、養女(ようじょ)の彼女ではなく、彼女の従兄(いとこ)であるエルトシャンを、次のオルゲン家の当主(とうしゅ)として()す様になっていった。

 (はた)から見れば、至極(しごく)()っ当な判断(はんだん)であったが、その事が、アルシェラを次第(しだい)に追い()め、(あやま)った方向へと向かわせていく事となる。

 (いま)(おも)えば、ロナードが現れた時点(じてん)で、(かしこ)く立ち()()っていれば、オルゲン家での自分の立場も、今よりもマシになっていたのかも知れない。

 だが、自分が体を乗っ取る以前(いぜん)の彼女は、自分の置かれている状況(じょうきょう)を正しく理解(りかい)出来(でき)ない、()(まま)で、(おろ)かな(むすめ)であった。

 体を乗っ取った後、オルゲン家の姫として生き残る(ため)、色々と(こころ)みたが、(すべ)てが(おそ)すぎた。

 まあ、それを今更(いまさら)()ったところで、(むな)しいだけなのだが……。

 (しばら)くして、メフィスト教皇(きょうこう)の時間の都合(つごう)がつき、アルシェラの下へ(おとず)れた。

「おお! 其方(そなた)がアリシアか!」

そう言って(ひか)えの()に入って来たのは、五十近い、白髪(しらが)()じりの茶色の長髪(ちょうはつ)を後ろに一つに(たば)ねた、緑色の双眸(そうぼう)聖職者(せいしょくしゃ)らしく、ダルマティカと呼ばれる余裕(よゆう)のある(そで)(ぐち)に、足元まで(すそ)のある、白地に金の糸で刺繍(ししゅう)(ほどこ)されたローブ()た服に、半円型(はんえんがた)の金の糸で刺繍(ししゅう)(ほどこ)された赤いマントに身を包み、肩から、エトワールと呼ばれる、(こま)やかな刺繍(ししゅう)(ほどこ)されたマフラー(ほど)の長さがある、長いハンカチの様な物を下げた、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)で、温和(おんわ)雰囲気(ふんいき)初老(しょろう)の男性で、アルシェラの姿(すがた)を見て、とても(うれ)しそうであった。

「は、は、初めまして」

アルシェラは緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちで、ソファーから立ち上がると、目の前に立つ、メフィスト教皇(きょうこう)に深々と頭を下げた。

「そう()し込まずとも良い。 楽にしなさい」

メフィスト教皇(きょうこう)は、(おだ)やかな笑みを浮かべながら、アルシェラにそう言うと、テーブルを(はさ)んで向かいのソファーに腰を下ろすので、彼女もそれに(なら)う。

「ふむ。 見れば見る(ほど)、死んだ(つま)に良く()ている。 クラレスの混乱(こんらん)(さい)に、行方(ゆくえ)()れずになってしまってからも、片時(かたとき)とて其方(そなた)の事を(わす)れた事は無かった。 もっと早くに、見付け出せていれば、不自由(ふじゆう)な想いは、させなかったのだが……。 気付けば、こんなに月日が()ってしまっていた……。 本当に()まない事をした」

メフィスト教皇(きょうこう)沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、アルシェラに言うと、彼女に深々(ふかぶか)と頭を下げた。

「そんな事言われても……別に、そんなに大変な事は無かったですし……」

アルシェラは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、メフィスト教皇(きょうこう)にそう返した。

「そうか……。 (うそ)でもそう言ってくれると、少しは(わし)(すく)われると言うものだ」

メフィスト教皇(きょうこう)はそう言うと、(おだ)やかな笑みを浮かべる。

 (しばら)くの沈黙(ちんもく)の後、メフィスト教皇(きょうこう)は、(あらた)めて(むすめ)のアルシェラを見て、

「ルオンに居たと聞くが……。 何処(どこ)で何をしていたのかね? これまで、とても世話(せわ)になった方が必ず一人や二人居ろう? (わし)は父親として、その者に(れい)をせねばならぬ。 教えてはくれぬか?」

メフィスト教皇(きょうこう)真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、彼女に問うと、

「アタシは、オルゲン将軍(しょうぐん)(ひろ)われて、娘として育てられました。 名前もアリシアでは無く、アルシェラと呼ばれていました」

彼女は素直(すなお)に答えた。

「そうか。 ならばオルゲン将軍(しょうぐん)にも(れい)を言わねばならぬ。 会う事は可能(かのう)であろうか?」

メフィスト教皇(きょうこう)(おだ)やかな口調(くちょう)で、アルシェラにそう問い掛けると、彼女は(にわ)かに表情を(くも)らせ、

(むずか)しいかも知れません……」

アルシェラは沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で答えた。

「アリシア様は少し前に、ベオルフ宰相(さいしょう)とカタリナ王女の権力(けんりょく)闘争(とうそう)()き込まれ、その戦闘中(せんとうちゅう)意図(いと)せず、オルゲン将軍(しょうぐん)のお(まご)(さま)を……。 普段(ふだん)は温厚な人柄(ひとがら)で知られているオルゲン将軍(しょうぐん)も、流石(さすが)に自分の孫を生死(せいし)不明(ふめい)にした相手(あいて)とは、会いたいとは思わないでしょう」

沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながらオリヴィアは(おもむろ)に、メフィスト教皇(きょうこう)簡潔(かんけつ)事情(じじょう)を説明した。

「その様な事が……」

メフィスト教皇(きょうこう)は、何とも言い(がた)い表情を浮かべながら(つぶや)く。

「ちょっと、彼が動くのを()めたかっただけで……。 でも、思ったよりも(はな)った矢に(いきお)いがあって……」

アルシェラは、今にも泣きそうな表情を浮かべながら、涙声(なみだごえ)でそう語った。

可愛(かわい)そうに」

メフィスト教皇(きょうこう)は、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら、そう言った。

「ベオルフ宰相(さいしょう)一派(いっぱ)(けん)でルオン国内は勿論(もちろん)、オルゲン家も大変(たいへん)混乱(こんらん)しておりました。 アリシア様自身の安全も()まえ、事が落ち着くまで、アリシア様はここに居られる事が最良(さいりょう)ではないかと思い、お連れした次第(しだい)でございます」

オリヴィアは、落ち着き払った口調(くちょう)で、メフィスト教皇(きょうこう)事情(じじょう)を説明する。

「……ルオンで、ベオルフ宰相(さいしょう)がクーデターを起こしたと言う話は、人伝(ひとづて)(わし)も聞いておる。 その様な情況下(じょうきょうか)のルオンでは何が起こるか分からぬ。 今後の事も()まえて、其方(そなた)はここに(とど)まるべきだと(わし)も思う。 其方(そなた)の身の安全と生活(せいかつ)の一切は、この(わし)()(しょう)しよう」

メフィスト教皇(きょうこう)は、落ち着き払った口調(くちょう)で、アルシェラに自分の考えを述べる。

「マイルはルオンの干渉(かんしょう)を受けぬ異国(いこく)の地。 心細(こころぼそ)いかも知れませんが、アリシア様は、私達(わたくしたち)が全力でお守り(いた)します」

オリヴィアは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、アルシェラに言うと、

有難(ありがと)御座(ござ)います」

アルシェラは、ホッとした表情を浮かべると、メフィスト教皇(きょうこう)深々(ふかぶか)と頭を下げながら、(れい)()べた。


 一方(いっぽう)、トスカナたちのキャラバンの護衛(ごえい)をしながら移動(いどう)を続けているロナード達は、天候(てんこう)にも(めぐ)まれ、当初(とうしょ)予定(よてい)よりも早く、南半球(みなみはんきゅう)中央(ちゅうおう)に位置する、トロイア王国へと向う船に乗っていた。

「こんな所でなに黄昏(たそがれ)ているんだ? ロナード」

セネトは、キャラバンの仲間たちから少し(はな)れた、船尾(せんび)(ちか)くでボンヤリと遠ざかるイルネップの大陸を(なが)めていたロナードにそう声を掛けた。

 日もすっかり()れて、町の明かりが(ほの)かに海岸(かいがん)(せん)(えが)いていて、月も星も出ていない、真っ暗で、静かな夜であった。

「そう心配しなくても、帝国(ていこく)にさえ着けば、(のろ)いを()く方法など(いく)らでもある」

セネトは、ロナードの(となり)に来ると、彼を見上げながら、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、彼は、物凄(ものすご)(おどろ)いた顔をして見ている。

「『何で、(おれ)の心の中が分かったんだ?』って顔だな? お前、自分で思って居るよりもずっと、思っている事が、顔に出るぞ」

ロナードの反応(はんのう)を見て、セネトは可笑(おか)しそうにクスッと笑うと、戸惑(とまど)っている彼に言う。

「……」

ロナードは()ずかしそうに、顔を赤らめる。

大丈夫(だいじょうぶ)だ。 (ぼく)たちが居るだろ?」

セネトは、そっと船の(へり)の上に置いていたロナードの手の上に、自分の手を()えると、(やさ)しい口調(くちょう)で言い、ニッコリと笑みを浮かべた。

「セネト……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言うので、

「うん?」

セネトは、ニッコリと笑みを浮かべたまま問い返す。

「あれ……なんだ?」

ロナードは戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、(おもむろ)に真っ暗な海の方を指差(ゆびさ)した。

「へ?」

ロナードの思いがけぬ言葉に、セネトは思わず間抜(まぬ)けな声を上げてから、彼が指差(ゆびさ)す方へと目を向ける。

 良く目を()らして見ないと分からないが、何か大きな物が海面(かいめん)をゆらゆらと()れながら、徐々(じょじょ)にこちらへ近付いて来ている。

「船?」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(つぶや)く。

様子(ようす)が変だ。 セネトは(いそ)いで中に入れ」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでセネトに言うと、彼は戸惑(とまど)いながらも(うなず)き返した。

 その時、ロナード達の背後(はいご)、船の前方からドーンと船が何かに(はげ)しく衝突(しょうとつ)する音と(とも)に、船体が大きく()れ、ロナードはよろめきながらも、セネトの片腕(かたうで)(つか)み、海へ()げ出されぬ様に船の(ふち)(つか)んだ。

「なっ……何が……?」

セネトが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(つぶや)いて居ると……。

『大変だ!』

海賊(かいぞく)だ!』

何処(どこ)からか、甲板(かんぱん)に出ていた人々たちの間から、そう(さけ)ぶ声が聞こえた。

海賊(かいぞく)?」

セネトは(おどろ)きのあまり、思わず声を上げてから、ハッとした表情を浮かべ、自分たちの前方から明りも付けずに(せま)って来ていた、(なぞ)の船の方へと目を向ける。

「明りを消し、夜陰(やいん)(まぎ)れて近付いて来ていたのか!」

ロナードは、自分たちの前方から(せま)って来る、明りを消した船を見ながら、(けわ)しい表情を浮かべて、(つぶや)いた。

「と言う事は、こちらの船も海賊(かいぞく)……」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ言うと、ロナードは(うなず)き返し、

「その可能性(かのうせい)が高い」

そう言って居る矢先(やさき)、その問題の船から無数(むすう)弓矢(ゆみや)が飛んで来た。

「身を低くしろ!」

ロナードはそう言いながら、船の(へり)()り付く様にして身を低くしながら、セネトを自分の胸元(むなもと)へと引き()せた。

 弓矢(ゆみや)による攻撃(こうげき)()むまでの間、ロナードに()()せられ、彼の胸元(むなもと)に顔を押し付けられていたセネトは、ロナードの心音(しんおん)呼吸(こきゅう)()(そば)で聞こえて来て、身に付けている衣服(いふく)の上から伝わる、彼の(はだ)(ぬく)もりに、自分でも知らぬ間に鼓動(こどう)が早くなるのを感じていた。

「こちらの海賊(かいぞく)が乗り込んで来るのも、時間の問題だな……。 どうにかして、こちらへ乗り込んで来るのを阻止(そし)しないと……」

ロナードは、顔を真っ赤にしているセネトを()きしめたまま、表情を(けわ)しくし、そう(つぶや)く。

(こんな近くで、無駄(むだ)に良い声で言うな)

ロナードの声が、自分の頭の上のすぐ近くで聞こえて来るので、セネトは気が気では無かった。

(シルフで(せま)って来ている海賊(かいぞく)たちを(ねむ)らせるか? いや、海賊(かいぞく)たちが(みな)(ねむ)ってしまうと、奴等(やつら)が乗って居る船が、この船に衝突(しょうとつ)してしまう……)

ロナードは、苦々(にがにが)しい表情を浮かべつつ、心の中であれこれ思慮(しりょ)する。

 彼に()きしめられたままのセネトは、顔を赤らめたまま、ぽーと(ほう)けた顔で、真剣(しんけん)な顔をして、考え込んで居るロナードに思わず見惚(みと)れていた。

 その時、ロナードはハッとした表情を浮かべ、セネトを()きしめたまま、素早(すばや)く横へ(ころ)がる様に飛んだ。

 先程(さきほど)まで彼等(かれら)が居た場所(ばしょ)目掛(めが)けて、ミサイルの様に何かが物凄(ものすご)(いきお)いで落下(らっか)してきた。

 そして、物凄(ものすご)い音を立てて、甲板(かんぱん)衝突(しょうとつ)すると、甲板(かんぱん)()()められていた板が木片(もくへん)と化し、四方に(いきお)い良く飛び()った。

「くっ……」

ロナードは咄嗟(とっさ)にセネトを(かば)うに、其方(そちら)へ背を向け、彼等(かれら)目掛(めが)けて、容赦(ようしゃ)なく飛んで来る木片(もくへん)から彼を守る。

相変(あいか)わらず、ええ(かん)しとるやないか」

(へき)のある口調(くちょう)で、ロナード達が先程(さきほど)まで立っていた場所に、頭上から()っ込んで来た人物はそう言いながら、甲板(かんぱん)に深々と()()さった(やり)を引き抜き、不敵(ふてき)な笑みを浮かべる。

 明るい茶色の髪に、深い緑色の双眸(そうぼう)は猫の目の様で、両耳は(ねこ)の様な耳、(はだ)の色は褐色(かっしょく)、両腕には刺青(いれずみ)の様な模様(もよう)があり、猫の様な長い尻尾(しっぽ)が生えた、筋肉質(きんにくしつ)で背の高い、(やり)を手にした二十代半ばくらいの女性……。

「お前は……クラレスの時の……」

彼女を見て、ロナードは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

「久しぶりやなぁ。 何や、死んだ聞いとったんやけど、えらい元気やん」

その女性は、不敵(ふてき)な笑みを浮かべたまま、戸惑(とまど)っているロナードに言う。

「カリンが言った通りでしょ? ラン。 ユリアスちゃんがそんな簡単(かんたん)に死ぬが訳ないって」

肩まであるクリーム色の()き毛、大きな琥珀(こはく)(いろ)双眸(そうぼう)胸元(むなもと)に大きなリボンの付いた、(たけ)膝上(ひざうえ)までのフリルに白のレース付きの、可愛(かわい)らしいピンクのワンピースに身を(つつ)み、頭にも、服とお(そろ)いのリボンを付けた、手にはピンクの短いステッキ型の(むち)を持った、一五歳くらいの、小柄(こがら)可愛(かわい)らしい女の子が、(ふね)同士(どうし)の間に掛けられた梯子(はしご)をゆっくりと(わた)り、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、そう言いながらロナード達の下へとやって来た。

 彼女を見て、ロナードは(さら)に表情を(けわ)しくする。

「こんな海の上で何してるの? ユリアス。 少しは(さが)す方の身にもなってよ」

そう言いながら、肩まであるクリーム色の()き毛の少女の後に続いて、フード付きの黒いローブに身を(つつ)んだ、真冬(まふゆ)の空を連想(れんそう)させる灰色の(かみ)褐色(かっしょく)(はだ)、年の(ころ)は十代前半だろうか、あまり背は高くなく中肉(ちゅうにく)、血の様に真っ赤な(ひとみ)を持つ少年が(あらわ)れた。

「セネリオ……」

その少年を見て、ロナードは苦々(にがにが)しい表情を浮かべる。

相変(あいか)わらず、逃げるのだけは上手(うま)いよね。 君」

ロナードから『セネリオ』と呼ばれた、灰色の(かみ)に赤い(ひとみ)の少年は、苦笑(にがわら)いを浮かべながらロナードに言う。

断崖(だんがい)絶壁(ぜっぺき)から落ちたって聞いたんやけど、ホンマ、悪運(あくうん)だけは人一倍(ひといちばい)やな?」

『ラン』と呼ばれた、猫人族(マオぞく)の女性は苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードに言う。

「お前たち、ロナードの居場所(いばしょ)をどうやって……」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

「君たち、先生を()()ぎだよ。 先生がその気になれば、ユリアスの居場所(いばしょ)なんて()ぐに分かるんだから」

セネリオは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら答えると、それを聞いてロナードは背筋(せすじ)(こお)り付く様な感覚(かんかく)見舞(みま)われ、その表情を引きつらせる。

「ストーカー(ども)め!」

セネトは、嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべながら呟く。

「ウチ()まで、あの陰険(いんけん)眼鏡(めがね)一緒(いっしょ)にせんで()しいわ」

ランは、物凄(ものすご)(いや)そうな表情を浮かべながら言い返す。

「ランの言う通りよ。 カリン達は嫌々(いやいや)ここへ来たんだから」

カリンも、物凄(ものすご)(いや)そうな顔をして言う。

無駄(むだ)な努力は()めて、大人しく(ぼく)たちと帰ろう? ユリアス」

セネリオは、ニッコリと笑みを浮かべながら、表情を強張(こわば)らせているロナードに言うと、彼に向かって片手(かたて)を差し出した。

「ユリアス!」

「ロナード!」

シリウスとハニエルが、(ただ)ならぬ雰囲気(ふんいき)(さつ)し、乗り込んで来た海賊(かいぞく)たちを蹴散(けち)らしながら、ロナードの下へと()け寄って来た。

「兄……上……」

ロナードは顔面(がんめん)蒼白(そうはく)で、恐怖(きょうふ)(しん)から(かす)かに(ふる)えながら、()け寄って来たシリウスに、助けを(もと)める様に振り返った。

大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」

ロナードが真っ青な顔をして、(ふる)えている事に気付くと、ハニエルは(あわ)ててロナードの(そば)に来て、恐怖(きょうふ)に満ちた表情を浮かべている彼の肩に(やさ)しく()れ、そう声を掛ける。

「ロナード……」

ロナードの(かたわ)らに居るセネトも、心配そうな表情を浮かべ、(かす)かに(ふる)えている彼の手をそっと両手で(つつ)み込む。

「お前は……変態(へんたい)クソ眼鏡(めがね)弟子(でし)……」

セネリオを見るなり、シリウスは嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべながら(つぶや)く。

「プッ……変態(へんたい)クソ眼鏡(めがね)やて」

シリウスの言葉を聞いて、ランは思わず可笑(おか)しくて()き出してから、

「良かったなぁ? セネリオ。 アンタの師匠(ししょう)に新しい()び方が()えて」

ケタケタと笑いながら、セネリオに言うと、彼はジロリとランを無言(むごん)(にら)み付ける。

「セネト。 ユリアスを()れて部屋に(もど)れ」

シリウスは、ロナード達を背で(かば)う様にして、セネリオたちと対峙(たいじ)しながら、自分が背負(せお)っている大剣の()片手(かたて)を掛け、背後(はいご)に居るセネトに向かって言う。

「ロナード」

セネトは、ロナードを気遣(きづか)う様に彼の(こし)の辺りに手を回し、そう声を掛けると、自分と一緒(いっしょ)にその場から(はな)れる様に(うなが)した。

「逃がさないよ」

セネリオが(つめ)たくそう言い(はな)つと、彼の足元に、(はく)銀色(ぎんいろ)魔法陣(まほうじん)が浮かび上がり、そこから(いきお)い良く冷気(れいき)(はな)たれる。

 やがて、全身が氷の様に白い、氷で出来(でき)たドレスに身を包んだ、髪の長い、氷の(つえ)を手にした美しい女が姿(すがた)(あらわ)した。

“久しいな。 小僧(こぞう)。 あの時は良くも(わらわ)を……”

現れたそれは、ロナードを見るなり、忌々し気な声で頭の中に直接(ちょくせつ)言って来た。

「シヴァ……」

セネトは、セネリオが呼び出した物を見て、苦々(にがにが)しい表情を浮かべながら(つぶや)くと、素早(すばや)くロナードを背で(かば)う様にして立つ。

「気を付けて下さい。 殿下(でんか)。 シリウス。 あれは、氷の力を自在(じざい)(あやつ)(げん)(じゅう)です」

ハニエルは、自分たちの目の前に立ち(ふさ)がるシヴァを見ながら、表情を(けわ)しくして、二人に警告(けいこく)する。

(げん)(じゅう)だろうと、何だろうと、(わたし)たちに向かって来ると言うのなら、(たた)き切るだけだ」

シリウスは、淡々(たんたん)とし口調(くちょう)で言うと、背中に下げていた大剣を引き抜いた。

「氷の(げん)(じゅう)なんて、(ぼく)とロナードの炎の魔術(まじゅつ)一瞬(いっしゅん)だろ。 相手(あいて)が悪すぎたな」

セネトは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、シヴァを挑発(ちょうはつ)する。

(なま)意気(いき)な!”

シヴァは、(いか)りに満ちた表情を浮かべてそう言うと、片方(かたほう)(てのひら)をセネトに向け、掌から無数(むすう)の氷の刃を()り出したが、一瞬(いっしゅん)のうちに、ロナードとセネトを守る様に(ほのお)の柱が()い上がり、二人に目掛(めが)けて飛んで来た、無数(むすう)の氷の(やいば)をあっという間に蒸発(じょうはつ)させてしまった。

“何だと?”

それを見て、シヴァは思わずたじろいだ。

「だから、『一瞬(いっしゅん)だ』と言っただろう?」

セネトは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、戸惑(とまど)っているシヴァに言う。

「しっかりしろ」

セネリオたちが、自分を追って来た事に動揺(どうよう)(かく)せないロナードに対し、シリウスはそう言うと、少し強めに彼の背中を片手(かたて)で叩く。

「兄上……」

ロナードは、ハッとした表情を浮かべ、シリウスを見る。

「さっさと片付(かたづ)けるぞ」

シリウスは、相手(あいて)の動きに注意をしながら、ロナードにそう言うと、彼は(うなず)き返した。

腕力(わんりょく)付与(エンチャント)

セネトは落ち着いた口調(くちょう)(つぶや)くと、シリウスの体が一瞬(いっしゅん)紅蓮(ぐれん)(ほのお)(つつ)まれる。

「さっきもやけど、詠唱(えいしょう)なしで(じゅつ)を使えるとか、コイツ色々と面倒(めんどう)やで」

一瞬(いっしゅん)で、付与(ふよ)魔術(まじゅつ)発動(はつどう)させたセネトを見て、ランはセネトを見ながら、(いや)そうな顔をして(つぶや)く。

「おや。 其方(そちら)詠唱(えいしょう)しないと、術を使えない人たちばかりなのですか?」

ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべ、そう言いながら、シリウスに魔術(まじゅつ)に対する防御力(ぼうぎょりょく)を上げる土の魔術(まじゅつ)付与(ふよ)する。

「何や! アンタ()! そんなん(ずる)いやろ!」

それを見て、ランは(あせ)りの表情を浮かべながら言う。

 ロナードも中級(ちゅうきゅう)クラスまでの風の魔術(まじゅつ)ならば、詠唱(えいしょう)()しで次々と繰り出せるレベルである事は、(すで)に前の戦闘(せんとう)でランは知っていた。

(向こうの術師(じゅつし)のレベルが、こっちとは段違(だんちが)いや。 これはヤバイで)

ランは、自分の()れであるカリンとセネリオをチラリ見ながら、心の中で(つぶや)くと、(あせ)りに満ちた表情を浮かべる。

帝国(ていこく)では、初歩的(しょほてき)魔術(まじゅつ)詠唱(えいしょう)する(やつ)など、子供(こども)でもいないぞ」

セネトは肩を(すく)めながら、(あせ)っている様子(ようす)のラン達に言う。

術師(じゅつし)の力の()歴然(れきぜん)ですね」

ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべ、ワナワナと身を(ふる)わせているセネリオとカリンに向かって言う。

退場(たいじょう)の時間だ」

セネトが不敵(ふてき)な笑みを浮かべながらそう言うと、彼の足元から紅蓮(ぐれん)(ほのお)()い上がり、無数(むすう)の炎の(たま)となって、セネリオたちに(おそ)い掛かる。

「じょ、冗談(じょうだん)やないで!」

自分たちに向かって来る(ほのお)(たま)を避けながら、ランは(あせ)りの表情を浮かべながら(さけ)ぶ。

「ちょっと! カリンのお洋服が、()えちゃったじゃない!」

(あわ)てて魔術(まじゅつ)詠唱(えいしょう)して、自分の前に水の(かべ)を作り出したカリンは、少し焼き()げている、自分の服の(すそ)を見て、思わずセネトに向かって怒鳴(どな)る。

「ほら。 (いそ)いで()さないと、船が()えてしまいますよ?」

ハニエルが、(あわ)てふためいているラン達に向かって、ニッコリと笑みを浮かべながら言う。

 ラン達が()けた(ほのお)(たま)は、そのまま彼女たちの背後(はいご)にあった、彼女たちが乗って来た船に被弾(ひだん)し、()え広がりつつあった。

(コイツ、最初からウチ()やなくて船を(ねら)って!)

自分たちの背後(はいご)で、甲板(かんぱん)()え広がっている炎を見て、ランは忌々(いまいま)し気な表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた。

「マジで、何してくれてんのよ!」

マストなどに、セネトが()り出した(ほのお)(たま)直撃(ちょくげき)して、()えているのを見て、カリンが(あせ)りの表情を浮かべながら(さけ)ぶと、(おお)(あわ)てでその(ほのお)を消そうと、水の魔術を詠唱(えいしょう)し始めた。

「ちょっ……。 アンタ、ボサッとしてないで何とかしいや!」

ランも、(あせ)りの表情を浮かべながら、セネリオに言っていると、彼女たちの目の前を、大きな緑色の風の(やいば)()って行き、そのままスパッと、彼女たちが乗って来た船の中央(ちゅうおう)にあった、一番大きなマストの(はしら)を上下に真っ二つにした。

「は?」

真っ二つになったマストの(はしら)が、彼女たちが乗って来た船の甲板(かんぱん)の上に落ちるのを見て、ランはあまりの事に目を点にして、茫然(ぼうぜん)とした様子(ようす)(つぶや)いてから、

「アンタ、何て事してくれてるんや! これじゃ、船が進まへんやん!」

自分たちが乗って来た船のマストを()った、ロナードに向って怒鳴(どな)り付けた。

「分かっていて、やったに決まっているだろう」

(あせ)っているランに向かって、シリウスが冷ややかな口調(くちょう)で言い返す。

(いそ)いで、小舟(こぶね)に乗って逃げた方が良いと思いますよ? これからその船、(しず)みますから」

ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべながら、ランたちにそう言ってから、無数(むすう)の岩の礫を繰り出す。

「えっ……ちょ……()ちぃや……。 アンタまさか……」

それを見て、(いや)予感(よかん)を覚えたランは、顔を引きつらせながらハニエルに言う。

「その『まさか』ですよ♪」

ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべながら言うと、情け容赦(ようしゃ)なく、自分が魔術(まじゅつ)で繰り出した無数(むすう)の岩の(つぶて)を、ラン達が乗って来た船に向かってぶつけた。

「ぎゃ~っ!」

ハニエルが繰り出した、岩の(つぶて)が雨の様に、自分たちが乗って来た船に、音を立ててぶつかるのを見て、ランは両手で頭を(かか)えながら、思わず悲鳴(ひめい)を上げる。

 彼女たちが乗って来た船は、船底(せんてい)(ちか)くに見事(みごと)な大きな(あな)が開いてしまい、船に打ち付ける(なみ)が次々と、その大穴(おおあな)に入り込んでいくのが見えた。

(コイツら悪魔(あくま)や)

ハニエルたちの無慈悲(むじひ)攻撃(こうげき)を目の当たりにして、ランは心の中で思わずそう(つぶや)いた。

 茫然(ぼうぜん)としているラン達の目の前で、セネリオが召喚(しょうかん)したシヴァが、無残(むざん)に炎を(まと)ったシリウスの大剣で胴体(どうたい)を真っ二つにされ、そのまま下半身(かはんしん)を彼に蹴飛(けと)ばされ、()(すべ)べなく、海の中に音を立てて落ちたのを目の当たりにして、ランは表情を強張(こわば)らせ、思わず、シリウスを見上げる。

「こんなものか」

シリウスは、下半身(かはんしん)(うしな)い、そのまま甲板(かんぱん)の上に落ちて、(くだ)()ったシヴァの無残(むざん)姿(すがた)を見下ろしつつ、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)(つぶや)く。

(なんなんや! コイツ()!)

それを見て、ランはみるみる顔から血の気が引き、心の中で悲鳴(ひめい)を上げる。

(どうなってるのよ! 闇討(やみう)ちして、カリンたちがユリアスちゃんを(つか)まえるんじゃなかったの? なのに、何でカリンたちが乗って来た船が(しず)み掛けてるのよ!)

自分たちの目論(もくろ)みから大きく外れ、相手(あいて)を追い込むどころか、(ぎゃく)に自分たちが追い込まれている状況(じょうきょう)に、カリンは動揺(どうよう)の色を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

大体(だいたい)、何でカリンのペットちゃん達が、呼べないのよ!」

カリンは、自分が持っていたピンク色のステッキを甲板(かんぱん)に思い切り(たた)きつけながら、苛立(いらだ)った様子(ようす)(さけ)ぶ。

「グダグダ言ってないで、さっさと(さめ)(えさ)になれ」

すっかり動転(どうてん)しているカリンに、大剣の刃先(はさき)()き付けながら、シリウスが冷ややかな口調(くちょう)で言う。

「カリン!」

それを見て、ランが(やり)(にぎ)りしめ、カリンを助けようと動いた瞬間(しゅんかん)、剣を手にしたロナードが彼女の側面(そくめん)から切り掛かる。

邪魔(じゃま)すんな!」

ランは咄嗟(とっさ)に、持っていた槍の柄で、自分に向かって()り下ろされた剣を受け止めながら、ロナードに向って怒鳴(どな)る。

邪魔(じゃま)をしているのは、お前たちの方だ!」

ロナードはそう言いながら、素早(すばや)手首(てくび)を返し、別の角度(かくど)からランに向かって剣を()るう。

面倒(めんどう)……やな!」

ランは、次々と()り出されるロナードの(けん)()を、持っていた(やり)で受け流しつつ、苛立(いらだ)った口調(くちょう)(つぶや)く。

「そうですね」

ハニエルがニッコリと笑みを浮かべながらそう言うと、ランの背後(はいご)から思い切り、持っていたゴツゴツとした(かた)そうな(つえ)で、彼女の頭をド()いた。

 ハニエルから思い切り頭をド()かれたランは、そのままドタッと音を立てて、甲板(かんぱん)の上に倒れた。

「……」

ハニエルの、ランへの思いがけない攻撃(こうげき)()の当たりにして、ロナードは物凄(ものすご)(おどろ)いた様子(ようす)で、ハニエルを見る。

「使える物は、何でも使わないとですね」

ハニエルは、ランの頭をド()いた自分の(つえ)を手で(さす)りながら、ニッコリと笑みを浮かべ、戸惑(とまど)い立ち()くしているロナードに言う。

「ラン! 何やってんのよ!」

ハニエルに後ろからド()かれ、甲板(かんぱん)の上に倒れてしまったランに向かって、カリンは思わず(さけ)ぶ。

「ったぁ……。 後ろから卑怯(ひきょう)やで……」

ランは、ハニエルからド()かれた辺りを、片手(かたて)(さす)りながら、そう(つぶや)きつつ、ゆっくりと身を起こす。

「良かったら、もう一撃(いちげき)、お見舞(みま)いしましょうか?」

ハニエルは、ギュッと自分が手にしている(つえ)(つえ)りしめながら、ニッコリと笑みを浮かべて、ランに言う。

冗談(じょうだん)やない。 そんなゴッツイ長いのを()り回したらアカンって、オカンから言われんかったんか?」

ランは、片手(かたて)で頭を(さす)り、ハニエルを(にら)み上げながら、そう怒鳴(どな)り返した。

「何百年も(むかし)の話なので、その様な事を言われたかどうかなど、(おぼ)えていませんね」

ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべたまま、ランに言う。

「そもそも、(つえ)は人をド()く道具とちゃうやろ!」

ランはムッとした表情を浮かべ、ハニエルが持っている杖を指差(ゆびさ)しながら、口を(とが)らせ、そう抗議(こうぎ)する。

「時と場合(ばあい)によりますね」

ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべたまま、実に清々しい口調(くちょう)で言う。

「アンタもそんな物騒(ぶっそう)なモン、()き付けんでも降参(こうさん)するて。 そんなけったいな顔しとると、折角(せっかく)男前(おとこまえ)台無(だいな)しやで?」

表情を(けわ)しくし、自分に向かって剣を()き付けているロナードを見上げながら、ランは苦笑(にがわら)()じりに言うと、(やり)から手を放し、高々と両手を上げ、降参(こうさん)する意思(いし)(しめ)した。

「残りは、お前だけだ!」

セネトは、自分と対峙(たいじ)しているセネリオに向かって、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言うと、彼は、苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、

二人(ふたり)(そろ)って使えないね」

そう(つぶや)いた。

降参(こうさん)しろ。 セネリオ」

ロナードは、セネリオの(そば)に歩み寄りながら、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言う。

「君が、(ぼく)たちと一緒(いっしょ)に来てくれたら、僕が降参(こうさん)する必要(かなめ)なんてないでしょ?」

セネリオは、肩を(すく)めながらロナードに言い返す。

「有り得ない話だ」

ロナードは、冷ややかな口調(くちょう)でセネリオに言う。

「本当にそう?」

セネリオは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべて言うと、何やら(ふところ)から、(てのひら)(ほど)の大きさの水晶(すいしょう)(だま)を取り出した。

“やあ。 ユリアス”

その水晶(すいしょう)(だま)から、若い男の声が(ひび)いた途端(とたん)、ロナードの顔からみるみる血の気が引き、(こお)り付いた。

変態(へんたい)クソ眼鏡(めがね)!」

水晶(すいしょう)(だま)から(ひび)いてきた男の声を聞いて、シリウスは表情を(けわ)しくし、(そば)に居たカリンを()き飛ばし、大急ぎでロナードの下へと()け出した。

“帰っておいで。 邪魔(じゃま)奴等(やつら)を消してさぁ”

水晶(すいしょう)(だま)からそう男の声が(ひび)くと、ロナードはガクンと力が()けた様に、甲板(かんぱん)の上に両膝(りょうひざ)から(くず)れ落ちる。

「ユリアス!」

それを見て、シリウスが(あせ)りの表情を浮かべながら、声を上げ、ロナードの下に()け寄ろうとする。

駄目(だめ)だッ!」

ロナードは、両膝(りょうひざ)甲板(かんぱん)の上に付け、片手(かたて)()いて体を(ささ)える様に、もう片方(かたほう)の手を(ひたい)()え、苦しそうに呼吸(こきゅう)()り返しながらも、自分に()け寄ろうとするシリウスに向かって叫ぶ。

「ユリアス?」

ロナードの言葉に、シリウスはたじろぎ、その足を止めて(つぶや)く。

「来ては……駄目(だめ)だ……」

ロナードは、苦しそうに呼吸(こきゅう)()り返し、両目からポロポロと(なみだ)を流しながら、必死(ひっし)にシリウスに(うった)える。

“ほらユリアス。 早く”

水晶(すいしょう)(だま)から、(ひど)く甘い男の声が(ひび)く。

「いや……だ」

ロナードは、咄嗟(とっさ)に両手で自分の両耳を(ふさ)ぎ、両目から(なみだ)を流し、苦しそうに呼吸(こきゅう)()り返しながら、そう(つぶや)く。

“やるんだ”

水晶(すいしょう)(だま)から、淡々(たんたん)とした男の声が(ひび)く。

「いや……」

ロナードは、両手で両耳を(ふさ)いだまま、フルフルと頭を()りながら、必死(ひっし)(てい)(こう)する。

「セネト! (やつ)が持っている水晶(すいしょう)(だま)(くだ)け!」

シリウスは咄嗟(とっさ)に、セネリオが持っている水晶(すいしょう)(だま)指差(ゆびさ)しながら、彼の近くに居たセネトに向かって(さけ)ぶ。

 シリウスの叫び声を聞いて、セネトはハッとした表情を浮かべ、自分と対峙(たいじ)しているセネリオに向かって、無数(むすう)の風の(やいば)()り出した。

「おっと……(あぶ)ないな」

セネリオはそう言いながら、セネトが()り出した、無数(むすう)の風の(やいば)()ける。

 そこへ、別の角度(かくど)からハニエルが()り出した岩の(つぶて)が、セネリオの手元に向かって飛んで来た。

「見え見えだよ」

セネリオが不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、自分と自分が手にしている水晶(すいしょう)(だま)を守ろうと、魔術(まじゅつ)で土の(かべ)をするが、どう言う訳か術が発動(はつどう)しない。

(そうだった!)

セネリオはハッとした表情を浮かべ、思わずシリウスの方へと目を向けると、彼の両目が赤く光っているのが見えた。

「クソがぁぁぁっ!」

ハニエルが()り出した、岩の(つぶて)を横から真面(まとも)に食らいながら、セネリオは忌々し気に(さけ)ぶ。

 そして、彼が手にしていた水晶(すいしょう)(だま)がゴトリと音を立てて、甲板(かんぱん)の上に(ころ)がり落ちると、ハニエルが繰り出した(つぶて)が当たっていたのか、ヒシッと音を立てて真っ二つに()れた。

「ユリアス!」

それと同時(どうじ)にロナードがフッ意識(いしき)(うしな)い、糸が切れた(あやつ)り人形の様に、力が()けて頭から甲板(かんぱん)の上に倒れ込みそうになっているのを見て、シリウスが(さけ)びながら大急(おおいそ)ぎで彼の下に()け出した。

(あぶ)ない!」

それを見て、ハニエルが思わず声を上げる。

 間一髪(かんいっぱつ)のところで、シリウスが伸ばした両腕が、頭から倒れ込みそうになったロナードを受け止めたのを見て、ハニエルとセネトは、ホッと胸を()で下ろしたのも(つか)の間、真っ二つに割れ、甲板(かんぱん)の上に(ころ)がっていた水晶(すいしょう)(だま)から、どす黒い(けむり)の様な物が()き出してきた。

 シリウスは咄嗟(とっさ)に、気絶(きぜつ)しているロナードを自分の胸元(むなもと)()()せ、もう片方(かたほう)の手で自分の口元を(おお)うる

 それを見たハニエルとセネトも本能的(ほんのうてき)に、吹き出した(けむり)()わない様に、着ていた服を使って、片手(かたて)で自分たちの口元を押さえる。

 みるみる水晶(すいしょう)(だま)から()き出した、不気味(ぶきみ)な黒い(けむり)の様な物は辺りを(おお)(つく)し、(わず)か一メートル先すらも見えなくなってしまった。

 どの位の時間が経過(けいか)しただろうか……。

 次第(しだい)(けむり)の様な物の()さが(うす)くなって、辺りの様子(ようす)が見える様になると、シリウス達が乗っていた船を(おそ)って来た海賊(かいぞく)たちや、セネリオたちの姿(すがた)が消えており、彼等(かれら)が乗って来た船も消えてしまっていた。

「二人とも、無事(ぶじ)か?」

シリウスは表情を(けわ)しくし、(いそが)しく周囲(しゅうい)見回(みまわ)しながら、近くに居るであろう、ハニエルとセネトに声を掛ける。

「ええ……まあ……」

ハニエルがそう言いながら、シリウスの下に歩み寄ってくる。

「どうやら、(やつ)らが逃げる(ため)煙幕(えんまく)だった様だな」

セネトも歩み寄りつつ、姿(すがた)を消した海賊(かいぞく)(せん)があったた場所を見ながら、シリウスに言う。

「ロナードは大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」

ハニエルは、シリウスにそう問い掛けると、

意識(いしき)(うしな)っているが、特段(とくだん)、変わった様子(ようす)は見られない」

シリウスは、自分の胸元(むなもと)()き寄せていたロナードを見ながら、落ち着いた口調(くちょう)で返す。

()(かく)、部屋へ戻ってロナードを休ませよう」

セネトは落ち着いた口調(くちょう)で、二人に言うと、二人とも(うなず)き返した。


「う……ん」

ふと目を()ますと、(だれ)かが側に居る気配(けはい)がしたので、(おもむろ)にそちらの方へと目を向けると、セネトの顔が直ぐ(そば)にあったので、ロナードは焦って慌てて飛び起きた。

(な、な、なっ……どうなって……)

ロナードはすっかり動揺(どうよう)し、頭の中でそう叫びながら、(あわ)てふためく。

 ベッドの側の椅子(いす)に座り、ロナードの(かたわ)らで自分の両手を枕代(まくらか)わりにして、(ふつぶ)せでセネトが眠って居た。

「ううん……」

セネトがそう(つぶや)きながら、徐に目を覚まし、ふと顔を上げた途端(とたん)、ロナードの顔が直ぐ目の前にある事に気が付くと、

「はわわわわ……。 ()まない。 何時(いつ)の間にか寝入(ねい)ってしまった様だ」

顔を赤らめながら、(あわ)ててロナードに言った。

「あ、ああ……」

ロナードも()()(あわ)てふためきながら、思わずそう言い返し、セネトから少し(はな)れる。

「体は大丈夫(だいじょうぶ)か?。」

セネトは、心配そうな表情を浮かべ、ロナードに問い掛ける。

「えっ?」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、セネトを見る。

(おぼ)えていないのか? お前、意識(いしき)(うしな)って倒れたんだぞ」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言うと、ロナードはボンヤリとその時の状況(じょうきょう)を思い出し、

「セネリオたちが……」

表情を強張(こわば)らせ、そう(つぶや)いた。

「安心しろ。 アイツ()なら追い(はら)った」

セネトは、不安に満ちた表情を浮かべているロナードの手にそっと手を()え、落ち着いた口調(くちょう)で言う。

「そうか……」

ロナードは、ホッとした表情を浮かべながら(つぶや)く。

「シリウスとハニエル、トスカナ達も無事(ぶじ)だ」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)でそう付け加える。

「それなら、良かった」

ロナードは、安堵(あんど)に満ちた表情を浮かべながら言う。

「それより、気分が悪いとか、頭が(いた)いとか、そう言う事は無いのか?」

セネトは、心配そうにロナードに問い掛ける。

「少し……頭痛(ずつう)はするが……」

ロナードは、片手(かたて)で自分の(ひたい)に手を添えつつ、そう答える。

「もう少し、横になっていろ」

セネトはそう言うと、ロナードの背中に(うで)を回し、横になる様に(うなが)す。

「そうする」

ロナードはそう言うと、セネトに(うなが)され、ベッドの上に身を横たえる。

(ぼく)は、お前が目を覚ました事を、二人に伝えて来る」

セネトはそう言って、椅子(いす)から立ち上がろうとすると、咄嗟(とっさ)にロナードは彼の手を(つか)んだ。

「どうした?」

(きゅう)にロナードに手を(つか)まれ、セネトは(おどろ)いて()り返ると、自分の(うで)を掴んでいるロナードの手が、(かす)かに震えている事に気が付いた。

御免(ごめん)……。 アイツの声を思い出したら……(きゅう)(こわ)くなって……」

ロナードは、片方(かたほう)の腕で目元を(おお)いながら、(ふる)える声でそう言って来た。

大丈夫(だいじょうぶ)だ。 (そば)に居る」

セネトは身を(かが)め、ベッドの上に横になったまま、(ふる)えているロナードの手を両手で(つつ)み込む様に(にぎ)りしめると、(やさ)しく声を掛ける。

(アイリッシュ(はく)の声を聞いて、()さえていた恐怖(きょうふ)(あふ)れ出たみたいだな……)

セネトは、片腕(かたうで)で自分の目元を(かく)し、身を震わせながらも、何とかして恐怖(きょうふ)(しん)()ち勝とうとしているロナードを見て、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら心の中で(つぶや)いた。

「ううっ……」

ロナードは、片腕(かたうで)で目元を(かく)したまま、必死(ひっし)嗚咽(おえつ)を押さえつつも、ポロポロと(なみだ)を流している。

((ただ)でさえ、呪詛(じゅそ)心身(しんしん)(むしば)まれていっているのに、自分に(のろ)いを掛けた(やつ)仲間(なかま)居場所(いばしょ)を突き止めて来て、自分を連れ(もど)そうとしていると分かったら、(すご)(こわ)いよな……)

セネトは、両手でロナードの手を握りしめたまま、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、心の中で(つぶや)くと、思わず、声を押し(ころ)して()いているロナードの頭を(やさ)しく()でる。

 何時(いつ)もは気丈(きじょう)振舞(ふるま)っている彼が、こんな風に不安を口にし、嗚咽(おえつ)を押し(ころ)して泣いている姿(すがた)を見て、セネトは胸が()め付けられた。

 それと同時(どうじ)に、隷属(れいぞく)(のろ)いなどという、外道(げどう)(じゅつ)当時(とうじ)まだ(おさな)かったロナードに(ほどこ)した、彼の魔術(まじゅつ)師匠(ししょう)であったアイリッシュ(はく)に、強い(いきどお)りを覚えた。

「セネト。 どうしよう。 帝国(ていこく)に着く前にまたアイツが来たら……。 (おれ)が……俺では無くなってしまって、この手で……セネトやシリウスたちを……」

ロナードは、片腕(かたうで)で自分の目元を(かく)したまま、嗚咽(おえつ)()じりの声で、そう言って来た。

大丈夫(だいじょうぶ)だ。 そうならない(ため)(ぼく)らが居る」

セネトは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべたまま、不安と恐怖(きょうふ)に押し(つぶ)されそうになり、()いているロナードの頭を(やさ)しく()でながら、そう言うしか出来(でき)なかった。

「……」

その様子(ようす)を、ロナードの事が気になって見に来ていたハニエルが、部屋の入口の扉の隙間(すきま)から、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら見ていた。

「そこで()っ立って、何をしている?」

ハニエルが、なかなか(もど)って来ないので気になって来たのか、シリウスが背後(はいご)から、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で声を掛けて来た。

「今は……殿下(でんか)(まか)せた方が良いと思います」

ハニエルは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら言うと、

「ユリアスは、目を覚ましたのか?」

シリウスは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで問い掛けると、ハニエルが(のぞ)き込んでいた扉の隙間(すきま)から、中の様子(ようす)(うかが)う。

(ユリアス……。 泣いて……いるのか?)

ここからは良く見えなかったが、ロナードの声が(ふる)えているのを聞いて、シリウスは心の中で(つぶや)く。

(わたし)たちが思って居た以上に、彼等(かれら)(そう)(ぐう)した事が、ロナードの恐怖(きょうふ)(しん)()り立てた様です」

ハニエルは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら、(けわ)しい表情を浮かべているシリウスに語る。

「あの、変態(へんたい)クソ眼鏡(めがね)っ……」

シリウスは、忌々(いまいま)し気に(つぶや)くと、ギリッと自分の(くちびる)()み、ダンと思い切り、扉の側の(かべ)に自分の(こぶし)(たた)きつける。

何故(なぜ)(わたし)魔力(まりょく)を持って生まれなかったのだ。 (いく)ら剣の腕が立っても、こんな時には何の役にも立たないじゃないか」

シリウスは、(のろ)いに苦しむ弟に、何一つしてやれない自分に(たい)し、不甲斐(ふがい)なさを感じ、(くや)しそうに(つぶや)く。

「シリウス……」

(くや)しさに満ちた表情を浮かべているシリウスを見て、ハニエルは沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら(つぶや)く。

(しず)かにしろ。 折角(せっかく)、落ち着いて(ねむ)ったと言うのに、ロナードが起きるだろう」

セネトが五月蠅(うるさ)そうな顔をし、部屋の入口の扉を開きながら、扉を(はさ)んで(ろう)下側(かそば)に居たシリウスに向かって言う。

「すまん……」

セネトに(しか)られ、シリウスは叱られた犬の様に、シュンとした表情を浮かべながら(あやま)る。

(まった)く……」

セネトは、軽く溜息(ためいき)を付くと、そう(つぶや)いた。

(何時(いつ)もは冷静(れいせい)沈着(ちんちゃく)のシリウスも、流石(さすが)に実の弟の事となると、冷静では居られない様だな……)

シリウスの様子(ようす)を見て、セネトは心の中で(つぶや)いた。


 その後、ロナード達はトスカナ達との取引(とりひ)相手(あいて)が住まうトロイア王国に無事(ぶじ)(とう)(ちゃく)すると、彼等(かれら)が着いた港町(みなとまち)から少し西にある町に到着(とうちゃく)した。

 そうしてロナード達は、夕刻(ゆうこく)(ちか)くにトスカナ達の取引(とりひき)相手(あいて)屋敷(やしき)の前に(おとず)れる事が出来(でき)た。

 まるで白亜(はくあ)神殿(しんでん)の様な、町の中でも一際(ひときわ)大きな建物(たてもの)に、初めて(おとず)れたロナードたちは勿論(もちろん)(ほか)の者たちも思わず(いき)()んだ。

随分(ずいぶん)立派(りっぱ)なお屋敷(やしき)ですね』

ハニエルは、自分達の前に(そび)え立つ、シーモア家の邸宅(ていたく)を見上げながら言った。

『シーモア家は、元々は鉱山(こうざん)(ぬし)だったらしいのですが、先代の(ころ)から宝石の採掘(さいくつ)事業(じぎょう)だけでなく、独自(どくじ)に宝石を加工(かこう)し、販売(はんばい)を手掛ける様になっていったそうです。 今では南半球(みなみはんきゅう)商人(しょうにん)たちの間では、知らぬ者が居ない(ほど)実業家(じつぎょうか)です』

トスカナは落ち着き払った口調(くちょう)で、ハニエル達にそう説明する。

無駄(むだ)に金を持っている(やから)は好かないが……止むを得んな」

シリウスは、屋敷(やしき)に入る事にあまり気乗(きの)りしない様子(ようす)で言った。

 トスカナは(おもむろ)に、屋敷(やしき)の入り口の前に立って居る、武装(ぶそう)した見張(みは)りの男たちの前に歩み寄ると、

毎度(まいど)どうも。 トスカナ商会(しょうかい)です。 カメリア様に頼まれていた物を持って(まい)りました。 カメリア様は御在宅(ございたく)ですか?』

愛想(あいそ)()く笑みを浮かべながら、そう声を掛けると、

『ああ。 アンタか。 ちょっと待っててくれ』

トスカナは顔が()くのか、見張(みは)りの男は、彼の顔を見るなりそう言うと、()ぐに屋敷(やしき)の中へと入って行った。

 (しばら)くすると、見張(みは)りの兵士(へいし)は、この屋敷(やしき)執事(しつじ)と思われる、白髪(しらが)に白い(はな)(ひげ)を生やした、物腰(ものごし)(やわ)らかそうな老紳士(ろうしんし)(ともな)って(もど)って来た。

『お話は(うかが)って居ります。 中へどうぞ』

執事(しつじ)と思われる老紳士(ろうしんし)は、軽く会釈(えしゃく)をすると、頭を()れたまま、トスカナ達に言った。

 ロナード達はトスカナを先頭(せんとう)にして、老紳士(ろうしんし)に案内されるがまま、屋敷(やしき)の中に()み込んだ。

 無駄(むだ)に広くて長い廊下(ろうか)大理石(だいりせき)出来(でき)ており、歩く自分達が(うつ)り込む(ほど)、ピカピカに(みが)き上げられており、廊下(ろうか)(いた)る所に、上半身(じょうはんしん)(はだか)の美青年をモデルにした彫刻(ちょうこく)が並べられている。

 大富豪(だいふごう)屋敷(やしき)と言う事で、金ピカでもっと仰々しいモノをロナード達は想像(そうぞう)していたのだが、(いや)みの無い意外(いがい)とシンプルな装飾(そうしょく)だった。

『全員が()めかけては、ご主人(しゅじん)(さま)(こま)るでしょうから、会うのはトスカナさんと数名(すうめい)でお願いします。 (ほか)(みな)さまは、お部屋をご用意(ようい)しております。 そちらでお待ち下さい』

執事(しつじ)は、トスカナ達にそう言うと、

「ロナード。 お前は、(ほか)連中(れんちゅう)と部屋で休んで居ろ」

シリウスは、自分の後ろから付いて来ていたロナードに、そう声を掛ける。

「兄上たちは?」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら問い掛ける。

(ぼく)は、トスカナと一緒(いっしょ)にここの(あるじ)挨拶(あいさつ)をして来る。 ちょっと()りたい()道具(どうぐ)もあるからな」

セネトは、落ち着いた口調で返すと、

(わたし)とハニエルは、セネトとトスカナの護衛(ごえい)として同行(どうこう)する」

シリウスは、落ち着いた口調でそう付け加える。

(つか)れたでしょう? (みな)さんも休んで良いですからね」

ハニエルはニッコリと笑みを浮かべ、(やさ)しい口調でロナードと、一緒(いっしょ)にキャラバンの護衛(ごえい)をしていた傭兵(ようへい)たちに言うと、彼等(かれら)は何かを(さっ)した様に、

「わりぃな」

「トスカナ事、(たの)んだぜ」

「お前等(まえら)荷物(にもつ)も運んどくからな」

一緒(いっしょ)にキャラバンの護衛(ごえい)をしていた傭兵(ようへい)たちは、口々に彼等(かれら)にそう言ってから、

「ほら。 行こうぜ」

商人(しょうにん)たちの話なんて聞いてたって、つまんねーぞ」

戸惑(とまど)っているロナードにそう声を掛けると、別の執事(しつじ)に部屋を案内させ、ロナードをちょっと強引(ごういん)に連れて行ってしまった。

『このところ、良く眠れていない様ですね。 前の町からここへ移動(いどう)している間、随分(ずいぶん)(つら)そうでした』

トスカナは、傭兵(ようへい)たちに連れられて、自分たちから遠ざかっていくロナードを見送(みおく)りながら言った。

()れない気候(きこう)船旅(ふなたび)で、(つか)れも()まっている(ころ)だろうからな……』

シリウスは、心配そうな表情を浮かべながら(つぶや)く。

『大丈夫ですよ。 彼等(かれら)上手(うま)い事言って、休ませてくれる(はず)ですよ』

トスカナは、ロナードの事を心配しているシリウスに、(やさ)しい口調で言った。


 廊下(ろうか)の突き当りの、一際(ひときわ)大きな観音(かんのん)(びら)きの扉の前に来ると、強面(こわおもて)武装(ぶそう)した警護(けいご)の男たちが数人立っており、中から楽しそうな男女の笑い声が聞こえて来た。

此方(こちら)です』

老紳士(ろうしんし)がそう言うと、扉の両側に立って居た男たちが、重そうな扉を開けると、とても開かれた空間が目の前に広がった。

 廊下(ろうか)同様(どうよう)に、床は大理石(だいりせき)出来(でき)ており、神殿(しんでん)の様な白い石の(はしら)が立ち並ぶ、(かべ)の無い、とても開放的(かいほうてき)な空間で、(いた)る所に植木や美しい花々が(かざ)られ、天井(てんじょう)一面(いちめん)に美しい青年たちに(かこ)まれ、女神の様な笑みを浮かべる、とても綺麗(きれい)な女性の絵が(えが)かれている。

 部屋の中央(ちゅうおう)には、赤い絨毯(じゅうたん)の上にとても大きなローテーブルが置かれていて、その周囲(しゅうい)に美しい(こま)やかな刺繍(ししゅう)(ほどこ)された、()そべるのに気持ち良さそうな、(あし)の無いソファーが配置(はいち)され、その一番奥の銀色の生地(きじ)に、美しい刺繍(ししゅう)(ほどこ)されたソファーの上に、胸元(むなもと)が大きく開いた白くゆったりとしたドレスに身を包んだ、深い緑色の癖のある長い髪に、ごく薄い赤銅(しゃくどう)(しょく)(はだ)を有した、年の(ころ)は三〇代半ばと思われる、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)の女性が座っており、周囲(しゅうい)見目(みめ)の良い美青年たちを数人、(はべ)らせていた。

『お待たせして(もう)し訳ありません。 カメリア様。 ご注文(ちゅうもん)荷物(にもつ)はもう(しばら)くすれば、連れたちがここへ持って(まい)ります』

トスカナは、愛想(あいそう)()く笑みを浮かべながら、目の前の女性に言うと、

『そう(いそ)がなくて良いわ。 荷物(にもつ)丁寧(ていねい)(あつか)って頂戴(ちょうだい)

彼女は落ち着き払った口調(くちょう)で、トスカナにそう返すと、葡萄(ぶどう)(しゅ)の入ったワイングラスを(かたむ)ける。

(コイツがその、大富豪(だいふごう)か)

シリウスは、自分たちの前に居る女性を注意(ちゅうい)(ぶか)観察(かんさつ)しながら、心の中で(つぶや)いていると……。

『あら。 セレンディーネお姉さまじゃない』

ふと背後(はいご)から、聞き覚えのある若い娘の声がしたので、セネトは(おどろ)いて振り返る。

 そこには、(くせ)のない、背中まである、(つや)やかな黒髪に、(どん)(ぐり)の様に大きく、パッチリとした琥珀(こはく)(いろ)双眸(そうぼう)、形の良い小さな鼻に、桜色(さくらいろ)(くちびる)

 ごく(うす)赤銅(しゃくどう)(しょく)の肌を有した、小柄(こがら)で、白いローブを(まと)った、とても愛らしい少女が(たたず)んでいた。

『ティティス……』

彼女を見て、セネトは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

 彼女の背後(はいご)には、護衛(ごえい)と思われる、(よろい)に身を包んだ男女が数人いて、セネトを見るなり、自分の胸元(むなもと)片手(かたて)()え、(うやうや)しく首を()れる。

『お知り合いで御座(ござ)いますか? 皇女(こうじょ)(さま)

ここの主であるカメリアが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、セネトに声を掛けて来た少女に問い掛ける。

『知り合いも何も……。 セレンディーネお姉さまですわ。 ついこの間、婚約式(こんやくしき)の前日に逃げ出した、皇族(こうぞく)面汚(つらよご)しの』

その少女は、物凄(ものすご)意地(いじ)の悪い表情を浮かべ、セネトを嘲笑(あざわら)う様に、カメリアの問い掛けに答えた。

『こ、これは……大変、ご無礼(ぶれい)を』

それを聞いたカメリアはそう言うと、(あわ)ててセネトの前に来ると、彼の前に(ひざまず)き、深々(ふかぶか)(こうべ)()れる。

『あ、いや……。 お(しの)びだから、そんな真似(まね)をする必要(かなめ)は……』

自分の前に(ひざまず)き、(こうべ)()れているカメリアに向かって、セネトは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言う。

何処(どこ)に逃げたかと思えば、こんな所に居たのね? お姉さま。 それにその(かみ)……何それ。 プププッ』

セネトの妹ティティスは、何処(どこ)かセネトの事を見下(みくだ)した様な態度(たいど)で、そう言ってから、可笑(おか)しそうに口元を()さえる。

其方(そなた)こそ、こんな所で何を……』

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ティティスに問い掛ける。

『『聖女(せいじょ)候補(こうほ)』の試験中(しけんちゅう)に決まってるでしょ?』

ティティスは、自分の髪を片手(かたて)で払いつつ、小馬鹿(こばか)にした様な口調(くちょう)で答える。

『えっ。 いや……聖女(せいじょ)候補(こうほ)試験(しけん)寺院(じいん)でするものでは……』

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言うと、

『そうですわよ』

ティティスは、キョトンとした表情を浮かべながら答える。

『いや、ここはどう見ても、寺院(じいん)施設(しせつ)では……』

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言うと、

馬鹿(ばか)なの? お姉さま。 (わたくし)皇女(こうじょ)よ? あんな小汚(こぎたな)い所で、(ほか)何処(どこ)の馬の(ほね)かも分からない様な、薄汚(うすぎたな)(やから)寝食(しんしょく)(とも)にする訳が無いでしょう? 大体、あんな(ぶた)(えさ)の様な寺院(じいん)の食事を見ただけでも()き気がするわ』

ティティスは、プッと()き出すと、ケタケタと笑いながら、セネトにそう言い返す。

『何を勝手(かって)な事を! (ほか)聖女(せいじょ)候補(こうほ)たちと共に、寺院(じいん)に住み込み、俗世(ぞくせ)との接触(せっしょく)を断ち、寺院(じいん)や人々奉仕(ほうし)する事が、聖女候補たちに()せられる課題(かだい)だろう!』

セネトは、思い切り眉を(しか)め、強い口調(くちょう)で妹を叱ると、

『知らないんですかぁ? お金を()めば、奉仕(ほうし)(めん)(じょ)されるのですよ』

ティティスはクスクスと笑いながら、セネトを馬鹿(ばか)にした様な口調(くちょう)で言う。

『なっ……』

それを聞いたセネトは、あまりの事に絶句(ぜっく)する。

『金持ちの商家(しょうか)の娘や、貴族(きぞく)令嬢(れいじょう)たちなら(みな)、やっている事ですわ』

ティティスは、『当然(とうぜん)』と言わんばかりに、戸惑(とまど)っているセネトに言った。

『とは言え、期限(きげん)までは寺院(じいん)がある町からは出られないので、こうして、シーモア家に滞在(たいざい)して、(ひま)(つぶ)していると言う訳です』

ティティスは、あまりの事に呆気(あっけ)に取られているセネトに、そう説明を付け加える。

『完全に、神と世間(せけん)()めきった言動(げんどう)だな』

これまでの話を聞いて、セネトから少し離れた場所に居たシリウスは、不快(ふかい)に満ちた表情を浮かべ、ボソリとそう(つぶや)いた。

同感(どうかん)です。 こんな人が聖女(せいじょ)になれる(はず)がありません』

ハニエルも、嫌悪(けんお)(かん)(あら)わにしながら、小声でそう言った。

 その場にいたトスカナも、シリウスやハニエルと同じ事を思って居る様で、不快(ふかい)さと(いきどお)りに満ちた表情を浮かべ、ティティスを見ている。

(もっと)もぉ。 (わたくし)と同じ魔術師(まじゅつし)なのに、(わたくし)(ちが)って聖女(せいじょ)候補(こうほ)に名前すら()がらなかったお姉さまにはぁ、関係の無い事ですわねぇ』

ティティスは、シリウス達から白い目で見られている事に気が付かず、セネトの事をそう言って馬鹿(ばか)にする。

 セネトは炎と風と言う、治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)がほぼ存在(そんざい)しない系統(けいとう)属性(ぞくせい)を生まれ持った為、水の属性(ぞくせい)を持ち、治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)が使える妹のティティスとは(ちが)い、聖女(せいじょ)候補(こうほ)になる事が出来(でき)なかったのだ。

『生まれ持った属性(ぞくせい)は、当人(とうにん)では選ぶ事が出来(でき)ないと言うのに……』

ハニエルは益々(ますます)不快(ふかい)に満ちた表情を浮かべ、彼にしては(めずら)しく、(うな)る様な声で(つぶや)いた。

『少し治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)を使える程度(ていど)(いき)がるなよ。 大方(おおかた)聖女(せいじょ)候補(こうほ)試験(しけん)を受ける権利(けんり)も、強欲(ごうよく)貴様(きさま)の母親が寺院(じいん)に大金を(はた)いて得たんだろう?』

シリウスは、自分の胸の前に両腕を組み、冷ややかな口調(くちょう)で、先程(さきほど)からずっとセネトの事を見下(みくだ)し、馬鹿(ばか)にする発言(はつげん)をしているティティスに言った。

『なっ……。 この(わたくし)に向かって、何て無礼(ぶれい)な!』

シリウスに(しん)らつな言葉を()びせられ、ティティスは(いか)りでみるみる顔を真っ赤にし、声を(あら)らげて言い返してから、

『お前たち! この無礼(ぶれい)者を即刻(そっこく)、切り捨ててしまいなさい!』

(いか)りが(おさ)まらないのか、(そば)に居た護衛(ごえい)兵士(へいし)たちにそう命じる。

『ほう。 (わたし)の剣の(さび)になりたいと?』

シリウスは、ドスの利いた声でそう(すご)むと、背中に下げていた大剣の()に手を掛ける。

 シリウスの有無(うむ)も言わせぬ迫力(はくりょく)に、ティティスの護衛(ごえい)兵士(へいし)たちはたじろぐ。

『お、お(たわむ)れは、その位になさって、お食事に(いた)しませんか?』

険悪(けんあく)なムードを感じ取ったカメリアは、(あわ)てた様子(ようす)で両者の間に割って入ると、愛想(あいそ)(わら)いを()かべながらティティスに言う。

(わたくし)結構(けっこう)よ。 お姉さまなどと一緒(いっしょ)に食事なんて、冗談(じょうだん)じゃないわ』

ティティスは、腹の虫が(おさ)まらないのか、苛立(いらだ)った口調(くちょう)でカメリアにそう言い返してから、

『行くわよ』

自分の護衛(ごえい)兵士(へいし)たちに言い放つと、(きびす)を返し、部屋を後にした。

『……』

ティティスの態度(たいど)に、カメリアは呆気(あっけ)に取られていると、

『妹が()まない』

セネトが申し訳なさそうに声を掛ける。

『いいえ。 何時(いつ)もの事ですので……』

カメリアは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら返す。

(世話(せわ)になっている相手(あいて)に、あの態度(たいど)如何(いか)なものか……)

カメリアの言葉を聞いて、セネトは自分の(ひたい)片手(かたて)()え、ゲンナリした表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)く。


『今日はホント、最悪(さいあく)な日だわ』

ティティスは、ブツブツと文句(もんく)を言いながら、()いている(くつ)の踵の音を(わざ)と大きく(ひび)かせ、ドスドスと大股(おおまた)で歩いている。

 彼女の護衛(ごえい)をしている兵士(へいし)たちも、物凄(ものすご)機嫌(きげん)の悪い彼女に、困った表情を浮かべている。

聖女(せいじょ)候補(こうほ)にもなれない、皇族(こうぞく)(はじ)であるお姉さまの肩を持つなんて、頭が可笑(おか)しいんじゃないの? あの金髪(きんぱつ)。 絶対(ぜったい)に、(ただ)じゃ置かないんだから!』

ティティスはそう言いながら、ズカズカと廊下(ろうか)を歩いていると、右手から歩いて来た(だれ)かと、出会い頭にぶつかり、その(はず)みで後ろに尻餅(しりもち)を付く様な格好(かっこう)()けてしまった。

(ひめ)(さま)!』

『ティティス様!』

それを見て、後ろから付いて来ていた、彼女の護衛(ごえい)兵士(へいし)たちが(あわ)てて()け寄る。

何処(どこ)を見て歩いていたのよ!』

ティティスは、(いか)りに満ちた表情を浮かべ、自分とぶつかった相手(あいて)を見上げながら、怒鳴(どな)りつけた。

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

ぶつかった相手(あいて)は、聞き()れない言葉を発しながら、尻餅(しりもち)を付く様な格好(かっこう)で、廊下(ろうか)に座り込んでいる彼女の前に身を(かが)めると、スッと片手(かたて)を差し出してきた。

『この(わたくし)(だれ)だと……』

ティティスは憤慨(ふんがい)したまま、そう文句(もんく)を言いながら、ぶつかった相手(あいて)を見上げたが、相手(あいて)の顔を見た瞬間(しゅんかん)、思わず言葉を(うしな)ってしまった。

 サラリとした、少し長めの黒髪、丹念(たんねん)(みが)き込んだ(むらさき)水晶(ずいしょう)を嵌め込んだ様な、深い紫色の双眸(そうぼう)異国(いこく)人と思われる、眉目秀麗(びもくしゅうれい)な青年……。

(ヤバイ。 (すご)いイケメン……)

ティティスは思わず、目の前の青年に顔に見惚(みとれ)れてしまい、心の中でそう(つぶや)く。

「頭を、強く打ったのか?」

相手(あいて)相変(あいか)わらず、訳の分からぬ言語を発しながらも、自分の顔を見据(みす)えたままボーッとしているティティスの身を心配している様子(ようす)であった。

(ひめ)(さま)

大丈夫(だいじょうぶ)ですか?』

()け付けた兵士(へいし)たちが、口々にティティスに声を掛けるが、彼女は目の前の青年に(こころ)(うば)われ、彼らの声など、耳には(とど)いていなかった。

「おい! 大丈夫(だいじょうぶ)か?」

ボーッとしているティティスに、ぶつかった青年は焦りの表情を浮かべながら、彼女の肩を(つか)み、聞き()れぬ言語で声を掛ける。

(ひめ)(さま)!』

『姫様?』

駆け寄った兵士(へいし)たちも、焦りの表情を浮かべ、彼女の肩を(つか)み、軽く体を()らしながら声を掛けていると、彼女はハッとして、

『だ、大事(だいじ)はなくってよ』

(あせ)りの表情を浮かべている兵士(へいし)たちに、ニッコリと笑みを浮かべながら言うと、自分に差し出されていた青年の手を(つか)み、

御免(ごめん)なさい。 少し、(おどろ)いただけですわ』

物凄(ものすご)愛想(あいそう)()く笑みを浮かべながら言う。

「良かった……。 何とも無い様だな」

ぶつかった青年は、ホッとした表情を浮かべながら、相変(あいか)わらず、聞き()れぬ言語でティティスにそう声を掛けながら、物凄(ものすご)丁重(ていちょう)に自分も立ち上がりながら、彼女の手を引き、立ち上がらせた。

『気を付けろ!』

此方(こちら)のお方は、ティティス皇女(こうじょ)さまだぞ!』

今直(います)ぐ、土下座(どげざ)をして(ゆる)しを()え!』

ティティスの護衛(ごえい)兵士(へいし)たちが、殺気立(さっきだ)った様子(ようす)で、彼女とぶつかった青年に向かって強い口調(くちょう)で言うが、どうやら、彼等(かれら)が言っている言葉が分からない様で、青年は物凄(ものすご)困惑(こんわく)した表情を浮かべている。

『これは、どう言う状況(じょうきょう)だ?』

廊下(ろうか)(さわ)がしいので様子(ようす)を見に来たのか、セネトが一緒(いっしょ)に居た二人の連れを(ともな)って、小走りに駆け寄って来て、その場にいた者たちに問い掛ける。

『セレンディーネ様……』

セネトの登場に、兵士(へいし)たちは戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

『何で(ぼく)の連れに、お前たちが、ちょっかいを出している?』

セネトは表情を(けわ)しくし、戸惑(とまど)っている兵士(へいし)たちに問い掛ける。

大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」

「コイツ()に、何かされたのか?」

セネトの連れの二人が、ティティスとぶつかった青年に、聞き()れぬ言葉を掛けながら、彼の側に来る。

「あ、いや……。 そこの女性とぶつかっただけだ」

ティティスとぶつかった相手(あいて)は、聞き()れぬ言語で、自分の事を心配して声を掛けて来た二人に答える。

『なんだ……』

ティティスとぶつかった相手(あいて)の言葉を聞いて、セネトはホッとした表情を浮かべながら(つぶや)いてから、

『ティティスとぶつかった程度(ていど)で、大袈裟(おおげさ)な』

呆れた表情を浮かべ、先程(さきほど)まで興奮(こうふん)していた兵士(へいし)たちに向かって言った。

『なっ……。 何ですって?』

それを聞いて、ティティスは(たちま)ち表情を(けわ)しくし、声を(あら)らげるが、セネトはそれを無視(むし)し、

「食事の用意が出来(でき)たから、丁度(ちょうど)、呼びに行くところだったんだ。 行こうかロナード」

ロナードにそう声を掛け、(きびす)を返し、ティティスに背を向け、その場から立ち去ろうとした。

『この(わたくし)無視(むし)するなんて、何カ月も王宮(おうきゅう)に居なかった所為(せい)で、自分がどう言う立場なのかすっかり忘れてしまった様ですね? お姉さま』

ティティスは、(いか)りに満ちた表情を浮かべ、セネトにそう言った後、物凄(ものすご)意地(いじ)の悪い笑みを浮かべる。

 彼女の物言(ものい)いに、セネトはピクリと反応(はんのう)し、振り返った。

(わたくし)にこんな態度(たいど)を取って良いのですか? お母様が今のお姉さまの態度(たいど)を知ったら、どうなさるかしらね?』

ティティスは、意地(いじ)の悪い笑みを浮かべたまま、(けわ)しい表情を浮かべ、自分を見据(みす)えているセネトに言う。

 ティティスの言動(げんどう)に、シリウスとハニエルが、怪訝(けげん)そうな表情を浮かべる。

『お姉さまは、何の取り()も無い皇族(こうぞく)(はじ)。 後ろ(だて)も何もない窓際(まどぎわ)皇女(こうじょ)らしく、(わたくし)(ほか)の兄弟、お母様の機嫌(きげん)(そこ)ねない様に()(へつら)っているのが……』

ティティスは(さら)に、セネトを見下(みくだ)して言って居たのだが……。

 彼女はふと、セネトがどんな顔をしているのか見ようと顔を上げた時、まるで()()ました(やいば)の様に、(つめ)たく、(するど)視線(しせん)が自分に向けられている事に気付いた瞬間(しゅんかん)、全身に冷や水を浴びて、心臓がキュッとなる様な、とても寒々しい感覚(かんかく)見舞(みま)われた。

 ティティスが見下(みくだ)すセネトの背後(はいご)に立ち、まるで彼女からの心無(こころな)い言葉から、セネトを守る様に、両手で彼女の耳を(ふさ)ぎ、公然(こうぜん)と姉を卑下(ひげ)する言葉を()き付けるティティスに対し、ロナードと呼ばれた黒髪の青年は、とても冷ややかな視線(しせん)を向けていた。

「ロナード?」

何の前触(まえぶ)れもなく、急に自分の両耳を、その大きな手でフワリと(おお)って来たロナードに(おどろ)き、セネトは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、自分の背後(はいご)に立っている彼を見上げる。

「……(いく)ら、言葉が理解(りかい)出来(でき)なくても、コイツの雰囲気(ふんいき)やアンタの表情、(まわ)りに居る連中(れんちゅう)様子(ようす)を見れば、コイツが、アンタに(ひど)い言葉を()びせている事くらい、(おれ)にだって分かる」

ロナードは、彼に(にら)まれて(ふる)え上がっているティティスを見ながら、(しず)かに戸惑(とまど)っているセネトにそう言った。

貴女(あなた)の様に、嬉々とした表情を浮かべながら、平然(へいぜん)相手(あいて)を傷付ける言葉を(はな)つ様な人が、聖女(せいじょ)になれるとは思えません。 聖女(せいじょ)候補(こうほ)としての課題(かだい)をこなす前にまず、その(ゆが)んだ心根(こころね)を正す事の方が先だと思いますよ』

ハニエルは、ティティスを真っ直ぐ見据(みす)え、彼にしては(めずら)しく、とても冷ややかな口調(くちょう)で、戸惑(とまど)っている彼女にそう言った。

『何なのよ! 貴方(あなた)たち! 皇女(こうじょ)であるこの(わたくし)に対して、その様な言動(げんどう)が許されると思って居るの?』

ティティスは自分に対して、不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにし、冷たい視線(しせん)を向けているロナード達に対し、そう怒鳴(どな)りつけた。

『どの口が、その様な事を言って居る? 先に不敬(ふけい)を働いたのは貴様(きさま)だろう?』

シリウスが、物凄(ものすご)く冷ややかな視線(しせん)をティティスに向けたまま、淡々とした口調(くちょう)で言い返した。

(だま)りなさい! お姉さまに金で雇われた傭兵(ようへい)分際(ぶんざい)で、この(わたくし)愚弄(ぐろう)するなど、(ゆる)される事では無くってよ!』

ティティスはカッとなって、(いか)りに顔を真っ赤にし、シリウスに怒鳴(どな)り返すと、

『親の()を借る事しか(のう)が無い小娘(こむすめ)が、(いき)がるな』

シリウスは、抜身(ぬきみ)刃物(はもの)の様な視線(しせん)をティティスに向け、ドスの()いた低い声でそう(すご)むと、彼に凄まれたティティスの顔から、みるみる血の気が引き、腰を()かし、ペタンとその場にヘタリ込んだ。

『ひ、(ひめ)(さま)!』

大丈夫(だいじょうぶ)ですか?』

それを見て、ティティスの護衛(ごえい)兵士(へいし)たちが(あわ)てて、腰を抜かした彼女の側に駆け寄る。

(わたし)たちが、貴様(きさま)らを()め上げて、(まと)めて森に居る魔物(まもの)(えさ)にしてしまう前に、さっさと寺院(じいん)に戻り、聖女様ごっこの続きでもするんだな』

シリウスは、腰が抜けてしまい、青ざめてしまつているティティスに対し、冷ややかな口調(くちょう)でそう言い放ってから、

『行くぞ』

連れの三人にそう言い、彼等(かれら)を連れてその場から立ち去って行った。

 ティティスの護衛(ごえい)兵士(へいし)たちは、シリウスたちの何とも言い(がた)迫力(はくりょく)に押され、言い返す事すら出来(でき)ず、ただ彼等(かれら)がこの場から立ち()るのを見送(みおく)るしかなかった。

『……い。 (ゆる)さない! この私をここまで愚弄(ぐろう)するなんて! (かなら)ず、後悔(こうかい)させてやるんだから!』

ティティスは、(いか)りに身を(ふる)わせながら、自分たちに背を向け、遠ざかっていく彼等(かれら)に向かって叫んだ。

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