風のガルーダ
主な登場人物
ロナード(ユリアス)…召喚術と言う稀有な術を扱えるが故に、その力を我が物にしようと企んだ、嘗ての師匠に『隷属』の呪いを掛けられている。 その呪いを解く為、エレンツ帝国を目指している。 漆黒の髪に紫色の双眸が特徴的な美青年。 十七歳。
セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国の皇女。 とある事情から逃れる為、シリウスたちと行動を共にしている。 補助魔術を得意とする魔術師。 フワリとした癖のある黒髪に琥珀色の大きな瞳が特徴的な女性。 十九歳。
シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在に操る剣士だが、『封魔眼』と言う、見た相手の魔術の使用を封じる、特殊な瞳を持っている。 長めの金髪に紫色の双眸を持つ美丈夫。 二二歳。
ハニエル…傭兵業をしているシリウスの相棒で鷺族と呼ばれている両翼人。 治癒魔術と薬草学を得意としている。 白銀の長髪と紫色の双眸を有している。 物凄い美青年なのだが、笑顔を浮かべながらサラリと毒を吐く。
ティティス…セネトの腹違いの妹。 とても傲慢で自分勝手な性格。 家族内で立場の弱いセネトの事を見下している。 十七歳。
ルチル…帝国の第三騎士団の隊長を務めている女性。 セネトと幼馴染。 今はティティスの護衛の任に就いている。 二十歳。
ギベオン…セネト専属の護衛騎士。 温和で生真面目な性格の青年。 二十五歳。
ルフト…宮廷魔術師長サリアを母に持ち、魔術師の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟に当たる。 二十歳。
ナルル…サリアを主とし、彼女とその家族を守っている『獅子族』と人間の混血児。 とても社交的な性格をしている。
リリアーヌ…イシュタル教会で『聖女』と呼ばれている召喚術を使えるシスター。 ロナードが教会の孤児院に居た頃、親しくしていた。 ロナードに対する恋心を拗らせ、彼への強い執着心を抱いている。 今はガイア神教の聖女になっている。
エルフリーデ…宮廷魔術師をしている伯爵令嬢で、ルフトの婚約者。 ルフトの母であるサリアの事をとても慕っている
カルセドニ…エレンツ帝国の第一皇子でセネトの同腹の兄。 寺院の聖騎士をしている。 奴隷だったシリウスとハニエルを助け、自由の身にした人物。
アイク…ロナードの専属護衛をしている寺院の暗部に所属していた青年。 気さくな性格をしている。
アイリッシュ伯…ロナードがイシュタル教会の孤児院に在籍していた頃、彼に魔術の師事をしていた人物で、ロナードに呪詛を掛けた張本人。
セネリオ…ロナードがイシュタル教会の孤児院に居た時に親しくしていた青年。 アイリッシュ伯を師と仰ぎ、彼の研究に協力している魔術師。
「うっ……」
目を開け、何気に見上げた天井は、記憶にないものであった為、セネトは戸惑う。
(ここは何処だ? 僕はどうして此処に……)
戸惑いの表情を浮かべたまま、セネトは徐に身を起して、部屋の中を見回してみる。
白地に黒のまだら模様が入った壁、壁と同じ模様の床、全体的に清潔感はあるものの、調度品も少なく、生活感のない部屋……。
何処かの屋敷の客室だろうか。
そんな雰囲気だった。
誰かが着替えさせたのか、砂まみれになっていた筈の衣服は、清潔感のある寝具になっていた。
その時、廊下から部屋の扉を開けて、誰かが入って来た。
「目を覚ましたか」
そう声を掛けて来た相手は、セネトとそう年の変わらない青年だった。
焦げ茶色の短髪に深い緑色の双眸、良く日に焼けた赤銅色の肌、鍛え上げられたガッチリとした体付き、身長は二メートル有ろうかと言う、精悍な顔立ちをしている。
「此処は何処だ?」
セネトは、現れた青年に警戒をしながら、そう問い掛けた。
「此処はカエルム。 お前たち人間には、『鷹族の里』と言った方が分かり易いか?」
その青年は、落ち着いた口調でそう返すと、
「なっ……」
セネトは、驚きと戸惑いを隠せない様子で呟く。
「オレはジェド。 族長の息子だ。 お前は?」
戸惑っているセネトに構う事なく、青年はそう言って来た。
「僕はセネトだ」
セネトは、相変わらず警戒をしたまま、そう返すと、
「『僕』と言うのは、人間の男が使う言葉だろう? それにセネトだなんて。 女なのに男みたいな名前だな?」
ジェドは苦笑いを浮かべながら、セネトにそう言い返す。
「何で僕が女だと知っている? まさか、お前が着替えさせたのか?」
セネトはジェドにそう言い返すと、少し大きめの寝具を胸元に手繰り寄せ、隠す様な仕草をしながら、顔を赤らめる。
「着替えさせたのはオレの乳母だ。 お前が女だと言うのは彼女から聞いた。 それに、今のお前の格好はどう見ても女だろ。 胸は大きくは無いが、女だと分かるくらいにはあるし、尻だって男にしては肉厚で丸みがある」
ジェドは、セネトの反応を面白がる様に、ケタケタと笑いながらそう言うと、彼女は益々顔を赤らめ、
「何処を見ている! この変態め!」
声を荒らげてそう言うと、近くにあった枕をジェドに向かって思い繰り投げ付けたが、彼はヒョイと避け、枕は彼の背後にあった壁に虚しく当たって床に落ちた。
「ははは。 こんなに活きの良い女なら、元気な子供を産むに違いない。 髪は伸びるまでは、長髪の鬘を付ければ良い。 顔だって可愛らしいしな」
ジェドは、セネトの言動に対し、豪快な笑い声を挙げながらそう言った。
「何を言って……」
セネトは、戸惑いの表情を浮かべながら呟く。
「風の女神の生贄にと思い攫って来たが、女だと生贄には出来ないからな。 村の女はバッとしないし、丁度良い。 オレの嫁にしてやる」
ジェドは、不敵な笑みを浮かべながら、戸惑っているセネトに言った。
「『攫って来た』だと? 僕の連れたちはどうした?」
セネトは表情を険しくし、唸る様な声で問い掛ける。
「さあな。 里の連中には殺せと言ったからな。 今頃、死体になって砂の下にでも仲良く埋まってるんじゃないか?」
ジェドは肩を竦め、どうでも良さそうな口調で答えた。
「なっ……」
彼の言葉にセネトは言葉を失うと同時に、強い憤りが湧き上がってきた。
「あの蛇に一撃見舞ったのは天晴だが、オレたち鷹族を相手にして助かる筈が無い。 諦めろ」
ジェドは、自分を睨み付けているセネトに、冷ややかにそう言い放った。
「あの中には、酷い怪我をした僕の婚約者も居た! お前たちは、あの巨大な蛇を前にして、果敢に戦った相手を敬う気持ちすら無いと言うのか!」
「はっ! そんな物が何になると言うんだ? 世の中、奪うか、奪われるか、だ」
ジェドは、馬鹿にした様に鼻で笑い飛ばいと、不敵な笑みを浮かべながら言う。
「今直ぐに、僕を仲間の下に戻せ! 僕が助ける!」
セネトは真剣な表情を浮かべ、強い口調で言うと、
「行かせると思うか? 大体、夜の砂漠は氷点下になる事もある。 そんな薄着で行ってみろ。 凍え死ぬぞ」
ジェドは苦笑いを浮かべ、自分を睨んでいるセネトに言う。
「良く知りもしない、貴様の嫁になるより、遥かにマシだ」
セネトは、ジェドを睨み付けたまま、唸る様な声で言う。
「知らないのなら、これから知れば良いだけの話だ。 結婚した後からでも、その時間は十分にあるじゃないか」
ジェドは肩を竦め、不敵な笑みを浮かべながら言う。
「何を勝手な! 大体、僕の気持ちはどうなる!」
セネトは不愉快さを露わにしながら、強い口調でジェドに言う。
「は? 女なんてモンは、黙って男に抱かれときゃ良いんだよ。 何回か抱いとけばその内、オレ無しじゃあ居られなくなるだろ」
ジェドは、完全にセネトの事を見下した口調で、そう言い放った。
「最低だな」
セネトは、怒りと軽蔑に満ちた双眸をジェドに向け、冷ややかなそう言った。
「最低かどうかは、抱かれてみれば分かるだろ」
ジェドは、不敵な笑みを浮かべながら、自分を睨んでいるセネトに言う。
「絶対にお前のなど好きになるものか! 顔だって性格だって、僕の婚約者の方が数倍良い! お前の様な獣、行為の最中にぶっ殺してやる!」
セネトは、ジェドを睨み付けたまま、強い口調で言い返す。
「ははははっ! 面白い。 だったら、出来るかどうか、試そうじゃないか」
ジェドは豪快に笑いながら、余裕に満ちた表情を浮かべ、ゆっくりとセネトに詰め寄る。
「く、来るなっ!」
セネトは、嫌悪と恐怖の表情を浮かべ、ベットの上で後退りをする。
「おいおい。 さっきまでの威勢はどうした? そんなに震えて。 それじゃあオレなんて殺せやしないぞ?」
ジェドは、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、セネトを見下した様に言うと、ベッドの隅へ身を寄せるセネトにジリジリと近付き、震えている彼女の腕を掴もうとした次の瞬間、突如、緑色の空気の壁が現れて、ジェドを勢い良く扉の側の壁まで吹き飛ばした。
「何が……。 起きて……」
セネトは、戸惑いの表情を浮かべながら呟いていると、
「くそっ! 風の民である鷹族のオレが、風に拒まれるだと?」
ジェドは、ぶつけた背中を片手て摩りながら、ゆっくりと体を起こし、セネトを見ながら言う。
(しかも、さっきの術……コイツの魔力とは別の魔力を感じた。 見た所、魔道具を身に付けている様では無いし……)
ジェドは、セネトを注意深く見ながら、心の中で呟いた。
(さっきの感じ……)
セネトは、意図せずジェドを吹き飛ばした術が発動した瞬間を思い出し、
「ロナード?」
思わず、そう呟いた。
(生きている?)
セネトは、心の中でそう呟いた。
「どうやら、僕の婚約者は生きている様だ」
セネトが、不敵な笑みを浮かべながら言うと、
「なんだと?」
ジェドは表情を険しくし、セネトに言う。
「さっきの術、僕の婚約者が得意としているモノだ。 それに、術が発動した瞬間に彼の魔力を感じた」
セネトは、落ち着いた口調で説明をすると、
「そんな訳が無いだろ! オレたち鷹族に襲われて、人間が助かるなんてある筈が無い」
ジェドは益々表情を険しくし、語気を強めて反論をする。
「だったら、さっきの術はどうして発動した? 普通、相手に掛けた術と言うのは、呪詛ではない限り、術師が死ねば効果は無くなる。 それが、ちゃんと発動したと言う事は、少なくとも僕の婚約者は生きていると言う事だ」
セネトは、かなり動揺している様子のジェドに対し、淡々とした口調で指摘する。
「アイツ等が、オレの命令に逆らったとでも言うのか!」
ジェドはすっかり動揺し、強い口調でセネトに言うと、
「いいや。 お前の部下たちは全員、僕の婚約者たちに殺されたんだ」
彼女は不敵な笑みを浮かべ、落ち着き払った口調で返した。
「ふざけるな! オレたちは『天空の王者』と言われ、この大陸に住む者たちから畏怖される存在だぞ! そのオレたちを相手取って、生きて居られる筈が無い!」
ジェドはワナワナと怒りで身を震わせながら、セネトに怒鳴り返す。
「人間ならばそうなのだろう。 だが、相手が人間では無く、お前たちと同じ亜人だったとしたらどうなる? しかも、複数居たとしたら?」
セネトは、憤るジェドを尻目に、とても落ち着いた口調で説明すると、
「なっ……」
彼女の言葉を聞いて、ジェドは驚愕の表情を浮かべた。
「何匹もの魔物を相手取って、ケロッとしている様な連中だ。 お前の部下たちなど、アイツ等を相手にするには、荷が重かったのかも知れないぞ? 死体になって砂に埋もれているのは、お前の部下たちの方かもな」
セネトは、ジェドを挑発する様に、不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
「黙れ!」
ジェドは激怒し、セネトに向かって拳を振り上げた瞬間、再び先程の術が発動し、彼を数メートル後ろに吹き飛ばした。
「ああ。 僕の婚約者はお前がした事に、相当お冠の様だ。 このままだと、この里を廃墟にするかも知れないぞ?」
セネトは、見事にふっ飛ばされたジェドを、そう言って嘲笑った。
「そんな事、召喚師でもない限り、出来る訳が無いだろう!」
ジェドは身を起こしながら、怒りに満ちた表情を浮かべ、強い口調で言い返す。
「僕の婚約者はその召喚師だ。 お気の毒様」
セネトはクスッと笑うと、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「ハッタリは止せ!」
ジェドは、セネトの態度に苛立ちを覚え、強い口調で言い返す。
「ハッタリかどうかは、直ぐに分かる事だ」
セネトは、不敵な笑みを浮かべたまま、落ち着いた口調で言った。
ジェドはカチンと来て、セネトに言い返そうとした時、廊下の方からバタバタと忙しく、此方へ向かって切る足音が響いて来て、突然、勢い良く扉が開け放たれ、
「た、た、た、大変です! 若様の部隊の者が全員、片翼を捥がれ、ボロボロになって戻ってきました!」
使用人の男性が、真っ青な顔をして、慌てふためきながら、中に居るジェドに向かって叫んだ。
「なっ……」
使用人の言葉を聞いて、ジェドは焦りの表情を浮かべ、慌てて玄関の方へと駆け出した。
そこには既に人集りがて来ていて、人々を掻き分け、その中心に辿り着いた時、ジェドはその光景に言葉を失い、立ち尽くした。
使用人の言う通り、自分が人間たちが乗った砂船が横転した現場に残し、乗っていた人間を始末し、身ぐるみを剥がして来るように命じた部下たちは、まるで鋭利な刃物に斬られた様に、片翼を失い、全身が鋭い刃物に切り刻まれた様に、至る所に傷を負い、血塗れで満身創痍の状態であった。
「これは、どう言う事だ?」
自分よりも先に報告を受け、ここに駆け付けたのか、焦げ茶色の短髪に、深い緑色の双眸、良く日に焼けた赤銅色の肌、鍛え上げられたガッチリとした体付き、身長は二メートル以上は有ろうかと言う長身で、左目にテタに刀傷が残っている、ジェドよりも二回り体の大きな中年の男が、物凄く怖い顔をして、彼を睨み付けながらそう問い掛けて来た。
彼はジェドの父で、この里の長を務めているジナーフだ。
「お、親父……」
族長である父親の登場にジェドは焦りの表情を浮かべる。
「何をしたら、こんなに風が荒れるんだ? コイツ等がこんな形なのと関係があるのか?」
ジナーフは、物凄く不機嫌な様子で、焦っているジェドに向かってドスの利いた声で問い掛けて来た。
「風が……荒れてる?」
父親の言葉に、ジェドは戸惑いの表情を浮かべる。
この山脈には古くから、風の女神が住んで居ると言われ、彼女を神と崇め、その庇護下にある鷹族は、風に愛されし種族だ。
故に、風が彼等に牙を向ける事など無い。
「里の外は、今まで見た事が無い程の暴風が吹き荒れ、周辺の木々や小屋を薙ぎ払って、大変な事になっています」
「里の外に居た者たちは、この嵐で里に戻る事が出来ません!」
「きっと、風の女神さまのお怒りを買ったに違いありません。 早く鎮めなければ!」
難を逃れて、下界から里へ戻って来た者たちは皆、満身創痍と言った様子で、自分たちを庇護してくれている風が、牙を剥いて襲いかかって来たと言う、俄かには信じられない報告に、里は騒然としている。
「なっ……」
彼等の報告を聞いて、ジェドも頭の中が真っ白になった。
「お前たちは、何をした?」
ジナーフは、表情を険しくしてジェドに問い掛ける。
ジェドが里へ戻って来て直ぐに、この様な事態になったので、族長であるジナーフは息子たちに原因があるのではないかと思って居る様だ。
「そ、そう言われても……。 オレにはサッパリ……」
ジェドは、戸惑いの表情を浮かべながら、父親にそう言い返す。
「僕をコイツが攫って来た所為で、召喚師の僕の婚約者が怒り狂っているんだろう。 前にブチ切れて、石造りの大きな建物を吹っ飛ばして、周辺も更地にしようとした事があった」
様子を見に、部屋から出て来たセネトは、落ち着いた口調で、動転している鷹族たちにそう言った。
「あ、貴女は……?」
「何故、里の外の者が?」
族長の屋敷から、里では見掛けた事が無い、外界の者と思われる娘を見て、集まっていた人々が戸惑いの表情を浮かべながら、セネトに問い掛ける。
「ジェド。 この娘の言う事は本当か?」
ジナーフは俄かに表情を険しくし、息子を問い詰める。
ジナーフは執事長から、息子が下界から何かを連れて戻って来たという報告を受けていた。
恐らく、息子が下界から連れて来たと言うのは、彼女の事なのだろうと、ジナーフは判断した。
「で、出鱈目だ! オレは只、この娘が乗った砂船が座礁して、放り出されていたのを助けて、里で手当てをしていただけだ!」
ジェドは咄嗟にそう弁明したが、そもそも、どの様な理由があれ、族長の許可を得ずに勝手に里に外界の者を連れ込だ時点で、里の掟を破っている。
「良く言う。 僕を自分の嫁にすると言って、嫌がる僕を無理矢理、手籠めにしようとしたくせに」
セネトは、冷ややかな視線をジェドに向けながら、そう言い放った。
「おい! 今、それを……」
ジェドは焦りの表情を浮かべ、慌てふためいて、セネトを黙らせようと、彼女の口を塞ごうと手を伸ばしたが、それよりも早く、
「この、馬鹿息子がっ! 族長であるオレに嘘を付いただけでなく、娘を連れ込んで、手籠めにしようとしただと? このクズが!」
ジナーフは激怒し、息子の後頭部に鉄拳を叩き込むと、彼は、物凄い勢いで顔から地面にめり込むと、そのまま動かなくなってしまった。
「愚息が、とんだ失礼を。 見たところ、何処かの令嬢の様だが……」
突然の事に驚き、地面に顔がめり込んだままのジェドを見ていたセネトに、ジナーフは穏やかな口調でそう声を掛けた。
「ああ。 僕はセレンティーネ・ヴァン・リアン・エレンツ。 帝国の第三皇女だ」
声を掛けられセネトは、ハッとして、直ぐに落ち着いた口調でそうい返した。
「は?」
「へ?」
セネトの言葉を聞いて、近くに居た人達が驚きのあまり目を点にして、揃って間抜けな顔で彼女を凝視する。
「おい! お前! さっきは違う名前を……」
地面から顔を持ち上げ、ジェドが思い切りセネトに怒鳴り付けると、
「黙れ! このクソが!」
ジナーフは冷たくそう言い放つと、再び息子の後頭部に鉄拳を見舞い、ジェドは再び地面に顔をめり込ませた。
「お前の様な愚者に、本当の名を名乗る必要性を感じなかったからな」
セネトは、地面に顔をめり込ませているジェドに対し、淡々とした口調で言った。
「てめぇ!」
ジェドは、怒り心頭と言った様子で、両手を地面に付けて頭を擡げながら、唸る様な声で呟いたが、
「ぐげっ!」
ジェド以上に怒っているジナーフが容赦なく、彼の頭を踏みつけて、地面に思い切りキスをさせた。
「た、大変です! 大きな飛竜が嵐を伴って里に!」
警備兵と思われる武装した若者が、慌てふためきながらそう言って、駆け込んで来る。
「……恐らく、僕の婚約者が使役している幻獣だろう」
セネトが、落ち着いた口調で言うと、
「このままでは、里が吹き飛んでしまいます!」
警備兵と思われる武装した若者が、真っ青な顔をしてジナーフに言う。
「貴女ならば、止める事が出来るか?」
ジナーフは、真剣な面持ちでセネトに問い掛けると、
「無論だ。 僕を仲間の下に返せば、矛を収めてくれるだろう」
セネトは、落ち着いた口調で答えた。
「分かった」
ジナーフは真剣な面持ちで頷き返すと、
「この方を、その飛竜の方へお連れしろ」
近くに居た兵士にそう命じる。
「ハッ!」
兵士は、少し緊張した面持ちであったが、背筋を伸ばし、ジナーフにそう返した。
(凄いな……)
里の入り口付近へ来ると、建物だろうと木々だろうと、お構いなしに薙ぎ倒され、辺りには家々から飛んで来た屋根や、倒壊した建物の残骸などが無残に飛び散っていた。
倒壊した建物の下敷きになった者を助けようと、里の若者たちが瓦礫を除けている姿も見受けられる。
「ああ……。 何て事だ……」
「物見櫓が跡形もなく……」
里の外れの現状を目の当たりにして、人々は青ざめた顔をして、茫然とした様子で呟く。
「ロナードっ!」
少し離れた上空から、里を見下ろす様に両翼を羽ばたかせていた飛竜を見付けると、セネトは何の躊躇も無く、自分の婚約者の名を叫んでいた。
(おいおい。 呼ぶなよ)
遠目から見ても、普通の飛竜よりも何倍も大きい事は明らかで、そんな化け物の様なのを呼んだ、セネトの神経が信じられず、ジェドは恐怖に顔を引き攣らせながら、心の中で呟いた。
案の定、彼女の声が聞こえたのか、それとも、彼女の姿を見付けたのか、ジェドたちにとっては、どちらでも同じだが、大きな飛竜が物凄い勢いで此方へ飛んで来た。
「ひいいっ!」
「こっちに来る!」
兵士たちは、迫って来る飛竜を前にして、揃って情けない声を上げ、後退りをする。
「くっ……」
思いの外、勢いのある風に吹き飛ばされぬ様、セネトが踏ん張って居ると、飛竜の背中に何人か人影があるのが分かった。
「セティ!」
そう叫びながら、武装した若い男が飛竜の背中から飛び降りて来た。
「兄上!」
セネトが兄の下へ駆け出した時には、先程まで吹き荒れていた風がピタッと止み、カルセドニ皇子は勢い良く、セネトを抱きしめる。
“セネト!”
何故か飛竜まで、セネトに抱き着こうとするので、
「うおお!」
背中に乗っていたシリウスが振り落とされそうになり、思わず声を上げ、慌てて飛竜の首にしがみ付いた。
「お、落ち着いて下さい! ロナード。 貴方は今、バルバロッサの体でしょう!」
シリウスの背後に居たハニエルが、焦りながら何故か飛竜にそう声を掛けた。
“あ、御免……”
飛竜はそう言うと、ピタッと動きを止め、その場で大人しく腰を据えた。
「全く……。 私達を振り落とすところだったぞ」
シリウスが、ゲンナリした表情を浮かべながらそう呟くと、
「え。 なに? どう言う事?」
セネトは状況を理解出来ず、戸惑いの表情を浮かべながら、シリウスたちに問い掛ける。
“驚かして済まない。 瘴気の所為で体が動かせないから、バルバロッサの体を借りて、兄上たちを乗せて助けに来たんだ”
何故か飛竜から、ロナードの声がして、状況を飲み込めていないセネトに説明をする。
「そんな事が……」
話を聞いた、ジナーフが驚きを隠せない様子で呟く。
(もう、何でもありだな……)
セネトは、心の中でそう呟くと、苦笑いを浮かべる。
「ジャンクションは危険なので止めたのですが、助けに行くと言って聞かなくて……」
シリウスに手を借りながら、飛竜の背から降りて来たハニエルが、苦笑いを浮かべながら、セネトにそう語ると、その光景が目に浮かんだセネトは、思わず苦笑いを浮かべた。
「それよりもセティ。 何処も怪我はないか? 連れ攫われて肝を冷やしたぞ」
カルセドニ皇子は、心配そうな表情を浮かべ、優しくセネトに問い掛ける。
「ご心配をお掛けして、申し訳ありません。 兄上」
自分を心配する兄に、ニッコリと笑みを浮かべながら、セネトはそう言って返した。
「何もされなかったか?」
シリウスも、心配そうにセネトに問い掛けると、
「実は……。 そこに居る族長の息子に、嫁にすると言われ、手籠めにされそうになりました」
セネトは一瞬、ニヤリと笑みを浮かべると、声と身を震わせながら、おずおずとした口調で兄たちにそう告白すると、業とらしく両手で顔を覆い、その場に崩れ込んだ。
「なっ……」
セネトの話を聞いて、カルセドニ皇子の表情が俄かに険しくなり、彼は近くに居た鷹族たちを思い切り睨み付けた。
「な、なにを余計な事を言ってる!」
里の者たちに一斉に白い目を向けられ、ジェドは焦りの表情を浮かべながら、セネトに向かって怒鳴りつけると、背中から物凄い殺気を感じ、恐る恐る振り返ると、飛竜が殺意剥き出しで、自分を睨んでいるではないか!
“殺して良いか?”
ロナードは、慈悲の欠片も感じさせない、氷の様に冷たく、淡々とそう言った。
「待て。 待て。 気持ちは分かるが、流石に殺生はマズイ」
カルセドニ皇子は、慌ててロナードとジェドの間に割って入ると、両腕をロナードの前に広げ、焦りの表情を浮かべながら言った。
“チッ……”
ロナードは、物凄く残念そうに舌打ちする。
「愚息が大変申し訳ない事をした。 父として、そして族長として、心から謝罪する」
ジナーフが一歩、ロナード達の前に歩み出ると、沈痛な表情を浮かべそう言うと、深々と頭を下げた。
「全くだ。 いきなり攻撃をして来るしな……」
シリウスは、不満に満ちた表情を浮かべながら、ジナーフにそう言い返す。
「ホントですよ。 ロナードが咄嗟に応戦しなければ、危なかったです」
ハニエルも、苦笑いを浮かべながら言ってから、
「ああ、私たちを襲った方々、命に別状はありませんか?」
ニッコリと笑みを浮かべながら、ジナーフにそう問い掛ける。
「あ、ああ……。 片翼は叩き切られてしまっていたが……。 傷自体はそれ程……」
ハニエルの問い掛けに、ジナーフは戸惑いながらもそう返すと、
「済みませんねぇ。 セネトが連れ攫われたのを見て、ロナードがブチ切れちゃって……。 シルフィードを召喚して攻撃を……」
ハニエルは、苦笑いを浮かべながら、ジナーフに説明をする。
「片翼を無くてして、バランスを崩して、砂の上にボトボトと落ちて来たのは笑えたが」
シリウスは、意地の悪い笑みを浮かべ、淡々とした口調でそう言うと、
「駄目ですよ。 シリウス」
ハニエルは、苦笑いを浮かべながら、シリウスにそう言うが、
「ふん。 不意打ちという汚い真似をした挙句、我々の混乱に乗じてか弱い女子を連れ攫い、手籠めにしようとしたのだから、片方の翼を失うだけで済んだのだから有り難いと思え。 なあ?」
悪かったとは微塵も思って居らず、淡々とした口調でそう言うと、側に居たロナードに同意を求める。
“今からでも、残った方を毟り取ってやりたい”
ロナードは、腹の虫が収まらないのか、殺気を放ち、唸る様な声で呟いた。
その言葉を聞いて、近くに居た鷹族たちは忽ち青い顔をして、震え上がった。
「そ、それだけは、勘弁してやってくれ」
ジナーフは慌てふためきながら、ロナードにそう懇願する。
「どうするかな?」
シリウスは自分の胸の前に両腕を組み、意地悪くそう言うと、
「まあ、これからの、あなた方の態度次第ですね」
ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべながら、ジナーフに言った。
「調子に乗るな! おま……」
彼等の言動に、ジェドはカチンときて、思わず強い口調で言い返そうと口を開いた途端、自分をギロッと睨むロナードと目が合い、
“頭を食い千切ってやろうか?”
ロナードはドスの利いた低い声で、ジェドにそう凄んだ。
「ひっ……」
自分を睨み付け、そう凄んでくる飛竜の、鋸の様に鋭く尖った牙を見て、ジェドは顔を青くして、情けない声を上げる。
「お前への沙汰は追って下す。 それまで、大人しく自室で謹慎して居ろ」
ジナーフは、すっかり怯えている息子に対し、冷ややかな口調でそう告げる。
“さっさと失せろ。 目障りだ”
ロナードは、不愉快さに満ちた声で、ジェドに向かって言うと、
「うぐっ……」
彼は、悔しそうな表情を浮かべながらも、ジナーフに睨まれ、兵士たちに伴われて渋々屋敷の方へと戻って行った。
「酷い怪我だな……」
「例の、蛇の化け物にやられたらしい」
「死んでるんじゃないのか?」
鷹族の族長の屋敷に運び込まれるロナードを見て、集まった里の人々が口々に呟く。
彼等の言う通り、右足の膝から下は酸を浴びた様に、衣服が解け落ちて、肌も火傷を負った様に酷く爛れている。
左の腕も何処かに強くぶつけたのか、だらりと力なく下がり、他にも右手なども火傷の様な跡がある。
シリウスに抱き抱えられているロナードは、意識がなくグッタリとしている。
「ロナードっ!」
担ぎ込まれて来たロナードを見て、セネトは焦りの表情を浮かべながら駆け寄る。
「落ち着け。 ジャンクションの副作用で意識を失っているだけだ」
シリウスが、落ち着いた口調でセネトに言う。
「瘴気を浴びている。 あまり触れない方が良い」
カルセドニ皇子が、落ち着いた口調でセネトに言う。
「体に付着した瘴気は洗い流しましたが、吸い込んだ物までは……。 命を脅かす程の量は吸い込んでいないと思いますが……」
ハニエルは、沈痛な表情を浮かべながらセネトに説明する。
「まさか、例の魔物と遭遇するとは思いもしなかった。 瘴気を浄化出来る聖水の数が少なく、ユリアスの他にも瘴気を浴びたり、吸い込んだ者が居たからな。 一人に半分の量しか飲ませられなかった。 吸い込んだ瘴気を十分に浄化出来たかどうか……」
カルセドニ皇子は、苦々しい表情を浮かべながら言う。
「瘴気を浄化出来るのは、老子さまと聖女さましかいらっしゃいません。 急ぎ、聖女さまがいらっしゃる後発隊の砂船に合流するべきなのでしょうが、我々が乗って来た砂船が蛇の化け物の攻撃を受けて座礁し、損傷が激しく、直ぐには動かせそうにありません」
寺院の兵士が、複雑な表情を浮かべ、重々しい口調で語る。
「あの、ちょっと良いですか?」
ハニエルは徐に、その兵士に問い掛ける。
「はい?」
兵士は、不思議そうな顔をしてハニエルを見る。
「聖水の成分が何か、ご存知ですか?」
ハニエルは、真剣な面持ちで問い掛けると、
「聖女様や老子様たちの『祈り』が込められていとしか……」
兵士は、戸惑いの表情を浮かべながら答える。
「恐らく、解毒や浄化の力がある薬草に、高度な浄化魔術を溶かした物だと思うが……」
カルセドニ皇子が、落ち着き払った口調で言うと、それを聞いた兵士がギョッとした表情を浮かべ、
「団長!」
そう言って、思わずカルセドニ皇子を見る。
「お願いがあります。 殿下」
ハニエルは真剣な表情を浮かべ、静かにカルセドニ皇子に言った。
「何だ?」
カルセドニ皇子は、落ち着いた口調で問い返す。
「浄化や解毒の効果がある薬草を、急ぎ集める様に、鷹族の長に掛け合って頂けませんか?」
ハニエルは、真剣な表情を浮かべながらそう言うと、
「それは構わないが……」
カルセドニ皇子は、戸惑いの表情を浮かべながら返す。
「ハニエル。 お前まさか……」
シリウスは、ハニエルが何を考えたのか悟り、戸惑いの表情を浮かべながら呟く。
「聖水を作るつもりなのか?」
セネトも、真剣な面持ちでハニエルに問い掛ける。
「そんな! 聖水は寺院が厳しく管理している物です! 勝手に作るなど許されません!」
それを聞いた兵士は、焦りの表情を浮かべながら、セネトたちに言う。
「緊急事態です。 その様な事を言っている間に、助かる者も助からなくなってしまいます。 貴方も我々が持って来た聖水では、瘴気に侵された方々の浄化が、十分ではない事は承知している筈です」
ハニエルは、焦っている兵士に向かって、落ち着いた口調でそう言った。
「で、ですが……」
兵士は、戸惑いの表情を浮かべながらそう呟いてから、チラリとカルセドニ皇子を見る。
「責任は私がとる。 どうか、私の部下たちを救ってくれ。 ハニエル」
カルセドニ皇子は、落ち着いた口調で、何の躊躇も無くハニエルにそう言った。
「私からも頼む」
シリウスも、真剣な表情を浮かべ、ハニエルに言う。
「上手く出来る保証はありませんが、最善を尽くします」
ハニエルは、真剣な面持ちで頷き返し、二人に向かってそう返した。
「挨拶が遅れたが、オレがこの里の長ジナーフだ。 さっきの愚息はジェドと言う」
応接間に通され、暫く待って居たセネトたちの前に、族長のジナーフが現れ、そう名乗って来た。
「改めて、カルセドニ・ヴァン・アレス・エレンツだ」
カルセドニ皇子は、落ち着いた口調でに乗る。
「改めて、愚息が貴殿等に行った事を、心から謝罪する。 本当に申し訳なかった」
ジナーフは、沈痛な表情を浮かべながらそう言うと、深々と頭を下げた。
「貴方に謝られてもな……」
セネトは、複雑な表情を浮かべながら呟く。
「当のご子息は、悪い事をしたと言う自覚は薄い様ですし……」
ハニエルは、苦笑いを浮かべながら、ジナーフに言う。
「本当に、申し訳ない」
ジナーフは、沈痛な表情を浮かべたまま、そう返す他無かった。
「ご子息が妹にした事は許せませんが、乗っていた砂船が座礁して、困って居た我々を保護してくれた事には感謝します」
カルセドニ皇子は、落ち着いた口調でジナーフに言った。
「それと、瘴気の浄化に使えそうな薬草と薬師の提供、有難う御座いました。 お陰様でどうにかなりました」
ハニエルは、穏やかな口調でジナーフに言うと、頭を下げた。
「人として、当然の事をしたまでだ。 それと、お前たちが乗って来た船は、今日中には元の体勢に戻れるだろう」
ジナーフは事務的な口調で言うと、
「そうか。 有難い」
カルセドニ皇子は、ホッとした表情を浮かべ言う。
「ところで、お前達はこんな大所帯で何処へ向かっていた?」
ジナーフは不思議そうに、カルセドニ皇子に問い掛けると、
「獅子族の里を荒らしている魔物を討伐する為に向かっていた」
カルセドニ皇子は簡潔に理由を語ると、ジナーフは少し驚いた様な表情を浮かべ、
「本気か? あれはそこら辺の魔物とは訳が違うんだぞ」
カルセドニ皇子に問い掛けると、
「知っている。 十数年前に貴殿ら鷹族も、その被害に遭ったと言う事も……」
カルセドニ皇子は、複雑な表情を浮かべながら言うと、
「その通りだ。 当時、皇帝にも寺院にも見捨てられ、我らは汚染された里を捨てるしか無かった。後になって、その危険性を危惧したティアマト大老子が封じたと聞いていたが……これはどう言う事だ? 大老子ともあろう者が、そう簡単に綻ぶ様な封印をしたとも思えないが……」
ジナーフは、淡々とした口調で、カルセドニ皇子に問い掛けると、
「その点については、我々も疑問を抱いているが、何故、封印された筈の魔物がこうして再び姿を現したのか……その原因を突き止めるに至っていない」
カルセドニ皇子は、複雑な表情を浮かべながら答えた。
「何より、獅子族の里から突如消えた筈の奴が何故、帝都からそう遠くない、砂漠のど真ん中に現れたのか……」
ジナーフは、神妙な表情を浮かべ、両腕を胸の前に組み、そう呟く。
「同感だ。 しかも、我々の仲間が一撃見舞うと、煙の様に消えてしまった……。 死んでしまったのかどうなのかさえも分からない」
カルセドニ皇子も、真剣な表情を浮かべ、語る。
「上から一部始終を見ていた者が言うには、あれは最初から、一番手酷くやられた、黒髪の長身を狙っていた様だったとの話だ」
ジナーフは、真剣な表情を浮かべながら言うと、
「私の友人の弟が狙われた理由として、挙げられる事があるとすれば、彼も嘗てあの化け物を封じたティアマト大老子と同じ召喚師だと言う事くらいだ」
カルセドニ皇子は、真剣な表情を浮かべ、自分の見解を語る。
「成程な。 また、封印されては堪らないとでも思ったのかもな……」
カルセドニ皇子の話を聞いてジェドは、納得した様子でそう呟く。
「ですが、あの様子では暫くは動けないでしょう。 特に、真面に瘴気を吸いこんだ所為で、呼吸器を中心に、内臓にダメージを受けています。 もう少し吸込んでいたら、命も危ぶまれていました」
ジナーフの補佐役と名乗った青年が、落ち着いた口調で言った。
「どちらにせよ転げた船の修復もある。 数日は動けないと思った方が良い。 その間、里に滞在する事を特別に許そう」
ジナーフは、淡々とした口調で、セネト皇子に言った。
「配慮、感謝する」
カルセドニ皇子はそう言うと、ジェド達に深々と頭を下げる。
「だが、里の外の者の事を良く思って居ない奴が殆どだ。 オレの屋敷の敷地からは出ない方が良い。身の安全を保障しかねる。 部下たちにもそう伝えろ」
ジナーフは、真剣な表情を浮かべ、カルセドニ皇子にそう忠告する。
「了解した。 良く言って聞かせておこう」
カルセドニ皇子は、真剣な表情を浮かべそう言うと、頷き返した。
「ユリアスの様子はどうだ?」
カルセドニ皇子は、大部屋に戻って来ると、中に居た者たちに問い掛ける。
「ハニエル殿が作った薬のお陰で、かなり状態は良くなったようです。 今はぐっすり眠っています」
ギベオンが、落ち着いた口調で問い掛けに答えた。
「そうか……。 吐血した時は焦ったぞ」
カルセドニ皇子は、ホッとした表情を浮かべながら言う。
「私もです。 どうやら、至近距離で瘴気を吸った所為で、内臓も汚染されてしまった様です。 喉や呼吸器が特に酷い様で、話す事も辛そうでした」
ギベオンは、沈痛な表情を浮かべながら言う。
「他の負傷者たちはどうだ?」
カルセドニ皇子は、真剣な面持ちで問い掛ける。
「瘴気を浴びて、怪我を負った者は居るけれど皆、軽症だわ」
ルチルが落ち着いた口調で、カルセドニ皇子の問い掛けに答えた。
「それよりも、砂船の損傷が深刻です。 替えの砂船を手配する他無いと思われます」
ギベオンは、事務的な口調でカルセドニ皇子に報告する。
「そうか……」
カルセドニ皇子は、何とも言えぬ表情を浮かべながら呟く。
「鷹族の族長たちは何と?」
ギベオンは、真剣な面持ちでカルセドニ皇子等に問い掛ける。
「我々が里に滞在する事は許可してくれたが、あまり、城からは出るなと言われた」
カルセドニ皇子は、簡潔にギベオンに説明すると、
「そうでしようね。 私たちに対して友好的な雰囲気だとは、言い難かったもの」
ルチルは、複雑な表情を浮かべながら言うと、
「元々、亜人の里と言うのは何処も、外部の者を入れる事を嫌う。 それに鷹族は元々、人間に対して友好的な種族では無いと聞く。 歓迎されないのは仕方が無い事だ」
シリウスが落ち着き払った口調で言うと、隣に居たハニエルも無言で頷く。
「お前の直属の部下たちは問題無いだろうが、他の部隊から借りて来た兵士や術師も多い。 厄介事を起こさないと良いが……」
カルセドニ皇子は、不安そうな表情を浮かべながら、そう呟く。
「そうですね」
ハニエルも、心配そうに言う。
「宮廷魔術師たちの事は、自分とルチルが目を光らせておきます」
ギベオンが、落ち着き払った口調で言う。
「お願いします」
ハニエルはニッコリと笑みを浮かべ、ギベオンにそう返した。
「ちょっと、氷……があるのが一番だが、何か、冷やす物を貰って来てくれないか?」
部屋に戻るなり、奥の続き間に居るロナードの元へ直行していたセネトが、何処か困った様子でそう言って来た。
「どうした?」
カルセドニ皇子が、戸惑いの表情を浮かべながら問い掛ける。
「熱を出したみたいだ」
セネトは、不安そうな表情を浮かべながら言うと、
「それは大変だ。 私がお願いして来よう」
カルセドニ皇子はそう言うと、徐にソファーから立ち上がった。
「で、殿下?」
それには、ハニエルが焦りの表情を浮かべる。
「その様な小間使いの様な真似、させる訳にはいきません! 自分が行きますので、殿下はここでお休みになられていて下さい」
ギベオンが、落ち着き払った口調でそう言って、カルセドニ皇子を引き留める。
「むう。 城内を見て回ろうと思ったのに……」
カルセドニ皇子は、不満そうな表情を浮かべながら、ギベオンに言い返す。
「それは明日にでも出来ます。 殿下もお休み下さい」
ギベオンは、落ち着いた口調で言うと、
「何を言うか。 私は全く疲れてなどいないぞ」
カルセドニ皇子は、不満そうにそう言い返す。
(体力馬鹿が)
カルセドニ皇子の言葉を聞いて、隣に座っていたシリウスが、彼に冷ややかな視線を向けながら、心の中でそう呟いた。
「何を子供みたいな事を言ってるのよ。 休める時に休む。 食べられる時に食べる! 戦場での基本中の基本でしょう! それに、指揮官の貴方が倒れたら皆が困るでしょう!」
ルチルは、部屋から出て行こうとするカルセドニ皇子の腕を掴んで引き留め、強い口調でそう言うと、彼の脇腹辺りを思い切り抓った。
「や、や、止めないか! ルチル! いだだだたっ!」
ルチルに脇腹を抓られ、身を悶えながらカルセドニ皇子はそう叫ぶ。
「年甲斐もなく、子供みたいな事を言っているからだ」
それを見ていたシリウスは、呆れた表情を浮かべながら、カルセドニ皇子に言う。
「兎に角、氷は自分が貰って来ます。 皆さんは、殿下が勝手に出歩かないよう、しっかりと見張って下さい」
ギベオンは、軽く溜息を付いてから、落ち着いた口調で部屋に居た者たちに向かって言った。
体が妙に重くて、何だか熱い……。
「う……ん……」
ロナードは徐に目を開けると、レースカーテン越しに差し込んでくる日の光が眩しくて、微かに目をほ揃た。
「起きたか」
耳馴染のある、少年の様な若い女性の様な……男性とは異なる少し高い声……。
「セ……ネ……。 ごホッ。 ごホッ……」
(声が……出ない……)
「無理に喋るな。 瘴気を吸い込んだ所為で、喉と呼吸器がやられている」
セネトはそう言いながら、近くの小さな丸テーブルに置かれていた水差しを手に取り、コップへと水を注ぐ。
「身を起こせるか?」
セネトは優しい口調でロナードに問い掛けると、彼は頷き返し、彼女の手を借りながらゆっくりと身を起こした。
(まだ、体が熱いな……)
ロナードの背中に回した腕から、彼の体の熱が伝わって来たので、セネトは心の中で呟きながらも自分が先程、水を注いだコップをロナードにし出した。
彼は、セネトから水が入ったコップを受け取ると、喉がカラカラだったのか、一気に飲み干した。
「横になっていろ。 まだ熱がある様だ」
セネトは、ロナードが水を飲み干したコップを受け取り、側に置かれている小さな丸テーブルの上に置くと、優しい口調で言った。
ロナードは小さく頷き返すと、ゆっくりと体をベッドの上に横たえた。
セネトは、熱の所為で頬は微かに紅潮し、熱で潤んでいる目で自分を見上げで居るロナードの頭を優しく撫でながら、
「何か、食べられそうか? もう昼過ぎだが」
優しい口調でロナードに問い掛けるが、彼は喉が物凄く痛くて、唾を飲み込むのも辛いので、首を左右に振った。
「喉が痛いんだろう? 何か冷たいもを貰えないか、聞いて来よう……」
セネトはそう言うと、席を立って部屋から出て行った。
ロナードは暫く、ボンヤリと天井を眺めていたが、その内また眠気に見舞われて、再び眠りに落ちた。
どのくらい経ったか分からないが、額にヒンヤリとした感触と、人の気配を感じてロナードは、
(セネト?)
心の中でそう呟きながら、ふと目を開けた。
「ああ。 起こしてしまったか」
ロナードが眠っているベッドの側の椅子に座り、本を読もうとしていたシリウスが、優しい声で言った。
「あ……」
ロナードは、思わず口を開いたが、声が掠れ、上手く言葉が出て来ないので焦る。
「無理に喋ろうとするな」
シリウスは、ロナードの頭を撫でながら、優しい口調で言う。
(そんな事を言っている場合じゃないんだ。 俺の感が正しければ、あれは魔物なんかじゃない! ハルディン卿の仮説は正しかったんだ!)
ロナードは、焦りの表情を浮かべながら、心の中で呟く。
「どうした?」
シリウスは、何やら自分をじっと見て、何か言いたそうな顔をしているロナードに問い掛ける。
「何か……私たちに伝えたい事でも?」
ハニエルが優しい口調でロナードに問うと、彼は真剣な面持ちで頷き返した。
「幻獣……ですか?」
ロナードが紙に綴った事に目を通し、ハニエルは戸惑いの表情を浮かべながら言う。
「あの、蛇の化け物がか?」
シリウスも戸惑いの表情を浮かべながら、ロナードに問い掛けると、彼は真剣な面持ちで頷く。
「俄かには信じられない事だが、しかし……煙の様に急に消えてしまった事に関しては、それで説明が付くのは確かだ……」
セネトは、自分の顎の下に片手を添え、真剣な面持ちで呟く。
「元・寺院に所属していた、ハルディン卿もその様な仮説を立てていましたね……」
ハニエルは、帝都から出る前にロナードが、ハルディン老から預かって読んだ事の内容を思い出し、神妙な面持ちで呟いた。
「仮に、幻獣だとして……。 一体、誰が何の為に召喚したと言うんだ?」
カルセドニ皇子は、戸惑い表情を浮かべながら、ハニエルに問い掛ける。
「ハルディン卿の仮説を汲むならば、寺院の関係者という事になるな……」
シリウスが、真剣な面持ちで呟くと、ロナードも頷く。
「そうですね。 あの化け物を封印したのも、その封印を管理しているのも、寺院ですからね」
ハニエルも、真剣な表情を浮かべながら、そう指摘する。
「寺院の者の中には、獅子族や鷹族の事を良く思わぬ連中が一定数存在する。 彼等の仕業と判断すのは早計だが、今、私が言える事はそのくらいだ」
カルセドニ皇子は、複雑な表情を浮かべ、重々しい口調で語る。
「古くから、獅子族や鷹族とは軋轢がありますからね。 建国祝賀祭の襲撃事件もありましたし、彼等の事を良く思わぬ輩は、一般人の中にもそれなりの数が居ると見て間違いないでしょう」
ハニエルも、落ち着いた口調でそう指摘する。
「でも、相手が寺院の関係者となると、なかなか尻尾を掴むのは難しいんじゃないかしら」
ルチルは、心配そうな表情を浮かべながら言って居ると、
「その企み、ぶっ潰せるかも知れないぞ?」
不意に、ジナーフがそう声を掛けて来た。
「ジナーフ殿……」
ハニエルは、何時の間に部屋に入って来たのか、何食わぬ顔をして自分たちの背後に居たジナーフに驚いた。
「済まん。 聞くつもりは無かったんだが、部屋をノックしても誰も応じてくれなかったものでな」
ハニエルたちが驚いているのを見て、ジナーフは苦笑混じりにそう言った。
「それは失礼を」
ハニエルも苦笑いを浮かべながらそう返した。
「さっきアンタは、『その企みをぶっ潰せる』と言ったが?」
シリウスは、真剣な面持ちでジナーフに問い掛けると、
「ああ。 この山脈には古くから、『風の女神』と我々の間では称されている幻獣が存在する。 彼女は風を操る高位の幻獣だ。 名をガルーダと言う。 お前たちの連れの召喚師ならば、彼女の力を借りる事が出来るのではないか?」
ジナーフは、落ち着いた口調でそう語ると、
「成程……」
カルセドニ皇子は、真剣な面持ちで呟く。
「我々の口伝では、女神は美青年が大好きで、我ら鷹族に加護を齎す様になったのも、鷹族の青年と恋仲であったからだと言われている。 男の召喚師ならば力を貸してくれるかも知れないぞ」
ジナーフがそう語ると、ギベオンは真剣な面持ちで、
「試す価値はあるかも知れません」
そう言うと、ルチルも真剣な面持ちで頷く。
「こ、こんな険しい道のりだとは、聞いていないぞ……」
セネトは、息を切らせながら、恨めしそうにそう呟いた。
「だから、里で待って居ろと言ったのに……」
道案内役のジェドが、呆れた表情を浮かべながらセネトに言う。
「ふざけるな。 自分の婚約者の事だぞ。 知らぬ顔など出来るものか」
セネトは、ムッとした表情を浮かべながら言う。
「何だお前。 女神さまに嫉妬しているのか?」
ジェドは意地の悪い笑みを浮かべ、セネトにそう言ってからかうと、
「べ、べ、別にそう言う訳では……。 僕はただ病み上がりのロナードの体が心配で……」
彼女は顔を真っ赤にして、ムキになってそう否定する。
「……少なくとも、健康なお前よりはサクサク進んでるぞ」
ジェドは、自分たちの前を行くロナードを指差しながら、意地悪くセネトに言い返す。
「う、五月蠅い! 大体お前、部屋で謹慎中じゃなかったのか!」
セネトは、ムッとした表情を浮かべ、強い口調で言い返す。
「親父が里を離れられない以上、息子のオレが代わりに女神さまに拝謁するのが筋だろ」
ジェドは、『当然』と言わんばかりにセネトにそう言うと、それを聞いた彼女はジェドに冷ややかな視線を向けながら、
「……お前の様なのが来ても、女神が喜ぶとは思えないが」
冷ややかな口調でそう言い返すと、ルチルも頷きながら、
「同感だわ」
「なんだと! 貴様ら!」
二人の言葉にジェドはカチンと来て、思わず声を荒らげると、
「喧嘩をする元気があるのなら、もう少しペースを上げますよ?」
先を歩いていたハニエルが、彼等の方へ振り返り、淡々とした口調でそう言い放った。
「冗談でしょ?」
思わず、ルチルが、物凄く嫌そうな顔をしてそう呟く。
「だったら、黙ってサクサク来て下さい」
ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべながら、非情にルチルたちにそう言い放った。
「鬼だ」
セネトは、ゲンナリした表情を浮かべながら、ボソリとそう呟いた。
「ここが……山頂……」
ロナードは、遥か眼下に広がる雲海を見ながら、息を弾ませながらそう呟く。
「うわ……。 これ絶対落ちたら助からないわ……」
ルチルは、自分たちが居た鷹族の里が豆粒程度しか見えないのを見て、恐怖に顔を引きつらせながら呟いた。
「危ないから、あまり身を乗り出すな」
それを見て、ギベオンが思わず心配になり、彼女にそう声を掛ける。
「空気が……薄い……」
セネトは、グッタリとした顔をして、息を弾ませながら呟く。
「今から、女神をお招きする儀式に取り掛かる。 お前たちは少し下がってくれ」
ジェドが真剣な面持ちで言うと、年老いた里のシャーマンを乗せた神輿を担いでいた、二人の里の男たちがゆっくりと神輿を下ろし、シャーマンの弟子と思われる、黒いローブに身を包み、動物の頭部を頭に被った体格の良い男が、持って来た荷物の中から、儀式に必要な道具を手早く用意していく。
ロナード達は、その様子を山頂から少し下がった所から各々、腰を下ろすなどして見守っていた。
準備が整うと、水牛だろうか。
牛の様な動物の頭蓋骨を被り、黒いローブに身を包んだ、腰の曲がった年老いた老人が、葉が茂った常緑樹の枝を束ねた物を手にすると、何やら謎の言葉を唱え、手にしている常緑樹の葉が茂った枝を振り回し始めた。
「……何と言っているか、分かるか?」
カルセドニ皇子が徐に、同じ両翼人の亜人であるハニエルに問い掛ける。
「訛りが強すぎて、何を言っているのか聞き取れません」
彼は苦笑いを浮かべながら、そう答えた。
そんな事を言って居ると、日にくべると、物凄い量の煙と共に、何とも言えぬ強烈な匂いを放っていた木の枝を焼いて出来たと思われる灰を、シャーマンがいきなり、かなり乱暴にロナード達に浴びせて来た。
「わっぷっ……」
「酷い匂いだわ」
セネトとルチルが思わず、顔を顰めているが、そんな事はお構いなしにシャーマンは儀式を続けていると、それまで雲一つなかったのに、急に雲が湧いて来て、穏やかであった風が次第に強くなってきた。
「ちょっ……。 目が開けられないんだけど」
ルチルは、自分の顔に叩きつける様に吹き荒れる風に、思わず顔の前で片手を翳し、顔を反らしながら呟く。
「しっかり踏ん張れ。 吹き飛ばされるぞ」
カルセドニ皇子はそう言いながら、小柄なセネトが吹き飛ばされないよう、彼女の風よけになる様にしながら、彼女の肩を掴み、周囲に居た仲間たちに向かって言う。
「いや、ちょっとマジで、ヤバくない?」
立っている事が困難なほど、強い風が吹き荒れ、思わずしゃがみ込んでしまったルチルが、思わずそう言った。
「来る」
ロナードが、何かを察した様にそう呟くと、彼等の頭上に雲とは異なる影が覆って来た。
“人が此処まで来るのは、どのくらい振りか”
突如、ロナード達の脳に直接、女性の声が響いて来た。
ロナードが徐に顔を上げ、それに釣られて他の者たちも顔を上げると、そこには、背中に四枚の鳥の翼、上半身は人間の女性、下半身は鳥の下半身、両手は鷹の爪の様な鋭く大きな爪を生やし、全身は、緑色の鱗の様な羽毛の様な物に覆われた、波打つ短めの白に近い銀色の髪、耳は鳥の羽を屈長けた様な物、琥珀色の双眸を持つ、美しい顔立ちの女性……。
だが、悠に三メートルはあろうかと言う、半人半鳥の様な生き物……。
「おお。 我らの神よ」
シャーマンが興奮した様子で呟く。
“この様な大勢で詰め掛けて、何用じゃ?”
その生き物は、少し不機嫌そうな様子で、その場に居る者たちの脳裏に直接問い掛けてくる。
誰もが、その巨大さと、何とも言えぬ迫力に尻込みする中、ロナードがその生き物の正面に歩み出た。
“其方は……”
その生き物は、興味深そうにロナードを見据えながら呟いてから、
“ローデシア……ではないな?”
徐にそう呟いたので、それを聞いてロナードとシリウスが驚く。
「これが、お前たちの言う女神なのか?」
セネトは、戸惑いの表情を浮かべながら、近くに居たジェドに問い掛ける。
「そうだ。 風の女神ガルーダ様だ」
ジェドは、淡々とした口調で答える。
「母を……知っているのか?」
ロナードがおずおずと、その生き物に問い掛けると、
“知って居るとも。 もう随分と昔の話じゃが、幼子の頃に鷹族の里に滞在して居た時、今の族長と二人で遊び半分で此処まで来た事がある”
幻獣ガルーダは、淡々とした口調で答えて来た。
「子供の足でか?」
カルセドニ皇子は、『信じられない』と言った様子で言う。
“流石に、途中までは今の族長が飛んで運んで来た様じゃが、半分ほど過ぎた辺りでへばってな。 残りを歩いて来よったわ”
幻獣ガルーダは、苦笑いを浮かべながら返す。
「それ……ズルなんじゃ……」
ルチルがボソリとそう言うと、
“まあ、普通なら飛んで登って来るなど許されぬ事じゃが、童がしたこと故、大目に見てやった”
幻獣ガルーダは、淡々とした口調で答える。
何時の間にか、自分たちをも吹き飛ばしそうな程の勢いで吹き荒れていた風が、静まっている。
「……」
ロナードは、何とも言えぬ表情を浮かべる。
“面白い娘故、少し声を掛けてやったら、それから毎日の様に妾に会いに来る様になってな……。 妾を前にしても物動じせずに良く喋る、笑顔が印象的な娘だった”
幻獣ガルーダは、とても懐かしそうに語る。
「母と契約を?」
ロナードは、おずおずとそう問い掛けると、
“してはおらぬよ。 彼女は『人を傷つける力は要らない』と言って、妾との契約を断った。 この様な事は後にも先にも、ローデシア位なものじゃろうて”
幻獣ガルーダはそう返してから、苦笑いを浮かべた。
「怒っては……いないのか?」
ロナードは、幻獣ガルーダの反応が自分が想像していたものとは随分と違う為、戸惑いの表情を浮かべながら問い掛ける。
“怒る? 妾の事を『友達』だと言ってくれた者をか?”
幻獣ガルーダは、可笑しそうにクスッと笑ってから、ロナードにそう返した。
「幻獣に対して友達って……」
幻獣ガルーダの言葉を聞いて、ルチルは戸惑いの表情を浮かべながら呟く。
“実に、楽しい時間じゃった。 あれ程長い時間、人と過ごしたのはローデシアが初めてじゃった。 本当に不思議な娘じゃった……。 もうこの世の何処にも居ないのが悔やまれるばかりじゃ”
幻獣ガルーダは、寂しそう表嬢を浮かべながらそう言った。
「……」
ロナードは思わず、その表情を曇らせ、返す言葉を失った。
“して、その息子は妾に何用か?”
幻獣ガルーダは、興味津々と言った様子で、ロナードに問い掛ける。
「この山脈を中心に、砂漠地帯で瘴気を吐き、土地を腐らせている、三つ首の蛇の化け物の事はご存知か?」
ロナードに代わり、カルセドニ皇子がそう切り出した。
“三つ首の蛇……。 ああ……そんなのも居ったのう”
幻獣ガルーダは、少し間を置いてから、淡々とした口調で返す。
「我々は、その蛇の害に苦しむ者を救う為、蛇の討伐をするつもりだ」
カルセドニ皇子は、真剣な表情を浮かべながら、簡潔に事情を語る。
“ほう。 面白い事を言う。 アレを呼び出したのは他でもない、お前たち人間ではないか”
すると幻獣ガルーダは、何処か可笑しそうにそう言って来た。
(やはり、幻獣だったのか……)
ロナードは、心の中でそう呟くと、幻獣の方へと目を向ける。
“あれは、新鮮な血肉が好物故、供物を与えれば、誰にでも簡単に召喚に応じる様な小物じゃ。 幾ら封印を施しても、悪意のある者が居る限り、奴は何度でも現れる”
幻獣ガルーダは、戸惑っているカルセドニ皇子たちに語る。
「倒す事は、不可能なのか?」
カルセドニ皇子は、真剣な面持ちで問い掛ける。
“ふむ……。 お前たちが言う『倒す』と言う定義が、何を指しているのかは分からぬが、異界に送り返し、封印を施す事は可能じゃ。 それこそ、歴代の大老子たちがして来たようにな”
幻獣ガルーダは、淡々とした多口調で答える。
「それでは困る」
カルセドニ皇子は、真剣な面持ちで言う。
“完全なる消滅となると、異界へ渡り、奴の『核』を破壊する他ないのう”
幻獣ガルーダは、淡々とした口調で返すと、それを聞いた面々はたじろいだ。
「それは……流石に無理だな……」
ロナードは、自分の顎の下に片手を添えながら、そう呟いた。
“ふむ。 其方、召喚師であろう?”
幻獣ガルーダは、ロナードを指差しながら言うと、
「あ、ああ……」
彼は、戸惑いの表情を浮かべながら返す。
“ならば、使役している者に命じて、奴が此方の世界に渡れぬ様に、向こうの世界で見張らせてはどうじゃ?”
幻獣ガルーダは、淡々とした口調でそう提案して来た。
その言葉を聞いて、その場に居合わせた者たちは一斉にロナードを見る。
「その様な事、可能なのか?」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべたまま、幻獣ガルーダに問い掛ける。
“主が命じれば、嫌とは言わぬじゃろう。 何なら妾がやってやっても良いぞ。 奴には鷹族の里を襲った恨みがある故。 たっぷりと灸を据えてやるわ”
幻獣ガルーダはそう言うと、不敵な笑みを浮かべる。
(こわっ……)
幻獣ガルーダの双眸に、刃物のような鋭い光があるのを見て、ルチルは思わず心の中でそう呟くと、表情を引き攣らせた。
「……」
ロナードは、物凄く複雑な表情を浮かべ、押し黙っている。
“心配せぬとも、妾はローデシアとの約束を守るだけじゃ”
幻獣ガルーダは、ロナードの心中を見透かしたかの様に、落ち着いた口調でそう言った。
「約束?」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべながらそう呟くと、幻獣ガルーダを見る。
“将来、自分の子供が妾に助けを求めて来た時は、力になって欲しいと言われておる”
幻獣ガルーダは、淡々とした口調でそう答えた。
「母上……」
その言葉に、ロナードは物凄く複雑な表情を浮かべた。
“とは言え、妾を使役するに相応しいか、試させて貰うがのう”
幻獣ガルーダは、不敵な笑みを浮かべながら、そう言って来た。
「何をしたら良い?」
ロナードは、真剣な表情を浮かべ、真っ直ぐに幻獣ガルーダを見据え、そう問い掛ける。
“簡単な事じゃ。 其方の力を示せばよい”
幻獣ガルーダがそう言うと、急に強い耳鳴りがしたので、ロナードは思わず両手で左右の耳を塞ぐ。
次の瞬間、緑色の透明な壁が自分たちの周囲を取り囲んだ。
(結界!)
ロナードはそれを見て、心の中でそう呟くと、忙しく周囲に目を配らせた。
だが、どう言う訳か、先程まで居た筈のセネトたちの姿が何処にもない。
今、ここに居るのはロナードと、彼を静かに見据える幻獣ガルーダだけであった。
「皆は、何処に?」
ロナードは、焦りの表情を浮かべながら、幻獣ガルーダに問い掛ける。
“心配せぬとも、先に里に帰した”
幻獣ガルーダは、落ち着き払った口調で答えた。
(成程。 純粋に俺一人の力を試そうと言う魂胆か)
ロナードは、心の中でそう呟くと、幻獣ガルーダを見る。
“そうそう。 言い忘れていた。 妾に勝利すれば無論、其方と契約をするが、其方が敗北した場合は、其方は妾の下僕として、死ぬまで此処で仕えて貰うぞ”
幻獣ガルーダは、淡々とした口調でそう言うと、ニッと笑みを浮かべた。
「は?」
ロナードは一瞬、彼女が言った事が理解出来ず、思わずそう呟いたが、直ぐに、彼女の真の目的が何であるか理解した。
「ふざけるな! 聞いていないぞ!」
ロナードは、表情を険しくし、強い口調で幻獣ガルーダに言い返す。
“今、話したではないか”
幻獣ガルーダは、意地の悪い笑みを浮かべながら、憤っているロナードに言う。
(コイツ! 最初から俺が狙いだったのか!)
ロナードは、不敵な笑みを浮かべ、自分を見据えている幻獣ガルーダの表情を見て、心の中でそう呟くと、苦々しい表情を浮かべる。
“嫌ならば、勝てば良いだけの事じゃ。 違うか?”
幻獣ガルーダは可笑しそうに、クスクスと笑いながらロナードに言う。
(この鳥女ッ! 焼き鳥にしてやる!)
ロナードは、ギッと幻獣ガルーダを睨み付けながら、心の中でそう叫んだ。
ガルーダが呼び出したのは、自身の眷属と思われる、大きなコンドルの様な生き物だった。
それが数体、上空を旋回し、ロナードへの攻撃の機会を伺っている。
“さて。 空を飛べぬ其方がどの様に戦うのか、じっくりと見せて貰おうか”
幻獣ガルーダはロナードから少し離れた空の上から、不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
「ふざけるな! ボコボコにしてやる!」
ロナードは、怒りの色を露わにしながら、強い口調で幻獣ガルーダに言い返した。
“青いな”
自分に嵌められたと知り、憤るロナードに対し、幻獣ガルーダはそう言って嘲笑う。
ロナードは悔しそうにギリッと唇を噛みしめた後、何やら術の詠唱を始めた。
やがて、虹色の魔法陣が彼の足元に浮かび上がる。
「我の求めに応じよ。 来い。 光のカーバンクル」
ロナードは落ち着き払った口調でそう言うと、虹色の魔法陣が浮かび上がり、中から、額にルビーの様な真っ赤な宝石を付けた、全身が緑を基調とし、光の反射の加減や見る角度によって虹色に輝いて見える、人間の幼児くらいの大きさで、兎と言うより、犬のパピヨンの耳の様な大きな耳を有し、リスの様に大きな黒い双眸を持つ、蜥蜴の様な、兎の様な、けれども、鱗も毛も無い、全身がツルツルで、のっぺりとした感じの可愛らしい生き物が飛び出して来て、その額から虹色の光を放つと、ロナードはその光に覆われた。
“ほう。 魔障壁であらゆる術を返す魂胆か”
それを見て、幻獣ガルーダは呟く。
(ふむ。 光属性の高位幻獣を使役出来るとは、少し見縊っていた様だ)
幻獣ガルーダは、心の中でそう呟きながら、ロナードの動向を注意深く観察する。
ロナードは続けざまに、また別の術を詠唱する。
次は、銀色に輝く魔法陣が浮かび上がり、、全身は光沢のある濃い緑色、腹部が赤、黄色い嘴を持った、とても艶やかな姿の巨大な鳥が姿を現した。
“連続召喚じゃと!”
それには、幻獣ガルーダは驚いて、思わず声を上げた
「ケツァール。 コイツ等を適当に相手してやれ」
ロナードは、落ち着き払った口調で、自身が呼び出した雷を纏った幻獣に命じる。
“御意”
その幻獣はそう返すと、勢い良く幻獣ガルーダの眷属の下へ向かって行った。
(ふむ。 確かに雷ならば、我が眷属の速さについて行く事は出来るじゃろう。 しかし、攻撃が当たらねば何の意味も無いぞ)
幻獣ガルーダは、自身の眷属たちと並行飛行をしながら、雷で攻撃をしているケツァールを見ながら、心の中で呟いていると、ふと、ロナードの方面からキラッと何かが光り、自分に向かって矢の様な形をした光の塊が、ボウガンの矢の様に物凄い速さで飛んで来た。
幻獣ガルーダはそれに気付くと、全く危なげなく避けた。
「チッ」
自分が放った、光の魔術で出来た矢が躱されたのを見て、ロナードは苦々しい表情を浮かべながら舌打ちをする。
“おやおや。 困るのう。 其方の相手は童では無いのだが?”
幻獣ガルーダは、いきなり自分に攻撃を加えてきたロナードに向って、苦笑いを浮かべながら言う。
「デカイ的がそこにあるのに、狙わない手は無いだろう」
ロナードは、何食わぬ顔をして、淡々とした口調で言い返した。
“クククッ。 そう来たか”
幻獣ガルーダは、可笑しそうに笑ってから、不敵に笑みを浮かべる。
同じ頃、幻獣ガルーダによって、鷹族の里へ強制的に帰されたシリウス達は……。
「くそ! あの鳥女! 舐めた真似を!」
自分たちを弾き出し、結界を張った瞬間に見せた幻獣ガルーダの不敵な笑みと、辛うじて聞き取れたシャーマンの言葉に、勘の良いシリウスが彼女の本当の目的を察し、苦々しい表情を浮かべながら呟く。
「落ち着いて下さい。 シリウス。 今から再び登っても間に合うとは思えません」
ハニエルが慌てて、再び山に登ろうとしているシリウスの腕を掴み、落ち着いた口調で彼を諫める。
「どう言う事だ?」
カルセドニ皇子が、戸惑いの表情を浮かべながら、シリウスたちに問い掛ける。
「騙されたんだ。 コイツ等に!」
シリウスは、怒り心頭と言った様子で、自分たちと共に里に戻された、ジェドとシャーマンたちを指差しながら言う。
「それじゃ、どう言う事か分からないわよ」
ルチルが、困惑を隠せない様子で言う。
「あの幻獣の生贄にされたのですよ。 ロナードは」
ハニエルも聞き取れたシャーマンの言葉を思い出しながら、苦々しい表情を浮かべながら言う。
「なっ……」
それを聞いて、セネトは思わず絶句し、徐にジェドの方へと目を向ける。
「これで、お前の婚約者も居なくなったも同然だな」
ジェドが、勝ち誇った様な笑みを浮かべながら、戸惑いの表情を浮かべているセネトに言う。
「貴様っ! 最初からセネトを手に入れる為に!」
ジェドの言動を聞いて、彼の思惑に気付いたカルセドニ皇子は、怒りに満ちた表情を浮かべ、物凄い勢いでジェドに掴み掛ろうとするが、彼はヒラリと後ろに避ける。
「これが……貴様ら鷹族のやり方か……」
シリウスは、怒りに身を震わせ、ジェドを思い切り睨み付けながら、唸る様な声で言う。
「シャーマンが行ったのは、生贄の儀式だったのですね?」
ハニエルは険しい表情を浮かべながら、ジェドに言うと、
「そうだ」
彼は、何食わぬ顔をして、そう返した。
「卑怯者め!」
カルセドニ皇子は、憤りを隠せない様子で、ジェドに怒鳴り付ける。
「事実を話したら、会おうなととは思わないだろう?」
ジェドは、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「貴様ッ!」
シリウスは表情を険しくし、乱暴にジェドの胸ぐらを掴む。
「若様!」
それを見て、シャーマンの弟子が焦りの表情を浮かべる。
「お前等も同罪だ」
シリウスは、ジェドの胸ぐらを掴んだまま、彼等をジロリと睨み付けながら、唸る様な声で言った。
「コレ、何の騒ぎですか?」
ふと、族長の屋敷の方から、アイクが歩み寄って来て、戸惑いの表情を浮かべながら、声を掛けて来た。
「アイク……」
セネトは、戸惑いの表情を浮かべながら呟く。
「お前、今の今まで何処に行っていた?」
シリウスは、ロナードの護衛でありながら、姿が無かったアイクを睨み付けながら、そう問い掛ける。
「いやいや……。 ナルル姉さんを蛇の化け物に投げ付けといて、そのまま放置とか無いでしょう?」
自分を睨み付けるシリウスにたじろぎながら、アイクは苦笑いを浮かべながら言う。
「そうだゾ! 伯爵さまの所為で、頭から砂にめり込んで、かなかな出られなかったんだゾ!」
遅れてやって来たナルルも、不満に満ちた表情を浮かべ、強い口調でシリウスに言う。
「ほう」
シリウスは、これと言った表情を浮かべる事も無く、淡々とした口調で言った。
「『ほう』じゃないゾ! 口の中は砂だらけになるし、もう少しで窒息死するところだったゾ!」
その態度にナルルはカチンと来て、ムッとした表情を浮かべ、強い口調で言う。
「そうですよ。 皆してナルル姉さんの事を放って、さっさと何処かに行ってしまったから、マジで焦りましたよ。 夜は冷えるし、魔物は出て来るしで、ホント大変だったんですよ」
アイクは、ゲンナリとした表情を浮かべながら言うと、
「貴様らが、その辺の魔物に食われる様なタマか?」
シリウスが、冷ややかな口調でアイクに言い返す。
「ボクにタマは無いゾ」
ナルルは、ムッとした表情を浮かべ、物凄く真面目にそう言い返してきた。
「……」
それには、流石のシリウスも返す言葉を失った。
「ま、まあ、無事に合流出来たのですから、良かったではありませんか」
見かねたハニエルが、苦笑いを浮かべながら言うと、
「良くないゾ!。 帝都に帰ったら、珍しい食べ物をお腹一杯食べないと、僕の腹の虫は収まりそうにないんだゾ!」
ナルルは口を尖らせ、不満に満ちた表情を浮かべながら、強い口調でハニエルに言うと、
「はいはい。 帰ったら幾らでもご馳走しますよ。 シリウスが」
ハニエルは、苦笑いを浮かべながら、怒っているナルルに言うと、
「何を勝手な事を」
シリウスは、物凄く嫌そうな表情を浮かべながら、ハニエルに言い返す。
「だって、悪いのはシリウスですよね?」
ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべながら、シリウスに向かって言うと、
「そうだゾ」
「そうですよ」
ナルルとアイクが揃って、シリウスに向かってそう言って居ると、
「って、ゲス息子が逃げるわよ」
何時の間にか、シリウスの手から逃れ、ジェドが忍び足でその場から離れようとしている事に気付いたルチルが、指差しながらそうシリウスたちに声を掛ける。
「あ……」
ジェドは、一斉に自分の方を見て来たシリウス達に、『マズイ』と言う様な表情を浮かべ、思わずその場に凍り付く。
「おい。 貴様。 何処へ行く気だ?」
シリウスは、両腕を自分の胸の前に組み、その場に固まり、背中から滝の様に冷や汗を流しているジェドに問い掛けた。
「え~っと……。 ちょっと花摘みに……」
ジェドは、苦笑いを浮かべながら、そう言って誤魔化そうとする。
「お手洗いでしたら、向こうですが」
ハニエルは、族長の屋敷の方を指差しながら、全く逆方向へ行こうとしていたジェドに、淡々とした口調で言う。
「それより、大変なんだゾ! リリアーヌが来ちゃったんだゾ!」
ナルルは何故、シリウス達を探していたかを思い出し、急に慌てた様子でそう言いだした。
「そうです! オレたち、それを主に教えようと思って、探して居たんですよ! 主は何処にいらっしゃるんですか?」
アイクも、本来の目的を思い出し、焦りの表情を浮かべながら、シリウスたちに言う。
「……」
アイクの問い掛けに、一同は物凄く困った様な表情を浮かべ、互いの顔を見合わせる。
「ユリアスなら、あの山の山頂だ」
シリウスが、淡々とした口調で、里から離れた、犬歯の様に聳え立つ、この辺りでも一番の標高を誇る山の山頂付近を指差しながら言った。
「はい?」
アイクはあまりに突拍子の無い事を言われ、思わず目を点にして問い返す。
「冗談きついゾ」
ナルルも、ムッとした表情を浮かべながら、シリウスに言う。
「いや、さっきまで、僕たちもあそこに居たんだが、このゲス野郎にまんまと嵌められて、ロナードを一人、幻獣が居る山頂に置いて来る羽目になったんだ」
セネトは、ジェドを指差しながら、落ち着き払った口調で簡潔に二人に説明した。
「それってつまり、主は今、あの山の頂上で幻獣とバトル中って事ですか?」
アイクは、戸惑いの表情を浮かべながら、おずおずとした口調で、セネト立に問い掛ける。
「多分な……」
カルセドニ皇子が、複雑な表情を浮かべながら返す。
「はあ? なにやらかしてくれてるんですか! もし、主に何かあったら、その髪の毛を全部、素手で毟り取りますからね!」
アイクは、怒りに満ちた表情を浮かべながら、ジェドにそう言いながら詰め寄る。
「ボクは、その翼を毟り取って、砂の中に頭だけ出して埋めてやるんだゾ」
ナルルも、両手をボキボキと鳴らしながら、怒りのオーラを漲らせながら言って居ると、突然、物凄い轟音を立てながら、上空からかなり大きな何かが、此方へ大砲の球の様に落ちて来ている。
それに気付いたシリウス達は、巻き込まれては堪らないと、慌ててその場から離れると、半秒ほど遅れてそれは、地面を抉る程の轟音を立てながら、『グギャァアア』と言う女性の断末魔の様な声と共に落ちて来た。
「な、なんだ?」
「何か、降って来たぞ」
周囲に居た里の者たちが、轟音を聞いて口々にそう呟きながら、何かが落ちて来て抉れた地面の方へと集まり出した。
シリウスたちも戸惑いながらも、何が落ちて来たのか確認しようと、大きく抉れた地面の方へと駆け寄ると、そこには、自分たちが先程見た風の女神こと、幻獣ガルーダが仰向けになって倒れており、その土手っ腹に何故かドラゴンの様な翼を生やしたロナードが、剣を突き立てた格好で居た。
「は? え?」
何が起きたのか理解が出来ず、アイクは戸惑いの表情を浮かべながら、周囲の者たちを見回すが、彼等もアイクと同様に、何が起きたのか理解出来ていない様であった。
「ま、まさか……。 女神さまを……返り討ちにしたのか?」
ジェドは、地面の上に仰向けになって、土手っ腹に剣が突き刺さったままの格好で倒れ、ピクリとも動かない幻獣ガルーダを見て、戸惑いの表情を浮かべながら呟く。
「……だ」
先程の轟音に集まって来た、寺院の兵士たちの一人が、徐に何か呟いた。
「竜神ガイア様だ」
今度は周りにもハッキリと聞き取れる様な声で、別の兵士がそう呟くのが聞こえた。
「えっ……」
兵士たちの言葉を聞いて、セネトは改めてロナードの方へと目を向ける。
彼は、背中からドラゴンの様な大きな翼を背中から生やし、その目は紫色ではなく、黄金に輝いており、露わになっている肌は、部分的ではあるが紫色に光る鱗に覆われ、何時もと違い、物凄く無機質な表情と他者を寄せ付けぬ、何とも言える重く鋭い空気を纏っていた。
その姿は、寺院の兵士たちが言う様に、竜魔戦争で数多の魔族を屠った竜族の英雄であり、後にガイア神教の神となる、竜神ガイアの石像の姿に良く似ていた。
「ガイア神の再来だ」
誰かが、そう呟くのが聞こえた。




