寺院の闇
主な登場人物
ロナード(ユリアス)…召喚術と言う稀有な術を扱えるが故に、その力を我が物にしようと企んだ、嘗ての師匠に『隷属』の呪いを掛けられている。 その呪いを解く為、エレンツ帝国を目指している。 漆黒の髪に紫色の双眸が特徴的な美青年。 十七歳。
セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国の皇女。 とある事情から逃れる為、シリウスたちと行動を共にしている。 補助魔術を得意とする魔術師。 フワリとした癖のある黒髪に琥珀色の大きな瞳が特徴的な女性。 十九歳。
シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在に操る剣士だが、『封魔眼』と言う、見た相手の魔術の使用を封じる、特殊な瞳を持っている。 長めの金髪に紫色の双眸を持つ美丈夫。 二二歳。
ハニエル…傭兵業をしているシリウスの相棒で鷺族と呼ばれている両翼人。 治癒魔術と薬草学を得意としている。 白銀の長髪と紫色の双眸を有している。 物凄い美青年なのだが、笑顔を浮かべながらサラリと毒を吐く。
ティティス…セネトの腹違いの妹。 とても傲慢で自分勝手な性格。 家族内で立場の弱いセネトの事を見下している。 十七歳。
ルチル…帝国の第三騎士団の隊長を務めている女性。 セネトと幼馴染。 今はティティスの護衛の任に就いている。 二十歳。
ギベオン…セネト専属の護衛騎士。 温和で生真面目な性格の青年。 二十五歳。
ルフト…宮廷魔術師長サリアを母に持ち、魔術師の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟に当たる。 二十歳。
ナルル…サリアを主とし、彼女とその家族を守っている『獅子族』と人間の混血児。 とても社交的な性格をしている。
リリアーヌ…イシュタル教会で『聖女』と呼ばれている召喚術を使えるシスター。 ロナードが教会の孤児院に居た頃、親しくしていた。 ロナードに対する恋心を拗らせ、彼への強い執着心を抱いている。
エルフリーデ…宮廷魔術師をしている伯爵令嬢で、ルフトの婚約者。 ルフトの母であるサリアの事をとても慕っている
カルセドニ…エレンツ帝国の第一皇子でセネトの同腹の兄。 寺院の聖騎士をしている。 奴隷だったシリウスとハニエルを助け、自由の身にした人物。
アイク…ロナードの専属護衛をしている寺院の暗部に所属していた青年。 気さくな性格をしている。
アイリッシュ伯…ロナードがイシュタル教会の孤児院に在籍していた頃、彼に魔術の師事をしていた人物で、ロナードに呪詛を掛けた張本人。
セネリオ…ロナードがイシュタル教会の孤児院に居た時に親しくしていた青年。 アイリッシュ伯を師と仰ぎ、彼の研究に協力している魔術師。
「少し……。 困った事になったわ」
サリアは、宮廷から戻って来るなり、何処か疲れた様子で、出迎えたロナードにそう告げた。
「何か……問題でも?」
ロナードは、嫌な予感を覚えつつ、おずおずとサリアに問い掛けた。
「詳しい話は応接間でしましょう。 ここで話す様な事では無いわ」
サリアは、溜息を付いてから、落ち着いた口調でロナードに言った。
「分かりました。 応接間でお待ちしています」
ロナードも、戸惑いの表情を浮かべながらも、落ち着いた口調で返した。
一人、応接間でサリアを待っていると、遅れて仕事から戻って来たルフトが入って来た。
「お帰り。 ルフト。 今日は早いんだな?」
ロナードは、応接間に入って来たルフトに対し、そう声を掛けると、
「ああ。 君も母上に呼ばれたんだね」
ロナードを見るなり、何処か複雑な表情を浮かべながら言った。
「宮廷で、何かあったのか?」
ロナードは、浮かない顔をしているルフトに、そう問い掛ける。
「いいや。 宮廷は至って平和だよ」
ルフトは、落ち着いた口調でそう返すと、テーブルを挟んで向かいのソファーに腰を下ろした。
「じゃあ、『困った事』と言うのは?」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべながら問い掛ける。
「ゲオネスって、覚えてる?」
ルフトは、真剣な面持ちで問い掛ける。
「ああ。 建国祝賀祭の時に、獅子族たちを束ねていた奴だろう?」
ロナードは、何故その様な事を聞くのか、不思議に思いながらもルフトの問い掛けに答えた。
「そう。 何で彼等があんな暴挙に出たかは、聞いてる?」
ルフトは、真剣な表情を浮かべたまま、更にそう問い掛けて来た。
「今の帝国に不満を抱いて、あの様な暴挙に出たと聞いているが……」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべながら答えた。
「今の帝国に不満を抱いてていたのは事実だけれど、その様に思う様になるのも、無理も無い事情が、彼等にはあったんだ」
ルフトは、複雑な表情を浮かべ、重々しい口調で語る。
「どう言う事だ?」
ロナードは思い切り眉を顰め、複雑な顔をしているルフトに問い掛けた。
「彼の故郷の里は随分前から、魔物の被害に苦しんでいるんだ。 それも、普通の魔物じゃない。 口から瘴気を吐いて、その瘴気で土地を腐らせる……。 複数の頭を持った、巨大な蛇の様な魔物に」
ルフトは真剣な表情を浮かべ、淡々と理由を語り始めた。
「そんな事が……」
ロナードは、驚きを隠せない様子で呟く。
「彼等だけでは対処が出来なくて、獅子族たちは何度も、寺院に討伐の依頼をお願いしていたらしい」
ルフトは、複雑な顔をしたまま、淡々と話を続ける。
「流石の獅子族も、瘴気に触れて何とも無い筈がない」
ルフトの話を聞いて、ロナードも淡々とした口調で返す。
「その通りだよ。 けれど寺院はずっと、彼等に土地を浄化させる効果があると言って、聖水を売り付けるだけで、他にこれと言った対策をとって来なかったんだ」
ルフトは、淡々とした口調でそう語った後、大きな溜息を付いた。
「成程。 それで……獅子族たちの堪忍袋の緒が切れたと言う訳か」
ルフトの説明を聞いて、ロナードは獅子族が少し気の毒になり、何とも言えぬ表情を浮かべながら言った。
「そうなんだ。 獄中でこの事を知ったゲオネスとその仲間は怒り狂い、外部の者の手を借りて脱獄し、帝都を襲撃したって訳だよ」
ルフトは溜息混じりにそう返した。
「ティアマト大老子は、この事実を知っているのか?」
ロナードの脳裏に、魔道大会の際、特殊な毒を塗った暗器の攻撃を受け、怪我をした自分に治癒魔術を用い、助けてくれたティアマト大老子の顔が浮かび、思わずそう問い掛けた。
何でも包み込んでくれそうな、柔らかな雰囲気のお婆さんで、毒で自分が苦しんでいる間も、ずっと手を握り、本当に細やかな気配りをしてくれた人だ。
そんな優しいお婆さんが、獅子族が困っていると知っていて、見過すとは思いたくなかった。
「獅子族たちの襲撃事件を受けて、ティアマト大老子は正式に獅子族に謝罪し、魔物の討伐を約束された。 けれど、老子たちはその魔物の討伐に後ろ向きでね……。 尤もらしい理由を付けては、その事を避けていたんだけど……」
ルフトは、複雑な表情を浮かべながら、重々しい口調で語る。
「けれど?」
ロナードは、興味深そうに問い返す。
「今朝、新しく聖女になった、リリアーヌだったかしら? 彼女が中心となって、その魔物を討伐すると言い出したの」
着替えを済ませて来たサリアが、ルフトの代わりにそう語った。
「リリアーヌが……」
今や、その名前すら聞いただけで、寒気がする彼女の名を聞いて、ロナードは表情を険しくした。
「勿論、獅子族たちを苦しめている魔物を、討伐してくれる事に関しては、歓迎すべき事だわ。 けれども彼女は、討伐部隊の人員にカルセドニ皇子と貴方を指名して来たの」
サリアは、困った様な表情を浮かべながら、ロナードにその理由を語った。
「なっ……」
サリアの話を聞いて、ロナードは驚き戸惑い、思わず声に出していた。
「カルセドニ皇子はまだ分かるよ。 今、留守を預かっている聖騎士たちを束ねる立場だから。 でも、寺院と関わりの無い君を指名するのは可笑しいだろう?」
ルフトも、不信感しか抱いて無さそうな様子で、思いがけぬ事に、かなり動揺しているロナードに言った。
「私もそう思って、なぜ貴方なのか、寺院に理由を尋ねたのだけれど、これと言った明確な返答が無いの」
サリアは、自分の髪をかき上げ、溜息混じりにそう語った。
「絶対に、アイツ等が君を誘き出す為に、リリアーヌに言って、名指しさせたとしか考えられない」
ルフトは、嫌悪感を露わにしながらそう言うと、
「私もそう思うわ。 それ以外に、聖女が貴方を指名する理由が思い付かないもの」
サリアも険しい表情をして、そう言った。
「仮にそうだとして、断る事は出来るのですか?」
ロナードは、不信感を露わにしている二人に、落ち着いた口調で問い掛ける。
「……難しいでしょうね」
サリアは、複雑な表情を浮かべ、そう返すと、溜息を付いた。
ロナード自身、薄々は分かっていた。
断れるような事を、彼女たちが態々、自分に話す筈が無いのだから。
彼女たちの性格上、本来ならばロナードの知らぬところで、その様な話など片付けてしまっている。
「君が断わって、一番被害を受けるのは多分、カルセドニ皇子だろう。 君を説得出来なかったとか、尤もらしい理由を付けて、その責任を問う可能性が高い」
ルフトは、苦々しい表情を浮かべながら、ロナードにそう語った。
ロナードが、カルセドニ皇子の同腹の妹である、セレンディーネ皇女の婚約者である事は既に、多くの者が知っている。
その事を面白く無いと思って居る輩も、一定数居るであろうと言う事も。
「つまり、リリアーヌの背後には、力のある寺院の関係者の他に、カルセドニ殿下を帝位に就けたくない、他の皇子たち、若しくは皇子の支持者が居ると言う事か……」
ロナードは、自分の顎の下に片手を添え、神妙な面持ちで呟く。
「そう言う事になるね」
ルフトも、神妙な面持ちでそう返す。
「私たちとしても、カルセドニ皇子を支持している以上、彼の立場が悪くなるのは避けたいから、貴方に断っても良いとは、なかなか言える状況では無いの」
サリアも、随分と困っている様で、溜息混じりに事情を説明する。
「分かります。 俺もネフライト皇太子よりも、カルセドニ殿下が帝位に就くべきだと、思って居ますから。 殿下の足を引っ張る様な真似はしたくはありません」
ロナードは真剣な表情を浮かべ、落ち着いた口調で返した。
幾度しか会った事が無いし、殆ど会話と言う会話も交わしてはいないが、ネフライト皇太子がクズ野郎で、人の上に立つには相応しくない、薄っぺらい人間だと言う事は、ロナードも強く感じている。
カルセドニ皇子の様な、人の上に立つ事の者の覚悟と言った様なものが、彼からは微塵も感じられない。
幼子の様に己の感情が赴くままに行動し、その所為で起こった事に対して、責任を取る事すらしない。
そんな、自分本位の人間が上に立てば、国が乱れるのは必至だ。
「今回の寺院からの申し出には、セレンディーネ皇女さまも、頭を抱えていらっしゃるわ」
サリアは、困り果てた表情を浮かべながら言う。
「色んな人間の思惑が混ざり合って、こう言う事になったのだろうけれど……。 断るにしろ、引き受けるにしろ、慎重しなければ……」
そう語るルフトも、どうするのが最善であるのか、かなり頭を悩ませている様だ。
「そうね。 余計な事に巻き込まれかねないわ」
サリアは、ゲンナリとした表情を浮かべ、深々と溜息を付きながら言う。
「まあ、今も十分に巻き込まれているけれど……。 これ以上、ややこしい事になるのは、君の望む事では無いだろう?」
ルフトも、ゲンナリした表情を浮かべ、徐にロナードに問い掛ける。
「ええ。 特にリリアーヌと関わると、碌な事にはならないので……」
ロナードは、物凄く嫌そうな顔をしながら、ルフトにそう返した。
「確かに」
ルフトは、苦笑いを浮かべながら言う。
「正直、彼女がこうも俺に執着するのか、理解に苦しみます。 かなりハッキリと、拒絶する意思をみせているつものなのに……。 伝わっていないみたいで……」
ロナードは、困り果てた表情を浮かべながら、二人に自分の心中を吐露した。
「ああ言うタイプの人間って、自分の都合の悪い事は、見えない、聞こえないって感じだと思うの。 あとは、意地になっている部分もあると思うわ」
サリアは、人伝で聞いたリリアーヌの言動などを思い出しながら、ロナードにそう返した。
「成程……」
ロナードは、サリアの指摘が妙にしっくり来て、思わずそう呟いた。
「最悪、君が出向く事になるかもしれないから、覚悟だけはしといて」
ルフトは、気が進まない様子でロナードに言と、彼は真剣な面持ちで頷き返した。
「今頃、お姉さまはさぞ、困っているでしょうね」
ティティス皇女は、不敵な笑みを浮かべながら呟く。
ここは、帝都にあるガイア神教の総本部の中の一室だ。
この部屋には、ティティス皇女の他に、聖女リリアーヌ、そして彼女の友人だと言う、セネリオが居た。
「貴女のお陰で上手くいきそうです。 心から感謝を」
リリアーヌは、ニッコリと笑みを浮かべながら、ティティス皇女にそう言うと、頭を下げた。
(ホント気に入らないわね。 この女。 偽善者ぶって。 本当は欲望塗れのくせに)
ティティス皇女は、自分に頭を下げた居るリリアーヌを見ながら、心の中でそう呟いてから、
「カナデは失敗したけれど、次は上手くいくことを期待しているわ」
ニッコリと笑みを浮かべ、リリアーヌ達にそう言った。
「ええ」
リリアーヌは顔を上げ、ニッコリと笑みを浮かべながら頷き返した。
「でも何で、僕たちにユリアスの事を?」
リリアーヌの隣に座るセネリオは、ティティス皇女を警戒している様で、真剣な面持ちでそう問い掛けた。
「邪魔だからよ。 お姉さまには不幸で居て貰わなくちゃ。 私(わたhし)は何時だって上から、お姉さまを見下して居たいの。 貴女には何も無いって。 そう思い知らせてやりたいの。 だから、私よりも優位に立つなんてそんな事は絶対に認められない。 皇女の中で一番は私よ」
ティティス皇女は、不敵な笑みを浮かべながら、セネリオに自分の心内を語った。
(凄い嫉妬心だな……)
ティティス皇女の淀んだ双眸と、不敵な笑みを見ながら、セネリオは心の中でそう呟いてから、
「成程ね。 陥れて苦しむ様を見たい……って事?」
淡々とした口調でそう言った。
「ええ。 あの女は、地べたに這いつくばっているのがお似合いだもの」
ティティス皇女は、不敵な笑みを浮かべたまま、そう言い放った。
何故、そこまで腹違いの姉の事を嫌うのか、セネリオには理解出来なかった。
「ユリアスの事は感謝します。 でも……ご姉妹は仲良くなさった方が、宜しいと思います」
リリアーヌは、沈痛な表情を浮かべながら、ティティス皇女にそう言った。
彼女は、キョトンとした表情を浮かべ、暫く黙っていたが、直ぐに馬鹿にした様に鼻で笑い飛ばすと、
「貴女の様な庶民には、宮廷がどんな所か想像もつかないでしょうね。 自分を守る為に、相手を蹴落とす事が普通の世界なの。 それこそ、年の近い腹違いの姉妹なんて、自分の地位を脅かす最大の敵なのよ」
罪悪感など一ミリも持ち合わせていない、残酷な微笑みを浮かべながら、リリアーヌたちにそう言い放った。
「……」
ティティス皇女の言葉に、リリアーヌはショックを受けている様で、沈痛な顔をして俯く。
「醜いね」
セネリオが、呆れた表情を浮かべながら言うと、
「何とでも言いなさいよ。 私はお姉さまの泣きっ面を見れればそれで良いの」
ティティス皇女は、鼻で笑い飛ばし、不敵な笑みを浮かべ、そう返した。
そうして彼女は、『用は済んだ』と言わんばかりに席を立つと、護衛の者たちを引き連れて、部屋を後にした。
「あまり、あの皇女には深入りしない方が良さそうですね」
彼等のやり取りを、部屋の片隅で見守っていたアイリッシュ伯が、静かにそう言った。
「僕もそう思うよ。 問い詰められたら簡単に、僕たちの事を喋りそうだ」
セネリオは、不愉快さを露わにしながら言う。
「皇女のお陰で帝都に入る事が出来たのは、感謝していますがそれだけの話です。 我々が彼女に義理立てする必要はありません。 用が済めば退散するとしましょう」
アイリッシュ伯は、淡々とした口調で語る。
「ユリアスは、この話に応じると思う?」
セネリオは、真剣な面持ちでアイリッシュ伯に問い掛けるる
「皇女の話だけでは、何とも言い難いですね。 魔物の討伐要請が自分を誘い出す為の罠だと言うのは、彼も分かっているでしょうから」
アイリッシュ伯は、落ち着いた口調で返すと、
「絶対に参加しなくちゃいけない様な理由が、必要だと言う事だね?」
セネリオが、不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、アイリッシュ伯はニッコリと笑みを浮かべ、
「その通りです」
「面倒な事に、巻き込まれた様ですわね?」
早朝から、人気のない宮廷魔術師たちの詰め所に来て、奥にある資料室で調べ事をしていたロナードに、出勤時間の何時間も前だと言うのに、何故かエルフリーデがやって来て、彼にそう声を掛けて来た。
「エルフリーデ……」
彼女が何故、此処に居るのか不思議に思いながらも、ロナードはそう呟いた。
「獅子族の里を荒らしている魔物の討伐に向かうそうですわね?」
エルフリーデはそう言いながら、温かいスープが入った木のコップを、彼が使っている机の上に置く。
「ああ。 それで、少しでもその魔物に関して、何か分からないと思って、調べている」
ロナードは、落ち着いた口調で答える。
「でしたら、私(わたhし)の祖父が力になれると、言っていますわ」
エルフリーデはニッコリと笑みを浮かべ、ロナードに言う。
「その話、本当か?」
ロナードは思わず身を乗り出し、エルフリーデに問い掛ける。
「貴方に嘘を言って何になると言うの? そんな事より、冷めない内にスープを飲んでは如何?」
ロナードの反応に、エルフリーデは苦笑いを浮かべながら、そう言った。
「主。 先に頂いてま~す」
護衛のアイクはそう言うと、エルフリーデに差し出されたと思われる、スープが入った木のコップを手に、ニッコリと笑みを浮かべながら言うと、それを啜る。
エルフリーデに勧められ、ロナードはスープを何度か口にした後、
「しかし、そんな急に訪ねて大丈夫なのか?」
戸惑いの表情を浮かべつつ言うと、
「祖父は、隠居した身ですから、時間ならばあり余っていましてよ。 私が話を通しておきますので、心配要りませんわ」
エルフリーデは落ち着いた口調で言う。
朝早くから何も食べず、暖房も何もな所に居るので、すっかり手足は冷え切っていて、彼女の差し入れはとても有難かった。
「ここの中の資料だけでは限界があるのではなくって? 何せ、誰が見ても困らない様な物しか置いて無いでしょうし」
エルフリーデは、フーフーとスープを冷まそうと息を吹き掛けつつ、ロナードにそう指摘する。
「確かに……」
彼女の指摘に、ロナードは尤もだと思った。
(実際、どの資料を見ても、遜色ない内容しか記されていない)
ロナードは、自分が見て居た資料に視線を落としつつ、心の中で呟いた。
「人に知られては不味い物は大抵、宮廷の外にあるものですわ。 それに、祖父は寺院に所属していましたから、宮廷魔術師が知らない事も知っていると思いますわよ」
エルフリーデは不敵な笑みを浮かべながら、ロナードにそう言うと、美味しそうにスープを啜った。
「そんな話、部外者にして大丈夫なのか?」
ロナードは心配そうに、エルフリーデに問い掛ける。
先のの一件で魔道大会も分かる様に、宮廷魔術師と寺院の魔術師は仲が悪い。
と言うのも昔は、寺院の魔術師になれなかった者の行先が宮廷であった為、その慣習が抜けつつある昨今でも、寺院の魔術師は、宮廷魔術師たちの事を格下と見下しているからだ。
この慣習をブチ壊したのが、その年の魔道大会の優勝者となった、ロナードの魔術の師匠で現在の宮廷魔術師長のサリアだ。
(……エルフリーデも似たような事情からか?)
ロナードは、祖父が寺院の魔術師であるにも拘らず、エルフリーデは宮廷魔術師であるので、心の中でそう呟いた。
「祖父なら、私が宮廷魔術師になる以前に現役を退いていますわ。 今は時折、お祈りに行く程度の付き合いしかありませんの。 貴方に会って何か話したからと言って、祖父が寺院から咎を受ける事はありませんわ」
エルフリーデは、ロナードの心配を拭い去る様に、落ち着いた口調で説明した。
「そう言う事ならば、素直に君の善意を受け取る事にするよ」
ロナードはスープを一口啜ると、エルフリーデにそう返し、穏やかに笑みを浮かべた。
「それが賢明ですわ」
エルフリーデは満足そうに笑みを浮かべてそう言うと、グビグビとスープを一気に飲み干した。
翌日の昼、エルフリーデに伴われ、ロナードは彼女の家を訪れた。
貴族たちの間では普通、年頃の独身の令嬢の下に、婚約者でも無い男性が訪れる事はあまりなく、普段から親しくしている友人以外は、大抵の場合は求婚の為に訪れる場合が多い。
事情を知ったギベオンの助言で、エルフリーデの家には先触れで、彼女の祖父に用事がある旨を伝えた為、彼女の家の者に変な誤解を生まずに済んだ。
「良く来てくれたね」
エルフリーデの祖父は、穏やかな笑みを浮かべながら、エルフリーデと共に応接間に来た彼をそう言って温かく迎えた。
「本日はお招き頂き、有難う御座います」
ロナードはエルフリーデの祖父と目が合うと、丁寧な口調でそう言うと、胸元に片手を添え、彼に首を垂れた。
「こんな老いぼれに、堅苦しい挨拶は要らないよ」
礼儀正しく自分に挨拶をするロナードに、エルフリーデの祖父は優しく言った。
「お爺様は、貴方が来てくれると聞いてから、今朝からずっとこの調子ですのよ」
祖父が嬉しそうにしているのを見て、エルフリーデも嬉しそうにロナードに語る。
「それは、来た甲斐があったと言うものです」
ロナードは穏やかな口調でそう言うと、好感の持てる穏やかな笑みを浮かべた。
「さあさあ。 座って」
エルフリーデの祖父はそう言うと、テーブルを挟んで向かいのソファーに座る様にロナードに勧める。
「では、失礼します」
ロナードはそう一言断ると、テーブルを挟んで向かいのソファーに静かに腰を下ろした。
「ねーねー。 あのイケメン誰?」
「お嬢様の同僚の方ですってよ」
「ええっ! じゃあ宮廷魔術師さまって事? メッチャ優良株じゃん!」
「どうにかして、お近づきになれないかしら?」
給仕に来ていた、何も知らない若い侍女たちが、見目麗しいロナードを見て、キャッキャと声を弾ませつつも、部屋の中に居るロナード達にも聞こえないくらいの声の大きさで言ってるので、堪らずエルフリーデがジロリと彼女たちを睨み付けると、彼女たちは忽ち顔を青くして、逃げる様にその場から立ち去って行った。
「全く……」
そんな彼女たちを見て、エルフリーデは呆れた表情を浮かべながら、軽く溜息を付いた。
「孫娘が、随分と世話になっている様だね? この子は何時もツンと澄ましていて、棘のある物言いしか出来ぬ所為で友達も少なくてね」
エルフリーデの祖父は、穏やかな口調でロナードに言った。
「そんな事はありません。 宮廷に来て間が無く、勝手が分からず困っていた所を、ご令嬢には何度も助けて頂きました。 とても親切な方だと思っています」
ロナードはニッコリと笑みを浮かべ、穏やかな口調で答える。
「思っても無い事を、良くもまあスラスラと言えるわね」
祖父の隣に座って居たエルフリーデは、ムッとした表情を浮かべ、殺伐とした口調でロナードに言う。
「本心だ。 それに、とっつきにくい雰囲気なのは、お互い様だろう?」
ロナードは苦笑いを浮かべ、自分を睨んで来た彼女に言い返した。
「まっ」
エルフリーデはそう言うと、ムッとした表情を浮かべる。
「はははは。 エフィに負けて無いな」
孫娘の表情を見て、エルフリーデの祖父は面白そうにそう言うと、声を上げて笑った。
エルフリーデは、澄ました顔をして辛辣な言葉を吐く為、気の小さい令嬢や子息は彼女に言われっ放しで、言い返せない者も多くいると言うのに、ロナードは何食わぬ顔をして、サラッと毒を吐き返して来たので、その見た目に反して、かなり良い度胸をしていると、エルフリーデの祖父や、彼女を幼い頃から世話している侍女長などは思った。
「もう! お爺様まで……」
エルフリーデはムッとした表情を浮かべ、そう言った。
何時もは令嬢らしく、隙の無い言葉使いと振る舞いをするエルフリーデであるが、ロナードとは気心の知れた間なのだろう。
彼女がそう振る舞う事自体かなり珍しい事で、祖父たちが知っている限りでは、婚約者で幼馴染のルフトの前くらいで、後は何時ものツンと澄ました、隙のない完璧な令嬢を演じている。
「エフィから予め話は聞いているが、獅子族の里を荒らし回って居る魔物の討伐に赴くそうだね?」
エルフリーデの祖父は、孫娘が、ありのままの自分を見せる事が出来る相手が一人増えた事に喜びつつ、ロナードにそう切り出した。
「はい。 どう言う意図があるのか分かりませんが、聖女が直々に私を指名したと聞いています」
ロナードは真剣な面持ちで頷き返す。
いつの間にか、給仕をしていた侍女たちは退出し、部屋の中は三人だけになっていた。
そして、エルフリーデの祖父は、周囲に会話が聞こえなくする、掌大の魔道具をテーブルの上に置くと、そのスイッチを押した。
こうする事で、外部からの音は聞こえても、結界内に居る自分達の会話の内容は外部へ聞こえるのを防ぐ事が出来る。
これを作って世に広めたのは、何を隠そうルフトなのだ。
テーブルを挟んで向き合う格好の自分達の周囲を囲む様に、半円形状に外部との音を遮断する為の結界が張られたのを見届けてから……。
「ふむ……簡潔に言うとね、君はあまり首を突っ込むべき事では無いかも知れないね」
エルフリーデの祖父は、落ち着いた口調ながらも、複雑な表情を浮かべながら言った。
「それは……どう言う事でしょうか」
ロナードは、真剣な表情を浮かべながら問い掛ける。
「あれはね、魔物じゃないんだよ」
エルフリーデの祖父は静かにそう語った。
「魔物ではない……」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべ、呟く。
「それ、どう言う事ですの?」
エルフリーデも思わぬ祖父の告白に、驚きを隠せないでいる。
「エフィは幼い頃に、このアルマースに関する物語を聞いた事があるだろう?」
エルフリーデの祖父は徐に、彼女にそう問い掛けると、
「え? ええ……。 帝都の周辺が嘗て緑豊かな土地であったのに、呪いの所為で今の様な姿になったと言うお話ですわよね?」
彼女は戸惑いの表情を浮かべつつ、そう答える。
「そう。 あれは史実なんだよ」
エルフリーデの祖父は、落ち着き払った口調で言った。
「えっ……」
彼女は、俄かには信じられないと言った様子だ。
帝都で生まれ育った者ならば、誰しもが知っている有名な物語ではあるが、その内容はあまりにも浮世離れしている為、信じている者はほぼ皆無だ。
この帝都の周囲に広がる広大な砂漠は嘗て、緑豊かな土地と森があったと言うだけでなく、そもそも、この大陸に砂漠など存在していなかったと言う内容のモノだ。
「この帝都に広がっていた、緑豊かな土地を砂漠にしてしまったのが、今、獅子族の土地を荒らしている魔物……いや、正確には幻獣と言うべきかな……それなんだよ」
エルフリーデの祖父は、物語を知らないロナードの為に、簡潔に説明する。
嘗て、緑豊かな肥沃な土地であったこの地に、彼等の祖先となる、魔法帝国から逃れて来た魔術師たちが、自分達の英知を結集し、今の帝都を築いた。
しかしながら、この大陸には一匹のとても恐ろしい魔物が住み着いていた。
その魔物は口から瘴気を吐き、その瘴気によって、緑豊かであったこの地は汚染され、草木の生えない死んだ土地になっていった……。
危機感を抱いたガイア神教の司祭たちが、この地に住まう人々を守る為、持てる魔力と知識、技術を総動員して、その魔物を退ける事に成功する。
その功績が認められ、ガイア神教はこの地に根差す事となり、化け物を退けた魔術師の一人が初代大老子となり、それがティルミット家の始まりとなる。
だが、汚染された土地は緑を取り戻す事無く、今の様な砂漠地帯となってしまったと言う。
その魔物はその後も何十年かの周期で現れては、帝国の各地に現れては瘴気を吐き、大地を汚し続け、その魔物から人々を守るのも、寺院の役割の一つなのだ……と言う様な内容の話だ。
簡単に言えば、ガイア神教を人々に浸透させ、信仰心を植え付ける為の物語なのだが……。
「これが、本当にあった話だなんて……」
エルフリーデは酷く驚いた様子で呟く。
「そもそもは、『魔法帝国』崩壊後、ランティアナ大陸から逃れた亜人たちを始末する為、イシュタル教会の者が最初に召喚したと言われている」
エルフリーデの祖父は、淡々とし口調で付け加えると、
「……幻獣を召喚するには召喚者が必要です。 この話が本当だとすれば、誰かが故意にその幻獣を召喚していると言う事になりますが……」
ロナードは真剣な面持ちで言う。
「君の言う通りだよ。 しかも前回、ティアマト大老子がしっかり封印した筈なんだよね。 儂も同行して見ていたから間違いは無いのだけれど……どう言う事なんだろうね?」
エルフリーデの祖父は、落ち着いた口調で説明する。
「……自然に封印が解けたのか、誰かが意図的に封印を解いたか……」
ロナードは、神妙な表情を浮かべ、重々しい口調で語る。
「まあ、何にしても、これって寺院の落ち度だと思わない?」
エルフリーデの祖父は、苦笑いを浮かべながら言った。
「……貴方は、寺院が業とそれを見逃したと、お考えなのですか?」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべながら問い掛けると、
「確信は無いよ。 けれど儂はそう思っている。 似てるんだよね。 『鷹族』の時と。 その時もやっぱり、封印されていた筈なのに、何故だか解けちゃったんだよ」
エルフリーデの祖父は、苦笑いを浮かべたまま語る。
「『鷹族』……ですか?」
ロナードは、エルフリーデの祖父が、思いもしなかった亜人の種族の名を挙げた事に驚いた。
翼を持ち、空を飛ぶ能力を持つ亜人は総称して『両翼人』と呼ばれる事もあるが、その種は大きく分けて三つだ。
ランティアナ大陸の北西部、カナン王国の通称『沈黙の森』と呼ばれる、深い森の奥に住んでいると言われ、『呪歌』と呼ばれる、特殊な力が込められた歌を歌う力を持ち、優れた治癒魔術を扱えるが、戦う術を殆ど持たないと言われている『鷺族』。
風の力を自際に操り、ランティアナ大陸の各地に大小の里を持ち、独自の情報網と、優れた織物技術を持ち、人間に織物を伝えたとも言われている『烏族』。
険しい山岳地に住み、その強靭な翼と、巨大な鷹に身を変化させ鋭い爪と嘴を武器に戦う『天空の王者』の異名を持つ、『両翼人』の中で最も好戦的で、高い戦闘能力を持つ『鷹族』。
どの種族も魔法帝国が崩壊し、人間たちによる魔女狩りの被害に遭(3)い、大幅にその数を減らしている種族ではあるが、その中でも特に、最後まで人間たちと戦う姿勢を崩(hr@)さなかった『鷹族』は、魔法帝国と命運を共にした者が多く、その生き残りは僅かだと言われている。
「通称『アルバスタの背骨』と呼ばれる、大陸を南北に隔てる大山脈の麓に、獅子族と同じくらい昔から住んで居る亜人なんだ」
エルフリーデの祖父は、落ち着いた口調でロナードに説明する。
(『鷹族』生き残りが居るとは聞いた事はあったが……まさか、アルバスタ大陸に居たとは……)
ロナードは、驚きを隠せない様子で、心の中で呟いた。
「私も居るとは聞いた事はありますけれど……お伽噺だとばかり……」
エルフリーデも、驚きを隠せない様子で呟く。
「そうだね。 人間たちの間ではもう伝説と言うか、お伽話の中の住人に等しい存在なんだけど……。 儂がまだ若かった頃に、彼等の住まう里の近くにその魔物が現れてね。 ただ『亜人』と言う理由だけで、当時の寺院も皇帝も何もしなかったんだよ。 今回みたいにね」
エルフリーデの祖父は、複雑な表情を浮かべつつ、驚いて居る二人に語る。
「酷い……」
祖父の話を聞いて、エルフリーデは沈痛な表情を浮かべ、そう言った。
「そうだよね。 儂もそう思ったけれど、まだ駆け出しの修道士だったから、上に意見出来なくてね……見かねたティアマト大老子が封印したのは良かったけど、もう後の祭りでね。 里は滅茶苦茶、大地は瘴気を放つ毒に汚染されて、とても人が住める様な状態じゃ無くなってしまったんだ」
エルフリーデの祖父は、沈痛な表情を浮かべ、重々しい口調で語る。
「そんな……」
エルフリーデは、ショックを隠せない様子で呟く。
「……一度ならず二度も、封印が解けるなんて……そんな事があり得るのか?」
ロナードは、思い切り眉間に皺を寄せ、不審そうにそう呟いた。
「そう思うよね? 普通は封印が解けない様に、より厳重な封印を施すと思うのだけど……。 そもそも何で『封印』なんだろうね?」
エルフリーデの祖父は、苦笑いを浮かべながら言うと、
「そうよね。 何故やっつけてしまわないのかしら……」
エルフリーデも、腑に落ちないと言った様子で呟く。
「やっつけてしまっては、都合が悪い……と言う事だろう」
二人のやり取りを聞いて、ロナードは落ち着き払った口調でそう指摘する。
「『都合が悪い』って……誰にとって? そいつ、現れたって悪さしかしないのよ? 誰得なのよ?」
ロナードの発言を聞いて、エルフリーデは戸惑いの表情を浮かべ、彼に問い返す。
「それがね、そうでもないんだよ」
エルフリーデの祖父は、苦笑いを浮かべながら言うと、
「?」
エルフリーデは不思議そうに小首をかしげる。
「鷹族の里の話には続きがあってね。 里があった場所の近くで、良質な鉱石が取れる事が判明したんだよ。 それからは怖い位に早かったよ。 皇帝の肝入りで採掘事業が立ち上がると、寺院の協力の下、あっと言うのに汚染された土地が浄化されて、恐ろしい速さで坑道が幾つも出来たんだ。 これを単なる偶然と言ってしまうには、あまりにも出来過ぎた話だと思わないかい?」
不思議そうな顔をして自分を見て居る孫に、エルフリーデの祖父は、苦笑混じりに語る。
「確かに……」
ロナードは、複雑な表情を浮かべつつ、呟く。
「つまり、鷹族の里を魔物が襲ったのは、人的だとお爺様はお考えなのね?」
祖父の話を聞いて、エルフリーデは落ち着いた口調でそう指摘すると、
「誰とは言わないけれど、欲に目の眩んだ輩がその土地を手に入れる為に、態と『鷹族』の里に魔物を放った……。 寺院はその者たちとグルだったのではないかと、儂は未だにそう思って居るよ」
エルフリーデの祖父は、苦笑いを浮かべたまま、静かに自分の考えを付け加えた。
「……」
ロナードは、何とも言えぬ、少し考え込んで居る様子で、二人のやり取りを聞いて居る。
「じゃあ、獅子族の里にも鉱脈が?」
エルフリーデは、戸惑いの表情を浮かべ、祖父に問い掛ける。
「それは分からないけれど……。 鉱脈なんて無くても、獅子族は我々人間よりも何倍も頑丈で、タフだからね……。 彼等を労働力として欲しい所は沢山あるんじゃないかな……」
エルフリーデの祖父は、苦笑いを浮かべたまま、自分の見解を語る。
「何故、獅子族の里だけを狙って、近くの人間たちの村や町を襲わないのか、不思議に思って居たが……。 そう言う事ならば色々と合点がいく」
二人の話を暫く黙って聞いて居たロナードが、神妙な表情を浮かべ呟く。
「まあ、これはあくまで儂の推測に過ぎないから、ちゃんと確認をしなきゃいけないけれど……。 でも、限りなく怪しいでしょ?」
エルフリーデの祖父は、苦笑いを浮かべながら、ロナード達に言う。
「ええ」
ロナードは、真剣な面持ちで頷き返す。
「怪しいって程度じゃないわよ。 事実だとしたら大問題でしてよ」
エルフリーデも、真剣な表情を浮かべ、やや語気を強めて言った。
「でもね、寺院の何処までが絡んでいるかは分からないから、君やエフィが首を突っ込んで良い事では無いよね?」
エルフリーデの祖父は、苦笑いを浮かべながらそう指摘すると、
「うっ……それを言われますと……」
痛い所を突かれ、エルフリーデは言葉を詰まらせる。
もし、寺院全体でしている事だとすれば、その秘密を守る為に、探りを入れる輩は、誰であろうと容赦なく、そして周囲に悟られぬ様に上手く消すだろう。
寺院は、それだけの事を秘密裏に行うだけの武力も財力もある。
「そうですね。 この話は私の兄経由でカルセドニ殿下に報告し、どうするべきか相談してみます」
ロナードも、複雑な表情を浮かべつつ、エルフリーデの祖父に言った。
「それが良いよ。 詳しい事は書面にしているから、周囲にそれと気付かれない様に、儂が渡す本や資料に混ぜて持ち帰り、折りを見てお兄さんに渡しなさい」
エルフリーデの祖父は、ニッコリと笑みを浮かべ、穏やかな口調でロナードに言った。
「はい」
ロナードは、真剣な面持ちで頷き返した。
その後、エルフリーデの祖父と意気投合したロナードは、時間が経つのを忘れる程に話し込んでしまい、彼の好意により、夕食まで御馳走になる事になった。
「何か、オレまで申し訳ないです」
ロナードの護衛として一緒に来ていたアイクが、目の前に食事を並べられているのを見ながら、申し訳なさそうに、エルフリーデと彼女の祖父に言った。
「気にする様な事では無いよ。 息子夫婦たちは宮勤めで帰りが遅いから、何時も夕食はエフィと二人だからね。 たまには賑やかに食べたいじゃないか」
エルフリーデの祖父は、ニッコリと笑みを浮かべながら、恐縮した様子のアイクに優しい口調で言う。
エルフリーデの祖父は孫娘とは違い、本当に温和な性格で、そのほんわかとした温かい雰囲気に、警戒心も遥か彼方へ吹き飛んでしまう。
「ハルディン様。 一つ、お伺いしても?」
侍女たちが忙しく夕食を並べて居るのを横目で見ながら、ロナードは徐にエルフリーデの祖父にそう声を掛ける。
「何かね?」
ロナードの事をすっかり気に入った彼は、優しい口調で問い掛ける。
「その……ハルディン様は魔獣使いであるにも関わらず、何故、他の血族にその知識や技術をお伝えにならないのですか?」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべつつ、エルフリーデの祖父に問い掛ける。
召喚師程の希少性は無いにしろ、魔獣使いもかなり特殊で、召喚師と同じく血筋に起因する所が大きく、なろうと思って誰でもなれるものでは無い。
そんな特殊な力を何故、息子や孫に伝えないのか、ロナードは不思議でならなかったのだ。
「息子は単純に才能に恵まれなかったからだが……。 エフィの場合は同年代に召喚術を使える、ティルミット公爵のお姫様がいらっしゃったのだよ。 魔獣使いと召喚師は同じ召喚術だからね。何かにつけて、可愛い孫娘が彼女と比較される様な事があっては、儂も気分が悪いし、エフィもやり辛いと思って敢えて教えなかったのだよ」
エルフリーデの祖父ハルディン老は、穏やかな口調でロナードの問い掛けに答えた。
「成程……」
ロナードは、納得した様子で呟く。
「しかし今思えば、ちょっと気にし過ぎた感が否めないよね。 そのお姫様も幼い頃に行方知れずになってしまったし……」
ハルディン老は、苦笑いを浮かべながらそう付け加えた。
そうして、徐にフォークとナイフを手に取ると、目の前の食事に手を付け始めた。
どうやら、食事をしながら話そうと言う事の様だ。
それを見て、エルフリーデやロナード達も食事を始めた。
(うう。 こう言うの、苦手なんだよなぁ)
テーブルマナーなどとは無縁の生活を送って来た為、悪戦苦闘しながらアイクが、困惑した表情を浮かべながら、心の中で呟く。
「そんなに肩に力を入れず、普段通りに食べなさい」
アイクが四苦八苦して居るのを見て、ハルディン老は優しい口調で言った。
(そうは言っても……)
アイクは心の中でそう呟くと、チラリと隣の席に座っていたロナードへ目を向ける。
彼は隣で四苦八苦して居るアイクを横目に、綺麗な所作で上品に食事をしている。
「大丈夫。 どんな食べ方をしても、五月蠅く言う様な輩は此処には居ないよ」
ハルディン老は、不安そうにしているアイクに言うと、ちょっと行儀悪く、手で適当に二つに千切ったパンに塩コショウで焼いた肉を挟み、バーガーの様にして大きく口を開けて頬張る。
「こう言う食べ方も、悪く無いよね」
口の中に詰めた分を飲み込んでしまうと、ニッコリと笑みを浮かべ、戸惑って居るアイクに言った。
(凄く良い人だな)
アイクは、自分に気遣って、テーブルマナーなど無視し、好きなように食べて見せてくれたハルディン老に対し、素直に好意を抱き、彼の優しさに感謝した。
それからは、アイクも妙に気負う事も無く、楽しく食事をする事が出来た。
「それにしても、君は若い頃のリャハルトに良く似ているね」
ハルディン老は、穏やかな表情を浮かべながら、ロナードに言う。
「祖父を……ご存知なのですか?」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべながら問い返す。
「勿論だよ。 彼は儂の親友であったし、当時、寺院に仕えていた者で、聖騎士団長だった彼を知らない者は居ないよ」
ハルディン老は、穏やかな口調で答える。
「祖父は、聖騎士団長だったのですか……」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべたまま、更に問い掛ける。
「そうだよ」
ハルディン老は、落ち着いた口調で答える。
「知らなかったの?」
エルフリーデが、戸惑いの表情を浮かべながらロナードに問い掛ける。
「ああ……。 祖父はあまり、自分の昔話をする人では無いんだ。 話せない事の方が多いからかも知れないが……」
ロナードは、複雑な表情を浮かべ、重々しい口調で答える。
「まあ、彼からしてみれば、帝国に居た頃……特に寺院に所属していた頃の事は、思い出したくない物の方が多いのかも知れないね……」
ハルディン老は、複雑な表情を浮かべながら、重々しい口調で語る。
「……祖父が何故、帝国を去ったのか、その理由はご存知ですか?」
ロナードは、真剣な表情を浮かべ、ハルディン老に問い掛ける。
「……簡潔に言うと、寺院を信じられなくなったのだよ。 そして、何もかも嫌になってしまったのだろう。 娘を連れて、逃げる様に出て行ってしまった……」
ハルディン老は、複雑な表情を浮かべたまま、重々しい口調で答える。
「……」
彼の答えに、ロナードは複雑な表情を浮かべ、押し黙る。
「別に、リャハルトが罪を犯したと言う訳ではないよ」
ハルディン老はそう語ると、苦笑いを浮かべる。
「それは分かっています。 祖父が、その様な事をするとは思えませんから」
ロナードは、落ち着き払った口調で返す。
「そうだね。 リャハルトは本当に聖騎士団長として素晴らしい人だった。 だから彼を慕う者も多くいた。 それだけに当時、彼が寺院を見限り、帝国を去った事に対し、多くの人達が強い衝撃を受けた。 儂もその中の一人だった」
ハルディン老は、とても複雑な表情を浮かべたまま、淡々とした口調で語る。
「原因は、何だったんですか?」
アイクは、食事をする手を止め、真剣な面持ちで問い掛ける。
「寺院内の醜い権力争いに巻き込まれ、事故で奥方を亡くされたんだ。 正確には、事故と見せ掛けて殺されそうになったんだよ。 リャハルトも一緒にね」
ハルディン老は、沈痛な表情を浮かべ、重々しい口調で語る。
「そんな!」
それを聞いたエルフリーデは驚愕の表情を浮かべ、思わず声を荒らげる。
「幸い、リャハルトは一命を取り留めたけれど、残念ながら、奥方は助からなかった……」
ハルディン老は、沈痛な表情を浮かべたまま語る。
「……」
ロナードも、何とも言えぬ表情を浮かべ、ハルディン老の話に耳を傾ける。
「寺院は、リャハルトが去った理由を『一身上の都合』としたけれど、誰もが直ぐに、リャハルトが寺院を見限り、帝国を捨てる程の事を寺院がしたのだと察したよ。 リャハルトは誰にも何も告げずに突然、居なくなってしまったからね」
ハルディン老は、複雑な表情を浮かべ、溜息混じりにそう語った。
「命の危険があった……と言う事ですか?」
アイクは、真剣な表情を浮かべ、ハルディン老に問い掛ける。
「その通りだよ」
ハルディン老は、複雑な表情を浮かべたまま、簡潔に返してから、
「当時、寺院内には幾つかの派閥があって、その中にはリャハルトの妻……つまりは、君の祖母を次の大老子に推す一派もあった。 けれど、リャハルトは勿論、彼女自身もそんな気は毛頭なかった。 けれど、権力に執着する者って、本当に疑心に満ちた、醜い心を持っている者が多くてね……」
複雑な表情を浮かべたまま、そう説明を付け加えた。
「つまり、そいつ等から命を狙われたと言う事ですね?」
アイクは、真剣な表情を浮かべ、ハルディン老に言うと、彼は真剣な面持ちで頷き返し、
「ああ。 彼等が猜疑心に駆られるのも無理らしからぬ事だとは思う。 リャハルトは聖騎士団長と言う、決して無視の出来ない地位と権力もあり、そして何よりも実力と人望もあったからね」
複雑な表情を浮かべ、重々しい口調で答えた。
「確かに。 そんな人を無視する事は出来ないわね……」
祖父の話を聞いて、エルフリーデは神妙な面持ちでそう呟いた。
「奥方は家庭に入り、寺院とは直接関わる事は無くなり、表に出て来る事は無くなったが、それでも、彼女の事を慕っている人たちが一定数居た。 それも、彼等の疑心を抱かせるには十分すぎたのだろう」
ハルディン老は、複雑な表情を浮かべたまま、重々しい口調で語る。
「うわぁ……最悪な状況ですね」
アイクは、かなりドン引きした様子で呟く。
「リャハルトも普段から気を付けてはいた。 けれど、彼等はリャハルトの想像を超え、あまりに単純で露骨な手段に出たと言う訳だ」
ハルディン老は、複雑な表情を浮かべ、重々しい口調で続ける。
「何て事……」
エルフリーデは表情を険しくし、呟く。
「リャハルトは常々、ティルミット家の血を引く娘の身を心配していた。 何時か、寺院の権力争いの火種になるのではないかと……。 だからこそ、自分たちは大老子と言う地位に興味が無い事を、周囲に発信し続けて来た。 けれど、それがかえって彼等の目には不自然に見えたのだろう」
ハルディン老は、複雑な表情を浮かべ、重々しい口調で自分の見解を語る。
「そんなの、疑いだしたらキリがないわ」
エルフリーデは、表情を険しくし、怒りに満ちた口調で指摘する。
「その通りだよ。 彼等は、リャハルトと言う人間を自分たちの願望にも似た、歪み切った偏見に満ちた目で見ていたんだ」
ハルディン老は、複雑な表情を浮かべたまま、重々しい口調で語る。
「酷い話ですね……」
アイクは、沈痛な表情を浮かべながら言う。
「まあ結局、そこまでしてリャハルトを追い出した連中も、担ぐ神輿が居なくなってしまったから、自ずと寺院内での力を失って、解体されたのだけれどね……」
ハルディン老は、沈痛な表情を浮かべ、やるせないと言った口調で言うと、
「その様な事情があったのですね……」
ロナードは、複雑な表情を浮かべながら呟く。
「兎に角、寺院の者を暗に信じてはならないよ。 特に君は」
ハルディン老は、真剣な表情を浮かべ、ロナードにそう忠告する。
「ご忠告、心に刻みます」
ロナードは真剣な表情を浮かべ、ハルディン老にそう返した。
「ふむ……。 これは由々しき事だな」
エルフリーデの祖父から聞いた事を、ロナードが詳細に纏めた報告書とハルディン老の手記をシリウスから受け取り、それに目を通していたカルセドニ皇子は、溜息混じりにそう呟いた。
「ティアマト大老子に限って、封印に手を抜くなど有り得ませんから……。 誰かが故意に、封印を解いたと考えるべきでしょう」
予め、その報告書を読んでいるハニエルは、真剣な面持ちでそう言うと、
「確かに。 あの婆さんが、そんな阿漕な事をするとは思えん」
シリウスも頷きながら、そう言った。
「婆さんって……。 あの方も一応、お前の身内だぞ? レオン」
カルセドニ皇子は、苦笑いを浮かべながら、シリウスに言う。
「だからこそだ。 あの婆さんは私などより、ユリアスや死んだ母に近い気質だ。 自分の事は二の次。 他人の事を優先する様なお人好しだ」
シリウスは、ティアマト大老子に抱いた感想を率直に語った。
「お前は時々、自分の弟を美化する節があるな。 ユリアスはティアマト大老子ほど、純心では無いだろう? 人並みに狡猾さを持ち合わせているだろう」
シリウスの言葉に、カルセドニ皇子は苦笑いを浮かべたまま、そう返した。
「確かに、ロナードは良い子ですが、時々、流石は貴方の弟だなと思う時がありますよ」
ハニエルも苦笑いを浮かべ、シリウスに言うと、
「悪巧みを考えている時の顔がそっくりだ……とかな」
カルセドニ皇子は頷きながら、少し意地悪な表情を浮かべ、そう言ってシリウスをからかう。
「一言余計だ」
シリウスは、ムッとした顔をして、そう言い返した。
「まあ、ティアマト大老子はこの一件に関しては、関与していない可能性が高いだろうし、そもそも、老子たちがちゃんと対処してくれていると、思っているに違いない」
カルセドニ皇子は、軽く溜息を付いてから、困った様な表情を浮かべながら、自分なりの見解を語った。
「確かに。 まさか、自分の命令を無視して、老子たちが何もしていないとは、思わないだろう」
シリウスも真剣な表情を浮かべ、そう答える。
「これを機に寺院内の大掃除を始めた方が良さそうですね」
ハニエルは、穏やかな口調で二人にそう言うと、
「同感だ」
シリウスは、真剣な表情を浮かべたまま、そう言って頷いた。
「だがその前に、獅子族の里を荒らしている魔物を退治する方が先だ。 何をするにもまず、それ相応の実績と信頼を勝ち取らねば、協力者も得られないだろうからな」
カルセドニ皇子は、苦笑いを浮かべながら言うと、
「お供致します」
ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべながら言った。
「寺院内部に溜まった膿を取り除くには、大仕事だろうからな」
シリウスも、軽く溜息を付いてから、淡々とした口調でカルセドニ皇子に言う。
「頼りにしている」
カルセドニ皇子は、フッと笑みを浮かべ、二人に向かってそう言った。
「久しいな。 聖女のお披露目パーティーで会った以来か」
砂漠を渡る砂船の港で、数日振りに会ったカルセドニ皇子は、にこやかな笑みを浮かべながら、アイクとナルルを護衛に伴いやって来たロナードにそう声を掛けた。
「ご無沙汰しておりました。 殿下。 殿下とご一緒出来る事を光栄に思います」
ロナードは、自分の側に歩み寄って来たカルセドニ皇子に対し、そう挨拶をすると首を垂れた。
「他人行儀な挨拶は不要だ。 ユリアス。 頼りにしているぞ」
カルセドニ皇子は、兄のシリウスと違い、自分に対して敬意を払うロナードに対し、苦笑いを浮かべながら言った。
「殿下のご期待に沿えるよう、最大限、努めます」
ロナードは相変わらず、堅苦しい物言いで返す。
そんな様子を遠目で見ていた、寺院の兵士たちの一人がロナードを見ながら、
「誰かと思えば、魔道大会でズルをした奴じゃないか」
そう呟いた。
「ズル?」
近くに居た別の兵士が、キョトンとした表情を浮かべながら、そう問い掛ける。
「知らないのか? 魔道大会で我ら寺院の上級魔術師を三人相手取って、魔術を無詠唱で吹っ飛ばしたって話」
別の兵士が、苦笑い混じりにそう説明をすると、
「そ、そうなのか?」
問いかけをした兵士が、物凄く驚いた表情を浮かべながら言った。
それから彼等は口々に、何も知らない兵士に向かって、何処からか聞いたロナードの噂話をし始めた。
「どうやら、魔道具を隠し持っていて、それを使ったって話だ」
「はあ? 何て卑怯な奴だ!」
「それなのに、宮廷魔術師長に持て囃されて、次期、宮廷魔術師長と言われているらしいぜ」
「何て奴だ!」
「しかも、何番目かの皇女様の婚約者だって話だ」
「いやいやいや。 みんな騙され過ぎだろ」
面識も無い相手の噂話を面白可笑しく語り、ここぞと言わんばかりにボロ糞に言う兵士たちを、遠目で見ていたハニエルが、
「何と言うか……人の想像力の豊かさには感心しますね……」
ポツリと、自分の傍らに居たシリウスに言った。
「全くだ」
シリウスは、良く知りもしない弟の事を悪く言われ、今にも切り捨ててやりたい気持ちを必死に抑えながらも、不快さを露わにしながら言った。
「大方、お前の弟に手も足も出なかった、寺院の上級魔術師たちが腹癒せに、広めた事だろう」
そんな二人に、ロナードに挨拶を交わし、戻って来たカルセドニ皇子が苦笑いを浮かべながら言う。
「何とも陰湿ですね」
ハニエルは、更に不快さを露わにしながら、そう呟いた。
その後、ロナードたちは獅子族の里を荒らしている魔物の討伐の為、獅子族の里へ向かっていた。
帝都の周囲は砂漠が広がっている為、『砂船』と呼ばれる、風を利用して進む帆船で移動する。
ロナードは、砂船に乗るのは二回目だが、最初は船酔いと長旅などの疲れからダウンしてしまい、部屋から出る事が無かった。
とは言え、周囲は何もない、景色も代わり映えしない砂漠が延々と続いているだけだが。
「何故、寺院の者ではない者を、聖女様はご指名なさったのか……」
「全くだ。 魔道大会の時だって、きっと魔道具を使ってズルを決まっている。 そうでなければ、あのお三方があんな簡単に負ける筈が無い」
「妹君の婚約者だからって、団長も団長だ」
同行して居る寺院の兵士たちは、甲板の上に来て、外の様子を眺めているロナードを遠目で見ながら、口々にその様な不満を漏らす。
彼等は、カルセドニ皇子の部下たちと、魔物の討伐の為に急遽集められた者たちだ。
部下の多くが、聖騎士団の団長である、カルセドニ皇子の事を慕っている者が多いが、どうやら今回の事だけは納得がいかない様だ。
何せ、聖女リリアーヌが直々に指名した、リュディガー伯爵は宮廷魔術師たちだけでなく、婚約者であるセレンディーネ皇女まで連れて来たのだから。
彼等にはもう、ロナードが旅行気分で来ている様にしか見えなかった。
しかしながら、セネトはそう言った理由で赴く訳ではない。
獅子族たちの里の現状と、魔物の討伐に関する事を皇帝に報告する役割と、皇帝に代わって寺院に助力する役割を担っている。
皇帝として、ここまで大事になっているのに、何も知らないのは問題であると思ったのだろう。
「出しゃばって来なくても、魔物くらいオレたちで片付けられるっての」
「宮廷の中で魔術の研究に勤しんでりゃ良いのによ」
「良いよなぁ。 コネがあるお方は」
白地に赤の縁取りが施された、フード付きのローブを着ているのが、寺院に所属している魔術師たちである。
彼等は、自分達の側を横切ろうとしていたロナードに態と聞こえる様に言った。
「……」
ロナードは、これと言った表情を浮かべる事無く、何も言わずに通り過ぎようとしたのだが……。
「おやおや。 異国人はオレたちの言葉が分かりませんかぁ?」
寺院の魔術師の一人が、ロナードの行く手を阻む様に、前に出て来ると、ニヤニヤと馬鹿にした様な笑みを浮かべ、そう言った。
「顔が良いと得ですねぇ? その顔で皇女殿下を誑し込んだのですか? それとも体でご奉仕されているのでしょうか? あ、済みません。 両方ですか?」
別の寺院の魔術師も、馬鹿にした様な口調でロナードに言う。
「お前等っ!」
彼等の言動に、アイクが額に青筋を浮かべ、苛立ちを顕わにする。
「皇女殿下の婚約者殿の腰巾着も大変だな?」
「こんな、顔だけ良い異国人のご機嫌伺いなんて、お前は帝国人としてのプライドが無いのか?」
憤っているアイクを更に煽る様に、寺院の魔術師たちは、更にそう言った。
「取り合うな」
ロナードは落ち着いた口調で、憤って居るアイクに言った。
「おや。 これは驚いた。 帝国言葉が喋れたのか」
寺院の魔術師の一人が、小馬鹿にした様にロナードに言った。
「どうせ、一言二言だろ。 オレたちの言う事なんざ、殆ど分かりゃしないよな?」
別の寺院の魔術師も、馬鹿にした様な口調で言う。
「アンタ達の方こそ、能力も無く、コネも無く、顔もイマイチで大変だな」
ロナードは軽く溜息を付いてから、冷ややかな目を彼等に向け、淡々とした口調で言い返した。
「なっ……」
ロナードの思いがけぬ反論に、寺院の魔術師たちは表情を険しくする。
(良いぞ主! 言ったれ!)
アイクは嬉々とした表情を浮かべ、心の中で呟いて居ると、突然、彼等が乗っていた砂船の船体が大きく揺らいだ。
「なんだ?」
「岩に乗り上げたか?」
近くに居た寺院の魔術師たちは、戸惑いの表情を浮かべながら、口々にそう呟く。
だが、彼等の予想に反し、なおも船体は大きく揺らぎ、直ぐに立っていられなくなった。
ズーンと大きな音共に、船体が大きく上下し、甲板の上にいた多くの者が一瞬、体が宙に浮き、そのまま甲板の上に強く体を叩き付ける羽目になった。
「いたた……」
アイクがそう呟き、甲板にぶつけた背中を摩りながら、徐に身を起こそうとした瞬間、隣で体勢を崩して蹲っていたロナードの足元に何か物凄く太いロープの様な物が勢い良く延びて来て、そのまま凄い勢いで、ロナードを船尾の方へと引き摺って行った。
「主!」
アイクは慌てて立ち上がると、危うくバランスを崩しかける。
甲板の上と思って居た場所は、船体の淵で、どう言う訳か、彼等が乗っていた砂船は船体を横向きにした格好で、広大な砂漠の上にあった。
多くの人たちは、砂の上に体を放り出されており、頭から砂を被っている者たちも沢山いたが、大半の者たちが頭上を見上げたまま、固まってしまっている。
アイクも、船体とは異なる恐ろしくデカイ影に戸惑いつつ、頭上を見上げた途端、あまりの事にそれを凝視したまま、場に固まってしまった。
彼等の前に聳え立っていたのは、全身が毒々しい赤褐色の鱗に覆われた、彼等が乗っていた砂船よりも大きな、三つ首を持つ巨大な蛇だった。
その金色に輝く双眸は、危険な色を帯びており、口の間から時折覗く舌は黒に近い紫色……口からは薄らと紫色の煙の様な物が出ている……。
「なっ……」
思いがけぬ場所で、思いがけぬタイミングで、彼の想像を遥かに超えた化け物の出現に、アイクは表情を凍り付かせ、絶句した。
多くの人達は彼と同じ様に、目の前に突然現れた巨大な蛇の化け物を見て、動けずにいた。
「ロナードっ!」
そんな彼等の耳に、セネトの悲痛な声が聞こえた。
アイクは慌てて、巨大すぎる蛇の方へと目を向けると、真ん中の蛇が人を咥えているのが見えた。
その人物は足を咥えられ、逆さ吊りの状態で持っていた剣で、必死に蛇の口から自分の足を解放しようと抗っている。
「セネト。 コイツに身体強化の術を付与しろ」
カルセドニ皇子に同行していたシリウスが徐に、自分の側に居たナルルを指差しながら、セネトにそう言った。
「何故?」
セネトは、戸惑いの表情を浮かべながら問い掛けるが、
「良いから、早くしろ」
シリウスの有無も言わせぬ圧力に負け、セネトはナルルに身体強化の術を付与した。
そして次の瞬間、シリウスは何を思ったのか、自分の側に居たナルルの首根っこを掴むと、彼女をそのまま勢い良く、今にもロナードを丸呑みにしようとしている、三つ首の蛇の化け物に向かって投げ付けた。
「ふへ?」
ナルルは訳の分からぬのまま、砲弾の様に勢い良く飛んで行き、ゴスッと言う鈍い音を立て、三つ首の蛇の化け物の腹に、頭から突っ込んだ。
その音の通りに、物凄い衝撃を受けたらしく、三つ首の蛇の化け物は悲痛な声を上げ、大きな体が揺らいだ。
その瞬間を見逃さず、ロナードは自分の足を咥えている三つ首の蛇の化け物に向かって、風の魔術を見舞った。
ロナードからの攻撃を真面に食らい、蛇の顎が真っ二つに裂けると、紫色の毒々しい血を撒き散らしながら、三つ首の蛇の化け物は悲痛に満ちた声を上げながら、のた打ち回っている。
蛇の体から飛び散った血が降り注いだ辺りは、シュシュウ……と言う音と、白い煙、何とも表現し難い酷い匂いを放ち、血が触れた部分がドス黒く変色してしまっている。
「な、なんなんだ?」
近くで、砂が黒くなったのを見て、アイクの近くに居た寺院の魔術師が表情を引き攣らせながら声を上げた。
「身体強化! 加速、付与!」
アイクから少し離れた所から、セネトの声がした瞬間、シリウスが、弾丸の様に飛び出していくと、上から落ちて来たロナードを何とか上手い具合に抱き止めた。
シリウスに抱き止められたロナードは、左足に大きな火傷の様な傷があり、血が飛び散った際に触れたのか、他にも腕などにも同様の怪我を負い、蛇の口から出ていた如何にも吸込んだら悪そうな煙の様な物も吸込んだのか、先程から激しく咳き込んでいる。
「大丈夫か?」
セネトが、地面の上にゆっくりと下ろされたロナードの下へ駆け寄ると、持っていた革の水筒を差し出した。
「あ……主っ!」
アイクも血相を変えて駆け寄った。
「口の中を濯いで下さい」
駆け寄ったハニエルず、かなり酷い怪我を負い、その場に座り込んだまま動けずにいるロナードの肩に手を添え、彼の体を支えながら、落ち着いた口調で声を掛ける。
「はあ……はっ……ゴホッ! ゴホッ!」
ロナードはハニエルに言われた通りに、口の中を濯ぎ、含んでいた水を吐きだすと、苦しそうに呼吸を繰り返してから、激しく咳き込む。
「主!」
側に居たアイクは慌てて身を屈め、激しく咳き込んでいるロナードの背中を優しく摩る。
「……は? 奴……は?」
ロナードは、掠れた声で近くに居たセネト等に問い掛ける。
「大丈夫だ。 お前の一撃で姿を消した」
シリウスが、ロナードの背中を優しく摩りながら、落ち着いた口調で答える。
彼の言う通り、強い日差しを遮って居た巨大な蛇の影は何時の間にか消えてしまっている……。
蛇の周囲には、降り注いだ血を浴びた者たちが、酷い火傷の様な傷を負い、呻き声をあげて蹲っており、治癒魔術を使える術師達が急いで負傷者たちの側へ駆け付けている……。
その中でも取り分け、ロナードは酷くやられており、足は魔物の瘴気で爛れ、自力では立ち上がる事もままならない。
「急いでテントを張れ! 負傷者をその下に運び込むぞ」
カルセドニ皇子が、周囲に居た者たちに向かって毅然とした態度で、そう命令を下すと、突然の巨大な蛇の化け物の襲撃にすっかり動転してしまっていた者たちは、ハッと我に返り、彼の命令に従う為に急いで動き出した。
「どう言う事? あんな大勢いた中で、ロナードを狙うなんて……」
ルチルは、酷い傷を負い、グッタリしているロナードを見ながら、戸惑いの表情を浮かべ言った。
「えっ……」
ルチルの言葉を聞いて、アイクは戸惑いの表情を浮かべる。
「ああ。 明らかに、アイツはロナードを狙っていたな……」
セネトも、神妙な表情を浮かべながら呟く。
「それも気になりますが、砂船を起こさぬ限り、我々はこの砂漠のど真ん中で野宿をする羽目になります」
ギベオンが落ち着いた口調でセネトたちに言った。
その傍らで、シリウスに抱き抱えられたまま、辛そうにしているロナードの状態を、ハニエルが心配そうに見ている。
ロナードは、意識はあるもののグッタリしており、先程から呼吸音も可笑しく、何度も激しく咳き込んでいて辛そうだ。
「で、殿下! 上を見て下さい!」
そんな中、不意に誰かの叫び声がしたので、セネト等は驚いて上空を見上げると、背中に羽を生やした、ガタイの良い男たちが数人、空の上に佇んで、此方を見下ろして居るではないか。
見た目こそ烏族に似ているが、その体付きは彼等より二回りは大きく、とても筋肉質で、背中には鷹の様な強靭な羽を生やし、皆、緑を基調とした衣服に身を包み、その上から革製の防具を身に付けている。
「鷹族?」
セネトは、日差しを背に受け、自分らを静かに見下ろしている者達を仰ぎ見ながら、戸惑いの表情を浮かべ、呟いた。




