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DRAGON SEED 2  作者: みーやん
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セネトの変化

主な登場人物


ロナード(ユリアス)…召喚術(しょうかんじゅつ)と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を()が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠(ししょう)に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを()(ため)、エレンツ帝国(ていこく)を目指している。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な美青年。 十七歳。


セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国(ていこく)皇女(こうじょ)。 とある事情(じじょう)から(のが)れる(ため)、シリウスたちと行動(こうどう)を共にしている。 補助(ほじょ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)とする魔術(まじゅつ)()。 フワリとした癖のある黒髪(くろかみ)琥珀(こはく)色の大きな(ひとみ)特徴的(とくちょうてき)な女性。 十九歳。


シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在(じざい)(あやつ)る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手(あいて)魔術(まじゅつ)の使用を(ふう)じる、特殊(とくしゅ)(ひとみ)を持っている。 長めの金髪(きんぱつ)に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫(びじょうぶ)。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒(あいぼう)鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人(りょうよくじん)。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)薬草学(やくそうがく)得意(とくい)としている。 白銀(はくぎん)長髪(ちょうはつ)と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔(えがお)を浮かべながらサラリと(どく)()く。


ティティス…セネトの(はら)(ちが)いの妹。 とても傲慢(ごうまん)自分勝手(じぶんかって)な性格。 家族内で立場の弱いセネトの事を見下(みくだ)している。 十七歳。


ルチル…帝国(ていこく)第三(だいさん)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)(つと)めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 今はティティスの護衛(ごえい)(にん)()いている。 二十歳(はたち)


ギベオン…セネト専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)。 温和(おんわ)生真面目(きまじめ)な性格の青年。 二十五歳。


ルフト…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアを母に持ち、魔術師(まじゅつし)の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟(いとこ)に当たる。 二十歳。


ナルル…サリアを(あるじ)とし、彼女とその家族を守っている『獅子族(シーズーぞく)』と人間の混血児(こんけつじ)。 とても社交的(しゃこうてき)な性格をしている。


ネフライト…第一側(だいいちそく)()息子(むすこ)でティティスの同腹(どうふく)の兄。 皇太子(こうたいし)地位(ちい)にあり、現在(げんざい)、次のエレンツ帝国(ていこく)皇帝(こうてい)の座に(もっと)も近い人物(じんぶつ)


リリアーヌ…イシュタル教会(きょうかい)で『聖女(せいじょ)』と呼ばれている召喚術(しょうかんじゅつ)を使えるシスター。 ロナードが教会(きょうかい)孤児院(こじいん)に居た(ころ)、親しくしていた。 ロナードに対する恋心(こいごころ)(こじ)らせ、彼への強い執着(しゅうちゃく)(しん)を抱いている。


エルフリーデ…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)をしている伯爵(はくしゃく)令嬢(れいじょう)で、ルフトの婚約者(こんやくしゃ)。 ルフトの母であるサリアの事をとても(した)っている


カルセドニ…エレンツ帝国(ていこく)第一(だいいち)皇子(おうじ)でセネトの同腹(どうふく)の兄。 寺院(じいん)(せい)騎士(きし)をしている。 奴隷(どれい)だったシリウスとハニエルを助け、自由の身にした人物。


アイク…ロナードの専属(せんぞく)護衛(ごえい)をしている寺院(じいん)暗部(あんぶ)所属(しょぞく)していた青年。 気さくな性格をしている。


カナデ…ロナードを当主(とうしゅ)とするリュディガー伯爵家(はくしゃくけ)家令(かれい)をしている青年。 元は、エレンツ帝国(ていこく)からの独立(どくりつ)戦争(せんそう)(やぶ)れた王国の王族。 ロナードの力に目を付け、祖国(そこく)復興(ふっこう)(ため)利用(りよう)しようと誘拐(ゆうかい)した事がある。


アイリッシュ(はく)…ロナードがイシュタル教会(きょうかい)孤児院(こじいん)在籍(ざいせき)していた(ころ)、彼に魔術(まじゅつ)師事(しじ)をしていた人物(じんぶつ)で、ロナードに呪詛(じゅそ)を掛けた張本人(ちょうほんにん)


セネリオ…ロナードがイシュタル教会(きょうかい)孤児院(こじいん)に居た時に親しくしていた青年。 アイリッシュ(はく)()(あお)ぎ、彼の研究(けんきゅう)に協力している魔術(まじゅつ)()


ラン…イシュタル教会(きょうかい)所属(しょぞく)している、槍術を得意(とくい)とする猫人族(マオぞく)の女性。


カリン…イシュタル教会(きょうかい)所属(しょぞく)する()獣使(じゅうつか)いの少女。 カリンの相棒(あいぼう)で、ロナードが持っている(げん)(じゅう)(ねら)っている。

 ガイア神教(しんきょう)聖女(せいじょ)選抜(せんばつ)試験(しけん)が終わり、老子(ろうし)司祭(しさい)たちの厳格(げんかく)審査(しんさ)により、新たな聖女(せいじょ)が決まり、そのお披露目(ひろめ)がされるパーティーに参加(さんか)したロナードであったが、そこには居る(はず)もないリリアーヌが、司祭(しさい)たちと共に壇上(だんじょう)に居た。

 思いもしなかった状況(じょうきょう)に、ロナードは(ひど)(こん)(らん)し、ギベオンとアイクの手を借り、セネトに付き()われ、会場を後にしたのだが……。

「落ち着いたか?」

控室(ひかえしつ)のソファーの上に横になり、先程(さきほど)まで(つら)そうにしていたロナードの前に身を(かが)め、彼の手を(にぎ)り、(やさ)しく声を掛ける。

「済まない……」

ロナードは、疲弊(ひへい)した様子(ようす)で、力のない声で返す。

「顔色も随分(ずいぶん)と良くなりましたが、このままお屋敷(やしき)に戻られて、休まれた方が良いと思います」

ロナードをここまで運んで来たギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)でロナードに言う。

「でも……」

ロナードはそう言いながら、セネトの方を見る。

機会(きかい)なら、また作れば良いだけの話だ。 お前の方が大事だ」

セネトは、ロナードの手を(にぎ)りしめたまま、(やさ)しく言うと、ロナードは役に立てなかった事に、情けない気持ちで一杯(いっぱい)だったが、彼女の優しさに感謝(かんしゃ)し、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながらも(うなず)き返した。

「もう少し休んだら、帰りましょう」

アイクも、心配そうな表情を浮かべながら、優しくそう声を掛けると、ロナードは(うなず)き返した。

「しかし……。 何故(なぜ)あの様な所にリリアーヌが……」

セネトは、思い切り(まゆ)(ひそ)めながら、近くにあった椅子(いす)に腰を下ろし、ドレスを着ていると言うのに片足(かたあし)を組み、両腕を自分の胸の前に組みながら(つぶや)く。

「リリアーヌって言うのは、(あるじ)隷属(れいぞく)(のろ)いを掛けた(やつ)仲間(なかま)で、主にストーカー(まが)いな事をしている、イシュタル教会(きょうかい)聖女(せいじょ)ですよね?」

アイクが、(あらかじ)め聞いていた事を口にすると、セネトは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返し、

「アイツ()は、ロナードの力に執着(しゅうちゃく)し、教会(きょうかい)に連れ(もど)そうとしている」

「ですが、彼女たちは以前(いぜん)、ネフライト皇太子(こうたいし)(たばか)り、ロナード様や殿下(でんか)たちを襲撃(しゅうげき)した罪人(ざいにん)として、帝国(ていこく)全土(ぜんど)第一級(だいいっきゅう)危険(きけん)人物(じんぶつ)として、入国を拒否(きょひ)されていた(はず)では……」

ギベオンも、何故(なぜ)リリアーヌが堂々と、帝都(ていと)に居るのか分からないと言った様子(ようす)で語る。

魅了(みりょう)(がん)の力を使ったのかもな……」

ロナードは、横になったまま、苦々しい表情を浮かべながら言った。

魅了(みりょう)(がん)って……。 あの人『魔女(まじょ)(ひとみ)』を持っているんですか?」

アイクは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ロナードに問い返すと、セネトとロナードは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで頷き返す。

「マジですか。 しかも、よりによって魅了(みりょう)(がん)って……。 ヤバくないですか?」

アイクは、自分の口元に片手(かたて)()え、(あせ)りの表情を浮かべながら言う。

「ああ。 彼女は何度かその力を使って、ロナードを(あやつ)ろうとした事がある」

セネトは、神妙(しんみょう)な表情を浮かべ、重々しい口調(くちょう)で語る。

(さいわ)い、(おれ)の方が彼女よりも魔力(まりょく)が強いお(かげ)で、その影響(えいきょう)を受けずに済んではいるが……。 魔力(まりょく)増幅(ぞうふく)する様な物を持っていた場合は、どうなるか分からない」

ロナードも、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、重々しい口調(くちょう)で語る。

普通(ふつう)に、ヤバイ(やつ)じゃないですか!」

二人の話を聞いて、アイクは(あせ)りの表情を浮かべながら言う。

「彼女は、その魅了(みりょう)(がん)の力を使って、寺院(じいん)老子(ろうし)たちなどを(あやつ)っていると言う事でしょうか」

ギベオンは、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「彼女の魅了(みりょう)(がん)の力が、どの程度(ていど)のものなのか把握(はあく)出来(でき)てはいないが、あんな大勢を長い間、自分の(じゅつ)影響(えいきょう)()に置き続けると言うのは、如何(いか)魔女(まじょ)の瞳でも(きび)しいと思う。 しかも魔力(まりょく)を持たない相手(あいて)ならまだしも、それなりに魔力(まりょく)()(ゆう)している人たちをと言うのはな」

セネトは、自分の(あご)の下に片手(かたて)を添え、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう指摘(してき)すると、

「確かに。 そんな事をしていたら、彼女の身が持たないと思います」

アイクも、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言う。

「何か……。 それを可能(かのう)とする(から)()りがあるのか、単純(たんじゅん)寺院(じいん)(ない)に彼女の協力者(きょうりょくしゃ)が居て、それ相応(そうおう)対価(たいか)支払(しはら)って周囲(しゅうい)の者たちを()き込んだのか……。 (ある)いは、その両方か……」

ロナードは、ゆっくりと身を起こしながら、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言う。

「何しても、リリアーヌがガイア神教(しんきょう)の新たな聖女(せいじょ)になったのならば、厄介(やっかい)だぞ」

セネトは、苦々しい表情を浮かべながら言うと、ギベオンとアイクも、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返す。

「セティ。 レオンの弟は大丈夫(だいじょうぶ)か?」

そう言いながら、セネトの同腹(どうふく)の兄で、ガイア神教(しんきょう)(せい)騎士(きし)でもある、カルセドニ皇子(おうじ)が入って来た。

「兄上」

セネトは、老子(ろうし)たちの護衛(ごえい)をせねばならぬ(はず)なのに、兄が自分たちを(たず)ねて来た事に少し(おどろ)いていた。

「リリアーヌ……。 いえ、老子(ろうし)たちと一緒(いっしょ)壇上(だんじょう)にいた女性ですが、彼女が新しい聖女(せいじょ)なのですか?」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、カルセドニ皇子(おうじ)に問い掛ける。

「もう体を起こしても、大丈夫(だいじょうぶ)なのか?」

カルセドニ皇子(おうじ)は、心配そうにロナードに問い掛けると、

「はい。 ご心配とご迷惑(めいわく)をお掛けして、申し訳ありません」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)でそう答えると、自分を心配してくれるカルセドニ皇子(おうじ)(こうべ)()れた。

迷惑(めいわく)などとは思ってはいない。 セティたちに心配を掛けまいと、無理(むり)をして居るのならば、気にせずに横になった方が良い」

カルセドニ皇子(おうじ)は、ロナードの事を本当に心配している様で、ロナードの肩に手を()えつつ、優しい口調(くちょう)でそう言った。

大丈夫(だいじょうぶ)です。 お心配(こころくば)り、痛み入ります」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で返す。

「何を他人行儀(たにんぎょうぎ)な。 君は(わたし)義理(ぎり)の弟になるのだから、家族を心配するのは当然(とうぜん)だろう?」

カルセドニ皇子(おうじ)は、他人行儀(たにんぎょうぎ)物言(ものい)いをするロナードに対し、優しい口調(くちょう)で言うと、彼は思いがけぬ言葉に面を食らう。

「何なら、お(にい)(さま)と呼んでくれても(かま)わないぞ?」

カルセドニ皇子(おうじ)は、戸惑(とまど)っているロナードにそう言うと、ニッと笑みを浮かべる。

「兄上。 ロナードが困っています。 からかうのも程々になさって下さい」

ロナードが困惑(こんわく)して居るのを見て、セネトは軽く溜息(ためいき)を付くと、(あき)れた表情を浮かべながら、カルセドニ皇子(おうじ)に言う。

「それは済まなかった。 何せ、義理(ぎり)とは言え、弟が出来(でき)るのが(うれ)しくてな」

カルセドニ皇子(おうじ)は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、困惑(こんわく)したままのロナードに言うと、その大きな手でロナードの頭をクシャクシャと()でた。

「中の様子(ようす)はどうですか?」

ギベオンは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、カルセドニ皇子(おうじ)に問い掛ける。

(だい)老子(ろうし)(さま)が人々の前で説教(せっきょう)をした時と同等(どうとう)か、それ以上に人々が熱狂的(ねっきょうてき)に、聖女(せいじょ)歓迎(かんげい)している」

カルセドニ皇子(おうじ)は、淡々とした口調(くちょう)でそう返す。

「そんなにですか?」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言う。

「ああ。 (いく)ら待ち望んていたとは言え……。 少し異様(いよう)なくらいだ。 直ぐにでも彼女を(だい)老子(ろうし)

しそうな(いきお)いだ」

カルセドニ皇子(おうじ)は、リリアーヌに対して不信感(ふしんかん)(いだ)いている様で、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら語る。

「彼女は、『魅了(みりょう)(がん)』の持ち(ぬし)です。 その力を使い、人々を魅了(みりょう)している可能性(かのうせい)があります」

セネトが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで説明すると、

「なっ……」

それを聞いたカルセドニ皇子(おうじ)は、(ひど)(おとろ)いた表情を浮かべたが、

「言われてみれば、彼女を前にすると、無条件(むじょうけん)(したが)わねばならないと言う気持ちにさせられる」

直ぐに、冷静(れいせい)になって、リリアーヌと対面(たいめん)した時の事を思い出し、そう呟いた。

「しっかりして下さい。 兄上! 彼女の言いなりになど、ならないで下さいよ?」

カルセドニ皇子(おうじ)の言葉を聞いて、セネトは(あせ)りの表情を浮かべながら言う。

精神(せいしん)(けい)(じゅつ)耐性(たいせい)がある、(わたし)老子(ろうし)さまたちに、影響(えいきょう)(あた)えるとは何と(おそ)ろしい力だ。 しかし、それが彼女の(ひとみ)の力の所為(せい)だと分かれば、気を付けようもあるというものだ」

カルセドニ皇子(おうじ)は、落ち着いた口調(くちょう)で、(あせ)っているセネトにそう言い返す。

「気を付けて、どうにかなるものなんですか?」

アイクが戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、カルセドニ皇子(おうじ)に問い掛ける。

「意識するのと、しないのとでは大違(おおちが)いだぞ。 まず、彼女と目を合わせない。 彼女と会う時は、(あらかじ)魅了(みりょう)影響(えいきょう)を受けないように(じゅつ)を掛けておくなど、(ほか)にも対処(たいしょ)のしようはある」

カルセドニ皇子(おうじ)は、落ち着き払った口調(くちょう)でアイクにそう説明する。

(なる)(ほど)……」

アイクは、真剣(しんけん)んな面持(おもも)ちで呟く。

「勉強になります」

ギベオンも真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、カルセドニ皇子(おうじ)にそう返す。

「一番手っ取り早いのは、精神(せいしん)(けい)(じゅつ)無効化(むこうか)する()道具(どうぐ)を身に付ける事だな」

ロナードが、肩を(すく)めながらそう指摘(してき)すると、

「それを言っては、元も子も無い」

カルセドニ皇子(おうじ)は、苦笑(にがわら)いを浮かべながらそう答えた。

「自分やアイクが、彼女の力に影響(えいきょう)を受けないのは、以前(いぜん)、ロナード様から(いただ)いた『お守り』のお(かげ)でしようか? 前にも、石化(せきか)()きませんでしたし……」

ギベオンは、自分が以前(いぜん)、ロナードから(わた)され、肌身(はだみ)(はな)さず身に付けているペンダントの事を思い出し、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで語ると、

「それは、あるかもな」

セネトも、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで返す。

「ペンダントを作ったのはルフトだが、魔力(まりょく)を入れたのは(おれ)だからな……」

ロナードも、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら言うと、

「何だそのチートアイテムは! (うらや)まし過ぎるぞ!」

話を聞いたカルセドニ皇子(おうじ)が思わず身を乗り出し、そう言って食い付いて来た。

「か、カルセドニ殿下(でんか)にも、早急(さっきゅう)に用意します……」

物凄(ものすご)く欲しそうにしているカルセドニ皇子(おうじ)を見て、ロナードは苦笑(にがわら)いを浮かべながら彼に言った。

 そんな事を話して居ると、廊下側(ろうかがわ)から静かに扉が開き、白いローブを(まと)った美青年が、周囲(しゅうい)警戒(けいかい)しながら中へと入って来た。

殿下(でんか)……」

複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、部屋に入って来たのはハニエルであった。

「ハニエル……」

セネトは、ハニエルが居る事に少し(おどろ)きながらも、そう声を掛けると、

「おや。 あなた方もいらしていたのですね?」

ハニエルも、セネトたちが来ていた事を知らなかった様で、(おどろ)いた様子(ようす)でそう返した。

「どうかしたのか?」

ハニエルが、神妙(しんみょう)な顔をして入ってたのを見て、カルセドニ皇子(おうじ)真剣(しんけん)面持(おもも)ちで問い掛ける。

「これを見て下さい」

ハニエルはそう言いながら、自分の(ふところ)から何やら、銀の装飾(そうしょく)(ほどこ)された、(にじ)(いろ)に光る(てのひら)(ほど)の石を差し出してきた。

()(せき)? いや、()道具(どうぐ)か?」

それを見たセネトは、思い切り眉を(ひそ)めながら、そう呟いた。

「はい。 会場の(いた)る場所にこの様な物が置かれていて、どうやら、壇上(だんじょう)に居る聖女(せいじょ)の力と連動(れんどう)している様です」

ハニエルは、自分が手にしている、(あや)し気な()道具(どうぐ)を見ながら、落ち着いた口調(くちょう)でそう説明をすると、それを聞いて、その場に居た者たちは(たちま)ち、その表情を(けわ)しくした。

「良く見せろ」

ロナードは思わずそう言って、ハニエルに手を差し出して、彼が持っている()道具(どうぐ)を自分に見せる様に促すので、彼はロナードにそれを手渡(てわた)した。

 ロナードは、縁者(えんじゃ)に『烏族(からすぞく)』と呼ばれる亜人(あじん)が居る(ため)物心(ものごころ)つく以前から、古代(こだい)文字や古代(こだい)()()れる事が多く、加えて、傭兵(ようへい)をしていた頃は、カナン王国で『魔法(まほう)帝国(ていこく)』の時代の遺跡(いせき)調査(ちょうさ)をする考古(こうこ)学者(がくしゃ)やとレジャーハンターの護衛(ごえい)をしていた関係もあり、ルフト並みに、古代(こだい)文字(もじ)()道具(どうぐ)に関しての知識(ちしき)がある。

 ただ、ルフトの様に(みずか)らの手で、()道具(どうぐ)を作り出す技量(ぎりょう)は持ち合わせていない。

 そもそも、古代(こだい)文字(もじ)創世(そうせい)の時代、魔族(まぞく)竜族(りゅうぞく)が使っていた。

 一部の亜人(あじん)の間では未だに用いられているが、古代(こだい)文字(もじ)は『魔法(まほう)帝国(ていこく)』が崩壊(ほうかい)し、イシュタル教会が主導(しゅどう)して『魔人(まじん)()り』や『魔法(まほう)帝国(ていこく)』の時代の遺跡(いせき)遺物(いぶつ)()(かい)した影響(えいきょう)により、ランティアナ大陸では失われたの言語(げんご)と言っても良い。

 『魔法(まほう)帝国(ていこく)末期(まっき)に多くの魔術(まじゅつ)()亜人(あじん)たちが逃れて来た、このアルバスタ大陸も例外(れいがい)ではなく、魔術(まじゅつ)()亜人(あじん)(はい)しようとする世界的な動きに危機感(ききかん)を覚え、古代(こだい)文字(もじ)古代語(こだいご)の使用を禁じていた期間(きかん)があった。

 その所為(せい)で、古い時代の魔術(まじゅつ)に関する知識(ちしき)が失われる結果(けっか)となり、複雑(ふくざつ)言語(げんご)構成(こうせい)古代(こだい)文字(もじ)の中で、(かろ)うじて意味が分かる言葉を文字(もじ)言語(げんご)にしたものが、今の魔術(まじゅつ)文字(もじ)呪文(じゅもん)と呼ばれるものだ。

 ただ、古代語(こだいご)理解(りかい)出来(でき)る者が、(ほとん)ど居なくなってしまった所為(せい)で、魔術(まじゅつ)全盛期(ぜんせいき)とも言える『魔法(まほう)帝国(ていこく)』の時代の魔術(まじゅつ)()に比べ、現代の魔術(まじゅつ)()衰退(すいたい)(いちじる)しい。

 それは、亜人(あじん)たちの間でも同じだ。

 ただ、()道具(どうぐ)を作るには、どうしても古代(こだい)文字(もじ)による術式(じゅつしき)構成(こうせい)が必要になる。

 魔術(まじゅつ)文字(もじ)では、術式(じゅつしき)膨大(ぼうだい)になって、大きさが限られる魔道(まどう)()に収まり切れない事に加え、どう言う理屈(りくつ)か分からないのだが、魔術(まじゅつ)文字(もじ)では上手く作動(さどう)しないのだ。

 (ゆえ)に、魔術(まじゅつ)()一般人(いっぱんじん)も、その術式(じゅつしき)の意味を理解(りかい)しないまま、()道具(どうぐ)を使っている者が(ほとん)どと言うのが現状(げんじょう)だ。

 その点を考えると、ルフトは間違(ちが)いなく、()道具(どうぐ)に関しては天才と言って良いだろう。

「これは……。 魔力(まりょく)増幅(ぞうふく)装置(そうち)か?…」

ハニエルから、(あや)し気な()道具(どうぐ)を受け取り、それを注意深く観察(かんさつ)していたロナードは、裏側(うらがわ)(きざ)まれた文字(もじ)を見て、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう(つぶや)く。

聖女(せいじょ)の力って……。 まさか魅了(みりょう)の力をって事ですか?」

アイクが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言うと、

集団(しゅうだん)催眠術(さいみんじゅつ)でも掛けるつもりか?」

セネトは表情を(けわ)しくし、そう(つぶや)いた。

「彼女がお前たちの言う様に、魅了(みりょう)(がん)の持ち(ぬし)ならば、その可能性(かのうせい)は十分に考えられるな……」

カルセドニ皇子(おうじ)は、苦々しい表情を浮かべながら言う。

「ええ……。 (わたし)もその可能性(かのうせい)(うたが)っています」

ハニエルも、深刻(しんこく)そうな表情を浮かべながら言う。

「レオンは何をしている? まだ、会場に残っているのか?」

カルセドニ皇子(おうじ)は、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでハニエルにそう問い掛ける。

「ええ。 会場に残り、彼女がこれを使って何をしようとしているのか、突き止めるつもりで居るようです」

ハニエルは、落ち着いた口調(くちょう)で、カルセドニ皇子(おうじ)の問い掛けに答えた。

危険過(きけんす)ぎないか?」

カルセドニ皇子(おうじ)は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながらハニエルに言う。

(おそ)らく、同じ魔女(まじょ)の瞳を持つシリウスには、聖女(せいじょ)の力は()かないかと……」

ハニエルは、落ち着いた口調(くちょう)で答えると。

「ふむ。 ならばレオンの『封魔(ふうま)(がん)』の力で、聖女(せいじょ)の力を無効化(むこうか)する事は出来(でき)ないのか?」

カルセドニ皇子(おうじ)は、自分の(あご)の下に片手(かたて)を添え、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでハニエルにそう問い掛ける。

「瞳の力は魔術(まじゅつ)とは少し(こと)なりますし、相手(あいて)の方が魔力(まりょく)は上ですから、それは(むずか)しいかと……」

ハニエルは、残念(ざんねん)そうな表情を浮かべながら、落ち着いた口調(くちょう)でカルセドニ皇子(おうじ)の問い掛けに答えた。

「そうか……」

カルセドニ皇子(おうじ)は、溜息(ためいき)()じりにそう言った。


 (しばら)くして、会場の人達はリリアーヌの話を聞いていたのか、静かだったのだが、やがて人々が楽しく談笑(だんしょう)する声や、楽し気な音楽がこの控室(ひかえしつ)にも(とど)いて来ると、会場の様子(ようす)を見ていたシリウスが、神妙(しんみょう)な顔をして入って来て、

最早(もはや)聖女(せいじょ)のお披露目(ひろめ)会と言うより、洗脳(せんのう)大会(たいかい)と言う方が相応(ふさわ)しいな。 (かん)の良い(やつ)は気付いた時点(じてん)で会場を出たが、残っている連中(れんちゅう)大半(たいはん)は、この事実(じじつ)に気付いていないだろうな」

部屋に居るカルセドニ皇子(おうじ)に対して、そう言った。

「兄上……」

部屋の(すみ)に居たロナードは、(おもむろ)に部屋に入って来たシリウスに声を掛けると、彼は(はじ)かれた様に彼の方へと目を向け、

「お前たちも来ていたのか」

ロナードともにセネトやギベオンが居る事に気付き、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言うと、(あわ)てた様子(ようす)でロナードの(そば)()け寄り、彼の前に身を(かが)めると、(おもむろ)に両肩に手を()え、

「お前、体の方は何とも無いのか?」

心配そうにそう問い掛けて来た。

 どうやらシリウスは、リリアーヌが何らかの形で、ロナードに掛けられた隷属(れいぞく)の呪いに影響(えいきょう)(あた)えていないか心配した様だ。

「今の所は……」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で答えると、シリウスはホッとした表情を浮かべた後、

「あのエセ聖女(せいじょ)が居ると言う事は、変態(へんたい)クソ眼鏡(めがね)帝都(ていと)に居る可能性(かのうせい)が高い」

表情を(けわ)しくし、そう指摘(してき)をすると、ロナードの表情は(にわ)かに強張(こわば)る。

 彼としても、その可能性(かのうせい)を考えては無かった(はず)だが、こうして(だれ)かに口に出された事により、(かつ)ての師匠(ししょう)であるアイリッシュ(はく)に対する恐怖(きょうふ)()き上がってきた様だ。

「そうだな……」

セネトも、不安に満ちた顔をして(つぶや)く。

「問題なのは何故(なぜ)、今、このタイミングでリリアーヌさんが聖女(せいじょ)として、人々の前に姿を現したのかと言う事です」

ハニエルが、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで言うと、

「確かに。 (だい)老子(ろうし)(さま)大陸中(たいりくちゅう)寺院(じいん)支部(しぶ)訪問(ほうもん)する(ため)に昨日、帝都(ていと)(はな)れられた。 彼女が現れたのが(たん)なる偶然(ぐうぜん)とは思えないな……」

カルセドニ皇子(おうじ)は、神妙(しんみょう)な表情を浮かべながら呟く。

「その訪問(ほうもん)は、何時(いつ)くらいに終わるのですか?」

ギベオンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、カルセドニ皇子(おうじ)に問い掛ける。

「最低でも半年は掛かる」

カルセドニ皇子(おうじ)は、苦々しい表情を浮かべながら言うと、

「そんなに?」

セネトは、(あせ)りの表情を浮かべながら言う。

(なる)(ほど)。 その間にあの女は、寺院(じいん)を乗っ取るつもりで居るのかもな……」

シリウスが、自分の(あご)の下に片手(かたて)を添えつつ、淡々とした口調(くちょう)で言うと、

「まさかぁ~」

アイクは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

老子(ろうし)(さま)たちが、そんな事を(ゆる)すとは思えません」

ギベオンも、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう返す。

普通(ふつう)ならば、有り得ない話だろうが、今、帝都(ていと)に残っている老子(ろうし)たちが、大老子(だいろうし)(さま)に成り代わって寺院(じいん)権力(けんりょく)を自分たちのモノにする(ため)、リリアーヌとか言う娘を(まね)き入れたとしたら?」

カルセドニ皇子(おうじ)が、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう言うと、ギベオンやアイクはその表情を引きつらせる。

「そんな事……有り得るのですか?」

セネトは、『信じられない』と言った様子(ようす)で、カルセドニ皇子(おうじ)に問い掛ける。

「今、帝都(ていと)に残っている老子(ろうし)たちは、聖職者(せいしょくしゃ)としての本分(ほんぶん)(わす)れ、俗世(ぞくせ)()まり切った、欲望塗(よくぼうまみ)れの(くさ)った連中(れんちゅう)ばかりだ。 良識(りょうしき)のある方々は(みんな)(だい)老子(ろうし)(さま)の旅に同行(どうこう)している。 残っている連中(れんちゅう)は常々、質素(しっそ)倹約(けんやく)聖職者(せいしょくしゃ)美徳(びとく)と考える、(だい)老子(ろうし)(さま)の考えに反感(はんかん)(いだ)き、ご高齢(こうれい)である事を理由に、(だい)老子(ろうし)地位(ちい)から退(しりぞ)くように言っている」

カルセドニ皇子(おうじ)は、苦々しい表情を浮かべながら、理由を簡潔(かんけつ)に説明する。

(なる)(ほど)。 邪魔(じゃま)(だい)老子(ろうし)たちが居ない間に、リリアーヌの力を利用(りよう)して、寺院(じいん)権力(けんりょく)を自分たちが(にぎ)ってしまおうという魂胆(こんたん)か」

ロナードは表情を(けわ)しくし、(うな)る様な声で(つぶや)く。

「最悪、旅の間に事故(じこ)に見せ掛け、大老子(だいろうし)(さま)(ほふ)るつもりかも知れん」

カルセドニ皇子(おうじ)は、苦々しい表情を浮かべながら言う。

(あき)れるくらい、自分本(じぶんほん)()で分かり(やす)動機(どうき)だな」

セネトは、(あき)れた表情を浮かべながら(つぶや)く。

(まった)くです。 聖職者(せいしょくしゃ)風上(かざかみ)にも置けない(やから)ですね」

ギベオンも、不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにしながら言う。

「とは言え、寺院(じいん)の関係者だけ(あやつ)れば良いと言う単純(たんじゅん)な話ではない。 皇帝(こうてい)をはじめ、外部(がいぶ)からの信頼(しんらい)もそれなりに得なければ、ティアマト(だい)老子(ろうし)と取って代わる事は(むずか)しいだろう」

シリウスは、自分の(あご)の下に片手(かたて)を添えたまま、淡々とした口調(くちょう)で言うと、

「確かに……」

セネトは、神妙(しんみょう)な表情を浮かべながら言う。

「自分が次の(だい)老子(ろうし)相応(ふさわ)しい事を、寺院(じいん)の内外に(しめ)(ため)にも、リリアーヌは次の行動(こうどう)を起こす(はず)だ」

シリウスが、淡々とした口調(くちょう)で語ると、ロナードやカルセドニ皇子(おうじ)真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)く。

「彼女や老子(ろうし)たちの動きに、注視(ちゅうし)する必要があると言う事ですね?」

ギベオンが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで返すと、

「そう言う事だ」

シリウスは、淡々とした口調(くちょう)で言う。

「それに、彼女が居ると言う事は、ロナードに呪詛(じゅそ)を掛けた、彼女の師匠(ししょう)であるアイリッシュ伯爵(はくしゃく)も、帝都(ていと)(ひそ)んでいる可能性(かのうせい)が高いです。 直接的(ちょくせつてき)、または間接的(かんせつてき)にロナードと接触(せっしょく)(はか)るかも知れません。 ですから、あなた方は何時(いつ)も以上にロナードの身の回りに気を配って下さい」

ハニエルは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、落ち着いた口調(くちょう)で、アイクとギベオンに言った。

 『アイリッシュ伯爵(はくしゃく)』と言う名が出た途端(とたん)、ロナードの表情が(にわ)かに強張(こわば)り、その顔からみるみる血の気が引く。

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

真っ青な顔をして、不安そうにしているロナードに、セネトは(たま)らず声を掛けた。

「あ、ああ……」

ロナードは、青い顔をしながらも、気丈(きじょう)にそう返した。

((あるじ)にこんな顔をさせるなんて、(のろ)いを掛ける以外にアイリッシュ伯爵(はくしゃく)、何したんだよ)

真っ青な顔をして、不安に満ちた様子(ようす)で、(かす)かに身を(ふる)わせているロナードを見て、アイクは心の中でそう呟くと、沸々と怒りが込み上がって来た。

「見つけ次第(しだい)問答(もんどう)無用(むよう)でボコボコにして、帝都(ていと)の外に居るハイエナたちの(えさ)にしてもらって(かま)いませんので」

ハニエルはニッコリと笑みを浮かべながらも、アイリッシュ伯爵(はくしゃく)の顔を思い出しているのか、(ひたい)青筋(あおすじ)を浮かべながら、サラリとそう言って退()けた。

「そうは言うが、(わたし)もアイクたちも(やつ)の顔を知らん。 そのアイリッシュ伯爵(はくしゃく)とやらの特徴(とくちょう)を良く教えて(もら)えるか?」

ハニエルの言動(げんどう)に、ドン引きしているアイクを他所(よそ)に、カルセドニ皇子(おうじ)が落ち着き払った口調(くちょう)でハニエルに言う。

「ええ。 (よろこ)んで」

ハニエルは、ニッコリと笑みを浮かべながら言う。


(おどろ)いた」

カルセドニ皇子(おうじ)は、ソファーに座り、テーブルの上に置かれた紙と向かい合っているギベオンの後ろから、感嘆(かんたん)の声を上げる。

「ギベオン。 お前にこんな才能(さいのう)があったとは……」

セネトも、(おどろ)きと戸惑(とまど)いを(かく)せない様子(ようす)(つぶや)く。

素晴(すば)らしいです。 (にく)ったらしい雰囲気(ふんいき)までそっくりです」

ハニエルも、ギベオンが描いたアイリッシュ伯爵(はくしゃく)似顔(にがお)()を見て、そう言って絶賛(ぜっさん)する。

「ふむ。 無性(むしょう)にこの顔に、ナイフで大穴(おおあな)を空けたい衝動(しょうどう)に駆られるな」

ハニエルの(となり)に立ち、ギベオンが()いた似顔(にがお)()を見て、シリウスが嫌悪感(けんおかん)(あら)わにして思わずそう言ってしまう(ほど)の完成度の高さだ。

(どんだけ(きら)いよ?)

シリウスの反応(はんのう)を見て、アイクは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、心の中でそう呟く。

「どうだ? ()ているか?」

カルセドニ皇子(おうじ)(おもむろ)に、ギベオンが描いた似顔(にがお)()を手にし、部屋の(すみ)でその様子(ようす)を見ていたロナードに向って、そう言いながら見せた。

「うわーっ! 何をしてるんですか! 兄上!」

それにはセネトが(あせ)り、(あわ)てて、カルセドニ皇子(おうじ)の手から似顔(にがお)()(うば)い取ろうとし、

駄目(だめ)ですよ! 見せては!」

ハニエルも、(あせ)りの表情を浮かべながら、カルセドニ皇子(おうじ)に言った。

 当のロナードは、カルセドニ皇子(おうじ)似顔(にがお)()を自分に向けて来た瞬間(しゅんかん)(ほとん)反射的(はんしゃてき)に顔を(そむ)けた。

((はや)ッ!)

それを見たアイクは思わず、心の中で叫ぶ。

「この(うつ)しをリュディガー伯爵(はくしゃく)()屋敷(やしき)の者にも見せて、厳戒(げんかい)態勢(たいせい)()かせましょう」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)でそう言うと、セネトは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)く。

「ああ。 (わたし)も部下や(まち)を巡回している警備兵(けいびへい)たちに見せて、注意を(うなが)そう」

カルセドニ皇子(おうじ)は、似顔(にがお)()をしげしげと見ながら、そう言った。


「って訳で、コイツが(あるじ)呪詛(じゅそ)を掛けた、下種(げす)野郎(やろう)です」

アイクは、リュディガー伯爵(はくしゃく)家の屋敷(やしき)に戻ると、庭に集めた兵士(へいし)たちに向かって、木の(みき)()したアイリッシュ伯爵(はくしゃく)似顔(にがお)()を見せながら、彼等(かれら)にそう言った。

(いや、ナイフが顔の真ん中にブッ()さってて、良く分からないし)

(何で、目玉の部分が()り抜かれてんの?)

(いや、もう、(こわ)いんだけど……)

アイクに、アイリッシュ伯爵(はくしゃく)似顔(にがお)()を見せられた兵士(へいし)たちは、気の毒なくらいに(ひど)状況(じょうきょう)になっている似顔(にがお)()を目の当たりにして、心の中でそう呟いた。

「コイツを見掛(みか)けたら、ブッた()って良いんで」

アイクは、ニッコリと笑みを浮かべながら、集まった兵士(へいし)たちに言う。

(いやいや。 流石(さすが)にいきなりそれはマズイって)

(それもう、通り魔な)

兵士(へいし)たちの中の何人かが、心の中でそう(つぶや)く。

 しかしながら、ロナードに呪詛(じゅそ)を掛けたと言うそ似顔(にがお)()の男は、(およ)そ、その様な事をしそうに(ほど)、虫も(ころ)しそうに無さそうな、優しそうな雰囲気(ふんいき)なので、兵士(へいし)たちはたじろぐ。

「見た目に(だま)されないで下さい! コイツは、(あるじ)を連れ戻そうとルオンから追い駆けて来た、変態(へんたい)クソ野郎(やろう)です! (あるじ)面会(めんかい)なんて間違(まちが)ってもさせないで下さい! 絶対(ぜったい)です! 絶対(ぜったい)にですよ! そんな事したら、(あるじ)が秒で卒倒(そっとう)します!」

アイクは、戸惑(とまど)っている兵士(へいし)たちに向かって、似顔(にがお)()指差(ゆびさ)しながらそう力説する。

(オレたちが束になっても(かな)わない人なのに、コイツを見ただけで、秒で卒倒(そっとう)って……)

(どんだけヤバイ(やつ)だよ)

アイクの話を聞いて、兵士(へいし)たちは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら心の中で呟く。

「ま、まあ、オレたちでも分かるくらい、魔力(まりょく)の強いユリアス様に呪詛(じゅそ)を掛けるくらいだから、相当(そうとう)ヤバイ(やつ)ってのは、間違(まちが)いないよな……」

「そもそも、オレたちで、どうにか出来(でき)相手(あいて)なのか?」

見掛(みか)けたら速攻(そっこう)、ユリアス様を逃がすしかないだろ」

「だな」

集まった兵士(へいし)たちは、アイリッシュ伯爵(はくしゃく)似顔(にがお)()を見ながら、口々に言う。

「……何をしているんだ? アイツ()……」

何も知らないロナードは、アイクが中庭に兵士(へいし)たちを集め、何やらしている様子(ようす)執務室(しつむしつ)の窓から見ながら、一緒(いっしょ)に居た執事(しつじ)(ちょう)のモリスに言う。

「さあ……」

屋敷(やしき)の中の(だれ)よりも真っ先に、アイクからアイリッシュ伯爵(はくしゃく)似顔(にがお)()を見せられた彼は、アイクが何をしているのか見当(けんとう)がついたが、()えてそれをロナードに言う様な事はしなかった。

 パーティー会場で何があったのか、アイクから話は聞いたが、それでも自分たちの前では平静(へいせい)(よそお)い、リュディガー伯爵(はくしゃく)家の当主(とうしゅ)としての仕事を淡々とこなすロナードを見て、モリスは複雑(ふくざつ)な気持ちになる。

「レオン様とハニエル様も、(しばら)くは此方(こちら)滞在(たいざい)なさると(うかが)っております。 夕食はお二人とご一緒(いっしょ)(よろ)しいでしょうか?」

モリスは、書類(しょるい)(にら)めっこをしているロナードに向って、事務的(じむてき)口調(くちょう)で問い掛ける。

「ああ」

ロナードは、書類(しょるい)視線(しせん)を落としたまま、そう返した。

(あるじ)! 何で仕事をしているんです? ()てなきゃ駄目(だめ)ですよ!」

ロナードが、執務室(しつむしつ)で仕事をしていると知り、アイクが(あわ)てた様子(ようす)で部屋に入って来て、ロナードに向ってそう言った。

「そうもいかないだろ。 (ただ)でさえ、兄上から引き()いだ屋敷(やしき)の事や、使用人たちの事ととか、色々とする事があるんだから」

ロナードは、書類(しょるい)に目を向けたまま、アイクにそう返す。

「モリスも見て無いで止めて下さい! 会場でぶっ(たお)れたんですよ?」

アイクは、不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべながら、執事(しつじ)(ちょう)のモリスに抗議(こうぎ)する。

 その(かたわ)らで、ロナードが(なに)()わぬ顔をして、用意されていた紅茶を飲もうとした瞬間(しゅんかん)、アイクは表情を(けわ)しくし、彼が手にしていたティカップを払いのけた。

 ロナードの手から(はな)れたティカップは、そのまま勢い良く床の上に(くだ)()り、紅茶の香りが(ほの)かに辺りに(ただよ)う。

 ロナードは(おどろ)いた顔をして、(けわ)しい表情をしているアイクを見ている。

「アイク(きょう)?」

アイクの行動(こうどう)に、執事(しつじ)(ちょう)のモリスが戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、声を掛ける。

「ベタ過ぎますよ。 (あるじ)を眠らせて、その間にオレを排除(はいじょ)ですか? 変態(へんたい)クソ眼鏡(めがね)さん」

アイクは、表情を(けわ)しくしたまま、(うな)る様な声で戸惑(とまど)っているモリスに言う。

「何を言って……」

モリスは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、アイクに問い返す。

(くさ)芝居(しばい)結構(けっこう)です。 こんなに堂々と入り込んでくるなんて、一体、何方(どなた)貴方(あなた)をこの屋敷(やしき)(まね)き入れたんですか? アイリッシュ伯爵(はくしゃく)

そう言いながら、何処(どこ)かに(ひか)えていたのか、ハニエルがそう言いながら姿を現した。

「……(わたし)の心の中を、その瞳の力を使って読んだのですか?」

モリス……いやアイリッシュ(はく)は、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、(けわ)しい表情を浮かべているハニエルに言う。

「その様な事をしなくても、貴方(あなた)の様な(やから)がやりそうな事など想像がつきます。 (おそ)かれ早かれ、貴方(あなた)が現れるだろうと言う事は想定済(そうていず)みです。 今、問題としているのは、一体、何方(どなた)貴方(あなた)をこの屋敷(やしき)(まね)き入れたかと言う事です」

ハニエルは、表情を(けわ)しくしたまま、落ち着き払った口調(くちょう)で返す。

「答えは簡単(かんたん)です。 今、此処(ここ)に居ない者の仕業(しわざ)ですよ」

モリスの姿を下アイリッシュ(はく)は、ニッコリと笑みを浮かべながら言う。

「本物のモリスは、無事(ぶじ)なのでしょうね?」

ハニエルは、表情を(けわ)しくしたまま、アイリッシュ(はく)に問い掛ける。

「さあ?」

アイリッシュ(はく)は、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、挑発(ちょうはつ)する様にそう言って肩を(すく)める。

 その態度(たいど)を見て、アイクは益々表情を(けわ)しくし、(かく)し持っていた短剣を手に身構(みがま)え、

「あんな良い人を手に掛けるなんて、アンタ、本当に最悪だな」

(うな)る様な声で言う。

誤解(ごかい)しないで下さい。 (わたし)は、この執事(しつじ)に化けただけで、その後、彼がどうなったかなど、興味(きょうみ)が無いので答えようが無かっただけです」

アイリッシュ(はく)は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、(いきどお)っているアイクに言った。

「本当にクズだな」

ロナードは、軽く溜息(ためいき)を付くと、嫌悪感(けんおかん)(あら)わにしながら(おもむろ)に立ち上がる。

「……(ぼく)愛弟子(まなでし)何処(どこ)ですか?」

アイリッシュ(はく)は、何か気が付いた様子(ようす)で、苦笑(にがわら)いを浮かべながらロナードに問い掛ける。

「居るだろう? 目の前に」

ロナードは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら答える。

貴方(あなた)は、ユリアスではありません」

アイリッシュ(はく)は、淡々とした口調(くちょう)で返すと、ロナードは不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、肩を(すく)めると、

(くさ)っても、何年かの間、弟の師匠(ししょう)をしていただけの事はあると言う訳か」

落ち着いた口調(くちょう)で返す。

「まさか、(わたし)と同じ手を使って来るとは……」

アイリッシュ(はく)は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

「それは、此方(こちら)台詞(せりふ)だ」

ロナードの姿をした(だれ)かは、不愉快(ふゆかい)そうな表情を浮かべながら言う。

「ユリアスは何処(どこ)に?」

アイリッシュ(はく)は、落ち着いた口調(くちょう)で問い掛ける。

「聞かれて、答える馬鹿(ばか)何処(どこ)にいる? 知りたければ、力尽(ちからつ)でもぎ取るんだな」

ロナードの姿をした(だれ)かは、落ち着いた口調(くちょう)でそう言うと、執務室(しつむしつ)の机の下に(かく)していた武器を手にする。

「その大剣……。 やはり貴方(あなた)でしたか……」

アイリッシュ(はく)は、ロナードの身体には不釣り合いな大剣を一目見て、ロナードの()りをしている者が(だれ)なのかを(さと)った。

「弟を、貴様(きさま)の様な変態(へんたい)に渡す訳が無いだろう」

ロナードの()りをしている(だれ)かは、大剣を手に、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言う。

折角(せっかく)、ロナードを(たず)ねて来て下さったところを恐縮ですが、二度とロナードの前に現れる事が出来(でき)ない様、貴方(あなた)今日(きょう)此処(ここ)で、地獄(じごく)へ送って差し上げますよ」

ハニエルは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言う。

「覚悟は良いですか?」

アイクも短剣を手にそう言うと、素早(すばや)身構(みがま)える。

「あなた方の素早(すばや)判断(はんだん)行動(こうどう)は、素直(すなお)称賛(しょうさん)しますが、生憎(あいにく)(わたし)はまだ死ぬ予定(よてい)はありません」

アイリッシュ(はく)は、ニッコリと笑みを浮かべ、落ち着いた口調(くちょう)で答えた。

(なる)(ほど)。 また幻影(げんえい)ですか」

ハニエルは、アイリッシュ(はく)の体が(かす)かに()けている事に気付き、苦々しい表情を浮かべながら(つぶや)く。

「アイク。 部屋の外にコイツの仲間(なかま)待機(たいき)している。 (いそ)いでそいつを始末(しまつ)しろ」

ロナードの姿をした(だれ)かは、落ち着いた口調(くちょう)でアイクにそう命じた。

了解(りょうかい)です」

アイクはそう返すと、素早(すばや)く扉から部屋の外に出た。

「い、一体、何の(さわ)ぎですか?」

廊下に出るとカナデが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、部屋から飛び出して来たアイクに問い掛ける。

「カナデ」

アイクは、彼を見るなり、何故(なぜ)かニッコリと笑みを浮かべた。

「な、な、何ですか?」

何時(いつ)も顔を突き合わせれば、(にく)まれ口しか叩かないアイクが、自分を前にして笑みを浮かべている事に、カナデは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、思わず後退(あとずさ)りをした。

貴方(あなた)だったんですね? ここに(あるじ)に付き(まと)うゴキブリ野郎(やろう)(まね)き入れたのは」

アイクは、抜身(ぬきみ)(やいば)の様な(するど)視線(しせん)をカナデに向けながら、ニッコリと笑みを浮かべつつ、ドスの利いた低い声でそう言った。

「な、何の事ですか?」

笑みを浮かべつつも、殺気(さっき)を放っているアイクを前にして、カナデは(あせ)りの表情を浮かべながら問い掛ける。

(とぼ)けないで下さいよ。 オレが(あるじ)一緒(いっしょ)にパーティー会場へ行っている間に、モリスさんを屋敷(やしき)の外へ連れ出して、モリスさんに化けたアイリッシュ伯爵(はくしゃく)(まね)き入れて、(あるじ)が帰って来るのを待っていたんでしょう?」

アイクは、ニッコリと笑みを浮かべたまま、ドスの利いた低い声でそう返した。

 カナデはアイクに(すご)まれて、表情を強張(こわば)らせ、その背中からは、(たき)の様に冷や汗が流れ落ちる。

如何(いか)にも、蝙蝠(こうもり)野郎(やろう)がしそうな事ですね。 (いく)(もら)ったんです? それとも、祖国を再興(さいこう)する手助けでもしてくれるとでも言われたんですか?」

アイクは、手にしていた短剣を(にぎ)りしめ、ニッコリと笑みを浮かべたまま、ドスの利いた低い声でカナデに問い掛ける。

「……」

カナデは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべて押し(だま)る。

「……貴方(あなた)には、同情(どうじょう)出来(でき)る点は多いですが、だからと言って今、貴方(あなた)がしている事を(だま)って見過(みす)ごす理由にはなりません。 残念(ざんねん)ながらね」

アイクは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、重々しい口調(くちょう)で語る。

「そうやって、また点数(てんすう)(かせ)ぎをしようと言う訳ですか。 (わたし)と同じ様に寝返(ねがえ)って、此処(ここ)に流れ着いた身だと言うのに」

カナデは、嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべながら、アイクに言い返す。

一緒(いっしょ)にしないで欲しいですね。 少なくともオレは、自分の意志で此処(ここ)に居ます。 それに(あるじ)の事も好きですし、(ちゅう)誠心(せいしん)もちゃんとあります。 蝙蝠(こうもり)野郎(やろう)貴方(あなた)(ちが)って」

アイクは、何処(どこ)か悲しそうな、(さみ)しそうな表情を浮かべながら言った。

「……(わたし)だって、ロナード様やこの屋敷(やしき)の人達の事は(きら)いではありませんよ。 でも、私にはどうしても、やらなくてはならない事があるのです。 その目的の(ため)には、手段など(えら)んではいられないのです!」

カナデは、キッとアイクを睨み付け、強い口調(くちょう)で言い返した。

「はぁ……。 もしかしたら、仲良(なかよ)くなれるかと思いましたが、どうやら、それは永遠に(かな)わない様ですね」

アイクは軽く溜息(ためいき)を付くと、とても無念(むねん)そうな表情を浮かべながらも、淡々とした口調(くちょう)で言うと、それを聞いたカナデが可笑(おか)しそうに吹き出した。

可笑(おか)しな事を言いますね? 屋敷(やしき)で大切に育てられた血統書付(けっとうしょつ)きの(ねこ)と、下水道(げすいどう)片隅(かたすみ)で育ったドブネズミが、どうやったら、分かり合えると言うのです?」

そして、鼻の先で笑いながら、何処(どこ)かアイクを馬鹿(ばか)にした様な口調(くちょう)で言った。

「悲しいですね。 貴方(あなた)はオレの事を、そんな風に見ていたなんて」

アイクは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら言う。

「だってそうでしょう? 貴方(あなた)と私とでは生まれ持った物が(ちが)い過ぎる。 こうして、貴方(あなた)が私に口を利く事すら、本来(ほんらい)ならば許される事ではないのですから」

カナデは、鼻で笑いながら、アイクを馬鹿(ばか)にした様に言う。

 何とも言い(がた)雰囲気(ふんいき)の中、二人の間に(しばら)沈黙(ちんもく)が流れた。

「……止めましょう。 カナデ。 そうやって必要以上に自分を悪人にしようとするのは」

アイクは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、重々しい口調(くちょう)でそう言うと、カナデを見た。

「なっ……」

カナデは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、アイクを見る。

「オレが、貴方(あなた)(ころ)した事に対して罪悪感(ざいあくかん)(いだ)かない様に、自分がした事が正しかったと思えるように……。 (ころ)されて当然(とうぜん)の悪人であるかの様に振舞(ふるま)貴方(あなた)だからこそ、オレは仲良(なかよ)くしたいと思ったのです」

アイクは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら、戸惑(とまど)いの表情を浮かべているカナデに言った。

「何を言って……」

カナデは、アイクの言葉に(ひど)動揺(どうよう)し、そう(つぶや)いた。

(何時(いつ)から……その事に気付いていた? まさか、最初から?)

カナデは、動揺(どうよう)の色を浮かべながら、アイクを見ながら、心の中でそう呟く。

「ちゃんと分かってます。 貴方(あなた)は本当は他人(たにん)を思いやれる、とても優しい人だって。 だからって、こんな時にまで、自分を(いつわ)らないで下さい」

アイクは、そんなカナデの心中を見透(みす)かしたかの様に、とても(さび)しそうな笑みを浮かべ、優しい口用で言った。

「……(かん)が良いのも考え物ですね。 こんな事、気が付かなければ、もっと気楽(きらく)に私を(ころ)せたのに」

アイクのその言葉に、カナデは(すべ)てを(あきら)めた様な顔をして、淡々とした口調(くちょう)でそう言うと、消え入るような笑みを浮かべた。

「そうですね。 今回ばかりは、オレもそう思いますよ」

アイクは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながらそう言うと、自分が手にしていた短剣を(にぎ)りしめた。


殿下(でんか)。 そろそろお休みください」

ルチルと交代(こうたい)で、セネトの護衛をしているギベオンは、セネトの部屋にまだ明かりが(とも)っているのを見て、部屋の扉を静かに開け、中に居る彼女に向かってそう言った。

 セネトは寝付(ねつ)けないのか、ソファーの上に座り、本を読んでいた。

「ギベオン……」

部屋に入って来たギベオンを見ながら、彼女はちょっと不安そうな顔をして彼の名を(つぶや)いてから、

「ロナードやシリウス達は、大丈夫(だいじょうぶ)だろうか」

そう彼に問い掛けた。

「心配要りませんよ。 (みな)さん、お強いですから。 アイリッシュ伯爵(はくしゃく)などに引けを取る(はず)がありません」

ギベオンは、不安そうにしているセネトを慰める様に、優しい口調(くちょう)でそう返した。

「そうだな……」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら言うと、(おもむろ)に読んでいた本を閉じた。

「ご心配でしたら、明日にでも会いに行かれては如何(いかが)でしょうか」

ギベオンは、優しい口調(くちょう)でセネトに言うと、

「ああ……」

セネトはそう返すと、続き間になっている寝室(しんしつ)に行こうと、ソファーから立ち上がった。

「あの……殿下(でんか)

ギベオンはふと、セネトにそう声を掛けて、彼女を呼び止めた。

「何だ?」

セネトは、ギベオンの方へ振り返ると、不思議(ふしぎ)そうな顔をして彼に問い掛ける。

「最近、何か(なや)み事でもおありですか?」

ギベオンは、おずおずとそう切り出すと、彼女は(はと)豆鉄砲(まめでっぽう)を食らった様な顔をして、

何故(なぜ)、そう思う?」

「時々、思い(なや)んでいる様だと、ルチルが言っていましたので……」

戸惑(とまど)いを(かく)せないセネトに、ギベオンはその理由を語った。

「お前たちには、(かく)し事は出来ないな……」

ギベオンの言葉を聞いて、セネトは苦笑(にがわら)いを浮かべながら呟いた。

「何年の付き合いだと思うのです?」

ギベオンも苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

「確かに」

彼女は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

「それで、何をそんなにお(なや)みなのですか?」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)でセネトに問い掛けると、

「……最近、変なんだ」

彼女は、神妙(しんみょう)な表情を浮かべながら、そう切り出してきた。

「どの様にですか?」

ギベオンは、心配そうな表情を浮かべながら、セネトに問い掛ける。

「以前よりも、魔力(まりょく)感知(かんち)敏感(びんかん)になって、相手の魔力(まりょく)の強弱が良く分かる様になった。 それに、少しだが、(ぼく)自身(じしん)魔力(まりょく)も強くなった気がするんだ」

セネトは、グッと自分の腕を片手で(つか)み、何処(どこ)か不安そうな、戸惑(とまど)って居る様な表情を浮かべながら、ギベオンに語った。

何故(なぜ)、急に……」

ギベオンも、戸惑(とまど)いを(かく)せない様子(ようす)で、セネトに言う。

「分からない。 何となくだがロナードの側に居ると、自分の能力(のうりょく)が底上げされる様な感覚(かんかく)があって、時々、人ではない何かの声まで聞こえる始末(しまつ)だ」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら答える。

「……」

ギベオンは、心配そうな顔をして、セネトを見ていると、

(きわ)めつけは、これだ」

セネトはそう言うと、寝具(しんぐ)(そで)(まく)り上げた。

 彼女の腕には、ロナードがアイリッシュ(はく)から受けた呪詛(じゅそ)が、体中に広がっていた時に浮かんでいた、銀色の(つた)の様な模様(もよう)があった。

殿下(でんか)! これはロナードの様の体にあった……」

それを見たギベオンは、(あせ)りの表情を浮かべ、思わずセネトの肩を(つか)み、強い口調(くちょう)で言った。

「ああ……。 隷属(れいぞく)(のろ)い……だろうな。 帰って来て腕が異常(いじょう)に熱いと思って見たら現れていた」

セネトは、自分の腕に浮かび上がっている、銀色の(つた)の様な模様(もよう)を見ながら、淡々とした口調(くちょう)で語る。

何故(なぜ)()ぐに(おっしゃ)らなかったのですか?」

ギベオンは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、彼女に言う。

「済まない」

セネトは、申し訳なさそうにそう言うと、

(ただ)ちに、サリア様に連絡(れんらく)をします」

ギベオンは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、複雑(ふくざつ)な顔をしているセネトに言った。


「ふむ……。 殿下(でんか)鉱山(こうざん)崩落(ほうらく)事故(じこ)(さい)に、瀕死(ひんし)重傷(じゅうしょう)を負われたのですよね?」

翌日の朝、昨晩(さくばん)の内にギベオンから連絡(れんらく)を受けたサリアは、何時(いつ)もよりも早い時間に出勤(しゅっきん)し、宮廷内(きゅうていない)にあるセネトの部屋を訪れていた。

「ああ」

セネトは何故(なぜ)、その様な事を聞くのだろうと思いながらも、素直(すなお)(うなず)き返した。

「……ルチル様の話では、鉱山(こうざん)に閉じ込められている間、殿下(でんか)を助ける(ため)に、ユリアスが自分の手首に傷を付けて、水の代わりに自分の血を飲ませて(しの)いでいたと聞いています」

サリアは、セネトの腕に浮かんでいる、銀色の(つた)の様な模様(もよう)を見つめたまま、落ち着いた口調(くちょう)でそう語ると、

「なっ……」

そこまで(くわ)しくは聞かされていていなかったセネトが、(おどろ)きの表情を浮かべる。

「確かに。 助け出された時に、ロナードさまの腕に不自然(ふしぜん)な切り傷が、(いく)つかあったのを覚えています」

ギベオンも、ロナードが坑道内(こうどうない)に閉じ込められていた(さい)に、そこまでしていたとは知らなかったものの、当時(とうじ)様子(ようす)を思い出しながら、落ち着いた口調(くちょう)で語った。

「これは……推測(すいそく)に過ぎないのですが、殿下(でんか)はユリアスの眷属(けんぞく)になってのかも知れません」

サリアは、ゆっくりとテーブルをは挟んで、セネトの向かいのソファーに腰を下ろしながら、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちでそう言った。

「何を言って……」

思いがけぬ言葉に、セネトは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、そう呟く。

「ユリアス自身は殿下(でんか)を助けたい一心で、無意識(むいしき)にしたのでしょうが、瀕死(ひんし)殿下(でんか)を助けた(さい)(もち)いたのは治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)ではなく、自身の血肉(ちにく)魔力(まりょく)媒体(ばいたい)とした、自己(じこ)再生(さいせい)に近いものだったの可能性(かのうせい)があります」

サリアは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう語るので、これが冗談で言っているのではないと、セネトもギベオンも直ぐに理解した。

自己(じこ)再生(さいせい)……」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら呟く。

自己(じこ)再生(さいせい)魔族(まぞく)竜族(りゅうぞく)が持つ能力(のうりょく)です。 亜人(あじん)の中にも獅子族(シーズーぞく)などの一部の種に(そな)わってはいますが……」

セネトは、動揺(どうよう)しているセネトに向かって、淡々とした口調(くちょう)で説明をする。

「いや、しかし……自己(じこ)再生(さいせい)と言うのは、その名の通り、自分の体を再生(さいせい)させる能力(のうりょく)なのでは……」

ギベオンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、サリアにそう指摘(してき)すると、

「ええ。 殿下(でんか)はユリアスの血を、それななりの量を飲んでいた事が起因(きいん)だと思われます。 つまり、ユリアスの眷属(けんぞく)(ひと)しい状態(じょうたい)になっているのでしょう」

サリアは、落ち着いた口調(くちょう)で、ギベオンが指摘(してき)した事について回答(かいとう)する。

「そんな事が……あるのですか?」

ギベオンは、信じられないと言った様子(ようす)で、サリアに問い掛ける。

他人(たにん)を自分の眷属(けんぞく)にするのは、魔族(まぞく)亜種(あしゅ)である吸血鬼(きゅうけつき)得意(とくい)としていますが、ご存知(ぞんじ)の通り、ユリアスは吸血鬼(きゅうけつき)では無いので、魔族(まぞく)に近しいと考えるのが普通(ふつう)でしょう」

サリアは、落ち着いた口調(くちょう)でそう語る。

「ユリアスが……魔族(まぞく)……」

サリアの言葉に、セネトは動揺(どうよう)の色を浮かべながら、そう(つぶや)いた。

「ですが、魔族(まぞく)竜族(りゅうぞく)も元は同じですので、ユリアスの場合は後者(こうしゃ)可能性(かのうせい)が極めて高いでしょうね」

サリアは、相変(あいか)わらず落ち着いた口調(くちょう)で、自分の見解を語る。

何故(なぜ)、そう言い切れる?」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、サリアに問い掛ける。

簡単(かんたん)な根拠です。 ルオン王国の始祖(しそ)は、『魔法(まほう)帝国(ていこく)』を統治(とうち)していた皇族(こうぞく)の生き残り。 竜族(りゅうぞく)の血を引いている可能性(かのうせい)が高い」

サリアは、落ち着いた口調(くちょう)で、近くにあった紙に簡単(かんたん)な説明図を書きながら、説明をし始めた。

「そして、彼の祖母であるマチルダ様は、ティアマト大老子(だいろうし)の妹君で、竜族(りゅうぞく)の血を引くティルミット公爵家(こうしゃくけ)の出です。 そして、祖父であるリャハルト様は、(わたし)たちアルスワット公爵家(こうしゃくけ)の人間。 私たち一門も少なからず、竜族(りゅうぞく)の血を引いています」

サリアは、紙に自分たちの家名(かめい)などをそれぞれ書き入れながら、落ち着いた口調(くちょう)で説明をする。

「ガイア神が竜族(りゅうぞく)であったと言う話は、有名(ゆうめい)な話だが、(ただ)のお(とぎ)(ばなし)とばかり……」

セネトは、子供(こども)の頃に聞かされた、この国の黎明期(れいめいき)の物語の内容を思い出しながら、信じられないと言った様子(ようす)で、そう言った。

「自分も、そう思って居ました」

ギベオンも、セネトと同様(どうよう)の事を思って居たらしく、驚きを隠せない様子(ようす)で言う。

「長い歳月(さいげつ)により、竜族(りゅうぞく)の血は(うす)まってはいるでしょうが、ユリアスの場合、引き算ではなく、足し算となった可能性(かのうせい)があります。 つまり、三つの竜族(りゅうぞく)の血が混ざり合った事で、ユリアスやレオンは(わたし)たちよりも、竜族(りゅうぞく)の血が()可能性(かのうせい)があります」

サリアは、落ち着いた口調(くちょう)でそう説明をしながら、紙に書いていたそれぞれの家名(かめい)から線を引き、ユリアスの名前の所に集めた。

(なる)(ほど)……」

サリアの説明と、簡単(かんたん)な図を見ながら、セネトは神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

 これまで意識をした事は無かったが、彼女の言う通り、ロナードはこの三つの家門の血をどれも引いている。

眷属(けんぞく)となった事で殿下(でんか)は、ユリアスと能力(のうりょく)などを共有(きょうゆう)している可能性(かのうせい)があります。 ですから、本来はユリアスの体に現れる(はず)隷属(れいぞく)の呪いの模様(もよう)が、眷属(けんぞく)である殿下(でんか)の体に現れた……と言う事ではないでしょうか」

サリアは、落ち着いた口調(くちょう)で、セネトにそう説明を続けた。

「……この話は、ロナードには黙っていてくれ。 知らずにした事とは言え、その行為(こうい)所為(せい)(ぼく)(のろ)いの一部が(うつ)ったと知ったら、きっと(ひど)くショックを受けるだろうから……」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、重々しい口調(くちょう)でサリアに言った。

「ですが、これはユリアスにとっては、吉報(きっぽう)でもあります。 この事でアイリッシュ(はく)は、ユリアスを隷属(れいぞく)させる事が不可能(ふかのう)に近い状態(じょうたい)になった訳ですから」

サリアは、落ち着いた口調(くちょう)でそう説明をすると、

「確かに」

ギベオンも真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう呟いた。

「だが、そんな事を知って、喜ぶ様な奴では無いだろう? ロナードは。 (むし)ろ、自分を責めるに(ちが)いない」

セネトは、ロナードの顔を浮かべながら、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、サリアに言った。

「そうですね……」

ギベオンも、セネトと同じ事を思ったのか、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら言う。

「そうは言っても、何時(いつ)までも(かく)し通せるとは思えません。 殿下(でんか)違和感(いわかん)を覚えた様に、ユリアスもまた、殿下(でんか)に対して、今までにない感覚(かんかく)を覚えている可能性(かのうせい)が高いです」

サリアは、落ち着いた口調(くちょう)でセネトにそう言うと、彼女は焦りの表情を浮かべた。

「確かに……ロナード様は最近、殿下(でんか)に対して明らかに好意(こうい)(しめ)していますからね……」

ギベオンは、真剣(しんけん)な表情を浮かべながらそう言うと、

「なっ、何をいきなり……」

セネトは(たちま)ち顔を真っ赤にして、(あせ)りの表情を浮かべながら、語気(ごき)を強めてギベオンに言い返す。

「……少しは関係があるかも知れませんが、それを()きにしても、前々から、殿下(でんか)好意(こうい)は抱いていた筈ですよ。 でも、殿下(でんか)があまりに(にぶ)いので、いい加減(かげん)に気が付いて()しくなって、好きだと言うアピールを開始したのでは?」

彼等(かれら)言動(げんどう)に、サリアは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、そう言い返した。

「そうですね……。 自分もその可能性(かのうせい)の方が高いように思えます」

ギベオンは、ふとロナードのこれまでの様子(ようす)を思い出して、直ぐに、サリアの言う通りだと思い、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら(つぶや)いた。

 (はた)から見ても、気の毒なくらいにセネトが鈍感なので、ロナードが次第に可哀想になって来て、最初の頃の嫉妬(しっと)(しん)何処(どこ)へやら。

 今では、弟の恋愛(れんあい)を温かく見守る、お兄ちゃん的ポジションに収まっていた。

「そう言う事ですから、ユリアスの事は頼みましたよ。 殿下(でんか)

サリアは、ちょっと意地悪(いじわる)な表情を浮かべながら、セネトにそう言った。

「へ?」

サリアの言葉に、セネトは思わず戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、間抜(まぬ)けな声を挙げた。


 帝都(ていと)のアルスワット公爵(こうしゃく)家本(けほん)(てい)……。

 アイリッシュ伯爵(はくしゃく)たちの動向(どうこう)警戒(けいかい)し、屋敷(やしき)から出られないロナードの下に、カルセドニ皇子(おうじ)をはじめ、関係者たちが集まっていた。

「今、集めた限りの情報では、リリアーヌは偶然(ぐうぜん)海賊(かいぞく)(おそ)われた船に乗り合わせていて、そこに居たガイア神教(しんきょう)司祭(しさい)を助けた事が切っ掛けとなり、聖女(せいじょ)選抜(せんばつ)試験(しけん)途中(とちゅう)から参加(さんか)した様だ」

カルセドニ皇子(おうじ)は、淡々とした口調(くちょう)で語る。

途中(とちゅう)から?」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら呟く。

途中(とちゅう)参加(さんか)出来(でき)るなんて、聞いた事が無いわ」

ルチルも、(おどろ)きを(かく)せない様子(ようす)で、言った。

(わたし)もだ。 試験(しけん)途中(とちゅう)棄権(きけん)をしたという話は良く聞くが、途中(とちゅう)参加(さんか)はこれまで聞いた事が無い」

(せい)騎士(きし)をしている、カルセドニ皇子(おうじ)でさえ、異例(いれい)の事に(おどろ)いている様だ。

「そもそも、聖女(せいじょ)候補(こうほ)というのは、(だれ)でもなれるのですか?」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、カルセドニ皇子(おうじ)に問い掛ける。

(はわわわ……。 無意識(むいしき)にロナードに目が行ってしまう……)

セネトは、カルセドニ皇子(おうじ)真剣(しんけん)な顔をして話をしているロナードを見ながら、心の中で呟く。

((おれ)、セネトに何かしたか?)

ロナードは、(たず)ねて来てからずっと、自分と目を合わす事を()け、時々、何故(なぜ)か急にソワソワし始めたり、顔を赤らめたりするセネトに、困惑(こんわく)して居た。

(あわわわ……。 そんなに見ないでくれ。 あわわわ……。 ロナードが(ぼく)の事を好きだなんて……。 ロナードが(ぼく)の事を好きだなんて……。 ロナードが(ぼく)を―(以下(いか)(りゃく)))

セネトは、自分の事を見ているロナードに気付くと、(たちま)ち顔を真っ赤にして、思わず視界(しかい)から彼を(さえぎ)る様に顔を両手で(おお)い、(うつむ)いてしまった。

(コイツ()、何かあったのか?)

セネトのロナードへの反応(はんのう)を見て、シリウスはロナードとセネトを見ながら、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)く。

「ぶフッ……」

そこに、ハニエルが(こら)えきれなくなって、肩をプルプルと(ふる)わせながら、突然(とつぜん)()き出した。

「ハニエル。 今の会話の何処(どこ)に、笑える要素(ようそ)があった?」

カルセドニ皇子(おうじ)は、ちょっとムッとした表情を浮かべ、訳も分からず急に()き出したハニエルに言った。

「済みません……」

ハニエルは、必死(ひっし)に笑いを(こら)えながら、ちょっと怒っているカルセドニ皇子(おうじ)に言った。

「話を戻すが、聖女(せいじょ)候補(こうほ)になる事はとても大変な事だ。 皇族(こうぞく)や上位の貴族(きぞく)などを(のぞ)き、その多くは寺院(じいん)修道女(しゅうどうじょ)だ。 最低でも五年(いねん)(ほど)はガイア神への奉仕(ほうし)が求められる」

カルセドニ皇子(おうじ)は、落ち着いた口調(くちょう)で、ロナードの問い掛けに答える。

奉仕(ほうし)とは具体的(ぐたいてき)にはどう言う……」

ロナードは、興味(きょうみ)(ぶか)そうに問い掛ける。

一般的(いっぱんてき)に言われる奉仕(ほうし)活動(かつどう)だな。 貧民(ひんみん)孤児(こじ)支援(しえん)公共(こうきょう)事業(じぎょう)への投資(とうし)孤児(こじ)(いん)や病院、寺院(じいん)への寄付(きふ)など、()げればキリが無いが、単純(たんじゅん)に言えば公益(こうえき)となる事柄(ことがら)に対し、積極的に参加(さんか)する事が求められる。 (みずか)らが現場で働く事も勿論(もちろん)だが、資金(しきん)提供(ていきょう)もそれに(ふく)まれる」

カルセドニ皇子(おうじ)は、帝国(ていこく)に来てまだ日の浅いロナードでも理解(りかい)出来(でき)るよう、丁寧(ていねい)に説明をした。

「自分の娘が、聖女(せいじょ)候補(こうほ)になると言うのは、貴族(きぞく)(かぎ)らず、一般(いっぱん)市民(しみん)にとっても大きなステータスになる。 娘たちにとってもそれは同じだ。 聖女(せいじょ)候補(こうほ)になれば評判(ひょうばん)が上がり、結婚(けっこん)有利(ゆうり)に働くからな」

セネトが、淡々とした口調(くちょう)でそう付け加える。

(はわ~っ! こっち見んな~!)

セネトは、ロナードが自分の方を見て来たので、顔を真っ赤にして心の中で悲鳴(ひめい)を上げると、思わず顔を(そむ)けた。

「……」

セネトの態度(たいど)に、ロナードは思わずムッとした表情を一瞬(いっしゅん)だけ浮かべた。

 それは、皇女(こうじょ)たちにとっても同じで、だからこそ、セネトたち兄妹とは(はら)(ちが)いの妹であるティティス皇女(こうじょ)は、聖女(せいじょ)選抜(せんばつ)試験(しけん)参加(さんか)していたのである。

簡単(かんたん)に言えば、娘の(こん)(かつ)一環(いっかん)として、ガイア神への奉仕(ほうし)をしていると言う訳なの」

ルチルが(さら)に分かり(やす)い様、そう説明を加えた。

「だからと言って(だれ)でも出来(でき)る訳ではない。 それなりの財力(ざいりょく)も必要だし、何よりも、何年も奉仕(ほうし)を続ける(こん)気強(きづよ)さも求められる。 一般人(いっぱんじん)にはかなりの負担(ふたん)だろう」

セネトは、簡単(かんたん)聖女(せいじょ)選抜(せんばつ)試験(しけん)棄権(きけん)した、ティティス皇女(こうじょ)の顔を思い浮かべながら、やりきれないと言った様子(ようす)で、溜息(ためいき)()じりにそう言った。

「だから大抵(たいてい)は、金銭的(きんせんてき)余裕(よゆう)がある、富豪(ふごう)貴族(きぞく)がやっているって訳なの。 まあ、そうする事で他にもメリットがあるからと言うのもあるのだけれど……」

ルチルは、事務的(じむてき)口調(くちょう)でそう付け加えると、肩を(すく)める。

「ただ修道女(しゅうどうじょ)には、金銭的(きんせんてき)な事は関係ないないからな。 だから、聖女(せいじょ)候補(こうほ)者の大半(たいはん)が、純粋(じゅんすい)寺院(じいん)に仕えている修道女(しゅうどうじょ)と言う訳だ。 聖女(せいじょ)候補(こうほ)になる事は、修道女(しゅうどうじょ)たちにとっては、地位(ちい)に上がる事と同義(どうぎ)だからな」

カルセドニ皇子(おうじ)は、そう説明をすると、

(なる)(ほど)

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで呟く。

選抜(せんばつ)試験(しけん)は、十年に一度くらいの間隔(かんかく)で行われる。 聖女(せいじょ)候補(こうほ)として試験(しけん)を受ける(ため)には、その寺院(じいん)の長の推薦状(すいせんじょう)が必要となる。 受けられる年齢(ねんれい)も十二歳以上二十五歳未満とされている。 だから基本的には、選抜(せんばつ)試験(しけん)を受けられるのは一度きりと言って良い。 十年も期間(きかん)が開けば、その間に結婚(けっこん)する者が大半(たいはん)だからな」

カルセドニ皇子(おうじ)(さら)(くわ)しく、ロナードに聖女(せいじょ)選抜(せんばつ)試験(しけん)について説明をする。

聖女(せいじょ)認定(にんてい)された人たちは、どうなるのですか?」

ロナードは、興味(きょうみ)(ぶか)そうに問い掛けると、

地位(ちい)司祭(しさい)と同じくらいだ。 寺院(じいん)支部(しぶ)の長になったり、(さら)なる高位の地位(ちい)を目指したり……。 結婚(けっこん)したりと、人それぞれだが、女性で老子(ろうし)(だい)老子(ろうし)になる為には、まず聖女(せいじょ)になる事は大前提(だいぜんてい)だ」

カルセドニ皇子(おうじ)は、自分が知っている事を(あま)(こと)()く、ロナードに教える。

結婚(けっこん)出来(でき)るのですか?」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、カルセドニ皇子(おうじ)に問い掛ける。

(け、結婚(けっこん)……)

セネトは、心の中でそう(つぶや)くと、思わずロナードの方を見て、(ふたた)び顔を真っ赤にすると、両手で自分の顔を(おお)う。

(さっきから、何をしているんだ? コイツは)

セネトの奇怪過(きかいす)ぎる動きに、シリウスは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)く。

 相変(あいか)わらずハニエルは、セネトが奇怪(きかい)行動(こうどう)をする(たび)に、何がそんなに可笑(おか)しいのか、必死(ひっし)に笑いを(こら)えて居る。

 イシュタル教会(きょうかい)では基本的に、聖職者(せいしょくしゃ)婚姻(こんいん)禁止(きんし)とされている。

 だから、ガイア神教(しんきょう)も同じだと思って居たのだ。

「ああ。 結婚(けっこん)後も聖女(せいじょ)として、ガイア神に(つか)える事も出来(でき)る。 収入(しゅうにゅう)は安定しているし、女性にとってはなかなか魅力的(みりょくてき)職業(しょくぎょう)だ。 現・大老子(ろうし)であるティアマト様も聖女(せいじょ)時代に結婚(けっこん)され、その後に老子(ろうし)(だい)老子(ろうし)となられている」

カルセドニ皇子(おうじ)は、丁寧(ていねい)にロナードにそう教える。

「そう言った点から見ても、リリアーヌは正規(せいき)手順(てじゅん)聖女(せいじょ)になった訳ではない事は、明らかだな」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで呟く。

「明らかに、(だれ)かしらの思惑(おもわく)が働いて、彼女を支援(しえん)しているであろう事は明白(めいはく)ですね」

ギベオンが、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちでそう言うと、ルチルやセネトも(うなず)いた。

「ああ。 流石(さすが)にリリアーヌ一人の力では、限界(げんかい)があるだろうからな。 寺院(じいん)の関係者の中に協力者(きょうりょくしゃ)が居る事は間違(まちが)いないだろう」

シリウスも、真剣(しんけん)な表情を浮かべながら、自分の見解を語ると、ロナードも(うなず)きながら、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、

「リリアーヌを聖女(せいじょ)()す事で、ティアマト(だい)老子(ろうし)退陣(たいじん)を早めたい……と言ったところか」

「そんな(なま)(やさ)しいモノならば、良いのですが……」

ハニエルは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら言った。

「調べてはいるのだが、なかなか尻尾(しっぽ)(つか)めない」

カルセドニ皇子(おうじ)は、苦々しい表情を浮かべながら言うと、

無理(むり)はなさらないで下さい。 兄上。 兄上が命を(ねら)われる様な事があっては大変です」

セネトは、心配そうな表情を浮かべながら、カルセドニ皇子(おうじ)に言うと、ルチルも(うなず)くと、

「セティの言う通りだわ。 リリアーヌの事は気にはなるけれど、彼女の事を調べていて、貴方(あなた)の身に危険が(およ)んでは、元も子もないです」

心配を(かく)せない様子(ようす)で、カルセドニ皇子(おうじ)に言う。

「二人の言う通りです。 ご協力して(いただ)いた事には感謝(かんしゃ)していますが、殿下(でんか)御身(おんみ)を第一にお考え下さい」

ロナードも、こんな事をして大丈夫(だいじょうぶ)なのだろうかと思って居たので、カルセドニ皇子(おうじ)にそう言うと、

(さみ)しい事を言うな。 ユリアス。 義理(ぎり)の弟に良からぬ事を働く(やから)だぞ? 素知(そし)らぬ顔など出来(でき)るものか」

カルセドニ皇子(おうじ)苦笑(にがわら)いを浮かべながら、自分の事を心配しているロナードにそう返した。

殿下(でんか)……」

カルセドニ皇子(おうじ)の言葉に、ロナードはちょっと感激したのだが、その気持ちを踏み(にじ)る様に、シリウスが()かさず、

「コイツの言う事を真に受けるな。 ユリアス。 どうせ、『面白(おもしろ)そうだ』と思っているに(ちが)いないのだからな」

物凄(ものすご)く冷めた口調(くちょう)で言い放った。

(ひど)いな。 純粋(じゅんすい)にお前の弟の事を心配しての事だと言うのに」

シリウスの言葉に、カルセドニ皇子(おうじ)苦笑(にがわら)いを浮かべながら返す。

「お前が、他人(たにん)を助ける時は大抵(たいてい)不純(ふじゅん)動機(どうき)があるに決まっている。 (わたし)とハニエルを助けたのも、単純(たんじゅん)に使えると思ったからだろう?」

シリウスは、ジロリとカルセドニ皇子(おうじ)(にら)みながら、淡々とした口調(くちょう)で言った。

「まあ、それは否定(ひてい)しないが、そのお(かげ)で今のお前たちがあるのも事実(じじつ)だろう? 少しは感謝(かんしゃ)してくれても良いと思うがな」

カルセドニ皇子(おうじ)は肩を(すく)めると、飄々とした口調(くちょう)でシリウスに言ってから、不満(ふまん)そうな顔をする。

「十分に感謝(かんしゃ)していますよ。 だからこそ、殿下(でんか)(ふところ)(がたな)として、誠心(せいしん)誠意(せいい)(つか)えしているではありませんか」

シリウスの代わりにハニエルが、ニッコリと笑みを浮かべながら、不満(ふまん)そうにしているカルセドニ皇子(おうじ)に言った。

「これが、感謝(かんしゃ)をしている人間の態度(たいど)に見えるか? ふてぶてしいにも(ほど)があるだろ?」

カルセドニ皇子(おうじ)は、シリウスを指差(ゆびさ)しながら、不満(ふまん)そうにハハニエルにそう言い返すと、

「シリウスが素直(すなお)では無いのは、殿下(でんか)も良くご存知(ぞんじ)ではありませんか」

ハニエルは苦笑(にがわら)いを浮かべ、カルセドニ皇子(おうじ)にそう返した。

「ユリアス。 お前も、こんな偏屈(へんくつ)な兄を持って大変だな?」

カルセドニ皇子(おうじ)は思わず、自分の(となり)に座っていたロナードに向って、気の毒そうに言う。

「ははは………」

思いがけず、自分に話を振られたロナードは、(かわ)いた笑いを漏らし、誤魔化(ごまか)すしかなかった。

「そこは否定(ひてい)しろ」

シリウスは、ムッとした表情を浮かべながら、苦笑(にがわら)いを浮かべているロナードに言う。

事実(じじつ)ですから、仕方(しかた)ないですよ」

ハニエルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、シリウスにそう言い返した。

「ハニエル。 お前まで……」

シリウスは、不満(ふまん)そうな様子(ようす)でそう言うと、少し()ねてしまった。


「セネト。 少し、良いか?」

話し合いが終わり、セネトが何故(なぜ)か自分に何も言わず、アルスワット公爵家(こうしゃくけ)を去ろうとしていたので、ロナードはそう言って彼女を呼び止めた。

「ろ、ロナード……」

セネトは何故(なぜ)か、物凄(ものすご)(あせ)った表情を浮かべている。

「セネト。 (おれ)は何か、セネトを怒らせる様な事をしたか?」

ロナードは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、何処(どこ)かソワソワしているセネトに問い掛ける。

「ち、(ちが)うんだ。 そう言うのじゃなくて……」

セネトは、ロナードが勘違(かんちが)いをしている事に(あせ)り、(あわ)ててそう言い返した。

「だったら何故(なぜ)(おれ)()ける?」

ロナードは、表情を(けわ)しくして、強い口調(くちょう)でセネトに問い掛ける。

「それはその……」

ロナードに問質(といただ)され、セネトは焦りと戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、口籠(くちごも)らせる。

「やっぱり、(おれ)が何かしたんだろ?」

セネトの様子(ようす)を見て、ロナードは真剣(しんけん)な顔をしてそう言い返す。

(ちが)う!」

セネトは思わず、語気(ごき)を強めてそう言い返す。

「こんな所で喧嘩(けんか)か?」

シリウスがハニエルを(ともな)い、玄関先(げんかんさき)で言い争っているロナード達に、淡々とした口調(くちょう)でそう声を掛けて来た。

「兄上……」

「そ、そう言う訳では……」

シリウスの問い掛けに、ロナードとセネトはハッとして、(そろ)ってたじろぎながらそう呟く。

「セネト。 お前、今日は変だぞ?」

シリウスは、思い切り眉を(しか)めながら、たじろいで居るセネトに言った。

御免(ごめん)。 ロナード。 お前が悪い訳じゃないんだ。 これは、(ぼく)自身の問題であって……兎に(かく)御免(ごめん)!」

セネトは、(あせ)りの表情を浮かべながら、ロナードに向ってそう言うと、逃げる様にその場から走り去っていった。

「何だよそれ……」

何故(なぜ)(あやま)られ、訳の分からぬ事を言った後、いきなり走り去ったセネトの背中を茫然(ぼうぜん)と見送りながら、ロナードは思わずそう(つぶや)いた。

 そんな二人のやり取りを見ていたハニエルが、可笑(おか)しさのあまり()えられなくなら、また吹き出した。

不謹慎(ふきんしん)だぞ」

そんなハニエルに、シリウスが思い切り眉を(しか)め、そう言って(たしな)めた。


五月蠅(うるさ)いハエたちが君を追って、まさか帝都(ていと)にまで来るとは、思っても居なかったよ」

カルセドニ皇子(おうじ)たちか去った後、入れ(ちが)う様に、宮廷(きゅうてい)魔術(まじゅつ)()の仕事を終えたルフトが、ちょっと(つか)れた様子(ようす)でそう言いながら、近くのソファーに腰を下ろした。

同感(どうかん)ですわ。 しかも、寺院(じいん)の者が手を貸している可能性(かのうせい)があるなんて……」

ルフト共に、ロナードの部屋を(おとず)れたエルフリーデも、ウンザリしている様であった。

「頭が痛いよ……」

ルフトは、ゲンナリとした表情を浮かべそう言うと、両手で自分の頭を抱える。

「ずっとユリアスを、ここに閉じ込めておく訳にもいかないですものね……」

エルフリーデも、困った様な表情を浮かべながら、そう呟いた。

「ってユリアス。 何があったの?」

ルフトは、(こころ)此処(ここ)にあらずと言った様子(ようす)で、両手で頭を抱え、物凄(ものすご)(へこ)んでいるロナードに思わず問い掛ける。

「セネトに……(きら)われたかも知れない……」

ロナードは、今にも泣きそうな顔をして、両手で頭を抱えたまま、(なさ)けない声で言った。

「は?」

「何をしたの?」

ロナードの言葉に、ルフトとエルフリーデは(おどろ)いて、思わずそう問い掛ける。

「何もしてない」

ロナードは、物凄(ものすご)く落ち込んだ様子(ようす)でそう返した。

「いやいやいや。 何もしてなくて(きら)われる訳が無いでしょ? 君が気付いていないだけなんじゃないの?」

ルフトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ロナードにそう言った。

「良いから、昨日あった事を洗い(ざら)い話しなさい」

エルフリーデが何時(いつ)になく、真剣(しんけん)な表情を浮かべながらロナードに言った。

 ロナードは仕方(しかた)なく、エルフリーデとルフトに、昨日のパーティー会場でのセネトとのやり取りを事細(ことこま)かに話した。

「う~ん……。 君の話を聞いた限り、殿下(でんか)普通(ふつう)に帰った感じだけど……」

ルフトは、両腕を自分の前に組み、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで呟く。

「一方だけの話だけでは、何とも言えないですけれど……。 少なくとも、貴方(あなた)の話を聞く限り、殿下(でんか)から(きら)われる様な事をした様には思えませんわ」

エルフリーデも、真剣(しんけん)な表情を浮かべながら、ロナードに言う。

「そうだよな?」

ロナードは、すっかり困惑(こんわく)してしまっている様で、溜息(ためいき)()じりに言う。

「でも、女の子の気持ちって複雑(ふくざつ)だからねぇ……。 何が切っ掛けで怒るか、分からない事があるから……」

ルフトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、常々、自分が感じている事を口にする。

「確かに……」

ロナードも、物凄(ものすご)真剣(しんけん)な顔をして頷く。

「でも、殿下(でんか)は去り(ぎわ)に、貴方(あなた)は悪くない。 自分(じぶん)自身(じしん)の問題だと(おっしゃ)ったのでしょう?」

エルフリーデは、ロナードとセネトのやり取りを思い出しながら、落ち着いた口調(くちょう)でロナードに問い掛けると、

「ああ」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、(うなず)く。

「ならば、本当にその言葉通りの理由ではなくって? 殿下(でんか)恋愛(れんあい)に関して、駆け引きとなど、しそうにありませんもの」

エルフリーデは、落ち着いた口調(くちょう)で自分の考えを()べるが、ロナードの反応(はんのう)はイマイチだ。

「う~ん。 そうだとしたら、君が殿下(でんか)に好きとアピールし過ぎて、(だれ)かにからかわれて、(みょう)に君の事を意識してしまっているとか? それか、君がアピールしてくる事が、ウザいと思ってしまったか……」

ルフトは、(てん)(あお)ぐ様にして少し考えてから、思い付いた事をロナードに言うと、彼は物凄(ものすご)複雑(ふくざつ)な表情を浮かべる。

「でも、見た限りでは、(いや)そうではありませんでしたわよ?」

エルフリーデは、最近のセネトの様子(ようす)を思い出しながら、ルフトにそう指摘(してき)すると、

(ぼく)もそう思うけれど……」

ルフトも、物凄(ものすご)微妙(びみょう)な表情を浮かべながら言う。

「そうですわねぇ……。 取り合えず、好きだと殿下(でんか)にアピールする事を、(ひか)えてみては如何(いかが)?」

エルフリーデは、少し考えてから、ロナードにそうアドバイスをする。

「そうだね。 それで少し様子(ようす)を見てみたら?」

ルフトも、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう言った。

「分かった。 そうしてみる」

ロナードは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、二人のアドバイスを素直(すなお)に受け入れる姿勢(しせい)を見せた。

「全く……。 貴方(あなた)って本当に色恋(いろこい)沙汰(ざた)に関しては、ダメダメですわね?」

エルフリーデは、少し(あき)れた様な表情を浮かべながら、ちょっと意地悪(いじわる)くロナードに言った。

「済まない……」

ロナードは、(しか)られた犬ぬの様に、シュンとした顔をしてそう返した。

仕方(しかた)が無いよ。 エフィ。 ユリアスはずっとイシュタル教会に追われながら傭兵(ようへい)として、それこそ生きる(ため)必死(ひっし)で、(ぼく)たちの様に恋なんてする(ひま)なんて無かっただろうから」

そんなロナードを見て、ルフトは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、エルフリーデに言う。

「そうね。 今のは少し無神経(むしんけい)でしたわ。 御免(ごめん)なさい」

ルフトの言葉に、エルフリーデも流石(さすが)に申し訳なくなり、ロナードに向ってそう謝罪(しゃざい)した。

「いや。 事実(じじつ)だから仕方(しかた)がない」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、バツの悪そうな顔をしているエルフリーデに言う。

「まあ、そんなに落ち込まないで」

ルフトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、まだ落ち込んでいる様子(ようす)のロナードに言う。

「そうですわ。 恋愛(れんあい)勘違(かんちが)いやすれ(ちが)いなんてモノは、良くある事ですもの」

エルフリーデも、(やさ)しい口調(くちょう)でそう言って、ロナードを慰める。

「そうそう。 (ぼく)勘違(かんちが)いされて、エフィから鉄拳(てっけん)を食らった事、何度かあるし」

ルフトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、過去(かこ)経験(けいけん)した事をサラリとカミングアウトした。

「うう……。 それは(あやま)ったでしょう?」

ルフトの言葉に、エルフリーデはバツの悪そうな顔をして、彼にそう言い返した。

「まあ、嫉妬(しっと)をしてくれるウチが(はな)なんだよ。 きっと。 本当に(ぼく)の事をどうでも良かったら、嫉妬(しっと)すらしてくれないだろうからね」

ルフトは、そんなエルフリーデを優しく見ながら、(おだ)やかな口調(くちょう)で自分なりの恋愛(れんあい)(かん)を語った。

「確かに……」

ロナードは、ルフトの言う事も一理(いちり)あると思い、そう言って(うなず)いた。

修復(しゅうふく)なんて(いく)らでも出来ますわよ。 何方(どちら)かが(あきら)めてしまわない(かぎ)りは」

エルフリーデは、ニッコリと笑みを浮かべながら、(やさ)しい口調(くちょう)でロナードに言う。

「そうだよ。 君たちの場合は多分、軽症(けいしょう)だろうから、時間が()てば元に(もど)ると思うよ」

ルフトもニッコリと笑みを浮かべながら、優しい口調(くちょう)でロナードに言う。

「そうだと良いが……」

ロナードは、不安そうな表情を浮かべながら呟く。

大丈夫(だいじょうぶ)。 大丈夫(だいじょうぶ)

ルフトはそう言うと、自信(じしん)なさそうにしているロナードの肩をポンポンと軽く叩く。

「また、何かあったら、(わたくし)たちが力になりますわ。 だから、そんなに(なや)む必要は無くってよ」

エルフリーデは、何時(いつ)になく弱腰(よわごし)のロナードに優しい口調(くちょう)でそう言って(はげ)ます。

「済まない。 エルフリーデ。 ルフト」

ロナードは、申し訳なさそうに、二人に向かってそう言った。

「って……(ぼく)たち、そんな話をする(ため)に、此処(ここ)に来たんだったけ?」

ルフトはふと、自分たちが本来の目的とは(ちが)う事を話し合っている事を思い出し、(となり)に座っているエルフリーデに小声で問い掛ける。

「何か、今後の大事な事を話し合うつもりだった(はず)よ」

エルフリーデは『はて?』と言う様な表情を浮かべながら、ルフトに還す。

「って、アイリッシュ(はく)たちの事をどうするか、話し合いに来たんだよ」

ルフトは、自分たちが此処(ここ)へ来るまでの間、何を話していたかを思い出し、ポンと手を(たた)いてから、エルフリーデにそう言うと、

「ああ。 そうでしたわね」

彼女も、『そう言えば、そうだったわ』と言う様な顔をして、そう返してから、

「でも、今のユリアスにしてみれば、アイリッシュ(はく)たちの事よりも、セレンディーネ様の事の方が、重大な様ですわ」

こっそりと、そう付け加えた。

「確かに」

エルフリーデの言葉を聞いて、ルフトは苦笑(にがわら)いを浮かべながら呟く。


「やれやれ。 相変(あいか)わらず、ユリアスは(かく)れんぼが上手(うま)い子で困りますね……。 やっとの事で住まいを突き止めたと言うのに、(すで)雲隠(くもがく)れした後だったとは……」

アイリッシュ(はく)は、溜息(ためいき)()じりにそう(つぶや)いた。

「ここの街に入る事さえ出来(でき)れば、ユリアスの魔力(まりょく)感知(かんち)出来(でき)ると思ったのに、気持ち悪い位、ユリアスの魔力(まりょく)感知(かんち)出来(でき)ないなんて……。 一体、どんな手を使っているんだか……」

アイリッシュ(はく)弟子(でし)であるセネリオも、残念(ざんねん)そうに呟いた。

「多分、アルスワット公爵家(こうしゃくけ)が、(かくま)っているんだろうけど……」

彼等(かれら)行動(こうどう)を共にしている、イシュタル教会(きょうかい)術師(じゅつし)カリンは、自分の髪を(いじ)りながら言う。

「アルスワット公爵家(こうしゃくけ)って、ティルミット公爵(こうしゃく)と並ぶ、帝国(ていこく)では一、二を争う魔術(まじゅつ)()名家(めいか)やって話やで? そんな所からどうやって、ユリアスを連れ戻すんや?」

床の上に胡坐(あぐら)をかき、槍の手入れをしているランが、(おもむろ)にそう問い掛ける。

「出て来ないのなら、出てくる様に仕向(しむ)ければ良いと思います」

優雅(ゆうが)に紅茶を飲んでいたリリアーヌは、(おもむろ)にティカップを置くと、落ち着いた口調(くちょう)で言った。

「いやいや……。 簡単(かんたん)に言うけどな相手(あいて)伯爵(はくしゃく)やで? しかも、皇女(こうじょ)様の婚約者(こんやくしゃ)や。 (いく)らアンタが聖女(せいじょ)(さま)だからって、手紙で呼び付けようとしても、よう分からん女の手紙なんて、当人(とうにん)の手に(わた)る前にビリビリに破られて、燃やされるのがオチやで?」

ランは、(おそ)ろしく楽観的(らっかんてき)に言うリリアーヌに、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら言った。

「そうね。 気の利いた執事(しつじ)なら、その位の事はするでしょうね」

カリンも、軽く溜息(ためいき)を付いてから、淡々とした口調(くちょう)で言う。

「せや。 婚約者(こんやくしゃ)が居るのに、(ほか)の女と会う様な真似(まね)、周りがさせる訳が無いからな」

ランは、槍の(やいば)の部分の摩耗(まもう)具合(ぐあい)を確認しながら、落ち着いた口調(くちょう)で言う。

(かり)に、ユリアスちゃんが手紙を見たとしても、アンタに会わなきゃいけない理由なんて、向こうにはないでしょ? (きら)われてるんだから」

カリンは、リリアーヌに向かって、意地悪(いじわる)くそう言うと、肩を(すく)める。

(わたくし)……ユリアスに(きら)われているのですか?」

リリアーヌは、ショックを(かく)せない様子(ようす)で、声を(ふる)わせながらカリンに問い掛ける。

「は?」

「え……」

彼女の思わぬ言動(げんどう)に、ランとカリンは目を点にして、思わずそう(つぶや)いた。

「セネリオ。 そうなのですか?」

リリアーヌは目元に涙を()め、助けを求める様な視線(しせん)を隣に座っていたセネリオに向け、そう問い掛けた。

 リリアーヌに問い掛けられ、セネリオは一瞬(いっしゅん)たじろいだが、直ぐに落ち着きを取り戻し、

「まぁ……。 (ほか)の女の子と婚約(こんやく)しちゃってるし……。 好きとか、(きら)いとか言う以前(いぜん)に、会う事は(ゆる)されないよね……」

淡々とした口調(くちょう)でそう答えた。

「そんな、オブラートに(つつ)んで言わんで、ハッキリ言うてやり! 『アンタ、(きら)われとるで!』って!」

セネリオの物言(ものい)いに、ランがイラッとして、思わず強い口調(くちょう)で彼にそう言い返した。

「何をどう(とら)えたら、まだ、ユリアスちゃんがアンタの事を好きだって結論(けつろん)辿(たど)り着くのよ? どう考えたって、(きら)われる様な事しかしてないじゃない」

カリンも、(あき)れた表情を浮かべ、泣きそうな顔をしているリリアーヌに対し、淡々とした口調(くちょう)で言った。

「せや。 前に会った時も、アンタの事、悪魔(あくま)でも見るかの様な目で見とったやろ。 メッチャ(おび)えとったし。 それに気付かへんとか、何処(どこ)に目ぇ付いとるんや?」

ランは頷きながら、かなり(あき)れた様子(ようす)でリリアーヌに言うと、彼女はウルウルと目を潤ませ、

「そんな……。 (ひど)い。 酷いです! (いく)らあなた方もユリアスの事が好きだからって、そんな言い方、あんまりです!」

彼女たちにそう言い返すと、両手で自分の顔を(おお)い、ワッと泣き出してしまった。

「は?」

「頭に虫、()いとるんとちゃうか?」

リリアーヌの言動(げんどう)に、カリンとランは(あき)れた様子(ようす)で、物凄(ものすご)く冷めた視線(しせん)を彼女に向けながら、淡々とした口調(くちょう)でそう呟いた。

流石(さすが)に、リリアがユリアスの事が好きだからって、(ほか)の人達もそうだとは(かぎ)らないと思うよ。 好みは、人それぞれって言うし」

セネリオは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、自分の(となり)で肩を(ふる)わせて泣いているリリアーヌに、(やさ)しい口調(くちょう)でそう言って(なぐさ)める。

「そうなのですか?」

彼女はバッと顔を上げると、物凄(ものすご)意外(いがい)そうな様子(ようす)でセネリオに問い掛けた。

「いや、普通(ふつう)、そうやろ……。 何でウチが、あんな軟弱(なんじゃく)そうな優男(やさおとこ)を好きにならんといかんねん? 好みや無いわ」

彼女の反応(はんのう)に、ランはドン引きしながら、かなり(いや)そうな様子(ようす)でそう言った。

「カリンはぁ、ユリアスちゃん、顔はドストライクだけどぉ。 嗜好(しこう)が合わないから無理(むり)

カリンは、自分の人差(ひとさ)し指を(ほお)()え、ぶりっ()口調(くちょう)でそう言うと、ニッコリと笑みを浮かべる。

「ドSなアンタの相手(あいて)なんて、余程(よほど)のドMしか務まりはせぇへんやろ……。 下手(へた)したらアンタに(ころ)されるがな」

ランは、そんなカリンに冷ややかな視線(しせん)を向け、物凄(ものすご)く冷たく言い放った。

(ひど)い! カリンの事、可愛(かわい)いって言ってくれる人、一杯(いっぱい)いるもん!」

カリンはムッとした表情を浮かべ、強い口調(くちょう)でランに言い返す。

「そりゃ見た目だけや。 アンタの本性(ほんしょう)()ったら、どんだけの男が残ると思っとるねん? ミジンコ程度(ていど)にしか居らへんで」

ランは肩を(すく)めながら、何処(どこ)馬鹿(ばか)にした様な口調(くちょう)で言う。

「まあ、貴女(あなた)特殊(とくしゅ)嗜好(しこう)をお持ちですからね」

そんな彼女たちのやり取りに、アイリッシュ(はく)が紅茶を(すす)りながら、(なに)()わぬ顔でそう言った。

「そりゃ、アンタもやろ!」

「アンタにだけは、言われたくないわ!」

ランとカリンは思わず、強い口調(くちょう)でそう反論(はんろん)すると、アイリッシュ(はく)物凄(ものすご)(おどろ)いた顔をして、目をパチクリさせている。

「ああ良かった。 ユリアスを好きなのは、(わたくし)だけなのですね?」

リリアーヌは涙をハンカチで(ぬぐ)いながら、物凄(ものすご)くホッとした表情を浮かべながら言った。

「………」

彼女の反応(はんのう)に、ランとカリンは何とも言えない微妙(びみょう)な顔をして、お(たが)いの顔を見合わせた。

(この聖女(せいじょ)(さま)、やっぱ(あたま)可笑(おか)しいわ)

(マジ、この女ムリ)

そして、それぞれに心の中でそう呟いた。

(よう)は、(ことわ)れない様な事を、お願いしたら良いのですよね?」

リリアーヌは、ニッコリと笑みを浮かべ、落ち着いた口調(くちょう)でラン達に言った。

「え。 まあ……。 それに()した事は無いやろうけど……」

ランは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、そう返すと、

大丈夫(だいじょうぶ)です。 ちゃんとユリアスを呼び出せます」

リリアーヌは、何故(なぜ)そんなに自信に(あふ)れているのか分からないが、ニッコリと笑みを浮かべたまま、戸惑(とまど)っている彼女たちに向かってそう言い放った。

「……ホンマかいな……」

ランは、そんな彼女に対し、一抹(いちまつ)の不安を抱き、思わずそう(つぶや)いた。


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