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DRAGON SEED 2  作者: みーやん
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誘拐


主な登場人物


ロナード(ユリアス)…召喚術(しょうかんじゅつ)と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を()が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠(ししょう)に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを()(ため)、エレンツ帝国(ていこく)を目指している。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な美青年。 十七歳。


セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国(ていこく)皇女(こうじょ)。 とある事情(じじょう)から(のが)れる(ため)、シリウスたちと行動(こうどう)を共にしている。 補助(ほじょ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)とする魔術(まじゅつ)()。 フワリとした癖のある黒髪(くろかみ)琥珀(こはく)色の大きな(ひとみ)特徴的(とくちょうてき)な女性。 十九歳。


シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在(じざい)(あやつ)る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手(あいて)魔術(まじゅつ)の使用を(ふう)じる、特殊(とくしゅ)(ひとみ)を持っている。 長めの金髪(きんぱつ)に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫(びじょうぶ)。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒(あいぼう)鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人(りょうよくじん)。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)薬草学(やくそうがく)得意(とくい)としている。 白銀(はくぎん)長髪(ちょうはつ)と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔(えがお)を浮かべながらサラリと(どく)()く。


ルチル…帝国(ていこく)第三(だいさん)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)(つと)めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 今はティティスの護衛(ごえい)(にん)()いている。 二十歳(はたち)


ギベオン…セネト専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)。 温和(おんわ)生真面目(きまじめ)な性格の青年。 二十五歳。


カルセドニ…エレンツ帝国(ていこく)第一(だいいち)皇子(おうじ)でセネトの同腹(どうふく)の兄。 寺院(じいん)(せい)騎士(きし)をしている。 奴隷(どれい)だったシリウスとハニエルを助け、自由の身にした人物。


アイク…ロナードの専属(せんぞく)護衛(ごえい)をしている寺院(じいん)暗部(あんぶ)所属(しょぞく)していた青年。 気さくな性格をしている。

 湿(しめ)っぽい空気と、(かび)の臭い……ヒンヤリと冷たく(かた)い石の様な感触(かんしょく)……

(ここは……何処(どこ)だ?)

肌寒(はださむ)さを覚え、目を覚ましたロナードは、心の中でそう(つぶや)く。

 (おもむろ)に身を起こし、目を()らし、注意深く周囲(しゅうい)観察(かんさつ)してみる。

頼りなく、ランプが周囲(しゅうい)()らすだけの薄暗(うすぐら)い空間……。

 目の前には、無数(むすう)(てつ)格子(ごうし)が床から天井にまであって、背後(はいご)や床は無機(むき)(しつ)な石のブロックが隙間(すきま)なく並べられ、何処(どこ)からかヒタヒタと水が(したた)る様な音が聞こえてくる……。

 どう考えても、セネトから()し与えられている、宮廷(きゅうてい)(ない)の自分の部屋では無さそうだ。

(誘拐された……のか?)

ロナードは、自分が両手を前にされ、手枷(てかせ)が付けられているのを見て、心の中で(つぶや)く。

 魔力(まりょく)欠乏症(けつぼうしょう)(さいな)まれ、(しばら)くベッドから起き上がる事もままならなかったが、最近は日常(にちじょう)生活(せいかつ)支障(ししょう)が無い(ほど)にまで回復(かいふく)はしていたが、心配するセネトたちの言い付けで、宮廷(きゅうてい)魔術(まじゅつ)()の仕事を休み、宮廷(きゅうてい)(ない)で貸し与えられた彼の部屋で療養(りょうよう)を続けていたのだが……。

 どの位の間、意識が無かったのか分からないが、彼が意識を失う前、宮廷(きゅうてい)(ない)でちょっとしたボヤ(さわ)ぎがあり、念の(ため)避難(ひなん)する様にと、侍女(じじょ)が部屋に入って来た事までは覚えているのだが……。

(あれか)

ロナードは、その侍女(じじょ)何時(いつ)も見る者では無かった事を思い出し、心の中で(つぶや)く。

(帰ったら、セネト達に(あやま)らないと……)

ロナードは、彼の身の安全を(はか)(ため)常日頃(つねひごろ)から周囲(しゅうい)に気を配ってくれているセネトやアイクの顔が浮かび、彼女たちに対して罪悪感(ざいあくかん)を覚え、心の中で(つぶや)いた。

 そんな事を考えて居ると、複数(ふくすう)の足音が此方(こちら)徐々(じょじょ)に近づいて来るのが聞こえた。

「また会いましたね」

周囲(しゅうい)薄暗(うすぐら)く、声の主は深々と外套(がいとう)に付いているフードを(かぶ)っている(ため)、顔は見えないが、背丈(せたけ)(たたず)まい、声色(こわいろ)などから、若い男である事は分かった。

「……」

ロナードは警戒(けいかい)(しん)(あら)わにし、表情を強張(こわば)らせ、声を掛けて来た相手(あいて)を見上げる。

貴方(あなた)所為(せい)で、(わたし)宮廷(きゅうてい)を出なければならなくなりまして……。 その後、頼れる者もおらず、色々と大変でした。 その腹癒(はらい)せでは無いですが、ここへ招待してみました。 どうですか? 私たちのもてなしは、気に入ってくれましたか?」

その若い男は、何処(どこ)か勝ち(ほこ)った様子(ようす)で、そう語った。

「……」

ロナードは真剣(しんけん)な表情を浮かべ、顔が見えない相手(あいて)動作(どうさ)声色(こわいろ)などで、相手(あいて)危害(きがい)を加えて来るかどうか判断(はんだん)する事に集中していた。

「おい。 (だま)ってないで、何とか言ったらどうなんだ?」

彼の背後(はいご)に居た、スキンヘッドの筋肉質(きんにくしつ)大柄(おおがら)な、あまり身なりの良くない、(がら)の悪そうな男が、先程(さきほど)から(なま)意気(いき)に自分たちを(にら)み付けているロナードに対し苛立(いらだ)ちを覚え、そう怒鳴(どな)り付けた。

 大柄(おおがら)で、如何(いか)にも悪者(わるもの)と言った雰囲気(ふんいき)の彼が野太(のぶと)い声で(すご)めば、大抵(たいてい)の者は(ひる)んで、その顔を恐怖(きょうふ)に歪めるのだが、目の前の青年は顔色一つ変えず、(するど)眼差(まなざ)しで自分達を見ている。

(なま)意気(いき)(やつ)だな! 気に入らねぇ!」

(つか)まっている身だと言うのに、恐怖(きょうふ)(しん)や不安の色など微塵(みじん)も無く、それどころか、敵対(てきたい)(しん)()き出しにして、(するど)く自分を(にら)むその青年の目が、その男はとても気に入らなかった。

 だから、とっさにそう叫びながら、目の前の青年の頭を思い切り蹴飛(けと)ばした。

 そうすれば、(とら)えたこの青年は(たちま)ち、子犬(こいぬ)の様に恐怖(きょうふ)に身を(ふる)わせ、自分達に(すが)る様な眼差(まなざ)しを向ける様になり、自分が優位に立つ事が出来(でき)る。

 ロナードは(がら)の悪い男に思い切り蹴飛(けと)ばされ、背後に両腕を合わせる様に手錠(てじょう)をされている(ため)、肩から勢い良く床の上に倒れ込んだ。

「おい! 手荒(てあら)真似(まね)はしない約束(やくそく)だぞ!」

若い男は不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにし、(がら)の悪い男を怒鳴(どな)り付ける。

「何言ってやがる。 どうせ(ころ)すんだろ? その前に(いた)め付けようが大差(たいさ)ねぇだろ?」

柄の悪い男はカチンと来て、強い口調(くちょう)で若い男にそう言い返すと、

「……これだから、金に()られて(やと)われた(やから)は……」

彼は呆れた様な顔をして、軽く肩を竦めつつ、何処(どこ)(がら)の悪い男の事を見下(みくだ)した様な口調(くちょう)でそう言った。

「うるせぇ!」

若い男の言動(げんどう)に、(がら)の悪い男は益々(ますます)カチンと来て声を(あら)らげるが、若い男は彼を無視(むし)し、ロナードの前に来ると身を(かが)め、

「済みませんでした。 大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」

倒れたロナードの背中に手を回し、優しい口調(くちょう)でそう言いながら、彼の身を起こす。

「チッ……」

その様子(ようす)を見て、(がら)の悪い男は面白(おもしろ)く無さそうな表情を浮かべ、舌打(したう)ちをする。

 そして(おもむろ)に、自分からの一撃(いちげき)をくらい、恐怖(きょうふ)(しん)を抱いたであろうと思われる青年の方へと目を向けるが、(がら)の悪い男の予想(よそう)に反し、身を起こした青年は(いか)りに満ち、抜身(ぬきみ)刃物(はもの)の様な(するど)眼光(がんこう)を男に向けて来た。

 (ひる)ませるどころか、完全に青年を(おこ)らせたのは、彼から発せられる空気で分かった。

 しかも、自分を(ころ)す気満々(まんまん)だ。

 『ぶっ(ころ)す!』と、青年の目が言っている!。

 (がら)の悪い男は、貴族(きぞく)令嬢(れいじょう)たちの様に綺麗(きれい)な顔立ちをしている目の前の青年が、静かに獲物(えもの)(のど)(ぶえ)に食らいつく機会(きかい)(うかが)っている(けもの)の様な(するど)視線(しせん)を自分に向けている事に気付くと、どう言う訳か、背中が(こお)り付く感覚(かんかく)見舞(みま)われ、自分でも気が付かない内に冷や汗を流していた。

「おい。 もう一人が到着したぞ」

(がら)の悪い男が、(へび)(にら)まれた(かえる)の様になっていると、不意に(とびら)の向こうから別の男の声がした。


 粗雑(そざつ)な木の扉が開け放たれ、顔が見えぬ様に黒いショールが付いた帽子(ぼうし)(かぶ)り、()()喪服(もふく)に身を包んだ、()き通る様な白い肌を有した女性が、ヒールの音を高らかに鳴らしつつ、ロナードの前にやって来ると、

無事(ぶじ)に、(つか)まえられたようですですね?」

女性は(おだ)やかな口調(くちょう)で男たちに言うと、

「お(かげ)(さま)で」

若い男は、落ち着いた口調(くちょう)で答えた。

 女性はロナードがいる辺りを良く照らす様にと、(がら)の悪い男に対して(あご)指示(しじ)する。

 男は不服(ふふく)そうな顔をしながらも、ロナードに近付くと、ランプの明かりをロナードに近付ける。

 ロナードは急に強い光を近付けられたので、(まぶ)しさのあまり、思わず目を細め、顔を(そむ)けようとするが、(がら)の悪い男がロナードの(あご)の下を片手で乱暴(らんぼう)(つか)むと、目の前に立つ女性に顔が良く見える様に、無理矢理(むりやり)に正面を向かせる。

 横顔だけでも十分に、目鼻立(めはなだ)ちが整っているのは分かるが、明りに顔を照らされ、正面から改めて見ると、その綺麗(きれい)な顔立ち以上に、双眸(そうぼう)宝石(ほうせき)の様に美しい、とても(めずら)しい紫色である事に気付かされた。

 その瞳だけでも、高値(たかね)が付きそうだと言うのに、この大陸の者とは異なる、北のランティアナ大陸の者の特有(とくゆう)のごく薄い赤銅(せきどう)(いろ)(はだ)にスラリと長い手足……。

 金髪(きんぱつ)では無いのが残念(ざんねん)ではあるが、これはこれで(めずら)しいので、きっと見た事も無い様な高値が付くに違いない……。

(コイツは殺すよりも、奴隷(どれい)市場(いちば)に売り払っちまった方が良いんじゃねぇのか?)

(がら)の悪い男ですら、そう思ってしまう(ほど)だった。

 男が蹴飛(けと)ばした時に口の(はし)を切ったのか、口元に血が(にじ)んでいるが、(おく)する様子(ようす)も無く、青年は自分達を見ている。

「どうやら、当人(とうにん)間違(まちが)いなさそうですね」

女性は落ち着いた口調(くちょう)で言うと、その時、ロナードと目が合い、彼女の勝ち(ほこ)った様な微笑(ほほえ)みが、彼にはとても不快(ふかい)でならなかった。

「さて、早速(さっそく)ですが、(わたし)たちと取引(とりひき)をしませんか?」

女性は身を(かが)めると、ロナードの顎の下に手を()え、自分へ顔を向けながら、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、ロナードに分かる様にランティアナ大陸の公用語(こうようご)でそう言った。

(ことわ)る」

(かん)(ぱつ)()かず、ロナードは無機(むき)(しつ)口調(くちょう)即答(そくとう)した。

「……っ」

何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、ロナードが即答(そくとう)した事に対し、女性はたじろぐ。

『何と言っているのですか?』

若い男は不思議(ふしぎ)そうな顔をして、女性に問い掛ける。

『内容も聞かない内から、『断る』と即答(そくとう)して来ました』

女性は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、若い男にそう答えると、

『はっ! 良い度胸(どきょう)してるじゃねぇか!』

それを聞いて、(がら)の悪い男は思わず吹き出し、笑いながらそう言った。

 顔立ちこそ、その辺の貴族(きぞく)令嬢(れいじょう)に引けを取らぬ綺麗(きれい)な顔をしているのに、自分が(とら)われの身にも関わらず、物動(ものどう)じ一つせず、毅然(きぜん)取引(とりひき)(ばなし)をも()っぱねるその豪胆(ごうたん)さ……。

助かりたい一心で(みずか)取引(とりひき)を持ち掛ける、その辺の貴族(きぞく)子息(しそく)とは、そもそもの価値観(かちかん)(ちが)う様だ。

『それでは困ります』

若い男は、女性に向かって抗議(こうぎ)する。

「ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと(ころ)せば良い。 その(ため)(おれ)を連れて来たんだろう?」

ロナードは真直(まっす)ぐ女性らを見ながら、恐怖(きょうふ)など微塵(みじん)も持ち合わせていない、ハッキリとした口調(くちょう)でそう言い放った。

「あら。 自分がどう言う立場なのかは、理解(りかい)しているようですね? あまりに鈍感(どんかん)反応(はんのう)をするので、てっきり分かっていらっしゃらないのかと心配してしまいました」

女性は苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードにそう言い返した。

「当然だ」

彼は、実に落ち着いた口調(くちょう)で答えた。

 分かっていて、取引(とりひき)に応じないと言うのは、(まった)く何を考えているのか、彼女には理解(りかい)出来(でき)なかった。

無様(ぶざま)に捕まり、相手(あいて)利用(りよう)されるくらいならば死ね』とでも、セレンディーネ皇女(こうじょ)(あた)りにでも強く言われているのだろうか……。

「大人しく(したが)った方が良いですよ? 死にたくは無いでしょう?」

女性は、苦笑(にがわら)いを浮かべたままロナードに言った。

「勝手に()えていろ。 そもそも、(おれ)を自分たちの思い通りに出来(でき)ると思っている所から(すで)に、間違(まちが)っている。 お前たちには、(おれ)を殺すと言う選択肢(せんたくし)以外(いがい)存在(そんざい)しないと知れ」

ロナードは、キッと彼女たちを(にら)み付けながら、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い返す。

 彼のその言動(げんどう)から、最初からロナードが、自分たちの話など聞く気が無いのだと彼女は(さと)ると、

「うふふふ……」

女性は(うつむ)加減(かげん)で、急に不気味(ぶきみ)に笑い声を上げだした。

『ど、どうしたんだよ?』

(がら)の悪い男は、急に女性が不気味(ぶきみ)に笑い出したので、戸惑(とまど)気味(ぎみ)に問い掛ける。

『彼が泣きながら(ゆる)しを()う姿が見たくなったわ。 それに、彼の変わり()てた(みじ)めな姿をセレンディーネ皇女(こうじょ)に見せた方が、面白(おもしろ)いと思わない?』

女性はニッコリと笑みを浮かべ、若い男たちにそう提案(ていあん)すると、

(ころ)してしまうのは困りますが、貴女(あなた)の言う事も一理(いちり)ありますね。 彼にも皇族(こうぞく)にも並々ならぬ(うら)みがありますから』

若い男は、苦笑(にがわら)いを浮かべながらそう言うと、チラリとロナードの方へと目を向ける。

貴方(あなた)には、別の交渉(こうしょう)方法(ほうほう)が良さそうね?」

女性はニッコリと笑みを浮かべ(目は笑っていないが)、ロナードに向かってそう言った。

「さっさと(ころ)せ」

ロナードは、彼女を(にら)んだまま、淡々とした口調(くちょう)で返す。

(どうやら彼は、自分がセレンディーネ皇女(こうじょ)不利益(ふりえき)になる事を危惧(きぐ)している様ね)

女性は心の中でそう(つぶや)いてから、

「うふふ。 そんな事はしませんよ。 仲良くしましょう?」

ロナードに向かって(やさ)しい口調(くちょう)でそう言うと、ニィィィと不気味(ぶきみ)な笑みを浮かべた。


 何処(どこ)からか、木製(もくせい)の何かがカタカタと動く音と共に、水がザアーッと流れ出す音が(ひび)いて来る……。

 あまり深くない石畳(いしだたみ)出来(でき)水路(すいろ)に、地下から汲み上げた水が通る場所で、様々な場所から集まった水が水車(すいしゃ)で持ち上げられ、帝都(ていと)内にある上水路(すいろ)へと流れ込み、街に住む人々の命と生活を守っている。

 ここは、先程(さきほど)よりもヒンヤリとしていて、()間着(まき)のまま連れ(さら)われたロナードの体には、肌寒(はださむ)く感じた。

「何だよこれ……。 ただ水が少し流れてるだけじゃねぇか。 こんなんで(ゆる)しを()う様になるのかよ?」

女性に言われて、ロナードを連れて来た(がら)の悪い男は、拍子抜(ひょうしぬ)けした様子(ようす)で、一緒(いっしょ)に来た彼女に言った。

「これは水刑(すいけい)と言って立派(りっぱ)拷問(ごうもん)手段(しゅだん)の一つです。 水刑(すいけい)にも色々とありますが、今回はこれで十分でしょう。 ここに流れているのは冷たく冷えた地下水(ちかすい)を汲み上げた物。 そんな冷たい水に足首程度(ていど)だけでもずっと()かっていたら、どう言う事になるのか……見せて差し上げます」

女性は不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、(がら)の悪い男にそう説明した。

「へへっ。 そりゃ楽しみだ」

柄の悪い男は、イマイチ理解(りかい)出来(でき)ていない様であったが、気に入らないロナードが苦しむ様が見られるならと、声を(はず)ませながら言った。

「あら。 貴方(あなた)はどう言う事になるのか、分かっている様ですね?」

ロナードが表情を強張(こわば)らせているのを見て、女性はニッコリと笑みを浮かべながら言った。

「……陰湿(いんしつ)な女め」

ロナードは嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべ、()き捨てる様な口調(くちょう)で返す。

「うふふふ。 言う事を聞かない貴方(あなた)が悪いのよ。 ここで少し頭を冷やしてなさい」

女性は勝ち(ほこ)った様な笑みを浮かべながら、言うが、

「そうは、いくか!」

ロナードはそう言うと、自分を近くの柱と手枷(てかせ)(つな)ごうとしていた(がら)の悪い男に思い切り体当たりをする。

 ロナードに体当たりを食らった男は、そのまま勢い良く少量の水が流れる場所へと転げる。

『この野郎(やろう)!』

(がら)の悪い男は声を(あら)らげ、素早(すばや)く立ち上がり、ロナードに向かって(こぶし)を振り下ろすが、彼はそれを軽々と()けると、その男の土手(どて)っ腹に膝蹴(ひざげ)りを思い切り見舞(みま)った後、その後頭部(こうとうぶ)に両手を組んだ手を力一杯(ちからいっぱい)振り下ろした。

『がっ……』

柄の悪い男は、ロナードの攻撃(こうげき)をまともに食らい、短い声を上げ、その場に(くず)れ込んだ。

「さて、お転婆(てんば)が過ぎるお(じょう)さん。 (おれ)此処(ここ)から脱出(だっしゅつ)するまで、(しば)しお付き合い願おうか」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で女性に向かって言った。

「ふざけないで!」

彼女はそう叫ぶと、持っていた護身用(ごしんよう)短剣(たんけん)を取り出すと、それを思い切りロナードに向かって繰り出した。

 だが、彼女の動きは完全にロナードに読まれており、()れた様子(ようす)手枷(てかせ)をされたままの状態(じょうたい)で、彼女の手から短剣(たんけん)(たた)き落とすと、素早(すばや)く彼女の手首を(つか)み、そのまま思い切り後ろ手にする。

「ぐっ……」

ロナードに手荒(てあら)く手首を(つか)まれ、後ろ手にされ、彼女は(いた)みのあまり表情を(ゆが)ませる。

「使い()れない物を無闇(むやみ)に振り回すものじゃない。 じゃないと、アンタの方が(いた)い目に()うぞ」

ロナードは彼女を後ろ手にしたまま、落ちた短剣(たんけん)を拾い上げ、彼女の背中に体を密着(みっちゃく)させ、彼女の首元に短剣(たんけん)を突き付けながら、落ち着いた口調(くちょう)で言った。

「くっ! 放しなさい!」

彼女はそう叫びながら、何とかしてロナードの手を振り(ほど)こうと(あば)れるが、自分の腕を(つか)んでいる彼の力は思いの(ほか)(つよ)く、(まった)くビクともしない。

(おれ)無事(ぶじ)に逃げる事が出来(でき)たら放してやる。 これ以上、(いた)い想いをしたく無ければ、大人しく(したが)う事だ」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、女性に言い返した。

(何なのよコイツ! まるで見計(みはか)らったみたいに! 動きに(まった)無駄(むだ)が無い!)

女性は、自分を(つか)まえているロナードを横目で見ながら、恐ろしく落ち着いている彼を見て、心の中で(つぶや)いていると……。

 ロナードは不意(ふい)眩暈(めまい)を覚えた。

(急に激しく動いたからか……)

ロナードは、苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、心の中でそう(つぶや)いていると、何かに気付いた様に、ハッとした表情を浮かべ振り返った瞬間(しゅんかん)、柄の悪い男が思い切り、彼の(ひだり)(ほお)(ひら)手打(てう)ちを見舞(みま)い、周囲(しゅうい)にその音が(ひび)(わた)ると同時(どうじ)にロナードが勢い良く床の上に倒れ込む。

(くそっ! 死角(しかく)から!)

ロナードは床の上に倒れ込みながら、咄嗟(とっさ)反応(はんのう)出来(でき)なかった事に対し、苦々しく思った。 

 何時(いつ)もならば絶対(ぜったい)に、こんな醜態(しゅうたい)(さら)す事など無いのに!。

「このクソがっ!」

(がら)の悪い男は、(ひたい)に片手を添えつつ、恨めしそうにそう叫ぶと、(たお)れたロナードの腹を思い切り()り付けた。

「かはっ!」

思い切り腹を()り付けられ、ロナードは苦痛(くつう)に満ちた表情を浮かべ、思わず声を上げる。

「このクソ野郎(やろう)!」

(がら)の悪い男はそう言うと、苦しそうに咳込(せきこ)んでいるロナードの側に身を(かが)めると、ガッと乱暴(らんぼう)に彼の喉元(のどもと)を掴んだ。

 ロナードは苦しそうに顔を歪め、(かせ)をされている両手で、自分の首を()めている(がら)の悪い男の手を(つか)退()けようとしたが、腕に力が入らない所為(せい)でそれも出来(でき)ず、やがてグッタリと項垂(うなだ)れて動かなくなった。

「ちょっと!」

それを見た女性が、(あせ)りの表情を浮かべながら、男に声を掛ける。

「心配すんな。 ちょっと落としただけた。 死んじゃいねぇよ」

(がら)の悪い男はそう言うと、思い切り両手で締め付けていたロナードの喉元(のどもと)から手を(はな)した。

 彼の首にはくっきりと、(がら)の悪い男の手形が残っており、彼が容赦(ようしゃ)なくロナードの首を()めた事を物語っていた。

「大変です! 寺院(じいん)の者たちがここへ来ています!」

そこへ、外套に付いたフードを深々(ふかぶか)(かぶ)った若い男が血相(けっそう)を変え、駆け寄りながら二人に向かって叫ぶ。

仕方(しかた)がないわ。 彼を若様(わかさま)の下へ連れて行くわよ」

女性は、苦々しい表情を浮かべつつ、(がら)の悪い男に言うと、

「最初から、こうしとけば良かったんだよ」

彼はそう言いながら、気を失っているロナードを肩の上に(かつ)ぎ上げる。


「まだ見付からないのか!」

セネトのヒステリックな声が、部屋の中に(ひび)(わた)る。

 ボヤ(さわ)ぎが収まり、セネトをはじめ、宮に居た者たちが安堵(あんど)していたのだが、直ぐにロナードの姿が無い事に彼の護衛(ごえい)をしているアイクが、真っ先に気が付いた。

 何処(どこ)か、別の場所にでも避難(ひなん)しているのかと最初は思ったのだが、宮の中やその周辺(しゅうへん)を隈なく(さが)しても一向(いっこう)に見付からず、(みんな)、『何処(どこ)へ行ったのだろうか』と(あせ)り始めた。

 その後、事態(じたい)を知ったギベオンが(あらた)めて部屋を調べたところ、直ぐに、彼が何時(いつ)も履いているサンダルが寝室(しんしつ)のベッドの近くで片方(かたほう)ずつ(はな)れた場所に散らかった状態(じょうたい)(ころ)がっていて、絨毯(じゅうたん)を良く見ると、何か重い物を引き()った様な(あと)があった。

 (さら)に、彼が着ていた寝間(ねま)()以外(いがい)着替(きが)えの服は(すべ)て、リネン室にある事も分かった。

 流石(さすが)裸足(はだし)で部屋の外へ行くなど考えられない……。

 何者かに誘拐(ゆうかい)された可能性(かのうせい)が高いと言う結論(けつろん)(いた)り、(たちま)ち、天地(てんち)をひっくり返した様に大騒(おおさわ)ぎとなり、今に(いた)る訳である……。

「お、落ち着いて! 今、(みな)必死(ひっし)(さが)してるから!」

ルチルは、苛立(いらだ)っているセネトを何とか宥めようと、声を掛ける。

「ロナード……」

セネトは顔を青くして、両手で顔を(おお)い、力なくソファーの上に座り込む。

 何時(いつ)も、何が起きても大抵(たいてい)の事には動じないセネトが(めずら)しく、(だれ)の目から見ても(あせ)っているのが分かる。

「で、殿下(でんか)!」

兵士(へいし)たちと共に、街へ捜索(そうさく)に行っていたギベオンが、息を切らせながら、部屋の中に駆け込んで来た。

「見つかったか?」

ギベオンの姿を見るなり、セネトは反射的(はんしゃてき)にそう問い掛けていた。

報告(ほうこく)(いた)します。 街の(はず)れにある軍の食料庫(しょくりょうこ)が、燃えているとの知らせが入りました!」

ギベオンは呼吸(こきゅう)を整えてから、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでセネトにそう告げる。

「!」

ギベオンから報告(ほうこく)を受けたセネトは、(にわ)かに表情を引き()らせる。

「そこにロナードが居るの?」

ルチルは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ギベオンに問い掛ける。

「今、確認(かくにん)(いそ)がせている。 普段(ふだん)人気(ひとけ)も火の気も無い場所から火の手が上がるのは、不自然過(ふしぜんす)ぎるからな」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)で、ルチルの問い掛けに答えた。

施設(しせつ)への立ち入り申請(しんせい)は後で(いく)らでも書く! お前たちも(ただ)ちに現場(げんば)急行(きゅうこう)しろ!」

セネトは真剣(しんけん)な表情を浮かべ、強い口調(くちょう)でギベオンに言った。

「はっ!」

ギベオンは短く返事をすると、セネトに深々と頭を下げ、急いで部屋を後にする。

(くそっ……(ぼく)()がもっと注意していれば、こんな事には……。 もし、無事(ぶじ)に助ける事が出来(でき)たとしても、ロナードに一体、どんな顔をして会えと言うんだ! もうすっかり、(ぼく)の事に巻き込んでしまっているじゃないか!)

セネトは、苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、額に片手を()えつつ、心の中で(つぶや)く。

(大失態(だいしったい)だ。 (おそ)らくボヤ(さわ)ぎの混乱(こんらん)に乗じて、(あらかじ)め宮に(しの)び込み機会(きかい)を伺っていた(やから)に連れ(さら)われたに(ちが)いない……。 (うさぎ)(かく)(いま)は、ロナード様を無事(ぶじ)に助け出さねば!)

ギベオンは、心の中でそう(つぶや)きながら、兵士(へいし)(たち)待機(たいき)している宮廷(きゅうてい)の外へと急ぐ。

(いそ)げ!」

ギベオンは、用意されていた馬に乗ると、待機(たいき)している兵士(へいし)(たち)に命じる。

「はっ!」


 一時間ほどして、ギベオンは兵士(へいし)を引き連れ、燃えていると報告(ほうこく)があった、街の外れにある帝国(ていこく)(ぐん)食料庫(しょくりょうこ)辿(たど)り着いた頃には、辺り一面(いちめん)(はげ)しく燃えてしまっていて、食料を貯蔵(ちょぞう)していた建物(たてもの)石造(いしづ)りの(かべ)だけを残し、(すべ)てが焼け落ち、辺りに焼き()げた(にお)いが(ただよ)っていた。

「これは(ひど)い……」

兵士(へいし)がそう言いながら、周囲(しゅうい)を見回して居ると……。

「人が……居ませんか?」

他の兵士(へいし)が焼けた食料庫(しょくりょうこ)の近くに、複数(ふくすう)人影(ひとかげ)がある事に気付き、ギベオンにそう声を掛ける。

 彼等(かれら)は急いで其方(そちら)へ駆け付けると、寺院(じいん)の者たちが着る白色の外套(がいとう)(まと)った、武装(ぶそう)した男たちが数人、静かに(たたず)んでいた。

随分(ずいぶん)と、ゆっくりだな?」

その中の一人の青年が、ギベオンの姿を認めるなり、そう声を掛けて来て、深々(ふかぶか)(かぶ)っていたフードを片手で払う。

「か、か、カルセドニ殿下(でんか)?」

ギベオンは、その人物を見て驚きと戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、思わず素っ頓狂(とんきょう)な声を上げた。

「久しいな」

カルセドニ皇子(おうじ)は、落ち着いた口調(くちょう)で、戸惑(とまど)っているギベオンに言う。

殿下(でんか)。 何故(なぜ)この様な場所に……」

ギベオンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、カルセドニ皇子(おうじ)に問い掛ける。

別件(べっけん)此処(ここ)辿(たど)り着いたに過ぎん。 残念(ざんねん)ながら、一足(ひとあし)(おそ)かった様だ。 どうやら我々を攪乱(かくらん)する(ため)に火を放ったのだろう」

カルセドニ皇子(おうじ)苦笑(にがわら)いを浮かべながら言う。

「中に……(だれ)も居なかったのですか?」

ギベオンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、カルセドニ皇子(おうじ)に問い掛ける。

「ああ。 (わたし)たちが(さが)している者たちも、お前たちが探しているユースティリアスもな」

カルセドニ皇子(おうじ)は、落ち着いた口調(くちょう)で答える。

何故(なぜ)、自分たちがロナード様を(さが)している事をご存知(ぞんじ)なのですか?」

ギベオンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら問い掛けると、

(くさ)っても皇子(おうじ)だぞ? 宮廷(きゅうてい)(ない)での事を知らない訳が無いだろう」

カルセドニ皇子(おうじ)は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、落ち着いた口調(くちょう)で答える。

隊長(たいちょう)! 近くに住む者が、此処(ここ)から(すご)(いきお)いで(はな)れて行った、不審(ふしん)馬車(ばしゃ)を見掛けたそうです」

腕に、伝達用(でんたつよう)(わし)を乗せた、カルセドニ皇子(おうじ)の部下と思われる兵士(へいし)が、紙切れを手に彼にそう報告(ほうこく)して来た。

「ふむ。 では、行こうか。 ギベオン」

カルセドニ皇子(おうじ)は、落ち着いた口調(くちょう)でギベオンに声を掛けると、

「ご一緒(いっしょ)すれば、ロナード様とお会い出来(でき)るのですか?」

ギベオンは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで問い掛けると、

多分(たぶん)な」

カルセドニ皇子(おうじ)は、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら答えた。

『急いで馬に乗れ!』

ギベオンは、部下の兵士(へいし)達に向かってそう命じた。


ガタガタと言う音と共に、時折(ときおり)、大きく上下する感覚(かんかく)……。

 直ぐ近くに、人が居る気配(けはい)を感じつつ、ロナードはゆっくりと目を開けると……。

「気が付きましたか?」

目の前でそう声を掛けて来た相手(あいて)の顔を見た瞬間(しゅんかん)、ロナードは(おどろ)き、目を丸くした。

 ロナードの目の前に居たのは以前(いぜん)、彼に自分にを貸す様に声を掛けて来た、ツバル王国り王族(おうぞく)の生き残りである、カナデと言う青年だった。

 彼は、(さそ)いを断ったロナードの口から、自分の目論見(もくろみ)がセネトに伝わる事を(おそ)れ、その日の内に宮廷(きゅうてい)から姿を消し、以降(いこう)行方(ゆくえ)()れずになっていた。

「生きていたのか……」

ロナードは、思いがけぬ相手(あいて)と、予想外(よそうがい)状況(じょうきょう)再会(さいかい)した事に戸惑(とまど)いつつ、そう(つぶや)いた。

「お(かげ)(さま)で。 あの後、色々と大変でしたが、(わたし)の計画を手助(てだす)けしてくれる人が現れましてね」

カナデは不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、ロナードに簡潔(かんけつ)事情(じじょう)を説明すると、自分の隣に座っていた人物へと目を向けた。

「それが、()が家の若様(わかさま)と言う訳です」

茶色の長い髪をポニーテールにした、緑色の双眸(そうぼう)を有し、褐色(かっしょく)(はだ)何故(なぜ)喪服(もふく)に身を包んだ、若い女性……。

貴方(あなた)のお蔭で、私の主はセレンディーネ様に近付く事が出来(でき)なくなってしまいました」

彼女は苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードに言う。

 彼女は、セネトに婚約式(こんやくしき)をボイコットされ、その腹癒(はらい)せに夫人(ふじん)鉱山(こうざん)視察(しさつ)(おとず)れたセネトたちを坑道(こうどう)に閉じ込め、爆破(ばくは)に巻き込んで(ころ)そうとした、サルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)帝都(ていと)にいる子息(しそく)(つか)えている侍女(じじょ)だ。

若様(わかさま)貴方(あなた)の様な寄生(きせい)(ちゅう)が、セレンディーネ様のお側に居る事を大変(たいへん)懸念(けねん)されています。 セレンディーネ様の(ため)に、貴方(あなた)はこの国から消えて(いただ)きます」

彼女は淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、ロナードに言った。

「こんな事をしたら、その若様(わかさま)も、その家族も帝国(ていこく)には居られなくなるぞ」

ロナードは彼女を(にら)み付けながら、ドスの利いた低い声で言った。

「その前に、貴方(あなた)が居なくなる方が先です」

彼女は、不敵(ふてき)な笑みを浮かべたまま、言い返す。

貴方(あなた)はこのまま、私達(わたしたち)一緒(いっしょ)帝国(ていこく)本土から出て(もら)う」

カエデは落ち着いた口調(くちょう)で、ロナードにそう告げる。

「ツバルへか?」

ロナードは表情を険しくしたまま、カナデに言うと、

「それは、どうでしょうか……」

カナデの代わりに、女性が不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら答えた。

貴方(あなた)は、建国(けんこく)祝賀(しゅくが)(さい)で力を使うべきでは無かった。 やがて多くの人達が、貴方(あなた)の力を知る事になる。 そうなる前に、貴方(あなた)保護(ほご)する必要があると思い、行動(こうどう)を起こしました。 どうか悪く思わないで下さい」

カナデは、落ち着き払った口調(くちょう)でロナードに言うと、

「……(おれ)は、アンタに協力(きょうりょく)すると言った(おぼ)えはない」

彼は、カナデを(うら)めしそうに(にら)み付けつつ、ドスの利いた声で言った。

「それは追々(おいおい)了承(りょうしょう)を取り付ける事にします」

カナデはそう言うと、ニッコリと笑みを浮かべる。

(コイツ、完全にどうかしてしまっている)

ロナードは、ニッコリと笑みを浮かべるカナデの双眸(そうぼう)に、(かす)かにドス黒い何かがあるのを見て、心の中で(つぶや)いた。

建国(けんこく)祝賀(しゅくが)(さい)一件(いっけん)(かぎ)らず、貴方(あなた)は今後もセレンディーネ皇女(こうじょ)皇族(こうぞく)に良い様に利用(りよう)される事を分かっていて、彼女の下に居続(いつづ)けるつもりなのですか?」

カナデは、窓から見える外の景色(けしき)に目を向けつつ、落ち着いた口調(くちょう)でロナードに問い掛ける。

「……」

ロナードは、カナデ(にら)んだまま、無言(むごん)で居る。

貴方(あなた)がセレンディーネ皇女(こうじょ)に対し、どの様な感情(かんじょう)を持って居ようとも、貴方(あなた)保護(ほご)出来(でき)た今となっては、どうでも良い事です。 ()(かく)()げようなどとは思わないで下さいね。 先程(さきほど)の様に(いた)い思いをするのは嫌でしょう?」

カナデは、自分の問い掛けには一切(いっさい)(こた)える気の無さそうなロナードを見て、軽く溜息(ためいき)を付くと、(おもむろ)に自分の足元に(ころ)がっていた足枷(あしかせ)を手に取ると身を(かが)め、その片方(かたほう)をロナードの(あし)に付け、もう片方(かたほう)を彼の(となり)に座っていた(がら)の悪い男の脚に付けた。

「へ?」

いきなり、何の説明も無く足枷(あしかせ)を付けられ、(がら)の悪い男は驚き、間抜けな声を上げ、サルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)侍女(じじょ)(おどろ)いた顔をして見ている。

「こうしたら、走って()げられないでしょう?」

カナデはニッコリと笑みを浮かべ、戸惑(とまど)った顔をして自分を見ている二人に言った。

(はあぁぁぁ~? 何でおれにまで足枷(あしかせ)を?)

それを聞いて、(がら)の悪い男は顔を引き()らせ、心の中で絶叫(ぜっきょう)する。

 (いく)ら逃げられては困るからと言って、これは無いと、(がら)の悪い男は思った。

(いく)貴方(あなた)でも、こんな大きな人のを引き()っては、()げられないですよね?」

カナデはニッコリと笑みを浮かべ、ロナードに向かって言った。

(コイツ……)

ロナードは、忌々(いまいま)し気にカナデを(にら)みつつ、心の中で(つぶや)く。

「いやいやいや……。 これじゃあ、小便(しょうべん)に行くのも、コイツを連れて行かなきゃなんないって事じゃねぇかよ!」

(がら)の悪い男が、すっかり困り()てた様子(ようす)で、カナデにそう抗議(こうぎ)する。

屋敷(やしき)に着くまでの保険(ほけん)だ。 屋敷(やしき)に着けば外す」

カナデは、(がら)の悪い男の反応(はんのう)など意に返さず、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い返した。

「へいへい。 分かりやしたよ」

カナデが、足枷(あしかせ)を外す気が無いと悟ると、(がら)の悪い男は(あきら)めた様にガックリと肩を落とし、そう言ってから、

(ったく。 迷惑(めいわく)な話だぜ)

チラリと自分の(あし)にしてある足枷(あしかせ)を恨めしそうに見つめながら、心の中で(つぶや)いた。

 その時、ドンと彼等(かれら)が乗っている馬車(ばしゃ)の上に、何か大きな物が落ちた様な音がした。

「なに?」

サルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)侍女(じじょ)戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、思わず屋根(やね)を見上げると、頭の上から何か叫んでいるのが聞こえた。

 馬車(ばしゃ)の上に(だれ)かが乗っている!。

 カナデ(とう)がそう認識(にんしき)するとほぼ同時(どうじ)に、ロナードがとっさに身を守る様な姿勢(しせい)を取った次の瞬間(しゅんかん)、一体何がどうなったのか、強い衝撃(しょうげき)と共に彼等(かれら)が乗っていた横転(おうてん)した。


「くっ……何が起きて……」

カナデは忌々(いまいま)しそうにそう言いながら、軽く頭を振り、辺りを見回した時、ふと紫色の目と視線(しせん)がぶつかった。

 その相手(あいて)は、馬車(ばしゃ)横転(おうてん)した(はず)みで頭を強くぶつけたのか、気絶(きぜつ)している(がら)の悪い男を()み付ける様にして、手枷(てかせ)をされている格好(かっこう)で、カナデが気絶(きぜつ)している間に(うば)った(かぎ)を使い、足枷(あしかせ)を外そうとしていた。

「お前っ!」

カナデがそう叫び、とっさに(かせ)を外すのを阻止(そし)しようと、彼の左を(つか)み思い切り(かべ)に押し付けた。

「ぐっ……」

ロナードはドカッと思い切り(かべ)に肩をぶつける格好(かっこう)になり、その(はず)みで彼の手から(かぎ)(こぼ)れ落ちたが、既に足枷(あしかせ)が外れていた。

「くそっ!」

その事に気付いたカナデが舌打(したう)ちする(かたわ)らで、気絶(きぜつ)している(がら)の悪い男を足蹴(あしげ)にして、割れた(まど)からロナードが()げ出そうとしている。

「行かせるか!」

カナデは叫ぶと、割れた(まど)から身を乗り出していたロナードの(あし)(つか)み、思い切り馬車(ばしゃ)の中へ引き()(もど)した。

「でっ!」

引き()(もど)されたロナードとぶつかり、気絶(きぜつ)していた柄の悪い男が(おもむろ)に声を上げ、意識を取り戻した。

「取り押さえろ!」

それ見て、カナデが叫ぶ。

 (がら)の悪い男は一瞬(いっしゅん)だけ戸惑(とまど)ったが、自分の上に(だれ)かが(おお)(かぶ)さっている事に気付くと、思い切り相手(あいて)(こし)(あた)りを(つか)み、その体を(かべ)に押し付けた。

 ガン! と言う、(いた)そうな音が馬車(ばしゃ)の中に(ひび)(わた)る。

「な、なに? 何が起きたの?」

カナデの背後(はいご)で気を(うしな)っていたサルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)侍女(じじょ)がそう言いながら、ゆっくりと身を起こす。

大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」

カナデは彼女の方へと振り返り、そう声を掛ける。

 横転(おうてん)した(さい)に飛び散った窓ガラスで切ったのか、彼女は手や腕に切り傷があったものの、顔などには怪我(けが)が無く、ドレスの上には(くだ)()った細かいガラス片が無数(むすう)に落ちていた。

「何とか……」

彼女はそう言いながら、カナデに返事をしてから、ハッとした表情を浮かべ、

「カナデ様! 怪我(けが)を!」

カナデの肩に、大きなガラス片が突き刺さっている事に気付いた彼女は、顔を青くして叫ぶ。

大丈夫(だいじょうぶ)です。 この位」

カナデは落ち着いた口調(くちょう)でそう言っていると、ドンと大きな衝撃(しょうげき)とともに、大きく馬車(ばしゃ)()れ、馬車(ばしゃ)は元の体制(たいせい)(もど)った。

「さっきから何なの……」

カナデの上に(おお)いかぶさる様な格好(かっこう)になりながら、サルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)侍女(じじょ)苛立(いらだ)った口調(くちょう)(つぶや)く。

「あの……重いです」

下敷(したじ)きになっているカナデはそう言うと、

貴方(あなた)ね! 女性に対してそれは無いでしょう!」

彼女はムッとした表情を浮かべ、カナデにそう言い返しつつも、彼の上から退()く。

(そう言えば、ロナードはどうなった?)

カナデはそう思い、とっさに横へ目を向けると、

「はっ……はっ……」

短く呼吸(こきゅう)を繰り返す声と共に、ロナードが(がら)の悪い男の上に(うま)()りになる様な格好(かっこう)でいた。

 そして、(がら)の悪い男は(かべ)に体を(もた)れ掛ける様な格好(かっこう)でグッタリとしており、動かなくなっており、座席(ざせき)の下に血が(したた)り落ちていた。

「ひっ……」

それを見たサルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)侍女(じじょ)が顔を引き()らせ、思わず悲鳴(ひめい)を上げる。

 ロナードは、さっきの間に(がら)の悪い男と()み合いになった挙句(あげく)(がら)の悪い男から短剣(たんけん)(うば)い取る事に成功(せいこう)すると、それを相手(あいて)の胸に思い切り突き()し、(がら)の悪い男は(もだ)えた後に、絶命(ぜつめい)したようだ。

 ロナードは返り血を浴びたのか、髪や顔に血がこびり付いており、血塗(ちまみ)れの手には、男の胸を突き刺したと思われる血がベッタリと付いた短剣(たんけん)(にぎ)りしめられていた。

「は……あっ……ああ……」

血塗(ちまみ)れになり、殺気立(さっきだ)っているロナードを前にして、サルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)侍女(じじょ)は彼を凝視(ぎょうし)したまま恐怖(きょうふ)で腰をぬかし、身を(ふる)わせている。

「お、お前っ……」

カナデは、彼女を背で(かば)いつつ、背中に(かく)し持っていた短剣(たんけん)()()め、声を(ふる)わせながらも身構(みがま)えると、彼を見据(みす)えるロナードの、抜身(ぬきみ)刃物(はもの)の様な(するど)く、冷たい双眸(そうぼう)とぶつかった。

 (たが)いに短剣(たんけん)を手に身構(みがま)えている両者(りょうしゃ)の間に、()()めた糸の様なピリピリとした、空気が(ただよ)っていると、外からバコッと物凄(ものすご)い音共に、馬車(ばしゃ)の扉が外れる音共に、扉が明後日(あさって)の方向へ(いきお)い良く投げ飛ばされた。

 それには、カナデは勿論(もちろん)、ロナードも(おどろ)いた顔をして、馬車(ばしゃ)の中を(のぞ)き込んで来た相手(あいて)の顔を見る。

 扉を開いた人物は、アルスワット公爵(こうしゃく)に仕えている、獅子族(シーズーぞく)と人間との混血児(こんけつじ)であるナルルであった。

「ロナード。 大丈夫(だいじょうぶ)?」

彼女はロナードの姿を確認(かくにん)するなり、呑気(のんき)口調(くちょう)で問い掛ける。

「何とか……」

ロナードは苦笑(にがわら)()じりに答えると、

「あわわわ……。 血塗(ちまみ)れだゾ。 どうしよう。 ロナードがこんなに弱々だとは思わなかったゾ」

ロナードが血塗(ちまみ)れなのを見て、ナルルは忽ち顔を青くして、アタフタしながら(つぶや)いた。

「安心しろ。 (すべ)て返り血だ」

ロナードが落ち着いた口調(くちょう)で言うと、

「だよね? ボクが思いっきり(なぐ)っても、生きてだったんだから、この位でどうにかなる訳ないんだゾ」

ナルルは、ホッとした表情を浮かべながら言うと、

「お前な……」

ロナードは、(あき)れた表情を浮かべながら(つぶや)く。

「ま、まだだ!」

カナデはそう叫ぶと、向かいに居たロナードに体当(たいあ)たりをする様な形で突っ込む。

「があっ!」

思いがけぬカナデの行動に一瞬(いっしゅん)、受け身を取るのを遅れたロナードは、ゴンと思い切り(かべ)に背中を打ち付け、その瞬間(しゅんかん)、手から持っていた短剣(たんけん)が滑り落ちた。

 それを見て、サルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)侍女(じじょ)素早(すばや)く床に落ちた短剣(たんけん)を拾い上げる。

(はな)れろ! さもないと彼の首を()き切り、血の海にするぞ!」

カナデは、ロナードを背後(はいご)から羽交(はが)()めにする様な形で、持っていた短剣(たんけん)を彼の首元に突き付けながらナルルに向かって叫ぶ。

「あわわわ……。 それは困るゾ」

ナルルは、(あわ)てて両手を()げ、アタフタしながら言う。

「来い!」

カナデは、ロナードの首元に短剣(たんけん)を突き付けたまま言うと、背後(はいご)にあったもう一つの扉からゆっくりと馬車(ばしゃ)の外に出た。

 馬車(ばしゃ)の外は、セネトの部下の兵士(へいし)たちと、寺院(じいん)兵士(へいし)たちにすっかり囲まれていた。

(くそっ……(そろ)いに揃って……役に立たない連中(れんちゅう)だ)

カナデは、取り押さえられている、彼等(かれら)が金で(やと)った男たちを見ながら、忌々しいそうな表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

「もたもたするな!」

カナデは、ロナードの首元に短剣(たんけん)を突き付けたまま、苛立(いらだ)った口調(くちょう)で彼に向かって叫ぶが、ロナードはカクンと力が()け、その場に(くず)れ込みそうになる。

「ちょっと!」

それを見たサルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)侍女(じじょ)(あせ)りの表情を浮かべ、ロナードの方へ振り返り叫んだ瞬間(しゅんかん)、彼女は顔を引き()らせる。

 良く見れば、ロナードの右肩には、カナデが今手にしている短剣(たんけん)と良く()た形の別の短剣(たんけん)が深々と突き刺さっており、そこからかなりの量の血が(したた)っているではないか!。

 しかも、どう言う訳か、顔からもすっかり血の気が失せて、足元が覚束無(おぼつかな)いくらいにフラフラだ。

「お、おい?」

流石(さすが)のカナデも、ロナードが(つら)そうに呼吸(こきゅう)を繰り返しているのを見て、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、声を掛けるが、彼はそのまま力なく、ズルっとその場に(くず)れ込む。

「おい! 立て! 刺されたいのか!」

カナデは、ロナードの腕を(つか)んだまま、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(くず)れ込んだまま動けなくなっている彼に向かって叫ぶ。

(あきら)めて放して下さい。 ロナード様は今、重度(じゅうど)魔力(まりょく)欠乏症(けつぼうしょう)静養中(せいようちゅう)の身です。 この様に長い時間、連れ回して()えられる様なお体ではありません」

そこへ駆け付けたギベオンが表情を(けわ)しくして、重々しい口調(くちょう)でカナデに言った。

「なっ……」

カナデは戸惑(とまど)いの表情を浮かべて居ると、

「カナデ様っ!」

とっさに何かに気付いた様子(ようす)で、(そば)に居たサルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)侍女(じじょ)が声を上げた瞬間(しゅんかん)、カナデは一瞬(いっしゅん)にして地面とキスをする羽目(はめ)になった。

 何が起きたか理解(りかい)出来(でき)ないカナデの背の上に、ナルルが馬乗(うまの)りになり、彼の腕を後ろに手にして思い切り捩じり上げると、バキバキと骨が折れる音がして、カナデは苦痛(くつう)に満ちた表情を浮かべ、悲鳴(ひめい)を上げながら、持っていた短剣(たんけん)を落とした。

 それを見たロナードはそれを素早(すばや)く拾い上げ、思い切り何処(どこ)かへ投げ捨てた。

「ロナード様!」

カナデがロナードの側から離れたのを見て、ギベオンが血相(けっそう)を変え、地面に(ひざ)を付けるような形で身を(かが)めると、倒れたまま動けないロナードの体を抱き起す。

「コイツの首、折る?」

カナデの背中の上に馬乗(うまの)りになり、彼の腕を片手で(にぎ)りしめ、もう片方の腕を彼の首に回しながら、ナルルはサラッとした口調(くちょう)でギベオンに問い掛ける。

「それは止めて下さい」

ギベオンは、物凄(ものすご)真剣(しんけん)な顔をして返す。

「カナデ様!」

サルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)侍女(じじょ)が、カナデを助けようと動こうとしたが、()ぐに駆け付けた兵士(へいし)によって、彼女もまた地面に()せになる格好(かっこう)兵士(へいし)に取り押さえられた。

 直ぐに別の兵士(へいし)たちが駆け付け、ナルルが取り押さえたカナデを素早(すばや)拘束(こうそく)する。

救助(きゅうじょ)(おそ)くなり、申し訳ありません」

ギベオンはそう言いながら、兵士(へいし)が持って来たタオルを受け取ると、ロナードの髪や顔などに付いた返り血を(やさ)しく(ぬぐ)うが、時間が経ってきた所為(せい)で、こびり付いて落ちない……。

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

ギベオンたちに協力していたカルセドニ皇子(おうじ)が馬から降り、ロナードの下へと駆け寄ると、心配そうな顔をして声を掛ける。

「カルセドニ皇子(おうじ)……」

ロナードは、彼の姿を確認(かくにん)するなり、立ち上がろうとするが、急に足元がふら付いて倒れ込みそうになる。

無理(むり)をするな」

カルセドニ皇子(おうじ)は、倒れ込みそうになったロナードを素早(すばや)く抱き止めると、(やさ)しい口調(くちょう)で声を掛けるる。

「済みません……」

ロナードはそう言うと、カルセドニ皇子(おうじ)の手を借りながら、ゆっくりと地面の上に腰を下ろした。

無理(むり)をさせ過ぎました。 (いそ)宮廷(きゅうてい)に戻りましょう。 殿下(でんか)かお待ちです」

ギベオンは、ロナードの体を支えながら、優しい口調(くちょう)で声を掛けると、かなり疲弊(ひへい)している様子(ようす)

ロナードは(うなず)き返した。


「ロナードっ!」

ロナードが無事(ぶじ)救出(きゅうしゅつ)されたと言う知らせを受け、セネトは(たま)らずそう叫びながら、ギベオンの手を借り、馬車(ばしゃ)から降りて来たロナードを見るなり駆け寄って来て、彼が血塗(ちまみ)れである事など気にも()めず、思い切り彼に()き付いた。

「ちょっ……セネト……」

いきなりセネトに()き付かれ、ロナードは驚きと戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、二、三歩後ろによろめき、尻餅(しりもち)を付く様な格好(かっこう)で抱き付いて来た彼女を抱き止める。

「って、何だ。 これ! ドロドロじゃないか!」

セネトは、一頻(ひとしき)りロナードの感触(かんしょく)を確かめた後、ふと、自分の(ほお)に何かベッタリとくっ付いている事に気付き、(あわ)てて身を離し、(あらた)めてロナードを見て、そう言った。

 五体(ごたい)満足(まんぞく)ではあったが、彼の服や(ほお)などには返り血が付着(ふちゃく)し、自身(じしん)怪我(けが)をしているのか、()(かく)(ひど)有様(ありさま)だった。

「そう言おうとしたのに……」

ロナードは、セネトの反応(はんのう)を見て、苦笑(にがわら)()じりにそう言った。

「肩を怪我(けが)しいているじゃないか!」

セネトは、ロナードを見上げ、彼の肩に包帯(ほうたい)が巻かれ、血が(にじ)んでいるのを見て、表情を(けわ)しくして叫ぶ。

「この位、大した事ない」

ロナードは苦笑(にがわら)いを浮かべ、自分の事を心配しているセネトに、(おだ)やかな口調(くちょう)で答えた。

無事(ぶじ)で良かったわ」

その様子(ようす)を少し(はな)れた場所から見ていたルチルも、そう言いながら、ロナードの側に歩み寄る。

「手を(わずら)わせて、済まなかったな」

ロナードは、申し訳なさそうにルチルに言った。

「何にしても、犯人(はんにん)たちを一網打尽(いちもうだじん)にしたのだから上出来(でき)よ」

ルチルは、ロナードが乗って来た馬車(ばしゃ)とは別に、今回の一件(いっけん)加担(かたん)した男たちが、ロープで拘束(こうそく)され、ギュウギュウ詰めに乗せられている荷馬車(ばしゃ)を見ながら言った。

 カナデ達を(ふく)めて、ざっと十数人はいるだろうか……。

「何を言っているんだルチル! 一歩(いっぽ)間違(まちが)えればロナードは(ころ)されていたんだぞ!」

セネトは表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)でルチルに言い返す。

「そんなヘマはしない」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言い返すと、

馬鹿(ばか)っ!」

セネトは声を(あら)らげ、ロナードを思い切り(しか)り付けると、戸惑(とまど)っている彼の両腕を(つか)んだ。

「セネト……」

セネトに一喝(いっかつ)され、ロナードは(ひど)(おどろ)いた様な顔をして、彼女を見ている。

(ぼく)がどれだけ、心配したと思っているんだ!」

セネトは、ロナードの両腕を(つか)んだまま、(しか)り付ける様な口調(くちょう)で彼に言う。

 ロナードは、セネトの予想外(よそうがい)反応(はんのう)に、ただ(おどろ)いている様子(ようす)で、ジッと彼を見据(みす)えたまま、(だま)って(たたず)んでいる。

「もう二度と、こんな風に自分の身を危険(きけん)(さら)す様な真似(まね)はするなと、何度言えば! ホントに、ホントに……生きた心地(ここち)がしなかったんだからな!」

セネトは、(うす)ら両目に涙を浮かべながら、強い口調(くちょう)でロナードに言った。

 (はた)から見ても、セネトがロナードの事を、相当(そうとう)心配(しんぱい)していたのは(つた)わって来た。

「……済まなかった……」

ロナードは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、セネトにそう言って(あやま)る。

 それでも、セネトの腹の虫はおさまらない様で、ムッとした顔をして、(さら)に何か言おうとしていたので……。

殿下(でんか)。 お説教(せっきょう)よりも、まずは湯浴(ゆあ)みと着替(きが)えさせる方が先です。 こんな血塗(ちまみ)れなままで居るのは、ロナード様も不快(ふかい)でしょうから」

見かねたギベオンが、落ち着いた口調(くちょう)でセネトにそう言った。

 浮浪者(ふろうしゃ)ではないかと思う位、(ひど)格好(かっこう)のロナードの側に、皇女(こうじょ)であるセネトが居ると言うだけで、事情(じじょう)を知らず、ただこの(いち)場面(ばめん)を見た者たちから、どんな(うわさ)を立てられるか分かったものではない。

「そ、そうだな。 (ぼく)着替(きが)えて来るから、お前も湯浴(ゆあ)みをして身なりを(ととの)えろ」

セネトはふと我に返り、自分がかなり感情的になって居る事に気付くと、気恥(きは)ずかしさから、軽く咳払(せきばら)いをしてから、ロナードにそう言った。

「分かった」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で返事をする。

此方(こちら)です」

侍女(じじょ)がそう言うと、ロナードを宮の中へと案内する。


「まさか……カルセドニ殿下(でんか)加勢(かせい)してくれたとはね」

ルチルは、着替(きが)えをする(ため)一旦(いったん)部屋(へや)に戻ったセネトに付き()い、彼女が部屋で着替(きが)えを済ませるのを待っている間、廊下(ろうか)複雑(ふくざつ)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「自分が火災(かさい)現場(げんば)に駆け付けた時は(すで)に、殿下(でんか)がいらしたが、ロナード様は連れ出された後だった」

ギベオンは、その時の光景(こうけい)を思い出しながら、苦笑(にがわら)()じりにルチルに語る。

「火は、殿下(でんか)が付けたんじゃないの?」

ルチルは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、ギベオンに問い掛ける。

「いや。 殿下(でんか)の言い分では、我々(われわれ)攪乱(かくらん)する(ため)(ぞく)が火を放ったらしい」

ギベオンは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、ルチルに答えた。

「それにしてもロナード。 自分が誘拐(ゆうかい)されて(ころ)されそうになってたって言うのに、まるで他人事(たにんごと)みたいに、動じて無かったたわね……。 もう少しこう、(ちが)反応(はんのう)をしても良さそうなのに」

ルチルは、戻って来たロナードの様子(ようす)を思い出し、軽く溜息(ためいき)を付いてから、苦笑(にがわら)()じりに言った。

 ルチルの言う通り、普通(ふつう)はもう少し動揺(どうよう)したり、安堵(あんど)していたり……何らかの反応(はんのう)があっても良そうな感じだが、無事(ぶじ)保護(ほご)された後、疲労(ひろう)からか、馬車(ばしゃ)の中では眠っていたが、起きている間は終始(しゅうし)()ち着いていた。

「彼にとっては、殿下(でんか)()らぬ不安や責任を(いだ)かせない(ため)に、気丈(きじょう)()る舞っていたのかも知れないぞ」

ギベオンは、ロナードの性格などを加味(かみ)して、自分なりの見解(けんかい)を語る。

成程(なるほど)ね……。 サルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)の時と言い、今回と言い、セネトはロナードのそう言う、自分の事を(かえり)みないのを見て、あんなに怒っていた訳ね」

ギベオンの話を聞いて、ルチルは(みょう)納得(なっとく)した様子(ようす)で言った。

「確かに……。 しかし、あんな(あぶ)なっかしい真似(まね)をされれば、殿下(でんか)が怒るのは当然(とうぜん)だろう」

ギベオンは、セネトの心中(しんちゅう)(さっ)し、落ち着いた口調(くちょう)で語る。

「ロナードとセティとでは、その辺りで考え方の乖離(かいり)がある様ね」

ルチルは、感情(かんじょう)的になって居るセネトに対し、自分の事なのに物凄(ものすご)く淡々として居たロナードの姿を思い出しながら、そう指摘(してき)した。

 自分が思っていた以上に、セネトが(おこ)るので、ロナードは『何が、そんなにいけなかったのだろうか』と言う雰囲気(ふんいき)であった。

「そうだな……。 傭兵(ようへい)なんて仕事をしていれば、こう言う事は日常(にちじょう)茶飯事(さはんじ)だったのかも知れないが……」

ギベオンは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつ、自分の見解(けんかい)を語る。

「なかなか難儀(なんぎ)な子ね……」

ルチルは、ゲンナリとした表情を浮かべ、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いた。

「悪い人では、無いのだが……」

ギベオンは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

「それは、貴方(あなた)に言われなくても、もう十分に分かっているわ。 只ちょっと、セティの婚約者(こんやくしゃ)としては、自分を(ないがし)ろにし過ぎる(ふし)があるわ。 そこは(あらた)めて(もら)わなくてはね」

ルチルは肩を竦め、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ギベオンに言い返す。


「……ロナードは?」

セネトは、部屋の扉を閉めながら、部屋に入って来たギベオンに真剣(しんけん)面持(おもも)ちで問い掛ける。

医者(いしゃ)()せた(かぎ)りでは、肩の刺し傷が思いの(ほか)、深かったようですが、(ほか)に大きな怪我(けが)はありませんでした。 ですが、(いく)回復(かいふく)してきたとは言え、魔力(まりょく)欠乏症(けつぼうしょう)の体であの様に無理(むり)をしては……」

ギベオンは軽く溜息(ためいき)を付きながら、セネトにそう報告(ほうこく)する。

(しばら)くの間、絶対(ぜったい)安静(あんせい)だ。 ベッドに(しば)り付けてでも部屋から出すな!」

セネトは、苛立(いらだ)った様な口調(くちょう)でギベオン達に言った。

御意(ぎょい)

ギベオンは、落ち着き払った口調(くちょう)で答える。

「今後もロナードの身辺(しんぺん)には気を付けろ。 まだ宮廷内(きゅうていない)に、今回の一件(いっけん)に手を貸した(やから)が潜んで居る可能性(かのうせい)もあるからな」

セネトは真剣(しんけん)な表情を浮かべ、ギベオン達に言った。

「そうね。 用心するに越した事はないわ」

ルチルも真剣(しんけん)な表情を浮かべ、(つぶや)く。

 ロナード自身、自分がまだ(ねら)われる可能性(かのうせい)がある事を理解(りかい)している様で、ギベオンとアイクが念の為、彼に与えられている部屋では無く、別の部屋へこっそり(うつ)る様に(うなが)した(さい)も、その理由を(たず)ねる事もなく、素直(すなお)に彼の指示(しじ)に従っていた。

 ロナードの身辺(しんぺん)には、ルチルが信用する部下達を数人付け、サリアの方からも彼女が信用している部下の術師(じゅつし)達を数名派遣(はけん)されており、皇女(こうじょ)であるセネト以上の厳戒(げんかい)態勢(たいせい)だ。

隷属(れいぞく)(のろ)いの方はどうだった? 広がったりはしていなかったか?」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでギベオンに問い掛ける。

「サリア様が見た(かぎ)り、そう言った心配はなさそうです」

ギベオンが落ち着いた口調(くちょう)で言うと、それを聞いてセネトは安堵(あんど)の表情を浮かべる。

魔力(まりょく)欠乏症(けつぼうしょう)で一番に(おそ)れた事は、アイリッシュ(はく)が掛けた隷属(れいぞく)(のろ)いが、ロナードを完全に支配(しはい)してしまう事だったけれど………。 今の所、影響(えいきょう)は無さそうね」

ルチルも、ホッとした表情を浮かべながら言う。

「少しずつではありますが、サリア様がロナード様に掛けられている(のろ)いを解呪(かいじゅ)していっているからでしょう。 自分が見た限り、全身に広がっていた銀色の(つた)の様な模様(もよう)も、随分(ずいぶん)と色が薄くなっていました」

ギベオンが、落ち着いた口調(くちょう)で語ると、

「このまま、綺麗(きれい)サッパリ、消え失せてくれると良いんだが……」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら(つぶや)く。

(のろ)いの根幹(こんかん)となる『(かく)』を、ロナード様の体から取り出す(ため)には、それに()えられるだけの体力と魔力(まりょく)が必要です。 今のロナード様は魔力(まりょく)欠乏症(けつぼうしょう)で、(のろ)いに対抗出来(でき)魔力(まりょく)が体内に無い状態(じょうたい)です。 今はこれ以上、(のろ)いが広がらない様に(おさ)え込むのが手一杯(ていっぱい)だと思います」

ギベオンは、落ち着き払った口調(くちょう)で言う。

「そうだな……。 なかなか思う様には進まないものだな……」


「おや。 皇女(こうじょ)殿下(でんか)(みずか)らお()しは、そんなに私達(わたしたち)がした事がお気に()しませんでしたか?」

地下(ちか)取調室(とりしらべしつ)に身柄を拘束(こうそく)されて居るカナデは、ルチルを(ともな)い、部屋に入って来たセネトを見るなり、嫌味(いやみ)たっぷりに、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言った。

(だま)れ」

セネトは怒りに満ちた表情を浮かべ、テーブルを挟んで向かいに座って居る、カナデを一喝(いっかつ)した。

随分(ずいぶん)とご立腹(りっぷく)の様ですね」

カナデは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべたまま、嫌味(いやみ)たっぷりにセネトに言う。

貴様(きさま)雑談(ざつだん)する気はない。 何故(なぜ)、この様な真似(まね)をした?」

セネトは自分で椅子(いす)を引き、椅子(いす)に座りながら、怒りに満ちた表情を浮かべたまま、ドスの利いた低い声でカナデに問い掛ける。

「それは、貴方(あなた)も薄々は理解(りかい)されているのではないのですか?」

彼はニッコリと笑みを浮かべながら、セネトの問い掛けに答えた。

「ロナードの力が目的か?」

セネトは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、ドスの利いた低い声で指摘(してき)する。

「そうですね。 (わたし)も彼に危害(きがい)を加える気は無かったのですが……。 随分(ずいぶん)抵抗(ていこう)されたので止む無く。 彼の怪我(けが)大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」

カナデは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら問い掛ける。

「心配ないわ。 今頃(いまごろ)宮廷医(きゅうていい)処方(しょほう)した(くすり)を飲んで、グッスリ眠っているでしょうね」

両腕を自分の胸の前に組んでいるルチルが、淡々とした口調で返す。

建国(けんこく)祝賀(しゅくが)(さい)一件(いっけん)と関わりは?」

セネトが(おもむろ)に、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、カナデに問い掛ける。

「ありませんよ」

カナデは、落ち着き払った口調(くちょう)即答(そくとう)した。

「まあ、調べれば分かる事だわ」

ルチルは、(ひたい)青筋(あおすじ)を浮かべつつも、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言った。

拷問(ごうもん)などを受けている時の証言(しょうげん)に、()たしてどの程度(ていど)信憑性(しんぴょうせい)があるのでしょうか。 その様な事をするだけ、時間の無駄(むだ)だと思いますが」

カナデは落ち着いた口調(くちょう)で、セネトに言い返す。

「そうやって、(ぼく)(たち)の事を(あなど)っていたから、お前は失敗(しっぱい)し、今、此処(ここ)に居るんじゃないのか?」

セネトは意地(いじ)の悪い笑みを浮かべ、カナデを挑発(ちょうはつ)する様な口調(くちょう)で言うと、彼はカチンと来て、思わずセネトを(にら)み付ける。

共犯(きょうはん)の女とは、どう言う関係かしら? 彼女はサルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)侍女(じじょ)だった様だけれど?」

ルチルは集められた資料(しりょう)を見ながら、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でカナデに問い掛ける。

「彼女は(ただ)協力者(きょうりょくしゃ)です。 今回の事を計画したのは(わたし)です。 彼女は何も知りませんよ」

カナデは真剣(しんけん)な表情を浮かべ、ルチルの問い掛けに答えた。

「計画したのはお前かも知れないが、最初に話を持ち掛けたのは、向こうじゃないのか?」

セネトは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう指摘(してき)する。

「当ても無く、街の中を彷徨っていた(わたし)に、声を掛けて来たのは彼女の(あるじ)です」

カナデは、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、

「そして貴方(あなた)にこう言ったのでしょう? 『皇族(こうぞく)復讐(ふくしゅう)をしたくはないか?』って」

ルチルはニヤリと笑みを浮かべ、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、

「まあ、そんなところです……」

カナデは、これと言った表情を浮かべる事も無く、淡々とした口調(くちょう)で答えた。

「まあ、そうでしょうね。 そんな都合(つごう)良く、声を掛けて来る奴なんて、下心(したごころ)があるに決まっているもの」

ルチルは不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、そう指摘(してき)する。

貴方(あなた)たちも、彼等(かれら)()た様な口でしょう? 利用(りよう)出来(でき)るかどうかで、相手(あいて)判断(はんだん)する様な人でしょうから」

カナデは、セネトを挑発(ちょうはつ)する様な笑みを浮かべ、意地(いじ)(わる)くそう言い返す。

否定(ひてい)はしないわ」

ルチルは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

「ロナード様は何故(なぜ)貴方(あなた)の様な人の側に居るのか理解(りかい)に苦しみます。 貴方(あなた)散々(さんざん)利用(りよう)された挙句(あげく)、使えなくなれば捨てられてしまうのに……」

カナデは苦々(にがにが)しい表情を浮かべながら、そう(つぶや)くと、

「そんな事は、ロナードは最初から理解(りかい)している。 (ぼく)()(たが)いの利害(りがい)一致(いっち)しているからこそ共に居るだけだ。 お前や周りが思っている(ほど)綺麗(きれい)な関係じゃない」

セネトは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で答えた。

「ならば、別に(わたし)でも良かっただろうに……」

カナデは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら(つぶや)く。

「お前では、彼に掛けられた呪詛(じゅそ)を解く術も、人脈(じんみゃく)も無いだろう」

セネトは、淡々とした口調(くちょう)でそう指摘(してき)すると、

(なる)(ほど)……そう言う事ですか……。 (のろ)い付きとは可哀想(かわいそう)に……」

カナデは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら(つぶや)く。


(わたし)(あま)く見ていた様ね!)

ロナードの誘拐(ゆうかい)加担(かたん)し、カナデと(とも)(とら)えられ、地下(ちか)(ろう)投獄(とうごく)されていたサルヴェール伯爵家(はくしゃくけ)侍女(じじょ)が、彼女の協力者(きょうりょくしゃ)のお蔭で、牢屋(ろうや)から逃げ出していた。

 彼女は、協力者(きょうりょくしゃ)の手引きで宮廷(きゅうてい)侵入(しんにゅう)すると、素早(すばや)侍女(じじょ)に扮して、(ほか)侍女(じじょ)兵士(へいし)たちの会話の内容などから、ロナードが居る部屋を突き止めた。

 流石(さすが)に、あの様な(さわ)ぎがあったばかりなので、襲撃(しゅうげき)警戒(けいかい)しているのか、部屋の前や中には護衛(ごえい)(ため)兵士(へいし)魔術師(まじゅつし)が数人いたが、彼女は、部屋の入口に居た兵士(へいし)手早(てばや)(じゅつ)(ねむ)らせると、持っていた強い眠気(ねむけ)(もよお)効果(こうか)を持つ()道具(どうぐ)を部屋の中に放り込むと、暫く経ってから、護衛(ごえい)の者たちが全員(ぜんいん)(ねむ)っている事を確認(かくにん)して、部屋の中に侵入(しんにゅう)した。

 恐らく、ロナードは(おく)の続き間で既に就寝(しゅうしん)していると思われる。

 気付かれぬ様に、静かに続き間の部屋への扉を開け、足音を(しの)ばせ、部屋の(おく)の中央に配置(はいち)されている、天蓋付(てんがいづけ)のベッドの上にゆっくりと近付く。

 部屋の片隅(かたすみ)にランプが灯されているだけの、薄暗(うすぐら)い空間であったが、寝台(しんだい)の上に(だれ)かが横たわって居るのは確認(かくにん)出来(でき)た。

 彼女は素早(すばや)く、背中(せなか)に隠し持っていた短剣(たんけん)を手にすると、眠っている相手(あいて)に気付かれぬ様に距離(きょり)(ちぢ)めると、力強(ちからづよ)く床を()り、そのまま勢い良く、短剣(たんけん)寝台(しんだい)の上で()ている相手(あいて)に突き刺した。

「なっ……」

人間を突き()した時とは違う感触(かんしょく)に、馬乗(うまの)りになっていた彼女は(あせ)りの表情を浮かべ、思わず声を上げる。

残念(ざんねん)だったな」

不意(ふい)背後(はいご)から、若い男の声がしたので、彼女はハッとした表情を浮かべ、短剣(たんけん)を急いで引き抜くと、声がした方へと身を(ひるがえ)す。

 声を掛けられるまで、気配(けはい)すら感じられなかった事に、彼女は冷や汗を流す。

 彼女が入って来た扉側(とびらそば)(すみ)に、暗闇(くらやみ)に溶け込む様に、その人物は静かに(たたず)んでいた。

 ()格好(かっこう)もだが、その声色(こわいろ)雰囲気(ふんいき)などからロナード当人(とうにん)では無い。

 待ち(かま)えられていた事を(さと)ると、彼女は苦々しい表情を浮かべ、寝台(しんだい)の上から音を立てずに床の上に降り立ち、素早(すばや)身構(みがま)えた。

「やはり、(ほか)仲間(なかま)がいたのか」

相手(あいて)は、落ち着いた口調(くちょう)で、身構(みがま)えている彼女に向かって言った。

「だとしたら何!」

彼女は、キッと相手(あいて)(にら)み付けながら、強い口調(くちょう)で言い返す。

「大人しく降伏(こうふく)して、(あら)(ざら)い話した方が貴方(あなた)(ため)だ」

相手(あいて)は、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で彼女に言った。

(だれ)がっ!」

彼女はそう叫ぶと、持っていた短剣(たんけん)(にぎ)()め、勢い良く床を()ると、相手(あいて)(ふところ)へ飛び込んだ。

「はあ……」

相手(あいて)は焦る様子(ようす)も無く、溜息(ためいき)を付くと、自分の(ふところ)に飛び込んで来た彼女の攻撃(こうげき)を軽々と()けて、目にも止まらぬ(はや)さで、手刀(しゅとう)で彼女が(にぎ)りしめていた短剣(たんけん)を床の上に叩き落とし、

「これでも、随分(ずいぶん)譲歩(じょうほ)しているのだが?」

そう言いながら、彼女の鳩尾(みぞおち)に思い切り拳を叩き込んだ。

「あぐっ……」

彼女は、鳩尾(みぞおち)に強い衝撃(しょうげき)と痛みを感じ、思わず声を上げる。

 一瞬(いっしゅん)にして目の前が真っ白になり、意識(いしき)遠退(とおの)きそうになる。

「ギベオン様! 大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」

物音(ものおと)に気付いて様子(ようす)を見に来た若い男が、血相(けっそう)を変えて駆け込んで来た。

「くそっ!」

彼女は苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、とっさに相手(あいて)を思い切り突き飛ばした。

 思い掛けぬ彼女の行動に、相手(あいて)は大きくよろめき、そのまま(かべ)にゴンと肩を強くぶつけた。

(今よ!)

それを見た彼女はそう心の中で叫ぶと、とっさに床の上に落ちていた短剣(たんけん)を拾い上げ、無我夢中(むがむちゅう)でそれを勢い良く相手(あいて)に向かって振り下ろした。

 手ごたえと共に、液体(えきたい)が飛び()り、彼女の(ほお)付着(ふちゃく)した。

 ただ、そのまま彼女が持っている短剣(たんけん)は、どんなに動かしてもビクともしなくなった。

 改めて見ると、相手(あいて)眼前(がんぜん)に突き出された、彼女が突き出した短剣(たんけん)素手(すで)(にぎ)()める様な形で受け止めており、受け止めた時に切った(てのひら)から血を(したた)らせ、苦痛(くつう)に顔を(ゆが)めていた。

「ギベオン様っ!」

駆け付けた若い男がそう叫ぶと、とっさに女性の肩をガッと(つか)み、乱暴(らんぼう)相手(あいて)から引き(はな)し、そのまま勢い良く、ダンッと彼女を床の上に()()せた。

「くっ……」

思い切り顔を床の上に押し付けられながら、彼女は忌々しそうに、目の前に居る相手(あいて)を睨む。

 彼女が取り押さえられたのを見て、相手(あいて)は静かに握り締めていた短剣(たんけん)から手を(はな)す。

 床の上に(ころ)げ落ちた短剣(たんけん)には、血がベッタリと付着(ふちゃく)しており、傷を負った相手(あいて)(てのひら)からは、血が(したた)り落ちている。

 短剣(たんけん)の刃先がドス黒く変色(へんしょく)しているのを見て、

「早く止血(しけつ)解毒(げどく)を!」

彼女を押え付けたまま、若い男は、焦りの表情を浮かべながら、怪我(けが)をした彼にそう言った。

「この位、どうと言う事はない。それより裏が取れそうだ。 急いで黒幕(くろまく)の正体を突き止めるぞ」

ギベオンは、持っていた自分のハンカチで、怪我(けが)をした部分を(おさ)えつつ、落ち着いた口調(くちょう)で言った。


 かれこれ、一時間ほどが経過(けいか)したが、カナデは不敵(ふてき)な笑みを浮かべたまま、セネト()の質問にのらりくらりと(かわ)し続け、これと言った成果(せいか)が得られないで居ると、外から扉を叩く音がした。

 ルチルが短く返事をすると、扉の向こう側から、

殿下(でんか)。 ギベオン様が報告(ほうこく)をしたい事があるそうです。 如何(いか)なさいますか?」

若い兵士(へいし)の声がして、扉越(とびらご)しにそう言った来た。

「構わん。 入れろ」

セネトは椅子(いす)に座ったまま、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、

「はっ」

扉の外に居る兵士(へいし)は返事を返すと、ゆっくりと扉を開いた。

「取り調べ中に失礼します」

そう言って、ギベオンの代わりに入って来たアイクは、ロープで体を(しば)り付けられた、若い女を引き()る様にしながら部屋に入って来た。

 その女性は、茶色の長い髪をポニーテールにした、緑色の双眸(そうぼう)を有し、褐色(かっしょく)の肌、全身を黒装束(くろしょうぞく)に身を包んだ、如何(いか)にも(あやし)()格好(かっこう)をしていた。

「申し訳ございません。 カナデ様」

その女は、取り調べを受けていたカナデを見るなり、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら言うと、彼に動揺(どうよう)の色が浮かぶ。

「アイク。 その女は?」

セネトは、椅子(いす)に座ったまま足を組み、(おもむろ)にアイクに問い掛ける。

(あるじ)寝込(ねこ)みを(おそ)おうとした、不届(ふとど)き者です」

アイクは、女が逃げぬ様に腕をしっかり(つか)んだまま、淡々とした口調(くちょう)でセネトに報告(ほうこく)すると、それを聞いた彼女は(かす)かに(まゆ)(ひそ)め、

「ロナードは、大丈夫(だいじょうぶ)なのか?」

そう問い掛けるセネトは、口調(くちょう)こそ落ち着いて居るが、表情は強張(こわば)っていた。

「ご心配なく。 彼女が(おそ)った相手(あいて)はロナード様でなく、身代(みが)わりをしていた自分ですので」

少し遅れて、そう言いながら手当(てあ)てを終えたギベオンが姿を現した。

「そうか……」

彼の言葉を聞いて、セネトは安堵(あんど)の表情を浮かべそう言ってから、

「良くやった」

ギベオンに言った。

「いえ。 これで宮廷内(きゅうていない)に彼女の仲間(なかま)が居る事は明らかになりました。 宮廷内(きゅうていない)に居る者たちを(きび)しく追及(ついきゅう)し、全てを白日(はくじつ)の下に(さら)す事が、何よりも優先(ゆうせん)されるべき事です」

ギベオンは落ち着いた口調(くちょう)で、セネトに言った。

勿論(もちろん)だ」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで答える。

(わたし)たちを拷問(ごうもん)にかけるだけ無駄(むだ)よ!」

アイクが(とら)えている女性は、セネトたちを思い切り彼女を(にら)み、強い口調(くちょう)で言った。

「ほう? それは楽しみだ。 (ぼく)(こん)約者(やくしゃ)随分(ずいぶん)手酷(てひど)い事をしてくれたな? それ相応(そうおう)の報いをくれてやるから覚悟(かくご)して居ろ」

彼女に(にら)まれていたセネトは、彼女を思い切り(にら)み返し、ドスの利いた低い声で言ってから、

「ギベオン。 ご苦労だった。 後はルチルと(ぼく)たちに任せて、お前は休んでくれ」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)でギベオンに言ってから、

「アイク。 お前は引き続き、ルチルの部下たちと共にロナードの護衛(ごえい)に当たれ」

アイクにそう命じた。

御意(ぎょい)

彼は、(うやうや)しくセネトに頭を()れた。

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