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DRAGON SEED 2  作者: みーやん
13/27

伯爵夫人の憎悪(下)

ロナード(ユリアス)…召喚術(しょうかんじゅつ)と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を()が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠(ししょう)に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを()(ため)、エレンツ帝国(ていこく)を目指している。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な美青年。 十七歳。


セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国(ていこく)皇女(こうじょ)。 とある事情(じじょう)から(のが)れる(ため)、シリウスたちと行動(こうどう)を共にしている。 補助(ほじょ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)とする魔術(まじゅつ)()。 フワリとした癖のある黒髪(くろかみ)琥珀(こはく)色の大きな(ひとみ)特徴的(とくちょうてき)な女性。 十九歳。


シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在(じざい)(あやつ)る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手(あいて)魔術(まじゅつ)の使用を(ふう)じる、特殊(とくしゅ)(ひとみ)を持っている。 長めの金髪(きんぱつ)に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫(びじょうぶ)。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒(あいぼう)鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人(りょうよくじん)。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)薬草学(やくそうがく)得意(とくい)としている。 白銀(はくぎん)長髪(ちょうはつ)と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔(えがお)を浮かべながらサラリと(どく)()く。


ルチル…帝国(ていこく)第三(だいさん)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)(つと)めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 今はティティスの護衛(ごえい)(にん)()いている。 二十歳(はたち)


ギベオン…セネト専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)。 温和(おんわ)生真面目(きまじめ)な性格の青年。 二十五歳。


ルフト…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアを母に持ち、魔術師(まじゅつし)の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟(いとこ)に当たる。 二十歳。


エルフリーデ…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)をしている伯爵(はくしゃく)令嬢(れいじょう)で、ルフトの婚約者(こんやくしゃ)。 ルフトの母であるサリアの事をとても(した)っている


カルセドニ…エレンツ帝国(ていこく)第一(だいいち)皇子(おうじ)でセネトの同腹(どうふく)の兄。 寺院(じいん)(せい)騎士(きし)をしている。 奴隷(どれい)だったシリウスとハニエルを助け、自由の身にした人物。


アイク…ロナードの専属(せんぞく)護衛(ごえい)をしている寺院(じいん)暗部(あんぶ)所属(しょぞく)していた青年。 気さくな性格をしている。


殿下(でんか)が、行方(ゆくえ)不明(ふめい)だと聞きました」

そう言いながら、屋敷(やしき)に戻って来たギベオンたちの下に、サルヴェール伯爵(はくしゃく)が駆け寄って来た。

(あるじ)結界(けっかい)を張る作業(さぎょう)をしていたところ、奥方(おくがた)(さま)に声を掛けられ、殿下(でんか)とルチル様と一緒(いっしょ)鉱山(こうざん)の方へ行かれたきり、(もど)って来ません」

屋敷(やしき)へ戻って来たアイクが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで説明すると、

(つま)が?」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら呟く。

「何でも、術師(じゅつし)(あるじ)に見せたいものが鉱山(こうざん)にあるらしくて……。 (しばら)くして、(あるじ)たちが向かった鉱山(こうざん)の方から(ばく)発音(はつおん)がしたので、何かあったのではと思って、(あわ)ててここへ来たんです」

アイクが真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、サルヴェール伯爵(はくしゃく)に語る。

「山の裏手(うらて)坑道(こうどう)爆発(ばくはつ)して(つぶ)したのです。 鉱物(こうぶつ)(ほとん)ど取れませんし、町から死角(しかく)にあり、滅多(めった)に人も近付かないので……。 今日の魔物(まもの)襲撃(しゅうげき)の事もましたし、魔物(まもの)()になっては困ると思いまして……」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、先程(さきほど)爆発(ばくはつ)原因(げんいん)について、アイクにそう説明した。

「そこには、伯爵(はくしゃく)も?」

ギベオンが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう問い掛けると、

「はい。 火薬(かやく)(あつか)う時は、(わたし)許可(きょか)と立ち合いが必要ですから」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は淡々とした口調(くちょう)で、ギベオンの問い掛けにそう答えた。

「その時、何時(いつ)もと変わった様子(ようす)は?」

アイクは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、サルヴェール伯爵(はくしゃく)にそう問い掛けると、

「変わったこと……」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、その時の事を思い出しているのか、両腕(りょううで)を胸の前に組み、天を(あお)いでいたが、ふと、何かを思い出した様に、

「……そう言えば、(つま)何故(なぜ)か居ました。 (あぶ)ないからと、()ぐに屋敷(やしき)(もど)る様に言いましたが……」

不思議(ふしぎ)そうな表情を浮かべつつ、そう答えた。

奥方(おくがた)が?」

ギベオンは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう言うと、

「ええ。 良く、(むすめ)の部屋に蝙蝠(こうもり)が飛んで来るらしく、使用人(しようにん)たちから、その坑道(こうどう)から蝙蝠(こうもり)が出入りしていると聞いて気になって確認に来たのだと……(つま)はそう言っていました」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、淡々とした口調(くちょう)で、ギベオンにそう答えた。

(みょう)ですね……。 奥様(おくさま)何故(なぜ)その様な(うそ)を……」

アイクが、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちでそう言うと、

何故(なぜ)、一人だったのでしょうか。 時間的に殿下(でんか)たちと一緒(いっしょ)に居そうなものですが……」

ギベオンも真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「確かに」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)複雑(ふくざつ)面持(おもも)ちで(つぶや)いてから、

「何よりも可笑(おか)しな点は、(つま)(とつ)いで来てからこれまで一度も、鉱山(こうざん)に近付いた事がありません。それなのに、(いく)ら娘から(たの)まれたとは言え……。 (とも)も連れずに、一人で坑道(こうどう)に入るなど……有り得ない事です」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は思い切り(まゆ)(ひそ)め、重々しい口調(くちょう)で語る。

「……そう言えば、奥様(おくさま)何処(どこ)に?」

ギベオンが周囲(しゅうい)を見回し、屋敷(やしき)の中にルネッタの姿が無い事に気付くと、サルヴェール伯爵(はくしゃく)に問い掛ける。

「えっ。 あ……」

その問い掛けにサルヴェール伯爵(はくしゃく)(おどろ)き、(あわ)てて周囲(しゅうい)を見回す。

可笑(おか)しいですな。 先程(さきほど)まで食堂(しょくどう)使用人(しようにん)たちに、夕食の指示(しじ)をあれこれしていた(はず)なのですが……」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、そう呟いた。

「その、破壊(はかい)した坑道(こうどう)へ案内して(もら)えますか?」

ギベオンは、物凄(ものすご)(いや)予感(よかん)を覚え、サルヴェール伯爵(はくしゃく)にそう言った。

「分かりました」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)はそう返すと、近くに居た使用人(しようにん)に、

(いそ)ぎ、人を集め、その坑道(こうどう)へ行くぞ!」

近くにそう命じた。

 

 爆破(ばくは)したと言う坑道(こうどう)は、(ひど)有様(ありさま)だった。

 入り口は勿論(もちろん)、そこに坑道(こうどう)があった事など、分らない(ほど)見事(みごと)(くず)れ落ちていた。

「これは……」

それを見て、ギベオンは表情を(くも)らせる。

(もしも、この中に三人が居るとしたら……生存(せいぞん)絶望的(ぜつぼうてき)だ。 まず、生きて居るとは考えられない。 大体、この瓦礫(がれき)の山をどうやって退()ける?)

ギベオンは心の中でそう(つぶや)き、一瞬(いっしゅん)だが躊躇(ちゅうちょ)した。

「この中に、殿下(でんか)たちが閉じ込められているかも知れません」

ギベオンは意を決し、集められた鉱夫(こうふ)たちにそう()げた。

「ええっ!」

「中に人が居ないか、ちゃんと確認したぞ」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)の呼び掛けに(おう)じ、集まった鉱夫(こうふ)たちが戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、口々につう(つぶや)いた。

彼等(かれら)の言う通り、中に人が居ない事を確認して、この坑道(こうどう)破壊(はかい)しました。 ですが……(わたし)(つま)此処(ここ)に居た事が引っ掛かります。 もし、(わたし)やギベオン殿が考えている事が本当だったとしたら……」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、重々しい口調(くちょう)で語る。

「町中を(くま)なく探して居ないとなると、鉱山(こうざん)周辺にいる可能性(かのうせい)が高いです。 ここに閉じ込められている(うたが)いがある以上、調べる(ほか)ありません」

ギベオンが落ち着いた口調(くちょう)で語ると、

「そ、そうですね……」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、そう言って(うなず)き返してから、

「ですが、瓦礫(がれき)除去(じょきょ)するには数日は掛ります。 見ての通りの有様(ありさま)ですので……。 万が一、我々が危惧(きぐ)している状況(じょうきょう)であった場合は、生存(せいぞん)期待(きたい)されぬ方が……」

沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、ギベオンたちにそう告げた。

(かま)いません。 ここに三人が()まっているか(いな)か……。 それを確かめる事が先決(せんけつ)です」

ギベオンは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、サルヴェール伯爵(はくしゃく)にそう言い返した。

「分りました」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)はそう言うと、招集(しょうしゅう)した鉱夫(こうふ)たちに、人が()まって居る可能性(かのうせい)があるので、至急(しきゅう)、ここを()り返す様に命じた。

「……マジかよ」

勘弁(かんべん)してくれよ……」

「大体、『立ち入り禁止(きんし)』の立て(ふだ)が、あっただろ?」

「それに、崩落(ほうらく)に巻き込まれる危険(きけん)も高いぜ」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)の呼びかけで集まった鉱夫(こうふ)たちは、不満(ふまん)そうに口々にそう言い返す。

 (みんな)、リスクが高い事からは、遠慮(えんりょ)したい様だ。

 すると、ギベオンが鉱夫(こうふ)たちの前に歩み出て、

「自分は、セレンディーネ皇女(こうじょ)殿下(でんか)臣下(しんか)でギベオンと言う。 この下に、殿下(でんか)()まっている可能性(かのうせい)がある。 探し出す事に協力すれば、給与(きゅうよ)とは別に自分から礼金(れいきん)を出そう。 (さら)に、()まっている者を一番早く見付けた者には、金一封(きんいっぷう)を付けよう」

淡々とした口調(くちょう)でそう話すと、鉱夫(こうふ)たちは、それまでの態度(たいど)一転(いってん)させ、

「よっしゃ!」

「やってやろうじゃねぇか」

「今の言葉、(わす)れんなよ!」

俄然(がぜん)やる気を出した様で、彼等(かれら)はシャベルや鶴橋(つるはし)を手に、早速(さっそく)、岩などを除ける作業(さぎょう)に取り掛かり始めた。

「その様な事、約束(やくそく)して大丈夫(だいじょうぶ)なんですか?」

アイクが戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、小声でギベオンにそう言うと、

「こう言う外に、何があると言うんだ?」

ギベオンが淡々とした口調(くちょう)ながらも、小声でそう言うと、何を思ったか、着ていた外套(がいとう)をその場に()ぎ捨て、大きな岩を()け始めた。

 それを見て、サルヴェール伯爵(はくしゃく)鉱夫(こうふ)たち、兵士(へいし)たちも、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(そろ)って彼を見る。

「ギベオン殿。 危険(きけん)です。 ここは鉱夫(こうふ)たちに(まか)せた方が……」

(あわ)てた表情を浮かべ、サルヴェール伯爵(はくしゃく)がギベオンにそう言うと、

「この下に、()(あるじ)()まっているかもしれないのに、ジッとなどして居られるか!」

ギベオンはそう言うと、歯を食いしばり、大きな岩を押し除けようとする。

 流石(さすが)に、普段(ふだん)から体を(きた)えているだけあって、鉱夫(こうふ)たちにも引けの取らぬ、太い腕をしている。

 サルヴェール伯爵(はくしゃく)たちは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、彼を見る。

「くそ! ルチルまで一緒(いっしょ)()まるなんてナンセンスだ」

ギベオンはそう言いながら、必死(ひっし)に岩を()けようとすると、腕まくりをしたアイクと兵士(へいし)たちが、着ていた衣服(いふく)(よご)れる事も躊躇(ちゅうちょ)せず、ギベオンが()けようとしている岩に手を掛ける。

 その様子(ようす)を見て、鉱夫(こうふ)たちもギベオンたちの形振(なりふ)(かま)わぬ真剣(しんけん)様子(ようす)圧倒(あっとう)され、作業(さぎょう)を再開する。

 もしも、この下にセネトたちが()まっていたら、サルヴェール伯爵(はくしゃく)坑道(こうどう)の中の確認を(おこた)って爆破(ばくは)したとして、過失(かしつ)を問われるかも知れないが、今は、そんな事を言っている場合ではないのは、伯爵(はくしゃく)承知(しょうち)している様だ。


 二日目の瓦礫(がれき)撤去(てっきょ)作業(さぎょう)が終わる(ころ)には、中に閉じ込められているセネトたちにも、疲弊(ひへい)の色が()くなってきていた……。

 特に、怪我(けが)をしているセネトの衰弱(すいじゃく)は、(いちじる)しかった。

「水……」

ルチルがそう呟くと、ロナードが五月蠅(うるさ)そうな顔をして、

「ある訳ないだろ。 自分の(つば)でも飲んでいろ」

(あき)れた様な口調(くちょう)で言い返すと、自分たちの目の前で、岩に足を(はさ)まれたままの格好(かっこう)で、力なく横たわっているセネトを心配そうに見る。

 朝露(あさつゆ)一つ(したた)り落ちて来ない事や、何処(どこ)からか冷たい空気が出入りしている事、息苦(いきぐる)しさを感じない事を考えると、完全な密封(みっぷう)空間(くうかん)では無い事は確かな様だ……。

(ギベオン、アイク……。 (おれ)たちがここに居る事、気付いてくれているのか? どうか早く(おれ)たちを見付けてくれ……)

ロナードは、苦しそうに呼吸(こきゅう)を繰り返す、セネトを見下ろしながら、心の中でそう(つぶや)く。

 目の前で、セネトが少しずつ弱っていくのを見る事しか出来(でき)ない自分の不甲斐無(ふがいな)さに、ロナードは苛立(いらだ)ちを積もらせていた。

(せめて水さえあれば……)

ロナードは、心の中でそう(つぶや)く。

 そして、ふとカンテラの(かす)かな明かりに()らされた、自分の(てのひら)(かわ)いてこびり付いた、セネトの血を見て、彼はハッとする。

(血……。 そうだ!)

ロナードは、心の中でそう(つぶや)くと、(おもむろ)に持っていた投げナイフを手にする。

 そして、左手にグッと(こぶし)を作ると、ナイフで手首を軽く切った。

「な、な、何をしているのロナード! 気でも()れたの?」

それを見てルチルは(おどろ)き、ロナードがこの状況(じょうきょう)()えかね、手首を切り、自害(じがい)しようとしていると勘違(かんちが)いして、(あわ)てて、ナイフを(にぎ)っていた彼の手を(つか)む。

「安心しろ。 気が()れた訳では無い」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)でルチルにそう言うと、持っていたナイフを床に置き、(おもむろ)に立ち上がると、ナイフで切った左腕をギベオンの口元に持って行く……。

「なっ……」

それを見て、ルチルは、あまりの事に絶句(ぜっく)する。

「水が無い以上、こうでもしなければ、出血が(ひど)かったセネトは間違(まちが)いなく真っ先に死ぬ。 その位はお前も分かるだろう?」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で、驚愕(きょうがく)の表情を浮かべ、自分を見ているルチルにそう言った。

 確かにその通りだが……。

 だからと言って、自分の血を……。

「……そうまでして、助けたいの?」

ルチルは、ロナードの行動に強い衝撃(しょうげき)を受け、そう(つぶや)いた。

「セネトが(おれ)(かば)わなければ、(おれ)は岩の下敷(したじ)きになって死んでいたかも知れない」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)でそう言いながら、意識が朦朧(もうろう)としているセネトが、無意識(むいしき)に自分の血を口に(ふく)むのを見て、ホッとした表情を浮かべる。

 セネトはまさか、ロナードの血を口にしているなど思いもしないだろう。

 そして、ナイフで切った自分の傷口を、止血(しけつ)(ため)に押さえながら、

()(かく)(おれ)たちが今、出来(でき)る事をしよう。 ルチル。 三人で助かる事を(あきら)めるな」

真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ルチルに向かって言った。

「分かったわ……」

ルチルは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつも、ロナードに返事をした。 

(ロナードはそう言っているけれど、セティはもう無理(むり)よ。 持ってあと一日くらいと言ったところなのに……。 無駄(むだ)延命(えんめい)させるより、一層(いっそう)、楽に死なせてやった方が良いんじゃないの?)

ルチルは、何とか息をしている様なセネトを見ながら、心の中で(つぶや)いた。

 すると、それまで弱々しくも、周囲(しゅうい)()らしてくれていた、カンテラの明かりが、何度か点滅(てんめつ)し、フッと消えてしまった。

燃料(ねんりょう)()きたか……」

ロナードは、ポツリとそう呟くと、軽く息を()き、静かに目を閉じた。


 ロナードたちが坑道(こうどう)に閉じ込められていると見做(みな)され、崩れ落ちた岩などの撤去(てっきょ)作業(さぎょう)が続く中、彼等(かれら)()めたルネッタは、(あせ)っていた。

 彼女は、屋敷(やしき)内にある自室(じしつ)(まど)から、鉱山(こうざん)様子(ようす)(うかか)いながら、

奴等(やつら)が万が一、無事(ぶじ)に助け出される様な事があれば、(わたくし)は、きっと無事(ぶじ)には済まないわ……」

ルネッタは、青い顔をしてそう(つぶや)いて居ると、

「でしたら、助け出された所で事情(じじょう)を知る三人を(まと)めて、始末(しまつ)すれば(よろ)しいではございませんか」

一緒(いっしょ)に居た、顔が見えない位に深々とフードを(かぶ)った老婆(ろうば)が、落ち着き払った口調(くちょう)で、ルネッタに言った。

簡単(かんたん)に言う。 連中(れんちゅう)は、お前が用意した魔物(まもの)をも簡単(かんたん)に倒す様な腕利(うでき)き。 女の(わたくし)が、どうこう出来(でき)相手(あいて)では無いわ!」

ルネッタは苛立(いらだ)った口調(くちょう)で、一緒(いっしょ)に居た、顔が見えない位に深々とフードを(かぶ)った老婆(ろうば)に、強い口調(くちょう)で言い返す。

「でしたら、奥様(おくさま)の部下たちに(じゅう)狙撃(そげき)させては? それが万が一、失敗(しっぱい)した時は……」

老婆(ろうば)はそう言うと、内ポケットから、何やら(にじ)(いろ)の液体の入った、小瓶(こびん)を取り出すと、

「これをお飲み下さい」

そう言うと、ルネッタに差し出す。

「何なの? これは。 (わたくし)自害(じがい)せよと言うの?」

彼女は、表情を(けわ)しくし、老婆(ろうば)に言い返す。

「これは『キメラの水』。 これを飲めば、魔物(まもの)にも(ひと)しい力を得る事が出来(でき)ます。 (たと)え、非力(ひりき)婦女子(ふじょし)でも、これを飲めば、あの様な細身(ほそみ)若造(わかぞう)など簡単(かんたん)(ほふ)る事が出来(でき)ましょう」

老婆(ろうば)は、落ち着き払った口調(くちょう)で、ルネッタに言った。

 それを聞いて、ルネッタは表情を(けわ)しくし、老婆(ろうば)が差し出した小瓶(こびん)をジッと見る。

(わし)もご一緒(いっしょ)します(ゆえ)、どうか、ご覚悟(かくご)を……」

顔が見えない位に深々とフードを(かぶ)った老婆(ろうば)は、ルネッタに言った。

「……分った。 けれど、これを使うのは、あくまで最後の手段。 狙撃(そげき)上手(うま)くいけば、この様な物を飲む必要はないでしょう?」

ルネッタは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

当然(とうぜん)です。 真相(しんそう)を知る三人の口を(ふう)じてしまえば、証拠(しょうこ)は無いのですから」

老婆(ろうば)は、ルネッタに言った。

「何としても、狙撃(そげき)成功(せいこう)させるのよ」

ルネッタは表情を(けわ)しくして、老婆(ろうば)に言うと、

勿論(もちろん)でございます」

老婆(ろうば)は、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ルネッタに言い返した。


「こんだけ()っても、(だれ)も出てこねぇ……」

「最初から、(だれ)()まって無かったんじゃねぇのか?」

ロナードたちが、閉じ込められている、坑道(こうどう)()いでいる瓦礫(がれき)撤去(てっきょ)している鉱夫(こうふ)たちが、口々にそう言っていると、

「グタグタ言わず、()れ!」

岩を()けながら、ギベオンが、ジロリと彼等(かれら)(にら)みながら言った。

流石(さすが)に、そろそろ行き止まりですよ」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ギベオンにそう言っていると、作業(さぎょう)をしていた鉱夫(こうふ)たちの手がふと止った。

「どうかしました?」

アイクが、彼等(かれら)に声を掛けると、

空洞(くうどう)になってる……」

鉱夫(こうふ)の一人がポツリとそう言うと、カンテラで岩の隙間(すきま)()らすと、確かにその後ろに岩が無く、真っ暗だ。

 それを見たギベオンは、近くの岩を()けると、

「おい! (だれ)か居ないか!」

中に向かって、そう声を張り上げた。

 すると、(しばら)くして……。

「……て。 助けて!」

下の方から、若い女の声が聞こえて来た。

「その声は、ルチルか?」

ギベオンがそう言うと、それを聞いて、生存(せいぞん)絶望視(ぜつぼうし)されていたにも関わらず、生存(せいぞん)(しゃ)がいると分かり、鉱夫(こうふ)たちや兵士(へいし)たちは、嬉々とした表情を浮かべ、声を上げて喜んだ。

「三人とも、そこに居るのか?」

ギベオンが、真剣(しんけん)な表情を浮かべながら、中にそう問い掛けると、

「居るわ! みんな居る! ()(かく)、早く助けて!」

中から、(こも)った声ではあるが、確かに若い女の声が返って来る。

「よっしゃ!」

「もうひと頑張(がんば)りだ!」

それを聞いて、鉱夫(こうふ)たちはやる気を出す。

慎重(しんちょう)に、上からゆっくり岩を()けろ」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)が、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、鉱夫(こうふ)たちにそう指示(しじ)を出す。

 鉱夫(こうふ)たちは、慎重(しんちょう)に、だが(いそ)いで作業(さぎょう)を進めた。

中に人がいると言う話を、何処(どこ)からか聞き付けたのか、(ほか)現場(げんば)採掘(さいくつ)作業(さぎょう)をしていた鉱夫(こうふ)たちも駆け付け、一時間が()(ころ)には、大人の男が一人、出られる(ほど)の大きさの穴が出来(でき)た。

その(ころ)には、話を聞き付けた野次(やじ)(うま)たちが沢山(たくさん)、詰め掛けていた。

空いた(あな)たからロープを()らして、鉱夫(こうふ)が降り、中の三人を助け出す事にしたが、大人の男が二人通るには、まだ穴が小さいので、(さら)に穴を広げる事にした。

 昼が過ぎるころ、何とか大人の男が二人、通れる(ほど)(あな)の大きさになると、

「早く助けて! 時間が無いわ!」

と、中からハッキリと、若い女の声が(ひび)いて来た。

 そして、慎重(しんちょう)鉱夫(こうふ)が中へと()み込んだ。

「大変だ! 中に人が岩の下敷(したじ)きになってる!」

中に入った鉱夫(こうふ)が、外に居る者たちに向かって叫ぶ。

「何だと!」

ギベオンは顔を青くして呟く。

(いそ)いで中に!」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)が、危機(きき)(せま)る表情を浮かべ、近くに居た鉱夫(こうふ)たちに声を掛ける。

 彼等(かれら)順番(じゅんばん)に中へ下りると、現状(げんじょう)を見て鉱夫(こうふ)たちは、岩を持ち上げて浮かせ、(はさ)まれている者を岩の下から引き()り出す事にした。

 その前に、一緒(いっしょ)に閉じ込められていた坑道(こうどう)の中から、鉱夫(こうふ)()(かか)えられる様にしてロナードが最初に出て来た。

(あるじ)!」

ロナードの姿を見て、アイクは(あわ)てて彼の下へと駆け寄った。

ロナードは、坑道(こうどう)崩落(ほうらく)した(さい)(かぶ)ったのか、(すす)土埃(つちぼこり)(まみ)れていたが、彼は衰弱(すいじゃく)しているものの、肩を脱臼(だっきゅう)している程度(ていど)怪我(けが)で済んでいた。

(いそ)ぎ、治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)を使える者がいないか(さが)してくれ! セネトが(あぶ)ない!」

ロナードは、鉱夫(こうふ)が差し出した、水が入った(かわ)水筒(すいとう)の水を一頻(ひとしき)り飲み、(のど)(うるお)してから、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、駆け寄って来たギベオンと兵士(へいし)たちに言った。

「わ、分かりました!」

ギベオンは、とっさにそう答えると、近くに居た兵士(へいし)達に向かって、

「聞いたか? (いそ)いで治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)を使える者を探すぞ!」

強い口調(くちょう)兵士(へいし)たちに命じた。

(わたし)も探しに行くわ!」

鉱夫(こうふ)たちに助けられ、中から出て来たルチルが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでギベオンに言った。

 彼女もロナードと同様(どうよう)(すす)(ほこり)にまみれていたが、(ひざ)を軽く()()いているだけで、流石(さすが)日頃(ひごろ)鍛えているだけあり、ロナードよりも元気だった。

無理(むり)をするな。 休んでいろ」

ギベオンは、(やさ)しい口調(くちょう)でルチルに言い返していると、鉱夫(こうふ)たちの間からどよめきが起きる。

 それに気付いたギベオンは(おもむろ)に振り返り、それを見た瞬間(しゅんかん)、頭の中が真っ白になった。

 鉱夫(こうふ)()(かか)えられ、坑道(こうどう)から引き上げられたセネトは、(だれ)の目から見ても重傷(じゅうしょう)だった。

 セネトは長い事、岩の下に足を(はさ)まれていた所為(せい)か、両足がブランと力なく()れ下がっており、吐血(とけつ)したのか、口元には血が(にじ)んでいて、顔も死人の様に真っ白で、両目を閉じ、グッタリとしてしまっている……。

 生きているのかも(あや)しい。

殿下(でんか)!」

「返事をしろっ!」

それを見て、ギベオンとロナードは(あわ)てて、セネトの下へと駆け寄る。

 地面の上にゆっくりと下ろされたセネトは、もはや意識が無く、力なく横たわり、弱々しく(かす)かに呼吸(こきゅう)をしていた。

 鉱夫(こうふ)慎重(しんちょう)に、彼女の体に巻き付けられていた外套(がいとう)を取り払うと、背中には何かが突き()さった(あと)があった。

 足が(つぶ)されていたよりも、こちらの方が明らかに致命傷(ちめいしょう)であるのは、(だれ)の目から見ても明らかだった……。

駄目(だめ)だ。 コイツはもう……」

セネトの様子(ようす)を見て、鉱夫(こうふ)の中の(だれ)かがそう(つぶや)いた。

「何を言うか! 早く手当(てあて)をしろ!」

ギベオンは鉱夫(こうふ)(にら)み付け、強い口調(くちょう)で言った。

無理(むり)よ。 もう……)

グッタリしたまま、ピクリとも動かないセネトを見て、ルチルは、苦々しい表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

「セネトっ……。 (おれ)所為(せい)で……」

ロナードは、もう虫の息のセネトの側に来て、両膝(りょうひざ)を地面の上に付け、今にも泣き出しそうな顔をして、グッタリとしている彼女の手を(つか)んだ。

 すると、ビクッと微かにセネトの手が動いた。

「セネト!」

ロナードはパッと表情を(かがや)かせ、とっさに彼女の名を叫びながら、強く彼女の手を(にぎ)()めた。

「ロナード……。 ルチ……ル……」

セネトは意識が朦朧(もうろう)としているのか、(ふる)える手で(だれ)かを探しているのか、弱々しくもう片方(かたほう)の手を動かす。

(わたし)はここよ!」

ルチルは(たま)らず、セネトの下へと駆け出すと、両膝(りょうひざ)を地面の上に付け、もう片方(かたほう)のセネトの手を取った。

「よ……かった……」

セネトは、ホッとした様な表情を浮かべ、(かろ)うじて聞き取れる様な小さな声で、途切(とぎ)れ途切れに言うと、フッと意識を失ってしまった。

「セティ?」

「セネト?」

セネトの手を握っていたルチルとロナードは、彼女の手から(きゅう)に力が抜けてしまった事に戸惑(とまど)い、思わず彼女に声を掛けるか、彼女は両目を閉ざしたまま、ピクリとも動かない。

馬鹿(ばか)……最期(さいご)まで人の心配ばかりして……」

ルチルは、最期(さいご)まで自分たちの身を心配していたルチルにそう(つぶや)くと、両目からポロポロと大粒(おおつぶ)(なみだ)を流し、あまり(あたた)かくない彼女の手を(にぎ)()めたまま、自分の(ほお)にそっと()えた。

その時、何かに気付いたギベオンがとっさに、

(あぶ)ない!」

そう叫ぶと、ロナードギとルチルを押し倒す様にして、自身も地面の上に勢い良く倒れ込んだ。

 次の瞬間(しゅんかん)先程(さきほど)までロナードの頭部があった位置(いち)に、銃弾(じゅうだん)(かす)めていった。

狙撃(そげき)?」

それを見たアイクは表情を(けわ)しくし、(いそが)しく周囲(しゅうい)を見回す。

「セティとロナードを守るのよ!」

素早(すばや)くルチルは顔を上げ、自分達から少し(はな)れた場所に居た兵士(へいし)たちに向かって叫ぶ。

殿下(でんか)を連れて(はな)れろ! ここに居ては危険(きけん)だ!」

ギベオンは表情を(けわ)しくし、セネトの近くに居た鉱夫(こうふ)たちに声を掛ける。

 ギベオンの叫び声を聞いて、近くに居たガタイの良い鉱夫(こうふ)がとっさに、動かないセネトを素早(すばや)()き上げると、(ほか)鉱夫(こうふ)たちと共に、(いそ)いでその場から(はな)れた。

 (かん)(ぱつ)()かず、ロナードを目掛(めが)けて銃弾(じゅうだん)が飛んで来た。

(ロナードが(ねら)い!)

ルチルは、心の中でそう(つぶや)くと、(いそが)しく周囲(しゅうい)を見回す。

「気を付けろ!」

ロナードは剣を抜いて身構(みがま)え、周囲(しゅうい)(いそ)しく見回しながら、表情を(けわ)しくして叫ぶ。

何処(どこ)から(ねら)っている?)

ギベオンはロナードを背で(かば)いながら、心の中でそう(つぶや)きつつ、注意深く周囲(しゅうい)を見回す。

 その時、この一帯(いったい)を見下ろせる岩場(いわば)の辺りに、何かがキラッと光るのが見えた。

(あそこか!)

ギベオンが心の中で呟くと、剣を手にして其方(そちら)へ向かって駆け出そうとしたが、それよりも先に、

「ギャッ」

「グエッ」

何処(どこ)からか、短い断末魔(だんまつま)が聞こえ、アイクが岩場(いわば)の上から、狙撃(そげき)していた者たちを叩き切り、()り落とした。

「こ、これは……」

「サルヴェール伯爵(はくしゃく)の所の兵士(へいし)?」

岩場(いわば)の上から落ちて来た兵士(へいし)を見て、ルチルとギベオンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ(つぶや)く。

 鉱夫(こうふ)たちも、狙撃(そげき)していた兵士(へいし)たちを見て、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、どよめいている。

 彼等(かれら)の近くに居たサルヴェール伯爵(はくしゃく)は、岩の上からロナードを狙撃(そげき)したのが、自分の所の兵士(へいし)だと知り、戸惑(とまど)いの表情を浮かべている。

「気を付けて下さい。 サルヴェール夫人(ふじん)奇妙(きみょう)老婆(ろうば)を連れて、こちらへ来ています」

岩場(いわば)の上から周囲(しゅうい)様子(ようす)を見ていたアイクは表情を(けわ)しくして、ロナードとその側に居たギベオンたちに告げた。


「これはお三方とも。 ご無事(ぶじ)でしたか」

そう言って護衛(ごえい)兵士(へいし)を連れ、サルヴェール伯爵(はくしゃく)夫人(ふじん)ルネッタが姿を現した。

(何が、『ご無事でしたか』だ。 自分が三人を連れて行ったくせに)

ギベオンは、ルネッタの姿を見るなり、表情を(けわ)しくして心の中でそう(つぶや)くと、スッとロナードを背で(かば)う様にして立つ。

 ロナードとギベオンの緊張(きんちょう)した様子(ようす)に、何かを(さっ)したセネトの護衛(ごえい)(ため)一緒(いっしょ)に来ていた兵士(へいし)たちも、ルネッタたちを警戒(けいかい)する。

「何じゃ。 黒髪(くろかみ)小僧(こぞう)は、ピンピンしているではないか」

ルネッタから少し遅れて(つえ)を突きながらやって来た、黒いローブを着て、顔が見えない(ほど)深々(ふかぶか)とフードを(かぶ)り、不気味(ぶきみ)雰囲気(ふんいき)(まと)った老婆(ろうば)がそう言いながら現れた。

「気を付けろ。 あの老婆(ろうば)(まと)っている魔力(まりょく)が普通じゃない」

不気味(ぶきみ)雰囲気(ふんいき)を纏った老婆(ろうば)を見るなり、ロナードは表情を(けわ)しくし、側に居たギベオンとルチルそう警告(けいこく)する。

「使えぬなぁ……」

不気味(ぶきみ)雰囲気(ふんいき)(まと)った老婆(ろうば)は、アイクに倒された兵士(へいし)たちを見て、苦笑(にがわら)()じりに、冷ややかにそう言い放った後、セネトが鉱夫(こうふ)(かか)えられ、グッタリしているのを見付けると、

「ほう。 この者は、もう死ぬな」

ニヤリと不気味(ぶきみ)な笑みを浮かべ、非情(ひじょう)にもそう言い放った。

貴様(きさま)っ!」

ルチルがその言葉に(いきどお)り、そう叫びながら、不気味(ぶきみ)雰囲気(ふんいき)(まと)っている老婆(ろうば)に切り掛かった。

 それを見て、周囲(しゅうい)にいた野次(やじ)(うま)たちの間から、悲鳴(ひめい)とどよめきが起きる。

 不気味(ぶきみ)雰囲気(ふんいき)(まと)った老婆(ろうば)は、その見た目に(はん)し、素早(すばや)くルチルの攻撃(こうげき)を後ろに飛び()けるが、そこに別の角度(かくど)からアイクが切り掛る。

覚悟(かくご)!」

そう叫んで、不気味(ぶきみ)雰囲気(ふんいき)を漂わせている老婆(ろうば)に向かって、思い切り剣を振り下ろした。

 アイクが振り下ろした剣は、不気味(ぶきみ)雰囲気(ふんいき)(ただよ)わせる老婆(ろうば)両断(りょうだん)するかと思われた次の瞬間(しゅんかん)、アイクが振り下ろした剣は、不気味(ぶきみ)雰囲気(ふんいき)(ただよ)わせる老婆(ろうば)の体を()り抜けた。

「なっ!」

それを見て、ルチルは驚愕(きょうがく)の表情を浮かべ、(おどろ)きの声を上げる。

「残念じゃったな」

不気味(ぶきみ)雰囲気(ふんいき)を漂わせる老婆(ろうば)は、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、戸惑(とまど)っているルチル達に言った。

生憎(あいにく)(ぬし)たちの相手(あいて)は彼女じゃ」

不気味(ぶきみ)雰囲気(ふんいき)を漂わせる老婆(ろうば)は、不敵(ふてき)な笑みを浮かべたままそう言い終えると、パチンと指を鳴らす。

 すると、少し(はな)れた所で、(だま)って(たたず)んでいたルネッタが突然(とつぜん)(うな)り声を上げ、体を激しく痙攣(けいれん)させ始めた。

 その場に居合(いあ)わせた(だれ)もが、(おどろ)きの表情を浮かべ、ルネッタに釘付(くぎづ)けになる。

「ルネッタ!」

(つま)異変(いへん)にサルヴェール伯爵(はくしゃく)(おどろ)き、(あわ)てて彼女の下へと駆け寄る。

 彼女は立ったまま、白目をむき、体を激しく痙攣(けいれん)させ、口から(かに)の様に(あわ)()いている。

「な、何だ?」

突然(とつぜん)の事に、ギベオンも(おどろ)きの表情を浮かべ、ルネッタを見ている。

「しっかりしろ!」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)はそう言って、体を(はげ)しく痙攣(けいれん)させる(つま)()()める。

「ぐぐぐっ……。 がぁーっ!」

ルネッタは、苦しそうな呻き声を上げると、(たちま)ち、彼女の口に(いのしし)の様な大きな(きば)が生え、見開かれた目は、(ねこ)の目の様になり、黄金色(こがねいろ)に。

美しく長かった髪は、無数(むすう)の生きた(へび)へ変化し、その()(はだ)青銅(せいどう)に……。

 人間の女性の頭に生きた無数(むすう)(へび)(うごめ)く、奇怪(きかい)な姿へ代わり果てた夫人(ふじん)を見て、鉱夫(こうふ)野次(やじ)(うま)たちは悲鳴(ひめい)を上げ、蜘蛛(くも)の子を散らした様に、その場から逃げ出す。

 ルネッタが連れて来た兵士(へいし)たちも、彼女の豹変(ひょうへん)ぶりに(みんな)戦意(せんい)喪失(そうしつ)して、(なさ)けない声を上げ、我先(われさき)にとその場から逃げ出した。

「なっ……」

ルチルも、(おどろ)きのあまり絶句(ぜっく)し、その場に立ち尽くす。

「ルネッタ! どうしてしまったんだ!」

(つま)豹変(ひょうへん)に、サルヴェール伯爵(はくしゃく)がそう言うと、化け物と化したルネッタの双眸(そうぼう)が、(あや)しく赤く光った。

 すると、サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、ルネッタの肩を(つか)んだままの格好(かっこう)で、一瞬(いっしゅん)のうちに石像(せきぞう)と化してしまった。

「……これは少し、面倒(めんどう)な事になりましたね……」

それを見たアイクは表情を(けわ)しくし、(ひたい)から冷や汗を流しつつ、近くに居たルチルにそう声を掛ける。

「その様ね……」

ルチルも、(ひたい)から冷や汗を流し、表情を強張(こわば)らせながらも、剣を手に身構(みがま)えたまま答えた。

「お前たち! ロナード様と殿下(でんか)を連れ、(いそ)いでここから(はな)れろ!」

ギベオンは、近くに居た兵士(へいし)たちに向かってそう叫んだ。

「は、はいっ!」

兵士(へいし)の一人がそう言って、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返す。

「ロナード様。 殿下(でんか)を連れ、(いそ)ぎここを(はな)れましょう」

別の兵士(へいし)が、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ルネッタの様子(ようす)を厳しい面持(おもも)ちで(うかが)っていたロナードに声を掛ける。

「しかし……」

ロナードが戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、兵士(へいし)に言い返すと、

(ほか)魔術(まじゅつ)()が見付からない以上、貴方(あなた)しか殿下(でんか)治療(ちりょう)出来(でき)ません! どうかお願いします!」

ギベオンが、目の前のルネッタと対峙(たいじ)したまま、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで肩越(かたご)しにロナードに言った。

「分かった……」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつも、一刻(いっこく)(あらそ)状況(じょうきょう)のセネトを見て、そう言って(うなず)いた。

「アイク。 貴方(あなた)も行って。 ロナードとセティを守って頂戴(ちょうだい)

ルチルは、ルネッタと対峙(たいじ)したまま、自分の近くに居たアイクに声を掛ける。

「分かりました。 ご武運(ぶうん)を」

アイクは(うなず)きながら、ルチルにそう言い返すと、とっさにロナードの腕を(つか)み、

「ひとまず、サルヴェール伯爵(はくしゃく)屋敷(やしき)へ行きましょう。 (あるじ)

アイクはそう言うと、ロナードは頷き、彼等(かれら)と共にその場から(いそ)いで立ち()る。

貴様(きさま)らを石にした後、その首を門前(もんぜん)に並べて(さら)してやる」

魔物(まもの)と化したルネッタは、ギベオンを見据(みす)え、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言うと、

「そう思い通りに行くものか!」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)で言い返した。

(だま)れ! (わたくし)可愛(かわい)いナデルがもう一度、皇女(こうじょ)たちの婿(むこ)候補(こうほ)になる(ため)には、あの魔術師(まじゅつし)とお前たちの首を(ほか)派閥(はばつ)皇女(こうじょ)に差し出すしかないのよ!」

ルネッタは強い口調(くちょう)で、言い放った。

「サルヴェール……。 何処(どこ)かで聞いた名だとは思っていたけれど……。 セティに婚約式(こんやくしき)をボイコットされた男の家だったのね」

ルチルは、ルネッタの発言を聞いてピンと来た様で、忌々しいそうに(つぶや)いた。

 父であるサルヴェール伯爵(はくしゃく)は、逆恨(さかうら)みをした息子(むすこ)がロナードにした事を素直(すなお)(しゃ)(ざい)し、婚約式(こんやくしき)をボイコットした事についてセネトを()めもしなかったし、婚約話(こんやくばなし)白紙(はくし)(もど)す事も了承(りょうしょう)したが、どうやら夫人(ふじん)の心中は(ちが)ったらしい。

貴様(きさま)息子(むすこ)(ため)殿下(でんか)とロナード様の命を(ねら)うなど、身の(ほど)()らずも(はなは)だしい! 死を(もっ)て、その(つみ)(あがな)うが良い!」

ギベオンは表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)でルネッタに言い返した。

「死ぬのは貴様(きさま)だ!」

サフィーネはそう叫ぶと、彼女の双眸(そうぼう)(あや)しく赤く光り、ギベオンとルチルもサルヴェール伯爵(はくしゃく)と同様に、石になるかと思われた。

 しかし、どう言う訳か、ギベオンたちは石にならなかった。

(?)

ギベオンはとっさに、石にされるかと思い、片手(かたて)で顔を(おお)ったままの格好(かっこう)であったが、(おそ)る恐る自分の体を見回す。

「なっ……。 どうなっている?」

ルネッタは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、そう(つぶや)く。

「えっ……」

ギベオンは何故(なぜ)か、自分の(ふところ)が光っている事に気が付き、(おもむろ)襟元(えりもと)から手を突っ込み、それを取り出してみる。

 それは、元々は琥珀(こはく)原石(げんせき)なのだが、どう言う訳か、今は(にじ)(いろ)の光を(はな)っている。

「どう言う……事だ?」

ギベオンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ(つぶや)いていると、やがてその石は光らなくなって、元の琥珀(こはく)原石(げんせき)(もど)った。

 これは前に、ロナードがルフトに()道具(どうぐ)の事を教わっていた(さい)何時(いつ)も自分の事を気に掛けてくれている(れい)だと言って、(わた)して来た物だった……。

 あまり魔力(まりょく)を持たないギベオンを助ける(すべ)を込めたので、肌身(はだみ)(はな)さず、持っている様にとロナードに言われ、彼は意味が分からぬまま持っていたのだが……。

(こう言う事だったのか……)

ギベオンは心の中でそう(つぶや)く。

 (おそ)らく、ルチルにも同じような物をロナードは(わた)していたのだろう。

 彼女も何とも無い様だ。

流石(さすが)はロナード様だ」

ギベオンは、不敵(ふてき)な笑みを浮かべてそう(つぶや)いてから、キッと自分の目の前に立っているルネッタを見据(みす)えた。

(この女が、こんな下らない事を思い立たねば、殿下(でんか)はあんな事にはっ!)

ギベオンは(いか)りに満ちた表情を浮かべ、何時(いつ)になく剣の()を強く(にぎ)りしめて、心の中で叫んだ。

「おのれーっ!」

ルネッタは、忌々(いまいま)し気に言うと、(するど)(とが)った(つめ)()(かざ)し、物凄(ものすご)い勢いで、ギベオンに(おど)り掛かる。

「ギベオンっ!」

ルチルの声が直ぐ側に聞こえた。

「分かっている!」

ギベオンはそう叫ぶと、ダンッと(いきお)い良く足を大きく()み出すと、ルネッタの攻撃(こうげき)()けると、すれ(ちが)いざまに彼女の(どう)に剣を思い切り(たた)き込んだ。

「くたばれ! 化け物っ!」

ルチルもそう言いながら、大きく跳躍(ちょうやく)すると、身を(ひね)りながら思い切り剣を振るい、ルネッタの首を思い切り()ね飛ばした。

 ゴトンと切り飛ばされたルネッタの首が、少し離れた地面の上に落ち、それと同時(どうじ)に、ギベオンの側にあった体も、ゆっくりと地面の上に倒れ込んだ。

「……あ、(あぶ)なかった……」

ギベオンは、(したた)る汗を手の(こう)()い、息を切らせながらそう(つぶや)くと、自分が首元から下げていた琥珀(こはく)原石(げんせき)をギュッと(にぎ)りしめた。

「大変です!」

化け物と化したルネッタとの戦闘(せんとう)勝利(しょうり)し、ホッとし居るのも(つか)の間、ロナードとセネトに付き()って、サルヴェール伯爵(はくしゃく)屋敷(やしき)へ行った(はず)のアイクが、血相(けっそう)を変え、そう叫びながら駆け寄ってくる。

「どうした?」

ギベオンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、息を切らせ、駆け寄って来たアイクに問い掛ける。

(あるじ)の……ロナード様の様子(ようす)可笑(おか)しいです」

アイクは、息を切らせながら、(あせ)りの表情を浮かべ、ギベオンにそう告げる。

「なに?」

アイクの報告(ほうこく)を聞いて、ギベオンは(にわ)かに(まゆ)(ひそ)める。


 アイクの報告(ほうこく)を聞いて、ルチルとギベオンは(いそ)いでサルヴェール伯爵(はくしゃく)屋敷(やしき)に向かった。

「ロナード様!」

ギベオンは(いきお)い良く部屋の(とびら)を開くと、ロナードの名を叫んでいた。

「ギベオン……ルチル……」

そんな彼の名を、聞き馴染(なじみ)のある若い娘がか細い声で(つぶや)くのが聞こえた。

殿下(でんか)!」

「セティ!」

部屋に入って一番(いちばん)手前(てまえ)のベッドの上に、セネトが力なく横たわっていたが、先程(さきほど)までとは打って変わり、明らかに生気(せいき)(あふ)れていた。

「助かったのね!」

ルチルは(うれ)しさのあまり、両目から大粒(おおつぶ)(なみだ)を流し、そう言いながらセネトの下へと駆け寄った。

(って言うか、何処(どこ)怪我(けが)したのか分からない位、回復(かいふく)しちゃってるじゃない……)

(あらた)めて、ベッドの上に横たわっているセネトを見て、ルチルは戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)いた。

 ルチルとギベオンは、先程(さきほど)まで虫の息だったはずのセネトが、(おそ)ろしい位に回復(かいふく)している様子(ようす)を見て、とても(いや)予感(よかん)がした。

(ぼく)大丈夫(だいじょうぶ)なんだが……。 ロナードが……」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながらルチルに語ると、(おもむろ)に自分の手を(にぎ)りしめたまま、床の上に倒れているロナードへ目を向ける。

(やはり……そう言う事に……)

先程(さきほど)まで、虫の息だった(はず)のセネトが、怪我(けが)どころか、体力まで回復(かいふく)している様子(ようす)を見て、大体の事を(さっ)していたギベオンは、意識を(うしな)い、床の上に倒れているロナードを見て、心の中で(つぶや)いた。

「ロナード! しっかりして! ロナード!」

床の上に倒れているロナードを()き起し、何度もルチルは声を掛ける。

「何ななのこれ! 死人の様に体が冷たいわ! 呼吸(こきゅう)も弱い……これ、絶対にヤバイやつよ!」

自分が(いく)ら呼び掛けても反応(はんのう)せず、すっかり血の気が失せた顔で、グッタリしているロナードの様子(ようす)を見て、ルチルは(あせ)りの表情を浮かべながら(つぶや)く。

(おそ)らく、魔力(まりょく)暴走(ぼうそう)したのだろう……」

ギベオンが、落ち着いた口調(くちょう)でそう言うと、

「えっ……」

ルチルは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、(みょう)に落ち着いているギベオンを見上げる。

「ロナード様は、自分の体内にある魔力(まりょく)を完全にはコントロール出来(でき)ない。 それにも(かかわ)らず、高度な光の治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)を用いた。 その所為(せい)魔力(まりょく)制御(せいぎょ)出来(でき)なくなり、体内の魔力(まりょく)暴走(ぼうそう)し、一気に魔力(まりょく)が体から放出(ほうしゅつ)したんだ」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)で説明するが、ルチルはイマイチ理解(りかい)出来(でき)ていない様なので、

簡単(かんたん)に言えば、大量(たいりょう)出血(しゅっけつ)をした時に()状態(じょうたい)だ。 急に体から一気に魔力(まりょく)が無くなった所為(せい)で、ショック状態(じょうたい)(おちい)っている」

そう付け加えると、

「あ……」

ギベオンの言っている意味を理解(りかい)したルチルの顔から、サーッと血の気が引く。

強過(つよす)ぎる魔力(まりょく)は体に毒だが、だからと言って体内の魔力(まりょく)が無くなったら……)

ルチルよりも先に、事態(じたい)理解(りかい)したアイクは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)く。

 死―――。

「ロナードっ!」

ルチルは(あせ)りの表情を浮かべ、双眸(そうぼう)を固く閉ざし、グッタリしたままピクリとも動かないロナードの体を強く()らす。

「ギベオン。 どうしたら良い? どうしたら助かる?」

セネトもすっかり動転(どうてん)してしまっている様で、何時(いつ)もの冷静(れいせい)さは何処(どこ)かに吹っ飛び、小さな子供(こども)の様にギベオンにそう問い掛ける。

「……軽い症状(しょうじょう)でしたら、安静(あんせい)にすれば回復(かいふく)しますが……。 これは重篤(じゅうとく)状態(じょうたい)なので、ロナード様に直接(ちょくせつ)魔力(まりょく)を渡す外無いと思います」

ギベオンは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、説明すると、

「えっ……」

「それって……」

「―――っ」

ギベオンの説明を聞いて、アイク、ルチル、セネトは口々にそう呟くと、三人とも顔を真っ赤にして一瞬(いっしゅん)、固まる。

「わ、分かった。 (ぼく)がする」

(しばら)くの沈黙(ちんもく)の後、セネトが気を決した様に言った。

「待て! 早まるらないで!」

ルチルは焦りの表情を浮かべ、セネトの肩を(つか)んでそう言って引き()める。

「しかし、魔力(まりょく)授受(じゅじゅ)は血を分けるか、せ……をする位しか……」

セネトは時折(ときおり)口籠(くちごも)らせ、みるみる顔を真っ赤にしながらも、ルチルにそう言い返す。

「体内の魔力(まりょく)が空っぽの状態(じょうたい)で、いきなり魔力(まりょく)を大量に入れたら、今度こそショック死しますよ!」

アイクが(あせ)りの表情を浮かべ、かなりテンぱっているセネトに言う。

「じゃあとうしろと?」

セネトは、困惑(こんわく)(かく)せない様子(ようす)で、アイクに問い掛けると、

「自分の血を少量口に含んで、口移しで少しずつ、ゆっくり分けてみたらどう?」

ルチルはふと、ロナードがセネトを助ける為に、自分の血を水の代わりに与えていた光景(こうけい)を思い出し、そう提案(ていあん)すると、

「わ、分かった。 やってみる」

セネトは意を決し、そう言い返した。


 寒い……(いき)をするのも辛い……。

(おれ)は……どうしてしまったんだ?)

 重傷(じゅうしょう)のセネトを助けたい一心で、使い()れない光の治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)を用いたまでは(おぼ)えている。

 それから?

(そうだ。 (きゅう)に冷や水を浴びた様な感覚(かんかく)になって……。 体の力が抜けて目の前が真っ暗に……)

 でも何だろう……。

 先程(さきほど)から何か、(あたた)かい物が口に入って来て……。

「……ど。 ロナード!」

「聞こえていますか? 返事をして下さい!」

自分の頭の上から、若い男女の声かする……。

(声……)

ロナードは、心の中でそう呟くと、(うす)らと目を開く。

 誰かが、息が掛る程近くまで、自分の上に覆い被さっていて……そして、自分の口元を口で(おお)っている……?。

(んなっ……)

ロナードは、セネトが自分に(おお)(かぶ)さる様にして、(くちびる)を重ねている事に気付くと、心の中で思わずを叫び、(おどろ)きのあまり目を見開いた。

(あるじ)……。 良かった……」

直ぐ側で、アイクの安堵(あんど)に満ちた声がする。

(えっ……いや……。 (おれ)、な、な、な、何でセネトと……)

あまりにぶっ飛んだ状況(じょうきょう)に、ロナードはすっかり混乱(こんらん)し、心の中で悲鳴(ひめい)に違い声を上げる。

「ロナード。 顔、真っ赤よ」

そんな彼の様子(ようす)を見て、ルチルが可笑(おか)しそうに笑いながら言う。

(言うな!)

ロナードは心の中で思わず、そう突っ込みながらも、益々顔を赤らめる。

「済まない。 緊急(きんきゅう)事態(じたい)だったんだ。 でも、本当に助かって良かった」

セネトは、ゆっくりとロナードから身を離しながら、安堵(あんど)した表情を浮かべながらいう。

「セネト……怪我(けが)は?」

ロナードは、先程(さきほど)まで死にそうになっていたセネトが、信じられないくらいに元気になっているのを見て、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら問い掛ける。

「お前が、完全に(なお)してしまったんだ。 その所為(せい)で、お前の体の中から魔力(まりょく)がゴッソリ無くなって、急性(きゅうせい)魔力(まりょく)欠乏症(けつぼうしょう)に陥り、死に掛けた」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)で、状況(じょうきょう)を飲み込めていないロナードに簡潔(かんけつ)に説明した。

「死に……」

セネトの言葉に、ロナードは思わず顔を引きつらせ、そう(つぶや)いた。

魔力(まりょく)制御(せいぎょ)出来(でき)なくなて、暴走(ぼうそう)しちゃったのよ」

ルチルは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべたまま、固まってしまって居るロナードに言う。

(あれは……死ぬ、一歩(いっぽ)手前(てまえ)だったのか……)

ルチルの説明を聞いて、ゾッとしたロナードは、思わず顔を青くして、心の中で(つぶや)いた。

「命の危険(きけん)はもうなくなりましたが、後遺症(こういしょう)(しばら)くは、体を動かす事もままならないと思います」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)でロナードに説明する。

(確かに……。 体に全く力が入らない。 それに……無性(むしょう)に眠い……)

ギベオンの説明を聞いて、ロナードは心の中でそう(つぶや)きながら、スーッと眠りに落ちそうになる。

「ロナード?」

再び、ロナードが何も言わなくなり、目を閉じてしまったので、セネトは(あわ)てて彼に声を掛ける。

「落ち着いて下さい。 魔力(まりょく)()(かつ)している所為(せい)で、無意識(むいしき)に体が休もうとしているのです」

ロナードを起こそうと、彼の肩に手を掛けようとしたセネトの手を(つか)み、ギベオンが落ち着いた口調(くちょう)で説明をする。

「って、もう(ほとん)気絶(きぜつ)したみたいに眠ってますけど?」

アイクは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、そう指摘(してき)すると、セネトも(あせ)りの表情を浮かべながら、

「だ、大丈夫(だいじょうぶ)なのか?」

ギベオンに問い掛ける。

先程(さきほど)まで、異常(いじょう)に体が冷たですが、今は正常(せいじょう)に戻っています。 呼吸(こきゅう)も安定しています。 このまま眠らせて大丈夫(だいじょうぶ)だと思います」

ギベオンは、ロナードの手を(つか)み、体温と(みゃく)を確認し、呼吸(こきゅう)状態(じょうたい)などを見てから、落ち着いた口調(くちょう)で答える。

「もう。 (おどろ)かせないでよ」

ギベオンの言葉を聞いて、ルチルは安堵(あんど)の表情をほ浮かべながらそう言った。

「命の危険(きけん)は無くなったが、当面(とうめん)は眠ったままでしょうね……」

ギベオンは、小さな寝息(ねいき)を立てて眠ってしまったロナードを見ながら言う。

「こんな田舎(いなか)では、満足(まんぞく)治療(ちりょう)出来(でき)ないだろう。 今回の一件(いっけん)手早(てばや)く済ませて、(いそ)いで帝都(ていと)に連れて帰って、しっかりとした治療(ちりょう)を受けさせる(ほか)ない」

落ち着きを取り(もど)したセネトがそう言うと、

「そうね」

ルチルも、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで答える。

事後(じご)処理(しょり)は自分とルチルがします。 殿下(でんか)はロナード様の側に居て下さい。 アイクもだ。 少しでも様子(ようす)可笑(おか)しい時は、()ぐに呼べ」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、

「分かりました」

アイクは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう返す。


「ユリアス。 これはどう言う事だ?」

ロナードがセネトと共に、先程(さきほど)視察(しさつ)から戻って来たと知り、早速(さっそく)、彼に会いに部屋を訪れたロナードの実兄であるシリウスは、ロナードが寝台(しんだい)の上に、()まれたクッションに上半身(じょうはんしん)(あず)ける様な形で、体を起こしているのを見て、両腕を自分の胸の前に組み、思い切り(まゆ)(ひそ)め、ドスの利いた低い声で問い掛ける。

 ロナードは恐らく、自力では、起こした上半身(じょうはんしん)(ささ)える事が出来(でき)ないのだろうと言うのは、シリウスにも直ぐに理解(りかい)出来(でき)た。

「あー……えっと……」

ロナードは、兄シリウスに(すご)まれ、目を泳がせ、言葉を()まらせる。

「私に説明の出来(でき)ない様な事をしたんだな?」

シリウスは、その表情を益々(ますます)(けわ)しくして、そう言いながらロナードに()め寄る。

(ぼく)が悪いんだ。 シリウス。 だから、そんなにロナードを()めないでやってくれ」

ロナードの傍らに居たセネトが、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら、(おに)の様な形相(ぎょうそう)のシリウスに言う。

魔力(まりょく)上手(うま)制御(せいぎょ)出来(でき)なかったんだ」

ロナードは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、シリウスに簡潔(かんけつ)に説明すると、

「見たところ、体内の魔力(まりょく)(ほと)ど無いようですが」

控えていたハニエルが(おもむろ)に、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、ロナードは(うなず)き返し、

大怪我(おおけが)をしたセネトを助けようと、光の魔術(まじゅつ)を用いて治癒(ちゆ)したんだ。 そうしたら……」

苦笑(にがわら)()じりにハニエルに語ると、

治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)不得手(ふえて)貴方(あなた)が、高位(こうい)魔術(まじゅつ)を用いるなど、無茶(むちゃ)が過ぎます」

ハニエルは、(あき)れた表情を浮かべながら言うと、

「仕方が無かったんだ」

ロナードは、苦笑(にがわら)いを浮かべたまま答えると、ハニエルは軽く溜息(ためいき)を付いてから、

「光の魔術(まじゅつ)と言うのは、修練(しゅうれん)した司祭(しさい)でも(あつか)う事が(むずか)しいレベルの術です。 貴方は生れ付き、魔力(まりょく)こそ司祭(しさい)並みですが、技術はその域にありません。 それを自覚して、暗に高位(こうい)魔術(まじゅつ)を使わない様にと、前にも何度か言った筈ですが?」

口調(くちょう)こそ(おだ)やかだが、明らかに怒っている雰囲気(ふんいき)のハニエルにそう言われ、

御免(ごめん)なさい……」

親に叱られた、小さな子供の様にシュンとした表情を浮かべ、ロナードは謝る。

「全く……。 殿下(でんか)やギベオンさん達も一緒(いっしょ)に居ながら、何をしていたのですか?」

ハニエルは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう言うと、鋭い視線(しせん)をセネトたちに向ける。

 普段は温厚(おんこう)の人間が、本気で(おこ)ると(こわ)いと言うが、今のハニエルは正にそれであった。

 彼の迫力(はくりょく)圧倒(あっとう)され、セネトもギベオンも只、口を噤み、全身から(たき)の様に冷や汗を流す他無(ほかな)かった。

「ハニエルの忠告(ちゅうこく)を聞かない、悪ガキが」

シリウスは強い口調(くちょう)で言うと、ロナードの頬を思い切り抓る。

「いだだだたっ!」

シリウスに思い切り(ほお)(つね)られたロナードは、痛みに顔を歪め、思わず声を上げる。

「死んでしまえば、痛みなど感じないのだぞ! この馬鹿が!」

シリウスは、力一杯(ちからいっぱい)ロナードの(ほお)(つね)ったまま、強い口調(くちょう)で叱り付けると、ベシッと思い切りロナードの頭を叩いた。

「う~」

ロナードは、シリウスに力一杯(ちからいっぱい)に抓られた頬を赤くしたまま、両目に薄っすらと涙を溜め、痛そうに叩かれた頭を両手で(さす)る。

「まあまあ……その位にしてやりなよ……」

シリウスと一緒(いっしょ)見舞(みま)いに来ていたルフトが見かねて、彼にそう声を掛ける。

「酷い乗り物酔いだった様ですし、この位で勘弁してあげましょう」

ハニエルが、穏やかに口調(くちょう)でそう言うと、そっとシリウスの腕を掴む。

 シリウスは、不服(ふふく)そうな顔をしていたが、ハニエルに(たしな)められたからか、それ以上、ロナードを責める様な事はしなかった。

 ロナードは魔力(まりょく)欠乏症(けつぼうしょう)であるが(ゆえ)に、馬車での移動の間、ずっと横になっていたのだが、その所為で普段は乗り物酔いなどしない彼が、自力で起き上がる事すらが出来(でき)ない(ほど)の酷い乗り物酔いに苛まれ、ギベオンに担ぎ込まれ、今に(いた)る訳である。

 宮廷医(きゅうていい)処方(しょほう)した薬を飲んだお(かげ)で、(ひど)い乗り(もの)()いからは幾分(いくぶん)か解放されたのだが、それでもまだ顔色が悪いので、安静(あんせい)にしていた訳である。

「無理をするな。 横になれ」

セネトが心配そうな表情を浮かべ、優しい口調(くちょう)でロナードに声を掛ける。

ギベオンが、少しずつロナードの背中にあったクッションを退け、彼をゆっくりと横にする。

 そんなギベオンたちに対し、ロナードはちょっと困った様な顔をしつつも、大人しく従っている。

(何か皆、前よりも(さら)にユリアスに過保護(かほご)になってない?)

ルフトは、ギベオンが甲斐甲斐(かいがい)しく、ロナードの世話(せわ)をしているのを見て、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、心の中で呟いた。

「ところで、何か用があったんじゃないのか?」

セネトが落ち着いた口調(くちょう)でシリウスたちに問い掛けると、彼等(かれら)一様(いちよう)複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、口を(つぐ)んでしまった。

(ぼく)たちが居ない間に、何かあったのか?」

彼等(かれら)の様子を見て、セネトは(さっ)し、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでシリウスたちに問うと、彼等(かれら)は互いの顔を見合わせ、切り出しにくそうにしていると……。

御機嫌(ごきげん)よう」

そう言いながら、エルフリーデが部屋に入って来た。

「え、エフィ……」

エルフリーデを見るなり、ルフトは焦りの表情を浮かべる。

 また、何時(いつ)もの調子(ちょうし)で彼女かロナードに毒を吐くと、思ったからである。

「あらルフト。 貴方(あなた)も居たの?」

エルフリーデは、ルフトに気が付くと、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

「う、うん……。 あ、あのさ……エフィ」

ルフトは、表情を引き()らせ、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、エルフリーデに言って居ると、

「何ですの?」

エルフリーデは、ハッキリと話そうとしないルフトに対し、少し苛立(いらだ)っている様子(ようす)で、彼に問い掛ける。

「いや……えっと……。 あんまりユリアスに、厳しい事を言わないでよ。 病人なんだから……」

ルフトは、自分を威圧(いあつ)して来るエルフリーデに、焦りの表情を浮かべつつ、そう言った。

「分かって居ましてよ」

エルフリーデは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でルフトに答えると、ロナードの方へと振り返り、

「それにしても、魔力(まりょく)欠乏症(けつぼうしょう)だなんて、貴方(あなた)もまだまだ修練(しゅうれん)が足りませんわね」

何処からその話を聞いたのか、冷ややかな口調(くちょう)で、容赦(ようしゃ)なく彼に辛辣(しんらつ)に言葉を浴びせた。

「……」

自分が言った(はし)から、ロナードに辛辣(しんらつ)な言葉を浴びせたエルフリーデに、セネトとアイクは言葉を失い、立ち尽くした。

(それを、毒を()くって言うんだよ!)

ルフトは(たま)らず、心の中で叫んだ。

相変(あいか)わらずのドS振りですね……)

ハニエルは心の中でそう呟くと、苦笑(にがわら)いを浮かべる。

「そうだな。 自分でも痛感(つうかん)している」

ロナードは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、エルフリーデに答えた。

(わたくし)としては、療養中(りょうようちゅう)の方の下へ行くのもどうかと思っていたのですけれど、どうしても、貴方(あなた)の耳に入れて置くべき事があったので、こうして図々しく寝室(しんしつ)にまでお邪魔(じゃま)させて頂いたわけです」

エルフリーデは、ツンと()ました表情を浮かべ、片手(かたて)で自分の髪を払いつつ、淡々とした口調(くちょう)でロナードに言った。

一々(いちいち)、回りくどい言い方をせずに、簡潔(かんけつ)に話してやれ。 お前は本当に、ロナードが病人だと認識していて、そう言う事をしているのか?」

セネトが、何時(いつ)になく苛立(いらだ)った口調(くちょう)で、エルフリーデに向かって言った。

「あら。 御免(ごめん)あそばせ」

エルフリーデは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でロナードに言ったが、セネトの機嫌(きげん)(そこ)ねてしまった事に、内心は焦っていた。

「……もう良い。 私が話す!」

彼女の態度(たいど)を見て、シリウスが苛立(いらだ)った様子でエルフリーデに言った。

「あら。 最初に(ぞく)を見付けたのは、(わたくし)でしてよ?」

エルフリーデは、ムッとした表情を浮かべ、シリウスに言い返す。

手柄(てがら)を横取りする気?)

エルフリーデは、心の中でそう呟きながら、ジロリとシリウスを(にら)む。

「そんなのどうでも良いでしょ! エフィの話し方じゃあ、ユリアスが余計(よけい)に疲れちゃうよ」

ルフトは、軽く溜息(ためいき)を付いて、エルフリーデに言い返した。

「何ですって?」

エルフリーデは、ドスの利いた声でそう言うと、ルフトに(すご)むと、彼は思わずたじろいだ。

「どちらでも良い! 早く話せ!」

そのやり取りを見ていたセネトが、苛立(いらだ)った口調(くちょう)で、二人に向かって一喝(いっかつ)した。

「は、はいっ!」

ルフトとエルフリーデは、慌てた様子(ようす)でそう思わず返事をした。

 その二人の様子(ようす)を見て、ロナードは可笑(おか)しそうにクスクスと笑った。

「んもう! 貴方(あなた)所為(せい)でユリアスに笑われたではないの!」

エルフリーデは、ムッとした表情を浮かべ、ルフトに言った。

「え? (ぼく)所為(せい)なの?」

ルフトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、エルフリーデに言い返す。

「おいっ! (ぼく)の話を聞いてなかったのか?」

また言い合いになりそうな雰囲気(ふんいき)にセネトが(たま)らず、二人を一喝(いっかつ)した。

「あ、はい」

御免(ごめん)なさい……」

セネトに注意され、ルフトとエルフリーデは、慌てて留守(るす)を預かって居た間に起きた出来(でき)事を、ロナードと彼女たちに語った。

「……それで、その(ぞく)今何処(どこ)に?」

セネトは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ルフト等に問い掛ける。

「それが……」

エルフリーデは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、そう言いながら口籠(くちごも)らせると、ルフトに助けを求める様にチラリと彼の方へと視線(しせん)を配らせた。

牢屋(ろうや)に閉じ込めていたんだけど、看守(かんしゅ)が目を離した隙に……。 (いき)()えてしまって……」

ルフトも、実に言い(がた)そうに、物凄(ものすご)くオドオドした様子(ようす)で、セネトに語った。

(あれは、予想外(よそうがい)だったわ)

エルフリーデは、苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、心の中で呟いた。

「んなっ……」

ルフトの報告(ほうこく)を聞いて、セネトは(おどろ)いて絶句(ぜっく)した。

(やと)(ぬし)を守る為に自害(じがい)したのか……。 それとも、万が(いち)失敗(しっぱい)して囚われた場合、死ぬような(のろ)いを受けていたのか……」

彼等(かれら)の話を聞いていたロナードは、淡々とした口調(くちょう)で、自分の見解(けんかい)を言うと、

「オレもその状況(じょうきょう)直接(ちょくせつ)見た訳では無いので、何とも言えませんが……。 (あるじ)の言う通り、両方とも有り得る話ですね」

アイクは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう語る。

「申し訳ありません。 (ぼく)()がもう少し、彼女の事をしっかり調べていれば、死んじゃう様な事はさせなかったのに……」

ルフトは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら、セネトに言うと、

「武器になりそうな物は全て取り上げていましたので、私(わたhし)たちも油断していました」

ハニエルも沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら言う。

 (しばら)く、何とも言えない重苦(おもくる)しい空気が(ただよ)い、ルフトとエルフリーデは、オドオドした様子(ようす)で何度も上目遣(うわめづか)いで、セネトの様子(ようす)を伺う。

 やがて、セネトは特大の溜息(ためいき)を付くと、

「……そうなってしまったものは仕方(しかた)がない。 それよりも、お前たちに怪我(けが)が無くて何よりだ」

落ち着いた口調(くちょう)で、(しか)られるとビクビクして居た妹弟に言うと、穏やかに微笑(ほほえ)んだ。

殿下(でんか)……」

「セレンディーネ様」

てっきり(しか)られると思って居た、ルフトとエルフリーデは、セネトが穏やかに自分達に微笑(ほほえ)みかけて来たのを見て、心底ほっとした。

(いく)ら、(ぼく)調査(ちょうさ)を任されたとは言え、二人だけで、もうそんな(あぶ)ない事をしては駄目(だめ)だぞ」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ルフトとエルフリーデに言った。

「はい……」

御免(ごめん)なさい……」

エルフリーデとルフトは、(そろ)ってシュンとした表情を浮かべつつ、返事をした。

「話をしてくれて有難(ありがと)う。 二人とも」

ロナードは穏やかな口調(くちょう)で、ルフトとエルフリーデに言うと、ニッコリと笑みを浮かべた。

「ま、まあ……。 同じ術師(じゅつし)として、呪詛(じゅそ)などと言う卑劣(ひれつ)行為(こうい)を許せなかっただけですわ」

エルフリーデは、自分の髪を片手(かたて)で払いつつ、照れ隠しに上から目線でロナードに言い返した。

「安心して。 (のろ)いはハニエルやエフィの協力で、解く事が出来(でき)たから」

ルフトは真剣(しんけん)面持(おもも)ちでロナードに言った。

「だから、(おれ)の事が気になって、(そろ)って訪ねて来たのか……」

ロナードは、穏やかな表情を浮かべ、優しい口調(くちょう)でルフトに問い掛ける。

「ま、まあね……」

ルフトは、少し照れ臭そうにしながらも、そう返した。

「済まない。 ルフト。 余計(よけい)な心配を掛けて」

ロナードは、申し訳なさそうにルフトに言った後、

「エルフリーデも」

エルフリーデの方へと目を向け、穏やかな口調(くちょう)で言うと、微笑みかけた。

「ふ、ふん! 別に貴方(あなた)の事なんて、少しも心配などして居ませんでしたわ!」

エルフリーデは、瞬時(しゅんじ)何時(いつ)ものポーカーフェイスに戻ると、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でロナードに言い返した。

(うそ)。 青い顔をして、『ユリアスに何かあったらどうしましょう』って、言ってたじゃない」

ロナードに対して、エルフリーデのつれない態度(たいど)ばかり取るのを見て、ルフトは思わず、意地の悪い笑みを浮かべながら彼女にそう言った。

「う、う、五月蠅(うるさ)いですわ! そう言う余計(よけい)な事は、当人の前で言わなくて良くってよ! つけ上がるでしょ!」

エルフリーデは、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして、強い口調(くちょう)でルフトに言い返した後、チラリとロナードの方へと目を向けると、彼はとても優しい表情を浮かべて、彼女たちのやり取りを見守って居る。

「はいはい」

ルフトは、軽く溜息(ためいき)を付き、肩を(すく)めながらエルフリーデに言い返した。

素直(すなお)じゃなんだから)

ツンデレな態度(たいど)を取るエルフリーデに、ルフトは心の中でそう呟いた。


「ところで(あるじ)

セネトたちが去り、ロナードが居るベッドの側で、リンゴの皮をむいていたアイクは、(おもむろ)に声を掛ける。

「ん?」

ロナードは、呼んでいた本から顔を上げ、アイクの方を向く。

殿下(でんか)には何時(いつ)告白(こくはく)するんですか?」

アイクは何食わぬ顔をして、サラリとそう問い掛けた。

「へ?」

ロナードは、(はと)豆鉄砲(まめでっぽう)を食らった様な顔をして、思わず、持っていた分厚(ぶあつ)い本をボトッと自分の(ひざ)の上に落としてしまった。

「っつ!」

自分の膝の上に落とした本の角が直撃(ちょくげき)し、ロナードは思い切り痛そうな顔をして、(ひざ)に手を添え、思わず身を曲げる。

「だ、大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」

それを見たアイクは(おどろ)いて、近くに置いてあった小さな丸テーブルの上にあった皿に、剥きかけていたリンゴを置くと、身を乗り出して問い掛ける。

「あ、ああ……」

ロナードは(かす)かに目元に涙を溜め、膝を摩りながらもそう返した。

(痛かったけど)

こそっと、心の中でそう付け加えて。

「それよりお前、何を言っているんだ?」

ロナードは、(あらた)めてアイクの方を向き、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら問い掛ける。

「いやいやいや。 それはこっちの台詞(せりふ)ですよ。 好きでもない人を、あんな必死(ひっし)に助けようとはしないでしょ? 普通」

アイクは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、戸惑(とまど)っているロナードに言う。

「なっ………」

彼の言葉を聞いて、ロナードは忽ち顔を真っ赤にする。

何時(いつ)からなんですか?」

その反応(はんのう)を見て、アイクはニヤニヤしながら問い掛ける。

「お、(おれ)は別に……婚約者(こんやくしゃ)として、当然(とうぜん)の事をしただけで……」

ロナードは、顔を赤らめたまま、目を泳がせ、しどろもどろにそう言い返した。

「嘘だぁ。 普通は婚約者(こんやくしゃ)でも、自分の命を()ける様な事はしないですって!」

アイクは、意地の悪い笑みを浮かべながら、ロナードに言うと、

「結果として、そうなっただけで……」

ロナードは、困り果てた様子(ようす)でそう返した。

「じゃあ、今なんでそんな顔を真っ赤にして、(あせ)りながら話しているんですか?」

アイクは変わらず、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ロナードにそう指摘(してき)すると、

「そ、それは……」

アイクに顔が赤いと指摘(してき)され、ロナードは焦り、耳まで赤くなる。

「で、何時(いつ)から殿下(でんか)の事が好きなんですか?」

アイクは、ロナードの反応(はんのう)を楽しんでいるかの様に、ニヤニヤと笑みを浮かべたまま、そう追及(ついきゅう)する。

「……」

ロナードは、顔を真っ赤にしたまま、アイクから顔を背ける。

否定(ひてい)しなって事は、オレが言ってる事、合ってるって事ですよね?」

アイクは、ニヤニヤと笑ったまま、自分と目を合わせようとしないロナードに問い掛けた。

「……」

かれは、(しばら)く間を置いた後、観念(かんねん)した様にコクリと(うなず)き返した。

(おお!)

ロナードが素直(すなお)に認めたのを見て、アイクは嬉々とした表情を浮かべ、心の中で喜びの声を上げた。

「何で……分かったんだ?」

ロナードは、顔を赤らめたまま、アイクにそう問い掛ける。

「いや、『何で』って言われても……。 何て言うか……。 殿下(でんか)に対する態度(たいど)とか、そう言うので何となく分かりますよ。 多分、ギベオンさんやルチルさんも気付いてると思いますよ」

アイクは、ニヤニヤと笑みを浮かべたまま、かなり動揺(どうよう)しているロナードに言う。

「そ、そうなのか?」

それを聞いたロナードは、(あせ)りの表情を浮かべ、アイクに言うと、

「え。 まさか、バレていないとでも?」

アイクは物凄(ものすご)(おどろ)いた表情を浮かべ、ロナードに問い返す。

「そんなに、露骨(ろこつ)だったか?」

ロナードは、焦りの表情を浮かべたまま、かなり真剣(しんけん)様子(ようす)でアイクに問う。

「いや、露骨(ろこつ)って程じゃ無いですけど、何て言うか……ふとした瞬間(しゅんかん)に取る言動(げんどう)で、『この人、殿下(でんか)の事が好きなのかな?』って思う程度(ていど)です」

アイクは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードの問い掛けに答えた。

「……」

ロナードは、顔を真っ赤にしたまま、物凄(ものすご)く困った様な表情を浮かべ、押し黙る。

「まあ、当の殿下(でんか)は気が付いていない様ですけど」

アイクは肩を竦めながらそう言うと、

「だよな……。 本気で(おれ)が、利害(りがい)一致(いっち)だけで婚約者(こんやくしゃ)役を買って出ていると思って居るからな……」

ロナードは、特大の溜息(ためいき)を付くと、ゲンナリした表情を浮かべながら言う。

「言わないと、気付かないと思いますよ。 殿下(でんか)の場合は特に」

アイクは、真剣(しんけん)な顔をしてロナードにそうアドバイスをする。

「そうか……」

ロナードは、困った様な表情を浮かべながら呟く。

「はい」

アイクは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで返すと、

「はぁ~」

ロナードは、両手で頭を抱え、特大の溜息(ためいき)を付く。

「大体、二人ともそんな感じだから、進む事も進まないんじゃないですか。 何ですか? この曖昧(あいまい)な関係が好きなんですか? 主は」

ロナードがすっかり困惑(こんわく)しているのを見て、アイクは(あき)れた表情を浮かべながら言った。

「それは……」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、俯き加減で(つぶや)く。

「ホント、普段(ふだん)は「良い度胸(どきょう)してんなコイツ」って思うのに、何で恋愛(れんあい)になると、そんなチキンなんですか? (こわ)いんですか?」

アイクは、ロナードの様子(ようす)を見て、(あき)れた様な表情を浮かべ言うと、ロナードは(うつむ)いたまま、

(こわ)いに決まっているだろ。 (おれ)の一言で、セネトとの今までの関係が、(くず)れてしまうかも知れないんだぞ?」

かなり困った様な表情を浮かべ、物凄(ものすご)く自信が無さそうな声で言った。

「はいはい。 そーですか。 じゃあ、気が済むまでそうやってチキっといて下さい。 オレは言うべき事は言いましたよ」

ロナードの言動(げんどう)に、アイクは(あき)れた表情を浮かべ、片手(かたて)をヒラヒラとさせながら、そう言って冷たく突き放す。

「~っ……」

アイクにそう言われ、ロナードは(くや)しい様な、()ずかしい様な表情を浮かべ、声ならぬ声を上げ、彼を(にら)みながら(うな)っている。

 何だか、(ねこ)戸惑(とまど)いながら威嚇(いかく)している姿に似ている……。

 ロナードは物凄(ものすご)く考え込んでいる様な様子(ようす)で、両手で頭を抱える。

(そんな悩む事か?)

ロナードの様子(ようす)を見て、アイクは心の中で(つぶや)いた。

 アイクはロナードと出会って日は浅いが、間近で彼の事を見ていて、もしかするとセネトの事が好きなのではないかと思い始めた。

 最近は、日が経つにつれ、それが確信(かくしん)に変わった。

 セネトも、ロナードに好意(こうい)を抱いているのだが、お(たが)いに友人として(せっ)する態度(たいど)(くず)さない(ため)(はた)から見ると物凄(ものすご)くモヤモヤする。

「……この気持ちを伝えて駄目(だめ)だったら? いや、仮に良かったとしてもだ……。 その先どんな顔して、セネトに毎日会えって言うだよっ!」

ロナードは、顔を真っ赤にし、真剣(しんけん)な顔でアイクに(うった)える。

「はあ?」

アイクは思わず、拍子抜(ひょうしぬ)けした様な声を上げる。

(え。 そっち? ま、まあ確かに気まずいけど……)

ロナードの思いがけぬ言葉に、アイクは少し戸惑(とまど)いながら、心の中で(つぶや)くと彼を見る。

()ずかしくて死ぬ……」

ロナードは、顔を真っ赤にしたままそう言うと、恥ずかしいのか両手で顔を覆い俯く。

(いや、可愛(かわい)いかよ!)

ロナードの反応(はんのう)が思いの外、初々しく、可愛(かわい)らしかったので、アイクは心の中で(つぶや)いた。

(あるじ)……」

アイクが、ロナード声を掛けようとすると、

「もう、この話は終わりにしてくれ……。 本当に……勘弁(かんべん)……」

ロナードは、『ストップ』と言わんばかりに、片方(かたほう)の掌をアイクの方に向け、もう片方(かたほう)の手で真っ赤な顔を(おお)ったまま、落ち着かない様な浮ついた声で言って来た。

(うわぁ……耳まで真っ赤……)

そう言うロナードは、耳まで真っ赤だったので、アイクは心の中で思わず(つぶや)いた。

 このままでは、ロナードは(ゆで)(だこ)になってしまうのではないかと思ってしまう(ほど)、顔が真っ赤だ。

 ロナードの言動(げんどう)を見た限り、人より恵まれた容姿(ようし)に関わらず、恋愛(れんあい)経験(けいけん)はほぼゼロの様だ……。

「……分かりました。 今日はこの位で勘弁(かんべん)して差し上げます」

アイクは、これ以上からかうのも、何だか可哀想(かわいそう)になったので、そう言って引き下がる事にした。

「……今日はって……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、チラリとアイクを見ながら(つぶや)く。

文字通(もじどお)り今日は、です。 明日またヘタレな事を言っていたら、許しませんよ?」

アイクは、少し意地の悪い笑みを浮かべ、ロナードに言うと、

「ええぇ……」

ロナードは、困った様な表情を浮かべ、思わず情けない声を上げる。

頑張(がんば)って下さい。 (あるじ)

アイクはニッコリと笑みを浮かべ、容赦(ようしゃ)なくロナードにそう言い放った。

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