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DRAGON SEED 2  作者: みーやん
12/27

伯爵夫人の憎悪(上)


主な登場人物


ロナード(ユリアス)…召喚術(しょうかんじゅつ)と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を()が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠(ししょう)に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを()(ため)、エレンツ帝国(ていこく)を目指している。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な美青年。 十七歳。


セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国(ていこく)皇女(こうじょ)。 とある事情(じじょう)から(のが)れる(ため)、シリウスたちと行動(こうどう)を共にしている。 補助(ほじょ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)とする魔術(まじゅつ)()。 フワリとした癖のある黒髪(くろかみ)に琥珀色の大きな(ひとみ)特徴的(とくちょうてき)な女性。 十九歳。


シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在(じざい)(あやつ)る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手(あいて)魔術(まじゅつ)の使用を(ふう)じる、特殊(とくしゅ)(ひとみ)を持っている。 長めの金髪(きんぱつ)に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫(びじょうぶ)。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒(あいぼう)鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人(りょうよくじん)。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)薬草学(やくそうがく)得意(とくい)としている。 白銀(はくぎん)長髪(ちょうはつ)と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔(えがお)を浮かべながらサラリと(どく)()く。


ルチル…帝国(ていこく)第三(だいさん)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)(つと)めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 今はティティスの護衛(ごえい)(にん)()いている。 二十歳(はたち)


ギベオン…セネト専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)。 温和(おんわ)生真面目(きまじめ)な性格の青年。 二十五歳。


ルフト…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアを母に持ち、魔術師(まじゅつし)の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟(いとこ)に当たる。 二十歳。


エルフリーデ…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)をしている伯爵(はくしゃく)令嬢(れいじょう)で、ルフトの婚約者(こんやくしゃ)。 ルフトの母であるサリアの事をとても(した)っている


カルセドニ…エレンツ帝国(ていこく)第一(だいいち)皇子(おうじ)でセネトの同腹(どうふく)の兄。 寺院(じいん)(せい)騎士(きし)をしている。 奴隷(どれい)だったシリウスとハニエルを助け、自由の身にした人物。


アイク…ロナードの専属(せんぞく)護衛(ごえい)をしている。 以前は寺院(じいん)暗部(あんぶ)所属(しょぞく)していた青年。 気さくな性格をしている。


 ロナードは、セネトに同行(どうこう)して、地方(ちほう)にある鉱山(こうざん)視察(しさつ)(おとず)れていた。

 エレンツ帝国(ていこく)本土(ほんど)『アルバスタ大陸(たいりく)』は、標高(ひょうこう)の高い山々が大陸(たいりく)縦断(じゅうだん)する様に走り、その山々からは良質(りょうしつ)鉱物(こうぶつ)採掘(さいくつ)されている。

ロナード達は、途中(とちゅう)の町や村に立ち寄りながら、帝都(ていと)を発って転送(てんそう)装置(そうち)を何度か使って数日後、目的の町に到着(とうちゃく)した。

「やれやれ……。 やっと着いたか……」

セネトはそう言うと、ロナード達が降りた後、ゆっくりと馬車(ばしゃ)から降りる。

 ロナードと共に同行(どうこう)して居るのは、十数人の兵士(へいし)と、ギベオンとルチル、そしてアイクだ。

「久しぶりの外は、どうだったか?」

セネトは、うーんと大きく伸びをしながら、側に居たロナードに問い掛ける。

「やっぱり外は良いな。 砂と岩地(いわち)ばかりの景色でも、少しずつ(ちが)って見えるのだから不思議(ふしぎ)だ」

ロナードは、(おだ)やかな笑みを浮かべながら、セネトの問い掛けに答えた。

 帝都(ていと)に来て三カ月近く()つが、その間、ロナードは(ほとん)どセネトたち皇帝(こうてい)子供(こども)たちが住まう青の右宮(うきゅう)に居て、たまにギベオンが気を利かせて、彼のお使いで街に降りた際に同行(どうこう)する以外、宮廷(きゅうてい)敷地(しきち)の外から出る事は無かった。

 当初(とうしょ)は、ロナードの兄であるシリウスの屋敷(やしき)に身を寄せる予定(よてい)だったが、シリウスが留守(るす)にしがちだと言う事と、宮廷(きゅうてい)(ほど)警備(けいび)出来(でき)ないと言う事もあり、ロナードはセネトの好意(こうい)宮廷(きゅうてい)(たい)(ざい)していた。

 何にしても、二人には良い気分(きぶん)転換(てんかん)になった様なので、ルチルとギベオンはホッとしていた。

視察(しさつ)(こと)らなくて良かったわね」

ルチルは、外に出て水を得た魚の様に生き生きしているロナードを見ながら、ギベオンに言った。

「そうだな」

ギベオンも(おだ)やかな顔をして、頷きながら言った。

 アイクが正式にロナードの護衛(ごえい)(はい)(ぞく)されると、彼のお(かげ)でロナードを良く思わない(やから)からの(いや)がらせは(げき)(げん)したが、それでも時折(ときおり)、思い出した様に続いていた。

 留守(るす)(ばん)(あず)かるルフトやエルフリーデには、ロナードへの(いや)がらせを主導(しゅどう)しているのは(だれ)なのか、調査(ちょうさ)をする様に(たの)んでは来たが……。

 そうで無くとも、そんなに自由が利かない身なので、ロナード自身も知らず知らずの内に、かなりストレスを抱えていた様であった。

「こんなに遠出(とおで)したのも久しぶりだ。 流石(さすが)(こし)(いた)い」

セネトは、自分の腰を(こぶし)でトントンと(たた)きながら(つぶや)いた。

 さほど大きな町では無く、鉱山(こうざん)の町らしく、簡素(かんそ)な造りの家が整然(せいぜん)と立ち並び、町の(いた)る所に山から運んで来たと思われる、大きな岩が無造作(むぞうさ)(ころ)がっており、少し(ほこり)っぽい。

 町を行き交う男たちは、ガッとりとした体付きの者が多く、頭には、鉄を(うす)く伸ばしたヘルメットを(かぶ)り、顔から衣服(いふく)から(すす)まみれだ。

そして、何処(どこ)からか()り出してきた、大きな岩の(かたまり)を乗せた()馬車(ばしゃ)が、忙しく行き交っていた。

「町の責任者(せきにんしゃ)はどちらに?」

側を通り掛った男に、ギベオンがそう声を掛けると、

「まだ、鉱山(こうざん)だと思うぜ」

鶴橋(つるはし)を持った、大柄(おおがら)な男はそう言うと、町では見掛けた事のないギベオンたちを物珍(ものめずら)しそうに見ながら、前を通り過ぎて行った。

「お待たせ(いた)しました」

町の奥の方から来た、屈強(くっきょう)そうな男たちが護衛(ごえい)をしている、黒塗(くろぬ)りの馬車(ばしゃ)の中から、そう言って、一人の女性が出て来た。

 彼女は、町の者たちと(ちが)い、エメラルド色のドレスに身を包み、茶色の髪をアップにし、服と同色の、派手(はで)(はね)(かざ)りの付いた帽子(ぼうし)(かぶ)り、美しい宝石(ほうせき)を身に付け、如何(いか)にも金持ちの婦人(ふじん)と言った出で立ちで、ツンと()ました、プライドの高そうな女性であった。

貴女(あなた)が、サルヴェール伯爵(はくしゃく)夫人(ふじん)?」

ルチルが、現れた女性にそう言うと、

「そうです。 (わたくし)が、この町を統括(とうかつ)しているサルヴェール伯爵(はくしゃく)(つま)、ルネッタと申します。 この様な場所に殿下(でんか)(みずか)らお()(いただ)き、恐縮(きょうしゅく)(かぎ)りでございます」

『ルネッタ』と名乗(なの)ったその女性は、手に持っていた、ド派手(はで)豪華(ごうか)装飾(そうしょく)(ほどこ)された扇子(せんす)(たた)むと、両手でドレスの(すそ)を摘み、深々と(こうべ)()れる。

主人(しゅじん)(じき)(もど)って来るでしょう。 ご満足(まんぞく)して頂けるか分かりませんが、会食(かいしょく)の用意をしておりますので屋敷(やしき)へご案内しますわ」

ルネッタは()()か、ジロジロとロナードを見回してから、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、自分が乗って来た馬車(ばしゃ)に乗り込む。

「行こうか」

セネトはそう言うと、ロナードともに馬車(ばしゃ)に乗り込む。


「本当に、あの背の高い異国人(いこくじん)間違(まちが)いないの?」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)爵夫人(ふじん)ルネッタは馬車(ばしゃ)(まど)から、後ろから付いて来ているセネト()を乗せた馬車(ばしゃ)を見ながらそう言った。

間違(まちが)いありません」

一緒(いっしょ)に居た、黒いローブに身を包み、顔が見えない位に深々(ふかぶか)とフードを(かぶ)った老婆(ろうば)が、そう答えた。

「そう。 あの者が(わたくし)可愛(かわい)いナデルを陥れ、宮廷(きゅうてい)に出入りできなくしたのね。 あの者さえ居なければ、ナデルはセレンディーネ皇女(こうじょ)婿(むこ)になれていたと言うのに……。 この屈辱(くつじょく)は必ず、返さなければならないわ」

ルネッタは、忌々(いまいま)し気な表情を浮かべ、持っていた扇子(せんす)を広げる。

「どうか慎重(しんちょう)に事をお運び下さいませ。 奥様(おくさま)。 (やつ)(ころ)す事は簡単(かんたん)ですが、その(うたが)いを伯爵(はくしゃく)()に掛けられる様な事だけは、回避(かいひ)せねばなりませぬ」

顔が見えない位に深々(ふかぶか)とフードを被った老婆(ろうば)が、忌々(いまいま)し気な顔をしているルネッタに言った。

「分って居る。 だが、目障(めざわ)りなあの者を屠る事が出来(でき)れば、ナデルは再び宮廷(きゅうてい)に上がる事が出来(でき)る様になる(はず)

ルネッタは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、そう呟いた。


「おお……。 これは(すご)く大きいですね……。 (あるじ)

屋敷(やしき)玄関(げんかん)に入るなり、廊下(ろうか)に沿って、(いた)る所に巨大(きょだい)な岩の(かたまり)が置かれており、一見すると何の変哲(へんてつ)も無さそうな岩なのだが、良く見るとキラキラと鉱石(こうせき)が顔を(のぞ)かせており、それを見てアイクが(つぶや)く。

(確かに。 こんなにデカイ鉱石(こうせき)を見るのは初めてだ)

ロナードは、そう心の中で(つぶや)きつつ、興味深(きょうみぶか)そうに熱心に見ている。

「ガルディア鉱山(こうざん)では、金の他にも(すず)水晶(すいしょう)なども取れますの」

ルネッタは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、見入っているロナード達にそう説明した。

「見て見ろ。 お前の目の色と同じ色の石があるぞ」

セネトは声を(はず)ませ、ロナードにそう言いながら、(むらさき)水晶(すいしょう)原石(げんせき)指差(ゆびさ)す。

「アメジストです」

ルネッタは、セネトにそう説明してから、(おもむろ)にロナードの方へ目を向け、

殿下(でんか)(おっしゃ)る通り、本当に綺麗(きれい)な目の色ですわね」

そう言うと、ニッコリと笑みを浮かべた。

(忌々しい(ほど)(ととの)った顔だ事……。 この見目の美しさを利用して皇女(こうじょ)に取り入ったのね。 何て薄汚(うすぎたな)いのかしら)

ルネッタは、ロナードを見ながら、心の中でそう(つぶや)いた。

 奥の通された応接間(おうせつま)には、白い清潔(せいけつ)そうなテーブルクロスが掛けられた長テーブルが中央に置かれ、その周囲(しゅうい)椅子(いす)配置(はいち)され、テーブルの上には、色取り取りの果物(くだもの)、様々な料理、高価(こうか)そうなワインボトル、銀製(ぎんせい)の食器と(はい)などが整然(せいぜん)と並べられ、壁際(かべぎわ)には侍女(じじょ)たちが、ズラリと並んで(ひか)えていた。

「大したおもてなしも出来(でき)ませんが……。 どうぞ座り下さい」

ルネッタはそう言うと、セネトたちに席に付く様に(すす)める。

「もてなし、感謝(かんしゃ)する」

セネトにそう言うと、ギベオンが椅子(いす)を引き、一番奥(いちばんおく)の席に腰を下ろした。

「お前も座ったらどうだ?」

セネトは、部屋の入口近くに(ひか)えて居たロナードにそう声を掛ける。

失礼(しつれい)します」

ロナードはそう言うと、部屋の入り口から一番近い席に腰を下ろそうとすると、

殿下(でんか)(こん)約者(やくしゃ)さまと(うかが)っております。 殿下(でんか)のお側に座っては如何(いか)ですか?」

ルネッタは、ニッコリと笑みを浮かべ、ロナードにそう声を掛ける。

「いえ、お(かま)いなく……」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で答えると、(みずか)椅子(いす)を引き、静かに腰を下ろした。

 その様子(ようす)を見てからギベオンは、何か(さっ)した様に落ち着いた口調(くちょう)で、

殿下(でんか)。 自分は少し、周囲(しゅうい)様子(ようす)を見て(まい)ります」

事務的(じむてき)口調(くちょう)でセネトにそう言ってから、

「ルチル。 アイク。 殿下(でんか)とロナード様の事、(たの)むぞ」

ロナードの側に(かげ)の様に(ひか)えて居たアイクと、セネトの背後(はいご)に立っていたルチルに声を掛けると、

「分かってます。 (あるじ)には(ゆび)一本(いっぽん)()れさせません」

彼は、やる気満々(まんまん)と言った様子(ようす)で、ギベオンに言い返すと、それを聞いたロナード当人(とうにん)苦笑(にがわら)いを浮かべる。

 彼は普段(ふだん)から、ロナードの身辺(しんぺん)警護(けいご)をしているのだが、(おおやけ)の場でその任務(にんむ)に当たるのはこれが初めてなので、何時(いつ)も以上に気合が入っている様だ。

(まあ、自分が心配しなくても、ロナード様は自分の身くらい守れるが……)

ギベオンは苦笑(にがわら)いを浮かべながら心の中で(つぶや)いてから、チラリとロナードの方へと目を向けると、彼は軽く(うなず)き返して来た。

(まあアイクとルチルも側に居る事だし大丈夫(だいじょうぶ)だろう。 少し、町の様子(ようす)を見て来るとしよう)

ギベオンは心の中でそう(つぶや)くと、セネトに向かって頭を下げると、数人の部下(ぶか)を連れ、部屋を後にする。

「ギベオンは本当に仕事(しごと)熱心(ねっしん)だな。 一緒(いっしょ)に食べれば良いものを」

セネトがそう言うと、苦笑(にがわら)いを浮かべる。

「何かあって貴方(あなた)たちを()がす(さい)に、もたつかない(ため)周囲(しゅうい)地形(ちけい)把握(はあく)するのも仕事の内よ」

ルチルは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で返す。

 (しばら)くして、(ほお)のこけた、細身(ほそみ)白髪(しらが)()じりの髪に、(つる)の部分に宝石(ほうせき)の付いた、銀縁(ぎんぶち)眼鏡(めがね)をした男が、護衛(ごえい)兵士(へいし)を引き連れて戻って来た。

 その身なりからして、この屋敷(やしき)(あるじ)であろう。

 彼の姿を見るなり、ルチルとロナードは椅子(いす)から立ち上がり、壁際(かべぎわ)に立っていたアイクや兵士(へいし)達も一礼(いちれい)をする。

「お待たせして申し訳ございません。 殿下(でんか)

銀縁(ぎんぶち)眼鏡(めがね)をした男は、申し訳なさそうに、一番奥(いちばんおく)の席に座って居たセネトに言うと、深々(ふかぶか)(こうべ)()れてから、

「申し(おく)れました。 (わたし)がこの町の領主(りょうしゅ)サルヴェールと申します。 セレンディーネ皇女(こうじょ)殿下(でんか)とお会い出来(でき)ました事を大変(たいへん)光栄(こうえい)に思っております。 ご満足(まんぞく)頂けるかは分かりませんが、ご滞在(たいざい)の間、精一杯(せいいっぱい)、お世話(せわ)(いた)します」

そう名乗(なの)った。

 そうして、サルヴェール伯爵(はくしゃく)夫妻(ふさい)も席に座り、使用人(しようにん)たちにグラスにワインを注がせ、食事をしようとしていた時……。

「た、大変です!」

外から、そう(わめ)く男の声が聞こえて来た。

何事(なにごと)か?」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)はそう言うと、(おもむろ)椅子(いす)から立ち上がる。

 (とびら)の近く居た使用人(しようにん)(いそ)いで部屋から出ると、様子(ようす)を見に行く。

 玄関(げんかん)の方で、男たちが何やらやり取りしている声が聞こえて来て、(しばら)くして、ドタバタと忙しく、先程(さきほど)、部屋から出て行った使用人(しようにん)が、青い顔をして(もど)って来て、

「大変です! 魔物(まもの)が!」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)にそう告げる。

「何だと! くそ! また来たか!」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、椅子(いす)から立ち上がり、表情を(けわ)しくして、そう叫ぶ。

(いそ)いで兵士(へいし)を! 町の中に入れては駄目(だめ)よ!」

ルネッタも、表情を(けわ)しくして、近くに居た使用人(しようにん)たちにそう命じた。

「ま、魔物(まもの)ですって?」

魔物(まもの)』と聞いて、セネトの側に居たルチルが、(あせ)りの表情を浮かべ、(つぶや)く。

 部屋に居合(いあ)わせた、セネトが連れて来た兵士(へいし)たちも戸惑(とまど)い、どよめく。

 ここまでの移動中(いどうちゅう)、遠目に魔物(まもの)らしき生き物を見る事があったが、セネトが乗っていた馬車(ばしゃ)には、魔物(まもの)()けの強力な結界(けっかい)が施されているお(かげ)で、道中は一度も魔物(まもの)(そう)(ぐう)せずに済んだ。

「ギベオン達は?」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)兵士(へいし)たちに問い掛ける。

「ま、まだ、(もど)って来ておりません」

兵士(へいし)が、(あせ)りの表情を浮かべつつ、セネトの問い掛けに答える。

「セティ。 安全な所へ移動(いどう)しましょう」

ルチルが(あせ)りの表情を浮かべつつ、セネトに言うと、

「いや。 ギベオンが(もど)るまで、下手(へた)に動き回らない方が良い」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、椅子(いす)に座ったまま、(あせ)っているルチルに言った。

(あるじ)の言う通りです。 相手(あいて)の数が分からない以上、別々(べつべつ)に動くのは得策(とくさく)ではありません」

アイクも落ち着いた口調(くちょう)で、ルチル達に言った。

(コイツ、何でそんなに落ち着いてるんだ!)

セネトの護衛(ごえい)として同行(どうこう)している兵士(へいし)の一人が、魔物(まもの)が現れたと言うのに、(まった)く動じて居ない様子(ようす)のロナードとアイクに対し、軽い苛立(いらだ)ちを(おぼ)えながら心の中で(つぶや)いた。

 他の兵士(へいし)たちも、同じ様な事を思っているのか、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードとアイクを見ている。

「ギベオンが(もど)るまでここに(とど)まる。 連絡(れんらく)手段(しゅだん)も持たないのに、別々に行動(こうどう)する事はしない方が良いだろう。 主力(しゅりょく)の兵はあちらに(あず)けてあるしな」

セネトも、落ち着き払った口調(くちょう)で、浮足立(うきあしだ)っている兵士(へいし)たちに言った。

殿下(でんか)。 (まど)から(はな)れた方が(よろ)しいかと。 そこは(あぶ)ないです」

アイクは、落ち着き払った口調(くちょう)で、セネトに向かって言った。

「そうだな」

セネトがそう言って、ロナード達が居る部屋の入口の方へと移動(いどう)しようとした瞬間(しゅんかん)突然(とつぜん)(まど)のガラスが(はげ)しく音を立てて割れ、部屋の中に(ひび)(わた)った。


 目の色は真紅(しんく)背丈(せたけ)は人間の子供(こども)くらいで、()れた木の枝の様に、細い手足、(はだ)の色は褐色(かっしょく)で、鼻はとても高く(とが)っており、先の尖った大きい耳、黒い眼のマントを身に(まと)い、手には、緑色のベットリとした液体が()り付けてあるナイフを手にした、醜悪(しゅうあく)な化け物が、()れた(まど)から勢い良く飛び込んで来た。

 ダークエルフだ。

「きゃあああっ!」

ダークエルフを見て、居合(いあ)わせた侍女(じじょ)たちの間から悲鳴(ひめい)が上がる。

「ぎへーっ!」

ダークエルフは直ぐ側で、突然(とつぜん)の事で動けずに居たセネトに気が付くと、残忍(ざんにん)な笑みを浮かべ、ナイフを突き立てた格好(かっこう)で、彼女に飛び掛かった。

(あぶ)ない!」

アイクはそう叫ぶと、とっさにセネトを横へ突き飛ばし、ダークエルフの一撃(いちげき)を自分が持っていた剣で(ふせ)ぐ。

「ぎげげげっ!」

ダークエルフはそう言いながら後ろに跳躍(ちょうやく)し、アイクとの()()いを取ろうとするが、それよりも早く、アイクがダークエルフの間合いに素早(すばや)()み込み、剣を振るった。

 ()けきれなかったダークエルフは、アイクが繰り出した剣を顔面(がんめん)に喰らうと、後ろの(かべ)まで勢い良くすっ飛ばされ、頭を強く打ち付け、白目を()いて、ズルズルと(かべ)を伝う様にして、その場に倒れる。

「んな……」

自分の目の前に、気絶(きぜつ)しているダークエルフが倒れているので、ルチルは恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせ青い顔をして見ていると、近くに居たロナードが倒れているダークエルフの側へやって来て、何の躊躇(ためら)いも無く、持っていた剣をダークエルフの体に突き立てた。

 ダークエルフは、一瞬体(いっしゅんからだ)(こう)(ちょく)させ、(にわとり)()(ころ)した時の様な断末魔(だんまつま)を上げ絶命(ぜつめい)し、床の上に、魔物(まもの)特有(とくゆう)の紫色の血が広がる。

 ルチルは青い顔をして、恐怖(きょうふ)に身を硬直(こうちょく)させたまま、その一部(いちぶ)始終(しじゅう)見守(みまも)るしか出来(でき)なかった。

 何時(いつ)もは、どんな男たちよりも勇猛(ゆうもう)果敢(かかん)な彼女なのだが、どうやらそれは、人間に対してのみで、帝都(ていと)ではまず見掛(みか)ける事のない、異形(いぎょう)魔物(まもの)を前にして、(おそ)ろしくて動く事が出来(でき)なかった。

 アイクは、淡々(たんたん)とした様子(ようす)で、自分の顔へ飛び()った、紫色の血を手の(こう)(ぬぐ)い取り、ロナードも魔物(まもの)の血が付いた剣を払う。

「まだ、別に(ひそ)んで居る可能性(かのうせい)が……」

ロナードがそう言っている(はし)から、別の方向(ほうこう)から『ギエッ』と言う声がしたので、セネトは振り返ると、何時(いつ)の間に入って来たのか別のダークエルフが、(もど)って来たギベオンが振るった剣で、首と(どう)、腰と足の辺りで、体を真っ二つ分けられ、紫色の血を()()らしながら、ゴトッと床に(ころ)がった。

殿下(でんか)! ご無事(ぶじ)ですか!」

ギベオンがそう叫びながら、部屋の中に入って来て、(いそが)しく周囲(しゅうい)を見回す。

(ぼく)はここだ!」

セネトは、落ち着き払った口調(くちょう)で、駆け込んで来たギベオンに声を掛ける。

「良かった……」

セネトの無事(ぶじ)な姿を確認すると、ギベオンはホッとした表情を浮かべ、胸を()で下ろす。

「ギベオン! そこから動くな!」

ロナードはそう叫ぶと、持っていたナイフを、ヒュッと彼に向かって投げ付ける。

 あわや、ロナードの叫び声に振り返ったギベオンの土手(どて)っ腹に、ナイフが突き刺さるかと思われた次の瞬間(しゅんかん)

「ギャッ!」

短い声を上げて、どうやってそこに居たのか、ダークエルフが、ロナードの投げたナイフを背に受けた格好(かっこう)で、その場に倒れた。

 それを見て、(あや)うくダークエルフに背中から()られそうになったギベオンは勿論(もちろん)、その近くに居たルチルや兵士(へいし)たちも(おどろ)く。

流石(さすが)

アイクは、『当然(とうぜん)』と言わんばかりの顔をして、ロナードに言った。

(どうして分かった?)

ギベオンは、自分の足元に(ころ)がって居るダークエルフの死体(したい)を見下ろしつつ、心の中でそう(つぶや)くと、(おもむろ)にロナードへと目を向ける。

 それを見て、猫か犬かが(うな)る様な声を上げて、カメレオンの様に周囲(しゅうい)()(たい)して姿を(かく)していたダークエルフが側にいた、サルヴェール伯爵(はくしゃく)夫人(ふじん)ルネッタに(おど)り掛かった。

「ひやあああ!」

夫人(ふじん)が腕で自分の顔を(かば)う様にして、悲鳴(ひめい)を上げると、

()せろ!」

ロナードの叫び声が部屋に(ひび)き、夫人(ふじん)はとっさに身を屈めると、ロナードはダンと床を勢い良く()ると、信じられない跳躍(ちょうやく)をし、夫人(ふじん)に飛び掛かったダークエルフに、(なか)ば横から飛び込む様な形で剣を振るう。

 ロナードが振るった剣は、空中でダークエルフの後頭部(こうとうぶ)と首の(さかい)(あた)りに見事(みごと)に入り、頭と体が切り(はな)され、魔物(まもの)特有(とくゆう)の紫色の血を空中でばら()きながら、ゴトリと床の上に(ころ)がった。

「ボサッとするな! まだ来るぞ!」

ロナードは、剣に付いた血糊(ちのり)を払いながら、その様子(ようす)(ぼう)(ぜん)と見ていた兵士(へいし)とギベオン達に向かって叫ぶ。

「あ……は、はい!」

ギベオンはハッとしてロナードにそう返す。

「オレが(おとり)になります。 (あるじ)たちはここで殿下(でんか)死守(ししゆ)して下さい!」

アイクは、(けわ)しい表情を浮かべたまま、呆然(ぼうぜん)としているルチルたちに言うと、()られた(まど)に向かって駆け出した。

「あ、ちょっと!」

自分の前を横切るアイクに、ルチルは(あせ)りの表情を浮かべ、引き留めようとするが、彼に完全にスルーされ、彼はそのまま(まど)から外へと飛び出した。

 まるで(ねこ)の様に(まど)(へり)軽々(かるがる)と飛び移り、そこから何の躊躇(ちゅうちょ)も無く、ヒラリと(まど)から外へと飛び降りてしまったアイクに、その場に居合(いあ)わせた(だれ)もが呆然(ぼうぜん)としていると、

助太刀(すけだち)に行く」

ロナードがそう言って、何の躊躇(ちゅうちょ)も無く、アイクに続いて(まど)から飛び降りた。

「おい! ロナード!」

セネトは(あわ)てて身を乗り出し、ロナードが飛び降りた(まど)から外を見る。

 ロナードは彼女の心配を余所(よそ)に、無事(ぶじ)に地面に着地をすると、中へ乗り込もうと近くにいたダークエルフたちを、まるで(かま)(あさ)でも()る様に、バッサバッサと切り倒していく。

余程(よほど)日頃(ひごろ)鬱憤(うっぷん)()まっていた様だな……」

アイクの助太刀(すけだち)をする(ため)魔物(まもの)の中に突っ込んだロナードを見て、思わずギベオンは苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

 ロナードが並みの兵士(へいし)などよりも(はる)かに剣の(うで)が立つ事は知っていたが……その立ち振る()いはもう、幾多(いくた)(たたか)いを切り抜けてきた猛者(もさ)そのものだ。

「あ、(あるじ)……。 中に居ても良かったのに」

自分の助太刀(すけだち)に出て来たロナードに、アイクは苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

冗談(じょうだん)を言うな。 これだけの数を一人で(さば)ける訳ないだろう」

ロナードは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、アイクにそう言い返すと、近くに居たダークエルフを切り倒す。

(うわ。 躊躇(ちゅうちょ)なく(まっ)(ふた)つ……。 前も思ったけどこの人、かなり(たたか)()れてるよな。 一体、どんな人生(じんせい)(おく)って来たよ?)

ロナードの立ち振る()いを見て、アイクは心の中でそう(つぶや)くと、苦笑(にがわら)いを浮かべる。

(いそ)ぎ、ロナード様の応援(おうえん)に行くぞ」

ギベオンは、(ほとん)ど何が起きているのか理解(りかい)出来(でき)ず、呆然(ぼうぜん)(たたず)んで居た兵士(へいし)たちに声を掛けると、(いそ)いで部屋から出て行ったので、それを見て、兵士(へいし)たちも数人後を追う。


「助かりました」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、圧倒的(あっとうてき)な強さで、屋敷(やしき)へ攻めて来た魔物(まもの)たちを蹴散(けち)らしたロナードに、感激(かんげき)した様子(ようす)で、そう感謝(かんしゃ)の言葉を口にした。

(この者……ただ、綺麗(きれい)な顔をしているだけでは無いのね……。 計画の変更(へんこう)が必要だわ)

ルネッタは、周囲(しゅうい)から自分の表情を(さと)られぬ様、口元(くちもと)扇子(せんす)を広げたまま、ロナードを見ながら心の中で(つぶや)いた。

「ロナード貴方(あなた)魔物(まもの)を見るのはこれが初めてでは無いでしょ? 随分(ずいぶん)(たたか)()れていた様だったけれど?」

ルチルは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、ロナードに問いかけると、

「ランティアナで傭兵(ようへい)をしていた時、魔物(まもの)退治(たいじ)を専門にしていた。 帝国(ていこく)へ渡るまでの間も、何度か魔物(まもの)とは遭遇(そうぐう)して(たたか)ったしな」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、ルチルの問い掛けに答えた。

(マジで? もう、その道のプロじゃんよ)

話を聞いたアイクは心の中で(つぶや)くと、思わず、ロナードの方へと目を向ける。

「お前の手を(わずら)わせるつもりは無かったんだか……」

セネトは、ロナードの経歴(けいれき)を知って居たのか、特に(おどろ)様子(ようす)も無く、落ち着いた口調(くちょう)で彼に言った。

(かま)わない。 そう言う時の(ため)(おれ)が居るのだから……」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で返す。

(この人、ただの婚約者(こんやくしゃ)じゃなかったのか!)

(もしかして、おれ達よりも強いんじゃ?)

殿下(でんか)、この人が強いのを知っていたのか?)

一緒(いっしょ)に居たセネトの護衛(ごえい)(ため)同行(どうこう)している兵士(へいし)たちは、心の中でそう(つぶや)きながら、(そろ)ってロナードを見る。

 建国(けんこく)祝賀(しゅくが)(さい)での一件(いっけん)は、(だれ)からか(つた)え聞いてはいたが、こうして実際(じっさい)にロナードの(たたか)い振りを直に見るまで、多くの者が話を信じていなかった。

「お前もだ。 アイク。 とっさの判断(はんだん)見事(みごと)だった」

セネトは、(おだ)やかな口調(くちょう)でアイクに言うと、

「へへへへ……」

アイクは(うれ)しそうな表情を浮かべ、はにかむ。

新参者(しんざんもの)のくせにっ!)

(ちょっと(うで)が立つからって、調子(ちょうし)に乗るなよ)

アイクの様子(ようす)を見て、(ほか)兵士(へいし)たちは心の中でそう(つぶや)くと、嫉妬(しっと)に満ちた目で無言(むごん)で彼を(にら)む。

魔物(まもの)が居るとなると、捨て置けないな……」

セネトは、片手(かたて)を自分の(あご)の下に()え、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

(ただ)ちに、魔物(まもの)討伐(とうばつ)の兵を送る様、帝都(ていと)早馬(はやうま)を出す手配(てはい)(いた)します」

ギベオンは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、セネトに向かって言うと、

「そうだな。 (たの)む」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)でギベオンに返す。

「お(かげ)(さま)で、町には(ほとん)被害(ひがい)がありませんでしたわ」

町の様子(ようす)を見まわって(もど)って来た兵士(へいし)たちの報告(ほうこく)を受けたルネッタが、安堵(あんど)した表情を浮かべながらロナード達に言うと、

「ダークエルフは狡猾(こうかつ)奴等(やつら)だ。 夜陰(やいん)(まぎ)れて(ひそ)かに町に忍び込み、予め、何が何処(どこ)にあるのか、把握(はあく)してここだけを(ねら)った可能性(かのうせい)がある」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、ルネッタに言った。

「しかし、魔物(まもの)がここを(ねら)った理由は何なのでしょうか……」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)が、戸惑(とまど)いの表情を浮かべそう言うと、

(おそ)らく、この屋敷(やしき)にある鉱石(こうせき)や武具などを手に入れる事が目的(もくてき)だろう。 鉱石(こうせき)魔道(まどう)()に、武具(ぶぐ)は自分たちの武力(ぶりょく)強化(きょうか)(つな)がる。 今より強くなれば、より、大きな町を襲撃(しゅうげき)する事が出来(でき)る。 森で手当(てあ)たり次第(しだい)(けもの)を追い駆け回すより、人間たちの町や村を(おそ)った方が、効率(こうりつ)が良いだろうからな」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、サルヴェール伯爵(はくしゃく)にそう説明する。

(あるじ)の言う通りだ。 実際(じっさい)、オレが居た村も魔物(まもの)(おそ)われて、食べ物や武器を(ぬす)まれた。 空の水瓶(みずがめ)の中にお(ふくろ)がとっさに、オレと妹を(かく)してくれたお(かげ)で助かった。 でも、お(ふくろ)も村の奴等(やつら)全員(ぜんいん)(ころ)されてしまった……)

アイクは心の中でそう(つぶや)くと、苦々(にがにが)しい表情を浮かべる。

 まだ、一歳にも満たない妹と、三歳になったばかりの自分たちだけが生き残ったが、(おさな)子供(こども)に成す(すべ)など無く、死んだ母親の亡骸(なきがら)の側で丸一日、呆然(ぼうぜん)と立ち()くしていた。

 翌朝(よくあさ)、何も知らずに森から(もど)って来た村の(きこり)に二人は発見(はっけん)され、彼と共に(となり)(まち)(うつ)り、そのまま寺院(じいん)が作った町の孤児院(こじいん)に妹と共に(あず)けられ、今に(いた)る訳だが……。

(なる)(ほど)……。 魔物(まもの)馬鹿(ばか)では無いのね」

ロナードの話を聞いて、ルチルはシミジミとした口調(くちょう)で言った。

「アイツ()も生きる(ため)必死(ひっし)なんだ。 何処(どこ)に行けば食料(しょくりょう)が手に入るか、(おおかみ)だってそのくらいは理解(りかい)出来(でき)る。 (やつ)らより頭の良い魔物(まもの)ならば、尚更(なおさら)だ」

ロナードが、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、ルチルに言った。

「そうですね。 これからは屋敷(やしき)中心(ちゅうしん)警備(けいび)を固める事にします」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ロナードに言った。

「それにしても、お前が魔術(まじゅつ)だけでなく魔物(まもの)に関しても、こんなに博識(はくしき)だとは知らなかったぞ」

セネトが感心(かんしん)した様子(ようす)で、ロナードに言うと、

魔物(まもの)退治(たいじ)をしていたのに、魔物(まもの)知識(ちしき)が無いのは、(ころ)されに行くのと同じだ」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)でセネトに答えると、

「確かにそうだな……」

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

「だからと言って、我先(われさき)に向かって行くのは止めて下さい。 危険過(きけんす)ぎます」

ギベオンが自分を差し置いて、魔物(まもの)に向かって言ったロナードに対し、不満(ふまん)そうに言うと、

「済まない」

ロナードは、申し訳なさそうに、ギベオンに(あやま)る。

(まった)く……。 そう言う所は、ノヴァハルト伯爵(はくしゃく)にそっくりですね」

ギベオンは、(あき)れた様な表情を浮かべつつ、深々と溜息(ためいき)を付いてロナードに言う。

(この人、兄弟が居るのか……)

アイクは、心の中で(つぶや)くと、(おもむろ)にロナードのへと目を向ける。

 そして、ロナードの兄弟は、一体どの様な人なのだろうかと、色々と想像(そうぞう)(めぐ)らせる。

「確かに。 普段(ふだん)は大人しいのに、そう言う所はやっぱり兄弟ね。 (りゅう)騎士(きし)の血が(さわ)ぐのかしら?」

ルチルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながらロナードに言うと、

防衛(ぼうえい)本能(ほんのう)と言ってくれ。 (おれ)血生臭(ちなまぐさ)い事が好きな訳じゃない」

ロナードは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、そう弁明(べんめい)する。

随分(ずいぶん)(まえ)に、自分に(から)んで来た兵士(へいし)たちを全員ボコボコにして、病院(びょういん)(おく)りにした(やつ)が良く言う」

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながらロナードに言うと、

「……(おれ)(おこ)らせる様な事をする(やつ)が悪い」

ロナードは、ムッとした表情を浮かべつつ、セネトに言い返す。

「ふふふ。 そう言う所は流石(さすが)だわ」

「あの時は、(あせ)りましたよ」

ロナードの反応(はんのう)を見て、ルチルとギベオンは声を上げながら笑っていると、不意(ふい)にセネトの腹が豪快(ごうかい)に音を立てた。

「はははは。 ホッとしたら腹が減った様だ」

セネトは、自分の腹を片手(かたて)で押さえつつ、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

「そう言えば、お食事がまだでしたね。 ()ぐに、別の部屋に用意させますので、(しばら)く、お待ち下さい。 流石(さすが)にここでは、食べる気にはなれませんでしょうから」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナード達にそう言った。

 伯爵(はくしゃく)の言う通り、部屋に乱入(らんにゅう)して来たダークエルフの死体(したい)彼等(かれら)の血が、(かべ)や床に飛び()っていて、テーブルに並べられていた料理も滅茶苦茶(めちゃくちゃ)だった。

 使用人(しようにん)たちが、ダークエルフ達の死体(したい)を気持ち悪そうな顔をして渋々(しぶしぶ)、片付けようとしており、彼等(かれら)が侵入した(まど)も、別の使用人(しようにん)たちが薄い木の板で(おお)い、(くぎ)を打ち付け、応急(おうきゅう)処置(しょち)をしている。

 これは、食事にあり付けるのには、時間が掛りそうである……。


 別の部屋に移動(いどう)すると、ロナード達は思い思いにソファーの上に腰を下ろした。

鉱山(こうざん)には、魔物(まもの)は現れないのか?」

セネトは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、サルヴェール伯爵(はくしゃく)にそう問い掛けると、

「ええ。 今のところは……。 ですが、鉱山(こうざん)まで来るのも時間の問題でしょう」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)は、不安そうな表情を浮かべ、セネトの問い掛けに答えた。

「この鉱山(こうざん)魔物(まもの)に乗っ取られ、閉山(へいざん)になる様な事があっては、国家(こっか)財政(ざいせい)深刻(しんこく)打撃(だげき)を受ける事になる。 それは、この町も同じだ。 何としても()けなくては」

セネトは、両腕(りょううで)を胸の前に組み、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちでそう言った。

「仰る通りです。 この町は鉱山(こうざん)(ざい)を成していますから。 閉山(へいざん)になれば収入源(しゅうにゅうげん)(うしな)い、人々は町から出て行ってしまうでしょう」

サルヴェール伯爵(はくしゃく)も、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで答える。

(ぼく)陛下(へいか)への報告(ほうこく)書に、鉱山(こうざん)警備(けいび)強化(きょうか)明記(めいき)しておこう。 そちらの方が、伯爵(はくしゃく)が国に掛け合うより、ずっと話が早く通る(はず)だ」

セネトは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、サルヴェール伯爵(はくしゃく)に言うと、

有難(ありがと)うございます殿下(でんか)。 少しでも、町の者たちの不安を取り(のぞ)く事が第一ですから、とても助かります」

彼は、ホッとした表情を浮かべそう言うと、深々と頭を()れる。

 そうしている間に、別の料理を用意していたのか、侍女(じじょ)たちが思いの(ほか)(はや)く、部屋に料理を運んで来た。

 そうして、セネトたちは少し遅い夕食にありつく事が出来たが……。

(あーっ! この川魚(かわざかな)、食べにくいな!)

セネトとサルヴェールの話を側で聞きながら、アイクはフォークとナイフを手に料理に出された川魚(かわざかな)格闘(かくとう)しており、イライラしながら心の中で呟く。

 そして、ふとテーブルを(はさ)んで自分の向かいに座っていたロナードへと目を向けると、自分が格闘(かくとう)している川魚(かわざかな)綺麗(きれい)に食べ終えて居たので、軽くショックを受けた。

(ホント何なんだろう。 この人……さっきの魔物(まもの)との(たたか)い振りと言い、この魚料理と言い! 何でも出来(でき)()ぎやしないか?)

アイクは、ロナードが(すず)しい顔をして食事をしているのを見て、心の中で(つぶや)く。

 セネトと共に、ロナードが食事をする姿は何度か見掛(みか)けていて、彼がとても綺麗(きれい)に食事をする事は知っているが、貴族(きぞく)令嬢(れいじょう)であると言うルチルよりも、彼の方がキチンと食事が出来(でき)ている事が、何だか笑えて来た。

「?」

ルチルもアイクと同じ様な事を思っているのか、ロナードに対して苛立(いらだ)った視線(しせん)を向けており、その事に気付いた彼は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

「このところ魔物(まもの)の数が増え、何処(どこ)地方(ちほう)の町も村も、この町と同じ様に魔物(まもの)被害(ひがい)(おび)え、切迫(せっぱく)した状況(じょうきょう)になっている。 どうしたものか……」

セネトは、食事もそこそこに、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ(つぶや)く。

「そもそも、最近(さいきん)魔物(まもの)増加(ぞうか)した要因(よういん)は何でしょうか。 このところの異常(いじょう)気象(きしょう)と、何か関係があるのか気になる所ですね」

ギベオンは食事をしていた手を止め、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

「……世界的に魔力(まりょく)循環(じゅんかん)(よど)んでいるのかもな……。 魔力(まりょく)は、この世界にとって血液(けつえき)の様なものだ。 魔力(まりょく)の流れが(よど)み、それが何処(どこ)か一点に集まると、人間の体と同じで異常(いじょう)が現れる。 それが、魔物(まもの)増加(ぞうか)巨大(きょだい)()凶悪化(きょうあくか)(つな)がるという説もある」

ロナードも食事の手を休め、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで、セネト()に語った。

「お前、本当に物知(ものし)りだな? 伊達(だて)に本ばかり読み(あさ)っている訳では無いな」

セネトは感心(かんしん)した様子(ようす)で、ロナードに言うと、

只単(ただたん)に、知識(ちしき)を得る事に貪欲(どんよく)なだけだ」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で答える。

「それで、その(よど)んで居る魔力(まりょく)正常(せいじょう)(もど)すには、どうしたら良い?」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでロナードに問いかける。

魔力(まりょく)()き出している場所を(ふさ)ぐか、()まっている魔力(まりょく)を放出するか……」

ロナードは、食事の手休めたまま、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、セネトに説明する。

(何だか、話が(むずか)しくなって来たな……)

二人のやり取りを聞いて居たアイクは、ゲンナリとした表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

「例えば?」

セネトはすっかり食事の手を止めて、熱心にロナードに問いかける。

噴出(ふきだ)している場所は封印(ふういん)すれば良い。 魔力(まりょく)()まりは結晶化(けっしょうか)して()(せき)になる。 定期的(ていきてき)()(せき)採掘(さいくつ)すれば良い。 ただ問題は、その周辺には凶悪(きょうあく)魔物(まもの)がつきものだと言う点だ」

ロナードも食事の手を休め、律儀(りちぎ)にセネトに説明をする。

(なる)(ほど)。 魔力(まりょく)()まりが結晶化(けっしょうか)したものが、『シード』になると言う訳か……」

セネトは、自分の(あご)の下に片手(かたて)()え、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「全部が全部、そうなるとは(かぎ)らないが、まあ、理屈的(りくつてき)にはそうるな」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で答える。

素晴(すば)らしい! お若いのに、これ(ほど)知識(ちしき)をお持ちとは! 殿下(でんか)(こん)約者(やくしゃ)に選ばれた理由が分かりました!」

彼等(かれら)のやり取りを聞いていたサルヴェール伯爵(はくしゃく)は、嬉々(きき)とした表情を浮かべ、ロナードを素直(すなお)称賛(しょうさん)する。

(確かに。 この人、ホントに何なんだ?)

アイクは(かん)(ぱつ)()かず、セネトの質問(しつもん)に、スラスラと答えるロナードに、思わず(した)を巻く。

(ロナード様は本当に色んな事を知ってるな……。 ランティアナに居た時も相当(そうとう)、勉強をしていたのだろう)

ギベオンも、ロナードに感心(かんしん)しながら心の中で(つぶや)く。

「ホント、貴方(あなた)何歳(なんさい)なのよ?」

ルチルは、自分を凌駕(りょうが)する知識(ちしき)をロナードが持っている事に、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、彼に問い掛ける。

「十七だが………」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら答える。

「それ、絶対(ぜったい)ウソよね? じゃ無きゃ、こんなに物知(ものし)りな訳が無いわ! (おどろ)かないから、本当の年を言いなさいよ!」

ルチルは思わず身を乗り出し、ロナードに向って人差(ひとさ)し指を突き付けながら言う。

失敬(しっけい)な」

ロナードがムッとした表情を浮かべながら言い返すと、そのやり取り見ていたアイクは可笑(おか)しくて思わず吹き出す。

「それは単純(たんじゅん)に、お前が剣術(けんじゅつ)などの鍛錬(たんれん)()てた時間を、ロナード様は知識(ちしき)を得る(ため)に充てていただけの(ちが)いだと思うぞ」

ギベオンが、(あき)れた表情を浮かべながら、落ち着いた口調(くちょう)でルチルにそう指摘(してき)すると、

「あ、そう言う事……」

ルチルは、ギベオンの説明に納得(なっとく)した様で、思わずそう(つぶや)いた。

(まった)く。 (おれ)を何だと思っているんだ……」

ロナードは、軽く溜息(ためいき)を付くと、(あき)れた表情を浮かべながらルチルに言う。

「まあ、ルオンから帝国(ていこく)(もど)る間、ハニエルに色々と教えて(もら)ったのもあるだろう。 実際(じっさい)、ハニエルの話はとても興味深(きょうみぶか)かったし、(ため)になる事も多かったからな」

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

「あははは。 ごめ~ん」

ルチルは、ムッとした居るロナードに向って、苦笑(にがわら)()じりにそう言って(あやま)った。

 

 同じ(ころ)、セネトに留守(るす)(ばん)を任されて居るルフトとエルフリーデは……。

(うーん……。 ユリアスが居ないから、流石(さすが)に悪さをする人は見付からないと思うケド……)

ルフトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつ、そんな事を思いながら廊下(ろうか)を歩いて居ると、

「あら。 ルフト」

向こうから、彼の婚約者(こんやくしゃ)であるエルフリーデが、(むか)えに来た彼女の自宅(じたく)兵士(へいし)と共にやって来るのが見えた。

 どうやら、宮廷(きゅうてい)魔術(まじゅつ)()の仕事を終え、自宅(じたく)へに(もど)途中(とちゅう)の様だ。

「ああ。 エフィ。 今、帰りなの?」

ルフトは素っ気ない口調(くちょう)で、エルフリーデにそう言った。

(まった)くよ。 (だれ)かが、殿下(でんか)視察(しさつ)に行ってるものだから、仕事の効率(こうりつ)が悪くて(かな)いませんわ」

エルフリーデは、はあと溜息(ためいき)を付いてから、片手(かたて)で自分の長い髪を払いながら、ルフトに愚痴(ぐち)った。

(ユリアス早く帰って来なさいよね。 ルフトだけでは、仕事が上手(うま)く回らないわ)

エルフリーは、心の中でそう(つぶや)くと、溜息(ためいき)を付いた。

仕方(しかた)ないよ。 ユリアスもこの最近の(いや)がらせに、かなり(まい)っていたし……。 息抜(いきぬ)きは(だれ)でも必要な事だよ」

ルフトは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、エルフリーデに言った。

「そう。 それよ! (いく)ら気に入らないからと言って、チェストの中に(ねずみ)死骸(しがい)を入れたり、布団(ふとん)の下に大量の女の髪の毛を()()めたり、あんな陰湿(いんしつ)な事をするなんて、とんだ卑怯者(ひきょうもの)ですわ!」

エルフリーデは、強い口調(くちょう)でそう言うと、憤慨(ふんがい)する。

(ホント、マジでムカつく! ユリアスが何て事して言うのよ! 犯人(はんにん)を見付けたら、ギッタギッタのボッコボコにしてやるんだから!)

エルフリーデは、心の中でそう(つぶや)くと、(いか)りのオーラを(みなぎ)らせる。

「あれ? エフィ、ユリアスの事は(きら)いなんじゃ?」

ルフトは意地悪(いじわる)な顔をして、エルフリーデに言うと、

「き、き、(きら)いとは言った(おぼ)えは無くってよ。 (いく)ら気に入らない相手(あいて)でも、(わたくし)は、仕事が出来(でき)る者は、ちゃんと評価(ひょうか)するだけの度量(どりょう)はあるつもりよ」

彼女は()(くさ)そうに言い返した後、ニヤニヤと笑っているルフトに対し、エルフリーデはムッとした表情を浮かべる。

「そうだったんだ。 気に入らないだけだったんだ……」

ルフトは、ニヤニヤと笑ったまま、エルフリーデに言った。

得体(えたい)の知れない人がサリア様や殿下(でんか)に近づいたら、(だれ)だって不快(ふかい)に思いますわよ」

エルフリーデは、ムッとした表情を浮かべたまま、セネトにそう言い返す。

「で、少しは気に入ったの?」

ルフトは、意地悪(いじわる)な顔をして、エルフリーデに問い掛ける。

「ま、まあ……仕事に関しては文句(もんく)はありませんわ。 (あた)えられた仕事はしっかりこなしてくれますし……。 仕事も丁寧(ていねい)で早いですし……」

エルフリーデは、(えら)そうに自分の髪を片手(かたて)で払いつつ、ちょっと()(くさ)そうに、口籠(くちごも)らせながら答えた。

「ふーん」

ルフトは、ニヤニヤしながらそう言った。

「ま、まあ……。 悪い人でも無いですし、殿下(でんか)のお側に居る事は、(みと)めて差し上げても良くってよ」

エルフリーデは、軽く咳払(せきばら)いをしてから、()(くさ)そうに言った。

「そっか。 それは良かった。 エフィに(きら)われているんじゃないかって、ユリアス気にしてたからね」

ルフトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、エルフリーデに言った。

「彼がどんな人間か見極(みきわ)める(ため)距離(きょり)を取っていただけで、決して(きら)って居る訳では無くってよ」

エルフリーデは、()(くさ)そうにしながら、言い返す。

(まさかユリアスが、(わたくし)(きら)われているのではないかと気にしていたなんて……。 ちょっとキツくし過ぎたかしら……)

エルフリーデは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、心の中で(つぶや)いた。

「はいはい」

ルフトは、エルフリーデの言動(げんどう)苦笑(にがわら)いを浮かべながら、適当(てきとう)に返事をする。

「それにしても、(だれ)が……」

エルフリーデがそう言って居ると、ルフトから少し(はな)れた廊下(ろうか)で、何か黒い服の様な物を持って、何処(どこ)か落ち着かない様子(ようす)周囲(しゅうい)を見回している、如何(いか)にも(あや)し気な侍女(じじょ)が目に付いた。

(あの侍女(じじょ)……何をしてるの?)

エルフリーデは、(あや)し気な侍女(じじょ)の事が気になり、心の中でそう(つぶや)くと、その侍女(じじょ)(ぎょう)()する。

「エフィ?」

ルフトは、何か言い掛けて、自分の背後(はいご)へ目を向けたまま、(だま)ってしまったエルフリーデを不思議(ふしぎ)そうな顔をして声を掛ける。

「ねぇ。 ルフト。 あれは何?」

エルフリーデは、(おもむろ)にルフトの背後(はいご)指差(ゆびさ)しながら、彼にそう問い掛ける。

「えっ?」

ルフトは戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、彼女が指差(ゆびさ)す方へと振り返ると、そこには紺色(こんいろ)基調(きちょう)とした、黒い縁取(ふちど)りと、(そで)(ぐち)などに銀色(ぎんいろ)の糸で刺繍(ししゅう)(ほどこ)されたローブを持った若い侍女(じじょ)が、周囲(しゅうい)の目を気にしながら、こそこそと何処(どこ)かへ行こうとしていた。

 ルフトは、あのローブの持ち(ぬし)心当(こころあ)たりがあった。

「あれって確か……ユリアスのローブじゃない?」

ルフトは徐に、そのローブがロナードが着ている物とそっくりである事を思い出し、エルフリーデに言うと、

(やっぱりそうよね! でも、あんな女、見た事が無いわ!)

エルフリーデは、表情を(けわ)しくして、心の中で(つぶや)くと、

「あの者は、ここの(みや)の者ではないのではなくって?」

エルフリーデは、セネトたちが住まう(みや)では見た事が無い侍女(じじょ)に、思い切り(まゆ)(ひそ)め、ルフトに言った。

「確かに! 見た事無い!」

ルフトは表情を(けわ)しくして、エルフリーデに言い返すと、(あわ)てた様子(ようす)(きびす)を返した。

「どうするの? ルフト。」

エルフリーデは(きびす)を返し、自分に背を向けたルフトに問い掛ける。

「追い駆けて、何をするのか確かめようと思う」

ルフトは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、エルフリーデに言うと、ダッとその場から駆け出した。

「待って! (わたくし)も!」

それを見て、エルフリーデもそう言いながら、彼の後を追い駆ける。

「お(じょう)(さま)っ!」

エルフリーデが、ルフトの後を追い駆けて行ったので、彼女の自宅(じたく)から(むか)えに来ていたの兵士(へいし)の一人が(あわ)てて、彼女を呼び止めようとすると、

「しっ! 静かになさい!」

彼女は振り向きざまに、人差(ひとさ)し指を自分の鼻の前に持って来て、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで兵士(へいし)にそう一喝(いっかつ)すると、先に駆け出したルフトを見失(みうしな)わない様に、急いで後を追い駆けるので、兵士(へいし)たちも(あわ)てて彼女の後を追う。


「……何をしている?」

ギベオンは(あき)れた表情を浮かべ、部屋の入口に、兵士(へいし)たちに命じて何故(なぜ)か、椅子(いす)やテーブルなどを置いている理由を近くに居た兵士(へいし)に問い掛ける。

魔物(まもの)が……部屋に入らない様に……です」

ルチルの命を受け、重そうソファーを持ち上げながら、兵士(へいし)がそう言い返した。

「そんな事をしたら、魔物(まもの)がこの屋敷(やしき)に火を放ったら、そこから逃げ出す事が出来(でき)なくなるぞ。 (まど)から飛び降りる気か?」

ロナードは、ベッドの上に胡坐(あぐら)をかき、先程(さきほど)魔物(まもの)を切ったからか、剣の手入れをしながら、兵士(へいし)にそう言った。

「確かにそうね……」

ロナードにそう指摘(してき)され、ルチルはそう呟いた。

「ならば、(まど)の方を……」

ルチルは、兵士(へいし)にそう指示(しじ)を出すと、それを見たロナードは軽く溜息(ためいき)を付き、

「……ここは二階だ。 どうやって魔物(まもの)が入って来るんだ?」

(あき)れた表情を浮かべ、ルチルに言うと、

「なら、どうすれば良いのよ! 外には、魔物(まもの)がウジャウジャ居るのよ!」

ルチルは、表情を引き攣らせ、ロナードに問いかけると、

「……とにかく、それらを元にあった場所に(もど)せ」

ロナードは、(あき)れた表情を浮かべ、溜息(ためいき)()じりに、魔物(まもの)(おび)えているルチルに言った。

「心配しなくても、剣の手入れが終わったら、(おれ)が、魔物(まもの)がこの屋敷(やしき)の中へ入れない様に結界(けっかい)を張る」

不満(ふまん)そうな顔をして、自分を見ているルチルに、ロナードは淡々とした口調(くちょう)で答えた。

結界(けっかい)って……。 貴方(あなた)そんな道具、持って来ているの?」

ルチルは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードに問いかける。

「その位の道具を(つね)に持ち歩くのは、魔術(まじゅつ)師として当然(とうぜん)だ。 ましてや、魔物(まもの)と遭遇する可能性(かのうせい)がある帝都(ていと)の外に出るのに、それ()を持って行かない方が馬鹿(ばか)だろ。 旅の必須(ひっす)道具(アイテム)だぞ」

ロナードは剣を(かざ)し、曇り具合を確かめつつ、淡々とした口調(くちょう)で答えた。

流石(さすが)

アイクはもうロナードに対して、それしか言葉が出なかった。

「大体、魔物(まもの)(おそ)れ過ぎだ。 ルチル。 見た目こそアレだが、頭の方は大抵(たいてい)(やつ)は人間の子供(こども)以下だぞ。 普段(ふだん)、人間を相手(あいて)にしているお前が、魔物(まもの)に引けをとるとは思えないが」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、極端(きょくたん)魔物(まもの)(こわ)がっているルチルに言った。

「だって気持ち悪いでしょ! あんな悪魔(あくま)の様な顔をしたのが、ヒョコヒョコ歩いて来るとか……」

ルチルは、(はん)()きになりながら、強い口調(くちょう)でロナードに抗議(こうぎ)する。

「心配しなくても、その(うち)()れる」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、不安そうにしているルチルにアドバイスをする。

「な、()れたくないわよ! あんなのを見ても、貴方(あなた)みたいにバッサバッサと切り捨てる様には!」

ルチルは(あせ)りの表情を浮かべ、強い口調(くちょう)で言い返す。

「始めは(おれ)もそう思って居たが、人と言うのは、大抵(たいてい)の事は()れてしまうモノらしい」

ロナードは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ルチルに言い返した。


 不審(ふしん)侍女(じじょ)を見付けたルフトとエルフリーデは、相手(あいて)に気付かれぬ様、一定(いってい)距離(きょり)を保ちつつ、相手(あいて)見失(みうしな)わない様に、(はしら)(かげ)などに身を(かく)し、追跡(ついせき)を続けていた。

 (あや)しげな侍女(じじょ)は、(いそが)しく周囲(しゅうい)を見回してから、侍女(じじょ)たちが使う裏庭(うらにわ)へと続く(かっ)手口(てぐち)の木の(とびら)を開けると、(いそ)いで外側から(とびら)を閉めた。

 ルフトは急いで、木の(とびら)を開き、(あや)しげな侍女(じじょ)がどちらへ向かったかを確認する。

 彼女は裏庭(うらにわ)(さら)に奥、今は使われていない()井戸(いど)がある方へと走って行くのが見えた。

「エフィ。 こっち。 こっち」

自分の後から来ていたエルフリーデに、小声でそう声を掛けながら、護衛(ごえい)兵士(へいし)を引き連れて来ている事を確認すると、(いそ)いで(あや)しげな侍女(じじょ)の後を追う。

 ()井戸(いど)の方へ進むと、周囲(しゅうい)には近付かない様にしてあった、朽ちた木の(さく)などが転がり、草も生い茂り、手入れが行き届いていない(ため)、ルフトは慎重(しんちょう)に草を()き分けつつ、前に進む……。

 丁度、枯れ井戸(いど)裏手(うらて)の突き当たり、人目を()ける様にして、先程(さきほど)侍女(じじょ)(うずくま)って、何かをしているのを見付けた。

 彼女は、不気味(ぶきみ)な言葉を口遊(くちずさ)みながら、持っていたローブを井戸(いど)の水を()み上げる(ため)の木の(おけ)の中に入れた。

 そして、木の(ぼう)でそれを()き混ぜながら、ブツブツと不気味(ぶきみ)な、呪文(じゅもん)の様な言葉を熱心に口遊(くちずさ)んでいる。

(これは、呪詛(じゅそ)だわ!)

エルフリーデは、表情を(けわ)しくし、心の中で(つぶや)いた。

 その時、先頭を行っていたルフトがうっかり、(ころ)がっていた(くさ)った木の(さく)()み付けてしまい、それが折れる音が辺りに(ひび)いた。

(お馬鹿(ばか)っ!)

相手(あいて)の動きに気を取られ、足元を良く見ないで進んだルフトに対し、エルフリーデは心の中で叫んだ。

(だれ)?」

(あや)しげな侍女(じじょ)は、警戒(けいかい)(しん)に満ちた声を上げ、勢い良くルフト()の方へと振り返った。

 彼女は、何処(どこ)から(つか)まえて来たのか、腹を()かれた黒猫(くろねこ)の頭を(つか)んでおり、その(ねこ)死体(したい)からは、血が(したた)り落ちており、もう片方(かたほう)の手には、猫の腹を裂いたと思われる、血の付いたナイフが(にぎ)られて居た。

「ひっ……」

ルフトは、その異様(いよう)光景(こうけい)に、恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせ、情けない声を上げ、思わず、二、三歩ほど後退(あとずさ)りをした。

(あの(ねこ)……ユリアスが世話(せわ)をしていた母猫(ははねこ)!)

変わり()てた姿の(ねこ)を見てエルフリーデは、強い(いきどお)りを覚える。

「あら。 これはこれは、宮廷(きゅうてい)魔術(まじゅつ)()のお二人ではありませんか」

怪しげな侍女(じじょ)は、不気味(ぶきみ)な笑みを(たた)え、ルフトたちに向かってそう言いながら、ゆっくりと近付いて来た。

「ルフト!」

後ろに居たエルフリーデは、とっさに危険(きけん)察知(さっち)し、そう叫びながら、ルフトを乱暴(らんぼう)に横に押し退けると、とっさに片方(かたほう)(てのひら)を、(あや)しげな侍女(じじょ)に向けた。

 すると、彼女の足元から、禍々しく黒い(うず)が現れて、(とげ)の様に鋭く(とが)った物に形を変えると、それが弾丸(だんがん)の様に容赦(ようしゃ)なく、ルフトたちに向かって飛んで来た。

「くっ!」

エルフリーデは、表情を(けわ)しくし、(てのひら)相手(あいて)に向けたまま、土の(かべ)を作ると、飛んで来た黒い(とげ)の様な物を(はじ)いた。

「あら。 やるじゃない。 お姫様」

(あや)しげな侍女(じじょ)は、エルフリーデを挑発(ちょうはつ)するかのように、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言った。

「でも、もう手遅(ておく)れよ」

彼女はそう言うと、手にしていた(ねこ)死骸(しがい)をポイとその辺に投げ捨て、木の枝で(おもむろ)に、(おけ)の中に(しず)んでいた、ロナードが着ていたローブを(すく)い上げてみせた。

 紺色(こんいろ)だったローブは、どす黒い色に変化(へんか)しており、良く見ると彼女の足元には、黒猫(くろねこ)以外にも、(からす)死骸(しがい)数羽(すうわ)(ころ)がっていた。

「何で、こんな事を? ユリアスになんの(うら)みがあるの?」

ルフトは、相手(あいて)異様(いよう)な空気に恐怖(きょうふ)(しん)を覚えつつも、ゆっくりと立ち上がりながら、彼女に問い掛ける。

「『なんで』ですって? そんな事、(やと)われた(わたし)が知る訳が無いでしょ」

(あや)しげな侍女(じじょ)は、不気味(ぶきみ)な笑みを浮かべながら、ルフトたちを挑発(ちょうはつ)する様に言った。

「なっ……」

彼女の言葉を聞いて、ルフトは戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

(わたし)は、金さえ(もら)えればそれで良いの。 (やと)(ぬし)(だれ)だろうと、そんな事は気にしないわ」

(あや)しげな侍女(じじょ)は、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言う。

(お金の(ため)に、見ず知らずの相手(あいて)に、(のろ)いを掛けたって言うの?)

エルフリーデは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)く。

「長い時間を掛けて(だれ)にも気付かれず、ゆっくり確実に、藻掻(もが)き苦しみながら地獄(じごく)へ落ちていく様は、何時(いつ)見ても(たま)らないのよ」

彼女は、(ほお)紅潮(こうちょう)させ、ウットリとした様子(ようす)で語る。

(ヤバイ! コイツ完全に頭がイカレてるわ!)

それを見たエルフリーデは、心の中で叫ぶと、表情を(けわ)しくした。

「そうやって(みな)、死ねば良いのよ♥」

(あや)しげな侍女(じじょ)は、不気味(ぶきみ)な笑みを浮かべると、先程(さきほど)の術を繰り出そうとした次の瞬間(しゅんかん)、ルフトらの背後(はいご)から、勢い良く投げナイフと思われる物が、彼女の肩に突き()さり、その後、両方の(ふと)(もも)にも次々と突き()さると、彼女は(うめ)き声を上げて、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。

大丈夫(だいじょうぶ)ですか?」

何が起きたか分からず、呆然(ぼうぜん)としているルフトに向かって、不意(ふい)に若い男の声がしたので、彼等(かれら)(おどろ)いて振り返った。

 どう言う訳か、数本の投げナイフを手にしたシリウスが、(けわ)しい表情を浮かべて立っていていて、その(かたわ)らにはハニエルも居た。

 突然(とつぜん)、二人が乱入(らんにゅう)して来た事に、近くに居たエルフリーデを(むか)えに来ていた兵士(へいし)たちも(おどろ)いて、彼等(かれら)を見ている。

「ノヴァハルト伯爵(はくしゃく)?」

エルフリーデは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、自分の背後(はいご)に立っているシリウスの名を(つぶや)く。

「助かったよ。 レオン」

ルフトは、額に浮かんだ冷や汗を手の甲で拭いつつ、ホッとした表情を浮かべながら、自分たちを助けてくれたシリウスに(れい)()べる。

「うふふふ。 ふふふふ……」

護衛(ごえい)兵士(へいし)に、手荒(てあら)く立ち上がらせられながら、肩にシリウスが投げ付けたナイフが刺さった格好(かっこう)のまま、(あや)しげな侍女(じじょ)不気味(ぶきみ)な笑い声を上げる。

(こわっ!)

ルフトは、不気味(ぶきみ)な笑い声を上げている侍女(じじょ)を見ながら、心の中でそう(つぶや)くとドン引きする。

「もう(おそ)いわよ。 (じき)にアイツも地獄(じごく)に落ちるわ!」

怪しげな侍女(じじょ)は、勝ち(ほこ)った様な笑みを浮かべ、ルフトたちに向かって言った。

 彼女の不気味(ぶきみ)な笑いと、(のろ)いの様な不気味(ぶきみ)な言葉を聞いて、ルフトとエルフリーデの顔から、サーッと血の気が引いた。


 その日の夕方、ロナードは安全を確保(かくほ)する(ため)滞在(たいざい)して居るサルヴェール伯爵(はくしゃく)屋敷(やしき)周囲(しゅうい)結界(けっかい)()準備(じゅんび)を始めた。

 やはり、荒涼(こうりょう)とした土地の鉱山(こうざん)なので、日中は暑く、日が(しず)むと一気に冷えはじめる。

(うううっ……。 さむっ……)

ロナードの護衛(ごえい)の為に同行(どうこう)しているアイクは、心の中でそう(つぶや)きながら、寒さに()えかねて思わず、自分の手足を(さす)る。

(さむ)くはないですか?」

アイクが(おもむろ)にロナードに問い掛ける。

(おれ)は元々、寒い土地に滞在(たいざい)して居た事が多かったから、少し位の寒さはどうと言う事は無い」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で返した。

「あの……。 少し、(よろ)しいかしら?」

ルネッタが護衛(ごえい)も付けずに一人で現れて、(おもむろ)にロナード達に声を掛けて来たので、アイクは何時(いつ)もの(くせ)で、思わず表情を(けわ)しくして、ロナードを背中で(かば)う様にして、ルネッタの前に立つ。

「何でしょうか?」

ロナードに同行(どうこう)していたルチルが、落ち着いた口調(くちょう)で彼女に問い返すと、

「実は……魔術(まじゅつ)()さまにお見せしたい物がありますの」

ルネッタはそう言うと、ニッコリと笑みを浮かべる。

作業(さぎょう)が終わってからでは、駄目(だめ)か?」

ロナードは、五月蠅(うるさ)そうな表情を浮かべ、彼女にそう問い掛けると、

「お見せしたい物と言うのは鉱山(こうざん)にありまして……。 とても不気味(ぶきみ)な石なのです。 夫は騎士欲が悪いので破壊(はかい)するつもりの様ですが……。 その様な事をして本当に問題が無いのか気になりまして……。 (いそ)がないと、夫がそれを破壊(はかい)してしまいます。 ですから、一刻(いっこく)も早く見て(いただ)きたいのです」

ルネッタは、不安に満ちた表情を浮かべながら、ロナードにそう説明する。

「……分りました。ご一緒(いっしょ)しましょう」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう言い返した。

「えっ。 今から行くの? 結界(けっかい)は?」

ルチルは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードに問いかける。

()ぐ近くですので。 結界(けっかい)(もど)ってからでも(よろ)しいかと」

ルネッタは落ち着き払った口調(くちょう)で、ロナード達に言った。

「なら、オレも一緒(いっしょ)に」

アイクは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでロナードに言った。

「心配ないわ。 鉱山(こうざん)へは(わたし)とロナードが行くから、貴方(あなた)屋敷(やしき)にいるギベオンにに報告をして」

ルチルが、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでアイクに言うと、

「いや、でも……。 (あるじ)を守るのがオレの役目(やくめ)ですし……」

アイクは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ルチルに言い返すと、

貴方(あなた)は、(ほか)兵士(へいし)(ちが)って魔物(まもの)を前にしても平気(へいき)そうだから、魔物(まもの)屋敷(やしき)(おそ)っても冷静(れいせい)対処(たいしょ)出来(でき)るでしょ?」

ルチルは、落ち着いた口調(くちょう)でそう言うと、

「それは……そうですけど……」

アイクは、戸惑(とまど)い表情を浮かべながら言う。

随分(ずいぶん)面白(おもしろ)そうな話をしているじゃないか」

不意(ふい)背後(はいご)からセネトの声がしたのでアイクたちは(おどろ)いて、一斉(いっせい)に彼女の方へと振り返った。

殿下(でんか)!」

「何でここに居るのよ! (あぶ)ないでしょ!」

アイクとルチルが思わず表情を(けわ)しくし、護衛(ごえい)も付けずに一人でやって来たセネトに強い口調(くちょう)で言う。

屋敷(やしき)に居ても、する事が無かったかな。 (ひま)だから来てみた」

セネトは、反省(はんせい)する様子(ようす)も無く、(なに)()わぬ顔をして(おこ)っている二人に向かって言う。

貴女(あなた)ね!」

ルチルが、苛立(いらだ)った口調(くちょう)で言う。

鉱山(こうざん)興味(きょうみ)があったんだ。 丁度(ちょうど)()い。 (ぼく)一緒(いっしょ)に行く」

ルチルの声を無視(むし)して、セネトはルネッタに向かって言うと、彼女は戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

「良い訳ないでしょ!」

ルチルが(さら)に怒り、声を(あら)らげてセネトに言う。

「安全なのだろう?」

セネトは、落ち着き払った口調(くちょう)でルネッタに問い掛けると、彼女は一瞬(いっしゅん)たじろいだが、()ぐにニッコリと笑みを浮かべ、

勿論(もちろん)です」

そう返した。

「だったら、何の問題も無いじゃないか」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)で、(いきどお)っているルチルに言う。

「時間が()しいんだが?」

ロナードか、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うので、

仕方(しかた)が無いわね……」

ルチルは、片手(かたて)(ひたい)()え、深々と溜息(ためいき)を付いてから、

貴方(あなた)たちは、ロナードが(もど)次第(しだい)()ぐに結界(けっかい)を張れる様に、先程(さきほど)言われた事をしておいて」

ルチルは、近くに居た兵士(へいし)たちにそう命じてから、

「セティたちには、(わたし)が付いて行くわ」

落ち着いた口調(くちょう)で、そう付け加えた。

 こうして三人は、サルヴェール伯爵(はくしゃく)夫人(ふじん)ルネッタの案内で、『不思議(ふしぎ)な石』がある場所へと向かう事になり、山の方へと向かって歩き出した。


(あらた)めて見ると、やはりかなり大きな山だな。 この山全体が鉱山(こうざん)なのか?」

セネトは、ルネッタに案内され、山の方へと歩きつつ、ガルディア鉱山(こうざん)を見上げながら、彼女に問い掛ける。

「この山だけではありませんわ。 鉱脈(こうみゃく)(あみ)の目の様にありますの。 この町の地下も(ほとん)どが空洞(くうどう)です。 入り口も(いく)つもありますし、中は迷路(めいろ)の様になっておりますので、(わたくし)にしっかり付いて来られないと、迷子(まいご)になりますわよ」

ルネッタはそう言うと、山の裏手(うらて)の方へと向かう。

 今日の操業(そうぎょう)時間(じかん)が終わっているのか、鉱山(こうざん)周囲(しゅうい)には、鉱夫(こうふ)彼等(かれら)監視(かんし)する者の姿はなく、静まりかえっていた。

 町では(いそが)しそうに、女たちが夕食の準備(じゅんび)などに追われ、男たちは酒場(さかば)(つど)い、酒を片手(かたて)に一日の(つか)れをとるつもりの様だ。

 一時間ほど山の方へと進むと、やがて山の裏にぽっかりと、洞窟(どうくつ)の様に坑道(こうどう)への入り口があった。

 ルネッタは、慣れた手付きで、カンテラに明かりを灯し、(じょう)が掛けてあった入り口の(さく)を開ける。

 鉱山(こうざん)の中は、思ったよりも広く、荷車(にぐるま)が通れる(ほど)の広さがあった。

 中は薄暗(うすぐら)く、何処(どこ)からか湿(しめ)った空気が(ただよ)って来た。

 年中を通して、鉱山(こうざん)の中の温度は一定(いってい)なので、日が(しず)み掛けている今は、外よりも鉱山(こうざん)の中の方が暖かい。

「暗いわね……」

ルチルが、不安そうな顔をして(つぶや)くと、

「明かりが一つでは足りない様ですね。 (わたくし)、持って参りますわ。 ここは一本道ですので、どうぞ先をお進みください」

ルネッタはそう言うと、自分の後に続いて歩いて来ていたロナードにカンテラを手渡し、他にカンテラが無いか探しに、坑道(こうどう)の外へと足早(あしばや)に出て行った。

「どうする?」

ロナードが、後ろから来ていたセネト達にそう問い掛けると、

「一本道ならば(まよ)う心配も無いだろう。 先へ行こう」

セネトは、落ち着き払った口調(くちょう)でロナードに言った。

「では、(おれ)が先を行こう。 ルチルは最後(さいこう)()を」

ロナードはカンテラを片手(かたて)に、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、暗い所が苦手(にがて)なルチルは、素直(すなお)(うなず)き返した。

 (しばら)く、坑道(こうどう)を進んでいた三人だったが……。

「ん?」

そう言って、先頭を行っていたロナードが、(おもむろ)に足を止める。

「どうした?」

後から来て居いたセネトが、彼にそう問い掛けると、

「何か居る」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)でそう言いながら、天井(てんじょう)の方を指差(ゆびさ)す。

 彼の言う通り、何か黒いものが無数(むすう)(うごめ)いている……。

「な、何だ?」

セネトが、眉間(みけん)(しわ)を寄せてそう(つぶや)くと、暗闇(くらやみ)の中に、(いく)つもの赤い小さな光が、点々と現れる。

「きゃあっ!」

それを見て、ルチルが悲鳴(ひめい)を上げると、彼女の声に反応(はんのう)してバサバサバサと何かが、無数(むすう)に羽ばたく音がして、天井(てんじょう)に居た『何か』が、一斉(いっせい)にこちらへ飛んで来た。

「うわっ!」

「うっぷ」

それらが、顔に向かって来た、セネトとロナードはそう言いながら、(あわ)てて両手で飛んで来たものを手で(はら)う。

 手などに()れた時の感触(かんしょく)や大きさ、その独特(どくとく)の鳴き声などから、ロナードとセネトは直ぐに自分たちに向かって飛んで来たのは、蝙蝠(こうもり)だと気付く。

「いやぁ―――っ!」

ルチルは半泣(はんな)きになり、すっかり混乱(こんらん)して、そう叫びながら物凄(ものすご)い勢いで、坑道(こうどう)の奥へと走って行った。

「おい! (あぶ)ないぞ!」

勢い良く奥へと駆け出して行ったルチルに向かって、(あわ)ててロナードは叫ぶが、何処(どこ)まで逃げたのか分らず、返事が無い。

(まった)く……相変(あいか)わらず(こわ)がりだな」

セネトは、(あき)れた表情を浮かべ言うと軽く溜息(ためいき)を付くが、そう言っている彼女も何気にロナードの腕を(つか)んでいる。

「……仕方(しかた)がない。 ルチルを(さが)そう」

ロナードはセネトの手を取り、落ち着いた口調(くちょう)でそう言うと、ルチルが走って行った方へと向かう。

「ルチルの(やつ)(くら)い所が苦手(にがて)なのに、何で(ぼく)たちに付いて来たんだ……」

セネトが歩きながら、そうぼやいた。

「こんなに(くら)いとは、思わなかったんだろう」

ロナードは先を行きながら、苦笑(にがわら)()じりにそう返す。

 (やみ)の中、カンテラの(ほの)かな明かりを頼りに(かべ)(づた)いに先へ進んで行くと、(しばら)くして、自分たちの前に、何かが(うずくま)っているのが見えた。

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

ロナードがそう言って、(うずくま)っていたルチルの肩にポンと手を置くと、

「きゃああっ!」

彼女は悲鳴(ひめい)を上げ、身を飛び上がらせて(おどろ)き、自分の肩に手を置いていたロナードを思い切り、両手で突き飛ばした。

 ロナードは思い掛けぬデカイ声と、彼女に突き飛ばされた反動(はんどう)で、(おどろ)いた顔をして、その場に尻餅(しりもち)を付く。

「しっかりしろ! ルチル。 僕達(ぼくたち)だ!」

セネトはそう言うと、身を(かが)めて小刻(こきざ)みに震えて居るルチルの側へ駆け寄る。

「な、なんだ……。 (おどろ)かさないで頂戴(ちょうだい)……」

カンテラの明かりに()らされた、ロナードとセネトの顔を見て、ルチルは安堵(あんど)の声を()らしながら言った。

「……お前が、勝手に(おどろ)いているだけだろ」

ロナードは、(あき)れた表情を浮かべ、ルチルにそう言い返すと、(しり)に付いた(どろ)を手で払いながら、立ち上がる。

「なんですって?」

ルチルが気恥(きは)ずかしそうに顔を真っ赤にしつつ、(おこ)って、ロナードにそう言い返した時、自分たちが入って来た、坑道(こうどう)の入り口の方から、何か聞こえた。

「今、何か聞こえなかったか?」

セネトがそう(つぶや)くと、突然(とつぜん)、ドーンという腹の底まで(ひび)く様な、物凄(ものすご)轟音(ごうおん)が、入り口の方から(ひび)いてきて、坑内(こうない)が大きく()らいだ。

「な、なんだ?」

ロナードが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、辺りを見回して居ると、続けざまにまた、何かが爆発(ばくはつ)する音がして、坑内(こうない)が大きく()らいだ。

 やがて、直ぐ近くで、今まで以上に大きな音がして、今まで以上に坑内(こうない)が大きく()らぎ、入り口の方から、物凄(ものすご)い量の土煙(つちけむり)がこちらへ吹き込んで来た。

 そして、何かが(くず)れ落ちる様な音が(ひび)いて来て、ドミノ倒し様に、坑道(こうどう)天井(てんじょう)(くず)れ落ちて来た。

()げろ!」

ロナードの叫び声が坑内(こうない)に響き、三人は夢中で、坑道(こうどう)の更に奥へと逃げた。

「行き止まりだわ!」

前を走っていたルチルが、後ろから来ていたロナード達に向かって叫ぶ。

「なにっ!」

ロナードがそう言って、思わず立ち止まると、また近くで(ばく)発音(はつおん)がし、坑道(こうどう)が大きく()れた。

ロナードは、その音に(おどろ)いて、後ろを振り返ると、ガラガラと天井(てんじょう)が音を立てて、崩れ始めた。

(あぶ)ない!」

ルチルの切迫(せっぱく)した声が、坑内(こうない)(ひび)(わた)る。


「ロナード! ロナード! しっかりして!」

ロナードはそう声を掛けられ、体を強く()さぶられると、意識を取り戻した。

「うっ……」

そして(おもむろ)に起き上がろうとして、右の肩に(いた)みを覚え、思わず声を上げる。

どうやら、崩れ落ちて来た天井(てんじょう)が、落ちて来た瞬間(しゅんかん)(だれ)かに付き飛ばされた時に、(かた)い地面に肩をぶつけた様だ。

「セネトは?」

ロナードは、天井(てんじょう)が崩れ落ちる間際(まぎわ)、自分を前へと突き飛ばした、セネトの事を思い出し、そう言って身を起こす。

 だが、周囲(しゅうい)はカンテラの明かり以外、暗闇(くらやみ)支配(しはい)している空間……。

「セネト! 何処(どこ)だ? 返事をしろ!」

ロナードは、痛む肩に手を添えつつ、必死(ひっし)にセネトの名を叫んだ。

「……だ」

自分たちの前方の何処(どこ)からか、(かす)かに声がして来た。

「セネト?」

ロナードはそう言うと、自分の側に(ころ)がっていたカンテラを手に取ると、声がした方へと明かりを向ける。

 ロナード達が入って来た方は天井(てんじょう)が崩れ落ち、大きな岩の(かたまり)が、(いく)つも積み重なり、出口は完全に(ふさ)がれていた。

「……だ。 こっち……」

(かす)れた声が聞こえ、ロナードは声のした辺りを()らす。

「セティっ!」

セネトは逃げ(そこ)なったのか、(りょう)(ひざ)より下が(くず)れ落ちて来た天井(てんじょう)下敷(したじ)きになっており、それを見たルチルが自分の口元を両手で(おお)い、顔を引き()らせ、悲鳴(ひめい)に近い声を上げる。

「待っていろ! 今、()ける!」

ロナードは(たちま)ち顔を青くして、(あわ)てふためきながらそう叫ぶと、セネトの上にかぶさっていた岩を持ち上げようと、岩に手を掛ける。

無理(むり)だろ……流石(さすが)に……」

セネトは苦笑(にがわら)いを浮かべ、(かす)れた声で、歯を食いしばり、懸命(けんめい)に岩を退()けようとしているロナードに言った。

「何か、丈夫(じょうぶ)丸太(まるた)の様な物は無いか?」

ロナードは(あせ)りの表情を浮かべつつ、側に居たルチルにそう声を掛ける。

丸太(まるた)?」

ルチルは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードに問い返す。

(てこ)原理(げんり)で岩を浮かせる。 力任(ちからまか)せにやっても、持ち上げるのは無理(むり)だ」

ロナードは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ルチルにそう説明する。

「わ、分かったわ!」

ルチルはそう返事をすると、ロナードと手分けをして、岩を持ち上げる事が出来(でき)そうな丈夫(じょうぶ)丸太(まるた)を探す。

「あった!」

ロナードは、少し崩れ落ちた砂利の下に、坑道(こうどう)天井(てんじょう)を支えていたと思われる、太めの丸太(まるた)を見付けると、それを(つか)んで下から引っ張り出そうと(こころ)みる。

「ルチル。 手を貸せ!」

真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ルチルにそう声を掛けると、彼女は(あわ)てて駆け寄って来た。

「ぐっ……」

砂利の下から丸太(まるた)を取り出そうとしていたロナードが、不意(ふい)に表情を(ゆが)めて、その場に(うずくま)ったので、ルチルは表情を(けわ)しくし、

「ロナード貴方(あなた)怪我(けが)をしてるの?」

そう声を掛けた。

「大した事ない! 少し肩をぶつけただけだ。 それよりもセネトだ」

ロナードは強い口調(くちょう)でそう言い返すと、(ふたた)丸太(まるた)に手を掛け、歯を食いしばり、岩の下から取り出そうと(こころ)みる。

 ルチルと二人掛で、丸太(まるた)を押してみたり、横へずらしてみたりと、(しばら)くの間、格闘(かくとう)した後……やっとの事で丸太(まるた)を下から引っ張り出す事に成功した。

「よし。 これをこの辺りに……」

ロナードはそう言いながら、ロナードの側の隙間(すきま)にその丸太(まるた)を差し込み、その下に支えとなる小さめの岩を置く。

(おれ)が持ち上げる。 持ち上がったら素早(すばや)くセネトを引っ張り出せ」

ロナードは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ルチルにそう言うと、

「分かったわ。 やってみて」

ルチルは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう言うと、(うなず)き返した。

 そうして、ロナードは全身の力を込め、(てこ)原理(げんり)で岩を浮かせようとするが、岩は幾重(いくえ)にも積み重なっていてビクともしない……。

無駄(むだ)だ。 どう見ても、人間の力でどうにかなるモノでは無いだろ。 下手(へた)に動かすと、二人まで巻き込まれるぞ」

その様子(ようす)を見ていたセネトが、苦笑(にがわら)いを浮かべながら(ひど)く冷めた口調(くちょう)で、必死(ひっし)形相(ぎょうそう)で、何とかして岩を浮かせようとしているロナードにそう言った。

「だからと言って、このままにしていられるか!」

ロナードは、表情を険しくして、強い口調(くちょう)でセネトにそう言い返した。

一旦(いったん)、落ち着きましょう。 ロナード」

ルチルが落ち着いた口調(くちょう)で、ロナードにそう言うと、彼はルチルを見る。

「何か、別の手を考えましょう」

ルチルは、落ち着き払った口調(くちょう)で、ロナードにそう言った。

「くそっ!」

ロナードは、ビクともしない岩を、(うら)めしそうに(にら)み上げ、そう呟いた。


 ロナード達がなかなか戻って来ない事を不審(ふしん)に思ったギベオンは、兵士(へいし)たちを連れ、町の中とその周辺を捜索(そうさく)して居た。

「居たか?」

ギベオンは、息を切らせながら、向こうからやって来た、兵士(へいし)たちに問い掛ける。

「いいえ。 そちらは?」

兵士(へいし)たちも、息を切らせながら、ギベオンに問い返す。

「直ぐに(もど)る様な事を言っていたのに……。 何かあったのでしょうか」

兵士は、不安に満ちた表情を浮かべながら、そう(つぶや)く。

如何(いか)されました?」

何食わぬ顔をしてルネッタが、護衛(ごえい)の兵を引き連れ、ギベオンたちに声を掛けて来た。

殿下(でんか)たちが何処(どこ)かへ行かれたまま、(もど)らないのです」

ギベオンは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでルネッタに言うと、

「まあ大変ですわ! 日も暮れてしまいましたし、(いそ)いで主人(しゅじん)に知らせ、捜索(そうさく)する様に伝えます!」

ルネッタは(あわ)てた様子(ようす)でギベオンに言うと、護衛(ごえい)兵士(へいし)たちを引き連れて(いそ)いで屋敷(やしき)へと戻った。

「大変な事になっていないと良いが……」

ギベオンは顔を青くして、不安そうに呟く。

我々(われわれ)一旦(いったん)屋敷(やしき)(もど)りましょう。 もしかしたら、入れ(ちが)った可能性(かのうせい)もありますし」

兵士が、落ち着いた口調(くちょう)でギベオンに言うと、

「そうだな……」

ギベオンは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返した。


 ここに()まってから、どの位の時間が()っただろうか……。

 カンテラの明かりだけが頼りの、真っ暗な空間の中では、ほんの(わず)かな時間ですら、途方(とほう)も無く長く感じる……。

 体力(たいりょく)温存(おんぞん)(ため)、ロナードとセネトは口を(つぐ)んでいたのだが、暗い場所が苦手(にがて)なルチルが小刻(こきざ)みに身を(ふる)わせ、たどたどしく小さな声で、何やら歌を歌っている。

「ルチル。 無駄(むだ)に体力を使わない方が良い」

ロナードは、落ち着いた口調でルチルに言った。

「だって……暗いのに静かなのは、何だか(こわ)くて……」

ルチルは、不安に満ちた表情を浮かべ、ロナードに返した。

「お前は昔から(くら)い所が苦手(にがて)だからな」

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ルチルに言うと、

五月蠅(うるさ)いわね!」

ルチルは気恥(きは)ずかしそうに、顔を真っ赤にしつつ、強い口調(くちょう)でセネトに言い返す。

「しかし……どうしたものか……。 お前を助け出す手立(てだ)てが(まった)く思い浮かばない」

ロナードは、不安に満ちた表情を浮かべ、出口を(ふさ)いでしまった岩を見上げる。

貴方(あなた)魔術(まじゅつ)で、岩を吹き飛ばしたらどう?」

ルチルが徐にロナードに言うと、

「それは流石(さすが)にマズイだろ。 (さら)に上から岩が落ちてくる可能性(かのうせい)がある。 危険過(きけんす)ぎる」

セネトは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ルチルにそう言い返す。

「サルヴェール伯爵(はくしゃく)夫人(ふじん)が、助けを呼びに行ってくれていると良いけれど……」

ルチルは、自分たちをこの坑道(こうどう)へ案内した、サルヴェール伯爵(はくしゃく)夫人(ふじん)の事を思い出し、ふと、そう呟いた。

「どうだろうか……」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら呟く。

「セティ。 足は大丈夫(だいじょうぶ)なの?」

ルチルは、心配そうな表情を浮かべ、セネトに問い掛ける。

「どうだろう……。 感覚(かんかく)が無いからな……。 (いた)みもあまり感じないんだ」

セネトは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ルチルの問い掛けに答える。

(マズイな……。 神経(しんけい)をやられているのかもしれない……)

ロナードは、心の中で(つぶや)くと、苦々(にがにが)しい表情を浮かべると、突然(とつぜん)、セネトが(はげ)しく(せき)き込んで、何かを()き出した様な音がした。

「セティ?」

ルチルは、(かす)かに(まゆ)(ひそ)め、セネトに声を掛ける。

 ロナードは、セネトの(せき)仕方(しかた)が普通では無い事を直ぐに悟り、

「セネト。 体を良く見せろ!」

(いや)予感(よかん)を覚え、セネトの側に来るとカンテラで彼女を()らした。

 その時、セネトはサッと自分の右手を(かく)したのを、ロナードは見逃(みのが)さなかった。

何故(なぜ)、右手を(かく)す?」

ロナードは表情を(けわ)しくしてそう言うと、素早(すばや)くセネトの右手を乱暴(らんぼう)(つか)んだ瞬間(しゅんかん)、彼女は苦しそうに(うめ)き声を上げた。

「血だわ!」

カンテラの明かりで()らされた、セネトの(みぎ)(てのひら)を見て、ルチルは表情を引き()らせ、そう(つぶや)いた。

「お前、(ほか)にも怪我(けが)を?」

ロナードは表情を険しくし、セネトを見るが、彼女はロナードと目を合せぬ様にそっぽを向く。

「ろ、ロナード……。 足元……」

ルチルは声を震わせながら、ロナードにそう声を掛けると、彼は不思議(ふしぎ)そうな顔をしつつ、ルチルに言われた通り、自分の足元を()らした。

 そこには、かなりの量の血だまりが出来(でき)ていた。

「やはり、まだ(ほか)にも怪我(けが)を。」

ロナードは表情を(けわ)しくして言うと、急いで何処(どこ)から出血して居るのか、セネトの体に()れながら確認する。

 すると、彼女の背中の辺りにベッタリとした、(いや)感触(かんしょく)と共に、何か(かた)感触(かんしょく)があった。

 そこに()れた時、セネトが身を強張(こわば)らせ、(かす)かに(いた)そうな声を上げた。

ロナードは思わず、セネトの背中の辺りを()らす。

 セネトが羽織(はお)って居た外套(がいとう)にはベッタリと血が付いており、(するど)(とが)ったかなり大きめの岩の破片(はへん)外套(がいとう)の上から、彼女の背に突き()さっていた。

 それが、何処(どこ)まで(とう)(たつ)しているかは分からないが、出血の量から(さっ)するに、かなり深そうだ。

「――っ……」

セネトの悲惨(ひさん)な姿を見てルチルは、あまりの事に顔を引き()らせ、言葉を失った。

何故(なぜ)(だま)っていた!」

ロナードは表情を(けわ)しくして、強い口調(くちょう)でセネトにそう言った。

「どうもならないだろ……」

セネトは(あきら)めているのか、(なか)投槍気味(なげやりぎみ)で言い返した。

(くそ! カンテラの明かりだけでは、傷の様子(ようす)が良く分らない……)

ロナードは、苛立(いらだ)ちを覚えつつ、心の中でそう呟いた。

 ここで、下手に刺さっている岩の破片(はへん)を抜いて、その所為(せい)(しっ)血死(けつし)されても困る……。

 かと言って、このままにしておくのも良く無い……。

(イチか、バチか……)

ロナードは心の中でそう(つぶや)くと、素早(すばや)く自分が着ていた外套(がいとう)()ぎ、腰にしていた剣ベルトを外して、セネトの体を横向きにすると、剣ベルトで思いっ切り彼の体を締める。

「ぐっ……」

セネトは、痛みに表情を強張(こわば)らせ、思わず声を上げる。

「気をしっかり持て! セネト! 抜くぞ!」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでセネトにそう言うと、彼女の背に()さっていた、岩の破片(はへん)を抜き取り、素早(すばや)く傷口を両手で強く押さえ、止血(しけつ)をする。

 二人の(すさ)まじいやり取りを見ていたルチルが、あまりの事に失神(しっしん)してしまった。

 だが、ルチルに背を向けた格好(かっこう)の二人は、彼女が後ろで失神(しっしん)したなど気付かずに、セネトは歯を食いしばり、冷や汗を流しつつ必死(ひっし)(いた)みに()え、ロナードは懸命(けんめい)に、自分が羽織(はお)っていた外套(がいとう)を押し当て、止血(しけつ)をする。

 どの位、それをしていただろうか……。

 ロナードは、力任(ちからまか)せにセネトの背に押し当てていた、自分の手に付いていた血が、(かわ)いて来た事に気付くと、

「セネト。 大丈夫(だいじょうぶ)か?」

自分に背を向けたまま、動かないセネトに(おそ)る恐る声を掛けた。

「何……とか……」

(かす)れた声で、セネトはそう返して来た。

 チラリと自分の方へと振り返った彼女の顔は、(ひたい)大粒(おおつぶ)の汗を浮かべ、真っ青だった……。

「あまり、動かない方が良い」

ロナードは、彼女の体を()め付けていた剣ベルトを緩めながら、セネトにそう言った。

 止血(しけつ)に使ったコートは、ベトベトで、血を()って重くなっていた。

 ロナードは何の躊躇も無く、自分が着て居た外套(がいとう)(すそ)を持っていた短剣(たんけん)でビリビリと(やぶ)り、その一部を幾重(いくえ)にも重ね、ガーゼの様にする。

ロナードは、セネトが羽織(はお)っていた外套(がいとう)をどうにかして()がせる。

「すまないが、服を(めく)るぞ」

セネトの衣服を全て()がせる事は無理(むり)なので、ロナードはシャツ一枚になった彼女にそう言うと、彼女の服の(すそ)を捲り、傷口(きずぐち)にガーゼの様にした物を片手(かたて)()えると、セネトが羽織(はお)って居た外套(がいとう)の左右の(そで)と胸元の部分を包帯(ほうたい)の代わりにして、セネトの体に巻き付ける。

 その手付きはとても慣れており、彼は素早(すばや)処置(しょち)をすると、(まく)り上げていたセネトの服を下ろすと、次にあまり使い()れない光の魔術(まじゅつ)を使って治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)を施し始めた。

「よし……。 血は止められた様だな……」

応急処置(しょち)を終え、安堵(あんど)した様子(ようす)でロナードは呟いた。

 カンテラの明かりに()らされているセネトの顔は憔悴(しょうすい)していて、先程(さきほど)、岩の破片(はへん)を引き抜いた所為(せい)か、力なく横たわっているだけで、話す気力(きりょく)も無さそうだった。

(早くここから出ないと、セネトが持たない……)

ロナードは、心の中でそう(つぶや)くと、苦々(にがにが)しい表情を浮かべ、どうにかして出られないかと、周囲(しゅうい)を調べ始めた。

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