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DRAGON SEED 2  作者: みーやん
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剣の刃


主な登場人物


ロナード(ユリアス)…召喚術(しょうかんじゅつ)と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を()が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠(ししょう)に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを()(ため)、エレンツ帝国(ていこく)を目指している。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な美青年。 十七歳。


セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国(ていこく)皇女(こうじょ)。 とある事情(じじょう)から(のが)れる(ため)、シリウスたちと行動(こうどう)を共にしている。 補助(ほじょ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)とする魔術(まじゅつ)()。 フワリとした癖のある黒髪(くろかみ)に琥珀色の大きな(ひとみ)特徴的(とくちょうてき)な女性。 十九歳。


シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在(じざい)(あやつ)る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手(あいて)魔術(まじゅつ)の使用を(ふう)じる、特殊(とくしゅ)(ひとみ)を持っている。 長めの金髪(きんぱつ)に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫(びじょうぶ)。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒(あいぼう)鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人(りょうよくじん)。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)薬草学(やくそうがく)得意(とくい)としている。 白銀(はくぎん)長髪(ちょうはつ)と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔(えがお)を浮かべながらサラリと(どく)()く。


ルチル…帝国(ていこく)第三(だいさん)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)(つと)めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 今はティティスの護衛(ごえい)(にん)()いている。 二十歳(はたち)


ギベオン…セネト専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)。 温和(おんわ)生真面目(きまじめ)な性格の青年。 二十五歳。


ルフト…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアを母に持ち、魔術師(まじゅつし)の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟(いとこ)に当たる。 二十歳。


エルフリーデ…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)をしている伯爵(はくしゃく)令嬢(れいじょう)で、ルフトの婚約者(こんやくしゃ)。 ルフトの母であるサリアの事をとても(した)っている


カルセドニ…エレンツ帝国(ていこく)第一(だいいち)皇子(おうじ)でセネトの同腹(どうふく)の兄。 寺院(じいん)(せい)騎士(きし)をしている。 奴隷(どれい)だったシリウスとハニエルを助け、自由の身にした人物。


ティアマト大老子…ガイア神教の最高指導者

「うっ……」

()一時間(いちじかん)ほど()つと、それまで(ねむ)っていたロナードが、(きず)が痛むのか、(うめ)き声を上げながら、ゆっくりと目を覚ました。

「気が付きましたか?」

ギベオンは直ぐに、ロナードの下に()け寄ると、彼の側に身を(かが)め、(のぞ)き込む様にしながら声を掛ける。

「ギベオン?」

ロナードは、自分を心配そうな顔をして見ているギベオンに戸惑(とまど)いつつ、そう(つぶや)いたが、直ぐに脳裏(のうり)に、セネトが何者かに連れ()らわれる光景(こうけい)(よみがえ)り、

「セネト!」

そう叫ぶと、(いきお)い良く体を起こしたが次の瞬間(しゅんかん)激痛(げきつう)見舞(みま)われる。

「っつ……」

ロナードは思わず、怪我(けが)をした肩に手を()え、前のめりになって、苦痛(くつう)に顔を(ゆが)めながら思わず声を上げる。

無理(むり)をしないで下さい。 (きず)が開きます」

その様子(ようす)を見て、側に居たギベオンは(あわ)ててロナードの背中(せなか)に腕を回すと、(いた)みに苦悶(くもん)している彼に(やさ)しく声を掛けると、彼をベッドの上にゆっくりと横にする。

「体の(どく)はほぼ除去(じょきょ)しておる。 気分(きぶん)はどうじゃ?」

中年(ちゅうねん)司祭(しさい)に体を支えられ、(つえ)を突きながら、ゆっくりとした足取りで横になっているロナードの側へ来ると、ティアマト大老子(だいろうし)は心配そうに声を掛ける。

大老子(だいろうし)……さま……」

ロナードはそう言って、体を起こそうとするが、ティアマト大老子(だいろうし)片手(かたて)でそれを(せい)すると、

(かま)わぬ。 横になっていなさい」

落ち着いた口調(くちょう)でそういうと、

「済みません……」

ロナードは申し訳なさそうに返した。

殿下(でんか)は、我々(われわれ)寺院(じいん)の者とで全力(ぜんりょく)(さが)しています」

ギベオンは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、ロナードに言うと、

「済まない……。 (おれ)(ぞく)を止められていれば……」

彼は、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、ギベオン(とう)にそう言って(あやま)った。

「いえ。 あの場に居合(いあ)わせなかった我々(われわれ)が、貴方(あなた)にとやかく言う資格(しかく)などありません。 やはり、自分かルチルがお二人の側に(のこ)るべきでした。 ()(かく)貴方(あなた)無事(ぶじ)で何よりです」

ギベオンは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、落ち着いた口調(くちょう)でそう言う。

「……」

ロナードは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ押し(だま)る。

「向こうも()ぐにセティと貴方(あなた)間違(まちが)えた事には気が付く(はず)よ。 そして、セティと貴方(あなた)身柄(みがら)交換(こうかん)を申し出て来る可能性(かのうせい)が高いわ。 そんなに心配しなくても、流石(さすが)自国(じこく)皇女(こうじょ)を害する様な事はしない(はず)よ」

ルチルは、落ち着いた口調(くちょう)で自分の見解(けんかい)を語ると、

「……」

ロナードは、とても不安に満ちた表情を浮かべる。

「後の事は我々(われわれ)(まか)せて、ロナード様は休まれて下さい」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)でロナードに言うが、

「……(おれ)も行く」

ロナードは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、ギベオンを真っ直ぐ見上げながら言うと、

了承(りょうしょう)しかねます」

ギベオンは(かん)(ぱつ)()かず、真剣(しんけん)な表情でそう言い切った。

(おれ)が居ないと(わか)れば、セネトもお前達にも危険(きけん)(およ)ぶ!」

ロナードは表情を(けわ)しくし、強い口調(くちょう)でギベオンに言い返すと、

「心配しないで。 その辺りは何とでも誤魔化(ごまか)せるわ」

ルチルが、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、落ち着いた口調(くちょう)でロナードに言った。

「……」

ロナードは、やるせない様な、とても複雑(ふくざつ)な表情を浮かべる。

「気持ちは分かるけど、貴方(あなた)が自分の(ため)無理(むり)をする方が、セティは(かな)しむと思うわよ」

ルチルは、複雑(ふくざつ)な顔をしているロナードに、(やさ)しい口調(くちょう)で声を掛けと、身を(かが)め、彼の手を(にぎ)る。

「ルチル……」

ロナードは、不安そうな顔をしながら、ルチルを見る。

「そんな顔をしないで。 セティは(かなら)ず、私たちが無事(ぶじ)に助け出すから」

ロナードが、セネトの事が心配で(たま)らないと言った顔をして居るのを見て、ルチルは(やさ)しい口調(くちょう)で言うと、

()まない……(たの)む」

ロナードは、無念(むねん)そうな表情を浮かべながらも、ギュッとルチルの手を(にぎ)()め、そう言った。

(まか)せ下さい」

ギベオンが、落ち着いた口調(くちょう)でロナードに言うと、ルチルの手を(にぎ)()めているロナードの手の上に、自分の手を重ねた。

大老子(だいろうし)(さま)。 ロナードの事はお願いします」

身を(かが)めていたルチルは(おもむろ)に立ち上がると、ベッドを(はさ)んで向かいに立っていたティアマト大老子(だいろうし)に、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、

「うむ」

ティアマト大老子(だいろうし)は、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、(うなず)き返すと、

「どちらにせよ、(どく)()けたばかりの体では思う様に動けぬ。 この者たちの言う通り、大人しく体を休める事じゃ」

優しい口調(くちょう)で、ロナードに声を掛ける。

「はい……」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながらも、そう言って(うなず)き返した。

「今回の事は本当に済まなかった。 (わらわ)の目が行き(とど)かなかったばかりに、其方(そなた)だけでなく、多くの者に迷惑(めいわく)を掛けた」

ティアマト大老子(だいろうし)は、中年(ちゅうねん)司祭(しさい)が持って来た椅子(いす)に腰を下ろしつつ、申し訳なさそうにロナードに言うと、

「……大老子(だいろうし)様が、指示(しじ)をした訳では無いのでしょう?」

ロナードは横になったまま、顔だけティアマト大老子(だいろうし)に向けると、(おもむろ)に問い掛ける。

当然(とうぜん)じゃ! 誘拐(ゆうかい)など! 人としての道理(どうり)と言うものがあろう」

ティアマト大老子(だいろうし)は、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、強い口調(くちょう)でそう言い切った。

「その言葉を聞けて、安心しました」

ロナードは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで答えたティアマト大老子(だいろうし)を見て、何処(どこ)かホッとした表情を浮かべながら言った。

「本当は、其方(そなた)とはゆっくり話をしたかったのじゃが……。 この様な事になってしまったからには、そうもいかぬ。 宮廷(きゅうてい)からの(むか)えの者が来次第(きしだい)其方(そなた)(もど)りなさい」

ティアマト大老子(だいろうし)は、そっとロナードの手を(にぎ)りながら、(やさ)しい口調(くちょう)で彼に言った。

「はい……」

ロナードは、(おだ)やかな顔をして言うと、頷き返した。

「ルチル殿。 (わらわ)配下(はいか)の者には、連れ(さら)われた皇女(こうじょ)捜索(そうさく)に、全面的(ぜんめんてき)協力(きょうりょく)する様に伝えておる。その者と協力(きょうりょく)し、一刻(いっこく)も早く皇女(こうじょ)救出(きゅうしゅつ)しておくれ」

ティアマト大老子(だいろうし)は、ルチルに向かって真剣(しんけん)な表情を浮かべ言うと、

承知(しょうち)しております」

ルチルは、落ち着いた口調(くちょう)で答える。

(たの)むぞ」

ティアマト大老子(だいろうし)は、真剣(しんけん)な表情を浮かべたまま、ルチルに言うと、

「はい」

ルチルは、真剣(しんけん)な表情を浮かべながら(うなず)き返した。


 円形(えんけい)闘技場(とうぎじょう)から、自分の手の者に命じ、ロナード(?)を連れ去る事に成功(せいこう)したネフール老子(ろうし)は、周囲(しゅうい)に気付かれぬ様に会場を後にすると、街の外れのオアシスにある、自分が経営(けいえい)する農場(のうじょう)屋敷(やしき)(せん)(ぷく)していた。

(むふふふ。 上手(うま)くいった)

ネフール老子(ろうし)は、ソファーで(くつろ)ぎ、ワインが入ったグラスを片手(かたて)に、ニヤニヤと笑いながら、心の中で(つぶや)いた。

 今頃(いまごろ)、ロナードが居なくなった事に気付いた宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちが、血相(けっそう)を変えて会場とその周辺(しゅうへん)必死(ひっし)(さが)しているに(ちが)いない。

 先程(さきほど)は、寺院(じいん)若手(わかて)完膚(かんぷ)なきまでに(たた)きのめされ、赤っ(ぱじ)をかかされたので、いい気味(きみ)だとネフール老子(ろうし)は思っていた。

「さて、そろそろ、じっくりとその顔を(おが)ませて(もら)おうか」

ネフール老子(ろうし)は、そう(つぶや)き、ゆっくりとソファーから立ち上がった。

 この屋敷(やしき)には地下があって、そこには牢屋(ろうや)拷問室(ごうもんしつ)があり、加虐(かぎゃく)趣味(しゅみ)のネフール老子(ろうし)時折(ときおり)ここへ来ては、その地下で(だま)して連れ込んだ旅行者や、奴隷(どれい)市場(いちば)から安値(やすね)で買って来た奴隷(どれい)たち、(とら)えられた寺院(じいん)反抗的(はんこうてき)な者などに様々(さまざま)拷問(ごうもん)をして、自分の欲望(よくぼう)を満たしていた。

 その者たちが(いき)()えると、(ぶた)などに遺体(いたい)を喰わせ、残った骨は粉砕(ふんさい)し、農地(のうち)にばら()くので証拠(しょうこ)は何一つ残らない。

 ネフール老子(ろうし)が、寺院(じいん)老子(ろうし)と言う聖職者(せいしょくしゃ)の顔の裏で、この様な事をして居るなど、同僚(どうりょう)たちや家族でさえ知らない。

 知っているのは、古くから自分に(つか)えている、信用(しんよう)出来(でき)使用人(しようにん)兵士(へいし)寺院(じいん)所属(しょぞく)する暗殺(あんさつ)専門(せんもん)としている連中(れんちゅう)だけである。

遠目(とおめ)でハッキリ見る事は出来(でき)なかったが……)

ネフール老子(ろうし)は、数人の私兵(しへい)を連れて、地下室(ちかしつ)へと通じる階段を下りながら、心の中でそう(つぶや)くと、不気味(ぶきみ)な笑みを浮かべた。

貴様(きさま)()! (ぼく)をこの様な所に閉じ込めて、どうする気だ!」

案の定、意識(いしき)を取り戻したロナード(?)の声が、地下の拷問室(ごうもんしつ)の方から(ひび)(わた)った。

 拷問室(ごうもんしつ)にある(かべ)設置(せっち)された(くさり)(つな)いでおく様に命じたので、目を覚まして、危険(きけん)な香りがする薄暗(うすぐら)い場所に自分がいる事が分かって、さぞ、動揺(どうよう)しているに(ちが)いない。

随分(ずいぶん)威勢(いせい)が良いですな。 見知(みし)らぬ場所に連れて来られて、そんなに不安ですかな?」

私兵(しへい)に入り口の扉を開けさせ、拷問室(ごうもんしつ)の中へ入ると、ネフール老子(ろうし)不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、(とら)えられているロナード(?)に向かって言った。

「お前はっ……」

相手(あいて)は自分を見るなり、戸惑(とまど)いと(いきどお)りが()ざった声で(つぶや)いた。

 薄暗(うすぐら)いので、顔が良く分からないが、何となく背がさっきよりも(ちぢ)んだ様な気がする……。

「なっ……」

カンテラを手に近付いてみると、どう見ても(ちが)う人物がそこに居たので、ネフール老子(ろうし)は目を丸くして、あまりの事に絶句(ぜっく)した。

如何(いかが)なさいました?」

見張(みは)りの(ため)にいた、寺院(じいん)暗殺(あんさつ)(しゃ)の一人が、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ネフール老子(ろうし)に問い掛ける。

「どうなっておる? 何故(なぜ)、この方が?」

ネフール老子(ろうし)は、ワナワナな体を(ふる)わせながら(つぶや)く。

 どう見ても、目的(もくてき)相手(あいて)ではではない!。

 顔は良く見た訳では無いが、背がとても高かった事と、何より、深い紫色の双眸(そうぼう)はてとも印象的(いんしょうてき)だったので、(わす)れようが無い。

 自分の目の前に(いま)()るのは、(まった)くの別人(べつじん)……それどころか、絶対(ぜったい)に取り間違(まちが)えてはならぬ相手(あいて)であった。

「えっ?」

一緒(いっしょ)に居た、()げ茶色の短髪(たんぱつ)に緑色の双眸(そうぼう)褐色(かっしょく)の肌、黒装束(くろしょうぞく)に身を包み、口元を黒い布で(かく)している細身(ほそみ)の青年は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ネフール老子(ろうし)を見る。

貴様(きさま)()……しくじったな!」

ネフール老子(ろうし)は、(いか)りに肩を(ふる)わせ、忌々し気にそう(つぶや)くと、側に居た黒装束(くろしょうぞく)の青年をギロッと(にら)み付けた。

「いえ、そんな(はず)は……」

彼は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ネフール老子(ろうし)に言い返した。

我々(われわれ)老子(ろうし)様に言われた通りの人物を……」

(ほか)の者たちも、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ネフール老子(ろうし)に言う。

「この者では無いわっ! (たわ)けがっ!」

ネフール老子(ろうし)は、セネトを指差(ゆびさ)しながら、黒装束(くろしょうぞく)の青年たちを思い切り怒鳴(どな)り付ける。

「っ……」

ネフール大老子(だいろうし)怒鳴(どな)られ、黒装束(くろしょうぞく)の青年は(あせ)る。

「ですが……側に宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)が着るローブが……」

(ほか)の者が、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ネフール老子(ろうし)に説明するが、

馬鹿者(ばかもの)っ! 此方(こちら)はセレンディーネ皇女(こうじょ)殿下(でんか)だ! 何て事をしてくれた!」

ネフール老子(ろうし)益々憤(ますますいきどお)り、声を(あら)らげ、彼等(かれら)怒鳴(どな)()らした。

「なっ……」

それを聞いて、黒装束(くろしょうぞく)の青年はあまりの事に絶句(ぜっく)する。

(なる)(ほど)

セネトは、ポツリとそう(つぶや)いてから……。

「どうやら(ぼく)は、ロナードと間違(まちが)われた様だな」

何処(どこ)馬鹿(ばか)にした様な表情を浮かべ、ネフール老子(ろうし)等に言った。

(わし)は、黒髪の背の高い、目鼻立(めはなだ)ちの(ととの)った、異国人風(いこくじんふう)の青年と言ったぞ! この何処(どこ)が、背が高い、異国人風(いこくじんふう)の青年だ?」

ネフール老子(ろうし)は、(ひたい)青筋(あおすじ)を浮かべ、(いか)りにワナワナと肩を震わせながら、黒装束(くろしょうぞく)の青年たちに怒鳴(どな)る。

「……」

暗殺者(あんさつしゃ)たちは(そろ)って、バツの悪そうな顔をして押し(だま)っている。

(まさか……)

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、ふと自分たちを追い駆けて来て、彼の暗器(あんき)の毒にやられた、黒髪の背の高い青年の事を思い出し、心の中で(つぶや)いた。

 彼は、髪の色はこの国の者には(めずら)しくも無い黒髪だったが、(はだ)の色はごく(うす)赤銅(しゃくどう)(しょく)で、紫色の双眸(そうぼう)を有した、この大陸の者とは(こと)なる顔立(かおだ)ちの、スラリとした(ちょう)(しん)美丈夫(びじょうぶ)だった。

「追い駆けて来ていた方……」

思わず顔を引き()らせ、黒装束(くろしょうぞく)の青年はそう(つぶや)いた。

(や、ヤバイ! ヤバ()ぎる!)

思い返してみれば、ネフール老子(ろうし)が言っていた特徴(とくちょう)(すべ)て当て()まる事に気付き、彼は心の中でそう(つぶや)くと、顔を青くする。

「ど、どうするんだ?」

「もし、老子(ろうし)さまの言った通りの人物だとしたら……」

「お前が(どく)で、動けなくした(やつ)じゃないのか?」

ネフール老子(ろうし)の言葉を聞いて、一緒(いっしょ)にセネトを誘拐(ゆうかい)した暗殺者(あんさつしゃ)たちは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、口々にそう言った。

「何だと?」

それを聞いて、セネトは(ひど)動揺(どうよう)し、表情を引き()らせた。

「申し訳ございません! 事態(じたい)周囲(しゅうい)に知らせる(ため)(わざ)(さわ)ぎ立てる上に、一人(ひとり)(ころ)れてしまったので、止むを得ず、剣を交えていた最中(さいちゅう)に、その者に(しび)(くすり)()った(あん)()を……」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は青ざめた顔で、ネフール老子(ろうし)にそう説明をすると、

「何てことだ……」

ネフール老子(ろうし)は、この世の終わりの様な顔をして、両手で頭を(かか)え、そう言った。

「命に別状(べつじょう)は無いでしょうが、(しばら)くは動く事もままならないかと……。 それに深手(ふかで)を負わせてしまいました……」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、(ひど)動揺(どうよう)しながらも、そう付け加えた。

貴様(きさま)っ! 殿下(でんか)間違(まちが)えただけでなく、連れて来るべき相手(あいて)怪我(けが)まで!」

ネフール老子(ろうし)激怒(げきど)し、持っていた(つえ)で彼の顔を思い切り(なぐ)ると、怒鳴(どな)る。

「申し訳ございませんっ!」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、(あわ)ててネフール老子(ろうし)の前で土下座(どげざ)をすると、深々と頭を下げながら、そう謝罪(しゃざい)をする。

「はははは! これは傑作(けっさく)だ! ロナードは派手(はで)大立(おおた)ち回りをした様だな」

セネトは、豪快(ごうかい)に笑い声をあげながら、ネフール老子(ろうし)たちに向かって言った。

「くっ……」

ネフール老子(ろうし)は、苦々(にがにが)しい表情を浮かべる。

「どちらにしても、ロナードがそう簡単(かんたん)(つか)まる訳が無い。 (はげ)しく抵抗(ていこう)され、下手(へた)をすれば全員、(ころ)されていたかもな?」

セネトは、挑発(ちょうはつ)する様に不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、ネフール老子(ろうし)()に言う。

「ぐっ……」

ネフール老子(ろうし)は、益々苦々(ますますにがにが)しい表情を浮かべる。

 相手(あいて)皇女(こうじょ)なので、感情的(かんじょうてき)になって怒鳴(どな)()らす訳にもいかず、我慢(がまん)して居るのだろう。

「悪い事は言わん。 今直(います)ぐに(ぼく)解放(かいほう)しろ。 この様な暴挙(ぼうきょ)本来(ほんらい)ならば、(ゆる)される(はず)が無いのだからな」

セネトは、勝ち(ほこ)った様な笑みを浮かべながら、ネフール老子(ろうし)()に言った。

(くそっ……何てことだ! これでは他の老子(ろうし)たちの良い笑い者だ!)

ネフール老子(ろうし)は、苦虫(にがむし)()(つぶ)した様な表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。


「オレ()間違(まちが)ったばかりに、(ひど)い目に()わせてしまって、済みませんでした」

ネフール老子(ろうし)に、セネトの監視(かんし)を命じられた黒装束(くろしょうぞく)の青年は、申し訳なさそうにセネトに言った。

「……」

セネトは、ムッとした表情を浮かべ、彼を見ている。

貴方(あなた)たちは、老子(ろうし)の考えを読んでいたのですか?」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、水の入った木のコップをセネトに差し出しながら、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら問い掛ける。

「まさか」

セネトは、差し出された木のコップを受け取り、肩を(すく)め、苦笑(にがわら)いを浮かべながら答えた。

「じゃあ、貴方(あなた)だけが部屋に居たのは、(たん)なる偶然(ぐうぜん)と言う事ですか?」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、セネトに問い掛ける。

「本当に偶然(ぐうぜん)だ。 もしも、お前達の(たくら)みを知っていたのなら、あの場に居合(いあ)わせたのは皇女(こうじょ)である(ぼく)でも、ロナード当人(とうにん)でも無く、(まった)く別の人間であった(はず)だ」

セネトは、落ち着き払った口調(くちょう)でそう指摘(してき)した。

(確かに。 皇女(こうじょ)危険(きけん)(さら)馬鹿(ばか)は居ない)

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、心の中でそう(つぶや)いた。

「……何にしても、この様な事をされて(ぼく)臣下(しんか)たちは勿論(もちろん)、兄上や皇帝(こうてい)陛下(へいか)(だま)っている(はず)が無い。 無駄(むだ)足掻(あが)きをせず、(ぼく)をこのまま大人しく解放(かいほう)するべきだ」

セネトは、差し出された水を一頻(ひとしき)り飲み()すと、落ち着いた口調(くちょう)で言った。

「オレたちだって、そう出来(でき)るのなら、そうしたいですよ。 でも、オレ達の言う事など、老子(ろうし)様が聞き(とど)けてくれる訳が無いです。 ああ……どうしたら……。 マジで()みだ!」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、(こま)()てた様子(ようす)で、両手で頭を(かか)えながら言う。

馬鹿(ばか)(あるじ)を持つと、苦労(くろう)するな。」

セネトは、気の(どく)そうな顔をして、黒装束(くろしょうぞく)の青年に言った。

 年の頃は、セネトとそう変わらない位だろう。

 どう言う事情(じじょう)で、今回のネフール老子(ろうし)(たくら)みに加担(かたん)する事になったのかは分からないが、こうして話した限りでは、誘拐(ゆうかい)暗殺(あんさつ)に向いている様には思えない。

「どの道、オレたちはもう用済(ようず)みですよ。 この計画が終わり次第(しだい)、消されるでしょう」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は特大(とくだい)溜息(ためいき)を付くと、(てつ)格子(ごうし)()しにセネトの前に座り、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら、自分の心境(しんきょう)吐露(とろ)した。

「それが分かっていて何故(なぜ)、この様な事に加担(かたん)した?」

セネトは、落ち込んでいる彼に、(おもむろ)に問い掛けた。

「世の中、(みな)が皆、自分の意志(いし)物事(ものごと)を決められる訳じゃない……と言う事です。 オレみたいな孤児(こじ)なんて特に……」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で語る。

「……生きる(ため)に、ネフール老子(ろうし)(したが)っていたのか?」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで問い掛けると、

「……オレ等みたいなのは、そもそも人とも思われて無いんですよ。 選択肢(せんたくし)なんて存在(そんざい)しないんです。 (したが)わなければ処分(しょぶん)されるだけ。 家畜(かちく)と同じです」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、重々しい口調(くちょう)で語る。

「……」

セネトは、神妙(しんみょう)な表情を浮かべ、彼の話に耳を(かたむ)ける。

路上(ろじょう)でスリや物乞(ものご)いをして生きるのと、こんな(よご)れ仕事をするのと、どちらがマシだったんでしょうね? どの道、オレ()みたいなのは、真っ当な生き方なんて、そもそも用意されちゃいないでしょうけど……」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、重々(おもおも)しい口調(くちょう)で語ると、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いた。

「……(ぼく)なら、お前をこの状況(じょうきょう)から(すく)い出す事が出来(でき)るかも知れないが、話を聞く気はあるか?」

セネトは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、(おもむろ)にそう切り出した。

「……同情(どうじょう)ですか?」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、セネトに問い掛ける。

「それもある。 だが、お前の様な人間を生み出している責任(せきにん)は、皇族(こうぞく)である僕等(ぼくら)にもある。 その責任(せきにん)を少しでも取りたいと言う気持(きも)ちの方が強い。 まあ……(ぼく)自己(じこ)満足(まんぞく)に過ぎないが」

セネトは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、自分の気持ちを正直に語った。

「変わった人ですね。 貴族(きぞく)さまの(ほとん)どは、オレ()の様なのは人とも思って無いので、興味(きょうみ)など(しめ)さないのに……」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、セネトに言うと、

「……少し前までの(ぼく)ならそうだっただろう。 でも、目の前で助けられる人が居るのに、手を差し伸べないのは間違(まちが)っていると、思える様になったんだ」

セネトは、黒装束(くろしょうぞく)の青年を真っ直ぐに見据(みす)え、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで語った。

「……」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、何とも言い(がた)い顔をして、セネトをじっと見ている。

結局(けっきょく)それは、(ぼく)自己(じこ)満足(まんぞく)かも知れないし、お前には迷惑(めいわく)な事なのかも知れない。 偽善(ぎぜん)だと言う(やつ)も居るだろう。 でも、お前に声を掛けずにはいられなかった」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでそう語った後、苦笑(にがわら)いを浮かべた。

「オレは、今日は人生(じんせい)最悪(さいあく)の日だとばかり思っていましたが、どうやら、そうでは無かったみたいです」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、軽く溜息(ためいき)を付いてから、セネトにそう言うと、苦笑(にがわら)いを浮かべた。

「そうか」

セネトは、(おだ)やかな笑みを浮かべ返すと、

「話を……聞かせて下さい」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、決意(けつい)に満ちた表情を浮かべ、セネトにそう言った。


 ロナードを宮廷(きゅうてい)(おく)る者を呼びに行くと、寺院(じいん)の者たちの予想(よそう)(はん)して、カルセドニ皇子(おうじ)が数人の部下を連れて来た。

「お久しぶりです。 ティアマト大老子(だいろうし)さま」

カルセドニ皇子(おうじ)は、部屋に(おとず)れると、中に居たティアマト大老子(だいろうし)にそう挨拶(あいさつ)をした。

「カルセドニ皇子(おうじ)か……。 確かに、皇族(こうぞく)でありながら、寺院(じいん)所属(しょぞく)している其方(そなた)ならば、余計(よけい)波風(なみかぜ)を立てずに済む。 機転(きてん)()かせいくれた事、感謝(かんしゃ)するぞ」

部屋の中央に置かれたテーブルを囲む様に置かれたソファーの一つに腰を下ろしていたティアマト大老子(だいろうし)は、落ち着いた口調(くちょう)で言った。

(おそ)れ入ります」

カルセドニ皇子(おうじ)は、落ち着いた口調(くちょう)で返すと、軽く(こうべ)()れた。

「それで……ユリアスは何方(どちら)に?」

そして、部屋の中を一通り見回しながら、(おもむろ)にティアマト大老子(だいろうし)に問い掛ける。

(おく)で休んでいる。 (どく)は抜けた様だが、怪我(けが)をしている(ゆえ)丁重(ていちょう)(たの)む」

ティアマト大老子(だいろうし)は、仕切(しき)りの向こう側に目を向けつつ、カルセドニ皇子(おうじ)の問い掛けに答えた。

「分かりました」

カルセドニ皇子(おうじ)はそう言うと、連れて来た部下たちに目で合図(あいず)を送ると、彼等(かれら)は奥の仕切(しき)りの向こうへと行く。

「……良かったのですか?」

彼の部下と、仕切(しき)りの奥に居た人物が何やら話しているのを聞き流しつつ、カルセドニ皇子(おうじ)(おもむろ)に、ティアマト大老子(だいろうし)にそう問い掛けた。

「何がじゃ?」

彼女は、不思議(ふしぎ)そうな表情を浮かべつつ、カルセドニ皇子(おうじ)に問い返す。

「彼を寺院(じいん)に連れて行く予定(よてい)だったのでは?」

カルセドニ皇子(おうじ)は、落ち着いた口調(くちょう)で言う。

「この様な状況(じょうきょう)で、(わらわ)たちが保護(ほご)すると言ったところで、聞き入れてくれるはずも無い」

ティアマト大老子(だいろうし)は、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら答えた。

「そうでしょうね」

カルセドニ皇子(おうじ)は、落ち着いた口調(くちょう)で返す。

「何より優先(ゆうせん)するべき事は、二度と、この様な事を起こす気にならぬ様に、ネフールは老子(ろうし)(きび)しい沙汰(さた)を下し、(おご)った寺院(じいん)の者たちの(えり)を正させ、皇族(こうぞく)宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちの間に芽生(めば)えた不信感(ふしんかん)払拭(ふっしょく)し、彼等(かれら)からの信頼(しんらい)回復(かいふく)させる事だ」

ティアマト大老子(だいろうし)は、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言った。

(おっしゃ)る通りです」

カルセドニ皇子(おうじ)は、落ち着いた口調(くちょう)で答えた。

(どの道、ネフールの様な(ごみ)カスは、社会的(しゃかいてき)(まっ)(しょう)してやるがな)

カルセドニ皇子(おうじ)は、心の中でそう(つぶや)いて居ると、(おく)仕切(しき)りがカタンと音がしたので、そちらの方へ目を向けると、カルセドニ皇子(おうじ)の部下の兵士(へいし)に体を支えられる様にして、ロナードがフラフラとした足取りで此方(こちら)へ来ていた。

無理(むり)をするで無い」

解毒(げどく)をしたとは言え、そう時間が()っていないので、ロナードの顔色は悪く、動くのも(つら)そうなのを見て、ティアマト大老子(だいろうし)もそう言って、思わず彼に手を差し伸べた。

大丈夫(だいじょうぶ)です」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で、自分に手を差し伸べて来たティアマト大老子(だいろうし)に言った。

「今回の事は本当に済まなかった。 良く静養(せいよう)して、早く元気になっておくれ」

ティアマト大老子(だいろうし)は、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、(やさ)口調(くちょう)でロナードに言った。

 ティアマト大老子(だいろうし)としては、自分が少し興味(きょうみ)(いだ)いたせいで、ロナードやセネトが大変な目に()った事に、強い責任を感じている様だ。

「はい。 治療(ちりょう)有難(ありがと)御座(ござ)いました」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で、ティアマト大老子(だいろうし)に返事をすると、(こうべ)()れた。

「では。 (わたし)は彼を宮廷(きゅうてい)に送り(とど)けてきます」

カルセドニ皇子(おうじ)は、兵士(へいし)に支えられ、自分の下へ歩いて来たロナードの体を(ささ)える様に腕を回すと、ティアマト大老子(だいろうし)にそう言った。

(たの)む」

ティアマト大老子(だいろうし)は、(うなず)きながらそう返した。

「行きましょう」

側に居た兵士(へいし)(おもむろ)に、ロナードに声を掛ける。

「はい」

ロナードは、兵士に返事をした後、

大老子(だいろうし)様。 失礼(しつれい)します」

ティアマト大老子(だいろうし)にそう挨拶(あいさつ)をし、ロナーは、兵士(へいし)たちに体を(ささ)えられながら、ゆっくりとした足取りで部屋を後にした。

(リャハルト……其方(そなた)寺院(じいん)とティルミット家を見限(みかぎ)り、帝国(ていこく)から去った時、者の多くが、自分たちの(あやま)ちに気付いたと思って居ったのに……。 変っておらぬ。 何一つ。 だが心配するな。 同じ(てつ)()まぬ)

ティアマト大老子(だいろうし)は、ロナード達が去って行った廊下(ろうか)の方へと目を向けながら、心の中でそう(つぶや)いた。


 翌日(よくじつ)の早朝、ネフール老子(ろうし)所有(しょゆう)する帝都(ていと)の外れのオアシスにある農場(のうじょう)は、大騒(おおさわ)ぎになっていた。

 数ある倉庫(そうこ)の一つを、武装(ぶそう)した兵士(へいし)が取り囲み、()(りゅう)に乗った一団がその倉庫(そうこ)屋根(やね)を突き(やぶ)り、内部に侵入(しんにゅう)していた。

屋根(やね)(こわ)すなんて、(わる)目立(めだ)ちし過ぎですよ」

()(りゅう)背中(せなか)に乗って居た、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアに向かって、応援(おうえん)に駆け付けたギベオンが呆気(あっけ)に取られながら言った。

「ば、ば、化け物だ!」

「空からドラゴンが()って来たぞ!」

突然(とつぜん)襲撃(しゅうげき)に、倉庫(そうこ)内に居た者たちは、ハチの()を突いた様に大騒(おおさわ)ぎしていた。

「この位の事はしてあけないと、ユリアスの腹の虫が(おさ)まらないでしょ?」

サリアはニッコリと笑みを浮かべ、ギベオンにそう返した。

 この()(りゅう)はロナードが所有(しょゆう)している(げん)(じゅう)の内の一体で、動けない自分の代わりにと、サリアたちに()したものだ。

「空なんて初めて飛びましたけれど、爽快(そうかい)でしたわね♪」

一緒(いっしょ)()(りゅう)に乗って来たエルフリーデは、物凄(ものすご)満足(まんぞく)そうな顔をしながら、()(りゅう)背中(せなか)から降りてきた。

「え、エフィ……早く。 早く降りてよ……」

完全に腰が引け、恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせながら、()(りゅう)背中(せなか)に乗っているルフトが(なさ)けない声で、彼女に向かって言っている。

「ひいいいい」

(さわ)ぎを聞き付け、何処(どこ)からか出て来たネフール老子(ろうし)は、屋根(やね)を突き破って侵入(しんにゅう)してきた()(りゅう)と目が合ってしまい、その迫力(はくりょく)に腰を抜かし、(なさ)けない声を上げる。

「セティは何処(どこ)?」

兵士(へいし)たちの指揮(しき)をしているルチルは、自分の髪を片手(かたて)で払いつつ、片手(かたて)に持っていたサーベルの刃先(はさき)をネフール老子(ろうし)に突き付けながら、ドスの利いた低い声で(すご)む。

「わ、わ、わ、(わし)老子(ろうし)だぞ!」

ネフール老子(ろうし)は顔を青くしながらも、ルチルにそう言い返すと、

「それが何? まさか皇女(こうじょ)殿下(でんか)に手を出しておいて、(ただ)で済むと思っていたの?」

ルチルは(いか)りの形相(ぎょうそう)でギロッと、ネフール老子(ろうし)(にら)み付け、(うな)る様な低い声で言った。

殿下(でんか)何処(どこ)だと聞いてますのよ! さっさと答えなさい! さもないと、この()(りゅう)に言って、その(たる)みきった首と(どう)を別々にして差し上げますわよ?」

エルフリーデも何時(いつ)になく苛立(いらだ)った様子(ようす)で、ネフール老子(ろうし)にそう言って(すご)む。

「ち、ち、地下に!」

彼女たちに(すご)まれ、ネフール老子(ろうし)はすっかり(おび)え、声を(ふる)わせながら答えた。

「行って下さい。 ルチル様。 ここの者たちは(みな)(わたくし)とサリア様で吹っ飛ばして差し上げますので」

それを聞いて、エルフリーデは側に居たルチルに向かって言った。

(たの)んだわよ。 エフィ。 サリア様」

ルチルは背中(せなか)()しに彼女に言うと、

了解(りょうかい)ですわ」

エルフリーデは不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、ルチルにそう返した。

 二人とも、彼等(かれら)が、ロナードに怪我(けが)を負わせ、セネトも誘拐(ゆうかい)した事に、(いか)心頭(しんとう)の様だ。

「お、お二人とも、くれぐれも程々(ほどほど)に……」

ギベオンは、心配そうな表情を浮かべ、おずおずとした口調(くちょう)でサリアとエルフリーデに言った。

(わたくし)大丈夫(だいじょうぶ)ですけれど、サリア様はどうかしら? ロナードに怪我(けが)をさせた上に、(たち)の悪い(どく)()られた事に相当(そうとう)(おこ)っている様ですので保証(ほしょう)しかねますわ」

エルフリーデはニッコリと笑みを浮かべながら、ギベオンにそう言い返した。

 その目が笑っていなかったのが、物凄(ものすご)(こわ)い……。

「心配しないで。 ぜ――んぷ、綺麗(きれい)に吹っ飛ばしてあげるから」

サリアはニッコリと笑みを浮かべながら、何気(なにげ)に恐ろしい事を言って退けた。

「さ、サリア様……」

ギベオンは、サリアが冗談(じょうだん)などでは無く、本気でそうしようとしていると(さと)ると、恐怖(きょうふ)に顔を引き()らせながら(つぶや)く。

(何で……宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)の中でも、一、二を争う(ほど)に血の気の多い二人が来たんだ……)

ギベオンは心の中でそう(つぶや)くと、泣きたい気持ちになった。

「行きましょう。 ギベオン。 巻き込まれたら大変だわ」

ルチルは、向かって来る(やから)蹴散(けち)らしながら、背中(せなか)()しにギベオンに声を掛ける。

「そ、そうだな……」

サリアとエルフリーデをこの場に残す事に、一抹(いちまつ)の不安を抱きつつも、ギベオンは返事をした。


「何だか、上が(さわ)がしいな……」

セネトは(おもむろ)に、上を見上げながら(つぶや)く。

「お(むか)えが来た様です。 ()げるなら今しかありません」

セネトの脱出(だっしゅつ)に手を貸す事を約束(やくそく)した、黒装束(くろしょうぞく)の青年はそう言うと、何処(どこ)からか奪って来たのか、鍵束(かぎたば)の中から牢屋(ろうや)(かぎ)を探している。

「そうか」

セネトは落ち着いた口調(くちょう)で言った。

「こんなに早く居場所(いばしょ)を突き止められた事には(おどろ)きですが、まあ、(おそ)かれ、早かれ、こうなりますよね……」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

 セネトが誘拐(ゆうかい)されたのは、昨日の夕暮(ゆうぐ)れ時だ。

 昨日の内にセネトの監禁(かんきん)場所(ばしょ)を突き止め、日が(のぼ)って辺りが明るくなると同時(どうじ)に、ここに()め込んで来た。

「では脱出(だっしゅつ)といきましょう。 殿下(でんか)

牢屋(ろうや)(かぎ)を開けると、黒装束(くろしょうぞく)の青年はセネトに言う。

「ああ」

セネトはそう言って、(うなず)き返す。

「ところで……」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は身を(かが)め、セネトの足枷(あしかせ)(かぎ)で開けながら、そう声を掛けて来た。

「?」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、彼を(おもむろ)に見る。

給与(きゅうよ)ってどのくらい(もら)えます?」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、呑気(のんき)にその様な事を問い掛けて来たので、

「その手の話は、此処(ここ)から出たら(いく)らでも聞いてやる」

セネトは一瞬(いっしゅん)呆気(あっけ)に取られたが、軽く溜息(ためいき)を付くと、黒装束(くろしょうぞく)の青年に言った。

約束(やくそく)ですよ?」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、声を(はず)ませながら言う。

(まった)く。 調子(ちょうし)の良い(やつ)だな……)

昨日までこの世の終わりの様な顔をして居たと言うのに、セネトに(やと)われる(さい)給与(きゅうよ)の事を心配している彼を見て、セネトは心の中で(つぶや)くと苦笑(にがわら)する。

 黒装束(くろしょうぞく)の青年としては、(ちょう)い間、何処(どこ)まで続いているのか分からない、暗いトンネルの中を進んで来て、やっと外の光が差し込んで来た……そう言う気分なのだろう。

 足枷(あしかせ)手錠(てじょう)を外して(もら)ったセネトは、黒装束(くろしょうぞく)の青年に先導(せんどう)され、薄暗(うすぐら)く、黴臭(かびくさ)い、湿(しめ)った地下を歩き出した。

 そうは言っても、地下の空間はそれ(ほど)(ひろ)くは無く、セネトが閉じ込められていたものと同じ大きさの牢屋(ろうや)が手前にあと一つあって、(せま)通路(つうろ)を行った突き当たりの右手に、上へ上がる石畳(いしだたみ)の階段があるだけだ。

「セティ!」

階段の方から、聞き馴染(なじ)みのある若い女性の声がして来た。

「ここだ! ルチル!」

セネトはとっさに大きな声で返事をした。

 直ぐに、石畳(いしだたみ)()る鉄の具足(ぐそく)の音が複数(ふくすう)して、カンテラの明かりが見えてきた。

「ご無事(ぶじ)で!」

前を行く、若い男がセネトを見るなり、安堵(あんど)に満ちた声で言って来た。

「ルチル! ギベオン!」

(うす)らと()らされている、向こうから来た相手(あいて)の顔を見て、セネトは心底(しんそこ)ホッとした表情を浮かべ、助けに来た相手(あいて)の名を呼んだ。

「この者は?」

セネトの側に居た、黒装束(くろしょうぞく)の青年の存在(そんざい)に気付くと、ギベオンは警戒(けいかい)した様子(ようす)で、セネトに問い掛ける。

老子(ろうし)見限(みかぎ)り、(ぼく)脱走(だっそう)に手を()してくれた」

セネトは簡潔(かんけつ)に説明すると、

信用(しんよう)して大丈夫(だいじょうぶ)なの?」

ルチルが、不信感(ふしんかん)に満ちた目を黒装束(くろしょうぞく)の青年に向けつつ、セネトに問い掛ける。

「オレが信用(しんよう)出来(でき)るかどうかは、追々(おいおい)で良いでしょう? それよりも今は、ここから出るべきじゃないですか?」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、苦笑(にがわら)()じりに言った。

「それは、そうだが……」

ギベオンは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

「心配しないでギベオン。 コイツが背中(せなか)からグサリなんて出来(でき)ない様に、(わたし)が最後に行くわ」

ルチルが、落ち着き払った口調(くちょう)でそう提案(ていあん)した。

(たの)む」

ギベオンも、それが最良(さいりょう)と思ったのか、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言うと、(うなず)き返した。

「ルチル。 予備(よび)の武器を()してくれ」

セネトは、落ち着いた口調(くちょう)で自分の背後(はいご)に来たルチルに言うと、

「ええ」

ルチルはそう言って、自分が(かく)し持っていたショートソードをセネトに差し出した。

「この者に先頭(せんとう)を行かせ、脱出(だっしゅつ)の案内をさせましょう」

ギベオンは剣を黒装束(くろしょうぞく)の青年に突き付けながら、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでセネト()に言った。

「はいはい。 分かりました。 お好きな様になさって下さい」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、両手を上げ、敵意(てきい)が無い事を(しめ)しつつも、どうでも良そうな口調(くちょう)で言った。

「それより、ロナードは無事(ぶじ)なのか?」

セネトは、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでルチルに問い掛ける。

(こんな時までロナードの事を……。 どれだけ好きなのよ……)

ルチルは、(あき)れた表情を浮かべ、心の中で(つぶや)くと、セネトを見る。

「少し手傷(てきず)を負われましたが、無事(ぶじ)ですよ」

ルチルがどう答えようかと思っていた矢先(やさき)、ギベオンが(おだ)やかな表情を浮かべ、セネトに言った。

 本当は、ギベオンが言う様な軽症(けいしょう)では無いが、セネトに()らぬ心配を掛けまいと、とっさにそう言ったのだと、ルチルは理解(りかい)した。

貴女(あなた)の事を心配していたわよ」

ルチルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、セネトは安堵(あんど)の表情を浮かべる。

「自分も助けに行くと言っていましたが、怪我(けが)をしているので遠慮(えんりょ)してもらいました」

ギベオンが苦笑(にがわら)いを浮かべながら言うと、

「『助けに行く』って……。 あの傷では無理(むり)ですよ」

それを聞いた、黒装束(くろしょうぞく)の青年が思わずそう言った。

 それには、ギベオンとルチルは(そろ)って、『余計(よけい)な事を!』と言う顔をして、思い切り彼を(にら)み付けたので、二人に(にら)み付けられ、黒装束(くろしょうぞく)の青年はたじろいだ。

「そ、そんな事は無いわ! と、()(かく)物凄(ものすご)くアンタの事を心配してるって事よ。 良かったわね。 セティ」

ルチルは苦笑(にがわら)いを浮かべ、何とか誤魔化(ごまか)そうとセネトに言う。

「それはつまり、アイツは動けない(ほど)の傷を負っていると言う事だろう? そうで無ければ、アイツの性格上(せいかくじょう)、ここに来ている(はず)だ」

セネトは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、そう指摘(してき)すると、ルチルは困惑(こんわく)した顔をして、助けを求める様に思わずギベオンを見る。

殿下(でんか)。 本当に大事をとっているだけです」

ギベオンは、真剣(しんけん)な面持ちでセネトに言う。

「どの道、宮廷(きゅうてい)に戻れば分かる事だ」

セネトは、表情を(けわ)しくしたまま、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言うと、ルチルとギベオンは、困った表情を浮かべながら(たが)いの顔を見合わせ、彼らの話を聞いていた黒装束(くろしょうぞく)の青年は、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべる。


 ルチル()によって、無事(ぶじ)に地下から出て来たセネトは、目の前の光景(こうけい)呆然(ぼうぜん)とした。

「こ、これは……」

ギベオンも、自分の想像(そうぞう)を超えた光景(こうけい)に思わずその場に立ち尽くし、呆然(ぼうぜん)とした様子(ようす)(つぶや)く。

 この倉庫(そうこ)は、農場(のうじょう)内にある倉庫(そうこ)の中でも大きい方だった(はず)なのに、今や、その原型(げんけい)(とど)めない(ほど)()(かい)され、床の上にはネフール老子(ろうし)(やと)った傭兵(ようへい)と思われる、(がら)の悪い男たちが(そろ)って(うめ)き声を上げて倒れており、首謀者(しゅぼうしゃ)のネフール老子(ろうし)恐怖(きょうふ)のあまり、口からカニの様に(あわ)を吹き、腰を抜かして座り込んだまま失禁(しっきん)し、気絶(きぜつ)している。

「やり過ぎだ……」

セネトは、(ひたい)片手(かたて)()え、ゲンナリした表情を浮かべ、(つぶや)く。

「ああ。 殿下(でんか)!」

「あ、セレンディーネ様。 ご無事(ぶじ)でしたか。 良かった」

セネトに気付いた、エルフリーデとサリアは、実に清々(すがすが)しい表情を浮かべ、声を弾ませ、そう言って来た。

「お二人とも! 程々(ほどほど)にと言った(はず)ですよ!」

ギベオンが、(あせ)りの表情を浮かべながら、破壊(はかい)(かぎ)りを尽くした二人に向かって、そう抗議(こうぎ)をする。

「あら?」

「その様な事、(おっしゃ)いました」

エルフリーデとサリアは(そろ)って、ニッコリと笑みを浮かべながら、その様に言い返した。

 それには、ルチルも思わず吹き出し、声を上げて笑う。

(まった)く……」

セネトも、全く反省(はんせい)する様子(ようす)もなく、(むし)ろ楽しそうにしているエルフリーデとサリアを見て、もはや苦笑(にがわら)いを浮かべる(ほか)()かった。

「さっさと、そこの(じじい)(しば)り上げて、引き上げましょ」

ルチルは、倉庫(そうこ)(すみ)放心(ほうしん)しているネフール老子(ろうし)に目を向けつつ、セネト()に向かって言った。

「そうだな」

ギベオンはそう返すと、近くに居た兵士(へいし)合図(あいず)(おく)る。

 兵士(へいし)たちは(いそ)いで、持っていた(なわ)でネフール老子(ろうし)拘束(こうそく)へ向かった。

「もう帰るのですか? もう二度と、この様な事をする気にならない位に、徹底的(てっていてき)に叩いた方が(よろ)しいのではなくって?」

エルフリーデは、不満(ふまん)そうな表情を浮かべながら、セネト()に言った。

「いや、もう十分でしょ……」

彼女等(かのじょら)一緒(いっしょ)に居たルフトは、何故(なぜ)物凄(ものすご)(つか)れた顔をして、そう(つぶや)く。

「これ以上、何処(どこ)をどう(こわ)すって言うんだ……」

セネトは、朝日に()らされ、すっかり原型(げんけい)を失った倉庫(そうこ)を見て、呆気(あっけ)に取られながらそう(つぶや)いた。


「セネト!」

ロナードはそう叫びながら、セネトの元へと駆け出すが、足元がふらついてその場に(くず)れ込む。

大丈夫(だいじょうぶ)か?」

それを見たセネトは、(あわ)ててロナードの下へと駆け寄ると、そう声を掛ける。

 すると、ロナードは自分の前に(かが)み込んだセネトを思い切り()きしめ、

御免(ごめん)……セネト。 (おれ)不甲斐(ふがい)ないばかりに……」

声を(ふる)わせながら、そう言って来た。

(ふる)えている……)

セネトは、自分を()きしめているロナードの手が(ふる)えている事に気付くと、心の中で(つぶや)く。

 良く見ると、ロナードの肩の辺りには包帯(ほうたい)が巻かれており、(ほお)にも(いく)つも(かす)(きず)があり、世辞(せじ)にも顔色が良いとは言い(がた)かった……。

「ロナード。 (ぼく)は何とも無いから、そんなに自分を()めるな」

セネトは、自分を()きしめているロナードの手に、自分の手を()えながら、(やさ)しい口調(くちょう)で言った。

「でも……」

ロナードは、セネトから身を(はな)すと、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら(つぶや)く。

「お前の方が、死にそうな顔をして居るじゃないか……」

ロナードの様子(ようす)を見て、セネトは苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

御免(ごめん)……。 肝心(かんじん)な時に何も出来(でき)なくて……。 助けに行けなくて……本当に御免(ごめん)

ロナードは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべながら、セネトに言った。

「そう言う意味で言ったんじゃない。 (まった)く。 何て(ざま)だ。 お前はもっと自分を大事にした方が良いぞ。 これでは体が(いく)つあっても足りない」

セネトは、軽く溜息(ためいき)を付いてから言うと、ロナードの背中(せなか)を優しくポンポンと叩くと、(やさ)しい笑みを浮かべ、

(ぼく)大丈夫(だいじょうぶ)だから、お前はもう休め」

(やさ)しくそう言うと、ロナードは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつも(うなず)き返した。

「行きましょう。 ロナード様」

ギベオンが(やさ)しくロナードにそう声を掛けると、彼の体を支える様に立ち上がり、ゆっくりとした足取りで、彼を部屋へと連れて行く。

「あの(どく)を受けて、もう動けるなんて……どうなってるんですか? あの人。 (いく)解毒(げどく)をしたからって……普通(ふつう)半日(はんにち)は動けないですよ」

セネトの脱出(だっしゅつ)に手を貸した、黒装束(くろしょうぞく)の青年は、ギベオンに支えられ、フラつきながらも、自分の足で歩いているロナードに、(おどろ)きと戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

「お前が(もど)って来たと聞いて、周りの制止(せいし)も聞かず、部屋から飛び出したんだ。 今回の事に責任(せきにん)を強く感じていたのもあるだろうが、それ以上にお前の事が心配だったんだろう。 一睡(いっすい)もせず、お前が(もど)って来るのを待って居たんだ。 今頃(いまごろ)、ベッドの上に(くず)れ込んでいるだろうな」

ロナードと入れ(ちが)いに現れたカルセドニ皇子(おうじ)は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、セネト等にロナードの事を話した。

「……馬鹿(ばか)なヤツ……」

セネトは、(うれ)しい気持ちと、申し訳ない気持ちが入り()じった、複雑(ふくざつ)な顔をして(つぶや)いた。

無事(ぶじ)で何よりだ。 セティ。 流石(さすが)(わたし)(きも)を冷やしたぞ」

カルセドニ皇太子は、安堵(あんど)の表情を浮かべつつ、セネトに言った。

「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。 兄上」

セネトは、申し訳なさそうに言うと、

「いや、あの時間帯(じかんたい)(けい)()(すき)があった。 お前やユリアスを(とが)めるつもりはない」

カルセドニ皇子(おうじ)は、落ち着いた口調(くちょう)で言った。

殿下(でんか)の仰る通りだわ。 (わたし)たちがもう少し、あなた達に気を(つか)って居ればそもそも、こんな事にはなって無かった(はず)なのだから……」

ルチルは、苦々(にがにが)しい表情を浮かべながら、セネトに言った。

「何者かが意図的(いとてき)に、警備(けいび)(すき)を作ったと様だ」

カルセドニ皇子(おうじ)は、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで言ってから、

「おっと……。 そんな話は、今すべき事では無いな。 お前も今日はもうゆっくり休め。 この(けん)については後日、話をしよう」

(やさ)しい口調(くちょう)でセネトに言った。

「分かりました。 今日は大人しく休む事にします」

セネトはニッコリと笑みを浮かべ、カルセドニ皇子(おうじ)に言った。

「そうしてくれ。 (わたし)はお前が無事(ぶじ)(きゅう)(しゅつ)された事をティアマト大老子(だいろうし)報告(ほうこく)する。 ユリアスには良く養生(ようじょう)する様に伝えてくれ」

カルセドニ皇子(おうじ)は、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、

「伝えておきます。 色々と有難(ありがと)御座(ござ)いました。 兄上」

セネトはそう言うと、カルセドニ皇子(おうじ)に深々と頭を下げた。


それから数日後……。

「お前の処遇(しょぐう)が決まったぞ」

セネトの脱出(だっしゅつ)に手を貸した、黒装束(くろしょうぞく)の青年の下に、ギベオンが(おとず)れ、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でそう()げて来た。

 彼は、ネフール老子(ろうし)見限(みかぎ)り、セネトの下に身を寄せてから、牢獄(ろうごく)にこそ入れられなかったものの、セネトを誘拐(ゆうかい)した(ぞく)の一人と言う事で、部屋に軟禁(なんきん)されていた。

「やっぱり、処刑(しょけい)ですか?」

彼は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら問い掛ける。

「いや。 ある方の護衛(ごえい)をさせる」

ギベオンは、落ち着き払った口調(くちょう)で告げると、それを聞いた彼は、物凄(ものすご)(おどろ)いた。

「これから、その方の下へ案内するから付いて来い」

ギベオンは、事務的(じむてき)口調(くちょう)で告げると、『付いて来い』と言わんばかりに、(きびす)を返した。

 彼は(あわ)てて、ギベオンの後を追い駆けた。

 広々とした廊下(ろうか)に出ると、前を行くギベオンが事務的(じむてき)口調(くちょう)で、

「そのお方は、アルスワット公爵(こうしゃく)分家(ぶんけ)の方で、近く、殿下(でんか)(こん)(やく)される」

(アルスワット公爵(こうしゃく)分家(ぶんけ)って、無茶苦茶(むちゃくちゃ)いい所のぼんぼんじゃないか! しかも、お(ひめ)(さま)(こん)約者(やくしゃ)とか……。 そんな大事なお人の護衛(ごえい)をオレにって……何考えてるんだよ)

ギベオンの話を聞いて、彼は戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)く。

「お前は(すで)に、その方と会った事がある。 (ゆえ)に、向こうはお前に対して良い印象(いんしょう)を持っていない可能性(かのうせい)が非常に高い。 最悪(さいあく)(ころ)しに()かるかも知れん」

ギベオンは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)()げるので、それを聞いた彼の顔から、みるみる血の気が引く。

(オレ、貴族(きぞく)のお(ぼっ)ちゃんに、そんなに(うら)まれる様な真似(まね)したっけ?)

そして、その様に思った。

「まあ、会えば分かる」

ギベオンがそう言うと、ある部屋の前に立ち止まり、(おもむろ)(とびら)をノックすると、中から返事がしたので、彼は何の躊躇(ためら)いもなく部屋の入口の扉を開く。

 そこには、セネトを間違(まちが)えて誘拐(ゆうかい)した(さい)誘拐(ゆうかい)に気付いて追い駆けて来て、彼とやりあった、(れい)の『美人さん』が居た。

(は? え? ええーーっ! いやいやいやや……)

ロナードを前にして彼は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、思わずギベオンを見ると、彼は真剣(しんけん)な顔をして静かに(うなず)いただけであった。

(ま、マジかよ……)

ギベオンの態度(たいど)を見て、彼は心の中でそう(つぶや)くと、思わずたじろいだ。

「いゃあ……。 そんなに(にら)まないで下さい。 ()(くさ)いですよぉ」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、たじろぎながら、自分を思い切り(にら)み付けているロナードに言った。

 ロナードは、部屋の中央に置かれたテーブルを(かこ)む様に配されたソファーの中で、一番の奥にある物に座っており、物凄(ものすご)不快(ふかい)な顔をして、部屋の入り口の前にギベオンに(ともな)われて立っている、黒装束(くろしょうぞく)の青年を(にら)んでいる。

(美人なのは知っていたけれど、こう(めん)と向かって(にら)まれると……流石(さすが)(こわ)い)

流石(さすが)の彼も、ロナードに敵意(てきい)()き出しにされ、(にら)まれているのでたじろぎ、心の中で(つぶや)いた。

「……コイツをミンチにしても良いか? ギベオン」

ロナードは、黒装束(くろしょうぞく)の青年を(にら)んだまま、(うな)る様な声でギベオンに問い掛けた。

(オレに(ころ)され掛けた事、根に持ってるな……)

その言葉を聞いて、彼は心の中で(つぶや)くと、苦笑(にがわら)いを浮かべた。

「お気持ちは分かりますが、それは勘弁(かんべん)してやって下さい。 彼はネフール老子(ろうし)見限(みかぎ)り、殿下(でんか)脱走(だっそう)に手を()してくれたのですから」

ギベオンは困った様な表情を浮かべ、そう言ってロナードを(なだ)める。

「……」

ロナードは、物凄(ものすご)不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべて居る。

「あの時は、ホっっントに済みませんでしたっ!」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は物凄(ものすご)真剣(しんけん)な表情を浮かべ、ロナードにそう謝罪(しゃざい)してから、深々と(こうべ)()れた。

 彼としても、ロナードの事は予想(よそう)(がい)で、目的(もくてき)を達する為に止むを得ず取った手段であって、ロナードを(がい)する意図(いと)は無かったのだが、そう弁明(べんめい)したところで……だ。

謝罪(しゃざい)をさせる(ため)だけに、コイツを(おれ)の所に?」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でギベオンに問い掛ける。

(するど)いな。 この人)

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、心の中でそう(つぶや)くと、苦笑(にがわら)いを浮かべた。

 彼も、セネトが下した事には度肝(どぎも)()かれ、ロナードがそれを(ゆる)してくれるのか、不安でならなかった。

「彼はネフール大老子(だいろうし)見限(みかぎ)り、殿下(でんか)を助けた所為(せい)で行く場が無いそうで、殿下(でんか)たちの下で働きたいと言って居ます」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)でロナードに、黒装束(くろしょうぞく)の青年が此処(ここ)に居る経緯(けいい)簡潔(かんけつ)に語った。

「……お前ほどの腕ならば、傭兵(ようへい)としても立派(りっぱ)にやっていけるだろう。 態々、主従(しゅじゅう)(しば)られる必要(ひつよう)は無いと思うが」

ロナードは淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべている黒装束(くろしょうぞく)の青年に言った。

「オレを評価(ひょうか)して下さるのは(うれ)しいんですが、相手(あいて)老子(ろうし)ですよ? 自分を裏切(うらぎ)った(やつ)を生かしておく(はず)が無いじゃないですか」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、自分の腹の前で組んだ両手をモジモジと動かしながら、困った様な表情を浮かべながら言った。

「あの(じじい)は、今回の事で寺院(じいん)(ない)地位(ちい)(うしな)い、社会的にも(ほふ)られる。 お前に(かま)っている余裕(よゆう)があるとは思えないが……。 まあ……老子(ろうし)の家族や家臣(かしん)逆恨(さかうら)みされる言う可能性(かのうせい)(いな)めないが……」

ロナードは、軽く溜息(ためいき)を付いてから、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言う。

「でしょ? 行き場のない、(あわ)れなオレに(すく)いの手をお願いします」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、物凄(ものすご)真剣(しんけん)面持(おもも)ちでロナードに言うと、(すが)る様な眼差(まなざ)しを彼に向ける。

「……」

ロナードは、(すご)迷惑(めいわく)そうな表情を浮かべながら、彼を見ている。

(確かにコイツなら、相手(あいて)に気付かれぬ様に護衛(ごえい)をするのは勿論(もちろん)だが、密偵(みってい)でも暗殺(あんさつ)でもこなせるとは思うが……)

自分に(すが)る様な視線(しせん)を向ける、黒装束(くろしょうぞく)の青年を見ながら、ロナードは心の中で(つぶや)いた。

「ギベオン。 セネトは何と言っているんだ?」

ロナードは、助けを(もと)める様にギベオンに問い掛ける。

セネトの事である。

 何の考えも無しに、この黒装束(くろしょうぞく)の青年を自分と面会(めんかい)される訳が無い。

「ルチルは制約(せいやく)魔術(まじゅつ)(しば)れば、側に置いても大丈夫(だいじょうぶ)ではないかと言っています。 殿下(でんか)もルチルの考えに賛同(さんどう)しています」

ギベオンは、事務的(じむてき)口調(くちょう)でロナードの問い掛けに答える。

「……制約(せいやく)魔術(まじゅつ)と言うが、(よう)(のろ)いの一種(いっしゅ)だろう? (おれ)賛同(さんどう)しかねる」

ロナードは、あまり気の進まない様子(ようす)でギベオンに言うと、

「お気持ちは分かりますが、これは彼の(ため)でもあります。 自分たちや貴方(あなた)が彼を信頼(しんらい)しても、(ほか)の者はそうはいかないでしょう。 多くの者は彼の事を良くは思わない(はず)です。 周囲(しゅうい)()らぬ疑念(ぎねん)や不安を(いだ)かせない(ため)にも、必要(ひつよう)な事だと自分は考えます」

ギベオンは、自身も隷属(れいぞく)(のろ)いを受けているロナードの心中を(さっ)し、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、彼にそう返した。

 ロナードはテーブルの上に片方(かたほう)(ひじ)を付き、その上に(あご)を乗せ(しばら)く、物凄(ものすご)真剣(しんけん)な顔をして思慮(しりょ)して居たが……。

「……ギベオンがそこまで言うのなら、お前達の考えに(したが)おう」

観念(かんねん)した様に軽く溜息(ためいき)を付くと、ギベオンに答えた。

(この人のお(ひめ)(さま)への信頼(しんらい)半端(はんぱ)()いな……)

少し(しぶ)りはしたが、黒装束(くろしょうぞく)の青年の予想(よそう)を良い意味で裏切(うらぎ)る返事をロナードがした事に戸惑(とまど)いながら、心の中で(つぶや)いた。

「ご理解(りかい)(いただ)けて助かります」

ギベオンは、ホッとした表情を浮かべ、ロナードに言った。

 彼も、ロナードが全力(ぜんりょく)(ことわ)って来たらたらどうしようと、内心(ないしん)(おも)って居た様だ。

「それで、コイツの面倒(めんどう)(おれ)が見ろと言う事だろう?」

ロナードは、『フーッ』と軽く溜息(ためいき)を吐いてから、気乗(きの)りしない様子(ようす)でギベオンに静かに言った。

「はい。 ロナード様には専属(せんぞく)護衛(ごえい)が居ませんので……。 今回の一件(いっけん)もありますし、以前(いぜん)から殿下(でんか)が心配されておられましたので……」

ギベオンはニッコリと笑みを浮かべ、ロナードに答える。

「そうか……仕方(しかた)が無いな……」

ロナードは、(ひたい)片手(かたて)を添えつつも、意外(いがい)にもあっさりと返した。

(ありゃ? もっと(いや)がると思ったんだけどな……)

自分の想定(そうてい)(はる)かに()え、あっさりと受け入れたロナードに、黒装束(くろしょうぞく)の青年は戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)いた。

「……それで、お前の名前は?」

ロナードは、渋々(しぶしぶ)といった様子(ようす)で、黒装束(くろしょうぞく)の青年に問い掛けると、

「オレみたいな使い捨ての(こま)に、名前なんて無いですよ」

彼は苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードの問い掛けに即答(そくとう)した。

「……」

それを聞いて、ロナードは(たちま)ち表情を(くも)らせ、(だま)ってしまった。

(あれ? 何か、マズイ事を言ったかな? オレ)

思っていた反応(はんのう)(こと)なり、かなり深刻(しんこく)な顔をして居るロナードに、黒装束(くろしょうぞく)の青年は戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

「ならば、お前は寺院(じいん)に居る時は、何と呼ばれていたんだ?」

ギベオンは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、黒装束(くろしょうぞく)の青年に問い掛ける。

「うーん……大抵(たいてい)は『おい』とか『お前』とか……あとは番号や身に付けている腕章(わんしょう)の色とかで呼ばれていました」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は天を(あお)ぎ、一瞬(いっしゅん)だけ考えてから、実にアッサリとした口調(くちょう)で答えた。

 それに、ロナードは益々表情を(くも)らせたので、黒装束(くろしょうぞく)の青年は戸惑(とまど)った。

「名前が無いと言うのは不便(ふべん)ですね……」

ギベオンは、ロナードが何故(なぜ)、その様な顔をするのか理由を知っているのか、黒装束(くろしょうぞく)の青年に気の毒そうな視線(しせん)を向けつつも、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言った。

 ロナード自身、イシュタル教会の孤児(こじ)(いん)では、人では無く、物の様に(あつか)われて来たし、孤児(こじ)(いん)から逃げ出した後も、各地(かくち)不遇(ふぐう)子供(こども)(たち)を目にしてきた。

 そう言う風に(あつか)われる(つら)さを理解しているが(ゆえ)に、ロナードは彼に安易(あんい)な言葉を掛ける事が出来(でき)ずに居た。

「気にした事が無いんで……。 好きな様に呼んでもらって(かま)わないですよ。 単純(たんじゅん)に数字で一、二でも、何でも」

黒装束(くろしょうぞく)の少年は、ヘラヘラと笑いながら、物凄(ものすご)く軽い口調(くちょう)で言った。

「それは流石(さすが)に……。 物では無いのだから……」

それを聞いて、ギベオンは(にわ)かに眉を(しか)め、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言った。

(ギベオンさん。 やっぱ良い人だわ)

ギベオンの反応(はんのう)を見て、黒装束(くろしょうぞく)の青年は心の中で(つぶや)いた。

 セネトの周りたちの多くは不審(ふしん)がって、自分と関わりを持ちたがらない中で、ギベオンだけが、黒装束(くろしょうぞく)の青年の事を何かと気に掛け、(やさ)しい声を掛けてくれて居た。

 セネトに彼の事を(たの)まれていたのもあるかも知れないが、それでも、今まで自分の事を汚物(おぶつ)でも見る様な目を向け、暴力(ぼうりょく)()るい、暴言(ぼうげん)()()らし、(ひど)(あつか)いをして来た者たち(ちが)い、ギベオンは(いや)しい身分(みぶん)の自分に対しても、真摯(しんし)態度(たいど)(くず)さないので、黒装束(くろしょうぞく)の青年は好感(こうかん)を抱いて居た。

「じゃあ……『アイク』でどうだ?」

ロナードがポツリとそう言うと、それを聞いた二人が思わず、彼の方へと目を向ける。

「アイク……」

ギベオンがそう(つぶや)いて居ると……。

「あの……オレ、学が無いので、どう言う意味があるのか、分からないんですけど……」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、ロナードに言う。

「『剣の(やいば)』と言う意味だ」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で答える。

「剣の(やいば)……」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、(つぶや)いてから、

(やべぇ。 かっけぇ……)

心の中で(つぶや)くと、嬉々(きき)とした表情を浮かべた。

「気に入らないか?」

少し、戸惑(とまど)って居る様子(ようす)黒装束(くろしょうぞく)の青年を見て、ロナードは(おもむろ)にそう問い掛けると、

「いえ! いいえ! メッチャ良いです! かっけぇ……」

黒装束(くろしょうぞく)の青年は、目を輝かせ、嬉々(きき)とした表情を浮かべ、声を(はず)ませて答えた。

「そうか。それは良かった」

ロナードは、(よろこ)んでいる黒装束(くろしょうぞく)の青年を見てそう言うと、フッと笑みを()らした。


(あるじ)~っ。 重いでしょう? お持ちしますよ?」

『アイク』と名付けられた黒装束(くろしょうぞく)の青年は、嬉々(きき)とした表情を浮かべながら、自分の名付け親で、新たな(あるじ)となったロナードに声を掛ける。

 ロナードは両手で、分厚(ぶあつ)魔道書(まどうしょ)数冊(すうさつ)(かか)えており、細身(ほそみ)の彼だと尚更(なおさら)、重そうに見えた。

「……だから、その呼び方は止めろと……」

ロナードは、(いや)そうな表情を浮かべながら、自分の下へ駆け寄って来たアイクに言った。

「えー。 良いじゃないですか。オレに名前をくれたの、(あるじ)なんですから」

アイクはニコニコと笑みを浮かべながら、ロナードに言い返した。

 彼は一週間ほど、セネトの臣下(しんか)になる(ため)手続(てつづ)きや、臣下(しんか)としての心得(こころえ)作法(さほう)制約(せいやく)魔法(まほう)(ほどこ)したりした後、今日から正式にロナードの護衛(ごえい)任務(にんむ)()いたのだ。

 アイクは、寺院(じいん)とは関係の無い、(まった)(ちが)う場所で再スタート出来(でき)る事に心から(よろこ)びを感じており、物凄(ものすご)くウキウキして居るのだが、ロナードは(いた)って普通(ふつう)だ。

 いや寧ろ、そんなアイクをちょっと冷めた目で見ている。

「お前は、犬猫(いぬねこ)か何かか?」

ロナードは、(あき)れた表情を浮かべ、冷ややかな視線(しせん)を向けつつ、淡々とした口調(くちょう)で言った。

(ああ……。 そんな冷たい目で見られるのも、何か良い)

テンションの高いアイクは、心の中でそう(つぶや)く。

「じゃあ、(ちゅう)(けん)って事で。 (よろ)しくですワン」

アイクはニッと笑みを浮かべ、冗談(じょうだん)()じりにそう返すと、

「……」

ロナードは物凄(ものすご)複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、視線(しせん)()らした。

(おや、機嫌(きげん)(そこ)ねたかな?)

ロナードの反応(はんのう)を見て、アイクは心の中で(つぶや)き、不安そうに彼を見て居ると、

「そんな風に、自分を卑下(ひげ)するな」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべたまま、アイクにそう言った。

「えっ……。 あ、はい……」

思いがけぬ言葉に、アイクは戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、返事をした。

「ん」

ロナードはそう言って、(おもむろ)に自分が抱えていた分厚い魔道書(まどうしょ)を差し出して来た。

「えっ……」

アイクは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードを見ると、

「……手伝いたそうだったからな」

ロナードは、素っ気ない口調(くちょう)でそう言った。

「はい!」

アイクはニッコリと笑みを浮かべ、声を(はず)ませて嬉しそうに言うと、ロナードが持っていた魔道書(まどうしょ)を全て受け取った。

(何だかんだで(やさ)しいな。 この人)

アイクは、戸惑(とまど)いながらも、ロナードが自分を受け入れようとしている事を感じ、心の中で(つぶや)いた。

「あら。 ユリアス」

ふと、背後から若い女性の声がしたので、アイクはロナード(とも)に振り返った。

 少し癖のある背中(せなか)まである黒い(ちょう)い髪を下ろした、少し目尻が上がった緑色の双眸(そうぼう)を有し、紫の糸で刺繍(ししゅう)(ほどこ)されたフード付のローブに身を包んだ、色白で小柄(こがら)な、可愛(かわい)らしい顔立(かおだ)ちの女性が居た。

(この人って……倉庫(そうこ)をぶち(こわ)した人じゃん……)

アイクは彼女を見るなり、心の中でそう(つぶや)くと、顔を引き()らせる。

 セネトが誘拐(ゆうかい)された際、彼女が監禁されて居た倉庫(そうこ)をド派手(はで)破壊(はかい)した者たちの一人で、原形を(とど)めない(ほど)破壊(はかい)したと言うのに、まだ暴れ足りない様子(ようす)にしていた事をアイクはハッキリと(おぼ)えていた。

貴方(あなた)見掛(みか)けない顔ね」

彼女は、物珍(ものめずら)しそうに、アイクを見ながら言った。

「ああ。 アイクと言うんだ。 今日付けで(おれ)護衛(ごえい)(はい)(ぞく)された 。これからちょくちょく顔を合わせる事になると思う。 (よろ)しく(たの)む」

ロナードは、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で、その女性にアイクの事を紹介する。

「あ、アイクです……」

アイクは緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちでそう挨拶(あいさつ)をすると、

「ふーん。 これでギベオン様も少しは貴方(あなた)のお守りから、解放(かいほう)されるって事ですわね。 良かったですわね」

彼女は、ちょっと意地悪(いじわる)な表情を浮かべ、ロナードに言った。

(お守り……)

アイクは、皮肉(ひにく)たっぷりな物言(ものい)いの彼女にちょっとカチンと来たが、心の中でそう(つぶや)きつつ、ロナードの方へと目を向け、

「ギベオンさんに、お守りされてたんですか? (あるじ)

(おもむろ)にロナードに問い掛ける。

「されて無いと言いたい所だが、他人(たにん)から見たらその様に見えるのなら、そうなのかも知れない……」

ロナードは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべつつ、彼が思ったよりも正直に答えて来た。

(いや、そこは否定(ひてい)しよう?)

ロナードの返答(へんとう)に、アイクは思わず苦笑(にがわら)いを浮かべ、心の中で(つぶや)いた。

「そう言えば(おれ)野草(やそう)(えん)に用事があったんだ。 悪いがアイク。 先に()め所に本を持って行ってくれるか?」

ロナードは、ふと何かを思い出した様な表情を浮かべ、アイクにそう言った。

「えっ……。 あ、ちょっ……」

戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードを呼び止めようとしたが、彼は振り返る事無く、そそくさと何処(どこ)かへ行ってしまった。

大丈夫(だいじょうぶ)ですわ。 直ぐに戻って来ますわよ」

一緒(いっしょ)に居た女性は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、戸惑(とまど)っているアイクに言うが、

「いや……でも……」

アイクは、ロナードの言う宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちの詰め所が何処(どこ)なのか分からないので、困った様な表情を浮かべながら(つぶや)くと、

仕方(しかた)がないですわね。 詰所(つめしょ)まで案内して差し上げますわ」

アイクの心中を察し、女性は軽く溜息(ためいき)を付いた後、そう言った。

有難(ありがと)うございます」

(さっ)してくれた彼女に、アイクは素直(すなお)感謝(かんしゃ)の言葉を述べた。

(この人、(こわ)いかと思ったけど、良い人ぽいな)

倉庫(そうこ)を嬉々として(こわ)していた彼女に、少し恐怖(きょうふ)心を抱いていたアイクだが、思いの外、普通(ふつう)だったので、心の中で(つぶや)いた。

 自分に(すく)いの手を差し伸べてくれたセネトもそうだが、ギベオンを筆頭(ひっとう)に、自分に(やさ)しく(せっ)してくれる人たちが多く居る事に、アイクは素直(すなお)感謝(かんしゃ)したい気持ちになった。

「そうでしたわ。 (わたくし)とした事が自己(じこ)紹介(しょうかい)がまだでしたわね? 私はエルフリーデ。 ユリアスと同じ宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)ですわ。 貴方(あなた)の事は色々と聞いていますけれど、ネフール老子(ろうし)見限(みかぎ)って正解だったと思いますわ」

一緒(いっしょ)廊下(ろうか)を歩いて居ると、彼女は何気(なにげ)にそう言って来た。

「は、はあ……」

アイクは、自分の前を行く彼女に、少し気の抜けた返事をする。


「あれエフィ。 その人は(だれ)?」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちの詰め所に来るなり、アイクを見て、眼鏡(めがね)を掛けた青年が不思議(ふしぎ)そうな顔をして、エルフリーデに問い掛ける。

「アイクと言うそうよ。 ユリアスの護衛(ごえい)ですって」

エルフリーデは、素っ気ない口調(くちょう)で答えると、

「あー。 君がね。 話は聞いてるよ」

彼は、苦笑(にがわら)()じりにそう言ってから、

(ぼく)はルフト。 これでも宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)息子(むすこ)だよ」

彼は、ニッコリと笑みを浮かべながら、アイクにそう名乗ると、

「自分で『これでも』って言ってる時点(じてん)で、どうかと思いますわよ」

エルフリーデは思わず吹き出し、笑いながらルフトにそう言って()馬鹿(ばか)にすると、

「良いんだよ別に。 魔術(まじゅつ)でユリアスに(かな)うなんて、微塵(みじん)も思ってないし」

ルフトはムッとした表情を浮かべ、エルフリーデに言い返してから、

「それで、ユリアスは?」

アイクに問い掛ける。

野草(やそう)(えん)です」

アイクがそう答えると、

「それにしても、『少し』と言う割には(おそ)いと思わない?」

エルフリーデはふと、ロナードが来ない事を不思議(ふしぎ)そうに言う。

「確かに……」

アイクは、近くの(つくえ)に持って来た魔道書(まどうしょ)を置いてから、そう(つぶや)いた。

 「あの言い様だと、直ぐに来そうな感じでしたのに……」

エルフリーデはそう(つぶや)く。

「あの、野草(やそう)(えん)ってどこですか?」

アイクは心配になり、エルフリーデに問い掛けると、

「良いわ。 (わたくし)が案内して差し上げますわ」

エルフリーデがそう言うと、

「二人とも心配し過ぎ。 野草(やそう)(えん)なんて滅茶苦茶(めちゃくちゃ)人目(ひとめ)がある場所で、ロナードを(おそ)う様な人なんて居ないよ」

ルフトは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、心配そうにしている二人に言った。

「そんな事、分からないですわよ」

エルフリーデはムッとした表情を浮かべ、ルフトに言い返す。

「そうですよ。 今日は特に(あつ)いので、倒れてるかも知れないですし」

アイクも真剣(しんけん)な表情を浮かべ、ルフトに言い返した。

 二人は急いでロナードを(さが)しに野草(やそう)(えん)がある方へと向かった。

 アイクが言う様に、今日は一際(ひときわ)日差(ひざ)しが強く、空気も(あたた)められて、ローブを()ぎ捨てたい(ほど)に暑い。

 野草(やそう)(えん)には、国外から持ち込まれた薬草(やくそう)もあり、日が沈むと夜間(やかん)は冷え込む事がある(ため)、寒さに弱い薬草(やくそう)()れないよう、ガラス温室(おんしつ)の中にある。

 日中は(すべ)ての扉が開け放たれているものの、温室(おんしつ)の中と言うだけあって、外よりはずっと暑い(はず)である。

「やっぱり、倒れているのではないかしら……」

エルフリーデは、自分が思った以上に外が暑くなっているので、不安そうにそう(つぶや)いた。

 そうして二人は、野草(やそう)(えん)に来たのだが、そこにロナードの姿が無い……。

(あるじ)?」

アイクは周囲(しゅうい)を見回しながら、呼び掛けていると、何処(どこ)からか、可愛(かわい)らしい(おさな)(ねこ)の声が聞こえてきた。

「?」

アイクは(おもむろ)に、(ねこ)の声がした方へ振り返ると、少し(ちょう)めの黒髪を有した、黒いローブを着た人物が木陰(こかげ)の側で(うずくま)っていた。

(あるじ)!」

アイクは(あわ)てて、温室(おんしつ)の中から出ると、木陰(こかげ)の方へと駆け寄り、それを見た子猫(こねこ)たちが蜘蛛(くも)の子を()らした様に、一斉(いっせい)にその場から逃げる。

「?」

木陰(こかげ)(うずくま)っていた人物は(おどろ)いた様子(ようす)で、駆け寄って来たアイクの方へと振り返った。

「アイク?」

ロナードは、(おどろ)いた表情を浮かべ、自分の背後(はいご)に立っているアイクを見上げる。

 その両手には、彼の片手(かたて)にスッポリと収まりそうな(ほど)、とても小さな(ねこ)両脇(りょうわき)の下を抱えられ、両脚をプラーンとぶら下げた様な格好(かっこう)で、キョトンとした顔をしてロナードに抱かれていた。

 彼の足元には、母猫(ははねこ)だろうか。

 あまり体の大きく無い、少し()せた猫が鶏肉(とりにく)()でた物だろうか、地面に置かれているそれを、脇目(わきめ)()れずに無心(むしん)(むさぼ)っていた。

「……なに……してるんですか?」

てっきり、強い日差(ひざ)しに気分が悪くなり、(うずくま)っているのかと思ったアイクは、自分の想像とは(ちが)状況(じょうきょう)戸惑(とまど)いながら、(おもむろ)にロナードに問い掛けた。

「え……いや、見ての通り、母猫(ははねこ)(えさ)をやってるんだが……」

ロナードも、何故(なぜ)物凄(ものすご)く焦った様子(ようす)でアイクが駆け寄って来たので、子猫(こねこ)を抱いたまま、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら答える。

「は?」

ロナードの返答(へんとう)を聞いて、アイクは思わず間抜(まぬ)けな声を上げ、目を点にした。

「来るのが(おそ)いので、何かあったのではないかと心配して来てみれば……貴方(あなた)ね……」

(おく)れてやって来たエルフリーデは、(あき)れた表情を浮かべ、ロナードに言った。

「え……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

「はあ……(おどろ)かさないで下さいよ。 こんな所に(うずくま)ってるから、てっきり、気分が悪くなって動けなくなってるのかと思いましたよ」

アイクは、深々と溜息(ためいき)を付いてから、(ひたい)片手(かたて)を添え、ロナードに言った。

「何か御免(ごめん)……」

アイクの様子(ようす)を見て、ロナードは申し訳なさそうに言った。

(まった)く……」

エルフリーデも、(あき)れた表情を浮かべながら(つぶや)いてから、

「それは、何処(どこ)から(ひろ)って来まして?」

母猫(ははねこ)を見下ろしながら、少し苛立(いらだ)った口調(くちょう)でロナードに問い掛ける。

「いや……(ひろ)って来たんじゃ無く、温室(おんしつ)の中に(まよ)い込んで来ていたんだ。 その時は(ひど)い雨だったし、今にも子供か生まれそうな感じだったから……放って置けなくて……」

ロナードは、(しか)られた犬の様な表情を浮かべつつ、ちょっと腹を立てている様子(ようす)のエルフリーデに説明した。

「はあ……」

エルフリーデは片手(かたて)(ひたい)を当て、(あき)れた表情を浮かべながら、溜息(ためいき)を付いた。

「もしかして……ここは(ねこ)を入れては駄目(だめ)だったのか?」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、エルフリーデに問い掛ける。

「そう言う訳では無いですけれど……貴方(あなた)の事を良く思っていない人が、貴方(あなた)がこの子たちを世話(せわ)していると知って、(ねこ)危害(きがい)を加える可能性(かのうせい)も有りますもの……。 あまり関わらない方が良いのではないかしら? 可哀想(かわいそう)ですけれど」

エルフリーデは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、ロナードに説明すると、それを聞いたロナードは沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、自分が抱いていた子猫(こねこ)(やさ)しく地面の上に下ろした。

「ここは、そう言う倫理(りんり)とか慈愛(じあい)などを持ち合わせない、冷たい人たちも、沢山(たくさん)()る所ですから……」

エルフリーデは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら、そう付け加えた。

「……分かった。」

ロナードは、(かな)しそうな表情を浮かべながら、(かく)れていた(しげ)みの下からヒョッコリと顔を出し、母乳(ぼにゅう)を貰(mモラ)おうと、まだ覚束無(おぼつかな)い足取りで駆け寄る子猫(こねこ)たちに目を向けながら言った。

(はあ……もうすっかり(ほだ)されてるじゃない……)

ロナードの表情を見て、エルフリーデは心の中でそう(つぶや)くと、(あき)れた表情を浮かべる。

「でも、そうですわね……。 (ねずみ)駆除(くじょ)(がか)りとして、この親子を置けないか、聞いてみたらどうかしら?」

エルフリーデは、(さみ)しそうなロナードを(しばら)く見てから、思い出した様に唐突(とうとつ)にそう言った。

「え?」

ロナードは思いがけぬ言葉に、(おどろ)いた表情を浮かべ、思わず彼女の方を見上げた。

「そう言う役職(やくしょく)がありましてよ。 首輪(くびわ)を付けている(ねこ)鼠捕(ねずみと)りの役職(やくしょく)(あた)えられていて、宮廷(きゅうてい)……(さら)に言うとは皇帝(こうてい)陛下(へいか)所有(しょゆう)(ぶつ)ですので、宮廷(きゅうてい)(ない)に居ても(だれ)文句(もんく)は言えませんし、傷付(きずつ)けるなんて(もっ)ての(ほか)ですわ」

エルフリーデは(えら)そうに、自分の胸の前に両腕を組んでから、何故(なぜ)()(くさ)そうな様子(ようす)で、自分を見ているロナードから視線(しせん)()らしつつ、ぶっきら(ぼう)口調(くちょう)で言った。

「おお!」

それを聞いて、アイクが(うれ)しそうな顔をして声を上げる。

「そう事を管轄(かんかつ)しているのは何処(どこ)だったかしら……。 セレンディーネ殿下(でんか)にお(うかが)いすれば分かるかしら?」

彼女は思い切り眉間(みけん)(しわ)を寄せ、(ひたい)片手(かたて)を添えながら、ロナード達にそう語る。

「エルフリーデ……」

彼女の思いがけぬ言葉に、ロナードは(おどろ)いている様な、それでいて(うれ)しそうな表情を浮かべながら、彼女を見ている。

(わたくし)実家(じっか)に犬を飼っているの。 メリって言う白いフカフカの毛の小型(こがた)(けん)で、(わたくし)(おさな)(ころ)に買ってもらったから、もうヨボヨボのお(ばあ)ちゃんなのだけど……」

そんなロナードの視線(しせん)に、エルフリーデは()(くさ)そうにしながら、自分の愛犬(あいけん)について語った。

「そうなんですね」

アイクは、ホッコリとした表情を浮かべながら言った。

 寺院(じいん)管轄(かんかつ)する施設(しせつ)で、(おさな)(ころ)から集団(しゅうだん)生活(せいかつ)余儀(よぎ)なくされ、個としての自由や時間は(ほとん)ど無かった彼だが、伝令(でんれい)などの(ため)に、犬や(はと)(たか)(とう)猛禽類(もうきんるい)世話(せわ)をした経験(けいけん)があり、動物は好きなのだ。

「……(ねこ)はそんなに好きでは無いけれど……。 人なりに小動物を(いつく)しむ心はありましてよ」

エルフリーデは、ちょっとツンと()ました態度(たいど)で、ぶっきら棒にそう言った。

「セネトに聞けば良いんだな?」

ロナードは、(うれ)しそうな表情を浮かべながら、エルフリーデに問い掛ける。

(な、なによ。 その笑顔(えがお)! たかが(ねこ)(くらい)で、そんなに(うれ)しそうな顔しないでよ!)

ロナードの満面(まんめん)の笑みを見て、エルフリーデは鼓動(こどう)が早くなるのを感じつつ、(かす)かに顔を赤らめながら、心の中で(つぶや)いてから、

「そ、そうですわ」

軽く咳払(せきばら)いをして、平静(へいせい)(よそお)い、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で彼女は答える。

「分かった」

ロナードは、(うれ)しそうな顔をしてそう言うと、(おもむろ)に立ち上がると、魔術師(まじゅつし)たちの詰め所に向かう(ため)、歩き出した。

有難(ありがと)う。 エルフリーデ」

ロナードはふと足を止め、自分の後ろに居たエルフリーデに向かって、ニッコリと笑みを浮かべながら言った。

「べ、べ、べ、別に貴方(あなた)(ため)じゃ無く、そこの(ねこ)の親子の(ため)でしてよ」

エルフリーデは顔を真っ赤にしつつも、ロナードから目を()らし、素っ気ない口調(くちょう)で答えた。

「へへへへ……」

エルフリーデの言動(げんどう)を見て、アイクが(うれ)しそうにニヤニヤと笑っていると、

「な、何ですの?」

エルフリーデは、顔を赤らめたまま、ムッとした表情を浮かべ、アイクを見る。

「エルフリーデ様も何だかんだ言って、良い人ですね」

アイクは(うれ)しそうにそう言うと、ニッコリと笑みを浮かべる。

「――ッ!」

アイクにそう言われ、エルフリーデは顔を真っ赤にすると、思わず視線(しせん)を彼から()らした。


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