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DRAGON SEED 2  作者: みーやん
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魔道大会


主な登場人物


ロナード(ユリアス)…召喚術(しょうかんじゅつ)と言う稀有(けう)な術を(あつか)えるが(ゆえ)に、その力を()が物にしようと(たくら)んだ、(かつ)ての師匠(ししょう)に『隷属(れいぞく)』の呪いを掛けられている。 その呪いを()(ため)、エレンツ帝国(ていこく)を目指している。 漆黒(しっこく)の髪に紫色の双眸(そうぼう)特徴的(とくちょうてき)な美青年。 十七歳。


セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国(ていこく)皇女(こうじょ)。 とある事情(じじょう)から(のが)れる(ため)、シリウスたちと行動(こうどう)を共にしている。 補助(ほじょ)魔術(まじゅつ)得意(とくい)とする魔術(まじゅつ)()。 フワリとした癖のある黒髪(くろかみ)に琥珀色の大きな(ひとみ)特徴的(とくちょうてき)な女性。 十九歳。


シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在(じざい)(あやつ)る剣士だが、『封魔(ふうま)(がん)』と言う、見た相手(あいて)魔術(まじゅつ)の使用を(ふう)じる、特殊(とくしゅ)(ひとみ)を持っている。 長めの金髪(きんぱつ)に紫色の双眸(そうぼう)を持つ美丈夫(びじょうぶ)。 二二歳。


ハニエル…傭兵業(ようへいぎょう)をしているシリウスの相棒(あいぼう)鷺族(さぎぞく)と呼ばれている両翼人(りょうよくじん)。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)薬草学(やくそうがく)得意(とくい)としている。 白銀(はくぎん)長髪(ちょうはつ)と紫色の双眸(そうぼう)を有している。 物凄(ものすご)い美青年なのだが、笑顔(えがお)を浮かべながらサラリと(どく)()く。


ルチル…帝国(ていこく)第三(だいさん)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)(つと)めている女性。 セネトと幼馴染(おさななじみ)。 今はティティスの護衛(ごえい)(にん)()いている。 二十歳(はたち)


ギベオン…セネト専属(せんぞく)護衛(ごえい)騎士(きし)。 温和(おんわ)生真面目(きまじめ)な性格の青年。 二十五歳。


ルフト…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアを母に持ち、魔術師(まじゅつし)の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟(いとこ)に当たる。 二十歳。


ナルル…サリアを(あるじ)とし、彼女とその家族を守っている『獅子族(シーズーぞく)』と人間の混血児(こんけつじ)。 とても社交的(しゃこうてき)な性格をしている。


ネフライト…第一側(だいいちそく)()息子(むすこ)でティティスの同腹(どうふく)の兄。 皇太子(こうたいし)地位(ちい)にあり、現在(げんざい)、次のエレンツ帝国(ていこく)皇帝(こうてい)の座に(もっと)も近い人物(じんぶつ)


エルフリーデ…宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)をしている伯爵(はくしゃく)令嬢(れいじょう)で、ルフトの婚約者(こんやくしゃ)。 ルフトの母であるサリアの事をとても(した)っている


カルセドニ皇子(おうじ)…セネトの同腹(どうふく)の兄。 寺院(じいん)(せい)騎士(きし)をしている。 シリウスとハニエルを奴隷(どれい)身分(みぶん)から解放(かいほう)した人物。 ネフライト皇太子(こうたいし)に代わり、自身が皇太子(こうたいし)の座に()こうと奔走(ほんそう)している。

大老子(だいろうし)護衛(ごえい)……そう来たか……」

セネトは、書類(しょるい)を手にしたまま、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「それって、魔道(まどう)大会(たいかい)の時にって事?」

ソファーに座り、(くつろ)いで居たルチルは(おもむろ)に、口に運ぼうとしていたクッキーを頬張(ほおば)るのを止め、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでセネトに問い掛ける。

「そうだ」

セネトは、()(いき)()じりに答える。

「最近、静かになったと思えば、手段を変えて来ましたね」

ギベオンは、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「ああ……」

セネトも複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら言うと、溜息(ためいき)を付く。

(わたし)は、引き受けない方が良いと思うわ。 ロナードを目的としているのならば、危険過(きけんす)ぎるわ」

組んでいる足を替えながら、ルチルは言った。

同感(どうかん)です」

セネトの(かたわ)らに立ち、書類(しょるい)整理(せいり)を手伝っていたギベオンも、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで言う。

「だが、正式な書面(しょめん)での要請(ようせい)だから、無視(むし)する訳にもいかない。 どうしたものか……」

セネトは、自分の前髪(まえがみ)片手(かたて)()き上げ、そう言ってから、ふーっと特大(とくだい)溜息(ためいき)をつく。

仮病(けびょう)を使った所で……また、同じ様な要請(ようせい)をされるだけでしょうし……」

ルチルは、自分の指を(あご)に添えつつ、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「確かに……」

ギベオンも、自分の指を(あご)に添え、淡々とした口調(くちょう)(つぶや)く。

「こうなると、ホント寺院(じいん)ってしつこいものね」

ルチルが、嫌悪(けんお)に満ちた表情を浮かべながら言う。

「ロナード様は、イシュタル教会の一件もありますから、同じ様に神を(あが)める組織である寺院(じいん)には、関わりたくないと思っている(はず)です」

ギベオンも神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで言うと、セネトは頷いてから、

「そうだな。 何より、寺院(じいん)(かか)われば(つね)監視(かんし)の目が付いて回る。  そんな事になれば気が休まらないだろう。 そもそも、引き渡す気も無いが」

セネトは、ゲンナリとした表情を浮かべつつ、答える。

「アンタにもやっと、(おそ)い春が来たって訳ね」

ルチルは、『やれやれ』といった様子(ようす)で、セネトに言うと、

「は? な、何を言ってるんだ! (ぼく)とロナードはお(たが)いの利害(りがい)一致(いっち)しているだけで……」

彼女は、顔をみるみる真っ赤にし、(あせ)りながら裏返(うらが)った声で言い返す。

「はいはい。 そう言う事にしといてあげるわ」

ルチルは、どうでも良さそうな口調(くちょう)で、片手(かたて)をヒラヒラさせながら言う。

「ルチル!」

適当(てきとう)にあしらわれ、セネトは、ムッとした表情を浮かべ、思わず声を(あら)らげた。

(わたし)が一つ、年長(ちょう)者としてアンタに言える事があるとしたら、居なくなってから、その大切さに気付いても(おそ)いと言う事ね。 (そば)に居る時に、ちゃんと気持ちを伝えないと、後で死ぬ(ほど)後悔(こうかい)する事になるわよ」

ルチルは、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、セネトにそう忠告(ちゅうこく)すると、彼女は何とも言えない、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、押し(だま)ってしまった。


「やっとか」

肩くらいまでで切り(そろ)えた白髪、前方から中央(ちゅうおう)に掛けて禿()げているが、老子(ろうし)(かぶ)る白い帽子(ぼうし)(かぶ)ってする(ため)()からない。

 目の色は緑色の()れ目で、団子(だんご)(はな)、首との(さかい)が分からい(ほど)(たる)んだ(あご)(かえる)の腹の様に突き出た腹、白いローブを着た初老(しょろう)の男は、()(いき)()じりに(つぶや)いた。

 この男は、ガイア神教(しんきょう)修道士(しゅうどうし)として寺院(じいん)在籍(ざいせき)老子(ろうし)と言う地位(ちい)にまで上り()めた人物で、魔術(まじゅつ)能力(のうりょく)と言うよりも、実務的(じつむてき)能力(のうりょく)(ちょう)けている。

 名は、ダウド・ネフールと言い、地方(ちほう)男爵家(だんしゃくけ)の三男だ。

 現在(げんざい)老子(ろうし)と言う地位(ちい)にある(ため)爵位(しゃくい)伯爵(はくしゃく)となり、帝都(ていと)豪華(ごうか)屋敷(やしき)を持ち、年の(はな)れた年下の美しい(つま)(めかけ)を数人持ち、贅沢(ぜいたく)な暮らしを謳歌(おうか)している身である。

 一方の彼等(かれら)統括(とうかつ)し、寺院(じいん)頂点(ちょうてん)に立つティアマト大老子(だいろうし)は、昔ながらの考えに固執(こしつ)しており、私生活(しせいかつ)はとても質素(しっそ)だ。

 (かつ)ては、ティルミット公爵(こうしゃく)()遠縁(とおえん)家門(かもん)から婿(むこ)を取り、その男性との間に一人娘を(もう)けたが、彼女の後を()ぐ事を強く拒否(きょひ)し、ティルミット公爵(こうしゃく)()と縁を切り、帝国(ていこく)を出てしまう。

 夫は早くに不慮(ふりょ)事故(じこ)()くし、それ以降(いこう)再婚(さいこん)をする事も無くずっと(ひと)り身である。

 彼女は普段(ふだん)から肉や魚は口にせず、豪華(ごうか)な食事を(きら)い、服装(ふくそう)華美(かび)な物は(この)まず、使い勝手を重視(じゅうし)したとてもシンプルな物を(この)み、(きぬ)などの上質(じょうしつ)生地(きじ)衣服(いふく)(まと)う事もせず、装飾品(そうしょくひん)も付けない。

 流石(さすが)に人前に出る時は、貧相(ひんそう)格好(かっこう)をする訳にはいかないので、それ相応(そうおう)着飾(きかざ)るが……。

 ティアマト大老子(だいろうし)が、宝石(ほうせき)貴金属(ききんぞく)興味(きょうみ)(しめ)さないお(かげ)で、老子(ろうし)たちは寺院(じいん)奉納(ほうのう)されたそれ()を自分たちの(ふところ)(おさ)め、私腹(しふく)を肥やしているのだが、まさかガイア神教(しんきょう)信者(しんじゃ)たちの模範(もはん)となる(はず)老子(ろうし)たちが、聖職者(せいしょくしゃ)らしからぬ贅沢(ぜいたく)()らしをしているなど、ティアマト大老子(だいろうし)は思いもないのだろう。

 何せティアマト大老子(だいろうし)は、帝国(ていこく)三大(さんだい)公爵(こうしゃく)()の一つ、ティルミット公爵(こうしゃく)()箱入(はこい)り娘として大切に育てられ、寺院(じいん)の中の事しか知らない(ため)、そう言う事に(うと)い所がある。

彼女はきっと、お布施(ふせ)(もら)った貴金属(ききんぞく)は売り払われ、孤児(こじ)たちや苦境(くきょう)にある信者(しんじゃ)たちに還元(かんげん)されていると思っているに(ちが)いない。

 なにしろ、老子(ろうし)たちが一丸(いちがん)となって、信者(しんじゃ)たちからの不平(ふへい)不満(ふまん)寺院(じいん)内部(ないぶ)不正(ふせい)を、()み消しているのだから……。

「この(わし)が居ないと、何も出来(でき)ないのだな? 貴様(きさま)()は……」

ネフール老子(ろうし)()(いき)()じりに、魔術師(まじゅつし)と思われる、白いローブに身を包んだ若い男たちに言った。

「申し訳ございません……」

彼等(かれら)の一人が、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、申し訳なさそうに言うと、深々と頭を下げる。

「本気で申し訳ないと思っているのなら、結果(けっか)を出す事だ」

ネフール老子(ろうし)は言った。

(まこと)に申し訳ございません。 猊下(げいか)。 色々と()(ちが)いがありまして……」

ネフール老子(ろうし)は、(おく)の立派な椅子(いす)に腰を下ろして居る、初老(しょろう)の女性に向かって愛想(あいそ)(わら)いを浮かべながら言った。

 彼が愛想(あいそ)(わら)いを浮かべている相手(あいて)は、(ちょう)白髪(はくはつ)を有した、紫色の双眸(そうぼう)を持つ、上品(じょうひん)物腰(ものごし)中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)白地(しろじ)に金の糸で縁取(ふちど)りをされたローブの上に、黒地に金色の糸で(こま)やかな刺繍(ししゅう)(ほどこ)された貫頭(かんとう)()を着た、樹液(じゅえき)が固まって硬化(こうか)した木の(みき)特殊(とくしゅ)金属(きんぞく)(つな)ぎ合わせて加工(かこう)し、最頂部(さいちょうぶ)に大きな(にじ)(いろ)に光る宝石(ほうせき)を付けた(つえ)を手にしている老女(ろうじょ)……。

 この老女(ろうじょ)こそが、ガイア神教(しんきょう)最高(さいこう)指導者(しどうしゃ)である、ティアマト大老子(だいろうし)である。

 ぱっと見た感じでは七〇歳は優に超えていそうな老体(ろうたい)だが、実際(じっさい)はもっと高齢(こうれい)だ。

 何せ、彼女にご機嫌(きげん)(うかが)いをしているネフール老子(ろうし)が、子供(こども)だった時にはもう、彼女は大老子(だいろうし)として人々に(あが)められていたのだから……。

(かま)わぬ」

彼女は、素っ気ない口調(くちょう)で答えた。

 廊下(ろうか)の方から扉が(たた)かれる音が(ひび)いて来たので、ネフール老子(ろうし)が返事をすると、この寺院(じいん)で働いている若い修道女(しゅうどうじょ)(うやうや)しく入って来て、

失礼(しつれい)(いた)します。 本日(ほんじつ)大老子(だいろうし)(さま)護衛(ごえい)として(はい)された、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちが、ご挨拶(あいさつ)をしたいと申しております。 お通ししても(よろ)しいでしょうか?」

頭を()れたまま、淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で言って来た。

「通せ」

ティアマト大老子(だいろうし)は、淡々とした口調(くちょう)で返事をすると、重厚(じゅうこう)な扉の前に立っていた兵士(へいし)たちが(おもむろ)に扉を開け放った。

 廊下(ろうか)の方から数人、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)である、黒色のローブに身を包んだ者たちと、サーコートを着た皇帝側(こうていがわ)が用意した宮廷(きゅうてい)騎士(きし)が数人、中に入って来た。

 先頭に入って来たのは、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)のサリだ。

サリアは、彼女の幼少(ようしょう)(ころ)から見知(みし)っている。

 (おさな)(ころ)より、周囲(しゅうい)より抜きん出た魔術(まじゅつ)の才があったにも関わらず、ガイア神に(つか)える名誉(めいよ)()り、皇帝(こうてい)に仕える事を選んだ罰当(ばちあ)たりである。

 周りよりも少し(おく)れて、最後に入って来たのは、闇夜(やみよ)の様な少し(ちょう)めの黒髪を有した、スラリとした(ちょう)身な、年の頃は二十歳(はたち)前後(ぜんご)と思われる、眉目秀麗(びもくしゅうれい)な人物……。

(ローデシア(じょう)?)

ネフール老子(ろうし)は、その人物を見た瞬間(しゅんかん)、思わず心の中で叫んだ。

 (かつ)て、帝国(ていこく)(いち)の美女とまで称される美貌(びぼう)を誇っていた、アルスワット公爵(こうしゃく)()分家(ぶんけ)である、プテリュクス伯爵(はくしゃく)()のローデシア姫に良く()面差(おもざ)しの人物であった。

 彼女の祖母(そぼ)とティアマト大老子(だいろうし)の母親が異父(いふ)姉妹(しまい)の関係に当たり、ティアマト大老子(だいろうし)は、彼女が(おさな)い頃から何かと目に掛けて来たが、ある事件(じけん)を切掛けに、父リャハルトと共に帝国(ていこく)を去った。

 以降(いこう)、リャハルトは男手一つで娘のローデシアを育て、彼女が成人した数年後、以前(いぜん)から交際(こうさい)していたルオン王国の令嬢(れいじょう)再婚(さいこん)し、その後、ルオン王国の将軍(しょうぐん)にまで上り詰めた。

 娘のローデシアは、イシュタル教会の神官(しんかん)をしていたが、ルオン王国の(おう)(てい)レヴァール大公(たいこう)見初(みそ)められ結婚後(けっこん)、二人の男児に(めぐ)まれたが、大公(たいこう)()くなった数年後、『血の粛清(しゅくせい)』で幼子(おさなご)(のこ)し、()くなったと伝え聞いている。

 ティアマト大老子(だいろうし)も、ネフール老子(ろうし)と同じ事を思ったのか目を見開いて、その人物を凝視(ぎょうし)している。

「お目通(めどお)有難(ありがと)御座(ござ)います。 大老子(だいろうし)様。 本日(ほんじつ)私共(わたしども)大老子(だいろうし)様の護衛(ごえい)(いた)します。 (いた)らぬ点もあるやも知れませんが、どうぞ、よしなに」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)であるサリアは、(うやうや)しく腰を折り、(こうべ)()れ、とても丁寧(ていねい)口調(くちょう)で、椅子(いす)に座っているティアマト大老子(だいろうし)挨拶(あいさつ)をした。

大義(たいぎ)じゃ。 今日一日、(よろ)しく(たの)むぞ」

ティアマト大老子(だいろうし)は、落ち着いた口調(くちょう)で、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアにそう返した。

御意(ぎょい)

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアはそう言うと、深々と(こうべ)()れた。

 (ほか)の者たちも、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアと同様(どうよう)(こうべ)を下げている(ため)(みな)、顔が良く見えない。

「一番後ろに居る、背の高い其方(そなた)……」

顔が良く見えないので、(おもむろ)に一番後方に控えていた、(ちょう)身な宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)にティアマト大老子(だいろうし)は声を掛けた。

 一緒(いっしょ)に居た宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアと、彼女の部下の魔術師(まじゅつし)たちは(おもむろ)に、その人物の方へと振り返るが、当人(とうにん)(こうべ)()れたまま、微動(びどう)だにしない。

 自分に言っていると言う事は、分かっているはずだが……。

「苦しゅうない。 (おもて)を上げ、(わらわ)の側に来なさい」

ティアマト大老子(だいろうし)は、(やさ)しい口調(くちょう)でそう声を掛ける。

「いえ。 大老子(だいろうし)様の御側(おそば)(まい)るなど(おそ)れ多い事です。 (わたし)はここで失礼(しつれい)させて(いただ)きます」

その人物は、(こうべ)()れたまま、落ち着き払った口調(くちょう)でそう答えた。

(男か――)

声を聞いた途端(とたん)、ネフール老子(ろうし)は、心の中でそう(つぶや)くと残念(ざんねん)に思った。

(かま)わぬ。 此方(こちら)へおいで」

ティアマト大老子(だいろうし)は、とても(やさ)しい視線(しせん)を彼に向けながら、優しく声を掛ける。

 大抵(たいてい)の者は、大老子(だいろうし)にその様に声を掛けられれば、大喜(おおよろこ)びで側に行くものなのだが、()()か彼は大老子(だいろうし)の側に行く事をとても躊躇(ためら)っている。

「申し訳ございません。 私共(わたしども)はこの後、警護(けいご)最終(さいしゅう)()ち合わせがあり、時間が押していますので、これにて失礼(しつれい)させて(いただ)きます」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアが、スッと大老子(だいろうし)と黒髪の青年の間に割って入り、そう告げた。

「なっ……」

ネフール老子(ろうし)は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)のサリアを見る。

「そう言う事ならば仕方(しかた)ない。 (あい)()かった」

ティアマト大老子(だいろうし)は、残念(ざんねん)そうにしつつも、そう返した。

「行きましょう」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは優しい口調(くちょう)で、黒髪の青年にそう声を掛けると、彼は(うなず)き返し、彼女等(かのじょら)と共に部屋を後にした。

「……サリアの奴……」

ネフール老子(ろうし)は、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリア達が立ち去った方を見ながら、忌々し気に(つぶや)いた。

随分(ずいぶん)警戒(けいかい)されているようじゃ……」

ティアマト大老子(だいろうし)は、困った様な顔をして(つぶや)く。

「大方、セレンディーネ皇女(こうじょ)かサリア辺りが、彼に我々の事を悪く吹き込んだのやも知れませぬ」

ネフール老子(ろうし)は、苛立(いらだ)ちを(かく)せない様子(ようす)で、ティアマト大老子(だいろうし)に語る。

「ふむ……」

ティアマト大老子(だいろうし)は、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、(つぶや)いた。

「ご心配なく。 この(わたし)(かなら)ず、あの者とお話しする機会(きかい)を作ります(ゆえ)

ネフール老子(ろうし)は、何処(どこ)か自信に満ちた表情を浮かべ言うと、

手荒(てあら)な事はするで無いぞ?」

ティアマト大老子(だいろうし)は、少し心配そうな様子(ようす)で答えた。

心得(こころえ)ております」

ネフール老子(ろうし)はそう言うと、ティアマト大老子(だいろうし)に恭しく首を垂れる。

(あの容姿(ようし)……ローデシア(じょう)にあまりに似過(にす)ぎだ。 何としてもあの者の事を調べねば!)

ネフール老子(ろうし)は、サリアたちが立ち去った方へ目を向けながら、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで心の中で(つぶや)く。


邪魔(じゃま)をしたかしら?」

廊下(ろうか)に出ると、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアが申し訳なさそうに、自分の後から来ていたロナードにそう言った。

「いえ。 (むし)ろ、助かりました」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で返す。

「セレンディーネ皇女(こうじょ)殿下(でんか)から、何をするか分からないので、貴方(あなた)をあまり大老子(だいろうし)たちに近付けない様に言われているの」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、ロナードに事情を説明すると、

(まった)く。 殿下(でんか)ったら……心配し過ぎですわ」

話を聞いたエルフリーデは、(あき)れた表情を浮かべながら言った。

「心配し過ぎる位が丁度(ちょうど)()いと思います。 何せ、相手(あいて)大老子(だいろうし)……。 その気になれば、我々など簡単(かんたん)()()せて、ロナード様を連れ()る事も出来(でき)るでしょうから」

ギベオンが、落ち着き払った口調(くちょう)で、エルフリーデに言うと、ロナードは複雑(ふくざつ)な表情を浮かべ、押し(だま)る。

「ああ。 そうだ」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、何か思い出した様に(つぶや)くと、何やら(ふところ)から取り出す。

「?」

ロナードは不思議(ふしぎ)そうな顔をして、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアを見て居ると、

「バタバタしていたから、(わた)すのを(わす)れていたのだけれど……」

彼女はスッとそれをロナードに差し出した。

眼鏡(めがね)?」

ロナードは、差し出された黒縁の眼鏡(めがね)を見て、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(つぶや)く。

(ただ)眼鏡(めがね)では無いんだぞ。 その眼鏡(めがね)幻術(げんじゅつ)を防ぐ効力があるんだ。 幻術(げんじゅつ)の多くは五感(ごかん)……(とく)()(うった)えるモノが多いだろう? 魔術(まじゅつ)発動(はつどう)媒体(ばいたい)影響(えいきょう)範囲(はんい)などを、瞳を用いてする事も多いし。 これを装着(そうちゃく)していれば、詠唱(えいしょう)なしでの幻術(げんじゅつ)発動(はつどう)にも対抗(たいこう)出来(でき)る優れモノだ」

ルフトは両腕(りょううで)を自分の胸の前に組み、ドヤ顔で、物凄(ものすご)(えら)そうな口調(くちょう)でロナードに説明をする。

「ルフト渾身(こんしん)の作品よ」

()()かエルフリーデもドヤ顔で、ロナードに言うと、当のルフトも(さら)(ほこ)らしそうにしている。

(すご)いな」

ロナードはそう言うと、(おもむろ)眼鏡(めがね)を掛けてみる。

似合(にあ)いますよ」

それを見たギベオンが、ニッコリと笑みを浮かべながら、ロナードに言うと、

「そうか?」

眼鏡(めがね)など掛けた事が無かったロナードは、少し()()そうな表情を浮かべながら言った。

「見えにくいとか、そういうのはない?」

ルフトは真剣(しんけん)面持(おもも)ちで、ロナードに問い掛ける。

(まった)問題(もんだい)ない」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で答える。

(顔が良いと何でも似合(にあ)うのね、(くや)しいけど……)

眼鏡(めがね)を掛けたロナードを見て、エルフリーデはロナードをチラチラと見ながら、心の中で(つぶや)く。

()(かく)、今日一日は装着(そうちゃく)してね」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、穏やかな口調(くちょう)でロナードに言うと、

「はい」

ロナードは(うなず)きながら、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアに返事をする。


 会場となる、円形(えんけい)闘技場(とうぎじょう)周囲(しゅうい)には、沢山(たくさん)露店(ろてん)が並んでおり、子供(こども)からお年寄りまで、沢山(たくさん)の人で(にぎ)わっていた。

 普段(ふだん)は、(けん)闘士(とうし)たちの闘技(とうぎ)野外(やがい)演劇(えんげき)、コンサート、競馬(けいば)など、様々なイベントが行われる場所で、普段(ふだん)から賑わっている場所ではあるのだが、今日は一段と賑やかだ。

(にぎ)やかだな……」

ロナードは、物珍(ものめずら)しそうに辺りを見回しながら(つぶや)いた。

 ロナードは(おさな)い頃に、兄と共に屋敷(やしき)をこっそりと抜け出して、街のお祭りに行った事がある。

 その時と同じ、楽しそうな、(こころ)(おど)る、フワフワ、キラキラとした空が辺りに(ただよ)っていた。

 祭りに(おもむ)くなど、どの位ぶりの事だろうか……。

 建国祝賀祭で一週間ほど街中がお祝いムードのお祭り騒ぎだったというのに、そう日を置かずに。今回のイベント……。

 この時期(じき)に来たら、帝都(ていと)はほぼ毎日の様にお祭りをしていると錯覚(さっかく)してしまうかも知れない。

「元々は、術師(じゅつし)たちの実力(じつりょく)(きそ)神聖(しんせい)行事(ぎょうじ)でしたのよ。 それが何時(いつ)の頃からか、こんな感じになってきて……。 拍子抜(ひょうしぬ)けでしょう?」

エルフリーデは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、ロナードに語ると、

「少し……でも、変に(かしこ)まって無くて良いと思う」

ロナードも、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、エルフリーデに答えた。

(たみ)にも娯楽(ごらく)は必要だからね。 ()け事の道具にされるのは(しゃく)(さわ)るけど、まあ、違法(いほう)ではない範囲(はんい)で楽しめればそれで良いんじゃない?」

ルフトも、人々が生き生きとしていて、楽しそうにしている様を見て、何処(どこ)(うれ)しそうな様子(ようす)で言った。

「そうだな」

ロナードもそう言うと、口元を(ほころ)ばせる。

「しかし……。 こんなに良い(にお)いばかりすると、お腹が減るわよね……」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、(おもむろ)に自分のお腹の辺りに手を()えつつ、苦笑(にがわら)()じりにロナード達に言った。

 彼女の言う通り、集まった人々を目当てに、様々な出店がズラリと並んでいて、何処(どこ)からともなく、(あま)いお菓子(かし)(にお)いや、食欲(しょくよく)をそそる()げ物の匂いなどが(ただよ)って来る。

「そうですわね」

エルフリーデも普段(ふだん)宮廷(きゅうてい)の中では嗅ぐ事のない、魅惑的(みわくてき)な香りに我慢(がまん)出来(でき)ない様だ。

「ねぇ? ユリアス」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアはニッコリと笑みを浮かべ、ロナードに同意(どうい)を求めると、

「えっ……。 (おれ)は別に……」

彼は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、返す。

 ロナードは普通(ふつう)の人よりも、食に対する執着(しゅうちゃく)が薄い様で、基本的(きほんてき)に食べられれば何でも良いと言った(ふし)があるし、一食くらい食べなくても平気(へいき)だ。

 それは(ひとえ)に、傭兵(ようへい)時代(じだい)に旅の最中(さいちゅう)任務中(にんむちゅう)に長い時間、食事を取る事が出来(でき)なかったり、単純(たんじゅん)金欠(きんけつ)で食事の回数を()らす(ほか)()かったりした所為(せい)もあるのだろうが……。

駄目(だめ)よ。 育ち(ざか)りの男の子なんだから! しっかり食べなきゃ! ちょっと軽く(つま)んで行きしょ」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは苦笑いを浮かべ、イマイチ反応(はんのう)(うす)かったロナードにそう言った。

賛成(さんせい)ですわ」

エルフリーデは片手(かたて)()げ、(うれ)しそうに言った。

 貴族(きぞく)令嬢(れいじょう)である彼女にしてみれば、庶民(しょみん)の味を味わえる絶好(ぜっこう)のチャンスであるので、好奇心(こうきしん)の強い彼女は、(おそ)ろしく喰い付きが良い。

「ちょっ……。 テルフリーデまで何を言って……」

何時(いつ)もはツンと()ましているエルフリーデの思わぬ反応(はんのう)を見て、ロナードは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、(つぶや)く。

 彼は、『そんな下賤(げせん)な物、(わたくし)は食べなくってよ』とでも、()ました顔をして言うとばかり、思っていたのだ。

「良いじゃない。 腹が減っては何とやらと言うし……」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアはノリノリの様子(ようす)で、戸惑(とまど)っているロナードに言った。

「そうですわ。 お仕事中(しごとちゅう)に、お腹の虫が()ったら(はず)ずかしいですわよ?」

エルフリーデは、(なに)()わぬ顔をして、(もっと)もらしい理由を付け、食べる気満々の様だ。

(って……今から大老子(だいろうし)護衛(ごえい)なのに、緊張感(きんちょうかん)なさ過ぎだろ。 大丈夫(だいじょうぶ)なのか?)

もうすっかり、お祭りの雰囲気(ふんいき)に飲まれてしまっている宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアたちを見て、ロナードは(あき)れた表情を浮かべ。心の中で(つぶや)いた。

「どれにしましょうか」

何時(いつ)の間にかギベオンが、(くし)()きの屋台(やたい)の前に立っていて、真剣(しんけん)面持(おもも)ちでその様な事を言っているではないか!。

(ギベオンまで!)

何時(いつ)もは真面目(まじめ)に仕事をこなす彼が、まさか乗っかって来るとは思わなかったので、ロナードは(おどろ)いて心の中で叫んだ。

「こちらのも、美味(おい)しそうですね」

ギベオンは、液体の様に()いた小麦粉(こむぎこ)(うす)(えん)形状(けいじょう)に広げて両面を焼き、その上に何かのソースを広げ、(さら)にその上に肉や野菜(やさい)などをトッピングし、左右から折り曲げ、円錐形(えんすいけい)の形にし、(よご)れない様に紙で(つつ)んだ物を指差(ゆびさ)しながら言った。

(ええっ? いや、護衛(ごえい)最終(さいしゅう)()ち合わせは?)

ロナードは、思い切り戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、思い思いの場所に()って行ってしまった、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアやエルフリーデを目で追いながら、心の中でそう(つぶや)いた。

 宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアやエルフリーデも、この(さい)と言わんばかりに、露店(ろてん)屋台(やたい)を見て回っている。

 貴族(きぞく)と言う身分(みぶん)もあり、気軽(きがる)()()に下る事は(ゆる)されず、普段(ふだん)宮廷(きゅうてい)の中で過ごす事が多い彼女たちにとって、こう言うのはとても新鮮(しんせん)なのだろう。

「はい。 どうぞ」

ギベオンはニッコリと笑みを浮かべ、自分が買ったクレープの様な物をロナードに差し出して来た。

「えっ……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、思わずギベオンを見る。

中身(なかみ)はロナード様の大好きな牛肉(ぎゅうにく)ですが、お気に()しませんでしたか?」

ギベオンは、戸惑(とまど)っているロナードを見て、思わずそう問い掛ける。

「えっ……いや……。 そう言う訳では無いが……」

ロナードは戸惑(とまど)い、口籠(くちごも)らせながら答えると、

「でしたらどうぞ。 ちゃんと、あまり(から)くない物を(えら)んで来ましたよ」

ギベオンは、ニッコリと笑みを浮かべ、ロナードにクレープの様な物を差し出す。

「あ、ああ……有難(ありがと)う……」

折角(せっかく)、自分の(ため)に買って来てくれたのだから、(ことわ)るのも悪いと思い、ロナードはそう言いながら差し出されたクレープの様な物を受け取った。

「自分は、手羽先(てばさき)にしてみました。 少しピリ(から)なのですが、(よろ)しければ食べてみますか?」

ギベオンはそう言いながら、同じ屋台(やたい)に売ってあったのだろうか、紙袋に入った手羽先(てばさき)(から)めのタレに付けて焼いた物を取り出しながら、ロナードにそう声を掛ける。

「いや、これで大丈夫(だいじょうぶ)だ」

ロナードは、ちょっと戸惑(とまど)った様な、焦った様な顔をしながら、ギベオンに答えた。

「あ――ッ! ズルイですわ! 何だかんだ言って、先に()し上がって!」

エルフリーデは、自分が(ほか)屋台(やたい)に気を取られている内に、ロナードが美味(おい)しそうなクレープの様な物を手にしている事に気付くと、不満(ふまん)そうな表情を浮かべ、口を(とが)らせながら叫ぶ。

「えっ……いや……」

ロナードはアタフタしていると、

「どんな味でして?」

エルフリーデは、興味(きょうみ)津々と言った様子(ようす)で言って来たので、

「た、食べるか? まだ、口を付けていないぞ」

ロナードは戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、彼女に言った。

「では一口」

エルフリーデはそう言うと、自分の(ちょう)い髪を片手(かたて)(おさ)えつつ、ロナードが差し出した物を一口食べた。

 普段(ふだん)、こんな事をすると、『はしたない』と言われるが、この面々でそんな五月蠅(うるさ)い事を言う者はいないので、彼女も随分(ずいぶん)と好きにしている様だ。

「うーん……。 味付(あじつ)けは甘辛(あまから)いのね。 (わたくし)はもう少し(つら)い方が良いですわ。 ギベオン様のは?」

エルフリーデは、口をモグモグと動かしながら言うと、

「どうぞ」

ギベオンはそう言って、エルフリーデに自分が買った物を差し出した。

「ピリ辛ですのね……。 この味のユリアスが持っている物はあるのかしら?」

エルフリーデは、差し出された物を一口食べると、モグモグと口を動かしながら言った。

「じぶんが買って来ますよ。 済みませんが、これ、持っていて下さい」

ギベオンはそう言うと、丁寧(ていねい)に紙袋の中に食べていた物を(しま)い、エルフリーデにそれを(わた)す。

「お願いしますわ。 お肉は鳥が良いですわ」

エルフリーデは、(うれ)しそうに言うと、

「分かりました」

ギベオンはそう言って、サッと屋台(やたい)に並びに行ってしまった。

 宮廷(きゅうてい)の中で、軍事(ぐんじ)訓練(くんれん)など以外(いがい)に、(れつ)(なら)ぶ事など無いので、それすらも彼等(かれら)にとっては新鮮(しんせん)な事の様だ。

「こんな風に庶民(しょみん)の味を楽しめるのも、こう言う時くらいですものね」

エルフリーデは、ギベオンの様子(ようす)を楽しそうに見守(みまも)りつつ、ポツリとそう(つぶや)くと、

「そうだな」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で言うと、買って来てくれたクレープの様な物を頬張(ほおば)る。

「はっ……」

それを見たエルフリーデは、ハッとした表情を浮かべる。

(わたくし)が口を付けた物を食べている! こ、これって、間接(かんせつ)キスなのでは?)

ロナードが、モッモッと美味(おい)しそうにクレープの様な物を頬張(ほおば)っているのを見ながら、エルフリーデは(かす)かに(ほお)を赤らめながら、心の中で(つぶや)いた。

「エルフリーデ?」

()()かエルフリーデが(きゅう)に顔を真っ赤にして、自分を見ている事に気付いたロナードは、不思議(ふしぎ)そうに彼女にそう声を掛けると、

「な、な、な、何でもありませんわ!」

エルフリーデは、アタフタとしながらロナードに答えると、(あわ)てて彼から目を()らした。

「はい」

そこへ突如(とつじょ)、別の食べ物が入った紙袋(かみふくろ)宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアがニコニコと笑みを浮かべながら、ロナードの鼻先に差し出して来た。

「なっ……。 えっ? は?」

ロナードは、まだ食べ終わっていないと言うのに、次の物を持って来られて戸惑(とまど)う。

遠慮(えんりょ)せずに食べて」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、戸惑(とまど)って居るロナードに対し、ニコニコと笑みを浮かべたまま、(やさ)しい口調(くちょう)で言った。

 どうやら、半分に切ったパンに肉や野菜(やさい)(はさ)んだ物の様だ。

「いや……そんなに食べられないです」

ロナードは、差し出された物を見て、思ったよりボリュームが有りそうなので、困った様に答えると、

大丈夫(だいじょうぶ)。 大丈夫(だいじょうぶ)。 入るわよ」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、ニッコリと笑みを浮かべたまま、そう言って、グイッと押し付けてくる。

「ええっ……」

ロナードは、そう(つぶや)いて困った様な表情を浮かべる。

無理(むり)そうなら、(わたし)が食べるから」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアはそう言うと、(なか)ば強引にロナードの空いている方の手にそれを(にぎ)らせた。

「え……あ、はい……」

ロナードは宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアにされるがまま、それを手に持って、すっかり()されてそう答える(ほか)なかった。

「あら。 有難(ありがと)御座(ござ)います。 ギベオン様」

エルフリーデは、自分の代わりに屋台(やたい)に並び、欲しい物を買って来てくれたギベオンに素直(すなお)(れい)を述べた。

「向こうに、(あめ)細工(ざいく)屋台(やたい)があったよ」

ルフトが向こうの方にある屋台(やたい)を指差しながら、エルフリーデに言うと、

「えっ。 見たいですわ!」

彼女は嬉々とした表情を浮かべ、そう返した。

「これを食べ終わったら一緒(いっしょ)に行こうか。 食べながら歩くのは、流石(さすが)抵抗(ていこう)があるでしょ?」

何時(いつ)の間にか、そんなに食べ切れるのか?と思う(ほど)、両手に手に色んな食べ物を(かか)えたルフトは、エルフリーデが人混(ひとご)みの中を歩くのは(むずか)しいと考え、(すみ)の方にある石のベンチの方を指差(ゆびさ)しながら、彼女に言った。

「そうですわね」

エルフリーデは(うなず)きながら、そう答えた。

普通(ふつう)は、こう言った物は食べながら、歩いて見て回るものなのね……)

エルフリーデは、ルフトに促され、石のベンチに腰を下ろしつつ、行き交う人々の様子(ようす)を見ながら、心の中で(つぶや)いた。

「エフィが好きそうなの、チョイスして来たよ」

ルフトはそう言いながら、紙包(かみづつ)みの一つを漁り、綿(わた)(あめ)()た物を見せる。

「そりは何ですの? (すご)く気になりますわ」

エルフリーデは、(くも)の様にフワフワしたそれを見て、目を(かがや)かせ、興味(きょうみ)津々と言った様子(ようす)で言う。

 ロナード達は一通り、屋台(やたい)露店(ろてん)を見て回り、腹を満たした後、大老子(だいろうし)護衛(ごえい)(ため)円形(えんけい)闘技場(とうぎじょう)最上階(さいじょうかい)にある特別(とくべつ)観覧席(かんらんせき)へと向かった。


 ロナード達が到着(とうちゃく)するよりも早く、寺院(じいん)の者と思われる、白いローブを着た若者(わかもの)が数人、大老子(だいろうし)たちの側に(すで)に居た。

 彼等(かれら)は、(おく)れてやって来たロナード達を、不満(ふまん)に満ちた表情を浮かべ、ジロリと(にら)み付けて来たが、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、ローブから屋台(やたい)からの残り香を(ただよ)わせながら、ヘラヘラと笑い掛け、

「いやぁ。 済みません。 ちょっと外に出たら(めずら)しい物が沢山(たくさん)あったのでつい。 色々見て回っていたら(おそ)くなってしまいました」

緊張感(きんちょうかん)欠片(かけら)も無い、呑気(のんき)口調(くちょう)でそう言うと、

「チッ」

「これだから、宮廷(きゅうてい)から外に出た事のない奴等(やつら)は……」

「だから、貴族(きぞく)さまは(きら)いなんだよ」

寺院(じいん)術師(じゅつし)たちは、嫌悪(けんお)(かん)(あら)わにして、口々にそう(つぶや)いた。

「何ですって?」

その発言(はつげん)を聞いてエルフリーデが、(にわ)かに表情を(けわ)しくし、彼等(かれら)に食って掛ろうとすると、側に居たロナードが、スッと彼女の前に出て、片手(かたて)でそれを阻止(そし)する。

「本来の目的を見失(みうしな)うな。 魔術師(まじゅつし)(ちょう)皇女(こうじょ)殿下(でんか)の顔に(どろ)()る気か?」

ロナードは、落ち着き払った口調(くちょう)で、エルフリーデにそう(いさ)めると、(となり)に居たルフトもウンウンと(うなず)いている。

「でも……」

エルフリーデは、不満(ふまん)そうな表情を浮かべながら言い返す。

「良いから(かま)うな」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)でエルフリーデに言うと、

「ふん。 顔が綺麗(きれい)なだけの貴族(きぞく)若様(わかさま)は、随分(ずいぶん)腰抜(こしぬ)けの様だな?」

「どうせ、お(ひめ)(さま)(たら)し込んで()地位(ちい)なんだろう?」

(ちが)いない」

彼等(かれら)のやり取りを見て、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちが、馬鹿(ばか)にした様にロナードに向かって言った。

「なっ……」

ロナードを馬鹿(ばか)にする発言を聞いて、エルフリーデはカチンと来て、益々表情を(けわ)しくし、何か言い返そうとした時、

「止めないか!」

(けわ)しい表情を浮かべ、責任者と思われる中年の司祭(しさい)がやって来ると、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちを(しか)り付けた。

「この者たちの数々の失言(しつげん)(わたくし)彼等(かれら)に代わり謝罪(しゃざい)(いた)します。 どうか、私に(めん)じて、水に流して下さらないでしょうか?」

そして、ロナードの方へと振り向くと、何の躊躇(ためら)も無くそう言って、彼に対して深々と頭を下げたので、それを見た寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちは、(そろ)って戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

「……別に、アンタに(あやま)られてもな……」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で中年の司祭(しさい)に言い返すと、

「そうですわ。 下々の者の(しつけ)がなってないのではなくって?」

エルフリーデも、不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにし、嫌味(いやみ)たっぷりに言い返した。

「申し訳ございません」

中年の司祭(しさい)は二人にそう言うと、(さら)に深々と頭を下げる。

何故(なぜ)、この様な奴等(やつら)に謝るのです?」

「そうですよ。 術師(じゅつし)のくせに、神聖(しんせい)なるガイア神や大老子(だいろうし)様に(つか)えず、皇帝(こうてい)などに奉仕(ほうし)する(おろ)か者たちですよ?」

術師(じゅつし)の風上にも置けぬ様な(やから)ではないですか!」

寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、中年の司祭(しさい)に向かって言うと、それを聞いてエルフリーデは(さら)に表情を(けわ)しくする。

(だれ)にお仕えするかは個人の自由だ。 そんな風に、自分の価値観(かちかん)一方的(いっぽうてき)相手(あいて)に押し付けるものでは無い」

両者(りょうしゃ)の間に、険悪(けんあく)な空気が(ただよ)い始めると、見かねたのかネフール老子(ろうし)が、穏やかな口調(くちょう)寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちにそう言って(いさ)める。

老子(ろうし)様……」

中年の司祭(しさい)だけでなく、老子(ろうし)からも叱咤(しった)され、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちはすっかり困惑(こんわく)している。

 普段(ふだん)なら、この程度(ていど)の事、()()ら振りをして聞き流すと言うのに……。

「ご不快(ふかい)の様でしたら、この者たちを(みな)、下げましょうか?」

ネフール老子(ろうし)は、ロナードに()びを売る様に、愛想(あいそう)()く笑みを浮かべながらそう問い掛ける。

「いいえ。 その様な物言(ものい)いをされるのは、今に始まった事ではありません。 お気になさらず」

ロナードは、これと言った表情を浮かべる事も無く、実に淡々とそう答えた。

「いやはや……流石(さすが)宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)が目に掛けていらっしゃる方ともなると、その辺の(やから)とは比べ物にならぬ(ほど)人格者(じんかくしゃ)の様ですな? お若いのにご立派(りっぱ)です」

ネフール老子(ろうし)は、侮辱(ぶじょく)されて不快(ふかい)であろうに、平静(へいせい)に振る舞うロナードに、苦笑(にがわら)いを浮かべながら言った。

「……(わたし)がどの様に言われようと(かま)いませんが、連れの者達を悪く言う様ならば、(たと)(だれ)だろうとそれ相応(そうおう)(むく)いを受けて(もら)う事になります。 その事を胸に強く(とど)めて頂きたい」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)でネフール老子(ろうし)にそう言った後、ジロリと抜身(ぬきみ)刃物(はもの)の様な(するど)視線(しせん)を、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちに向ける。

 ロナードに威圧(いあつ)され、先程(さきほど)までの高飛車(たかびしゃ)態度(たいど)(うそ)だったかの様に、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちは(そろ)って青い顔をして、(へび)(にら)まれた(かえる)の様に固まってしまう。

 冗談(じょうだん)()きで消し炭にしそうな雰囲気(ふんいき)なので、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちは、ロナードにすっかり(おび)えてしまっている。

(なさ)けない……)

それを見て、ネフール老子(ろうし)は心の中でそう(つぶや)くと、深々と溜息(ためいき)を付く。

 普段(ふだん)、人々に(あお)ぎ見られ、自分たちが相手(あいて)威圧(いあつ)する側である所為(せい)か、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちは、自分たちが逆にそうされる事に()れて無い様だ。

 ロナードは元・傭兵(ようへい)だっただけに、相手(あいて)にどんな態度(たいど)と表情で(すご)めば威圧(いあつ)出来(でき)るか心得(こころえ)ている様で、その辺の者よりも迫力(はくりょく)(はる)かにある。

 それ以上に、ロナードから放たれる魔力(まりょく)殺意(さつい)()き出しで、(かま)(いたち)の様に(するど)いのが(こわ)い。

 彼の背後(はいご)に居るエルフリーデも、その雰囲気(ふんいき)に圧倒され、ドン引きしている位だ。

「本当に申し訳ない。 この者たちは寺院(じいん)に戻り次第(しだい)(きび)しく叱咤(しった)し、教育し(なお)します」

ネフール老子(ろうし)は、少しでもロナードの機嫌(きげん)を直そうと、何時(いつ)もよりも丁寧(ていねい)口調(くちょう)で、彼にそう言うと、深々と頭を下げた。

「……そうして下さい。 それが彼等(かれら)の為でもありますから」

ロナードは、落ち着いた口調(くちょう)で返した。


「いやぁ……。 やはり魔術(まじゅつ)大会をこの様な場所で見るなど壮観ですね。 初心(しょしん)を思い出し、身か引き()まる思いです」

寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)が、闘技場(とうぎじょう)を見ながら、業とらしく言うと、チラリとロナードの方へと目を向ける。

帝国(ていこく)術師(じゅつし)であれば、(だれ)もが一度は通る道。 今日で自分の将来(しょうらい)()まるとなると、(みな)必死(ひっし)でしょうなぁ?」

別の寺院(じいん)の若い兵士(へいし)も、(わざ)とらしくそう言うと、チラリとロナードの方を見る。

 どうやら彼等(かれら)は、帝国(ていこく)術師(じゅつし)ならば、この試験(しけん)(だれ)もが()けては通れぬ事なのに、それをせずに宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアに師事(しじ)を受けているロナードの事を良く思って居ない様だ。

「さっきから黙って聞いていれば……」

ロナードに対する当てつけの様に言う、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)言動(げんどう)に、エルフリーデが不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにし、(うな)る様に(つぶや)くと、

「さっき(しか)られたばかりなのに、(まった)()りてないみたいだ」

ルフトも不愉快(ふゆかい)さを(あら)わにしながら(つぶや)く。

「一々、取り合うな」

ロナードは落ち着き払った口調(くちょう)で、今にも寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)()み付きそうな雰囲気(ふんいき)のエルフリーデに言った。

流石(さすが)は、セレンディーネ皇女(こうじょ)殿下(でんか)見初(みそ)められた方は、(おっしゃ)る事が(ちが)いますねぇ? まるでご自分が、(ほか)の者とは(ちが)うとでも言いた気だ」

寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)は、挑発(ちょうはつ)する様な不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、ロナードに言うと、その態度(たいど)()えかねて、エルフリーデが怒りを爆発(ばくはつ)させようとした時、

「なら、(ため)してみますか? セレンディーネ皇女(こうじょ)殿下(でんか)の目が節穴(ふしあな)かどうか」

それまで、(だま)っていた宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアが、ニッコリと笑みを浮かべながら、ロナードの事を挑発(ちょうはつ)する寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちに向かって言った。

「何を勝手な事を……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアに言うと、

(わたし)自慢(じまん)弟子(でし)が侮られるのは師匠(ししょう)として、()えかねますからねぇ。 良い機会(きかい)ですから、貴方(あなた)の実力の片鱗(へんりん)を見せつけてはどうですか?」

彼女は、額に青筋(あおすじ)を浮かべ、ニコニコと笑みを浮かべながら言った。

 どうやら、ロナード当人(とうにん)以上に、サリア宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)の方が我慢(がまん)ならなかった様だ。

(止めなきゃいけない立場のアンタが、(あお)ってどうする!)

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアの反応(はんのう)を見て、ロナードは戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、心の中で叫ぶ。

「そうですわ! こんな雑魚(ざこ)やっちゃいなさい!」

エルフリーデも、強い口調(くちょう)でロナードに向かって言う(となり)で、ルフトも(うなず)いている。

(コイツ()正気(しょうき)か?)

二人の言動(げんどう)に、ロナードは困惑(こんわく)の表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

「何なら、あなた方三人、(まと)めて掛っても(かま)いませんよ?」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、(ひたい)青筋(あおすじ)を浮かべたまま、ニッコリと笑みを浮かべ、そう言って寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちを挑発(ちょうはつ)する。

「なんだと!」

馬鹿(ばか)にするな!」

「我々は、寺院(じいん)の中でもその才能(さいのう)(みと)められているエリートだぞ!」

寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちはカッとなり、声を(あら)らげ、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアに怒鳴(どな)り返す。

(頼むから、こんな安い挑発(ちょうはつ)にのるなよ……)

寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちの様子(ようす)を見て、ロナードはゲンナリした表情を浮かべながら、心の中で(つぶや)く。

 ネフール老子(ろうし)も、ロナードと同じ様な事を思っているのか、ゲンナリした顔をして額に片手(かたて)()え、『やれやれ』と言った様子(ようす)で首を左右に振っている。

面白(おもしろ)い! 宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)と我ら寺院(じいん)術師(じゅつし)、どちらが(まさ)っているか証明(しょうめい)してやろう」

寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)の一人が、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら、ロナードに言うと、

「いや、(おれ)は何も言って無いが……」

彼は、迷惑(めいわく)この上ないと言う様な顔をして、ボソリとそう(つぶや)く。

「おい」

寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)は、近くに居た大会(たいかい)関係者(かんけいしゃ)(おもむろ)に声を掛ける。

「え? はい」

不意(ふい)に声を掛けられた相手(あいて)は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、返事をする。

「飛び入り参加(さんか)だ。 駆け出しの連中(れんちゅう)に、修行(しゅぎょう)()んだ寺院(じいん)のエリートの実力(じつりょく)(しめ)してやる」

寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)は、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言うと、

「ええっ!」

それを聞いた、大会(たいかい)関係者(かんけいしゃ)は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、思わず声を上げる。

面白(おもしろ)い。 素人(しろうと)同然(どうぜん)の者達の試合(しあい)より、余程(よほど)(たの)しめるだろうな」

ロナード達が何やら()めているのを見て、気になって様子(ようす)を見に来たのか、ルチルを連れたセネトが不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言った。

「ちょっ……。 セネトまで……」

ロナードは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、そう(つぶや)く。

「やっちゃって、良いですよ」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、ポンとロナードの肩に片手(かたて)()えると、ニッコリと笑いながら言った。

「どうなっても、(おれ)は知らないからな」

ロナードは、(ひたい)片手(かたて)を添え、特大(とくだい)溜息(ためいき)を付いてから、(あき)れた口調(くちょう)で、自分を寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちに(けしか)けた、セネトと宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアに向かって言った。


「さて(みな)さん。 ()り上がって来たところで、サプライズイベントです!」

円形(えんけい)闘技場(とうぎじょう)中央(ちゅうおう)のステージの上で、進行役(しんこうやく)をしていた男性が、拡声(かくせい)効果(こうか)を持つ()道具(どうぐ)を手に、集まった観客(かんきゃく)たちにそう()げると、会場は(にわ)かにざわめく。

「何と、寺院(じいん)魔術師(まじゅつし)宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)による、現役(げんえき)魔術師(まじゅつし)たちの(ゆめ)競演(きょうえん)

進行役(しんこうやく)の男性が、やや興奮気味(こうふんぎみ)にそう()げる。

寺院(じいん)宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)が?」

「そりゃ()げぇ」

「どうなるか楽しみ♪」

それを聞いた、会場の人たちはワッと歓声(かんせい)を上げ、嬉々とした表情を浮かべ、期待(きたい)に満ちた視線(しせん)中央(ちゅうおう)のステージへと向ける。

「どう言う事だ?」

会場にある、皇族(こうぞく)専用(せんよう)特別(とくべつ)展望(てんぼう)(だい)に居たカルセドニ皇子(おうじ)は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

面白(おもしろ)い事になりますよ」

そう言いながら、戻って来たセネトが嬉々とした表情を浮かべながら言う。

「?」

カルセドニ皇子(おうじ)は、妹の言っている意味が分からず、不思議(ふしぎ)そう顔をしていると、東西に(もう)けられた入り口から、次に戦う者たちがそれぞれ姿を現した。

「あれは……レオンの弟じゃないか!」

姿を現した者の中に、何度か見た事がある()格好(かっこう)の人物が居たので、カルセドニ皇子(おうじ)戸惑(とまど)いの表情を浮かべそう(つぶや)くと、思わずセネトの方を見る。

寺院(じいん)の若いのに喧嘩(けんか)を売られ、収拾(しゅうしゅう)が付かなくなり、止むを得ずこの様な事になりました」

セネトは、自分も(けしか)けたにも関わらず、他人事の様な口調(くちょう)で事情を語った。

「お前は……安い挑発(ちょうはつ)に乗って……。 しかも、自分の婚約者(こんやくしゃ)相手(あいて)にさせるなど正気(しょうき)か?」

カルセドニ皇子(おうじ)は、(あき)れた表情を浮かべ、そう(つぶや)く。

相手(あいて)から熱烈(ねつれつ)名指(なざ)しをされたので、引くに引けなくなりまして……」

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら語る。

「……大方(おおかた)、お前の推挙(すいきょ)のみで、正規(せいき)手続(てつづ)きを()まずに宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)になった事に対し、寺院(じいん)の若いのが文句(もんく)を付けたのだろう?」

カルセドニ皇子(おうじ)は、()(いき)()じりに言うと、

「そんなところです」

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべたまま言うと、それを聞いてカルセドニ皇子(おうじ)(ひたい)片手(かたて)()え、ゲンナリとした表情を浮かべた。

「我々三人を相手(あいて)取ろうなど、身の(ほど)を知れ!」

「二度と(われ)らに対して、(なま)意気(いき)な口が()けぬ様にしてやる!」

「泣いて()びるのなら、今の内だぞ!」

ステージに上がるや(いな)や、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちは、口々にロナードに向かってそう言って挑発(ちょうはつ)する。

「……あまり、目立つ様な事はしたくないんだが……」

ロナードは、ゲンナリとした表情を浮かべ、そう(つぶや)く。

(たわ)け!」

()かした顔をして居られるのも、今の内だ」

地獄(じごく)を見せてやる」

迷惑(めいわく)この上ないと言った様子(ようす)のロナードに、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)達が口々に言う。

「その言葉、そっくりそのまま返してやる」

ロナードは、()(いき)を付くと、ゲンナリとした表情を浮かべながら言った。

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)の代表はロナード様。 対するは、寺院(じいん)若手(わかて)筆頭(ひっとう)、イル様、カイ様、ソル様のお三方です」

進行役(しんこうやく)の男性がそう言いながら、各々を簡潔(かんけつ)に紹介する。

「一対三なのか?」

それを聞いて、カルセドニ皇子(おうじ)戸惑(とまど)いの表情を浮かべ(つぶや)く。

大丈夫(だいじょうぶ)なの?」

セネトの護衛(ごえい)に居たルチルは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、セネト皇子(おうじ)に問い掛ける。

流石(さすが)寺院(じいん)術師(じゅつし)を三人も相手(あいて)取るなど、(きび)しいのではないのか?」

カルセドニ皇子(おうじ)戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら(つぶや)く。

「まあ、見て居たら分かりますよ」

セネトは、戸惑(とまど)う二人に対し、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言った。

「では。 始め!」

進行役(しんこうやく)の男性が合図(あいず)をすると同時(どうじ)に、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちは、一斉(いっせい)魔術(まじゅつ)詠唱(えいしょう)を始めた。

 それを見たロナードは、片手(かたて)で前髪を掻き上げ、フーッと溜息(ためいき)を付いてから、

「そんなので、(おれ)相手(あいて)(つと)まるものか」

淡々とした口調(くちょう)でそう言い捨てると、風の魔術(まじゅつ)()り出し、次々とステージの外へ三人を吹き飛ばした。

「!」

カルセドニ皇子(おうじ)は、あまりに一瞬(いっしゅん)()ぎて目を丸くして、ロナードに釘付けになったまま、呆然(ぼうぜん)とし、

(じゅつ)詠唱(えいしょう)なし……だと?」

背後(はいご)の、一段上の檀上(だんじょう)から見ていたランサイト皇帝(こうてい)は、驚愕(きょうがく)の表情を浮かべ、(つぶや)く。

馬鹿(ばか)馬鹿(ばか)しい(こころ)みだな……」

セネトは、ロナードが圧勝(あっしょう)すると分かっていたのか、淡々とした口調(くちょう)で言った。

「えっ……」

「なに……」

「何があった?」

会場に居た観客(かんきゃく)たちも、一瞬(いっしゅん)()ぎて何が起きたのか分からない。

 進行役(しんこうやく)の男性も、ロナードを見たまま呆然(ぼうぜん)としている。

「ぐぐぐっ!」

貴様(きさま)。 ()道具(どうぐ)を使うなど卑怯(ひきょう)だぞ!」

「それとも試合(しあい)が始まる前に、(じゅつ)詠唱(えいしょう)を終わらせていたのか?」

本来ならば場外で失格になるのだが、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちは(かま)(こと)()く、忌々し気にそう言いながら、ステージの上に()い上がって来た。

「……馬鹿(ばか)なのか? いや悪い。 実力差(じつりょくさ)も分からない様な、馬鹿(ばか)なんだな」

寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちが力の差が分からずに、()りずに自分に向かって来ようとしているのを見て、(あき)れた表情を浮かべながら、ロナードは言った。

「何だと?」

「きっ、き、貴様(きさま)ぁ!」

(いき)がるなっ!」

ロナードの発言を聞いて、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちは口々にそう叫び、(いきどお)る。

「じゃあ、今度は馬鹿(ばか)でも分かる様にしてやる」

ロナードは、軽く溜息(ためいき)を付いてから言うと、一瞬(いっしゅん)の内に彼の足元から緑色の風が、彼の周囲(しゅうい)を囲む様に勢い良く渦巻(うずま)きながら現れる。

 巻き込まれたら大変だと思ったのか、進行役(しんこうやく)の男性が(あわ)ててステージの上から飛び降りた。

「なっ……」

何時(いつ)の間に……」

「こ、こんなの、聞いて無いぞ!」

ロナードを守る様にして、ゴオーと音を立て、石で出来(でき)たステージの床を(けず)り、(ほとん)ど小さな竜巻(たつまき)の様な(いきお)いで、自分たちの前に(かべ)の様に渦巻(うずま)く様を見て、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちは一様(いちよう)に青い顔をして(つぶや)いた。

「ギャーギャー耳障(みみざわ)りだ。 今日一日では戻って来られない様な所まで吹き飛んて行け。 護衛(ごえい)は代わりの(だれ)かがするだろ」

ロナードは、五月蠅(うるさ)そうな顔をしながらそう言うと、片手(かたて)で払う様な仕草(しぐさ)をした次の瞬間(しゅんかん)周囲(しゅうい)物凄(ものすご)い勢いの突風が吹き荒れ、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)たちが次々と上空へと巻き上げられていく……。

「いぎゃあああ!」

「ひいいいっ!」

寺院(じいん)の若い術は、(なさ)けない声を上げながら、勢い良く空の彼方(かなた)へ吹き飛んで行った。

「お――。 豪快(ごうかい)に飛んで行っちゃいましたねぇ……」

その様子(ようす)を、大老子(だいろうし)たちが居る特別(とくべつ)展望室(てんぼうしつ)から見ていた、魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、遠くを(なが)める様に片手(かたて)(ひたい)()え、実に清々しい口調(くちょう)で言った。

「あれだけ大口(おおぐち)(たた)いておいて、手も足も出ないなんて笑えますわ!」

エルフリーデは、そう言いながら声を上げて笑う。

「な、な、何なんだ……」

その近くで、ネフール老子(ろうし)呆然(ぼうぜん)とした表情を浮かべ、(つぶや)く。

「……だから止めとけば良かったのに……」

ギベオンは、若い術師(じゅつし)たちが吹き飛ばされていった方を見ながら、()(いき)()じりにそう(つぶや)く。

「一人……逃がしたか」

ロナードは、一人、土の魔術(まじゅつ)(かべ)を作り、(なん)を逃れた寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)を見ながら、淡々とした口調(くちょう)(つぶや)く。

 しかしながら、土の魔術(まじゅつ)で作った(かべ)(くだ)()り、寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)はその衝撃(しょうげき)でステージの下に吹き飛ばされていた。

調子(ちょうし)に乗るなぁあああっ!」

寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)はそう叫びながら、ステージの上へ()い上がろうとすると、

五月蠅(うるさ)いから、(ねむ)って居ろ」

ロナードが、淡々とした口調(くちょう)(つぶや)くと、フワッと(あま)(かお)りがしたと思った次の瞬間(しゅんかん)寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)突然(とつぜん)、頭から地面へ倒れ込んだ。

「えっ……なに?」

「どうなった?」

それを見て、会場に居た観客(かんきゃく)たちは戸惑(とまど)い、口々にそう(つぶや)く。

 進行役(しんこうやく)の男性が(おそ)る恐る、倒れた寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)の下へ近付いてみる。

(ねむ)って……いる?」

寺院(じいん)の若い術師(じゅつし)は、気持ち良さそうな顔をして、爆睡(ばくすい)して居るのを見て、戸惑(とまど)いの表情を浮かべながら、進行役(しんこうやく)の男性は(つぶや)く。

相手(あいて)も居ない。 もう良いだろう?」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で、進行役(しんこうやく)の男性に向かって言うと、

「え、あ、はい」

彼は、戸惑(とまど)いながら答えると、ロナードは()ぐにステージ上から退場(たいじょう)しようとしたので、

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!」

進行役(しんこうやく)の男性はそう言いながら、(あわ)ててステージの上へ登ろうとするが、ロナードはそれを無視(むし)して、ゲートの方へと(もど)ってしまった。

「あははは……。 随分(ずいぶん)とシャイな方の様ですね。 インタビューをしようと思ったのですが、逃げられちゃいました」

進行役(しんこうやく)の男性は、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、拡声(かくせい)効果(こうか)のある()道具(どうぐ)を手に、観客(かんきゃく)たちに向かって言うと、会場から笑いが起きる。

「いや、でも圧巻(あっかん)でしたね! 流石(さすが)と言うべきでしょうか。 サプライズに協力して下さった四人に、拍手(はくしゅ)をお願いします」

進行役(しんこうやく)の男性は、観客(かんきゃく)たちに向かって言うと、会場から歓声(かんせい)と共に拍手(はくしゅ)が起きる。

「いゃあ、あっと言う間ですね」

ロナードを(けしか)けた、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、満足(まんぞく)そうな表情を浮かべながら言うと、

「この(くらい)当然(とうぜん)ですわ」

エルフリーデは、()が事の様にドヤ顔で言うと、片手(かたて)で自分の髪を払う。

(将来を有望視(ゆうぼうし)されている、若手(わかて)の三人をこうも容易(たやす)く……。 これがこの者の力か。 これは、何としても寺院(じいん)に引き込まねば)

ネフール老子(ろうし)は、心の中でそう(つぶや)くと、チラリとティアマト大老子(だいろうし)の方へと目を向ける。

 ティアマト大老子(だいろうし)は、これと言った表情を浮かべる訳でも無く、静かに前を見据(みす)えていた。


 こうして、多少のトラブルはあったものの、何とか予定(よてい)(どお)りにイベントが終わり、ロナードは自分たちに貸し与えられた控室(ひかえしつ)に戻った。

「ふう……」

ロナードは、少し疲れた表情を浮かべ、軽く(いき)を吐くと、近くのソファーに腰を下ろした。

「ご苦労(くろう)だったな」

ロナードの様子(ようす)を見て、先に部屋に居たセネトは苦笑(にがわら)いを浮かべながら、そう声を掛ける。

「やれやれ……。 とんだ茶番(ちゃばん)に付き合わされた」

ロナードは、寺院(じいん)の者たちの様子(ようす)を思い出しながら、そう(つぶや)いた。

「お(かげ)でサリアたちは、とても清々しい顔をしていたぞ。 (ぼく)もスカッとした。 天狗(てんぐ)になっている、(なま)意気(いき)寺院(じいん)の若い連中(れんちゅう)の鼻をへし折る事が出来(でき)たからな」

セネトは、嬉々とした表情を浮かべながら言った。

寺院(じいん)に仕えている術師(じゅつし)と言うのは、そんなに(えら)いのか?」

ロナードは、呆れた表情を浮かべつつ、セネトに問い掛けると、

「あんな下っ()でも、庶民(しょみん)たちの(あこが)れであり、(うやま)わられる立場である事は(ちが)いないからな。 普段(ふだん)、周りからチヤホヤされているので、傲慢(ごうまん)になるんだろう」

セネトは、苦笑(にがわら)()じりに答えた。

馬鹿(ばか)だな。 (うやま)わられているのは、奴等(やつら)()えているガイア神や大老子(だいろうし)たちであって、アイツら自身では無いだろうに」

ロナードは、(あき)れた表情を浮かべたまま、淡々とした口調(くちょう)で言うと、軽く溜息(ためいき)を付いた。

「お前の言う通りだ。 馬鹿(ばか)(やから)はそれが分らないのだろう」

セネトは、ロナードの(するど)指摘(してき)同意(どうい)を示し、辛辣(しんらつ)な言葉を口にした。

 まあ、何時(いつ)もは(えら)そうにしているのに、周囲(しゅうい)の者達も認めていた有望(ゆうぼう)若手(わかて)三人が、手も足も出ないままロナードにフルボッコにされ、すっかり志雄(しお)らしくなってしまった寺院(じいん)術師(じゅつし)たちと、終始(しゅうし)愛想(あいそ)(わら)いを浮かべ、どうにかしてロナードの機嫌(きげん)を取ろうとしていた、ネフール老子(ろうし)態度(たいど)には正直(しょうじき)、笑えた。

「何だか、今回の事で寺院(じいん)印象(いんしょう)が悪くなったんだが……」

ロナードは、ゲンナリした表情を浮かべながら言うと、

「まあ、そうだろうな」

セネトは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら返す。

(まあ、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)たちの中でも、ロナードに対して寺院(じいん)連中(れんちゅう)と同じ様に思っていた(やから)は一定数居たが……。 建国(けんこく)祝賀(しゅくが)(さい)での一件(いっけん)などで実力の(ほど)も知られているから、流石(さすが)当人(とうにん)に面と向かって、あの様な口を叩く(やから)は居なかったが……)

セネトは、ロナードの方へと目を向けながら、心の中でそう(つぶや)く。

寺院(じいん)奴等(やつら)(さら)に、何か言って来る様なら、挽肉(ひきにく)にしてやろうかと思っていた」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で、何気に笑えない事をサラッと言った。

流石(さすが)に、あんなに力の差を見せつけられては、余程(よほど)馬鹿(ばか)でもない限り(だれ)でも閉口(へいこう)する」

(すず)しい顔をしてサラッと(こわ)い事を言うロナードに、セネトは苦笑(にがわら)いを浮かべながら言い返す。

「ホント、余計(よけい)神経(しんけい)を使った……」

ロナードは、ゲンナリした表情を浮かべながら(つぶや)く。

「まあ(ぼく)達としては(じょう)出来(でき)だった。 終始(しゅうし)、こちらのペースだったし、老子(ろうし)大老子(だいろうし)にも、お前が一筋(ひとすじ)(なわ)ではいかない事は、(いや)でも(わか)っただろうからな」

セネトは、嬉々とした表情を浮かべ、声を(はず)ませながら言った。

「そうだと良いが……」

ロナードは、淡々とした口調(くちょう)で言うと、(おもむろ)に立ち上がった。

何処(どこ)に?」

セネトは、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、ロナードに問い掛ける。

 少し、外の空気を()って来る……。 祭りではしゃいでいる人達を見れば、少しは気分が変るかも知れない」

ロナードは、寺院(じいん)の者たちを牽制(けんせい)する為に、魔力(まりょく)をずっと放出(ほうしゅつ)していた事にかなり(つか)れているのと、寺院(じいん)思惑(おもわく)が透けて見えて幻滅(げんめつ)したのもあって、ゲンナリした顔をして、力なく言った。

「なら、(ぼく)一緒(いっしょ)に……」

セネトがそう言うと、彼は片手(かたて)でそれを制し、

皇帝(こうてい)陛下(へいか)を送ったギベオンたちも、そろそろ戻ってくる。 廊下(ろうか)から見下(みお)ろすだけだから、直ぐに戻る」

淡々とした口調(くちょう)でそう言った。

(1人になりたい……と言う事か……)

ロナードの様子(ようす)を見て、セネトはそう(さっ)すると、

「分かった。 くれぐれも気を抜くなよ」

そう言って、ロナードを一人で送り出す事にした。

「ああ……」

自分の事を心配してくれているセネトに、ロナードは申し訳なさそうにしつつも、短くそう答えると、部屋から出て行った。


「はあ……」

ロナードは廊下(ろうか)の突き当たり、バルコニーの様に少し突き出した場所で、手摺(てすり)(ひじ)を乗せ、(ほお)(づえ)を突く様にして自分の(あご)を乗せ、眼下(がんか)屋台(やたい)が立ち並ぶ通りを見下ろしながら、溜息(ためいき)を付く。

 魔術師(まじゅつし)たちの試験(しけん)は終わり、日も(かたむ)き始めていたが、通りの(にぎ)わいは相変(あいか)わらずで、今日一日は(よる)(おそ)くまでずっと、こんな感じなのだろう。

(……こんな(はな)やかな場で、様々な人々の思惑(おもわく)交錯(こうさく)し、この祭りの(うら)で、(おれ)達の様に色んな駆け引きがされているだろうに……。 何も知らないと言うのは、本当に幸せな事だな……)

ロナードは、何も知らずに楽しそうに通りを行き交う人達を見ながら、心の中で(つぶや)いた。

(おれ)もあんな風に、何も知らずに無邪気(むじゃき)に笑えれば、どんなに楽か……」

ロナードは、左右の両親に手を引かれ、無邪気(むじゃき)に笑い、お祭りの雰囲気(ふんいき)を全身で楽しんで居る、(おさな)い男の子を見ながら、(つぶや)いた。

(おさな)(ころ)はまだ、そんな風に出来(でき)たのかも知れないが、成長(ちょう)するに(したが)って色々な事を知ってしまうと、無邪気(むじゃき)子供(こども)の様には()()えなくなる。

 それが、大人になると言う事なのだろうが……。

結局(けっきょく)大老子(だいろうし)寺院(じいん)の動向に関して、大した情報も得られなかった訳だが……。 それは向こうも大差ない(はず)……)

ロナードは、大老子(だいろうし)たちの護衛(ごえい)をして居た間の様子(ようす)を思い出しつつ、心の中で(つぶや)いた。

 エルフリーデが終始(しゅうし)嫌悪感(けんおかん)()き出していた所為(せい)で、双方(そうほう)の間にとても()不味(まず)雰囲気(ふんいき)と、ロナードからの威嚇(いかく)重苦(おもくる)しい緊張感(きんちょうかん)があり、大老子(だいろうし)もその雰囲気(ふんいき)遠慮(えんりょ)したのか、会話らしい会話も無いまま終わった。

「そう思って居るのは、(おれ)だけ……か?」

ロナードは、(ほか)の者たちと違い、終始(しゅうし)()ち着いた様子(ようす)で自分を遠目で見ていた、ティアマト大老子(だいろうし)の顔を思い出しながら、心の中で(つぶや)く。

 パッと見た感じは、何処(どこ)にでも居る、上品(じょうひん)物腰(ものごし)の、優しそうなお(ばあ)さんと言った雰囲気(ふんいき)で、悪い人には見えなかったが……。

(大会は何事(なにごと)も無く終わったが……。 だからと言って、この後も何もないとは(かぎ)らない。 大会が終わって、(おれ)たちが油断(ゆだん)している所に、寺院(じいん)が何か仕掛(しか)けてくる可能性(かのうせい)もある。 ()(かく)宮廷(きゅうてい)に戻るまでは気を抜いては駄目(だめ)だ)

ロナードは、ティアマト大老子(だいろうし)がずっと、自分をとても優しい目で見て居た事を思い出しつつも、心の中でそう(つぶや)くと、気持ちを引き()めようと(こころ)みる。

「……戻るか……」

ロナードはポツリとそう(つぶや)くと、セネトが待っている控室(ひかえしつ)へ戻る為、(ちょう)廊下(ろうか)を歩き始めた。

(少し、(ちょう)居過(いす)ぎたか……。 セネトに心配させたかも知れないから、(あやま)って置こう)

ロナードが、そんな事を思いながら廊下(ろうか)を歩いていると、セネトが居る(はず)控室(ひかえしつ)の方から、黒い外套(がいとう)に身を包み、深々とフードを(かぶ)った明らかに(あや)しい(やから)が数人、随分(ずいぶん)(あわ)てた様子(ようす)で出て来た。

(何だ?)

ロナードはふと足を止め、その輩の様子(ようす)を遠くから見ていると、最後に出て来た者が、かなり大きな『何か』を(わき)(かか)えているのが見えた。

 それは、(あさ)出来(でき)た大きめの(ふくろ)(おお)われていた(ため)、中身までは分からないが、随分(ずいぶん)と大きく、そして重量(じゅうりょう)がありそうな物だった。

(人……?)

良く目を()らしてみると、(ふくろ)から足がはみ出ていたので、ロナードはとっさにそう判断(はんだん)した。

 しかも、その(くつ)には、見覚(みおぼ)えがあった。

 それに、男にしては、あまり大きくない、子供(こども)より少しだけ足。

 チラリと見えた黒いズボンの裾には、銀色の糸で小鳥と蔦の刺繍(ししゅう)(ほど)されている。

 小鳥と(つた)紋章(もんしょう)に使っているのは、皇族(こうぞく)の中ではセネトだけで、彼女と関わりのあるものは、身に付けている物の何かには(かなら)ず、その模様(もよう)(ほど)されている。

 (たと)えば、ギベオンは鉄の具足(ぐそく)側面(そくめん)にその紋章(もんしょう)(ほどこ)している。

臣下(しんか)では無いが、変な(やから)からロナードを守る(ため)なのか、彼が仕事時に身に付けている魔術師(まじゅつし)のローブの裾にも、セネトと同じ様に銀色の糸で紋章(もんしょう)刺繍(ししゅう)が施されている。

(まさか!)

ロナードの脳裏(のうり)にセネトの顔が浮かび、心の中で叫ぶと、とっさに駆け出していた。

 セネトと思われる人物を連れ()ろうとしている(やから)は、ロナードの事に気付いておらず、彼が歩いて来た方向とは逆方向(ぎゃくほうこう)にある階段へ向かって走り出した。

(くそっ! 思ったより足が早い! このままだと逃げられる!)

ロナードは思いの(ほか)、自分と連中(れんちゅう)との距離(きょり)(ちぢ)まらないので、(あせ)りの表情を浮かべ、心の中で(つぶや)く。

()て!」

ロナードは腹の(そこ)から大声で、セネトと思われる人物を連れ去ろうとしている(やから)に向かって叫んだ。

「!」

彼の叫び声を聞いて、セネトと思われる人物を連れ去ろうとしている(やから)はようやく、ロナードが自分達の後を追い駆けて来ている事に気付くと、その中の二人が素早(すばや)く足を止め、振り返り様に(かく)し持っている投げナイフを数本、思い切り投げ付けて来た。

 ロナードは、腰に下げていた剣でそれを叩き落とすと、そのままの勢いで自分の前に立ち(ふさ)がった二人に思い切り躍り掛かった。

 ロナードが繰り出した剣は、二人に見事に避けられたが、彼は(かま)う事無く、そのまま二人に背を向けてセネトと思われる人物を追い駆ける。

「行かせるな!」

二人の内の一人がそう叫ぶと、ロナードの背中に向かって(ふたた)び投げナイフを繰り出したが、ロナードはまるで背中に目があるかのように、走りながら(かべ)を思い切り蹴飛(けと)ばし、身を空中で反転(はんてん)させ、飛んで来た投げナイフを()けると、着地(ちゃくち)同時(どうじ)素早(すばや)く床を蹴り、セネトと思われる人物を抱えている者の後を猛追(もうつい)する。

「なっ……」

予想外(よそうがい)のロナードの動きに、彼に向かって投げナイフを投げ付けた(やから)は、驚愕(きょうがく)の表情を浮かべ、思わず言葉を失う。

不審者(ふしんしゃ)だ! 誰か手を貸してくれ!」

ロナードは、セネトと思われる人物を連れ去ろうとしている(やから)の後を追い駆けながら、(わざ)周囲(しゅうい)に聞こえる様に大声で叫びながら走る。

「くそっ! あの野郎(やろう)!」

セネトと思われる人物を(かか)えている(やから)の後に続いていた者が、舌打ちをし、忌々し気に(つぶや)くと足を止め、腰に下げていたショートソードを引き抜くと、タンと勢い良く床を()ると、自分たちを追い駆けて来ているロナードに向かって剣を振り下ろした。

 ロナードはとっさに、手にしていた剣でそれを受け流す。

 そこへ(かん)(ぱつ)()かず、別の輩がロナードの側面から投げナイフを数本、投げ付ける。

()った!)

ロナードに投げナイフを投げ付けた(やから)は、心の中でそう(つぶや)くと、勝ち(ほこ)った方に笑みを浮かべたが、次の瞬間(しゅんかん)、その者の確信はものの見事に打ち(くだ)かれる。

 その者が放った投げナイフは、そのままロナードの側面に突き()さるかと思われた瞬間(しゅんかん)、目には見えない(かべ)(はば)まれ、金属(きんぞく)同士(どうし)がぶつかった時の様な音を立て、(むな)しく床の上に飛び散った。

「くそっ!」

「コイツ術師(じゅつし)か!」

それを見て、(ほか)の者たちが、苦々しい表情を浮かべて叫ぶ。

 そうしている間に、ロナードに切り掛かった輩はショートソードを手にしたまま、床を蹴り、身を勢い良く回転させながら、独特(どくとく)(けん)()で持っていたショートソードを繰り出した。

「くっ……」

ロナードはとっさに、持っていた剣で受け流したが、次の瞬間(しゅんかん)()りがロナードの横っ(つら)炸裂(さくれつ)し、彼は勢い良く後ろにすっ飛ばされ、壁に肩を強打する。

 そこに、別の(やから)(かん)(ぱつ)()かずに(おど)り掛かった。

 ロナードはとっさに風の魔術(まじゅつ)を繰り出し、相手(あいて)を弾き飛ばした。

小癪(こしゃく)な……」

ロナードに弾き飛ばされた(やから)は、ゆっくりと立ち上がりつつ、苛立(いらだ)ちを隠せない様子(ようす)(つぶや)く。

(セネトは?)

ロナードは、心の中でそう(つぶや)きながら、セネトと思われる人物を抱えている(やから)を探すが、その姿が見当たらない。

「お前等(まえら)邪魔(じゃま)だっ!」

ロナードは、セネトと思われる人物の姿を見失った事に焦り、そう叫ぶと同時(どうじ)に、勢い良く自分の周囲(しゅうい)(かま)(いたち)を巻き起こした。

 (かま)(いたち)の切れ味は(するど)く、彼の背後(はいご)にある、石で出来(でき)(かべ)や床を容赦(ようしゃ)なく、(するど)い傷を(いく)つも作り上げていく。

 それには、流石(さすが)に彼の周囲(しゅうい)に居た不審者(ふしんしゃ)たちも(ひる)んだ。

「セネトっ!」

ロナードは、相手(あいて)(ひる)んで居る(すき)に、そう叫びながら駆け出そうとした瞬間(しゅんかん)に、日光を反射(はんしゃ)して何かが(きら)めきながら、シュッと死角(しかく)から振り下ろされた。

「っつ!」

ロナードは間一髪(かんいっぱつ)の所で避けたが、剣先が(ほお)(かす)り、ピッと(かす)かに赤い線が走る。

「へぇ。 これを()けるのか……それは(すご)いな」

ロナードに攻撃(こうげき)()けられた、ショートソードを手にした(やから)は、何処(どこ)(うれ)しそうな笑みを浮かべながら(つぶや)いた。

 普通(ふつう)の者なら、さっきの瞬間(しゅんかん)片腕(かたうで)を叩き切られている。

(コイツ……相当(そうとう)腕利(うでき)きだ。 油断(ゆだん)すると()られる)

ロナードは、自分の前に立ち(ふさ)がる、ショートソードを手にした(やから)の動きに注意しつつ、心の中でそう(つぶや)くと、(うす)らと浮かんだ冷や汗を手の(こう)(ぬぐ)った。

 次の瞬間(しゅんかん)、別の(やから)が投げナイフを投げ付けて来て、ロナードは素早(すばや)くそれを剣で叩き落とすと、振り向き様に、自分に(するど)くショートを繰り出して来た(やから)攻撃(こうげき)を受け止める。

 ガリガリガリと、金属(きんぞく)同士(どうし)力任(ちからまか)せに、(はげ)しく()れ合う音が辺りに(ひび)く……。

 ロナードと相手(あいて)鍔迫(つばぜ)り合いをしている所に、別の角度(かくど)から、別の(やから)が投げナイフを投げ付けて来たので、ロナードは素早(すばや)く後ろに飛び退()き、(さら)にそのままの(いきお)いで(かべ)()り、もう一人が切り掛って来たのを()け、空中で身を返しながら、自分に切り掛かって来た相手(あいて)の背中を思い切り剣で叩き切りつつ、見事に床の上に着地(ちゃくち)をする。

「くそっ! 一人やられた!」

それを見て、不審者(ふしんしゃ)の一人が苦々しい表情を浮かべ、(つぶや)いた。

「オレ達を相手(あいて)に、ここまで見事(みごと)に立ち振る舞うなんて、やりますね」

ショートソードを手にしている(やから)は、感心した様子(ようす)でロナードに言った。

「そう思うのなら見逃(みのが)して貰いたいな。 用があるのは、仲間を連れ去った(やつ)だけだ。 お前たちとここで(ころ)し合いをする気は無い」

ロナードは、切り倒した相手(あいて)血糊(ちのり)が付いている剣をブンと払いつつ、落ち着いた口調(くちょう)で言った。

「それは出来(でき)ない注文(ちゅうもん)ですね」

ショートソードを手にした男は、肩を(すく)め、苦笑(にがわら)いを浮かべながら答えた。

「だろうなっ!」

ロナードはそう言うや(いな)や、ダンと床を蹴り、ショートソードを手にした(やから)に切り掛かった。

 相手(あいて)はロナードが繰り出した剣を受け止め、(ふたた)鍔迫(つばぜ)り合いになるかと思われた次の瞬間(しゅんかん)相手(あいて)(おもむろ)に左手を動かした。

 すると、目にも止まらぬ速さで、ロナードの肩に何かが突き刺さった。

(しまった! 暗器(あんき)!)

ロナードは心の中で(つぶや)くと、(あわ)てて後ろに飛び退き、相手(あいて)との()()いを取ろうとした瞬間(しゅんかん)不意(ふい)に目の前が真っ白になり、足元に力が入らず、そのまま後ろに背中から倒れ込んだ。

「ぐっ……」

ロナードは、倒れた瞬間(しゅんかん)後頭部(こうとうぶ)を床に打ち付け、その(はず)みで手にしていた剣が離れ、音を立てて床の上に落ちた。

(しまっ……)

ロナードが心の中で叫んでいる瞬間(しゅんかん)、ドカッと利き腕に強い衝撃(しょうげき)が走った。

「があっ!」

ロナードはその(いた)みのあまり、思わず声を上げ、顔を苦痛(くつう)(ゆが)ませる。

 ショートソードを手にしていた(やから)が、倒れ込んだロナードの上に(うま)()りになる様な形になって、彼の右肩に持っていた剣を思い切り突き立てたのだ。

「良く見たら随分(ずいぶん)綺麗(きれい)な人だな……。 美人を(いた)め付ける趣味(しゅみ)は無いんですけれど……」

ショートソードをロナードの肩に突き立てたまま、その男は彼を見下ろしつつ、不敵(ふてき)な笑みを浮かべながら言った。

 ロナードは、意識(いしき)朦朧(もうろう)とする中でも、気丈に相手(あいて)(にら)み付ける。

「マズイ! 人が来る!」

(ほか)の仲間が、ロナードの上に(うま)()りになっていた、ショートソードを手にした(やから)に、(あせ)りの表情を浮かべながら叫ぶ。

貴方(あなた)(ころ)すよう命令は受けて無いですから、今日は見逃(みのが)してあげますよ。 このまま(ころ)すには、ちょと惜しいですからね。 また、(えん)があれば是非(ぜひ)ともまた(ころ)し合いをしようね。 ね? 美人さん♪」

ショートソートを手にした(やから)は、意識(いしき)が薄れいくロナードの耳元でそう(ささや)くと、不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、彼の肩に突き立てていた剣を引き抜くと、スッと身を引いた。


「ロナード様! ロナード様! しっかり!」

ロナードは(だれ)かに思い切り体を揺すられ、そう声を掛けられ、ゆっくりと目を開けた。

「っ……」

意識(いしき)を取り戻した瞬間(しゅんかん)、右肩に激痛(げきつう)が走り、思わず(いた)みで顔を(ゆが)める。

(だれ)にやられたのですか?」

聞き馴染(なじ)みのある、若い男の声が頭の上からする……。

「セネトが……」

ロナードは(かす)れた声で、自分を助けに来た者たちに告げる。

「セティがどうしたの?」

別の角度(かくど)から、別の若い女性の声が聞こえる。

「連れて……行かれた……」

ロナードは、全身に(しび)れる様な(いた)みと熱っぽさ、そして強い倦怠感(けんたいかん)を感じつつ、必死に声を振り(しぼ)り、そう語る。

「なっ……」

ロナードの言葉を聞いて、周囲(しゅうい)に居た者たちは(おどろ)きの声を上げる。

()(かく)、肩の(きず)を」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアがそう言うと、ロナードに治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)(ほどこ)そうとすると、ロナードは声にならぬ声を上げ、苦悶(くもん)に満ちた表情を浮かべる。

「ど、どう言うこと?」

ロナードが悲鳴(ひめい)を上げ、(いた)がるのを見て、サリアと共に駆け付けて居たエルフリーデは戸惑(とまど)いの表情を浮かべる。

(おそ)らく、()られていた毒物(どくぶつ)影響(えいきょう)かも知れません」

ロナードの尋常(じんじょう)では無い反応(はんのう)を見て、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、青い顔をして(つぶや)いた。

治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)は止めて下さい。 これではロナード様が気絶(きぜつ)してしまいます」

ロナードの体を抱き上げていたギベオンは、顔面(がんめん)蒼白(そうはく)になり、(いき)()()え、背中から大量の冷や汗を流し、苦しそうにしているロナードを見て、表情を(けわ)しくして宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアに言った。

「これを」

エルフリーデは(おもむろ)に、自分が持っていたハンカチをギベオンに差し出す。

 それを受け取ったギベオンは、ロナードの肩にハンカチを押し当て、止血(しけつ)を行いつつ、彼を片腕(かたうで)で支えたまま抱き上げる。

「何の(さわ)ぎですか?」

寺院(じいん)の中年の司祭がそう言いながら、数人の部下を連れ、駆け付けて来た。

「ロナード様が(おそ)われた」

ギベオンは苦々しい表情を浮かべ、中年の司祭に言うと、

「なっ……」

彼は、顔を青くして、思わず絶句(ぜっく)する。

特殊(とくしゅ)な毒物が刃に塗られていた様で、治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)での止血(しけつ)出来(でき)ません。 何か良い対処法(たいしょほう)があるのでしたら、手を貸して下さい」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、切羽詰(せっぱつま)った様子(ようす)で、中年の司祭たち寺院(じいん)の者たちに、そう懇願(こんがん)する。

「これは……」

「ウチで使われている暗器(あんき)では?」

周囲(しゅうい)に残された形跡(けいせき)を見て居た寺院(じいん)兵士(へいし)たちが、戸惑(とまど)いの表情を浮かべつつ、口々に中年の司祭に言うと、

「そうかも知れません。 (いそ)ぎ調べさせて下さい!」

寺院(じいん)兵士(へいし)たちの内の一人が差し出した、先が(するど)(とが)った鉄の棒状(ぼうじょう)の物を見て、中年の司祭は苦々しい表情を浮かべると、自分が連れて来た寺院(じいん)兵士(へいし)たちに命じる。

「はっ!」

寺院(じいん)兵士(へいし)達は一様(いちよう)に返事をすると、()り散りになる。

「これどう言う事? 何故(なぜ)、セティを連れ去ったの?」

ルチルは、憤りを隠せない様子(ようす)で、中年の司祭の襟首(えりくび)乱暴(らんぼう)(つか)むと、彼の背後(はいご)あった(かべ)にドンと激しくその背中を打ち付ける様にして、押し当てる。

「落ち着いて下さい。 ルチル様」

エルフリーデは、(あわ)ててルチルの腕を(つか)むと、そう叫ぶ。

「この人に聞いても多分(たぶん)、何も知らないだろう」

ギベオンが落ち着いた口調(くちょう)で、憤っているルチルに言った。

()(かく)、ロナードをどうにかして!」

ルチルは、中年の司祭の(むね)(くら)を掴んだまま、強い口調(くちょう)で言った。

「も、勿論(もちろん)です」

中年の司祭は、全身から(たき)の様に汗を掻いているにも(かかわ)らず、死人の様に顔から血の気が失せて、グッタリしているロナードを見ながら、真剣(しんけん)面持(おもも)ちで答えた。


 ロナードは急ぎ、大老子(だいろうし)が使っていた控室(ひかえしつ)にギベオンにより(かつ)ぎ込まれ、その場に居合(いあ)わせた寺院(じいん)の者たちは皆驚(みなおどろ)戸惑(とまど)う中、中年の司祭から簡潔(かんけつ)に説明を受けた、ティアマト大老子(だいろうし)は、直ぐにロナードの手当を行った。

 そのお蔭で、先程(さきほど)まで全身が熱を帯び、苦しそうに呼吸(こきゅう)を繰り返し、全身から(たき)の様に汗をかいて、意識(いしき)朦朧(もうろう)としていたロナードは、苦しんでいたのが(うそ)の様に、グッスリと眠ってしまった。

「見た所、命の危険(きけん)(およ)ぶほどの毒の量では無かった様じゃが……。 治癒(ちゆ)魔術(まじゅつ)(ほどこ)した所為(せい)で、ショック状態(じょうたい)(おちい)っていた様じゃな」

ティアマト大老子(だいろうし)は、呼吸も落ち着き、グッスリと眠っているロナードを見ながら、落ち着いた口調(くちょう)指摘(してき)する。

「済みません。 (わたし)安易(あんい)な事をしたばかりに……」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、バツの悪そうな表情を浮かべ、ティアマト大老子(だいろうし)に言うと、

「なに。 あれだけの出血(しゅっけつ)を見れば、直ぐに(きず)(ふさ)ごうと思うのは、術師(じゅつし)として当然(とうぜん)心理(しんり)じゃ」

ティアマト大老子(だいろうし)は、これと言った表情を浮かべず、落ち着いた口調(くちょう)で返した。

「……」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアは、沈痛(ちんつう)な表情を浮かべ、(うつむ)き、押し黙ってしまった。

「その術師(じゅつし)心理(しんり)逆手(さかて)に取る様な(どく)が使われていたとなると、術師(じゅつし)に対する知識(ちしき)がある(やから)犯行(はんこう)である事は明らかですね」

ギベオンは、落ち着いた口調(くちょう)でそう指摘(してき)すると、

「その通じゃ……」

ティアマト大老子(だいろうし)は、真剣(しんけん)な表情を浮かべ、(うなず)きながら言った。

大老子(だいろうし)様……」

中年の司祭に命じられ、調査(ちょうさ)をしていた寺院(じいん)兵士(へいし)の一人が(おもむろ)に部屋に入って来ると、戸惑(とまど)い気味にティアマト大老子(だいろうし)にそう声を掛けた。

「なんじゃ?」

ティアマト大老子(だいろうし)は、その兵士(へいし)の方を向きながら、問い掛ける。

「その……先程(さきほど)からネフール老子(ろうし)を探しているのですが……」

「お姿が……見当(みあ)たりません」

兵士(へいし)たちが、(あせ)りの表情を浮かべ、口々にティアマト大老子(だいろうし)にそう報告すると、

「!」

それを聞いて、宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリア()は表情を(けわ)しくする。

「まさか……。 ネフール老子(ろうし)の手の者が、今回の事件(じけん)を引き起こしたと申すか?」

ティアマト大老子(だいろうし)は、戸惑(とまど)いの表情を浮かべ、兵士(へいし)たちにそう問い掛けると、

「それはまだ断言(だんげん)出来(でき)ませんが……」

寺院(じいん)兵士(へいし)は、動揺(どうよう)(かく)せない様子(ようす)で、口籠(くちごも)らせながら答えた。

「何か、知っている可能性(かのうせい)があります。 (いそ)ぎネフール老子(ろうし)(さが)して下さい!」

話を聞いた中年の司祭は、表情を険しくし、強い口調(くちょう)寺院(じいん)兵士(へいし)たちに命じる。

「はっ!」

了解(りょうかい)しました!」

兵士(へいし)たちは、(あわ)てた様子(ようす)でそう答えると、大急(おおいそ)ぎで部屋から出て行った。

「……ネフール老子(ろうし)様は、大老子(だいろうし)様と其方(そなた)のロナード様がゆっくり話せる様にすると言っておられました。 もしかすると……セレンディーネ皇女(こうじょ)殿下(でんか)はロナード様と間違(まちが)われて、連れ去らわれたのかも知れません」

中年の司祭は、苦々しい表情を浮かべ、そう(つぶや)くと、

「そうね。 セティが連れ(さら)われた部屋のソファーの上に、ロナードのローブが置いてあったわ。 ロナードの顔を知らずに、漠然(ばくぜん)とその特徴(とくちょう)や身なりを聞いていただけならば、ローブを目にした瞬間(しゅんかん)、その場に居たセティをロナードと勘違(かんちが)いした可能性(かのうせい)はあるわ」

ルチルも、ロナードがセネトと共に待機(たいき)していた部屋の様子(ようす)を見て、気が付いた事を落ち着いた口調(くちょう)でそう指摘(してき)する。

「つまり、(ぞく)はセレンディーネ皇女(こうじょ)殿下(でんか)をユリアスと勘違(かんちが)いして連れ去り、それをユリアス当人(とうにん)が見つけ、彼等(かれら)を追い駆け、返り()ちにされた……と言う事ね」

ルチルの話を聞いて、サリアは自分の顎の下に片手(かたて)を添え、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで(つぶや)く。

「その様じゃの……」

ティアマト大老子(だいろうし)は、複雑(ふくざつ)な表情を浮かべながら(つぶや)く。

「ユリアスの意識(いしき)を取り戻せば、何か聞けるのでしょうけれど……」

エルフリーデは、苦々しい表情を浮かべつつ言うと、

「……だからって、無理(むり)に起こしたりはしないでよ? まだ、(どく)が抜けきって無いだろうし」

ルフトは思わず顔を引き()らせ、苦笑(にがわら)()じりにエルフリーデに言うと、

「分かっていますわ。 流石(さすが)にあんなに苦しんでたのを見た後で、起こそうとは思わないですわよ」

エルフリーデは、ムッとした表情を浮かべ、ルフトに言い返す。

「どうかしらね……。 貴方(あなた)はドSだから……」

ルチルは、苦笑(にがわら)いを浮かべながら、エルフリーデに言うと、

「まっ!」

彼女は、ムッとした表情を浮かべ、プゥと(ほお)(ふく)らませ、口を(とが)らせる。

「私たちも寺院(じいん)の方たちに協力して、セレンディーネ皇女(こうじょ)殿下(でんか)捜索(そうさく)しましょう」

宮廷(きゅうてい)魔術師(まじゅつし)(ちょう)サリアが、真剣(しんけん)な表情を浮かべながら言うと、ギベオンたちは(そろ)って真剣(しんけん)面持(おもも)ちで(うなず)き返した。


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