魔道大会
主な登場人物
ロナード(ユリアス)…召喚術と言う稀有な術を扱えるが故に、その力を我が物にしようと企んだ、嘗ての師匠に『隷属』の呪いを掛けられている。 その呪いを解く為、エレンツ帝国を目指している。 漆黒の髪に紫色の双眸が特徴的な美青年。 十七歳。
セネト(セレンディーネ)…エレンツ帝国の皇女。 とある事情から逃れる為、シリウスたちと行動を共にしている。 補助魔術を得意とする魔術師。 フワリとした癖のある黒髪に琥珀色の大きな瞳が特徴的な女性。 十九歳。
シリウス(レオフィリウス)…ロナードの生き別れていた兄。 自身は大剣を自在に操る剣士だが、『封魔眼』と言う、見た相手の魔術の使用を封じる、特殊な瞳を持っている。 長めの金髪に紫色の双眸を持つ美丈夫。 二二歳。
ハニエル…傭兵業をしているシリウスの相棒で鷺族と呼ばれている両翼人。 治癒魔術と薬草学を得意としている。 白銀の長髪と紫色の双眸を有している。 物凄い美青年なのだが、笑顔を浮かべながらサラリと毒を吐く。
ルチル…帝国の第三騎士団の隊長を務めている女性。 セネトと幼馴染。 今はティティスの護衛の任に就いている。 二十歳。
ギベオン…セネト専属の護衛騎士。 温和で生真面目な性格の青年。 二十五歳。
ルフト…宮廷魔術師長サリアを母に持ち、魔術師の一家に生まれた青年。 ロナードたちとの従兄弟に当たる。 二十歳。
ナルル…サリアを主とし、彼女とその家族を守っている『獅子族』と人間の混血児。 とても社交的な性格をしている。
ネフライト…第一側妃の息子でティティスの同腹の兄。 皇太子の地位にあり、現在、次のエレンツ帝国皇帝の座に最も近い人物。
エルフリーデ…宮廷魔術師をしている伯爵令嬢で、ルフトの婚約者。 ルフトの母であるサリアの事をとても慕っている
カルセドニ皇子…セネトの同腹の兄。 寺院の聖騎士をしている。 シリウスとハニエルを奴隷の身分から解放した人物。 ネフライト皇太子に代わり、自身が皇太子の座に就こうと奔走している。
「大老子の護衛……そう来たか……」
セネトは、書類を手にしたまま、神妙な面持ちで呟く。
「それって、魔道大会の時にって事?」
ソファーに座り、寛いで居たルチルは徐に、口に運ぼうとしていたクッキーを頬張るのを止め、真剣な面持ちでセネトに問い掛ける。
「そうだ」
セネトは、溜め息混じりに答える。
「最近、静かになったと思えば、手段を変えて来ましたね」
ギベオンは、神妙な面持ちで呟く。
「ああ……」
セネトも複雑な表情を浮かべながら言うと、溜息を付く。
「私は、引き受けない方が良いと思うわ。 ロナードを目的としているのならば、危険過ぎるわ」
組んでいる足を替えながら、ルチルは言った。
「同感です」
セネトの傍らに立ち、書類の整理を手伝っていたギベオンも、真剣な面持ちで言う。
「だが、正式な書面での要請だから、無視する訳にもいかない。 どうしたものか……」
セネトは、自分の前髪を片手で掻き上げ、そう言ってから、ふーっと特大の溜息をつく。
「仮病を使った所で……また、同じ様な要請をされるだけでしょうし……」
ルチルは、自分の指を顎に添えつつ、神妙な面持ちで呟く。
「確かに……」
ギベオンも、自分の指を顎に添え、淡々とした口調で呟く。
「こうなると、ホント寺院ってしつこいものね」
ルチルが、嫌悪に満ちた表情を浮かべながら言う。
「ロナード様は、イシュタル教会の一件もありますから、同じ様に神を崇める組織である寺院には、関わりたくないと思っている筈です」
ギベオンも神妙な面持ちで言うと、セネトは頷いてから、
「そうだな。 何より、寺院に関われば常に監視の目が付いて回る。 そんな事になれば気が休まらないだろう。 そもそも、引き渡す気も無いが」
セネトは、ゲンナリとした表情を浮かべつつ、答える。
「アンタにもやっと、遅い春が来たって訳ね」
ルチルは、『やれやれ』といった様子で、セネトに言うと、
「は? な、何を言ってるんだ! 僕とロナードはお互いの利害が一致しているだけで……」
彼女は、顔をみるみる真っ赤にし、焦りながら裏返った声で言い返す。
「はいはい。 そう言う事にしといてあげるわ」
ルチルは、どうでも良さそうな口調で、片手をヒラヒラさせながら言う。
「ルチル!」
適当にあしらわれ、セネトは、ムッとした表情を浮かべ、思わず声を荒らげた。
「私が一つ、年長者としてアンタに言える事があるとしたら、居なくなってから、その大切さに気付いても遅いと言う事ね。 側に居る時に、ちゃんと気持ちを伝えないと、後で死ぬ程後悔する事になるわよ」
ルチルは、真剣な表情を浮かべ、セネトにそう忠告すると、彼女は何とも言えない、複雑な表情を浮かべ、押し黙ってしまった。
「やっとか」
肩くらいまでで切り揃えた白髪、前方から中央に掛けて禿げているが、老子が被る白い帽子を被ってする為分からない。
目の色は緑色の垂れ目で、団子鼻、首との境が分からい程に弛んだ顎、蛙の腹の様に突き出た腹、白いローブを着た初老の男は、溜め息混じりに呟いた。
この男は、ガイア神教の修道士として寺院に在籍、老子と言う地位にまで上り詰めた人物で、魔術の能力と言うよりも、実務的な能力に長けている。
名は、ダウド・ネフールと言い、地方の男爵家の三男だ。
現在は老子と言う地位にある為、爵位は伯爵となり、帝都に豪華な屋敷を持ち、年の離れた年下の美しい妻と妾を数人持ち、贅沢な暮らしを謳歌している身である。
一方の彼等を統括し、寺院の頂点に立つティアマト大老子は、昔ながらの考えに固執しており、私生活はとても質素だ。
嘗ては、ティルミット公爵家と遠縁の家門から婿を取り、その男性との間に一人娘を設けたが、彼女の後を継ぐ事を強く拒否し、ティルミット公爵家と縁を切り、帝国を出てしまう。
夫は早くに不慮の事故で亡くし、それ以降、再婚をする事も無くずっと独り身である。
彼女は普段から肉や魚は口にせず、豪華な食事を嫌い、服装も華美な物は好まず、使い勝手を重視したとてもシンプルな物を好み、絹などの上質な生地の衣服を纏う事もせず、装飾品も付けない。
流石に人前に出る時は、貧相な格好をする訳にはいかないので、それ相応に着飾るが……。
ティアマト大老子が、宝石や貴金属に興味を示さないお蔭で、老子たちは寺院に奉納されたそれ等を自分たちの懐に収め、私腹を肥やしているのだが、まさかガイア神教の信者たちの模範となる筈の老子たちが、聖職者らしからぬ贅沢な暮らしをしているなど、ティアマト大老子は思いもないのだろう。
何せティアマト大老子は、帝国三大公爵家の一つ、ティルミット公爵家の箱入り娘として大切に育てられ、寺院の中の事しか知らない為、そう言う事に疎い所がある。
彼女はきっと、お布施で貰った貴金属は売り払われ、孤児たちや苦境にある信者たちに還元されていると思っているに違いない。
なにしろ、老子たちが一丸となって、信者たちからの不平不満や寺院内部の不正を、揉み消しているのだから……。
「この儂が居ないと、何も出来ないのだな? 貴様等は……」
ネフール老子は溜め息混じりに、魔術師と思われる、白いローブに身を包んだ若い男たちに言った。
「申し訳ございません……」
彼等の一人が、沈痛な表情を浮かべ、申し訳なさそうに言うと、深々と頭を下げる。
「本気で申し訳ないと思っているのなら、結果を出す事だ」
ネフール老子は言った。
「誠に申し訳ございません。 猊下。 色々と手違いがありまして……」
ネフール老子は、奥の立派な椅子に腰を下ろして居る、初老の女性に向かって愛想笑いを浮かべながら言った。
彼が愛想笑いを浮かべている相手は、長い白髪を有した、紫色の双眸を持つ、上品な物腰の中肉中背、白地に金の糸で縁取りをされたローブの上に、黒地に金色の糸で細やかな刺繍を施された貫頭衣を着た、樹液が固まって硬化した木の幹と特殊な金属を繋ぎ合わせて加工し、最頂部に大きな虹色に光る宝石を付けた杖を手にしている老女……。
この老女こそが、ガイア神教の最高指導者である、ティアマト大老子である。
ぱっと見た感じでは七〇歳は優に超えていそうな老体だが、実際はもっと高齢だ。
何せ、彼女にご機嫌伺いをしているネフール老子が、子供だった時にはもう、彼女は大老子として人々に崇められていたのだから……。
「構わぬ」
彼女は、素っ気ない口調で答えた。
廊下の方から扉が叩かれる音が響いて来たので、ネフール老子が返事をすると、この寺院で働いている若い修道女が恭しく入って来て、
「失礼致します。 本日、大老子様の護衛として配された、宮廷魔術師たちが、ご挨拶をしたいと申しております。 お通ししても宜しいでしょうか?」
頭を垂れたまま、淡々とした口調で言って来た。
「通せ」
ティアマト大老子は、淡々とした口調で返事をすると、重厚な扉の前に立っていた兵士たちが徐に扉を開け放った。
廊下の方から数人、宮廷魔術師である、黒色のローブに身を包んだ者たちと、サーコートを着た皇帝側が用意した宮廷の騎士が数人、中に入って来た。
先頭に入って来たのは、宮廷魔術師長のサリだ。
サリアは、彼女の幼少の頃から見知っている。
幼い頃より、周囲より抜きん出た魔術の才があったにも関わらず、ガイア神に仕える名誉を蹴り、皇帝に仕える事を選んだ罰当たりである。
周りよりも少し遅れて、最後に入って来たのは、闇夜の様な少し長めの黒髪を有した、スラリとした長身な、年の頃は二十歳前後と思われる、眉目秀麗な人物……。
(ローデシア嬢?)
ネフール老子は、その人物を見た瞬間、思わず心の中で叫んだ。
嘗て、帝国一の美女とまで称される美貌を誇っていた、アルスワット公爵家の分家である、プテリュクス伯爵家のローデシア姫に良く似た面差しの人物であった。
彼女の祖母とティアマト大老子の母親が異父姉妹の関係に当たり、ティアマト大老子は、彼女が幼い頃から何かと目に掛けて来たが、ある事件を切掛けに、父リャハルトと共に帝国を去った。
以降、リャハルトは男手一つで娘のローデシアを育て、彼女が成人した数年後、以前から交際していたルオン王国の令嬢と再婚し、その後、ルオン王国の将軍にまで上り詰めた。
娘のローデシアは、イシュタル教会の神官をしていたが、ルオン王国の王弟レヴァール大公に見初められ結婚後、二人の男児に恵まれたが、大公が亡くなった数年後、『血の粛清』で幼子を残し、亡くなったと伝え聞いている。
ティアマト大老子も、ネフール老子と同じ事を思ったのか目を見開いて、その人物を凝視している。
「お目通り有難う御座います。 大老子様。 本日、私共が大老子様の護衛を致します。 至らぬ点もあるやも知れませんが、どうぞ、よしなに」
宮廷魔術師長であるサリアは、恭しく腰を折り、首を垂れ、とても丁寧な口調で、椅子に座っているティアマト大老子に挨拶をした。
「大義じゃ。 今日一日、宜しく頼むぞ」
ティアマト大老子は、落ち着いた口調で、宮廷魔術師長サリアにそう返した。
「御意」
宮廷魔術師長サリアはそう言うと、深々と首を垂れた。
他の者たちも、宮廷魔術師長サリアと同様、首を下げている為、皆、顔が良く見えない。
「一番後ろに居る、背の高い其方……」
顔が良く見えないので、徐に一番後方に控えていた、長身な宮廷魔術師にティアマト大老子は声を掛けた。
一緒に居た宮廷魔術師長サリアと、彼女の部下の魔術師たちは徐に、その人物の方へと振り返るが、当人は首を垂れたまま、微動だにしない。
自分に言っていると言う事は、分かっているはずだが……。
「苦しゅうない。 面を上げ、妾の側に来なさい」
ティアマト大老子は、優しい口調でそう声を掛ける。
「いえ。 大老子様の御側に参るなど恐れ多い事です。 私はここで失礼させて頂きます」
その人物は、首を垂れたまま、落ち着き払った口調でそう答えた。
(男か――)
声を聞いた途端、ネフール老子は、心の中でそう呟くと残念に思った。
「構わぬ。 此方へおいで」
ティアマト大老子は、とても優しい視線を彼に向けながら、優しく声を掛ける。
大抵の者は、大老子にその様に声を掛けられれば、大喜びで側に行くものなのだが、何故か彼は大老子の側に行く事をとても躊躇っている。
「申し訳ございません。 私共はこの後、警護の最終打ち合わせがあり、時間が押していますので、これにて失礼させて頂きます」
宮廷魔術師長サリアが、スッと大老子と黒髪の青年の間に割って入り、そう告げた。
「なっ……」
ネフール老子は、戸惑いの表情を浮かべ、宮廷魔術師長のサリアを見る。
「そう言う事ならば仕方ない。 相分かった」
ティアマト大老子は、残念そうにしつつも、そう返した。
「行きましょう」
宮廷魔術師長サリアは優しい口調で、黒髪の青年にそう声を掛けると、彼は頷き返し、彼女等と共に部屋を後にした。
「……サリアの奴……」
ネフール老子は、宮廷魔術師長サリア達が立ち去った方を見ながら、忌々し気に呟いた。
「随分と警戒されているようじゃ……」
ティアマト大老子は、困った様な顔をして呟く。
「大方、セレンディーネ皇女かサリア辺りが、彼に我々の事を悪く吹き込んだのやも知れませぬ」
ネフール老子は、苛立ちを隠せない様子で、ティアマト大老子に語る。
「ふむ……」
ティアマト大老子は、複雑な表情を浮かべ、呟いた。
「ご心配なく。 この私が必ず、あの者とお話しする機会を作ります故」
ネフール老子は、何処か自信に満ちた表情を浮かべ言うと、
「手荒な事はするで無いぞ?」
ティアマト大老子は、少し心配そうな様子で答えた。
「心得ております」
ネフール老子はそう言うと、ティアマト大老子に恭しく首を垂れる。
(あの容姿……ローデシア嬢にあまりに似過ぎだ。 何としてもあの者の事を調べねば!)
ネフール老子は、サリアたちが立ち去った方へ目を向けながら、真剣な面持ちで心の中で呟く。
「邪魔をしたかしら?」
廊下に出ると、宮廷魔術師長サリアが申し訳なさそうに、自分の後から来ていたロナードにそう言った。
「いえ。 寧ろ、助かりました」
ロナードは、淡々とした口調で返す。
「セレンディーネ皇女殿下から、何をするか分からないので、貴方をあまり大老子たちに近付けない様に言われているの」
宮廷魔術師長サリアは、複雑な表情を浮かべ、ロナードに事情を説明すると、
「全く。 殿下ったら……心配し過ぎですわ」
話を聞いたエルフリーデは、呆れた表情を浮かべながら言った。
「心配し過ぎる位が丁度良いと思います。 何せ、相手は大老子……。 その気になれば、我々など簡単に捻じ伏せて、ロナード様を連れ去る事も出来るでしょうから」
ギベオンが、落ち着き払った口調で、エルフリーデに言うと、ロナードは複雑な表情を浮かべ、押し黙る。
「ああ。 そうだ」
宮廷魔術師長サリアは、何か思い出した様に呟くと、何やら懐から取り出す。
「?」
ロナードは不思議そうな顔をして、宮廷魔術師長サリアを見て居ると、
「バタバタしていたから、渡すのを忘れていたのだけれど……」
彼女はスッとそれをロナードに差し出した。
「眼鏡?」
ロナードは、差し出された黒縁の眼鏡を見て、戸惑いの表情を浮かべ、呟く。
「只の眼鏡では無いんだぞ。 その眼鏡は幻術を防ぐ効力があるんだ。 幻術の多くは五感……特に瞳に訴えるモノが多いだろう? 魔術の発動の媒体や影響の範囲などを、瞳を用いてする事も多いし。 これを装着していれば、詠唱なしでの幻術の発動にも対抗で出来る優れモノだ」
ルフトは両腕を自分の胸の前に組み、ドヤ顔で、物凄く偉そうな口調でロナードに説明をする。
「ルフト渾身の作品よ」
何故かエルフリーデもドヤ顔で、ロナードに言うと、当のルフトも更に誇らしそうにしている。
「凄いな」
ロナードはそう言うと、徐に眼鏡を掛けてみる。
「似合いますよ」
それを見たギベオンが、ニッコリと笑みを浮かべながら、ロナードに言うと、
「そうか?」
眼鏡など掛けた事が無かったロナードは、少し照れ臭そうな表情を浮かべながら言った。
「見えにくいとか、そういうのはない?」
ルフトは真剣な面持ちで、ロナードに問い掛ける。
「全く問題ない」
ロナードは、落ち着いた口調で答える。
(顔が良いと何でも似合うのね、悔しいけど……)
眼鏡を掛けたロナードを見て、エルフリーデはロナードをチラチラと見ながら、心の中で呟く。
「兎に角、今日一日は装着してね」
宮廷魔術師長サリアは、穏やかな口調でロナードに言うと、
「はい」
ロナードは頷きながら、宮廷魔術師長サリアに返事をする。
会場となる、円形闘技場の周囲には、沢山の露店が並んでおり、子供からお年寄りまで、沢山の人で賑わっていた。
普段は、剣闘士たちの闘技、野外演劇、コンサート、競馬など、様々なイベントが行われる場所で、普段から賑わっている場所ではあるのだが、今日は一段と賑やかだ。
「賑やかだな……」
ロナードは、物珍しそうに辺りを見回しながら呟いた。
ロナードは幼い頃に、兄と共に屋敷をこっそりと抜け出して、街のお祭りに行った事がある。
その時と同じ、楽しそうな、心躍る、フワフワ、キラキラとした空が辺りに漂っていた。
祭りに赴くなど、どの位ぶりの事だろうか……。
建国祝賀祭で一週間ほど街中がお祝いムードのお祭り騒ぎだったというのに、そう日を置かずに。今回のイベント……。
この時期に来たら、帝都はほぼ毎日の様にお祭りをしていると錯覚してしまうかも知れない。
「元々は、術師たちの実力を競う神聖な行事でしたのよ。 それが何時の頃からか、こんな感じになってきて……。 拍子抜けでしょう?」
エルフリーデは、苦笑いを浮かべながら、ロナードに語ると、
「少し……でも、変に畏まって無くて良いと思う」
ロナードも、苦笑いを浮かべながら、エルフリーデに答えた。
「民にも娯楽は必要だからね。 賭け事の道具にされるのは癪に障るけど、まあ、違法ではない範囲で楽しめればそれで良いんじゃない?」
ルフトも、人々が生き生きとしていて、楽しそうにしている様を見て、何処か嬉しそうな様子で言った。
「そうだな」
ロナードもそう言うと、口元を綻ばせる。
「しかし……。 こんなに良い匂いばかりすると、お腹が減るわよね……」
宮廷魔術師長サリアは、徐に自分のお腹の辺りに手を添えつつ、苦笑い混じりにロナード達に言った。
彼女の言う通り、集まった人々を目当てに、様々な出店がズラリと並んでいて、何処からともなく、甘いお菓子の匂いや、食欲をそそる揚げ物の匂いなどが漂って来る。
「そうですわね」
エルフリーデも普段、宮廷の中では嗅ぐ事のない、魅惑的な香りに我慢出来ない様だ。
「ねぇ? ユリアス」
宮廷魔術師長サリアはニッコリと笑みを浮かべ、ロナードに同意を求めると、
「えっ……。 俺は別に……」
彼は、戸惑いの表情を浮かべつつ、返す。
ロナードは普通の人よりも、食に対する執着が薄い様で、基本的に食べられれば何でも良いと言った節があるし、一食くらい食べなくても平気だ。
それは偏に、傭兵時代に旅の最中や任務中に長い時間、食事を取る事が出来なかったり、単純に金欠で食事の回数を減らす他無かったりした所為もあるのだろうが……。
「駄目よ。 育ち盛りの男の子なんだから! しっかり食べなきゃ! ちょっと軽く抓んで行きしょ」
宮廷魔術師長サリアは苦笑いを浮かべ、イマイチ反応が薄かったロナードにそう言った。
「賛成ですわ」
エルフリーデは片手を挙げ、嬉しそうに言った。
貴族の令嬢である彼女にしてみれば、庶民の味を味わえる絶好のチャンスであるので、好奇心の強い彼女は、恐ろしく喰い付きが良い。
「ちょっ……。 テルフリーデまで何を言って……」
何時もはツンと澄ましているエルフリーデの思わぬ反応を見て、ロナードは戸惑いの表情を浮かべ、呟く。
彼は、『そんな下賤な物、私は食べなくってよ』とでも、澄ました顔をして言うとばかり、思っていたのだ。
「良いじゃない。 腹が減っては何とやらと言うし……」
宮廷魔術師長サリアはノリノリの様子で、戸惑っているロナードに言った。
「そうですわ。 お仕事中に、お腹の虫が鳴ったら恥ずかしいですわよ?」
エルフリーデは、何食わぬ顔をして、尤もらしい理由を付け、食べる気満々の様だ。
(って……今から大老子の護衛なのに、緊張感なさ過ぎだろ。 大丈夫なのか?)
もうすっかり、お祭りの雰囲気に飲まれてしまっている宮廷魔術師長サリアたちを見て、ロナードは呆れた表情を浮かべ。心の中で呟いた。
「どれにしましょうか」
何時の間にかギベオンが、串焼きの屋台の前に立っていて、真剣な面持ちでその様な事を言っているではないか!。
(ギベオンまで!)
何時もは真面目に仕事をこなす彼が、まさか乗っかって来るとは思わなかったので、ロナードは驚いて心の中で叫んだ。
「こちらのも、美味しそうですね」
ギベオンは、液体の様に溶いた小麦粉を薄く円形状に広げて両面を焼き、その上に何かのソースを広げ、更にその上に肉や野菜などをトッピングし、左右から折り曲げ、円錐形の形にし、汚れない様に紙で包んだ物を指差しながら言った。
(ええっ? いや、護衛の最終打ち合わせは?)
ロナードは、思い切り戸惑いの表情を浮かべ、思い思いの場所に散って行ってしまった、宮廷魔術師長サリアやエルフリーデを目で追いながら、心の中でそう呟いた。
宮廷魔術師長サリアやエルフリーデも、この際と言わんばかりに、露店や屋台を見て回っている。
貴族と言う身分もあり、気軽に志井に下る事は許されず、普段、宮廷の中で過ごす事が多い彼女たちにとって、こう言うのはとても新鮮なのだろう。
「はい。 どうぞ」
ギベオンはニッコリと笑みを浮かべ、自分が買ったクレープの様な物をロナードに差し出して来た。
「えっ……」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべ、思わずギベオンを見る。
「中身はロナード様の大好きな牛肉ですが、お気に召しませんでしたか?」
ギベオンは、戸惑っているロナードを見て、思わずそう問い掛ける。
「えっ……いや……。 そう言う訳では無いが……」
ロナードは戸惑い、口籠らせながら答えると、
「でしたらどうぞ。 ちゃんと、あまり辛くない物を選んで来ましたよ」
ギベオンは、ニッコリと笑みを浮かべ、ロナードにクレープの様な物を差し出す。
「あ、ああ……有難う……」
折角、自分の為に買って来てくれたのだから、断るのも悪いと思い、ロナードはそう言いながら差し出されたクレープの様な物を受け取った。
「自分は、手羽先にしてみました。 少しピリ辛なのですが、宜しければ食べてみますか?」
ギベオンはそう言いながら、同じ屋台に売ってあったのだろうか、紙袋に入った手羽先を辛めのタレに付けて焼いた物を取り出しながら、ロナードにそう声を掛ける。
「いや、これで大丈夫だ」
ロナードは、ちょっと戸惑った様な、焦った様な顔をしながら、ギベオンに答えた。
「あ――ッ! ズルイですわ! 何だかんだ言って、先に召し上がって!」
エルフリーデは、自分が他の屋台に気を取られている内に、ロナードが美味しそうなクレープの様な物を手にしている事に気付くと、不満そうな表情を浮かべ、口を尖らせながら叫ぶ。
「えっ……いや……」
ロナードはアタフタしていると、
「どんな味でして?」
エルフリーデは、興味津々と言った様子で言って来たので、
「た、食べるか? まだ、口を付けていないぞ」
ロナードは戸惑いの表情を浮かべつつ、彼女に言った。
「では一口」
エルフリーデはそう言うと、自分の長い髪を片手で抑えつつ、ロナードが差し出した物を一口食べた。
普段、こんな事をすると、『はしたない』と言われるが、この面々でそんな五月蠅い事を言う者はいないので、彼女も随分と好きにしている様だ。
「うーん……。 味付けは甘辛いのね。 私はもう少し辛い方が良いですわ。 ギベオン様のは?」
エルフリーデは、口をモグモグと動かしながら言うと、
「どうぞ」
ギベオンはそう言って、エルフリーデに自分が買った物を差し出した。
「ピリ辛ですのね……。 この味のユリアスが持っている物はあるのかしら?」
エルフリーデは、差し出された物を一口食べると、モグモグと口を動かしながら言った。
「じぶんが買って来ますよ。 済みませんが、これ、持っていて下さい」
ギベオンはそう言うと、丁寧に紙袋の中に食べていた物を終い、エルフリーデにそれを渡す。
「お願いしますわ。 お肉は鳥が良いですわ」
エルフリーデは、嬉しそうに言うと、
「分かりました」
ギベオンはそう言って、サッと屋台に並びに行ってしまった。
宮廷の中で、軍事訓練など以外に、列に並ぶ事など無いので、それすらも彼等にとっては新鮮な事の様だ。
「こんな風に庶民の味を楽しめるのも、こう言う時くらいですものね」
エルフリーデは、ギベオンの様子を楽しそうに見守りつつ、ポツリとそう呟くと、
「そうだな」
ロナードは、落ち着いた口調で言うと、買って来てくれたクレープの様な物を頬張る。
「はっ……」
それを見たエルフリーデは、ハッとした表情を浮かべる。
(私が口を付けた物を食べている! こ、これって、間接キスなのでは?)
ロナードが、モッモッと美味しそうにクレープの様な物を頬張っているのを見ながら、エルフリーデは微かに頬を赤らめながら、心の中で呟いた。
「エルフリーデ?」
何故かエルフリーデが急に顔を真っ赤にして、自分を見ている事に気付いたロナードは、不思議そうに彼女にそう声を掛けると、
「な、な、な、何でもありませんわ!」
エルフリーデは、アタフタとしながらロナードに答えると、慌てて彼から目を逸らした。
「はい」
そこへ突如、別の食べ物が入った紙袋を宮廷魔術師長サリアがニコニコと笑みを浮かべながら、ロナードの鼻先に差し出して来た。
「なっ……。 えっ? は?」
ロナードは、まだ食べ終わっていないと言うのに、次の物を持って来られて戸惑う。
「遠慮せずに食べて」
宮廷魔術師長サリアは、戸惑って居るロナードに対し、ニコニコと笑みを浮かべたまま、優しい口調で言った。
どうやら、半分に切ったパンに肉や野菜を挟んだ物の様だ。
「いや……そんなに食べられないです」
ロナードは、差し出された物を見て、思ったよりボリュームが有りそうなので、困った様に答えると、
「大丈夫。 大丈夫。 入るわよ」
宮廷魔術師長サリアは、ニッコリと笑みを浮かべたまま、そう言って、グイッと押し付けてくる。
「ええっ……」
ロナードは、そう呟いて困った様な表情を浮かべる。
「無理そうなら、私が食べるから」
宮廷魔術師長サリアはそう言うと、半ば強引にロナードの空いている方の手にそれを握らせた。
「え……あ、はい……」
ロナードは宮廷魔術師長サリアにされるがまま、それを手に持って、すっかり圧されてそう答える他なかった。
「あら。 有難う御座います。 ギベオン様」
エルフリーデは、自分の代わりに屋台に並び、欲しい物を買って来てくれたギベオンに素直に礼を述べた。
「向こうに、飴細工の屋台があったよ」
ルフトが向こうの方にある屋台を指差しながら、エルフリーデに言うと、
「えっ。 見たいですわ!」
彼女は嬉々とした表情を浮かべ、そう返した。
「これを食べ終わったら一緒に行こうか。 食べながら歩くのは、流石に抵抗があるでしょ?」
何時の間にか、そんなに食べ切れるのか?と思う程、両手に手に色んな食べ物を抱えたルフトは、エルフリーデが人混みの中を歩くのは難しいと考え、隅の方にある石のベンチの方を指差しながら、彼女に言った。
「そうですわね」
エルフリーデは頷きながら、そう答えた。
(普通は、こう言った物は食べながら、歩いて見て回るものなのね……)
エルフリーデは、ルフトに促され、石のベンチに腰を下ろしつつ、行き交う人々の様子を見ながら、心の中で呟いた。
「エフィが好きそうなの、チョイスして来たよ」
ルフトはそう言いながら、紙包みの一つを漁り、綿飴に似た物を見せる。
「そりは何ですの? 凄く気になりますわ」
エルフリーデは、雲の様にフワフワしたそれを見て、目を輝かせ、興味津々と言った様子で言う。
ロナード達は一通り、屋台や露店を見て回り、腹を満たした後、大老子の護衛の為、円形闘技場の最上階にある特別観覧席へと向かった。
ロナード達が到着するよりも早く、寺院の者と思われる、白いローブを着た若者が数人、大老子たちの側に既に居た。
彼等は、遅れてやって来たロナード達を、不満に満ちた表情を浮かべ、ジロリと睨み付けて来たが、宮廷魔術師長サリアは、ローブから屋台からの残り香を漂わせながら、ヘラヘラと笑い掛け、
「いやぁ。 済みません。 ちょっと外に出たら珍しい物が沢山あったのでつい。 色々見て回っていたら遅くなってしまいました」
緊張感も欠片も無い、呑気な口調でそう言うと、
「チッ」
「これだから、宮廷から外に出た事のない奴等は……」
「だから、貴族さまは嫌いなんだよ」
寺院の術師たちは、嫌悪感を顕わにして、口々にそう呟いた。
「何ですって?」
その発言を聞いてエルフリーデが、俄かに表情を険しくし、彼等に食って掛ろうとすると、側に居たロナードが、スッと彼女の前に出て、片手でそれを阻止する。
「本来の目的を見失うな。 魔術師長と皇女殿下の顔に泥を塗る気か?」
ロナードは、落ち着き払った口調で、エルフリーデにそう諌めると、隣に居たルフトもウンウンと頷いている。
「でも……」
エルフリーデは、不満そうな表情を浮かべながら言い返す。
「良いから構うな」
ロナードは、落ち着いた口調でエルフリーデに言うと、
「ふん。 顔が綺麗なだけの貴族の若様は、随分と腰抜けの様だな?」
「どうせ、お姫様を誑し込んで得た地位なんだろう?」
「違いない」
彼等のやり取りを見て、寺院の若い術師たちが、馬鹿にした様にロナードに向かって言った。
「なっ……」
ロナードを馬鹿にする発言を聞いて、エルフリーデはカチンと来て、益々表情を険しくし、何か言い返そうとした時、
「止めないか!」
険しい表情を浮かべ、責任者と思われる中年の司祭がやって来ると、寺院の若い術師たちを叱り付けた。
「この者たちの数々の失言、私が彼等に代わり謝罪致します。 どうか、私に免じて、水に流して下さらないでしょうか?」
そして、ロナードの方へと振り向くと、何の躊躇も無くそう言って、彼に対して深々と頭を下げたので、それを見た寺院の若い術師たちは、揃って戸惑いの表情を浮かべる。
「……別に、アンタに謝られてもな……」
ロナードは、淡々とした口調で中年の司祭に言い返すと、
「そうですわ。 下々の者の躾がなってないのではなくって?」
エルフリーデも、不愉快さを顕わにし、嫌味たっぷりに言い返した。
「申し訳ございません」
中年の司祭は二人にそう言うと、更に深々と頭を下げる。
「何故、この様な奴等に謝るのです?」
「そうですよ。 術師のくせに、神聖なるガイア神や大老子様に仕えず、皇帝などに奉仕する愚か者たちですよ?」
「術師の風上にも置けぬ様な輩ではないですか!」
寺院の若い術師たちは、戸惑いの表情を浮かべながら、中年の司祭に向かって言うと、それを聞いてエルフリーデは更に表情を険しくする。
「誰にお仕えするかは個人の自由だ。 そんな風に、自分の価値観を一方的に相手に押し付けるものでは無い」
両者の間に、険悪な空気が漂い始めると、見かねたのかネフール老子が、穏やかな口調で寺院の若い術師たちにそう言って諌める。
「老子様……」
中年の司祭だけでなく、老子からも叱咤され、寺院の若い術師たちはすっかり困惑している。
普段なら、この程度の事、素知ら振りをして聞き流すと言うのに……。
「ご不快の様でしたら、この者たちを皆、下げましょうか?」
ネフール老子は、ロナードに媚びを売る様に、愛想良く笑みを浮かべながらそう問い掛ける。
「いいえ。 その様な物言いをされるのは、今に始まった事ではありません。 お気になさらず」
ロナードは、これと言った表情を浮かべる事も無く、実に淡々とそう答えた。
「いやはや……流石は宮廷魔術師長が目に掛けていらっしゃる方ともなると、その辺の輩とは比べ物にならぬ程の人格者の様ですな? お若いのにご立派です」
ネフール老子は、侮辱されて不快であろうに、平静に振る舞うロナードに、苦笑いを浮かべながら言った。
「……私がどの様に言われようと構いませんが、連れの者達を悪く言う様ならば、例え誰だろうとそれ相応の報いを受けて貰う事になります。 その事を胸に強く留めて頂きたい」
ロナードは、落ち着いた口調でネフール老子にそう言った後、ジロリと抜身の刃物の様な鋭い視線を、寺院の若い術師たちに向ける。
ロナードに威圧され、先程までの高飛車な態度が嘘だったかの様に、寺院の若い術師たちは揃って青い顔をして、蛇に睨まれた蛙の様に固まってしまう。
冗談抜きで消し炭にしそうな雰囲気なので、寺院の若い術師たちは、ロナードにすっかり怯えてしまっている。
(情けない……)
それを見て、ネフール老子は心の中でそう呟くと、深々と溜息を付く。
普段、人々に仰ぎ見られ、自分たちが相手を威圧する側である所為か、寺院の若い術師たちは、自分たちが逆にそうされる事に慣れて無い様だ。
ロナードは元・傭兵だっただけに、相手にどんな態度と表情で凄めば威圧出来るか心得ている様で、その辺の者よりも迫力は遥かにある。
それ以上に、ロナードから放たれる魔力が殺意剥き出しで、鎌鼬の様に鋭いのが怖い。
彼の背後に居るエルフリーデも、その雰囲気に圧倒され、ドン引きしている位だ。
「本当に申し訳ない。 この者たちは寺院に戻り次第、厳しく叱咤し、教育し直します」
ネフール老子は、少しでもロナードの機嫌を直そうと、何時もよりも丁寧な口調で、彼にそう言うと、深々と頭を下げた。
「……そうして下さい。 それが彼等の為でもありますから」
ロナードは、落ち着いた口調で返した。
「いやぁ……。 やはり魔術大会をこの様な場所で見るなど壮観ですね。 初心を思い出し、身か引き締まる思いです」
寺院の若い術師が、闘技場を見ながら、業とらしく言うと、チラリとロナードの方へと目を向ける。
「帝国の術師であれば、誰もが一度は通る道。 今日で自分の将来が決まるとなると、皆、必死でしょうなぁ?」
別の寺院の若い兵士も、態とらしくそう言うと、チラリとロナードの方を見る。
どうやら彼等は、帝国の術師ならば、この試験は誰もが避けては通れぬ事なのに、それをせずに宮廷魔術師長サリアに師事を受けているロナードの事を良く思って居ない様だ。
「さっきから黙って聞いていれば……」
ロナードに対する当てつけの様に言う、寺院の若い術師の言動に、エルフリーデが不愉快さを顕わにし、唸る様に呟くと、
「さっき叱られたばかりなのに、全く懲りてないみたいだ」
ルフトも不愉快さを露わにしながら呟く。
「一々、取り合うな」
ロナードは落ち着き払った口調で、今にも寺院の若い術師に噛み付きそうな雰囲気のエルフリーデに言った。
「流石は、セレンディーネ皇女殿下に見初められた方は、仰る事が違いますねぇ? まるでご自分が、他の者とは違うとでも言いた気だ」
寺院の若い術師は、挑発する様な不敵な笑みを浮かべながら、ロナードに言うと、その態度に耐えかねて、エルフリーデが怒りを爆発させようとした時、
「なら、試してみますか? セレンディーネ皇女殿下の目が節穴かどうか」
それまで、黙っていた宮廷魔術師長サリアが、ニッコリと笑みを浮かべながら、ロナードの事を挑発する寺院の若い術師たちに向かって言った。
「何を勝手な事を……」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべながら、宮廷魔術師長サリアに言うと、
「私の自慢の弟子が侮られるのは師匠として、耐えかねますからねぇ。 良い機会ですから、貴方の実力の片鱗を見せつけてはどうですか?」
彼女は、額に青筋を浮かべ、ニコニコと笑みを浮かべながら言った。
どうやら、ロナード当人以上に、サリア宮廷魔術師長の方が我慢ならなかった様だ。
(止めなきゃいけない立場のアンタが、煽ってどうする!)
宮廷魔術師長サリアの反応を見て、ロナードは戸惑いの表情を浮かべ、心の中で叫ぶ。
「そうですわ! こんな雑魚やっちゃいなさい!」
エルフリーデも、強い口調でロナードに向かって言う隣で、ルフトも頷いている。
(コイツ等、正気か?)
二人の言動に、ロナードは困惑の表情を浮かべ、心の中で呟く。
「何なら、あなた方三人、纏めて掛っても構いませんよ?」
宮廷魔術師長サリアは、額に青筋を浮かべたまま、ニッコリと笑みを浮かべ、そう言って寺院の若い術師たちを挑発する。
「なんだと!」
「馬鹿にするな!」
「我々は、寺院の中でもその才能を認められているエリートだぞ!」
寺院の若い術師たちはカッとなり、声を荒らげ、宮廷魔術師長サリアに怒鳴り返す。
(頼むから、こんな安い挑発にのるなよ……)
寺院の若い術師たちの様子を見て、ロナードはゲンナリした表情を浮かべながら、心の中で呟く。
ネフール老子も、ロナードと同じ様な事を思っているのか、ゲンナリした顔をして額に片手を添え、『やれやれ』と言った様子で首を左右に振っている。
「面白い! 宮廷魔術師と我ら寺院の術師、どちらが勝っているか証明してやろう」
寺院の若い術師の一人が、不敵な笑みを浮かべながら、ロナードに言うと、
「いや、俺は何も言って無いが……」
彼は、迷惑この上ないと言う様な顔をして、ボソリとそう呟く。
「おい」
寺院の若い術師は、近くに居た大会関係者に徐に声を掛ける。
「え? はい」
不意に声を掛けられた相手は、戸惑いの表情を浮かべつつ、返事をする。
「飛び入り参加だ。 駆け出しの連中に、修行を積んだ寺院のエリートの実力を示してやる」
寺院の若い術師は、不敵な笑みを浮かべながら言うと、
「ええっ!」
それを聞いた、大会関係者は、戸惑いの表情を浮かべ、思わず声を上げる。
「面白い。 素人同然の者達の試合より、余程楽しめるだろうな」
ロナード達が何やら揉めているのを見て、気になって様子を見に来たのか、ルチルを連れたセネトが不敵な笑みを浮かべながら言った。
「ちょっ……。 セネトまで……」
ロナードは、戸惑いの表情を浮かべ、そう呟く。
「やっちゃって、良いですよ」
宮廷魔術師長サリアは、ポンとロナードの肩に片手を添えると、ニッコリと笑いながら言った。
「どうなっても、俺は知らないからな」
ロナードは、額に片手を添え、特大の溜息を付いてから、呆れた口調で、自分を寺院の若い術師たちに嗾けた、セネトと宮廷魔術師長サリアに向かって言った。
「さて皆さん。 盛り上がって来たところで、サプライズイベントです!」
円形闘技場の中央のステージの上で、進行役をしていた男性が、拡声の効果を持つ魔道具を手に、集まった観客たちにそう告げると、会場は俄かにざわめく。
「何と、寺院の魔術師と宮廷魔術師による、現役の魔術師たちの夢の競演」
進行役の男性が、やや興奮気味にそう告げる。
「寺院と宮廷の魔術師が?」
「そりゃ凄げぇ」
「どうなるか楽しみ♪」
それを聞いた、会場の人たちはワッと歓声を上げ、嬉々とした表情を浮かべ、期待に満ちた視線を中央のステージへと向ける。
「どう言う事だ?」
会場にある、皇族専用の特別展望台に居たカルセドニ皇子は、戸惑いの表情を浮かべながら呟く。
「面白い事になりますよ」
そう言いながら、戻って来たセネトが嬉々とした表情を浮かべながら言う。
「?」
カルセドニ皇子は、妹の言っている意味が分からず、不思議そう顔をしていると、東西に設けられた入り口から、次に戦う者たちがそれぞれ姿を現した。
「あれは……レオンの弟じゃないか!」
姿を現した者の中に、何度か見た事がある背格好の人物が居たので、カルセドニ皇子は戸惑いの表情を浮かべそう呟くと、思わずセネトの方を見る。
「寺院の若いのに喧嘩を売られ、収拾が付かなくなり、止むを得ずこの様な事になりました」
セネトは、自分も嗾けたにも関わらず、他人事の様な口調で事情を語った。
「お前は……安い挑発に乗って……。 しかも、自分の婚約者を相手にさせるなど正気か?」
カルセドニ皇子は、呆れた表情を浮かべ、そう呟く。
「相手から熱烈に名指しをされたので、引くに引けなくなりまして……」
セネトは、苦笑いを浮かべながら語る。
「……大方、お前の推挙のみで、正規の手続きを踏まずに宮廷魔術師になった事に対し、寺院の若いのが文句を付けたのだろう?」
カルセドニ皇子は、溜め息混じりに言うと、
「そんなところです」
セネトは、苦笑いを浮かべたまま言うと、それを聞いてカルセドニ皇子は額に片手を添え、ゲンナリとした表情を浮かべた。
「我々三人を相手取ろうなど、身の程を知れ!」
「二度と我らに対して、生意気な口が利けぬ様にしてやる!」
「泣いて詫びるのなら、今の内だぞ!」
ステージに上がるや否や、寺院の若い術師たちは、口々にロナードに向かってそう言って挑発する。
「……あまり、目立つ様な事はしたくないんだが……」
ロナードは、ゲンナリとした表情を浮かべ、そう呟く。
「戯け!」
「透かした顔をして居られるのも、今の内だ」
「地獄を見せてやる」
迷惑この上ないと言った様子のロナードに、寺院の若い術師達が口々に言う。
「その言葉、そっくりそのまま返してやる」
ロナードは、溜め息を付くと、ゲンナリとした表情を浮かべながら言った。
「宮廷魔術師の代表はロナード様。 対するは、寺院の若手の筆頭、イル様、カイ様、ソル様のお三方です」
進行役の男性がそう言いながら、各々を簡潔に紹介する。
「一対三なのか?」
それを聞いて、カルセドニ皇子が戸惑いの表情を浮かべ呟く。
「大丈夫なの?」
セネトの護衛に居たルチルは、戸惑いの表情を浮かべ、セネト皇子に問い掛ける。
「流石に寺院の術師を三人も相手取るなど、厳しいのではないのか?」
カルセドニ皇子も戸惑いの表情を浮かべながら呟く。
「まあ、見て居たら分かりますよ」
セネトは、戸惑う二人に対し、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「では。 始め!」
進行役の男性が合図をすると同時に、寺院の若い術師たちは、一斉に魔術の詠唱を始めた。
それを見たロナードは、片手で前髪を掻き上げ、フーッと溜息を付いてから、
「そんなので、俺の相手が務まるものか」
淡々とした口調でそう言い捨てると、風の魔術を繰り出し、次々とステージの外へ三人を吹き飛ばした。
「!」
カルセドニ皇子は、あまりに一瞬過ぎて目を丸くして、ロナードに釘付けになったまま、呆然とし、
「術の詠唱なし……だと?」
背後の、一段上の檀上から見ていたランサイト皇帝は、驚愕の表情を浮かべ、呟く。
「馬鹿馬鹿しい試みだな……」
セネトは、ロナードが圧勝すると分かっていたのか、淡々とした口調で言った。
「えっ……」
「なに……」
「何があった?」
会場に居た観客たちも、一瞬過ぎて何が起きたのか分からない。
進行役の男性も、ロナードを見たまま呆然としている。
「ぐぐぐっ!」
「貴様。 魔道具を使うなど卑怯だぞ!」
「それとも試合が始まる前に、術の詠唱を終わらせていたのか?」
本来ならば場外で失格になるのだが、寺院の若い術師たちは構う事無く、忌々し気にそう言いながら、ステージの上に這い上がって来た。
「……馬鹿なのか? いや悪い。 実力差も分からない様な、馬鹿なんだな」
寺院の若い術師たちが力の差が分からずに、懲りずに自分に向かって来ようとしているのを見て、呆れた表情を浮かべながら、ロナードは言った。
「何だと?」
「きっ、き、貴様ぁ!」
「粋がるなっ!」
ロナードの発言を聞いて、寺院の若い術師たちは口々にそう叫び、憤る。
「じゃあ、今度は馬鹿でも分かる様にしてやる」
ロナードは、軽く溜息を付いてから言うと、一瞬の内に彼の足元から緑色の風が、彼の周囲を囲む様に勢い良く渦巻きながら現れる。
巻き込まれたら大変だと思ったのか、進行役の男性が慌ててステージの上から飛び降りた。
「なっ……」
「何時の間に……」
「こ、こんなの、聞いて無いぞ!」
ロナードを守る様にして、ゴオーと音を立て、石で出来たステージの床を削り、殆ど小さな竜巻の様な勢いで、自分たちの前に壁の様に渦巻く様を見て、寺院の若い術師たちは一様に青い顔をして呟いた。
「ギャーギャー耳障りだ。 今日一日では戻って来られない様な所まで吹き飛んて行け。 護衛は代わりの誰かがするだろ」
ロナードは、五月蠅そうな顔をしながらそう言うと、片手で払う様な仕草をした次の瞬間、周囲に物凄い勢いの突風が吹き荒れ、寺院の若い術師たちが次々と上空へと巻き上げられていく……。
「いぎゃあああ!」
「ひいいいっ!」
寺院の若い術は、情けない声を上げながら、勢い良く空の彼方へ吹き飛んで行った。
「お――。 豪快に飛んで行っちゃいましたねぇ……」
その様子を、大老子たちが居る特別展望室から見ていた、魔術師長サリアは、遠くを眺める様に片手を額に添え、実に清々しい口調で言った。
「あれだけ大口叩いておいて、手も足も出ないなんて笑えますわ!」
エルフリーデは、そう言いながら声を上げて笑う。
「な、な、何なんだ……」
その近くで、ネフール老子が呆然とした表情を浮かべ、呟く。
「……だから止めとけば良かったのに……」
ギベオンは、若い術師たちが吹き飛ばされていった方を見ながら、溜め息混じりにそう呟く。
「一人……逃がしたか」
ロナードは、一人、土の魔術で壁を作り、難を逃れた寺院の若い術師を見ながら、淡々とした口調で呟く。
しかしながら、土の魔術で作った壁は砕け散り、寺院の若い術師はその衝撃でステージの下に吹き飛ばされていた。
「調子に乗るなぁあああっ!」
寺院の若い術師はそう叫びながら、ステージの上へ這い上がろうとすると、
「五月蠅いから、眠って居ろ」
ロナードが、淡々とした口調で呟くと、フワッと甘い香りがしたと思った次の瞬間、寺院の若い術師は突然、頭から地面へ倒れ込んだ。
「えっ……なに?」
「どうなった?」
それを見て、会場に居た観客たちは戸惑い、口々にそう呟く。
進行役の男性が恐る恐る、倒れた寺院の若い術師の下へ近付いてみる。
「眠って……いる?」
寺院の若い術師は、気持ち良さそうな顔をして、爆睡して居るのを見て、戸惑いの表情を浮かべながら、進行役の男性は呟く。
「相手も居ない。 もう良いだろう?」
ロナードは、淡々とした口調で、進行役の男性に向かって言うと、
「え、あ、はい」
彼は、戸惑いながら答えると、ロナードは直ぐにステージ上から退場しようとしたので、
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!」
進行役の男性はそう言いながら、慌ててステージの上へ登ろうとするが、ロナードはそれを無視して、ゲートの方へと戻ってしまった。
「あははは……。 随分とシャイな方の様ですね。 インタビューをしようと思ったのですが、逃げられちゃいました」
進行役の男性は、苦笑いを浮かべながら、拡声効果のある魔道具を手に、観客たちに向かって言うと、会場から笑いが起きる。
「いや、でも圧巻でしたね! 流石と言うべきでしょうか。 サプライズに協力して下さった四人に、拍手をお願いします」
進行役の男性は、観客たちに向かって言うと、会場から歓声と共に拍手が起きる。
「いゃあ、あっと言う間ですね」
ロナードを嗾けた、宮廷魔術師長サリアは、満足そうな表情を浮かべながら言うと、
「この位当然ですわ」
エルフリーデは、我が事の様にドヤ顔で言うと、片手で自分の髪を払う。
(将来を有望視されている、若手の三人をこうも容易く……。 これがこの者の力か。 これは、何としても寺院に引き込まねば)
ネフール老子は、心の中でそう呟くと、チラリとティアマト大老子の方へと目を向ける。
ティアマト大老子は、これと言った表情を浮かべる訳でも無く、静かに前を見据えていた。
こうして、多少のトラブルはあったものの、何とか予定通りにイベントが終わり、ロナードは自分たちに貸し与えられた控室に戻った。
「ふう……」
ロナードは、少し疲れた表情を浮かべ、軽く息を吐くと、近くのソファーに腰を下ろした。
「ご苦労だったな」
ロナードの様子を見て、先に部屋に居たセネトは苦笑いを浮かべながら、そう声を掛ける。
「やれやれ……。 とんだ茶番に付き合わされた」
ロナードは、寺院の者たちの様子を思い出しながら、そう呟いた。
「お蔭でサリアたちは、とても清々しい顔をしていたぞ。 僕もスカッとした。 天狗になっている、生意気な寺院の若い連中の鼻をへし折る事が出来たからな」
セネトは、嬉々とした表情を浮かべながら言った。
「寺院に仕えている術師と言うのは、そんなに偉いのか?」
ロナードは、呆れた表情を浮かべつつ、セネトに問い掛けると、
「あんな下っ端でも、庶民たちの憧れであり、敬わられる立場である事は違いないからな。 普段、周りからチヤホヤされているので、傲慢になるんだろう」
セネトは、苦笑い混じりに答えた。
「馬鹿だな。 敬わられているのは、奴等が仕えているガイア神や大老子たちであって、アイツら自身では無いだろうに」
ロナードは、呆れた表情を浮かべたまま、淡々とした口調で言うと、軽く溜息を付いた。
「お前の言う通りだ。 馬鹿な輩はそれが分らないのだろう」
セネトは、ロナードの鋭い指摘に同意を示し、辛辣な言葉を口にした。
まあ、何時もは偉そうにしているのに、周囲の者達も認めていた有望な若手三人が、手も足も出ないままロナードにフルボッコにされ、すっかり志雄らしくなってしまった寺院の術師たちと、終始愛想笑いを浮かべ、どうにかしてロナードの機嫌を取ろうとしていた、ネフール老子の態度には正直、笑えた。
「何だか、今回の事で寺院の印象が悪くなったんだが……」
ロナードは、ゲンナリした表情を浮かべながら言うと、
「まあ、そうだろうな」
セネトは、苦笑いを浮かべながら返す。
(まあ、宮廷魔術師たちの中でも、ロナードに対して寺院の連中と同じ様に思っていた輩は一定数居たが……。 建国祝賀祭での一件などで実力の程も知られているから、流石に当人に面と向かって、あの様な口を叩く輩は居なかったが……)
セネトは、ロナードの方へと目を向けながら、心の中でそう呟く。
「寺院の奴等が更に、何か言って来る様なら、挽肉にしてやろうかと思っていた」
ロナードは、淡々とした口調で、何気に笑えない事をサラッと言った。
「流石に、あんなに力の差を見せつけられては、余程の馬鹿でもない限り誰でも閉口する」
涼しい顔をしてサラッと怖い事を言うロナードに、セネトは苦笑いを浮かべながら言い返す。
「ホント、余計な神経を使った……」
ロナードは、ゲンナリした表情を浮かべながら呟く。
「まあ僕達としては上出来だった。 終始、こちらのペースだったし、老子や大老子にも、お前が一筋縄ではいかない事は、嫌でも判っただろうからな」
セネトは、嬉々とした表情を浮かべ、声を弾ませながら言った。
「そうだと良いが……」
ロナードは、淡々とした口調で言うと、徐に立ち上がった。
「何処に?」
セネトは、戸惑いの表情を浮かべ、ロナードに問い掛ける。
少し、外の空気を吸って来る……。 祭りではしゃいでいる人達を見れば、少しは気分が変るかも知れない」
ロナードは、寺院の者たちを牽制する為に、魔力をずっと放出していた事にかなり疲れているのと、寺院の思惑が透けて見えて幻滅したのもあって、ゲンナリした顔をして、力なく言った。
「なら、僕も一緒に……」
セネトがそう言うと、彼は片手でそれを制し、
「皇帝陛下を送ったギベオンたちも、そろそろ戻ってくる。 廊下から見下ろすだけだから、直ぐに戻る」
淡々とした口調でそう言った。
(1人になりたい……と言う事か……)
ロナードの様子を見て、セネトはそう察すると、
「分かった。 くれぐれも気を抜くなよ」
そう言って、ロナードを一人で送り出す事にした。
「ああ……」
自分の事を心配してくれているセネトに、ロナードは申し訳なさそうにしつつも、短くそう答えると、部屋から出て行った。
「はあ……」
ロナードは廊下の突き当たり、バルコニーの様に少し突き出した場所で、手摺に肘を乗せ、頬杖を突く様にして自分の顎を乗せ、眼下の屋台が立ち並ぶ通りを見下ろしながら、溜息を付く。
魔術師たちの試験は終わり、日も傾き始めていたが、通りの賑わいは相変わらずで、今日一日は夜遅くまでずっと、こんな感じなのだろう。
(……こんな華やかな場で、様々な人々の思惑が交錯し、この祭りの裏で、俺達の様に色んな駆け引きがされているだろうに……。 何も知らないと言うのは、本当に幸せな事だな……)
ロナードは、何も知らずに楽しそうに通りを行き交う人達を見ながら、心の中で呟いた。
「俺もあんな風に、何も知らずに無邪気に笑えれば、どんなに楽か……」
ロナードは、左右の両親に手を引かれ、無邪気に笑い、お祭りの雰囲気を全身で楽しんで居る、幼い男の子を見ながら、呟いた。
幼い頃はまだ、そんな風に出来たのかも知れないが、成長するに従って色々な事を知ってしまうと、無邪気な子供の様には振る舞えなくなる。
それが、大人になると言う事なのだろうが……。
(結局、大老子や寺院の動向に関して、大した情報も得られなかった訳だが……。 それは向こうも大差ない筈……)
ロナードは、大老子たちの護衛をして居た間の様子を思い出しつつ、心の中で呟いた。
エルフリーデが終始、嫌悪感を剥き出していた所為で、双方の間にとても気不味い雰囲気と、ロナードからの威嚇に重苦しい緊張感があり、大老子もその雰囲気に遠慮したのか、会話らしい会話も無いまま終わった。
「そう思って居るのは、俺だけ……か?」
ロナードは、他の者たちと違い、終始落ち着いた様子で自分を遠目で見ていた、ティアマト大老子の顔を思い出しながら、心の中で呟く。
パッと見た感じは、何処にでも居る、上品な物腰の、優しそうなお婆さんと言った雰囲気で、悪い人には見えなかったが……。
(大会は何事も無く終わったが……。 だからと言って、この後も何もないとは限らない。 大会が終わって、俺たちが油断している所に、寺院が何か仕掛けてくる可能性もある。 兎に角、宮廷に戻るまでは気を抜いては駄目だ)
ロナードは、ティアマト大老子がずっと、自分をとても優しい目で見て居た事を思い出しつつも、心の中でそう呟くと、気持ちを引き締めようと試みる。
「……戻るか……」
ロナードはポツリとそう呟くと、セネトが待っている控室へ戻る為、長い廊下を歩き始めた。
(少し、長く居過ぎたか……。 セネトに心配させたかも知れないから、謝って置こう)
ロナードが、そんな事を思いながら廊下を歩いていると、セネトが居る筈の控室の方から、黒い外套に身を包み、深々とフードを被った明らかに怪しい輩が数人、随分と慌てた様子で出て来た。
(何だ?)
ロナードはふと足を止め、その輩の様子を遠くから見ていると、最後に出て来た者が、かなり大きな『何か』を脇に抱えているのが見えた。
それは、麻で出来た大きめの袋に覆われていた為、中身までは分からないが、随分と大きく、そして重量がありそうな物だった。
(人……?)
良く目を凝らしてみると、袋から足がはみ出ていたので、ロナードはとっさにそう判断した。
しかも、その靴には、見覚えがあった。
それに、男にしては、あまり大きくない、子供より少しだけ足。
チラリと見えた黒いズボンの裾には、銀色の糸で小鳥と蔦の刺繍が施されている。
小鳥と蔦を紋章に使っているのは、皇族の中ではセネトだけで、彼女と関わりのあるものは、身に付けている物の何かには必ず、その模様が施されている。
例えば、ギベオンは鉄の具足の側面にその紋章を施している。
臣下では無いが、変な輩からロナードを守る為なのか、彼が仕事時に身に付けている魔術師のローブの裾にも、セネトと同じ様に銀色の糸で紋章が刺繍が施されている。
(まさか!)
ロナードの脳裏にセネトの顔が浮かび、心の中で叫ぶと、とっさに駆け出していた。
セネトと思われる人物を連れ去ろうとしている輩は、ロナードの事に気付いておらず、彼が歩いて来た方向とは逆方向にある階段へ向かって走り出した。
(くそっ! 思ったより足が早い! このままだと逃げられる!)
ロナードは思いの外、自分と連中との距離が縮まらないので、焦りの表情を浮かべ、心の中で呟く。
「待て!」
ロナードは腹の底から大声で、セネトと思われる人物を連れ去ろうとしている輩に向かって叫んだ。
「!」
彼の叫び声を聞いて、セネトと思われる人物を連れ去ろうとしている輩はようやく、ロナードが自分達の後を追い駆けて来ている事に気付くと、その中の二人が素早く足を止め、振り返り様に隠し持っている投げナイフを数本、思い切り投げ付けて来た。
ロナードは、腰に下げていた剣でそれを叩き落とすと、そのままの勢いで自分の前に立ち塞がった二人に思い切り躍り掛かった。
ロナードが繰り出した剣は、二人に見事に避けられたが、彼は構う事無く、そのまま二人に背を向けてセネトと思われる人物を追い駆ける。
「行かせるな!」
二人の内の一人がそう叫ぶと、ロナードの背中に向かって再び投げナイフを繰り出したが、ロナードはまるで背中に目があるかのように、走りながら壁を思い切り蹴飛ばし、身を空中で反転させ、飛んで来た投げナイフを避けると、着地と同時に素早く床を蹴り、セネトと思われる人物を抱えている者の後を猛追する。
「なっ……」
予想外のロナードの動きに、彼に向かって投げナイフを投げ付けた輩は、驚愕の表情を浮かべ、思わず言葉を失う。
「不審者だ! 誰か手を貸してくれ!」
ロナードは、セネトと思われる人物を連れ去ろうとしている輩の後を追い駆けながら、態と周囲に聞こえる様に大声で叫びながら走る。
「くそっ! あの野郎!」
セネトと思われる人物を抱えている輩の後に続いていた者が、舌打ちをし、忌々し気に呟くと足を止め、腰に下げていたショートソードを引き抜くと、タンと勢い良く床を蹴ると、自分たちを追い駆けて来ているロナードに向かって剣を振り下ろした。
ロナードはとっさに、手にしていた剣でそれを受け流す。
そこへ間髪置かず、別の輩がロナードの側面から投げナイフを数本、投げ付ける。
(獲った!)
ロナードに投げナイフを投げ付けた輩は、心の中でそう呟くと、勝ち誇った方に笑みを浮かべたが、次の瞬間、その者の確信はものの見事に打ち砕かれる。
その者が放った投げナイフは、そのままロナードの側面に突き刺さるかと思われた瞬間、目には見えない壁に阻まれ、金属同士がぶつかった時の様な音を立て、虚しく床の上に飛び散った。
「くそっ!」
「コイツ術師か!」
それを見て、他の者たちが、苦々しい表情を浮かべて叫ぶ。
そうしている間に、ロナードに切り掛かった輩はショートソードを手にしたまま、床を蹴り、身を勢い良く回転させながら、独特な剣技で持っていたショートソードを繰り出した。
「くっ……」
ロナードはとっさに、持っていた剣で受け流したが、次の瞬間、蹴りがロナードの横っ面に炸裂し、彼は勢い良く後ろにすっ飛ばされ、壁に肩を強打する。
そこに、別の輩が間髪置かずに躍り掛かった。
ロナードはとっさに風の魔術を繰り出し、相手を弾き飛ばした。
「小癪な……」
ロナードに弾き飛ばされた輩は、ゆっくりと立ち上がりつつ、苛立ちを隠せない様子で呟く。
(セネトは?)
ロナードは、心の中でそう呟きながら、セネトと思われる人物を抱えている輩を探すが、その姿が見当たらない。
「お前等、邪魔だっ!」
ロナードは、セネトと思われる人物の姿を見失った事に焦り、そう叫ぶと同時に、勢い良く自分の周囲に鎌鼬を巻き起こした。
鎌鼬の切れ味は鋭く、彼の背後にある、石で出来た壁や床を容赦なく、鋭い傷を幾つも作り上げていく。
それには、流石に彼の周囲に居た不審者たちも怯んだ。
「セネトっ!」
ロナードは、相手が怯んで居る隙に、そう叫びながら駆け出そうとした瞬間に、日光を反射して何かが煌めきながら、シュッと死角から振り下ろされた。
「っつ!」
ロナードは間一髪の所で避けたが、剣先が頬を掠り、ピッと微かに赤い線が走る。
「へぇ。 これを避けるのか……それは凄いな」
ロナードに攻撃を避けられた、ショートソードを手にした輩は、何処か嬉しそうな笑みを浮かべながら呟いた。
普通の者なら、さっきの瞬間で片腕を叩き切られている。
(コイツ……相当な腕利きだ。 油断すると殺られる)
ロナードは、自分の前に立ち塞がる、ショートソードを手にした輩の動きに注意しつつ、心の中でそう呟くと、薄らと浮かんだ冷や汗を手の甲で拭った。
次の瞬間、別の輩が投げナイフを投げ付けて来て、ロナードは素早くそれを剣で叩き落とすと、振り向き様に、自分に鋭くショートを繰り出して来た輩の攻撃を受け止める。
ガリガリガリと、金属同士が力任せに、激しく擦れ合う音が辺りに響く……。
ロナードと相手が鍔迫り合いをしている所に、別の角度から、別の輩が投げナイフを投げ付けて来たので、ロナードは素早く後ろに飛び退き、更にそのままの勢いで壁を蹴り、もう一人が切り掛って来たのを避け、空中で身を返しながら、自分に切り掛かって来た相手の背中を思い切り剣で叩き切りつつ、見事に床の上に着地をする。
「くそっ! 一人やられた!」
それを見て、不審者の一人が苦々しい表情を浮かべ、呟いた。
「オレ達を相手に、ここまで見事に立ち振る舞うなんて、やりますね」
ショートソードを手にしている輩は、感心した様子でロナードに言った。
「そう思うのなら見逃して貰いたいな。 用があるのは、仲間を連れ去った奴だけだ。 お前たちとここで殺し合いをする気は無い」
ロナードは、切り倒した相手の血糊が付いている剣をブンと払いつつ、落ち着いた口調で言った。
「それは出来ない注文ですね」
ショートソードを手にした男は、肩を竦め、苦笑いを浮かべながら答えた。
「だろうなっ!」
ロナードはそう言うや否や、ダンと床を蹴り、ショートソードを手にした輩に切り掛かった。
相手はロナードが繰り出した剣を受け止め、再び鍔迫り合いになるかと思われた次の瞬間、相手は徐に左手を動かした。
すると、目にも止まらぬ速さで、ロナードの肩に何かが突き刺さった。
(しまった! 暗器!)
ロナードは心の中で呟くと、慌てて後ろに飛び退き、相手との間合いを取ろうとした瞬間、不意に目の前が真っ白になり、足元に力が入らず、そのまま後ろに背中から倒れ込んだ。
「ぐっ……」
ロナードは、倒れた瞬間に後頭部を床に打ち付け、その弾みで手にしていた剣が離れ、音を立てて床の上に落ちた。
(しまっ……)
ロナードが心の中で叫んでいる瞬間、ドカッと利き腕に強い衝撃が走った。
「があっ!」
ロナードはその痛みのあまり、思わず声を上げ、顔を苦痛に歪ませる。
ショートソードを手にしていた輩が、倒れ込んだロナードの上に馬乗りになる様な形になって、彼の右肩に持っていた剣を思い切り突き立てたのだ。
「良く見たら随分と綺麗な人だな……。 美人を痛め付ける趣味は無いんですけれど……」
ショートソードをロナードの肩に突き立てたまま、その男は彼を見下ろしつつ、不敵な笑みを浮かべながら言った。
ロナードは、意識が朦朧とする中でも、気丈に相手を睨み付ける。
「マズイ! 人が来る!」
他の仲間が、ロナードの上に馬乗りになっていた、ショートソードを手にした輩に、焦りの表情を浮かべながら叫ぶ。
「貴方を殺すよう命令は受けて無いですから、今日は見逃してあげますよ。 このまま殺すには、ちょと惜しいですからね。 また、縁があれば是非ともまた殺し合いをしようね。 ね? 美人さん♪」
ショートソートを手にした輩は、意識が薄れいくロナードの耳元でそう囁くと、不敵な笑みを浮かべ、彼の肩に突き立てていた剣を引き抜くと、スッと身を引いた。
「ロナード様! ロナード様! しっかり!」
ロナードは誰かに思い切り体を揺すられ、そう声を掛けられ、ゆっくりと目を開けた。
「っ……」
意識を取り戻した瞬間、右肩に激痛が走り、思わず痛みで顔を歪める。
「誰にやられたのですか?」
聞き馴染みのある、若い男の声が頭の上からする……。
「セネトが……」
ロナードは掠れた声で、自分を助けに来た者たちに告げる。
「セティがどうしたの?」
別の角度から、別の若い女性の声が聞こえる。
「連れて……行かれた……」
ロナードは、全身に痺れる様な痛みと熱っぽさ、そして強い倦怠感を感じつつ、必死に声を振り絞り、そう語る。
「なっ……」
ロナードの言葉を聞いて、周囲に居た者たちは驚きの声を上げる。
「兎に角、肩の傷を」
宮廷魔術師長サリアがそう言うと、ロナードに治癒魔術を施そうとすると、ロナードは声にならぬ声を上げ、苦悶に満ちた表情を浮かべる。
「ど、どう言うこと?」
ロナードが悲鳴を上げ、痛がるのを見て、サリアと共に駆け付けて居たエルフリーデは戸惑いの表情を浮かべる。
「恐らく、塗られていた毒物の影響かも知れません」
ロナードの尋常では無い反応を見て、宮廷魔術師長サリアは、青い顔をして呟いた。
「治癒魔術は止めて下さい。 これではロナード様が気絶してしまいます」
ロナードの体を抱き上げていたギベオンは、顔面蒼白になり、息も絶え絶え、背中から大量の冷や汗を流し、苦しそうにしているロナードを見て、表情を険しくして宮廷魔術師長サリアに言った。
「これを」
エルフリーデは徐に、自分が持っていたハンカチをギベオンに差し出す。
それを受け取ったギベオンは、ロナードの肩にハンカチを押し当て、止血を行いつつ、彼を片腕で支えたまま抱き上げる。
「何の騒ぎですか?」
寺院の中年の司祭がそう言いながら、数人の部下を連れ、駆け付けて来た。
「ロナード様が襲われた」
ギベオンは苦々しい表情を浮かべ、中年の司祭に言うと、
「なっ……」
彼は、顔を青くして、思わず絶句する。
「特殊な毒物が刃に塗られていた様で、治癒魔術での止血が出来ません。 何か良い対処法があるのでしたら、手を貸して下さい」
宮廷魔術師長サリアは、切羽詰った様子で、中年の司祭たち寺院の者たちに、そう懇願する。
「これは……」
「ウチで使われている暗器では?」
周囲に残された形跡を見て居た寺院の兵士たちが、戸惑いの表情を浮かべつつ、口々に中年の司祭に言うと、
「そうかも知れません。 急ぎ調べさせて下さい!」
寺院の兵士たちの内の一人が差し出した、先が鋭く尖った鉄の棒状の物を見て、中年の司祭は苦々しい表情を浮かべると、自分が連れて来た寺院の兵士たちに命じる。
「はっ!」
寺院の兵士達は一様に返事をすると、散り散りになる。
「これどう言う事? 何故、セティを連れ去ったの?」
ルチルは、憤りを隠せない様子で、中年の司祭の襟首を乱暴に掴むと、彼の背後あった壁にドンと激しくその背中を打ち付ける様にして、押し当てる。
「落ち着いて下さい。 ルチル様」
エルフリーデは、慌ててルチルの腕を掴むと、そう叫ぶ。
「この人に聞いても多分、何も知らないだろう」
ギベオンが落ち着いた口調で、憤っているルチルに言った。
「兎に角、ロナードをどうにかして!」
ルチルは、中年の司祭の胸鞍を掴んだまま、強い口調で言った。
「も、勿論です」
中年の司祭は、全身から滝の様に汗を掻いているにも拘らず、死人の様に顔から血の気が失せて、グッタリしているロナードを見ながら、真剣な面持ちで答えた。
ロナードは急ぎ、大老子が使っていた控室にギベオンにより担ぎ込まれ、その場に居合わせた寺院の者たちは皆驚き戸惑う中、中年の司祭から簡潔に説明を受けた、ティアマト大老子は、直ぐにロナードの手当を行った。
そのお蔭で、先程まで全身が熱を帯び、苦しそうに呼吸を繰り返し、全身から滝の様に汗をかいて、意識が朦朧としていたロナードは、苦しんでいたのが嘘の様に、グッスリと眠ってしまった。
「見た所、命の危険が及ぶほどの毒の量では無かった様じゃが……。 治癒魔術を施した所為で、ショック状態に陥っていた様じゃな」
ティアマト大老子は、呼吸も落ち着き、グッスリと眠っているロナードを見ながら、落ち着いた口調で指摘する。
「済みません。 私が安易な事をしたばかりに……」
宮廷魔術師長サリアは、バツの悪そうな表情を浮かべ、ティアマト大老子に言うと、
「なに。 あれだけの出血を見れば、直ぐに傷を塞ごうと思うのは、術師として当然の心理じゃ」
ティアマト大老子は、これと言った表情を浮かべず、落ち着いた口調で返した。
「……」
宮廷魔術師長サリアは、沈痛な表情を浮かべ、俯き、押し黙ってしまった。
「その術師の心理を逆手に取る様な毒が使われていたとなると、術師に対する知識がある輩の犯行である事は明らかですね」
ギベオンは、落ち着いた口調でそう指摘すると、
「その通じゃ……」
ティアマト大老子は、真剣な表情を浮かべ、頷きながら言った。
「大老子様……」
中年の司祭に命じられ、調査をしていた寺院の兵士の一人が徐に部屋に入って来ると、戸惑い気味にティアマト大老子にそう声を掛けた。
「なんじゃ?」
ティアマト大老子は、その兵士の方を向きながら、問い掛ける。
「その……先程からネフール老子を探しているのですが……」
「お姿が……見当たりません」
兵士たちが、焦りの表情を浮かべ、口々にティアマト大老子にそう報告すると、
「!」
それを聞いて、宮廷魔術師長サリア等は表情を険しくする。
「まさか……。 ネフール老子の手の者が、今回の事件を引き起こしたと申すか?」
ティアマト大老子は、戸惑いの表情を浮かべ、兵士たちにそう問い掛けると、
「それはまだ断言出来ませんが……」
寺院の兵士は、動揺を隠せない様子で、口籠らせながら答えた。
「何か、知っている可能性があります。 急ぎネフール老子を探して下さい!」
話を聞いた中年の司祭は、表情を険しくし、強い口調で寺院の兵士たちに命じる。
「はっ!」
「了解しました!」
兵士たちは、慌てた様子でそう答えると、大急ぎで部屋から出て行った。
「……ネフール老子様は、大老子様と其方のロナード様がゆっくり話せる様にすると言っておられました。 もしかすると……セレンディーネ皇女殿下はロナード様と間違われて、連れ去らわれたのかも知れません」
中年の司祭は、苦々しい表情を浮かべ、そう呟くと、
「そうね。 セティが連れ攫われた部屋のソファーの上に、ロナードのローブが置いてあったわ。 ロナードの顔を知らずに、漠然とその特徴や身なりを聞いていただけならば、ローブを目にした瞬間、その場に居たセティをロナードと勘違いした可能性はあるわ」
ルチルも、ロナードがセネトと共に待機していた部屋の様子を見て、気が付いた事を落ち着いた口調でそう指摘する。
「つまり、賊はセレンディーネ皇女殿下をユリアスと勘違いして連れ去り、それをユリアス当人が見つけ、彼等を追い駆け、返り討ちにされた……と言う事ね」
ルチルの話を聞いて、サリアは自分の顎の下に片手を添え、神妙な面持ちで呟く。
「その様じゃの……」
ティアマト大老子は、複雑な表情を浮かべながら呟く。
「ユリアスの意識を取り戻せば、何か聞けるのでしょうけれど……」
エルフリーデは、苦々しい表情を浮かべつつ言うと、
「……だからって、無理に起こしたりはしないでよ? まだ、毒が抜けきって無いだろうし」
ルフトは思わず顔を引き攣らせ、苦笑い混じりにエルフリーデに言うと、
「分かっていますわ。 流石にあんなに苦しんでたのを見た後で、起こそうとは思わないですわよ」
エルフリーデは、ムッとした表情を浮かべ、ルフトに言い返す。
「どうかしらね……。 貴方はドSだから……」
ルチルは、苦笑いを浮かべながら、エルフリーデに言うと、
「まっ!」
彼女は、ムッとした表情を浮かべ、プゥと頬を膨らませ、口を尖らせる。
「私たちも寺院の方たちに協力して、セレンディーネ皇女殿下を捜索しましょう」
宮廷魔術師長サリアが、真剣な表情を浮かべながら言うと、ギベオンたちは揃って真剣な面持ちで頷き返した。




