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家護

作者: 大西洋子

「矢森くん、いつもすまないね」

ベッドから起き上がろうとする柏木さんを制し、何を捨ててよいのか問いながらゴミを回収していると、ミシミシと軋む音がした。

ゴミ袋を床に降ろし、髪の毛をかき流し補聴器に触れる。するとその軋む音が、「柏木、このままだとひと月で死ぬ」と聞こえてきた。

やはり二日前の転倒で骨を折ったのだろう。

「明日は埋め立てゴミの回収日ですので、また後で伺いますね」その時に、柏木さんに病院に行くよう促そう。そう思いながら柏木さんのドアを閉めたところで上の階から、

「たく、ゴミ捨てに行くだけだから」帽子を目深にかぶり、ゴミ袋を下げた桜井さんの声と、やだやだと脚にすがる四歳になったばかりのたく君の声がふってきた。

ミシミシミシ。軋むその音と重なるように、「桜井の元夫、回収ボックスを監視中」と聞こえてきた。

今朝早く、新聞配達から帰ってきた田中君が、アパートの敷地内に入ろうとしている三十代くらいの男を見かけたと言っていたけれど、その男が桜井さんの夫なのだろうか。

「桜井さん、それぼくが出しますよ」階段をあがり、たく君におはようと声をかけ、「回収ボックス付近に三十代くらいの男がいます」と耳打ち。

桜井さんは青ざめ、手にしたゴミ袋を落とし、中の物が散らばった。ぼくが手にしているゴミ袋の結び目を解き、上部に詰めた包装紙で散らばったゴミをつかみ、そのままそのゴミ袋の中へ入れ口を固く縛った。

桜井さんが差し出してくれたウェットティッシュで手をふき、スマホを取り出し、カメラ機能を指差す。

「……ええ、お願いします」動画撮影を起動させ、カメラを外側に向けて胸ポケットに入れ、そのまま回収ボックスに向かう。

途中、田中君がぼくを追い越し、「やべっ! 矢森さん、俺の部屋のゴミも出してもらえる?」と振り向き頼まれる。

「いいですよ」ミシリ、軋む音が「田中、過労と栄養不足」と聞こえてきた。

「田中君、顔色悪いから今日は部活休んだほうがいいよ。あと明日、埋め立てゴミ回収だから」彼が帰ってきたら、栄養があるものを一緒に食べようと誘ってみよう。柔道部の部長である彼が、どのくらい食べるかわからないけれど。

回収ボックスにゴミ袋を入れ、辺りを見回す。行き交う人は皆、学校に会社へと向かう顔馴染みの人ばかり。

ほっと息を吐き出し、合鍵を使って田中君の部屋へ。そうして半時間後、再び回収ボックスに向かうと、

「あの、このアパートにお住まいの方以外のゴミはお断りしていますが……」回収ボックスの前に立つ三十代くらいの派手で襟がよれたシャツの男。ぎろりと睨むその瞳に、「負けるな!」と補聴器ごしの声に励まされ、ぼくはその男を睨み返す。

男は痰を吐き捨て去っていく。その姿が見えなくなってその緊張がようやく溶け、気づく。そうだ録画。その画像を桜井さんに送信。管理室に戻りメールを見ると「元夫です」と返っていた。

ぼくは立ち上がり、台所の隅に備え付けられた神棚に向かって柏手を打つ。 ミシ、ミシ。軋む音がそれに応えた。

「家鳴り、桜井さんの元夫、まだ近くにいる?」その問いに、軋むその音が「いる」と応える。「元夫の仲間は?」ミシッ「いない」「ありがとう。引き続きその男から目を離さないで」神棚にひとくち饅頭を供え、桜井さんにメールを送り……

十時、アパート前にタクシーが止まる。ぼくは柏木さんの手をひきタクシーに乗せる。「桜井の夫、向かいのアパートの塀にいる」補聴器ごしに家鳴りが教えてくれた。

「桜井さん、たく君と一緒に裏口からアパートを出てください」あらかじめ打ち込んでいたメールを送信し、ぼくは引き続き清掃作業を行う。

そうして何事もなく昼が過ぎ、夕方が近づき、「危険、危険!」アパート全体が軋んだ。

「おい。お前、あの女はどこだ!! 」管理室前で埋め立てゴミを一纏めにしているぼくを押し倒し、その衝撃で補聴器が外れた。

その桜井さんの元夫の手にはサバイバルナイフ。ほんの一昨年前まで死にたいと願い、実行に移した事もあったというのに、今は死にたくないと願ってしまう。

と、男の動きが止まった。

「田中君!」

彼は相手の手首を掴み捻る。そうして手から落ちたナイフを足で払い飛ばし、あっという間に組み伏せた。

ぼくは補聴器を拾い、このアパートの住人の安心で安全な日々を願う家鳴りに礼を述べながら通報した。



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