99. アイギス、メア、リル、リリアそして...
「あー......安心した......」
「ええ、肩の荷が降りましたね。」
「本当にね......あれ?ライーナは?」
「部屋に戻ったのでは?というか......アレスとヘファイストスがあっちに居るのはなぜでしょうか?」
「それでは皆様を絶海の覇塔、最上部"深淵の覇海"へと送ります。」
「そんな大層な名前なのか......うん?最上部?」
「はい。タツキ様がいらっしゃる場所.........ふむ。詳しい話はまた後に致しましょう。今はアイギス様を助けることが優先かと。」
メフィスさんの言う通りだろう。
「分かりました。それでは...お願いします。」
「...............」
「...............」
「メフィスさん?サロメさん?どうしたんですか?」
樹生の言葉を聞いた途端サロメさんがポロポロと涙を流し始めた。
「さ、サロメさん!?どうしたんですか?」
「も、申し訳ありません...ぐすっ、その!とても嬉しくて!!」
「う、嬉しい?」
「タツキ様、リリア様の事よろしくお願いいたします。」
メフィスさんがそう言った。その目と言葉に嘘や冗談は感じられなかった。
「は?」
「タツキ様!!よろしくお願いします!!」
先程までのお嬢様服ではなく、ショートパンツにラフなシャツ、黒のジャケット、ブーツ、黒のレザーキャスケット帽となかなか攻めた格好をしたリリアが現れた。
「お嬢様!似合ってます!あぁ可愛い......」
「本当に...このメフィス、とても感慨深いです。」
「2人とも......ちょっと恥ずかしい...」
帽子で目元を隠すが、赤くなった頬は丸見えである。
「良いんじゃにゃいかにゃ?」
「だけどさ......危険じゃないか?」
「タツキが言うかにゃ?言っとくにゃけど......あれでも立派な冥王の娘にゃ。神が一人仲間になったようなものにゃよ?」
「けど......まだ子供だろう...」
「軽く300年は生きてる子供にゃけど?」
「............うーん」
「あ、あのタツキ様?」
「リリア......」
「ご迷惑はお掛けしません。これでも冥王の娘、自衛は出来ます。炊事洗濯掃除に抜かりはありませんし、希望があるならばその......うぅ...」
「わ、わかった!君の提案を受け入れるよ」
樹生は決死すぎる覚悟を決めたリリアを仲間に迎え入れた。ここまで女の子に言わせた自分に嫌気が差し始める。
「それでは樹生様......ご武運を」
「サロメさん、メフィスさん...ありがとうございました。それでは行って......」
「待て!」
今まさに転移魔方陣が発動しようとした時、凛とした声が響き渡る。
「異世界人、九条樹生!」
「あ、貴方は?」
白と青を基調とした綺麗な甲冑に身を包んだ麗人…おそらく女性だろうか?が声をかけてきた。
「貴方は!」
リリアも目を見開き驚愕していた。一方サロメさんとメフィスさんは分かっていたかのような反応であった。
「我が名はアレス!戦神アレスである!」
「わしもおるぞ。鍛冶神ヘファイストスじゃ。」
「アレス様にヘファイストス様......」
「そんな畏まらなくても良いぞ?駄目神に痴女神じゃったか?なかなかお主も酷いことを言うのぉ…」
「いやいや、半分事実でしょうが。まぁ、今はそんな事思ってないですよ。皆様にはとても......本当にとても感謝しています。」
「ふむ......やはり嘘偽りは無いと......」
アレス様はそう言いながら、近づいてくる。
「これは私からの謝罪も込めた贈り物だ。受け取ってほしい。」
「これは......短剣?」
「創造神様と我々の合作だ。効果は......握れば分かるはずだ。」
「お主には包丁か鋏が良いと言ったんだがのぉ…」
「彼にとってそれらは戦う道具ではないと言ったはずです。戦士には戦士の、料理人には料理人の矜持があるのです。ヘファイストス、貴方なら分かるはずですよ?」
「こんの頑固物が......じゃが、言いたいことは分かるわい。」
「と言うわけです。タツキ、君にアイギスを託したのです。......彼女を頼みましたよ。」
「はい。任せてください!」
樹生は懐から、2つの小包を出す。
「これは俺からお二人へのお礼です。受け取って下さい。」
アレス様とヘファイストス様は小包を受け取ってくれた。
「ほぉ......お主分かっているのぉ」
「貴方に......私の好物を言った覚えはないのですが...」
ヘファイストス様にはウイスキー、シー○スリー○ルを、アレス様には様々な種類のクッキ―を渡したのだがまさか好物だったとは...
(以外と可愛いものが好きなんですね...)
樹生がそう言うとキッと睨まれる。
「ははは......とにかく、ありがとうございました!アイギスは任せて下さい。」
「にゃにゃ...早く行くにゃよ。」
「今度こそは全部避けてやるわよ!アイちゃん、待っててね。」
「サロメさん、メフィスさん!ありがとうございました。行ってきます!!」
「「行ってらっしゃいませ。お嬢様!」」
目の前が閃光に包まれ、一瞬の静寂が訪れる。そして目の前には忌々しい覇海が広がっていた。だがその様子は明らかに前回とは違っていた。
「これは......どうなってるんだ?」
雲一つ無かった空は真っ赤に染まっていた。まるで空が大量の血に埋め尽くされたようにどす黒くなっており、海もあれだけ綺麗だったのに今では真っ黒の墨汁のようになっていた。
「危ない!!」
リルが樹生達を海に押し出す。次の瞬間島は大爆発!木っ端微塵に吹き飛んだ。
「リル!」
「私なら無事だよ!!つーか......なんでアイツが生きてるのよ!!」
「ワダツミ......」
「グギャャャャャャャャ!!」
ワダツミ......だったものが新たに形を形成して動いていた。その様相はまさしくゾンビであった。
「おっと......助かったよリル。」
「楽勝♪楽勝♪メアチーとリリーは大丈夫?」
「大丈夫にゃよ。」
「私もです......」
樹生は水上バイクを新たに出し飛び乗る。
「メア!!」
「タツキ!今回は僕よりもリリアのが適任にゃ!!」
メアは樹生にそう言った。
「わかった!リル!メアと一緒に援護を頼む!!」
「了解よ!!メアチー......溺れないようにしっかり捕まっててね。あ、爪は立てないでね?」
「今言うことかにゃ!?ほら、早く行くにゃ!!」
水上バイクのエンジンをフルスロットル。リルは急速潜航を開始。
ワダツミが振り下ろした拳から間一髪逃れる。
「な、なんて高さの波ですか!!」
「あれくらいなんて事無いさ…むしろ気を付けるべきは…」
迫り来る波の一点が青白く光始める。
「来るぞ!しっかり捕まれ!!」
「はい!」
ズバーーーーン!!!!
極太のレーザーが波ごと貫き襲いかかるが既に樹生達は回避をしていた。
「リリア!君は何ができる!?」
「炊事洗濯掃除戦闘!!何でも任せて下さい!!」
「よし、射程は!?」
「もう少し近づいて下さい!!」
「わかった。」
グングンとワダツミに接近する。
(援護が欲しいが......うん?)
まさにワダツミが腕を振り下ろす瞬間、横からレーザーが飛びワダツミの右腕を吹き飛ばした。
「リルか!」
「助かりました。これで思う存分......撃てます!」
「"冥槍よ 我が敵我が仇 穿ち貫け"」
リリアが漆黒の槍を作り出し構える。
「アビスランス!!」
「うおわぁぁ!!」
音速で投擲された槍は、ワダツミの左肩を吹き飛ばす。
「波のせいで、狙いが...定まらない!」
「グアアガガガガ!!!!」
ワダツミは痛みを感じないのだろうか?右腕も肩も気にすること無く、突撃してくる。
「浅はかですね!"愚者よ 我が冥府に落ち その生を後悔するべし" アビスフォールズアウト"」
ワダツミの足元に漆黒の闇が形成される。片足を取られて転倒する。
「今だメア!!」
ザパッァンッとリルが海から飛び出しメアがその背から飛び降り、ワダツミの頭に着地。
「ゼロ距離ならお前の命を奪うなんて造作もないにゃよ?」
「"眠れ 永遠に" 夢死」
たったそれだけ......だが、ワダツミの目からは光が消えもはや動く気配はなかった。
「ナイスだメア!!」
「うにゃー!疲れたにゃ~...タツキ抱っこだにゃー!」
「残念だけど......抱っこはお預けだよ」
樹生は首に巻いていた神布レーヴェを外した。
「なんて...殺気なのですか...」
「アイちゃんがブサイクになっちゃったぁぁぁ!」
半壊した島に降り立つ樹生達。目の前には動かなくなったワダツミ......
そのワダツミの背中がぷっくりと膨れ上がり......
「マ、マ、マ、マ、スス、ス、タタタタタ......」
フワリとアイギスが浮かび上がる。輝やきは鈍く宝珠も醜い肉塊に変貌しており、盾全体に血管がドクドクと脈を打っていた。
「.........アイギス。」
「マスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスター???」
「アイギス......俺は醜くなれと言った覚えはないぞ?」
「マスマスターマスター??マスター!!!マスター??」
「今度は決して離すものかよ!!お前の想いも何もかも!!来いアイギス!!全部受け止めてやるよ!!」
「マスター!!!!!!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
突っ込んでくるアイギスを前に樹生は一歩も動かなかった。そして...
「ぐっ......ふぅ......すまなかった...俺が、お前の気持ちに気づいてやれなかった...」
「タツキ!!何してるにゃ!?」
「タッツー!!」
「タツキ様!!」
なんとアイギスをそのまま受け止めたのだ。一瞬にして腕は腐り、胸も徐々に腐り始める。
「こんなにもお前は苦しんでいたんだな......。」
「マ、マ、マスター??」
「もう絶対に離さない。例えこの腕が腐り落ちようと!!お前を離さない!!アイギスお前は!......ぐっ...ふぅふぅ......俺のぉぉ!......一生の相棒だぁぁぁ!!」
真っ赤に染まっていた空は晴れ暖かい日が周りを照らし、墨汁のようになっていた海は綺麗なブルーに戻る。そして......
「マスタァァ......マスタァァ......マスタァァ!!ごめんなさいぃ!」
もはや腕の半分が腐り、胸の肉も見えまさにゾンビそのものに成り果てた樹生だったが......その腕の中で元に戻ったアイギスが泣き叫んでいた。
「お帰り、アイギス。」
「マスタァァ......私はなんて事を...」
「大丈夫だよ。俺はお前のマスターだぞ?この程度で死ぬかよ。」
樹生はそう言いながら、いつしかの特効薬を飲む。するとあれ程の重傷が嘘のように消え去る。
「タッツー!!大丈夫!?」
リル達が駆け寄ってくる。
「ああ、何とかね......見てみろよ。アイギス、寝ちゃってるよ?」
「ほんとだにゃ......限界だったのかも知れないにゃね。」
「アイギス様......」チョンチョン...
「ハハハ......よし!皆、もうひと頑張りだ!!」
立ち上がり、アイギスを背負う。
「リル、門まで頼んで良い?」
「任っかせてー!それじゃあ行くよ―!!」
深海を進むこと数分ついに巨大な門の前に到着した。
門の周りには空気の層があり、樹生達はリルの背中から降り門の周りを見渡す。
「いったいどのくらい居たんだが...」
「1週間くらいかにゃ?」
「2週間ですね。ずっと見ていましたから。」
「清々しい程のストーカー発言にゃね。」
「ストーカーは失礼です!私は樹生様のファンなんですよ!!」
「訂正にゃ、ただの厄介なおっかけにゃね。」
「なんですかー!このこの!!」
「やめるにゃ!!引っ掻くにゃよ!」
ワチャワチャとメアとリリアがじゃれていた。
「タッツー......これでバイバイだね。」
リルはそう言いながら、従魔契約を破棄しようとした。
「リル......何をしてるんだ?」
「何って...私はダンジョンの魔物だよ?ダンジョンの魔物はダンジョンからは...」
「出られない?」
樹生の言葉にリルはコクリと頷く。
「わかった......それじゃあ最後にお願いがあるんだ。」
「............なに?」
寂しそうにリルは頷く。
「首を下げて?」
「うん......」
樹生はリルの額に自信の額を合わせる。
「とても楽しかった。リル......君が居てくれたお陰で無事に今回の旅を終えられたし、充実した物になった。」
「うん...私も楽しかったよ......」
「だから...もう一度、俺達と旅をしてみないか?」
「タッツー......それは...」
「リルがダンジョンの生き物だから外に出られないんだろう?ならさ...神様公認で生まれ変わってみないか?」
「どういう......」
「こいつは......"転生の短剣"アイギス様とヘファイストス様から受け取ったものだ。」
「転生......」
「どんな姿になるかは分からないし、今のままの姿かどうかも分からない。けど...もしリルが俺達と旅を続けたかったら、使って欲しい。」
メアとリリアは黙っているが、その目には期待の色がありありと現れていた。
「私......まだ皆と一緒にいて良いのかな?」
ボロボロと涙を流しながら短剣を見つめている。
「うるさいし、やかましいし......空気も読めないし、多分ウザイと思うよ?」
「...............」
「本当に......私で良いの?」
「リル......俺は、俺達はお前ともう一度旅がしたいんだ!!」
「そうにゃ!!リルの力は絶対に必要にゃ。ちょっとうるさいのが何にゃ?会ったことにゃいけど、ここに居ない従魔達も絶対にやかましいにゃよ?」
「私も...リル様ともっとお話してみたいです!」
「皆......ありがとう...」
リルは短剣を加えると一気に飲み込む。そしてリルの姿は光に包まれ消えた。
「さぁ!俺達も行こう。メア、リリア、よろしくね?」
「レッツゴーにゃ!」
「レッツゴー!ですね!」
樹生は扉に手を掛けグッと力を込める。ギギギと扉の光が漏れだし、樹生達は中へと歩を進めた。
「おぉぉ......これは、絶景だなぁ...」
「こんな景色始めて見たにゃ...」
「はい...とても綺麗ですね...」
真っ赤な夕日に照らされた絶海は、とても美しかった。
「ところで、これからどうするにゃ?」
「それなら大丈夫です。あそこにあるのが転移魔方陣です。あれに乗れば、目的地へ一直線です。」
「よし!それなら......」
樹生は空を見上げながら、腕を広げる。
「何やってるにゃ?」
「タツキ様?」
「.....................っ」
「やあ!始めまして!!リル―!」
「うけとめてぇぇぇ!!いゃぁぁぁぁ!」
ぽすっ!
「にゃにゃ!!お前リルかにゃ!?なんで空から落ちてきたにゃ!?」
「リル様ですか?その......人間になって?」
「うん!神様??に会って色々弄って貰ったんだ!」
よっ!と軽快に樹生の腕から降りると、リルは振り返り満点の笑顔で
「皆よろしくね!」
青いポニーテールをふわっと揺らしながらそう言うのだった。
「一件落着ですね。」
「ええ、タツキ様もよく頑張りましたよ......本当に」
「ふん...リリアを泣かしてみろ。その魂ズタズタに引き裂いてやるぞ...」
「ハデス様もそろそろお嬢様離れしていただかないと…」
「そうです。アンナ様は喜んでましたよ?娘に彼氏が出来たと......少し勘違いしていますが。」
「ふん...」




