84. 決死の一歩
「.........ふふ」
「お嬢様?わりとピンチだったんですけど...」
「よく見てなさいサロメ。彼なら突破するわよ。」
「はぁ......」(彼にも伝えておかなければなりませんね...。このままでは、世界が滅びかねない。)
「?」
アーサーが回りをキョロキョロしたかと思うと、一点をじっと見つめていた。
(今、マスターの魂の危機を感じたが、今は…安定しているのだろうか?)
一抹の不安を覚えながら、アーサーは考えていた。ついさっき自信が付与した結界が破壊されたのを感じた。おそらく今樹生は危機的状況にあるのだろう。だが、もう気配は感じない。切り抜けたのだろう。
「.........どうかご無事で。」
「うっ......ぁあ...」
目が覚めるが、酷い頭痛に苛まれる。まるで頭蓋に直接釘を打ち込まれているような酷い痛み。
「い、生きてるのか......?あぁぁ...」
頭を押さえながら起き上がろうとする。だが胸の上に重みを感じた。
「痛いの痛いの......飛んで行け…...にゃぁ...」スースー
「メア?......そうか、看病してくれてたのか。」
痛みで意識が朦朧とするなかそっと頭を撫でてあげる。グルグルとメアが喉を鳴らす。するとあれ程までに酷かった頭痛が少しずつ収まってきた。お陰で状況がわかってきた。
(木陰?にいるのか。メアが引き摺ってくれたのか。無理させちゃったな。)
「助かったよ。メア。」
「んにゃ~?タツキ?気がついたかにゃ?」
あくびをしながらメアが目を覚ます。
「安心してにゃ~。簡易的な睡眠結界を張っておいたにゃ。この辺りは安全地帯にゃよ。」
「そうだっか。何から何までありがとうな、メア。それと俺の傷を治してくれたのか?」
「んにゃ!回復魔法とは違うにゃけど、応急処置にはなるにゃ。」
対象者に強制的に夢を見せ、強い思い込みを引き起こさせ実体に現象を引き起こさせる。あくまでも自然治癒を増幅させる程度である。樹生の場合、頭蓋に少しヒビがはいっていたが今はたんこぶで落ち着いている。
「無理だけはしないでにゃ。完璧になおってるわけではにゃいからね。」
「だよね......違和感がまだあるからね。」
頭への衝撃は軽微だとしても、警戒した方がいい。後遺症も残ってしまうかもしれないからな。
「ホワイトマーケット…」
ホワイトマーケットから薬の欄を開く。そこには多種多様な医薬品、医療品、果ては禁忌の薬物まで......
「いやいや、これは駄目だろう......えっととりあえず頭痛薬を......うん?なんだこれ?」
そこには聞いたこともない薬品が置いてあった。
「特効薬?いったい何の...」
ホワイトマーケット限定商品!ありとあらゆる、傷、病気を治せます。ただし乱用はいけません。
「特効薬…...止めておこう。傷は完璧に治るかもしれないけど」
「にゃにゃ...これがタツキのスキルかにゃ?」
ひょっこりとメアが覗いてくる。
「凄い種類にゃ。薬には詳しくないけど...タツキは歩く倉庫だにゃ。」
「歩く倉庫か......ははは!確かにそうだね。食べ物も飲み物も、薬に家具、果てには重火器に家まで持てるからね。改めて考えるとチートも良いところだね。」
「にゃにゃ?チートって何にゃ?」
「やべぇってことだよ。」
「やべぇって事にゃね!」
ポチポチと商品を購入。
「あまり薬に頼りすぎるなにゃ。僕の側にいるにゃよ。」
メアは頭痛薬を飲む樹生に寄りゴロゴロと喉を鳴らしていた。
(猫のゴロゴロには癒しがあると言うが......正直これはその範疇を越えているな。)
「......ありがとうな。メア。お前が居てくれて本当に良かったよ。さてと......」
樹生はこれからを考える。1度拠点に帰るか…それとも強行突破するか…
「うーん......悩むな......」
目を瞑り顔をあげ、木に寄りかかる。......幸運だった。
「はっ?なっ......」
顔面すれすれを何かが通りすぎた。それは......
「くそっ!またかよ!」
「にゃにゃ!?タツキ!!どうしたにゃ!?」
小脇に抱えられたメアが驚き声を上げるが樹生にそんな余裕は無かった。
ヒュンヒュンと後ろから風切り音が聞こえる。トス、トスと樹生の足元や周辺の木に矢が刺さる。先程から樹生達は何者かに狙撃されていた。
「タツキ!逆にゃ!そっちは拠点じゃないにゃ!」
「分かってる!!」
樹生は次の扉があった場所に走り出していた。正面からはゴブリンの群れが壁を作っており数にして100を越えていた。
「ギャギャギャ!!」
「ギャッギャッ!」
武器を振り上げ、ゴブリン達は喜んでいた。
作戦が成功した!!
使えない雑魚でも利用できる!!
さぁ殺して奪え!!
男なら食らってやる!!
......とか考えてるんだろうな。
樹生はゴブリン達を睨み付けながらもその足を止めなかった。
「タ、タツキ!!引き返すにゃ!!」
「だ、大丈夫だ!俺を信じてくれ!」
樹生はあるサーベルを引き抜く。中央にはめられた宝石が光に反射し輝く。
(頼むぞ...幻刀レオガー!!)
「うぉぉぉぉぉ!!どけどけどけ!!」
「ギィギィ!!」
「ギィィ!!」
無造作に剣を振り回すだけの樹生。なのにも関わらず、ゴブリン達は樹生から距離を取っていた。いったい何が......
(予想通りだ!!後は...)
「これでも食らってろ!!」
樹生はピンを抜き、それをゴブリンの群れに投げつけた。瞬間目映い光がゴブリン達を襲った。
「よし!このまま...」
「シャァァァァア!!」
安堵したのもつかの間、横からジャイアントスネークが突っ込んできた。
「任せるにゃ!スリープ!」
メアが魔術を唱えると、ジャイアントスネークが昏倒する。
「走るにゃ樹生!」
「あ、ああ!!行くよ!」
腰が抜けそうになりながらも気合いで踏ん張り、駆け出す。後ろからはゴブリンの声が聞こえてくる。
「はぁはぁ…はぁはぁ…」
「タツキ!!もう少しにゃ!もう少しで...」
ついに扉のすぐ側まで来た樹生達…そんな彼らを向かえたのは…
「ガァァァァァァァ!!」
「T、Tレックス...」
「地竜にゃ......」
「グルルルル......」
今まさに巨大なゴリラを食べようとしていたのだろう。
限界まで開いていたアギトを閉じると、樹生達に咆哮を浴びせた。
「タ、タツキ...どうするにゃ?」
「.........メア。あのゴリラ野郎にとどめを指してくれ。」
「な、何行ってるにゃ!!アイツはどうするにゃ!?魔術を使ってる間にパクリにゃ!」
メアが叫んでいる間に地竜はずんずんと近づいてくる。その口からダラダラと唾液を流しながら…。奴にとってはメアと樹生はコース料理の前菜に過ぎない。メインを食べるための一口目...。その程度にしか考えてないだろう。
「メア、行ってくれ。俺が囮になる!!」
タツキはそう言いレオガーを構えながら走り出す。
「ガァァァァァァァ!!」
いきなり走り出した、樹生を地竜は追いかける。
「タ......つっ...任せるにゃ!」
メアはゴリラに走りよる。樹生が食われるのが先か、樹生の作戦が成功するのが先か...。どちらにせよ、樹生は一歩前に踏み出したのだ。これが彼にとって大きな一歩になればいいのだが...
「う、嘘でしょう!?あの男死ぬわよ!」
「ふふ、やっぱり私の目に狂いは無かったわ。」
「お、お嬢様流石に不味いです!ここで彼に死なれたら…」
「大丈夫よ、サロメ。あの男なら乗り越えるわ。」




