80. 地獄からの脱出
「ぷっ......ウェンディ失敗してる。」
「笑いごとじゃないですよ、お嬢様。あの人間めちゃくちゃ弱いですよ?間違いなくレッドスライムにも勝てませんよ?」
「大丈夫、そのためのナイトメアキャットだし。」
「...............はぁ。」
「えっと......あれ?」
「んにゃ?なんでまだいるにゃ?」
樹生とナイトメアキャットは暫く見つめあっていた。時間にして数十秒......
「あ、あれ?キシー!!どこ行ったの!?」
腰に手を当てるがキシーの姿がない。まさか......
「キシーだけ......転送されたのか?」
ガクガクと震えが止まらない。いつぞやのファフニールを思い出す。フウナさん達とはぐれてしまいたった1人でダンジョンに放り込まれた時の事を。
「ど、どうすれば......」
頭を抱えどんどん顔が青くなっていた。もはや女神に文句を言える余裕すら無くなっていた。
(ここまでなのか?皆と会えてもっと色んな物を見て回るって......決めたばかりなのに。もう俺は...)
テシッ
「何うずくまってるにゃ?どうせ出口は一緒にゃ。」
「な、ナイトメアキャット?」
「僕は物理的な戦闘能力はにゃいけど、無力化なら得意にゃ!だから......そんな顔しないでにゃ。」
「......ありがとう。」
樹生は立ち上がりグーっと伸びをする。
「よし!ナイトメアキャット......は長いな。う~ん......」
悩む樹生をジーッと見つめる。期待と興奮が押さえきれず尻尾がユラユラと動く。
「メア何てどうだ?」
「メアかにゃ?安直だけどいい感じだにゃ!」
ユラユラと揺れる尻尾はメアの感情をよく表していた。
「今さらだけどメアって......」
「性別かにゃ?無いにゃよ。僕は僕だにゃ。」
そうか......言われてみればアーサーも雌雄はわからないな。フウナさんとクウとシルエルはわかるんだけど...
「この世界は魔法が満たしてる世界にゃ。不思議なことなんて星の数以上にあるにゃよ。」
「それも、そうだな。とにかく…今は進もうか。」
「待つにゃ!ラグナログドラゴンはどうするにゃ?」
メアが言ってくるがそれなら問題はない。
「ふっふっふ......俺には保管庫があるからな!」
そう言いながら樹生がラグナログドラゴンに触れるとフッと消える。
「にゃにゃ?消えちゃったにゃ...」
クンクンと周りを嗅ぎながら、メアはラグナログドラゴンを探すが見つからない。
「ここにあるんだよ!」
ヌッ!とラグナログドラゴンをだす。ニヤニヤ笑いながらメアを見ると固まっていた。
「大丈夫?」
「..................パタ」
白目を向きながら倒れてしまった。
「メア?メアさーん.....」
どうやら驚き過ぎて失神してしまったらしい。
「やり過ぎたか......後で謝らないとな。うん?」
遠くからドドドッと地鳴りが聞こえる。その揺れは少しずつ大きくなり明らかにこちらに近づいていた。
「ま、まさか.........」
樹生はメアを抱き抱え恐る恐る振り返ると…
「「「「「「「「「グガァァァァァ」」」」」」」」」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
後ろを振り返りまダッシュで上階へ続く扉の明かりへ飛び込んだ。鬼が出るか蛇が出るか、行き着く先は天国か地獄か......
一方フウナさん達は
「キシー......どう言うことか説明してちょうだい!」
「そうです!いきなりタツキさんが消えて...彼はどこにいるんですか!?」
戻ってくるや否やフウナさん達に囲まれガン詰めされていた。普段から高圧的な態度のキシーだが今回ばかりは焦ってたじたじになっていた。
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい!!私だって...混乱してて...」
カチャカチャと落ち着き無く震えるキシーからは普段の余裕は消えていた......余裕が無いのはキシーだけではないだろう。
「タツキ......何処に行ったの?やっぱり私がずっと側にいなきゃ...」
シルエルは据わった目でぶつぶつと言っていた。
「おにいちゃん…おにいちゃん…」
クウも地面をテシテシと叩きながらぶつぶつと言っていた。地面は徐々にヒビ割れていた。
「マスター......何処に行ったのですか!?」
冷や汗を流しながら必死に樹生を探すが全く見つからず、焦るアーサー。
最強の魔獣達すらあわてふためいていた。そんな中リーシェルさんは冷静にキシーに状況を確認していた。
「聖剣様、どうか落ち着いて下さい。樹生君はどう言った状況なのですか?」
落ち着いた様子でキシーに聞く。
「......ふぅ、ごめんなさい。私としたことが...。」
キシーは落ち着きを取り戻すと状況の説明を始めた。
「まず、マスターは無事よ。⁸それにナイトメアキャット......味方ね、もついているから命の危機ではないはずよ。」
キシーの話を聞き焦っていたアーサーも納得していた。アーサーの感知は樹生の命に危機が迫った時に発生するものである。だからこそ…不安だったのだが。
「......なるほど、しかし今ナイトメアキャットと言いましたか?」
アーサーからの質問にキシーは答える。
「ええ、アレほどの広範囲睡眠魔法が使えるのはナイトメアキャット以外あり得ないわ。本来なら人間なんて格好の餌食の筈だけど......妙に臆病だったのよねアイツ。」
「そう......信用できるのね?」
フウナさんの言葉にキシーは大丈夫よと答える。一旦はギスギスした空気感は無くなった。ここからは作戦会議である。
「それで、これからどうしますか?」
ルビアが切り出し、そこから各々が提案していく。問題は樹生が何処にいるかわからない、ナイトメアキャットは本当に味方なのか、どのようにタツキの元へ向かうのか......等々様々な議論がなされた。そして日も落ちたころ......
「まさかエンシェントウルフが焦っている所を見れるとは思いませんでしたよ。」
「あなた......私だって生き物よ。焦る事もあるわ。」
ゴウゴウと荒れる外を眺めるフウナさんにリーシェルさんが話しかける。
「眠らなくてよいのですか?」
「貴方ならわかるでしょう?眠れないのよ...」
暫くの無言。後ろからは複数の寝息が聞こえる。
「嵐はじきに収まりますね。それまでにはタツキ君を助けなければなりませんね。」
「そうね......」
やはりフウナさんにいつものような元気は無かった。
「......私は確信してますよ。ぼろぼろになりながらも、笑いながらご飯を作ってくれるタツキ君が。だから、フウナ様も彼を信じましょう?もしかしたら...とんでもないお土産を持ってきてくれるかもしれませんね。」
「.........なぜ、あなたはタツキをそこまで持ち上げるのかしら?」
「愚問ですよ、フウナ様。 女の勘です♪」
リーシェルさんの言葉にフウナさんは目を丸くしたかと思うとクスクス笑う。
「確かに…そうね。」
(タツキ...必ず帰ってくるのよ。)
未だ嵐は止まずとも、いずれは晴天が拝めるだろう。フウナさんは樹生の無事を信じ、嵐が収まり次第カンドラへ向かう決心をしたのだった。
「.........タツキさん」
「ルビアちゃん、気にしすぎもよくないわよ」
「シルエル様......わたし...わたしっ!...ぐすっ...」
「もう......大丈夫よ。アイツはファフニールからも逃げきったんだから笑......信じてるわよ。」




