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序章 薬草採り

ワイルドウインド14作目!開幕です

楽しんでいただけたなら幸いです

 葡萄色のフード付きマントを羽織った女性が、浅い森を歩いていた。

太陽の光が地面まで届き、そこかしこに、花や青々とした植物が生えている。かごを片腕にかけたその女性は、木の前にしゃがみ込むと、それらの草を物色し、中からギザギザした葉の草だけを選んで摘み取った。

天気も良く、暖かい陽気だったが、女性のマントは踝まであった。さらに足を進めると、突如、女性の行く先から鹿やリス、サルなどの動物が走り去っていった。何かから逃れるようなそんな慌ただしさだった。

女性が空を見上げる。日の光に晒された、切れ長のサファイアブルーの瞳がその姿を捉えた。

青空を黒く切り取る、巨大なサソリ。光をすべて吸収しているかのような黒さだった。目があるのか、サソリは、女性を見下ろした。突き出してきたはさみに、目の前の木がへし折られ抜き去られる。女性は、スクッと立ったまま、サソリを見上げていた。

「リャリス!」

風が吹く。マントの裾とフードを攫うほどの強風だった。フードが外れ女性の顔が露わになる。その顔は、フードで隠すことが勿体ないほどの、知的で、隙のない切れ長の瞳の美人だった。ズシンッと地を揺るがし、名を呼ぶ声と共にサソリは地に伏していた。サソリの黒い背を、金色に光り輝くようなオウギワシの翼を生やした男性が踏みつけている。彼の顔は、一瞬女性と見まごうほどの柔らかで中性的な面立ちだった。三つ編みハーフアップに結った金色の長い髪が、余計に女性と間違えさせる。華奢な体躯で、とてもこの大きなサソリを1人で倒せるようには見えなかった。だが、これを素手で倒したのは彼だ。それを彼女は知っていた。

「インジュ、退いてくださいまし!」

リャリスと呼ばれた女性が、鋭く片手を振るっていた。サソリの上、上空に日の光を集めたような白い線で、魔方陣が描かれていた。インジュがサソリの背から飛び退くのとほぼ同時に、魔方陣から太い光の槍が降り注いでいた。

「大丈夫ですかぁ?リャリス」

スタッとリャリスの前に舞い降りてきたインジュは、白に青と緑の混じり合う不思議な色の瞳を、心配そうに向けてきた。リャリスはというと、インジュを通り越して、空を見ていた。

「……ラス……」

「はい?」

青い空に、金色の翼を持つ人物がもう1人いたが、サソリが黒い靄となって消え去るのを見届けると、踵を返して行ってしまった。

「なんでもありませんわ。インジュ、1人ですの?」

リャリスは、やっとインジュに視線を向けた。

「え?あ、はい。ちょっと近くまで来てたんです」

嘘だな。と、リャリスは思った。なぜなら彼は、命を奪えない。世界の刃として、世界に仇なすモノを狩る役目を負った風の精霊だが、魔物の命とはいえ、彼は決して殺さないのだ。それは、彼の暮らす、風の城の為だった。命を奪えば降りかかる、血の呪いを浄化する固有魔法のため、インジュは命を奪えない戒めをかけているのだ。

故に、彼が魔物狩りに出るときは、相棒の旋律の精霊・ラスという風の精霊と組んでいる。上空にいた、金色のハヤブサの翼を持つ彼だ。彼が舞い降りてこなかったということは、インジュは1人だったのだ。

そしてここは、大地の領域。大地に属する精霊達の暮らす土地だ。大地の精霊と風の精霊は反属性の関係にあり、大地の領域では風の精霊は力を削がれ、風の領域では大地の精霊は力を削がれてしまう。そして、風の領域と接していない。ようは、用もないのにこない場所のはずだ。

大方、大型の魔物の出現を察知したその場に、インジュもいて、近くに私が出掛けていることに気がついて、助けに来てくれたのだろう。助けなどいらないことを、知っているのに、来てくれたのだと、リャリスは思うことにした。

 彼と2人きり。こんなこと、なかなかない。リャリスは、思い切って誘ってみることにした。普段、彼のそばにはお邪魔虫がいて、城ではほぼ2人きりになどなれないのだ。

「インジュ、少しつきあいませんこと?」

「え?で、でも、ボクじゃ役に立ちませんよぉ?」

フフと妖艶に微笑む彼女の両頬で、不自然に曲がった髪の束が動いた。サファイアブルーのそれは、髪の束ではなく2匹の蛇だった。見れば、彼女の首の一部にも、サファイアブルーの鱗が生えていた。

「また襲われるかもしれませんわよ?よろしくって」

「わかりましたよぉ。護衛しますよ、殺せないボクが!」

これは、拗ねていますの?と、リャリスは薄ら思った。そして、なぜ?と思った。彼は殺せなくても十分強い。現に、あの大型の魔物を一撃で地に伏した。あの一瞬で、縄状にした風で大地と繋ぎ、しばらく動けないようにしたのだ。リャリスは確かに、武器を手に取り勇猛果敢に戦う事はできないが、魔方陣魔法はかなりの腕だ。その魔法は強力だが、発動に僅かに時間がかかる。1人でも何とかなったが、インジュが来てくれて助かった。

「あら、きちんと動きを止めてくれさえすれば、あとは私がやりますわよ?」

リャリスはフードを直そうとして、そしてやめた。インジュに隠す必要はないのだ。なぜなら、彼とは同じ風の城に住む家族なのだから。

嘘などつかずに、君を守りに来たと言えばいいのに。そう思って、彼はそんなキャラではないし、そんなことを言われるキャラでもないですわねと、リャリスは1人小さく笑った。

 煌帝・インジュ。

世界の刃として、世界を守るため戦い続けることを運命づけられた精霊・風の王率いる風の城の中核、風四天王の補佐官という地位にいる。

精霊の至宝・原初の風の精霊だ。原初の風は、受精させる力の結晶体で、死と反属性の産むを司っている。しかし、自身は不能で、恋愛感情がないらしい。らしいというのは、リャリスの前任の精霊、2代目智の精霊と両思いだったからだ。

リャリスは、2代目智の精霊の生まれ変わりだ。純血二世といって、リャリスは精霊を両親に持つ稀な精霊だ。2代目は、父に作られ、父を救うため命を賭け、魂を母の腹に宿らせて、そして3代目となるリャリスが産まれたのだ。

リャリスという名も、彼女由来のモノだが、今のリャリスに2代目の記憶はない。それを知っているのは、智の精霊の性ともいうべきか、好奇心の成せる技だった。

魂が同じ。だからだろうか。リャリスも、子供の頃からインジュが好きだった。純血二世は、12年で一人前の精霊となるが、インジュへの想いは、大人になった今も変わらない。

過去に何があったにしろ、今を生きているのは私なのだから!と、成人したら風の城を居と定めるという宣言通りに、おじさまと慕う風の王・リティルの居城へ誕生日を迎えたその日に向かった。

そこで、初恋は砕かれてしまった。

リャリスは、両親と兄弟達と共に、太陽王夫妻の城・太陽の城に住んでいるのだが、風の王と懇意であるため、両城を繋ぐゲートという、離れた場所を瞬時に移動できる力を、鏡に固定していた。太陽の城の玉座の間と、風の城の応接間を繋ぐゲートを通り、出た先で、リャリスは見てはいけないモノを見てしまったのだ。

上半身ほぼ裸のインジュの上に跨がる女性の姿を。

後に、怪我をしたインジュの治療をしていただけだったことが判明したが、妖艶、知的、大人っぽい容姿に反して純情だったリャリスの心に衝撃を与えるには、十分だった。

 だが、やはりインジュが好きだなと思う。

「リャリス、少し話しませんかぁ?」

「なんですの?」

リャリスは、薬草を集める為にこの大地の領域へ来た。目的を果たすため、リャリスは薬草採りを再開していた。それを、インジュは手伝えない。植物の微妙な違いがわからないのだ。それは仕方がない。彼は風の精霊なのだから、植物の知識が頭に入らなくても不思議はないのだ。

「ボクと、結婚しません?」

ぶちっ。思わず茎を押しつぶしてしまった。

「冗談にしては、笑えませんわね」

リャリスは、思わぬ言葉に動揺しながらも、インジュに背を向けたまま薬草を採るふりをして答えた。リャリスとインジュは、付き合っていない。告白もしてもされてもいない。風の城の応接間のソファーで、よく隣に座っているが、哀しいがインジュはまったくそんな素振りはない。

「ボク、リャリスの事、好きなんですよぉ」

うーん。この人どうしたんですの?インジュはいつも、風に遊ばれる花びらのようにつかみ所がなく、ねあかで、そばにいて心地いいが、こんなことを口にする人ではない。

「お父様に、何か言われまして?気にしなくていいのですのよ?父は昔から、あなたを私にと、あなたの心を無視していましたもの」

前世のリャリスと何か約束があったのかもしれないが、父である花の王・ジュールは、幼少期からそれとなくインジュのことを刷り込んできた。あの頃はまだ父の意図するところがわからず、刷り込まれるまま会ってもいないインジュを好きになって、そして隠していなかった。

リャリスが好きな分には構わない。だが、相手のいることだ。インジュもそうだとは限らない。それに、互いに心はないと言っているが、インジュとあの人が両思いでないとは限らない。あの人とインジュは、距離感が近く、そしてどう見ても仲がいいのだから。

「リャリスは、ボクのこと、嫌いですかぁ?」

「好きですわよ?」

どんな好意なのかはさておき、風の城の家族達は皆知っていることだ。

「じゃあ、承諾してくれたってことでいいんです?」

嬉しそうに聞こえるが、彼は相当な役者だ。純真で可愛い乙女のように、鵜呑みにすることはできなかった。そして、インジュと婚姻を結ばせようと画策している父のことも、気になっていた。

「インジュ、誰に弱みを握られたんですの?」

サラリと、長い真っ直ぐなサファイアブルーの髪を揺らし、リャリスはやっと振り向いた。

このしつこさ。言わずと知れた人に、きっと脅されていますわね?とリャリスは勘ぐった。

「2、3日寝込む呪いを、かけてさしあげましょうか?」

妖艶に微笑むその顔にすごみがあった。

「お父さん相手にそれやるつもりですかぁ!って違います。今回はジュールさんは関係ないですよぉ」

花の王・ジュールは元5代目風の王で、花の王の力を奪って転成した、賢魔王という異名を持つイシュラースの三賢者の筆頭だ。智の精霊であるというのに、リャリスはまだ父に勝てないでいる。

リャリスは誰とは言わなかったのに、そのジュールだと決めつけている時点で、自白しているのでは?とインジュの反応に思ってしまった。

「嘘おっしゃい。お父様は、ことあるごとに、あなたと魂を分け合えと言うのですわ。あなたの気も知らないで」

プイッとリャリスは顔を背けた。怒ってくれるリャリスに、インジュは苦笑した。

「知ってるんでしたっけ?”リャリス”のこと」

「知っていますわよ。私、智の精霊ですのよ?同じ魂、同じ名、同じ力の司では、哀しいばかりでしょう?」

フッと、リャリスは瞳を伏せた。

「ボク達が、初めて会ったときのこと、覚えてます?」

「覚えていますわよ!シェレラと、イチャついていらしたわよね!」

白昼堂々なんてこと!と思いましたわ!とリャリスはツンッとインジュに背を向けると、歩き始めてしまった。インジュはそれを小走りに追った。

「あはは……それ、再会ですよぉ?初めて会ったときです。産まれて、2年目でしたよねぇ?」

「忘れましたわ」

忘れるモノか!父の洗脳もあったが、リャリスはインジュに会いたかったのだ。2人目を身ごもった母が体調を崩し、急遽リャリスは懇意の風の城に預けられた。父に連れられて初めて訪れた風の城。リャリスはインジュを、初めから捜していた。

父に、煌帝・インジュの容姿を言って聞かされていたが、風の城に住まう精霊は持ち場をおいそれと離れられない者も含めて、総勢17人が暮らす大所帯な城だ。その中で、応接間に来られる男性の風の精霊は、5人。髪の短い人を除いて2人。風の王・リティルの隣にいた、男性よりな中性的な容姿の、とても格好いいこの人は違うなと思った。後に、その人は風の王の副官、雷帝・インファという精霊で、インジュの父だとわかった。

目当てのインジュは、幼く背の低かったリャリスの目には映らなかった。

インジュはどこ?リティルと話す父の手を逃れ、リャリスは人垣をすり抜けてインジュを捜した。そして、見つけた。インジュは皆の1番後ろにいたのだった。

キラキラ輝く金色の長い髪、目の前に現れたリャリスを映した、白に青と緑の溶け合ったような不思議な色の瞳、柔らかな優しい中性的なその顔。一目でインジュだとわかった。

「ボクの前に立ったリャリスを見た時、会いに来たって、そう言われた気がしましたよぉ。接したリャリスはお転婆で、ボクの知ってるリャリスとは似ても似つかなくて、魂が引き合わせてくれたリャリスは、名前が同じの別人でした。あの時は悩みましたけど、今は、リャリスしか見てませんよぉ?」

リャリスは、立ち止まったが振り向かなかった。

「私は……あなたの愛したリャリスではなくってよ?」

「重ねてませんよぉ?重ねてたらさすがに、口説けませんよぉ」

完全に重ねていないか?と問われると、それはない。2人は似てるなと思うところもあるからだ。それは、仕方がないと言える。彼女が言うように、同じ至宝を媒介にしているということもあるが、何より両親が同じなのだ。2人のリャリスは姉妹なのだから。

「無理に、返事はいいです。これ、壊さないでくれればいいですから」

インジュの綺麗な手が後ろから伸び、リャリスの肩にいる2匹の蛇に触れた。蛇は互いを見合わせ、細い舌をチロリと出した。蛇の首に、可愛らしいチョーカーが巻かれていた。小さく控えめで、四つ葉のクローバーの飾りがついている。マジマジと見なければ気がつかないだろう。

精霊の婚姻の証。霊力で作ったアクセサリーを贈り合うことで成立する。片方が贈られた場合は、返事待ちだ。贈られた方は、壊すか受け入れてアクセサリーを贈るか選ぶことになる。

「ボクは不能です。霊力の交換はできません。無理に、婚姻結ぶこともないんです」

「なら、なぜですの?」

リャリスはやっと振り向いた。

「決まってますよぉ。逃がさないためです。リャリス、日が暮れる前に帰りましょう?ボク、ちょっとあからさまに出てきちゃったんで、帰ったら、冷やかされちゃいますねぇ」

これはちょっと恥ずかしいと、インジュは笑うと、帰りましょう?と踵を返した。そんな彼に、数歩送れてついて行きながら、リャリスは消え入りそうな声で呟いた。

「インジュ……これ以上、惚れさせないでくださいまし」

笑うあなたは知らない。智の精霊の恐ろしさを。

この身が、蛇である理由。妖艶である理由。本性を知れば、綺麗なあなたはきっと私を持て余す。先代が気後れしてしまったのは、姿がもっと蛇に近かったからではない。自分の心を恐れたのだと、リャリスは理解していた。

知識を与える代わりに、相手を貪り喰らう淫乱な蛇。そんな本性を、好きな人に知られたくない。

 リャリスの先を行きながら、インジュは気づかれないように、小さく困ったように笑うと空を見上げた。

――聞こえてますよぉ?オウギワシは、耳、いいんですからねぇ

今、拒むリャリスにできることは、これ以上ない。いや、リャリスが受け入れてくれても、インジュには、これ以上何もできることはなかった。


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