元令嬢は今日も下町でポーションをつくる
「ミーシャ、今日のポーションも最高だよ!」
「えへへ、ヒースのために頑張っちゃった」
夕暮れ時、王都のとある冒険者ギルドの暗い倉庫の中。私は恋人のヒースに抱きつく。
周囲には誰もいない。ここは幸せに満たされた二人の世界だった。
私はミーシャ。十五歳。
元冒険者で、いまは冒険者ギルドで販売するポーションをつくっている錬金術師。未登録のいわゆるモグリの錬金術師。
本当は伯爵令嬢だったんだけれど、癒しの力を持つ家系に生まれたのにまったく力がなかったので、一族の恥だと存在を消されそうになって。
家の名を名乗らないで暮らすのなら命だけは助けてやると言われたので、十二歳からいままで、天涯孤独のミーシャとして生きてきた。
お嬢様だったころの面影なんて、もうまったくない。
本当、よく無事に生きてこられたなと思う。
私は運がよかった。
そして癒しの力はなかったけれど、何故か錬金術の才能はあったようで、冒険中に集めた材料と偶然手に入ったレシピで見様見真似でポーションをつくってみたら、それがなんと大成功。
しばらくは自分用のポーションを作って自分で使って冒険をしていたんだけれど、それがとっても効果が高いことをギルド職員のヒースが気づいてくれた。
これが運命の分岐点。
ポーションをヒースが買い取ってくれることになって、ギルドがそれを販売すると、いままでのポーションより安くて効果があるということで大好評!
それをきっかけにヒースと恋人になれたし、結婚の約束もしたし、危険な冒険をすることもないし、もう人生最高! 絶好調! 私って天才!
とっても幸せな日々を過ごしている。それもこれもヒースのおかげ。
「だいぶお金溜まったよね? もうすぐ結婚できるよね? 嬉しい……」
「ああ、もうすぐだ。だからもう少し頑張ってくれ。俺たちの未来のために」
「うん!」
家族に捨てられた私は、自分の家族が欲しくて欲しくて仕方がない。
その夢はもうすぐ叶うんだ!
そのためになら、ヒースのためになら、なんだってするんだから!
##
最高に幸せな気分で王都の下町を歩いて家に帰る。
足取りはもうふわふわ。浮いているんじゃないかってくらい。
もうすぐ私の小さな家に到着するというところで、家の近くにすごくミステリアスな雰囲気の、きれいな男の人が立っていることに気づいた。
「こんばんは、お嬢さん」
微笑みかけられてドキッとする。
私にはヒースがいるのに、なんてことだろう。あまりにも美形すぎるのが悪い。こんなの目の毒。
男の人はにこやかに笑ったまま、薄青色の液体が入った小瓶を取り出した。
「こちらのポーションを作ったのは君だね」
「ひえっ!? わわわ私じゃありません!」
びっくりして思わず否定してしまう。
……いや、私がつくったものなんだけど。なんだかこの男の人の目が怖くて。
否定してしまったのはまずいかなと思ったけれど、ポーションなんて誰がつくっても同じだしわかるわけがない。
「隠さなくていい。ポーションが帯びる導力の残滓でわかるんだ」
なにそれ。
そんな理由信じられるわけがない。でも、そのポーションをつくったのは間違いなく自分。私が一番よく知っている。
何も言えなくて目を逸らして固まっている私の前で、男の人は話を続ける。
「僕はヘルメス。国家錬金術師のひとりだ」
――国家錬金術師!
やばいやばいまずい。まずい!
「と、とりあえず立ち話もあれですし、中にどうぞ!」
「いやここで大丈夫。ところでこれは、国家錬金術師が登録しているレシピだよね」
「中にどうぞ!」
強引に家の中に押し込む。
誰かに聞かれたらたまったものじゃない。
この家は私の小さなお城。でもヘルメス様は家の中の様子にはまったく興味なさそうだった。
「それじゃあ話の続きだ。この国家錬金術師が登録しているレシピ、利用許可は取っているのかな?」
「えっと……」
もちろん許可なんて取っているはずがない。
だってそんなことしたらレシピ使用料払わないといけないって言うし?
そもそも許可の取り方なんて知らないし!
けれどそんなことを国家権力相手に言えるはずもなく。
私はがばっと頭を下げた。髪が床につくぐらい深く深く。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「いやいや、怒ってないよ。実はレシピ登録者ももう申請は取り下げているしね」
「えっ?」
間の抜けた声を出して顔を上げる。
どういうこと?
「だからといって権利フリーなわけでもない。このレシピは少々欠陥があるんだよ。安定性が低いんだ。だから、次からはこれで作ってくれるかな」
ぴらり、と材料と製法が書かれたレシピを渡される。
どういうこと?
「こちらはまだ登録していないし、登録するつもりもないそうだから、利用料は払わなくていい。本人はこれでまだ満足していないそうだから、登録はできないって。でもいまのものよりは効果が高いし安定しているよ」
全然わけがわからなかったけれど、とりあえずお咎め無しで新しいレシピゲット……ってコト?
「本当にいいんですか?」
「ああ。レシピ作成者も、儲けることより人が助かる方が大切だと思っているタイプでね。このポーションで冒険者たちを助けてくれるとこちらも助かる。素材を取ってきてもらわないと僕たちも何もできないわけだし」
なんてことだろう。錬金術師が冒険者の身体のことを考えてるなんて。下請けとしか思っていないと思ってたのに。
「ただ、約束してくれ。以前のレシピはもう使わないと」
「はい、約束します!」
レシピを握りしめ大きく頷く。
やっぱり私超幸運! 最強! 人生最高絶好調!
「ところで、君は独学でやっているのかな?」
「はい!」
「いやはや大したものだ。興味があったら錬金術師試験を受けてみるといい」
「嫌です」
ヒースは私が正規の錬金術師になるのを嫌がっているもの。錬金術師って少し嫌われている職業なのよね。拝金主義とか怪しいとかで。結婚できなくなっちゃう。そんなの嫌。
……まあ、ちょっとはまともな錬金術師もいるみたいだけど?
「それは残念だ」
ヘルメス様が本当に残念そうな顔をする。
才能のある素敵な人にそんなに残念がられると、国家錬金術師を目指すのもいいかなと思っちゃう。まずは認定錬金術師からだけど。
いやいや、だめ。だめよミーシャ。高望みはダメ! つつましやかに暮らすのよ!
「最後に。自分の作ったものには責任を持ってくれたまえ。粗悪品をつくって流通させれば容赦しない」
「はい! 約束します!」
「ところで君のお名前は?」
「はい! ミーシャです!」
##
「うーん、このレシピ、見れば見るほどすごいわ」
これでもまだ満足できないなんて、どんな凝り性なのかしら。
国家錬金術師ってやっぱりすごい。ヘルメス様は自分のつくったレシピではないって言っていたけれど、そんなの謙遜よね。
うん、決めた。私はこのレシピのポーションを広めることにする。
「ヒース、私、ポーションのレシピを変えたいの。少し原価が上がるけど、効果が上がるんですって」
「必要ないよ。いまのままで十分好評なんだし」
家に来たヒースに相談するとあっさりと却下される。
「でも……」
「少し効果が上がっても誰も気づかないさ。それに価格が上がれば守銭奴扱いされてしまうよ」
このレシピでポーションをつくるという決意はあっさりと却下される。
「俺たちの未来のためなんだ。わかってくれ、ミーシャ」
ヒースはそう言って帰っていく。
未来の話を持ち出されると、私は何も言えなくなってしまう。
私の夢は自分の家族を持つことだもの。
ヒースに嫌われたくない。
でも本当にこのままでいいんだろうか……
もやもやした気分のままでポーションをつくれるわけもなく、もう一度ヒースと話をしようと思い私は冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドは大変な騒ぎになっていた。
冒険者が大挙して押し寄せていて、「金返せ!」とか「粗悪品を売りやがって」とか「こんなポーションクソの役にも立たねぇ」とか叫んでいる。
ギルド職員がそれを何とかなだめようとしているが、このままではいつ暴動が起こってもおかしくない。相手は血気盛んな冒険者だ。
ヒースもたじたじで冒険者をなだめようとしていた。
が。
群衆の向こうの私に気づくと、怒った顔で私を見て力強く指してくる。
「ミーシャ、お前のせいだ!」
「えっ、ヒース?」
「こいつだ! こいつが粗悪品を納品したモグリの錬金術師だ!」
「そんなぁ! 私そんなの知らない!」
いつものようにいつものレシピで、ちゃんとポーションをつくった。粗悪品なんて絶対に渡してない!
そう言わないとならないのに、冒険者たちに睨まれると言葉が喉に詰まる。
なんで? どうしてこんなことに。
確かにこのレシピには欠陥があるってヘルメス様は言っていたけれど、いままで大丈夫だったものがどうしてそんないきなり。
『金返せ! 金返せ!』
大合唱で責められても私にはどうすることもできない。まずい。泣きそう。泣いてもどうにもならないのに。
「おやおや、これは大変な騒ぎだ」
さわやかな風が吹き、場の空気が一変する。
「ヘルメス様!」
ヘルメス様、私のことを捕まえに?
きっとそうだ。粗悪品を作れば容赦しないって言っていたもの。
「国家錬金術師のひとり、翠のヘルメスだ。失礼、そちらのポーションを見せてもらえるかな」
ヘルメス様は冒険者のひとりからポーションを受け取ると、悲しみと怒りに眉根を寄せた。
「ああこれは、水が混ぜられている。混ぜものをしてかさ増しして、品質も崩れてとんでもない粗悪品になってしまっているんだ」
……そんなの知らない……
いったい誰が……
「これは錬金術師の仕事ではない。素人の浅知恵だ」
私は自分のポーションに混ぜ物なんてしない。
考えられるのは、たったひとりしかいない。
私の大好きな人しか。
「さて、こちらは新進気鋭の国家錬金術師が開発した新しいポーション。いままでよりも安価で高性能、冒険者の方々の命を守るために開発されたものだ。本日は皆さんに無料サンプルをプレゼントしよう」
ヘルメス様が配ったポーションは、それはもう大好評だった。飲んだそばから怪我や毒が治って、古傷も治ったらしい。
しかもヘルメス様はサービスとして骨折などの大怪我も治した。すごいなんてものじゃない。
これってもしかして、実家の癒やしの力よりも凄いんじゃ?
「これよりは是非とも国家錬金術師印もご贔屓に!」
しっかり営業活動までして、詰めかけていた冒険者たちを満足顔で帰らせた。
錬金術師って、すごい。
これでもう怪しいポーションなんて誰も買わないだろうな。容赦しないってこういうことだったのね。
「さてさて、誰が水を混ぜたりしたのか。正直に名乗り上げてくれればいいが」
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犯人はあっさり見つかった。
やっぱりというか、それ以外にいないというか、ヒースだった。
どうしてそんなことをしたのかというと。
「もっと大金が必要だったんだ……彼女と結婚するために……」
「私と……?」
その一言で、私の中の何かが切れた。
「もう、信じられない! そんなもので誤魔化せるわけないでしょ。私を犯人にしようとしておいて!」
口実にするなんて最低! 最低だし最悪!
「もう知らない! 婚約なんて破棄よ破棄!」
「ヘルメス様!」
「やあ、お嬢さん」
追いかけてきた私に、ヘルメス様は振り返ってとろけるような甘い笑みをくれる。
やっぱり素敵。ってそうじゃなくて。
「助けてくださってありがとうございます」
「いやいや、結果的に錬金術師の評判が上がったのだから上々だよ」
なんて高潔な人なのだろう。
「私、国家錬金術師になります!」
「ほぉう。それは素晴らしい」
「どうか師匠と呼ばせてください!」
「うーむ……僕はどちらかというと薬の調合より人体修復の方が得意なんだけどねぇ……」
「私は師匠に導いてもらいたいんです!」
「――よし! その熱意は大歓迎だ!」
そうして私はヘルメス様に無事弟子入りし、錬金術を極めていけることになった。
その後聞こえてきた話では、ヒースがあんなことをしたのは、ギャンブルでつくった借金の返済のためだったとか、ギルドもクビになったとか、怖い人にどこかに連れて行かれたとか。
本当どうでもいい話!
もう、恋愛も実家も関係ない。結婚とかもどうでもいい。
私は錬金術師として大成して、自分の力で幸せになってみせます! 強くたくましく!
だって、そんな未来を考えるのが一番わくわくするんだもの。
誰かに幸せにしてもらうより、誰かを幸せにする。そんな未来が。