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いのちの詩(仮題)

内向的思考Ⅱ(愛について)

作者: 浮き雲

前に、同じ題名で詩を書いたときに、一緒に書いていたものです。推敲というほどではありませんが、少し手を加えて投稿しました。基本、内向する思考の赴くままに書き連ねたものです。



「愛している」や「恋しい」


そして「想っている」、「大切だ」などと言ってみても


「愛しているか」なんて、10年経ってもわかりはしない


愛していないことなら、簡単にわかるのに


僕たちの「愛」という概念は、なんと残酷だろう




わからないから、「いま」に縋りつく


わからないから、想い続ける


それは、終わりなき存在証明


だから、刹那であれば「愛」は存在し


僕たちが永遠を望むのなら、「愛」は時間に試されるしかない




「愛」の完結に「死」を望むのは


いつか訪れる「変心」が怖いからで


心変わりを恐れるほどには、愛しているということだ


では、心変わりするかもしれない程度(ほど)にしか


僕たちは、愛していないということなのか




「愛」を逃避というかたちで満たすことは


「いま」の想いを満たすことで


いまの代わりに、将来に築き上げるものを捨て去り


多くのつけを未来に残すことだ


先送りしたものを、ひとつずつ、僕たちは(ほど)いてゆけるのだろうか




絡まり合い、がんじがらめとなり


もがけばもがくほど、互いを傷つけ


結果として、「愛」は終わるかもしれない


それを、恐れるのなら、それで、踏み出せないのなら


僕たちの「愛」は、その程度のものなのだろうか




踏み出してはみたものの


やがて、「熱情」の影に隠れていた「日常」に蝕まれ


踏み出した時の「愛」を見失ってしまう


そんな、継続性のない感情だったのなら


僕たちのそれは、一時の「激情」なのだろうか




「愛しているか」なんて


やはり、10年過ぎたって解りはしない


判らないから、見失わないように大事にしたい


判らないから、きみを想っていたい


僕はどうしようもなく無力でも、変わることなく、ただ、想っていたい




「ほら、嘘ではなかったでしょう」


「ひとつだけ真実を贈ることができましたね」


最後まで伝えらない言葉は、次の世界で伝えられればいい


もしも、それが許されるのならば・・・


許される時までの間に、僕は、あと何年の時を費やすのだろう




「愛」という解き明かせない「謎」


「愛」という魅入られる「主題(テーマ)


「愛」の「存在証明」と「不在証明」


「愛」の「嘘」と「真実」


ああ、なんと無駄で、なんと素敵な内向的思考なのだろう






結果でしか証明ができないものは、案外、たくさんあるように思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんだか、とても共感できるような内容でした。 若いころは、想いが変質する、ということをとても恐れていたような気がします。 こちら拝読したあと、なんとなく書いてみたもの。必ずしも方向は同じ、…
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