出ていくのも『優しさ』ですから
幼馴染みで婚約者のヒューイとの結婚式は二週間後に迫っていた。
ヒューイに対しては幼馴染みとしての親しさとか弟に対するような気持ちくらいしかないけど、ヒューイの家との繋がりを考えたら結婚することも仕方ないことだと分かっていた。
祖父の代に築かれた職人から商品を買い付けて販売するだけの家業はそれなりに成功していた。
そこに男爵家のヒューイが婿入りする予定だった。
ぶっちゃけヒューイはバカだし何もしてくれないし、結婚式の準備もほとんど自分でやらなければならなかったことでヒューイに対する気持ちはけっこう冷めていたんだけど。
そんな時に、やらかしてくれた。
ヒューイが妹のジュリナを妊娠させたことが発覚した。
婚約者の妹と浮気ですか、そうですか、ほーう。
そして信じられないことにその事実を知って、両親がふざけた判断をしてきた。
結婚するはずだった相手を私から妹に代える。
もともとヒューイは婿入り予定だったので、姉が妹に代わろうがヒューイの家との繋がりは持てるので我が家としては問題ない。貴族との繋がり持てるのは魅力的ですものね!
ウエディングドレスも、私とジュリナはそれほど体格差もないのでそのまま使える。
子供が出来たから仕方ない。
次代の命が芽生えたことは喜ばしいことなのだから、祝福してあげよう。
あ、皆がこのことを祝福していることにしたいから結婚式は必ず出席してね!
と初孫に頭お花畑になった両親は悪びれもなく言ってきたのだ。
ふっっっっっざけんなーーーーーー!!!!!
もちろん私は怒り狂いましたとも。
新居に届いていた新品の家具などを全力火魔法で燃やしながら私は怒りを爆発させた。
フウ。久し振りに全力魔法を使ったら大分スッキリしたわ。
やっぱり魔法は全力でぶっ放すに限るわ!
防護膜もせっかく覚えたのだからたまには使わないともったいないし、これからも時々やろうかしら?
学校の先生達は余力を残す使い方をしろと煩かったけど、普段の生活だと魔力の余力が残ってなくても困ることもないもの。
ヒューイに対しては既に気持ちはマイナス状態だったからもういいの。ホントに怒ってない。こともないけど、思ったより怒ってない。
妹も人の物がやたらと良く見えるという残念フィルターの持ち主だし、人を見る目の無い残念ちゃんだから、いい。あの残念な性格で後悔するのは妹だもの。
姉の私を切り捨てて、妹を優先した親に対しての怒りが収まらないの。
私は長女として家を支える為に学生時代から家業の手伝いもしていたし、既に仕事自体ほとんど両親から私に移行している。
ヒューイがアホだから当てには出来ないので私が家を支えるつもりで頑張ってきたのに。
妹は嫁に出てしまうからと甘やかされて育てられたので、もちろん家業の手伝いもしていない。
このままだと何も出来ないヒューイとジュリナが家業を継いでいく訳だけれど、大丈夫なの?
昔からの付き合いのある職人さんとのやり取りは難しいことはないけど、それでもやっぱり人と人だもの。何が相手に不快感を与えるのか考える頭が人並みにないと、大変なことになるのよ。
これだとヒューイとジュリナが人並みに達してない言い方みたいだけど、実際に達してないのだから仕方ないわ。
そこで私は気付いてしまった。
妹に婚約者を寝取られ、家も継げなくなったけれど、もしかして私を未婚のまま家業の仕事だけさせてこき使うつもりでは?
あり得る!
私の状況を考えると新しい結婚相手が見付からない可能性がある。
しかも私は家を継ぐ責任感から高等学校を出ているのよ。無駄に学力のある娘でケチが付いたとなったら結婚はほぼ見込めない。
父と母は優しいから結婚出来ない私を家に置いてくれるでしょう。
そして結婚出来ない代わりに家業の手伝いをする独身女の出来上がり。
実態は私に頼りきる家業状態。
こんなの嫁げない口煩い姉として意地悪女になるしかないじゃないの!いっつも機嫌が悪くてキツイ言い方しか出来ない糞ばばあになるの、私?
よし、逃げよう。
このまま労働力として苦労かけられる人生なんて冗談じゃない。糞ばばあにもなりたくない。
それに、今まで家の為に貢献してきた私に対する扱いに疑問が残り過ぎる。
新しい命を大切にしようという気持ちは分からないでもない。
でも、そこに婚約者には裏切られ、妹には婚約者を寝取られ、親には後継者としてあっさり捨てられて傷付いた私への考慮が一切無い。
私がいなくなったらどれだけ大変か。
分からせてあげることが私の『優しさ』よ。
子供が出来たからと私が私の為に用意した結婚式を乗っ取り、結婚式の準備の苦労も知らずに妊婦だからとのうのうと暮らすだろう妹が可哀想で仕方ない。
ウエディングドレスも、私に似合うデザインで作ったからタイプの違う妹が似合うとは限らないのに。
それに、今まで私が家のことも結婚式のことも全て自分でしてしまったから、自分は何もしなくてものうのうと暮らしていけるだろうと思っているヒューイも、これからの苦労を考えると早めに困難に立たせてあげるべきよね。
大丈夫、おバカさんだけど、直ぐにでも勉強を始めたらちょっとはましになるはずよ。
優秀な私という娘を持ったお陰で早々家業を引退して悠々自適な生活を送るつもりだった両親も、これから使い物になるか分からない妹夫婦を支える為に引退が先延ばしになるのだから、早めに次期後継者育成に臨めるように、私がいなくなる方がいいわよね。
だって私がいると色々手を出してきっと邪魔してしまうもの。
そうと決まったら早く準備をしなくちゃ!
実家の隣に建てた新居に移る予定だったから実家の私の部屋の片付けはもう終わっているから問題ないわ。
新居用に買った新しい家具は思いっきり燃やしてしまったし、これから妹が住むのだろうから新しい物を自分で買うわよね。
後は燃える物は全部燃やし尽くすとして。
あ、お金のことはきっちりしておかないと。
結婚式の資金で使った分は妹の結婚資金用に両親が貯めていた分から支払いがいくようにするとして、夫婦の財産になるはずだった分は慰謝料としてもらっていきましょう。
妹の結婚資金が余ったから新婚旅行を豪華にしようとかふざけたことを言っている会話が聞こえたけど、気のせいよね。
お金が足りなくなったら両親の老後資金から出してもらったらいいし、問題ないわ。
招待客のことは問題だわ。
家業や近所の人は問題ないけど、私の学生時代の友人達は私の結婚式に来るつもりなのだから、花嫁が私じゃなくて妹だったら驚いちゃうから手紙を出しておきましょう。
結婚式の準備はほとんど終わっていたけど、妹は自分の友人達にちゃんと招待状出したのかしら?ま、私が心配することでもないわね。
私は学生時代の特に親しかった友人達にはなんで結婚式を妹に乗っ取られたかの理由もちゃんと書いて出した。
だって、両親にも口止めされてないもの。
相手に恵まれなかった分、結婚式は理想を目指そうと色々こだわっていたのに、主役を取られてしまうなんて。
こんなことならもっと適当に準備してたら良かった。
友人達が喜びそうなネタを提供してしまったわ。
妹はいつもそうやって美味しいところばかり取っていく。
結婚準備の苦労を分からせてやりたかったわ。
本当に、本当に大変だったのよ?
ヒューイのことは結婚しなくて良くなってぶっちゃけ嬉しいくらいだけど、未だに謝罪の一つもなく私の前に現れもしないのよ、アイツ。
責任感無さ過ぎよ。顔を見たら倍に腫れるくらいまで張り倒したいくらいだわ。
そんな状態で家の家業を継ぐつもりなのかしら?
職人さん達は買い付け人なんて誰でもいいだろうけど、ヒューイの責任感の無さは問題だわ。
やっぱり私が現実の厳しさを教えてあげるべきなのね。
これから父親になるのだもの。私がいない現実で人生の厳しさを学ぶべきよ。
あんな人達の為に生まれた町を出てあげる私って『優しい』わよね。
さて、結婚式当日の私は本来妹がやるはずだった受付を担当することになった。
本来なら花嫁として祝福されるはずだった私が受付として出席者全員に晒されるという屈辱もこの後に家を出ることを考えて耐えてみせたわ。
両親は急に花嫁が入れ代わっても皆祝福してますよアピールをしたかったらしいけれども、もちろんそんなことに私が合わせてあげるつもりなんてない。
下を向いて悲しんでいるように見えるように演技しながら、動揺する出席者達を迎える私。
受けはばっちりね!
一緒に受付を担当した従姉妹が顔をひきつらせながら気まずそうにしてたけど、悪いことしちゃったわ。従姉妹は何も悪くないのに。
手紙を出した学生時代の友人達は半分くらい来てくれたわね。
来てくれた友人達は現状確認の為に来た、という感じで、きっとこれから家の醜聞が広がっていくに違いないわ。
家業にはそれ程影響ないとは思うけど、逆に冷やかし客が増えるかもしれないわね。忙しくなるわ。残される家族が。
特に親しかった三人は来てなかったけど、そこは予想通り。
あの三人は妹のことは好きじゃなかったもの。
結婚式は演出の幾つかが不発の微妙な感じになったけど、仕方ないじゃない?私が火魔法で盛り上げるつもりだったけど、私は花嫁じゃないし、家族の誰も花嫁の代わりに演出を担当しろなんて言ってこなかったもの。
ああ、残念。私が花嫁だったら寄せ集めた布で作った天幕を一気に燃やして一瞬で晴天!なんて華麗にしてみせたのに。
でも良かった、やらなくて。だって今日は曇り空だもの。
皆のお酒も回って来た頃、酔っ払ったヒューイが私に絡んできた。
おバカなヒューイは酔っ払って花嫁がジュリナに代わったことを忘れてしまったらしい。流石ヒューイ。予想通りよ。
ジュリナの方を見てみると、ジュリナは別の男に手を握られて頬を赤く染めていた。
その男は私の学生時代の友人の一人なんだけど、女癖の悪いことで有名な男で、女に貢がせることを生き甲斐とする腐った男よ。ジュリナは見事なカモにされそうになっているわね。ヒューイが私のところにいるのには気付いていなさそう。
ヒューイが私に馴れ馴れしく触れてきそうになったので、私は天幕の隅を上手に燃やして落下させた。こういう細かいことも出来るのよ!
皆に当たる前に燃やし尽くして、そちらに皆が注目している隙にヒューイの頬を往復ビンタで叩いてやった。
ちょっと大きな音が出ちゃったわ。頬が赤いけど、元々酔っ払っていたし、皆気付かないわよね。
何かに気付いたかもしれない近くにいた人達は知らぬ振りをしてくれた。
ヒューイはあちらの親戚の人にどこかに連れていかれたわ。もっとやってやればよかった。
結婚式が終わって直ぐに新婚旅行に行くのがこの国の豊かさの象徴。
新婚旅行が長ければ長いほど自分達は裕福なのだと見栄を張るところなので、商家としては大切なイベントなのである。
そして花嫁花婿の親も同行するのも風習。
妹の為の結婚資金が浮いたと勘違いして家族合同新婚旅行を一ヶ月も取った両親と妹と元婚約者ヒューイは意気揚々と旅立って行った。
ヒューイの親は男爵だからか行かなかったみたいだけど、普通はそうよね。
そして私の旅立ちも今日。
旅行に一緒に行くように見せかけて大きな鞄を持った私は誰にも止められることなく家を出ることに成功した。
仕事の移行書類もちゃんと準備してきたし、心残りはもうないわ。
本来なら妹も旅行に同行する予定だったのに、何故か私は残って仕事する予定にされていたのが謎ではあるけれど。
私がいるから一ヶ月の旅行に行けるわ、なんて言ってたけど、本当にふざけてんのかしら?
でも、もういいの。
お陰で私は結婚したくもない相手と結婚しなくて良くなって、長女だからという責任感で家業を継がなくて良くなったもの。
さようなら、皆。
私の『優しさ』を是非とも噛み締めてね?
晴れやかな気持ちで駅まで来た私は新しい人生の始まりに胸を躍らせていた。
これからどうしようかしら?
やっぱり冒険者?
学校の魔法の成績はあんまり良くなかったけど、宮廷魔術師になる訳ではなし、コントロールが苦手なくらいどうにかなるわよね。
汽車を待ちながら楽しい未来を想像していた私の前に、良く見知った三人の娘が現れた。
「あら、貴女もやっぱり来ていたのね」
やっぱり、って何よ。
三人共大きな鞄を持っている。
学校を出て以来あんまり会えていなかったけど、学校の授業ではパーティーを組むくらい仲が良かった私達はどうやら同じような目的でこの場に来たらしい。
「恋人が浮気してたの。捨てることにしたわ」
「また家の親の事業が失敗して、私を三十も上の男に嫁がせるつもりとか言うのよ!冗談じゃないわ」
「婚約者に隠し子がいたの。二人も!私に面倒見ろとか言うのよ、信じられる?」
「婚約者が妹を妊娠させて結婚式を乗っ取られたわ」
不幸自慢が始まったので私も一応言ってみた。手紙ではもう伝えてあったけどね。
っていうか、皆同じ日に家を出てきたのね。なんて仲が良いの私達。
「やっぱり冒険者かしら?」
「いいわね。私が全て凍らせてやるわ」
「魔物相手ならちょっとコントロール苦手でもどうにかなるわよね!」
「料理は任せて!美味しい魔物肉を狩りに行きましょ!」
これが後に女性パーティーとしてちょっと有名になる私達の結成理由である。
勝手にいなくなったからと心配する体でしつこく追い掛けられることになって、本当にうっとうしかった。
しかも四人の家族が結託して追い掛けてくるなんて思わなかった。
四人共しつこく家族に追い掛けられることになったけど、ちゃんと逃げ切ったことでも私達は有名になるのよね。
帰らないことも私の『優しさ』なの。
だってあそこには私の幸せがないじゃない?
私に対する『優しさ』がないところで私は生きていけないわ。
だからこの『優しさ』はあなた達が私に与えてくれたもののお返しなの。
親に対しても厳しく接せられる私って、『優しい』でしょ?
フフ。でも私が一番『優しく』したいのは『私』に対してなのよね。