リアル
8枚の白い翼を持ち、銀色の中世騎士のような鎧を纏ったそいつは、猛然と省吾たちの部隊に空から襲いかかった。
一瞬で数人が鋭い爪に引き裂かれて、絶命した。
武器さえ持っていない。
身体能力が違いすぎる! 相当に身体強化しているらしい。
いったい、いくら使ったんだろう?
省吾には考えられないような金額なんだろうな。
「強いぞ! フォーメーションSだ!」
真っ赤な鎧に身を固めた『隊長』が叫んだ。
「えっ?」
省吾は一瞬まごついた。
Sって何だったっけ?
「Sって言ったろ、クリオネ!? 右展開しろ!」
隊長のガルーダがイラついた声を省吾に向けた。クリオネは省吾のファイティングネームだ。
それが省吾が聞いた最後の言葉になった。
身をかわす間もなく、省吾の身体は銀色のやつの鋭い爪に無残にも引き裂かれた。
淡い光に満たされた回復室で、省吾は先に『殺された』仲間とともにブースに横たわってエネルギーチャージを受けていた。
「やあ、クリオネさん。目が覚めた?」
隣に横たわっていたカンパネルラが話しかけてきた。
「あ、まあ・・・、一瞬でした。」
省吾は隊長の指示がすぐに分からずに、ドジったことを隠した。
「だよねー。ズルいよねー、あいつ。どんだけ課金してんだよ!って。」
「相当ゲームマネー貯めてるベテランなのかなぁ・・・。」
一つ向こうに寝ているシリウスが言った。
「ベテランはあんなことしないよ。だって面白くねーもん。」
とこれはペガサス。
「どーせ、入ってきたばっかの金持ちだろ。飽きたらすぐ出てくさ。」
カンパネルラが吐き捨てるみたいに言った。
「何やったら、そんなに稼げるんですかね? カンパネルラさんは、リアルでは何してるんです?」
「あ?・・・」
という非難を込めたひと音とともに、そのあと全員の会話が途切れた。
しまった。
と、省吾は思った。
NGだったよな・・・。特に、こういうコミュニティでは——。
しばらくして3人のチャージが完了したチャイムが聞こえた。
「じゃ、先に戻ってるから。」
というシリウスの一言だけが、丸めた紙くずみたいに省吾の胸の上に放り投げられ、3人ともそこから消えた。
省吾はしばらく、後悔を口の中で転がしていたが、やがて、目の前の「ゲームアウト」のボタンを押した。
狭っくるしい部屋の中で、省吾はヘッドセットを外し、リストバンドとレッグバンドも外した。
外はもう薄暗くなり始めていた。
「バイト、行かなきゃ・・・。」
呟きながら、のろのろと立ち上がる。
いろんなコミュニティを渡り歩いてきたが、どこでも浮いた存在になってしまって、だんだんと行きやすいところが少なくなってきている。
「そのうち、リアルにしか居場所なくなったりしてな・・・。」
省吾は自虐的な笑いを浮かべながら呟いた。
それって・・・・友達、1人もいないってことじゃん。
作業服に着替えて靴を履き、玄関ドアの生体認証パネルに手をかざす。
ドアがパタンと外に開いた。
省吾が廊下に出ると、ドアは自動で閉まる。
そのあと省吾は、なぜかふと不安になって、もう一度外側の生体認証パネルに手をかざした。ドアがパタンと開いた。
もう一度かざすと、ドアは閉まった。
(何やってるんだろ? オレ・・・)
こんなこと、考えたりするようだから浮くんだよな——。
オレという生体は1人なんだから、開くに決まってるじゃないか。
しらじらした照明の廊下を、省吾は寒そうに背中を丸めてエレベーターホールの方に歩いていった。。