一触即発が燻られ
放課後。
早速調査をしたいとの事で俺は焼却場の裏に呼び出されていた。龍斗に対して反抗する形をとってしまった事で龍斗支持派は俺に対する風当たりを強めた。怪我は中止の元なのでイジメなどはないが、いやに態度が冷たい。三春だけはいつも通りだったが、やはりアイツの提案を突っぱねた事だけは気に入らないらしく、
「何で龍斗様の提案を突っぱねたのッ?」
文字通りの意味でウザ絡みをされていた。
「突っぱねるだろあんなもん。参加しなきゃいけないんだぜ?」
「龍斗様に票を出すだけなのにそれの何処が面倒なの? 考えなくていいじゃんッ!」
「あのなあ、別に誰に出すべきか考えるのが怠いとかそういう理由じゃ……っていうかその様付けやめろ。この学校じゃ『対等』だぞ。あんな奴は呼び捨てで良いんだよ呼び捨てで」
「私なりのリスペクトなんだから文句付けないでよッ。も~何で!? ……せっかくまたアンタと駄弁れると思ったのに」
「あ? 俺が駄弁る?」
「何でもない! ふーんだ、どうせアンタなんかじゃ潔白を証明出来ないんだから。私は絶対協力してやらないからねッ」
雑に対応していると、美晴はプイッと顔をそっぽに向けて別方向に走り去ってしまった。それが何処か拗ねている様に見えたのは果たして気のせいだろうか。とはいえ拗ねられる謂れはないので気のせいである可能性は全く否めない。
―――まあ協力はしてもらわない方がいいよな。
純粋な善意で言ってくれていたなら非常に申し訳ないが、龍斗支持者のアイツが傍に居てはいつ情報を垂れ流されるか分かったものではない。知っての通りアイツは校長先生の死すら踏み台にして票を獲得せんとする外道だ。『対等』とはいえ精神的には従僕と化した三春から情報を抜くなど訳ない。そこから妨害などされてしまったら一溜まりもないので、協力してくれない方がむしろ有難い。
俺が協力を取り付けたのは他でもない材緣寺のライバルなのだから。
「遅いですわね」
焼却場の裏では、既に蒔凛が待っていた。
「一人なんて珍しいな。今は放課後なのに」
「そう心配なさらなくても、離れた所で私達を見守っていますわ」
パンツをがっつり覗いていた件については触れない方がいいかもしれない。まさか忘れているとは思わないが、わざわざ触れないでくれている可能性が高い。でないと話が進まないから。
「……ずっと気になってたんだけど、何かお前喋り方混じってないか?」
「庶民の皆様に目線を合わせる為に言葉遣いを学んだだけですわ。その影響かもしれませんわね。蓮二はどちらがお好み?」
「まぜこぜで」
「ま、まぜこぜ…………分かったわ。粗雑な言葉遣いはお母様からお叱りを受けてしまいますが、貴方の前に限り肩の力を抜くとしましょう―――じゃ、早速調査開始と行きましょうかッ」
後ろ手を組み、婉麗に微笑みながら蒔凛は首を傾げた。
「そう言えば蓮二は殺害現場をご覧になって?」
「いやそのまま生徒会に殴り込んだし。だいいち死体なんて見たくないしな」
「そう。なら現場の状況を簡単に説明するわね」
蒔凛が鞄から取り出したのは何枚かの束でまとめられた書類。それさえ渡してくれれば説明の必要は特にないのだが、そこまで発想が行き届かなかったのか普通に読み上げる。
「被害者はこの高校の校長である引葉宗次郎。死因は刃物で心臓を一突き、かなりやり手ね。素人が狙える筈ないもの。現場である校長室には被害者を除けばアンタの指紋が一番多く検出された……と。龍斗君の眼を掻い潜って得た情報はこんな所ね。何か質問はあるかしら」
「刃物って傷口から種類を特定出来ないのか?」
「もう死体は持っていかれちゃったから……ああでも、材緣寺の所が個人的に引き取ったらしいから、どうにか潜入出来れば拝めるかもしれないわね」
「え、死体を個人的に引き取った? そんなのありかよ」
「もうお忘れ? 私達が『対等』なのは校内だけよ。事件は校内で起きても処理を校外でするならやりたい放題よ。特に死体なんて残してたら治安に関わるもの」
「割れ窓理論って奴か」
全然違うけど、と言わんばかりの目線が痛い。もしかしなくても俺は喩えが下手なのかもしれない。一度のミスでそう決めつけるのは早計だが、何というかこれから先も喩えでスベり倒す予感がしている。
ピロピロリッ♪
会話に横やりを入れる様に、丁度携帯の通知が鳴った。蒔凛は俺の携帯からまさか通知が鳴るとは思わなかった様子で、不審と驚愕を瞳に携え俺を見据えていた。
「何だよ、俺だって通知くらい鳴るよ!」
「特別指導を受けてたのに友達が居るのね、意外でしたわ」
「居るわ! 選挙さえ関わらなきゃもっともっと友達が出来てた筈だけどなッ。ちょっと待っててくれ。多分重要な案件だ」
強がってみたが、俺の携帯を鳴らす相手は安宿先生を除いて誰も居ない。普段は俺からアプローチしているのに、あちらから何か送ってくるなど珍しい。何を送って来たのだろうか。
『君が保護した着物の女性の事だけど』
『今、海岸の方に歩いて行ったのを目撃してしまった』
「……は?」
勝手に出歩くなとは釘を刺していないにしても、そこは察してほしかった。エツナさんには危機感というものが欠けている。これも記憶喪失のせいだというなら重症を超えて末期だ。あんな珍しい格好をしていたらまず材緣寺の警備隊に引き留められる。自分の事さえ何一つ分からない癖に何を答える気だ。
しかも今連行されてしまうと彼女は確実に俺の存在を暴露するだろう。すると状況証拠だけでこじつけて俺を疑う様な龍斗だ、何の関連性もない二つの事件を繋げて名探偵を気取り始めるに違いない。
―――止めに行くべきか?
しかし俺が仲裁に入れば、結局関連性を疑われる。この国の治安を守っているのは材緣寺財閥の関係者ばかりなので、どんなルートで誰に見つかっても最終的には頭である龍斗の耳に入ってしまう。
「どうかしたの?」
「あ、いや―――うん。あ、そうだ。材緣寺の所に潜入するとして、手はずは整ってるのか?」
「盤石を目指すなら後一時間は掛かるわね。それがどうかなさって?」
一時間……俺の家から一番近い海岸まではここから二十分なので往復しても間に合う。彼女の両手を掴み、押し気味にお願いする。
「蒔凛! 番号交換しないかッ?」
「えッあ……か、構いませんわよ? 協力者なんだから連絡を自由に取り合えないと不便よね」
逸る気持ちを抑え込んで番号を交換。これで俺は二人の女性と繋がりを……って今はそんな風に茶化している場合じゃない。背後を振り返る事なく一目散に走りだす。
「準備が整ったら電話をくれ! 俺はちょっと大変な用事が出来た!」
彼女の返事は聞いていない。
タダでさえややこしい状況でエツナさんの存在が明らかになるのは、何としてでも避けたい。彼女について知りたい気持ちはあるが、今は後回しにするべきなのだ。どうか騒ぎを起こして優先事項の上位に割り込む行為は慎んでいただきたいところ。
「ああくそ!」
心の声が遂に悪態となって出てきた。
どうか誰とも出会っていませんように……!