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狂いし歯車

 風呂は手短に済ませたつもりだが、部屋に戻ってみるとエツナさんは既に眠っていた。戻るまで眠るなとは言わなかったが、放置されたみたいで少し傷つく。せめてお休みの一つくらいは言わせて欲しかった点……

 今言えばいいか。

「おやすみなさい」

 返事はないが、俺は満足だ。それに押入れの中で寝るというのもこんな事にでもならなければ出来ない体験(ベッドが空いてるのにわざわざ使おうとは思わない)だ。しっかりと味わわなければ。

 押入れの中は然程使ってないから綺麗ではあるが、木の匂いだか埃の匂いだかよく分からない匂いが不思議と心地良い。ただしその心地良さは非常に限定的なもので、五分嗅ぐだけなら最高だが、二時間三時間ともなると苦痛だ。具合が悪くなってくる。

 なので押入れの扉は閉めない。換気さえしておけばこれらの問題は解決する。してくれ。

 

 ―――なんか校長先生に頼ったら特別指導解除されそうだなあ。


 こっちが禁じ手で強引に延長している以上、あちらから何をされても卑怯とは言えない。まず卑怯なのは俺であり、校則の抜け穴を突くような人間は今まで居なかったに違いない。だから解除は困るのだが、しかしエツナさんの事が何も分からないままというのも困る。下心はあるが、記憶喪失を解決させないまま共に暮らそうという魂胆は下心ではなく悪意だ。そこまでするつもりはない。

 そもそも、もうとっくに下心がどうとかいう話ではなくなっている。何だあの和服は。何だあの記憶喪失は。何者かの手口にしても回りくどいというか、それをするならもっと他に良い方法があっただろうと苦言を呈している。

 俺とエツナさんを親密にさせて票数として取り込む。ここまでは作戦としていいが、親密にさせたいなら他にもっと簡単なやりようがあるとは思わないか。記憶喪失? 和服? 悪目立ちしている。今更自分の下心を振り返るのも恥ずかしいが、これがもう少し真っ当な状況ならまんまと引っかかっていただろうに。

 ……考えていても埒が明かない。いつもなら安宿先生と寝落ちするまで話したりしているが、今日は大人しく眠ろう。この現実がどうか夢であるように願いたいが、現実という奴は非情すぎて大抵夢にはしてくれない。

 布団を顔の上まで引っ張ってから俺は目を閉じた。

















 翌日。

 慣れない場所で眠ったからだろう。馬鹿に早く目が覚めた。換気の為にと開け放した扉から直に日差しを浴びたのも原因の一つか。

 寝ぼけ眼に通る日差しは陽炎の如く視界を歪める。起床はしたが、俺にはこれが現実なのかどうか理解が及ばなかった。爽やかな風が頬を撫でる。流れ込んだ先が押入れと知るや風は逃げる様に外へ出てしまった。

「……ん」

 エツナさんはまだ眠っている様子だ。起こすのも悪い。学校に連れて行くと話がややこしくなりそうだし、今日は置いておこう。『も』とは……言いたくない。

 寝ぼけた視界も明瞭になるまで暫くエツナさんを見つめていると着物の裾から妙な物体が見えていた。風呂に入った後着替えないのは仕方がない。替えの和服以前に女性ものの服がないから。そう思っていたがどうも事情が違いそうだ。

 起こさないよう慎重にそれを手に取ると、木製の棒だった。右寄りに線が入っており、何かを収めている鞘……だろうか。

 左右に引っ張ってみると、鈍色に光る刀身が露わとなった。

「げっ……」

 これは匕首(あいくち)と呼ばれる刃物だ。慌てて戻したせいで派手に納刀音を立ててしまった。エツナさんの寝息が変化した時は生きた心地がしなかった。

 匕首なんて一般流通している物じゃない。絶滅したとは言わないが、持っているとすれば嗜好品として所有している可能性の高い財閥関係者くらいだが……

 校則を破ってまで懐柔しに来たのか?

 いや、直前にそんな話をしていたから短絡的にそう思いたいだけだ。証拠も無ければ確信もない。邪推は自らの不安を悪戯に煽るだけだ。出来るだけ静かに匕首を元の場所に忍ばせると、恐れから朝食も取らずに飛び出した。

 刃物も存在しないとは言わないが、特に校則を破る危険性がある刃物は殆どの人が恐れて触ろうともしない。うっかり傷つけたからごめんなさいでは済まないのだ。校則に触れてうっかり選挙を妨害しようものならどんな目に遭わされるか想像も出来ない。

 ならば何であんな物を懐に隠し持っている。

 人助けしたのに殺される謂れはない。校長に頼りたくないとは言ったものの、こうなると話が変わってくるか。背に腹は代えられない。躊躇っている内に刺されたらどうする。杞憂に頭を悩まされながら校門までやってくると、生徒達が大勢集まって何やら騒いでいた。

「あ?」

 何だ何だと野次馬根性剥き出しで接近しようとすると、横から全力で突き飛ばされた。

「駄目〜!」

「うあッ!」

 これで負傷したらそれだけで選挙は中止になるが、奇跡的に転ばなかったのを誰かに感謝してもらいたい。

「何すんだよ!」



「蓮二は行かない方がいい、話がややこしくなるから!」



 突き飛ばしてきた人物の名は黒丞三春(こくしょうみはる)。中等部に居た頃に出来た友達だが、特別指導を喰らってからはすっかり絡まなくなった。

 俺が知る頃の彼女は髪も黒で服装も黒やグレーばかりの地味な女性だったが、彼女の投票先こと材緣寺龍斗(ざいえんじりゅうと)のクラスに入ってからは髪を金に染めて服は緩めに、耳にピアスを開けるというザ・ギャルになってしまった。

 因みに材緣寺は有力候補第一位のイケメンなので、選挙関係なしに俺は奴が嫌いだ。なので彼氏色に染まる……みたいな感覚でイメチェンしたのだろう

 僻みなのは言うに及ばず、皆まで言うな。

「話がややこしくなるって何だよ。ていうか今更声を掛けてきたって事は―――まさか材緣寺の野郎、遂にお前を使って俺を懐柔しに来たのか!?」

「何言ってんの?」

「……え?」

 安宿先生から忠告されていただけに無駄に警戒してしまった。三春の目線が嫌にきつい。何かに怯える俺を心配している訳では無さそうだ。

「龍斗様が何でアンタを懐柔すんの? 訳分かんない」

「……いや、何もないならいいんだけど。で、何で俺が行くと話がややこしくなるんだ?」




「校長先生が死体で見つかったの」




 常識と理性をかなぐり捨てた発言に、俺の視界はブラックアウトを起こしそうになった。あの校長先生が死んだ?

 あの、と言われても実感が湧かないが、界立第二高校の校長は支配者の前任……つまり去年まで世界の支配者だった人物が務める事になっている。

 一般人が殺されたのとは訳が違う。何かがあったと考えても不思議はないのだ。

「し、死体って……おいおい。じゃあ国界選挙は中止か?」

 一般的に、校則がなくても事件が起きたらその現場である周辺は少なからず影響を受ける。選挙が中止になったからと言って喜べる程、俺も外道ではない。この状況でそれは無理だ。

 三春は頭を振る。

「国界選挙が中止になるのは生徒がそうなったらだから、選挙は中止にならない」

「そりゃ俺も知ってるけど放置って訳にもいかないだろ! 校長先生が死んだって……この学校の運営はどうするんだよ!」

「校長の権限は生徒会に移譲されたって。今は死体を運び出してる最中だから全員外に出てきたんだけど……で、何で蓮二が出たら話がややこしくなるかって話だっけ」

「ああ。……校長が死んだって話はにわかに信じられないけど聞いてる限り俺は関係なさそうだぞ」

「関係大有りよ! 蓮二さ、校長先生脅して特別指導無理やり続けてたでしょ?」

「え、何でお前が知ってんだよッ。まさか保健室に盗聴器を……」

「するかッ。ていうかマジだったのね。私のは龍斗様が教えてくれたんだけど、その事を龍斗様が生徒会に教えたら、『校則には反しないが著しく悪質な妨害行為』って判断されて、ついさっき決定されたの」



「アンタの特別指導取り消し。今日から登校してだって」



「はあああああああああああ!?」

 かなりの大声だったが、それ以上の喧騒に掻き消され問題にはならなかった。いや、これからの生活を揺るがす大問題が起きているのだが、所詮は人一人の限界が……って違う!

「おかしいおかしいおかしい! 確かに脅迫はしたけど、なら停学とかだろ! 脅迫だぞ!?」

「どっちかっていうと票を入れないって言う行為の方が悪質って判断されたんじゃない? ま、残念だったわね。誰に投票するの?」

 俺はその問いには答えず、生徒達を掻き分けて校舎へと向かう。

「ちょっと何処行くのッ!」

「抗議してくる。納得いかねえ」

「だーから行くなああああ! アンタ中等部の頃みたいな事やらかしたら何されるか分からないわよ! 話がややこしくなるって! 私じゃ庇ってあげられないからねッ?」

「庇わなくても結構! おかしいのは生徒会だからなッ」

 確かな怒りを胸に、俺はすっかり空いてしまった校舎へと足を踏み入れた。校長先生の死は悲しい。悼むべき事故だと思う。だがそれと俺の特別指導は全く別の話であり、それは個々で考えられるべきだ。信じられない。どうしてそうなる? 

 この状況で喜べないとか何とか訳の分からない事を自分で言ったが取り消してもいい。腹が立った。せっかくごたごたとは無縁な学生生活を築けていたのに台無しにされた気分はどうだ。最悪だ。

 「――――待ってろよ、生徒会!」

 


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