ちいちゃいね
気づくと、天井があった。わたしのおでこには白い濡れたタオルが掛かっていた。わたしが起き上がろうとしても、体が痛くて起き上がれなかった。横を見ると、お母さんが座って、こくりと頭を下にしながら寝ていた。わたしは、
「お母さん」と声を掛けようとしても、声が消えていくように、出てこなかった。「お母さん。お母さん」と消えるような声で言った。お母さんは目を開ける。わたしを見て、お母さんは口を押えて泣いた。「あかり」とお父さんはわたしの手を握っていた。
私は丸3日間、眠り続け続けていたそうだ。体からは汗が吹き出し、熱い体は冷えるまで一週間かかった。私はその時の記憶がない。お母さんからその事を聞いて、分かったような、分からなかったような気がした。
「けいちゃんは?」と私が言うと、お父さんは目を逸らした。「ごめんな」とお父さんは一言そう言った。けいちゃん。と私は声を上げていた。
けいちゃんは身寄りが無かったそうだ。両親も事故で死んでいて、兄弟もいなかった。大学には奨学金を申請してアルバイトをしながら通っていたそうだ。お父さんがなんとかして、親戚を当たっても、すげなく、けいちゃんを引き取ることを断られた。だから、私の家でけいちゃんの遺体を引き取り、火葬し、骨を拾った。
ちいちゃいね。けいちゃん。あんなに大きな体してたのに。ちいさくなっちゃったね。
私は渓流の上流に向かって歩いていた。少しずつ寒くなる。私はリュックサックから薄い水色のジャンパーを出した。木々は濃い緑色で、時折、烏が鳴いた。私は砂州に座って、魔法瓶から熱いコーヒーをコップに入れて飲んだ。リュックサックには家で作ったおにぎりがあったが、お腹はすいてなかった。