暗い夜
暗い夜だった。夜の2時。世界が一番暗い夜だった。わたしの家に赤い非常灯が回るパトカーが止まり、私の両親と静かに話していた。わたしの心臓はざわざわしていている。お母さんは嗚咽を漏らした。お父さんは、静かに聞いて、警察官にぼそぼそと話している。何かがあったかのは、幼いわたしでもすぐ分かった。
私は小高い山に登る。渓流が零れて流れていく。私の足元に枯れた葉が渦を巻きながら、時折沈んではまた浮き上がって、下流まで流れていく。私は、その水を掬う。水は冷たく、私の手から零れ落ちていく。
通り魔だった。けいちゃんは歩いている時、頭を何か大きなもので殴られたそうだ。一瞬の事だっただろうと警察は言う。「慰めにはならないですけれど」と病院の先生は言う。
白い体にシーツを掛けられたけいちゃんは何も言わず、微笑みもせず、眠っているようにベッドに寝かされていた。わたしは「けいちゃん」と言う。「ねえ。けいちゃん」と言う。わたしがけいちゃんの体に触れようとすると、病院の白い服を着たお兄さんがわたしの腕を掴んだ。
「駄目なんだよ」
とわたしの目を見ずに言った。私はその手を振りほどこうとしたけれど、しっかり掴まれたその手がわたしの腕を離さなかった。
「けいちゃん」
と一声上げると、私は叫び声を上げた。言葉にならなかった。「けいちゃん。けいちゃん」とわたしは何度も叫んだ。白い小さな部屋で寝かされたけいちゃんに向かって、
「家に帰ろう。うちにかえるんだ」と大きな声で叫んだ。「やめなさい」とお父さんはわたしを抱きとめた。お母さんは隣で泣いていた。
「けいちゃん。起きて。帰るよ。うちに帰るよ」とわたしは叫んだ。けいちゃんは目を開けなかった。あの低い声で話してよ。微笑んでよ。花火しようよ。星みようよ。
わたしは大きな声で叫んだ。