花火と流れ星
「けいちゃん。ほら」と言って、わたしは花火がぱちぱちと赤ともいえない、黄色ともいえない色を出す。けいちゃんは微笑んで、ロケット花火に火を点けると、ピューっと大きな音を出して、ロケット花火はけいちゃんの家の古い壁にぶち当たる。これだけ家が古いんだから、そのロケットで庭の壁が壊れないかなとわたしは思った。けいちゃんは楽しそうに「もう一本」と言って、花火セットからロケット花火をまた出した。わたしよりけいちゃんの方が楽しんでいて、わたしの方が年上に感じた。
ぴゅーっと音が鳴った。私の耳にはまだその音が聞こえる。けいちゃんと言ったら、ロケット花火というくらい。
わたしがけいちゃんの家に行くまで、1か月はかかった。わたしは人みしりで、けいちゃんに話しかけるまで、時間がかかったのだ。ある時、けいちゃんは門に立っているわたしを見て、家の庭から軒を上がって、家に入っていった。わたしは嫌われたかな? と半べそをかいていると、ほらと言って、頬を掻いて、一個のみかんを持ってきてくれた。「ほら」と言って、わたしに差し出した。まだ頬を掻いている。わたしは「ありがと」と俯いて行って、手渡される。けいちゃんは「横の子だよね」と言う。うん。けいちゃんは白いTシャツに膝まであるエプロンを着けていて、エプロンは赤や黄色、青の絵の具が乾いた染みを作っていた。
わたしが「虹みたい」と言うと、けいちゃんは、はははと大きな声で笑った。そっか。そっかと一人で頷き「虹だよな」と言った。けいちゃんは頬をかいた。虹は今でも見えるよううだ。
花火を散々二人で遊んだ後、水桶には使った花火の残りが乱雑に入れてあった。あと、残りは線香花火だ。わたしたちはけいちゃんの軒に座って、夜の空を眺めていた。
「あれ。さそり座っていうんだよ」とけいちゃんは言った。「あれは夏の大三角形」。
わたしはけいちゃんの声が辺りに響く、低い声。わたしはドキドキしながら聞いていた。こんな静かで温かい夜は初めてだ。夜の闇が底抜けで、怖いはずなのに、けいちゃんが傍にいてくれるだけで一人じゃないんだ、こんなに幸せになれるんだと思った。
「あ!流れ星」とけいちゃんは言った。
「どこ。どこ」とわたしが言うと、「嘘」と舌をだしてけいちゃんは微笑んだ。「バカ」と言って、右肩を軽く叩く。
「俺さあ。あんな星のような絵が描きたいんだ」とけいちゃんは言う。「でも、まだ届かないんだ。星は遠くにあっても、俺たちを落ち着かせてくれる、そんな絵」とけいちゃんは空を見上げながら言った。わたしはドキドキしながら、じっと靴のつま先で軒下の土に円を描いた。今でも覚えている。
「あ!流れ星」とけいちゃんは突然言う。
「嘘ばっかりだあ」とけいちゃんの右肩を叩くと、
「今回は本当なのに。願い事すれば願い事かなったのにな」とけいちゃんは言った。わたしが驚いて空を見上げると、どこにも流れ星なんてなかった。でも、わたしにはけいちゃんが言ったとおり、遠くに光る星がこの小さな届きそうな気がした。お願い事は決まってる。「けいちゃんとずっと一緒にいたい」暗闇の見えない流れ星に目をつぶってそう願った。けいちゃんは何を願ったのだろう? 私が目を開けて、けいちゃんの横顔を見ると、暗い空を見つめ、ただ「けいちゃんは星になっちゃうんじゃないかな。あの一つの星になっちゃうんじゃないかな」と思った。あの一番光る星みたいに。