第十九節 『演説』
その日の朝、ジュランバー要塞の前には、地平線まで埋め尽くすかと思えるほどの民兵がひしめいていた。
城壁の上からその様子を眺め、ミツキは呟く。
「正直、これ程の数が集まるとは思ってなかったよ」
募兵に応じた民兵の総数は、最終的に四十万人を超えた。
ただし、そのうち実戦要員は二十五万程度で、残りは輜重隊や設営給養隊、工兵隊に衛生隊などの支援部隊だ。
さらに、実戦部隊のうち騎兵は八万程度で、ティファニア正規軍との戦いで数を減らしたブリュゴーリュ軍騎兵の半数にも及ばない。
それでも、あくまで総数だけなら、ティファニア正規軍を超える数を揃えることができた。
「とはいえ、兵の質まで揃えられたわけじゃない。傭兵や冒険者には手練れもいるが、軍団としての力はブリュゴーリュ軍はおろか、全滅したティファニア軍にさえ遠く及ばないだろう」
そう物憂げに返答するのはサルヴァだ。
採用した兵士の中には、ただの町人や農民もかなり含まれている。
結局、傭兵や冒険者だけでは十分な数を揃えることはできなかったのだ。
「今更言っても仕様がないだろう。王様にだってもうネタバラしして、そのうえ脅迫までしちゃったんだから」
ティファニア軍壊滅の報がもたらされた直後、サルヴァとミツキは円卓会議の場を第一王女親衛隊で占拠し、ほとんどクーデター同然の方法で自分たちの正規軍としての出征を認めさせている。
今更後に引くことなど、できはしない。
「一応、領国軍の士官や退役軍人たちに協力してもらって、できるかぎりの訓練は施した。編成も技倆や経験を配慮して決めている。あとは、敵の連携を崩すあてがあるっていうサクヤを信じるしかないな」
「そうだね。では、そろそろ始めるか」
億劫そうに呟いたサルヴァは、前に進み出て兵士たちの前に姿を見せた。
円卓会議の後、ミツキたちはすぐさま出陣の準備を整えた。
幸い、ブリュゴーリュ軍はティファニア軍との決戦で消耗したため、陥落させた要塞に留まり兵の治療と損耗した軍の再編を行っている最中だということが、サクヤの蟲による偵察でわかっている。
とはいえ、いつまた侵攻が再開されるかわからない以上、こちらも悠長にはしていられず、民兵軍は急遽出陣することとなったのだ。
これから行われるのは、民兵軍総大将であるサルヴァ・ディ・ダリウス将軍による出征演説だ。
サルヴァはこの民兵軍の指揮を執るに当たり、国王セルヴィスより将軍の地位を与えられている。
この異例の昇進も、巻物の脅しによって実現したということは言うまでもない。
『傾注!』
眼鏡君ことテオ・ジョエルの声に、城壁の下に集った兵士たちはざわつく。
当然だ、とミツキは思う。
城壁の上から発せられた声など、真下にいても聞こえるか怪しいというのに、地平まで埋め尽くされた兵士たちすべてが耳元で叫ばれたかのように感じたはずだからだ。
『静まれ! この声は軍の筆頭魔導士であるサクヤ様の魔法によって全軍に通達されている。これより、サルヴァ将軍による訓示が行われるので静聴せよ!』
テオの解説はまったくの偽りでこそないものの、あまりにも説明不足だ。
もっとも、テオ自身がサクヤの〝魔法〟の正体について知らされていない。
この音声伝達魔法の正体は、サクヤが外法で改造した寄生蟲だ。
ブリュゴーリュ軍の情報伝達速度に対抗するため、サクヤはセルヴィス暗殺の際にミツキに付けた通信機型の蟲と、戦場に向かったティファニア軍兵士に寄生させた感覚共有のための蟲を掛け合わせ、さらに改造を施し、性能を大幅に向上させた種を開発した。
この蟲は、耳から人体に侵入し、内耳に寄生して聴覚神経と同化すると、〝発信〟機能を有した特別な蟲を寄生させた一部の人間の声を受信し、聴覚刺激として宿主の脳に情報伝達する。
〝発信〟機能付きの蟲を寄生された人間は、全ての音声を垂れ流しで伝えることのないよう、喉を押さえるジェスチャーを行うことによってのみ蟲の伝達能力が発揮される。
その情報伝達範囲は、半径一レフィア、キロメートル換算で半径約五キロにも及ぶ。
〝発信〟機能持ちの将兵を一定の間隔を設けて配置すれば、個体の情報伝達範囲を大幅に広げることも可能なので、実質ひとつの戦場内での完全な情報共有が可能となるはずだった。
この蟲をサクヤは、深夜の砦に放ち、すべての兵士に寄生させている。
このことは兵士たちには説明されていない。
サクヤによると、蟲の寄生による人体への悪影響は無いとのことだが、それでも寄生させるのに事前確認など行えば、多くの人間から拒絶されるのは目に見えていたからだ。
だから、この蟲を寄生させることは、ミツキやサルヴァなどのごく一部の人間以外には知らされておらず、兵士たちはテオの説明した通りサクヤの魔法による効能とだけ信じたはずだ。
自身に蟲を寄生させていることを知るサルヴァは、その嫌悪感などおくびにも出さず演説を始めた。
こいつのこういう豪胆さだけは尊敬に値すると、背後に控えるミツキは思う。
『先般、第十二副王領を陥落させ我らが国土に押し入ったブリュゴーリュ軍は、第十一副王領、第十三副王領、第九副王領、第十副王領、第十四副王領を陥落させた後、現在は第九と第十四副王領の領境にある要塞に駐留し更なる侵攻を企てている。我がティファニアはヴァリウス殿下率いる王領軍と副王領からの援軍による連合軍で迎え撃ったが、善戦空しく全滅したとの報が入ったことをこの場を借りて知らせておきたい』
サルヴァの言葉を聴いた兵たちに動揺が広がる。
まあ、無理もないとミツキは思う。
ティファニア軍が勝利すると高を括って入団した者もいるはずなのだ。
しかし、だからと言って今更〝やっぱり抜けます〟などと言っても通用しない。
民兵軍の兵士には、高額の前金と引き換えに、魔法による従軍契約が結ばれている。
脱走など企てれば、それだけで地獄の苦しみを味わう羽目になるという。
要するに、ミツキたちが呪いによって縛られているのと同じような状況だ。
『鎮まれ! こうなった以上、この国の命運は我らの働きにかかっている。ブリュゴーリュの黒犬共は襲撃した都市や村落の一切を破壊し燃やし尽くすという。我が幕下に参陣してくれた者の中には東部からの難民も多く含まれている。故郷を蹂躙され尽くした貴公らの無念は察するに余りあるが、なればこそその無念を戦場にて晴らしてほしい! この戦いは我らが侵略者どもに奪われたものを取り戻すための戦いであり、今侵略の危機に晒されている残る副王領と、なによりティファニア王領を守るための戦いである! 守りたいものがある者、取り戻したいものがある者は存分にその力を振るうが良い! また戦場に立つ力無きものは後方にて戦士たちの支えとなってほしい! 騎兵、歩兵、射手、魔導士、癒し手、運び手、あらゆる者の働きがティファニアの未来を切り開くことだろう!』
その後も続いたサルヴァの演説は、東部から避難して来た難民や西部副王領から援軍として駆け付けた領国兵たちを奮い立たせた。
一方で、傭兵や冒険者たちはどこか冷めた様子で聴いている。
その様子を目の当たりにしたミツキは、予想通りの反応だと内心で呟いていた。
そもそも、近衛兵団と第一王女親衛隊のトップを兼任し、この戦にあたっては将軍にまで上り詰めたサルヴァは、その端正なルックスと爽やかな弁舌も相俟って、兵士や市民など、国への帰属意識の強い者から支持を得やすい。
その反面、実績もなく王女から取り立てられたという第一王女親衛隊に対し、傭兵や冒険者の中には侮蔑と妬みを込め〝愛人部隊〟あるいは〝ハーレム部隊〟などと揶揄する者も少なくない。
法の外の弱肉強食の世界で身を立てることを是とする者たちから、サルヴァのようなコネをもって出世街道を登る人間が信頼を得るには、あまりに時間が足りなかった。
そのことをサルヴァ自身がよく理解するがゆえに、彼の演説は一部の者には耳心地が良くとも、傭兵や冒険者の心を掴む内容とは程遠いものとなっていた。
『――貴君らと轡を並べ戦えることを私は誇りに思う!』
演説を終えたサルヴァは、マントを翻しミツキの方へと後退した。
熱弁のため、額には汗が浮かんでいる。
「じゃ、あとは任せたよ、ミツキ」
「わかった」




