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『かつて人だったモノ』

 ミツキがここに至るまでの経緯を語ったので、今度はサクヤが話す番だった。

 彼女は、ティファニアの復興と、仲間たちのその後について自分の知る限りの情報を伝え、己が弟子をとったことも話した。


「いや、大丈夫かよ……子どもの頃からおまえに育てられるなんて、病むだろ」

「失礼な奴め……ちゃんと愛情をもって育てている」

「ア、アイ、ジョウ?」


 たとえこの世が滅びの時を迎えたとしても、こいつの口からは決して出るはずがないと思っていた言葉を聞き、ミツキは耳を疑う。


「脳をいじったり、トラウマ級のストレスを与えたりとかは、してないのか?」

「なにを言っている。可愛い愛弟子に、そんな非道な真似をするはずがあるまい。おまえは私を何だと思っているのだ?」

「オ レ に は や っ た だ ろ う が !」


 血を吐くようなツッコミを、サクヤは鼻で笑う。


「おまえは実験動物だからな。好きにいじって当然だろう」


 さっきはこいつが優しくなったかと思ったが、どうやら思い過ごしだったようだとミツキは思う。


「それに、おまえには煮え湯も飲まされたからな。同じ轍は踏まん」

「うっ」


 黒曜宮で裏切ったことを言っているのだと気付き、ミツキはたじろぐ。


「えっと……まあ、みんな元気そうでよかったよ。カナルの爺さんは残念だけどさ」

「残念なものか。大勢に看取られての大往生だ。軍人とは思えん程に上等すぎる最期だった」

「イリスも、商売が成功したようで良かったな」

「あの女は一度訪ねて来て泣きながら恨み言を言われたぞ。約束を破られたとな。何の話だ?」

「え? あ、ああ、ブリュゴーリュとの戦の前に、戻ったら奢るからみんなで祝杯をあげようって言われたな、そういや。結局、守れなかったか」

「それで手土産の酒を置いていったのか……ふん。スケコマシが」

「はあ!? そ、そんなんじゃねえし!」


 彼女とは、あくまで商売人と客という関係だった、そのはずだとミツキは思う。

 そう考えると、むしろ別の女からアプローチされて困ったことを思い出す。


「ってか……ドロティアが隠居したってのは、ちょっと驚いたな。結局、サルヴァの願いは叶わなかったわけか」

「あのお姫様は、元より王座など欲していなかったのだろう。それどころか、あの放蕩(ほうとう)とて、自分で望んでいたのか怪しいものだ」

「どういうこと?」

「あれの〝人見の祝福〟は、その名の通り人を見抜く能力だ。あの小娘はおそらく、もっとも身近で大切な人間の望みに合わせ、己を変えていたのだ」

「サルヴァのことか?」

「他にいまい。しかしその必要はなくなった。ただ何も望まず、穏やかに生きる、そんな今の在り方こそが、本来のあの娘なのだろう」


 それが本当なら、どうにも報われない話だと、ミツキは思う。

 サルヴァはひとりの女に至上の栄光を与えるため、あれほど苛烈に生きて死んだ。

 しかし、本当にドロティアを幸せにしたいのならば、ただ(さら)って、どこか人里離れた場所に隠棲(いんせい)すればよかったということになる。

 奴の能力なら、その程度は造作もなかったはずだ。

 性格はどこまでも破綻していたものの、望めばなんだってできるほど有能だと思っていたが、実はひどく不器用な男だったのかもしれない。


「他にも何人か訪ねて来た。第十七副王領(アタラティア)のボナル姉妹にフィオーレの現総督テオ・ジョエル。皆おまえが生きているとも知らずに、花を供えた側壁塔を墓標に見立ててよく泣いたものだ。住んでいる身としては湿っぽくて正直いい迷惑だったな」

「なんか申し訳ない……レミリスはどうだった」

「どうと言われてもな。奴とはその後も何度か仕事を頼まれ付き合いは続いた。おまえのことは市民区を捜索しただけで戦死と断定したので、まあ薄情な奴だと思ったが、今にして思えば逃げたことを察していたのかもしれんな。そう考えると、他にも何人かそんな態度の奴はいた」

「そうか」


 おそらく、ティファニアの馴染みとは、二度と会うことはあるまい。

 しかし、皆あれだけの危機を乗り越えたのだ。

 自分などいなくても、この先どんな困難に見舞われようと切り抜けられるはずだとミツキは思う。


「みんなのこと、教えてくれてありがとな。あとは、できればオメガが達者でやってるのか知りたかったな」

「会って来たぞ」

「え? えぇ!? いつ!?」

「ここへ来る途中に立ち寄った」


 オメガはたしか、ハリストンのミラ・シンのところへ行くと言っていた。

 彼女の元へ身を寄せたのであれば、たしかに、ここへ来るついでに会うこともできたかもしれないとミツキは考える。


「元気だったか!?」

「子どもが生まれていた」

「は?」


 一瞬、ミツキの思考が停止する。


「……え…………っと、誰との?」

「なに言ってる。奴が惚れている相手など、あの犬以外にいるか?」

「ミューだよな……で、でも、それは……本当にあいつの子なの、か?」

「五匹中、二匹は奴と同じ緋の毛色だった。間違いあるまい」


 おもわず、ミツキは大口を開ける。

 そのまま、顎が落ちるのではないかと思った。


「…………犬との間に、子どもできるんだ」


 たしかに、見た目は二足歩行の犬だが、実際の犬とは、人とチンパンジー以上に離れた種だと思っていただけに、言われてもとても信じられない。


「ちょっと……なんならこの世界に来てから一番驚いたかもしれない」

「私もだ」

「あの、それであいつ、なにか言ってたか?」

「おまえにか?」

「ああ」

「おまえもいい加減所帯を持て、とさ」

「なんだそりゃ」


 要するに、己はつがいとの間に子どもができ、幸福の絶頂とでも言いたいのか。


「まあ、うまくやってるんなら良かったよ」


 しみじみと呟いたところで、会話が途切れる。

 ふたりの正面に広がる野原では、虫を追いかけるのに飽きたトリヴィアが、花を摘んでいる。

 しばし沈黙が流れる中、いい機会かとミツキは思う。


「なあ、サクヤ」

「なんだ?」

「オレは今、どういう状態だ?」


 サクヤが小さく息を呑む音が、ミツキの耳に届く。


「……なんの話だ?」

「オレはな、魔王との戦いの後から、一度もまともに眠ってないんだ。正確には、睡眠はとるが、意識は覚醒している。意味わかんないだろ?」


 サクヤは無言で口元を歪める。


「それに、メシは食うし、味もわかるが、美味いとか不味いとかは感じない。それどころか、食いもんなんて念動で分解して、体の素材として吸収すれば十分だ。排便だって何年もしてない。肉体の素材にならない物質は、エネルギーに変換すりゃあいいからだ。いくら運動しても疲れないし、痛みを感じてもそれを耐えられないと感じない」

「……なにが言いたい」

「オレはもう人間じゃないんだろ? さっき、おでこの目ぇ開いてオレを見た時におまえがびびったのは、それに気づいたからだ」


 サクヤは深い溜息を吐いてから、ミツキに顔を向ける。


「おまえのその肉体は、紛れもなく人間のものだ。ただ……」


 サクヤは一度言葉を区切ると、声を低める。


「さっき、魂について話したな? 今のおまえは、魂が肉体から乖離(かいり)した状態だ」

「乖離? えっと、どういうこと?」

「私の目には、肥大化した魂が、おまえの体を包んでいるように見える。なにか自分よりも上位の存在を喰らったことで、おまえの魂は人のそれとは比較にならぬほど大きくなっている」

「上位の存在……幻獣か」

「人でも獣でも、魂は肉体の内に納まっているものだ。しかし、おまえは違う。魂が肉体の外にある。おまえの体は、実質抜け殻だ」

「マジかよ」

「これは仮説だが、あの光の柱の中で、肉体が分解されたと言ったな。おそらく、その時に肉体的には死んだのだ、おまえは。ところが、死んだのは体だけで、魂は死なずに残った。心当たりはあるか?」

「……ある」


 体が壊れても、人格を魔素に転写して生き残る術を、ミツキは不凍體(ゼラスミリア)との戦いを通して身に着けている。

 魔王に天空から蹴り落とされた時にも、光の中で消えかけた時も、それで生き延びたのだ。

 しかし、あの光の中で、体を再生させることには成功したが、それはあくまで模造品であり、肉体的には死を迎えた。

 ただし、魂とやらは魔素に転写した情報に宿っており、模造品の肉体を念動で操りながら、普通の人間の如く生きているように振る舞っている。

 それが今の己の状態なのだと、ミツキは思い至る。

 そして、そういえばと思い出す。

 最後に接触した時、魔王は己を、人格という〝情報〟を魔素に宿す、生命を超越した存在だと言った。

 つまり、どうやら奴の言ったとおりになったようだ。

この話で完結させると言ったな。あれは嘘だ。 というわけで、すみませんもう一話だけ続きます。今度はもう書ききっているので、これ以上は延びません。明日更新です。

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― 新着の感想 ―
愛情で育てる姿はやはり明言されると笑うしかない
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