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『生還の真相』

「……どうして」

「ん?」

「どうして、オレたちが生きているとわかった?」


 サクヤであれば、自分たちを捜し出すことはできただろうとミツキは思う。

 ただし、魔王との決戦を見ていたのなら、己が生きているとは考えられなかったはずだ。


「たしかに、あの光の柱の中で、おまえたちの魔力反応が喪失するのを私は確認した」


 もの問いたげなミツキに、サクヤはしたり顔を向ける。


「それに、王都を完全に奪還した後、軍はおまえが生存しているかもしれないと考えて瓦礫(がれき)の山と化した市民区を徹底的に捜索した。しかし、魔王もおまえも、遺体は発見されなかった」

「だったら――」

「魔王は(そら)の彼方へ吹き飛ばしたのだろう? ただし、奴は黒死の肉体を乗っ取っていた。あれは私の制御を離れたとはいえ、元は眷族(けんぞく)だ。どうなったかぐらいは察知できる。そして、あれをどうにかするため、おまえは体内魔素をふり絞ってあの大規模魔法を使った。それで消滅していたとしてもおかしくはなかったな」


 そこまでわかっているのなら、なおのこと、己は死んだと判断するのが妥当だろうとミツキは思う。


「ただし、ひとつだけ腑に落ちない点があった」

「なんだよ」

「トリヴィアまで発見されなかったことだ」


 サクヤがトリヴィアに視線を向けると、彼女はびくりと身を(すく)ませる。


「おまえが私を裏切ってまで救おうとしたのだ。自分が死んだとしても、そいつだけは助かるよう手を打っていたはずだ。それなのに、遺体の一部すら見つからない。あるいは、生き残っていてひとりで逃げたとも考えにくい。そいつの馬鹿正直さを(かんが)みれば、魔王に利用されていたことを悔いて、自ら罰を受けに姿を現すと予想できる。生きていようが死んでいようが、見つからないというのは不自然だ」

「……なるほど」


 だから、己が生き残っていて、トリヴィアを連れて姿を消したと考えたということか。

 概ね正解であり、さすがの洞察力だと、ミツキは舌を巻く。


「ゆえに、大量の眷族を放って捜索させていたのだがな。どういうわけかまるで見つからん。さすがの私も推測を外したかと思いはじめていた頃に、遠く離れた闇地でおまえたちを発見したと、()の報せがあったわけだ。いったい今までどこに姿を隠していた?」


 ミツキが押し黙っていると、サクヤはトリヴィアへ向き直る。


「おまえも、あれだけのことをしでかしておいて、身を隠してすべてなかったことにしようとはな。私が思っていたよりも、だいぶツラの皮の厚い女だったわけだ」


 トリヴィアは明らかに動揺した様子で、近くの樹の後ろへ逃げ込む。

 その行動に違和感を覚え、サクヤは(まゆ)(ひそ)める。


「……なんだ?」


 トリヴィアは樹の後ろから顔だけ覗かせると、ミツキに向かって震え声を発する。


「うぅう、み、ミツキぃ、この人、誰え?」

「なに?」


 サクヤはハッとしてミツキに顔を向ける。


「記憶を喪失しているのか?」


 ミツキは口元を歪めて髪をかき上げる。


「間違ってはいないが、それだけでもない」

「どういう意味だ」


 深く溜息を吐いて、ミツキはサクヤに困ったような笑みを向ける。


「じっくり聞くんだろ? いいよ。時間はあるし、ゆっくり話そう」




 魔王に放った魔素の粒子砲の光の中で、ミツキの肉体は凄まじいエネルギーに晒され、分解されていった。

 しかし、魔素を自在に操ることのできるミツキは、魔素を宿す分子をも操作できる。

 だから、分解された端から、肉体を再構築していった。

 自分の体を構成していた分子ばかりか、黒曜宮で死んでいった異世界人や魔族の遺体さえ利用し己の体を作る中で、一度はほぼ分解された肉体は、この世界に召喚された直後の、無傷の状態に再生された。

 すると、今度は粒子砲に作り替えられた黒曜宮が、魔力の奔流に耐えきれなくなり、崩壊をはじめた。

 魔素の乱流の中に投げ出されたミツキは、光の中を泳ぎ、崩壊と同時に還元されていく王耀晶(ヴェリスティザイト)瓦礫(がれき)を避けながら、トリヴィアを封じた結晶を探した。

 やがて、崩れ落ちる黒曜宮の破片の中に、王耀晶の塊を発見すると、どうにかとり付くことに成功する。

 だが、トリヴィアを封じた結晶も、光の中へ融けはじめており、消滅するのは時間の問題だった。

 そして、封じた対象を保護する役割も果たしている王耀晶が消えれば、精神活動を停止したトリヴィアでは粒子砲の光の中で耐えられるはずもない。

 これまで、魔素の探知能力を使って把握に努めて来た己自身の肉体であれば再構築も可能だが、他人であり、人間でさえない彼女の体に対しては理解が不十分ゆえ再生などできず、分解が始まれば為す術がないと判断できた。

 結晶を抱えたまま〝黒凱(こくがい)〟の翼で飛び去ろうにも、体内魔素を使い切った状態では、白炎を噴射することもできそうにない。

 そもそも周囲は大量の魔素で満たされているのだが、吸収しようにも、その間に結晶は消滅してしまうだろう。


「くそっ! どうすれば……なにか、手はないのか!」


 そう吐き捨てるように言った瞬間、ミツキの頭に知るはずのない〝情報〟が湧いた。

 〝情報〟とは、この状況から脱する手段と、その在り処だ。

 ミツキは結晶を抱えると、崩落する黒曜宮の瓦礫を蹴って、その場所へと向かった。


「あれか!」


 発見したのは、プリズムのように七色の光を放つ巨大な円柱だった。

 それは、かつての水晶宮の中央に(そび)え建っていた尖塔の最上部、限られた人間しか立ち入ることを許されていなかった〝天空の間〟に、王族の脱出用として備え付けられていた、短転移魔法を付与された王耀晶だ。

 かつて、サルヴァ・ディ・ダリウス亡き後、ドロティアの親衛隊を掌握した副隊長のパヴァラ・ピカレクシスは、魔族の襲撃のどさくさで、部下を引き連れ王を(しい)し、ティファニア王家のレガリアである王笏(おうしゃく)を奪い、この王耀晶で王都を脱出し、ドロティアを王に擁立(ようりつ)して国の実権を握ろうと画策した。

 しかし、〝天空の間〟に踏み込んだところ、既に王を殺害し終えた魔王とその腹心と鉢合わせし、王耀晶を使って脱出することも叶わぬまま惨殺された。

 その後、魔王によって水晶宮は黒曜宮へと再構築され、猿猴将(マジルゼラール)は玉座のまわりに各国から略奪した宝物を並べ、その中に、この短転移魔法を封じた王耀晶も含まれていたのだった。


 トリヴィアとともにこの場を切り抜けるには、この円柱型の王耀晶に触れるしかない。

 この時点では何故そうとわかるのか理由もわからず確信したミツキは、噴き上がる魔素を掻き分けるようにして近付いていった。

 そして、必死に伸ばした手が触れた瞬間、周囲を覆っていた強烈な光とは異なる、淡くあたたかみを感じる光に包まれた。


 肉体を焼きながら引き裂くような、強烈な魔力の乱流から解放されたミツキは、己が倒れていることに気付いた。

 身を起こすと、苔や草に覆われた、荒れ果てた石畳の上だとわかった。

 周りを見回すと、近くにトリヴィアを封じた結晶が転がっており、石畳を囲うようにして、蔦が絡みついた石柱が等間隔に並び立っている。

 なにかの遺跡のようだとミツキは思った。

 おそらく、短転移魔法の転移先として設定されていた施設なのだろう。

 円柱の外側には樹々が生い茂っており、どうやら森の中のようだ。

 王族用の緊急脱出装置であった以上、おそらく以前は管理者が定期的に設備の手入れをしていたはずだ。

 しかし、王都が魔族に占領されながら、王は脱出して来なかった。

 もはや整備する意味なしと判断した管理者は去り、森の植物に浸食されるままとなっていたのだと察せられた。


「なんにせよ、助かったみたいだ」


 ミツキは、結晶を還元させて消すと、トリヴィアを背負う。

 ここの正確な場所はわからないが、おそらく王都からそう離れてはいないと察せられた。

 王都以外でどこかトリヴィアを(かくま)える場所を探さねばならない。


「乗り心地は良くないと思うけど、しばらくオレの背中でくつろいでいてくれ」


 返答などあるはずもないとわかっていながらも、トリヴィアに話しかけてから、ミツキは歩き出した。

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