第十七節 『納品』
イリスに運営を任せている工場を訪ねたミツキは、仕上がった民兵軍の制服を拡げ出来栄えを確認していた。
縫製についてはほぼ完璧だ。
急ピッチで仕上げてもらったことを鑑みれば、サンプルよりも質は下がると覚悟していたが、高品質を維持しながら無茶な数を仕上げてくれたイリスと工場職員には頭が上がらない。
「着てみてもいいか?」
「もちろんだよ。あんたたちのために作ったんだから、ちゃんと着心地も確認してもらわなきゃね」
そうは言っても、今更着心地が最悪と文句を言ったところで、取り返しがつくものでもない。
途中経過については、サルヴァが軍から引き抜いた下士官に監督させ、既に先行して生産された分は数回に分け納品されているのだが、ミツキ自身は多忙過ぎてまったく確認できていなかった。
砦での仕事が多すぎてこれまで担当の下士官に任せきりにしていたことを今更ながら反省している。
「お! これは……」
着用感は驚くほど良かった。
第八副王領の特産品だという上質な布地を贅沢に使っているだけあり、オーダーメイドであるミツキの普段着と比べても劣らぬ着心地だ。
「デザインも問題なさそうだな」
「あんたの地元の服なんだっけ? 変わった意匠だけど、実際に着てるのを見ると、なかなか様になってるじゃないか」
ミツキが自らデザインした制服は、トレンチコートをベースにした丈長の上着だ。
ブリュゴーリュ軍が黒鉄の鎧に赤い鎧布を着用しているらしいので、こちらは青い布地に白く染色した皮革を合わせて作っている。
コートの青い生地の所々が白い革に切り替えられているのは、皮革部分にサルヴァの重用した技術者が開発したという特殊な魔法処理が施されているからだ。
この皮革に込められた魔法によって、制服は魔法攻撃への耐性を得るだけでなく、鉄の鎧にも匹敵する防御性能まで獲得している。
おまけに鎧に比べれば格段に軽いので、機動力という点においてブリュゴーリュ兵を大きく凌ぐと期待できる。
そしてそれは、ブリュゴーリュ軍に対する数少ないアドバンテージとなるはずだ。
ボトムスは、余った生地が引っ掛かったり、掴まれたりしないよう、割とスリムなシルエットとなっている。
膝や腰部が、プリーツ加工された皮革に切り替えられているので、バイカーパンツのようなデザインだ。
その下には、脛の半ばあたりまでを覆う編み上げのブーツを履く。
無論、これ自体も魔法処理された革で作られている。
紐を結んで二、三度飛び跳ねてみると、ブーツは少しきついぐらい脚にフィットした。
靴底にスパイクを付けてあるので、木の床の上を歩くとカチカチと硬い音が鳴る。
屋内では少々歩きにくいが、野戦では重宝するはずだ。
「ひとつ忘れてるよ」
グローブをはめたところで、イリスから投げられたものをキャッチする。
「……ああ、帽子もあったな」
兜がないので、頭には帽子を被る。
デザインは、いわゆる三角帽というやつで、近代ヨーロッパの軍隊や海賊などが被っているイメージが強い。
鍔が前方に向けて尖っているので、騎馬戦で風の抵抗を受けにくそうだという発想から、このデザインを採用したのだ。
帽子を被り腰のベルトを締めると、部屋の中をどたどたと動き回ってみる。
動き難さなどはまったく感じない。
満足したミツキはイリスに向き直る。
「完璧だな。あとは、バリエーションだが――」
「そっちも問題なく揃ってるよ」
傍らのバッグから取り出されたのは、色の違う二組の制服だった。
一種類は、ミツキの着用している士官用の制服よりも生地が水色に近い明るい青でできている。
こちらは一般兵に配られるもので、皮革パーツの使用面積が若干抑えられている。
とはいえ、性能的にはほとんど劣らないことが実験を重ねて実証されていた。
もう一方は、生地も皮革部分も黒一色で統一されたもので、〝影邏隊〟専用の制服だった。
基本性能は一般兵用の制服と変わらないが、〝隠蔽〟の魔法が付与されているので、着ると目立たなくなる。
また、三角帽の鍔から黒いヴェールが垂れており、歌舞伎や浄瑠璃の黒衣のように顔面が隠れる。
建前上は、憲兵的な役割ゆえ憎まれ役となりやすい彼らのプライバシーを保護するという名目で顔を覆うわけだが、実際は〝影邏隊〟の多くが重犯罪人なうえ、現在は蟲に憑かれ死んだような表情なのを隠すための対策だった。
他の制服に比べ、色が大きく異なり、特殊な意匠に追加の魔法処理まで施されたこともあって、最もコストが掛かっている。
「追加発注分も合わせて、きっちり三十万着。たしかに納品したからね」
「お、おう。ありがとな」
イリスの顔は目に見えてわかるほど憔悴していた。
頬は削げ、目の周りには隈ができ、結膜は充血している。
勝気そうな美女が台無しだった。
この二百日程は、ほとんど寝る間も惜しんで生産を管理してきたために疲れ果てているのだ。
もっとも、それでも全軍に配れるだけの数を揃えることはできず、支援兵科については士官を除いて腕章で代用することになりそうなのだが。
「正直、自分でも無茶ぶりが過ぎていたと思ってる。それをよく仕上げてみせてくれた。感謝の言葉もない。あんたは本当に大した商売人だよ」
ミツキからの礼に、イリスは意表を突かれたのか眼を丸くし、頬を赤らめて目を逸らした。
「別にいいさ。ブリュゴーリュが攻めてきたら、私らだってただじゃ済まないからね。戦場に出て命を懸けることがない分、せめてほかの所で力になるよ。工場の職員たちだって、そう思っているからこそ昼夜交代で服を作り続けてくれたのさ。それに――」
イリスは口の端を釣り上げ悪そうな笑みを作って見せる。
「懐もずいぶん温まったしね。今だったら金で市民権を買って、弟や仲間たちと市民区の一等地で一生豪遊することだってできるはずさ」
「よく言うよ。難民たちの生活環境を整えたり、非市民区の拡張事業にほとんど儲けを使ってるんだろ? 繋ぎを任せてるうちの下士官はけっこう優秀でな。そういう情報まできっちり仕入れて教えてくれるんだよ」
「あの眼鏡野郎、余計なことを言って……別に善意でやってるわけじゃないよ。職員の大半が難民なんだから、生活のケアだって雇い主の義務だろ? それに、非市民区の拡張にしたって、これから更に儲けるための投資だよ」
「まあ、そういうことにしとくよ」
ミツキは側壁塔に住み始めた際、生活を整えるため仕入れを依頼したイリスから、奴隷のような身の上より解放すべく手を差し伸べられたことを思い出す。
こういった人の好さが、弟やその仲間、そして今は工場の職員たちから慕われているのだろう。
「さて、とりあえずこれで発注分はすべて納品してもらったが、当然戦場で装備の破損とかはあるだろうから、物品の補充のためにある程度の生産体制は維持しておいてくれ。と言っても、今までみたいに急ピッチでぶん回してもらう必要はなくなるだろう。その分工場の設備は他のことに使ってくれてかまわない」
「他のこと?」
「難民用に格安で服を作ったり、他には設備自体を改造して、食品とか他のものの生産に使ってもいい」
「そりゃ、願ってもないけど、いいのかい? この場所を用意して設備を整え費用を工面したのはあんただろ? あんたがオーナーなんだから、もう少し自分の利益のことも考えたっていいんじゃないのかい?」
「違うな。たしかに企画立案はオレだけど、金を出して軍の施設を使えるようにしてくれたのは王妹殿下の計らいだ。で、本人は多分この工場のことなんて忘れてる。だからあんたの好きに使っていいんだよ」
「へえ、ドロティア王女といえば自分の騎士を片っ端から食い散らかす最悪の淫蕩王族だって聞いていたけど、やっぱり噂は噂ってことなのかね。この工場に投資してくださったってことは、国の防衛と難民問題、どちらにも関心があるってことだろ? 戦争のおかげで大分評判を落としてる兄王よりもよほど王族らしいことしてるじゃないか」
「ああ、うん、まあ、そうね」
噂通りというか、実際はそれ以上の性格破綻者だが、実際援助しくれているのも確かなので、悪くは言えない。
当然、自分との関係なども詳しく説明していない。
機密というよりも、自分がされかけたことを王都の民に知られるのは、一応彼女の庇護下にいる身としては好ましくない。
それに、リーズに話した時のようなリアクションを返されてはたまらない。
だからミツキは、視線を逸らしつつ口を濁すしかなかった。




