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第四百六十節 『消え去る者たち』

 穴が縮むほどに、魔王は遮られていた魔素を浴び、その服と体が徐々に削られていく。

 魔王は首にしがみついた傀儡(くぐつ)の腕を掴み、声を荒げる。


「おまえ、私をこの世界から弾き飛ばす気か!?」

『そうだ。よくわかってるじゃないか』

「後悔することになるぞ!? 今すぐ攻撃を止めろ!!」

『はあ?』

「おまえはなミツキ、もう人間なんて言えるもんじゃない! 見ていたぞ、さっき体が壊れたのに、人格を魔素に転写して生き延びたな! あんな芸当のできる人間なんていない! もはやおまえは、私に近い存在だ! 人格という〝情報〟を魔素に宿す、生命を超越した存在、それが我々だ!!」

『おまえと一緒にするな』

「わからないのか!? この世界でおまえを理解してやれるのは、私だけだ! 私という同胞を失えばおまえは、孤独なままでひとりこの世界を彷徨(さまよ)うことになるぞ! 私をトリヴィアの体に戻せ! そうすればおまえの()()()として――」

『お断りだ! おまえなんぞに、二度とあいつを(けが)させるか!』

「なんだと!?」

『それにな、おまえの言う通りひとりでこの世界を彷徨うのだとしても、おまえがこれから味わうことになる孤独に比べりゃ大したもんでもないだろ』


 このまま成層圏の外へ押し流してしまえば、こいつは慣性の法則で永遠に闇の中を飛んでいくことになるのだ。


「ふざけるな!! 私はこの世界に生きた人の心の集合体だぞ! 人の歴史そのものであり彼らが存在した証といっても過言ではない! そんな神に等しき私を、おまえのような別の世界から来た異物が排斥(はいせき)するなど、あっていいはずがないぃ!!!」


 ついに〝虚無〟が消滅するも、魔王は背中から大量の汚染魔素を噴射し、光の乱流に逆らって地上へ戻ろうとする。

 粒子砲を直接浴び、美しかった黒髪の男の肉体は、見る間に(ただ)れていく。

 それでも魔王は、おそろしい形相で魔素の乱流の中を(さかのぼ)ろうとする。



「くっそ、バケモノが!」


 黒曜宮の中で、ミツキはひとり毒づく。

 傀儡はすべて吹っ飛んで消滅したが、魔王は生きて地上へ向かおうとしている。

 よもや、〝虚無〟が消えても圧し切れないとは思わなかった。


「出力を上げるしかない!」


 だが既に、砲に注いだミツキの体内魔素は尽きようとしている。

 となれば、黒曜宮を構成する王耀晶(ヴェリスティザイト)を消費して、魔素を捻出するしかない。

 ミツキは粒子砲としての機能に影響しない部分を、砲撃のエネルギーとして還元していく。

 王耀晶が失われすぎれば、構造体としての強度が損なわれ、砲が自壊しかねない。

 だから、一刻も早く魔王を吹き飛ばさなければならない。

 焦っていたミツキは、自らの体の異変に気付く。


「あ、れ……なんだ、これ」


 還元したわけでもないのに、義体の王耀晶が光の粒子となって(ほど)けていく。

 それどころか、生身の肉体まで、端から分解されていく。


「どうなって……ま、まさか!」


 ミツキは黒曜宮内部を魔素の探知能力で探る。


「う、やっぱりか!」


 砲撃の威力を逃がしきれず、内部は途轍(とてつ)もないエネルギーを含んだ魔素で飽和状態となっていた。

 魔王に気をとられすぎて、余剰エネルギーの排出が追い付かなくなっていることに気付かなかった。


「あ、ああ、ちっくしょ!」


 自分の体が光の粒子となって空間に融けていくのを、ミツキは為すすべなく見下ろす。

 ここで砲撃を停止すれば、肉体の崩壊も止まるかもしれない。

 しかし、砲撃の威力を上げてなお、魔王は成層圏すれすれで耐えており、威力を弱めただけでも地上へ戻る余力があるかもしれない。

 つまり、ここでさらに粒子砲の出力を増幅し、一気に宇宙へと吹き飛ばさねばならない。

 ミツキはいま一度黒曜宮を探り、トリヴィアを封じた王耀晶を調べる。

 もし粒子砲が機能せず暴発しても巻き込まれないよう、黒曜宮基底部にシェルターを作って収納しておいたおかげで、今のところ彼女は無事だ。

 ミツキのいる粒子砲の機関部ほどの影響が出るには、まだ時間がかかるだろう。

 ならば、彼女に被害が及ぶ前に、決着をつけるしかない。


「……しかたないな」


 ミツキは深く溜息を吐くと、口を引き締め、頭上を見上げ、天空に鋭い視線を向ける。


「これで残りの魔素全部だ!! 受け取れ魔王!!!」


 はるか上空、もはや肉体はほとんど原形を留めず、肉や骨の欠片を汚染魔素が繋いでいる状態の魔王は、それでも溺れているような動きで、必死に星の端の端にしがみついている。

 その凄まじい執念を断ち切る、ひときわ強烈な魔素の波を受け、ついに魔王は押し流される。

 周囲から大気が完全に失われる前に、ただの穴と化している魔王の口から、断末魔の叫びが放たれた。


「ぁああぁぁぁぁああぁあぁぁああぁぁああぁああぁみぃツキィぃいいいいいい!!!」


 しかし間もなくすべての音は失われ、魔王と称されたこの世界の(よどみ)は、光の波に焼かれたまま、闇の彼方へと押し流されていった。




 その頃、ティファニア王都を望むことのできる小高い丘の上で、サクヤは天を衝く光の柱を見つめていた。

 彼女を封じていた王耀晶は、光が出現した直後に光の粒子となって消滅していた。


「くそっ。どうなってやがる?」


 彼女の後ろで腕を組んでいるオメガが、苛立(いらだ)たしげにぼやく。

 ミツキと別れた後、無事地上へ降りると、ティファニア軍の仲間に見つからないように王都を脱出するも、戦いの結果を見届けるため、適当な場所を探し、留まったのだ。


「あの光の柱が出現してから大分経つが、動きがねえ。大丈夫なのかアイツはよ。とんでもねえ魔力だろ、あの攻撃」


 オメガの言葉に続いて、サクヤが膝を折る。


「あん? おい、どうした?」


 オメガに問われるも、サクヤはなかなか応じない。


「ちっ! 大丈夫かよ!? ひょっとして王耀晶に閉じ込められていたのが――」

「ミツキの、魔力反応が……消えた」


 感情のこもらぬ声で伝えられ、オメガは息を呑む。


「は? ……ちょっと待て。なに言ってんだ」

「……トリヴィア、もだ……今消えた」


 一瞬、息を詰まらせたオメガは、おもわず声を荒げる。


「おい!! なにつまんねえ冗談言ってんだ!! んなバカな、こと……」


 その声が、消え入るように途絶える。

 オメガの視線の先、光の柱を放っていた塔が崩壊したかと思うと、黒曜宮全体が幾度も瞬き、広がる光に呑まれるようにして崩れ去っていくのが見えた。

 オメガはしばし言葉を失い、徐々に収束する光を呆然と眺める。


「……………………マジ、かよ」


 どすっ、と音が鳴り、オメガは我に返る。

 なにかと思い、音の方へ目を向けると、(うずくま)ったサクヤが、拳で地面を叩いている。


「…………くそっ…………くそっ!!」

「お、おい」


 オメガは、止めることもできず、地面を叩き続けるサクヤを少しの間見つめ続けたが、やがておもむろに問うた。


「死んだのか? あいつらは」


 サクヤは動きを止め、上半身だけ起こしてふり返ると、質問には答えず、横目でオメガを睨みつけた。


「……ああ…………そうかよ」


 オメガは諦めたように嘆息すると、サクヤに背を向け一歩踏み出す。


「待て……どこへ行く」


 今度はサクヤから問われ、オメガは溜息交じりに応える。


「オレぁ元々この戦が終ったら抜けるつもりだった。まして、あいつらのいねえティファニアなら尚のこと戻る理由はねえ」

「……行くのか?」

「ああよ。テメエはどうする?」


 サクヤは一瞬迷った様子を見せるも、吐き捨てるように言う。


「知ったことか」

「そうかよ」


 オメガは肩を落としながらも歩き出す。


「まあ、達者でやれや……あばよ」


 その姿が丘の向こうへ消えると、サクヤはふたたび王都の方へ顔を向ける。

 光は既に完全に消え、激しい戦闘が幻だったかのように、あたりは静まり返っている。

 サクヤはそのまましばらく王都を見つめていたが、やがて唇を震わせると、土で汚れ血の滲んだ拳を、ふたたび地面に叩きつけ、悲痛な声で叫んだ。


「バカめ!!!」

第十章完結です。この後、終章エピローグを描いて完結となります。ここまでお読みいただきありがとうございます。もし作品を気に入ってくださったのであれば、ブックマーク登録と評価(↓の☆☆☆☆☆)をいただけると嬉しいです。

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