第四百五十九節 『光の柱』
ティファニア王都上空にて地上を見下ろしていた魔王は、異変に気付いて眉を顰める。
「……む?」
墜落したミツキが立ち上がってから間もなく、黒曜宮がもの凄い速度で形状を変えはじめたのだ。
「なにか企んでいるな?」
どんな苦肉の策か知らないが、待ってやる義理などない。
奴のところまで降りてなにをするつもりか直接確認してやろう。
そう考え、地上へ向かって加速するため頭を下向けた魔王に、旋回していた〝黒鎧〟の傀儡のうちの一体が襲いかかった。
「なに?」
攻撃を手刀で受けると、他の傀儡たちも次々と旋回軌道から外れて突っ込んでくる。
「捨て身か? しかもこの動き――」
数体を〝虚無〟で消滅させるも、数と勢いに圧され、傀儡を避けて飛びまわる。
「先程までより明らかに素早く攻撃も鋭い。力を抑えて戦っていたのか? なんのために?」
前後から振り下ろされた耀晶刀を、汚染魔素を纏わせた腕で受け止めつつ、疑問の答えに思い至る。
「力を隠して油断を誘っていたのか。そして今は、本気で私の動きを封じに来ている」
つまり、今、黒曜宮を使って為そうとしていることこそ、ミツキの本当の切り札なのだろう。
「小賢しい!」
魔王は刃を跳ね退け、殺到する傀儡に対して今度こそ出し惜しみせず力を振るう。
ミツキによる黒曜宮の加工は、二分とかからず完了する。
変わり果てた内部の空間で、王耀晶の壁に手を当てているミツキは、魔素の知覚能力を使い、その外観はもちろん内部構造も正確に把握していた。
今の黒曜宮は、中心部から天を衝くような巨大な塔がそそり立っている。
上空から見れば、それが筒状であることがわかるだろう。
またその周囲にも、塔よりはだいぶ短い筒が、放射状にいくつも生えている。
そしてそれらを、何重にも重なった太い円環がとり巻いている。
まるで前衛芸術のオブジェのような見た目の巨大な構造物が、街の上に浮かんでいる様子は、さぞかしシュールだろうとミツキは思う。
ただし、その構造にはどれも明確な意味があり、一切の無駄なくデザインされている。
周りを囲う輪は、その内部で魔素を奔らせる、円形粒子加速器だ。
そこで加速させた、王耀晶化寸前の重質量の魔素を、塔のように見える巨大な砲身から大量に撃ち出す。
要するに、荷電粒子砲に近い兵器だ。
近いというのは、電荷を持つ粒子を磁場を利用して撃ち出すわけではなく、魔素を操るミツキの能力で加速から発射までを行うため、兵器としての性質はほぼ同じでも、原理については異なるのだ。
この兵器の運用には、途轍もない量の魔素と、それを加速するための仕組みと動力、そして巨大な装置が必要となる。
つまり、ミツキが幻獣の核石から吸収した大量の魔素、魔素の操作能力、元はティファニア王宮の建材であった巨大な王耀晶という条件がすべて揃った、今この場所でのみ使うことのできる兵器なのだ。
ただそれでも、おそらく魔王を消滅させるには至らないだろうとミツキは推測する。
黒髪の男の肉体は消し飛ばせるかもしれないが、汚染された魔素は散り散りになりながらも残ると考えられるからだ。
だからこそ、砲塔が上を向き、その真上を魔王が飛んでいる、この位置どりをミツキは作り出したのだ。
消滅させることができないのであれば、二度と戻れぬ場所へ弾き出してしまえばいい。
宇宙、というものを知っているミツキだからこそ考えつけた、魔王をこの世界から完全に駆逐するための方法だ。
「傀儡が全滅する前に、すべてを終わらせる」
ミツキは早速、体内魔素を黒曜宮内部に作った装置へ注いでいく。
大量の魔素が粒子加速器の中へ流し込まれ、透明な王耀晶でできた設備は青白い光を放ちはじめる。
同時に、放射状の筒から熱が放出され、周囲に陽炎が生じる。
発生する余剰エネルギーを放散させるための設備だ。
砲撃の際には、砲塔から放ちきれなかった魔素もここから排出される。
砲撃の反動が黒曜宮にかかることを鑑みれば、できればこの設備は下向きに設置したかった。
下に向けて魔素を排出できれば、反動を相殺できるからだ。
だがそれでは、当然地上に甚大な被害を出すことになる。
ゆえに、余剰エネルギーの排出設備は上から横まで半球を描くように配置するしかなかった。
しかし、そうなると黒曜宮が砲撃の威力を支えきれず、墜落するおそれもある。
だからミツキは、義体に唯一残された魔法を使う。
風が吹き、激しい上昇気流となって下から黒曜宮を支える。
これは、かつてミツキがブリュゴーリュの首都ビゼロワに潜入する際、トリヴィアが王耀晶を留めた指輪に付与した風の魔法だ。
他の魔法とは異なり、後から義体の汚染魔素に吸わせたのではなく、闇地で半身を失った際に砕けた指輪の王耀晶を直接取り込んだことで獲得したため、魔王との戦いで汚染魔素を浄化した後も残ったのだ。
効果は、ただ風で浮かせるだけだが、今のこの状況にはうってつけだ。
ミツキはその魔法に、絶影獣の大気を操る力を合わせ、威力を大きく増幅させる。
これなら、砲撃を行ってもそう簡単には地上へ墜ちたりしないはずだ。
発射の準備が着々と進む中、ミツキは酷い脱力感に襲われる。
体内魔素の多くを注いだことで、魔素欠乏になりかけている。
その分、幻獣五体の魔素を使った砲撃の威力は、絶大なものとなるはずだ。
ただし、すべての魔素を一度に射ち出すため、チャンスは一度きりだ。
一発でカタをつけられなければ、もはやほとんどの体内魔素を失ったミツキに、魔王と戦う余力はなく、敗北が確定する。
「上等だ」
地上の仲間達も、分の悪い戦いに挑み、人の身で魔王の腹心である〝近衛〟に勝利したのだ。
己も彼らのようにすべてを賭してこの攻撃を成功させ勝ちを得る。
そう強く決意し、加速器内の魔素を、砲塔へと注いだ。
一方、上空の魔王は、地上から届く光が急激に増していることに気付くとともに、凄まじい魔力を感じ取り、人格を得て以来はじめて心に沸き上がる感情に戸惑っていた。
死体ゆえ、止まっている心臓が高鳴ることはさすがにないが、首筋が粟立ち、肌が痺れるような感覚を覚える。
胸の内で何かが蠢いているようで落ち着かず、唐突に叫びだしたい衝動に駆られる。
「くそっ! なんだというのだ!」
それが、焦燥交じりの恐怖だと、魔王は気付かない。
だがそれでも、迅速にこの空域から離れなければならないということはわかった。
しかし、傀儡は益々なりふり構わずに特攻を繰り返し、その数を急速に減らしながらも、まるで怯む様子がない。
「この木偶どもがぁぁぁああ!」
己に取り付き少しでも動きを鈍らせようとする傀儡共をまとめて消し飛ばした直後、眼下よりせり上がって来る輝きに気付き、魔王は息を呑む。
「しまった!!」
次の瞬間、魔王の周囲は白一色に染まり、続いて、身を引き裂くような魔素の奔流に吞み込まれる。
「がっ、あぁ! 無駄だ! どんな攻撃だろうと、〝虚無〟の中へ受け流し、私には通らない!」
その言葉の通り、手を突き出した魔王の前方の空間には穴が開き、魔素はその中へと流れ込んでいく。
「このまま凌ぎ切れば、私の勝ちだ!」
その時、光を掻き分けるようにして五体の傀儡が現れ、魔王の四肢と首に組み付く。
「こいつら、まだ残っていたのか!」
『凌ぎ切るつもりだというなら、攻撃が通るまで放ち続けるまでだ』
「なっ!?」
首に腕をまわした傀儡の口元から声が響き、魔王は大きく眼を見開く。
ミツキは、傀儡の中に浮かべた小さな王耀晶の塊を振動させ、己の声を再現する。
「私を相手に根競べするつもりか!? 幻獣を食らった程度で、魔素量で魔王に勝てると本気で思っているのか!?」
『根競べなんて必要ない。おまえが言ったんだぞ? 自分は、果てしなく広がる〝虚無〟と、この場所を、ほんの一瞬ではあるが繋げることができる、ってな』
「うっ!」
黒髪の男に憑いて間もなく、力を誇示してみせた際、魔王はたしかにそう言った。
その言葉の通り、前方に空けた穴は、少しずつ小さくなっていく。
顔に焦りの色を浮かべる魔王の耳元に、傀儡を通してミツキは囁いた。
『オレを侮って、わざわざ説明してくれてありがとな』
この話で10章を終える予定だったのですが、長くなったので分けました。
というわけで、次回がこの章の最終話です。